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国清百録 (國清百錄)


國清百錄序

国清百録 序

隋沙門灌頂撰
先師以陳太建七年歲次乙未。初隱天台。所止之峰舊名佛隴。詢訪土人云。遊其山者多見佛像。故相傳因而成稱。至太建十年歲在戊戌。降陳宣帝勅名修禪寺。吏部尚書毛喜題篆牓送安寺門。到太隋開皇十八年其歲戊午。太尉晉王於山下。為先師創寺。因山為稱是曰天台。王登尊極。以大業元年龍集乙丑。勅江陽名僧云。昔為智者創寺。權因山稱。今須立名。經論之內有何勝目。可各述所懷。朕自詳擇。諸僧表兩名。一云禪門。一云五淨居。其表未奏。而僧使智璪啟國清之瑞。勅云此是我先師之靈瑞。即用即用。勅取江都宮大牙殿牓。填以雌黃。書以大篆。遣兼內史通事舍人盧政力送安寺門。國清之稱從而為始。先師神光而生。結跏而滅。處證妙法。出作帝師。備是渚宮法論會稽智果國清灌頂等三傳所載。又沙門智寂。編集先師遣迎信命。搜訪未周而智寂身故。筆墨之功與氣俱棄。余覽其草本。續更撰次諸經方法等。合得一百條。呼為國清百錄。貽示後昆。知盛德之在茲。

國清百錄序

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