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  1. 関中創立戒壇図経 (關中創立戒壇圖經)
  2. 6 戒壇結法先後
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関中創立戒壇図経 (關中創立戒壇圖經)


戒壇結法先後第六

戒壇の結法の先後 第六

今見講解諸家,並依古疏,先結大界,却結戒場。便云:「我依律文,先後如此。」此不知教之次第也!原究律文,初大眾創集,莫識界之分齊;故初約自然,次約大界;後為眾集法多,數數勞倦,故聽立戒場;是知事起先後,不言結法先後也!何為妄執律文,橫生五過,佛有誠教,當隨義分。今若先結大界,未分戒場,約何法制,以分兩界?雖預開空域,終是無法之地。故佛制戒場,先以法限,後圍空地,外以大界繞之,此則法法相隔,無錯涉之非也!故《五分律》云:應「先結戒場,後結大界。」若先結大界者,當捨已更前結之,然後唱相結大界也!《毘尼母》、《善見》二論,亦同《五分》先後之文。今猶有人,先結大界者,此不見諸部明文,直信意言,都不領解。

今、講解する諸家を見ますと、いずれも古い疏に従って、まず大界を結び、その後に戒場を結んでいます。そして「私は律文に従って、このような前後の順にしています」と言います。これは教えの次第を知らないものです。律文の根本を究めますと、初め大衆が初めて集まったとき、界の範囲を知りませんでした。それゆえ初めは自然のままに定め、次に大界を定め、後には衆が集まる法が多くなり、たびたび疲れ労するので、戒場を立てることを許されました。これで事の起こった前後は分かりますが、結法の前後を言っているのではありません。どうして妄りに律文に執着して、横に五つの過ちを生じるのでしょうか。仏には誠の教えがありますから、義に従って分けるべきです。

今、もし先に大界を結び、まだ戒場を分けていなければ、どの法によって制して、二つの界を分けるのでしょうか。たとえあらかじめ空の区域を開いても、結局は法のない地です。それゆえ仏は戒場を制し、先に法によって限りを定め、後に空地を囲み、外を大界で繞くようにされました。これならば法と法とが相隔たり、錯雑して関わる過ちがありません。それゆえ『五分律』に「先に戒場を結び、後に大界を結ぶべきです」と説かれています。もし先に大界を結んだならば、すでに結んだものを捨てて、さらに前に進んでこれを結び、その後で相を唱えて大界を結ぶべきです。『毘尼母』『善見』の二論も、また『五分律』の前後の文と同じです。今なお、先に大界を結ぶ人がいますが、これは諸部の明文を見ず、ただ自分の意の言を信じて、まったく領解していないのです。

《五百問》云:「先結大界,後結戒場者,如卑摩羅叉律師云:『於中受戒,恐無所獲。』又卑公云:『若先不知,同於未制,賴有此路,則通僥倖。』」斯言抑揚,成敗難惻,僥倖非分遇福之言,先結戒場,不虛功受,無疑於戒之有無也。覈論作法,備分三相:一、戒場外相,二、大界內相,三、大界外相。此之三相並入羯磨立法之分齊也!皆定其方維,刻其分齊,標、相、體別三位歷然。標則不定其內外,相則隨標而位立;及論界體,必在相內。先須考定,具識楷模,然後加結。言又繁重,誠舉多迷,《五百問》中:「受戒值天雨,若移戒場屋下者,先解大界,却結戒場,後結大界方得。」

『五百問』にこう説かれています。「先に大界を結び、後から戒場を結ぶならば、卑摩羅叉律師が言うには、『その中で戒を受けると、おそらく得るところがないでしょう』と。また卑公は言います。『もし先に知らなかったなら、それは未制と同じであり、この道筋があったおかげで、僥倖が通じるのです』と。」この言葉は抑揚があり、成否を推し量ることは難しいのですが、僥倖とは分に過ぎた幸運に遇うことを言うのであり、先に戒場を結べば、むだに功を費やして受戒することはなく、戒の有無について疑うことはありません。

作法を詳しく論じれば、三相に分かれます。第一に戒場の外相、第二に大界の内相、第三に大界の外相です。この三相は、いずれも羯磨の立法の分斉に属します。いずれもその方角を定め、その分斉を刻み、標・相・体の三つの位は歴然と区別されます。標は内外を定めず、相は標に従って位が立ち、界体について論じれば、必ず相の内にあります。まず考定して、よく規範を識り、それから結を加えなければなりません。言葉はまた繁重で、まことに多くの迷いを挙げますが、『五百問』の中にこうあります。「受戒のときに雨天に遇い、戒場を屋根の下へ移すならば、まず大界を解き、次に戒場を結び、後から大界を結んでこそ成就します。」


5 戒壇大界內外
7 戒壇集僧遠近

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