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title: "中阿含經 · 25 水喻經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （二五）舍梨子相應品水喻經第五初一日誦

> （二五）舎梨子相応品 水喩経第五

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，尊者舍梨子告諸比丘：「諸賢！我今為汝說五除惱法。諦聽，諦聽！善思念之。」彼諸比丘受教而聽。

> その時、尊者シャーリプトラは比丘たちに告げられた。「皆さん、今からあなたがたのために五つの煩悩を除く法を説きます。よく聞きなさい、よく聞きなさい。そして善く思惟しなさい。」比丘たちは教えを受け、耳を傾けた。

尊者舍梨子言：「云何為五？諸賢！或有一人身不淨行，口淨行，若慧者見，設生恚惱，應當除之。復次。諸賢！或有一人口不淨行，身淨行，若慧者見，設生恚惱，應當除之。復次。諸賢！或有一人身不淨行，口不淨行，心少有淨，若慧者見，設生恚惱，應當除之。復次。諸賢！或有一人身不淨行，口、意不淨行，若慧者見，設生恚惱，應當除之。復次。諸賢！或有一人身淨行，口、意淨行，若慧者見，設生恚惱，應當除之。

> 尊者シャーリプトラは言われました。「それはどのような五つかと言いますと、皆さんよ。ある人は、身体の行いは清らかでないが、言葉の行いは清らかである。智慧ある者がこれを見て、もし怒りや煩わしさが生じたなら、それを除くべきです。また、皆さんよ。ある人は、言葉の行いは清らかでないが、身体の行いは清らかである。智慧ある者がこれを見て、もし怒りや煩わしさが生じたなら、それを除くべきです。また、皆さんよ。ある人は、身体の行いも言葉の行いも清らかでないが、心にわずかな清らかさがある。智慧ある者がこれを見て、もし怒りや煩わしさが生じたなら、それを除くべきです。また、皆さんよ。ある人は、身体の行いも、言葉の行いも、心の行いも清らかでない。智慧ある者がこれを見て、もし怒りや煩わしさが生じたなら、それを除くべきです。また、皆さんよ。ある人は、身体の行いも、言葉の行いも、心の行いも清らかである。智慧ある者がこれを見て、もし怒りや煩わしさが生じたなら、それを除くべきです。」

「諸賢！或有一人身不淨行，口淨行，若慧者見，設生恚惱，當云何除？諸賢！猶如阿練若比丘持糞掃衣，見糞聚中所棄弊衣，或大便污，或小便、涕、唾及餘不淨之所染污，見已，左手執之，右手舒張，若非大便、小便、涕、唾及餘不淨之所污處，又不穿者，便裂取之。如是，諸賢！或有一人身不淨行，口淨行，莫念彼身不淨行也，但當念彼口之淨行，若慧者見，設生恚惱，應如是除。

> 諸賢よ、ある人が身体では不浄な行いをしていても、言葉では清らかな行いをしている場合があります。もし知恵ある者がそれを見て、怒りや煩わしさを抱いたなら、どうすればそれを取り除けるでしょうか。 諸賢よ、たとえば阿練若（あらんにゃ）の比丘が糞掃衣（ふんぞうえ）を集めているとき、糞の山の中に捨てられたぼろ布を見つけたとします。その布には大便がついていたり、小便や鼻水、唾、その他の不浄なもので汚れているかもしれません。それを見た比丘は、左手でその布を持ち、右手で広げてみます。そして、大便や小便、鼻水、唾、その他の不浄で汚れていない部分で、しかも破れていない部分があれば、それを裂き取って使うのです。 同じように、諸賢よ、ある人が身体では不浄な行いをしていても、言葉では清らかな行いをしているなら、その身体の不浄な行いばかりを思わないでください。むしろ、その口による清らかな行いを思いなさい。もし知恵ある者がそれを見て、怒りや煩わしさを抱いたなら、このようにして取り除くべきです。

「諸賢！或有一人口不淨行，身淨行，若慧者見，設生恚惱，當云何除？諸賢！猶村外不遠，有深水池，藳草所覆，若有人來，熱極煩悶，飢渴頓乏，風熱所逼，彼至池已，脫衣置岸，便入池中，兩手披藳，恣意快浴，除熱煩悶，飢渴頓乏。如是，諸賢！或有一人口不淨行，身有淨行，莫念彼口不淨行，但當念彼身之淨行，若慧者見，設生恚惱，應如是除。

> 諸賢よ、ある人が口では不浄な行いをし、身では清らかな行いをしているとします。もし賢者がそれを見て、怒りや煩わしさを抱いたなら、どうすればそれを取り除くことができるでしょうか。 諸賢よ、まるで村の外れに、深い池があるようなものです。その池は草で覆われています。もし誰かが、ひどく暑さに苦しみ、飢えと渇きで疲れ果て、風と熱に追い立てられてやって来たなら、その人は池に着くと、服を脱いで岸に置き、池に入ります。そして両手で草をかき分け、思う存分に気持ちよく水浴びをし、暑さと煩わしさ、飢えと渇き、疲れを取り除くのです。 このように、諸賢よ、ある人が口では不浄な行いをし、身では清らかな行いをしているなら、その口の不浄な行いを思い起こしてはなりません。ただ、その身の清らかな行いだけを思い起こしなさい。もし賢者がそれを見て、怒りや煩わしさを抱いたなら、このようにして取り除くべきです。

「諸賢！或有一人身不淨行，口不淨行，心少有淨，若慧者見，設生恚惱，當云何除？諸賢！猶四衢道，有牛跡水。若有人來，熱極煩悶，飢渴頓乏，風熱所逼，彼作是念：『此四衢道牛跡少水，我若以手、以葉取者，則擾渾濁，不得除我熱極煩悶、飢渴頓乏。我寧可跪，手膝拍地，以口飲水。』彼即長跪，手膝拍地，以口飲水，彼即得除熱極煩悶、飢渴頓乏。如是，諸賢！或有一人身不淨行，口不淨行，心少有淨，莫得念彼身不淨行，口不淨行，但當念彼心少有淨。諸賢！若慧者見，設生恚惱，應如是除。

> 諸賢よ、ある人が身の行いが清くなく、口の行いも清くなく、心にほんの少しの清らかさしかない場合、智慧ある者がそれを見て、もし怒りや煩わしさを生じたなら、どうすればそれを取り除くことができるでしょうか。 諸賢よ、ちょうど四つ辻に牛の足跡にたまった水があるとします。ある人がやってきて、ひどく暑さに苦しみ、飢えと渇きで疲れ果て、風と熱にさいなまれているとします。その人はこう考えます。「この四つ辻の牛の足跡のわずかな水を、もし手や葉っぱですくったら、かき乱して濁らせてしまい、私のひどい暑さの苦しみや、飢え渇きの疲れを取り除くことはできないだろう。むしろひざまずいて、手とひざで地面を支え、口で直接水を飲もう。」 その人はすぐにひざまずき、手とひざで地面を支え、口で水を飲みます。そうして彼はひどい暑さの苦しみと、飢え渇きの疲れを取り除くのです。 このように、諸賢よ、ある人が身の行いが清くなく、口の行いも清くなくても、心にほんの少しの清らかさがあるなら、その人の清くない身や口の行いを思うのではなく、ただその人の心にあるほんの少しの清らかさを思いなさい。 諸賢よ、智慧ある者がそれを見て、もし怒りや煩わしさを生じたなら、このようにして取り除くべきです。

「諸賢！或有一人身不淨行，口、意不淨行，若慧者見，設生恚惱，當云何除？諸賢！猶如有人遠涉長路，中道得病，極困委頓，獨無伴侶，後村轉遠，而前村未至。若有人來住一面，見此行人遠涉長路，中道得病，極困委頓，獨無伴侶，後村轉遠，而前村未至，彼若得侍人，從逈野中，將至村邑，與妙湯藥，餔養美食，好瞻視者，如是此人病必得差，謂彼人於此病人，極有哀愍慈念之心。如是，諸賢！或有一人身不淨行，口、意不淨行，若慧者見，便作是念：『此賢身不淨行，口、意不淨行，莫令此賢因身不淨行，口、意不淨行，身壞命終，趣至惡處，生地獄中。若此賢得善知識者，捨身不淨行，修身淨行，捨口、意不淨行，修口、意淨行。如是，此賢因身淨行，口、意淨行，身壞命終，必至善處，乃生天上。』謂彼賢為此賢極有哀愍慈念之心，若慧者見，設生恚惱，應如是除。

> 皆さん、ある人が身体で不浄な行いをし、口と心でも不浄な行いをしているとします。もし知恵ある者がそれを見て、怒りや煩わしさを覚えたなら、どうすればそれを取り除けるでしょうか。 皆さん、たとえば、ある人が長い旅路を歩んでいて、途中で病気になり、ひどく弱り果て、一人で誰もおらず、後ろの村はますます遠く、前の村にはまだ着かないとしましょう。そこに誰かがやって来て、この旅人が長い道のりを歩き、途中で病気になり、非常に困り果て、一人で誰もおらず、後ろの村はますます遠く、前の村にはまだ着かないのを見たとします。その人が看病する人を得て、荒野から村へ連れて行かれ、良薬を与えられ、栄養のある食べ物を食べさせられ、丁寧に世話をされたなら、この病人は必ず回復するでしょう。つまり、その人はこの病人に対して、非常に哀れみ慈しみの心を持っているのです。 同じように、皆さん、ある人が身体で不浄な行いをし、口と心でも不浄な行いをしているとします。もし知恵ある者がそれを見て、こう考えるならば：「この人は身体で不浄な行いをし、口と心でも不浄な行いをしている。この人が身体の不浄な行い、口と心の不浄な行いのために、命を終えて悪いところに生まれ、地獄に堕ちることのないように。もしこの人が善き友を得て、身体の不浄な行いを捨てて身体の清らかな行いを修め、口と心の不浄な行いを捨てて口と心の清らかな行いを修めるならば、この人は身体の清らかな行い、口と心の清らかな行いによって、命を終えて必ず善いところに生まれ、天上に至るであろう」と。 つまり、その知恵ある者は、この人に対して非常に哀れみ慈しみの心を持っているのです。もし知恵ある者が見て怒りや煩わしさを覚えたなら、このようにして取り除くべきです。

「諸賢！或有一人身淨行，口、意淨行，若慧者見，設生恚惱，當云何除？諸賢！猶村外不遠，有好池水，既清且美，其淵平滿，翠草被岸，華樹四周，若有人來，熱極煩悶，飢渴頓乏，風熱所逼，彼至池已，脫衣置岸，便入池中，恣意快浴，除熱煩悶、飢渴頓乏。如是，諸賢！或有一人身淨行，口、意淨行，常當念彼身之淨行，口、意淨行，若慧者見，設生恚惱，應如是除。諸賢！我向所說五除惱法者，因此故說。」

> 皆さんよ。ある人が身体の行いを清くし、言葉と心の行いも清くしているとします。もし賢者がそれを見て、仮に怒りや煩わしさを感じたならば、どうやってそれを取り除けばよいでしょうか。 皆さんよ。ちょうど村の外れに、美しい池があるとしましょう。その水は澄みわたり、清らかで、淵は平らに満ち、岸辺は緑の草に覆われ、周りには花咲く木々が生い茂っています。もし誰かが、ひどく熱く煩わしく、飢えと渇きで疲れ果て、風と熱に苦しめられてやって来たならば、その人は池に着くと、衣服を脱いで岸に置き、池に入って思う存分に快く浴し、熱さと煩わしさ、飢えと渇き、疲れをすべて取り除くでしょう。 このように、皆さんよ。ある人が身体の行いを清くし、言葉と心の行いも清くしているならば、常にその身体の清い行い、言葉と心の清い行いを思い起こしなさい。もし賢者がそれを見て、仮に怒りや煩わしさを感じたならば、このようにして取り除きなさい。 皆さんよ。私が先ほどお話しした五つの煩わしさを取り除く方法は、このために説かれたのです。

尊者舍梨子所說如是。諸比丘聞已，歡喜奉行。

> 尊者シャーリプトラがこのように説かれました。比丘たちはこれを聞き、喜んで教えを実践しました。

水喻經第五竟千一百一字

> 水の譬えの経 第五 終わり<note>千一百一字</note>

## 中阿含經卷第五七千一百七十四字初一日誦

> 中阿含経 第五巻