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title: "成實論 · 32 過去業品"
description: "成实论由印度高僧诃梨跋摩所著，鸠摩罗什于姚秦时期译成汉文，是小乘佛教向大乘过渡的重要论典。该论以四谛为核心，系统阐述苦、集、灭、道真谛，批判说一切有部观点，主张人法二空思想。其内容涵盖五蕴分析、业报理论及修行次第，结构严谨，逻辑清晰，被视为部派佛教思想的集大成者。在中国佛教史上，成实论曾形成成实学派，对南北朝佛学发展影响深远，为三论宗等宗派提供了理论基础，是研究早期佛教哲学的重要文献。"
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### 過去業品第三十二

> 第三十二章 過去の業

論者言：迦葉鞞道人說，未受報業過去世有，餘過去無。答曰：此業若失則過去，過去若不失是則為常。失者，過去異名，則為失已復失。是業與報作因已滅，報在後生。如經中說：以是事故，是事得生。如乳滅時與酪作因，何用分別過去業耶？又若言：若然者，餘因中有過。云何無因而識得生？如無乳時何得有酪？若無四大，身口等業何依而有？如是等我先說過去有過。彼應答此。

> 論者が言うには、迦葉鞞道人（かしょうびどうにん）は説く、「まだ報いを受けていない業は過去世に存在し、それ以外の過去は存在しない」と。答えていわく、「この業がもし失われるならば、それは過去である。もし過去になって失われないならば、それは永遠となってしまう。失われるということは、過去の別名であり、すでに失われた後に再び失われることになる。この業は報いと因を作り終えてすでに滅したが、報いは後に生じる。例えば経典の中で説くところによれば、『この事があるがゆえに、この事が生じる』と。乳が滅する時に酪と因を作るようなものである。どうして過去の業を分別する必要があろうか？ また、もし言うならば、『もしそうであるならば、他の因の中に過失がある。どうして因なくして識が生じることがあろうか？ 乳がなければどうして酪がありえようか？ 四大（地・水・火・風）がなければ、身・口・意の業は何によって存在するのか？』と。このように、私は先に『過去には過失がある』と述べた。彼はこれに答えるべきである。」