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title: "起世經 · 9 鬥戰品"
description: "起世经是隋代高僧阇那崛多等人翻译的重要佛教经典，属于阿含部经典之一。该经主要阐述宇宙生成、世界构造及众生轮回的佛教世界观，详细描绘了世界的形成、毁灭及再生过程，并探讨了众生业力与轮回的关系。阇那崛多是北印度高僧，隋文帝时期来华，参与译经事业，对汉传佛教经典的传播贡献卓著。起世经在佛教中具有重要地位，为研究佛教宇宙观和轮回思想提供了经典依据，对后世佛教哲学和修行实践影响深远。"
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## 起世經卷第八

> 起世経 巻第八

隋天竺三藏闍那崛多等譯

> 隋の天竺三蔵僧・闍那崛多 他訳

### 三十三天品第八之三

> 第三十三天 品第八 の三

「諸比丘！若復有時，諸外道等，或波利婆羅闍迦，或更餘者，來詣汝所，問汝等言：『是諸長老，何因何緣，有一色人，為諸非人之所恐怖？有一色人，不為非人之所恐怖？』彼諸外道，若作是問，汝等應當如是報言：『諸長老等，此有因緣。何以故？於世間中，有一色人，習行非法，內有邪見及顛倒見，彼等專行十不善法、說不善法、念不善法，邪見顛倒，以作如是十不善故，護生諸神，漸漸捨離如是等人，若百若千，唯留一神，惣守護之。如牛群羊群，或百或千，其傍唯置一人守視。此亦如是，以護神少故，恒為非人之所恐怖。有一色人，習行正法，不行邪見，不顛倒見，彼人既行如是十善，正見正語，修善業故，是一一人，皆有無量，若百若千，諸神守視，以是因緣，此人不被非人恐怖。譬如國王、若王大臣，隨一一人，則有百千護生諸神之所守護。』

> 「比丘たちよ、また、ある時、種々の外道や遊行者、あるいはその他の者たちが、あなた方のところに来て、こう問うかもしれません。『尊き方々よ、どのような理由によって、ある種の人は非人間的な存在に怯え、またある種の人は怯えないのでしょうか。』 彼らがそのように問うなら、あなた方はこう答えるべきです。『尊き方々よ、これには理由があります。なぜなら、この世の中で、ある種の人は、正しくない行いをし、邪見や顛倒した見解を持ち、十不善の行い・言葉・思いに専念するからです。そのため、彼らを護る神々は、百人千人の群れからただ一人の守護神だけを残して、徐々に離れていきます。それはまるで、牛の群れや羊の群れ、百頭や千頭をたった一人で見張るようなものです。このように、守護する神々が少ないため、常に非人間的な存在に怯えるのです。 一方、ある種の人は、正しい行いを実践し、邪見や顛倒した見解を持たず、十善を修め、正しい見解と正しい言葉を持ち、善い業を積みます。そのような一人一人には、百千もの無数の神々が守護します。そのため、この人は非人間的な存在に怯えることがありません。それはちょうど、国王や大臣など、一人の重要な人物には、百千もの護りの神々が常に付き従うようなものです。』」

「諸比丘！人間若有如是姓字，非人之中亦有如是一切姓字。諸比丘！人間所有山林川澤、國邑城隍、村塢聚落居住之處，於非人中，亦有如是山林城邑舍宅之名。諸王大臣，坐起處所，諸比丘！一切街衢，四交道中，屈曲巷陌，屠膾之坊，及諸巖窟，並無空虛，皆有眾神，及諸非人之所依止；又棄死尸林塚間丘壑，一切惡獸所行之道，悉有非人在中居住；一切林樹，高至一尋，圍滿一尺，即有神祇，在上依住，以為舍宅。

> 「比丘たちよ、人間に様々な姓や名があるように、人間ならざる者の世界にも、全く同じ姓や名が存在します。比丘たちよ、人間の世界にある山や林、川や沼、国や都、城や堀、村や集落の居住地には、人間ならざる者の世界にも、同じように山や林、都や家屋の名前があります。王や大臣たちの居所についても同様です。比丘たちよ、すべての大通り、四つ辻、曲がりくねった路地、屠殺場、そして岩窟に至るまで、空ろな場所は一つとしてなく、すべてに様々な神々や人間ならざる者が宿り、依り所としています。また、遺体が捨てられた林や墓地、丘や谷、すべての猛獣の通り道にも、人間ならざる者が住んでいます。すべての林の木々も、高さが一尋（約1.8メートル）に達し、周囲が一尺（約30センチ）になれば、そこには神々が宿り、住まいとしているのです。」

「諸比丘！一切世間男子女人，從生已後，即有諸神，常隨逐行，不曾捨離，唯習行諸惡，及命欲終時，方乃捨去，如前所說。

> 「比丘たちよ、この世のすべての男と女は、生まれてこのかた、常に様々な神々が寄り添い従い、決して離れることはありません。しかし、悪い行いを積み重ねている者には、命が終わろうとする時に限って、それらの神々は去っていくのです。先に述べた通りです。」

「諸比丘！閻浮提洲，有五種事，勝瞿陀尼。何等為五？一者勇健、二者正念、三者佛出世處、四者是修業地、五者行梵行處。瞿陀尼洲，有三種事，勝閻浮提。何等為三？一者饒牛、二者饒羊、三者饒摩尼寶。閻浮提有五種事，勝弗婆提，略說如前。弗婆提洲，有三種事，勝閻浮提。何等為三？一者洲最寬大、二者普含諸渚、三者洲甚勝妙。閻浮提洲，有五種事，勝欝單越，如上所說。欝單越洲，有三種事，勝閻浮提。何等為三？一者彼人無我我所、二者壽命最長、三者彼人有勝上行。閻浮提洲，有五種事，勝閻摩世，亦如上說。閻摩世中，有三種事，勝閻浮提。何等為三？一者壽命長、二者身形大、三者有自然衣食。閻浮提人，有五種事，勝一切龍、金翅鳥等，如前所說。諸龍及金翅鳥，有三種事，勝閻浮提。何等為三？一者壽命長、二者身形大、三者宮殿寬博。閻浮提中，有五種事，勝阿修羅，如前所說。阿修羅中，有三種事，勝閻浮提。何等為三？一者壽命長、二者形色勝、三者受樂多，如是三事，最為殊勝。

> 「比丘たちよ、南閻浮提洲には、瞿陀尼洲に勝る五つのことがあります。何が五つかというと、第一に勇健であること、第二に正念があること、第三に仏が生まれる場所であること、第四に修行に適した土地であること、第五に梵行を行う場所であることです。瞿陀尼洲には、南閻浮提に勝る三つのことがあります。何が三つかというと、第一に牛が多いこと、第二に羊が多いこと、第三に摩尼宝が豊富にあることです。 南閻浮提には、弗婆提洲に勝る五つのことがあります。先に述べたのと同様です。弗婆提洲には、南閻浮提に勝る三つのことがあります。何が三つかというと、第一に洲が最も広大であること、第二に多くの島々を含むこと、第三に洲が非常に優れていることです。 南閻浮提洲には、欝単越洲に勝る五つのことがあります。先に述べた通りです。欝単越洲には、南閻浮提に勝る三つのことがあります。何が三つかというと、第一に人々に我や我所の執着がないこと、第二に寿命が最も長いこと、第三に人々が優れた行いを持つことです。 南閻浮提洲には、閻魔世に勝る五つのことがあります。これも先に述べた通りです。閻魔世には、南閻浮提に勝る三つのことがあります。何が三つかというと、第一に寿命が長いこと、第二に身体が大きいこと、第三に自然に衣食があることです。 南閻浮提の人々には、全ての龍や金翅鳥などに勝る五つのことがあります。先に述べた通りです。一方、龍や金翅鳥たちには、南閻浮提に勝る三つのことがあります。何が三つかというと、第一に寿命が長いこと、第二に身体が大きいこと、第三に宮殿が広いことです。 南閻浮提には、阿修羅に勝る五つのことがあります。先に述べた通りです。阿修羅には、南閻浮提に勝る三つのことがあります。何が三つかというと、第一に寿命が長いこと、第二に容姿が勝れていること、第三に楽しみが多いことです。この三つのことが最も殊勝なのです。」

「諸比丘！四天王天，有三事勝：一者宮殿高、二者宮殿妙、三者宮殿有勝光明。三十三天、有三事勝。何等為三？一者長壽、二者色勝、三者多樂。如是夜摩天、兜率陀天、化樂天、他化自在天、魔身天等，應知皆有三種勝事，如三十三天勝閻浮提中所說。閻浮提洲，有五種事，勝諸天龍，如上所說。汝等應知。

> 「比丘たちよ、四天王天には三つの優れた点がある。第一に宮殿が高いこと、第二に宮殿が美しいこと、第三に宮殿が勝れた光を放つことである。三十三天にも三つの優れた点がある。それは何か。第一に寿命が長いこと、第二に見た目が勝れていること、第三に楽しみが多いことである。同様に、夜摩天、兜率天、化楽天、他化自在天、魔身天なども、三十三天が閻浮提に勝るとされる三つの優れた点を持っていると知るべきである。また、閻浮提洲には、先に述べたように天や竜よりも勝る五つの事柄がある。あなたたちはこれをよく知るべきである。」

「諸比丘！於三界中，有三十八種眾生種類。何等名為三十八種？諸比丘！欲界中有十二種，色界中有二十二種，無色界中復有四種。諸比丘！何者欲界十二種類？謂地獄、畜生、餓鬼、人、阿修羅、四天王天、三十三天、夜摩天、兜率陀天、化樂天、他化自在天、魔身天等，此名十二。何者色界二十二種？謂梵身天、梵輔天、梵眾天、大梵天、光天、少光天、無量光天、光音天、淨天、少淨天、無量淨天、遍淨天、廣天、少廣天、無量廣天、廣果天、無想天、無煩天、無惱天、善見天、善現天、阿迦膩吒天等，此等名為二十二種。無色界中，有四種者，謂空無邊天、識無邊天、無所有天、非想非非想天，此名四種。

> 比丘たちよ、三つの世界には三十八種類の衆生が存在します。どのような三十八種かというと、比丘たちよ、欲界には十二種、色界には二十二種、無色界には四種があります。 比丘たちよ、欲界の十二種類とは何か。すなわち、地獄、畜生、餓鬼、人間、阿修羅、四天王天、三十三天、夜摩天、兜率天、化楽天、他化自在天、魔身天です。これらを十二種といいます。 色界の二十二種類とは何か。すなわち、梵身天、梵輔天、梵衆天、大梵天、光天、少光天、無量光天、光音天、浄天、少浄天、無量浄天、遍浄天、広天、少広天、無量広天、広果天、無想天、無煩天、無熱天、善見天、善現天、阿迦膩吒天です。これらを二十二種といいます。 無色界の四種類とは、空無辺天、識無辺天、無所有天、非想非非想天です。これを四種といいます。

「諸比丘！於世間中有四種雲，謂白雲、黑雲、赤雲、黃雲。諸比丘！此四雲中，若白色者，多有地界；若黑色者，多有水界；若赤色者，多有火界；若黃色者，多有風界；汝等應當如是識知。

> 比丘たちよ、世の中には四種類の雲がある。白い雲、黒い雲、赤い雲、黄色い雲である。比丘たちよ、この四つの雲のうち、白いものは地の要素が多く、黒いものは水の要素が多く、赤いものは火の要素が多く、黄色いものは風の要素が多い。あなたたちは、このように知るべきである。

「諸比丘！世間復有四種大神。何等為四？所謂地大大神、水大大神、火大大神、風大大神。諸比丘！曾於一時，地大大神，發是惡見，心自念言：『於地界中，無水、火、風界。』諸比丘！我於爾時，詣彼神所，而告之言：『大神！汝心實有如是惡見，云地界中無水、火、風三大界也？』彼答我言：『實爾。世尊！』我復告言：『大神！汝今莫起如是惡見。何以故？此地界中，實皆具有水、火、風界，但於其中，地界偏多，以是因緣，得地大名。』諸比丘！我能知彼地大大神發如是念，斷其惡見，令生歡喜，於諸垢中得法眼淨，證果覺道，無有結惑，度疑彼岸，無復煩惱，不隨他教，隨順法行。而白我言：『大德世尊！我今歸依佛、歸依法、歸依僧。大德世尊！我從今後，常當奉持優婆夷戒，乃至命盡，更不殺盜及非法等，歸佛法僧，清淨護持。』

> 「比丘たちよ、世の中にはさらに四種類の大神が存在する。その四つとは何か？ すなわち地大の大神、水大の大神、火大の大神、風大の大神である。 比丘たちよ、かつてある時、地大の大神が誤った見解を抱き、心の中でこう思った。 『地の要素の中には、水・火・風の要素は存在しない。』 比丘たちよ、その時わたしはその大神のもとへ行き、こう告げた。 『大神よ、あなたの心には本当に「地の要素の中に、水・火・風の三つの要素は存在しない」という誤った見解があるのか？』 彼は答えた。『その通りです、世尊よ。』 わたしは再び告げた。『大神よ、あなたは今、そのような誤った見解を起こしてはならない。 なぜなら、この地の要素の中には、実際にはすべて水・火・風の要素が備わっているからである。 ただし、その中で地の要素が特に多く含まれているため、その因縁によって「地」という名を得ているのである。』 比丘たちよ、わたしはその地大の大神がそのように思い、その誤った見解を断ち切らせ、喜びを生じさせ、あらゆる煩悩の中で法の眼を清らかにし、悟りの道を証得させ、結びの惑いをなくし、疑いの彼岸を渡り、さらに煩悩なく、他人の教えに従わず、法に随順して行うことを知った。 そして彼はわたしにこう言った。 『大徳なる世尊よ、わたしは今、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依します。 大徳なる世尊よ、わたしは今後、命のある限り、常に優婆夷の戒を守り、さらに殺生・盗みなどの非法を行わず、仏・法・僧に帰依し、清らかに戒を護り守ります。』」

「諸比丘！復於一時，水大大神，生於惡見，亦如是念：『於水界中，無有地界、火界、風界。』我知其意，往詣彼所，而問之言：『汝實爾不？』答言：『實爾。』我復告言：『汝今莫作如是惡見，此水界中，具有地界及火、風界，以偏多故，得水界名。』如是乃至火神、風神，俱有此見，佛既知已，悉往詰問，並答佛言：『實爾世尊。』佛開其意，皆得悟解，歸依三寶，悉隨順行，略說如前。地大大神，斷除疑惑，來詣我所。諸比丘！此等名為四大大神。

> 「比丘たちよ、またある時、水の大神が誤った見解を抱き、こう考えた——『水の界には、地の界も、火の界も、風の界も存在しない』と。私はその心を知り、彼のもとへ行って尋ねた。『本当にそう思っているのか？』彼は答えた。『はい、その通りです。』そこで私は告げた。『あなたはそのような誤った見解を持ってはならない。この水の界には、地の界、火の界、風の界もすべて備わっている。ただ、水が特に多いために、水の界と呼ばれているのだ。』 同様に、火の神、風の神も、同様の見解を持っていた。仏はそれを知って、すべてのもとへ行き問いただした。彼らは皆、仏に答えた。『はい、世尊、その通りです。』仏は彼らの心を開き、皆が理解を得て、三宝に帰依し、すべて教えに従って歩んだ。詳細は先に述べた通りである。地の大神は疑惑を断ち切り、私のもとへやって来た。 比丘たちよ、これらを四大神と呼ぶのである。」

「諸比丘！世間有雲，從地上昇在虛空中，或有至一俱盧奢住，或二或三俱盧奢住，乃至六七俱盧奢住。諸比丘！或復有雲，上虛空中一由旬住，或二三四五六七由旬住。諸比丘！或復有雲，上虛空中百由旬住，乃至二三四五六七百由旬住。或復有雲，從地上空千由旬住，二三四五六七千由旬住，乃至劫盡。諸比丘！或時外道波利婆羅闍迦，來詣汝所，作如是問：『諸長老等，何因緣故，虛空雲中有是音聲？』汝諸比丘！應如是答：『有三因緣，更相觸故，於雲聚中，有音聲出。何者為三？諸長老等，或復一時，雲中風界，與其地界相觸著故，便有聲出。所以者何？譬如樹枝相揩相磨即有火出。如是如是，諸長老等，此是第一出聲因緣。復次，長老，或於一時，雲中風界，與彼水界相觸著故，即便出聲，亦如上說，此是第二出聲因緣。復次，長老，或於一時，雲中風界，與彼火界相觸著故，即便出聲，略說乃至譬如兩樹相揩火出，此是第三出聲因緣。』應如是答。諸比丘！亦應如是廣分別知。

> 「比丘たちよ、世の中には雲があり、地上から昇って虚空に至るものがある。あるいは一俱盧奢（長さの単位）の高さにとどまるもの、二、三俱盧奢、あるいは六七俱盧奢の高さにとどまるものもある。比丘たちよ、また虚空の中で一由旬（さらに長い距離の単位）の高さにとどまるもの、二、三、四、五、六、七由旬の高さにとどまるものもある。比丘たちよ、あるいは虚空の中で百由旬の高さにとどまるもの、さらに二、三、四、五、六、七百由旬の高さにとどまるものもある。また、地上から千由旬の高さにとどまるもの、二、三、四、五、六、七千由旬の高さにとどまるものもあり、ついには劫（はかりしれない長い時間）が尽きるまである。比丘たちよ、ある時、外道の修行者（波利婆羅闍迦）があなたたちのところに来て、こう尋ねるかもしれない。「尊い方々よ、どのような因縁によって、虚空の雲の中にこのような音声があるのですか？」と。その時、比丘たちよ、あなたたちはこう答えるべきである。「三つの因縁があり、それらが互いに触れ合うことによって、雲の集まりの中に音声が生じるのです。その三つとは何か？尊い方々よ、ある時、雲の中の風の要素（風界）が、地の要素（地界）に触れ合うことによって、音声が生じます。なぜならば、例えば木の枝が擦れ合い、磨れ合うことで火が生じるようなものです。このように、尊い方々よ、これが第一の音声が生じる因縁です。次に、尊い方々よ、ある時、雲の中の風の要素が、水の要素（水界）に触れ合うことによって、やはり音声が生じます。これも先に述べた通りであり、これが第二の音声が生じる因縁です。さらに、尊い方々よ、ある時、雲の中の風の要素が、火の要素（火界）に触れ合うことによって、やはり音声が生じます。簡単に言えば、例えば二本の木が擦れ合って火が生じるようなものです。これが第三の音声が生じる因縁です。」と、このように答えるべきです。比丘たちよ、このように広く理解し、分別して知るべきです。

「諸比丘！或時外道波利婆羅闍迦，來詣汝所，作如是問：『諸長老等，何因緣故，虛空雲中，忽生電光？』諸比丘！汝等應當作如是答：『諸長老等，有二因緣，虛空雲中，出生電光。何等為二？一者東方有電，名曰亢厚，南方有電，名曰順流，西方有電，名墮光明，北方有電，名百生樹。諸長老等，或有一時，東方所出亢厚大電，與彼西方墮光明電，相觸相對相磨相打，以如是故，從彼虛空雲聚之中，出生大明，名曰電光，此是第一電光因緣。復次，諸長老等，二者或復南方順流大電，與彼北方百生大電，相觸相對相磨相打，以如是故，出生電光，譬如兩木風吹相著，忽然火出，還歸本處，此是第二電光因緣，從雲聚中有光明出。』

> 「比丘たちよ、あるとき、外道の遊行者たちがあなたがたのところに来て、こう尋ねるかもしれません。 『尊い方々よ、どういう理由で、虚空の雲の中から突然、電光が生じるのですか？』 比丘たちよ、あなたがたはこう答えるべきです。 『尊い方々よ、虚空の雲の中から電光が生じるのには、二つの原因があります。 その二つとは何か？ 第一に、東方に「亢厚」という電光があり、南方に「順流」という電光があり、西方に「堕光明」という電光があり、北方に「百生樹」という電光があります。 尊い方々よ、あるとき、東方から出る「亢厚」という大きな電光が、西方の「堕光明」という電光と 触れ合い、向かい合い、擦れ合い、打ち合うことがあります。 そうして、その虚空の雲の集まりの中から、大きな光が生じ、それが「電光」と呼ばれます。 これが第一の電光の原因です。 次に、尊い方々よ、第二に、あるいは南方の「順流」という大きな電光が、北方の「百生樹」という大きな電光と 触れ合い、向かい合い、擦れ合い、打ち合うことがあります。 そうして、電光が生じます。例えば、二本の木が風に吹かれて互いに触れ合い、突然に火が生じ、そしてまた元の場所に帰るように。 これが第二の電光の原因であり、雲の集まりの中から光が現れるのです。』」

「諸比丘！於虛空中，有五因緣，能障礙雨，令占候師不測不知，增長迷惑，記天必雨而更不雨。何者為五？諸比丘！或有一時，於虛空中雲興雷動，作伽茶伽茶、瞿廚瞿廚等聲，或出電光，或復有風吹冷氣至，如是種種，皆是雨相。諸占察人及天文師等，悉剋此時，必當降雨。爾時，羅睺羅阿修羅王，從其宮出，便以兩手，撮彼雨雲，擲置海中。諸比丘！此是第一雨障因緣。而天文師及占候者，不見不知，心生疑惑，記天必雨而竟不雨。

> 「比丘たちよ、虚空において雨を妨げる五つの因縁があり、占い師や天候師はそれを測り知ることができず、ますます迷いを深めて、必ず雨が降ると占ったのに、実際には雨が降らないことがある。その五つとは何か。 比丘たちよ、ある時、虚空に雲が湧き雷が鳴り、ガチャガチャ、グチュグチュという音を立て、稲光が走り、あるいは風が冷気を運んでくるなど、様々な雨の兆しが現れる。これを占う者や天文観測者たちは、この時には必ず雨が降ると断定する。 だがその時、羅睺羅阿修羅王がその宮殿から出て来て、両手でその雨雲を掴み、海の中に投げ入れてしまうのだ。比丘たちよ、これが第一の雨の妨げとなる因縁である。天文師や占い師たちはこれを見ることも知ることもできず、心に疑惑を生じ、必ず雨が降ると占ったのに、実際には雨が降らないのである。」

「諸比丘！或復有時，虛空起雲，雲中亦作伽茶伽茶等聲，亦出電光，亦復有風吹冷氣來。時，天文師及占候者，見是相已，剋天此時必當降雨。爾時，火界增上力生，即於其時，雲自燒滅，此名第二雨障因緣。彼天文師及占候者，不見不知，心生迷惑，記天必雨而遂不雨。

> 「比丘たちよ、またある時、虚空に雲が湧き起こり、その雲の中からゴトゴトという雷鳴がとどろき、稲光が走り、冷たい風が吹いてくることもある。その時、天文学者や天候を見極める者は、これらの兆しを見て『必ず雨が降る』と判断する。ところが、その時に火の元素の力が強く働き、たちまち雲が焼け消えてしまう。これが第二の雨の妨げとなる因縁である。天文学者や天候の占い師たちは、この現象を見ても理解できず、心に惑いを生じて『雨が降るに違いない』と予測したのに、結局雨は降らないのである。」

「諸比丘！或復有時，虛空起雲，雲中亦作伽荼伽茶等聲，亦出電光，亦復有風吹冷氣來。時，天文人及占候者，見是相已，記天此時必當作雨。時以風界增上力生，則能吹雲，擲置於彼伽陵伽磧中，或復擲置壇茶迦磧中，或復擲置摩登伽磧中，或復擲置諸曠野中，或復擲置摩連那磧地，此名第三雨障因緣。彼天文人及占候者，不見不知，心生迷惑，記天必雨而遂不雨。

> 「比丘たちよ、またある時、虚空に雲が湧き起こり、その雲の中からガタガタという音が鳴り、稲光が走り、冷たい風が吹いてくることがある。その時、天文観測者や天候占いの者たちは、これらの兆しを見て『天は必ず雨を降らせるだろう』と予言する。しかし、風の要素の増上力によって生じた風が、その雲を吹き飛ばし、ガリンガの砂漠や、タンダカの砂漠や、モータンガの砂漠や、様々な荒野や、マレーナの砂地へと投げ捨ててしまう。これが第三の雨の障害となる因縁である。天文観測者や天候占いの者たちは、これを見ず、知らず、心に惑いを生じて『天は必ず雨を降らせる』と予言するが、結局雨は降らないのである。」

「諸比丘！或復有時，虛空起雲，於彼雲中，亦作伽茶伽茶等聲，亦出電光，及有風起吹冷氣來。諸占候者，記天必雨。然行雨諸神，有時放逸，以放逸故，彼雲不得依時降雨，既不時雨，雲自消散，此是第四雨障因緣。以是義故，諸天文人，心生迷惑，記天必雨而遂不雨。

> 「比丘たちよ、またある時、虚空に雲が湧き起こることがある。その雲の中では、ゴトゴトという雷鳴が響き、稲光が走り、冷たい風が吹き来たる。天候を占う者たちは、天が必ず雨を降らせると記す。しかし、雨を降らせる神々が、時に怠けることがある。その怠りによって、その雲は時に従って雨を降らせることができず、雨が降らないまま、雲は自ずから消え去ってしまう。これが第四の雨の妨げとなる因縁である。このようなわけで、天文学者たちは心に迷いを生じ、天が必ず雨を降らせると記しながら、ついに雨が降らないのである。」

「諸比丘！或復有時，空中起雲，雲中亦作伽荼伽茶等聲，出大電光，吹冷氣來。諸天文人，記必當雨。然此閻浮一切人民，其中多有不如法行，躭樂諸欲，慳貪嫉妬，邪見所纏，彼諸人等，以惡行故，習非法故，樂著欲故，貪嫉競故，天則不雨。諸比丘！此名第五雨障因緣。諸天文人及占候者，不見不知，心生迷惑，記天必雨而遂不雨。諸比丘！是名五種雨障因緣。」此中有優陀那偈：

> 「比丘たちよ。また、ある時には、空に雲が湧き起こり、その雲の中からゴトゴトという雷鳴がとどろき、稲光が走り、冷たい風が吹いてくることがある。天文観測者は、これを見て『必ず雨が降る』と予測する。 しかしながら、この閻浮提（人間世界）の人々の中には、教えに従わない行いをし、さまざまな欲望にふけり、吝嗇（けち）で、嫉妬深く、誤った見解に囚われている者が多くいる。彼らが悪い行いをし、教えに背く行いをし、欲望に執着し、貪りや嫉妬で競い合うがゆえに、天は雨を降らせないのである。 比丘たちよ。これを第五の雨を妨げる因縁と呼ぶ。天文観測者や占い師たちは、この道理を見ることも知ることもできず、惑いながら『天は必ず雨を降らせる』と予測するが、実際には雨は降らないのである。 比丘たちよ。これらが五つの雨を妨げる因縁である。」 このことについて、次の偈（うた）がある。

花法色壽命， 衣服及賣買，嫁娶三摩提， 并四種飲食。二行晡沙他， 上下名三界，雲色諸天等， 俱盧舍鳴電。

> 花の法、色、寿命、 衣服と売買、 嫁娶と三摩提、 さらに四種の飲食。 二つの行と布薩、 上下という三つの界、 雲や色、諸々の天など、 俱盧舎や雷鳴。

### 起世經鬪戰品第九

> 第九品 鬪戰

「諸比丘！我念往昔，有時諸天與阿修羅起大鬪戰。爾時，帝釋告其所領三十三天言：『諸仁者，汝等諸天，若與修羅共為戰鬪，宜好莊嚴善持器仗。若諸天勝，修羅不如，汝等可共生捉毘摩質多羅阿修羅王，以五繫縛之，將到善法堂前諸天會處。』三十三天聞帝釋命，依教奉行。爾時，毘摩質多羅阿修羅王，亦復如是告諸修羅言：『若諸天眾共阿修羅鬪戰之時，天若不如，即當生捉帝釋天王，以五繫縛之，將詣諸阿修羅七頭會處，立置我前。』諸修羅眾，亦受教行。諸比丘！當於彼時，帝釋天王，戰鬪得勝，即便生捉阿修羅王，以五繫縛之，將詣善法堂前諸天集處，向帝釋立。爾時，毘摩質多羅阿修羅王，若作是念：『願諸修羅各自安善，我今不用諸阿修羅。我當在此，與三十三天一處共居，同受娛樂，甚適我意。』其毘摩質多羅阿修羅王，興此念時，即見自身，五縛悉解，諸天種種五欲功德，皆現其前。或復有時，作如是念：『我今不用三十三天，願諸天等，各自安善。我願還歸阿修羅宮。』起此念時，其身五繫，即還縛之，五欲功德，忽即散滅。

> 「比丘たちよ、かつて私は、天部と阿修羅が激しい戦いを繰り広げた時を知っています。その時、天帝釈は統べる三十三天にこう命じました。『皆さん、あなたたち天部が阿修羅と戦う時には、しっかりと装備を整え、武器を携えなさい。もし天部が勝ち、阿修羅が敗れたなら、あなたたちは手を組んで阿修羅王の毘摩質多羅を捕らえ、五つの縄で縛り、善法堂の前にある天の集いの場へ連れて来なさい。』 三十三天は帝釈の命令を聞き、その教えのままに従いました。その時、阿修羅王の毘摩質多羅もまた、阿修羅たちにこう告げました。『もし天部と阿修羅が戦い、天部が敗れたなら、私たちは天帝釈を捕らえ、五つの縄で縛り、阿修羅の七頭の集いの場へ連れて行き、私の前に立たせなさい。』阿修羅たちもその命令を受け、行動しました。 比丘たちよ、その時、天帝釈は戦いに勝ち、毘摩質多羅阿修羅王を捕らえ、五つの縄で縛り、善法堂の前にある天の集いの場へ連れて行き、帝釈の前に立たせました。 さて、毘摩質多羅阿修羅王が、『どうか阿修羅たちがそれぞれ平穏でありますように。私は今、阿修羅たちを必要としません。ここで三十三天と共に暮らし、楽しみを分かち合うことが、私の望みにかなっています』と心に思う時、その思いによって、彼の身体の五つの縄はすべて解け、天のさまざまな五つの欲の功徳が彼の前に現れました。 またある時、彼が『私は今、三十三天を必要としません。天部の皆さんがそれぞれ平穏でありますように。私は阿修羅の宮殿へ帰りたいのです』と心を起こす時、その身体の五つの縄は再び縛られ、五つの欲の功徳はたちまち消え去りました。」

「諸比丘！毘摩質多羅阿修羅王，有如是等微細結縛，諸魔結縛復細於此。所以者何？諸比丘！邪思惟時，即被結縛；正憶念時，即便解脫。何以故？諸比丘！思惟有我，是為邪思；思惟無我，亦是邪思；乃至思惟我是有常、我是無常、有色無色、有想無想，及非有想非無想等，並是邪思。諸比丘！此邪思惟，是癰是瘡，猶如毒箭。其中若有多聞聖達智慧之人，知是邪思如病、如瘡、如癰、如箭，如是念已，繫心正憶，不隨心行，令心不動，多所利益。諸比丘！若念有我，則是邪念，則是有為，則是戲論；若念無我，亦是戲論，乃至有色無色、有想無想、非有想非無想，悉是戲論。諸比丘！所有戲論，皆悉是病，如癰如瘡，猶如毒箭。其中所有多聞聖達智慧之人，知此戲論諸過患已，樂無戲論，守心寂靜，多所修行。

> 「比丘たちよ、毘摩質多羅阿修羅王には、このような微細な束縛がある。しかし、諸々の魔の束縛は、それよりもさらに微細である。なぜか。比丘たちよ、誤った考えをめぐらせるとき、人は束縛される。正しく心に念じるとき、すぐに解脱するからである。なぜか。比丘たちよ、『私がある』と考えることは誤った考えである。『私がない』と考えることもまた誤った考えである。さらに、『私は永遠である』『私は永遠ではない』『物質的なものがある』『物質的なものがない』『想いがある』『想いがない』『想いがあるのでもなく、ないのでもない』などと考えることも、すべて誤った考えである。比丘たちよ、この誤った考えは、腫れ物であり、傷であり、ちょうど毒矢のようなものである。そこにおいて、多くを聞き、聖なる智慧ある人は、この誤った考えが病であり、傷であり、腫れ物であり、毒矢であると知る。このように心に念じて、心を正しい記憶に結びつけ、心のままに動かさず、心を動じないようにする。これは多くの利益をもたらす。比丘たちよ、もし『私がある』と念じるならば、それは誤った念いであり、条件づけられた行為であり、虚偽の戯論である。もし『私がない』と念じるならば、それもまた戯論である。さらに、『物質的なものがある』『物質的なものがない』『想いがある』『想いがない』『想いがあるのでもなく、ないのでもない』とすることも、すべて戯論である。比丘たちよ、あらゆる戯論は、すべて病であり、腫れ物のような傷であり、ちょうど毒矢のようである。そのうちで、多くを聞き、聖なる智慧ある人は、この戯論のあらゆる過ちを知って、戯論なきことを喜び、心を寂静に保ち、多くを修行するのである。」

「諸比丘！我念往昔，有釋天王，與阿修羅欲興戰鬪。時，天帝釋告其四面三十三天，作如是言：『諸仁者，宜善莊嚴身及器仗，今諸修羅欲來戰鬪。若諸天勝，可生捉取毘摩質多羅阿修羅王，以五繫縛之，將詣諸天善法堂前集會之處，令其見我。』時，三十三天受帝釋命，依教奉行。阿修羅王，亦如是教。諸比丘！當爾戰時，諸天得勝，即以五繫縛阿修羅王，將詣善法堂前。爾時，毘摩質多羅阿修羅王，既被五繫，在天眾前，見天帝釋，入善法堂就座而坐，即出惡言，種種罵詈毀辱天主。時，天帝釋有執御者，名摩多離，見毘摩質多羅阿修羅王對眾惡言，毀罵天主，即便以偈白帝釋言：

> 「比丘たちよ、かつて私はこう聞いた。ある時、忉利天の主である帝釈天が阿修羅と戦おうとしていた。その時、帝釈天は四方の三十三天にこう告げた。『皆の者よ、身と武器をしっかりと整えよ。今、阿修羅たちが戦いを仕掛けようとしている。もし天方が勝ったならば、阿修羅王の毘摩質多羅を生け捕りにし、五つの縄で縛って、天の善法堂の前に連れて行け。我の姿を見せよ』と。三十三天は帝釈天の命を受け、その教えのままに行動した。阿修羅王もまた、同じように命じた。比丘たちよ、その戦いの時、天方が勝利し、五つの縄で阿修羅王を縛り、善法堂の前に連れて行った。その時、毘摩質多羅阿修羅王は五つの縄に縛られたまま、天の衆の中で、帝釈天が善法堂に入り席に着くのを見て、悪口を放ち、様々に罵り、天主を罵倒した。その時、帝釈天には駕を御する者、名を摩多離という者がいた。彼は毘摩質多羅阿修羅王が衆の中で悪言を放ち、天主を罵るのを見て、即座に偈で帝釈天に申し上げた。」

「『帝釋天王為羞畏， 為無勢力故懷忍，聞如是等麤惡罵， 含受耐之都不言。』

> 「帝釈天は恥じ入り、また恐れを抱いたのだ。 力がないからこそ、耐え忍んだのだ。 このようなひどい悪口を聞いても、 ただそれを受け入れ、何も言わずにこらえたのだ。」

「爾時，帝釋，還以偈答摩多離言：

> その時、帝釈天もまた詩句をもって摩多離に答えた。

「『我非羞畏故懷忍， 亦非無力於修羅，誰能如我神策謀， 豈得同於彼無智？』

> 「わたしは恥ずかしいから我慢しているわけではない。 阿修羅に負ける力がないからでもない。 わたしのすぐれた策略にかなう者などいない。 あの無知な者たちと同列にされるいわれはない。」

「時，摩多離，復更以偈白天主言：

> 時に、マータリが再び偈（うた）をもって天帝に申し上げた。

「『若不嚴加重訶責， 愚癡熾盛轉更增，若當折伏無智人， 猶如畏杖牛奔走。今若縱之令得樂， 至其本處更自高，是故明智當以威， 示現勇健制愚騃。』

> 『もしも厳しく叱り責めなければ、愚かさは燃え上がり、ますます増すばかりだ。 もし愚かな者を打ち負かして従わせるなら、それは杖を恐れて牛が逃げ出すようなものだ。 もし今、好き勝手にさせて楽しませてやれば、元の場所に戻ってますます増長する。 それゆえ、賢明な者は威厳をもって、力強さを示し、愚か者を制御すべきなのだ。』

「爾時，帝釋，復以偈答摩多離言：

> その時、天帝（たいてい）は、さらに詩（うた）をもって摩多離（またり）に答えた。

「『如此等事我久知， 為伏眾人愚癡故，彼以瞋嫌而罵詈， 我聞堪忍自制心。』

> 「こうしたことは、私がずっと前から知っている。 人々の愚かさを静めるために、 彼らが怒りと憎しみでののしっても、 私はそれを聞いて耐え忍び、自らの心を制するのだ。」

「時，摩多離，更復以偈白帝釋言：

> 時、摩多離は再び偈で帝釈天に申し上げた。

「『帝釋天王願善思， 如是含忍有一患，彼愚癡者作是罵， 謂生怯畏不敢酬。』

> 「帝釈天が願いをよく思うように、 このような忍びには一つだけ欠点がある。 あの愚か者がこう罵っても、 『恐れて返答をためらっている』と言われることだ。」

「爾時，帝釋，重復偈答摩多離言：

> その時、帝釈天は再び偈（うた）の形で、摩多離にこう答えました。

「『彼愚癡輩隨其意， 謂我畏之而默然，若求益身永利安， 宜於彼等常懷忍。如我意者見彼罵， 不應於瞋復起瞋，若於瞋處報以瞋， 如是戰鬪難得勝。若為他人所嬈惱， 有志能忍極為難，當知此忍為強力， 如是忍者應讚美。若我若他凡起心， 皆求遠離大畏處，他人既已瞋罵我， 不應於彼復起怨。若於自己若他人， 二處皆應作利益，既知已被他瞋罵， 當使自瞋轉得消。如是二處利益心， 若自若他皆成就，彼人意念是愚癡， 此皆因於不知法。若有大力諸丈夫， 能為無力故含忍，於無力人忍不瞋， 如是忍者他所讚。彼人無有智慧力， 唯以愚癡力為力，愚癡心故棄捨法， 如是等人無正行。彼以愚癡求我勝， 瞋恚罵詈出麤言，能忍彼惡則常勝， 是忍增上難具說。勝人出語畏不論， 於等恐生怨故忍，聞下人言能忍者， 此忍為諸智所讚。』

> 「愚かな者どもは思いのままに振る舞い、 私がそれを恐れて黙っていると思うが、 もし永遠の安らぎと利益を求めるなら、 彼らに対して常に忍びの心を持ちなさい。」 「私の考えでは、彼らに罵られても、 怒りに対してさらに怒りを返すべきではない。 もし怒りを怒りで報いるならば、 そのような戦いに勝つことは難しい。」 「他人に悩まされた時、 心に忍びを持つことは非常に難しい。 この忍びこそが力強いものであり、 そのように忍ぶ人は称えられるべきだ。」 「自分の心も他人の心も、 みな大きな恐れから逃れようと願っている。 他人がすでに私を怒り罵ったならば、 彼に対してさらに恨みを起こしてはならない。」 「自分自身に対しても他人に対しても、 双方に利益をもたらすべきであり、 すでに他人に怒り罵られたと知ったならば、 自分の怒りを消し去りなさい。」 「このように双方に利益をもたらす心によって、 自他ともに成就するのだ。 愚かな者たちの考えは愚かであり、 それらはみな法を知らないことに起因する。」 「力ある立派な人々は、 力なき者のために忍びの心を持ち、 無力な者に対して怒らずに忍ぶ。 そのような忍びは人々に称えられる。」 「あの人には智慧の力がなく、 ただ愚かさだけが力である。 愚かな心ゆえに法を捨て去り、 そのような人々には正しい行いがない。」 「彼らは愚かさによって私に勝とうとし、 怒りと罵りの言葉を発するが、 その悪に耐え忍べば常に勝つことができ、 この忍びの優れた功徳は説き尽くせない。」 「勝れた人が言葉を恐れて論じず、 同等の人に恨みを生じるのを恐れて忍び、 下位の人の言葉に耐え忍ぶ、 この忍びは智者たちから称賛される。」

「諸比丘！汝等當知，爾時帝釋則我身是。我於彼時，身作三十三天王，自在治化，受勝福報，縱任快樂而常懷忍，亦讚歎忍，樂行調柔，無復瞋恚，亦恒讚歎無瞋恚者。諸比丘！汝等自說，於修行中，有信解心，捨俗出家，精勤不懈。汝等若欲於餘眾生，身行忍辱，讚歎忍辱，調順慈悲，常行安樂，滅除瞋恚讚不瞋者，汝亦應作如是修學。

> 「比丘たちよ、知るがよい。あの時の帝釈天とは、すなわち私のことである。私はその時、三十三天の王として自在に統治し、優れた福報を受けて、思うままに楽しみながらも、常に忍びの心を持ち、忍びを讃え、柔和な行いを喜びとしていた。もはや怒りはなく、怒らない者を常に讃えていたのである。 比丘たちよ、あなたがたは自ら、修行の道において信解の心を起こし、俗世を離れて出家し、精進怠りなく努めていると語る。もしあなたがたが、他の衆生に対して身に忍びを行うこと、忍びを讃えること、心を調え慈しみを持ち、常に安らかに生き、怒りを滅し怒らない者を讃えたいと願うならば、あなたがたもまた、このように学び修行すべきである。」

「諸比丘！我念往昔，諸天眾等與阿修羅，各嚴器仗欲與鬪戰。爾時，帝釋告天眾言：『諸仁者！若阿修羅與諸天鬪，天得勝時，汝等可以五繫縛之。』如前所說，諸天奉教。阿修羅王，亦復如是，勑其軍眾。諸比丘！爾時鬪戰，阿修羅勝，帝釋天王不如退還。是時馭者，迴千輻輪賢調御車，欲向天宮。有一居吒奢摩梨樹，金翅鳥王巢於其上，已生諸卵。帝釋見已，告摩多離執馭者言：

> 「比丘たちよ、わたしはかつて、天の衆や阿修羅たちがそれぞれ武器を整えて戦おうとしていたことを思い出します。その時、帝釈天は天の衆に告げました。『諸君よ、もし阿修羅と天が戦い、天が勝利したならば、あなたたちは彼らを五つの縄で縛りなさい。』と。先に述べた通り、天の衆はその教えに従いました。阿修羅の王もまた、同じように自らの軍勢に命じました。比丘たちよ、その戦いの時、阿修羅が勝利し、帝釈天王は退いてしまいました。そこで御者は、千本の輻を持つ見事な調御車を回して、天宮へ向かおうとしました。そこに一株の居吒奢摩梨の木があり、金翅鳥の王がその上に巣を作り、すでに卵を産んでいました。帝釈天はこれを見て、御者である摩多離に告げました。

「『樹上有卵摩多離， 為我迴轅遠避護，寧為修羅失身命， 勿令毀破此鳥巢。』

> 「木の上に卵がある。まだ離れて飛べない。 どうか私のために車を引き返し、遠くへ避けてほしい。 たとえ阿修羅となって命を落とすことがあっても、 この鳥の巣だけは壊させてはならない。」

「時，摩多離善執馭者，聞釋天王如是勅已，即便右迴天千輻輪賢調御車，還復直指阿修羅宮。諸比丘！爾時，諸阿修羅眾見帝釋車忽然迴還，咸謂帝釋別有奇策，更來合戰；阿修羅眾，因即大退，各趣本宮。諸比丘！爾時，帝釋以慈因緣，諸天還勝，修羅不如。諸比丘！欲知爾時天帝釋者，即我身是。諸比丘！我於爾時，為大天主王，領三十三天，自在治化，受勝福報，猶能憐愍一切眾生，為其壽命而作利益，起慈悲心。汝等比丘，以信捨家，應當利益一切眾生。

> 時、御者であり巧みな馭者である摩多利（Mātali）は、帝釈天（Śakra）のこの命令を聞くと、すぐに天の千本の輻（スポーク）を持つ優れた調御可能な車を右に回し、再び阿修羅の宮殿へと真っ直ぐに向かった。 修行者たちよ。その時、阿修羅の軍勢は帝釈天の車が突然引き返してくるのを見て、みな「帝釈天は別の奇策を練り、再び戦いに臨もうとしている」と考え、そのため大いに退却し、それぞれ自分の宮殿へと逃げ帰った。 修行者たちよ。その時、帝釈天は慈しみの心によって、天の軍勢は勝利し、阿修羅は敗れたのである。 修行者たちよ。知っておきなさい。その時の天帝釈（Śakra devānām indra）こそ、今の私（ブッダ）なのである。 修行者たちよ。私はその時、三十三天（Trāyastriṃśa）を統べる大いなる天主として、自在に世を治め、優れた福報を受けて暮らしていたが、それでもなお、全ての生きとし生けるものを憐れみ、彼らの命のために利益を施し、慈しみと悲しみの心を起こしていたのである。 あなたがた修行者たちは、信仰によって家を捨てて出家した身であるのだから、同様に、全ての生きとし生けるものを利益すべきである。

「諸比丘！我憶往昔，天、阿修羅欲共戰鬪。爾時，帝釋告毘摩質多羅阿修羅王言：『仁者！我等且攝種種器仗。天及修羅，其中各有明智慧者，彼悉能知我等二家所說法義，若善若惡，但以善言長者取勝。』於是天主與阿修羅相推前說。爾時，毘摩質多羅阿修羅王，即便在先，向天帝釋而說偈言：

> 「比丘たちよ、私は過去を回想するに、天と阿修羅が戦おうとしていた時のことだ。その時、帝釈天が毘摩質多羅阿修羅王にこう告げた。『尊者よ、一旦武器を収めよう。天と修羅の中には、それぞれ優れた智慧を持つ者がいる。彼らは私たち両者の語る法の意味を、善いか悪いかも含めてよく理解できる。ただ善い言葉を多く述べた方が勝利を得るのだ。』そこで天主と阿修羅王は互いに先に語ろうと譲り合った。その時、毘摩質多羅阿修羅王が先に立ち、天帝釈に向かって偈を唱えた。

「『愚癡猛盛者， 必須重訶責，折伏於無智， 猶牛畏鞭走。愚癡無有智， 所在難調制，是故用嚴杖， 速斷其癡慢。』

> 「愚かさが極めて強い者には、厳しく叱り責めることが必要である。 無知な者を打ち負かし従わせるのは、牛が鞭を恐れて走るのと同じだ。 愚かで智慧のない者は、どこにいても扱いにくく、制しがたい。 それゆえに、厳しい杖を用いて、速やかにその愚かさと慢心を断ち切るのだ。」

「爾時，毘摩質多羅阿修羅王，向天帝釋說此偈已，阿修羅眾并諸眷屬，皆大歡喜，稱歎踊躍；帝釋諸天及其眷屬，默然而住。爾時，毘摩質多羅阿修羅王，告帝釋言：『汝大天王！便可說偈。』爾時，天王，向阿修羅而說偈言：

> その時、毘摩質多羅阿修羅王が天帝釈にこの詩を唱え終えると、阿修羅の仲間たちやその眷属は皆、大いに喜び、称賛し、歓喜しました。一方、帝釋天や諸々の天衆とその眷属は、静かにその場に留まりました。 その時、毘摩質多羅阿修羅王が帝釋天に告げました。「偉大なる天王よ、どうか詩を唱えてください。」すると、その時、天王が阿修羅に向けて詩を唱えました。

「『我明見此事， 不欲共癡同，愚者自起瞋， 智者誰與諍？』

> 「私はこのことをはっきりと見ています。 愚か者と一緒になるつもりはありません。 愚か者はひとりで怒りを起こしますが、 賢い人が誰と争うことがありましょうか？」

「爾時，帝釋天王說此偈已，三十三天并諸眷屬，皆亦稱歎，踊躍歡喜；諸阿修羅及其眷屬，默然而住。

> その時、天帝釈がこの偈を説き終えると、三十三天とその眷属たちは皆、これを称賛し、歓喜のあまり踊り上がりました。一方、阿修羅たちとその眷属は、静かにその場に留まりました。

「爾時，帝釋，告毘摩質多羅阿修羅王言：『仁者！更說善言。』時，阿修羅，復向天主說如是偈：

> その時、帝釈天は毘摩質多羅阿修羅王に告げて言いました。「尊者よ、さらに善き言葉を述べたまえ。」そこで阿修羅は、再び天の主に向かって、次のような偈を語りました。

「『寂然忍辱意， 帝釋我亦知，愚癡若勝時， 言我畏故忍。』

> 「静かに忍び、怒りを超えた心── そのことを、帝釈天よ、わたしはよく知っている。 愚かさに負けてしまいそうな時にも、 『わたしは恐れているからこそ耐えるのだ』と、そう言って耐え忍ぶ。」

「爾時，毘摩質多羅阿修羅王說此偈已，諸阿修羅及其眷屬，皆悉踊躍，稱歎歡喜；帝釋諸天并其眷屬，默然而住。時，阿修羅王，亦告帝釋言：『仁者天主！可更辯說如法善言。』爾時，天帝釋向阿修羅眾。復說偈言：

> その時、毘摩質多羅阿修羅王がこの偈を唱え終えると、すべての阿修羅とその眷属は喜び勇み、称賛して歓喜しました。一方、帝釈天と諸天およびその眷属は静かにその場に留まりました。すると阿修羅王は帝釈天にこう告げました。「尊き天主よ、どうかさらに法に適った善い言葉をお示しください。」そこで、帝釈天は阿修羅の衆に向けて、再び偈を唱えました。

「『愚者自隨意， 謂忍為畏彼，以此求自益， 於彼則無利。我謂彼作惡， 不應瞋其瞋，於瞋能默然， 此鬪則常勝。若為他所惱， 有力能忍之，當知此忍者， 忍中最為上。無問自與他， 皆求離畏處，若知他嫌己， 於彼不應瞋。二處作利益， 所謂若自他，他若瞋罵者， 自瞋能消滅。若自若於他， 二皆成其利，他意念愚癡， 斯由不知法。若有強力人， 為彼無力忍，此忍為最勝， 餘忍更無過。彼無智慧性， 惟有愚癡力，愚癡捨法故， 自然失正行。愚癡自矜勝， 瞋恚出惡言，若能忍其惱， 此則常有勝。勝者畏而忍， 等者恐生怨，於下能忍之， 斯忍智所讚。』

> 「愚か者は自分の思いのままに振る舞い、忍耐を恐れの心と見なす。 自らの利益を求めてそれを行うが、相手には何の益もない。 私はその者が悪を行うがゆえに、その怒りに対して怒り返すべきではないと説く。 怒りに対して静かに沈黙できる者こそ、この戦いにおいて常に勝つ。 もし他者に悩まされながらも、力を持ってそれに耐えることができるなら、 この忍耐こそ、忍耐のうちで最も優れたものであると知るべきだ。 自他の区別なく、皆が恐怖から逃れたいと願う。 もし他者が自分を嫌っていると知っても、その者に対して怒り返してはならない。 両方にとって利益をもたらすもの、それが自己と他者である。 他者が怒り罵るとき、自己の怒りはそれによって消え去る。 もし自らも他者も、双方ともにその利益を成就するなら、 他者の心は愚かさに満ちている。それは法を知らないからである。 もし強い力を持つ人が、力なき者のために耐えるなら、 この忍耐が最も勝れており、他の忍耐にはこれ以上ないものがある。 あの者には智慧の性質がなく、ただ愚かさの力しかない。 愚かさゆえに法を捨てるので、自然と正しい行いを失う。 愚か者は自分を誇り高く思い、怒りから悪口を吐き出す。 もしその悩みに耐えられるなら、この者は常に勝ちを得る。 勝る者には恐れて耐え、同等の者には怨みを恐れて耐え、 下位の者には耐えることができる。この忍耐を賢者は称賛する。」

「爾時，帝釋天王說此偈已，三十三天及諸眷屬，稱歎歡喜，踊躍無量；阿修羅眾，咸各默然。時，諸天中有智慧者，阿修羅中有智慧者，各集一處，皆共量議此等諸偈，詳審思念，觀察推尋，同稱讚已，作如是言：『諸仁者等，今天帝釋善說言義，其所治化，一切無有刀杖鞭撻，亦無諍鬪毀辱怨讎，亦無言訟及求報。復於生死中，有所厭患，求離於欲，為寂滅故、為寂靜故、為得神通故、為得沙門果故、為成就正覺得涅槃故。諸仁者，毘摩質多羅阿修羅王所說之偈，無有如是善妙之語。彼等一切，唯有刀杖鞭打楚毒、毀辱諍鬪、言訟怨讎、求於報復，長養生死無有厭患，貪著諸欲。不念寂靜寂滅之行，不悕神通及沙門果，不求正覺及大涅槃。諸仁者，帝釋天王所說之偈，名為善說；毘摩質多羅阿修羅王所說之偈，非是善說。諸仁者，帝釋天王所說之偈，善說善說；毘摩質多羅阿修羅王所說之偈，非是善說非是善說。』諸比丘！汝等應知，爾時帝釋即我身是。諸比丘！我於彼時，為忉利天王，自在治化，受於福樂，尚說善言，以為戰具，由善言故，鬪戰常勝。汝等比丘，既能於我善說教中，淨心離俗，捨家出家，修精進行。汝等若求善說惡說於教法中，欲取義者，應如是知。

> その時、天帝釈この偈を説き終えると、三十三天およびその眷属たちは称賛し喜び、限りなく踊り上がった。阿修羅の衆は皆、静まり返った。その時、天の中に知恵ある者、阿修羅の中に知恵ある者が、それぞれ集まり一処にて、これらの偈について共に計り論じ、詳しく深く思念し、観察し推し尋ねた。そして共に称賛して、次のように言った。 「皆様方よ、今、天帝釈は善い言葉と義理を説かれました。その治める世界には、あらゆる刀杖や鞭打ちもなく、また争いや罵り、恨みや敵意もなく、訴訟や報復を求めることもありません。さらに生死の中にあって、そこに厭い患うことがあり、欲望を離れようと求め、寂滅のため、寂静のため、神通を得るため、沙門の果報を得るため、正覚を成就し涅槃を得るために努めておられます。 皆様方よ、毘摩質多羅阿修羅王の説いた偈には、このような善く妙なる言葉はありません。彼らの言葉は全て、ただ刀杖や鞭打ち、苦しみや罵り、争いや訴訟、怨みや敵意、そして報復を求めることのみであり、生死を長く育てて厭い患うこともなく、諸々の欲望に執着しています。寂静や寂滅の行いを思い求めず、神通や沙門の果報を望まず、正覚や大いなる涅槃を求めません。 皆様方よ、帝釈天王の説かれた偈は『善説』と名づけられます。毘摩質多羅阿修羅王の説かれた偈は、善説ではありません。皆様方よ、帝釈天王の説かれた偈は『善説、善説』です。毘摩質多羅阿修羅王の説かれた偈は『善説にあらず、善説にあらず』です。」 比丘たちよ、あなた方は知るべきです。その時の帝釈とは、私（釈迦牟尼仏）の前世の姿です。比丘たちよ、私はその時、忉利天の王として自在に治め教化し、福報と楽しみを受けながらも、なお善い言葉を説いて戦いの道具としました。善い言葉のゆえに、戦いには常に勝利しました。 比丘たちよ、あなた方は、私が善く説いた教えの中にあって、心清らかに俗世を離れ、家を捨て出家し、精進の行いを修めています。もしあなた方が、善説と悪説について、この教えの中から真の意味を得ようと求めるならば、このように知りなさい。

「諸比丘！我念往昔，諸天王等，與阿修羅共相戰鬪。時，釋天王摧破修羅，戰既勝已，造立勝殿，東西五百由旬，南北二百五十由旬。諸比丘！勝殿之外，有一百却敵。一一敵間，各有七樓，皆七寶成。一一樓內，各置七房。一一房中，安施七榻。一一榻上，有七玉女。一一玉女，復各別有七女為侍。帝釋天王，與諸玉女并侍女等，更無所為唯受勝樂。所須食飲香花服玩一切樂具，皆隨往業，受其福報。諸比丘！三千大千世界之內，所有天宮，更無有此帝釋天王勝殿比類。

> 「比丘たちよ、私はかつて、天の王たちが阿修羅と戦ったことを思い起こす。その時、帝釈天は阿修羅を打ち破り、戦いに勝利した後、勝殿を建てた。その広さは東西に五百由旬、南北に二百五十由旬である。比丘たちよ、勝殿の外側には百の櫓がある。それぞれの櫓の間には、七つの楼閣があり、すべて七宝でできている。それぞれの楼閣の中には、七つの部屋が設けられている。それぞれの部屋には、七つの寝台が備えられている。それぞれの寝台には、七人の天女がいる。さらに、それぞれの天女には、七人の侍女が仕えている。帝釈天は、これらの天女や侍女たちと共に、他にすることもなく、ただ素晴らしい楽しみを受けている。必要な飲食や香、花、衣服、装飾品、遊具など、すべての楽しみは、過去の業に従って、その福報として与えられている。比丘たちよ、三千大千世界の中にあるすべての天宮の中で、帝釈天のこの勝殿に勝るものはないのである。」

「爾時，鞞摩質多羅阿修羅王，作如是念：『我有如是威神德力，日月宮殿及三十三天，雖在我上運轉周行，我力能取以為耳璫，處處遊行不為妨礙。』曾於一時，羅睺羅阿修羅王，內心瞋忿，熾盛煩毒，意不歡喜，便念鞞摩質多羅阿修羅王。爾時，鞞摩質多羅阿修羅王，即作是念：『羅睺羅阿修羅王，今念於我。』便復自念其所統領小阿修羅王及諸眷屬小阿修羅等。時，彼小王及諸修羅，知鞞摩質多羅阿修羅王念已，即各嚴備種種器仗，往詣其所，到已在前，默然而住。爾時，鞞摩質多羅阿修羅王，自服鎧甲，持仗嚴駕，與其小王并諸軍眾，前後圍遶，往詣羅睺羅阿修羅王所。時，羅睺羅阿修羅王，復念踊躍、幻化二阿修羅王。爾時二王知其念已，還如鞞摩質多羅阿修羅王所念，念其小王并諸所部，亦各知已，嚴備器仗，向其王所，到已皆共來詣羅睺羅阿修羅王處。爾時，羅睺羅阿修羅王，自服種種嚴身器仗，與鞞摩質多羅、踊躍、幻化三阿修羅王，并彼三王小王眷屬，前後圍遶，從阿修羅城，導從而出，欲共忉利諸天興大戰鬪。

> その時、阿修羅王ヴェーマチトラはこう思った。「我にはこれほどの威力と徳があり、太陽や月の宮殿、さらには三十三天も、我の上を巡り運行しているが、我の力をもってすれば、それらを耳飾りとして自由に遊び歩くことも妨げられない。」 かつてある時、阿修羅王ラーフラの心に激しい怒りと苦悩が満ち、不満が募った。彼はヴェーマチトラ阿修羅王を思い浮かべた。すると、ヴェーマチトラ阿修羅王は「ラーフラ阿修羅王が今、我を想っている」と察知した。そこで彼は、自らが統率する小阿修羅王たちや眷属の小阿修羅たちを思い起こした。すると、それらの小王や阿修羅たちは、ヴェーマチトラ阿修羅王の思いを知り、ただちに様々な武器を整え、彼のもとへ向かった。到着すると、前に進み出て黙って立っていた。 その時、ヴェーマチトラ阿修羅王は自ら鎧を身に着け、武器を手に取り、戦車に乗って小王や軍勢と共に前後を囲まれながら、ラーフラ阿修羅王の許へ向かった。そして、ラーフラ阿修羅王は更にウッタラとマーヤーの二阿修羅王を思い浮かべた。二人の王はその思いを知り、先ほどヴェーマチトラ阿修羅王が思ったのと同様に、自らの小王たちや配下を呼び寄せた。彼らもまた思いを知り、武器を整えて王のもとに集まり、皆揃ってラーフラ阿修羅王の許へやって来た。 その時、ラーフラ阿修羅王は自ら様々な武具を身に着け、ヴェーマチトラ、ウッタラ、マーヤーの三阿修羅王、そして彼らの小王や眷属たちと共に、前後を囲まれて阿修羅の城から進み出た。彼らは三十三天と大規模な戦いを起こそうとしていたのである。

「爾時，難陀、優波難陀二大龍王，從其宮出，各各以身遶須彌山，周迴七匝，一時動之，動已復動，大動遍動，震已復震，大震遍震，涌已復涌，大涌遍涌，以尾打海，令一段水上於虛空，在須彌頂上。諸比丘！即於是時，天主帝釋告諸天眾，作如是言：『汝等諸仁，見此大地如是動不？空中靉靆，猶如雲雨，又似重霧，我今定知，諸阿修羅欲與天鬪。』於是海內所住諸龍，各從自宮，持種種仗，嚴備而出，當阿修羅前，與其戰鬪。勝則逐退，直至其宮；若其不如，恐怖背走。復共往見地居夜叉，到已告言：『汝等當知，諸阿修羅欲與天鬪，汝等今可共我詣彼相助打破。』夜叉聞已，復嚴器仗，與龍相隨，共修羅戰。勝則逐之；不如便退，恐怖而走。復共往見鉢手夜叉，到已告言：『鉢手夜叉，仁等知不？諸阿修羅欲與天鬪。汝等可來共我相助，逆往打之。』鉢手聞已，亦嚴器仗，相隨而去，乃至退走。復共往告持鬘夜叉，具說如前退走。往告常醉夜叉，亦復嚴仗，共持鬘等，併力合鬪。若得勝者，逐到其宮；若不如者，恐怖退走。復共往見四大天王，到已諮白四天王言：『四王當知，諸阿修羅，今者欲來與諸天鬪，王等應當與我相助打令破散。』時，四天王，聞常醉言，即各嚴持種種器仗，駕馭而往，乃至退走，不能降伏。是時，四王便共上昇詣善法堂諸天集會議論之處，啟白帝釋，說如是言：『天王當知，諸阿修羅，今者聚集欲與天鬪，宜應往彼與其合戰。』時，天帝釋從四天王聞是語已，開意許之，即召一天摩那婆告言：『汝天子來，汝今可往須夜摩天、珊兜率陀天、化自樂天、他化自在天，至已為我白諸天王，作如是言：「仁等諸天，自當知之，今阿修羅欲與天鬪。仁等天王，宜應相助俱詣其所與其戰鬪。」』時，摩那婆聞釋語已，即便往詣須夜摩天，具白是事。

> その時、難陀（ナンダ）と優波難陀（ウパナンダ）という二匹の大龍王が、それぞれの宮殿から現れて、須弥山（しゅみせん）に自らの体を七回ずつ巻きつけました。そして、一斉に山を揺らし、揺らしてはさらに揺らし、大きく揺らし、全体を揺らしました。震わせてはさらに震わせ、大きく震わせ、全体を震わせました。沸き立たせてはさらに沸き立たせ、大きく沸き立たせ、全体を沸き立たせました。そして尾で海を打ち、海水の一部を虚空に舞い上げ、須弥山の頂上に届かせました。 比丘（びく）たちよ、その時、天主である帝釈天（たいしゃくてん）は天の衆にこう告げました。「皆さん、この大地がこのように動くのをご覧なさい。空は雲や雨のようにかすみ、また濃い霧のようです。私は今、はっきりと知りました。阿修羅（あしゅら）たちが天と戦おうとしているのです。」 そこで海中に住む龍たちは、それぞれの宮殿から様々な武器を持ち、厳重に備えて出陣し、阿修羅の前に立ちはだかって戦いました。勝てば追い払い、その宮殿まで押し込みましたが、もし勝てなければ恐れ怖れて背を向けて逃げました。そして、地居夜叉（ちごやしゃ）のところへ行き、こう伝えました。「あなた方は知っておくべきです。阿修羅たちが天と戦おうとしています。私たちと一緒に彼らを打ち破りましょう。」夜叉はこれを聞いて武器を厳重に整え、龍と共に阿修羅と戦いました。勝てば追い払いましたが、勝てなければ退却し、恐れ怖れて逃げました。 次に、鉢手夜叉（はっしゅやしゃ）のところへ行き、こう伝えました。「鉢手夜叉よ、あなた方は知っていますか？阿修羅たちが天と戦おうとしています。私たちと共に戦って打ち負かしましょう。」鉢手夜叉もこれを聞いて武器を整え、一緒に向かいましたが、やはり退却しました。次に、持鬘夜叉（じまんやしゃ）のところへ行き、同じように伝えましたが、また退却しました。そして、常醉夜叉（じょうすいやしゃ）のところへ行き、武器を整えるように伝えました。常醉夜叉も武器を整え、持鬘夜叉たちと力を合わせて戦いました。勝てればその宮殿まで追い込みましたが、勝てなければ恐れ怖れて退却しました。 最後に、四大天王（しだいてんのう）のところへ行き、こう申し上げました。「四天王よ、知ってください。阿修羅たちが今まさに天と戦おうとしています。王たちは私たちと共に力を貸し、彼らを打ち破って散り散りにすべきです。」すると、四天王は常醉夜叉の言葉を聞き、それぞれ様々な武器を厳重に整え、車を駆って出陣しましたが、やはり退却し、打ち負かすことはできませんでした。 そこで四天王は共に昇天し、善法堂（ぜんぽうどう）という天の衆が集まる評定の場へ赴き、帝釈天にこう申し上げました。「天王よ、お知りください。阿修羅たちが今集まって天と戦おうとしています。どうか彼らのもとへ赴き、戦ってください。」帝釈天は四天王からこの言葉を聞き、喜んで承諾しました。そして、摩那婆（まなば）という一人の天の子を呼び、こう告げました。「天子よ、あなたは今、須夜摩天（すやまてん）、兜率天（とそつてん）、化自楽天（けじらくてん）、他化自在天（たけじざいてん）へ行きなさい。そして、それぞれの天王にこう伝えなさい。『あなた方はご自身でお気づきでしょうが、今、阿修羅が天と戦おうとしています。天王たちはどうか力を貸し、共に彼らのもとへ赴き、戦ってください。』」摩那婆は帝釈天の言葉を聞き、すぐに須夜摩天へ赴き、詳しくこのことを伝えました。

「爾時，須夜摩天王，從釋天使摩那婆所，聞是語已，即起心念須夜摩中一切天眾。時，彼天眾，知其天王心所念已，各嚴種種鎧甲器仗，乘彼天中種種騎乘，並共來詣彼天王所，到已在前，儼然而立。時，須夜摩天王，亦自身著天中種種寶莊嚴鎧，持眾寶仗，與其無量百千萬數諸天子俱，圍遶來下，至須彌山王頂上，在山東面，竪純青色難降伏幡，依峯而立。爾時，天使摩那婆復更上詣兜率陀天，到已還白兜率天王，作如是言：『天王當知，帝釋天王有如是啟：「諸阿修羅，欲共天鬪。唯願諸天咸來相助，併力鬪戰，令其退走。」』兜率陀天、聞是語已，即自念其諸天大眾。彼天知已，悉來集會大天王所，到已即各嚴持器仗，乘諸騎乘，相率來下，與無量百千萬眾，一時雲集須彌山頂，在其南面，竪純黃色難降伏幡，依峯而立。

> その時、須夜摩天王は、帝釈天からの使いである摩那婆の言葉を聞き、すぐに須夜摩天のすべての天人のことを思いました。すると、その天の大衆は、天がその思いを心にしていると知り、それぞれ様々な鎧や武器を身に着け、天の種々の乗り物に乗って、天の王のもとへやって来ました。到着すると、王の前に整然と立ち並びました。その時、須夜摩天王もまた、天にある様々な宝で飾られた鎧を身にまとい、多くの宝でできた杖を持ち、数え切れないほどの百千億の天子たちと共に、囲むようにして下りて来て、須弥山の頂上に至りました。山の東面では、純粋な青色の、容易に打ち倒せない幡を立て、峰に沿って立ちました。 その時、天使である摩那婆は、さらに上って兜率陀天に行き、到着すると兜率天王にこう告げました。 『天王よ、ご承知ください。帝釈天王がこのように申しておられます。「諸々の阿修羅が天と戦おうとしています。どうか諸天の皆様も力をお貸しください。共に戦い、彼らを退却させましょう。」』と。 兜率陀天は、この言葉を聞くと、すぐにその天の大衆について思いを巡らせました。彼らはそれを知り、皆が集まって大天王のもとに参集し、到着するとすぐにそれぞれ武器を厳かに備え、様々な乗り物に乗って、相次いで下りて来ました。数え切れないほどの百千億の大衆が一時に雲霞のごとく須弥山の頂上に集まり、その南面では、純粋な黄色の、容易に打ち倒せない幡を立て、峰に沿って立ちました。

「爾時，天使摩那婆，復更往詣化樂天中，白彼天言：『天王當知，帝釋使來，有如是語：「諸阿修羅，欲共天鬪。」』具說如前，乃至彼天，與其無量百千萬數諸天子眾，各嚴器仗，乘種種乘，咸共來下，至須彌山頂，在其西面，竪純赤色難降伏幡，依峯而立。如是上白他化自在天王，亦如前說。時，彼天眾，嚴持器仗，倍化樂天，與其無量百天子、無量千天子、無量百千天子，圍遶來下，至須彌山，在其北面，竪純白色難降伏幡，依峯而立。

> その時、天使である摩那婆は、さらに化楽天へと向かい、彼らの天にこう告げた。「天王よ、帝釈天が使いをよこし、『阿修羅たちが天と戦おうとしている』と語っておられます。」と、先と同じように詳しく伝えた。すると、その天は無数の百千の天子たちと共に、それぞれ武器を整え、さまざまな乗り物に乗って須弥山の頂上へと降りてきた。そして山の西側に、真っ赤な「難降伏の旗」を立て、峰に沿って陣取った。 同じように、さらに上の他化自在天の天王にも同様に告げられた。その時、他化自在天の天衆は、化楽天の倍もの武器を厳かに装備し、無数の百の天子、無数の千の天子、無数の百千の天子に囲まれて須弥山へ降りてきた。そして山の北側に、真っ白な「難降伏の旗」を立て、峰に沿って陣取ったのである。

「爾時，帝釋見上諸天並皆雲集，復起心念虛空夜叉。爾時，虛空諸夜叉眾咸作是言：『帝釋天王，意念我等。』如是知已，即相誡勑，著甲持仗，莊嚴身具，皆各服之，乘種種乘，詣帝釋前，一面而立。時，天帝釋又復念其諸小天王并三十三天所有眷屬。如是念時，並各著鎧甲，嚴持器仗，乘種種乘，詣天王前。於是帝釋，自著種種鎧甲器仗，乘種種乘，與空夜叉及諸小王三十三天，前後圍遶，從天宮出，欲共修羅興大戰鬪。

> そこで、帝釈天は多くの天部の神々が皆集まったのを見て、虚空夜叉のことを思い起こした。すると、虚空の夜叉たちは皆、口を揃えて言った。「帝釈天は私たちを必要としている。」そう知ると、すぐに互いに戒め励まし合い、鎧を着て武器を持ち、身を飾り、それぞれに装備を整え、様々な乗り物に乗って帝釈天の前に進み出て、一列に並んだ。その時、帝釈天はさらに、小さな天の王たちや三十三天の眷属たちのことを思った。こうして思うと、彼らも皆、鎧を身に着け、武器を厳重に持ち、様々な乗り物に乗って、天の王の前に集まった。そこで帝釈天は自らもさまざまな鎧や武器を身に着け、様々な乗り物に乗り、虚空夜叉や小さな王たち、三十三天を前後に従えて天宮を出発し、阿修羅と大戦を繰り広げようとした。

「諸比丘！是諸天眾，與阿修羅戰鬪之時，有如是等諸色器仗，所謂刀箭䂎棓、椎杵金剛、鈹箭面箭、鑿箭鏃箭、犢齒箭迦陵伽葉鏃箭、微細鏃箭努箭，如是等器，雜色可愛，皆是金銀琉璃、頗梨赤珠、𤥭𤦲瑪瑙等七寶所成。以此刀仗，遙擲阿修羅身，莫不洞徹，而不為害，於其身上，亦復不見瘡痕之迹，唯以觸因緣故受於苦痛。諸比丘！諸阿修羅所有器仗，與天鬪時，色類相似，亦是七寶之所成就，穿諸天身，亦皆徹過，而無瘢痕，唯以觸因緣故，受於痛苦。諸比丘！欲界諸天與阿修羅戰鬪之時，尚有如是種種器仗，況復世間諸人器仗。

> 「比丘たちよ、天の衆生と阿修羅が戦うとき、このような様々な武器がある。すなわち刀、矢、矛、棍棒、金剛杵、槍（?）、面刺し矢、鑿（のみ）のような矢、鏃（やじり）の矢、子牛の歯のような矢、迦陵伽（かりんか）の葉のような鏃の矢、細かい鏃の矢、弩（いしゆみ）の矢などである。これらの武器は、様々な色合いが美しく、すべて金、銀、瑠璃（るり）、頗梨（はり）、赤珠（しゃくしゅ）、?? ?瑪瑙（めのう）の七宝で作られている。これらの刀や矢を遠くから阿修羅の体に投げつけると、必ず貫通するが、害を与えることはなく、その体に傷の跡も見えない。ただ触れるという因縁によって苦痛を受けるだけである。 比丘たちよ、阿修羅のすべての武器は、天と戦うとき、似たような種類と色であり、同じく七宝で作られている。それらは天の衆生の体を貫通するが、傷跡はなく、ただ触れるという因縁によって苦痛を受ける。 比丘たちよ、欲界の天の衆生と阿修羅が戦うときでさえ、このような様々な武器があるのだ。ましてや、世の中の人間の武器については言うまでもない。」

## 起世經卷第八

> 起世経 巻第八