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title: "雜阿含經 · 23"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （二三）

> （二三）

如是我聞：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛住王舍城迦蘭陀竹園。

> あるとき、お釈迦様は王舎城の迦蘭陀竹園におられました。

爾時，尊者羅睺羅往詣佛所，頭面禮足，却住一面，白佛言：「世尊！云何知、云何見我此識身及外境界一切相，能令無有我、我所見、我慢使繫著？」

> その時、尊者ラーフラは仏のもとへ赴き、頭を地につけて礼拝し、一歩退いて立ち、仏に申し上げた。 「世尊よ、どのように知り、どのように見れば、この私の識の身と外の世界の一切の相において、我という見解、我の所有という見解、我慢の煩悩による執着をなくすことができるのでしょうか？」

佛告羅睺羅：「善哉！善哉！能問如來：『云何知、云何見我此識身及外境界一切相，令無有我、我所見、我慢使繫著？』耶。」

> 仏陀は羅睺羅に告げられた。「善いかな、善いかな。よく如来に問うた。『いかにして知り、いかにして見れば、この識身および外の境界の一切の相において、我あり、我所有の見、我慢の煩悩の繋縛を離れることができるのでしょうか』と。」

羅睺羅白佛言：「如是，世尊！」

> 羅睺羅は仏に申し上げました。「かしこまりました、世尊！」

佛告羅睺羅：「善哉！諦聽！諦聽！善思念之，當為汝說。羅睺羅！當觀若所有諸色，若過去、若未來、若現在，若內、若外，若麁、若細，若好、若醜，若遠、若近，彼一切悉皆非我、不異我、不相在，如是平等慧正觀。如是受、想、行、識，若過去、若未來、若現在，若內、若外，若麁、若細，若好、若醜，若遠、若近，彼一切非我、不異我、不相在。如是平等慧如實觀。

> 仏が羅睺羅に告げられた。「よろしい。よく聞きなさい。よく聞いて、よく心に留めなさい。あなたのために説きましょう。 羅睺羅よ、あらゆる色（物質的なもの）について、過去のものも、未来のものも、現在のものも、内なるものも、外なるものも、粗いものも、細かいものも、良いものも、悪いものも、遠くにあるものも、近くにあるものも、そのすべてが『私』ではなく、『私』とは異なるものでもなく、互いに属し合うものでもない、とこのように平等な智慧で正しく観察しなさい。 同じように、受（感覚）・想（イメージ）・行（心の働き）・識（認識）についても、過去・未来・現在、内・外、粗・細、好・醜、遠・近のすべてが、『私』ではなく、『私』とは異なるものでもなく、互いに属し合うものでもない、とこのように平等な智慧であるがままに観察しなさい。」

「如是，羅睺羅！比丘如是知、如是見。如是知、如是見者，於此識身及外境界一切相，無有我、我所見、我慢使繫著。

> 「このように、ラーフラよ。比丘はこのように知り、このように見る。このように知り、このように見る者は、この識別ある身体と、外のすべての境遇や相について、私や私のものという見解、私という慢心の束縛に執着することがない。」

「羅睺羅！比丘若如是於此識身及外境界一切相，無有我、我所見、我慢使繫著者，比丘是名斷愛欲，轉去諸結，正無間等，究竟苦邊。」

> 羅睺羅よ、比丘がもしこの識身と外界のすべての相に対して、「私がある」「これは私のものだ」という見解や、慢心の煩悩による執着がなくなったなら、その比丘は愛欲を断ち、すべての束縛を離れ、正しい智慧によって迷いを滅ぼし、苦しみの果てに至った者と言える。

時，羅睺羅聞佛所說，歡喜奉行。

> その時、羅睺羅は仏の説かれたことを聞き、歓喜して教えを実践しました。