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title: "圓悟佛果禪師語錄 · 小參二"
description: "圓悟佛果禪師語錄由宋代僧人紹隆等人編撰，收錄了臨濟宗高僧圓悟克勤禪師的語錄、法語、書信及詩偈等。該書成書於南宋初期，系統闡釋了禪宗心性論、頓悟思想及修行方法，並包含其著名評唱作品碧巖錄的核心觀點。作為禪宗史上極具影響力的語錄集，它不僅是研究宋代臨濟宗思想的重要文獻，更是後世參禪者指導心性的權威典籍，對中日韓禪宗發展均有深遠影響。"
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## 圓悟佛果禪師語錄卷第九

> 圓悟佛果禅師語録 巻第九

宋平江府虎丘山門人紹隆等編

> 宋平江府虎丘山門人紹隆等編

### 小參二

> 小参二

夾山寺入院小參。師云。收光攝彩信天真。事事圓成物物新。內既無心外無相。更於何處覓通津。還有透得趙州關底麼。試出眾相。見問承師有言逶得趙州關。如何是夾山關。師云。退身三百步。進云。恁麼則九天雲靜鶴飛高。師云。豈干闍黎事。進云。共相證據也何妨。師云。持聾作啞。師乃云。牛頭沒馬頭回。全彰照用。金烏急玉兔速。略露權衡。透得過底。似虎靠山如龍得水。透不過底。聞恁麼道。似鴨聽雷鳴。蓋未諳悉元由一向情存知解。山僧今夜向作家面前。不惜眉毛放行去也。但能上無攀仰下絕己躬。外不見大地山河內不立聞見覺知。直下擺脫情識一念不生。證本地風光。見本來面目。然後山是山水是水。僧是僧俗是俗。雖然莫錯認定盤星。更須知有解黏去縛向上機關始得。且道作麼生是向上事。鵰弓已掛狼煙息。萬里歌謠賀太平。

> 夾山寺に入院する際の小参にて、師が言われた。「光を収め、彩りを摂めて、天真のままに任せる。事事に円成し、物物に新たなり。内にすでに心なく、外に相なし。さらに何の処にか通津を求めるや。まだ趙州の関を透り得る者があるか。試しに衆の前に出て来なさい。」その時、ある僧が問うた。「師が『趙州の関を透り得る』と言われるのを承りましたが、如何なるものが夾山の関でございましょうか。」師が言われた。「身を退くこと三百歩。」僧が進み出て言った。「それでは九天雲静かにして鶴高く飛ぶ、ということでございますか。」師が言われた。「それがどうして闍黎の関わることであろうか。」僧が進み出て言った。「共に証拠するのも、また妨げないでありましょう。」師が言われた。「聾を恃み、唖を装うのか。」師はそこで言われた。「牛頭は没し、馬頭は還る。照用が全く顕れる。金烏は急ぎ、玉兎は速い。権衡がわずかに露わになる。透り得る者は、虎が山に靠るが如く、龍が水を得るが如し。透り得ざる者は、このように言うのを聞いて、鴨が雷鳴を聞くが如し。それは未だ元由を悉くせず、一向に情に存じて知解とするからである。山僧は今夜、作家の面前において、眉毛を惜しまず放行して行くことにしよう。ただ、上には攀仰なく、下には己が躬を絶ち、外には大地山河を見ず、内には聞見覚知を立せず。直下に情識を擺脱し、一念も生ぜしめずして、本地の風光を証し、本来の面目を見ることを得ば、それから山は山、水は水、僧は僧、俗は俗である。しかしながら、定盤星と錯認してはならない。さらに解黏去縛の向上の機関があることを知らねばならない。且く道え、作麼生か是れ向上の事。雕弓はすでに掛けられ、狼煙の煙は息み、万里に歌謡して太平を賀す。

結夏小參。師云。大眾。見成公案觸處圓成。雖然老病躘鐘。尚可門旗展陣。還有匹馬單鎗久戰沙場底麼。出來相共證據。僧問。九旬禁足三月護生。只如華猫取斷南泉分身兩段。斑蛇適會赤眼就地一鋤。未審是持是犯。師云。破戒也不知。進云。大用不拘今古楷模。師云。依舊分身兩段。進云。若然者。玉筯撑開虎眼睛。金鞭擊斷那吒臂。師云。爾向什麼處見南泉歸宗。進云。只在目前。師云。重言不當吃。問西天以蠟人為驗。未審此間以何為驗。師云。以眉毛為驗。進云。還許學人出得麼。師云。更眨上看。進云。只恐覷不著。師云。短底短長底長。有什麼覷不著。師乃云。全提單拈斬釘截鐵。呵佛罵祖大用大機。猶未稱衲僧本分事。何況立問立答立賓立主。涉語涉言說玄說妙。無事生事平地上起波瀾。雖然如是。事無一向理出多途。雖然看風使帆。不免相席打令。豈不見古人道。欲識佛性義。當觀時節因緣。時節若至其理自彰。只如今夜與明朝。乃是二千年前釋迦老子立起模範。九旬禁足三月護生時節。天下叢林悉皆依稟。既是此箇時節到來。還有識得此理底麼。若識得此理去。隨處作主遇緣即宗。二六時中無內無外無得無失。全體恁麼。亦無生可護。亦無蠟人可持。其或未然。應憐鵝護雪。直使蠟人氷。師復云。大眾釋迦老子道。以大圓覺為我伽藍。身心安居平等性智。諸人既欲安居。還識得平等性智麼。若識得去。人人具足箇箇圓成。乃至動靜施為悉皆在大伽藍中。與他諸聖把手共。行與他諸聖同作佛。事且作麼生識得。去三條椽下七尺單。前各宜照管久立。

> 夏の安居の結制に際し、老師が示された。「皆の者、目前に現成の公案があり、触れるところすべてが円満に成就しておる。老いて病み、足取りもおぼつかないが、なお軍門に旗を掲げて陣を張ることはできよう。さて、一騎打ちで長年戦場を駆け抜けた者はいないか。出てきて共に証拠を示そうではないか。」 僧が問うた。「九十日の禁足、三月の護生。ただ、華猫が南泉を断ち、分身して両段となる。斑蛇が赤眼に遇い、その場で一鋤する。これは持戒か犯戒か、いかがでしょうか。」 老師が言われた。「破戒とも知らぬか。」 僧が尋ねた。「大用は古今の楷模に拘束されません。」 老師が言われた。「やはり分身して両段となる。」 僧が言った。「もしそうならば、玉の箸で虎の眼を撐き開け、金の鞭で那吒の臂を撃ち断つ。」 老師が言われた。「お前はどこで南泉と帰宗を見たのか。」 僧が言った。「ただ目前にあります。」 老師が言われた。「重ねて言うのは、食べるに足らぬ。」 また問うた。「西天では蠟人をもって証明としますが、この間では何をもって証明としますか。」 老師が言われた。「眉毛をもって証明とする。」 僧が言った。「学人、それから出ることを許されますか。」 老師が言われた。「さらにまばたきの上を見よ。」 僧が言った。「ただ見えぬことを恐れます。」 老師が言われた。「短きは短く、長きは長し。何か見えぬことがあろうか。」 老師はさらに言われた。「全体を挙げ、単に拈ずることは、斬釘截鉄の如く、仏を呵し祖を罵る大機大用である。それでもなお衲僧の本分事とは言えない。ましてや問いを立て、答えを立て、賓を立て、主を立て、語に涉り言に涉り、玄を説き妙を説くことはなおさらである。事もないのに事を起こし、平らな地に波風を立てるようなものだ。 しかしながら、事は一通りではなく、理は多くの道に及ぶ。風を見て帆を操るといっても、席に応じて打ち興ずることを免れない。古人が言ったではないか。「仏性の義理を知らんと欲せば、まさに時節の因縁を観ずべし。時節もし至らば、その理おのずから彰らかなり」と。 今この夜と明朝は、二千年前に釈迦老子が立てた模範である。九旬の禁足、三月の護生の時節、天下の叢林がことごとく依って遵うところである。この時節が到来した今、この理を識る者はいるか。もしこの理を識ることができれば、どこにいても主となり、縁に遇えば即ち宗旨となる。二六時中、内もなく外もなく、得もなく失もない。全体がそのままである。護るべき生もなく、持すべき蠟人もない。 もしそうでなければ、鵝が雪を護るを憐れみ、ついに蠟人を氷とせよ。」 老師はまた言われた。「皆の者、釈迦老子は言われた。『大円覚をもって我が伽藍と為し、身心を安居して平等性智に住す』と。諸君は安居を欲するならば、平等性智を識るか。もし識ることができれば、人々みな具足し、個々円成する。動静、施為、すべて大伽藍の中にある。諸聖と手を携えて共に行じ、諸聖と共に仏事を作す。さて、どうすれば識ることができるのか。三条の椽の下、七尺の単の前、各々よく省みよ。長く立っていた。」

結制小參。僧問。護生須是殺。殺盡始安居。未審殺箇什麼。師云。大有人疑著。進云。學人到這裏直得步步絕行蹤時如何。師云。未有金剛王寶劍在。進云。斬釘截鐵本分宗師。眹兆未分請師速道。師云。咭嘹舌頭三千里。進云。恩深轉無語。懷抱自分明。師云。且莫詐明頭。問一大藏教是拭不淨紙。只如德山為什麼擔疏鈔行脚。師云。放下著。進云。周金剛被婆子一問。直得亡鋒結舌又作麼生。師云。腦後拔箭。師乃云。絕彼我混虛空。透聲色無面目。終日喫飯。不曾嚼一粒米。終日著衣。未嘗掛一縷絲。總虛空華藏剎海。列向下風過現未來。諸聖倒退千里。舉一步越不可說世界。向香水海那邊。猶有去處。拈一塵混一切無量無數十方上下。一切諸佛祖師七穿八穴。猶有餘地。且道此人向什麼處安居。向什麼處禁足。若知此人落處。始知本地風光。始見本來面目。便能攝順逆於一塵中。規行矩步。現威儀於一念頃。不越常程。至於以大圓覺為我伽藍。猶是小段在。若能恁麼見恁麼用。恁麼信恁麼透。管取無邊剎海。自他不隔於毫端。十世古今始終不移於當念。九旬禁足三月護生。於一念一步一塵一芥中。見成受用。且道。此人畢竟在什麼處。還委悉麼。披蓑側立千峯外。引水澆蔬五老前。

> 結制の小参。僧が問う。「護生というものは必ず殺である。殺し尽くして初めて安居できるという。はたして何を殺すのか。」師、云く。「多くの人がまさに疑念を抱いている。」僧、進んで云う。「学人はここに至って、歩歩に足跡を絶つ時をどうするのでしょうか。」師、云く。「いまだ金剛王の宝剣を有していない。」僧、進んで云う。「釘を断ち鉄を截つ、本分の宗師である。朕兆いまだ分かれぬうちに、どうか師は速やかに道を説いてください。」師、云く。「片腹の舌、三千里。」僧、進んで云う。「恩は深きゆえ言葉もなく、心の内は自ずから明らかでございます。」師、云く。「妄りに明頭を欺くことなかれ。」問う。「一大蔵教は不浄の紙を拭うに過ぎない。ただ、徳山がなぜ疏鈔を担いで行脚したのか。」師、云く。「放下せよ。」僧、進んで云う。「周金剛は老婆の一言によって、なんと鋒を失い言葉を失った。また、どうするのでしょうか。」師、云く。「脳後の箭を抜く。」師、まさに云く。「彼我を絶し、虚空に混ず。声色を透り、面目なし。終日飯を喰えども、一粒の米も嚼まず。終日衣を著れども、一縷の糸をも掛けず。総じて虚空華蔵剎海を、下風に向かって列し、過現未来の諸聖は、千里も退く。一歩を挙ぐれば、言葉を絶した世界を越え、香水海の彼方へ行くも、なお行き先がある。一塵を拈ずれば、一切の無量無数の十方上下、すべての諸仏祖師は、七穴八穴に穿たるも、なお余地がある。さて、この人はどこに安居し、どこに禁足するのか。もしこの人の落処を知れば、始めて本地の風光を知り、始めて本来の面目を見る。すなわち能く順逆を一塵の中に摂し、規行矩歩し、一念の頃に威儀を現ずるも、常の軌程を越えず。大円覚を以て我が伽藍となすも、なお小段である。もし能くこのように見、このように用い、このように信じ、このように透れば、管取して無辺の剎海は、自他毫端を隔てず、十世の古今は始終当念に移らず、九旬の禁足、三月の護生も、一念・一歩・一塵・一芥の中に、現成受用する。さて、この人は畢竟どこにいるのか。まさか委悉せんや。蓑を披き側立す千峰の外、水を引きて蔬を浇す五老の前。

解制小參。師云。收因結果慎末護初。一段因緣此時周備。聖賢窠窟生死根株。一鎚擊碎一刀截斷。若是通方作者。舉著知歸。後進初機。如何湊泊。秖如生佛未分。空劫已前威音王那邊。還有結制解制也無。雖然到這裏。直饒千聖出頭來。也須目瞪口呿。那邊即且致。只如今燈燭交光坐立儼然。高者是天厚者是地。山是山水是水。有是有無是無。長是長短是短。正當恁麼時。與威音王己前空劫那畔。是同是別。若向箇裏倜儻分明。目前無法。胸中無心。上不見諸聖下。不見凡夫。外不見一切境界。內不見眼耳鼻舌身意。便能通同一切。說什麼結制解制。一鎚擊碎聖賢窠窟。一刀截斷生死根株。設使臨濟德山文殊普賢。乃至無量無邊具大解脫有大威神。無數河沙浩浩地來。不消一揑。且憑箇什麼。若不藍田射石虎。幾乎誤殺李將軍。

> 解制小参。師が言われた。「因を収め果を結び、末を慎しみ初めを護る。一つの因縁、この時に周く備わる。聖賢の巣窟、生死の根株。一鎚に撃ち砕き、一刀に截ち断つ。もし通方の作者ならば、挙げて著すれば帰を知る。後進の初機、どうして湊泊せんや。ただ生仏未だ分かたず、空劫已前、威音王の那辺に、また結制解制有りや無しや。然りと雖も此処に到りては、直饒千聖頭を出だすとも、も須く口呆けしめん。那辺は且く措け。只今、燈燭交光し、坐立儼然たり。高き者は天、厚き者は地。山は山、水は水。有は有、無は無。長は長、短は短し。正に恁麼の時、威音王已前、空劫の那畔と、同なりや別なりや。若し箇裏に向かいて倜儻分明ならば、目前に法無く、胸中に心無し。上に諸聖を見ず、下に凡夫を見ず。外に一切の境界を見ず、内に眼耳鼻舌身意を見ず。便ち能く一切に通同す。何ぞ結制解制を説かんや。一鎚に聖賢の巣窟を撃ち砕き、一刀に生死の根株を截ち断つ。設い臨済・徳山・文殊・普賢、乃至無量無辺の大解脱を具し大威神有りて、無數河沙浩浩地として来ること、一揑に消えずんばあらず。且く何に憑らん。藍田に石虎を射ずんば、殆ど誤って李将軍を殺さん。」

郡中出隊眾請小參。師云。蘭城道友集如雲。選佛場開不二門。光飾碧巖無舌老。小參佳會四方聞。聞者爭如見底。見底爭如激揚酬唱底。還有作家禪客麼。僧問。三世諸佛只言自知。歷代祖師全提不起。一大藏教詮註不及。未審和尚如何。師云。夾山到這裏口似匾檐。進云。捉敗這老漢。師云。且喜沒交涉。進云。恁麼則天下人鼻孔。被和尚穿却了也。師云。爾且道。夾山鼻孔在什麼處。僧便喝。師云。也須穿脚。進云。明眼宗師天然有在。師云。猶是落二落三。師乃云。開佛祖鑪鞴用向上鉗鎚。擬議不來則千里萬里。當鋒薦得則坐斷要津。此猶是化門之說。若確實而論。山僧有口無說處。諸人有耳無側聆處。乃至日月未足為明。虛空未足為廣。乾坤未足為大。萬象未足為眾。到這裏一搓一捺一挨一拶。要見本分事。且問。如何是本分事。大千沙界海中漚。一切聖賢如電拂。

> 郡中より隊衆出でて小参を請う。師云く、蘭城の道友、雲の如く集まる。選仏場に開く不二の門。碧巖の舌なき老を光飾す。小参の佳会、四方に聞こゆ。聞く者は争か底を見ん。底を見る者は争か激揚酬唱に如かん。還た作家禅客有りや。僧問う、三世の諸仏、ただ知ることを言うのみ。歴代の祖師、全く提起すること能わず。一大蔵教、詮註も及ばず。未審、和尚如何。師云く、夾山、此処に到って口は扁檐の如し。進云く、此の老漢を捉敗せり。師云く、且く喜ぶ、沒交涉なることを。進云く、恁麼ならば則ち天下人の鼻孔、和尚に穿たれ了せり。師云く、爾且く道え、夾山の鼻孔は什麼処に在る。僧便ち喝す。師云く、亦た脚を穿つことを須いん。進云く、明眼の宗師、天然に在り有り。師云く、猶お是れ二に落ち三に落つ。師乃ち云く、佛祖の鑪鞴を開き、向上の鉗鎚を用う。擬議來たらざれば則ち千里萬里。當鋒に薦得すれば則ち要津に坐斷す。此れ猶お是れ化門の説なり。若し確實に論ずれば、山僧に口有れども説く処無し。諸人に耳有れども側聆の処無し。乃至日月も未だ足れりと為さず、虚空も未だ廣しと為さず、乾坤も未だ大なりと為さず、萬象も未だ眾しと為さず。此処に到って一搓一捺一挨一拶、本分事を見んと要す。且く問う、如何なるを本分事と為す。大千沙界は海中の漚、一切の聖賢は電拂の如し。

師示眾云。舉不顧即差互。擬思量何劫悟。且道舉箇什麼。直饒解顧也是方木逗圓孔。何況更涉思量計較道理。轉沒交涉。著實而論。有什麼事。直下無一絲毫事。亦無一絲毫見聞玄妙道理得失。到這裏便是千聖出來。要舉揚也無下口處。要作用亦無動轉處。所以雲門云。向爾道。直下無事。早是相埋沒了也。且道什麼處是埋沒處。灼然能有幾人到此。此是文殊普賢大人境界。豈是尋常涉道理計校得失思量底。還知麼。須是絕情識絕玄妙。千聖只言自知。亦無窠臼照用。淨裸裸赤灑灑。巖頭道。只露目前些子如擊石火。此是向上人行履。若覷不見切不得疑著。若無恁麼事。達磨西來經六百年亦不傳至今日。為有恁麼事。至今天下列剎相望。一一真善知識踞師子座。各各為人天師。牙如利劍口似血盆。其餘有窠臼有依倚。黏皮著骨有得有失有傳授。盡打入弄泥團處去。若是石頭馬師百丈黃檗臨濟雲門玄沙巖頭法眼溈仰曹洞。此等之流。皆是向上宗師。動靜施為皆在此中行履。譬如師子捉象皆全其力。至於捉兔亦全其力。如僧問雲居弘覺。師子捉兔捉象亦全其力。未審全什麼力。雲居云。不欺之力。要須一一與他本分草料。旦那箇是本分草料。豈不見長沙道。我若一向舉揚宗教。法堂前須草深一丈。事不獲已向爾道。盡大地是般若光。光未發時無佛無眾生。消息向什麼處得來。恁麼說話。早是葛藤了也。所以尋常向兄弟道。須是打疊情塵得失計較淨盡。驀地一場汗出。自然活鱍鱍。天下人不奈何。幸有如是威風。有如是自在。若隨人脚跟轉。覓人涎唾喫。則沒交涉。且如仰山問同參道。近日見處如何。對曰。實無一法可當情。山云。師弟解猶在境。問何故。仰山云。汝豈無能知一法。可當情者。他直得無一法可當情。尚遭仰山點檢。到這裏無能所知。無一法無。無一法也須是箇人始得。所以喚作無事人。方始說本來無事。既是本來無事。只如目前萬境樅然。六凡四聖那裏得來。直須超達始得。且作麼生是超達底句。莫怪從前多意氣。他家曾踏上頭關。

示眾云。大凡學道。須是用作事始得。莫只等閑。但二六時中如欠却人家二三百萬貫債負。憂怕還他不徹。如此存誠不憂不到。是故古者道。大事未辦如喪考妣。又有一喻。學道之士如鷄抱卵。須是暖氣相接方可生成。若中間間隔。暖氣不接。便抱十年終不得生。龍牙亦云。學道如鑽火。逢煙未可休。直待金星現。燒燃始到頭。況此大事。三世諸佛為之出世。自己透脫生死。豈可因循如存若亡。却請努力向前。以悟為則。各希取信。珍重。

示眾云。具足凡夫法。凡夫不知。具足聖人法。聖人不會。聖人若會即是凡夫。凡夫若知即是聖人。此事一語兩當。還委悉麼。要識聖人凡夫凡夫聖人。長者長法身。短者短法身。大小青黃一切法悉皆如如。渾是箇大解脫門。更無別異。但得情亡意遣一念真正。隨處遇緣皆為妙用。所以古人道。處處真處處真。塵塵盡是本來人。真實說時聲不見。正體堂堂沒却身。至於天堂地獄草芥人畜六類四生纖洪近遠無不皆真。但為未徹根源底。居常生心動念。皆在塵勞業識中流轉。未曾回光返照。所以枉受輪迴。不得受用。若能發慷慨心。啟特達志。頓歇諸緣。直下了得徹底分明心地了了。可謂行亦禪坐亦禪。語默動靜皆為正體。是故雲門道。和尚子莫妄思。山是山水是水。僧是僧俗是俗。又道見拄杖子但喚作拄杖子。見屋但喚作屋。謂之覿體全真。有般人。取一邊捨一邊。見處遍枯不能著實。便乃得失居懷。被物所轉。無自由分。看他從上古人。得大受用利物垂慈全身擔荷。或出或沒或隱或顯或順或逆。開建化門示徑截路。無不教人究本明宗離諸執著。豈不見。稜道者參雪峯靈雲玄沙。來往十五年。坐破七箇蒲團。念茲在茲。後因捲簾忽然大悟。有頌云。也大差也大差。捲起簾來見天下。有人問我意何如。拈取拂子劈口打。及乎住長慶。示眾云。撞著道伴交肩過一生參學事畢。似此稱提。若不知有。爭解恁麼道。可謂從自己胸襟流出。蓋天蓋地。又有問。如何是合聖之言。對云。大小長慶。被闍黎一問。直得口似匾檐。若善參詳。可以丹霄獨步自在縱橫。大眾。還知落處麼。若也未知。為諸人拈出。白雲盡處是青山。行人更在青山外。

示眾云。德山小參不答話。打鎖敲枷。趙州小參要答話。將杖探水。崇寧今夜也不管答話。亦不管不答話。偶然向衣單下。拾得箇千年桃核。舉似大眾。乃橫拄杖云。爾諸人。若也恁麼坐斷天下人舌頭。復以拄杖卓地云。爾諸人。若也恁麼入地獄如箭射。且道利害在什麼處。若不同床臥。焉知被底穿。

道林寺解夏小參。示眾云。凉夜群動寂。禪庭正清虛。明月印空闊。白雲任卷舒。當陽好定奪。還有作家無。僧問。一塵舉大地收。一葉落天下秋。衲僧分上成得箇什麼。師云。前不迭村後不迭店。進云。大小道林。話頭也不識。師云。切忌虛空裏𪅎啄。進云。和尚恁麼道那。師云。作麼生是爾著實處。僧擬進語。師云了。進云。爭奈落霞與孤鶩齊飛。秋水其長天一色。師云。賊過後張弓。師乃云。於內無心於外無相。於上無佛祖可仰。於下無眾生可悲。慳貪嫉妬俱除。慈悲喜捨併却。兩頭坐斷中道不拘。淨裸裸絕承當。赤灑灑無回互。擊之不濁揚之不清。撥之不動攪之不轉。直下坐斷萬法。頭上孤危不立。於此安居隨處解脫。更說什麼長期百二十中期百日下期八十日。且功成一句作麼生道。不憐鵝護雪。且喜蠟人氷。

冬夜小參。師云。佛祖大機人天正眼。眹兆未分時無許多事。及至一氣已分。便有生住異滅春夏秋冬。若隨波逐浪去。種種建立觸處圓融。若截斷眾流去。把住要津不通凡聖。若也二途不涉。脚跟下灑灑落落。豈不是本分衲僧。且道無陰陽地上如何通信。直待明年三月盡。莫言冬後雪霜寒。

小參。僧問。猿抱子歸青嶂後。鳥㘅華落碧巖前。此是和尚舊時安身立命處。如何是道林境。師云。寺門高開洞庭野。殿脚插入赤沙湖。進云。如何是境中人。師云。僧寶人人滄海珠。進云。此是杜工部底。作麼生是和尚底。師云。且莫亂統。進云。如何是奪人不奪境。師云。山僧有眼不曾見。進云。如何是奪境不奪人。師云。闍黎問得自然親。進云。如何是人境俱奪。師云收。進云。如何是人境俱不奪。師云放。進云。人境已蒙師指示。向上還有事也無。師云。不可土上更加泥。師乃云。恁麼恁麼。如虎帶角。不恁麼。不恁麼。似兔無角。恁麼又却不恁麼。暗隔兩重關。不恁麼又却恁麼。全行向上路。此四句若排著四邊。則為禍為崇。若一時劃斷。則為祥為瑞。何故他從上來本無許多事。只為群機有利鈍所悟有淺深。是故勞他諸聖出來。應物現形隨機逗教。便有權有實有照有用有殺有活。有賓有主有問有答。萬別千差只如。正當恁麼時。可中若有箇漢。牙如劍樹口似血盆。一棒打不回頭。出來掀翻露布截斷葛藤。天是天地是地。山是山水是水。長是長短是短。方是方圓是圓。一絲毫不得動著。直下承當。便能丹霄獨步。與他諸聖把手共行。有佛世界互為賓主接物利生。無佛世界風颯颯地。坐斷要津不通凡聖。然雖恁麼。若是於中端的恁麼來底。且道與他作麼生商量。待老僧上山斫棒來。

小參。僧問。玄沙不過嶺。保壽不渡河。未審意旨如何。師云。直超物外。進云。雪峯三度到投子。九度上洞山。是同是別。師云。別是一家春。進云。恁麼則春色無高下。華枝自短長。師云。一任卜度。師乃云。大道坦然更無回互。同證者識同道者知。若有實法繫綴羅籠人。入地獄如箭射。所以諸佛出世祖師西來。實無一法與人。只要諸人休歇。若實到休歇田地。二六時中如天普蓋似地普擎。更不剩一絲毫。亦不欠一絲毫。淨裸裸赤灑灑。見成公案。若更躊蹰四顧。說有說無論得論失。有會有不會。有得有不得。落二落三去也。所以上古尊宿天下老和尚。拂子邊拄杖頭。現無量神通。其實與爾諸人。解黏去縛抽釘拔楔。令汝直下到安閑之地。也無證也無得。亦無周由者也。七十三八十四。若也未到。不免搽糊去也。一切境界一切有無一切法門。但於一言下一念頃脫得情塵去。塵塵剎剎廓周沙界。大小長短方圓。青黃赤白。全是本心。於見處淨裸裸。於聞處八面玲瓏。無得失是非。無長短好惡。山是山水是水。僧是僧俗是俗。無異無別。若能實頭到這箇田地。離情塵絕露布。不落勝妙。更須知有一塵中含一切境界。一切境界入一塵中。悉皆含攝。於一毫端現無邊剎海。直得恁麼。更須知有大用現前時節始得。且作麼生是大用現前底時節。畢竟水須朝海去。到頭雲定覓山歸。

冬夜小參。有作思惟從有心起。一輪生滅行無間道。修無漏業萬古超然。拈一放一半開半合。未免在窠窟裏。殊不知。往復無間動靜一如。融大千沙界於一塵。會十世古今於一念。去來起滅甚處安排。春夏秋冬如何理論。到這裏淨裸裸赤灑灑沒可把。東西不辨南北不分底。則故是未知落處。久參先德脚踏實地。且道正當恁麼時如何。還委悉麼。群陰消剝盡。來日是書雲。

除夜小參。樹凋葉落瓦解氷消。歲暮年窮家殘戶破。以世諦觀之。是不稱意境界。以道眼觀之。却是好箇消息。豈不見香嚴道。去年貧未是貧。今年貧始是貧。去年貧有卓錐之地。今年貧錐也無卓。又有古德道。富貴即易。貧窮即難。本分人打得徹信得及見得透。物物頭頭俱為妙用。塵塵剎剎悉是真乘。若便恁麼歇去。敢保老兄未徹在。那堪更說漸說頓說玄說妙說理說事。却須放却玄妙放却理性。打破向上向下。截斷佛印祖機。直得東西不辨南北不分懞懞𥋾𥋾。遇飯喫飯不知是飯。遇茶喫茶不知是茶。到這裏猶只得箇衲僧門下潔白露淨底。是故洞山道。見佛與祖是生冤家。始有參學分。正當恁麼時全體現成。佛界不收魔界不管。且道向什麼處行履。若識得去。便成年窮歲盡相續不斷。相續不斷歲盡年窮。正當恁麼時一句作麼生道。今歲今宵盡。來年來日新。

解夏小參云。年豐歲稔道泰時清。唱太平歌樂無為化。護生既滿蠟人愈氷。秋色澄澄金風拂拂。正當恁麼時。說什麼釋迦彌勒文殊普賢德山臨濟。向上向下有事無事。直下一時坐斷。直得風颯颯地。人人分上壁立千仞。各各面前飛大寶光。且不落夤緣一句作麼生道。麓峯頭倒卓。石笋暗抽枝。

道林寺小參云。四海共參尋。十方同聚會。路逢達道人。不將語默對。還有共相酬唱底麼。僧問。千尺絲綸直下垂。一波纔動萬波隨。夜靜水寒魚不食。滿船空載月明歸。未審此理如何。師云。離鉤三寸高著眼。進云。恁麼則自是不歸。歸便得。五湖煙浪有誰爭。師云。乾坤大地一時收。進云。只如垂鉤四海只釣獰龍。格外談玄為尋知識。誰是知識者師云。赤心片片。進云。巨浪涌千尋。澄波不離水。師云。寒山逢拾得。撫掌笑呵呵。問云。路逢達道人。不將語默對。既不將語默對。將何祇對。師云。吞聲削跡。進云。一言難啟口。千古意分明。師云。且須急著眼。進云。有句無句如藤倚樹。如何得透脫。師云。倚天長劍逼人寒。進云。只如樹倒藤枯。溈山為什麼呵呵大笑。師云。愛他底著他底。進云。忽被學人掀倒禪床拗折拄杖。又得箇什麼伎倆。師云。也是賊過後張弓。師乃云。不與一法作對。正體迢然。萬象不能覆藏。神機歷掌。望州亭烏石嶺僧堂前相見。已涉誵訛。不是心不是佛不是物。已拖泥帶水。到這裏上根利智。剔起便行。不落言詮不拘機境。直下向文彩未彰已前。一時坐斷。可謂如天普蓋似地普擎。如虛空寬廣。如日月普照。無處不圓無處不遍。所以道。向上人見處把斷世界不漏絲毫。無得先是非。離見聞知覺。如壺公瓢中自有天地日月。至於一語一默一跬一步一挨一拶。坐斷千差路頭。不許天下衲僧正眼覷著。所以道。須是恁麼人。方解恁麼事。只如今坐立儼然。頭頭物物悉皆全體現成處。且道如何照了。萬古碧潭空界月。再三撈摝始應知下座。

小參。僧問。古者道。釋迦彌勒猶是他奴。且道他是什麼人。師云。三家村裏孟八郎。進云。恁麼則胸襟流出。師云。更是阿誰。進云。正是他奴。師云。坐却舌頭。進云。情知老漢弓折箭盡。師云是。進云。自領出去。師云。看爾作麼生折合。進云。只如隔身句又作麼生。師云。離四句絕百非進云。掀倒禪床師云。未信爾在師乃云。明頭合暗頭合。手執夜明符。日面佛月面佛。提取金剛劍。有向上鉗鎚。具作家眼目千聖羅籠他不住。萬法繫綴他不得。等閑不掛一絲毫。坐斷十方。淨裸裸。所以道。大丈夫秉慧劍。般若鋒兮金剛焰。非但能摧外道心。早曾落却天魔膽。只如今神威凜凜霜刃堂堂。頂𩕳上正用此機。脚跟下切須薦取。若也薦得。坐斷報化佛頭。不落古今不拘得失。若薦未得。往往頭上漫漫脚下漫漫。且涉流轉物一句作麼生道。巨浪涌千尋。澄波不離水。下座。

小參。僧問。春風浩浩烘天地。是處山藏煙靄裏。無位真人不可尋。落華又見隨流水。如何是無真人。師云。剔起眉毛向上看。僧云。恁麼則獨據千峯上。全威百草頭。師云。我行荒草裏。汝又入深村。進云。自知較一半。師云。爾還知麼。僧云知。師云。也較一半。進云。只如臨濟道無位真人是什麼乾屎橛。又作麼生。師云。未得衲僧一半氣息。進云。為什麼如此。師云。只為他頂門具眼。進云。可謂一回拈出一回新。一度用來一度快。師云。七十二棒翻成一百五十。師乃云。劍輪頂上。全機獨露於孤峯。石火光中。利刃橫施於百草。說權說實立照立用。行棒行喝說事說理。大似把髻投衙。直下不說權不說實。不立照不立用。不行棒不行喝。不論事不論理。也是擔枷過狀。設使恁麼中不恁麼。不恁麼中却恁麼。正是曳尾靈龜。到這裏佛祖也摸索不著。若是透得底。須知其中有一條通天大路。把斷要津凡聖迹絕。若也挨得。一線開立得一機出。則千聖萬聖羅籠他不住。千人萬人尋覓他不著。不懺罪而罪已消。不集福而福已集。不立絲毫行門。而普賢行門遍滿十虛。不立絲毫機智。而文殊大用廓周沙界。所謂戢玄機於未兆。釋迦彌勒攢眉。藏冥運於即化。德山臨濟却步。且不墮功勳一句作麼生道。鑊湯爐炭吹教滅。劍樹刀山喝使摧。

## 圓悟佛果禪師語錄卷第九