戒壇集僧遠近第七
戒壇に僧を集める際の遠近について 第七
戒場為諸界之本也!先於自然集僧,僧有不集,結無成就;故作法者初必審悉,於諸自然界中,子細窮考;有僧普集,不得受欲。事雖麁現,臨事多迷,遺略不集,僧便別眾。結既不成,妄稱有界,盡於來際於中受法,徒枉自他虛行一代。豈唯此生,來報果集,還遇無界而受具足,可不然耶!
戒場は諸々の界の根本でございます。まず自然の集僧において、僧が集まらなければ、結界は成就しません。ですから作法を行う者は、初めに必ず詳しく吟味し、諸々の自然界の中を細かく徹底して考察しなければなりません。僧がすべて集まったならば、欲を受けてはなりません。事は粗く現れていても、事に臨むと迷うことが多く、遺漏して集まらないと、僧は別衆となってしまいます。結界がすでに成就しなければ、妄りに有界と称して、未来の果てまでその中で法を受け、徒に自他を枉げて一代を虚しく行うことになります。どうしてただこの生だけでありましょうか、来世の報いの果が集まって、還って無界のまま具足戒を受けることになるのです。そうであってよいでしょうか、いや、そうではありません。
今欲行事,並約標界。戒場大小從界者,多由場小於自然,故約自然而集;三唱外相,白二結之。次結大界時,引五六比丘出場外空地,入大界體中,依界標集僧;三唱大界內外相,白二結已。至明日先解大界,次解戒場,還如前結。集僧遠近,楷定如前。此更須審悉,一定之後,盡於來際未須解。故比人行事不行重解、重結之法;西梵現行此事,以初結界已,惡鬼被圍不得出界,極苦惱故,佛令為解,使其得出,重更加結。以如法故,善神方集,故使律中界內有鬼神廟屋。《五分》云:「結界通取聚落,護諸俗人,不為非人所惱等。」其事符同(云云)。
今から行事を進めるにあたっては、すべて標界に準じて行います。戒場の大小は大界に従うもので、その多くは戒場が自然の境界(大界)より小さいためです。それゆえ自然の境界に準じて僧を集め、三度唱えて外の相を告げ、白二の羯磨でこれを結びます。次に大界を結ぶときには、五六人の比丘を戒場の外の空地へ連れ出し、大界の本体の中に入れて、界の標に従って僧を集めます。三度唱えて大界の内外の相を告げ、白二の羯磨で結び終えます。翌日になったら、まず大界を解き、次に戒場を解き、また前と同じように結びます。僧を集める遠近の定めは、前のように明確に定めます。このことについては、さらに詳しくよく心得ておく必要があります。一度定めた後は、未来に至るまで解く必要はありません。それゆえ、これを行う人々は、重ねて解いたり重ねて結んだりする法を行いません。西方の梵土では、現在このことを行っています。最初に結界を終えると、悪鬼が囲まれて界の外に出られず、きわめて苦しむため、仏はこれを解かせて出られるようにし、重ねて結び直させたのです。如法であるため、善神がはじめて集まるのです。それゆえ律の中には、界内に鬼神の廟屋があると説かれています。
『五分律』にこう説かれています。「結界は聚落を広く取って、俗人たちを護り、非人に悩まされないようにする」と。その事柄は符合しています。(云云)