放逸品法句經第十有二十章
不放逸品 法句經第十 有二十章
放逸品者,引律戒情,防邪撿失,以道勸賢。
放逸の章は、戒律をもって心を戒め、邪悪な心の起こりを防ぎ、道によって賢者を導くことを説く。
戒為甘露道, 放逸為死徑,
不貪則不死, 失道為自喪;
慧智守道勝, 終不為放逸,
不貪致歡喜, 從是得道樂。
常當惟念道, 自強守正行,
健者得度世, 吉祥無有上。
正念常興起, 行淨惡易滅,
自制以法壽, 不犯善名增。
發行不放逸, 約以自調心,
慧能作定明, 不返冥淵中。
愚人意難解, 貪亂好諍訟,
上智常重慎, 護斯為寶尊。
莫貪、莫好諍、 亦莫嗜欲樂,
思心不放逸, 可以獲大安。
放逸如自禁, 能却之為賢,
已昇智慧閣, 去危為即安。
明智觀於愚, 譬如山與地,
居亂而身正, 彼為獨覺悟,
是力過師子, 棄惡為大智。
睡眠重若山, 癡冥為所弊,
安臥不計苦, 是以常受胎。
不為時自恣, 能制漏得盡,
自恣魔得便, 如師子搏鹿。
能不自恣者, 是為戒比丘,
彼思正淨者, 常當自護心。
比丘謹慎樂, 放逸多憂𠎝,
變諍小致大, 積惡入火焰。
守戒福致善, 犯戒有懼心,
能斷三界漏, 此乃近泥洹。
戒律は甘露の道、怠りは死への道。 執着がなければ死を超え、道を失えば自らを滅ぼす。 智慧ある者は戒めを守りて勝ち、決して怠ることなく、 執着を離れて歓喜を得、ここから悟りの楽しみに至る。 常にただ道を念じ、自ら励みて正しい行いを守り、 強き者は世を渡り抜け、吉祥この上なし。 正しき念は常に起こり、行い清らかなら悪は滅びやすく、 自らを制して法によりて長らえ、戒を犯さねば善き名は増す。 歩みを起こして怠らず、自らを律して心を調え、 智慧は定まりを明らかにし、暗き淵に還ることなし。 愚か者の心は解し難く、貪り乱れ争いを好む。 上なる智慧は常に慎み深く、これを護りて宝と尊ぶ。 貪るなかれ、争うなかれ、また欲の楽しみに耽るなかれ。 心を怠らせず思えば、大きな安らぎを得べし。 怠りを自ら制し、これを退くるを賢者という。 すでに智慧の閣に登りて、危うきを去りて即座に安らかなり。 明らかな智慧は愚かを見て、譬えば山と地とのごとし。 乱れの中にありて身を正しくする、彼のみ独り覚る。 その力は獅子に勝り、悪を捨つるを大いなる智慧という。 眠りは重きこと山のごとく、無明の闇に覆われ、 安らかに臥して苦を計らず、それゆえ常に胎を受けん。 時に任せて自ら放纵せず、煩悩を制し尽くすを得。 自ら放纵すれば悪魔に隙を与え、獅子が鹿を搏つがごとし。 自らを放纵せぬ者は、これ戒を守る比丘なり。 彼、正しく清らかを思う者は、常に自ら心を護るべし。 比丘は慎みを楽しみ、放逸は憂いと過ち多し。 小さき争いも変じて大となり、悪を積めば炎の中に入らん。 戒を守れば福は善を招き、戒を犯せば心に懼れあり。 三界の漏れを断ち得れば、これ泥洹に近づく者なり。
若前放逸, 後能自禁, 是炤世間, 念定其宜;
過失為惡, 追覆以善, 是炤世間, 念善其宜;
少壯捨家, 盛修佛教, 是炤世間, 如月雲消;
人前為惡, 後止不犯, 是炤世間, 如月雲消。
生不施惱、 死而不慼, 是見道悍, 應中勿憂。
斷濁黑法, 學惟清白, 度淵不反, 棄猗行止,
不復染樂, 欲斷無憂。
もし以前に放逸であった者が、後に自分をよく制することができれば、その人は世の中を照らす存在となる。心を定め、その道理をよく思うがよい。過ちや悪を犯したならば、後から善をもって覆い改める。その人は世の中を照らす存在となる。善を思い、その道理をよく思うがよい。若いときに家を捨てて、力を尽くして仏の教えを修行するならば、その人は世の中を照らす存在となる。まるで雲が晴れた後の月のように。人が以前に悪を行っても、後にそれをやめて再び犯さないならば、その人は世の中を照らす存在となる。まるで雲が晴れた後の月のように。生きているときに他者に苦しみを与えず、死に際しても憂えることがない。これは道を見極めた勇敢な者である。その際に憂いにとらわれるべきではない。濁った黒い法(悪しき行い)を断ち切り、ただ清らかな白い法(善い行い)を学びなさい。生死の苦しみの淵を渡り、二度と迷いの世界に戻らないために。執着を捨てて清らかな行いに安住し、再び欲の楽しみに染まらないこと。欲望を断ち切れば、もはや憂いはない。