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仏説立世阿毘曇論 (佛說立世阿毘曇論)


夜叉神品第四

夜叉神品第四

時剡浮提中有兩眾山,恒河之南名娑多耆利山,恒河之北名醯摩跋多山。娑多耆利山中是山最大:一名薩闍、二名頻訶、三名末車、四名遏車婆、五名間訶耆利、六名波梨耶多羅。醯摩跋多山中是山最大:一名周羅迦羅、二名摩訶迦、三名瞿訶那、四名修羅婆計、五名雞羅、六名乾馱摩馱、七名修槃那般沙。若一切神住河南山者,皆名娑多耆利神;若在河北山者,皆名醯摩跋多神。是娑多耆利神,領河南一切諸神,故名為王;是醯摩跋多神,領河北一切諸神,故名為王。云何知耶?有一神王名醯摩槃,住醯摩跋多山。是神王最長老大,年至極位,重疾困苦。是神臨死,其有太子名醯摩跋多,呼來教示,即語子言:「阿父我已得聞,從昔夜叉神最為長老,見過去佛,曾值迦葉佛,聞說釋迦牟尼佛將應出世。如我見相及我所見因緣,是釋迦佛不久應下。阿父若我中間捨命不及佛者,汝決應往令得見佛,若汝見佛決大利益。」太子問曰:「云何令我知佛出世?」父答子言:「汝屋舍中未曾有寶而出現者,當知是時如來出世。復有神王名娑多耆利,住摩伽陀國界中,汝當與彼共作朋友,同立誓願:『我之與汝所住之處,若見希有奇寶現者,莫不相報。』」是時父王教其子已,即便捨命。是時太子供養父尸,憶持尊重父之遺囑,因是度河往覓娑多耆利神王。至神所已,對面語言,共相和敬,同坐一處。醯摩跋多神語娑多耆利王言:「府君!我父臨死說如上言,因即過世。是故我今語汝是事。若屋室中非常寶現,決須相報。」娑多耆利答:「如是如是。」於是二人既立誓已,各還所住。後時醯摩跋多王宅有奇寶現,蓮花千葉,大如車輪,黃金為葉,眾寶為莖。時有一神,見是蓮花,馳往白王:「王今知不?是寶瓌異,世未曾有,今已出現。千葉蓮花,大如車輪,黃金為葉,眾寶為莖。此是天物,願王往觀。」是時神王聞是言已,即往池所,見是蓮花具足千葉,大如車輪,眾寶所成,莊嚴奇特。見是事已,心生驚怪,身毛皆竪。自下池中,恭敬合掌,頂禮三過,旋遶三匝。作是思惟:「我於昔時,曾值善友,而教我言:『汝所住處若有奇寶,當遣報我。』」因遣使者,往報娑多耆利神王曰:「府君!我今住處,希有之寶今已出現。」具說寶相:「汝今當來共我觀視。」是時世尊已出於世,正法已說,一向寂靜,今至涅槃,往向菩提,修伽陀所教。是時娑多耆利王覺憶此事,作是思惟:「我昔曾有善友來報我言:『汝所住處,諸佛世尊於中得道。若佛已出,汝應報我。』是其所欲,故我應報。」娑多耆利王即遣使往,謂是王言:「府君!若一蓮花,作何利益?若百若千,亦何利益?我國土中未曾有寶,今已出現。何者名寶?謂多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,今已出世。汝今應來共事此寶。」醯摩跋多九月十五是布薩時,有五百神共相圍遶,取諸蓮花,面向南行履空而去,往娑多耆利王所。彼王又將五百神眾,共相圍遶,來迎是王於恒河南邊,共相聚集。既相見已,醯摩跋多王說偈,問彼神曰:

この世界に二つの山があります。ガンジス川の南にあるのがサータギリ山、北にあるのがヒンマパッタ山です。

サータギリ山の中で最も大きな山は六つあります。サージャ、ビンカ、マッチャ、アッチャバ、カンカギリ、パリヤタラです。 ヒンマパッタ山の中で最も大きな山は七つあります。チューラカラ、マハーカ、グハナ、スラバケ、キラ、ガンダマダ、スパンナパンサです。

川の南の山に住む神々は皆、サータギリ神と呼ばれ、川の北の山に住む神々は皆、ヒンマパッタ神と呼ばれます。 サータギリ神は川の南のすべての神々を統べるので王と呼ばれ、ヒンマパッタ神は川の北のすべての神々を統べるので王と呼ばれます。

どうしてそう言えるのでしょうか。 ヒンマパッタ山に住む、ヒンマパンという名の神王がいました。この神王は最も長老で、年齢も極位に達し、重い病に苦しんでいました。 この神が臨終の際、ヒンマパッタという名の太子を呼び寄せ、教え諭しました。そして子にこう言いました。

「父はすでに聞いている。昔の夜叉神が最も長老で、過去の仏陀に会い、迦葉仏に値遇し、釈迦牟尼仏がやがてこの世に現れると説かれたことを。 私が見た相と、私が見た因縁によれば、この釈迦仏は間もなく降臨されるだろう。 父よ、もし私がその間に命を終えて仏陀に会えないならば、あなたは必ず行って仏陀にお会いしなさい。もしあなたが仏陀にお会いすれば、きっと大きな利益を得るだろう。」

太子が尋ねました。「どうすれば、私に仏陀の出世を知らせることができますか。」 父は子に答えました。「あなたの住まいの中に、これまでになかった宝が出現したなら、その時こそ如来が世に出られた時だと知りなさい。 また、マガダ国の国境に住む、サータギリという名の神王がいる。あなたは彼と友となり、共に誓いを立てなさい。『私とあなたの住むところで、もし稀有な奇宝が現れたなら、必ず互いに報せ合おう。』と。」

その時、父王は子に教えを授けると、すぐに命を捨てました。 太子は父の遺体を供養し、父の遺言を心に刻み、尊重しました。そして川を渡り、サータギリ神王を尋ねました。 神王のもとに至ると、対面して言葉を交わし、互いに和やかに敬い合い、同じ場所に座りました。

ヒンマパッタ神はサータギリ王に言いました。「府君よ。私の父は臨終に上記の言葉を説き、そのまま世を去りました。ですから私は今、あなたにこのことを伝えます。もし屋室の中に普通でない宝が現れたなら、必ず報せ合いましょう。」 サータギリは答えました。「その通りです。」 こうして二人は誓いを立てると、それぞれの住まいに戻りました。

後日、ヒンマパッタ王の住まいに奇宝が現れました。千枚の花弁を持つ蓮華で、車輪ほども大きく、黄金の花弁、様々な宝でできた茎でした。 その時、一柱の神がこの蓮華を見て、急いで王のもとへ走り、告げました。「王よ、ご存知ですか。この宝は珍しく、世に未だかつてなく、今出現しました。千枚の花弁を持つ蓮華で、車輪ほども大きく、黄金の花弁、様々な宝でできた茎です。これは天の物です。どうか王はご覧ください。」

神王はこの言葉を聞くと、すぐに池の場所へ行き、その蓮華を見ました。千枚の花弁が揃い、車輪ほども大きく、様々な宝でできており、荘厳で奇特でした。 これを見て、心に驚き怪しみ、身の毛が皆逆立ちました。自ら池の中に降り、恭しく合掌し、三度頂礼し、三匝右繞しました。 そしてこう思いました。「私は昔、善き友に値遇し、こう教えられた。『あなたの住むところに、もし奇宝があれば、私に報せなさい。』と。」 そこで使者を遣わし、サータギリ神王に報せました。「府君よ。私の住むところに、今、稀有な宝が出現しました。」と宝の相を詳しく説き、「あなたは今、来て共にこれを見るべきです。」と。

その時、世尊はすでに世に出られ、正法はすでに説かれ、ひたすら寂靜であり、今や涅槃に向かい、菩提へと向かい、善逝(スガタ)の教えのところへと至っていました。 その時、サータギリ王はこのことを思い出し、こう考えました。「私は昔、善き友が来て、こう報せてくれた。『あなたの住むところに、諸仏世尊がその中で道を得られる。もし仏がすでに出られたなら、あなたは私に報せなさい。』と。これが彼の望みであるから、私は報せるべきだ。」 サータギリ王はすぐに使者を遣わし、その王に言いました。「府君よ。もし一つの蓮華なら、どんな利益があるでしょうか。百でも千でも、どんな利益があるでしょうか。私の国土には、これまでになかった宝が、今出現しました。何という宝か。多陀阿伽度(如来)、阿羅訶(応供)、三藐三佛陀(正等覚者)が、今すでに世に出られたのです。あなたは今、来てこの宝に仕えるべきです。」

ヒンマパッタは九月十五日、布薩の時でした。五百の神々が共に囲み、様々な蓮華を取って、南を向いて虚空を歩み、サータギリ王のところへ行きました。 その王もまた五百の神々を率い、共に囲んで、この王を迎えるためにガンジス川の南辺に来て、共に集まりました。 互いに会うと、ヒンマパッタ王は偈を説き、その神に問いました。

「今十五淨日, 四王來集時,
我等事何師? 汝信阿羅訶。」

今、十五の清浄なる日、 四天王が集い来たる時、 我らは誰に仕えようか? 汝は阿羅訶を信ぜよ。

爾時娑多耆利王說偈答曰:

その時、娑多耆利王は偈を唱えて答えました。

「是時佛世尊, 住摩伽陀城,
為滅一切苦, 說法一切智。
諸苦及苦集, 苦滅不更生,
八分苦滅道, 無惱向涅槃。
是故汝及我, 當往事是人,
一切無能比, 是我信羅訶。」

その時、世尊は マガダの都に住まわれ、 一切の苦を滅ぼすために 一切智の教えを説かれた。

苦しみとその原因、 苦しみの滅びと再生のない境地、 苦を滅ぼす八つの道、 煩悩なく涅槃へと向かう道。

だからこそ、あなたも私も この方のもとへ参じよう。 比べるものなき方、 これこそが我らの信ずる阿羅漢。

爾時醯摩跋多聞是偈已,心大驚怖,身毛皆竪,懷疑未信。三過辯定:「府君!汝今說世尊出世?」答曰:「府君!我說佛寶出世。」第二第三問答亦爾。是時北山神王,即時如力思度諸佛行住威儀境界四法,問南山神王,說偈問曰:

その時、醯摩跋多はこの偈を聞くと、心に大きな驚きと怖れを覚え、全身の毛が逆立った。疑いが晴れず、まだ信じられないでいた。三度にわたって確かめようとした。

「府君よ、あなたは今、世尊がこの世に現れたとおっしゃるのですか?」

答えて言った。「府君よ、私は仏宝がこの世に現れたと申しております。」

二度目、三度目の問答も同じであった。

その時、北山の神王は、ただちに力を尽くして、諸仏の行住威儀とその境地に関する四つの法について思いを巡らせ、南山の神王に問いかけるため、偈を唱えて尋ねた。

「佛心於眾生, 善得安立不?
憎愛二思惟, 已得滅盡不?」

「仏の心は衆生に於いて、善く安立することを得たか? 憎愛の二つの思惟は、既に滅尽したか?」

爾時南山神王以偈答曰:

その時、南山の神王が偈をもって答えて言った。

「佛心於眾生, 真實得安立,
憎愛兩思惟, 滅盡永無餘。」

仏の心は衆生にあり、 真実の安らぎが確立される。 憎しみと愛着の二つの思いは、 永遠に消え去り、跡形も残らない。

北山神王重偈問曰:

北山の神王が重ねて偈を以って問うて曰く。

「佛有妄語不? 無惱他言不?
無離間語不? 有無義語不?」

仏には妄語はありますか? 他を悩ます言葉はありませんか? 離間の言葉はありませんか? 無意味な言葉はありますか?

南山神王以偈答曰:

南山の神王は偈をもって答えて言いました:

「佛不說妄語, 亦無苦澁語,
不說離間語, 說如量義語。」

仏は妄語を説かず、また苦渋の言葉もなく、 離間の語を説かず、適切な義の言葉を説く。

北山神王重說偈問曰:

北山の神王は重ねて偈を述べて問うた。

「佛無盜他不? 不損他命不?
遠離放逸不? 不損禪定不?」

仏は他者のものを盗みませんか? 他者の命を損なわないでしょうか? 放逸から遠ざかり、 禅定を損なうことはないでしょうか?

南山神王說偈答曰:

南山の神王が偈を説いて答えた。

「佛不盜他財, 是故護他命,
遠離諸放逸, 不損深禪定。」

仏は他者の財を盗まず、 それゆえに他者の命を守り、 あらゆる放逸を遠ざけ、 深い禅定を損なうことなし。

北山神王又偈問曰:

北山神王がまた偈をもって問うた。

「佛無著愛欲, 心淨無濁不?
已過無明流, 得淨法眼不?」

仏は執着や愛欲から離れ、心は清らかで濁りがないでしょうか? すでに無明の流れを超え、清らかな法の眼を得られたでしょうか?

南山神王答曰:

南山の神王が答えて言いました。

「不著於欲塵, 心地最清淨,
已過於無明, 於法得淨眼。」

欲の塵に執着せず、心は最も清らかで、 無明を超え越え、法に清らかな眼を得る。

北山神王又問曰:

北山神王がまた尋ねました。

「佛明具足不? 法足清淨不?
四流已絕不? 後生已盡不?」

仏の智慧は十分に備わっていますか? 教えは清らかでありますか? 四つの煩悩の流れはすでに断たれていますか? 後の生はすでに尽きていますか?

南山神王又答曰:

南山の神王はまた答えて言いました。

「佛明已具足, 法足久清淨,
四流已斷滅, 是故無後生。」

仏の智慧はすでに満ち足り、 法は長く清らかに澄みきり、 四つの流れは断ち切られて、 それゆえに再び生まれることはない。

爾時北山神王聞已,心生歡喜,說偈讚歎:

その時、北山の神王はこれを聞き、心に歓喜を生じ、偈を説いて讃歎した。

「智者意成就, 一切事已辦,
及身口清淨, 讚歎具明足。」

智者は心を成就し、すべてのことを成し遂げ、 身と口は清らかであり、明らかな足を備えて讃嘆される。

南山神王心口歡喜,說偈讚曰:

南山の神王は心から喜び、偈を唱えて讃えた。

「佛心寂清淨, 身口能利他,
十力無與等, 今隨喜汝讚。
智者心成就, 及與身口業,
具足明法足。 即共汝往觀。
今十五布薩, 四王遊巡時,
心解脫無著, 我共汝禮拜。」

仏の心は寂静にして清らか、 身と口は他を利する。 十力に並ぶものはなく、 今、あなたの讃歎を随喜する。

智者は心を成就し、 身と口の業もまた具足して、 明行足を具足する。 すぐにあなたとともに観に行こう。

今日は十五日の布薩、 四天王が巡り歩く時、 心は解脱して執着はない。 私もあなたとともに礼拝しよう。

爾時世尊住王舍城匿瞿提樹下,是二神王千神圍遶,往詣佛所。至佛所已,偏袒右肩,右膝著地,合掌恭敬,頂禮佛足,却坐一面。時北山王以偈問曰:

その時、世尊は王舎城の匿瞿提樹の下におられました。二神王は千の神々に囲まれ、仏のもとへと向かいました。仏のもとに着くと、右肩を袒ぎ、右膝を地につけ、合掌して恭しく仏足を礼拝し、一隅に退いて座りました。その時、北山王が偈をもって問いかけました。

「能說亦能行, 度流永無漏,
獨步如師子, 佛不染世法,
度一切法岸。 慇懃故來問,
眾生生何處? 數數習有處?
執持是何物? 何處而受苦?」

「説くことも行うこともでき、流れを渡って永遠に漏れず、 獅子のように独り歩み、仏は世の法に染まらず、 一切の法の岸を渡る。真心を込めて尋ねるゆえに、 衆生はどこに生まれるのか? 繰り返し習うところはどこか? 執着するのは何か? どこで苦しみを受けるのか?」

爾時世尊,以偈答醯摩跋多神王曰:

その時、世尊は、醯摩跋多神王に偈をもって答えられました。

「眾生生六處, 數數習六處,
執持六種法, 六處受苦惱。」

衆生は六処を生じ、繰り返し六処を習い、 六種の法を執持し、六処によって苦悩を受ける。

北山神王重偈問佛:

北山の神王が再び仏に偈を以て問うて言った:

「是取名何取, 而令眾生苦?
願答出離問, 云何解脫苦?」

「これは何を執着しているというのか、 どうして衆生を苦しめるのか。 どうか解脱への問いに答えてください、 いかにして苦から解放されるのかを。」

爾時世尊,以偈答醯摩跋多神王曰:

その時、世尊は偈をもって醯摩跋多神王に答えられました。

「世間有五塵, 我說心第六,
於中離欲著, 解脫如是苦。
眾生得出離, 已說如理量,
汝今既有問, 是故答出離。」

世には五つの対象があるが、私は心を第六番目に説く。 その中で欲望と執着を離れるなら、この苦しみから解き放たれる。 衆生が解脱を得る道は、すでに理にかなった教えとして説かれた。 あなたが今問うたゆえに、解脱について答えよう。

北山神王重偈問佛:

北山の神王が、重ねて仏に偈を以って問うて言った:

「誰能度駛流, 日夜無疲極,
無底亦無攀, 深處誰不沈?」

「誰がこの流れを渡れるか、日夜疲れることなく、 底もなく、掴まるものもない、深いところで誰が沈まないだろうか?」

爾時世尊,以偈答醯摩跋多神王曰:

その時、世尊は、醯摩跋多神王に偈をもって答えられた:

「常持清淨戒, 精進不散心,
思擇內正念, 由智度難度。
欲想無有欲, 伏滅色繫縛,
永滅有喜愛, 是人終不沈。」

常に清らかな戒めを保ち、 精進して心を散らさず、 内なる正しい念いを思惟し選び、 智慧によって難所を渡る。

欲の思いがあっても欲に囚われず、 色に縛られる心を鎮め滅ぼし、 存在への執着を永遠に滅した人は、 決して沈むことはない。

爾時南北二山王,同時說偈,以讚佛曰:

その時、南北の二山の王は、同時に偈を唱えて、仏を讃えて言いました。

「我等今善見, 善來今善明,
我等見正覺, 演說甘露道。
名無滅失見實義, 常樂問難無所著,
窮智慧際悉解脫, 行於聖路大仙人。
千餘夜叉眾, 名聞有威神,
一切歸依佛, 是我無上師。」

我々は今、善きものを見た。 善きものが来て、今、善きものが明らかになった。 我々は正覚を見た。 甘露の道を説く者を見た。

名は滅びず、実義を見失わず、 常に楽しんで問い難きに至り、何にも執着せず、 智慧の極みを窮め、すべて解脱し、 聖なる道を歩む大仙人を見た。

千余りの夜叉の衆、 名が聞こえ、威神ある者たちが、 すべて仏に帰依した。 これこそ我が無上の師である。

是三夜叉三角而坐,是故至今路名菱角。是時世尊住於樹下,是故此樹名瞿匿曇瞿提。因此二夜叉事,故知南北二山。夜叉神品究竟。

三人の夜叉が三角に座ったので、今も道の名は菱角と呼ばれています。その時、世尊は木の下におられたので、その木は瞿匿曇瞿提と呼ばれています。この二つの夜叉の出来事によって、南北の二つの山が知られるようになりました。夜叉神の話はこれで終わりです。

立世阿毘曇論卷第一

立世阿毘曇論 第一巻


3 六大國品
5 漏闍耆利象王品

CBETA コード: T1644

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