---
title: "中阿含經 · 35 阿修羅經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma7j40a601t6jl0ak78ud4tu"
---

### （三五）中阿含未曾有法品阿修羅經第四初一日誦

> （三五）中阿含経　未曾有法品　阿修羅経　第四

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊鞞蘭若，在黃蘆園。

> ある時、仏陀はヴェーランジャーに滞在され、黄蘆園におられました。

爾時，婆羅邏阿修羅王、牟梨遮阿修羅子，色像巍巍，光耀暐曄，夜將向旦，往詣佛所，禮世尊足，却住一面。

> その夜明け前、婆羅邏阿修羅王と牟梨遮阿修羅の王子が、荘厳で輝く姿で仏のもとに訪れました。世尊の足に礼拝し、その後、静かに片隅に立っていました。

世尊問曰：「婆羅邏！大海中阿修羅無有衰退阿修羅壽、阿修羅色、阿修羅樂、阿修羅力，諸阿修羅樂大海中耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「婆羅邏よ、大海の中では阿修羅の寿命、容姿、楽しみ、力が衰えることはなく、阿修羅たちは大海にいることを楽しんでいるのでしょうか？」

婆羅邏阿修羅王、牟梨遮阿修羅子答曰：「世尊！我大海中諸阿修羅無有衰退於阿修羅壽、阿修羅色、阿修羅樂、阿修羅力，諸阿修羅樂大海中。」

> 婆羅邏阿修羅王と牟梨遮阿修羅の子はお答えしました。 「世尊よ、私たち大海の中の阿修羅たちは、阿修羅の寿命、阿修羅の姿、阿修羅の楽しみ、阿修羅の力において、何の衰えもありません。阿修羅たちは大海の中で楽しんでいます。」

世尊復問曰：「婆羅邏！大海中有幾未曾有法，令諸阿修羅見已樂中。」

> 世尊が再びお尋ねになりました。「婆羅邏よ、大海にはいくつの未曾有の法があって、諸々の阿修羅が見て喜び楽しむのであろうか。」

婆羅邏答曰：「世尊！我大海中有八未曾有法，令諸阿修羅見已樂中。云何為八？世尊！我大海從下至上，周迴漸廣，均調轉上，以成於岸，其水常滿，未曾流出。世尊！若我大海從下至上，周迴漸廣，均調轉上，以成於岸，其水常滿，未曾流出者，是謂我大海中第一未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> 婆羅邏が答えました。「世尊よ、私の海には八つの未曾有の法がございます。そのため阿修羅たちはそれを見て楽しんでおります。その八つとは何かと言いますと、世尊よ、私の海は下から上に向かって周囲が次第に広くなり、なめらかに傾斜して岸を形作り、水は常に満ちていて、あふれ出ることはございません。世尊よ、これが私の海における第一の未曾有の法であり、阿修羅たちはそれを見て楽しんでおります。

「復次，世尊！我大海潮未曾失時。世尊！若我大海潮未曾失時者，是謂我大海中第二未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> さらに、世尊よ。大海の潮は、決してその時を失うことがありません。 世尊よ、大海の潮が時を失わないこと、これが大海における第二の稀有な法であり、阿修羅たちはそれを見て、その中に心から喜びます。

「復次，世尊！我大海水甚深無底，極廣無邊。世尊！若我大海甚深無底，極廣無邊者，是謂我大海中第三未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> 「また、世尊よ。わが大海の水は、はかり知れないほど深く、底がなく、限りなく広大であります。世尊よ、このようにわが大海が極めて深く底なく、限りなく広大であること、これこそがわが大海における第三の未曾有の法であり、諸々の阿修羅たちはこれを見て楽しみの中にあります。」

「復次，世尊！我大海水鹹，皆同一味。世尊！若我大海水鹹，皆同一味者，是謂我大海中第四未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> また、尊き方よ。わが大海の水はすべて塩辛く、同じ一つの味わいであります。尊き方よ。もし、わが大海の水がすべて塩辛く、同じ一つの味わいであるならば、これはわが大海における第四の未曾有の法であり、すべての阿修羅たちはこれを見て、その中で楽しむのです。

「復次，世尊！我大海中多有珍寶，無量璝異，種種珍琦，充滿其中，珍寶名者，謂金、銀、水精、琉璃、摩尼、真珠、碧玉、白珂、螺璧、珊瑚、虎珀、馬瑙、瑇瑁、赤石、琁珠。世尊！若我大海中多有珍寶，無量璝異、種種珍琦，充滿其中，珍寶名者，謂金、銀、水精、琉璃、摩尼、真珠、碧玉、白珂、螺璧、珊瑚、虎珀、馬瑙、瑇瑁、赤石、琁珠者，是謂我大海中第五未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> また、世尊よ。私の大海には多くの宝物があり、無量の珍しいものや様々な貴重な宝が満ちています。その宝の名を挙げれば、金、銀、水晶、琉璃、摩尼珠、真珠、碧玉、白い貝殻、法螺貝、珊瑚、琥珀、瑪瑙、玳瑁、赤石、璇珠などです。世尊よ、私の大海にこれほど多くの宝物や無数の珍しいもの、様々な貴重な宝が満ち、金、銀、水晶、琉璃、摩尼珠、真珠、碧玉、白い貝殻、法螺貝、珊瑚、琥珀、瑪瑙、玳瑁、赤石、璇珠といった宝物があること、これが私の大海における第五の未曾有の法であり、全ての阿修羅たちはこれを見て喜び楽しむのです。

「復次，世尊！我大海中大神所居，大神名者，謂阿修羅、乾塔惒、羅剎、魚摩竭、龜、鼉、婆留泥、帝麑、帝麑伽羅、提帝麑伽羅。復次，大海中甚奇！甚特！眾生身體有百由延，有二百由延，有三百由延，有至七百由延，身皆居海中。世尊！若大海中大神所居，大神名者，謂阿修羅、乾塔惒、羅剎、魚摩竭、龜、鼉、婆留泥、帝麑、帝麑伽羅、提帝麑伽羅。復次，大海中甚奇！甚特！眾生身體有百由延，有二百由延，有三百由延，有至七百由延，身皆居海中者，是謂我大海中第六未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> さらに、世尊よ。大海には偉大な神々が住まいます。その神々とは、阿修羅、乾闥婆、羅刹、摩竭魚、亀、鼉、婆留泥、帝麑、帝麑伽羅、提帝麑伽羅であります。また、大海には実に不思議で特別なことがあります。百由旬、二百由旬、三百由旬、あるいは七百由旬もの体を持つ生き物たちが、みな海の中に住んでいるのです。世尊よ、大海に偉大な神々が住み、これらの巨大な生き物たちが海の中にいることこそ、私が大海に見出す第六の未曾有の法であり、阿修羅たちはこれを見て喜びに浸るのです。

「復次，世尊！我大海清淨，不受死屍。若有命終者，過夜風便吹著岸上。世尊！若我大海清淨，不受死屍。若有命終者，過夜風便吹著岸上者，是謂我大海中第七未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> また、世尊よ。わが大海は清らかで、死体を受け入れません。もし命終えた者がいれば、一晩のうちに風がそれを岸に吹き寄せます。世尊よ。わが大海が清らかで死体を受け入れず、命終えた者がいれば一晩のうちに風が岸に吹き寄せること、これがわが大海における第七の未曾有の法であり、阿修羅たちはこれを見て喜び楽しむのです。

「復次，世尊！我大海閻浮洲中有五大河，一曰恒伽，二曰搖尤那，三曰舍牢浮，四曰阿夷羅婆提，五曰摩企，悉入大海，既入中已，各捨本名，皆曰大海。世尊！若我大海閻浮洲中有五大河，一曰恒伽，二曰搖尤那，三曰舍牢浮，四曰阿夷羅婆提，五曰摩企，悉入大海，既入中已，各捨本名，皆曰大海者，是謂我大海中第八未曾有法，諸阿修羅見已樂中。

> 「また、世尊よ、我々の大海がある閻浮洲（南の大陸）には、五つの大河が流れております。一つ目はガンジス川、二つ目はヤムナー川、三つ目はサーラブー川、四つ目はアチラヴァティー川、五つ目はマヒー川です。これらの河はすべて大海へと注ぎ、一度大海に入れば、それぞれの名前を捨て、すべて「大海」と呼ばれるようになります。 世尊よ、まさしく我々の大海、この閻浮洲にある五つの大河、すなわちガンジス、ヤムナー、サーラブー、アチラヴァティー、マヒーが、すべて大海へと流れ入り、その中に入った後はそれぞれの元の名前を捨てて、すべて大海と呼ばれるようになること、これこそが我々の大海における第八の未曾有の法であり、すべての阿修羅たちがこれを見て、その中に喜び楽しむ所以であります。」

「世尊！是謂我大海中有八未曾有法，諸阿修羅見已樂中。世尊！於佛正法、律中有幾未曾有法，令諸比丘見已樂中。」

> 世尊よ、これこそ我が大海に八つの未曾有の法が存在し、阿修羅たちがそれを見て楽しむ理由です。世尊よ、では仏の正法と律には、どれほどの未曾有の法があり、比丘たちがそれを見て楽しむのでしょうか。

世尊答曰：「婆羅邏！我正法、律中亦有八未曾有法，令諸比丘見已樂中。云何為八？婆羅邏！如大海從下至上，周迴漸廣，均調轉上，以成於岸，其水常滿，未曾流出。婆羅邏！我正法、律亦復如是，漸作漸學，漸盡漸教。婆羅邏！若我正法、律中漸作漸學，漸盡漸教者，是謂我正法、律中第一未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> 世尊がお答えになりました。「婆羅邏よ、私の教えと律法の中にも、八つの未曾有の法があり、比丘たちはそれを見て喜びに満たされる。その八つとは何か。婆羅邏よ、大海が下から上に向かって次第に広がり、なだらかに岸を形成し、水が常に満ちて溢れることがないように、婆羅邏よ、私の教えと律法もまた同じである。次第に修行し、次第に学び、次第に煩悩を尽くし、次第に教えを説く。婆羅邏よ、私の教えと律法において、次第に修行し、次第に学び、次第に煩悩を尽くし、次第に教えを説くこと、これを私の教えと律法における第一の未曾有の法とし、比丘たちはそれを見て喜びに満たされるのである。」

「復次，婆羅邏！如大海潮，未曾失時。婆羅邏！我正法、律亦復如是，為比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私施設禁戒，諸族姓子乃至命盡，終不犯戒。婆羅邏！若我正法、律中為比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私施設禁戒，諸族姓子乃至命盡，終不犯戒者，是謂我正法、律中第二未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> さらに、バララよ。大海の潮が決して時を誤らないように、バララよ。私の正しい教えと戒律もまた同じである。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷に対して戒律を定め、良家の子らは命終わるまで決して戒を犯さない。バララよ。私の正しい教えと戒律の中で、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷に対して戒律を定め、良家の子らが命終わるまで決して戒を犯さないこと、これが私の正しい教えと戒律における第二の未曾有の法であり、比丘たちがこれを見て喜び楽しむ所以である。

「復次，婆羅邏！如大海水，甚深無底，極廣無邊。婆羅邏！我正法、律亦復如是，諸法甚深，甚深無底，極廣無邊。婆羅邏！若我正法、律中諸法甚深，甚深無底，極廣無邊者，是謂我正法、律中第三未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> また、バラドヴァージャよ。大海の水は非常に深く、底が知れず、果てしなく広がっている。それと同じように、わたしの教えと戒律もまた、諸々の法は非常に深く、底がなく、限りなく広がっている。バラドヴァージャよ。わたしの教えと戒律において、諸々の法がこのように非常に深く、底がなく、限りなく広がっていること、これこそがわたしの教えと戒律における第三の未曾有の法であり、比丘たちはこれを見て喜びに満ちるのである。

「復次，婆羅邏！如大海水鹹，皆同一味，婆羅邏！我正法、律亦復如是，無欲為味，覺味、息味及道味。婆羅邏！若我正法、律中無欲為味，覺味、息味及道味者，是謂我正法、律中第四未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> さらに、婆羅邏よ。大海の水がすべて塩辛く、同じ一味であるように、婆羅邏よ。私の正しい教えと戒律もまた同じである。欲のないこと（無欲）を味わいとし、悟りの味、静まりの味、そして道の味とする。婆羅邏よ。もし私の正しい教えと戒律の中に、これら「無欲を味わい」「悟りの味」「静まりの味」「道の味」があるならば、これこそが私の正しい教えと戒律における第四の未曾有の法である。これにより、全ての修行者たちは見て、その中に楽を見出すのである。

「復次，婆羅邏！如大海中多有珍寶，無量璝異、種種珍琦，充滿其中，珍寶名者，謂金、銀、水精、琉璃、摩尼、真珠、碧玉、白珂、螺璧、珊瑚、虎珀、馬瑙、瑇𤦛、赤石、琁珠。婆羅邏！我正法、律亦復如是，多有珍寶，無量璝異，種種珍琦，充滿其中，珍寶名者，謂四念處、四正勤、四如意足、五根、五力、七覺支、八支聖道。婆羅邏！若我正法、律中多有珍寶，無量璝異，種種珍琦，充滿其中，珍寶名者，謂四念處、四正勤、四如意足、五根、五力、七覺支、八支聖道者，是謂我正法、律中第五未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> 「さらに、婆羅邏よ。大海の中には多くの宝物、無数の珍しい異宝、様々な貴重な品々があふれている。その宝物の名を挙げれば、金、銀、水晶、瑠璃、摩尼、真珠、碧玉、白珂、螺貝、珊瑚、琥珀、瑪瑙、玳瑁、赤石、琁珠である。婆羅邏よ。私の教えと戒律もまた同じである。多くの宝物、無数の珍しい異宝、様々な貴重な品々があふれている。その宝物の名を挙げれば、四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、八支聖道である。婆羅邏よ。私の教えと戒律の中に、このように多くの宝物、無数の珍しい異宝、様々な貴重な品々があふれ、それらの宝物の名が四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、八支聖道であること。これを私の教えと戒律における第五の未曾有の法とし、比丘たちがこれを見て喜び楽しむところとするのである。」

「復次，婆羅邏！如大海中大神所居，大神名者，謂阿修羅、乾塔惒、羅剎、魚摩竭、龜、鼉、婆留泥、帝麑、帝麑伽羅、提帝麑伽羅。復次，大海中甚奇！甚特！眾生身體有百由延，有二百由延，有三百由延，有至七百由延，身皆居海中。婆羅邏！我正法、律亦復如是，聖眾大神皆居其中，大神名者，謂阿羅訶、向阿羅訶、阿那含、向阿那含、斯陀含、向斯陀含、須陀洹、向須陀洹。婆羅邏！若我正法、律中聖眾大神皆居其中，大神名者，謂阿羅訶、向阿羅訶、阿那含、向阿那含、斯陀含、向斯陀含、須陀洹、向須陀洹者，是謂我正法、律中第六未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> 「さらには、バララよ。大海には偉大な存在たちが住んでいます。その偉大な存在たちとは、阿修羅、乾闥婆、羅刹、摩竭の魚、亀、鼉、婆留泥、帝麑、帝麑伽羅、提帝麑伽羅のことです。さらに、大海には非常に不思議で素晴らしいことがあります。そこに住む生き物たちの中には、体長が百由旬のもの、二百由旬のもの、三百由旬のもの、七百由旬に及ぶものまでいて、皆が海の中に住んでいるのです。 バララよ。私の教えと戒律もまた、これと同じです。聖なる集いの偉大な方々が、皆その中に留まっています。その偉大な方々とは、阿羅漢となるべき者、阿羅漢に向かう者、阿那含となるべき者、阿那含に向かう者、斯陀含となるべき者、斯陀含に向かう者、須陀洹となるべき者、須陀洹に向かう者です。 バララよ。私の教えと戒律の中に、このような聖なる集いの偉大な方々、すなわち阿羅漢となるべき者、阿羅漢に向かう者、阿那含となるべき者、阿那含に向かう者、斯陀含となるべき者、斯陀含に向かう者、須陀洹となるべき者、須陀洹に向かう者が皆留まっていること、これこそが私の教えと戒律における第六の未曾有の法であり、比丘たちがこれを見て、喜びに安住する所以なのです。」

「復次，婆羅邏！如大海清淨，不受死屍，若有命終者，過夜風便吹著岸上。婆羅邏！我正法、律亦復如是，聖眾清淨，不受死尸。若有不精進人惡生，非梵行稱梵行，非沙門稱沙門，彼雖墮在聖眾之中，然去聖眾遠，聖眾亦復去離彼遠。婆羅邏！若我正法、律中聖眾清淨，不受死屍。若有不精進人惡生，非梵行稱梵行，非沙門稱沙門，彼雖墮在聖眾之中，然去聖眾遠，聖眾亦復去離彼遠者，是謂我正法、律中第七未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> また、婆羅邏よ。大海が清らかで、死骸を受け入れず、もし命終わった者がいれば、一夜のうちに風が岸に吹き寄せるように、私の正法と律もまた同じである。聖なる僧伽（さんが）は清らかで、死骸（＝修行にふさわしからざる者）を受け入れない。たとえ精進せず、悪しき生を営み、清らかな行いではないのに清らかな行いを称し、沙門（しゃもん）ではないのに沙門と称する者が、聖なる僧伽の中に身を置いたとしても、その者は僧伽から遠く離れており、僧伽もまたその者から遠く離れているのである。婆羅邏よ。私の正法と律において、聖なる僧伽が清らかで、死骸を受け入れず、もし精進せず、悪しき生を営み、清らかな行いではないのに清らかな行いを称し、沙門ではないのに沙門と称する者が、聖なる僧伽の中に身を置いたとしても、その者は僧伽から遠く離れており、僧伽もまたその者から遠く離れていること——これが、私の正法と律における第七の未曾有の法であり、比丘たちがこれを見て喜び楽しむところなのである。

「復次，婆羅邏！如大海閻浮洲中有五大河，一曰恒伽，二曰搖尤那，三曰舍牢浮，四曰阿夷羅婆提，五曰摩企，悉入大海，既入中已，各捨本名，皆曰大海。婆羅邏！我正法、律亦復如是，剎利種族姓子，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，彼捨本名，同曰沙門，梵志種、居士種、工師種族姓子，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，彼捨本名，同曰沙門。婆羅邏！若我正法、律中剎利種族姓子剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，彼捨本名，同曰沙門，梵志種、居士種、工師種族姓子，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，彼捨本名，同曰沙門者，是謂我正法、律中第八未曾有法，令諸比丘見已樂中。

> 「さらに、バララよ。大海には閻浮洲に五つの大河がある。すなわち、ガンジス川、ヤムナー川、シラーヴァティー川、アチラヴァティー川、マヒー川である。それらはすべて大海に入り、入った後はそれぞれの名前を捨て、すべて大海と名乗る。バララよ。私の正しい教えと戒律もまた同じである。クシャトリヤの家系の者たちは、髭や髪を剃り、袈裟をまとい、深い信仰心から家を捨てて修行に入る。彼らは元の名前を捨て、一様に“沙門”と呼ばれる。バラモン、在家者、職人の家系の者たちも、髭や髪を剃り、袈裟をまとい、深い信仰心から家を捨てて修行に入る。彼らも元の名前を捨て、一様に“沙門”と呼ばれる。バララよ。私の正しい教えと戒律の中で、クシャトリヤ、バラモン、在家者、職人の家系の者たちが、髭や髪を剃り、袈裟をまとい、深い信仰心から家を捨てて修行に入り、元の名前を捨てて一様に“沙門”と呼ばれること。これが私の正しい教えと戒律における第八の未曾有の法であり、比丘たちはこれを見て満足するのである。」

「婆羅邏！是謂正法、律中有八未曾有法，令諸比丘見已樂中。婆羅邏！於意云何？若我正法、律中有八未曾有法，若汝大海中有八未曾有法，此二種未曾有法，何者為上、為勝、為妙、為最？」

> 「婆羅邏よ、これこそが正法と律にある八つの未曾有の法であり、比丘たちがそれを見て楽しみの中にいる所以である。婆羅邏よ、あなたはどう思うか。私の正法と律に八つの未曾有の法があり、あなたの大海にも八つの未曾有の法があるならば、この二つの未曾有の法のうち、どちらがより優れ、勝れ、妙であり、最上であるのか。」

婆羅邏白曰：「世尊！我大海中有八未曾有法，不及如來八未曾有法，不如千倍萬倍，不可比，不可喻，不可稱，不可數，但世尊八未曾有法為上、為勝、為妙、為最。世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> バラロ（海神）が申し上げました。「世尊よ、私の大海には八つの未曾有の法がありますが、それらは如来の八つの未曾有の法に及びません。千倍、万倍にも及ばず、比べることも、例えることも、量ることも、数えることもできません。ただ、世尊の八つの未曾有の法こそが、優れ、勝れ、妙であり、最上のものであります。世尊よ、私は今、仏、法、そして比丘の僧伽に帰依いたします。どうか世尊よ、私を在家の信者（優婆塞）としてお受け入れください。本日より、命が終わるまで生涯、帰依し続けます。」

佛說如是。婆羅邏阿修羅王及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのようにお説きになりました。バララ・アスラ王と比丘たちは、仏の教えを聞いて、喜び、その教えの通りに実践しました。

阿修羅經第四竟二千三百六十二字

> 阿修羅経　第四　終わり<note>二千三百六十二字</note>

## 中阿含經卷第八一萬六百五十八字初一日誦

> 中阿含経 巻第八