七不善律儀品第一百一十一
七不善律儀品 第百十一
七不善律儀,謂殺、盜、邪婬、兩舌、惡口、妄言、綺語。若人於此七事,若具足若不具足,皆名不善律儀人。
七つの不善律儀とは、殺生、盗み、邪淫、両舌、悪口、妄言、綺語をいいます。人がこれらの七つの事について、完全に行っても完全でなくても、いずれも不善律儀の人と呼ばれます。
問曰:何者成就不善律儀?答曰:成就殺不善律儀,謂屠殺等。成就盜者,謂劫賊等。成就邪婬,謂非道行婬及婬女等。成就妄語,謂歌舞伎兒等。成就兩舌,謂喜讒謗及讀誦讒書、遘合國事等。成就惡口,謂獄卒等,亦以惡口自活命等。成就綺語,謂合集言辭令人笑等。有人言,諸王宰將治王事者,常成就此不善律儀。是事不然。所以者何?若人作罪相續不息,是名成就不善律儀,王等不爾。
問い:どのような者が不善律儀を成就するのでしょうか。
答え:殺生の不善律儀を成就する者とは、屠殺などを業とする者です。盗みを成就する者とは、劫賊などです。邪婬を成就する者とは、非道に行婬する者や淫女などです。妄語を成就する者とは、歌舞伎の芸人などです。両舌を成就する者とは、讒謗を好む者や讒言の書を読誦する者、国事に取り次いで仲介する者などです。悪口を成就する者とは、獄卒などであり、また悪口によって自らの命を養う者などです。綺語を成就する者とは、言葉を集め合わせて人を笑わせる者などです。
ある説によれば、諸王や宰将など王の政事を司る者は、常にこの不善律儀を成就しているといいます。しかし、その道理は正しくありません。なぜでしょうか。人が罪を作し続けて絶えないならば、これを不善律儀を成就した者と名づけますが、王などはそうではないからです。
問曰:云何得此不善律儀?答曰:隨行惡業時得。
問い:どのようにしてこの不善律儀を得るのでしょうか。答え:悪業を行じる時に得るのです。
問曰:為從所殺眾生得此律儀、為從一切眾生得耶?答曰:從一切眾生得。如人持戒,於一切眾生得善律儀,不善律儀亦如是。若隨殺眾生,得二種無作:一殺罪所攝、二不善律儀所攝,於餘眾生得不善律儀所攝。
問い:殺された衆生からこの律儀を得るのでしょうか、それとも一切の衆生から得るのでしょうか。答え:一切の衆生から得ます。人が持戒するとき、一切の衆生に対して善律儀を得るのと同じように、不善律儀もまたそのとおりです。もし殺した衆生に随って二種の無作を得るならば、一つは殺罪に属するもの、二つは不善律儀に属するものであり、その他の衆生に対しては不善律儀に属するものを得ます。
問曰:是不善律儀幾時成就?答曰:乃至未得捨心則常成就。
問:不善の律儀はいつ成就するのでしょうか。答:捨てる心を得るまでは、常に成就しています。
問曰:若人從下軟心得不善律儀,若貪等心得,是人常如是成就,為更得耶?答曰:隨心隨煩惱因緣更得。此不善律儀念念常得,於一切眾生得起七種,是七種有上中下故有二十一種,如是念念常於一切眾生邊得。
問い:人が下劣で軟弱な心から不善の律儀を得た場合、あるいは貪などの心によって得た場合、その人は常にそのように成就しているのでしょうか、それともさらに得るのでしょうか。答え:心に随い、煩悩の因縁に随って、さらに得ます。この不善の律儀は念々に常に得られ、すべての衆生に対して七種を起こすことができます。この七種には上・中・下があるため、二十一種となります。このように念々に常にすべての衆生に対して得るのです。
問曰:是不善律儀云何得捨?答曰:隨受善律儀時捨,死時亦捨。又發深心從今日更不復作,爾時亦捨。有論師言,轉根時捨。是事不然。所以者何?不能男等亦得成就。比尼中亦說,若比丘轉根不失律儀。當知不以轉根故捨。
問:この不善の律儀はどのようにして捨てられるのでしょうか。答:善の律儀を受けるときに捨てられ、死ぬときにも捨てられます。また、深い決意を起こして「今日からはもう二度と行わない」と誓ったとき、そのときにも捨てられます。ある論師は「性根が転じるときに捨てられる」と言います。しかし、この説は正しくありません。なぜでしょうか。不能男などもこの律儀を成就することができるからです。ビナヤの中にも、もし比丘が性根を転じても律儀を失わない、と説かれています。したがって、性根が転じたからといって捨てられるのではないと知るべきです。
問曰:五道中何道眾生成就不善律儀?答曰:但人成就,不在餘道。有人言,師子虎狼等常以惡業活命,亦應成就。
問:五道のうち、どの道の衆生が不善律儀を成就するのでしょうか。答:ただ人だけが成就し、他の道にはありません。ある人は言います、獅子や虎狼などは常に悪業によって命をつないでいるので、これらも成就するはずだ、と。