觀緣門第三
(観縁門 第三)
復次,諸法緣不成。何以故?
次に、諸法は縁によって成り立つものではありません。なぜでしょうか。
廣略眾緣法, 是中無有果;
緣中若無果, 云何從緣生?
多くの条件が集まっても、そこに結果はありません。 条件の中に結果がないのなら、どうして条件から結果が生まれるでしょうか。
瓶等果,一一緣中無,和合中亦無,若二門中無,云何言從緣生?
瓶などの結果は、それぞれの条件の中にはなく、条件が集まった中にもありません。この二つの見方のどちらにもないのなら、どうして条件から生じたと言えるでしょうか。
問曰:「云何名為諸緣?」
質問します。「どのようなものを、もろもろの縁と呼ぶのですか?」
答曰:
お答えしますと、
「四緣生諸法, 更無第五緣,
因緣次第緣, 緣緣增上緣。」
四つの縁が諸法を生み、 第五の縁はありません。 因縁と次第縁、 縁縁と増上縁です。
四緣者:因緣、次第緣、緣緣、增上緣。因緣者,隨所從生法,若已從生、今從生、當從生,是法名因緣。次第緣者,前法已滅次第生,是名次第緣。緣緣者,隨所念法,若起身業、若起口業、若起心心數法,是名緣緣。增上緣者,以有此法故彼法得生,此法於彼法為增上緣。如是四緣,皆因中無果。若因中有果者,應離諸緣而有果,而實離緣無果。若緣中有果者,應離因而有果,而實離因無果。若於緣及因有果者,應可得,以理推求而不可得,是故二處俱無。如是一一中無、和合中亦無,云何得言果從緣生?
四つの縁とは、因縁、次第縁、縁縁、増上縁です。
因縁とは、それに従って生じる法について、すでに生じたもの、今生じているもの、これから生じるものを、因縁と呼びます。
次第縁とは、前の法がすでに滅して、次々に生じることを、次第縁と呼びます。
縁縁とは、念じる法に従って、身業を起こし、口業を起こし、あるいは心と心の働きを起こすことを、縁縁と呼びます。
増上縁とは、この法があるためにかの法が生じることができるとき、この法はかの法にとって増上縁となります。
このように四つの縁は、いずれも因の中に果があるのではありません。もし因の中に果があるならば、縁から離れても果があるはずですが、実際には縁から離れて果はありません。もし縁の中に果があるならば、因から離れても果があるはずですが、実際には因から離れて果はありません。もし縁と因の中に果があるならば、見出せるはずですが、道理によって推し求めるに見出すことができません。それゆえ、どちらの側にも果はないのです。このように、一つ一つのうちにもなく、合わせた中にもありません。どうして「果は縁から生じる」と言うことができるでしょうか。
復次:
さらに、
若果緣中無, 而從緣中出,
是果何不從, 非緣中而出?
もし結果が原因の中にないのに、 原因から生じるのなら、 なぜその結果は、 原因でないものから生じないのか。
若謂果,緣中無而從緣生者,何故不從非緣生?二俱無故。是故無有因緣能生果者。
もし結果が、条件の中に存在しないのに条件から生じると言うなら、なぜ条件ではないものから生じないのか。どちらにも存在しないからである。したがって、結果を生み出すことのできる因縁は存在しない。
果不生故,緣亦不生。何以故?以先緣後果故。緣果無故,一切有為法空;有為法空故,無為法亦空;有為、無為空故,云何有我耶?
果が生じないから、縁もまた生じない。なぜか。先に縁があり、後に果があるからである。縁も果もないから、一切の有為法は空である。有為法が空であるから、無為法もまた空である。有為も無為も空であるから、どうして我があるだろうか。