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title: "釋氏要覽 · 志學"
description: "释氏要览由北宋高僧道诚于天禧年间编集。本书诞生于佛教深入中国社会各层面的宋代旨在为僧侣及在家居士提供一部实用的佛教知识百科。全书分三卷二十四门系统梳理了佛教术语制度仪轨修行方法及日常规范等内容。其内容简明扼要语言通俗被誉为宋代佛教入门经典之作对了解汉传佛教的制度文化与日常生活具有极高的史料价值是研究中国佛教史的重要基础文献。"
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### 志學

> 志学

學

> 学ぶこと。

効也。白虎通云。學覺也。覺悟所不知也○中論云。昔之君子成德立身。身沒而名不朽。其故何也。學也。學者。所以疏神達思。怡情治性。聖人之上務也。學猶飾也。器不飾。則無以為美觀。人不學。則無以有懿德。志者。學之師也。學者。患志之不立故。篇目志學焉○僧史略云。夫學不厭博。有所不知。蓋闕如也。此土高僧。能攝異宗者。率由博學之故也。

> 効（効きめ）です。『白虎通』にこうあります。「学ぶとは、目覚めることである。まだ知らなかったことに目覚めるのである。」 『中論』にはこうあります。「昔の立派な人物は、徳を完成させ、身を立てた。その体は滅びても、名は朽ちることがない。その理由は何か。学びである。学びとは、心を開き、考えを深くし、楽しみを与え、心を整えるものである。聖人にとっても、最上の務めである。学びは、ちょうど飾りのようなものである。器に飾りがなければ、美しく見えない。人が学ばなければ、優れた徳を持つことはできない。志とは、学びの師である。学び手が心配すべきは、志が立っていないことである。だから、この篇の題目を『志学』としたのである。」 『僧史略』にはこうあります。「学問は広くないことを厭うものである。知らないことがあれば、それは欠けているというべきである。この国（中国）の高僧で、異なる宗派を受け入れられた方は、みな広く学んだからである。」

二學

> 二つの学び

毘奈耶云。佛說有二種學業。一讀誦。二禪思○鈔云。五夏已前。依人受學。律藏五夏已後。應學無人我法。

> 『毘奈耶（びなや）』にはこうあります。仏さまは二つの学びの道を説かれました。一つは読誦（どくじゅ）、もう一つは禅思（ぜんし）です。 『鈔（しょう）』にはこうあります。 五年目の夏（安居）が終わるまでは、先生について律蔵を学びなさい。それ以降は、人や我（が）に執着しない教えを学ぶべきです。

三學

> 三つの学び（戒・定・慧）

僧祇律云。學有三種。一增上戒學。二增上定學。三增上慧學又學經律論為三學。

> 『僧祇律』にはこうあります。学びには三つの種類がある。第一に戒を高める学び、第二に定（心を集中する）を高める学び、第三に慧（知恵）を高める学びである<note>また、経・律・論を学ぶことも三学という</note>。

開外學

> 外部の学問を学ぶこと。

毘奈耶云。因舍利子。降伏撥無後世外道。佛聽比丘學外論。仍須是明慧強記者。方可於一日分三時。初中二分。讀誦佛經。至晚讀外書。是故祇垣中有書院。其中置大千界不同文書。佛許比丘遍讀。為降外道故。不許依其見解。地持論云。若聰明上智。能速受學者。於日月中。常以二分學佛法。一分學外典。

> 『毘奈耶』にはこう説かれている。舎利子の働きにより、来世を否定する外道を調伏するため、仏は比丘が外道の書物を学ぶことを許された。ただし、それは智慧が明らかで記憶力に優れた者に限られた。一日を三つの時間に分け、初めの二つの時間は仏経を読誦し、夕方になってから外書を読むことが許されたのである。そのため、祇園精舎の中には書院が設けられ、そこには大千世界の様々な文書が置かれていた。仏は比丘がこれらの書物を広く読むことを許したが、それは外道を降伏させるためであり、彼らの見解に従うことは許さなかった。 『地持論』にはこう説かれている。「もし聰明で高い智慧を持ち、速やかに学ぶことができる者であれば、一日のうち常に二分を仏法の学習に充て、一分を外典の学習に充てるべきである。」

學書

> 文字を学ぶことは

五分律云。比丘差次不知書記佛聽學書。不得為好而廢道業魏韋誕字仲將。誡子孫曰。書但記姓名而已。

> 五分律にこうある。比丘が書き順を覚えられず、文字も記せなかったので、仏は書を学ぶことを許可された。ただし、ただ上手く書こうとして修行の務めを怠ってはならない<note>魏の韋誕（いだん）、字は仲将（ちゅうしょう）は、子孫に戒めて言った。「書はただ姓名を記すだけにせよ」と</note>。

二智

> 二つの智慧

般若經云。禪學。謂開智。講學謂之演智。

> 般若経に説かれています。禅の学びは智慧を開くことであり、講義の学びは智慧を説き明かすことであると。

視肉

> 「肉を見ること」

法苑云。莊子曰。人而不學。謂之視肉。學而不行。謂之撮囊。

> 法苑にこう説かれている。荘子が言うには、「人は学ばなければ、ただの肉の塊と見なされる。学んでも実践しなければ、それは袋をひっくり返しているようなものだ」と。

府庫

齊高僧僧範。善解群書。號府庫。

> 斉の高僧・僧範は、様々な書物に精通しており、「蔵書の府」と称されていました。

智囊

吳支謙。字恭明。號智囊。高僧傳云。祇洹寺三千僧。皆號奘法師。為智囊。

> 智囊（ちのう）と称された呉の支謙（しけん）は、字を恭明（きょうめい）といいます。高僧伝にはこう記されています。「祇園精舎（ぎおんしょうじゃ）に住む三千人の僧たちは、みな三蔵法師を智囊と呼んだ」と。

義龍

陳高僧惠榮。講學縱橫。號義龍。

> 陳の高僧、恵栄という者がおりました。学問の講義は縦横無尽で、「義（道理）の龍」と称されていました。

義虎

高僧道光。在江東研窮義理號義虎。

律虎

隋高僧法願。大明律藏。詞辯高亮。彭亨難敵。號律虎。

僧英

高僧智琰。與安法師及遍知三藏結交。惠解相敵。號三英才兼百人曰英。

僧傑

高僧僧慧。與暢法師。長講三藏號二傑○隋高僧敬脫。號僧傑才兼萬人曰傑。

彌天釋

道安。法師在囊陽因習鑿齒來謁云。四海習鑿。齒答云彌天釋道安。

釋門千里駒

長安。常辯。二法師為上京之法匠。嗟賞奘法師曰。汝可謂釋門千里駒也。

義天

婆沙論云。能解諸法義。見一切法空義。名義天。

學海

高僧曇顯。山東江表。號為學海。

經笥法將

並五印度學人。稱奘法師。

釋門瑚璉

隋虎丘惠聚法師。汝南周弘正常嘉歎也。

慧苑琳瑯

隋高僧志念。有學名當時號也。

寫瓶傳器

經云。阿難領受佛法。如瀉瓶水。傳之別器。更無遺餘。瓶器雖殊。水則無別。

傳燈

肇云自行化彼。則功德彌增。法光不絕。亦名無盡燈。

投針

西域記云。西天十五祖迦那提婆。初謁龍猛菩薩本滿猛以金盛水令弟子持示之。提婆見默以針投之。弟子持返。猛問彼何辭乎。答默但投針。猛曰智矣。若人也。宜速命入於斯際會。

三絕

高僧法安。身長八尺有三絕。一風儀挺特。二解義窮深。三精進潔己。

四絕

高僧洪偃。博學內外。凡所著述。皆封入祕閣。時號四絕。一貌。二義。三詩。四書。

五備

羅什答遠法師書云。夫財有五備。謂福。戒。博聞。辯才。深智。兼之道隆。未具者凝滯。仁者備之或聖化物之資用。故名財也。

八備

隋彥琮。法師云。夫預翻譯有八備。十條。一誠心受法。志在益人。二將踐勝場。先牢戒足。三文詮三藏。義貫五乘。四傍涉文史。工綴典詞。不過魯拙。五㦗怉平恕。器量虛融。不好專執。沈於道術。淡於名利。不欲高衒。六要識梵言。七不墜彼學。八博閱蒼雅粗諳篆隷不昧此文。十條者。一句韻。二問答。三名義。四經論。五歌頌。六呪功。七品題。八專業。九字部。十字聲。

因人顯名

晉吉友。法師永嘉中到江左。丞相王導一見奇之。以為吾之徒也。因此名顯。

紙貴如玉

高僧無垢眼。又云青眼律師。初譯出十誦律。京師僧尼競寫。諺云。都人繕寫。紙貴如玉。

摽領

僧叡。年二十二。博解經論禪觀。能講說。司徒姚崇重之。時姚興猶未識。問崇曰叡。也如何崇曰可謂鄴衛松柏。及興相見語論。觀之才器。興曰乃是四海摽領。

領神

高僧慧約。學窮內外。何尚之所重。竟陵文宣王。出鎮禹穴時。有名僧在座。約年夏未隆。王見斂躬盡禮。眾不悅。王曰。此上人方為釋門領神。

八達

高僧支學龍。博通內外。阮膽等名士。並為知己。呼為八達。

八能

高僧真觀。有八能謂義。導。書。詩。辯。貌。聲。棊。

辯鼎

道安號彌天釋。學贍內外。符堅於藍田獲一大鼎。邊有篆字。朝廷人不識乃問於安。安曰魯襄公所鑄。堅勅三館有疑。皆問安師。

擔筆

高僧敬脫游學時擔一笔長三如臂有人乞書大小字隨笔而成。曾無修飾。觀者無厭。

談諧上首

支遁。字道林。晉哀帝請住東安寺。郄超。孫綽。等一代名士。皆為塵外之交。日造其室。皆推遁談諧為上首。

義解名知

高僧法開。以義解知名天下。與謝安王文度等。為文學之友。孫綽曰。深通內外。才華贍逸。其在開乎。

寒松

惠隆。學窮義理。宋代名賢多為交友。而節操容貌。有若寒松。時周顆。謂曰隆法師蕭散森疎。若霜下松竹。

碧雲

慧休。姓湯。工於風雅。甞吟詩曰。日暮碧雲合。佳人殊未來文選中沙門詩惟休一也。

立雪

此土第二祖本名神光。更名惠可。初參達磨立在雪中。

撒被

高僧惠韶。學於綽公。獨貧于眾。撒被寫論。忍寒聽講。大曉文義。

擁塵

道超。苦學。獨居一室。以儒釋經典環座。手不釋卷。任塵擁室。時中書吳群問曰。虫鳴塵擁。安得無忤。超曰䖝聲足代蕭管。塵土滿室未暇掃也。

擬書

高僧法雅。善內外學。多俗士咨稟。以經義難解雅。將比擬外書為生解之。例謂之挌義。

德香

增一經云。有妙香三種。謂多聞香戒香。施香。此三香逆風順風無不聞之最勝無等。

道風

寶林傳云。祖師難提至摩提國一日有風西來。占曰此道風也。必有道人至。果得伽耶舍多至。

變薤

法苑云。弘始三年。姚興園中植葱。一日皆變為薤。占之。合有智人至果得羅什法師來。

學者二患

肇法師云。雖解深義。未為心用。尊己慢人。不能誨益此學者之外患也。因其所解。而取相分別。雖曰為解。未合真解。此學者之內患也。

無錢決貨

法苑云論衡曰。手中無錢之市決貨。貨主必不與也。夫胸中無學。亦猶手中無錢也。

炳燭

說苑云。晉平公問師曠曰。吾年七十欲學恐已暮矣。對曰暮何不炳燭乎。臣聞。少而學者如日出之陽。壯而學者。如日中之光。老而學者。如炳燭之明。孰與昧行乎。平公曰善哉。

誡

法苑云。今有淺學之人。自謂智出於眾。起大憍慢。放誕形容。𣣋滅一切。籠罩天地。箕踞於師長之前。叱吒於尊者之側。道本和合。恭順為僧。既心貌乖返。豈成寶也。慎之哉。

## 釋氏要覽卷中

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