過去現在因果經卷第二
宋天竺三藏求那跋陀羅譯
「爾時太子至年十歲,諸釋種中,五百童子,皆亦同年。太子從弟提婆達多,次名難陀,次名孫陀羅難陀等;或有三十相、三十一相者,或復雖有三十二相,相不分明;各閑伎藝,有大筋力。時提婆達多等五百童子,既聞太子諸藝皆通,名徹十方,共相謂言:『太子雖復聰明智慧,善解書論,至於力膂,詎勝我等!』欲與太子較其勇健。爾時父王,又訪國中善知射者,而召之來,令教太子,即往後園,欲射鐵鼓;提婆達多等五百童子,亦悉隨從。時師即便授一小弓而與太子,太子含笑而問之言:『以此與我,欲作何等?』射師答言:『欲令太子射此鐵鼓。』太子又言:『此弓力弱,更求如是七弓將來。』師即授與,太子便執七弓,以射一箭,過七鐵鼓。時彼射師,往白王言:『大王!太子自知射藝,以一箭力,射過七鼓,閻浮提中無能等者。云何令我為作師耶?』
ある時、太子は10歳になりました。釈迦族の中には、500人の童子たちがおり、皆同じ年齢でした。太子の従弟である提婆達多、次に難陀、次に孫陀羅難陀などがいました。彼らの中には三十相や三十一相を持つ者もいれば、三十二相を持っていても明らかでない者もいました。それぞれに技芸に通じ、大きな力を持っていました。
ある時、提婆達多たち500人の童子は、太子が諸芸に通じ、名声が十方に広まっていることを聞き、互いに言い合いました。「太子は確かに聡明で智慧があり、書物や論説に詳しいが、力比べとなれば、どうして私たちに勝てようか!」そして、太子とその勇壮さや健やかさを競おうとしました。
そこで父王は、国中で弓術に詳しい者を探し、招き寄せて太子に教えさせようとしました。すると太子は後園に行き、鉄の太鼓を射ようとしました。提婆達多たち500人の童子も皆従いました。
その時、師匠はすぐに小さな弓を一挺取り出して太子に渡しました。太子は微笑みながらそれに尋ねました。「これを私に渡して、何をしようというのですか?」弓術師は答えました。「太子にこの鉄の太鼓を射ていただこうと思いまして。」太子はさらに言いました。「この弓は力が弱すぎます。もっとこのような弓を七挺持ってきてください。」師匠はすぐにそれらを渡しました。太子は七挺の弓を手に取り、一本の矢で七つの鉄の太鼓を射抜きました。
その時、弓術師は王のもとに行って申し上げました。「大王!太子は自ら弓術を知っておられます。一本の矢の力で七つの太鼓を射抜くとは、閻浮提の中で比肩する者はいません。どうして私を師とさせようとなさるのですか?」
「爾時白淨王聞此語已,心大歡喜,而自念言:『我子聰明,書論算數四遠悉知;而其射藝四方人民,未有知者。』即勅太子及提婆達多等五百童子,又復擊鼓唱令國界:『太子薩婆悉達,却後七日當出後園,欲試武藝;諸人民中有勇力者,可悉來此。』到第七日,提婆達多與六萬眷屬,最先出城。于時有一大象,當城門住,此諸軍眾,皆不敢前,提婆達多問諸人言:『何故住此而不前耶?』諸人答言:『有一大象,當門而立,舉眾畏之,故不敢前。』提婆達多聞此言已,獨前象所,以手搏頭,即便躃地;於是軍眾次第得過。爾時難陀又與眷屬亦欲出城,其諸軍眾徐步漸前,難陀即問:『何故行遲?』諸人答言:『提婆達多手搏一象,躃在城門,妨行者路,以是故遲。』難陀即便前至象所,以足指挑象,擲著路傍;無數人眾,聚共看之。爾時太子與十萬眷屬,前後圍繞,始出城門,見於路傍人眾聚看即便問曰:『此諸人輩,為何所看?』從人答言:『提婆達多手搏一象,躃在城門,妨人行路;難陀次出,以足指挑擲著於此,是故行人悉聚看之。』於是太子即自念言:『今者正是現力之時。』太子便即以手執象,擲著城外,還以手接,不令傷損;象又還穌,無所苦痛。時諸人民,歎未曾有。王聞此已,深生奇特。
その時、白浄王はこの言葉を聞いて、心から大いに喜び、こう思われました。「わが子は聡明で、書物や算術に至るまで広く知られている。しかし、弓術の腕前については、世の人々はまだ知らない。」そこで、太子と提婆達多ら五百人の少年たちに命じるとともに、太鼓を打ち鳴らして国中に触れを出しました。「太子サッバシッダは、七日の後、後園に出て武芸の腕前を試す。民の中で力に優れた者は、皆ここに集まれ。」七日目、提婆達多は六万の眷属を連れ、一番先に城を出ました。その時、一頭の大象が城門に立ちはだかっていました。軍勢は皆、進むことができません。提婆達多は人々に尋ねました。「なぜここに留まって進まないのか。」人々は答えました。「一頭の大象が門の前に立っていて、皆が恐れて進めないのです。」提婆達多はこれを聞くと、単独で象のところへ行き、手でその頭を打つと、象は倒れ伏しました。そこで軍勢はようやく進むことができました。次に、難陀もまた眷属と共に城を出ようとしました。軍勢がゆっくりと進んでいたので、難陀は尋ねました。「なぜ歩みが遅いのか。」人々は答えました。「提婆達多が手で象を倒し、それが城門に横たわって道を塞いでいるからです。」難陀はすぐに象のところへ行き、足の指で象を跳ね上げ、道の脇に投げ捨てました。大勢の人々が集まってそれを見ていました。その時、太子は十万の眷属に前後を囲まれて、ようやく城門を出ました。そして道の脇に人々が集まっているのを見て尋ねました。「この人々は、何を見ているのか。」従者が答えました。「提婆達多が手で象を倒し、城門に塞がっていたところを、難陀が次に出て、足の指でここに投げ捨てました。それで人々が集まって見ているのです。」そこで太子はこう思われました。「今こそ、力を示す時だ。」太子はすぐに手で象をつかみ、城外に投げ捨て、そしてまた手で受け止めて、傷つけることはありませんでした。象はまた息を吹き返し、苦しむこともありませんでした。人々はこのことを聞いて、今までにないことと嘆賞しました。王はこれを聞いて、深く不思議に思われました。
「如是太子及提婆達多并與難陀,四遠人民,皆悉來集,在彼園中。爾時彼園,種種莊嚴,施列金鼓、銀鼓、鍮石之鼓、銅鐵等鼓,各有七枚。爾時提婆達多,最先射之,徹三金鼓;次及難陀,亦徹三鼓;諸來人眾,悉皆雅歎。爾時群臣,白太子言:『提婆達多及與難陀,皆已射訖,今者次第正在太子,唯願太子射此諸鼓。』如是三請,太子曰:『善!』而語之言:『若欲使我射諸鼓者,此弓力弱,更覓強者。』諸臣答言:『太子祖王有一良弓,今在王庫。』太子語言:『便可取來。』弓既至已,太子即牽以放一箭,徹過諸鼓,然後入池,泉水流出,又亦穿過大鐵圍山。
その時、太子と提婆達多、そして難陀をはじめ、遠く近くから集まった大勢の人々が、その園の中に集まっていました。その園は様々に飾り立てられ、金の太鼓、銀の太鼓、鍮石の太鼓、銅や鉄の太鼓が、それぞれ七つずつ並べられていました。
その時、まず提婆達多が射たところ、三つの金の太鼓を貫き、次に難陀も三つの太鼓を貫きました。集まった人々は皆、感嘆の声をあげました。
その時、家来たちが太子に申し上げました。「提婆達多と難陀はすでに射終えました。今度は順番が太子様にまいりました。どうかこれらの太鼓をお射りください。」と、このように三度お願いしました。
太子はお答えになりました。「よろしい。」そして、こう言われました。「私にこれらの太鼓を射させるなら、この弓は力が弱すぎる。もっと強い弓を探してきなさい。」
家来たちが答えました。「太子様。ご先祖様の立派な弓が一つ、今も王の倉庫にございます。」
太子は言われました。「それをすぐに持って来なさい。」
弓が届けられると、太子はそれを引き、矢を放ちました。その矢は幾つもの太鼓を貫き、さらに池の中へと入って泉の水を溢れ出させ、また大鉄囲山をも突き抜けました。
「爾時提婆達多又與難陀,共相撲戲,二人力等,亦無勝者。太子又前,手執二弟,躃之於地,以慈力故不令傷痛。爾時四遠諸人民眾,既見太子有如此力,高聲唱言:『白淨王太子,非但智慧勝一切人,其力勇健亦無等者。』莫不歎伏,益生恭敬。
ある時、提婆達多(だいばだった)は難陀(なんだ)と相撲(すもう)の遊びをしていましたが、二人の力は互角で、勝負がつきませんでした。そこに太子(たいし)が進み出て、二人の弟の手を取ると、地面に倒しました。しかし、慈しみの力で、彼らに痛みを与えませんでした。その時、遠くからこの様子を見ていた多くの人々は、太子にそのような力があるのを見て、声高に叫びました。「白浄王(びゃくじょうおう)の太子は、智慧だけでなく、あらゆる人に勝る。その力強さは比べる者がない」と。誰もが感嘆し、敬いの心をさらに深めました。
「爾時白淨王,即會諸臣而共議言:『太子今者年已長大,智慧勇健,皆悉具足,今宜應以四大海水灌太子頂。』又復勅下餘小國王:『却後二月八日,灌太子頂,皆可來集。』至二月八日,諸餘國王并及仙人婆羅門等,皆悉雲集。懸繒幡蓋,燒香散花,鳴鍾擊鼓,作諸伎樂;以七寶器,盛四海水,諸仙人眾,各各頂戴授婆羅門;如是乃至遍及諸臣,悉已頂戴,傳授與王。時王即以灌太子頂,以七寶印而用付之,又擊大鼓,高聲唱言:『今立薩婆悉達以為太子。』爾時虛空天、龍、夜叉、人非人等,作天伎樂,異口同音讚言:『善哉!』當於迦毘羅斾兜國立太子時,餘八國王,亦於是日同立太子。
その時、白浄王は諸臣を集めて言った。「太子は既に成長し、智慧も勇気も体力も全て備わっている。今こそ、四大海の水をもって太子の頭に注ぐべきである。」また、他の小国の王たちにも勅命を下して、「二月八日、太子の頭に灌頂を行う。皆、集まるように。」と告げた。
二月八日になると、諸国の王たち、仙人、バラモンなどが雲のように集まった。彼らは天蓋や旗を掲げ、香を焚き、花をまき、鐘や太鼓を鳴らし、様々な楽を奏でた。七宝の器に四大海の水を入れ、仙人たちがそれを頭上に戴き、バラモンに渡した。そのようにして、臣下たちにも次々と伝わり、ついに王の手に渡った。王は太子の頭にその水を注ぎ、七宝の印を授けた。また、大きな太鼓を打ち鳴らし、高声に宣言した。「今、サッパサッダ(悉達多)を太子として立てる。」
その時、虚空の天、龍、夜叉、人非人等が天の楽を奏で、一斉に声を揃えて讃えた。「めでたい!」と。
カピラヴァストゥ(迦毘羅斾兜国)で太子が立てられたその同じ日に、他の八か国の王もまた、それぞれの国で太子を立てたのである。
「爾時太子,啟王出遊,王即聽許。時王即與太子并諸群臣,前後導從,按行國界,次復前行;到王田所,即便止息,閻浮樹下,看諸耕人。爾時淨居天,化作壤蟲,烏隨啄之。太子見已,起慈悲心,眾生可愍,互相吞食;即便思惟:『離欲界愛,如是乃至得四禪地。』日光昕赫,樹為曲枝,隨蔭太子。爾時白淨王,四面推求,問覓太子;從人答曰:『太子今在閻浮樹下。』時王即便與諸群臣,往彼樹所,未至之間,遙見太子端坐思惟,又見彼樹曲蔭其軀,深生奇特。時王即前執太子手問言:『汝今何故在於此坐?』太子答言:『觀諸眾生,更相吞食,甚可傷愍。』王聞此語,心生憂惱,慮其出家,宜急婚娉以悅其意,即便呼之:『俱共還國。』太子答言:『願停於此。』王聞其語,心即念言:『彼阿私陀往日所說,太子今者將如其言。』王即流淚重喚:『還國。』太子既見父王如此,即便隨從,歸於所止。王恐愁憂,不樂在家,更增妓女,而娛樂之。
ある時、太子は国王に「お出かけになりたい」と願い出ると、王はそれを許されました。そこで王は、太子や多くの家来たちと共に、前後を従えて国中を巡り歩きました。さらに進んで、王の田んぼのある場所に着くと、そこで休憩し、閻浮の木の下で農夫たちが耕す様子をご覧になりました。
その時、浄居天が虫に姿を変え、それを烏が追いかけて食べていました。太子はそれを見て、慈悲の心を起こし、「生きとし生けるものは哀れだ、互いに食い合っている」とお感じになりました。そして、こう考えられました。「欲界の執着から離れよう」と、このようにして四禅の境地にまで達されました。
日が赫々と照りつける中、木は枝を曲げ、太子の陰を作りました。その時、白浄王は四方に人を遣わして太子を探し求め、従者が答えて言いました。「太子は今、閻浮の木の下におられます」と。王はすぐに家来たちと共にその木の所へ向かわれました。着く前に、遠くから太子が端座して思惟しているのをご覧になりました。そして、木がその体に陰を差し掛けているのを見て、深く不思議に思われました。
王は近づいて太子の手を取り、「なぜここに座っているのか」とお尋ねになりました。太子はお答えになりました。「生き物たちが互いに食べ合っているのを見て、とても哀れに思いました」と。王はこの言葉を聞いて、心配と憂いを抱き、太子が出家するのではないかと懸念されました。そこで、早く結婚させて気をそらそうと考え、すぐに呼びかけて「一緒に国に帰ろう」と言われました。太子は「ここに留まりたい」とお答えになりました。王はこれを聞いて、「あの阿私陀が以前言ったことが、今、太子に当てはまるのだろうか」と考え、涙を流しながら再び「国に帰ろう」と呼びかけました。太子は父王がこのようにされるのを見て、従ってお住まいに帰られました。王は太子が憂い悲しんで家に喜んでいないことを恐れ、さらに芸妓を増やして慰めようとされました。
「爾時太子,至年十七,王集諸臣,而共議言:『太子今者年已長大,宜應為其訪索婚所。』諸臣答言:『有一釋種婆羅門,名摩訶那摩,其人有女,名耶輸陀羅,顏容端正,聰明智慧,賢才過人,禮儀備舉,有如是德,堪太子妃。』王即答言:『若如卿語,便為納之。』王還宮內,即勅宮中聰明有智舊宿女人:『汝可往至摩訶那摩長者之家,瞻看其女,容儀禮行,為何如耶?可停於彼至滿七日。』受王勅已,即便往彼長者之家,於七日中,具觀此女。還答王言:『我觀此女,容貌端正,威儀進止,無與等者。』王聞其言,極大歡喜,即便遣人語摩訶那摩言:『太子年長,欲為納妃。』諸臣並言:『汝女淑令,宜堪此舉,今欲相屈。』時摩訶那摩,答王使言:『謹奉勅旨。』王即令諸臣擇採吉日,遣車萬乘,而往迎之。既至宮已,具足太子婚姻之禮,又復更增諸妓女眾,晝夜娛樂。爾時太子,恒與其妃,行、住、坐、臥,未曾不俱;初自無有世俗之意,於靜夜中,但修禪觀。時王日日問諸婇女:『太子與妃,相接近不?』婇女答言:『不見太子有夫婦道。』王聞此語,愁憂不樂,更增妓女,而娛樂之;如是經時,猶不接近,時王深疑恐不能男。
そのとき、太子は十七歳になっていました。王は家臣たちを集めて、ともに相談して言いました。「太子は今や成人された。そろそろ妃を探すべきであろう。」家臣たちは答えました。「ある釈種の婆羅門に、摩訶那摩という者がおります。その者に娘がおり、名を耶輸陀羅といいます。顔かたちは端正で、聡明で智慧があり、才能は人にすぐれ、礼儀もよく備わっております。このような徳がありますので、太子の妃にふさわしいでしょう。」王はすぐに答えました。「卿の言うとおりなら、そのまま娶ることにする。」王は宮殿に戻ると、ただちに宮中で聡明で知恵のある古参の女たちに命じました。「あなたは摩訶那摩長者の家へ行き、その娘の容姿や礼儀作法がどのようなものかを見てきなさい。七日間そこに泊まってよい。」王の命を受けて、すぐにその長者の家へ行き、七日間のうちにこの娘をよく観察しました。そして王に答えて言いました。「私がこの娘を見ますに、容貌は端正で、立ち居振る舞いの威儀は、これに並ぶものはありません。」王はその言葉を聞いて、たいへん喜び、すぐに人を遣わして摩訶那摩に言いました。「太子は成人したので、妃を迎えたいと思う。」家臣たちもそろって言いました。「あなたの娘はしとやかで立派で、この話にふさわしい。ぜひお願いしたい。」そのとき摩訶那摩は、王の使者に答えて言いました。「謹んで勅旨を奉ります。」王はすぐに家臣たちに命じて吉日を選ばせ、一万乗の車を遣わして迎えに行かせました。宮殿に着くと、太子の婚礼の儀をすべて整え、さらに多くの妓女の集まりを加えて、昼夜を問わず楽しませました。そのとき太子は、いつも妃とともに、行くときも、住むときも、座るときも、臥すときも、ともにいないことはありませんでした。しかし初めから世俗の思いはなく、静かな夜にはただ禅観を修めていました。王は毎日、婇女たちに尋ねました。「太子と妃は、近づいているか。」婇女たちは答えました。「太子に夫婦の道があるようには見えません。」王はこの言葉を聞いて、愁い憂えて喜ばず、さらに妓女を増やして楽しませました。こうして時が過ぎても、なお近づくことはありませんでした。そのとき王は深く疑い、男ではないのではないかと恐れました。
「爾時太子,聞諸妓女歌詠,園林花果茂盛,流泉清涼,太子忽便欲出遊觀;即遣妓女,往白王言:『在宮日久,樂欲暫出園林遊戲。』王聞此語,心生歡喜,而自念言:『太子當是不樂在宮行夫婦禮,所以求出園林去耳。』即便聽之,勅諸群臣:『整治園觀,所經道路,皆令清淨。』太子即便往至王所頭面禮足,辭出而去。時王即便勅一舊臣聰明智慧善言辯者,令從太子。爾時太子,與諸官屬,前後導從,出城東門,國中人民,聞太子出,男女盈路,觀者如雲。時淨居天,化作老人,頭白背傴,拄杖羸步。太子即便問從者言:『此為何人?』從者答曰:『此老人也。』太子又問:『何謂為老。』答曰:『此人昔日曾經嬰兒童子少年,遷謝不住,遂至根熟,形變色衰,飲食不消,氣力虛微,坐起苦極,餘命無幾,故謂為老。』太子又問:『唯此人老?一切皆然?』從者答言:『一切皆悉應當如此。』爾時太子,聞是語已,生大苦惱,而自念言:『日月流邁,時變歲移,老至如電,身安足恃!我雖富貴,豈獨免耶?云何世人,而不怖畏?』太子從本以來,不樂處世,又聞此事,益生厭離;即迴車還,愁思不樂。時王聞已,心懷煎憂,恐其學道;更增妓女,以娛樂之。
時に太子は、その妓女たちの歌声や園林の果樹や花々の茂り、清らかな流れの涼やかさに感じいって、ふと外に出て遊覧したいと思われた。そこで妓女たちを遣わして王に申し伝えさせた。「宮中に長くおりますので、どうかしばらく園林に出て遊びたいと望みます」。これを聞いた王は心から喜び、「太子は宮中での夫婦の礼を好まず、それで園林に出たいと願うのだろう」とひとり思われ、すぐにお許しになった。そして群臣に命じて、「庭園を整え、通る道々をすべて清らかにせよ」と仰せられた。太子はすぐに王のもとへ参り、頭を王の足に付けて礼をし、暇を告げて出発された。その時、王は聡明で智慧があり、言葉巧みに話す古くからの臣下に命じて、太子に従わせた。太子は数々の官人たちに前後を守られ、城の東門を出られた。国中の人々は太子が出られたと聞き、道にあふれ、見物人は雲のように群がった。そこに浄居天が老人に姿を変え、頭は白く、背は曲がり、杖をついてよぼよぼと歩いていた。太子はすぐに従者に尋ねられた。「これは何者か」。従者は答えた。「老人でございます」。太子はさらに尋ねられた。「老いるとはどういうことか」。答えには「この人はかつて、幼子、幼児、少年の時期を経て、移り変わり止まることなく、ついに成熟に至り、姿は変わり、色は衰え、飲食物も消化できず、気力は衰え弱まり、座り立ちすらもひどく苦しく、余る命もわずかでございます。それゆえに老人と申します」。太子は尋ねられた。「この人だけが老いるのか。すべての人もそうなのか」。従者は答えた。「すべての人、皆、このようになるべきでございます」。この言葉を聞いた太子は深い苦しみを覚えられ、「日や月は流れ過ぎ、時は変わり歳は移り、老いは電光の如く来る。この身が何の頼りになろう。私が富貴にあっても、どうして独り免れられようか。世の人々はなぜこれを怖れないのか」とひとり思われた。太子はそもそも世の中を楽しめぬお方であったが、このことを聞いてさらに厭離の思いを強くされ、車を引き返させ、憂いに沈み楽しまれなかった。王はこれを聞いて心に深い憂いを抱き、太子が学道に向かうのを恐れられ、さらに多くの妓女を増やして楽しませようとされた。
「爾時太子,復經少時,啟王出遊。王聞此言,心生憂慮,而自念言:『太子前出,逢見老人,憂愁不樂,今者云何,而復求出?』王愛太子,不忍違異,僶俛從之;即集諸臣,而共議言:『太子前者出城東門,逢見老人,還輙不樂;今者已復求出遊觀,吾不能免,遂復許之。』諸臣答言:『當更嚴勅外諸官屬,修治道路,懸繒幡蓋,散華燒香,皆使華麗,無令臭穢諸不淨潔,及以老病在道側也。』
ある時、太子は再び少し経ってから、王に外出を願い出ました。王はこの言葉を聞いて心に憂いを抱き、こう思いました。「太子は前回出かけて老人を見かけ、憂愁で楽しくなかった。今またどうして外出を求めるのか。」王は太子を可愛がり、逆らうに忍びず、無理にそれに従いました。そしてすぐに諸臣を集めて共に話し合いました。「太子は先日、城の東門から出て老人に出会い、帰るとすぐに楽しまなかった。今また外出遊覧を求めており、私はそれを避けられず、ついに許したのだ。」諸臣は答えました。「改めて外の役人たちに厳命し、道路を整備させ、絹の旗や天蓋を掲げ、花をまき香を焚き、すべてを華麗にし、汚く不潔なものや老人・病人が道端にいることのないようにすべきです。」
「爾時迦毘羅斾兜城四門之外,各有一園,樹木花果,浴池樓觀,種種莊嚴,皆悉無異。王問諸臣:『外諸園觀,何者為勝?』諸臣答言:『外諸園觀,皆等無異,如忉利天歡喜之園。』王又勅言:『太子前出,已從東門;今者可令從南門出。』爾時太子,百官導從,出城南門。時淨居天,化作病人,身瘦腹大,喘息呻吟,骨消肉竭,顏貌痿黃,舉身戰掉,不能自持,兩人扶腋,在於路側。太子即問:『此為何人?』從者答曰:『此病人也。』太子又問:『何謂為病?』答曰:『夫謂病者,皆由嗜欲,飲食無度,四大不調,轉變成病,百節苦痛,氣力虛微,飲食寡少,眠臥不安,雖有身手,不能自運,要假他力,然後坐起。』爾時太子,以慈悲心,看彼病人,自生愁憂。又復問言:『此人獨爾?餘皆然耶?』答曰:『一切人民,無有貴賤,同有此病。』太子聞已,心自念言:『如此病苦,普應嬰之,云何世人,耽樂不畏?』作此念已,深生恐怖,身心戰動,譬如月影現波浪水。語從者言:『如此身者,是大苦聚,世人於中,撗生歡樂,愚癡無識,不知覺悟;今者云何,欲往彼園遊觀嬉戲?』即便迴車,還入王宮,坐自思惟,愁憂不樂。王問從者:『太子今出,寧有樂不?』從者答言:『始出南門,逢見病人,以此不樂,即迴車還。』王聞此語,心大愁憂,慮其出家。時王即便問諸臣言:『太子前者出城東門,逢見老人愁憂不樂,以此事故,吾勅卿等,淨治道路,無令老病在於巷側,云何今出於城南門,而復致有疾病人耶?又令太子逢值見之。』諸臣答言:『近受王勅,嚴命外司,勿使有諸臭穢老病在於道側,互相撿覆,無敢懈怠,不知何緣忽有病人,非是我等之罪咎也。』爾時王問諸從者言:『汝等並見病人在路何從而至?』從者答曰:『無有蹤跡,不知何來?』時王深於太子生猶豫心,恐其學道,更增妓女,而悅其意,又復欲使於五欲中生戀著心。
その時、カピラ城の四つの門の外には、それぞれに一つの園があり、木々や花果、沐浴の池や楼閣が、様々に飾り立てられ、どれも劣らず見事でした。王は家臣たちに尋ねました。「外にあるこれらの園や池の中で、どれが最も優れているか。」家臣たちは答えました。「外の園や池は、どれも皆等しく優れており、あたかも忉利天の歓喜園のようです。」王はまた命じました。「太子は前に出かけた時、既に東門から出た。今度は南門から出るようにせよ。」
その時、太子は百官に導かれて、城の南門から出られました。すると、浄居天が病人に化身し、痩せ細って腹は大きく、息を切らせ呻吟し、骨は削げ肉は尽き、顔色は黄色く衰え、全身震え上がって自分自身を支えることもできず、二人の者に脇を支えられて、道端にいました。太子はすぐに尋ねました。「これは何という人か。」従者が答えました。「これは病人です。」太子はまた尋ねました。「病とは何を言うのか。」答えました。「病というものは、皆、欲深さと飲食の節度の無さから、四大が調和を失い、それが転じて病となるのです。あらゆる関節が苦しみ、気力は弱まり、飲食もままならず、眠りも安らかにできず、手足があっても自由に動かせず、他人の力を借りてようやく起き上がることができるのです。」その時、太子は慈悲の心をもってその病人をご覧になり、自ら憂い悲しみを起こされました。そしてまた尋ねました。「この人だけがそうなのか。他の者も皆そうなのか。」答えました。「全ての人民、貴賤を問わず、皆この病を同じく持っております。」太子はこれを聞いて、心の中でお思いになりました。「このような病の苦しみは、普く全ての者が受けるべきものであるのに、どうして世の人はそれに耽り楽しみ、恐れないのか。」こうお考えになって、深く恐怖を生じ、身も心も震え動かれました。それはちょうど、月の影が波立つ水に現れるかのようでした。従者に告げられました。「この身体というものは、大きな苦しみの集まりである。世の人々はその中で、無理に楽しみを生じている。愚かで無知であり、悟ることができない。今、どうしてその園に行って遊び楽しもうと言うのか。」そしてすぐに車を返し、王宮に帰られ、座って思いを巡らせ、憂い悲しんで楽しまれませんでした。
王は従者に尋ねました。「太子は今日出かけられて、楽しみはあったか。」従者は答えました。「南門を出てすぐに、病人に出会われ、そのために楽しまれず、すぐに車を返されました。」王はこの言葉を聞いて、心に大きな憂いを抱き、出家されることを心配されました。そこで王はすぐに家臣たちに尋ねました。「太子は先日東門を出られた時に、老人に出会われて憂い悲しみ楽しまれなかった。そのため、朕はお前たちに命じて、道をきれいに整え、老いた者や病人が通りにいてはいけないようにしたのだ。どうして今日、南門を出られた時に、また病人がいるのか。しかも太子に出会わせたのか。」家臣たちは答えました。「つい先日、王のご命令を承り、外の役人に厳しく命じて、臭い老いや病の者が道端にいることのないようにさせ、互いに取り締まり怠ることがございませんでした。どういうわけで突然病人が現れたのか、我々の罪ではございません。」その時、王は従者たちに尋ねました。「お前たちは皆、病人が道にいるのを見たが、どこから来たのか。」従者は答えました。「跡形もなく、どこから来たのかわかりません。」その時、王は太子に対して深く疑いの心を抱き、学道されるのを恐れて、さらに多くの芸妓を増やしてその心を楽しませようとし、また五欲の中に執着の心を起こさせようとされました。
「爾時有一婆羅門子,名憂陀夷,聰明智慧,極有才辯。時王即便請來入宮,而語之言:『太子今者,不樂在世受於五欲,恐其不久,出家學道;汝可與之共作朋屬,具說世間五欲樂事,令其心動不樂出家。』時優陀夷,即便答言:『太子聰明,無與等者,所知書論,皆悉淵博,並是我今所未曾聞,云何見使誘說之耶?譬以藕絲欲懸須彌,我亦如是,終不能迴太子之心。大王既勅令作朋友,要當自竭我所知見。』時優陀夷受王勅已,隨從太子,行住坐臥,不敢遠離。時王又復選諸妓女,聰明智慧,顏容端正,善於歌舞,能惑人者;種種莊飾,光麗悅目,皆悉遣往給侍太子。
さて、その時、一人のバラモンの子がいた。名をウダーインといった。智慧に優れ、非常に弁舌の才があった。王はすぐに彼を宮中に招き入れて、こう言った。「太子は今、世の中に留まって五欲を享受することを好まず、遠からずして出家して道を求めようとしている。お前は彼と友となり、世の中の五欲の楽しみについて詳しく語り、彼の心を動かして出家を望まないようにさせよ。」その時、ウダーインは答えて言った。「太子は聡明で並ぶ者がなく、ご存知の書物や論説はすべて深遠で、それは私がいまだかつて聞いたことのないものばかりです。どうして私に、彼を誘い説得せよと命じられるのでしょうか。例えて言うなら、蓮の茎の糸で須弥山を吊るそうとするようなものです。私も同じく、決して太子の心を変えることはできません。しかし、大王がご命令で友となるようおっしゃるなら、私の知見の及ぶ限りを尽くしましょう。」ウダーインは王の命令を受けると、太子に従い、行きも住みも座りも臥すも、遠く離れることはなかった。また王は、聡明で智慧があり、顔立ちが整っていて、歌や舞に優れ、人の心を惑わせることのできる遊女たちを選び、様々に飾り立て、光り輝く美しさで、すべて太子に仕える者として遣わした。
「爾時太子,復經少時,啟王出遊。王聞此語,心自念言:『彼優陀夷,既與太子共為朋友,今若出遊,或勝於前,無復厭俗樂出家心。』作是念已,即便聽許。時王又復集諸大臣,悉語之言:『太子今者復求出遊,我不忍違,已復聽之;太子前出東南二門,已見老病,還輙憂愁;今者宜令從西門出。我心慮其還又不樂;然優陀夷,是其良友,冀今出還,不復應爾。卿等好令修治道路園林臺觀,皆使嚴整,香華幡蓋,數倍於前,無令復有老病臭穢在道側也。』臣受勅已,即語外司,嚴治道路,并及園林,光麗倍常。王又先送諸妙妓女,置彼園中;又復勅語優陀夷言:『若當路側,有不祥事,可以方便誘悅其心。』并勅諸臣,隨從太子,皆令伺察,若有不吉,遠驅逐之。
その頃、太子は再び王に願い出て、遊覧に出かけたいと申し出ました。王はこれを聞いて心の中で思いました。「あの優陀夷は、すでに太子と朋友の契りを結んでいる。今度遊覧に出ても、前回よりまさって俗世を厭い、出家を望む心が起きなければよいが。」こう考えて、ついに許可を与えました。
王はさらに大臣たちを集めて言いました。「太子がまた遊覧を願い出たので、私は断りきれず許可した。太子は前に東門と南門から出て、老いや病を見て憂い悲しんだ。今回は西門から出るようにしよう。また憂えるのではないかと心配ではあるが、優陀夷は彼の良き友である。今回の帰還で、以前のようなことにはならないだろう。そなたたちはよく整え、道や庭園、楼閣をすべて厳かに飾り整えよ。香華や旗蓋は前の倍以上とし、老いや病、汚らわしいものが道端にないようにせよ。」
大臣たちは命を受けて外務の役人に伝え、道や庭園を厳粛に整えさせ、その光景は以前にもまして美しく輝いていました。王はさらに先んじて多くのすぐれた芸妓たちを庭園に送り込みました。そして優陀夷にも命じました。「もし道端に不吉なことがあれば、うまく取りなして太子の心を喜ばせよ。」また大臣たちにも命じ、太子に従って見守らせ、「もし不吉なことがあれば、遠くに追い払え」と言いました。
「爾時太子,與優陀夷,百官導從,燒香散花,作眾伎樂,出城西門。時淨居天,心自念言:『先現老病於二城門,舉眾皆見,令白淨王嗔責從者并及外司。太子今出,王制嚴峻,我今現死,若皆見者,增王忿怒,必加罰戮抂及無辜;我於今日所現之事,唯令太子及憂陀夷二人見耳,使餘官屬不受責也。』作此念已,即便來下,化為死人,四人舉輿,以諸香華,布散屍上,室家大小,號哭送之。爾時太子與優陀夷,二人獨見。太子問言:『此為何物?而以花香,莊飾其上,復有人眾,號哭相送。』時優陀夷,以王勅故,默然不答。如是三問,淨居天王威神之力,使優陀夷不覺答言:『是死人也。』太子又問:『何謂為死?』優陀夷言:『夫謂死者,刀風解形,神識去矣,四體諸根,無所復知。此人在世,貪著五欲,愛惜錢財,辛苦經營,唯知積聚,不識無常;今者一旦捨之而死,又為父母親戚眷屬之所愛念;命終之後,猶如草木,恩情好惡,不復相關。如是死者,誠可哀也。』太子聞已,心大戰怖。又問優陀夷言:『唯此人死?餘亦當然?』即復答言:『一切世人,皆應如此,無有貴賤而得免脫。』
爾時、太子はウダーインとともに、百官の先導を受け、香を焚き花を撒き、様々な音楽を奏でながら城の西門を出られた。その時、浄居天は心の中で思った。「先に老と病を二つの城門で顕したが、大衆皆が見てしまい、白浄王は従者や外の役人を叱り責められた。今、太子が出られるに当たり、王の取り決めは厳しい。私が今、死を顕し、もし皆が見れば、王の怒りはさらに増し、必ず罰が下り、罪なき者まで害されるであろう。そこで、今日私が顕すことは、太子とウダーインの二人だけに見させ、他の官属が責めを受けないようにしよう。」そう思ってすぐに下りて、死人に化けた。四人が輿を担ぎ、様々な香や花を屍の上に散らし、家族一同が泣き叫びながら送っていた。その時、太子とウダーインの二人だけがそれを見た。太子が尋ねられた。「これは何というものか。どうして香や花でその上を飾り、また人々が泣き叫んで送り出すのか。」その時、ウダーインは王の命令があったので黙って答えなかった。三度尋ねられたが、浄居天の威神の力によって、ウダーインは思わず答えた。「これは死人です。」太子がさらに尋ねられた。「死とは何を言うのか。」ウダーインは言った。「死というものは、刀の風が形を解き、意識が去ってしまい、身体の諸器官は何も感じなくなります。この人は生きている間、五欲に執着し、金銭を惜しみ、辛苦して営み、ただ蓄えることだけを知り、無常を知りませんでした。今、ある日突然それを捨てて死ぬのです。また、父母や親戚、眷属に愛されていた人でも、命が終わった後は草木の如く、恩愛や好悪も関わらなくなります。このような死は、誠に哀れむべきものです。」太子はこれを聞いて、心に大きな戦慄を覚えられた。またウダーインに尋ねられた。「ただこの人だけが死ぬのか。他の者もまたそうであるのか。」ウダーインはまた答えた。「全ての世の人々は、皆このようにあるべきで、貴賤の区別なく免れる者はいません。」
「太子素性,恬靜難動,既聞此語,不能自安。即以微聲,語優陀夷:『世間乃復有此死苦,云何於中,而行放逸,心如木石不知怖畏?』即勅御者可迴車還。御者答言:『前出二門,未到園所,中路而反,致令大王深見瞋責;今者豈敢復如此耶?』時優陀夷,語御者言:『如汝所說,不應便歸。』即復前行,至彼園中,香華幡蓋,作眾伎樂;眾妓端正,猶如諸天婇女無異,於太子前,各競歌舞冀以姿態,悅動其意。太子心安,不可移轉,即止園中,蔭息樹間,除其侍衛,端坐思惟,憶昔曾在閻浮樹下,遠離欲界,乃至得於第四禪定。
太子は本来、穏やかで動じにくい性格であったが、この言葉を聞いて、どうしても心を落ち着けることができなかった。そこで小声で優陀夷に言った。「世の中には、このような死の苦しみがあるとは。それなのに、どうして人々は楽しみにふけり、心を木や石のように固くして、少しも恐れを知らないのだろうか。」そして御者に車を戻すよう命じた。御者は答えた。「先に二つの門を出た際、まだ園に着かない途中でお戻りになったため、大王様から深くお叱りを受けました。今また同じことをするわけにはまいりません。」その時、優陀夷が御者に言った。「お前の言う通りだ、すぐに帰るべきではない。」それでまた進み、園に着いた。そこには香華や幡蓋が飾られ、様々な音楽が奏でられていた。大勢の美しい芸妓たちが、まるで天女のように、太子の前でそれぞれ競って歌い舞い、その美しい姿で太子の心を楽しませようとした。しかし太子の心は揺るがず、園の中の木陰で休息し、侍従を遠ざけ、端座して思いにふけった。かつて閻浮樹の下で、欲界を遠く離れ、第四禅定にまで至ったことを思い出したのである。
「爾時優陀夷,到太子所,而作此言:『大王見勅,令與太子共為朋友,脫有得失,互相開悟,朋友之法,其要有三:一者、見有過失輙相諫曉;二者、見有好事,深生隨喜;三者、在於苦厄,不相棄捨。今獻誠言,願不見責。古昔諸王,及今現在,皆悉受於五欲之樂,然後出家;太子云何,永絕不顧?又人生世,宜順人行,無有棄國而學道者。唯願太子,受於五欲,令有子息,不絕王嗣。』爾時太子,而答之言:『誠如所說,但我不以捐國故爾,亦復不言五欲無樂;以畏老病生死之苦故,於五欲不敢愛著。汝向所言,古昔諸王,先經五欲,然後出家。此諸王等,今在何許?以愛欲故,或在地獄,或在餓鬼,或在畜生,或在人天;以有如是輪轉苦故,是以我欲離老病苦生死法耳。汝今云何令我受之?』時優陀夷,雖竭才辯勸獎太子,不能令迴,即便退坐,歸於所止。太子仍勅嚴駕還宮,諸妓女眾,及優陀夷,愁憂慘慼,顏貌顰蹙,如人新喪所愛親屬;太子到宮,惻愴倍常。
優陀夷は太子の許に参り、こう申し上げた。「大王の仰せにより、太子と友人となるよう命じられました。互いに過ちがあれば教え諭し合い、友人の道には三つの大切なことがあります。第一に、過ちを見つけたらすぐに諫めること。第二に、良いことがあれば心から喜ぶこと。第三に、苦難の時には見捨てないこと。今、真心を込めて申し上げますが、どうかお責めにならないでください。昔の王々も、今の王々も皆、五欲の楽しみを受けてから出家なさいました。それなのに、なぜ太子はこれを永遠に絶とうとなさるのですか?また、人は世の中で人の道に従って生きるべきであり、国を捨てて道を学ぶ者などおりません。どうか太子よ、五欲を受け入れ、子孫を残して王の跡を絶たせないでください。」
その時、太子は答えて言われた。「確かにあなたの言う通りです。しかし私は国を捨てるからそうするのではありません。また、五欲に楽しみがないとも言いません。老い、病、死の苦しみを恐れるがゆえに、五欲に執着できないのです。あなたが言うように、昔の王々は五欲を経験してから出家しました。しかし、これらの王々は今どこにいるのでしょうか?愛欲のゆえに、地獄にいる者、餓鬼になる者、畜生となる者、人や天に生まれる者もいます。このような輪廻の苦しみがあるからこそ、私は老いと病と死の苦しみから逃れたいのです。今、どうして私に五欲を受け入れさせようとするのですか?」
優陀夷はあらゆる才智と弁舌を尽くして太子を勧めたが、太子の心を変えることはできなかった。彼はついに退座し、自分の場所に戻った。太子は車を整えて宮殿に戻るよう命じた。芸妓たちと優陀夷は憂いに沈み、顔を曇らせて、まるで愛する親族を失ったばかりの人のようであった。太子が宮殿に戻られると、孤独と悲しみはいつにも増して深かった。
「時白淨王,呼優陀夷,而問之言:『太子今出,寧有樂不?』優陀夷言:『出城不遠,逢見死人,亦不知其從何而來,太子與我,同時見之。太子問言:「此為何人?」我亦不覺,答是死人。』時王即復問諸從者:『汝等皆見城西門外有死人不?』從者答言:『我等不見。』王聞此語,神意豁然,而自念言:『太子、優陀夷,二人獨見,此是天力,非諸臣咎,必定當如阿私陀言。』作此念已,心大苦惱,復增妓女,以娛樂之;日日遣人,慰誘太子,而語之言:『國是汝有,何故愁憂,而不樂耶?』王又嚴勅諸妓女眾,悅太子意,勿捨晝夜。
時、浄飯王は優陀夷を呼び、「太子は今日外出して、何か楽しみを得られたか?」と尋ねられた。 優陀夷は答えた。「都を出てほどなく、死人に出会いました。どこから来たのかもわかりません。太子と私は同時にそれを見ました。太子は『これは何者か?』と私に問われ、私は思わず『死人です』と答えました。」 王はすぐに他の従者たちに尋ねられた。「お前たちも城の西門の外で死人を見たか?」 従者たちは答えた。「私たちは見ておりません。」 王はこの言葉を聞き、心が晴れ晴れとして、ひそかに考えられた。「太子と優陀夷だけが見たということは、これは天の力であり、家臣たちの落ち度ではない。きっと阿私陀の言った通りになるのだろう。」 そう思われると、王の心は大いに苦しみ、さらに多くの芸妓を増やして太子をもてなさせ、毎日人を遣わして太子を慰め、こう言わせられた。「国はお前のものだ。なぜ憂えて楽しまないのか。」 さらに王は多くの芸妓たちに厳しく命じられた。「太子の心を喜ばせよ。昼夜を問わず努めよ。」
「時白淨王,雖知天力非復人事,愛重太子,不能不言。心自思惟:『太子前已出三城門,今者唯有北門未出,其必不久更求出遊;當復莊嚴彼外園林,倍令光麗,勿使有諸不可意事。』如所思惟,具勅諸臣。時王又復心自願言:『太子若出城北門時,唯願諸天,勿復現於不吉祥事,復令我子心生憂惱。』既心願已,遂勅御者:『太子若出,當令乘馬,使得四望,見諸人民,光麗莊飾。』
ある時、白浄王は、それが天の力であって人間の力によるものではないと知りつつも、太子を深く愛し、気にかけずにはいられなかった。心の中でこう思った。 「太子はすでに三つの城門から外出した。今、まだ出ていないのは北門だけである。そのうちきっとまた出かけたいと言い出すだろう。あの外の庭園を、再び飾り立て、倍美しく輝かせ、あらゆる不快なことがないようにしなければ。」 思い描いた通りに、王は臣下たちに詳しく命じた。また、王は心の中でこう願った。 「もし太子が城の北門から出ることがあれば、どうか諸天よ、再び不吉な出来事を現さないでほしい。そして、わが子が心に憂いや悩みを抱くことのないように。」 そう願った後、王は御者に命じた。 「もし太子が外出するなら、馬に乗せ、四方を見渡せるようにせよ。人々が美しく華やかに飾り立てているのを見ることができるように。」
「是時太子,啟王出遊;王不忍違,便與優陀夷及餘官屬,前後導從,出城北門。到彼園所,太子下馬,止息於樹,除去侍衛,端坐思惟,念於世間老病死苦。時淨居天,化作比丘,法服持鉢,手執錫杖,視地而行,在太子前。太子見已,即便問言:『汝是何人?』比丘答言:『我是比丘。』太子又問:『何謂比丘?』答言:『能破結賊,不受後身,故曰比丘。世間皆悉無常危脆,我所修學,無漏聖道,不著色聲香味觸法,永得無為,到解脫岸。』作此言已,於太子前,現神通力,騰虛而去。當爾之時,諸從官屬,皆悉覩見。太子既已見此比丘,又聞廣說出家功德,會其宿懷厭欲之情,便自唱言:『善哉!善哉!天人之中,唯此為勝,我當決定修學是道。』作此語已,即便索馬還歸宮城。於時太子,心生欣慶,而自念言:『我先見有老病死苦,晝夜常恐為此所逼;今見比丘,開悟我情,示解脫路。』作此念已,即自思惟方便,求覓出家因緣。
その時、太子は王に外出を願い出ました。王は忍び難い思いでしたが、願いを聞き入れ、優陀夷や他の役人たちが前後を固め、城の北門を出ました。園に着くと、太子は馬を下り、木の下で休息し、侍従たちを遠ざけて、端座して心を静め、世の中の老い、病、死の苦しみについて思いを巡らせました。その時、浄居天が神通力で比丘に姿を変え、法衣をまとい、鉢を持ち、錫杖を手に地面を見つめて歩き、太子の前に現れました。太子はそれを見てすぐに尋ねました。「あなたは何者ですか?」比丘は答えました。「私は比丘です。」太子がさらに「比丘とは何ですか?」と尋ねると、答えました。「煩悩という敵を打ち破り、来世に再び生を受けることのない者、それを比丘と言います。世の中のすべては無常で儚いものです。私が修め学んでいるのは、無漏の聖なる道であり、色・声・香・味・触・法に執着せず、永遠に無為の境地を得て、解脱の岸に至るのです。」こう言い終えると、比丘は太子の前で神通力を示して、虚空に舞い上がって去って行きました。その時、従者たちは皆、その様子を目の当たりにしました。太子はこの比丘を見て、また出家の功徳についての広い説法を聞き、以前から心に抱いていた欲望を厭う思いが呼び覚まされ、自らこう言いました。「素晴らしい、素晴らしい。天と人の世界の中で、この道こそが最も優れている。私は必ずこの道を修め学ぶことを決意しよう。」こう言ってから、すぐに馬を求めて宮城に帰りました。その時、太子の心には喜びと慶びが湧き起こり、こう自ら思いました。「私は以前から老・病・死の苦しみを見て、昼夜その苦しみに脅かされるのを恐れていた。今、この比丘に会い、私の心を開き悟らせ、解脱の道を示してくれた。」こう考えて、すぐに自分なりの方法を思案し、出家の因縁を求めて探し始めました。
「爾時白淨王問優陀夷言:『太子今出,寧有樂不?』時優陀夷即答王言:『太子向出,所經道路,無諸不祥;既到園中,太子獨自在於樹下,遙見一人,剃除鬚髮,著染色衣,來太子前而共言語。言語既畢,騰虛而去,竟亦不知何所論說,太子因是嚴駕而歸。當爾之時,顏容歡悅,還至宮中,方生憂愁。』時白淨王,既聞此語,心生狐疑,亦復不知是何瑞相,深懷懊惱,而自念言:『太子決定捨家學道,又納其妃,久而無子,我今應勅耶輸陀羅,當思方便莫絕國嗣;復應警戒,勿使太子去而不知。』既作是念,如所思惟,即便勅於耶輸陀羅。耶輸陀羅聞王勅已,心懷慚愧,默然而住,行止坐臥不離太子。時王復增諸妙妓女,以娛樂之。
その時、白浄王(父王)は優陀夷に尋ねた。『太子は出かけたが、楽しい思いをされただろうか?』優陀夷は王に答えた。『太子がお出かけになった道中には、何の不吉なこともありませんでした。園に着かれてからは、太子は一本の木の下に独りおられました。そこへ遥か向こうから、一人の者が剃髪し染め衣をまとい、太子の前に現れて言葉を交わしました。話し終えると、その者は虚空に舞い上がって去ってしまい、結局何を語り合われたのかは分かりません。太子はそのためにお車を整えてお戻りになりました。その時のお顔は喜びに満ちておいででしたが、宮殿にお戻りになると、悲しみに沈まれました。』 白浄王はこの言葉を聞いて疑念を抱き、これがどのような瑞相なのかも分からず、深く懊悩し、心の中でこう思った。『太子はどうやら家を捨てて出家されるに違いない。それに妃を迎えながら、長く子ができない。今こそ耶輸陀羅に命じて、皇統を断たせぬよう工夫させるべきだ。また太子が出て行かれるのを知らずにいてはならぬよう、戒めもせねば。』かく考えた王は、ただちに耶輸陀羅に命じた。耶輸陀羅は王の命を聞き、心に恥じらいを覚え、黙ってそこに留まり、行きも座りも臥しても太子から離れようとしなかった。さらに王は、優れた芸妓たちを増やし、太子を楽しませようとした。
「爾時太子年至十九,心自思惟:『我今正是出家之時。』而便往至於父王所,威儀庠序,猶如帝釋,往詣梵天,傍臣見已,而白王言:『太子今者來大王所。』王聞此言,憂喜交集。太子既至,頭面作禮;爾時父王,即便抱之,而勅令坐。太子坐已,白父王言:『恩愛集會,必有別離,唯願聽我出家學道。一切眾生,愛別離苦,皆使解脫。願必垂許,不見留難。』時白淨王聞太子語,心大苦痛;猶如金剛摧破於山,舉身戰掉,不安本座,執太子手,不復能言,啼泣流淚,噓唏哽咽。如是良久,微聲而言:『汝今宜應息出家意。所以者何?年既少壯,國未有嗣,而便委我,曾不迴顧。』爾時太子既見父王流淚不許,還歸所止,思惟出家,愁憂不樂。
当時、太子は十九歳になられました。そして心の中でこうお考えになりました。「今こそ、私が出家すべき時である。」そうして父王のもとへ向かわれました。その歩みは威儀を整え、静かで優雅で、まるで帝釈天が梵天のもとへ赴くかのようでした。側近の臣たちはこれを見て王に申し上げました。「太子が今、王のもとへ参られます。」王はこれを聞いて、喜びと憂いが入り混じりました。太子が到着されると、頭を地につけて礼をなさいました。その時、父王はすぐに太子を抱き寄せ、座るようにお命じになりました。太子がお座りになると、父王にこう申し上げました。「愛しい者たちの集いにも、必ず別れの時が訪れます。どうか私が出家して道を学ぶことをお許しください。すべての生きとし生けるものが、愛する者と別れる苦しみから解脱できますように。どうか必ずお許しくださいますよう、妨げることなくお見送りください。」この時、浄飯王は太子の言葉を聞いて、心に大きな苦しみを受けました。それはまるで金剛石が山を打ち砕くかのようで、全身が震え、安らかに座っていられなくなりました。太子の手を握り、言葉も出ず、涙を流し、むせび泣かれました。こうして長い間があって、ようやくかすかな声で言われました。「今こそ、お前は出家の思いを抑えるべきだ。なぜなら、お前は若く、国にはまだ後継ぎがいない。それなのに、私を捨てて、一度も振り返ることなく去ろうとするのか。」その時、太子は父王が涙を流して許されないのをご覧になり、自らの居所へと戻られました。そして出家のことを思い続け、憂いに沈み、楽しまれることはありませんでした。
「爾時迦毘羅斾兜國,諸大相師,占知太子,若不出家,過七日後,得轉輪王位,王四天下,七寶自至。各以所知,往白王言:『釋迦種姓,於此方興。』王聞是語,心生歡喜,即勅諸臣并釋種子:『汝聞相師如此言不?皆應日夜侍衛太子,於城四門,門各千人;周匝城外,一踰闍那內,邏置人眾,而防護之。』復勅耶輸陀羅并諸內官,倍加警戒,過於七日,勿使出家。時王又來至太子所,太子遙見,即往奉迎,頭面禮足,問訊起居。王語太子:『我昔既聞阿私陀說,及眾相師,并諸奇瑞,必定知汝不樂處世。國嗣既重,屬當相繼,唯願為我,生汝一子,然後絕俗,不復相違。』爾時太子,聞父王言,心自思惟:『大王所以苦留我者,正自為國無紹嗣耳。』作是念已,而答王言:『善哉!如勅。』即以左手,指其妃腹,時耶輸陀羅,便覺體異,自知有娠。王聞太子如勅之言,心大歡喜,當謂太子七日之內,必未有兒,若過此期,轉輪王位,自然而至,不復出家。
その時、カピラヴァストゥ(迦毘羅斾兜国)において、多くの占い師が太子がもし出家しなければ、七日後に転輪聖王となり、四つの天下を治め、七宝が自然に現れると占いました。彼らはそれぞれの占いの結果を王に申し上げました。「釈迦族はこの地で繁栄するでしょう」と。王はこれを聞いて心から喜び、家臣や釈迦族の者たちに命じました。「お前たちはこの占い師たちの言葉を聞いたか?日夜太子を守護し、城の四つの門にはそれぞれ千人を置き、城外の一由旬(ヨージャナ)の範囲には人々を配置して護衛せよ。」また、ヤショーダラー(耶輸陀羅)や宮中の役人たちにも命じました。「警戒を一層厳重にし、七日が過ぎるまで太子が出家しないよう努めよ。」その時、王は再び太子のもとを訪れました。太子は王を遠くから見つけると、すぐに出迎え、頭を王の足に触れて礼をし、安否を尋ねました。王は太子に言いました。「私は以前、アシタ仙人(阿私陀)の言葉や多くの占い師たちの予言、そして様々な瑞兆を聞いて、お前が世を好まないことを確信している。国の太子という地位は重く、継承されるべきものである。願わくば、私のために一人の子を設けてくれ。その後、世を捨てることは妨げない。」その時、太子は父王の言葉を聞き、心の中で考えました。「大王が私を引き留めようとするのは、ただ国に後継ぎがいないからだ。」そう思って、王に答えました。「承知しました。仰せのままに。」そして左手で妃の腹を指さしました。その瞬間、ヤショーダラーは体に異変を感じ、自ら妊娠していることを悟りました。王は太子が命じた通りに従ったことを聞き、大いに喜びました。「太子は七日以内には子を得られないだろう。この期間を過ぎれば、転輪聖王の位は自然に訪れ、出家することもない。」と思ったのです。
「爾時太子心自念言:『我年已至一十有九,今是二月,復是七日,宜應方便,思求出家。所以者何?今正是時,又於父王,所願已滿。』作此念已,身放光明,照四天王宮,乃至照於淨居天宮,不令人間見此光明。爾時諸天見此光已,皆知太子出家時至;即便來下,到太子所,頭面禮足,合掌白言:『無量劫來,所修行願,今者正是成熟之時。』於是太子,答諸天言:『如汝等語,今正是時;然父王勅內外官屬,嚴見防衛,欲去無從。』諸天白言:『我等自當設諸方便,令太子出,使無知者。』諸天即便以其神力,令諸官屬,皆悉惛臥。
爾時、太子は心の中でこう考えた。 「私は今や十九歳となった。今日は二月七日である。そろそろ出家を志すべき時である。なぜか。まさに今がその時であり、また父王への願いも果たされたからである。」 こう思ったとき、太子の身体から光明が放たれ、四天王の宮殿や浄居天の宮殿にまで届いたが、人間界にはこの光は見えなかった。 その時、天人たちはこの光を見て、皆、太子の出家の時が来たことを知った。そしてすぐに降りてきて、太子のもとに到り、頭を頂き足に触れ、合掌して申し上げた。 「無量劫の長きにわたり修行し願ってきたことが、今まさに成就の時を迎えました。」 そこで太子は天人たちに答えた。 「お前たちの言う通り、今がその時である。しかし、父王は内外の官たちに厳重に見張りを命じており、逃げ出そうにも道がない。」 天人たちは申し上げた。 「私たちがしかるべき方便を設けて、太子が出家されるのを、誰にも知られないようにいたしましょう。」 すると天人たちは、その神力によって、すべての官たちを深く眠らせてしまった。
「爾時耶輸陀羅,眠臥之中,得三大夢:一者、夢月墮地;二者、夢牙齒落;三者、夢失右臂。得此夢已,眠中驚覺,心大怖懼。白太子言:『我於眠中,得三惡夢。』太子問言:『汝夢何等?』耶輸陀羅,即便具說所夢之事。太子語言:『月猶在天,齒又不落,臂復尚在,當知諸夢虛假非實,汝今不應橫生怖畏。』耶輸陀羅,又語太子:『如我自忖所夢之事,必是太子出家之瑞。』太子又答:『汝但安眠勿生此慮,要不令汝有不祥事。』耶輸陀羅聞此語已,即便還眠。太子即從坐起,遍觀妓女及耶輸陀羅,皆如木人,譬若芭蕉中無堅實;或有倚伏於樂器上,臂脚垂地,更相枕臥,鼻涕目淚,口中流涎。又復遍觀妻及妓女,見其形體,髮爪髓腦,骨齒髑髏,皮膚肌肉,筋脉肪血,心肺脾腎,肝膽腸胃,屎尿涕唾,外為革囊,中盛臭穢,無一可奇;強熏以香,飾以花綵,譬如假借當還;亦不得久,百年之命,臥消其半,又多憂惱,其樂無幾。世人云何恒見此事,而不覺悟,又於其中,貪著婬欲?我今當學古昔諸佛所修之行,急應遠此大火之聚。
その時、耶輸陀羅は眠りの中で三つの大きな夢を見ました。一つ目は月が地に落ちる夢、二つ目は歯が抜ける夢、三つ目は右腕を失う夢でした。この夢を見て、眠りから驚いて覚め、心に大きな恐怖を抱きました。太子に申し上げました。「私は眠りの中で三つの不吉な夢を見ました。」太子がお尋ねになりました。「あなたはどんな夢を見たのですか?」耶輸陀羅はすぐにその夢のことを詳しく話しました。太子はおっしゃいました。「月はまだ空にあり、歯も抜けておらず、腕もまたあるではないか。諸々の夢は虚偽であり真実ではないと知るべきだ。あなたは今、理由なく恐れや怖れを抱いてはならない。」耶輸陀羅はまた太子に申し上げました。「私が考えますに、夢に見たことは必ずや太子が出家される吉兆でございます。」太子はさらに答えられました。「あなたはただ安心して眠りなさい。そのような心配を起こしてはならない。決してあなたに不吉なことが起こることはない。」耶輸陀羅はこの言葉を聞いて、再び眠りにつきました。太子はすぐに座から立ち上がり、女官たちや耶輸陀羅をくまなく見渡しました。彼らは皆、木彫りの人のようであり、芭蕉の幹のように内部に堅実なものはありませんでした。ある者は楽器にもたれかかり、腕や脚を地面に垂らし、互いに枕を重ねて寝ており、鼻水や涙、口からはよだれを流していました。また妻や女官たちの姿をくまなく見ると、その体は毛髪、爪、髄、脳、骨、歯、頭蓋骨、皮膚、筋肉、筋、血管、脂肪、血液、心臓、肺、脾臓、腎臓、肝臓、胆嚢、腸、胃、大小便、鼻水、唾液などから成り、外は皮の袋で覆われ、内は臭い穢れで満たされており、少しも素晴らしいものはありませんでした。無理やり香をつけ、花や飾りで装っても、それはまるで借り物がいつか返されるべきものであるかのようです。長くは続かず、百年の寿命も、その半分は眠りで過ごし、さらに多くの憂いや悩みがあり、楽しみはごくわずかです。世の人々はどうしてこれらのことを常に見ながら、悟ることなく、その中で貪り執着し、淫欲に溺れるのでしょうか。私は今こそ、古の諸仏が修行された道を学び、この大きな火の集まりのようなものから急ぎ離れるべきです。
「爾時太子,思惟是已;至於後夜,淨居天王,及欲界諸天,充滿虛空,即共同聲,白太子言:『內外眷屬,皆悉惽臥,今者正是出家之時。』爾時太子,即便自往至車匿所;以天力故,車匿自覺,而語之言:『汝可為我被揵陟來。』爾時車匿,聞此言已,舉身戰怖,心懷猶豫;一者、不欲違太子命;二者、畏王勅旨嚴峻。思惟良久,流淚而言:『大王慈勅,如是之嚴;且又今者非遊觀時,又非降伏怨敵之日,云何於此後夜之中,而忽索馬,欲何所之?』太子又復語車匿言:『我今欲為一切眾生,降伏煩惱結使賊故。汝今不應違我此意。』爾時車匿,舉聲號泣,欲令耶輸陀羅及諸眷屬,皆悉覺知,太子當去。以天神力,惛臥如故。車匿即便牽馬而來;太子徐前,而語車匿及以揵陟:『一切恩愛,會當別離;世間之事,易可果遂,出家因緣,甚難成就。』車匿聞已,默然無言。於是揵陟,不復噴鳴。
さて、太子はこのように考えを巡らされた。そして夜も更けた頃、浄居天の天王や欲界の諸天たちが虚空いっぱいに満ち、声を揃えて太子に申し上げた。「内側も外側も、すべての身近な者たちは皆、深く眠りに落ちております。まさに今こそ、出家されるべき時でございます。」 そこで太子は、自ら車匿のところへ向かわれた。天の力によって車匿は自然と目を覚ました。太子は彼に言われた。「わしのために揵陟を連れてきてくれ。」 この言葉を聞いた車匿は、全身が震え上がり、心は迷いに満ちた。一方では太子の命令に逆らいたくない思いがあり、他方では王の厳しい命令が恐ろしかった。長い間考え込んだ末、涙を流して言った。「大王の慈しみ深いお達しは、この上なく厳しいものでございます。それに、今は遊覧にお出かけになる時でもなければ、敵を打ち負かす日でもございません。どうして夜も更けたこの時に、突然お馬をお求めになり、どちらへ行かれようというのでございますか。」 太子は再び車匿に言われた。「私は今、すべての生きとし生けるもののために、煩悩という盗賊を打ち負かそうとしているのだ。お前はこの私の志に背いてはならない。」 その時、車匿は声を上げて泣き叫び、耶輸陀羅や他の身近な者たちを皆、目覚めさせようとした。太子がお出かけになることを知らせようとしたのである。しかし、天神の力によって、彼らは眠り込んだままだった。 車匿はついに馬を連れてきた。太子は静かに歩み寄り、車匿と揵陟に言われた。「すべての愛しい縁も、いつかは必ず別れの時を迎える。世の中のことは容易に叶えられるが、出家の縁は、とても成就しがたいものなのだ。」 車匿はこれを聞いて、ただ黙って何も言えなかった。揵陟もまた、いななき声をあげることはなかった。
「爾時太子,見明相出,放身光明,徹照十方,師子吼言:『過去諸佛,出家之法,我今亦然。』於是諸天,捧馬四足,并接車匿;釋提桓因,執蓋隨從,諸天即便令城北門,自然而開,不使有聲;太子於是從門而出,虛空諸天讚歎隨從。爾時太子,又師子吼:『我若不斷生老病死憂悲苦惱,終不還宮;我若不得阿耨多羅三藐三菩提,又復不能轉於法輪,要不還與父王相見;若當不盡恩愛之情,終不還見摩訶波闍波提及耶輸陀羅。』當於太子說此誓時,虛空諸天讚言:『善哉!斯言必果。』至于天曉,所行道路,已三踰闍那。時諸天眾,既從太子,至此處已,所為事畢,忽然不現。
その時、太子は夜明けの光を見ると、ご自身の身体から光を放ち、その光は十方世界を照らし尽くしました。そして獅子吼(強く確かな宣言)をされて言いました。
「過去のすべての仏陀たちが出家されたその道を、私も今、同じように歩む。」
すると、天の神々は馬の四本の足を支え、車匿(太子の従者)も支えました。帝釈天は天蓋を持ってお供をしました。天の神々は即座に城の北門を、音も立てずに自然と開かせました。太子はそこから門を出られ、虚空の天の神々は讃嘆しながら従いました。
その時、太子は再び獅子吼して言いました。
「私は、もし生・老・病・死、そして憂い悲しみや苦しみの煩いを断ち切ることができなければ、決して宮殿には戻らない。 もし、阿耨多羅三藐三菩提(最高の悟り)を得ることができず、また法の輪を転じることができなければ、父王とは決して再び会わない。 もし、愛執の情を尽くし終えなければ、摩訶波闍波提(養母)や耶輸陀羅(妃)には決して再び会わない。」
太子がこの誓いを述べられた時、虚空の天の神々は讃嘆して言いました。
「善きかな。この言葉は必ず成就するでしょう。」
そして夜が明ける頃には、進んだ道のりはすでに三由旬(約40キロ)に達していました。天の神々は太子に従ってこの地まで来たのですが、その役目を終えると、忽然と姿を消しました。
「爾時太子,次行至彼跋伽仙人苦行林中。太子見此園林,寂靜無諸諠鬧,心生歡喜,諸根悅豫。即便下馬,撫背而言:『所難為事,汝作已畢。』又語車匿:『馬行駿疾,如金翅鳥王,汝恒隨從,不離我側;世間之人,或有善心,而形不隨,或運形力,而心不稱;汝今心形皆悉無違。又世間人,處富貴者,競隨奉事;我既捨國,來此林中,唯汝一人,獨能隨我,甚為希有。我今既已至閑靜處,汝便可與揵陟俱還宮也。』爾時車匿,聞此語已,悲號啼泣,迷悶躃地,不能自勝;於是揵陟,既聞被遣,屈膝舐足,淚落如雨。車匿答言:『我今云何忍聽太子如此言耶?我於宮中,違大王勅,輙被揵陟,以與太子,致令今日來至於此。父王及摩訶波闍波提,失太子故,必當憂惱;宮中內外,亦應搔動。又復此處,多諸嶮難,猛獸毒蟲,交橫道路,我今云何而捨太子,獨還宮耶?』太子即便答車匿言:『世間之法,獨生獨死,豈復有伴;又有生老病死諸苦,我當云何與此作侶?吾今為欲斷諸苦故,而來至此。苦若斷時,然後當與一切眾生,而作伴侶。我於即時,諸苦未離,云何而得為汝作侶?』車匿又曰:『太子生來,長於深宮,身體手足,皆悉柔軟,眠臥床褥,無不細滑;如何一旦履藉荊棘瓦礫泥土,止宿樹下。』太子答言:『誠如汝語,設我住宮,乃可免此荊蕀之患;老病死苦,會自見侵。』車匿既聞太子此語,悲泣垂淚,默然而住。
舎衛国の太子は、次に跋伽仙人の苦行林へと進みました。この園林が静かで騒がしくないのをご覧になり、心に喜びが生じ、すべての感覚が快く感じられました。そこで馬から下り、その背を撫でながら言われました。「難しい務めを、お前は成し遂げた。」また車匿に告げられました。「この馬は金翅鳥王のように速く走るが、お前は常に従い、私の側を離れなかった。世の中の人々には、心は善いが行動が伴わない者や、身体を動かすが心が一致しない者もいる。しかしお前は心も行動も、すべて背くことがなかった。また世の中の人は、富貴な者には競って仕える。私は国を捨ててこの林に来たが、ただお前だけが独りで私に従った。これは非常に珍しいことだ。私は今や閑静な場所に来たのだから、お前は揵陟(馬の名)と共に宮殿に帰りなさい。」
その時、車匿はこの言葉を聞くと、悲しみ叫び、泣き叫び、気を失って地面に倒れ、自分を抑えることができませんでした。すると揵陟は、遣わされるのを聞いて、膝をついて太子の足を舐め、涙を雨のように流しました。車匿が答えました。「私はどうして太子のそのような言葉に耐えられましょう。私は宮中で大王の命令に背き、揵陟を連れて太子にお与えしたため、今日ここに至ったのです。父王や摩訶波闍波提(マハー・プラジャパティー)は、太子を失ったことで必ず憂い悩みましょう。宮中内外も騒動になるでしょう。またここは多くの険しい難所があり、猛獣や毒虫が道に溢れています。今どうして太子をお捨てて、独りで宮殿に帰れましょうか。」
太子はすぐに車匿に答えられました。「世の中の決まりとして、人は独りで生まれ、独りで死ぬ。どうして仲間があるだろうか。また生・老・病・死などの苦しみがある。私はどうしてこれらと仲間になれようか。私は今、諸々の苦しみを断ち切ろうとして、ここに来たのだ。苦しみが断たれたなら、その時こそ一切の衆生と仲間になろう。私は今、諸々の苦しみからまだ離れていないのに、どうしてお前の仲間になれようか。」
車匿がまた言いました。「太子はお生まれになってから深い宮殿で育ち、体や手足はみな柔らかく、床や褥で寝起きされ、すべてが滑らかでした。どうして一日にして棘や瓦礫や泥土を踏み、木の下に宿られるのですか。」
太子は答えられました。「確かにあなたの言う通りだ。もし私が宮殿にいれば、この棘の苦しみは免れられるだろう。だが老・病・死の苦しみは、必ずや我が身を侵すであろう。」
車匿はこの太子の言葉を聞くと、悲しみ泣いて涙を流し、沈黙してそこに立ち尽くしました。
「于時太子,即就車匿,取七寶劍,而師子吼:『過去諸佛,為成就阿耨多羅三藐三菩提故,捨棄飾好,剃除鬚髮;我今亦當依諸佛法。』作此言已,便脫寶冠髻中明珠,以與車匿,而語之曰:『以此寶冠及以明珠,致王足下,汝可為我上白大王:「我今不為生天樂故,亦復非不孝順父母,亦無忿恨瞋恚之心,但以畏彼生老病死,為除斷故,來至此耳。汝應助我隨喜欣慶,勿於吉祥更生悲愁。」父王若謂我今出家未是時者,汝以我語,上啟大王:「老病死至,豈有定時,人雖少壯,焉得免此。」父王若復而責我言:「本要有子,當聽出家,今未有子,云何而去?及出宮時,不啟聞者。」汝可為我具啟父王:「耶輸陀羅,久已有身,王自問之。昔勅如此,非為專輙。往古有諸轉輪聖王厭國位者,入於山林,出家求道,無有中途還受五欲;我今出家,亦復如是,未成菩提,終不還宮。」內外眷屬,皆當於我有恩愛情,可以汝辯為解釋之,勿使於我橫生憂惱。』
そこで太子は車匿(しゃのく)に近づき、七宝の剣を取り、獅子吼(ししく)のように宣言した。 「過去の諸仏は、無上正等覚(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を成就するために、装飾を捨て、髪やひげを剃り落とされた。私もまた、諸仏の教えに従おう。」 こう言ってから、宝冠とその中央にある明珠(みょうじゅ)を外し、車匿に渡してこう告げた。 「この宝冠と明珠を王のもとへ届けてほしい。そして、私の言葉としてこう伝えてほしい。『私は天界の楽しみのために出家するのではありません。両親に背くのでもなく、怒りや憎しみからでもありません。ただ、生・老・病・死を恐れ、それらを断ち切るためにここへ来たのです。どうか私の決意を喜び、祝福してください。吉祥に悲しみを抱かぬように。』 父王が『今は出家の時ではない』と言われたら、こう伝えてください。『老・病・死に定めの時はありません。若く壮んでも、これらを免れ得る者はないのです。』 また、父王が『子ができたら出家を許すと言ったではないか。子もないまま、しかも何も告げずに出宮するとはどういうことか』と責められたなら、こう申し上げてください。『耶輸陀羅(やしょだら)は妊娠しております。王ご自身がお確かめください。かつての約束は、勝手な判断ではありません。昔、諸々の転輪聖王(てんりんじょうおう)の中には、国の位を厭い、山林に入って出家・求道された方がいましたが、その途中で五欲に戻ることはありませんでした。私の出家も同様で、悟りを成就するまでは宮殿に戻りません。』 内親も外親も、私に対して愛情を持つでしょう。あなたの弁舌で彼らを説得し、私への無用な心配や苦しみが生じないようにしてほしい。」
「太子又復脫身瓔珞,以授車匿,而語之言:『汝可為我持此瓔珞,奉摩訶波闍波提道,我今為斷諸苦本故出宮城,求滿此願,勿復於我反更生苦。』又脫身上餘莊嚴具,以與耶輸陀羅,亦復語言:『人生於世,愛別離苦;我今為欲斷此諸苦,出家學道;勿以我故恒生愁憂,并諸親屬,皆亦如是。』爾時車匿聞此語已,倍增悲絕;不忍違於太子勅令,即便長跪,受取寶冠明珠瓔珞及嚴飾具,垂淚而言:『我聞太子如此志願,舉身戰掉;設令有人心如木石,聞此語者,亦當悲感;況我生來奉侍太子,聞此誓言,而不感絕。唯願太子,捨於此志,勿令父王,及摩訶波闍波提,耶輸陀羅,并餘親屬,生大悲苦。若使決定不迴此意,勿於是處,而復棄我;我今歸依太子足下,終不見有違離去理;設當還宮,王必責我,云何獨委太子而歸,欲令何言上答大王?』太子答言:『汝今不應作如此語,世皆離別,豈常集聚;我生七日,而母命終,母子尚有死生之別,而況餘人;汝勿於我偏生戀慕,可與揵陟俱還宮也。』如是再勅,猶不肯去。
太子はさらに身につけていた瓔珞(ようらく)をはずして、車匿(しゃのく)に渡し、こう言われました。 「あなたは私のためにこの瓔珞を持って、摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)のもとへ届けてください。私は今、あらゆる苦しみの根本を断ち切るために、この宮殿を出ました。この願いを満たすために尽力しなさい。私のために、かえって苦しみを生じさせてはいけません。」 さらに身につけていた他の装身具をはずして、耶輸陀羅(やしょだら)にも与え、同じように言われました。 「人はこの世に生まれて、愛する者と別れる苦しみがあります。私は今、これらの苦しみを断ち切るために、出家して修行の道に入ります。私のせいでいつまでも悲しみ悩むことのないように。また親族みなも同じようにしてください。」 この時、車匿はこれらの言葉を聞いて、悲しみはますます激しくなり、太子の命令に背くことができませんでした。そこで長跪(ちょうき)して、宝冠・明珠・瓔珞ならびに装飾品を受け取り、涙を流して言いました。 「私は太子様のこのご決意を聞いて、全身が震え上がります。たとえ心が木や石のような人でも、この言葉を聞けば悲しみに打たれるでしょう。ましてや私は生まれてからずっと太子様にお仕えしてきました。この誓いの言葉を聞いて、悲しみに打ちのめされないわけがありましょうか。どうか太子様、このご決意をお捨てください。父王様や、摩訶波闍波提、耶輸陀羅、その他の親族に大きな悲しみと苦しみをお与えになりませんように。もしどうしてもこのお心を変えられないならば、どうかこの場で私を見捨てないでください。私は今、太子様のお足もとに帰依いたします。決してあなたのもとを離れて帰る道理はございません。もし宮殿に帰ったならば、王様は必ず私を責めるでしょう。『どうして太子を一人残して帰ってきたのか。どのような言葉で大王に申し上げるつもりか』と。」 太子はお答えになりました。 「あなたはそのような言葉を言うべきではない。この世では皆、別れがあるものだ。どうして常に集まっていられようか。私は生まれて七日目に母が亡くなった。母と子の間にもなお死と生の別れがある。ましてや他の者はなおさらだ。あなたは私に対してむやみに慕い執着してはならない。揵陟(けんちょく)とともに宮殿へ帰りなさい。」 このように二度命じられても、車匿はなおも去ろうとしませんでした。
「爾時太子,便以利劍,自剃鬚髮。即發願言:『今落鬚髮,願與一切,斷除煩惱及以習障。』釋提桓因,接髮而去。虛空諸天,燒香散花,異口同音讚言:『善哉!善哉!』爾時太子,剃鬚髮已,自見其身所著之衣,猶是七寶,即心念言:『過去諸佛出家之法,所著衣服,不當如此。』時淨居天,於太子前,化作獵師,身被袈裟。太子既見,心大歡喜,而語之言:『汝所著衣,是寂靜服,往昔諸佛之所幖幟也;云何著此,而為罪行?』獵者答言:『我著袈裟,以誘群鹿,鹿見袈裟,皆來近我,我得殺之。』太子又言:『若如汝說,著此袈裟,但欲為殺諸鹿故耳,非求解脫而服之也。我今持此七寶之衣,與汝貿易,吾服此衣,為欲攝救一切眾生,斷其煩惱。』獵者答言:『善哉!如告。』即脫寶衣,而與獵者;自被袈裟,依過去諸佛所服之法。時淨居天,還復梵身,上升虛空,歸其所止。
その時、太子は鋭い剣で自らの髪と髭を剃り落としました。そして、こう誓願を立てました。「今、私は髪と髭を剃り落とします。どうか、この功徳によって、すべての生きとし生けるものと共に、煩悩とその習気・障りを断ち切ることができますように。」
すると、天帝釈提桓因が現れ、剃り落とされた髪を受け取って去っていきました。また、虚空の諸天たちは香を焚き、花を散らし、口をそろえて讃嘆しました。「善きかな、善きかな。」
太子が髪と髭を剃り終えた後、自分の身にまとっている衣が依然として七宝で飾られているのをご覧になりました。そこで、こうお考えになりました。「過去の諸仏が出家された時の法では、まとうべき衣はこのようなものではないはずだ。」
その時、浄居天が太子の前に現れ、猟師の姿に変身し、袈裟を身にまとっていました。太子はそれを見て、心から大いに喜び、こう語りかけました。「あなたがまとっているその衣は、寂静の衣であり、過去の諸仏が示された標(しるし)です。どうしてこのような尊い衣をまとって、殺生の罪を行っているのですか?」
猟師は答えました。「私はこの袈裟をまとい、鹿の群れをおびき寄せているのです。鹿は袈裟を見ると、皆、私に近づいてきます。それで私は彼らを仕留めることができるのです。」
太子はさらに言われました。「もしあなたの言う通りなら、この袈裟をまとうのは、ただ鹿を殺すためであって、解脱を求めてまとうものではないのですね。私は今、この七宝の衣をあなたに差し上げます。代わりに、その袈裟と交換しましょう。私はこの袈裟をまとい、すべての生きとし生けるものを救い摂(おさ)め、彼らの煩悩を断ち切ろうと願っているのです。」
猟師は答えました。「善きかな、仰せの通りにしましょう。」そこで、猟師は七宝の衣を脱いで猟師に渡し、自らは袈裟をまといました。これは過去の諸仏がまとわれた法の衣でした。すると、浄居天は元の梵天の姿に戻り、虚空に上っていき、自分の住処へと帰って行きました。
「于時空中,有異光明;車匿見此,心生奇特,歎未曾有:『今此瑞應,非為小緣。』車匿既見太子剃除鬚髮身著法服,定知太子必不可迴;悶絕於地,倍增懊惱。爾時太子,而語之言:『汝今宜應捨此悲愁,便還宮城,具宣我意。』太子於是,即徐前行;車匿歔欷,頭面作禮,乃至遠望不見太子,然後方起;舉體戰掉,不能自勝,顧看揵陟及莊嚴具,嗚咽悲哽,涕泗交流;即牽揵陟,執持寶冠嚴身之具,車匿號咷,揵陟悲鳴,緣路而歸。
その時、虚空の中に、異なる光明があった。車匿はこれを見て、心に珍しい思いを起こし、かつてないことだと嘆じた。「今この瑞兆は、小さな因縁によるものではない。」車匿は太子が髪や鬚を剃り、法衣を身にまとっているのを見て、太子が必ずや帰ることはないと確信し、地に倒れて気絶し、ますます懊悩を深めた。その時、太子は車匿にこう言った。「あなたは今まさにこの悲しみや憂いを捨て、早々に宮城に帰り、私の思いを詳しく伝えなさい。」太子はこう言って、静かに歩みを進めた。車匿はすすり泣きながら、頭を地につけて礼をし、遠くに太子の姿が見えなくなるまで見送ってから、ようやく立ち上がった。全身は震え、自分を抑えることができず、振り返って揵陟(愛馬)や装飾品を見ると、声を詰まらせて泣き、涙と鼻水がとめどなく流れた。そして揵陟を引き、宝冠や身に着けていた品々を手に取り、車匿は大声で泣き叫び、揵陟は悲しげに嘶きながら、道をたどって帰って行った。
「爾時太子,即便前至跋伽仙人所住之處。時彼林中,有諸鳥獸,既見太子,皆悉矚目,端住不瞬。跋伽仙人,遙見太子,而自念言:『此是何神,為日月天?為帝釋耶?』便與眷屬來迎太子,深生敬重,而作是言:『善來!仁者。』太子既見諸仙人眾,心意柔軟,威儀庠序,太子即便前其住處,諸仙人等,無復威光,皆悉同來請太子坐;太子坐已,觀察彼諸仙人之行,或有以草而為衣者,或以樹皮樹葉以為服者,或有唯食草木花果,或有一日一食,或二日一食,或三日一食,如是行於自餓之法。或事水火,或奉日月,或翹一脚,或臥塵土,或有臥於荊蕀之上,或有臥於水火之側。太子既見如此苦行,即便問於跋伽仙人:『汝等今者修此苦行,甚為奇特,皆欲求於何等果報?』仙人答言:『修此苦行,為欲生天。』太子又問:『諸天雖樂,福盡則窮,輪迴六道,終為苦聚。汝等云何修諸苦因,以求苦報。』太子即便心自歎言:『商人為寶,故入大海;王為國土,興師相伐;今諸仙人,為生天故,修此苦行。』作是歎已,默然而住。
その時、太子は跋伽仙人の住む場所へと向かわれました。その林の中には鳥や獣たちがいましたが、太子を見るや、皆じっと見つめて、一瞬も動かずに立っていました。跋伽仙人は遠くから太子をご覧になり、自らこう思いました。「これは何という神だろうか。日天か、月天か、それとも帝釈天か。」そうして眷属を連れて太子を迎えに出て、深い敬意を抱いてこう言いました。「ようこそおいでくださいました、尊い方よ。」
太子は仙人たちの集いをご覧になり、その心が柔らかで、威儀が整っているのをご覧になり、彼らの住居へと進まれました。仙人たちは皆、自分たちの威光が失せてしまったかのように、こぞって太子に座るよう請いました。太子がお座りになると、彼ら仙人たちの修行の様子を観察されました。中には草を衣服とする者、樹皮や木の葉を衣服とする者、草木や果実だけを食べる者、一日に一度だけ食事をする者、二日に一度、あるいは三日に一度だけ食事をする者など、様々な形で断食の行を修めていました。また、水や火を尊び、太陽や月を拝み、片足で立つ者、土の上に臥す者、茨の上に臥す者、水や火のそばに臥す者もいました。
太子はこのような苦行をご覧になり、跋伽仙人に問われました。「あなたがたは今、このような苦行を修めているが、それは実に奇特なことだ。いったい、どのような果報を求めてのことなのか。」
仙人は答えて言いました。「この苦行を修めるのは、天に生まれようと願うからです。」
太子はさらに問われました。「天の楽しみはあるとはいえ、福報が尽きれば衰退し、六道を輪廻して、結局は苦しみの集まりに過ぎません。あなたがたはどうして苦しみの因を修めて、苦しみの報いを求めるのですか。」
太子は心の中で嘆かれました。「商人は宝を求めて海に入り、王は国土のために軍を興して戦う。今、これらの仙人たちは天に生まれようとして、この苦行を修めているのだ。」そう嘆かれて、太子は静かに默然とおられました。
「跋伽仙人,即問太子:『仁者何意,默然不言,我等所行非真正耶?』太子答言:『汝等所行,非不至苦,然求果報,終不離苦。』太子與諸仙人,設此議論言語往復,乃至日暮。太子即便停彼一宿,既至明旦,復更思惟:『此諸仙人,雖修苦行,皆非解脫真正之道。』我今不應止住於此,即與仙人,辭別欲去。時諸仙人,白太子言:『仁者來此,我皆歡喜;令我人眾,威德增盛。今者何故而忽欲去?為是我等,失於威儀?為此眾中相犯觸耶?以何因緣,不住於此?』太子答言:『非是汝等有如是失,賓主之儀亦無所少,但汝所修,增長苦因;我今學道,為斷苦本,以此因緣,是故去耳。』諸仙人眾,自共議言:『其所修道,極為廣大,云何我等而得留之?』
跋伽仙人(ばっかせんにん)はすぐに太子に尋ねました。 「立派な方よ、なぜ黙って何もおっしゃらないのですか? 私たちの修行は真実の道ではないのでしょうか?」 太子は答えました。 「あなたがたの修行は、苦しみを極めていないわけではありません。しかし、その報いを求めても、結局は苦しみから離れることはできません。」 太子と仙人たちは、このように議論を交わし、日が暮れるまで言葉を重ねました。太子はその夜、そこに一晩泊まることにしました。 翌朝になり、太子はさらに考えを巡らせました。 「これらの仙人たちは、苦しい修行を積んでいるが、どれも本当の解脱の道ではない。私はここに留まるべきではない。」 そうして太子は仙人たちに別れを告げ、去ろうとしました。 その時、仙人たちが太子に申し上げました。 「立派な方よ、あなたがこちらに来られた時、私たちは皆、喜びました。あなたのおかげで、私たちの仲間は威光と徳を増すことができました。今、どうして突然お帰りになろうとなさるのですか? 私たちの行いに何か落ち度があったのでしょうか? それとも、この集まりの中で、誰かがあなたに無礼を働いたのでしょうか? どのような理由で、ここにお留まりにならないのですか?」 太子は答えました。 「あなたがたにそのような落ち度があったわけではありません。客人をもてなす作法にも、何一つ不足はありません。しかし、あなたがたの修行は、苦しみの原因を増やすものです。私が今、道を学ぶのは、苦しみの根本を断ち切るためです。そのような理由で、私は去ろうとしているのです。」 仙人たちは互いに話し合いました。 「彼の修める道は、あまりにも広大である。どうして私たちに、彼を留め置くことができようか。」
「爾時有一仙人,善知相法,語眾人言:『今此仁者,諸相具足,必當得於一切種智,為天人師。』即便俱往詣太子所,而作是言:『所修道異,不敢相留;若欲去者,可向北行,彼有大仙,名阿羅邏、加蘭,仁者可往就其語論;我觀仁者,亦當不必住於彼處。』於是太子,即便北行。諸仙人眾,見太子去,心懷懊惱,合掌隨送,極望絕視,然後乃還。
ある時、一人の仙人がいて、相法に詳しく、人々に言いました。
「この方は、すべての相を備えておられる。必ずや一切種智を得て、天人の師となられるだろう。」
そこで共に太子のもとへ赴き、こう申し上げました。
「私たちの修行の道は異なりますので、あえてお引き止めはいたしません。もしお立ちになるなら、北へ向かわれてください。そこにはアーラーラ・カーラーマという大いなる仙人がおられます。その方のもとへ行き、教えについて語り合われてください。しかし、私にはおわかりです。あなたはそこにも長く留まられることはないでしょう。」
こうして太子は北へと進まれました。仙人たちは太子が去られるのを見て、心に悔いを抱きながら、手を合わせて見送りました。遠くまで見送り、その姿が完全に見えなくなるまで見届けてから、ようやく戻っていったのでした。
「爾時太子,既出宮已,至於天曉,耶輸陀羅,及諸婇女,從眠而覺;不見太子,悲號啼泣,即便往啟摩訶波闍波提:『今旦忽失太子所在。』摩訶波闍波提聞是語已,迷悶躃地,如是展轉,乃至達王。王聞此言,屹然無聲,失其精魄,若喪四體,舉宮內外,皆亦如是。時諸大臣,即入檢視太子住處,案行宮城,見城北門,自然已開,又復不見車匿揵陟。即問門司:『誰開此者?』互相推撿,皆云不知;并問防人,亦云不解此門開意。于時大臣,心自思惟:『北門既開,太子必當從此而出,宜速尋覓太子所在。』即勅千乘萬騎,絡繹四出,追求太子;以天力故,迷失道逕,不知所之。即便還歸,白大王言:『推尋太子,不知所在?』
さて、太子は宮殿を出られてから、夜が明ける頃になりました。耶輸陀羅や女官たちが眠りから覚めると、太子の姿が見えません。彼女たちは泣き叫び、すぐに摩訶波闍波提のもとへ行き、申し上げました。「今朝、突然、太子のお姿がどこにも見当たりません。」摩訶波闍波提はこの言葉を聞くと、茫然自失となり、その場に倒れ伏してしまいました。こうしてその知らせは次々と伝わり、やがて王のもとへ届きました。
王はこの言葉を聞くと、微動だにせず声もなく、まるで魂魄を失ったかのようであり、四肢を失ったかのようでした。宮殿の内外、皆が同じ有様でした。
そのとき、大臣たちがすぐに太子の居室を調べ、宮城を見回りました。城の北門が自然と開いているのを見つけました。さらに、車匿と揵陟の姿もありません。そこで門番に問いました。「誰がこの門を開けたのか。」互いに問いただしましたが、皆、知らないと答えました。また、警備の者たちに問うても、この門が開いた理由はわからないと言うばかりでした。
大臣は心の中で考えました。「北門が開いている。太子は必ずここから出られたに違いない。すぐに太子の行方を探し求めねば。」そうして千の車、万の騎兵に命じ、あらゆる方向に使者を走らせ、太子を探させました。しかし、天の力によって道は迷い、太子がどこに行かれたのか、分かりませんでした。やむを得ず戻って、王に申し上げました。「太子の行方を探し求めましたが、どこにおられるのか分かりません。」
「爾時車匿,步牽揵陟,及莊嚴具,悲泣嗚咽,隨路而還。舉邑人民,見此驚愕,無不懊惱,悉皆競來,問車匿言:『汝送太子,置於何處?今與揵陟,而獨還耶?』車匿既得諸人此問,倍更悲絕,不能答之。此諸人民,雖見揵陟被帶鞍勒七寶莊嚴,不見太子,猶若死人飾以花綵。於是車匿,前入宮城,揵陟悲嘶,諸廐群馬,一時哀鳴。外諸官屬,白摩訶波闍波提及耶輸陀羅言:『車匿唯與揵陟俱還。』聞此言已,宛轉于地,而自念曰:『今者唯聞車匿揵陟相隨俱還,而不聞道太子歸聲。』摩訶波闍波提即作是言:『我養太子,至年長大,一旦捨我,不知所在?譬如果樹,結花成實,臨熟落地;又如飢人,遇百味饌,臨欲食之,忽然翻倒。』耶輸陀羅又自言曰:『我與太子,行住坐臥,不相遠離;今者捨我,莫知所趣?古昔諸王,入山學道,皆將妻子,不暫相棄;世間之人,一遇相識,別不相忘;夫婦之情,恩愛之深,而乃反更如是之薄。』詰車匿言:『寧與智者而作怨讐,不共愚人以為親厚;汝癡頑人,盜送太子,置於何處,令此釋族不復熾盛。』又責揵陟:『汝載太子,出此王宮,近去之時,寂然無聲;今者空反,何意悲嘶?』爾時車匿,即便答言:『勿責於我及以揵陟。所以者何?此是天力,非人所為。當於爾夕,夫人婇女,皆悉惛臥;太子勅我,令起被馬;我於爾時,以大高聲,而諫太子,欲使夫人,及諸婇女聞此驚悟,及被揵陟都無覺者;城門每開聞四十里,當爾之時,自然而開,又無一聲;如此之事,豈非天力?出城之時,天令諸神,手捧馬足,并接於我,虛空諸天,隨從無數,我當云何而能止耶?時天既曉,行三踰闍那,至彼跋伽仙人住處,又復有諸奇特異事,願聽我說:「太子既至跋伽仙人苦行林中,即便下馬,手撫馬背,并勅於我,令還宮城;我於此時,隨從太子,永無歸意,太子見遣,終不聽住。又復就我,取七寶劍,而自唱言:『過去諸佛,為成就阿耨多羅三藐三菩提故,捨於飾好,剃除鬚髮,我今亦當依諸佛法。』唱此言已,即脫寶冠及以明珠,悉付我還置王足下;又以瓔珞,與摩訶波闍波提,餘莊嚴具,以與耶輸陀羅。我於爾時,雖聞此誨,猶侍左右,無有歸情。于時太子,便以利劍,自剃鬚髮,天於空中,隨接而去,即便前行,逢於獵者,以身所著七寶妙衣,而與獵人,貿易袈裟,於是虛空,有大光明。我見太子形服既變,深知其意必不可迴,我即悶絕,心大懊惱;太子前至跋伽仙人所住之處,我便於彼,辭別而歸。」此諸奇特,皆是天力,非復人事,願勿責我及揵陟也。』時摩訶波闍波提,及耶輸陀羅,既聞車匿說此事已,心小醒悟,默然無聲。
そのときチャンダカは、足を引きずるようにカンタカ(太子の馬)と装飾具を連れて、泣き悲しみながら道を引き返した。町中の人々はこれを見て驚き恐れ、悲しみ嘆かない者はいなかった。皆が競って駆け寄り、チャンダカに尋ねた。「あなたは太子(王子)をどこに置いてきたのか?今、どうしてカンタカだけを連れて独りで帰ってきたのか?」 この人々の問いを聞いて、チャンダカはさらに悲しみに打ちひしがれ、答えることすらできなかった。人々は、カンタカに鞍や鐙(あぶみ)や七宝の飾りがつけられているのを見ても、太子の姿がなく、あたかも死者に花や飾りを施したかのようで、嘆き悲しんだ。 こうしてチャンダカは先に立って宮城に入ったが、カンタカは悲しげに嘶き、厩の馬たちも皆、一斉に悲しげに鳴いた。外の役人たちは、マハー・プラジャーパティーとヤショーダラーのもとに、「チャンダカはカンタカだけを連れて帰ってきました」と告げた。 この言葉を聞くと、二人は地に伏して転げ回り、「今、チャンダカとカンタカが一緒に帰ってきたと聞くばかりで、太子がお帰りになるという声は聞こえない」と心の中で思った。マハー・プラジャーパティーはこう言った。「私は太子を育てて成人させました。ところが、ある日突然、私を捨てて、どこへ行ってしまったのか? たとえるなら、果樹が花を咲かせ実を結び、熟しきって地に落ちるようなものです。または、飢えた人がごちそうに出会い、まさに食べようとしたところで、突然ひっくり返ってしまうようなものです。」 ヤショーダラーもまた自ら言った。「私は太子と、歩くにも、止まるにも、座るにも、寝るにも、決して離れたことはありません。今、私を置いて行ってしまわれ、どこへ行かれたのか分かりません。昔の王たちは、山に入って道を学ぶ時、必ず妻や子を連れて行き、決して捨てたりはしませんでした。世の中の人々は、一度知り合えば、別れても忘れません。夫婦の情愛は深いものです。それなのに今、太子様はかえってこれほどまでに薄情でいらっしゃるのです。」 彼女はチャンダカに詰め寄った。「賢い人と敵になるほうがまだましだ。愚かな人と親しくなるよりは。お前は愚かで頑なな者だ。太子を盗み出して、どこに置いてきたのか? この釈迦族がもう栄えないようにするために。」さらにカンタカを責めた。「お前は太子を乗せてこの王宮を出た。近くを離れる時は、静かにして声を立てなかった。今は空で帰ってきて、なぜ悲しげに嘶くのか?」 その時チャンダカはこう答えた。「私とカンタカを責めないでください。なぜなら、これは天の力であり、人間の力ではないからです。あの夜のこと、夫人や女官たちは皆、深く眠り込んでいました。太子は私に命じて馬を起こし、鞍を置かせました。私はその時、大声で太子を諫め、夫人や女官たちがこの音で驚いて目を覚ますようにと願いました。しかし、カンタカを起こそうとしても、全く目覚める者がいませんでした。城門はいつも開くとき、四十里の音が聞こえます。しかしその時は、自然に開き、全く音がしませんでした。このようなことは、天の力ではないでしょうか? 城を出た時には、天は神々に命じて手で馬の足を支えさせ、また私を支えさせました。虚空の諸天は数知れず従いました。私がどうして止めることができたでしょうか? 夜が明けて、三由旬(ゆじゅん)進み、あのバッガ仙人の住まいに着きました。そしてまた、いくつかの不思議な出来事がありました。お話しすることをお許しください。太子はバッガ仙人の苦行林に着くと、すぐに馬から降り、手で馬の背を撫で、私に宮城に戻るよう命じました。私はこの時、太子に従い、永遠に帰るつもりはありませんでした。しかし太子は私を追い返し、ついに留まることを許しませんでした。そしてまた、私から七宝の剣を取り、自らこう言われました。『過去の諸仏は、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を成就するために、装飾を捨て、髪やひげを剃りました。私もまた、諸仏の教えに従わねばならない。』こう宣言すると、すぐに宝冠と明珠を脱いで私に渡し、王の足元に置くように命じ、また瓔珞(ようらく)をマハー・プラジャーパティーに、残りの装飾具をヤショーダラーに渡すように言われました。私はその時、この教えを聞いても、やはり太子のおそばに仕え、帰る気持ちはありませんでした。その時、太子は鋭い剣で自ら髪とひげを剃られました。天が空中でそれを支え、取り去っていきました。そしてそのまま進み、猟師に出会うと、身に着けていた七宝の美しい衣を猟師と交換し、袈裟(けさ)を手に入れられました。その時、虚空には大いなる光明がありました。私は太子の姿と衣服が変わったのを見て、その意志が決して変わらないことを深く悟り、私は気絶し、心から大いに懊悩しました。太子は進んでバッガ仙人の住まいに行かれ、私はそこで別れを告げて帰ってまいりました。」これらの不思議は、すべて天の力であり、人間の業(わざ)ではありません。どうか私とカンタカを責めないでください。 その時、マハー・プラジャーパティーとヤショーダラーは、チャンダカがこの話をしたのを聞いて、心が少し覚め、黙って何も言わなかった。
「爾時白淨王,悶絕始醒,勅喚車匿,而語之言:『汝云何令諸釋種姓生大苦惱?我有嚴制,勅內外官屬守護太子,畏其出家。汝復何意,輙被揵陟,而與太子令密去耶?』車匿聞已,生大怖懼,而啟王言:『太子出城,實非我咎,唯願大王,聽我具說。』即以寶冠及髻中明珠,置王足下。『太子令我以此冠珠置王足下,七寶瓔珞與摩訶波闍波提,餘莊嚴具與耶輸陀羅。』王見諸物,倍增悲絕,雖復木石,猶尚有感,況乃父子恩愛之深。車匿具以前事,而啟王言:『太子勅我,父王若謂:「本要有子,當聽出家,今未有子,云何而去?臨去之時,又不啟者。」汝可為我具答父王:「耶輸陀羅,久已有娠,王宜問之。昔勅如此,非為專輙。」』王聞此言,即便遣問耶輸陀羅:『太子云汝久已有娠,實如此不?』耶輸陀羅即答:『信言。當於大王來此宮時,太子指我,即覺有娠。』王聞其語,生奇特心,憂惱暫歇,而自念言:『我前所以許令有子聽出家者,七日之中,必無子理,轉輪王位,自然而至。不謂七日未滿,而便有娠,深自咎悼智慧淺短,所為方便,不能住之。輕作此約,重增悔恨。太子神略,出人意表。今日之事,亦復兼是諸大天力,我今不應責車匿也。』
その時、白浄王は気を失っていたがようやく意識を取り戻し、車匿を呼び寄せて言った。「お前はなぜ、どうして、釈迦族の人々にこのような大きな苦しみをもたらしたのか。私は厳しい命令を出し、内外の役人たちに太子を守らせ、出家させないよう命じていたのだ。それなのに、お前はなぜ、あろうことか揵陟に鞍を置き、太子と共に密かに去らせたのか。」車匿はこれを聞いて大きな恐怖を覚え、王に申し上げた。「太子が城を出られたのは、決して私の落ち度ではございません。どうか大王、私の言い分をお聞き入れください。」そして、宝冠と髻にあった明珠を王の足下に置いた。「太子は私に、この冠と珠を王の足下に置くよう、そして七宝の瓔珞を摩訶波闍波提に、残りの装身具を耶輸陀羅に渡すようお命じになりました。」王はこれらの品々を見て、さらに悲しみのあまり気絶しそうになった。たとえ木や石であっても、なお心を動かされるというのに、ましてや父子の慈愛は深い。車匿はその一部始終を王に申し上げた。「太子は私にこう仰せになりました。『もし父王が、「本来、子ができたら出家を許す約束だった。今はまだ子もいないのに、なぜ去るのか。ましてや去る時に、何も告げなかったのはなぜだ」とおっしゃったなら、こう答えてほしい。』『耶輸陀羅はとっくに妊娠している。父王にそうお尋ねあれ。以前そう約束されたのだから、私の独断ではない。』」王はこの言葉を聞き、すぐに耶輸陀羅のもとへ使いを遣わして尋ねさせた。「太子が、お前はとっくに妊娠していると言ったが、本当なのか。」耶輸陀羅は答えた。「確かにその通りでございます。かの大王がこの宮にお越しになった時、太子が私を指さされ、私は妊娠を感じました。」王はその言葉を聞き、不思議に思い、憂いも一時的に収まった。そして自ら考えた。「かつて私は、もし子ができれば出家を許すと約束したが、七日以内に子ができるはずはなく、転輪聖王の位は自然と訪れると思っていた。七日も経たないうちに妊娠したとは、我が知恵の浅はかさを深く悔いるばかりである。あれこれと方便を巡らせても、太子を引き止めることはできなかった。軽率にもこのような約束をしてしまい、後悔がますます募る。太子の神業は、人の予想を遥かに超えている。今日の出来事もまた、何より諸々の天の力によるものだ。私は車匿を責めるべきではないだろう。」
「時白淨王,心自思惟:『太子出家,必不可迴,設使更作諸餘方便,亦不能留。雖復棄國出家學道,然已有子,不絕種嗣。我今應勅耶輸陀羅,好令將護所懷之子。』時白淨王,愛念情深,語車匿言:『我今當往尋求太子,不知即時,定在何許?其今既已捨我學道,我復何忍獨生獨活,便當追逐隨其所在。』爾時王師及與大臣,聞王欲出尋求太子,二人俱共來諫王言:『大王!不應自生憂惱。所以者何?我觀太子,見其相貌,過去世中,久已修習出家之業。設復令為釋提桓因,亦當不樂,況復今者轉輪王位而能留耶?大王!不憶太子初生而行七步舉手住言:「我生已盡,是最後身。」諸梵天王,釋提桓因,悉來下從。如此奇特,云何樂世?』又復白王:『阿私陀仙昔相太子,年至十九,出家學道,必當成就一切種智。今時既到,大王何故,而生愁苦?又復大王,嚴勅內外,守護太子,慮恐出家,而諸天來,導引出城;如是之事,非復人力。唯願大王,當生歡喜,勿懷愁惱,不須自出。若憶太子猶不已者,我今當與大臣尋求所在。』
時に浄飯王は心の中で思った。 「太子が出家した以上、もはや引き戻すことはできない。たとえ様々な手を尽くしても、留めることは叶うまい。国を捨てて出家し、学道に向かわれたが、すでに子はある。種は絶えていない。今こそ耶輸陀羅に命じ、その身ごもりを大切に守らせるがよい。」
浄飯王は深い愛情から、車匿に語った。 「私は今、太子を探しに行こうと思う。今すぐにでも、どこにおられるのか確かめたい。太子がすでに私を捨てて学道に向かわれたのなら、私はどうして独りで生きていられようか。ただ追って、そのおられる所に従うばかりだ。」
その時、王の師と大臣が、王が太子を探しに出ようとされていると聞き、二人そろって王を諫めて言った。 「大王よ、どうか自ら憂い苦しまれませぬよう。なぜならば、我々が太子の相を見ますに、過去世において久しく出家の業を修めておられます。たとえ帝釈天とならせようとしても、お喜びにはならないでしょう。ましてや、今の転輪聖王の位で、どうして留められましょうか。大王、思い出されませ。太子がお生まれになった時、七歩歩み、手を掲げて『我が生は既に尽きた。これが最後の身である』とおっしゃったことを。諸々の梵天や帝釈天も皆、降りてきて従いました。このような稀有な御方の、どうして世の楽しみをお喜びになりましょうか。」
また王に申し上げた。 「阿私陀仙人がかつて太子の相を見て、十九歳で出家して学道すれば、必ず一切種智を成就すると申しました。今、その時が来たのです。大王よ、なぜ愁い苦しまれるのでしょうか。また大王は、内にも外にも厳しく命じ、太子を守らせて出家を恐れられましたが、諸天が来て導き、都の外へお連れしました。このようなことは、もはや人の力ではどうにもなりません。どうか大王は、喜びをお持ちください。愁い苦しみを抱かず、自らお出ましになる必要はございません。それでも太子をお慕いする気持ちがおさまらなければ、今、私と大臣が太子の所在を探し求めましょう。」
「王聞此語,心自念言:『我知太子,雖不可迴,未忍便捨,不復追之,今當試令師及大臣更一尋也。』即便答師及大臣言:『善哉!可去,舉宮內外,心皆苦惱,佇逐速還。』於是王師大臣,即便辭出,追尋太子。
王はこれらの言葉を聞いて、心の中でこう思いました。 「太子の決意は変えられないと分かっているが、それでも見捨てるには忍びなく、もう追わないつもりだ。しかし今、師と大臣にもう一度探させてみよう。」
そこで王は師と大臣に答えました。 「よし、行きなさい。宮中内外の者たちは皆、心を痛めている。すぐに連れ戻すように。」
こうして、王の師と大臣は辞して出発し、太子を追い求めていきました。
過去現在因果經卷第二
過去現在因果経 巻第二