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title: "起世經 · 3"
description: "起世经是隋代高僧阇那崛多等人翻译的重要佛教经典，属于阿含部经典之一。该经主要阐述宇宙生成、世界构造及众生轮回的佛教世界观，详细描绘了世界的形成、毁灭及再生过程，并探讨了众生业力与轮回的关系。阇那崛多是北印度高僧，隋文帝时期来华，参与译经事业，对汉传佛教经典的传播贡献卓著。起世经在佛教中具有重要地位，为研究佛教宇宙观和轮回思想提供了经典依据，对后世佛教哲学和修行实践影响深远。"
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## 起世經卷第四

> 起世経 第四巻

隋天竺三藏闍那崛多等譯

> 隋の天竺三蔵僧・闍那崛多 他訳

### 地獄品第四之三

> 第四章　地獄の章　その三

「復次，諸比丘！彼阿毘至大地獄中，亦有十六諸小地獄而為眷屬，以自圍繞，其獄各廣五百由旬，初黑雲沙乃至最後寒氷地獄。諸比丘！如是地獄有何因緣，名阿毘至耶？諸比丘！此阿毘至大地獄中所有眾生，生者有者出者住者，是諸眾生惡業果故，自然出生諸守獄卒，各以兩手執彼地獄諸眾生身，𢷏置熾燃熱鐵地上，火焰直上一向猛盛，覆面於地，便持利刀，從脚踝上，破出其筋，手捉挽之，乃至項筋，皆相連引，貫徹心髓，痛苦難論。如是挽已，令駕鐵車，馳奔而走，其車甚熱，光焰熾燃，一向猛盛，將其經歷無量由旬。所行之處，純是洞然熱鐵險道，去已復去，隨獄卒意無暫停時，欲向何方，稱意即去。隨所去處，隨所到處，獄卒挽之，未曾捨離。如是去時，隨所經歷，銷鑠罪人身諸肉血無復遺餘。以是因緣，受嚴切苦、極重劇苦、意不憙苦，命亦未終。乃至未盡惡不善業，未滅未散、未變未移，若於往昔人非人身，所作來者，一切悉受。

> また、比丘たちよ、その阿鼻大地獄には、十六の小地獄が眷属として巡り囲んでいる。それぞれの地獄は広さが五百由旬あり、最初の黒雲沙地獄から最後の寒氷地獄に至るまで続いている。 比丘たちよ、この地獄がなぜ「阿鼻至」と呼ばれるのか、その理由を聞きなさい。 この阿鼻大地獄の中にいるすべての衆生——生まれた者、存在する者、現れた者、留まる者——は、その悪業の報いによって、自然と守獄の役人が現れる。彼らは両手で地獄の衆生の体を掴み、真っ赤に燃え盛る熱鉄の地面に投げつける。炎はまっすぐに立ち上り、激しく燃え盛っている。うつ伏せにされた彼らは、鋭い刀で足首から腱を引き出され、手でそれを掴んで引っ張られる。首の腱に至るまで、すべてがつながり合い、心臓や髄にまで貫通し、その苦しみは言葉にできない。 こうして腱を引き出された後、彼らは熱い鉄の車に乗せられ、駆け回らされる。その車は非常に熱く、炎が激しく燃え盛っている。無量の由旬を進みながら、通る道はすべて熱せられた鉄の危険な道であり、休む間もなく獄卒の意のままに進む。どこへ行こうと、思うままに進ませられ、到着する場所ごとに獄卒が引き回し、決して手放さない。 こうして進むうちに、罪人の体の肉や血はすべて焼け溶かされ、跡形もなくなる。このような因縁によって、厳しい苦しみ、極めて重い苦しみ、意に反する苦しみを受けながらも、命は終わらない。過去に人として、あるいは人以外の身として行った悪しき不善の業が尽きず、消えず、変わらず、移らない限り、そのすべてを経験し続けるのである。

「復次，諸比丘！此阿毘至大地獄中所有眾生，生者有者化者住者，以其不善業果報故，從於東方，有大火聚忽爾出生，熾燃赤色，極大猛焰，一向炎赫；如是次第，南西北方、四維上下，各各皆有極大火聚，熾燃出生，光焰炎赫。罪人爾時，以此四方諸大火聚之所圍繞，漸漸逼近，觸其身故，受諸痛苦，乃至受於大嚴切苦，命亦未終。略說如上，於彼獄中，一切具受。

> 「さらに、比丘たちよ、このアビーチ大地獄にいるすべての衆生――生まれた者、存在する者、変化身する者、留まる者――は、その不善の業の報いにより、東方から突然、大きな火の塊が現れ出でる。赤く燃え盛り、極めて強い炎がひときわ激しく燃え上がる。同様に、南方、西方、北方、四隅、上下の各方角にも、それぞれ極めて大きな火の塊が燃え盛りながら現れ出で、その光と炎は激しく照り輝く。 その時、罪人はこれら四方の大きな火の塊に取り囲まれ、次第に迫られて、その身に触れるがゆえに、さまざまな苦しみを受け、さらには極めて厳しい苦しみを受けるが、命は終わらない。先に述べたように、彼の地獄において、そのすべてを味わうのである。」

「復次，諸比丘！此阿毘至大地獄中諸眾生等，生者有者乃至住者，惡業果故，從於東壁出大光焰，直射西壁，到已而住；從於西壁出大光焰，直射東壁，到已而住；從於南壁出大光焰，直射北壁；從於北壁出大光焰，直射南壁；從下射上，自上射下；縱橫相接，上下交射，熱光赫奕，騰焰相衝。爾時，獄卒以諸罪人，擲置六種大火聚內。是諸罪人，乃至受於極嚴切苦，命亦未終。略說乃至彼不善業，未畢未盡，於其中間，具足而受。

> また、比丘たちよ、この阿毘至大地獄にいる衆生たちは、生まれた者も、存在する者も、とどまる者も、悪業の報いによって、東の壁から大きな火の焰が出て、まっすぐに西の壁に達し、届いてからとどまる。西の壁から大きな火の焰が出て、まっすぐに東の壁に達し、届いてからとどまる。南の壁から大きな火の焰が出て、まっすぐに北の壁に達し、北の壁から大きな火の焰が出て、まっすぐに南の壁に達する。下から上へ射し、上から下へ射す。縦横に交わり合い、上下に照り渡り、熱い光が赫々と輝き、焰が飛び交い衝突する。そのとき、獄卒たちは罪人たちを六種の大きな火の塊の中に投げ込む。これらの罪人たちは、極めて厳しい苦しみを受けても、命は終わらない。簡単に言えば、その不善の業が尽きず、残りなく終わらない間は、その中で完全に苦しみを受けるのである。

「復次，諸比丘！此阿毘至大地獄中諸眾生等，生者有者乃至住者，惡業果故，經無量時受長遠苦。爾時，即見地獄東門忽然自開，是諸眾生既聞開聲，復見門開，便走趣之，走已復走，大速疾走，各言：『我等至彼處已，決應得脫。我等今者若到彼處，應大吉祥。』彼諸眾生如是走時、走復走時、速疾走時，其身轉更熾燃光焰。譬如世間有力壯夫，將大火炬逆風而走，而彼火炬，更復轉燃，焰熾猛盛。如是如是，彼諸眾生，如是走時，速疾走時，身諸支節，轉復熾燃，舉足之時肉血離散，下足之時肉血還生。又彼眾生，如是奔走，欲近門時，罪業力故，門還自閉。罪人爾時，於彼獄中，熾燃光焰熱鐵地上，悶絕倒臥，覆面而踣。既覆倒已，即燒其皮；既燒皮已，次燒其肉；既燒肉已，次燒其筋；既燒筋已，次燒其骨；既燒骨已，徹至其髓。徹至髓時，唯見烟出；出已復出，烟燧火出。罪人於中，乃至次第受極嚴苦，命亦未終。略說如前，未盡彼人惡不善業，乃至往昔人非人身所作來者，於中具受。

> 「また、比丘たちよ、このアピチ地獄の衆生たちは、生まれ、存在し、とどまる者たちも、悪業の報いにより、無限の時を経て長き苦しみを受ける。その時、地獄の東の門が突如として自ら開くのを見る。彼らはその開く音を聞き、門が開くのを見ると、走ってそこへ向かう。走ってはさらに走り、大急ぎで走りながら、互いに言う。『我々はあの場所に着けば、きっと逃れられる。今、あそこに辿り着ければ、大いなる幸いがあるだろう。』彼らがこうして走り、さらに走り、速く走る時、その身はますます燃え盛る光の炎となる。例えば世間で力強い人が、大きな松明を逆風に向かって走らせる時、その松明はさらに燃え上がり、炎が激しく盛んになるのと同じだ。全くそのように、これらの衆生がこうして走り、速く走る時、その身体の各部はますます燃え上がり、足を上げれば肉と血は離れ散り、足を下ろせば肉と血は再び生じる。また、彼らが門に近づこうと走る時、罪業の力によって門は再び閉じてしまう。その時、罪人はその地獄で、燃え盛る光の炎の熱い鉄の地に、悶絶して倒れ伏し、うつ伏せに倒れ込む。倒れ伏せば、まず皮が焼かれ、皮が焼かれると次に肉が焼かれ、肉が焼かれると次に筋が焼かれ、筋が焼かれると次に骨が焼かれ、骨が焼かれると髄にまで達する。髄に達すると、ただ煙が出るのが見え、煙が出続け、そして火の粉が飛び出す。罪人はその中で、次第に極めて厳しい苦しみを受けるが、命は尽きない。前に述べた通り、その人の悪しき不善の業が尽きるまで、つまり過去に人として、あるいは人以外の身として行った業が、その中ですべて受けられるのである。

「復次，諸比丘！此阿毘至大地獄中諸眾生等，生者有者乃至住者，以諸不善業果報故，經無量時，長遠道中受諸苦已，地獄四門還復更開。於門開時，彼地獄中諸眾生等，聞聲見開，向門而走。走已復走，乃至大走，作如是念：『我等今者當於此處必應得脫，我等於今定當訖了。』彼人如是大馳走時，其身轉復熾燃猛烈。譬如壯夫執乾草炬逆風而走，彼炬既燃轉復熾盛。如是如是，彼諸眾生走已復走，乃至大走，如是走時，彼人身分，轉更熾燃。欲舉足時肉血俱散，欲下足時肉血還生。及到獄門，其門還閉。彼諸眾生於此熾燃熱鐵地上，一向馳走，既不得出，其心悶亂，覆面倒地。既倒地已，遍燒身皮；既燒皮已，次燒其肉；既燒肉已，復燒其骨，乃至徹髓，烟焰洞燃，其烟熢㶿，其焰炎赫，烟焰相雜，熱惱復倍，彼人於中受極嚴苦。略說如前，乃至壽命未得終盡，惡不善業，未滅未離、未變未散，乃至往昔人非人身，所造作者，一切悉受。

> また、比丘たちよ、この阿鼻大地獄にいる衆生たちは、生まれた者も、存在する者も、とどまる者も、さまざまな不善の業の報いによって、限りない時を、長い苦しみの道の中で過ごした後、地獄の四つの門が再び開かれます。門が開かれる時、その地獄の衆生たちは、音を聞き、開くのを見て、門に向かって走ります。走ってはまた走り、さらに大いに走り、こう思います。「私たちは今、ここで必ず逃れ出られるだろう。私たちは今、必ず終わりを迎えるのだ。」そのように激しく走る時、彼らの身体はますます燃え上がり激しくなります。例えば、力ある者が乾いた草の束を持って風に向かって走る時、その束は燃えてますます盛んになるようなものです。まさにそのように、彼ら衆生は走ってはまた走り、さらに大いに走る時、その身体の各部分はますます燃え上がります。足を上げようとすれば肉も血も散り、足を下ろそうとすれば肉も血もまた生じます。そして地獄の門にたどり着くと、その門はまた閉じてしまいます。彼ら衆生は、この燃え盛る熱鉄の地面の上をひたすら走り回りますが、出ることができず、心は混乱し、うつ伏せになって倒れます。倒れた時、全身の皮が焼かれ、皮が焼かれると次に肉が焼かれ、肉が焼かれるとさらに骨が焼かれ、ついには骨髄にまで達し、煙と炎が激しく燃え上がります。その煙はもうもうと立ちこめ、その炎は盛んに燃え上がり、煙と炎が混ざり合い、熱苦しさはさらに倍増し、その者はその中で極めて厳しい苦しみを受けます。おおまかには先に述べた通りであり、寿命が尽きるまで、悪しき不善の業が滅びず、離れず、変わらず、散らない限り、過去に人間や人間以外の身で造ったすべての業を、ことごとく受け続けるのです。

「復次，諸比丘！此阿毘至大地獄中所有眾生，乃至住者，以不善業果報力故，為地獄火熾燃燒之。爾時，眼所見色，皆是意所不憙，有意憙者皆不現前，非意所好、不可愛色、不善之色，而恒逼惱，耳所聞聲、鼻所聞香、舌所知味、身所覺觸、意所念法，皆是心意所不喜者。非意所喜、非可愛法，恒來現前，凡有境界，皆是不善。彼人於中以是因緣，恒受極重麤澁苦惱，其色惡故，其觸亦然，乃至壽命，未得終盡。惡不善業，未沒未滅，若於往昔人非人身，有所造作，一切惡業，悉皆具受。

> 「さらに、比丘たちよ、この阿鼻地獄の大地獄にいるすべての衆生、そこに住む者たちは、不善の業の果報の力によって、地獄の火に激しく燃やされる。その時、目に見える色は、すべて心の望まないものばかりであり、心の望むものは一切現れない。好ましくなく、愛せず、善くない色が、常に彼らを苦しめる。耳に聞こえる声、鼻に嗅ぐ香り、舌に味わう味、身に触れる感触、心に思い浮かぶ法（こと）も、すべて心の喜ばないものばかりである。心の喜ばず、愛すべきでない法が、常に眼前に現れる。およそ彼らの境界は、すべて不善である。彼らはその中で、このような因縁により、常に極めて重く、粗く、苦しい悩みを受け続ける。その色（姿）が悪いゆえに、その感触もまた同じである。寿命が尽きるまで、悪い不善の業が消え去らず、滅しない限り、過去に人として、あるいは人以外の身として、行ったすべての悪業を、残らずみな受けるのである。」

「復次，諸比丘！有何因緣，阿毘至獄名阿毘至耶？諸比丘！此阿毘至大地獄中，於一切時，無有須臾暫受安樂，乃至得如一彈指頃，是故名此大地獄者為阿毘至。如是次第，具足受苦。諸比丘！此大地獄諸眾生等，經無量時受長遠苦，乃至得從此阿毘至大地獄出，出已馳走，走已復走，乃至大走，欲求屋宅、求覆求洲、求歸依處、求救護處。爾時，復入黑雲沙等五百由旬諸小地獄，入已乃至略說最後到第十六寒氷地獄，具受眾苦，然後乃於彼處命終。」

> 「さらに、比丘たちよ。なぜ阿鼻地獄を阿鼻と呼ぶのか。比丘たちよ、この阿鼻大地獄では、いついかなる時も、一瞬たりとも安楽を受けることがなく、指を弾くほどの短い時間さえもない。それゆえに、この大地獄を阿鼻と名づける。このようにして、次々と苦しみを完全に受けるのである。 比丘たちよ。この大地獄の衆生たちは、限りない時を経て、長く遠い苦しみを受け、ついにこの阿鼻大地獄から出ることができる。出た後、彼らは走り、さらに走り、さらに大いに走りながら、家を求め、隠れ場所を求め、洲を求め、帰依する場所を求め、救いを求める場所を求める。するとその時、再び黒雲沙などの五百由旬の諸々の小地獄に入る。入った後は、省略して述べれば、最後に第十六の寒氷地獄に至り、様々な苦しみをすべて受け、その後、そこで命を終えるのである。」

此中世尊說如是偈：

> ここに、世尊は次のような偈（うた）を説かれました。

「若人身口意造業， 作已入於惡道中，如是當生活地獄， 最為可畏毛竪處。經歷無數千億歲， 死已須臾還復活，怨讎各各相報對， 由此眾生更相殺。若於父母起惡心， 或佛菩薩聲聞眾，此等皆墮黑繩獄， 其處受苦極嚴熾。教他正行令邪曲， 見人友善必破壞，此等亦墮黑繩獄。 兩舌惡口多妄語，樂作三種惡重業， 不修三種善根芽，此等癡人必當入， 合大地獄久受苦。或殺羊馬及諸牛， 種種雜獸雞猪等，并殺諸餘蟲蟻類， 彼人當墮合地獄。世間怖畏相多種， 以此逼迫惱眾生，當墮磑山地獄中， 受於塠壓舂擣苦。貪欲恚癡結使故， 迴轉正理令別異，判是作非乖法律， 彼為刀劍輪所傷。倚恃強勢劫奪他， 有力無力皆悉取，若作如是諸逼惱， 當為鐵象所蹴蹋。若樂殺害諸眾生， 身手血塗心嚴惡，常行如是不淨業， 彼等當生叫喚處。種種觸惱眾生故， 於叫喚獄被燒煮，其中復有大叫喚， 此由諂曲姧猾心。諸見稠林所覆蔽， 愛網彌密所沈淪，常行如是最下業， 彼則墮於大叫喚。若至如是大叫喚， 熾燃鐵城毛竪處，其中鐵堂及鐵屋， 諸來入者悉燒燃。若作世間諸事業， 恒當惱亂諸眾生，彼等當生熱惱獄， 於無量時受熱惱。世間沙門婆羅門， 父母尊長諸耆舊，若恒觸惱令不喜， 彼等皆墮熱惱獄。生天淨業不樂修， 所愛至親常遠離，憙作如是諸事者， 彼人當入熱惱獄。惡向沙門婆羅門， 并諸善人父母等，或復害於餘尊者， 彼墮熱惱常熾燃。恒多造作諸惡業， 不曾發起一善心，是人直趣阿毘獄， 當受無量眾苦惱。若說正法為非法， 說諸非法為正法，既無增益於善事， 彼人當入阿毘獄。活及黑繩此兩獄， 合會叫喚等為五，熱惱大熱共成七， 阿毘至獄為第八。此八名為大地獄， 嚴熾苦切難忍受，惡業之人所作故， 其中小獄有十六。」

> もし人が身・口・意で業をつくり、 その業をなして悪道に入れば、 かくして地獄に生きることとなる。 最も恐ろしく、毛もよだつ場所に。 数えきれない千億の歳月を過ごし、 死んでは、しばしでまた生き返る。 怨みも恨みも互いに報い合い、 それによって衆生は互いに殺し合う。 もし父母に対して悪心を起こし、 あるいは仏・菩薩・声聞の衆に対してならば、 これらの者たちはみな黒縄地獄に堕ちる。 その場所での苦しみは極めて激しく燃え盛る。 他人を正しい道から教えて曲げさせ、 人が善く親しむのを見れば必ず壊す。 これらの者たちも黒縄地獄に堕ちる。 両舌・悪口・多くの妄語をなし、 喜んで三種の悪しき重業をなし、 三種の善根の芽を修めない。 これらの愚か者たちは必ずや入る、 合大地獄にて長く苦しみを受ける。 あるいは羊・馬・そして多くの牛を殺し、 種々の雑多な獣や鶏・豚などを殺し、 さらにその他の虫や蟻の類までも殺す。 その人は合地獄に堕ちる。 世の中には様々な恐怖の相があり、 これによって衆生を悩ませ苦しめるならば、 磑山地獄に堕ちて、 押し潰され、搗き潰される苦しみを受ける。 貪欲・怒り・無明の煩悩の結びつきによって、 正しい道理をねじ曲げて別のものとし、 善悪を誤り、法に背くならば、 その者は刀剣の輪に傷つけられる。 勢いに頼って他から奪い、 力ある者も無い者もすべて取り上げる。 もしこのような様々な苦しみを与えるならば、 鉄の象に踏みつけられることとなる。 もし喜んで多くの生き物を殺し、 手や身を血で塗り、心は厳しく悪しければ、 常にこのような不浄の業を行うならば、 その者たちは叫喚処に生まれる。 様々な仕方で衆生を悩ます故に、 叫喚地獄で煮られ焼かれる。 その中にはさらに大叫喚もあり、 これは諂い曲がった奸猾な心による。 様々な見解の密林に覆われ、 愛の網が密に張り巡らされて沈み、 常にこのような最も下劣な業を行うならば、 その者は大叫喚に堕ちる。 もしこのような大叫喚に至れば、 燃え盛る鉄の城、毛もよだつ場所で、 その中の鉄の堂や鉄の家に、 入って来る者はすべて焼き燃やされる。 もし世の中の様々な業を行いながら、 常に衆生を悩ませ乱すならば、 その者たちは熱悩地獄に生まれ、 限りない時を熱苦しみの中で過ごす。 世間の修行者やバラモン、 父母や尊長、年長者たちに対して、 もし常に悩ませ不興にさせるならば、 その者たちはみな熱悩地獄に堕ちる。 天に生まれる清らかな業を喜んで修めず、 愛する最愛の者たちを常に遠ざけ、 このような様々なことを好んで行う者は、 その人は熱悩地獄に入る。 修行者やバラモンに悪意を向け、 さらに多くの善人や父母などに、 あるいはまた他の尊い者を害するならば、 その者は熱悩に常に燃え盛る地獄に堕ちる。 常に多くの悪業をつくり、 一度も善い心を起こしたことがない。 この人はまっすぐに阿鼻地獄に向かい、 限りない多くの苦しみを受ける。 もし正しい法を「非法」と言い、 様々な非法を「正法」と言うならば、 善いことに何の利益もなく、 その人は阿鼻地獄に入る。 等活・黒縄のこの二つの地獄、 衆合・叫喚などを合わせて五つ、 熱悩・大熱を加えて合わせ七つ、 阿鼻に至る地獄で第八となる。 この八つを名づけて大いなる地獄という。 激しく燃え、苦しく切なく、耐え難い。 悪業の人がつくり出す業ゆえに、 その中に小さな地獄は十六もある。

爾時，世尊說此偈已，告諸比丘，作如是言：「汝諸比丘！應當知彼世界中間，別更復有十地獄處。何等為十？所謂頞浮陀地獄、泥羅浮陀地獄、阿呼地獄、呼呼婆地獄、阿吒吒地獄、搔揵提迦地獄、優鉢羅地獄、波頭摩地獄、奔茶梨地獄、拘牟陀地獄。諸比丘！於彼中間有如是等十種地獄。諸比丘！何因何緣，頞浮陀地獄名頞浮陀耶？諸比丘！頞浮陀獄諸眾生等，所有身形，猶如泡沫，是故名為頞浮陀也。

「復次，於中有何因緣，泥羅浮陀地獄名泥羅浮陀耶？諸比丘！彼泥羅浮陀地獄中諸眾生等，所有身形，譬如肉段，是故名為泥羅浮陀。

> では、なぜその地獄が「ニラフダ」と呼ばれるのか、その理由を説明しましょう。 比丘たちよ、ニラフダ地獄の生きとし生けるものたちは、その体の形が、まるで肉の塊のような姿をしています。そのため、この地獄は「ニラフダ（肉の塊）」という名で呼ばれるのです。

「復次，於中何因何緣，阿呼地獄名為阿呼？諸比丘！阿呼地獄諸眾生等，受嚴切苦逼迫之時，叫喚而言：『阿呼阿呼，甚大苦也。』是故名為阿呼地獄。

> さらに、なぜこの地獄が「ああ地獄」と呼ばれるのか、その理由を説明しましょう。比丘たちよ、ああ地獄の衆生たちは、厳しい苦しみに苛まれ、耐え難い苦しみに圧迫されると、声をあげて叫びます。「ああ、ああ、なんと大きな苦しみであることか」と。このことから、ああ地獄という名がつけられました。

「復次，於中何因何緣，呼呼婆獄名呼呼婆耶？諸比丘！彼呼呼婆地獄中諸眾生等，為彼地獄極苦逼時，叫喚而言：『呼呼婆，呼呼婆。』是故名為呼呼婆也。

> さらに、なぜ「呼呼婆地獄」と呼ばれるのか。比丘たちよ、その地獄の生き物たちは、極度の苦しみに苛まれながら、「フフバ、フフバ」と叫び声をあげる。そのため、この地獄は「呼呼婆」と名付けられたのである。

「復次，於中何因何緣，阿吒吒獄名阿吒吒耶？諸比丘！彼阿吒吒地獄中諸眾生等，以極苦惱逼切其身，但得唱言：『阿吒吒，阿吒吒。』然其舌聲不能出口，是故名為阿吒吒也。

> さらに、なぜ「アタタ地獄」という名前があるのか。比丘たちよ、そのアタタ地獄の衆生たちは、極度の苦しみに全身を苛まれ、ただ「アタタ、アタタ」と叫ぶことしかできない。しかし、その舌の音は口から出ることができない。これがアタタという名前の由来である。

「復次，於中何因何緣，搔揵提迦名搔揵提迦耶？諸比丘！搔揵提迦地獄之中，猛火焰色如搔揵提迦花，是故名為搔揵提迦。

> さらに、ではなぜ「サンカンティカ」という名があるのか。比丘たちよ、サンカンティカ地獄では、激しい炎の色がサンカンティカの花のように燃え盛っている。それゆえに、この名があるのである。

「復次，於中何因何緣，優鉢羅獄名優鉢羅耶？諸比丘！彼優鉢羅地獄之中，猛火焰色如優鉢羅華，是故名為優鉢羅也。

> さらに、なぜ「ウッパラ地獄」というのか。比丘たちよ、ウッパラ地獄というのは、燃え盛る炎の色が青い蓮の花（ウッパラ）に似ているからである。そのため、この名で呼ばれるのである。

「復次，於中何因何緣，拘牟陀獄名拘牟陀耶？諸比丘！彼拘牟陀地獄之中，猛火焰色如拘牟陀花，是故名為拘牟陀也。

「復次，於中何因何緣，奔茶梨迦獄名奔茶梨迦耶？諸比丘！奔茶梨迦地獄之中，猛火焰色如奔茶梨迦花，是故名為奔茶梨迦。

> さらに、では何が原因で、何が縁となって、「ブンジャリカ地獄」はブンジャリカと呼ばれるのか。比丘たちよ、ブンジャリカ地獄の中では、激しい炎の色がブンジャリカの花のようである。そのため、ブンジャリカと呼ばれるのだ。

「復次，於中何因何緣，波頭摩獄名波頭摩耶？諸比丘！彼波頭摩地獄之中，猛火焰色如波頭摩花，是故名為波頭摩也。

「諸比丘！如憍薩羅國斛量如是胡麻滿二十斛，高盛不槩，而於其間，有一丈夫，滿百年已取一胡麻。如是次第，滿百年已復取一粒，擲置餘處。諸比丘！如是擲彼憍薩羅國滿二十斛胡麻盡已，爾所時節，頞浮陀獄，我說其壽猶未畢盡。且以此數，略而計之，如是二十頞浮陀壽，為一泥羅浮陀壽；二十泥羅浮陀壽，為一阿呼壽；二十阿呼壽，為一呼呼婆壽；二十呼呼婆壽，為一阿吒吒壽；二十阿吒吒壽，為一搔揵提迦壽；二十搔揵提迦壽，為一優鉢羅壽；二十優鉢羅壽，為一拘牟陀壽；二十拘牟陀壽，為一奔茶梨迦壽；二十奔茶梨迦壽，為一波頭摩壽；二十波頭摩壽，為一中劫。

「諸比丘！波頭摩地獄所住之處，若諸眾生離其處所一百由旬，便為彼獄火焰所及；若離五十由旬所住眾生，為彼火熏皆盲無眼；若離二十五由旬所住眾生，身之肉血燋燃破散。諸比丘！瞿迦梨比丘，為於舍利弗、目揵連所起誹謗心，濁心惡心故，死後即生波頭摩獄。生彼處已，從其口中出大熱焰，長餘十肘，於其舌上自然而有五百鐵犁，恒常耕之。諸比丘！我於餘處，未曾見有如是色類自損害也，所謂於梵行人邊生垢濁心故、損惱心故、毒惡心故、不利益心故、無慈心故、無淨心故。諸比丘！是故汝等應於一切梵行人所，起慈身口意業。如我所見，晝夜起慈身口意者，常受安樂。是故汝等，一切比丘，皆當如我所見所說，應於晝夜常起慈心，汝等常當如是習學。」

爾時，世尊說此伽他曰：

「世間諸人在世時， 舌上自然生斤鈇，所謂口說諸毒惡， 還自衰損害其身。應讚歎者不稱譽， 不應讚者反談美，如是名為口中諍， 以此諍故無樂受。若人博戲得資財， 是為世間微諍事，於淨行人起濁心， 是名口中大鬪諍。如是三十六百千， 泥羅浮陀地獄數，五頞浮陀諸地獄， 及墮波頭摩獄中；以毀聖人致如是， 由口意業作惡故。

「諸比丘！世界中間，復有諸風，名曰熱惱。諸比丘！彼等諸風，若來至此四洲界者，此四洲界所有眾生，生者住者，一切身分，悉皆散壞消滅無餘。譬如葦荻若被刈已，不得水灌，皆當乾壞，無有遺餘。如是如是，諸比丘！世界中間，所有諸風，名熱惱者，若來至此四洲界時，此四洲界所有眾生，一時皆悉乾壞無餘，亦復如是。但以內鐵圍山、大鐵圍山二山所障，是故彼風不來到此。

「諸比丘！彼鐵圍山、大鐵圍山，能作如是最大利益，為此四洲四世界中諸眾生等作依止業。

「復次，諸比丘！世界中間，所有諸風，吹彼地獄燒煮眾生，身肉脂髓，種種不淨，臭穢之氣，甚可畏惡。諸比丘！其風若來至此四洲世界中者，四洲世界所有眾生，乃至住者，一切盲冥無復眼目，以其臭氣極猛盛故。然由鐵圍及大鐵圍二山為障，遮礙彼故不來至此。

「諸比丘！彼內鐵圍及大鐵圍二種大山，乃能為此四洲世界諸眾生等，作如是比最大利益，成諸眾生依止業故。復次，諸比丘！世界中間，更有大風，名僧伽多。諸比丘！彼風若來至此世界，則此世界四種大洲及八萬四千諸餘小洲，并餘大山、須彌山王，悉能吹舉去地或高一俱盧奢，舉已能令分散破壞；乃至二三四五六七俱盧奢，既擎舉已，悉能令其星散破壞；乃至擎舉高一由旬，星散破壞，亦如前說。如是二三四五六七由旬，擎舉破壞，悉令分散；乃至一百由旬，既擎舉已，分散破壞；二三四五六七百由旬，既擎舉已，分散破壞，亦復如前。乃至一千由旬，二三四五六七千由旬，擎舉之已，分散破壞。諸比丘！譬如壯夫手把麥䴬，把已高舉，末令粉碎，於虛空中，分散棄擲，令無遺餘。如是如是，諸比丘！彼世界中間最大猛風，名僧伽多，其風若來至此四洲，爾時此界四種大洲，及八萬四千諸餘小洲，一切諸山、并須彌山王，悉能高舉，至一俱盧奢，分散破壞，略說如前；乃至舉高七千由旬，分散破壞，亦復如是。諸比丘！但由內鐵圍山、大鐵圍山二山障故，不來至此。諸比丘！彼內鐵圍山、大鐵圍山二山威德，有大利益，乃能如是，為此四洲四世界中諸眾生等作依止業。

「復次，諸比丘！當閻浮洲南二鐵圍山外，有閻魔王宮殿住處，縱廣正等六千由旬，七重牆壁、七重欄楯、七重鈴網，其外七重多羅行樹，周匝圍遶。雜色可觀，七寶所成，所謂金銀琉璃、頗梨赤珠、車𤦲瑪瑙等之所成就。於其四方各有諸門，一一諸門，皆有却敵樓櫓臺殿、園苑花池。是諸花池及園苑內，有種種樹，其樹各有種種眾葉、種種妙花、種種美果，彌滿遍布。種種諸香，隨風遠熏。種種眾鳥，各各和鳴。復次，諸比丘！彼閻魔王，以其惡業不善果故，於夜三時及晝三時，自然而有赤融銅汁，在前出生。當於是時，其王宮殿，即變為鐵，於先所有五欲功德在目前者，皆沒不現。若在宮內，即於宮內如是出生。時，閻魔王見此事已，怖畏不安，諸毛皆竪，即便出外。若在宮外，即復於外如是出生。時，閻魔王心生怖畏，顫動不安，身有諸毛，一時皆竪，即走入內。時，守獄者取閻摩王，高舉𢷏之，置熱鐵地上，其地熾燃，極大猛盛，光焰炎赫，𢷏令臥已，即以鐵鉗，開張其口，以融銅汁，瀉置口中。時，閻摩王被燒脣口；燒脣口已，次燒其舌；既燒舌已，復燒咽喉；燒咽喉已，復燒大腸及小腸等，次第燋燃，從下而出。當於爾時，彼閻摩王，作如是念：『一切眾生，以於往昔身作惡行、口作惡行、意作惡行，是故彼等皆受如是種種異色無量苦惱心不憙事。如地獄中諸眾生等，今我此身并餘眾生，與閻摩王同作業者，亦復如是。嗚呼！願我從今捨此身已，更得身時，俱於人間相逢受生，令我爾時於如來法中當得信解，得信解已，我於彼處復當更得信解具足，剃除鬚髮，著袈裟衣，得正信解，從家出家。我於爾時，既出家已，和合不久，便於善男子為何事故，得正信解，從家出家，無上梵行所盡之處、現見法中，自得通證。具足證已，願我當言：「我今生死已盡，梵行已立，所應作者，皆已作訖，更不復於後世受生。」』

「諸比丘！彼閻摩王，復於是時，發如是等熏習善念。即於爾時，彼閻摩王所住宮殿，還成七寶，種種出生，猶如諸天五欲功德現前具足。爾時，閻摩王復作是念：『一切眾生，以身善行口意善行，便得快樂，唯願彼等各各皆受如是安樂。譬如空居諸夜叉輩，所謂我身及餘閻摩王，諸有眾生，同集業者。』

「諸比丘！有三天使在於世間。何等為三？所謂老、病、死也。諸比丘！有一種人，以自放逸，身行惡行、口行惡行、意行惡行，如是等人，身口及意皆行於惡。以此因緣，身壞命終，趣於惡道，生地獄中。諸守獄者，應時即來，驅彼眾生，至閻摩王前白言：『天王，此等眾生昔在人間，縱逸自在，不善和合，恣身口意行於惡行。以其身口及意行惡行故，今來生此。唯願天王，善教示之，善呵責之。』

「時閻摩王問罪人言：『汝善丈夫！昔在人間，第一天使，善教示汝、善呵責汝，豈得不見彼初天使出現生耶？』答言：『大天！我實不見。』時，閻摩王重復告言：『丈夫！汝豈不見，昔在世間為人身時，或作婦女、或作丈夫，衰老相現，摩訶羅時，齒落髮白，皮膚緩皺，黑黶遍體，狀若胡麻，膊傴背曲，行步跛蹇，足不依身，左右傾側，頸細皮寬，兩邊垂緩，猶若牛𩑶，脣口乾枯，喉舌燥澁，身體屈弱，氣力綿微，喘息出聲，猶如挽鋸，向前欲倒，恃杖而行，盛年衰損，血肉消竭，羸瘦尫弱，趣來世路，舉動沈滯，無復壯形，乃至身心，恒常顫掉，一切支節，疲懈難攝。汝見之不？』彼人答言：『大天！我實見之。』時，閻摩王復告之言：『汝愚癡人，無有智慧。昔日既見如是相貌，云何不作如是思惟：「我今此身，亦有是法，亦有是事，我亦未離如是等法。我今具有如是老法，未得遠離。我當於身口意，亦可造作微妙善業，使我當有長夜利益安樂之報？」』

「爾時，彼人復答言：『大天！我實不作如是思惟。何以故？以心縱蕩行放逸故。』時，閻摩王又更告言：『汝愚癡人，若如是者，汝自懈怠行放逸故，不修身口及意善業。以是因緣汝當長夜得大苦惱，無有安樂，是故汝當具足受此放逸之罪，得如是等惡業果報，亦如諸餘放逸眾生受此罪報。又汝諸人，此之苦報惡業果者，非汝母作、非汝父作、非汝兄弟作、非姉妹作、非國王作、非諸天作，亦非往昔先人所作，是汝自身作此惡業，今還聚集受此報也。』

「爾時，閻摩王，具以如是第一天使，善加教示，呵責彼已，復以第二天使，善教示之，善呵責之。告言：『諸人，汝豈不見第二天使世間出耶？』答言：『大天，我實不見。』王復告言：『汝豈不見，昔在世間作人身時，若婦女身、若丈夫身，四大和合，忽爾乖違，病苦所侵，纏綿困篤，或臥小床、或臥大床，以自糞屎汙穢於身，宛轉其中，不得自在。眠臥起坐，仰人扶侍，洗拭抱持，與飲與食，一切須人，汝見之不？』

「彼人答言：『大天！我實見之。』王復告言：『癡人！汝見如是；若巧智者，云何不作如是思惟：「我今亦有如是之法，我今亦有如是之事，我亦未離如是之患法，我亦自有如是患事。既未免脫，應自覺知，我今亦可作諸善業，若身若口若意善業，令我當來長夜得於大利益事大安樂事？」』彼人答言：『不也，大天！我實不作如是思惟。以懈怠心行放逸故。』

「王復告言：『癡人！汝今既是行放逸者，懶惰懈怠不作善業，若身、若口、若意善業，汝何能得長夜利益及安樂報？是故汝當修行善事。若行放逸，隨放逸故，汝此惡業，非父母作、非兄弟作、非姉妹作、非王非天，亦非往昔先人所作、非諸沙門及婆羅門等之所造作。此之惡業汝既自作，汝還自受此果報也。』

「時，閻摩王次以如是第二天使，善加教示，呵責彼已，更以第三天使，善教示之，善呵責之。語言：『汝愚癡人！汝昔人間作人身時，豈可不見第三天使世間出耶？』答言：『大天！我實不見。』時，閻摩王復告之言：『汝愚癡人！在世間時，豈復不見，若婦女身、若丈夫身，隨時命終，置於床上，以雜色衣，而蒙覆之，將出聚落，又作種種斗帳軒蓋，周匝莊嚴。眷屬圍遶，絕棄瓔珞，舉手散髮，灰土坌頭，極大悲惱，號咷哭泣，或言：「嗚呼。」或言：「多多。」或言：「養育。」舉聲大叫，搥胷哀慟，種種語言，酸哽楚切。汝悉見不？』答言：『大天！我實見之。』時，閻摩王復告之言：『癡人！汝昔既見如此等事，何不自作如是思惟：「我今亦有如是之法，我身亦有如是之事。我既未脫如是事者，我亦有死，亦有死法，未得免離。我今宜可作諸善業，若身若口若意善業，為我長夜得大利益得安樂故。」』爾時，彼人答言：『大天！我實不作如是思惟。何以故？以放逸故。』

「時，閻摩王復告之言：『癡人！汝今既是放逸行者，以放逸故，不作善業，亦不為汝長夜利益！長夜安樂故，聚集其餘身口意善。是故汝今有如是事，謂放逸行，以放逸故，汝自造此惡不善業。汝此惡業，非父母作、非兄弟作、非姉妹作、非王非天，亦非往昔先人所作，又非沙門婆羅門作。汝此惡業是汝自作，自聚集故，得此果報，汝還自受。』時，閻摩王，具足以此第三天使，教示呵責彼諸罪人，呵責訖已，勑令將去。時，守獄者，即執罪人兩足兩臂，以頭向下，以足向上，遙擲置於諸地獄中。」爾時，世尊說此偈言：

「眾生造作惡業已， 死後墮於惡趣中，時閻摩王見彼來， 以悲愍心而呵責：『汝昔在於人間時， 可不見於老病死？此是天使來告示， 云何放逸不覺知？縱身口意染諸塵， 不行施戒自調伏，如此云何名有識， 而不造作利益因？』爾時如法閻摩王， 作是呵責罪人已，彼人喘息心驚怖， 舉身顫掉白王言：『我昔由隨惡朋友， 聞諸善法心不喜，貪欲瞋恚所纏覆， 不作自利故損身。』王言：『汝不修善因， 唯造種種諸惡業，癡人今日當得果， 受彼業故來地獄。如此一切諸惡業， 非父非母之所作，亦非沙門婆羅門， 又非國王諸天造。此但是汝自所作， 諸惡業種不淨故，自既作此諸惡業， 今當分受此惡果。』彼王以是三天使， 次第教示呵責已，於是獄主閻摩王， 棄捨罪人令將去。閻摩世中居住者， 即前執取諸罪人，牽將趣於地獄所， 極大可畏毛竪處。四邊相向有四門， 四方四維皆齊整，周迴院牆悉是鐵， 四面復以鐵為欄。熾燃熱鐵以為地， 光焰猛盛烟火合，遙見可畏心破裂， 嚴熾炎赫不可向。猶如一百由旬內， 大火熾燃悉彌滿，其中所燒眾生類， 皆由往昔作惡因。被三天使之所訶， 而心放逸無覺察，彼等於今長夜悔， 皆由往昔下劣心。諸有智慧眾生等， 若見天使來開導，應當精勤莫放逸， 此聖法王善巧說。既見聞已當驚恐， 諸有生死窮盡處，一切無過於涅槃， 種種患盡無有餘。至彼安隱則快樂， 如是見法得寂滅，所謂已度諸恐怖， 自然清淨得涅槃。

## 起世經卷第四