過去現在因果經卷第三
過去現在因果経 巻第三
宋天竺三藏求那跋陀羅譯
宋天竺三藏求那跋陀羅訳
「爾時白淨王,發遣王師及大臣已,即以太子瓔珞,與摩訶波闍波提,而語之言:『此是太子所服瓔珞,付車匿還,令以與汝。』摩訶波闍波提,見瓔珞已,倍增悲絕,而自念言:『四天下人,極為薄福,失此明智轉輪聖王。』又送餘莊嚴具,以與耶輸陀羅,而語之曰:『太子以此嚴身之具,令持與汝。』耶輸陀羅,既見此物,悶絕躃地。王又遣人勅耶輸陀羅,令自愛敬,無使胎子不安隱也。
その時、浄飯王は王師と大臣たちを送り出した後、すぐに太子の瓔珞を摩訶波闍波提に渡して、こう言いました。「これは太子が身に着けていた瓔珞である。車匿に持たせて戻らせ、あなたに届けさせたのだ。」摩訶波闍波提はその瓔珞を見て、さらに悲しみに打ちひしがれ、心の中で思いました。「この世の人々は、なんと福の薄いことか。このように賢明な転輪聖王を失ってしまった。」また、他の装身具を耶輸陀羅に送り、こう伝えました。「太子が身に着けていたこれらの品々を、あなたに届けさせた。」耶輸陀羅はそれらを見ると、気を失って地面に倒れ伏しました。王はさらに人を遣わして耶輸陀羅に、自らを大切にし、胎内の子が無事であるようにと告げさせました。
「爾時王師,及以大臣,至跋伽仙人苦行林中,除去從人及諸儀飾,便前仙人所住之處。仙人請坐,互相問訊,於是王師,語仙人言:『我是白淨王師,今所以來至於此者,彼白淨王,足相太子,厭惡生老病死之苦,出家學道,路由此林,大仙見不?』跋伽仙人答王師言:『我近於此見一童子,顏容端正,相好具足,來入此林,共我議論,遂經一宿,不知乃是王之太子;鄙薄我等所修之道,從此北行,詣彼仙人阿羅邏、迦蘭。』
時に王師と大臣たちは、跋伽仙人の修行林に到着した。従者たちと装飾品をすべて残し、仙人の住まう場所へと進んだ。仙人は彼らに座を勧め、互いに挨拶を交わした。そこで王師は仙人に言った。「私は白浄王の師である。今日ここに来たのは、あの白浄王の足相(すぐれた相)を持つ太子が、生老病死の苦しみを厭い、出家して道を求めるためにこの林を通られた。大仙はお会いになりましたか?」跋伽仙人は王師に答えた。「私はこの近くで一人の童子を見ました。その顔立ちは端正で、相好が完全に備わっており、この林に入ってきて私と議論し、一夜を共に過ごしました。あの方が王の太子とは知りませんでした。彼は私たちの修行の道を卑しみ、ここから北へ進み、阿羅邏(アーラーラ)と迦蘭(カーラーマ)という仙人のもとへ向かわれました。」
「爾時王師大臣,聞此言已,即便疾往彼仙人所,而於中路,遙見太子在於樹下,端坐思惟,相好光明,踰於日月。即便下馬,除却侍衛,脫諸儀服,前太子所,坐於一面,互相問訊。於是王師,白太子言:『大王見使尋求太子,欲有所說。』太子答曰:『父王遣汝,欲何所道?』王師即言:『大王久知太子深樂出家,此意難迴,然王於太子,恩愛情深,憂愁盛火,常自熾然,須太子歸,以滅之耳。願便迴駕,還反宮城,雖有物務,不令太子全棄道業;靜心之處,不必山林;摩訶波闍波提,耶輸陀羅,內外眷屬,皆悉沒於憂惱大海,思太子還,而拯救之。』
そこで王の師であり大臣であった二人は、この言葉を聞くとすぐに、かの仙人のもとへと向かいました。その途中、遠くから太子が樹の下に端座して思索にふけり、その相好の光明が日や月よりも輝いているのを見ました。そこで彼らは馬を降り、従者を退け、すべての儀礼的な衣装を脱いで、太子の前に進み出て、ひとかたまりに座って互いに挨拶を交わしました。
そこで王の師は太子に申し上げました。「大王が私どもを使わして太子を尋ねさせ、お伝えしたいことがあるのです。」太子はお答えになりました。「父王があなた方をよこしたのは、何をお伝えしたいのか。」王の師は言いました。「大王は、太子が深く出家を志しておられ、そのお心を変えるのが難しいことを、かねてよりよく知っておられます。しかしながら、王の太子に対する恩愛の情は深く、その憂いの猛火は常に燃え盛っております。太子にお帰りいただいて、その火を消していただきたいのです。どうか車を戻し、宮殿にお還りください。たとえ世務があっても、太子に道の業を完全に捨てさせはいたしません。心を静める場所は、必ずしも山林にあるわけではありません。摩訶波闍波提も、耶輸陀羅も、内外の眷属も皆、憂いと悩みの大海に沈み、太子の御帰りを待ち、救いを願っております。」
「爾時太子,聞王師語,以深重聲答王師言:『我豈不知父王於我恩情深耶?但畏生老病死之苦,是以來此,為斷除故。若令恩愛終日合會又無生老病死苦者,我復何為來至於此?我今所以違遠父王,欲為將來和合故耳。父王憂愁大火今雖熾然,我與父王,唯餘今生有此一苦,將來自當永絕斯患。若如汝言,令吾處宮修道業者,如七寶舍,滿中焰火,當有人能止此室不?如雜毒食,設有飢人,終不食之。我既棄國,出家修道,云何令我復還宮城修學道耶?世間之人,在大苦中,為小樂故,尚復躭湎不能暫捨;況我在此極靜寂處,無諸患苦,而能捐棄,還就於惡?古昔諸王,入山學道,無有中路還受欲者;父王若欲必令我歸,便是違於先王之法。』
その時、太子は王の師の言葉を聞いて、深く重い声で答えました。 「私は父王が私に対して深い慈しみを注いでくださっていることを、どうして知らないでありましょうか。しかし、私は生・老・病・死の苦しみを恐れているのです。だからこそ、ここに来て、それを断ち切ろうとしているのです。もしも、愛する者たちと終日共に過ごしながら、生・老・病・死の苦しみがないのであれば、私は何の為にこの地に来たでしょうか。私が今、父王のもとを離れたのは、将来の永きにわたる和合の為なのです。父王の憂いの大火は今、盛んに燃え盛っていますが、私と父王との間には、今生のこの苦しみが一度あるだけです。将来は、永遠にこの悩みから逃れられるでしょう。あなたの言う通りに、宮殿に留まって修行せよと言うのは、まるで七宝で飾られた部屋の中に炎が満ちているようなもの。誰がその部屋に留まることができましょうか。また、毒の混ざった食べ物がある時、どんなに飢えた人でも、決してそれを口にしないでしょう。私は既に国を捨て、出家して道を求めています。どうして再び宮殿に戻って、修行せよと言えるのでしょうか。世の人々は、大きな苦しみの中にあっても、小さな楽しみの為に、なおそれに溺れ、一時たりとも手放すことができません。ましてや、私はこの極めて静かな境地にあり、様々な苦しみもないのです。どうしてそれを捨てて、悪の中に戻ることができましょうか。昔の諸王は山に入って道を学び、その途中で宮殿に戻って欲に溺れた者はいません。父王がどうしても私を帰そうとされるなら、それは先王の道に背くことになります。」
「爾時王師白太子言:『誠如太子今之所說。然諸仙聖,一言未來定有果報,一言定無,此二仙聖尚不能知未來世中必定有無,太子云何欲捨現樂,而求未來不定果報?生死果報尚不可知決定有無,云何乃欲求解脫果?唯願太子,便還宮也。』
その時、王の師範は太子に申し上げました。「確かに太子が今おっしゃる通りでございます。しかし、仙人や聖者の中には『未来には必ず果報がある』と言う者もいれば、『必ずない』と言う者もいます。この二人の聖者でさえ、未来の世に果報が必ずあるのかないのか、確かに知ることができません。それなのに、どうして太子は今の楽しみを捨てて、未来の不確かな果報を求めるのでしょうか?生死の果報でさえ、その有無を決して知ることができないのに、ましてや解脱の果報など、どうやって求めようとするのですか?どうか太子、ただちに宮中へお帰りくださいませ。」
「太子答言:『彼二仙人,說未來果,一者言有,一者言無,皆是疑心,非決定說。我今終不修順彼教,不應以此而見難詰。所以者何?我今不為希慕果報而來至此,以目所見,生老病死必應經之,故求解脫免此苦耳。令汝不久見我道成,我此志願,終不可迴。還啟父王,說如此也。』爾時太子,作此語已,即從座起,與王師大臣,辭別北行,詣阿羅邏、迦蘭仙人所。于時王師大臣,見太子去,啼泣懊惱:一者、念太子情深;二者、奉受王使,來太子所,而復不能移轉其意。徘徊路側,不能自反,互共議言:『既被王使,而無力效,今者空歸,云何奉答?我等當留所從五人,聰明智慧,心意柔軟,為性忠直,種族強者,密令伺察,看其進止。』作此言已,顧瞻其傍,見憍陳如等五人,而語之言:『汝等悉能留止此不?』五人答言:『善哉!如勅;進止去來,當密伺察。』即便辭別,趣太子所;王師大臣,還歸宮城。
太子は答えた。 「あの二人の仙人は、未来の結果について語り、一人は『有り』と言い、一人は『無し』と言ったが、いずれも疑いを抱いており、確かな教えではありません。私は今、決して彼らの教えに従わず、これを理由に問い詰められるべきではないのです。なぜなら、私は果報(結果)を求めてここに来たのではありません。この目で見た通り、生・老・病・死は必ず経験すべきものであり、その苦しみから逃れ解脱を得たいがために来たのです。あなたはやがて、私の道が成し遂げられるのを見るでしょう。この私の志は、決して変えることはできません。父王にこのようにお伝えください。」
その時、太子はこの言葉を述べて、すぐに座を立ち、王の師・大臣と別れを告げ、北へ進み、アーラーラ・カーラマ仙人のもとへ向かった。王の師と大臣は、太子が去るのを見て、涙を流し嘆き悲しんだ。一つには太子への情愛が深かったからであり、二つには王命を帯びて太子のもとに来たのに、その心を変えさせることができなかったからである。彼らは道端をさまよい、立ち去ることもできずに、互いに話し合った。「私たちは王命を受けたのに、その成果をあげることができなかった。今、何もなしに帰って、どのようにお答えすればよいのか。ここにいる者のうち、賢く知恵があり、心優しく誠実で、強い家柄の者を五人残し、ひそかに太子の行動を見守らせることにしよう。」
こう言って、周りを見渡すと、コンダンニャら五人がいた。彼らにこう言った。「あなたがたはここに残ることができるか?」五人は答えた。「承知しました、お命じのままに。行き来や行動を、ひそかに見守りましょう。」こうして別れを告げ、太子のもとへ向かった。王の師と大臣は、宮城へと帰っていった。
「爾時太子,往彼阿羅邏、迦蘭仙人住處,渡於恒河,路由王舍城。既入城已,諸人民眾,見太子顏貌相好殊特,歡喜愛敬;舉國皆悉奔馳瞻視,如是諠譁,徹頻毘娑羅王。王便驚問:『此是何聲?』諸臣答言:『白淨王太子,名薩婆悉達,昔諸相師,記其應得轉輪王位,王四天下,又復記其若出家者,必當成就一切種智。其人今者來入此城,外諸人民,馳競來看,以是之故,所以諠鬧。』時頻毘娑羅王,既聞此語,心大歡喜,踴躍遍身;即勅一人,令往伺察太子所在。使者受勅,尋求太子,見在般茶婆山,於一石上,端坐思惟。
その時、太子は阿羅邏仙人と迦蘭仙人の住まいへ向かう途中、ガンジス川を渡り、道すがら王舎城を通りました。城の中に入ると、人々は太子の顔かたちがとても美しく特別であるのを見て、喜びと尊敬の気持ちを抱き、国中の人が皆、走り寄って見つめました。その騒ぎは、ビンビサーラ王のもとまで届きました。王は驚いて「これは何の騒ぎか」と尋ねました。家臣たちは答えて言いました。「浄飯王の太子、サルヴァシッダと申される方がおられます。昔、多くの相師が『この方は転輪聖王となり、天下を統べるであろう。また、もし出家すれば、必ず一切種智を成就されるであろう』と予言いたしました。その方が今、この都に入られましたので、外の人々が我先にと見に来たため、このように騒がしくなっております」と。その時、ビンビサーラ王はこの話を聞き、心から喜び、身のすみずみまで喜びがあふれました。すぐに一人の使者に、太子がどこにいらっしゃるかを見届けるよう命じました。使者は王命を受け、太子を探し求めました。すると、太子はパンダヴァ山で、岩の上に端座して思索にふけっておられました。
「時使即歸,具白大王。王便嚴駕,與諸臣民,詣太子所。至般茶婆山,遙見太子,相好光明,踰於日月;即便下馬,除却儀飾及諸侍衛,前坐問訊:『太子四大悉調和不?我見太子,心甚歡喜;然有一悲,太子本是日之種姓,累世相承,為轉輪王;太子今者轉輪王相,皆悉具足,云何捨之,來入深山,踐藉沙土,遠至此耶?我見是故,所以悲耳。太子若以父王今在,故欲不取聖王位者,當以我國分半治之;若謂為少,我當捨國盡以相奉,臣事太子;若復不取我此國者,當給四兵,可自攻伐取他國也。太子所欲,其不相違。』
王は使いを送り、すぐに呼び戻して詳しい報告を受けました。時に、王は馬車を整え、家臣や民衆と共に太子のもとへと向かいました。般茶婆山に至り、はるか遠くに太子を認めます。その相好は光明に満ち、太陽や月にも勝るばかりでした。王はすぐに馬を下り、儀仗や装飾、侍従たちをすべて遠ざけ、進み出て座し、安否を問いました。「太子よ、御身体(おんからだ)の四大(地・水・火・風)はすべてお変わりなく健やかでいらっしゃいますか。私は太子にお目にかかれて、心から喜んでおります。しかしながら、ただ一つ悲しみがございます。太子は元来、太陽(日)を種姓とする王家の御方。代々王位を継承し、転輪聖王となられるべきお方でございます。今、太子には転輪聖王の相がことごとく備わっておられるのに、どうしてこれを捨て、深い山の中へ入り、砂や土を踏みしめて、はるばるこのような地までおいでになったのですか。私はそのことを思うゆえに、悲しむのです。 もし太子が、父王(私)がなお在世ゆえに王位をお取りになりたくないとお考えならば、どうか我が国を二分し、その半分を太子にお譲りいたしましょう。もし半分では少ないとお感じなら、私は国をすべて差し上げ、太子に仕えましょう。また、それすらお取りにならないならば、四種の兵をお与えいたしますゆえ、ご自身で他国を討ち取りなさいませ。太子のなさりたいことは、何であれ、私は背きません。」
「爾時太子,聞頻毘娑羅王說此語已,深感其意,即答王言:『王之種族,本是明月,性自高涼,不為鄙事,所為所作,無不清勝;今發是言,未足為奇。然我觀王,中情懇至,倍於前後,王今便可於身命財修三堅法,亦不應以不堅之法勸獎餘人。我今既捨轉輪王位,亦復何緣應取王國?王以善心,捨國與我,猶尚不取,何緣以兵伐取他國也。我今所以辭別父母、剃除鬚髮、捨於國者,為斷生老病死苦故,非為求於五欲樂也。
その時、太子はビンビサーラ王のこの言葉を聞いて、深くその真心に感じ入り、王にこう答えた。
「王のご一族は、もともと明月のごとき高貴な家系であり、その本性は高く清らかで、卑しい行いをなさることはなく、為されることすべてが清らかで勝れております。今回のこのお言葉も、決して不思議なことではありません。しかし、私は王が心から誠実に語っておられるのを感じます。それは以前にも増して強いものです。どうか王は、身・命・財において『三つの堅固な法』を修めてください。また、堅固ならざるもの(無常なもの)で他人を勧めてはなりません。私はすでに転輪聖王の位を捨てた身です。どうして今さら王国を受け継ぐことなどありましょうか。王は善心から国を私に譲ろうとしてくださっていますが、それすら私は受け取りません。ましてや、武力を用いて他国を攻め取ることがありましょうか。私が父母に別れを告げ、髪を剃り、国を捨てたのは、生・老・病・死の苦しみを断ち切るためであり、決して五欲の楽しみを求めてのことではありません。」
「『世間五欲,如大火聚,燒諸眾生,不能自出,云何勸我,貪著之耶?我今所以來至此者,有二仙人阿羅邏、迦蘭,是求解脫最上導師,欲往彼處求解脫道,不宜久停在於此也。我既違王初始之言,喜心賜我,勿致嫌恨;王今當以正法治國,勿抂人民。』作此言已,太子即起,而與王別。時頻毘娑羅王,見太子去,深大惆悵,合掌流淚,而作是言:『初見太子,心大踊躍,太子既去,倍生悲苦。汝今為於大解脫故,而欲去者,不敢相留;唯願太子,所期速果,若道成者,願先見度。』太子於是,辭別而去;時王奉送,次於路側,極目瞻矚,不見乃反。
「世の中の五欲は、大きな火の塊のように、すべての生きとし生けるものを焼き尽くし、自らそこから逃れ出ることができません。どうして私に、そんなものに執着しなさいと勧めるのですか? 私が今日ここに参ったのは、解脱の道を求める、最も優れた導き手であるアーラーダ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタという二人の仙人がいると聞いたからです。彼らのもとへ向かい、解脱の道を求めようと思います。ここに長く留まっているべきではありません。 私は、初めに王様がなさったお言葉に背いてしまいました。どうかお心を穏やかにして私をお許しください、恨みに思わないでください。これから王様は、正しい道によって国を治め、人々を苦しめてはいけません。」 こう言い終えると、太子は立ち上がり、王様に別れを告げました。 その時、ビンビサーラ王は、太子が去っていくのを見て、深く嘆き悲しみ、合掌して涙を流しながら、こう言いました。 「初めて太子をお目にかかった時、心は大きく躍りました。しかし、太子が去ってしまわれて、悲しみと苦しみはさらに深まるばかりです。あなた様は今、大いなる解脱のために、そこへ行こうとなさるのですね。お引き止めすることはできません。ただ願わくは、太子が志された目的が速やかに成就されますように。もし道をお成就になられたなら、まず最初に、私をお救いください。」 太子はこうして別れを告げて去っていきました。その時、王様は見送り、道の端に立ち、目を凝らして太子の後ろ姿を見つめ、見えなくなって初めて宮殿へと戻ったのでした。
「爾時太子,即便前至彼阿羅邏仙人之所。于時諸天,語仙人言:『薩婆悉達,棄捨國土,辭別父母,為求無上正真之道,欲拔一切眾生苦故;今者已來,垂至於此。』時彼仙人,既聞天語,心大歡喜,俄爾之頃,遙見太子,即出奉迎,讚言:『善來!』俱還所住,請太子坐。是時仙人,既見太子,顏貌端正,相好具足,諸根恬靜,深生愛敬,即問太子:『所行道路,得無疲耶?太子初生,及以出家,又來至此,我悉知之;能於火聚,自覺而出;又如大象,於羂索中,而自免脫。古昔諸王,盛年之時,恣受五欲,至於根熟,然後方捨國邑樂具,出家學道,此未足奇。太子今者於此壯年,能棄五欲,遠至此間,真為殊特;當勤精進,速度彼岸。』太子聞已,即答之曰:『我聞汝言,極為歡喜,汝可為我說斷生老病死之法,我今樂聞。』仙人答言:『善哉!善哉!』即便說曰:『眾生之始,始於冥初;從於冥初,起於我慢;從於我慢,生於癡心;從於癡心,生於染愛;從於染愛,生五微塵氣;從五微塵氣,生於五大;從於五大,生貪欲瞋恚等諸煩惱;於是流轉生老病死憂悲苦惱,今為太子,略言之耳。』
その時、太子はアーラーラ・カーラーマ仙人のもとへ向かわれました。すると、天の神々が仙人に告げました。「サッダッタ(悉達)は国を捨て、父母に別れを告げ、あらゆる衆生の苦しみを救うために、無上の正しい悟りの道を求めて、今こちらへやって来られます。」仙人は天の言葉を聞いて、心から喜び、しばらくすると遠くに太子の姿を見つけ、すぐに出迎えて「よく来られました」と讃え、共に住まいに戻り、太子に席を勧めました。
仙人は太子の顔立ちが端正で、優れた特徴を備え、心が穏やかであるのを見て、深く敬愛の念を抱き、こう尋ねました。「道中、お疲れではありませんか。太子がお生まれになったこと、出家されたこと、そしてここへおいでになったこと、すべて私は存じております。まるで火の中から自ら目覚めて出てくるかのようであり、また、大きな象が罠から自ら逃れ出るかのようです。昔の王たちは、若い盛りに五つの欲を満喫し、その後、老いを迎えてようやく国や享楽を捨てて出家しましたが、それは驚くに値しません。しかし太子は、今この壮年期に五つの欲を捨て、はるばるここまでおいでになった。これは実に特別なことです。どうか精進して、速やかに向こう岸(悟り)に至られますように。」
太子はこれを聞いて答えました。「あなたのお言葉を聞き、大変喜んでおります。どうか私のために、生・老・病・死を断つ方法をお話しください。私はそれを聞きたいと願っております。」仙人は答えて言いました。「よろしい、よろしい。お話しいたしましょう。」そしてこう説きました。「生きとし生けるものの始まりは、冥初(無明)にあります。冥初から我執が生じ、我執から愚かな心が生じ、愚かな心から汚れた執着が生じ、汚れた執着から五つの微細な塵(感覚の対象)が生じ、五つの微細な塵から五大(地・水・火・風・空)が生じ、五大から貪欲や怒りなどの煩悩が生じます。こうして生・老・病・死や憂い、悲しみ、苦しみ、悩みの中を輪廻し続けるのです。今は太子のために、そのあらましをお話しいたしました。」
「爾時太子,即便問曰:『我今已知汝之所說,生死根本,復何方便,而能斷之?』仙人答言:『若欲斷此生死本者,先當出家修持戒行,謙卑忍辱;住空閑處,修習禪定;離欲惡不善法,有覺有觀,得初禪;除覺觀定,生入喜心,得第二禪;捨喜心,得正念,具樂根,得第三禪;除苦樂,得淨念,入捨根,得第四禪,獲無想報。別有一師,說如此處,名為解脫;從定覺已,然後方知非解脫處。離色想,入空處;滅有對想,入識處;滅無量識想,唯觀一識,入無所有處;離於種種想,入非想非非想處;斯處名為究竟解脫,是諸學者之彼岸也。太子若欲斷於生老病死患者,應當修學如此之行。』
そこで太子は尋ねました。 「私は今、あなたの言う生死の根本を理解しました。では、どのような手段でそれを断ち切ることができるのでしょうか。」
仙人は答えました。 「もしこの生死の根本を断ち切ろうと望むなら、まず出家して戒律を守り、謙虚で忍辱を身につけなさい。静かな場所に留まり、禅定を修行しなさい。欲や不善な心を離れ、分別と観察を伴う初禅を得なさい。分別や観察を超えて、歓喜の心が生じる第二禅を得なさい。歓喜を捨てて正念を持ち、楽の根本を備えた第三禅を得なさい。苦楽を離れ、清らかな念を持ち、捨の根本に入る第四禅を得て、無想の報いを得なさい。
ただし、ある別の師は、この境地を解脱と説きますが、実際にその禅定から覚めた後には、それが真の解脱ではないと知るのです。
色の想いを離れて、空無辺処に入りなさい。対立する想いを滅して、識無辺処に入りなさい。無量の識の想いを滅し、ただ一つの識だけを観じて、無所有処に入りなさい。さまざまな想いを離れて、非想非非想処に入りなさい。この場所を究竟の解脱と呼び、これは学ぶ者たちの到達する彼岸なのです。
太子よ、もし生・老・病・死の苦しみを断ち切りたいと望むなら、このような行いを修め学ぶべきです。」
「爾時太子,聞仙人言,心不喜樂。即自思惟:『其所知見,非究竟處,非是永斷諸結煩惱。』即便語言:『我今於汝所說法中,有所未解,今欲相問。』仙人答言:『敬從來意。』即問之曰:『非想非非想處,為有我耶?為無我耶?若言無我,不應言非想非非想;若言有我,我為有知?我為無知?我若無知,則同木石;我若有知,則有攀緣,既有攀緣,則有染著,以染著故,則非解脫。汝以盡於麤結,而不自知細結猶存;以是之故,謂為究竟,細結滋長,復受下生,以此故知非度彼岸。若能除我及以我想,一切盡捨,是則名為真解脫也。』仙人默然,心自思惟:『太子所說,甚為微妙。』
さて、太子は仙人の言葉を聞いても心が喜ばず、こう思案されました。 「彼(仙人)の知見は、究極の境地ではなく、煩悩の束縛を永遠に断ち切るものではない。」 そこで太子は仙人にこう言われました。 「私は今、あなたの説く教えの中に、まだ理解できないところがあります。お尋ねしたいのですが。」 仙人は答えました。「お聞きしたいと思います。どうぞお尋ねください。」 そこで太子は問われました。 「非想非非想処(ひそうひひそうじょ)には、自己(我)が存在するのですか。それとも存在しないのですか。 もし自己が存在しないと言うなら、それを非想非非想処と呼ぶべきではないでしょう。 もし自己が存在すると言うなら、その自己には知覚があるのですか。それとも知覚がないのですか。 もし知覚がなければ、木や石と同じです。 もし知覚があるなら、そこには執着(攀縁)が生じます。執着があれば、そこに染まり付く心(染著)があります。染まり付く心がある以上、それは解脱とは言えません。 あなたは粗い束縛は尽くしたものの、微細な束縛がまだ残っていることに気づいていません。 それゆえに、これを究極の境地と思い込んでいるのです。 しかし、微細な束縛は成長し、再び低い世界に生まれ変わらせます。 このことから、あなたはまだ彼岸に渡っていないと知るべきです。 もし、自己という観念(我)と、自己であるという思い(我想)を完全に捨て去ることができれば、それをこそ真の解脱と呼ぶのです。」 仙人は黙って心の中で思いました。 「太子の説かれたことは、実に深く微妙である。」
「爾時太子,復問仙人:『汝年至幾而出家耶?修梵行來,復幾許年?』仙人答言:『我年十六,而便出家,修梵行來,一百四年。』太子聞已,而心念言:『出家以來,乃如是久,而所得法,正如此乎?』于時太子,為求勝法,即從坐起,與仙人別。爾時仙人,語太子言:『我久遠來,習此苦行,而所得果,正如此耳;汝是王種,云何而能修苦行耶?』太子答言:『如汝所修,非為苦也,別有最苦難行之道。』仙人既見太子智慧,又觀志意堅固不虧,知決定成一切種智,白太子言:『汝若道成,願先度我。』於是太子,答言:『善哉!』次至迦蘭所住之處,論議問答,亦復如是,太子即便前路而去。時二仙人,見太子去,各心念言:『太子智慧,深妙奇特,乃爾難測。』合掌奉送,絕視方還。
その時、太子は再び仙人に尋ねられました。「あなたは何歳で出家されたのですか? また、修行をされてからどれくらい経ちますか?」仙人は答えました。「私は十六歳で出家し、修行をしてから百四年になります。」太子はこれを聞いて、心中で思われました。「出家してからこれほど長く経ち、得られた法がまさにこの程度なのか。」
その時、太子はより優れた法を求め、座を立って仙人に別れを告げられました。すると仙人は太子に言いました。「私は長い間、この苦行を修行してきましたが、得られた果報はまさにこの程度です。あなたは王家の生まれでありながら、どうして苦行を修めることができましょうか?」太子は答えられました。「あなたの修行していることは、苦行とは言えません。別に、最も苦しく難しい道があるのです。」
仙人は太子の智慧を見て、またその志や意志が固く揺るがないことを観察し、太子が必ずや一切種智を成就されることを知り、こう申し上げました。「あなたがもし道を成し遂げられたなら、どうか最初に私を救ってください。」そこで太子は「善いかな」とお答えになりました。
次に、迦蘭の住んでいる場所に至り、議論や問答もまた同じようになされ、太子はそのまま前へ進み去られました。その時、二人の仙人は太子が去られるのを見て、それぞれ心中で思いました。「太子の智慧は深妙で奇特であり、このように測り難いものである。」彼らは合掌して太子を送り、姿が見えなくなってからようやく戻りました。
「爾時太子,調伏阿羅邏、迦蘭二仙人已,即便前進迦闍山苦行林中,是憍陳如等五人所止住處;即於尼連禪河側,靜坐思惟:『觀眾生根,宜應六年苦行,而以度之。』思惟是已,便修苦行;於是諸天,奉獻麻米。太子為求正真道故,淨心守戒,日食一麻一米;設有乞者,亦以施之。
その時、太子はアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタの二人の仙人を調伏し終えられると、すぐにガヤー山の苦行林へと進まれました。そこは、アージュニャータ・カウンディンニャら五人が住んでいた場所でした。太子はすぐに、ネーランジャナー河のほとりで静かに座って、こう思いを巡らせられました。「衆生の根機を観察するに、ちょうど六年間の苦行によって彼らを救済するのがふさわしい。」 このように思惟されると、すぐに苦行を実践されました。そこで諸天たちは、麻と米を捧げました。太子は真実の正しい道を求めるがゆえに、心を清らかに保ち戒律を守り、一日に麻一粒と米一粒だけを食されました。もし乞う者がいれば、それも施し与えられました。
「爾時憍陳如等五人,既見太子,端坐思惟,修於苦行,或日食一麻,或日食一米,或復二日,乃至七日,食一麻米。時憍陳如等,亦修苦行,供奉太子,不離其側;既見此已,即遣一人,還白王師及以大臣,具說太子所行之事。
その時、カウンディンニャら五人の修行者たちは、太子が静かに座って心を集中し、苦行に励んでいるのを見ました。ある日は麻の実を一粒だけ食べ、またある日は米を一粒だけ食べることもあり、時には二日間、さらには七日間もの間、一粒の麻や米しか口にしない日もありました。 カウンディンニャたちも太子に従い、同じように苦行を実践し、常に太子のそばを離れずに仕えていました。そしてこの様子を見届けると、一人の使いを王の導師と大臣のもとへ送り、太子が行っている修行の様子を詳しく伝えさせたのです。
「爾時王師大臣,俱還宮門,顏貌愁悴,身形萎熟,猶如有人喪其所親,葬送既畢,抑忍而歸。時守門者,而白王言:『師與大臣,今在門外。』王既聞已,氣奔聲絕,身首纔動,時守門人,解王此意,即呼令前。王與相見,悲不能言;如是良久,微聲而問:『太子既是我之性命,卿等今者獨作此歸,我之性命,云何而存?』王師答言:『我奉王勅,尋求太子,便至跋伽仙人住處,訪覓太子;仙人語我太子所在并說太子所言之事。我便前行,而於中路,遇見太子,在於樹下,端坐思惟,相好光明,踰於日月;即向太子,具說大王摩訶波闍波提及耶輸陀羅憂苦之情。太子即以深重之聲,而見答言:「我豈不知父王親戚恩情深耶?但畏生死愛別離苦,為欲斷除故來此耳。」如是種種言辭所說,志意堅固,如須彌山不可移動,捨我而去,如棄草芥。爾時即便選擇五人,隨從給侍,伺察所在。所遣人中,有一人還,說言:「太子當至阿羅邏、迦蘭仙人之所,路由恒河,以天神力,而得渡水,至王舍城。時頻毘娑羅王,來詣太子,方便譬說,不應出家,分國共治,及以全與,并欲與兵令伐他國;太子亦復皆悉不受,即又前行達仙人所,而為說法,降伏其心;又至伽闍山苦行林中尼連禪河側,靜坐思惟,日食一麻一米。」』
その時、王の師である大臣たちは共に宮殿の門に戻って来ました。その顔色は憂いに沈み、その姿はまるで身内を亡くした人が葬儀を終え、無理に堪えて帰って来たかのように、やつれていました。門番が王に申し上げました。「師と大臣が、今門の外におります。」王はこれを聞くと、息を呑み声も絶え、かろうじて体を動かしました。門番は王のそのお気持ちを察し、すぐに二人を呼び入れました。
王は彼らと顔を合わせ、悲しみのあまり言葉も出ません。しばらくして、ようやくか細い声でお尋ねになりました。「太子はわが命そのもの。そなたたちは今、どうして一人で帰って来たのか。わが命はどうして保たれよう。」
王の師が答えました。「私は王の命を受け、太子を探し求め、跋伽仙人の住まいに至りました。そこで太子を尋ねると、仙人が太子の居場所と、太子が語った言葉を教えてくれました。そこで私は先に進み、途中で太子に出会いました。木の下に端座し、思惟にふけっておられ、その相好の光明は太陽や月にも勝って輝いていました。すぐに太子に、大王、摩訶波闍波提、そして耶輸陀羅の憂いと苦しみを詳しくお伝えしました。
すると太子は深く重々しい声で答えて言われました。『私は父王や親族の深い恩情を知らぬわけではない。ただ、生死と愛別離の苦しみを恐れるがゆえに、それを断ち切ろうとしてここに来たのだ。』このような様々な言葉を尽くしてお話しされましたが、その志は固く、須弥山の如く動かすことはできず、私を草芥のごとく捨てて去って行かれました。
その時、すぐに五人の者を選んで、お供としてお仕えさせ、その行動を見張らせました。遣わした者の中の一人が帰って来て申しますには、『太子は阿羅邏・迦蘭仙人のもとへ向かわれるとのこと。道中、恒河に至り、天神の力によって川を渡り、王舎城に至られました。そこに頻毘娑羅王が太子のもとに訪れ、種々方便をもって説き、出家すべきではないと、国を分けて共に治めることや、全く国を譲ること、また軍隊を貸して他国を討つことを勧められました。しかし太子はその全てをお断りになり、再び先へ進み、仙人のもとに達して説法し、その心を降伏させられました。そしてまた伽闍山の苦行林、尼連禅河のほとりに至り、静かに坐して思惟し、一日に一麻一米しか食されておりません。』」と。
「爾時白淨王,聞王師大臣說彼使人如此語已;心大悲惱,舉體戰掉,身毛皆竪。即語王師及大臣言:『太子遂捨轉輪王位,父母親屬恩愛之樂,遠在深山,修此苦行;我今薄福,生失如此珍寶之子。』王即復以使人所言,向摩訶波闍波提及耶輸陀羅,而為說之。時白淨王,即便嚴駕五百乘車,摩訶波闍波提,及耶輸陀羅,亦復相與辦五百乘,一切資生,皆悉具足。即喚車匿,而語之言:『汝送太子,遠放深山,今復令汝領此千乘,載致資糧,送與太子;隨時供養,勿使乏少,盡更來請。』
その時、浄飯王(じょうぼんのう)は、王師と大臣たちが使いから聞いたその言葉を聞いて、心は深く悲しみと悩みにかられ、全身が震え上がり、毛穴が逆立った。そしてすぐに王師と大臣にこう言われた。 「太子はついに転輪聖王の位や、父母や親族との愛しい絆やすべての快楽を捨て、遠く深い山の中でこの苦しい修行に専念しておられる。私は福が薄く、生きながらこのような尊い宝の子を失ってしまったのだ。」
王はまた、使いの言葉を、摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)と耶輸陀羅(やしょだら)にも伝えられた。
その時、浄飯王はすぐに五百台の車を整えさせた。摩訶波闍波提と耶輸陀羅もまた、それぞれ五百台の車を用意し、生活に必要な品々をすべて備えさせた。そして車匿(しゃのく)を呼び寄せて、こう言われた。 「お前は太子を遠く深い山に送り届けた。今、再びお前にこの千台の車を預ける。食料や必需品を積んで太子のもとに届け、いつでも不足なく供養しなさい。もし足りなくなったなら、また迎えに来なさい。」
「車匿受勅,即領千乘,疾速而去。至太子所,見形消瘦,皮骨相連,血脉悉現,如波羅奢花;頭面禮足,悶絕於地,良久乃起,銜淚而言:『大王憶念太子,不捨日夜,今故遣我,領此千乘,載資生具,以餉太子。』于時太子,答車匿言:『我違父母,及捨國土,遠來在此,為求至道。云何當復受此餉耶?』爾時車匿,聞此語已,心自思惟:『太子今者既不肯受如此資供,我當別覓一人,領此千乘,還歸王所,我住於此,奉事太子。』即差一人,領車而去。於是車匿,密侍太子,不離晨昏。
車匿(チャンナ)は王命を受け、すぐに千台の車を率いて疾風のごとく出発した。 太子のもとに到着すると、その姿を見て驚く。太子は痩せ細り、皮と骨が張りついて血管が浮き出ており、まるで赤い花(パーラシャ花)のようであった。車匿は頭を地につけて太子の足に礼をし、そのまま気絶して倒れてしまった。長い時が過ぎてようやく起き上がると、涙を浮かべてこう言った。 「大王様は太子のことを昼も夜も思い、忘れることがありません。そこで私に命じて、これらの千台の車と生活の品々を携えさせ、太子のもとへお届けするよう仰せつかりました」 その時、太子は車匿に答えた。 「私は父母に背き、国を捨てて、はるばるこの地に来た。悟りの道を求めるためである。どうしてこのような供養を受け取るべきだろうか」 車匿はこの言葉を聞いて心中で考えた。 「太子は今、このような供物を受け取ろうとはされない。ならば別の人を選んで、これらの千台の車を率いて王のもとへ帰らせよう。私自身はここに留まり、太子にお仕えしよう」 こうして車匿は一人を選び、車を率いて帰らせた。 そしてその後、車匿は密かに太子に仕え、朝夕離れることがなかった。
「爾時太子,心自念言:『我今日食一麻一米,乃至七日食一麻米,身形消瘦,有若枯木;修於苦行,垂滿六年,不得解脫,故知非道;不如昔在閻浮樹下,所思惟法,離欲寂靜,是最真正。今我若復以此羸身,而取道者,彼諸外道,當言自餓是般涅槃因;我今雖復節節有那羅延力,亦不以此而取道果,我當受食然後成道。』作是念已,即從坐起,至尼連禪河,入水洗浴。洗浴既畢,身體羸瘠,不能自出;天神來下,為按樹枝,得攀出池。時彼林外,有一牧牛女人,名難陀波羅,時淨居天,來下勸言:『太子今者在於林中,汝可供養。』女人聞已,心大歡喜,于時地中,自然而生千葉蓮花,花上有乳糜。女人見此,生奇特心,即取乳糜,至太子所,頭面禮足,而以奉上。太子即便受彼女施,而呪願之:『今所施食,欲令食者,得充氣力;當使施家得膽得喜,安樂無病,終保年壽,智慧具足。』太子即復作如是言:『我為成熟一切眾生故,受此食。』呪願訖已,即受食之;身體光悅,氣力充足,堪受菩提。
時に太子は心の中でこう考えられた。「私は今日、一粒の麻と一粒の米を食べ、七日間も一粒の麻と米だけで過ごしてきた。その結果、身体は痩せ細り、枯れ木のようになってしまった。六年近くにわたり苦行を修めてきたが、解脱を得ることができなかった。ゆえに、この道は正しくないと知った。昔、閻浮樹の下で考えたように、欲望を離れ、静寂の中にあることこそが、最も真実の道である。もし今、この痩せ衰えた身体で悟りを得ようとするならば、あの外道たちは『自らを飢えさせることこそが涅槃の因である』と言うであろう。私は今、身体の節々に那羅延のような力があったとしても、その力によって悟りの果報を得ようとはしない。私は食物を受けてから、悟りを成し遂げよう。」そう考えた後、太子は直ちに座を立ち、尼連禅河に行き、水に入って身を洗った。洗い終えた後、身体が痩せ細っていたため、自分では川から上がることができなかった。すると天の神が降りてきて、木の枝を押し下げてくれたので、その枝に掴まって池から上がることができた。
その時、林の外に一人の牛を飼う女がいた。名を難陀波羅といった。すると浄居天が降りてきて、その女に勧めた。「今、太子は林の中におられる。あなたは供養をしなさい。」女はこの言葉を聞いて、心から大喜びした。するとその時、地面に自然と千葉の蓮華が生え、その花の上に乳糜があった。女はこれを見て不思議に思い、すぐにその乳糜を取って太子の所に持って行き、頭を太子の足に付けて礼をし、これを捧げた。
太子はその女の施しを受け、こう祈願された。「今、施されたこの食物によって、食べる者が気力に満ちますように。施した家が幸せと喜びを得、安らかで病気なく、長寿を保ち、智慧を円満に備えることができますように。」太子はまた、こう言われた。「私は一切の衆生を成熟させるために、この食物を受けるのです。」祈願を終えられて、すぐにこれを食べられた。すると身体は光り輝き、気力は十分に充ち足り、菩提を受けるにふさわしくなられた。
「爾時五人,既見此事,驚而怪之,謂為退轉,各還所住。菩薩獨行,趣畢波羅樹,自發願言:『坐彼樹下,我道不成,要終不起。』菩薩德重,地不能勝,于時步步地為震動,出大音聲。爾時盲龍,聞地動嚮,心大歡喜,兩目開明:『曾見先佛有此瑞應。』作是念已,從地踊出,禮菩薩足。時有五百青雀,飛騰虛空,右繞菩薩;雜色瑞雲,及以香風,而隨映拂。爾時盲龍,以偈讚曰:
その時、五人の仲間はこの様子を見て、驚き怪しみ、菩薩が修行を退いてしまったのだと思い、それぞれの住居へ帰っていきました。菩薩はただ独り、畢波羅樹(びはらじゅ)へと向かい、自ら誓いを立てました。「この木の下に座り、もし悟りが得られなければ、決して立ち上がらない」と。
菩薩の徳はあまりにも重く、大地も支えきれず、歩む一歩ごとに地面が震動し、大きな音が響き渡りました。その時、盲目の龍が地鳴りの音を聞き、心から大いに喜び、両目が開けて見えるようになりました。「かつて先の仏様にも、このような瑞相があった」と。こう思って、地中から踊り出て、菩薩の足に礼をしました。
その時、五百羽の青い雀が虚空に舞い上がり、菩薩の右に廻りました。様々な色の瑞雲や香しい風が、それに伴い漂い、菩薩を飾りました。その時、盲目の龍は偈(げ)で讃えました。
「『菩薩足踐處, 地皆六種震,
發大深遠音, 我聞眼開明;
又見虛空中, 青雀繞菩薩,
瑞雲極鮮映, 香風甚清涼。
此菩薩瑞相, 悉同過去佛;
以是知菩薩, 必定成正覺。』
菩薩のおられる所には 大地が六種に震動し 深く遠く響く音が聞こえ 私の目は開けて明るくなりました
また虚空には、青い鳥が 菩薩の周りを巡り舞い 瑞雲はたいへん美しく輝き 香り高い風は清らかに涼やかです
これらの菩薩の瑞相は すべて過去の仏と同じです これによって知りました 菩薩は必ず正覚を成ずると
「於是菩薩,則自思惟:『過去諸佛,以何為座,成無上道?』即便自知以草為座。釋提桓因,化為凡人,執淨軟草。菩薩問言:『汝名何等?』答:『名吉祥。』菩薩聞之,心大歡喜,我破不吉,以成吉祥。菩薩又言:『汝手中草,此可得不?』於是吉祥,即便授草,以與菩薩。因發願言:『菩薩道成,願先度我。』菩薩受已,敷以為座,而於草上,結加趺坐:『如過去佛所坐之法,而自誓言:「不成正覺,不起此座。」我亦如是。』發此誓時,天龍鬼神,皆悉歡喜;清涼好風,從四方來,禽獸息嚮,樹不鳴條,遊雲飛塵,皆悉澄淨,知是菩薩,必成道相。
そこで菩薩は自ら思った。「過去の諸仏は、何を座として悟りを開かれたのだろうか?」するとすぐに、草を座とするのがふさわしいと自ら悟った。
すると帝釈天が人間に姿を変え、清らかで柔らかな草を手に持って現れた。菩薩が尋ねた。「あなたの名は何というのか?」答えは「吉祥と申します」であった。これを聞いて菩薩は大いに喜んだ。「私は不吉を打ち破り、吉祥を成就しよう。」
菩薩はさらに尋ねた。「あなたの手にあるその草、いただくことができるだろうか?」そこで吉祥はすぐに草を菩薩に差し出し、こう誓った。「どうか菩薩様が悟りを開かれましたら、まず私を救ってください。」
菩薩は草を受け取ると、それを敷いて座とし、草の上で結跏趺坐を組まれた。「過去の諸仏が座られたように、私は『正しい覚りを得ずんば、この座を起つまじ』と自ら誓う。私もまた同じくそうしよう。」
この誓いを立てられたとき、天竜や鬼神たちはみな歓喜した。清らかで涼しい風が四方から吹き、鳥や獣は声をひそめ、木の枝さえも音を立てなかった。空を漂う雲も舞い上がる埃も、すべてが澄み静まった。これによって、菩薩が必ず悟りを開かれるという兆しであると知られたのである。
「爾時菩薩,在於樹下,發誓言時,天龍八部,皆悉歡喜,於虛空中,踊躍讚歎。時第六天魔王宮殿,自然動搖;於是魔王,心大懊惱,精神躁擾,聲味不御,而自念言:『沙門瞿曇,今在樹下,捨於五欲,端坐思惟,不久當成正覺之道;其道若成,廣度一切,超越我境。及道未成,往壞亂之。』
その時、菩薩(ぼさつ)は木の下に座り、誓いを立てられました。天竜八部(てんりゅうはちぶ)のすべての者たちは大いに喜び、虚空の中で踊りながら賛嘆しました。
すると、第六天(だいろくてん)の魔王(まおう)の宮殿が自然と揺れ動きました。これを感じて魔王はひどく懊悩(おうのう)し、心は乱れ、音楽や味わいを楽しむこともできず、こう考えました。
「沙門(しゃもん)ゴータマが、今、木の下で五つの欲望を捨て、静かに坐って思惟している。やがて、まことの悟りの道を完成するだろう。もしその悟りが成れば、すべての者を広く救い、わが支配の領域を超えてしまう。まだその悟りが完成しないうちに、妨害しに行こう。」
「爾時魔子薩陀,見父憔悴,而往白言:『不審父王,何故憂慼?』魔王答言:『沙門瞿曇,今坐樹下,其道將成超越於我,今欲壞之。』魔子即便前諫父言:『菩薩清淨,超出三界,神通智慧,無不明了,天龍八部,咸共稱讚。此非父王所能摧屈,不須造惡自招禍咎。』魔有三女,形容儀貌,極為端正,妖冶巧媚,善能惑人,於天女中,最為第一,熏以名香,佩好瓔珞,一名染欲;二名能悅人;三名可愛樂。三女俱前白其父言:『不審今者何故憂愁?』父即寫心,語諸女言:『世間今有沙門瞿曇,身被法鎧,執自在弓,鏃智慧箭,欲伏眾生壞我境界。我若不如,眾生信彼,皆悉歸依,我土則空,是故愁耳;及未成道,欲往摧挫壞其橋梁。』於是魔王,手執強弓,又持五箭;男女眷屬,俱時往彼畢波羅樹下。見於牟尼,寂然不動,欲度生死三有之海。
その時、魔王の子サッタは父がやつれているのを見て、父のもとに行き申し上げた。「父王よ、いったい何ゆえにそんなに憂え悲しんでおられるのですか?」すると魔王は答えた。「修行者ゴータマが、今、木の下に座っている。彼の道は成就しようとしており、我を超えようとしている。今、それを打ち壊さねばならぬ。」魔王の子はすぐに進み出て父を諫めて言った。「菩薩は清らかで、三界を超え出ておられます。神通力と智慧はすべて明らかで、天・竜・八部の衆も皆、こぞって称賛しております。これは父王の力で打ち負かせるような方ではありません。どうか、みずから悪をなして禍を招くようなことはなさらないでください。」
魔王には三人の娘がいた。姿かたちはきわめて端正で、妖艶に飾り立て、巧みに媚びて人を惑わすことに長けており、天女の中でも最も優れていた。名香を焚きしめ、美しい瓔珞を身に着けていた。第一の名は欲望に染まる者、第二は人を悦ばせる者、第三は愛しく楽しい者といった。三女はそろって父のもとに進み出て申し上げた。「いったい何ゆえに、今、ご心配なさっておられるのですか?」すると父は心の内を打ち明けて娘たちに言った。「世の中に今、修行者ゴータマという者がいる。彼は法の鎧を身にまとい、自在の弓を手にし、智慧の矢を鏃として、人々を従わせようとし、我が領域を壊そうとしている。もし我がそれに及ばなければ、人々は彼を信じ、皆が帰依するようになる。そうなれば我が領土は空になってしまう。ゆえに憂えているのだ。彼が悟りを開く前に、赴いて打ち砕き、その橋を断ち切ってしまおう。」そこで魔王は強力な弓を手に取り、さらに五本の矢を携えた。男・女の眷属たちと共に、その時、あのビパッラ樹のもとへと向かった。そこでは、牟尼(聖者)が、静かに動かず、生死の三有の海を渡ろうとしておられたのである。
「爾時魔王,左手執弓,右手調箭,語菩薩言:『汝剎利種,死甚可畏,何不速起?宜應修汝轉輪王業,捨出家法,習於施會,得生天樂,此道第一勝先所行;汝是剎利轉輪王種,而為乞士,此非所應。今若不起,但好安坐,勿捨本誓。我試射汝,一放利箭,苦行仙人,聞我箭聲,莫不驚怖,惛迷失性,況汝瞿曇,能堪此毒?汝若速起,可得安全。』魔說此語,以怖菩薩,菩薩怡然,不驚不動;魔王即便挽弓放箭,并進天女。菩薩爾時,眼不視箭,箭停空中,其鏃下向,變成蓮花。
その時、魔王は左手に弓を持ち、右手に矢を番え(つがえ)、菩薩に言った。
「お前はクシャトリヤ(王族)の種族だ。死は恐ろしいものだ。どうしてすぐに立ち上がらないのか? お前は転輪聖王の業を修め、出家の道を捨て、布施の施しに励み、天の楽しみを得るべきだ。この道こそ第一であり、先人たちが歩んできた道に勝るものだ。お前はクシャトリヤの転輪王の種族でありながら、乞食(こつじき)となった。これはあるべき姿ではない。もし立ち上がらないのなら、せめて安らかに座って、最初の誓いを捨ててはならない。試しに一矢を放ってみせよう。苦行の仙人たちは、私の矢の音を聞くだけで恐怖し、気を失い、正気を失う。ましてやお前ゴータマなどが、この毒矢に耐えられるか? すぐに立ち上がれば、無事でいられる。」
魔王はこう言って、菩薩を脅した。しかし菩薩は穏やかで、驚きもせず、動じなかった。 そこで魔王は弓を引き絞り、矢を放ち、さらに天女たちを進ませた。 その時、菩薩は矢を一目も見ず、矢は空中で止まり、その鏃は下を向き、蓮の花と化した。
「時三天女,白菩薩言:『仁者至德,天人所敬,應有供侍;我等今者年在盛時,天女端正,無踰我者;天今遣我,以相供給,晨昏寢臥,願侍左右。』菩薩答言:『汝植小善,得為天身,不念無常,而作妖媚,形體雖美,而心不端,淫惑不善,死必當墮三惡道中,受鳥獸身,免之甚難;汝等今者欲亂定意,非清淨心,今便可去,吾不相須。』時三天女,變成老姥,頭白面皺,齒落垂涎,肉消骨立,腹大如鼓,柱杖羸步,不能自復。
その時、三人の天女が菩薩に申し上げた。「徳の高い方よ、あなた様は天と人の尊敬を集めておられます。当然、お世話をする者がいるべきです。私たちは今、盛りを迎えた年頃で、天女としての容姿は誰にも劣りません。天が私たちを遣わし、あなた様のお世話をさせようとしています。朝晩の休息の際にも、あなた様のおそばに仕えたいと願っております。」 菩薩はお答えになった。「お前たちはわずかな善行を積んで、天の身を得たが、無常を思わず、あられもない姿を見せている。その姿形は美しいが、心は正しくない。欲望に惑わされ、不善であるならば、死んだ後には必ず三悪道に堕ち、鳥や獣の身を受け、そこから逃れることは非常に難しい。お前たちは今、私の定まった心を乱そうとしているが、それは清らかな心ではない。今すぐ立ち去りなさい。私はお前たちを必要としない。」 すると三人の天女はたちまち老いた老婆に変わった。髪は白く、顔には皺が寄り、歯は抜け落ち、よだれを垂らし、肉は痩せ衰えて骨ばかりになり、腹は太鼓のように膨れ、杖をついてよろよろと歩き、自分で立ち直ることもできなかった。
「魔王既見如是堅固,心自思惟:『我昔曾於雪山之中,射此摩醯首羅,即便恐懼,退其善心;而今不辦動於瞿曇,既非此箭及我三女,所能移轉,令生愛恚。當復更作他餘方便。』即以軟語,誘菩薩言:『汝若不樂人間受樂,今者便可上昇天宮;我捨天位及五欲具,悉持與汝。』菩薩答言:『汝於先世,修少施因,今故得為自在天王;此福有期,要還下生沈溺三塗,出濟甚難;此為罪因,非我所須。』魔語菩薩:『我之果報,是汝所知;汝之果報,誰復知者。』菩薩答言:『我之果報,唯此地知。』說此語已,于時大地,六種震動;於是地神,持七寶瓶,滿中蓮花,從地踊出,而語魔言:『菩薩昔以頭目髓腦,以施於人,所出之血,浸潤大地;國城妻子象馬珍寶,而用布施,不可稱計;為求無上正真之道,以是之故,汝今不應惱亂菩薩。』魔聞是已,心生怖懼,身毛皆竪;時彼地神,禮菩薩足,以花供養,忽然不現。
魔王は、この菩薩の揺るぎない境地を見て、心の中でこう思った。「昔、雪山で摩醯首羅を射た時には、ただ恐れさせるだけで、その善心をくじくことができた。しかし今、瞿曇を動かすことはできない。この矢も、我が三人の娘たちも、彼に愛欲や怒りの心を起こさせることはできない。ならば、別の手立てを考えねば。」そこで魔王は優しい言葉で菩薩を誘惑して言った。「もし、あなたが人の世の楽しみを望まないのなら、今すぐに天の宮殿に昇るがよい。私は天の位も五つの欲望の楽しみも、すべてあなたに差し出そう。」菩薩は答えた。「あなたは前世でわずかな布施の業を積んだからこそ、今、自在天王となったのだ。しかし、その果報には限度がある。やがては再び下界に生まれ、三悪道に沈むことになる。そこから抜け出すのは極めて難しい。これは罪の因であり、私の求めるものではない。」魔王が菩薩に言った。「私の果報は、あなたの知るところだ。では、あなたの果報は誰が知っているのか。」菩薩は答えた。「私の果報は、この大地だけが知っている。」この言葉を言い終えると、大地は六種に震動した。そして地神が七宝の瓶を持ち、その中には蓮華がいっぱいに満ちて、地中から湧き出て来て、魔王に言った。「菩薩は昔、自分の頭や目、脳髄を人に施し、その流れ出た血は大地を潤した。また、国や城、妻や子、象や馬、珍宝を施したことは、数え尽くせないほどである。すべては無上の正しい悟りを求めるためであった。だからこそ、あなたは今、菩薩を悩ませてはならない。」魔王はこれを聞いて、心に恐れを生じ、全身の毛が逆立った。その時、地神は菩薩の足に礼拝し、蓮華を捧げて供養すると、たちまち姿を消した。
「爾時魔王,即自思惟:『我以強弓利箭并及三女,兼以方便和言誘之,不能壞亂此瞿曇心。今當更設諸種方便,廣集軍眾,以力迫脅。』作是念時,其諸軍眾,忽然來至,充滿虛空,形貌各異,或執戟操劍,頭戴大樹,手執金杵,種種戰具,皆悉備足;或猪魚驢馬、師子龍頭、熊羆虎兕,及諸獸頭;或一身多頭;或面各一目;或眾多目;或大腹長身;或羸瘦無腹;或長脚大膝;或大脚肥腨;或長爪利牙;或頭在胸前;或兩足多身;或大面傍面;或色如灰土;或身放烟焰;或象身擔山;或被髮裸形;或復面色半赤半白;或脣垂至地;或上褰覆;面或身著虎皮;或師子蛇皮;或蛇遍纏身;或頭上火燃;或瞋目努臂;或傍行跳擲;或空中旋轉;或馳步吼嚇;有如是等諸惡類形不可稱數,圍繞菩薩。或復有欲裂菩薩身;或四方烟起,焱焰衝天或狂音奮發,震動山谷,風火烟塵,暗無所見;四大海水,一時涌沸。
爾時、魔王はこう考えた。「私は強弓と利箭、三人の娘たち、さらに巧みな言葉で誘惑しても、このゴータマの心を乱すことはできなかった。今こそ、様々な手段を尽くし、大軍を集めて力づくで脅かすほかない。」こう思うや否や、諸々の軍勢が忽然と現れ、虚空を満たした。その姿は様々で、ある者は戟を手にし、剣を帯び、頭に大木を戴き、手に金剛杵を持ち、あらゆる戦具を備えていた。また、猪・魚・驢馬・獅子・竜の頭、熊・羆・虎・犀などの獣の頭を持つ者、一つの体に多くの頭を持つ者、顔にそれぞれ一つ目がある者、多くの目を持つ者、大きな腹と長い体を持つ者、痩せ細って腹のない者、長い脚と大きな膝を持つ者、大きな足と太い脹脛を持つ者、長い爪と鋭い牙を持つ者、頭が胸の前にある者、二本の脚に多くの体を持つ者、大きな顔や横長の顔を持つ者、灰色の肌色の者、体から煙や炎を放つ者、象の体で山を担ぐ者、髪を振り乱して裸の者、顔が半ば赤く半ば白い者、唇が地面に垂れている者、上を覆っている者、虎の皮や獅子・蛇の皮を身にまとう者、蛇を全身に巻きつけている者、頭の上で火が燃えている者、怒り狂って目を見開き腕を振るう者、横向きに跳ね回る者、空中で旋回する者、疾走して大声で威嚇する者、このような数えきれないほどの恐ろしい姿の者たちが菩薩を取り囲んだ。中には菩薩の体を裂こうとする者もいた。また、四方から煙が立ち上り、炎は天を衝き、狂騒の音が湧き起こり、山谷を震動させた。風、火、煙、塵で暗闇となり、何も見えず、四大海の水が一時に沸き返った。
「護法天人,諸龍鬼等,悉忿魔眾,瞋恚增盛,毛孔血流。淨居天眾,見此惡魔惱亂菩薩;以慈悲心,而愍傷之;於是來下,側塞虛空。見魔軍眾,無量無邊,圍繞菩薩,發大惡聲,震動天地;菩薩心定,顏無異相,猶如師子處於鹿群。皆悉歎言:『嗚呼奇哉!未曾有也,菩薩決定當成正覺。』是諸魔眾,互相催切,各盡威力,摧破菩薩;或角目切齒;或橫飛亂擲;菩薩觀之,如童子戲;魔益愁忿懟,更增戰力。菩薩以慈悲力故,令抱石者,不能勝舉;其勝舉者,不能得下;飛刀舞劍,停於空中;電雷雨火,成五色華;惡龍吐毒,變成香風;諸惡類形,欲毀菩薩,不能得動。魔有姊妹,一名彌伽,二名迦利,各各以手執髑髏器,在菩薩前作諸異狀,惱亂菩薩。是諸魔眾,種種醜身,欲怖菩薩,終不能動菩薩一毛,魔益憂愁。
護法の天人や龍神、鬼神たちはみな、魔の群れに激しく怒り、その怒りはますます強まって、毛穴から血が流れ出るほどでした。浄居天の者たちは、この悪魔が菩薩を悩ませ惑わす様子を見て、慈悲の心をもって哀れみ、そこから降りて虚空を埋め尽くしました。魔の軍勢が無量無辺で菩薩を取り囲み、大地を震わせる大音声を発するのを見ても、菩薩の心は定まり、顔色に変わりはなく、まるで獅子が鹿の群れの中にいるかのようでした。皆、感嘆して言いました。「ああ、なんと不思議なことか! かつてないことだ。菩薩は必ずや正覚を成就するであろう。」 魔の者たちは互いに促し合い、力を尽くして菩薩を打ち破ろうとしました。ある者は目を剥き歯を食いしばり、ある者は飛び回って物を投げつけましたが、菩薩はそれを見て子供の遊びのように眺めていました。魔はますます怒り嘆き、さらに戦いの力を増しました。しかし、菩薩の慈悲の力によって、石を抱えようとした者は持ち上げることができず、持ち上げた者は下ろすことができませんでした。飛び交う刀や剣は空中に留まり、雷や雨、火は五色の花となり、悪龍の吐く毒は香風に変わりました。様々な恐ろしい姿で菩薩を壊そうとしましたが、動かすことはできませんでした。 魔には姊妹がおり、一人は弥伽、もう一人は迦利といい、それぞれ手に髑髏の器を持ち、菩薩の前で様々な怪しい姿を現して菩薩を悩ませました。これらの魔の者たちは、様々な醜い姿で菩薩を怖がらせようとしましたが、ついに菩薩の毛一本も動かすことができませんでした。魔はますます憂いに沈みました。
「空中有神,名曰負多,隱身而言:『我於今者見牟尼尊,心意泰然,無怨恨想;是諸魔眾,起於毒心,於無怨處,而橫生忿。是癡惡魔,徒自疲勞,永無所得。今日宜應捨恚害心,汝口乃可吹須彌山,令其崩倒;火可令冷;水可令熱;地性堅強可令柔軟;汝不能壞菩薩歷劫修習善果,正思惟定,精勤方便,淨智慧光,此四功德,無能斷截;為作留難,不成正覺,如千日照必能除暗;鑽木得火,穿地得水,精勤方便,無求不得。世間眾生,沒於三毒,無有救者,菩薩慈悲,求智慧藥,為世除患。汝今云何而惱亂之?世間眾生,癡惑無智,悉著邪見;今設法眼,修習正路,欲導眾生。汝今云何惱亂導師?是則不可。譬如在於曠野之中,而欲欺誑商人導師。眾生墮大黑暗之中,茫然不知所止之處,菩薩為然大智慧燈。汝今云何欲吹令滅?眾生今者沒生死海,菩薩為修智慧寶船。汝今云何欲令沈溺?忍辱為牙,堅固為根,無上大法以為大果。汝今云何而欲攻伐?貪恚癡鏁,縛諸眾生,菩薩苦行,欲為解之;今日決定於此樹下,結加趺坐,成無上道。此地乃是過去諸佛金剛之座;餘方悉轉,斯處不動,堪受妙定,非汝所摧。汝今宜應生欣慶心,息憍慢意,修知識想,而奉事之。』
虚空に神が現れ、その名を負多といった。彼は姿を隠したまま語りかけた。 「今、私は牟尼尊(聖者)のお姿を拝見している。その心は安らかで、恨みや怒りの思いは一切ない。これらの魔の軍勢は、毒のある心を起こし、何の恨みもないところに、理不尽に怒りを燃やしている。愚かな悪魔よ、お前はただ自ら疲れ果てるだけで、永遠に何も得ることはない。今日こそ、怒りと害心を捨て去るべきだ。 お前の口で須彌山を吹き飛ばし、崩れ落とすことはできるかもしれない。火を冷たくし、水を熱くし、大地の堅い性質を柔らかくすることはできるかもしれない。しかし、菩薩が長い年月をかけて修行し積み上げてきた善い果報、正しい思考の定、精進と工夫、清らかな智慧の光——この四つの功徳を、お前は断ち切ることはできない。妨害して悟りを得させまいとしても、それは叶わない。千の太陽が照らせば必ず暗闇を除くように、木をこすって火を得るように、地面を掘って水を得るように、精進と工夫をすれば、求めて得られないものはない。 世の中の衆生は、三つの毒(貪り・怒り・無知)に沈み、救う者もいない。菩薩は慈悲の心で、智慧の薬を求め、世の苦しみを除こうとしている。それを、お前はなぜ悩ませ乱そうとするのか。 世の衆生は、愚かで惑い、智慧もなく、全てが邪見に染まっている。菩薩は今、法の眼を開き、正しい道を修め、衆生を導こうとしている。その導師をお前はなぜ悩ませるのか。それは許されないことだ。 ちょうど広大な荒野で、商人の案内人を騙そうとするようなものだ。衆生は深い暗闇に落ちて、茫然とどこへ向かえばいいのかもわからずにいる。菩薩はそのために大いなる智慧の灯りを灯している。お前はなぜそれを吹き消そうとするのか。 衆生は今、生死の海に沈んでいる。菩薩はそのために智慧の宝船を建てている。お前はなぜそれを沈めようとするのか。 忍辱を芽とし、堅固を根とし、無上の大法を大きな果実としている。お前はなぜそれを攻め滅ぼそうとするのか。 貪り・怒り・無知の鎖が、すべての衆生を縛っている。菩薩は苦行によって、それを解こうとしている。今日、この樹の下で、結跏趺坐し、必ず無上の道を成し遂げる。 この地は、過去の諸仏が坐した金剛の座である。他の場所はすべて動いても、この場所だけは決して動かない。優れた定を受け入れるにふさわしいこの座を、お前が打ち砕くことはできない。お前は今こそ、歓喜の心を起こし、驕りの心を鎮め、善き知識(師)として敬い、仕えるべきである。」
「是時魔王,聞空中聲,又見菩薩恬然不異,魔心慙愧,捨離憍慢,即便復道,還歸天宮。群魔憂慼,悉皆崩散,情意沮悴,無復威武,諸鬪戰具,縱撗林野。當於惡魔退散之時,菩薩心淨,湛然不動。天無烟霧,風不搖條;落日停光,倍更明盛;澄月映徹,眾星燦朗;幽隱暗暝,無復障礙;虛空諸天雨妙花香,作眾伎樂,供養菩薩。
時に魔王は、虚空からの声を聞き、また菩薩が穏やかで少しも変わらない様子を見て、心に恥じ入り、高ぶり慢ずる心を捨てた。そしてすぐに道を引き返し、天の宮殿へと帰って行った。群がる魔物たちは憂い嘆き、皆 崩れ散り、心はくじけ、もはや威勢はなかった。様々な戦いの道具は、林野に散乱した。悪魔が退き散ったその時、菩薩の心は清らかで、深く静かに動かなかった。天には靄もなく、風は枝を揺らさず、落ちゆく太陽の光は留まって、ひときわ明るく輝き渡った。澄んだ月は映えわたり、多くの星は燦然と輝き、闇や曇りはすべて無く、障りがなかった。虚空の諸天は、美しい花の香りを雨と降らせ、様々な音楽を奏でて、菩薩を供養した。
「爾時菩薩,以慈悲力,於二月七日夜,降伏魔已,放大光明;即便入定思惟真諦,於諸法中,禪定自在;悉知過去所造善惡,從此生彼,父母眷屬,貧富貴賤,壽夭長短,及名姓字,皆悉明了,即於眾生,起大悲心。而自念言:『一切眾生,無救濟者,輪迴五道,不知出津,皆悉虛偽,無有真實;而於其中,橫生苦樂。』作是思惟,至初夜盡。
その時、菩薩は慈悲の力によって、二月七日の夜、魔王を降伏した後、大いなる光明を放った。そして直ちに禅定に入り、真実の理を観じた。あらゆる法において禅定は自在であり、過去に造った善悪の業、この世からあの世に生まれ変わること、父母や親族、貧富や貴賤、寿命の長短、さらには名前や姓に至るまで、すべてをはっきりと知り得た。そして、生きとし生けるものに対して、大きな慈悲の心を起こされた。
自らこう思われた。 「すべての生きとし生けるものは、救い手がなく、五道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を輪廻して、苦しみの世界から出る道を知らない。すべては虚ろで偽りであり、真実のものはない。その中で、無理に苦しみや楽しみを生み出しているのだ。」
このように思惟して、初夜が終わるまで続けられた。
「爾時菩薩,既至中夜,即得天眼;觀察世間,皆悉徹見,如明鏡中,自覩面像。見諸眾生,種類無量,死此生彼,隨行善惡,受苦樂報。見地獄中考治眾生,或洋銅灌口;或抱銅柱;或臥鐵床;或以鐵鑊而煎煮之;或於火上而加丳炙;或為虎狼鷹犬所食;或有避火依於樹下,樹葉墜落,皆成刀劍,割截其身;或以斧鋸解剔肢體;或擲熱沸灰河之中;或復擲於糞屎坑中;受如是等種種諸苦,以業報故,命終不死。菩薩既見如此事已,而心思惟:『此等眾生,本造惡業,為世樂故,而今得果,極為大苦;若人有見如此惡報,無復更應作不善想。』
爾時、菩薩は中夜に至り、たちまち天眼を得た。世間を観察すると、全てが明らかに見え、鏡の中に自分の顔を見るかのようであった。彼は、無量の種類の衆生が、善悪の行いに従い、ここで死に、あそこに生まれ、苦楽の報いを受けているのを見た。地獄の中で苦しめられる衆生を見た。ある者は溶けた銅を口に注がれ、ある者は銅柱に抱きつき、ある者は鉄の床に寝かされ、ある者は鉄の釜で煮られ、ある者は火の上で串刺しにされ、あるいは虎や狼、鷹、犬に食べられる。ある者は火を避けて木の下に寄るが、木の葉が落ちて、みな刀剣となり、その身を切り裂く。ある者は斧や鋸で手足を切り離され、ある者は熱く沸騰する灰の川に投げ込まれ、あるいは糞尿の穴に投げ込まれる。このような様々な苦しみを受けるが、業報のゆえに命は終わらず死ぬこともない。菩薩はこのような事を見て、心に思った。「これらの衆生は、もと悪業を造り、世の楽しみのために、今その報いを受け、極めて大きな苦しみを得ている。もし人がこのような悪報を見たならば、再び不善をなそうとは思わないであろう。」
「爾時菩薩,復觀畜生,隨種種行,受雜醜形;或復有為骨肉筋角皮牙毛羽而受殺者;或復為人負荷重擔,飢渴乏極,人無知者;或穿其鼻;或鈎其首;常以身肉,而供於人,還與其類,更相食噉;受於如是種種之苦。菩薩既見,生大悲心,即自思惟:『斯等眾生,恒以身力,而供於人,又加楚撻飢渴之苦,皆是本修惡行果報。』
菩薩はさらに、もぐもぐ、牛や羊、さまざまな動物たちを見つめました。 その姿は、行いによって千差万別で、不恰好な形をしています。 あるものは、骨や肉、角や皮、牙、毛、羽根のために殺されます。 あるものは、重い荷物を背負わされ、飢えや渇きに苦しんでいても、誰も気にかけてくれません。 鼻に穴を開けられたり、首に鈎をかけられたりします。 常に自らの肉や体を人間のために差し出し、その一方で仲間同士で互いに食い合うのです。 このような、さまざまな苦しみを受けています。
菩薩はこれを見て、大きな慈しみの心を起こしました。 そして、こう考えました。 「これらの生きとし生けるものは、常に自らの体と力で人間に仕え、さらに鞭打ちや飢え渇きの苦しみを重ねて受けている。 これらは全て、過去に自らが行った悪い行いの報いなのだ。」
「爾時菩薩,次觀餓鬼;見其恒居黑闇之中,未曾暫覩日月之光;還是其類,亦不相見;受形長大,腹如太山,咽頸若針,口中恒有大火熾燃;常為飢渴之所燋迫,千億萬歲,不聞食聲;設值天雨灑其上者變成火珠;或時過臨江海河池,水即化為熱銅燋炭;動身舉步聲,如人牽五百乘車,支體節節,皆悉火然。菩薩既見受如是等種種諸苦,起大悲心,而自思惟:『斯等皆為本造慳貪積財不施故,令今者受斯罪報。若人見彼受此苦痛,宜應惠施勿生恡惜;設使無財,亦應割肉以用布施。』
さて、菩薩は次に餓鬼の世界を観察しました。彼らは常に漆黒の闇の中に住み、太陽や月の光を一瞬たりとも見ることができません。また、同じ仲間同士でさえ、お互いの姿を見ることもできません。その姿は巨大で、腹は山のように膨れ、喉は針のように細く、口の中は常に激しい炎が燃え盛っています。飢えと渇きに絶えず苛まれ、何千億年もの間、食べ物の音さえ聞いたことがありません。たとえ天から雨が降っても、彼らの上に落ちれば火の玉に変わってしまいます。また、川や湖、海を渡ろうとすれば、水はたちまち熱した銅や燃えさかる炭に変わるのです。体を動かし足を一歩踏み出すごとに、五百の荷車を引くような音がし、体中の節々がすべて燃え上がります。菩薩はこのような様々な苦しみを受けている姿を見て、深い大悲の心を起こし、こう思いました。「彼らは皆、元々貪欲で物惜しみし、財を蓄えて施さなかったために、今このような罪の報いを受けているのだ。もし人が彼らのこの苦しみを見たならば、喜んで施しを行い、惜しみの心を起こしてはならない。たとえ財産がなくとも、自らの肉を切ってでも施しを行うべきである。」
「爾時菩薩,次復觀人,見從中陰始欲入胎,父母和合,以顛倒想,起於愛心;即以不淨,而為己身;既處胎已,在於生熟二藏之間,熏炙身體,如地獄苦;至滿十月,然後方生;初生之時,而為外人之所抱執,麤澁苦痛,如被刀劍;如是不久,復歸老死,更為嬰兒,輪轉五道,不能自悟。菩薩見已,起大悲心,而自思惟:『眾生皆有如斯之患,云何於中,躭著五欲,撗計為樂,而不能斷顛倒根本。』
その時、菩薩はさらに人々を観察しました。中陰(ちゅうう)の状態から、まさに胎内に入ろうとする様子を。父母が和合し、誤った考えによって愛着の心を起こし、不浄なものを自らの身体とすることを見ました。胎内に宿ると、生蔵と熟蔵の間にあって、身体が焼かれるように熱せられ、地獄の苦しみのようです。やがて十月が満ちてようやく生まれます。生まれたばかりの時には、外の人に抱きかかえられ、その粗く荒々しい苦痛は、刀剣で傷つけられるかのようです。こうして間もなく、また老いと死に帰し、再び嬰児となり、五道(ごどう)を輪廻して、自ら悟ることができません。
菩薩はこれを見て、大いなる慈悲の心を起こし、こう思惟しました。 「すべての衆生がこのような苦患(くげん)を抱えているのに、どうしてその中で五欲に執着し、誤ってそれを楽しみと見なし、迷いの根本を断つことができないのだろうか。」
「爾時菩薩,次觀諸天,見彼天子,其身清淨,不受塵垢,如真琉璃,有大光明,兩目不瞬;或有居在須彌山頂;或復居在須彌四鎮;或復居在虛空之中;心常歡悅,無不適事,奏天美樂以自娛樂,不識晝夜;四方諸趣,無不絕妙;視東躭著,彌歲忘轉;瞻西躭湎,經年不迴;乃至南北,皆亦如是;飲食衣服,應念即至。雖有如此適意之事,猶為欲火之所煎燋,又見彼天福盡之時,五死相現:一者、頭上花萎;二者、眼瞬;三者、身上光滅;四者、腋下汗出;五者、自然離於本座。其諸眷屬,見天子身五死相現,心生戀慕;天子亦復自見己身,有五死相;又見眷屬戀慕於己,當爾之時,生大苦惱。菩薩既見彼諸天子有如是事,起大悲心,而自思惟:『此諸天子,本修少善,得受天樂,果報將盡,生大苦惱;既命終已,捨彼天身,或有墮於三惡道中;本造善行,為求樂報;而今所得,少樂多苦,譬如飢人噉雜毒食,初雖為美,終成大患。云何智者,貪樂此耶?色無色界諸天,見壽命長,便謂常樂;既見變壞,生大苦惱,即起邪見,謗無因果;以此事故,輪迴三塗,備受諸苦。』
爾時、菩薩は次に諸天を観察された。天の子らを見ると、その身は清らかで塵や垢を受けず、まるで瑠璃のごとくであり、大きな光明があり、両の目は瞬きしない。ある者は須弥山の頂に住み、ある者は須弥山の四方の峰に住み、あるいは虚空の中に住んでいる。心は常に喜びに満ち、心地よくないことは何一つなく、天の美しい音楽を奏でて自ら楽しみ、昼夜の区別も知らない。四方のあらゆる方向は、みな素晴らしく、東を見ればそれに耽り、一年忘れて向きを変えず、西を見ればそれに耽り、年を経ても振り返らない。南北もまた同様である。飲食や衣服は、思い浮かべるとすぐに現れる。
このような満ち足りた楽しみがあっても、なお欲望の火に焼かれ焦がされている。また、それらの天の福が尽きるときには、五つの死相が現れるのを見た。一つには、頭上の花が萎れること。二つには、目が瞬くこと。三つには、身の光が消えること。四つには、脇の下から汗が出ること。五つには、自然に自らの座を離れることである。
その眷属たちは、天子に五つの死相が現れたのを見て、心に恋慕の念を起こす。天子もまた、自らの身に五つの死相があるのを見、さらに眷属たちが自分を慕っているのを見て、その時に大きな苦悩を生じる。
菩薩は、これらの天子たちがこのような事態にあるのを見て、大いなる悲しみの心を起こし、自らこう考えられた。
「これらの天子たちは、もとわずかな善を修めて天の楽しみを受けるようになったが、その果報が尽きようとして大きな苦悩を生じている。命が終われば、その天の身を捨てて、あるいは三つの悪道に堕ちることもある。もとは善い行いを、楽しみの報いを求めて行ったのに、今得ているものは、楽しみは少なく苦しみは多い。例えば、飢えた人が毒の混じった食物を食べるようなもので、初めは美味しく感じられても、最後には大きな災いとなる。どうして賢者が、このようなものを楽しみに貪るだろうか。
色界や無色界の諸天は、寿命が長いのを見て、これを常なる楽しみだと思う。しかし、やがて変化し壊れるのを見て、大きな苦悩を生じ、そこから邪見を起こして、因果はないと謗る。このことによって、三悪道を輪廻し、あらゆる苦しみを受けるのである。」
「菩薩以天眼力,觀察五道,起大悲心,而自思惟:『三界之中,無有一樂。』如是思惟至中夜盡。
菩薩は天眼の力によって、五つの世界を観察し、大いなる悲しみの心を起こして、こう自ら考えた。 「三つの世界の中には、一つとして真の楽しみはない。」 このように考え続けて、真夜中が過ぎていった。
「爾時菩薩,至第三夜,觀眾生性,以何因緣,而有老死?即知老死,以生為本,若離於生,則無老死;又復此生,不從天生,不從自生;非無緣生,從因緣生;因於欲有、色有、無色有業生。又觀三有業從何而生?即知三有業從四取生。又觀四取從何而生?即知四取從愛而生。又復觀愛從何而生?即便知愛從受而生。又復觀受從何而生?即便知受從觸而生。又復觀觸從何而生?即便知觸從六入生。又觀六入從何而生?即知六入從名色生。又觀名色從何而生?即知名色從識而生。又復觀識從何而生?即便知識從行而生。又復觀行從何而生?即便知行從無明生。若滅無明則行滅;行滅則識滅;識滅則名色滅;名色滅則六入滅;六入滅則觸滅;觸滅則受滅;受滅則愛滅;愛滅則取滅;取滅則有滅;有滅則生滅;生滅則老死憂悲苦惱滅。如是逆順,觀十二因緣,第三夜分,破於無明;明相出時,得智慧光,斷於習障,成一切種智。
さて、菩薩は第三夜、衆生の性質を観察し、「何を因縁として老いや死があるのか」と考えるに至りました。すなわち、老いや死は生を根本とし、もし生を離れれば老いや死はないと知りました。さらに、この生は天から生まれるのでもなく、自ら生まれるのでもなく、縁なくして生まれるのではなく、因縁によって生まれるものです。欲有・色有・無色有という三有の業が因となって生まれるのです。
また、三有の業は何から生まれるのかと観察し、三有の業は四取から生まれると知りました。さらに四取は何から生まれるのかと観察し、四取は愛から生まれると知りました。さらに愛は何から生まれるのかと観察し、愛は受から生まれると知りました。さらに受は何から生まれるのかと観察し、受は触から生まれると知りました。さらに触は何から生まれるのかと観察し、触は六入から生まれると知りました。さらに六入は何から生まれるのかと観察し、六入は名色から生まれると知りました。さらに名色は何から生まれるのかと観察し、名色は識から生まれると知りました。さらに識は何から生まれるのかと観察し、識は行から生まれると知りました。さらに行は何から生まれるのかと観察し、行は無明から生まれると知りました。
もし無明が滅すれば行が滅し、行が滅すれば識が滅し、識が滅すれば名色が滅し、名色が滅すれば六入が滅し、六入が滅すれば触が滅し、触が滅すれば受が滅し、受が滅すれば愛が滅し、愛が滅すれば取が滅し、取が滅すれば有が滅し、有が滅すれば生が滅し、生が滅すれば老いや死、憂いや悲しみ、苦しみや悩みも滅します。
このようにして、十二因縁を順逆に観察し、第三夜の間に無明を破りました。明けの明星が現れる時、智慧の光を得て、習気の障りを断ち除き、一切種智を成就したのです。
「爾時如來,心自思惟:『八正聖道,是三世諸佛之所履行,趣般涅槃路;我今已踐,智慧通達,無所罣礙。』于時大地,十八相動,遊霞飛塵,皆悉澄淨,天鼓自然,而發妙聲,香風徐起,柔軟清涼,雜色瑞雲,降甘露雨,園林花果,榮不待時。又雨曼陀羅花、摩訶曼陀羅花、曼殊沙花、摩訶曼殊沙花、金花、銀花、琉璃等花;七寶蓮花,繞菩提樹,滿三十六踰闍那。是時諸天,作天伎樂散花燒香,歌唄讚歎,執天寶蓋及以幢幡,充塞虛空,供養如來。龍神八部,所設供養,亦復如是。當爾之時,一切眾生,皆悉慈愛,無瞋害想。歡喜踊躍,如見聖跡,無怖畏情,其心調柔,離憍慢意,亦無慳嫉諂誑之心。五淨居天,離憙樂根,亦皆歡悅,不能自勝。地獄苦痛,暫得休息,生大歡喜。一切畜生,相食噉者,無復惡心。餓鬼飽滿無飢渴想。世界之中,幽瞑之處,日月威光所不能照,而皆大明。其中眾生,悉得相見,各作是言:『此中云何忽有眾生?』大聖法王,出興於世,以大法光,破非法暗故,令一切皆悉明朗。甘蔗先王,棄國學道,得五通仙;又行十善,得生天者,皆乘神通,到菩提樹,在虛空中,歡喜合掌,而讚歎言:『於我甘蔗種族之中,能斷諸漏,成一切智,為世間眼,甚為奇特。』一切莫不歡喜踊躍,唯有魔王,心獨憂愁。
その時、如来は心の中でこう思惟されました。「八正道こそ、三世の諸仏が歩み、涅槃へと至る道である。私は今すでにこの道を踏み、智慧は通達し、何の障りもない。」その時、大地は十八種の相を示して動き、霞や飛び散る塵まですっかり澄み渡りました。天鼓は自然に鳴り響き、妙なる声を発し、香りのよい風がゆっくりと吹き、柔らかく清涼でした。様々な色の瑞雲は甘露の雨を降らせ、園林の花果は時を待たずに栄えました。また、曼陀羅花、摩訶曼陀羅花、曼殊沙花、摩訶曼殊沙花、金花、銀花、琉璃の花などが降り注ぎ、七宝の蓮華が菩提樹を取り巻いて、三十六由旬にわたって満ちあふれました。
この時、諸天は天の楽器を奏で、花を散じ、香を焚き、歌や賛嘆の声をあげ、天の宝蓋や幢幡を手に取り、虚空に満ち渡らせて如来を供養しました。竜神八部が設けた供養もまた、同じようでした。その時、一切の衆生はみな慈愛の心を持ち、怒りや害そうとする思いはありませんでした。喜び勇み、聖なる跡を見るかのようで、怖れの心はなく、その心は柔らかに調い、高ぶりや慢心を離れ、また、吝嗇や嫉妬、お世辞や偽りの心もありませんでした。
五浄居天でさえ、喜びや楽しみの根を離れているにもかかわらず、皆喜び楽しみ、自分を抑えきれませんでした。地獄の苦しみは一時的に休まり、大いなる喜びが生じました。すべての畜生で、互いに食べ合うものたちも、もはや悪い心を持つことはありませんでした。餓鬼は満ち足りて、飢えや渇きの思いはありませんでした。
世界の中の暗い場所で、日月の威光が照らせなかったところも、すべてが大いに明るくなりました。その中の衆生は、互いに見えるようになり、それぞれこう言いました。「ここに、どうして突然、衆生がいるのだろうか。」大聖法王が世に出現し、大いなる法の光で、非法の暗闇を打ち破ったからこそ、すべてが明るく照らし出されたのです。
甘蔗先王は、国を捨てて道を学び、五通の仙人となりました。また、十善を行じて天に生まれた者たちは皆、神通力に乗って菩提樹のもとに到り、虚空の中で喜びの合掌をし、こう賛嘆しました。「我らが甘蔗の種族の中から、諸々の漏れを断ち、一切智を成就し、世間の眼となられた方が現れた。これは実に奇特なことである。」すべての者が喜び勇まない者はありませんでしたが、ただ魔王だけは心ひとつに憂い悲しみました。
「爾時如來,於七日中,一心思惟,觀於樹王,而自念言:『我在此處,盡一切漏,所作已竟,本願成滿。我所得法,甚深難解,唯佛與佛,乃能知之。一切眾生,於五濁世,為貪欲、瞋恚、愚癡、邪見、憍慢、諂曲之所覆障;薄福鈍根,無有智慧,云何能解我所得法?今我若為轉法輪者,彼必迷惑,不能信受,而生誹謗,當墮惡道,受諸苦痛。我寧默然,入般涅槃。』爾時如來,以偈頌曰:
そのとき、如来は七日間、一心に思惟し、菩提樹の王を観ながら、こう自らお思いになりました。
「私はこの場所で、一切の漏(煩悩)を尽くし、なすべきことを成し終え、本願を成就し円満した。しかし、私が得た法は、はなはだ深く理解しがたい。ただ仏と仏のみが、これを知ることができる。すべての衆生は、五濁の世にあって、貪欲、瞋恚、愚癡、邪見、憍慢、諂曲に覆い障られており、福が薄く根が鈍く、智慧がありません。どうして私の得た法を理解できるでしょうか。今、私がもし法輪を転じるならば、彼らは必ず迷い惑い、信じ受け入れることができず、誹謗を生じ、悪道に堕ちて、さまざまな苦痛を受けるでありましょう。私はむしろ黙然として、般涅槃に入ることにしよう。」
そのとき、如来は、偈頌をもっておっしゃいました。
「『聖道甚難登, 智慧果難得;
我於此難中, 皆悉已能辦。
我所得智慧, 微妙最第一;
眾生諸根鈍, 著樂癡所盲,
順於生死流, 不能反其源;
如斯之等類, 云何而可度?』
「聖なる道に登ることはとても難しく、智慧という果報を得ることもまた難しい。 しかし私は、この困難の中で、それらをすべて成し遂げることができた。 私が得た智慧は、この上なく微細で、最も優れたものである。 しかし、衆生は根機が鈍く、楽に執着し、無明に覆われている。 生死の流れに従うままに進み、その源にさかのぼることができない。 このような種類の人々を、いったいどのようにして救い渡すことができるだろうか。」
「爾時如來,作此念已,大梵天王,見於如來聖果已成,默然而住,不轉法輪,心懷憂惱,即自念言:『世尊昔於無量億劫,為眾生故,久在生死,捨國城妻子,頭目髓腦,備受眾苦,始於今者所願滿足,成阿耨多羅三藐三菩提。云何默然,而不說法?眾生長夜,沈沒生死,我今當往請轉法輪。』作是念已,即發天宮,猶如壯士屈伸臂頃,至如來所,頭面禮足,繞百千匝,却住一面,䠒跪合掌,而白佛言:『世尊往昔,為眾生故,久住生死;捨身頭目,以用布施,備受諸苦,廣修德本。始於今者,成無上道,云何默然,而不說法?眾生長夜,沒溺生死,墮無明暗,出期甚難。然有眾生,過去世時,親近善友,植諸德本,堪任聞法,受於聖道。唯願世尊,為斯等故,以大悲力,轉妙法輪。』釋提桓因,乃至他化自在天,亦復如是,勸請如來,為諸眾生,轉大法輪。
その時、如来はこのようにお考えになりました。大梵天王は、如来が聖なる果報を既に成就され、静かに留まって法輪を回さないのを見て、心に憂いと悩みを抱き、こう思いました。 「世尊は、昔、無量億劫の間、眾生のため、長く生死に身を置き、国や城、妻や子を捨て、頭や目、髄や脳を施し、多くの苦しみを受けて、今日初めてその願いを満たし、阿耨多羅三藐三菩提を成就された。どうして静かにして法を説かれないのだろうか。眾生は長く暗闇に沈み、生死に溺れている。私は今、参上して法輪を回すようお願いしよう。」 このように考えた後、天宮を出発し、まるで壮士が腕を伸ばし曲げるかのような速さで、如来の元に到着しました。頭を地につけ、足に礼をし、百千回の周回をしてから、一方に控えてひざまずき、両手を合わせて、仏に申し上げました。 「世尊は、昔、眾生のため、長く生死に留まり、頭や目を捨て布施を施し、多くの苦しみを受け、徳の根を広く修められました。今日初めて無上の道を成就されました。どうして静かにして法を説かれないのですか。眾生は長く暗闇に沈み、生死に溺れ、無明の闇に落ちて、出離の時期は非常に困難です。しかし、中には、過去世において善友に親しみ、諸々の徳の根を植え、法を聞き聖なる道を受けるにふさわしい眾生もいます。どうか世尊、こうした人々のために、大いなる慈悲の力をもって、妙なる法輪を回し給え。」 さらに、釈提桓因から他化自在天に至るまで、同様に如来に勧請し、多くの眾生のために大いなる法輪を回すようお願いしました。
「爾時世尊答大梵天王及釋提桓因等言:『我亦欲為一切眾生轉於法輪,但所得法,微妙甚深,難解難知。諸眾生等,不能信受,生誹謗心,墮於地獄。我今為此,故默然耳。』時梵天王等,乃至三請;爾時如來,至滿七日,默然受之。梵天王等,知佛受請,頭面禮足,各還所住。
その時、世尊は大梵天王や帝釈天たちにこう答えました。 「私は一切の衆生のために法の輪を回したいと願っている。しかし、私が得た法は非常に微妙で深遠であり、理解するのが難しく、知ることも難しい。衆生はこの法を信じ受け入れることができず、むしろ誹謗の心を起こして地獄に堕ちてしまうだろう。そのことを憂えて、私は今、ただ静かにしているのだ。」
梵天王たちは三度にわたってお願いを繰り返しました。そして七日が満ちた時、如来は静かにその請けを受け入れられました。梵天王たちは仏がその請けを受け入れたことを知り、頭を仏の足に付けて礼拝し、それぞれの住まいに戻っていきました。
「爾時世尊,受梵王等請已;又於七日,而以佛眼,觀諸眾生,上中下根,及諸煩惱,亦下中上,滿二七日。爾時世尊,又復思惟:『我今當開甘露法門,誰應在先,而得聞者?阿羅邏仙人,聰慧易悟,又先發願道成度我。』作是念時,空中有言:『阿羅邏仙人,昨夜命終。』爾時世尊,即便答彼空中聲言:『我亦知其昨夜命終。』又自思惟:『迦蘭仙人,利根明了,亦應先聞。』空中又言:『迦蘭仙人,昨夜命終。』爾時世尊,即復答言:『我亦知其昨夜命終。』
その時、世尊は梵天たちの請いをお受けになった後、さらに七日間、仏の眼で眾生たちの上・中・下の根機と、それぞれの煩悩の軽重を観察されました。そうして満二七日が過ぎました。
その時、世尊はさらにこう思惟されました。「今こそ甘露の法門を開くべきだが、誰が最初に聞くのにふさわしいだろうか。アーラーラ仙人は聡明で悟りやすい。しかも彼は以前、『道を成じたら私を救ってください』と誓っていた。」そう思われた刹那、虚空から声がした。「アーラーラ仙人は昨夜、命を終えました。」
世尊はその虚空の声に答えられた。「私もまた、彼が昨夜命を終えたのを知っている。」
さらにこう思惟された。「カーラーマ仙人は利根で明らかな智慧を持つ。彼もまた最初に聞くべきだ。」すると虚空から再び声がした。「カーラーマ仙人も昨夜、命を終えました。」
世尊は再び答えられた。「私もまた、彼が昨夜命を終えたのを知っている。」
「爾時世尊,又自思惟:『彼王師大臣所遣憍陳如等五人瞻視我者,皆悉聰明,又過去世,於我發願應先聞法;我今宜當為此五人先開法門。』又自思惟:『古昔諸佛轉法輪處,皆悉在於婆羅㮈國鹿野苑中仙人住處,又此五人,所止住處,亦在於彼;我今應往至其住處,轉大法輪。』思惟是已,即從座起,詣婆羅㮈國。
その時、世尊は自らこうお考えになった。「私に仕え見守るよう、王と大臣が遣わしたアージニャータ・カウンディンニャら五人の者たちは、皆、聡明である。また、過去世において、彼らは私に対し、最初に法を聞くべきであると願いを立てていた。今、私はこの五人のために、まず法の門を開くべきである。」さらにこうお考えになった。「昔の諸仏が法の輪を転じた場所は、すべてヴァーラーナシーの鹿野苑にある仙人の住処であった。また、この五人の者たちの住むところも、そこにある。今、私はその住処に行き、大いなる法の輪を転じよう。」そうお考えになった後、ただちに座を立ち、ヴァーラーナシーへと向かわれた。
「爾時有五百商人,二人為主,一名跋陀羅斯那,二名跋陀羅梨,行過曠野。時有天神,而語之言:『有如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊,出興於世;最上福田,汝今宜應最前設供。』時彼商人,聞天語已,即答之曰:『善哉!如告。』又問天言:『世尊今者為在何許?』天又報言:『世尊不久當來至此。』於是如來,與無量諸天,前後導從,到多謂娑跋利村。時彼商人,既見如來威相莊嚴,又見諸天前後圍繞,倍生歡喜;即以蜜麨,而奉上佛。爾時世尊,心自思惟:『過去諸佛,用鉢多羅,而以盛食。』時四天王,知佛心念,各持一鉢,來至佛所,而以奉上。於是世尊,而自念言:『我今若受一王鉢者,餘王必當生於恨心。』即便普受四王之鉢,累置掌上,按令成一,使四際現。爾時世尊,即便呪願:『今所布施,欲令食者,得充氣力;當令施者,得色得力,得膽得喜;安快無病,終保年壽;諸善鬼神,恒隨守護;飯食布施,斷三毒根,將來當獲三堅法報;聰明智慧,篤信佛法;在在所生,正見不昧;現世之中,父母妻子,親戚眷屬,皆悉熾盛,無諸災怪不吉祥事;門族之中,若有命過墮惡道者,當令以今所施之福還生人天,不起邪見,增進功德;常得奉近,諸佛如來;得聞妙說,見諦得證,所願具足。』
ある時、五百人の商人がおり、そのうち二人が代表者でした。一人は跋陀羅斯那、もう一人は跋陀羅梨といいました。彼らが荒野を通っていた時、ある天人が彼らにこう告げました。「如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊がこの世に現れられました。最も優れた福田です。あなたがたは真っ先に供養を捧げなさい。」
その商人たちは天人の言葉を聞いて、「おっしゃる通りです。喜んでそうしましょう」と答えました。そして天人に尋ねました。「世尊は今どこにおられるのですか?」 天人が答えました。「世尊はもうじきここに到着されるでしょう。」
その後、如来は無数の天人たちに前後を護られながら、多謂娑跋利村に到着されました。商人たちは如来の威厳ある姿と、天人たちに囲まれているのを見て、なお一層喜び、蜂蜜を仏に捧げました。
そこで世尊は心の中でお思いになりました。「過去の諸仏は、鉢を使って食事を受け取っておられた。」すると、四天王がそのお心を察し、それぞれが鉢を持って仏のもとに来て捧げました。世尊はお考えになりました。「もし一人の王の鉢だけを受け取れば、他の王たちは恨むであろう。」そこで、四人の王の鉢すべてを受け取り、掌の上に重ねて、一つに押し固め、四方の縁が現れるようにされました。
そして世尊はこう祈願されました。「今施されたこの食べ物が、食べる者に氣力を与え、施す者には色艶と力と勇気と喜びを与え、安らかで病なく、天寿を全うさせ、善き鬼神たちが常に守護しますように。この食べ物の布施が、三毒の根を断ち、将来には三堅の法の報いを得させ、聡明で智慧あり、仏法を篤く信じ、生まれるところごとに正しい見解を持ち、曇らされることがありませんように。現在の世では父母や妻子、親戚、眷屬が皆栄え、災いや怪しい不吉なことがありませんように。一族の中でもし亡くなって悪道に落ちた者がいれば、この施しの功徳によって人間や天界に生まれ変わり、邪見を起こさず、功徳を増し進め、常に諸仏如来に近づき奉り、素晴らしい教えを聞き、真理を見て悟りを得、願いが全て叶いますように。」
「爾時世尊,呪願訖已,即便受食。食既畢竟,澡漱洗鉢即授商人三歸:一、歸依佛;二、歸依法;三、歸依將來僧;授三歸竟,因與之別,而便前行,威儀庠序,步若鵝王。路逢外道,名優波伽,既見如來相好莊嚴,諸根寂定,歎為奇特,即說偈言:
その時、世尊は祈りを終えられ、そのまま食事をお受けになった。食事が終わると、口をすすぎ、鉢を洗われ、商人たちに三帰を授けられた。第一に仏に帰依すること、第二に法に帰依すること、第三に未来の僧伽に帰依することである。三帰を授け終えられ、彼らと別れてそのまま進まれた。その威儀は整い、歩みはまるで鵞鳥の王のようであった。道中、外道のウパカに出会われた。彼は如来の相好(姿かたち)が立派で、諸根(感覚器官)が静まり整っているのを見て、その素晴らしさに感嘆し、次の偈(詩句)を詠んだ。
「『世間諸眾生, 皆為三毒縛;
諸根又輕躁, 馳蕩於外境。
而今見仁者, 諸根極寂靜;
必到解脫地, 決定無有疑。
仁者所學師, 其姓字何等?』
「世の中のあらゆる生きとし生けるものは、 みな三毒(貪り・怒り・無知)に縛られている。 また、感覚器官は落ち着きがなく、 外の世界へと焦りながらさまよっている。
ところが、今あなた様をお見かけすると、 その感覚はとても静まりかえっている。 必ずや悟りの境地に至られる方であり、 それは疑いの余地がありません。
あなた様が教えを受けた師は、 どのようなお名前の方でしょうか。」
「爾時世尊以偈答曰:
その時、世尊は偈(うた)でお答えになりました。
「『我今已超出, 一切眾生表;
微妙深遠法, 我今已具知。
三毒五欲境, 永斷無餘習;
如蓮花在水, 不染濁水泥。
自悟八正道, 無師無等侶;
以清淨智慧, 降伏大力魔。
今得成正覺, 堪為天人師;
身口意滿足, 故號為牟尼。
欲趣波羅㮈, 轉甘露法輪;
是天人魔梵, 所可不能轉。』
「私はすでに、あらゆる衆生を超えました。 微細で深遠な真理を、今、完全に悟りました。 三毒と五欲の世界を、完全に断ち切り、残る習いはありません。 蓮の花が水にあっても、濁った泥に染まらないように。 自ら八正道を悟り、師もなく、仲間もありません。 清らかな智慧によって、大いなる悪魔を打ち負かしました。 今、正しい覚りを得て、天や人の師となるにふさわしい者となりました。 身・口・意が満ち足りているので、牟尼(聖者)と名づけられます。 これから波羅奈へ赴き、甘露の法輪を転じましょう。 それは天・人・魔・梵天であっても、決して転じることのできない法輪です。」
「爾時優波伽聞此偈言,心生歡喜,歎未曾有;合掌恭敬,圍繞而去,迴顧瞻矚,不見乃止。
その時、優波伽はこの偈を聞いて心に歓喜を生じ、未だかつてないことだと嘆賞した。手を合わせて敬い、その場を巡りながら立ち去り、何度も振り返って見つめ、姿が見えなくなってようやく留まった。
「爾時世尊即復前行,次到阿闍婆羅水側,日暮止宿,而便入定。當於爾時,七日風雨。時彼水中,有大龍王,名目真隣陀,見佛入定,即以其身圍繞七匝。滿七日已,時彼龍王,化為人形,頭面禮足。而白佛言:『世尊在此七日之中,不至乃甚患風雨耶?』爾時世尊以偈答曰:
その時、世尊はさらに進み、阿闍婆羅の水辺に到りました。日が暮れたので、そこに宿り、禅定に入られました。その時、七日の間、風雨が続きました。その水中には、目真隣陀という大きな龍王がいました。龍王は、仏が禅定に入られているのを見て、自らの身体で七重に巻きつきました。七日が過ぎた時、龍王は人の姿に変わり、頭を地につけて仏の足に礼をしました。そして、仏に申し上げました。「世尊はこの七日の間、風雨にひどく悩まされませんでしたか?」その時、世尊は偈(うた)で答えられました。
「『諸天及世人, 所歡於五欲;
比我禪定樂, 不可為譬喻。』
諸天や世の人々が、五つの欲望に喜びを見出しているとしても、 私が味わう禅定の楽しさに比べれば、 それは到底たとえにもならないものだ。
「時彼龍王,聞佛此偈,歡喜踊躍,頭面禮足,還歸所止。
時、かの竜王は仏のこの偈を聞いて、喜び踊り、頭を地につけて仏の足に礼拝し、自らの住処へと帰って行きました。
「爾時世尊,即復前行,往婆羅㮈國,至憍陳如、摩訶那摩、跋波阿捨、婆闍、跋陀羅闍所止住處。時彼五人,遙見佛來,共相謂言:『沙門瞿曇,棄捨苦行,而還退受飯食之樂,無復道心。今既來此,我等不須起迎之也,亦勿作禮敬、問所須、為敷坐處,若欲坐者,自隨其意。』作此語竟,而各默然。爾時世尊,來既至已,五人不覺,各從坐起,禮拜奉迎,互為執事;或復有為持衣鉢者;或有取水供盥漱者;或復有為澡洗脚者;各違本誓,猶故稱佛,以為瞿曇。爾時世尊,語憍陳如言:『汝等共約見我不起,今者何故,違先所誓,而即驚起,為我執事。』時彼五人,聞佛此語,深生慙愧,即前白言:『瞿曇行道,得無疲惓?』爾時世尊,語五人言:『汝等云何,於無上尊,而以高情,稱喚姓耶?我心如空,於諸毀譽,無所分別;但汝憍慢,自招惡報。譬如有子,稱父母名,於世儀中,猶尚不可,況我今是一切父母。』時彼五人,又聞此語,倍生慚愧,而白佛言:『我等愚癡,無有慧識;不知今者已成正覺。所以者何?往見如來日食麻米苦行六年,而今還受飲食之樂;我以是故,謂不得道。』爾時世尊,語憍陳如言:『汝等莫以小智輕量我道成與不成。何以故?形在苦者,心則惱亂;身在樂者,情則樂著。是以苦樂,兩非道因。譬如鑽火,澆之以水,則必無有破暗之照。鑽智慧火,亦復如是。有苦樂水,慧光不生,以不生故,不能滅於生死黑障。今者若能棄捨苦樂,行於中道,心則寂定,堪能修彼八正聖道,離於生老病死之患。我已隨順中道之行,得成阿耨多羅三藐三菩提。』時彼五人,既聞如來如此之言,心大歡喜,踊躍無量,瞻仰尊顏,目不暫捨。
その時、世尊はさらに進み、婆羅㮈国にある、憍陳如、摩訶那摩、跋波阿捨、婆闍、跋陀羅闍という五人の修行者のもとへ向かわれました。彼らは遠くから仏が来られるのを見て、互いに言い合いました。「沙門ゴータマは苦行を捨て、食事の楽しみに戻り、もはや悟りを求める心はない。今ここに来ても、われわれは立ち迎える必要はない。礼拝も、挨拶も、所望を尋ねることも、座を設けることもするな。座りたければ、勝手に座らせておけ。」こう言って、彼らは黙り込みました。
しかし、世尊が実際に到着されると、五人とも知らず知らずのうちに立ち上がり、礼拝して迎え入れ、進んでお世話を始めました。ある者は衣や鉢を手に取り、ある者は水を用意して手を洗うのをお助けし、またある者は足を洗うための水を汲みました。彼らは自分たちの誓いを破りながらも、なお仏を「ゴータマ」と呼びました。
そこで世尊は憍陳如に言われました。「あなたがたは、私を見ても立ち上がらないと約束したのに、なぜその誓いを破り、驚いて立ち上がり、私に仕えるのですか。」これを聞いて五人は深く恥じ入り、進み出て言いました。「ゴータマさま、ご修行の旅でお疲れではありませんか。」
世尊は彼らに言われました。「あなたがたは、なぜ最高の尊い者に対して、傲慢な心で名字を呼ぶのですか。私の心は虚空のように、すべての毀誉褒貶に対して分別を持ちません。しかし、あなたがたの慢心は、自ら悪い報いを招くものです。たとえば、子が親の名を呼ぶことが、世の中の礼儀にかなわないように、ましてや私はすべての者の父母なのです。」
これを聞いて五人はさらに深く恥じ入り、仏に申し上げました。「私たちは愚かで、智慧がありませんでした。あなたがすでに正しい悟りを開かれたことに気づきませんでした。なぜなら、私たちはこれまで、如来が一日に粗末な麻や米だけを食べ、六年もの間苦行をされ、今は飲食の楽しみを受けているのを見て、悟りを得られなかったと思ったからです。」
そこで世尊は憍陳如に言われました。「あなたがたは、小さな智慧で私の悟りの成否を軽々しく判断してはなりません。なぜなら、苦しみに縛られた者は心が乱れ、楽しみに浸る者は情に執着するからです。ゆえに、苦しみも楽しみも、悟りへの道の原因とはなりません。たとえば、火を起こそうとして水を注げば、暗闇を照らす光は決して生まれないように、智慧の火を起こすのも同じです。苦楽という水があると、智慧の光は生まれず、その光が生まれないからこそ、生死という闇の障りを滅ぼすことができません。今、もし苦楽を捨てて中道を行くならば、心は静かに定まり、その八つの正しい聖なる道を修め、生・老・病・死の苦しみから離れることができるのです。私はすでにこの中道の行いに従い、無上正等正覚を成就しました。」
こうして五人は、如来のこの言葉を聞いて、心は大いに喜び、限りない歓喜に満たされ、尊いお顔を仰ぎ見つめて、一瞬も目を離しませんでした。
「爾時世尊,觀五人根堪任受道,而語之言:『憍陳如!汝等當知,五盛陰苦,生苦、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎會苦、所求不得苦、失榮樂苦。憍陳如!有形、無形、無足、一足、二足、四足、多足,一切眾生,無不悉有如此苦者;譬如以灰覆於火上,若遇乾草,還復燒燃。如是諸苦,由我為本;若有眾生,起微我想,還復更受如此之苦。貪欲瞋恚,及以愚癡,皆悉緣我根本而生。又此三毒,是諸苦因;猶如種子能生於芽,眾生以是輪迴三有。若滅我想及貪瞋癡,諸苦亦皆從此而斷。莫不悉由彼八正道,如人以水澆於盛火。一切眾生不知諸苦之根本者,皆悉輪迴,在於生死。憍陳如!苦應知,習當斷,滅應證,道當修。憍陳如!我以知苦,以斷習,以證滅,以修道故,得阿耨多羅三藐三菩提。是故汝今應當知苦,斷習,證滅,修道。若人不知四聖諦者,當知是人不得解脫。四聖諦者,是真是實;苦實是苦,習實是習,滅實是滅,道實是道。憍陳如!汝等解未?』憍陳如言:『解已,世尊!知已,世尊!』以於四諦得解知故,故名阿若憍陳如。
その時、世尊は五人の比丘の心が教えを受け入れるにふさわしいと見極め、彼らにこう語られた。
「カウンディニヤよ、よく聞きなさい。知るがよい、五つの執着の対象(五蘊)からなる苦しみ、すなわち、生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、死ぬ苦しみ、愛する者と別れる苦しみ、憎む者と出会う苦しみ、求めても得られない苦しみ、栄え楽しみを失う苦しみがある。
カウンディニヤよ、姿ある者も、姿なき者も、足のない者も、一足の者も、二足の者も、四足の者も、多足の者も、すべての生きとし生けるものは、この苦しみを免れない。あたかも、灰で覆われた火が、乾いた草と出会えば再び燃え上がるように。
このような諸々の苦しみは、すべて〈我〉という思いを根本として生じる。もし生きとし生けるものが、ほんのわずかでも〈我〉という思いを起こせば、再びこのような苦しみを受けることになる。
渇望(貪欲)、怒り(瞋恚)、無知(愚癡)は、すべて〈我〉という思いに基づいて生じる。さらに、これら三つの毒(三毒)こそ、すべての苦しみの原因である。それは、種が芽を生むのと同じだ。生きとし生けるものは、この三毒によって三つの生存の領域(三有)を輪廻し続ける。
もし〈我〉という思いと、貪欲・怒り・無知を滅ぼせば、諸々の苦しみもまた、それに従って断ち切られる。それはすべて、八つの正しい道(八正道)によるのである。あたかも人が水をかけて大きな火を消し止めるように。
すべての生きとし生けるものは、諸々の苦しみの根本を知らずに、皆、生と死のうちを輪廻し続けている。
カウンディニヤよ、苦しみは知られるべきものであり、苦しみの原因(集)は断たれるべきものであり、苦しみの滅び(滅)は実現されるべきものであり、苦しみの滅びに至る道(道)は修められるべきものである。
カウンディニヤよ、私は苦しみを知り、原因を断ち、滅びを実証し、道を修めたがゆえに、無上なる完全な悟り(阿耨多羅三藐三菩提)を得たのである。
それゆえ、あなたがたも今、苦しみを知り、原因を断ち、滅びを実証し、道を修めなさい。もし人がこの四つの聖なる真理(四聖諦)を知らなければ、その人は解脱を得られないと知るべきである。
この四つの聖なる真理こそ、真実であり、確かなものである。苦しみはまことに苦しみであり、原因はまことに原因であり、滅びはまことに滅びであり、道はまことに道である。
カウンディニヤよ、あなたがたは理解したか?」
カウンディニヤは答えた。「理解しました、世尊。知りました、世尊。」
このように、四つの聖なる真理について理解し、知り得たことから、彼は「阿若(あにゃく)・カウンディニヤ(最初に悟ったカウ
「當佛三轉四諦十二行法輪時,阿若憍陳如,於諸法中,遠塵離垢,得法眼淨。時虛空中,八萬那由他諸天,亦離塵垢,得法眼淨。爾時地神,見於如來,在其境界,而轉法輪,心大歡喜。高聲唱言:『如來於此,轉妙法輪。』虛空天神,既聞此言,又生踊躍,展轉唱聲,乃至阿迦膩吒天,諸天聞已,欣悅無量,高聲唱言:『如來今日於婆羅㮈國鹿野苑中仙人住處,轉大法輪。一切世間,天、人、魔、梵、沙門、婆羅門,所不能轉。』爾時大地,十八相動;天龍八部,於虛空中,作眾伎樂,天鼓自鳴;燒眾名香,散諸妙花,寶幢幡蓋,歌唄讚歎。世界之中,自然大明。阿若憍陳如,於弟子中,以始悟故,為第一弟子。時彼摩訶那摩等四人,聞佛轉法輪已,阿若憍陳如,獨悟道跡,心自念言:『世尊若更為我說法,我等亦當復悟道跡。』作此念已,瞻仰尊顏,目不暫捨。
仏陀が三転四諦の十二行相の法輪を説かれた時、阿若憍陳如は、あらゆる真理のうちから塵や垢を遠ざけ、清らかな法の眼を得ました。その時、虚空には八万那由他もの諸天もまた、塵や垢を離れ、法の眼を得ました。そして、地の神々は、如来がその領域で法輪を転じられるのを見て、心から大いに喜びました。声高に叫びました。「如来がここで、妙なる法輪を転じたもうた。」虚空の天の神々は、この言葉を聞いて、さらに喜び勇み、次々と声を伝えていきました。ついには阿迦膩吒天にまで至り、諸々の諸天はこれを聞いて限りなく歓喜し、声高に叫びました。「如来は今日、婆羅㮈国鹿野苑の仙人の住処において、大いなる法輪を転じられた。これは一切の世間、天、人、魔、梵、沙門、婆羅門が、決して転じることのできないものである。」その時、大地は十八の相を示して震動しました。天竜八部は虚空中で様々な音楽を奏で、天鼓はひとりでに鳴り響きました。多くの名香を焚き、美しい花をまき、宝の幢や幡や蓋を掲げ、歌や賛嘆の声が響きました。世界のうちは自然と大いに明るくなりました。阿若憍陳如は、弟子たちの中で最初に悟った者として、第一の弟子となりました。その時、摩訶那摩ら四人は、仏が法輪を転じられたのを聞き、阿若憍陳如だけが一人悟りの道を得たのを見て、心の中でこう考えました。「世尊がもしもさらに私たちに法を説いてくだされば、私たちもまた悟りの道を得ることができるだろう。」こう考えて、彼らは仏の尊顔を一心に見つめ、一瞬も目を離しませんでした。
「爾時世尊,知四人念,即便重為廣說四諦。于時四人,於諸法中,亦離塵垢,得法眼淨。時彼五人,見道跡已,頂禮佛足。而白佛言:『世尊!我等五人,已見道跡,已證道跡,我等今者欲於佛法出家修道,唯願世尊,慈愍聽許。』於時世尊,喚彼五人:『善來比丘!』鬚髮自落,袈裟著身,即成沙門。爾時世尊,問彼五人:『汝等比丘,知色、受、想、行、識為是常為無常耶?為是苦為非苦耶?為是空為非空耶?為有我為無我耶?』時五比丘,聞佛說是五陰法已,漏盡意解,成阿羅漢果。即便答言:『世尊!色、受、想、行、識,實是無常、苦、空、無我。』於是世間,始有六阿羅漢,佛阿羅漢,是為佛寶;四諦法輪,是為法寶;五阿羅漢,是為僧寶;如是世間三寶具足,為諸天人,第一福田。
その時、世尊は四人の思いを知り、再び四諦(四つの真理)を詳しく説かれました。すると、この四人もまた煩悩の塵を離れ、清らかな法の眼を得ました。
五人の修行者たちは真理の道を見極め、仏の御足に頭を接して礼をし、こう申し上げました。「世尊よ。私たち五人は、すでに道を明らかに見、道を実証しました。どうか今、仏の教えのもとで出家して修行したいと願います。どうか世尊、慈しみをもってお許しください。」
その時、世尊は五人の者を呼んで言われました。「よく来た、比丘たちよ。」すると彼らの髪とひげは自然に落ち、袈裟が身にまとわり、たちまち沙門(修行者)となりました。
さらに世尊は五人の比丘に問われました。「あなたがた比丘よ。色(物質)・受(感覚)・想(知覚)・行(意志)・識(認識)は、常であるか、無常であるか。苦であるか、苦ではないか。空であるか、空ではないか。我(永遠の自己)があるか、我がないか、どう思うか。」
その時、五人の比丘は、仏が説かれた五蘊(五つの構成要素)の教えを聞いて、煩悩が尽き、心が解脱し、阿羅漢(完全な悟りを得た者)の境地に達しました。そしてこう答えました。「世尊よ。色・受・想・行・識は、まことに無常、苦、空、無我であります。」
こうして、この世にはじめて六人の阿羅漢が現れました。仏である阿羅漢は仏宝(仏の宝)、四諦の法輪(真理の教え)は法宝(法の宝)、五人の阿羅漢は僧宝(僧の宝)となりました。このようにして世の中に三宝がそろい、天人のために第一の福田(功徳を育てる場)となったのです。
過去現在因果經卷第三
過去現在因果経 巻第三