---
title: "圓悟佛果禪師語錄 · 小參五"
description: "圓悟佛果禪師語錄由宋代僧人紹隆等人編撰，收錄了臨濟宗高僧圓悟克勤禪師的語錄、法語、書信及詩偈等。該書成書於南宋初期，系統闡釋了禪宗心性論、頓悟思想及修行方法，並包含其著名評唱作品碧巖錄的核心觀點。作為禪宗史上極具影響力的語錄集，它不僅是研究宋代臨濟宗思想的重要文獻，更是後世參禪者指導心性的權威典籍，對中日韓禪宗發展均有深遠影響。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwt1oh91yq3ie04hzhbheok"
---

## 圓悟佛果禪師語錄卷第十二

> 圓悟佛果禪師語録 巻第十二

宋平江府虎丘山門人紹隆等編

> 宋平江府虎丘山門人紹隆等編

### 小參五

> 小参五

住雲居山結夏小參。雲居千百眾如無。只緣內外絕消息。箇中空洞等虛空。殺活全承此恩力。所以道。護生須是殺。殺盡始安居。要論箇中意。鐵船水上浮。算來直得鐵船水上浮也有什麼奇特。只如護生須是殺。且道。殺箇什麼。便有禪和子道。不是殺物命。只是殺無明賊。是殺煩惱賊。是殺六根六塵賊。殺爭人爭我賊。雖然一期也似。要且未夢見衲僧脚跟頭。既是護生。須是明殺意。如何是殺意。嶮。若向箇裏辨得出。便可放一線道。浩浩之中管取。坐斷天下人舌頭。然後始殺得盡。然雖如是。釋迦老子也殺不盡。迦葉也殺不盡。西天二十八祖也殺不盡。唐土六祖也殺不盡。要明不盡底。須是放却從前已後見解明暗玄妙理性殊勝奇特淨潔。剗除不留毫末。也不到極盡處。只如正淨處合作麼生。還委悉麼。深山大澤無人到。聚頭正好共商量。復云。釋迦老子云。以大圓覺為我伽藍。身心安居平等性智。師云。釋迦老人慈悲大殺怕。爾諸人。不知與爾一箇護身符子。雖然如是。點檢將來。猶帶影在。若是山僧則不然。即雲居山見成伽藍。九旬安居。拍拍是令。

> 雲居山に住して夏安居の小参を行う。雲居には千百の衆がいても、いないがごとし。ただ内外の消息が絶えているからである。その中は空洞にして虚空に等しい。殺活の力はすべてこの恩力による。ゆえにこう言う。「護生は須く殺すべし。殺し尽くして初めて安居す」。その中の意を論ずれば、鉄船が水上に浮かぶ。考えてみれば、鉄船が水上に浮かぶとて何の奇特があろう。ただ「護生は須く殺すべし」について、さあ、何を殺すのかと言えば、禅和子たちがこう言うかもしれない。「物の命を殺すのではない。無明の賊を殺すのだ。煩悩の賊を殺すのだ。六根六塵の賊を殺すのだ。我を争い人を争う賊を殺すのだ」と。一時的にはそれらしく見えても、衲僧の踵のあたりを夢にも見ていない。護生というからには、殺の意を明らかにせねばならない。殺の意とは何か。険し。もしここで見分け得るならば、一線の道を放つことができる。滔滔たるの中で、天下人の舌頭を坐断することを保証しよう。そして初めて殺し尽くすことができる。しかしながら、釈迦老子も殺し尽くせず、迦葉も殺し尽くせず、西天二十八祖も殺し尽くせず、唐土六祖も殺し尽くせない。尽きないものを明らかにするには、从前よりの見解や明暗・玄妙・理性・殊勝・奇特・浄潔を放ち捨て、毫末も残さず刈り除くべし。それでも極尽の境には至らない。ただ正に浄い処にて、いかにすべきか。汝ら知っているか。深山大沢に人は到らず、頭を寄せ合いて共に商量すのがよい。また云く。釈迦老子は言う。「大円覚をもって我が伽藍と為し、身心を安居して平等性智に住す」と。師は云く。釈迦老人は慈悲深く、大いに殺すのを恐れた。汝ら諸人が知らないので、一つ護身符子を与えたのだ。しかしながら、点検してみれば、まだ影を帯びている。もし山僧ならばそうではない。すなわち雲居山は見成の伽藍、九十日の安居、拍拍是れ令なり。

如上座請小參。僧問。城東老母與佛同生。為什麼不見佛。師云。他具大丈夫意氣進云。以手掩面十指悉皆見佛。為什麼回避不得。師云。只為渠儂得自由。進云。雪竇道。他雖是女人。却有丈夫之行。是肯伊不肯伊。師云。重言不當吃。師乃云。情與無情一體。觸目皆真。佛與眾生不別。當體全現。隨處作主遇緣即宗。有時放行。則溝渠瓦礫悉生光彩。有時把定。則真金七寶咸皆失色。所以道。諸人欲識命麼。流泉是命。湛寂是身。千波競起。是文殊境界。一亘晴空。是普賢床榻。其次借一句子是指月。於中事是話月。從上來事如節度使信旗相似。如諸古德未建立許多作略。到這裏作麼生商量。不假三寸試請說看。不假眼試觀矚看。不假耳試采聽看。所以道。盡十方世界。都盧是箇真實人體。更向什麼處著眼耳鼻舌身意。所以山僧從來向諸人道。塞却爾眼。教爾覷不見。塞却爾耳。教爾聽不聞。塞却爾鼻。教爾嚊不得。塞却爾口。教爾說不得。拈却爾身。教爾不知痛痒。坐却爾意根。教爾分別不得。正當恁麼時。却是好箇消息。且不是情塵意想分別計較得失是非境界。也須是罷却機境不立知見。不作道理。除却解會。不見有佛祖。然後可以坐斷報化佛頭。天下人羅籠不住。是故玄沙道。沙門眼目。直須把定世界。不漏絲毫。只如把時。諸人向這裏下喝得麼。打一坐具得麼拂袖出去得麼。從東過西從西過東得麼。六六三十六九九八十一得麼。都盧是自家屋裏事得麼。喚作本分事得麼。指露柱話燈籠得麼。唯心唯性得麼若恁麼。渾是紛紛紜紜俱非正見。若有箇正知正見底。便知有本分事。既知有本分事。終不作計校窠窟道理。作麼生道。還委悉麼。振奮吒沙無向背。翻身師子大家看。

> 上座が小参を請う。僧が問う：「城東の老母は仏と同生なのに、なぜ仏を見ないのですか。」師が言う：「彼には大丈夫の意気がある。」僧が進んで言う：「手で顔を覆っても、十本の指すべてに仏が見える。なぜ避けられないのですか。」師が言う：「ただ彼が自由を得ているからだ。」僧が進んで言う：「雪竇は『彼女は女だが、丈夫の行を持つ』と言った。これは彼女を認めたのか、認めなかったのか。」師が言う：「重ねて言うのは味がない。」師が言う：「情と無情は一体であり、目に触れるものすべてが真実である。仏と衆生は別ではなく、その体がそのまま現れる。どこにいても主となり、縁に遇えば即座に宗旨となる。時には放ち行けば、溝や瓦礫までもが光り輝く。時には把定すれば、真金や七宝もすべて色を失う。だから言う、諸君、命を知りたいか。流れる泉が命であり、静かに湛えるのが体である。千の波が競い立つのは文殊の境地であり、一筋に晴れ渡る空は普賢の座である。さらに一句を借りて指を月に示す。その中の事は月を語ること。古来の事は節度使の信旗のようなものだ。古徳たちがこれらの作略を立てなかったとしても、ここでどう商量するのか。三寸（舌）を使わずに説いてみよ。目を使わずに見てみよ。耳を使わずに聴いてみよ。だから言う、十方世界すべてが実に一つの真実の人体である。さらにどこに眼耳鼻舌身意を置くのか。だから山僧は常に諸君に言ってきた。お前の眼を塞ぎ、見えないようにする。お前の耳を塞ぎ、聞こえないようにする。お前の鼻を塞ぎ、嗅げないようにする。お前の口を塞ぎ、言えないようにする。お前の身を取り去り、痛痒を知らせない。お前の意根を坐らせ、分別できないようにする。まさにその時、これは良い消息である。しかもそれは情塵や意想、分別、計較、得失、是非の境地ではない。機境をやめ、知見を立てず、道理を作らず、解会を除き、仏祖を見ないことを要する。それから初めて報化仏の頭を坐断でき、天下の人々が籠絡できない。だから玄沙は言った、沙門の眼目は、まさに世界を把定し、毫も漏らさないことだと。ただ把する時、諸君はここで喝を下せるか。坐具を一つ打てるか。袖を払って出て行けるか。東から西へ、西から東へ行けるか。六六三十六、九九八十一とできるか。すべてが自分の家の事であると言えるか。それを本分事と呼べるか。露柱を指し、燈籠を話すことができるか。唯心唯性と言えるか。もしそのようにすれば、すべては紛々たるものであり、正見ではない。もし正知正見のある者がいれば、本分事があることを知る。本分事があることを知れば、ついに計較や巣窟、道理を作らない。どう言うのか。まだ委細を知っているか。奮って吒沙し、向背なし。身を翻す師子を皆で見よ。

小參。當陽一著千聖莫覷。面門一機作家罔措。恁麼恁麼。不恁麼不恁麼。拈向一邊行棒行喝。擊石火閃電光。放過一著。正當恁麼時。水泄不通。乾坤坐斷。有眼不可見。有耳不可聞。有口不可辨。有心不可思。任是通身是眼。盡乾坤大地草木叢林纖洪長短一一交羅。作無量無邊神通妙用。到這裏不消一剳。且道。具什麼道理便恁麼奇特。便恁麼直截。能恁麼坐斷。淨裸裸赤灑灑。全身獨露。便擔荷得行透得出。三世諸佛六代祖師乃至天下老和尚。只得飲氣吞聲目瞪口呿。雖然如是。即今諸人在這裏作箇什麼。山僧更據箇什麼說話即得。是則是。太殺不近人情。不免放一線道。還委悉麼。四海如今清似鏡。彎虹直氣透青霄。

> 小参。 その場その場の一着、千人の聖人も見ることができない。面と向かったこの一機、熟練の禅僧も対処の仕方を失う。こうだこうだ、と言うこともできず、こうではないこうではない、と言うこともできない。そのような分別を一切、脇へ置いて、棒を使い喝を放つ。火打ち石から火が走り、稲妻が光るような、瞬間の働きだ。その一着を見逃してはならない。 まさにこういう時、水も漏らさぬほどに充満し、天地全体が切断されたかのようだ。目があっても見ることができず、耳があっても聞くことができない。口があっても言い表せず、心があっても考え及ばない。たとえ全身が目となっても、あらゆる大地、草木、林、細かいものも大きなものも、一つ一つが織りなすようにして、無量無辺の神通妙用をなしている。 この境地に至れば、もはや一言の言葉も要らない。さあ言ってみよ、どのような道理があって、これほどまでに奇抜で、これほどまでに直截で、これほどまでに一切を断ち切っているのかと。 裸のまま、何の飾りもなく、全存在がただ独り顕れ出ている。そうして初めて、しっかりと担い、透き通って出ていくことができるのだ。三世の諸仏も、六代の祖師も、さらには天下の老和尚たちも、ただ息を呑み、声もなく、目を見開き口も開いたまま、呆然とするばかりだ。 しかしながら、今まさに諸君はここで何をしているのか。山僧がさらに何を語るというのか。それはそうだが、あまりにも人情にそぐわない。やむを得ず、一筋の道を開いておこう。皆に分かってもらえるだろうか。 四海は今や鏡のように澄み渡る 彎（まが）りし虹、直（なお）き気は青霄を透き通る

山僧二十七年。開箇鋪席。與一切人。解黏去縛抽釘拔楔。令一箇箇無窠臼無計校。不作合頭語。不作相似語。不依倚一物。與他二十八祖馬師百丈黃檗臨濟天下大宗師所為所行。全體顯露。非止今日。尋常不曾於寶華王座上說世諦語。亦不說禪機。不論生滅。豈可胡說亂說作地獄業。唯只憑此一著真實處。於一切人面前。直截吐露。承當得底真實悟入。得大受用更無凝滯。山僧而今已得退居。不欲更升座小參。此蓋承太夫人使君朝議通判大夫諸官員。晨夕每以此道見照。再三虔請為眾小參。隨分應命。然此一事也不難也不易。若道難。永嘉到六祖處。一句下便能承當。初至曹溪。遶禪床三匝。振錫而立。祖曰。夫沙門者。具三千威儀八萬細行。大德何方而來。生大我慢。永嘉云。生死事大無常迅速。六祖開箇方便門便道。何不體取無生。了取無速。諸人且道。無生作麼生體。速又作麼生了。一宿覺當頭便領云。體即無生。了本無速。如水入水水乳相同。箭鋒相拄自然恰好。六祖見他透得過便道。子甚得無生意也。只此一句。也有權也有實。也有照也有用。是他永嘉不向死句下坐殺。也不下合頭語。只徐徐地道。和尚。無生豈有意耶。奇哉奇哉。而今人纔見師道子甚得無生意。便謂。和尚肯我印證我。此恩難報。第三瓣香。不為別人。只是向語句裏死殺。不達本源。討甚麼盌。及至永嘉告辭。祖云。返太速乎。云本自非動。豈有速耶。祖云。誰知非動。云仁者自生分別。當時幸有大丈夫意氣。可惜放過。便與掀倒禪床。不為分外。又却隨例留一宿。又石頭在六祖會裏作沙彌時。一日問祖云。和尚遷化後。某甲如何。祖云。尋思去。及至六祖遷化後。他只一味坐禪。只管尋思箇無生底道理。鬼窟裏作活計。其時有同參遂問。爾作什麼。云和尚教我尋思去。所以坐禪。同參云。錯了也。有青原師兄名思。指汝去見他。石頭方省。遂往青原。原問。甚處來。云曹溪來。思拈起拂子問云。曹溪還有這箇麼。而今兄弟被人恁麼問。便下喝下語。野狐精見解。張眉弩眼強作主宰。總沒交涉。石頭便會答道。非但曹溪。西天亦無。思云。子莫到西天麼。曰若到即有也。不妨綿綿密密地。語不失宗。步步踏著。思云。未在更道。石頭云。和尚也須道取一半。莫全靠某甲。思云。不辭向汝道。恐已後無人承當。一日又問青原。和尚在曹溪時。還識六祖麼。思云。爾只今還識老僧麼。云識。又爭能識得。眾角雖多。一麟足矣。自然氣類相同。羽毛相似。如膠如漆。而今人一句東一句西。有時說心說性。求人印證。有什麼交涉。又藥山在石頭會下坐。次石頭來見便問。汝在此作什麼。云一物不為。頭云。恁麼則閑坐。而今人不會便道。喚什麼作閑坐。又道。不因和尚問某甲不知。心下黑漫漫地。只管胡道。他自有旨趣。乃云。若閑坐則為也。頭云。汝道不為。不為箇什麼。曰千聖亦不識。由是石頭作一讚云。從來共住不知名。任運相將只麼行。自古上賢猶不識。造次凡流豈可明。且道。畢竟不為底是箇什麼。何故却不識千聖。既不識。如何共住。所以這些子事不容爾思量計校。近傍不得。鬼神莫窺。脫却千重萬重惡知惡解。心眼自見。若見刺不除。得失是非關念。則永無交涉。此是山僧不得已為諸人說禪病。又喚作入理深談。只如玄沙令僧馳書上雪峯。峯上堂開緘。見三幅白紙。乃呈似大眾云。會麼。不見道。君子千里同風。便下座。其僧同舉似玄沙。沙云。山頭老漢蹉過也不知。敢問大眾。如何是雪峯蹉過處。莫是玄沙見解過於師麼。且喜沒交涉。都向情塵裏會。又爭會得。所以真如哲和尚有頌云。玄沙封白紙。雪老却同風。蹉過人難會。古曲調不同。到這裏凡聖情盡生死關透。得失是非了然不生。全體如如。如如亦不要。然後騎佛殿出三門。將新羅國與占波國鬪額。搽灰抹土展鉢喫飯。著衣禦寒自在優遊。初無二緣亦無二相。不是心不是佛。全心即佛。全佛即人。人佛不二。只這不二亦不消得。所以千聖出來。無爾提掇處。無爾湊泊處。如猛火聚近之則燎却面門。如按太阿擬之則喪身失命。到得恁麼田地。方始會得自家活計。所以古人道。尋牛須訪跡。學道貴無心。跡在牛還在。無心道易尋。又云。佛說一切法。為度一切心。我無一切心。何用一切法。有一伴共諸人商量。大家有一箇心。所作所為因甚却道無心。既若無心。開口動舌說話底。眾心領底。却是什麼。到這裏若不見徹。只成一場相謾。所以二祖見達磨斷臂立雪。磨云。將心與汝安。二祖云。覓心了不可得。而今兄弟若被問將心與汝安。便孟八郎。或打箇圓相。或進前三步退後三步。作女人拜。拍一下喝一聲。或撑眉努目。或說心說性。只是情塵業識。所謂學道之人不識真。只為從前認識神。無量劫來生死本。癡人喚作本來人。只如二祖豈不會作許多道理。因甚麼只答道。覓心了不可得。須知達磨當頭一拶。二祖當下如暗得燈如貧得寶。見徹根源。此中不喚作心。不喚作佛。亦不是物。直似紅鑪上著一點雪相似。山僧頃日問五祖和尚。二祖云。覓心了不可得。畢竟如何。他道。汝須自參始得這些好處。別人為汝著力不得。參來參去。忽因舉頻呼小玉元無事只要檀郎認得聲。忽然桶底脫。庭前柏樹子也透。麻三斤也是。玄沙蹉過也是。睦州擔板也是。不落因果也是。不昧因果也是。三乘十二分教。二六時中眼裏耳裏。乃至鐘鳴鼓響驢鳴犬吠。無非這箇消息。方省懷禪師頌云。蜀魄連宵叫。鵽𮬪長夜啼。圓通門大啟。何事隔雲泥。大丈夫漢。一等是踏破草鞋。放下情塵計校得失是非。識得根本。一物不留。絲毫不著。百骸俱潰散。一物鎮長靈。和一靈也不要。然後依時及節著衣喫飯。而今兄弟見恁麼說。便道。只是虛空裏打筋斗。兄弟。只這虛空也難得。豈不見祖師傳法偈云。心同虛空界。示等虛空法。證得虛空時。無是無非法。又楞嚴云。十方虛空生汝心內。猶若雲點太清裏。諸兄弟。既是訪尋知識把生死為念。歇却心猿意馬。荷擔大機大用。於佛祖不為處安穩坐地。有時向高高峯頂立。有時向深深海底行。任運猶如癡兀人。他家自有通人愛。山僧十年在眾。無一時異緣。只是參禪參到。第十年方打得徹。旋旋知非然後穩當。若有一念憎愛得失是非。即是垢衣。須是識得玄旨始得。所以道。不識玄旨徒勞念靜。得失是非一時放却。但莫憎愛洞然明白。楊岐所謂栗棘蓬有刺而難吞金剛圈者至小而難跳。勿語中有語。為人解黏去縛。不是人情底事。兄弟參禪。即不得邪解也須子細始得。只如趙州勘一菴主。入門便問。有麼有麼。庵主竪起拳。州云。水淺不是泊船處。又訪一庵主云。有麼有麼。主亦竪起拳。州云。能縱能奪能殺能活。且那裏是水淺不是泊船處。那裏是能縱能奪能殺能活處。有者道。趙州先知前庵主不會。所以道。不是泊船處。先知後庵主會。所以道。能殺能活。有底道。舌頭在趙州口裏。任渠與奪。如斯見解。總是邪徒情識卜度。不得真正宗眼。便是吞跳金剛圈栗棘蓬不得也。五祖和尚常云。諸方參得底禪。如瑠璃瓶子相似。愛護不捨第一。莫教老僧見。將鐵鎚一擊爾底碎定也。山僧初見他如此說。便盡心參他。他常問。有句無句如藤倚樹。作麼生會。山僧便喝或下語。總不契他。云須是情識盡淨計校都忘處會。山僧明日便於無計校處胡道亂道。轉沒交涉。後來徹悟實見實用。如明鏡當臺明珠在掌得大自在。釋迦老子道。若有一法過於涅槃。我即說為如幻如化。此一著子。亘古亘今凝然不變。火不能燒水不能溺。刀斧不能斫。喚作根本。一切有漏無漏。佛界魔界。淨土穢土。無不真實。若悟得可以丹霄獨步。不受別人處分。若未到恁麼田地。管取被人羅籠。山僧如今已退了院。彼此緣法自有時。所以今日因朝議太夫人請小參。盡情說與諸人。各自參究佛法本無彼此。諸家總是六祖下兒孫。終不說我是臨濟下人。須得我家宗派盛傳。寧可粉骨碎身。終不作這見解。復舉。僧問保壽。萬境來侵時如何。壽云。莫管他。僧禮拜。壽云。不得動著。動著打折汝腰。師云。大眾。保壽和尚用金剛王寶劍。一切逆順得失長短是非。無邊境界不消一瞥。這僧見機而作。當時禮拜。為什麼却道不動著子細檢點。大似龍頭蛇尾。山僧即不然。或有人問。萬境來侵時如何。亦對他道。莫管他。這僧或若便禮拜。只向他道。伶利衲僧。一撥便轉。

> 山僧は二十七年、一つの座を設けて、あらゆる人々のために束縛を解き、煩わしさを取り除き、釘を抜き、楔を外してきた。一人ひとりに、習わしや計らいのない境地に至らせ、決まり文句や似せた言葉を用いず、何ものにも依らずに、二十八祖、馬祖、百丈、黄檗、臨済といった天下の大宗師たちの行いとまったく同じ姿を、余すところなく顕したのである。これは今日に始まったことではない。いつものように宝華王座の上で世俗の話をすることもなく、禅の機知を語ることもなく、生滅について論じることもない。ましてや、いい加減なことを言い散らして地獄の業を作るようなことはしない。ただこの一つの真実の場所によって、すべての人の面前で、率直に露わに示すのみである。それを受け止めて本当に悟りを得たならば、大きな働きを得て、もはや滞りはない。 山僧はすでに退いて静かに住している身である。もはや上堂や小参を開きたいとは思わない。しかし、これは太夫人や使君、朝議、通判、大夫などの諸官人たちが、朝夕この道をもって我を照らし、再三、丁重に請じて、大衆のために小参を開くことを求めるからである。よって、分に応じて命を受けることにした。 しかしこの一事は、難しくもなく易しくもない。「難しい」と言うならば、永嘉大師は六祖のもとに至り、一句のもとに即座に受け取った。初めて曹溪に到り、禅床の周りを三度巡って、錫杖を鳴らして立ち止まった。祖師が言った、「沙門たる者は、三千の威儀、八万の細行を具えるものである。大徳はどちらから来られたのか、大きな我慢を起こしておられる」。永嘉は言った、「生死の事は大きく、無常は速やかでございます」。六祖は方便の門を開いて言った、「なぜ『無生』を体得し、『速さ』を了得しないのか」。諸人よ、いわゆる「無生」をどのように体得するのか。また「速さ」をどのように了得するのか。「一宿覚」はその頭をもって即座に領解して言った、「体ずる即ち無生、了ずるは本と速きなし」。水が水に入るが如く、水と乳が同じであるように、矢じりと矢が合わさるように、自然とぴたりと合致した。六祖は彼が透き通ったのを見て言った、「子はよく無生の意を得た」。ただこの一句にも、権もあり実もあり、照もあり用もある。しかし彼は死んだ句の下で座して殺されることなく、また決まり文句をも下さず、ただゆっくりと言った、「和尚、無生にどうして意がありましょうか」。奇なるかな、奇なるかな。 今の人々は、師が「子はよく無生の意を得たり」と言うのを聞くと、すぐに「和尚は私を認め、印可してくださった。この恩は報じ難い」と思い込む。第三の香を捧げるのも、他人のためではない。ただ言葉の句の中で死に捉えられ、本源に達せずに、何を求めているのか。永嘉が辞別するに及び、祖は言った、「帰るのがあまりに速すぎるのではないか」。永嘉は言った、「本と自ら動くことなく、どうして速さがありましょうか」。祖は言った、「誰が動かざるを知るのか」。永嘉は言った、「仁者が自ら分別を生じるのです」。あの時、もし大丈夫の意気込みがあったなら、惜しくも見逃してしまったが、禅床をひっくり返しても分を越えることはなかっただろう。しかし彼はそのまま例に従って一夜を留まった。 また石頭和尚は六祖の会で沙弥であった時、ある日祖に問うた、「和尚が遷化された後、私はどうすればよいでしょうか」。祖は言った、「『尋思』せよ」。六祖が遷化した後、彼はただひたすら坐禅し、無生の道理を思い続けた。これは「鬼の窟」の中で活動をしているようなものであった。その時、同参が問うた、「あなたは何をしているのか」。彼は言った、「和尚が『尋思せよ』と教えられたので、坐禅しているのです」。同参は言った、「間違っています。青原の兄、思禅師が、あなたに彼に会いに行くように言っておられます」。石頭はそこで初めて悟り、青原のもとへ行った。青原が問うた、「どこから来たのか」。彼は言った、「曹溪から参りました」。青原は払子を挙げて問うた、「曹溪にはこれがあるか」。今の兄弟たちは、このように問われると、すぐに喝をしたり言葉を出したりするが、それは野狐精の見解であり、眉をひそめ目を見張って無理に主となろうとするが、まったく関わりがない。石頭は即座に答えた、「曹溪だけでなく、西天にもありません」。青原は言った、「子は西天に行ったことがあるのか」。彼は言った、「もし行ったならば、それがあるでしょう」。実に綿々として密やかで、言葉は宗旨を失わず、一歩一歩が確実に踏まれている。青原は言った、「まだだ、もう一度言え」。石頭は言った、「和尚も半分言ってください。私ばかりに頼らないでください」。青原は言った、「言うことを辞さないが、後の人に受け取る者がいないことを恐れるのだ」。 ある日また青原に問うた、「和尚が曹溪におられた時、六祖をお識りでしたか」。青原は言った、「あなたは今、老僧をお識りか」。彼は言った、「識っております」。「どうして識えるのか」。多くの角があっても、一頭の麟がいれば十分である。自然に気類は同じくし、羽毛は相似し、膠の如く漆の如し。今の人々は、一言は東、一言は西で、時には心を説き性を説いて、人の印可を求めるが、何の関わりがあろうか。 また薬山和尚が石頭の会で坐していた時、石頭が来て見て問うた、「あなたはここで何をしているのか」。彼は言った、「一物も為しません」。石頭は言った、「それならば閑坐しているのか」。今の人々はこれが分からずに、「何を閑坐と言うのか」と言い、また「和尚が問わなければ、私は知らなかったでしょう」と言う。心の中は暗澹として、ただいい加減なことを言うのみ。彼には自らの旨趣があった。すなわち言った、「もし閑坐であるならば、それは為すことになります」。石頭は言った、「あなたは『為さない』と言うが、何を為さないのか」。薬山は言った、「千の聖人もまた識らないのです」。ここにおいて石頭は一つの讃を作った、「従来共に住して名を知らず、任運に相将としてただかく行く。古より上賢もなお識らず、造次の凡流豈に明らめんや」。さて、一体「為さない」というのは何か。なぜ千聖も識らないのか。識らないのであれば、どうして共に住することができるのか。だからこのような事は、あなたの思量や計較を許さず、近づくこともできず、鬼神も窺うことができない。千重万重の悪い知解を脱ぎ捨てれば、心の眼は自ら見る。もし見の刺が除かれず、得失や是非が心にかかっているならば、永遠に関わりがない。 これは山僧がやむを得ず諸人に説く「禅病」であり、「理に入る深い談」とも呼ばれる。玄沙が僧に書を雪峰のもとへ届けさせた。雪峰は上堂して封を開き、三幅の白紙を見て、大衆に示して言った、「分かるか。『君子は千里同じ風』と言うではないか」。そして座を下りた。その僧は帰って玄沙にこのことを話した。玄沙は言った、「山の頭の老漢は、取り損なったのを知らないのだな」。あえて大衆に問う、雪峰が取り損なったところはどこか。まさか玄沙の見解が師を超えていると言うのか。それは全く関わりがない。すべて情念の塵の中で会おうとしている。どうして会えるだろうか。だから真如哲和尚には頌がある、「玄沙白紙を封じ、雪老は却って同風。蹉過は人の会し難く、古曲の調同じからず」。ここに至れば、凡聖の情は尽き、生死の関は透り、得失是非は了然として生じない。全体が如如であり、如如すらも要らない。そしてその後、仏殿に乗って三門を出て、新羅国と占波国が額を突き合わせ、灰を塗り土をまぶして、鉢を広げて飯を食べ、衣を着て寒さを防ぎ、自在に優游する。初めから二つの縁もなく、二つの相もない。心にあらず仏にあらず、全心すなわち仏、全仏すなわち人、人と仏は二つでない。ただこの「二つでない」すらも要らない。だから千の聖人が出てきても、あなたがつまみ上げるところはなく、近づき集まるところもない。猛火の塊の如く、近づけば面の門を焼き尽くす。太阿の剣に手をかければ身を失い命を失う。このような境地に到ってこそ、初めて自らの生業を会得する。 だから古人は言った、「牛を尋ぬるには跡を訪ねよ、道を学ぶには心無きを貴ぶ。跡在れば牛はなお在り、心無ければ道は求め易し」。また言った、「仏は一切の法を説く、一切の心を度さんがために。我に一切の心なければ、何を用いん一切の法を」。ここに一人の伴侶が諸人と商量する。皆が一つの心を持っているのに、なぜ「心なし」と言うのか。もし心がないならば、口を開き舌を動かして話す者は、大衆が心で領解する者は、一体何なのか。ここに来て徹見しなければ、ただ一場の互いの騙し合いになるだけだ。 だから二祖は達磨に会うため、腕を断ち雪の中に立った。達磨は言った、「心を持って来なさい、それを安じてやろう」。二祖は言った、「心を探しても得られません」。今の兄弟たちが「心を持って来よ、安じてやろう」と問われたら、粗暴に円相を描いたり、三歩進み三歩退いたり、女のように礼をしたり、一拍して一声喝したり、眉をひそめ目を見張ったり、心を説き性を説いたりする。これはすべて情念の塵、業の識である。いわゆる「道を学ぶ人は真を識らず、ただ从前の識神を認むるのみ。無量劫来の生死の本、痴人は喚んで本来の人とす」。二祖が多くの道理を言えたであろうに、なぜただ「心を探しても得られません」と答えたのか。知るべし、達磨が頭を真っ向から迫った時、二祖はその場で、暗夜に灯りを得たように、貧者が宝を得たように、根源を見徹した。この中では、心とも呼ばず、仏とも呼ばず、物でもない。まるで赤い炉の上に一片の雪を置くようなものだ。 山僧は先日、五祖和尚に問うた、「二祖が『心を探しても得られません』と言った、結局どうなのでしょうか」。彼は言った、「あなた自身が参究しなければならない。これらの良いところは、他人があなたのために力を尽くすことはできない」。参じに参じて、忽然と「頻に小玉を呼ぶも元と事無し、ただ檀郎の声を認むるを要る」という句を挙げて、たちまち桶の底が抜けた。庭前の柏樹子も透り、麻三斤も透り、玄沙の取り損ないも透り、睦州の担板も透り、因果に落ちないも、因果に昧くないも、三乗十二分教も、二六時中、眼の中、耳の中、鐘の鳴るのも太鼓の響きも、驢馬の鳴き声も犬の吠え声も、ことごとくこの消息でないものはない。そこで初めて懐禅師の頌を悟った、「蜀魄は連宵叫び、鵽鳩は長夜に啼く。円通の門は大いに開く、何事か雲泥を隔てん」。大丈夫たる者は、同じく草鞋を踏み破って、情塵や計較、得失是非を放下し、根本を識り、一物も留めず、糸ほどの執着もなければ、百の骸はことごとく潰え散っても、一物は永遠に霊妙である。その一霊すらも要らない。そして時節に従って衣を着て飯を食べる。 今の兄弟たちは、このように説くのを聞いて、「ただ虚空の中で宙返りをしているだけだ」と言う。兄弟よ、ただこの虚空すらも得難いのである。祖師の伝法偈が言うではないか、「心は虚空界の如く、等しく虚空の法を示す。虚空を証得する時、是もなく非法もなし」。また楞嚴経には、「十方の虚空、汝の心内に生ずるは、猶お雲の太清の中に点ずるが如し」とある。 諸兄弟よ、知識を尋ね訪ねて生死を念とし、心猿意馬を休め、大機大用を担い、仏祖の為さざるところで安穩に坐せよ。時には高い峯の頂に立ち、時には深い海底を行く。任運に愚かで兀然とした人のように。彼の家には自ずから通人が愛する者がある。山僧は十年間、大衆の中にいて、一瞬も異なる縁はなかった。ただ参禅し、第十年になって初めて打ち徹した。漸く過ちを知って、それから安穩となった。もし一念の憎愛、得失、是非があれば、それは垢の衣である。必ず玄旨を識らねばならない。だから言う、「玄旨を識らざれば、徒らに念静を労す」。得失是非を一時に放却せよ。ただ憎愛せずんば、洞然として明白である。 楊岐が言う、「栗棘蓬は刺があって呑み難く、金剛圈は至って小さく跳び難い」。語の中に語があり、人のために結びを解き縛りを除く。これは人情の事ではない。兄弟よ、参禅するには、邪解であってはならない。子細にしなければならない。趙州が一つの庵主を試した。門に入るや問うた、「あるか、あるか」。庵主は拳を立てた。趙州は言った、「水が浅い、船を泊める処ではない」。また別の庵主を訪ねて言った、「あるか、あるか」。主もまた拳を立てた。趙州は言った、「縦にし得、奪うことを得、殺し得、活かすことを得」。さて、どこが「水が浅い、船を泊める処ではない」のか。どこが「縦にし得、奪うことを得、殺し得、活かすことを得」るところか。ある者は言う、「趙州は前の庵主が分かっていないのを先に知っていたので、『船を泊める処ではない』と言った。後の庵主が分かっているのを知っていたので、『殺し活かすことを得る』と言った」。ある者は言う、「舌は趙州の口の中にある、彼に与奪させるままに」。このような見解は、すべて邪な徒の情識による推測であり、真正の宗眼ではない。すなわち、金剛圈や栗棘蓬を呑み跳ぶこともできない。 五祖和尚は常に言った、「諸方で参得た禅は、瑠璃の瓶のようなものだ。愛護して捨てない。第一に、老僧に見せるな。鉄槌で一つ撃って、お前のものを砕いてしまうぞ」。山僧は初めて彼がこのように言うのを聞いて、心を尽くしてこれに参じた。彼は常に問うた、「有句無句、藤の樹に倚るが如し、どう会得するか」。山僧はすぐに喝したり、言葉を出したりしたが、すべて彼にかなわなかった。彼は言った、「情識が尽き、計較がすべて忘れられたところで会得せよ」。山僧は翌日、計較のないところでいい加減なことを言い散らしたが、ますます関わりがなくなった。後に徹悟し、実見実用を得た。明鏡が台にあり、明珠が掌にあるように、大自在を得た。 釈迦老子は言った、「もし一法でも涅槃より過ぎたものがあれば、我はこれを如幻如化と説く」。この一着の事は、亘古亘今、凝然として変わらず、火も焼くことができず、水も溺らすことができず、刀斧も斬ることができない。これを「根本」と呼ぶ。一切の有漏無漏、仏界魔界、浄土穢土、ことごとく真実でないものはない。もし悟り得れば、丹霄を独歩し、他人の処分を受けない。もしこの境地に到っていなければ、きっと人に羅籠される。 山僧はすでに院を退いた。互いの縁法には時がある。今日、朝議太夫人の請により小参を開き、心ゆくまで諸人に説いた。各自、参究せよ。仏法には本と彼此がなく、諸家はみな六祖の下の児孫である。決して「私は臨済の下の人である」と言って、我が家の宗派が盛んに伝わることを望んだりしない。骨を粉にし身を砕いても、このような見解を決して作らない。 ここで挙げる。僧が保寿に問うた、「万境が来て侵す時はどうすべきか」。保寿は言った、「気にするな」。僧は礼拝した。保寿は言った、「動いてはならない。動けばお前の腰を打ち折る」。師が言った、「大衆よ、保寿和尚は金剛王宝剣を用いる。一切の逆順、得失、長短、是非、無辺の境界も一瞥を要さない。この僧は機を見て作す。その時、礼拝した。なぜ『動いてはならない』と言ったのか。子細に検点せよ。まるで龍頭蛇尾のようだ。山僧はそうではない。もし誰かが『万境が来て侵す時はどうすべきか』と問うたら、彼にも『気にするな』と答えよう。この僧がもし礼拝したならば、ただ彼に向かって言う、『利根な衲僧は、一撥すればすぐに転じる』と」。

師云。父母未生已前。淨裸裸赤灑灑。不立一絲毫。及乎投胎既生之後。亦淨裸裸赤灑灑。不立一絲毫。然生於世。墮於四大五蘊中。多是情生翳障。以身為礙。迷却自心。若是明眼人。明了四大空寂五蘊本虛知四大五蘊中。有箇輝騰今古逈絕知見底一段事。若能返照。無第二人。根脚下淨裸裸赤灑灑。六根門頭亦淨裸裸赤灑灑。乃至山河大地窮虛空界。盡無邊香水海。亦淨裸裸赤灑灑。恁麼說話。莫是撥有歸無麼。且喜沒交涉。若撥有歸無。杳杳冥冥。墮在豁達空撥無因果處。則永劫出他地獄三塗因果不得。若真實徹證。到真淨明妙實際理地。則四聖六凡三世諸佛天下祖師有情無情。悉於是中流出顯現。所以孚上座問鼓山晏國師道。父母未生前鼻孔在什麼處。山云。即今生也在什麼處。孚上座不肯云。爾問我來。山如前問。孚但搖扇。大凡參請。參須實參。見須實見。用須實用。父母未生前鼻孔在什麼處。孚上座只搖扇子。莫是弄精魂麼。須知有奇特事始得。只如文殊初生見十吉祥異相。須菩提生室現空相。善財初生涌出萬寶藏。皆在此一大寶光中淨裸裸赤灑灑流出。若只在杳杳冥冥墮在空空寂寂處。豈有如是奇特。所以古人於生處見大奇特。如世尊分手指于天地自云。天上天下唯吾獨尊。若逢雲門大師。尚不以為奇特。直行衲僧正令。後來老宿云。雲門知恩方解報恩。既知了。便以衲僧本分事向逆順境界中行。且道。還當得麼。若是平展商量。則有向上事。若據衲僧本分事上。不直半分。何故。他家自有通霄路。

> 師は言った。「父母が生む前、すでに清らかで裸のままで、何一つ立っていない。そして胎に宿り生まれた後も、やはり清らかで裸のままで、何一つ立っていない。しかし、この世に生まれて、四大と五蘊の中に落ちると、多くは感情が生じて翳りとなり、体を妨げとし、自らの心を迷わせてしまう。もし明眼の人がいれば、四大は空しく寂しく、五蘊は本来虚ろであると明らかにし、四大と五蘊の中に、古今に輝き渡り、知覚や見解を超えた一つの大事があると知る。もし自らに返って照らすことができれば、第二の人はいない。根源の足元は清らかで裸のままで、六根の門の先も清らかで裸のままである。さらには山河大地、窮まりのない虚空界、限りない香水海に至るまで、すべてが清らかで裸のままである。このように話すのは、有を払って無に帰するということだろうか。それはまったく見当違いである。もし有を払って無に帰するならば、暗く昏く、豁達空や無因果の見解に落ち込み、永遠に地獄や三途の因果から抜け出せない。もし真に徹見し証得して、真に清らかで明妙な実際の理地に至るならば、四聖も六凡も、三世の諸仏も、天下の祖師も、有情も無情も、すべてこの中から流れ出て顕現する。だから孚上座が鼓山晏国師に問うた、「父母が生む前の鼻はどこにあるのか」と。山は言った、「今まさに生まれて、どこにあるのか」。孚上座は肯かず、言った、「あなたが私に問いなさい」。山は前言のように問うた。孚はただ扇子を揺らすだけだった。およそ参じ請うには、参ずるに真実の参究を要し、見るに真実の見解を要し、用いるに真実の活用を要する。父母が生む前の鼻はどこにあるのか。孚上座はただ扇子を揺らすだけだった。これは精神を弄んでいるのではないか。奇特な事があることを知らねばならない。例えば文殊が初めて生まれた時に十の吉祥の異相を見せ、須菩提が生まれた時に部屋に空相が現れ、善財が初めて生まれた時に万の宝蔵が湧き出た。これらすべてこの一大宝光の中から、清らかで裸のままに流れ出たのである。もしただ暗く昏く、空しく寂しいところに落ち込んでいるなら、どうしてこのような奇特があろうか。だから古人は生まれたところに大いなる奇特を見たのである。例えば世尊が天地を指さして手を分け、自ら言った、「天上天下、唯我独尊」と。もし雲門大師に逢えば、さらに奇特とはしない。ただ衲僧の正しい命令を行じるのみである。後の老宿が言った、「雲門は恩を知り、それで初めて恩に報いることができる」。すでに知ったならば、衲僧の本分の事をもって、順境逆境の境界のうちを行じる。さて、それに当たるだろうか。もし平らに展開して商量するならば、向上の事がある。もし衲僧の本分の事に基づくならば、半分の価値もない。なぜか。彼らには自ずから天に通じる道があるからである。」

師云。現成公案。不隔一絲毫。普天匝地。是一箇大解脫門。與日月同明。與虛空等量。若祖若佛無別元由乃古乃今同一正見。若是利根上智。不用如之若何。直下壁立萬仞。向自己根脚下承當。可以籠罩古今。坐斷報化佛頭。更無纖毫滲漏。威音王已前無師自悟。是大解脫人。威音已後因師打發。不免立師立資。有迷有悟。雖然如是。要且只是方便垂手接人。所以達磨西來不立文字。直指人心見性成佛。後來六祖大鑑禪師。尚自道。只這不立兩字。早是立了也。何況語言機境種種知解。須是一筆句斷始得。此一件事直饒三世諸佛出興。以無量知見方便接引。亦只有限。歷代祖師天下老和尚。設百千問答提持。亦只有限。不如向自己脚跟下究取。威音王已前空劫那畔。自己家珍隨處受用也。須是大丈夫漢意氣方有如是作略。亦不依他言語指示。不受他欺謾。從朝至夜。入息不居陰界。出息不涉萬緣。極是省要。只為各各當人自違背此事。向六根門頭。認光認影。不得快活。却云。爭奈某甲疑何。且道。疑從什麼處來。又道。某甲為什麼道不得。只爾這道不得底是什麼。為爾不能回光直下承當。祖師道。自己分上。有如是靈光。有如是自在。一切眾生流浪情塵不能解脫。假使將此一大事因緣。種種垂示。猶是有機有境。落在情塵。要會麼。直是一念不生。方有少分相應。所以先師道。直須是命根斷始得。且道。如何是命根斷。須是打疊從前知見種種解會。一似大死底人。活得起來。自然無諍。所以道。我得無諍三昧人中最為第一。不見南泉和尚道。黃梅七百高僧。盡是會佛法底。只有盧行者一人不會佛法。所以得他衣盂。須是恁麼人始契恁麼事。又云。如聖果大可畏處。蓋為無如許聖量等事。若是沒量大人。終不肯亂承當。終不道。我能我解我是禪師。若如此則墮在解脫深坑。不見雲門大師道。平地上死人無數。過得荊棘林者是好手。而今平地上。死人無數。雲門一句道著。山僧這裏則不然。直饒透得荊棘林。亦未是好手。更須知有銀山鐵壁。直須透得銀山鐵壁。然後是千了百當底人。方知有向上事。可以分付鉢袋子。更不與他情塵作對。浩浩作佛法見解。作禪道商量。直須心境一如湛湛寂寂地無為無事。又不墮在無為無事處。到此須是向上人始得。所以龍牙和尚道。無端遣向墨池邊。惹得身心黑似煙。却向上流清處洗。身心用盡亦如然。德山和尚道。但有文字語言。皆是依草附木竹木精靈。須是獨脫一路。猶較些子。只如今衲僧家。也須著精神參取始得。千里萬里行脚。一等是踏破草鞋。也須是踏得破始得。方且不孤負平生。彼此來南閻浮提打一遭。也不虛過亦不折本。然後向四威儀中。隨時受用。亦自安樂。忽然一旦霜露果熟。被人推向曲彔木床上。作人天師。與人解粘去縛。不妨奇特。若未諦當。切不可為人禍事也。不見德山道。一似婬婦相似。一向立問立答。立賓立主。有甚麼交涉。大凡參學人。當須灑灑落落直下徹去。豈不慶快。

師云。現成公案。更不消如之若何直下一切截斷。猶較些子。佛法本無許多。若以無心無念無事無為無計校無分別。至竟著衣至竟喫飯。何曾動著一絲毫。便能坐斷報化佛頭。不起一絲毫佛法見解。所以古人纔見僧來便云。見成公案。放爾三十棒。布漫天網。打衝浪巨鱗。持萬里鉤。御千里烏騅馬。也是事不獲已。所以石室和尚。纔見人來舉起拄杖云。過去諸佛也恁麼。見在諸佛也恁麼。未來諸佛也恁麼。只與爾略露些子鋒鋩。若是箇人。纔見恁麼道。撩起便行。猶較些子。若是纔入思量。已被漫天網罩却也。如是三十年。只有長沙和尚。知渠落處。便云。和尚放下拄杖子。別通箇消息來。方契他意。而今參學兄弟。直須是箭鋒相拄針芥相投內外絕消息始得。若只尋見尋聞求知求解。只成箇生死根本。何不體取無生了本無速。若能箇箇如是見。生死路一時截斷。全不動一絲毫頭。所以道。居千人萬人中。如無一人相似。只是歇得身心。百無知解。如無用處一般。若是隨言逐句作道理。滿肚皮是禪。何時得脫去。故南泉禪師道。山僧出世。只為諸人。拈却佛病祖病。老僧尋常向兄弟道。父母未生前。還有形貌也無。他教中道。四大五蘊成身。只因父母交感一念染心。而成此身。我且問爾。哆哆和和時。何不共人相爭。及至纔長大。便有爭人爭我。四大一旦離散。依前還復本來形貌。故云。菩提本無樹。明鏡亦非臺。本來無一物。何處惹塵埃。各宜勉力。以悟為期。莫虛度光陰。時不待人。

師云。此箇大事。已是八字打開了。直饒回頭返照。早是鈍置也。直是徹底信得。於未發言已前。一時覷透。既發言之後。且道。作麼生承當。初機之士。且於脚跟下明取。而今坐立儼然。各各見聞不昧。人人向脚跟下。如印印空如印印水如印印泥。初不分得失彼我是非。淨裸裸赤灑灑。輝騰今古。逈絕知見。返照回光。豈有許多事。然未返照時。却無許多事。只如尋常百不思百不管絕念忘緣時。一時現成。聊聞返照。便作箇見聞覺知解會。各各在見聞覺知處。起模畫樣。方恁麼時。落在生死陰果中。無由得出離。欲明此事。直須蘊藉深方。可不落是非得失聞見知覺。纖毫淨盡始得快活。拘牽惹絆他不住。所以道。如人學射久久方中。豈不見。裴相國出鎮宛陵。因遊寺見高僧像。遂問僧職云。高僧儀相可觀。未審高僧在什麼處。于時僧職莫知所措。裴公云。此間有禪僧麼。僧職云。近有一僧。捨身掃地。身披百衲。恐是禪僧。及乎請得來。乃是黃檗斷際運禪師也。裴公乃舉前話問之。檗乃召相公。公應諾。檗云。在什麼處。裴公於此大悟。諸人且道。問處是答處是。且道。又是箇什麼禪僧家。直須有省發始得。莫只認聲認色。所以老僧尋常道。千人萬人但識取一人。千句萬句但識取一句。千機萬機但明取一機。畢竟且道。是什麼。將知洪爐大冶千煆百煉。正要得人。須知向一言下。一明一切明。一了一切了。聊聞舉著。透頂透底。淨盡無餘。且如斷際。一呼之下。因什麼高僧却作裴公。裴公却成高僧。若論此事。直須是俊流始得淨盡。所以道。舉不顧即差互。擬思量何劫悟。本分衲僧。不要思量分別。直須求箇悟處。言悟者。如失一件物多年廢置而一旦得之。又如傷寒病忽然得汗。直是慶快也。將知悟心見性。非思量分別。所以證入金剛正體。自然亘古亘今。廓周沙界。水不能溺。火不能燒。世界壞時。此箇常住。為山河大地之本。六凡四聖之家。而蘊在各各當人方寸之下。若能方寸頴悟。獨露真常。於萬別千差說處。終不起異見。於千差萬別境上。終不作別解。須是打併淨盡。方可全體見成。如水潦問馬祖。本來佛法。祖與一踏倒地。忽然大悟。起來呵呵大笑云。百千三昧無量妙義。只向一毫頭。一時識得根源去。又呵呵大笑。後來出世。每陞堂自云。自從一喫馬師踏。直至如今笑未休。復呵呵大笑。且道。作麼生是根源。將知此箇根源。若識得了。說到深深密密。千聖所不到處亦得。若只一棒一喝。盡乾坤大地一時收來。如金剛王寶劍踞地師子亦得。行脚人要參禪。有如是眼腦。方可入作。直須審細言。多去道轉遠。

## 圓悟佛果禪師語錄卷第十二