---
title: "圓悟佛果禪師語錄 · 小參四"
description: "圓悟佛果禪師語錄由宋代僧人紹隆等人編撰，收錄了臨濟宗高僧圓悟克勤禪師的語錄、法語、書信及詩偈等。該書成書於南宋初期，系統闡釋了禪宗心性論、頓悟思想及修行方法，並包含其著名評唱作品碧巖錄的核心觀點。作為禪宗史上極具影響力的語錄集，它不僅是研究宋代臨濟宗思想的重要文獻，更是後世參禪者指導心性的權威典籍，對中日韓禪宗發展均有深遠影響。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwt1oeb1ypcie04zqnmkgh2"
---

## 圓悟佛果禪師語錄卷第十一

> 圓悟佛果禅師語録 巻第十一

宋平江府虎丘山門人紹隆等編

> 宋平江府虎丘山門人紹隆等編

### 小參四

> 小参四

住東京天寧寺小參。師云。一見更不再見。今已再見。一說更不重說今已重說。未有長行而不住途中。無這箇消息。未有長住而不行屋裏。沒此葛藤。直得二途俱不涉。去住得縱橫。其住也千人萬人羅籠不得。其去也等閑坐斷一切人舌頭。假使親到這箇田地。更須知有照用同時人。境俱奪向上一竅始得。若論向上一竅。佛祖不立。凡聖杳絕。淨裸裸沒承當。赤灑灑無回互。正當恁麼時作麼生。但願春風齊著力。一時吹入此中來。復頌云。明珠在掌。有功者賞。長老新入院。都盧無伎倆。不立趙州關。各自著槽𣚿。

> 東京天寧寺にて小参（しょうさん）す。師云く、「一たび見て、更に見ず。今すでに再び見たり。一たび説いて、更に重ねて説かず。今すでに重ねて説けり。長く行じて途中に住せざるは未だなし。この消息なし。長く住して屋裏に行ぜざるは未だなし。この葛藤なし。直ちに二途ともに渉らず、去住 縦横を得たり。その住するや、千人万人も羅籠（らろう）すること得ず。その去るや、等閑（なおざり）に一切人の舌頭（ぜっとう）を坐断す。仮に親しくこの田地に到るとも、更に知くべし、照用同時、人境倶奪の、向上の一竅（いっきょう）あることを始めて得たり。もし向上の一竅を論ぜば、仏祖も立たず、凡聖 杳絶たり。浄裸裸として承当するなし。赤灑灑として回互するなし。正に恁麼（いんも）の時、作麼生（そもさん）か。但だ願わくは春風 斉しく力を著（つ）くして、一時に吹きて此の中に入れ来たれ。復た頌して云く、明珠 掌にあり、功ある者は賞せらる。長老 新たに入院す。都盧（つろ）伎倆なし。趙州の関を立てず、各自 槽𣚿（そうどう）に著け。

四月八日小參。直下便是。已涉階梯。總不恁麼。猶落情識。直得威音已前沒交涉。七佛已後沒交涉。向上向下總沒交涉。然雖如是。通方作者舉著便知。尚滯皮膚難脫蹊徑。所以向第二義門。不恁麼中有時恁麼。恁麼中有時不恁麼。淨法界身本無出沒。大悲願力示現受生。雖則落草之談。也須草中有通身之路。敢問諸人。要知本無出沒底道理麼。乃竪起拂子云。只這是要知示現受生麼。竪拂子云。只這是。到這裏雙收雙放。全暗全明。為中下之機則得。直得九龍吐水一場揑怪。目視四方轉納敗闕。只有雲門大師。解於鐵樹上生華道。我若見。一棒打殺。與狗子喫却。雲門大師具箇什麼眼目。便恁麼道。諸人要見雲門大師麼。山僧不惜眉毛。放一線道去也。還委悉麼。不入千尋浪。難逢稱意魚。復云。未離兜率已降王宮。未出母胎度人已畢。一往看來却是。子細點檢將來。猶滯兩邊。殊不知。東弗于逮走馬。南贍部洲作舞。西瞿耶尼作拍。北欝單越翻筋斗。也無是也無非。也無得也無失。且道。畢竟如何。八角磨盤空裏走。

> 四月八日の小参。 「直下便是」と言えば、すでに階段を上ったようなものだ。まったくそうでないとすれば、それも情識に落ちている。たとえ威音王仏の以前も関わりなく、七仏の以後も関わりなく、向上も向下もすべて関わりがないとしてもだ。しかし、そうではあるが、道理に通じた達人なら、ちょっと挙げればすぐに分かる。だが、まだ皮膚に留まり、古い道筋から抜け出せない者もいる。だからこそ、第二義門において、「そうでない」中に時に「そうである」ことがあり、「そうである」中に時に「そうでない」ことがあるのだ。 清らかな法界の身には、もともと出も没もない。しかし大悲の願力によって、姿を現し、生を受けられることを示すのだ。これは草の中に落ちた言葉ではあるが、草の中にも全身の道が通っていることを知らねばならない。 あえて皆に問おう。「本無出没」の道理を知りたいと思うか。そこで拂子を立てて言う、「これだ」。現じ生を受けることを知りたいか。拂子を立てて言う、「これだ」。 ここに至って、双收双放、全暗全明。中下の機根の者にはこれでよい。しかし、たとえ九龍が水を吐いたというのも、まったくの作り事だ。四方を見渡すというのも、かえって欠点を露呈している。 雲門大師だけが、鉄の木の上に花を咲かせて言うことができた。「私が見たら、一棒で打ち殺し、犬に与えて食わせてしまおう」と。 雲門大師は、いかなる眼目を持って、このように言ったのか。皆が雲門大師に会いたいと思うなら、山僧は眉毛を惜しまず、一条の道を開こう。よく理解できたか。 千尋の波に入らねば、思い通りになる魚に出会うことは難しい。 さらに言う。兜率を離れないうちに、すでに王宮に降りていた。母の胎を出ないうちに、すでに人々を救済し終えていた。ひとまず見れば、その通りだ。しかし、よくよく点検してみれば、両辺に留まっている。 まさか知ることはないだろうか。東弗于逮では馬を駆り、南瞻部洲では舞を舞い、西瞿耶尼では拍子をとり、北鬱単越では宙返りをしている。これに「是」もなく「非」もなく、「得」もなく「失」もない。 さあ、最後にどうなのか。八角の磨盤が空を走る。

鄆王請小參。僧問。無修無證。乃是本覺妙明。為求佛果菩提。正是有作之因。去此二途。請師直指。師云。吹毛寶劍逼人寒。進云。一點靈光異。萬古照人間。師云。用一點靈光作麼。進云。可謂言言合聖道。法法自圓成。師云。他亦本無言。僧禮拜。師乃云。寬廓非外。十方國土目前觀。寂寥非內。一毫頭上寶王剎。直得無內無外絕彼絕此。亘古亘今全明全暗。到這裏亦須有轉身一路。始能得大自在。豈不見道。大人具大見。大智得大用。發大機。群機泯息。立一言。眾言絕謂。直得言言機機頭頭相副。如金鎖連環相續不斷。此猶是長生路上事所以道。言鋒若差玄關萬里。直得懸崖撒手自肯承當。絕後再穌欺君不得。非常之旨。人焉廋哉。既有非常之旨。必藉非常之人。既有非常之人。必明非常之旨。正當恁麼時如何。側身方外看。誰是箇中人。復云。護生之德徹坤維。草木昆蟲樂聖時。敵勝驚群有奇特。如何是奇特。囉囉哩哩。擊禪床下座。

> 鄆王が小参を請われた。僧が問う。「修することも証することもない、これがまさに本覚の妙明であります。仏果菩提を求めることは、まさに作為ある因であります。この二つの道を離れて、どうか和尚が直接お示しください。」師は言う。「吹毛の宝剣、人に逼って寒し。」僧が進み出て言う。「一点の霊光は異なり、万古に人間を照らす。」師は言う。「一点の霊光を何に用いるのか。」僧が進み出て言う。「まさに言言は聖道に合い、法法は自ずから円成すると言うべきです。」師は言う。「彼も元来、言はない。」僧が礼拝した。師はそこで言う。「寛広なることは外にあらず。十方の国土は目前に観ず。寂寥なることは内にあらず。一毫の頭上に宝王の刹土あり。まさに内なく外なく、彼を絶し此を絶し、古より今に亘り、全く明るくも全く暗い。ここに到ってまた転身の一路あることを要す。ここにおいて始めて大自在を得ることができる。豈に道わざるや。大人は大見を具え、大智は大用を得る。大機を発すれば、群機は泯息す。一言を立てれば、衆言は絶謂す。まさに言言・機機・頭頭相副うことを得て、金鎖の連環の相続して断たざるが如し。これなお長生路上の事なり。故に道う、言鋒もし差ば玄関は万里と。まさに懸崖において手を撒き、自ら肯じて承当し、絶後に再び蘇れば、君を欺くこと得ず。非常の旨、人焉んぞ廋せんや。既に非常の旨あらば、必ず非常の人を藉る。既に非常の人あらば、必ず非常の旨を明らかにす。正に恁麼の時、如何。身を側めて方外を看よ。誰か是れ箇中の人なる。また云う。護生の徳は坤維に徹す。草木昆虫は聖時を楽しぶ。敵に勝ち群を驚かすに奇特あり。如何が奇特なる。囉囉哩哩。禅床を撃して下座す。

小參。目前無一法。森羅萬法歷然。格外立千機。權實照用廓爾。其權也。納須彌於芥子。擲大千於方外。其實也。上是天下是地。山是山水是水。僧是僧俗是俗。其照也。廓周沙界而無餘。其用也。喝似雷奔棒如雨點。只如不落權實照用。不落格外千機。不落目前一法。正當恁麼時如何湊泊。若是心機透脫。得失已忘。玄妙理遣。有恁麼人。聊聞舉著。踢起便行。釋迦自釋迦。彌勒自彌勒。解脫自解脫。善財自善財。其或未能便恁麼。直下信得及把得定作得主。却須於古人方便門建立。處頭頭上明物物上顯。無一絲毫蹉過。無一絲毫得失。淨裸裸絕承當。赤灑灑無回互。踏著本地風光。明見本來面目。正當恁麼時如何著力。不起纖毫修學心。無相光中常自在。復頌云。佛佛道同同至道。心心真契契真心。廓然透出威音外。地久天長海更深。

> 小参、申し上げます。今のところ、一法もありません。しかし、森羅万象のすべての法は、歴然とそろっています。格外には千の機を立て、権と実、照と用は、広々として明らかです。その権というのは、須弥山を芥子粒の中に納め、大千世界を方外に投げ捨てるようなものです。その実というのは、上は天、下は地、山は山、水は水、僧は僧、俗は俗、ということです。その照というのは、砂のように数えきれない世界をくまなく照らし、余すところがありません。その用というのは、喝は雷のごとく奔り、棒は雨の粒のごとく振り下ろされる、ということです。ただ、権・実・照・用に落ちず、格外の千の機にも落ちず、目前の一法にも落ちない。まさにそのような時、どうやって掴み取ればよいのでしょうか。もし心機が透脱して、得失の念をすでに忘れ、玄妙の理を遣り過ごす、そのような人がいるならば、少しその話を聞けば、蹴り上げてすぐに行くでしょう。釈迦はそのまま釈迦、弥勒はそのまま弥勒、解脱はそのまま解脱、善財はそのまま善財です。もし、すぐにそうなれないならば、そのまま信じ切って、掴み定めて、主となれますように。古人の方便の門が建てられているところを、頭々に明らかにし、物々に顕わし、少しの見過ごしもなく、少しの得失もなく、清らかにして何も引き受けることがなく、さっぱりとして互いに遮るものもない。地元の風光を踏み着け、本来の面目を明らかに見るのです。まさにそのような時、どうやって力を入れるのでしょうか。わずかな修行の心も起こさず、相のない光の中で常に自在であることです。さらに頌して言います。仏も仏も道は同じく、同じき道に至る。心も心も真に契り、真心に契る。広々と透り抜けて威音王の外に出ずる。地は久しく天は長く、海はさらに深い。

益國夫人請小參云。目前無一法。綿密有誰知。格外列千差。到頭須自用。若自用得去。改禾莖為粟柄。易短壽作長年。變大地作黃金。攪旻河為酥酪。不為分外。且如綿密處。若辨得。用處即是綿密。綿密即是用處。所以道。世尊三昧迦葉不知。迦葉三昧阿難不知。阿難三昧商那和修不知。商那和修三昧優波菊多不知。既是各各不知。何故却相傳受。到這裏不妨。誵訛處直是誵訛。綿密處直是綿密。若會山僧適來答這僧問道。和尚三昧什麼人得知。答云。山僧自知。然雖如是。大似把手上高山。未免傍觀者哂更有一著。諸人往往向知不知處作活計。若道知去。此人只具一隻眼。若道不知去。此人亦只具一隻眼。離却知不知。正當恁麼時如何。大千沙界海中漚。一切聖賢如電拂。復舉。外道問佛。昨日說什麼法。世尊云。說定法。外道云。今日說什麼法。世尊云。說不定法。外道云。昨日定。今日為什麼不定。世尊云。昨日定今日不定。師云。大小世尊。龍頭蛇尾。若是天寧即不然。忽有問。早朝說什麼法。對云。不定法。即今說什麼法。對云定法。或云早辰不定。而今為什麼定。即向他道。一釣便上。

> 益国夫人が小参を請うた。「目の前に一法もなし。綿密なること、誰か知らん。格外に千差を列ね、到頭須らく自ら用うべし。もし自ら用い得れば、禾の茎を改めて粟の柄とし、短寿を易えて長年とし、大地を変じて黄金とし、旻河を攪いて酥酪と為すも、分外にはあらず。しかも綿密なる処、もし弁え得れば、用処即ち是れ綿密、綿密即ち是れ用処。故に道えらく、世尊の三昧を迦葉知らず、迦葉の三昧を阿難知らず、阿難の三昧を商那和修知らず、商那和修の三昧を優波鞠多知らず。既に各各知らざるに、何ぞ却って相伝え受くるや。此処に到りては妨げず。誵訛の処は直に是れ誵訛、綿密の処は直に是れ綿密。若し山僧が適来此の僧に答えて道わく『和尚の三昧は什麼人が知ることを得ん』と問うに、答えて云わく『山僧自ら知る』と。然りと雖も是くの如きも、大いに手上を把って高山に上るに似て、傍観者の哂うを免れず。更に一著あり。諸人は往々知不知の処に向かいて活計を作す。若し知ると道わば、此の人只だ一隻眼を具す。若し知らずと道わば、此の人も亦只だ一隻眼を具す。知不知を離却して、正に恁麼時なるに当たりて如何。大千沙界は海中の漚、一切聖賢は電の払うが如し。復た挙す。外道、仏に問う『昨日は何の法を説きたもうや』。世尊云わく『定法を説く』と。外道云わく『今日は何の法を説きたもうや』。世尊云わく『不定法を説く』と。外道云わく『昨日は定まるに、今日は何が故に不定なるや』。世尊云わく『昨日は定まり、今日は不定なり』と。師云わく。大小世尊、竜頭蛇尾なり。若し是れ天寧ならば即ち然らず。忽然として問い有らば『早朝に何の法を説く』と。対えて云わく『不定法』と。即今何の法を説く。対えて云わく『定法』と。或いは云わく『早辰は不定なるに、而今何が故に定まるや』と。即ち他に向かい道わく『一釣りに便ち上る』と。

小參云。提向上機須向上眼。指其中事要其中人。若能立千聖於下風。擲大千於方外。脚根下硬糾糾。頂門上黑漫漫。坐斷要津不通凡聖。亦未是向上機。亦未是其中事。且作麼生是向上機其中事。酌然將謂實有恁麼說話。殊不知。如將蜜果換苦葫蘆。淘却業根俱無實事。若是靈利底人。聊聞舉著。便知落處。更不紛紜。既不紛紜。則二六時中。雖終日喫飯。不曾咬著一粒米。終日著衣。不曾掛一條線。終日說話。不曾動著舌頭。雖然如是。能有幾人到此田地。何故。只為不落心意識。不落淨穢邊。透出威音那邊。全明本元要地。一棒一喝一挨一拶。一出一入一問一答。譬如擲劍揮空。莫論及之不及。斯乃空輪無迹。劍刃無虧。正當恁麼時。著實一句作麼生道。還委悉麼。撒手那邊千聖外。燈籠露柱放毫光。頌云。妙德空生讚莫窮。摩醯正眼不通風。大千擲在他方外。作者須明向上宗。

解夏小參云。護生須殺。雖殺無傷。蠟人已氷。其功歷爾。可以駕鐵船入海。可以飛磨盤輪空。半合半開成團成塊。盡出箇大圓覺不得。若有出得大圓覺底。便能逆順縱橫殺活自在。是故文殊菩薩一夏三處度夏。一月日在魔宮。一月日在長者家。一月日在婬房。既三處度夏。却入世尊會中。解制極為不平。所以迦葉欲白槌擯出文殊。纔舉此念。見會中有無量釋迦無量文殊無量迦葉無量犍槌。迦葉既見恁麼。直得目瞪口呿。何故。過量人有過量見有過量用。雖金色頭陀。到這裏。縮手不得。展手不去。只如與麼時。是大圓覺裏耶。大圓覺外耶。須是通方作者始能證明。何故。此是文殊普賢大人境界。若參得文殊普賢境界。則無邊香水海。無量無數微塵佛剎。悉為安居處。乃至現無邊身。處處行住坐臥。亦不相妨亦不犯手。正當恁麼時。若是知音者。舉起便知。所以天寧雖與大眾九十日安居。必竟諸人還知麼。諸人若透頂透底去。即是文殊普賢境界。若不透頂透底去。即是迦葉境界。離却文殊迦葉。收因結果一句作麼生道。還委悉麼。九十日功今已滿。豁開布袋各優游。

小參。僧問。如何是主中賓。師云。闍黎問處帶纖塵。進云。如是則靈光千古秀。萬法落階梯。師云。階下立。進云。如何是賓中主。師云。山僧不免自道取。進云。古佛位中無覓處。深深草裏露全身。師云。莫來這裏呈幪袋。進云。如何是主中主。師云。坐斷舌頭無去取。進云。袖裏金槌光燦爛。吹毛寶劍逼人寒。師云。七十五棒翻成一百五十。進云。如何是賓中賓。師云。青山之外更愁人。進云。如是則家貧未是貧。路貧愁殺人。師云。荒村古廟裏去。進云。只如不涉賓主。是什麼人。師便喝。師乃云。目擊知歸已為分外。未言先契猶涉程途。須知箇中有格外機行格外用。明格外道證格外心。灑灑落落。淨裸裸絕承當。密密堂堂。赤灑灑無回互。壁立萬仞處。千差萬別。萬別千差處壁立萬仞。所以道。垂鉤四海只釣獰龍。格外之機為尋知識。於中若有。箇便恁麼承當。得格外趣向。便恁麼權衡。得格外底作略。時向伊道箇什麼。即得說玄說妙說佛說祖說心說性。已是此人棄下之增語。論棒論喝論權論實論照論用。亦是此人不要之長物。以其中間不犯鋒鋩纖塵不立。如何透脫。還委悉麼。大道體寬無向背。當陽須是箇中人。

季迪甫請小參。驀地相期全機獨證。眼眼相照心心相知。俱不從他處得來。盡皆在胸襟流出。正當恁麼時。森羅萬像古佛家風。碧落青霄道人活計。打開自己庫藏。運出自己家財。與諸佛祖師同德同誠。維摩龐老同拈同放。與裴相國王常侍。同一機用同一境照。更無餘事。截斷生死路頭。打破煩惱窠窟。不消一句子。且道。是那一句子。還委悉麼。超然直透威音外。目前無法可商量。

請小參云。當陽直截不立階梯。覿面相呈全彰正體。以世諦法接人去。落在世諦法中。以佛法接人去。落在佛法中。以祖佛機接人去。落在祖佛機境中。以向上拈提接人去。落在向上拈提中。以恁麼恁麼接人去。落在恁麼恁麼中。以不恁麼不恁麼接人去。落在不恁麼不恁麼中。以總不恁麼總不恁麼接人去。落在總不恁麼總不恁麼中。到這裏羅籠他不住處。千聖出頭來也。不敢正眼覷他。雖是當頭脫却。向那邊承當也只得箇沒交涉。且作麼生合殺去。若有大根大器人。向合殺處挨得一線。便可以拈一莖草作丈六金身用。有時將丈六金身作一莖草用。有時拈燈籠作露柱用。有時拈露柱作燈籠用。有時騎佛殿出三門。放一線遣。拈新羅與占波國鬪額。且道。是何宗旨。是何境界。正當恁麼時當頭一句作麼生道。滿目光輝無向背。優鉢羅華火裏開。

小參。師云。千差一舉。舉處絕遮攔。萬化一拈。拈時無向背。只如道上古諸佛未出世未成道未發心已前。還有這箇消息也無。若道有。有在什麼處。若道無爭得這箇來。所以前賢後賢前佛後佛。只是提持得他景仰得他。要且未解從機境上把定處作得主。山僧今夜與他作主去也。諸佛未出世未發心未成道。盡在山僧手裏。放行教他通一口氣。若不放行。不消一搦搦殺。所以黃檗道。牛頭橫說竪說。不知有向上關捩子。若教他知向上關捩子。祖佛亦提掇不出。實為土曠人稀相逢者少。忽若有箇同死同生來與天寧相見。且須容他何故。他若坐山僧須下禪床。山僧若坐他須側足而立。直得如此。雖然同途。要且不同轍。雖然同明要且不同暗。雖然同得。要且不同失。且畢竟作麼生。出頭天外看。誰是箇中人。復舉。京兆蜆子和尚參洞山後。居止無定。不循律儀。每日沿岸採掇蝦蜆以充朝。夜即宿白馬廟紙錢叢中。時有華嚴靜禪師。聞之欲決真假。先潛入紙錢中。蜆于深夜歸。靜把住問云。如何是祖師西來意。蜆子答云。神前酒臺盤靜奇之。懺謝而退師云。諸人若未委悉。山僧下箇注脚。神前酒臺盤。鐵彈大如拳。一擊便擊碎。不直半分錢。

益國夫人請小參。僧問。最初威音王。末後樓至佛。未審威音參見什麼人。師云。參見無面目底。僧云。只如無面目人。復見阿誰。師云。狂狗趁塊。僧云。爭奈拄杖子在學人手裏。師云。爾試用看。僧云。到這裏直得無言可說無理可伸。師云。只得七成。僧云。可謂師承不立遞代相傳。師云。一刀截斷。僧云。既然如是。和尚何用更覓白雲。師云。爾道威音樓至佛。即今在什麼處。僧云。一穿穿却。師云。頂𩕳上更添一隻眼始得。師云。三世諸佛也恁麼。歷代祖師也恁麼。德山也恁麼。臨濟也恁麼。天寧豈可不恁麼。所以早朝也恁麼。而今也恁麼。且道。恁麼恁麼是箇什麼。還委悉麼。所以道。向上一路千聖不傳。學者勞形如猿捉影。只如遇達者而前。作麼生提掇。作麼生諳悉說理性玄妙得麼。喝一喝得麼。劃一劃得麼。口吧吧地得麼。六六三十六九九八十一得麼。且總不是這箇道理。況此乃千聖不傳之妙。這一片田地。唯佛與佛乃能知之。畢竟知後。還傳與人。不傳與人。若傳得去。龍頭蛇尾。若傳不得。千聖萬聖。一箇箇到這裏。若佛若祖。於一切人機境不到處發明。於一切人用不及處提掇。一切人情識計較不得處。坐斷千差路頭。雖然拈一句。簇錦攢華攢華簇錦。可以趣向及至到那畔。若也承當則沒交涉。到這裏有棒有喝有權有實有殺有活有擒有縱。唯許諸佛知。不許諸佛會。既許諸佛知。為什麼不許諸佛會。會則傳得去也。所以要人心機絕智境。忘得失遣是非。一時落謝萬境樅然。而無何礙。可以與千聖把手共行。同用同證。一切處光輝。一切處澄湛去。抽釘拔楔解粘去縛。只如今山僧。對眾恁麼說。還當得千聖不傳底麼。灼然當不得。既當不得。又說作什麼。千人萬人管取不奈何。所以古人道。雖然點破綱宗意在。文彩未生時。要一覷便透一咬便斷。若也未會。切不得疑著如今不惜性命。向這裏與諸人通箇消息。還會麼。千聖共傳無底鉢。大千沙界一浮漚。

小參云。截斷千差路。坐却是非頭。報化不容身。語默絕消息。正當恁麼時。若有祖師西來意。正是撒土撒沙。若無西來意。大似對面相謾。去此二途。須知他家有出身底路。大眾。灼然不是目前事。亦非目前機。有一句子。千聖覷他不見。有一句子。千聖出頭不得有一句子。千聖同󱈎共用。且道。此一句畢竟從什麼處流出。若有識得流出去處。則淨裸裸赤灑灑也不說一即三三即一。不用行棒不用行喝。不用道見成公案。不消瞬目揚眉。不用談玄說妙。所以釋迦彌勒文殊普賢。猶是他走使。他本不作一切。不為一切。坐斷一切。初無動搖。各各當人脚跟下。圓明朗照如大日輪。人人回光得度。也不在他處也不在己處。不在內不在外不在中間。然而一切奇特事。因他建立。一切殊勝事。由他圓成。如王庫寶刀。如摩醯三目。如圓伊三點。如塗毒鼓。千言萬句。終說他不成。說他不就。正當恁麼時還委悉麼。如王寶劍隨王意。揮斥縱橫得自由。

小參。僧問。波斯匿王請問世尊。聖諦義中還有世俗事也無。世尊云。大王。汝於龍光佛時曾問此義。為復答他話為他說。師云。一時在裏許。進云。只如翠巖道。大王善問不善答。世尊善答不善問。未審此意如何。師云。拈起上頭關捩子。進云。忽若大王請傳此語問和尚。未審如何祇對師云。開口見膽。師云。適早已露線索。如今更展家風。摩醯首羅三隻眼八面通透。釋迦老子百億身十方分形。如印印空如印印水如印印泥。初不分前後際。亦不分縱橫並別。到這裏若深入骨髓底。直下透脫。不疑天下人舌頭。聊聞舉著。踢起便行可以坐斷十方。可以乾坤獨步。其或尚留觀聽。猶滯皮膚。直須脚跟下一一洞明。各各見本來面目。踏著本地風光。不隨聲色不居凡聖。不落見聞不涉語默。淨裸裸赤灑灑。所以道。十方無壁落。四面亦無門。全體與麼來。全體與麼去。畢竟天人群生類。皆承此恩力。若識此恩力。終不落虛。步步脚踏實地。句句透見根源。全體如如不變不動。推此以及群靈。攝此普濟品彙。正當恁麼時。超聲越色一句作麼生道。還委悉麼。不須更費纖毫力。吞跳金圈栗棘蓬。

張國太夫人請小參云。霜風凜凜細雨微微。解脫門八字打開。正法眼頂門顯示。還有超宗越格離見絕情底麼。出來證據。若也證據得去。七佛已前也不恁麼。七佛已後也不恁麼。西天二十八祖亦不恁麼。唐土六祖亦不恁麼。至於歷代宗師天下老和尚亦不恁麼。為什麼不與麼。只恐賺誤人去。既不與麼。亦不賺誤人。作麼生承當。到這裏平田中萬仞壁立。壁立萬仞處。一似平田。把斷要津不通凡聖。亦無語話分。亦無展演分。畢竟教一切人什麼處入。老僧不惜眉毛。通箇消息去也。遂竪起拂子云。見麼。又擊禪床云。還聞麼。若道見。且得沒交涉。若道不見。更是沒交涉。畢竟作麼生若教老僧只管與爾說。經無窮劫摸索不著不隨言。解則淨裸裸赤灑灑。各各坐斷報化佛頭。各各氣衝宇宙。設使千佛出興。恰如蚊蚋相似。與麼把得定作得主。方始是本分作家。正當恁麼時如何委悉。一句逈超諸佛格。坐斷天下衲僧頭。復頌云。雖然說破五家宗。爭及曹溪一線通。寶劍當陽誰殺活。離名離相振高風。

小參云。不是如來涅槃心。亦非祖師正法眼。萬緣窮之不到。千聖究之莫及。直饒威音王那畔空劫已前。正好揮金剛王寶劍。何況威音王以來。以至窮未來際。只是打葛藤。終非本分草料。所以道。我若一向舉揚宗教。法堂前草深一丈。如今事不獲已向諸人道。盡大地是般若光。光未發時。無佛無眾生。消息從甚處得來。若向這裏便絕消息去。此人命根未斷。命根若斷。𡎺著磕著。言語說著。機境投著。雖然如是。此猶是第二機。若到第一機。說甚威音已前空劫那畔。設使德山臨濟。喝下承當棒頭取證。未免拕泥涉水不受人瞞。牙如劍樹口似血盆。直下承當。可以籠罩古今乾坤坐斷。雖然如是。天寧與麼說話。大似傍若無人。何故。佛佛道同祖祖共證。一一於此承當。向什麼處著。紅爐上還著得一點雪麼。到這裏表裏純淨中外一如。雖然落草。未免向上用。正當恁麼時如何。棒頭有眼明如日。要識真金火裏看。復舉龐居士問馬大師。不與萬法為侶底是什麼人。馬師云。待汝一口吸盡西江水。即向汝道。山僧略露箇消息。為人須為徹。殺人須見血。直下便承當。已落第二月。且道。如何是第一月。咄。

冬夜小參。僧問。德山昔日小參不答話。趙州小參却答話。未審答底是不答底是。師云。總不是。進云。好音在耳。人皆聳去也。師云。杓卜聽虛聲。進云。忽若答話中不答話。不答話中却答話時如何。師云。葛藤窠裏出頭來。進云。忽若有箇漢出來。不管答話不答話。只麼掀倒禪床時如何。師云。劈脊便棒僧云。嶮師云嶮。僧便喝。師亦喝。僧禮拜歸眾。師云。一場漏逗。師乃云。大眾。截群機於未兆。坐斷天下人舌頭。藏冥運於即化。世諦一陽便生。且道。是一是二。若道是一。因甚麼聖諦義中有世俗諦。若道是二。為什麼世俗諦中無聖義諦。到這裏若無透關眼透出機關。未免瞞瞞頇頇儱儱侗侗去也。還知箇裏麼。直如明鏡當臺明珠在掌。舉無遺照萬象歷然。雖四序遷移。其中有不移易一絲毫之體。雖萬機齊赴。其中有湛然不動之源。以此撥轉路頭。隨機應感。諸人若也不見。設使千聖出頭來。也摸索不著。倜儻衲子出來。眼似銅鈴口似懸河。也說他不得。也覷他不著。天寧意欲要與諸人解黏去縛拔楔抽釘。到這裏伎倆一點也使不著。且道。為什麼如此。他家自有通霄路。切忌當陽指畫伊。師云。昨夜鍾鳴時。諸人盡來此。已是刺腦入膠盆。今夜鍾鳴時。復來有何事。兩重三重已落節。若是知有底。聊聞舉著。徹骨入髓。踢起便行。坐斷報化佛頭。不落語默聲色。却校些子。如或準前只守窠窟。山僧不免。向無事處生事。無言處顯言。無葛藤處說葛藤。無荊棘處立荊棘去也。一塵纔舉大地全收。四方八面淨裸裸。華開世界起。浮幢王剎明歷歷。直得無情有情齊成佛道。有說無說俱轉法輪。此猶是法性海邊拈掇在。若向衲僧門下。直饒一棒打破虛空。一喝喝散白雲。釋迦彌勒猶為走使。德山臨濟目瞪口呿也。未當本分氣字在。所以道。坐却舌頭別生見解。他參活句不參死句。活句下薦得。永劫不忘。死句下薦得。自救不了。只如諸人。即今作麼生會他活句。莫是即心即佛是活句麼沒交涉。莫是非心非佛是活句麼沒交涉。不是心不是佛不是物是活句麼沒交涉。莫是入門便棒是活句麼沒交涉。入門便喝是活句麼沒交涉。但有一切語言盡是死句。作麼生是活句。還會麼。萬仞峯頭獨足立。四方八面黑漫漫。復云。一口吸盡西江。栗棘𡎺殺老龐。當陽若也吞得。管取海內無雙。

師云。天無四壁逈絕羅籠。地絕八維了無障隔。與虛空同體。合暗合明。與虛空同壽。亘古亘今。人人有一坐具地。何用安排。處處悉彌勒門開。不須彈指。盡是人人受用無去無來。以大悲力成此勝事。所以釋迦老子未離兜率已降王宮。未出母胎度人已畢。且道。諸人分上還有這箇消息也無。若無。人人具足箇箇圓成。因什麼却無。若有。諸人即今在甚處安身立命。還知落處麼。若知落處。不動道場而遍能含受十方剎海。一塵一剎隨處受生。何待九龍吐香水分手指天地作大師子吼。須知未出母胎時。已作大師子吼。直至各各時時念念處處悉皆圓滿。清淨無為無間無斷大解脫門。正當恁麼時。晝昇兜率夜降閻浮。其中摩尼珠為什麼不現。敢問諸人。中間作麼生。還委悉得麼。龍袖拂開全體現。象王行處絕狐蹤。

師云。大機圓應大用縱橫。不墮千聖機關。不遊諸祖窠窟。舉一機千機截斷。拈一事萬事齊彰。須是他大解脫人乃能明向上宗旨。豈不見。維摩不離本座移妙喜世界。如針鋒持棗葉。又不見。大仰云。拈一片木葉。便是移一座仰山去。是知箇事若在心機。意識路布言詮上覓。大似掘地覓天。了沒交涉。若是箇生鐵鑄就。不涉化城。不由迷悟。不拘得失。然後一明一切明。一了一切了。一見一切見。一用一切用。此猶是衲僧家。垂手應機為人邊行履。若使他獨照獨運。乃至千聖覓他不著。諸天捧華無路。魔外潛觀不見。周旋往返十方無礙。一念普應前後際斷。只如今坐立儼然燈燭熒煌。且道。是什麼時節。若道是唯心境界。正坐在荊棘林裏。若道是向上時節。亦未跳出金剛圈在。總不恁麼又作麼生。還有人道得麼。若不藍田射石虎。幾乎誤殺李將軍。頌曰。天上人間不可陪。同風千眼應時開。智通居士真奇特。道照三年兩度來。

師云。言發非聲。和言擊碎。色前不物。與物俱融。聲色翳障全消。聞見之源亦脫。直得淨裸裸赤灑灑。清寥寥白滴滴。一片本地風光。一著本來面目。神通妙用底縱橫十字。不離田地穩密。田地穩密底坐斷十方。不離神通妙用。雙明中有雙暗。同生中有同死。恁麼也不得。不恁麼也不得。恁麼也得。不恁麼也得。所以道。即此見聞非見聞。無餘聲色可呈君。箇中若了。全無事體用。何妨分不分。箇中見聞是體聲色是用。聲色是體見聞是用。分也得不分也得。所以雲門道。移燈籠向佛殿裏。拈三門向燈籠上。若以衲僧正眼覷之。猶為小事。直得納須彌於芥中。擲大千於方外。也只是箇半提。所以盡乾坤大地。都無空闕處。更須知有全提時節。三世諸佛只堪齊立下風。六代祖師只得全身遠害。當機直截一句作麼生道。三尺杖子攪滄波。令彼魚龍知性命。

## 圓悟佛果禪師語錄卷第十一