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title: "中阿含經 · 37 瞻波經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （三七）中阿含未曾有法品瞻波經第六初一日誦

> （三七）中阿含未曾有法品 瞻波経 第六<note>初一日誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊瞻波，在恒伽池邊。

> ある時、仏様はチャンパーの町を訪れ、ガンジス川のほとりにおられました。

爾時，世尊月十五日說從解脫時，於比丘眾前敷座而坐。世尊坐已，即便入定，以他心智觀察眾心，觀眾心已，至初夜竟，默然而坐。

> その時、世尊（お釈迦さま）は月の十五日の説法の日のために、比丘たちの前で座を整えてお座りになりました。お座りになるとすぐに心を静め、他人の心を知る智慧（他心智）をもって修行者たち一人ひとりの心を観察されました。心々を観終え、夜の初めが終わるまで、ただ静かに座っておられました。

於是，有一比丘即從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「世尊！初夜已訖，佛及比丘眾集坐來久，唯願世尊說從解脫。」爾時，世尊默然不答。

> そこで、一人の比丘が座を立って衣を整え、合掌して仏に向かい、こう申し上げた。「世尊よ、初夜が過ぎ、仏と比丘たちが長く集まって座っております。どうか世尊が、解脱の教えをお説きください。」しかし、その時、世尊は黙って答えられなかった。

於是，世尊復至中夜默然而坐。彼一比丘再從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「世尊！初夜已過，中夜將訖，佛及比丘眾集坐來久，唯願世尊說從解脫。」世尊亦再默然不答。

> そこで、世尊は再び中夜も黙って座しておられた。すると、先ほどの比丘が再び座を立ち、衣を整え、合掌して仏に向かい、こう申し上げた。「世尊よ。初夜は過ぎ、中夜もまもなく終わろうとしています。仏と比丘たちは長く集まって座っております。どうか世尊に『解脱の教え』をお説きいただけますように。」しかし世尊は再び黙して答えられなかった。

於是，世尊復至後夜默然而坐。彼一比丘三從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「世尊！初夜既過，中夜復訖，後夜垂盡，將向欲明，明出不久，佛及比丘眾集坐極久，唯願世尊說從解脫。」

> こうして、世尊は再び後夜（深夜）まで黙って座していた。ある比丘が三度立ち上がり、衣を片方の肩にかけ、合掌して仏に向かい、こう申し上げた。「世尊よ。初夜が過ぎ、中夜も終わり、後夜もまもなく明けようとしています。夜明けが近づき、太陽が出るのも間もなくです。仏と比丘たちの集まりは大変長く座っております。どうか世尊よ、『解脱の教え』をお説きください。」

爾時，世尊告彼比丘：「於此眾中，有一比丘已為不淨。」彼時尊者大目乾連亦在眾中，於是，尊者大目乾連便作是念：「世尊為何比丘而說此眾中有一比丘已為不淨？我寧可入如其像定，以如其像定他心之智，觀察眾心。」尊者大目乾連即入如其像定，以如其像定他心之智，觀察眾心，尊者大目乾連便知世尊所為比丘說，此眾中有一比丘已為不淨。

> その時、世尊はその比丘たちに告げられた。「この集いの中に、すでに清らかでなくなった比丘が一人いる。」 その時、尊者の大目乾連（マハーモッガラーナ）もその集いにいた。そこで、尊者の大目乾連はこう考えた。「世尊は、どの比丘のことを『この集いの中に、すでに清らかでなくなった比丘が一人いる』とおっしゃったのだろう。私は、ある特定の瞑想に入り、その他心通の智慧によって、集いの心を観察してみよう。」 尊者の大目乾連は、すぐにその特定の瞑想に入り、その他心通の智慧で集いの心を観察した。そして、尊者の大目乾連は、世尊がどの比丘について「この集いの中に、すでに清らかでなくなった比丘が一人いる」とおっしゃったのかを悟った。

於是，尊者大目乾連即從定起，至彼比丘前，牽臂將出，開門置外：「癡人遠去，莫於此住，不復得與比丘眾會，從今已去，非是比丘。」閉門下鑰，還詣佛所，稽首佛足，却坐一面，白曰：「世尊所為比丘說，此眾中有一比丘已為不淨，我已逐出。世尊！初夜既過，中夜復訖，後夜垂盡，將向欲明，明出不久，佛及比丘眾集坐極久，唯願世尊說從解脫。」

> そこで、尊者大目乾連は禅定から立ち上がり、その比丘のところへ行き、腕を引いて外に連れ出し、門を開けて外に置いて言った。「愚か者よ、遠くへ去れ。ここに留まるな。もはや比丘たちの集まりに加わることはできない。今より後、お前は比丘ではない。」門を閉じて鍵をかけ、仏のもとに戻り、仏の足に礼拝してから、一方に座り、こう申し上げた。「世尊が比丘たちにおっしゃったとおり、この僧伽の中に一人の比丘がいて、すでに清らかでなくなりましたので、私は彼を追い出しました。世尊よ、初夜が過ぎ、中夜も終わり、後夜もまさに尽きようとして、夜明けが近づいております。明るさが差し込むのも間もなくでございます。仏と比丘たちは、非常に長く座っておられます。どうか世尊よ、解脱の教え（波羅提木叉）をお説きくださいますよう。」

世尊告曰：「大目乾連！彼愚癡人當得大罪，觸嬈世尊及比丘眾。大目乾連，若使如來在不淨眾說從解脫者，彼人則便頭破七分。是故大目乾連！汝等從今已後說從解脫，如來不復說從解脫。所以者何？大目乾連！如彼大海，從下至上，周迴漸廣，均調轉上，以成於岸，其水常滿，未曾流出。大目乾連！我正法、律亦復如是，漸作漸學，漸盡漸教。大目乾連！若我正法、律漸作漸學，漸盡漸教者，是謂我正法、律中未曾有法。

> 世尊はお告げになりました。「大目乾連よ、あの愚かな者は、世尊や比丘たちを悩ましたことで大きな罪を得るでしょう。大目乾連よ、もし如来が清らかでない集いの中で解脱の教えを説かれるなら、その者は頭が七つに割れてしまうでしょう。それゆえ、大目乾連よ、あなたたちは今後、解脱の教えを説きなさい。如来はもう解脱の教えを説くことはありません。なぜかというと、大目乾連よ、あたかも大海が下から上へと周りを広げながら、均等に高まり岸を成し、水が常に満ちていて、あふれ出ることがないように、大目乾連よ、私の正しい教えと戒律もまた同じです。少しずつ行い、少しずつ学び、少しずつ尽くし、少しずつ教えるのです。大目乾連よ、私の正しい教えと戒律が少しずつ行われ、少しずつ学ばれ、少しずつ尽くされ、少しずつ教えられること、これこそが、私の正しい教えと戒律における未曾有の法なのです。」

「復次，大目乾連！如大海潮，未曾失時。大目乾連！我正法、律亦復如是，為比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私施設禁戒，諸族姓子乃至命盡，終不犯戒。大目乾連！若我正法、律為比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私施設禁戒，諸族姓子乃至命盡，終不犯戒者，是謂我正法、律中未曾有法。

> また、大目乾連よ。大海の潮が決して時を失しないように、大目乾連よ。私の正しい教えと戒律もまた同じである。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷のために戒律を定めると、諸々の良家の子らは命が終わるまで決してその戒を犯さない。大目乾連よ。もし私の正しい教えと戒律が、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷のために戒律を定め、諸々の良家の子らが命が終わるまで決してその戒を犯さないのであれば、これが私の正しい教えと戒律における未曾有の法である。

「復次，大目乾連！如大海水，甚深無底，極廣無邊。大目乾連！我正法、律亦復如是，諸法甚深，甚深無底，極廣無邊。大目乾連！若我正法、律諸法甚深，甚深無底，極廣無邊者，是謂我正法、律中未曾有法。

> 「また、大目乾連よ。大海の水が底知れず深く、果てしなく広いように、私の教えと戒律もまた同じである。諸々の教えは極めて深く、底知れず、限りなく広い。大目乾連よ、このように私の教えと戒律における諸々の教えが極めて深く、底知れず、限りなく広いことこそ、私の教えと戒律における未曾有の法である。」

「復次，大目乾連！如海水鹹，皆同一味。大目乾連！我正法、律亦復如是，無欲為味，覺味、息味及道味。大目乾連！若我正法、律無欲為味，覺味、息味及道味者，是謂我正法、律中未曾有法。

> 「また、大目乾連よ。海の水は塩辛く、すべて同じ一味であるように、わたしの説く正しい教えと律もまた同じである。すなわち、欲のないこと（無欲）を味わいとし、目覚め（覚）を味わいとし、静けさ（息）を味わいとし、道（道）を味わいとするのである。大目乾連よ、わたしの正しい教えと律が、無欲を味わいとし、覚を味わいとし、息を味わいとし、道を味わいとすることこそ、わたしの正しい教えと律における未曾有の法である。」

「復次，大目乾連！如大海中多有珍寶，無量璝異，種種珍奇，充滿其中，珍寶名者，謂金、銀、水精、琉璃、摩尼、真珠、碧玉、白珂、車𤦲、珊瑚、虎珀、馬瑙、瑇瑁、赤石、琁珠。大目乾連！我正法、律亦復如是，多有珍寶，無量璝異，種種珍琦，充滿其中。珍寶名者，謂四念處、四正勤、四如意足、五根、五力、七覺支、八支聖道。大目乾連！若我正法、律多有珍寶，無量璝異，種種珍奇，充滿其中，珍寶名者，謂四念處、四正勤、四如意足、五根、五力、七覺支、八支聖道者，是謂我正法、律中未曾有法。

> 「また、大目乾連よ。大海の中には、多くの宝があり、数えきれないほどの珍しいもの、さまざまな宝物が満ちています。その宝の名を挙げれば、金、銀、水晶、瑠璃、摩尼、真珠、碧玉、白珂、車渠、珊瑚、琥珀、碼瑙、玳瑁、赤石、旋珠などです。大目乾連よ。私の教えと戒律もまた、これと同じです。多くの宝があり、数えきれないほどの珍しいもの、さまざまな宝物が満ちています。その宝の名を挙げれば、四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、八正道です。大目乾連よ。私の教えと戒律に、多くの宝があり、数えきれないほどの珍しいもの、さまざまな宝物が満ちていて、その宝の名が四念処、四正勤、四如意足、五根、五力、七覚支、八正道であること、これこそが、私の教えと戒律における未曾有の法なのです。」

「復次，大目乾連！如大海中，大神所居，大神名者，謂阿修羅、乾沓惒、羅剎、魚摩竭、龜、鼉、婆留泥、帝麑、帝麑伽羅、提帝麑伽羅。復次，大海中甚奇甚特，眾生身體有百由延，有二百由延，有三百由延，有至七百由延，身皆居海中。大目乾連！我正法、律亦復如是，聖眾大神皆居其中。大神名者，謂阿羅訶、向阿羅訶、阿那含、向阿那含、斯陀含、向斯陀含、須陀洹、向須陀洹。大目乾連！若我正法、律聖眾大神皆居其中，大神名者，謂阿羅訶、向阿羅訶、阿那含、向阿那含，斯陀含、向斯陀含、須陀洹、向須陀洹者，是謂我正法、律中未曾有法。

> 「さらに、大目乾連よ。大海の中には、大きな神々が住んでいる。その大神というのは、阿修羅、乾沓惒、羅刹、魚の摩竭（マカラ）、亀、鼉（ワニ）、婆留泥（バルナ）、帝麑（テイゲイ）、帝麑伽羅（テイゲイカラ）、提帝麑伽羅（ダイテイゲイカラ）である。また、大海には非常に珍しい驚くべきことがある。衆生の体が百由延（ユヤナ）あるもの、二百由延のもの、三百由延のもの、七百由延に及ぶものまで、すべて海の中に住んでいるのだ。 大目乾連よ。私の教えと戒律もまた、これと同じである。聖なる衆（サンガ）の大神たちが、みなその中に住んでいる。その大神というのは、阿羅漢、阿羅漢に向かう者、阿那含、阿那含に向かう者、斯陀含、斯陀含に向かう者、須陀洹、須陀洹に向かう者である。 大目乾連よ。このように私の教えと戒律の中に、聖なる衆の大神たちがすべて住んでいる。その大神とは、阿羅漢、阿羅漢に向かう者、阿那含、阿那含に向かう者、斯陀含、斯陀含に向かう者、須陀洹、須陀洹に向かう者である。これが、私の教えと戒律における未曾有の法である。」

「復次，大目乾連！如大海清淨，不受死屍。若有命終者，過夜風便吹著岸上。大目乾連！我正法、律亦復如是，聖眾清淨，不受死屍。若有不精進人惡生，非梵行稱梵行，非沙門稱沙門，彼雖隨在聖眾之中，然去聖眾遠，聖眾亦復去離彼遠。大目乾連！若我正法、律聖眾清淨，不受死屍。若有不精進人惡生，非梵行稱梵行，非沙門稱沙門，彼雖隨在聖眾之中，然去聖眾遠，聖眾亦復去離彼遠者，是謂我正法、律中未曾有法。

> また、大目乾連よ、大海が清らかであって死体を受け入れないように、もし命終えた者がいれば、夜が明ける風がそれを岸に吹き寄せる。大目乾連よ、わたしの正しい教えと決まりもまた同じである。聖なる集まりは清らかであって、死体を受け入れない。もし怠け者であり、悪い生き方をしながら清らかな行いをしていると称し、修行者でもないのに修行者と自称する者がいるなら、その者は聖なる集まりの中に身を置いていても、聖なる集まりから遠く離れており、聖なる集まりもまたその者から遠く離れているのである。大目乾連よ、わたしの正しい教えと決まりにおける聖なる集まりは清らかであり、死体を受け入れない。もし怠け者であり、悪い生き方をしながら清らかな行いをしていると称し、修行者でもないのに修行者と自称する者がいるなら、その者は聖なる集まりの中に身を置いていても、聖なる集まりから遠く離れており、聖なる集まりもまたその者から遠く離れている。これが、わたしの正しい教えと決まりにおける未曾有の法である。

「復次，大目乾連！如彼大海閻浮洲中有五大河，一曰恒伽，二曰搖尤那，三曰舍牢浮，四曰阿夷羅婆提，五曰摩企，皆入大海，及大海中龍水從空雨墮，渧如車釧，是一切水不能令大海有增減也。大目乾連！我正法、律亦復如是，剎利種族姓子剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，不移動心解脫，自作證成就遊。大目乾連！不移動心解脫，於我正法、律中無增無減，如是梵志種、居士種、工師種族姓子剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，不移動心解脫，自作證成就遊。大目乾連！不移動心解脫，於我正法、律中無增無減。大目乾連！若我正法、律剎利種族姓子剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，不移動心解脫，自作證成就遊。大目乾連！不移動心解脫，於我正法、律中無增無減，如是梵志種、居士種、工師種族姓子剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，不移動心解脫，自作證成就遊。大目乾連！不移動心解脫，於我正法、律中無增無減者，是謂我正法、律中未曾有法。」

> 「また、大目乾連よ。例えばあの大海には、閻浮洲にある五大河、すなわちガンジス川、ヤムナー川、サラブー川、アチラヴァティー川、マヒー川がすべて流れ込み、さらに大海の中では竜の水が空から車釧のような雫となって降り注ぐが、それらすべての水をもってしても、大海を増減させることはできない。大目乾連よ、私の教えと戒律もまた、これと同じである。クシャトリヤの家柄の立派な若者が髪やひげを剃り、袈裟をまとい、確かな信仰をもって家を捨て、家庭なき修行者として道を学び、動かざる心の解脱を自ら悟り、その成就した境地に安住する。大目乾連よ、動かざる心の解脱は、私の教えと戒律において、増えることも減ることもないのである。同様に、バラモンの家柄、ヴァイシャの家柄、シュードラの家柄の立派な若者たちもまた、髪やひげを剃り、袈裟をまとい、確かな信仰をもって家を捨て、家庭なき修行者として道を学び、動かざる心の解脱を自ら悟り、その成就した境地に安住する。大目乾連よ、動かざる心の解脱は、私の教えと戒律において、増えることも減ることもないのである。大目乾連よ、このように、私の教えと戒律において、クシャトリヤの家柄の立派な若者であろうと、バラモン、ヴァイシャ、シュードラの家柄の立派な若者であろうと、皆が髪やひげを剃り、袈裟をまとい、確かな信仰をもって家を捨て、家庭なき修行者として道を学び、動かざる心の解脱を自ら悟り、その成就した境地に安住する。そして、その動かざる心の解脱が、私の教えと戒律において増えることも減ることもないということ。これこそが、私の教えと戒律における未曾有の法なのである。」

佛說如是。尊者大目乾連及諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏様はこのようにお説きになりました。尊者の大目乾連（だいもくけんれん）と比丘たちは、仏様の教えを聞いて、喜び、その教えの通りに実践しました。

瞻波經第六竟一千八百一十四字

> チャンパ経 第六 終了<note>千八百一十四字</note>