大乘大集地藏十輪經卷第八
大乗大集地蔵十輪経 巻第八
三藏法師玄奘奉 詔譯
三蔵法師玄奘奉詔訳
善業道品第六之一
第六 善業道の章(その一)
爾時,金剛藏菩薩摩訶薩,復白佛言:「大德世尊!菩薩摩訶薩,云何於聲聞乘得無誤失?云何於聲聞乘補特伽羅得無誤失?云何於獨覺乘得無誤失?云何於獨覺乘補特伽羅得無誤失?云何於大乘得無誤失?云何於大乘補特伽羅得無誤失?云何常能熾然三寶種姓?云何於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失?云何於大乘法,常得昇進,無有退轉?云何利慧、勝福常得增長?云何於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉?云何常得值遇諸善知識,隨順而行?云何常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧?云何於諸善根常精進求,心無厭足?云何常於菩提種種行願,心無厭足?」
その時、金剛蔵菩薩摩訶薩が再び仏に申し上げた。 「大徳世尊よ。菩薩摩訶薩は、どのようにして声聞乗において誤りや迷いを起こさないのでしょうか。また、どのようにして声聞乗の修行者に対して誤りや迷いを起こさないのでしょうか。どのようにして独覚乗において誤りや迷いを起こさないのでしょうか。また、どのようにして独覚乗の修行者に対して誤りや迷いを起こさないのでしょうか。どのようにして大乗において誤りや迷いを起こさないのでしょうか。また、どのようにして大乗の修行者に対して誤りや迷いを起こさないのでしょうか。どのようにして常に三宝の種を絶やさず灯し続けられるのでしょうか。どのようにして、諸の如来の出家弟子たち――たとえそれが教えを受けるにふさわしい器であれ、そうでない器であれ、ましてや袈裟の一片を身にまとい、髪やひげを剃った者たちに至るまで――に対して、誤りや迷いを起こさないのでしょうか。どのようにして大乗の教えにおいて、常に向上し、退くことなく進めるのでしょうか。どのようにして鋭い智慧と優れた福徳を常に増大させられるのでしょうか。どのようにしてあらゆる禅定、諸の陀羅尼、諸の忍び、諸の境地において、速やかに自在を得て、退くことなく進めるのでしょうか。どのようにして常に善き知識に出会い、その教えに従って実践できるのでしょうか。どのようにして常に一切の仏や諸の菩薩、声聞の弟子たちに近づき、その教えを聞き、僧侶たちを親しく敬い供養することを離れずにいられるのでしょうか。どのようにして諸の善根を常に熱心に求め、心に満足することがないのでしょうか。どのようにして菩提に対する様々な行いや願いに対して、常に心に満足することがないのでしょうか。」
爾時,世尊告金剛藏菩薩摩訶薩言:「善男子!有菩薩摩訶薩十輪,若菩薩摩訶薩成此十輪,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失;常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失;於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福、常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足;常於一切先所造作惡不善業,以聖金剛堅利法智,摧壞散滅,令無遺餘不受果報;更不造新惡不善業,心無厭倦,速能證得無上法輪。常勤修習七覺分寶,心無厭倦。常能除滅一切眾生諸煩惱病,心無厭倦;一切眾生依止存活。
その時、世尊は金剛蔵菩薩摩訶薩に告げられた。 「善き男子よ。菩薩摩訶薩には十の輪がある。もし菩薩摩訶薩がこの十の輪を成就すれば、声聞乗において誤り失うことなく、声聞乗の修行者においても誤り失うことがない。独覚乗において誤り失うことなく、独覚乗の修行者においても誤り失うことがない。大乗において誤り失うことなく、大乗の修行者においても誤り失うことがない。常に仏・法・僧の三宝の種を盛んに輝かせることができる。如来の出家した弟子たちに対して、器となる者であれ、器とならぬ者であれ、さらには一塊の袈裟をまとい鬚髪を剃った者に至るまで、誤り失うことがない。大乗の教えにおいては常に向上し、退くことがない。優れた智慧と勝れた福徳が常に増えていく。一切の禅定、陀羅尼、忍辱、菩薩の諸地において、速やかに自在を得て、決して退くことがない。常に善き知識に出会い、その教えに従って行じることができる。常にすべての仏や菩薩、声聞の弟子たちを拝し、教えを聞き、僧伽に親しく仕え供養することを離れない。あらゆる善根を常に精進して求め、心に飽き足りることがない。常に菩提のあらゆる行いや願いについて、心に満足することがない。常に、過去に造ったあらゆる悪しき不善の業を、聖なる金剛のように堅固で鋭い法の智慧によって打ち壊し消散させ、跡形もなくして報いを受けず、新たな悪しき不善の業を造らず、心に倦むことなく、速やかに無上の法輪を証得する。常に七つの覚りの支分(七覚支)の宝を勤め修め、心に倦むことがない。常に一切の衆生のあらゆる煩悩の病を除き滅ぼし、心に倦むことがない。一切の衆生はこれに依り頼み、生きていくのである。」
「善男子!如轉輪王具足七寶,凡所行動,輪寶導前、餘寶隨後,巡四大洲,普能除滅一切眾生身心濁穢,普能生長一切眾生身心安樂。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,於聲聞乘得無誤失,廣說乃至一切眾生依止存活。
善男子(よき男子らよ)—— ちょうど、転輪聖王が七宝を具え、その行動において常に輪宝が先導し、他の宝が後に従いながら、四大州を巡り、あらゆる衆生の身心の濁りや汚れを浄め、身心の安楽をはぐくむかのように。 大菩薩もまた、これと同じである。十の輪を成就し、声聞の乗り物において誤りや欠失がなく、広く説けば、あらゆる衆生の依存と生存の支えとなるのである。
「善男子!如大車輅具足四輪,多人乘之遊行大路,於其路上,土塊、瓦礫、草木、根莖、枝葉、華果、為輪所輾,皆悉摧壞不任受用。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,悉能摧壞諸煩惱障、諸有情障、一切法障,令不受報。
善き男子よ。例えば、大きな馬車に四つの車輪が備わっていて、多くの人がそれに乗って大通りを行くとき、その道の上にある土くれや瓦礫、草木、根や茎、枝や葉、花や実までもが、車輪に踏みつぶされて、もはや役に立たなくなるようなものだ。 菩薩摩訶薩もまた、これと同じである。十の車輪を成就すれば、あらゆる煩悩の障り、あらゆる有情の障り、あらゆる法の障りをことごとく打ち砕き、報いを受けることがないようにするのである。
「善男子!如利劍輪,纔一投掣,能斬怨敵首及支節,令無勢用。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,能破一切,五趣牢獄,生死大苦,永斷一切煩惱、惡業,令不受報。
善き男子よ、鋭い剣の輪がひとたび投げ放たれれば、敵の首や手足を断ち切り、力を失わせるように、菩薩摩訶薩もまた十の輪を成就することにより、五つの迷いの世界という牢獄や生死の大いなる苦しみを打ち破り、すべての煩悩や悪業を永遠に断ち切って、その報いを受けさせないのである。
「善男子!如火災起,五日出時,遍四大洲一切河海水界津潤,無不枯竭。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,一切四因諸煩惱障、諸有情障、一切法障苦報根本,悉皆枯竭。
「善男子よ。たとえば火災が起こり、五つの太陽が現れるとき、四大洲全体のあらゆる川や海の水気や潤いがことごとく干上がってしまうように、菩薩摩訶薩もまた同じである。十の輪を成就すると、あらゆる四つの因による煩悩の障り、一切の有情の障り、すべての法の障り、苦しみの報いの根本が、ことごとく枯れ尽きてしまうのである。」
「善男子!如風災起,四方猛風俱時頓發,一切世界大小諸山及諸大地,悉皆散滅。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,世間四倒、憍慢諸山,無不崩壞,一切眾生諸煩惱障、諸有情障、一切法障苦報根本,悉皆散滅。
善き男子よ。ちょうど風の大災害が起こると、四方から猛烈な風が一斉に吹き荒れ、すべての世界の大小さまざまな山々や大地までもが、ことごとく粉々に吹き散らされるように、大いなる菩薩もまた同じです。十の車輪を成就することによって、世の中の四つの倒錯した見解(四倒)や、慢心という高い山々が、ことごとく打ち壊され、すべての生きとし生けるものの煩悩の障り、生存の障り、あらゆる法の障り、苦しみの報いの根本までもが、すべて消え去ってしまうのです。
「善男子!如師子王吼聲一發,一切禽獸悉皆驚怖,飛落、走伏,無敢輒動。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,法音一震,乃至一切外道、異學、惡知識等,悉皆驚怖,忘失言辯,無敢酬抗。
善男子よ。獅子王が一声ほえると、一切の鳥獣はみな驚き恐れ、飛び去り、伏して動こうとしない。菩薩摩訶薩もまた同じである。十の輪を成就し、法の音をひとたび響かせると、あらゆる外道や異学、悪知識たちまでもがみな驚き恐れ、言葉の巧みさを失い、敢えて対抗しようとしなくなるのだ。
「善男子!如天帝釋與阿素洛將欲戰時,天軍圍遶,手執金剛奔趣陣敵,諸阿素洛驚怖退散。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,一切倒見外道、異學、惡知識等,驚怖退散。
善男子よ、たとえば天帝釈が阿素洛とまさに戦おうとするとき、天の軍勢に囲まれ、金剛を手に取って敵陣へと突き進むと、もろもろの阿素洛は驚き恐れて退散します。菩薩摩訶薩もまた同じです。十の輪を成就すると、すべての倒見の外道・異学・悪知識などは、驚き恐れて退散します。
「善男子!如如意珠置高幢上,能雨種種上妙珍寶,給施一切貧乏眾生。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,處淨戒幢,雨大法雨,給施一切無量眾生。
善きかな、善男子よ。 例えば、如意宝珠を高き幢の上に置けば、種々の素晴らしい宝を降らせ、すべての貧しい衆生に施しを与えることができる。 菩薩摩訶薩もまた同じである。十輪を成就し、清らかな戒の幢に立って、大いなる法の雨を降らせ、無量のすべての衆生に施しを与えるのである。
「善男子!如闇夜分,世間幽冥都無所見,迷失正道;滿月出已諸闇皆除,諸失道者皆見正路。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,若諸眾生無明昏闇,由此迷失八支聖道,菩薩為其宣說正法,除無明闇生法光明,開示顯現八支聖道,令斷諸漏盡諸苦際。
善男子よ、たとえば闇夜には、世間は暗くて何も見えず、正しい道を見失ってしまいます。しかし満月が昇ると、すべての闇は消え、道に迷っていた者たちも皆、正しい道を見ることができます。菩薩摩訶薩もまた同じです。十輪を成就した菩薩は、もし衆生が無明の暗闇によって八支聖道を見失っているならば、その衆生のために正法を説き、無明の闇を除いて法の光明を生じさせ、八支聖道を開示し示現して、諸々の漏を断たせ、すべての苦しみの終わりを極めさせます。
「善男子!如大日殿出現世間,一切苗稼悉皆增長,一切花葉悉皆敷榮,一切臭穢悉皆除歇,諸穀果藥悉皆成熟,雪山銷流諸河充溢,漸次轉注滿於大海。菩薩摩訶薩亦復如是,成就十輪,依止增上布施、調伏、寂靜、尸羅、安忍、正勤、靜慮、般若,方便、慈悲、辯才、功德皆悉熾盛,為諸眾生宣說正法,由法威光,令諸眾生種種增上善根苗稼,悉皆增長;種種增上妙行華葉,悉皆敷榮;種種煩惱、惡業、惡行、悉皆除歇;善趣涅槃諸穀果藥,悉皆成熟;邪見、慢山、悉皆銷流;種種正信、戒、聞、捨、慧及諸定河,無不充溢,漸次盈滿大涅槃海;令諸有情,隨意所樂,趣入無畏涅槃之城。
「善き男子よ。例えば、大日の宮殿が世に現れると、すべての苗や作物が成長し、すべての花や葉が咲き誇り、すべての汚れや悪臭が消え去り、すべての穀物や果実や薬草が成熟し、雪山は解けて流れ、川々は満ちあふれ、次第に流れ込んで大海原を満たすように、菩薩摩訶薩もまた同じである。十輪を成就し、増上の布施・調伏・寂静・戒律・安忍・正勤・静慮・般若・方便・慈悲・弁才・功徳に依りて、これらすべてが盛んに輝く。そして、衆生の為に正しい法を説き、法の威光によって、様々な増上の善根の苗や作物を成長させ、様々な増上の優れた行いの花や葉を咲き誇らせ、様々な煩悩・悪業・悪行を消し去り、善趣や涅槃という穀物・果実・薬草を成熟させる。邪見や高慢の山を解かせて流し、様々な正信・戒律・仏法を聞くこと・捨てること・智慧・そして静寂の川々を溢れさせ、次第に大いなる涅槃の海を満たし、すべての生きとし生けるものをして、思いのままに、畏れなき涅槃の城へと入らせるのである。」
「善男子!云何名菩薩摩訶薩十輪?善男子!此十輪者非餘法也,當知即是十善業道。成就如是十種輪故,得名菩薩摩訶薩也。於一切惡皆能解脫,一切善法隨意成就,速能盈滿大涅槃海。以大善巧方便智光,成熟一切眾生之類,皆令獲得利益安樂。所以者何?善男子!過去一切諸佛世尊,皆悉遠離十惡業道,皆悉稱揚讚歎如是十善業道所得果報。是故,若能於此所說十善業道,隨守護一,乃至命終究竟無犯,必獲一切殊勝果報如前後說。
「善男子よ、どのようなものを菩薩摩訶薩の十輪と名づけるのでしょうか。善男子よ、この十輪とは、ほかの法ではありません。すなわち十善業道であると知るべきです。このような十種の輪を成就しているので、菩薩摩訶薩と名づけられるのです。一切の悪からよく解脱し、一切の善法を思いのままに成就し、すみやかに大涅槃の海を満たすことができます。大きな善巧方便の智慧の光によって、一切の衆生の類を成熟させ、みな利益と安楽を得させます。それはなぜでしょうか。善男子よ、過去の一切の諸仏世尊は、みな十悪業道から遠く離れ、みなこのような十善業道によって得られる果報を称揚し讃嘆されました。ですから、もしこの説かれた十善業道のうち、一つでも守り護り、命終に至るまでついに犯すことがなければ、必ず一切の殊勝な果報を得ることは、前後に説かれたとおりです。」
「善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,遠離殺生,即是施與一切眾生,無驚無怖。令諸眾生,不生憂苦,離毛竪畏。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因殺生故,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸壽命障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離殺生輪故,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人天等,皆共親愛。無有猜慮,身心安樂,壽命長遠。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處無病長壽,端正聰明,安隱快樂。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離殺生法,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土離諸兵器,無有怨害鬪戰之名,絕諸怖畏,安隱快樂,一切無病長壽有情來生其國。如來自壽無量無邊,為諸有情如應說法。般涅槃後正法久住,利益、安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第一遠離殺生輪也。
善男子、もし菩薩摩薩埵が、生涯を尽くして殺生を遠ざけるならば、それはすなわち一切の衆生に、驚きも怖れも与えないこととなる。諸々の衆生に憂いや苦しみを生じさせず、身の毛のよだつ畏れから遠ざけるのである。このことによって、善根は速やかに成熟する。過去世において五趣を輪廻し、生死の河に溺れていた際、殺生によって作り出した身・語・意の諸々の悪業の障り、諸々の煩悩の障り、諸々の有情の障り、一切の法の障り、諸々の寿命の障り、さらに自ら行い、他者に教え、見聞して喜んだことなども、この殺生を遠ざける輪によって、ことごとく粉砕され、滅ぼし尽くされ、果報を受けることはない。現世においては、諸々の人間や天人は皆、親しみ愛するようになる。猜疑の心はなく、身心は安楽で、寿命は長く続く。命の終わりに臨んでも、身心は憂いや苦しみに逼られず、愛する妻子や眷属に囲まれる。臨終の際には、恐ろしい閻魔の使いを見ることはなく、ただ心に適い、善く調えられた法を具え、戒めを保ち、徳を備え、真実の福田である善知識に出会い、身心は歓喜に満ち、深く敬い信じる心を生じる。命終した後、再び人間に生まれ、諸々の感覚器官は円満で、手足は完全に備わり、生まれた場所に従って、病なく長寿で、端正で聡明、安穏にして楽しい人生を送る。また、心に適い、善く調えられた法を具え、戒めを保ち、徳を備え、真実の福田である善知識に出会う。その方に従い殺生を離れる法を学び、一切の悪しき不善の法を断ち、一切の殊勝な善法を成就し、一切の大乗の法の意味を求め、一切の菩薩の願いと行いを修め、徐々に深広なる智慧の海に入り、ついには無上なる菩提を証得するのである。住む仏国土には諸々の武器はなく、怨みや害、闘いの名もなく、一切の怖れを絶ち、安穏にして楽しく、一切の病なく長寿なる有情がその国に生まれてくる。如来の寿命は無量無辺であり、諸々の有情に応じて法を説く。般涅槃の後も正法は長く留まり、無量の有情を利益し、安楽にする。善男子、これが菩薩摩薩埵の第一の殺生を遠ざける輪である。
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失;常能熾然三寶種性;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失。於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福、常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣如前說。
「菩薩摩訶薩がこの輪を成就するゆえに、声聞乗において誤り失うことがなく、声聞乗の補特伽羅において誤り失うことがなく、独覚乗において誤り失うことがなく、独覚乗の補特伽羅において誤り失うことがなく、大乗において誤り失うことがなく、大乗の補特伽羅において誤り失うことがありません。常に三宝の種性を熾然させ、如来の出家弟子たちに対して、法器であっても法器でなくても、さらに袈裟の一片をまとい、鬚や髪を剃った者に至るまで、誤り失うことがありません。
大乗の法においては、常に昇進し、退転することがなく、利慧と勝福が常に増長します。あらゆる定、諸陀羅尼、諸忍、諸地において、速やかに自在を得て、退転することがありません。常に善知識に出会い、その教えに随順して行じ、常に一切の仏や菩薩、声聞弟子を見ることを離れず、法を聞くことを離れず、僧伽に親近し供養することを離れません。諸々の善根においては常に精進して求め、心に満足することがなく、常に菩提の種々の行願に対して心に満足することがありません。得る果報は広く前に説いたとおりです。」
「復次,善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,離不與取,即是施與一切眾生,無驚無怖、無有熱惱亦無擾動。於自所得如法財利,喜足而住,終不希求非法財利。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因不與取,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸財寶障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離不與取輪,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人、天等皆共親愛,無所猜慮,身心安樂,財寶具足。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處具大財寶,端正聰明,安隱快樂,不與五家共諸財寶。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離不與取,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土眾寶莊嚴,寶樹、寶池、寶臺殿等,無不充備。離我、我所,無所攝受一切具足嚴飾有情來生其國。如來自身壽命無量,為諸有情如應說法,般涅槃後正法久住,利益、安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第二遠離不與取輪。
「さらに、善き人よ。もし菩薩摩薩が生涯を通じて、与えられていないものを取らないことを実践するならば、それはあらゆる衆生に、恐れもなく、心の乱れもなく、悩みもなく、動揺もないことを施すことになる。自らが得た法に適った財産や利益に満足して安住し、決して法に反した財や利益を求めることはない。このような善根によって、悟りへの成熟は速やかに達成される。
過去において、五つの生存領域(五趣)を巡り、生死の川に沈みながら、与えられていないものを取ることによって、身・口・意の様々な悪業の障り、煩悩の障り、衆生の障り、すべての法の障り、財宝の障りを自ら作り、他者に教え、それを見聞きして喜んでいたとしても、この与えられていないものを取らない実践(輪)によって遠離することにより、それらはすべて打ち砕かれ、滅ぼされ、余すところなく消え去り、その報いを受けることはない。
現世においては、人々や天人は皆、この人を敬愛し、疑いや心配を抱くことはない。心も体も安らかで楽しく、財宝も十分に備わる。命の終わりに近づくと、心身は憂いや苦しみに苛まれることなく、愛する妻や子、親族に囲まれる。臨終の際には、恐ろしい閻魔大王の使いを見ることはなく、ただ、心にかなった、善い法に調和し、戒律を具え、豊かな徳を持ち、真実の福徳の田地(福田)である善き知識に出会い、心身は歓喜に満ち、深く敬い信じる心を起こす。
命を終えた後には、再び人間の世界に生まれ、五感の器官は完全であり、手足も十分に備わり、生まれた場所に応じて大きな財宝を手にし、端正で賢く、穏やかで安らかで楽しい。その財宝は、五つの共有財産(王、賊、水、火、不孝の子)と共有することはない。そして再び、心にかなった、善い法に調和し、戒律を具え、豊かな徳を持ち、真実の福徳の田地である善き知識に出会う。その方に従って学び、与えられていないものを取らないことを実践すれば、あらゆる悪しき不善の法を断ち切り、あらゆる殊勝な善の法を成就し、あらゆる大乗の法の意味を求め、すべての菩薩の願いと実践を修め、徐々に深く広い智慧の海へと入り、ついには無上の悟り(菩提)を証得する。
その人が住む仏の国土は、多くの宝で飾られ、宝の木々、宝の池、宝の台や殿舎などが、すべて備わっていないものはない。自己と自己に属するものという執着を離れ、何ものも我が物としない、すべてが十分に整い、厳かに飾られた有情たちが、その国に生まれてくる。如来ご自身の寿命は限りなく、すべての有情に応じて教えを説き、涅槃に入られた後も、正しい法(正法)は長く留まり、無量の有情を利益し、安楽にする。善き人よ、これが菩薩摩薩の第二の、与えられていないものを取らないことの実践(輪)である。」
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失。於聲聞乘補特伽羅,得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失;常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失。於大乘法常得昇進,無有退轉;利慧、勝福常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣說如前。
このような菩薩であり聖なる存在が、この輪を成就したことにより、声聞の教えにおいて過ちを犯すことがありません。声聞を志す人々に対しても誤りなく接することができます。独覚の教えにおいても過ちはなく、独覚を志す人々にも誤りなく対応します。大乗の教えにおいても過ちはなく、大乗を志す人々にも誤りなく接します。常に仏・法・僧という三つの宝の系譜を輝かせ続けます。また、如来の出家した弟子たちに対して、教えを受け入れる器であるか否かを問わず、袈裟をまとい剃髪したすべての人に至るまで、誤りなく遇することができます。
大乗の教えにおいては常に上達し、後退することがありません。智慧と福徳も絶えず増えていきます。あらゆる禅定や陀羅尼、忍耐の境地、修行の段階において、速やかに自在を得て、後退することがありません。常に善き師に出会い、その教えに従って行じることができます。常にすべての仏や菩薩、声聞の弟子たちを拝見し、説法を聞き、僧団に親しく近づき供養することを欠かしません。また、あらゆる善い行いを熱心に求め、心に満足することがありません。悟りに向けた様々な行いや願いに対しても、心に飽き足りることがありません。その結果得られる報いは、先に述べた通り広大なものとなります。
「復次,善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,離欲邪行,即是施與欲流所漂一切眾生,無驚、無怖、無嫉、無害,無有熱惱亦無擾動。於己妻室喜足而住,終不希求非法色欲。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因欲邪行,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸室家障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離欲邪行輪,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人天等皆共親愛,無所猜慮,身心安樂,妻室貞良。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處具諸眷屬,端正聰明,安隱快樂。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離欲邪行,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土無諸女人。離諸婬欲,具足第一梵行有情來生其國。一切有情,皆受化生,不處胞胎臭穢不淨。如來自身壽命無量,為諸有情如應說法。般涅槃後正法久住,利益、安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第三遠離欲邪行輪。
「さらに、善男子よ。もし菩薩摩訶薩が、生涯にわたって欲邪行を離れるならば、それは欲の流れに漂うすべての衆生に対して、驚きもなく、恐れもなく、嫉みもなく、害もなく、熱悩もなく、また動揺もない状態を与えることになります。自分の妻室に喜び満足して住み、決して非法の色欲を求めることはありません。これによって、善根は速やかに成熟します。これまでの間、五趣を輪転し生死の河に没して、欲邪行によって身・語・意のさまざまな悪業の障り、さまざまな煩悩の障り、さまざまな有情の障り、一切法の障り、さまざまな家庭の障りを、自ら作り、他に教え、見聞して随喜したとしても、この欲邪行を離れる輪によって、それらはすべて打ち砕かれ、摧滅されて余すところなく、果報を受けません。現身においては、人や天など皆がともに親しみ愛し、疑いや心配もなく、身心は安楽で、妻室は貞良です。命終の時には、身心が憂いや苦しみに逼められることなく、愛する妻子や眷属に囲まれます。命終の時に、恐ろしい剡魔王の使者を見ることはなく、ただ意にかなう、調った善法を成し、戒を具え、徳に富み、真実の福田である善知識を見るだけです。身心は歓喜し、深く敬信を生じます。命終の後は再び人の間に生まれ、諸根は円満で支体は具足し、生まれるところどこでも多くの眷属を具え、端正で聡明、安隠で快楽です。さらにまた意にかなう、調った善法を成し、戒を具え、徳に富み、真実の福田である善知識に出会います。その方に依って離欲邪行を修学し、すべての悪不善法を断つことができ、すべての殊勝な善法を成すことができ、すべての大乗の法義を求めることができ、すべての菩薩の願行を修することができ、次第に深く広い智慧の海に入り、ついには無上菩提を証得します。住むところの仏土には女たちがありません。すべての婬欲を離れ、第一の梵行を具足した有情がその国に生まれます。すべての有情は皆、化生を受け、胎内の臭穢で不浄なところに住むことはありません。如来自身の寿命は無量で、すべての有情のために応じて説法されます。般涅槃の後も正法は久しく住し、無量の有情を利益し、安楽にします。善男子よ。これが菩薩摩訶薩の第三の、欲邪行を離れる輪というものです。」
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失。常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失。於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣說如前。
「復次,善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,離虛誑語,一切眾生常共愛敬,所出言詞皆誠諦量,聞悉敬奉無所猜疑。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因虛誑語,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸信言障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離虛誑語輪,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人天等皆共親愛,無所猜慮,身心安樂,所出言詞他皆信奉。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處所言誠諦,端正聰明,安隱快樂。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離虛誑語,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土一切真實,離諸虛偽;妙香潔物之所莊嚴。無諂、無誑、心行正真、希求純淨善法有情來生其國,香潔妙服寶飾莊嚴。如來自身壽命無量,為諸有情如應說法,般涅槃後正法久住,利益安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第四遠離虛誑語輪。
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失。常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失。於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧。於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣說如前。
「復次,善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,離離間語,一切眾生常共愛敬,所發言詞皆令和順,聞悉敬奉無所猜疑。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因離間語,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸和敬障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離離間語輪,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人天等皆共親愛,無所猜慮,身心安樂,所發言詞皆令和順。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處所言和順。端正聰明,安隱快樂。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離離間語,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土一切堅密,難可破壞,諸美妙物之所莊嚴。無違、無競、善和諍訟、希求淳質善法有情來生其國。常修和敬,聽聞正法。如來自身壽命無量,為諸有情如應說法。般涅槃後正法久住,利益安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第五遠離離間語輪。
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失。常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失。於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣說如前。
「復次,善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,離麁惡語,一切眾生常共愛敬,所發語言皆令歡悅,聞悉敬奉無所猜疑。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因麁惡語,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸調善障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離麁惡語輪,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人天等皆共親愛,無所猜慮,身心安樂,所出言詞皆令歡悅。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處所言柔軟,端正聰明,安隱快樂。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離麁惡語,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土遠離一切不可意聲;種種上妙如意和雅諸意樂聲、結集法聲,充滿其土。具足念慧梵音清徹調善有情來生其國,常以軟語更相勸進。如來自身壽命無量,為諸有情如應說法。般涅槃後正法久住,利益安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第六遠離麁惡語輪。
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失。常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失。於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福、常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣說如前。
「復次,善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,離雜穢語,一切眾生常共愛敬,所發言詞皆有義利,聞悉敬奉無所猜疑。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因雜穢語,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸義利障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離雜穢語輪,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人天等皆共親愛,無所猜慮,身心安樂,所發言詞皆成義利。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處言必饒益,端正聰明,安隱快樂。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離雜穢語,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土遠離一切無義利聲;種種上妙菩薩藏攝大法音聲周遍國土。成就無邊大願、妙智、能善辯說種種法義,如是有情來生其國。如來自身壽命無量,為諸有情如應說法。般涅槃後正法久住,利益安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第七遠離雜穢語輪。
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失。常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失;於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福、常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣說如前。
「復次,善男子!若菩薩摩訶薩,能盡形壽,遠離貪欲,一切眾生常所愛重,其心清淨,離諸染濁。由此,善根速得成熟。所有前際輪轉五趣沒生死河,因貪欲故,造身語意諸惡業障、諸煩惱障、諸有情障、一切法障、諸無貪障,自作、教他、見聞隨喜,由此遠離貪欲輪故,皆悉輾壞摧滅無餘,不受果報。於現身中,諸人天等皆共親愛,無所猜慮,身心安樂,其心清淨離諸染濁。將命終時,身心不為憂苦逼切,所愛妻子眷屬圍遶。臨命終時,不見可怖剡魔王使;唯見可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識;身心歡悅,深生敬信。既命終已還生人中,諸根圓滿支體具足,隨所生處,其心清淨,離諸染濁,端正聰明,安隱快樂。復遇可意成調善法、具戒、富德、真實福田,為善知識。依彼修學離貪欲法,能斷一切惡不善法,能成一切殊勝善法,能求一切大乘法義,能修一切菩薩願行,漸次趣入深廣智海,乃至證得無上菩提。所居佛土地平如掌,眾寶充滿,種種寶樹行列莊嚴。種種寶衣、寶莊嚴具、寶幢幡蓋、金銀、真珠羅網等樹,處處皆有,甚可愛樂。遠離憍慢、顏貌端嚴、諸根無缺、其心平等,如是有情來生其國,無貪功德圓滿莊嚴。如來自身壽命無量,為諸有情如應說法。般涅槃後正法久住,利益安樂無量有情。善男子!是名菩薩摩訶薩第八遠離貪欲輪也。
「菩薩摩訶薩成就此輪故,於聲聞乘得無誤失;於聲聞乘補特伽羅得無誤失;於獨覺乘得無誤失;於獨覺乘補特伽羅得無誤失;於其大乘得無誤失;於其大乘補特伽羅得無誤失。常能熾然三寶種姓;於諸如來出家弟子,若是法器、若非法器,下至一切被片袈裟剃鬚髮者,得無誤失。於大乘法,常得昇進,無有退轉;利慧、勝福常得增長;於一切定、諸陀羅尼、諸忍諸地,速得自在,無有退轉;常得值遇諸善知識,隨順而行;常得不離見一切佛,及諸菩薩、聲聞弟子,不離聞法、不離親近供養眾僧;於諸善根常精進求,心無厭足;常於菩提種種行願,心無厭足。所得果報廣說如前。
大乘大集地藏十輪經卷第八