ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 大方広仏華厳経 (大方廣佛華嚴經)
  2. 第十一 (第十一)
  3. 第十一 (第十一)
←と→
矢印キーでページをめくれます

大方広仏華厳経 (大方廣佛華嚴經)


大方廣佛華嚴經卷第十一

『大方広仏華厳経 巻第十一』

罽賓國三藏般若奉 詔譯

罽賓国の三蔵般若、詔を奉じて訳す

入不思議解脫境界普賢行願品

普賢行願品

爾時,善財童子於居士所,聞此甚深解脫門已,思惟修習,決定無間。游彼福德海,淨彼福德田,趣彼福德津,仰彼福德山,開彼福德藏,轉彼福德輪,觀彼福德法,植彼福德因,生彼福德力,增彼福德勢,長彼福德心,悟彼福德門。漸次行詣師子宮城,周遍推求寶髻長者。見在市中,遽即頂禮。遶無數匝,合掌前立,白言:「聖者!我已先發阿耨多羅三藐三菩提心,而未知菩薩云何學菩薩行,云何修菩薩道。善哉!聖者!願為我說諸菩薩道,我乘此道趣一切智。」

そのとき、善財童子は居士のもとでこの深遠な解脱の法門を聞き、それを思惟し修行して、決して途切れることなく専念しました。彼はその福徳の海に遊び、福徳の田を清め、福徳の渡し場に向かい、福徳の山を仰ぎ、福徳の蔵を開き、福徳の輪を転じ、福徳の法を観じ、福徳の因を植え、福徳の力を生じ、福徳の勢いを増し、福徳の心を長じ、福徳の門を悟りました。こうして次第に師子宮城へと進み、あまねく宝髻長者を尋ね求めました。市の中で見つけると、すぐに頂礼し、何度も右繞して、合掌して前に立ち、こう申し上げました。「聖者よ、私はすでに阿耨多羅三藐三菩提の心を発しました。しかし、菩薩がどのように菩薩の行を学び、どのように菩薩の道を修めるのか、まだ知りません。どうか聖者よ、私のために諸々の菩薩の道を説いてください。私はこの道に乗って、一切智に向かいたいのです。」

爾時,長者執善財手,將詣其家,示其所居,告善財言:「善男子!汝且觀我所居舍宅。」

その時、長者は善財の手をとって、自分の家へ連れて行き、住まいを示して、善財に告げました。「善き男子よ、ひとまず私の住む家屋敷を見なさい。」

爾時,善財即遍觀察,見其舍宅廣博嚴麗,於其四面各開二門,閻浮檀金之所合成。白銀為牆,周匝圍遶;玻瓈為殿,雜寶莊嚴;紺瑠璃寶,以為樓閣;硨磲妙寶而為其柱;階墀、軒檻、戶牖、窓闥,靡不咸以眾寶所成,百千種寶莊嚴校飾,碼碯寶池,香水盈滿;四面欄楯,絡以真珠;雜寶樹林,周遍行列。赤珠摩尼為師子座,阿僧祇寶間錯莊嚴;毘盧遮那摩尼寶王以為其帳。於其座前左右,建立光焰熾盛摩尼寶幢。雜色光明如意珠王而為其網,以覆其上。於其宅內有大樓閣,高十層級,層開八門。善財入已,次第觀察。見最下層,施以種種上味飲食。見第二層,施諸寶衣及眾財物。見第三層,普施一切寶莊嚴具。見第四層,施諸采女,言辭善巧,隨意眷屬并所受用上妙珍寶。見第五層,五地菩薩雲集其中,為安眾生演說妙法。諸所施為,無非利樂成就如來最勝論者陀羅尼門諸三昧海,及諸世間種種明智光明印行。見第六層,有諸菩薩,皆已成就甚深智慧;了達法性,得大總持;三明六通,皆悉具足;入普藏門,出障礙境;住不二法,現佛威儀。於不可說妙莊嚴海道場眾中,而共集會。各以異名,分別顯示般若波羅蜜門;所謂:寂靜藏般若波羅蜜門,善巧分別諸眾生智般若波羅蜜門,不可動轉般若波羅蜜門,離欲光明般若波羅蜜門,不可降伏藏般若波羅蜜門,照眾生輪般若波羅蜜門,隨順教網般若波羅蜜門,功德海藏般若波羅蜜門,普眼捨得般若波羅蜜門,入無盡藏隨順修行般若波羅蜜門,入一切世間無盡方便海般若波羅蜜門,入隨諸世間一切教海般若波羅蜜門,無礙辯才般若波羅蜜門,隨順眾生普照無礙般若波羅蜜門,離垢光明般若波羅蜜門,常觀宿緣而布法雲般若波羅蜜門。說如是等百萬阿僧祇般若波羅蜜門,遍不可說道場眾會,顯示莊嚴甚深智慧。見第七層,得如響忍。諸菩薩等充滿其中,以方便智分別演說諸出離門,悉能聞持一切如來所說正法。見第八層,得不退轉神通智力。無量菩薩共集其中,以微細智觀諸世間。知諸佛剎道場眾會,如幻如焰,如影如像,無有實性。見諸如來無分別境,現一切佛普遍色身,能以一音遍十方界,其身普詣一切道場,盡於法界,靡不周遍。普入佛境,普見佛身,普能受持一切佛法,普於一切佛眾會中,而為上首,演說法要。見第九層,一生所繫諸菩薩眾於中集會。見第十層,一切如來充滿其中。從初發心,修菩薩行,超生死輪,成大願海,具勝神通,得勝自在。以勝威力,淨佛國土,殊勝莊嚴。普現十方道場眾會,演說正法,乃至示滅。盡未來際,調伏、利益、化度眾生,如是一切悉使明見。

さて、善財はその館をくまなく見渡した。館は広大で壮麗であり、四方にそれぞれ二つの門があり、閻浮檀金で造られていた。白銀の塀が周りを巡り、玻璃の殿堂は様々な宝で飾られ、紺琉璃の宝は楼閣となり、硨磲の妙宝が柱となっていた。階段、手すり、窓や戸口はすべて多くの宝でできており、何百、何千もの宝で装飾されていた。瑪瑙の池には香水があふれ、四方の欄干には真珠が絡められ、様々な宝の林が整然と並んでいた。赤珠摩尼で獅子座が作られ、無数の宝がちりばめられ、毘盧遮那摩尼宝王がその帳となっていた。その座の前には、左右に光り輝く摩尼宝の幢が立てられ、色とりどりの如意珠王の網がその上を覆っていた。館の中には高さ十層の大楼閣があり、各階に八つの門が開かれていた。善財が中に入り、順に観察すると、最下層では様々な美味しい食べ物が施されていた。第二層では、様々な宝衣や多くの財物が施されていた。第三層では、すべての宝飾具が施されていた。第四層では、言葉巧みな采女や、意のままの眷属、そしてそれらが受用する上等な珍宝が施されていた。第五層では、五地の菩薩たちが集まり、衆生を安らかにするために素晴らしい法を説いていた。その施しはすべて、人々を利益し楽しませ、如来の最も優れた論者の陀羅尼門や三昧海、そして世間の様々な智慧の光明印行を成就するものであった。第六層では、深い智慧を成就した菩薩たちがいた。彼らは法の本性を悟り、大いなる総持を得て、三明六通を完全に備え、普蔵門に入り、障害の境地を超え、不二の法に安住し、仏の威儀を現していた。彼らは、言葉にできないほど荘厳な海のような道場の衆会に集まり、それぞれ異なる名で般若波羅蜜門を示していた。すなわち、寂静蔵般若波羅蜜門、善巧分別諸衆生智般若波羅蜜門、不可動転般若波羅蜜門、離欲光明般若波羅蜜門、不可降伏蔵般若波羅蜜門、照衆生輪般若波羅蜜門、随順教網般若波羅蜜門、功徳海蔵般若波羅蜜門、普眼捨得般若波羅蜜門、入無尽蔵随順修行般若波羅蜜門、入一切世間無尽方便海般若波羅蜜門、入随諸世間一切教海般若波羅蜜門、無礙弁才般若波羅蜜門、随順衆生普照無礙般若波羅蜜門、離垢光明般若波羅蜜門、常観宿縁而布法雲般若波羅蜜門などである。このように、百万もの無数の般若波羅蜜門が説かれ、言葉にできない道場の衆会に遍く満ち、荘厳で深い智慧を示していた。第七層では、響きに忍びる者たちがいた。菩薩たちがその場に満ち、方便智をもって様々な出離の法門を説き、すべての如来の説く正法を聞き、保持していた。第八層では、退転しない神通の智力を得た者たちがいた。無数の菩薩が集まり、微細な智で世間を観察し、すべての仏の国や道場の衆会が幻や焔、影や像のようで実体がないことを知っていた。彼らは諸如来の分別を超えた境を見、すべての仏が普遍的に現じる色身を見、一つの声で十方の世界に響き渡らせ、その身はすべての道場に至り、法界の隅々にまで及んでいた。普遍的に仏の境に入り、普遍的に仏身を見、普遍的にすべての仏法を受け持ち、普遍的にすべての仏の衆会において上首となり、法の要を説いていた。第九層では、一生補処の菩薩たちが集まっていた。第十層では、すべての如来が満ちていた。彼らは初めて発心し、菩薩行を修め、生死の輪廻を超え、大いなる願いの海を成就し、優れた神通を得て、見事な自在を得ていた。その勝れた威力で仏の国を清め、殊勝な荘厳を現し、普遍的に十方の道場の衆会に姿を現し、正法を説き、やがて滅度を示すに至るまで、尽未来際にわたって、衆生を調伏し、利益し、化度していた。これらのすべてを、善財は明らかに見ることができた。

爾時,善財見如是等奇特事已,白言:「聖者!昔於何處,種何善根,獲如是等殊勝果報,致此一切清淨眾會。」

その時、善財はこのような稀有な事柄を目の当たりにし、こう言いました。 「聖者よ、かつてどのような場所で、どのような善い行いの種をまき、このような素晴らしい結果を得て、このような清らかな集いを実現されたのですか。」

長者告言:「善男子!我念往昔過佛剎極微塵數劫,有世界名種種色莊嚴輪;佛號無邊光圓滿法界普莊嚴王如來、應、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。與百千億聲聞眾俱智毘盧遮那而為上首。復與百千億菩薩眾俱智日威德光而為上首。時,彼國王名法自在,佛受王請,入摩尼幢莊嚴園中,我於衢路奏妙樂音,燒一丸香而以供養。由彼如來與諸菩薩及聲聞眾受我供故,令此香煙起大香雲,普遍虛空而為蔭蓋,於閻浮提七日七夜普雨種種無邊眾色眾生身相微妙香雲。又令樂音出生種種美妙音聲,普遍虛空演出如來不可思議三世無礙廣大智聚,令其聞者除滅一切煩惱垢障;增長一切真實善根;速疾圓滿一切智智;普能發起種種神通。我時以此供養善根迴向三處:一願永離貧窮困苦;二願常見諸佛菩薩;三願恒聞諸佛正法。由是因緣,故獲斯報。

長者が言いました。「善き人よ、私はかつて、仏の世界の微塵の数を超えるほどの遠い過去の劫の昔を思い起こします。その時、『種種色荘厳輪(しゅじゅしきしょうごんりん)』という世界がありました。そこの仏様の名は『無辺光円満法界普荘厳王如来(むへんこうえんまんほっかいふしょうごんのうにょらい)』、すなわち応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と称される方でした。

その仏様には、百千億の声聞の衆が従い、智毘盧遮那(ちびるしゃな)がその上首でした。また、百千億の菩薩の衆が従い、智日威徳光(ちにちいとくこう)がその上首でした。

当時、その国の王は『法自在(ほうじざい)』と申しました。仏様が王の招きをお受けになり、『摩尼幢荘厳園(まにどうしょうごんえん)』に入られた時、私は街路で美しい楽器を奏で、一丸の香を焚いて、仏様に供養いたしました。

その如来が菩薩や声聞の衆と共に私の供養をお受けくださったおかげで、その香の煙は大きな香りの雲となり、虚空いっぱいに広がって、陰となり蓋となりました。そして、閻浮提(えんぶだい)の世界に、七日七晩にわたって、様々な無数の色や、生きとし生けるものの身の相を帯びた、微妙な香りの雲の雨を降らせました。

また、その楽の音からは、様々な美しい音声が生まれ出て、虚空に満ち渡りました。その音声は、如来の思議を超えた三世に障りのない広大な智慧の集まりを説き示し、それを聞いた者は、一切の煩悩という垢の障りが除かれ、一切の真実の善根が増え長じ、速やかに一切智智(いっさいちち)を円満し、あらゆる神通を起こすことができるようになりました。

私は、この供養の善根を三つのことのために差し向けました。一つは、貧窮や苦しみから永く離れること。二つは、常に諸仏や菩薩に会えること。三つは、常に諸仏の正しい教えを聞くことです。この因縁によって、今、このような果報を得たのです。」

「善男子!我唯知此菩薩無障礙願普遍莊嚴福德藏解脫門。如諸菩薩摩訶薩得不思議功德寶藏,出不思議無量功德;入無分別如來身海,蔭無分別無上法雲;修無分別功德助道;起無分別普賢行網;證無分別三昧境界等無分別菩薩善根;住無分別如來所住;見無分別三世平等,於一切劫不生疲厭;住不可壞普眼境界自在之地。而我云何能知、能說彼功德行?善男子!南方有國名曰藤根;其國有城名普遍門;中有長者名為普眼;汝詣彼問菩薩云何學菩薩行、修菩薩道。」

「善き者よ、私はただこの菩薩の障りのない願いが普遍に荘厳する福徳の蔵という解脱の法門だけを知っています。しかし、多くの菩薩摩訶薩たちは、思いもよらない功徳の宝蔵を得て、計り知れない無量の功徳を現し、分別を超えた如来の身の海に入り、分別を超えた無上の法の雲を覆い、分別を超えた功徳の助道を修め、分別を超えた普賢の行の網を起こし、分別を超えた三昧の境地を証し、分別を超えた菩薩の善根を等しくし、分別を超えた如来の住む所に住し、分別を超えた三世の平等を見て、すべての劫において疲れ厭うことなく、壊れることのない普眼の境地の自在の地に住しています。それなのに、私がどうして彼らの功徳の行を知り、語ることができましょうか。

善き者よ、南方に藤根という国があります。その国に普遍門という城があり、そこに普眼という長者がおられます。あなたはそこへ行って、菩薩はどのように菩薩行を学び、菩薩道を修めるべきかを尋ねなさい。」

時,善財童子頂禮其足,遶無數匝,慇懃瞻仰,辭退而去。

その時、善財童子は師の足もとに礼拝し、何度も何度も右回りに巡り、深く敬いの心で仰ぎ見てから、別れを告げて去っていきました。

爾時,善財童子於寶髻長者所聞此解脫已,深入諸佛無量知見,安住菩薩無量勝行,了達菩薩無量方便,希求菩薩無量法門,清淨菩薩無量信解,明利菩薩無量諸根,成就菩薩無量欲樂,通達菩薩無量行門,增長菩薩無量願力,建立菩薩無邊勝幢,發起菩薩無邊智慧,證得菩薩無邊法光,普入菩薩無邊大會,於菩薩法決定無疑,趣求菩薩清淨解脫,住菩薩心,深信愛樂,隨順作意。漸次前行,至藤根國,處處尋訪彼城所在,雖歷艱難,不憚勞苦,身無疲倦,心無厭退;但唯正念善知識教,願常親近、承事、供養,遍策諸根,離眾放逸。於善知識,心恒愛樂。然後乃到普遍門城百千聚落,周匝圍遶,其城廣大,種種莊嚴。雉堞崇峻,衢路寬平。市列百工,貨多珍異。往來委輸,人物可觀。

その時、善財童子は宝髻長者のもとでこの解脱を聞いてから、諸仏の無量の知見に深く入り、菩薩の無量のすぐれた行いを安住し、菩薩の無量の方便を明確に理解し、菩薩の無量の法門を求め、菩薩の無量の信解を清らかにし、菩薩の無量の諸根を明らかに鋭くし、菩薩の無量の欲楽を成就し、菩薩の無量の行門に通達し、菩薩の無量の願力を増大させ、菩薩の限りのない勝幢を打ち立て、菩薩の限りのない智慧を発起し、菩薩の限りのない法の光を証得し、菩薩の限りのない大いなる集会に普遍に入り、菩薩の法に関して決定して疑いなく、菩薩の清らかな解脱を求めて進み、菩薩の心に住し、深く信じて愛楽し、そのおもむきに従順した。 そして徐々に進みながら、藤根の国に至り、あちこちでその城の在り処を尋ねた。艱難辛苦を経験しても、労苦を厭わず、身体に疲れもなく、心に退く気持ちもなかった。ただひたすら善知識の教えを正しく念じ、常に親近し、供養し奉仕することを願い、諸根をすみやかに整え、様々な放逸を離れた。善知識に対しては、心から常に愛楽した。その後、ようやく普遍門の城に至ったが、そこは百千の集落に周囲を囲まれ、その城は広大で、様々に荘厳されていた。城壁は高くそびえ、街路は広く平らであった。市場には様々な職人が立ち並び、品物は珍しいもので満ちていた。人々や物資の往来も盛んで、見るに値するものであった。

爾時,善財於彼城內推求尋覓長者所居,人咸報言:「住市肆中,鬻香藥處。」聞已往詣。見其處在香臺座上,即前禮足,合掌而立,白言:「聖者!我已先發阿耨多羅三藐三菩提心,而未知菩薩云何學菩薩行,修菩薩道?」

その時、善財は城内で長者の住まいを尋ねたところ、人々は皆「市場の香薬を売る場所におられます」と告げた。それを聞いて彼はそこへ向かった。すると、香の台座の上に長者がいるのを見つけ、早速足もとに礼拝し、合掌して立ちながら申し上げた。「聖者よ、私はすでに無上正等覚心を発しましたが、菩薩がどのようにして菩薩行を学び、菩薩道を修めるのか、まだ知りません。」

長者告言:「善哉!善哉!善男子!汝已能發阿耨多羅三藐三菩提心。善男子!我昔曾於文殊師利童子所,修學了知病起根本殊妙醫方諸香要法,因此了知一切眾生種種病緣,悉能救療。所謂:風黃痰熱、鬼魅、蠱毒乃至水火之所傷害;如是一切內外諸疾,品類無邊,我悉能於一念之中,以種種方藥如法療治,咸令除差,施其安樂。如是法門,汝應修學。」

長者が告げました。「善きかな、善きかな。善き人よ、汝はすでに無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)の心を発することができた。善き人よ、私はかつて文殊師利童子のもとで、病の起こる根本を学び知り、優れた医方や諸々の香りの要法を修めた。それによって、一切の衆生の様々な病の因縁を了知し、ことごとく救い治療することができるようになった。いわゆる、風・黄・痰・熱、鬼魅・蠱毒、さらには水や火による傷害に至るまで、このような内外の諸々の疾病、その種類は限りないが、私はすべてを一瞬のうちに、様々な方薬をもって法のままに治療し、すべてを除き癒し、安楽を与えることができる。このような法門を、汝は修学すべきである。」

善財復言:「聖者!我問菩薩所修妙行,云何說此世俗醫方?」

善財がまた言いました。「聖者よ!私は菩薩の修行する不思議な行いについてお尋ねしているのに、どうしてこのような世俗の医療術をお話しになるのですか?」

長者告言:「善男子!菩薩初學修菩提時,當知病為最大障礙。若諸眾生身有疾病,心則不安,豈能修習諸波羅蜜?是故,菩薩修菩提時,先應療治身所有疾。菩薩復觀一切世界所有眾生,營辦事業受於欲樂,乃至出家精勤修習得聖道果,皆因國王王之理化,要因無病。何以故?以諸人王是諸眾生安樂本故。菩薩起化,先療國王,次治眾生;令無患苦,然後說法,調伏其心。

長者が言いました。「善男子よ。菩薩が初めて菩提を学び修行する時、病こそが最大の障害であると知るべきです。もし衆生の身に病があれば心は安らかでなく、どうして諸々の波羅蜜を修行できましょうか。それゆえ、菩薩が菩提を修行する時には、まず自身の病を治療すべきなのです。菩薩はまた、あらゆる世界の全ての衆生が、事業を営み、欲望や快楽を受け入れ、あるいは出家して精進修行し聖なる道の果報を得るに至るまで、そのすべてが国王の統治に依っており、根本的には病がないことが必要であると観じます。なぜなら、諸々の国王は衆生の安楽の根本だからです。菩薩が教化を始めるにあたっては、先に国王を治療し、次いで衆生を治療し、彼らを苦しみや患いから解放してから、法を説いてその心を調伏するのです。」

「善男子!菩薩若欲治諸病者,先當審觀諸病因起,品類、增損無量無邊,我今為汝說其少分。

「善男子よ。菩薩がもしも様々な病を治そうと思うならば、まずその病の原因を詳しく観察しなければならない。病の種類や悪化・軽減の様子は限りなく広いが、今、そのほんの一部をあなたに説こう。」

「善男子!一切眾生因四大種和合為身,從四大身能生四病。所謂:身病、心病、客病及俱有病。言身病者,風黃痰熱而為其主;言心病者,顛狂心亂而為其主;言客病者,刀杖所傷、動作過勞以為其主;俱有病者,飢渴、寒熱、苦樂、憂喜而為其主。其餘品類展轉相因,能令眾生受身心苦。

「善男子(ぜんなんし)よ。すべての生きとし生けるものは、地・水・火・風という四大の元素が調和してからだを成している。この四大から成る身には、四つの病が生じる。すなわち、身の病、心の病、外からの病、そしてこれらが複合した病である。

身の病とは、風(ふう)・黄(おう)・痰(たん)・熱(ねつ)を主な原因とするもの。心の病とは、狂乱や心の乱れを主な原因とするもの。外からの病とは、刀や杖による傷、過度の労作などを主な原因とするもの。複合した病とは、飢えや渇き、寒さや暑さ、苦しみや楽しみ、憂いや喜びなどを主な原因とするものである。

これらの病は、さらに様々な種類が互いに影響し合い、生きとし生けるものに身と心の苦しみをもたらすのである。」

「善男子!如是眾病貧賤人少,多勞役故,富貴人多,過優樂故。

「善い人よ。このように、様々な病に苦しむのは貧しい人々が少なく、富める人々が多いのは、貧しい人々は労役が多いからであり、富める人々は安逸の楽しみに過ぎるからである。」

「善男子!一切眾生皆以無量極微大種聚集成身,猶如大海眾微水滴;如是人身毛及毛孔各三俱胝,三俱胝蟲之所依住;以是諦觀,皮膚穿漏、兩眼睛內、手足掌中、脂膏集處,毛蟲不生;其餘身分,間無空缺。

「善男子よ。すべての生きとし生けるものは、数えきれないほど微細な大きな要素が集まって体を形作っています。それはまるで大海が無数の水滴から成るようなものです。人間の体には、毛や毛穴がそれぞれ三倶胝(三千万)ずつあり、そこに三倶胝(三千万)の虫が住み着いています。しかし、よく観察すると、皮膚の穴、両方の目の内側、手のひらや足の裏、脂が集まる場所には毛の虫は生じません。それ以外の体の部分には、隙間なく虫が満ちているのです。」

「善男子!又觀此身唯五大性。何等為五?所謂:堅、濕、煖、動及虛空性。所言堅者,所謂:身骨三百六十及諸堅鞕,皆地大性;凡諸濕潤,皆水大性;一切煖觸,皆火大性;所有動搖,皆風大性;凡諸竅隙,皆空大性;然彼四大,皆多極微,於空界中,互相依住;極微自性,微細難知,除佛菩薩,餘無能見。

「善男子、またこの身体はただ五大から成り立っていると観察しなさい。その五つとは何か?すなわち、堅(かたさ)、湿(うるおい)、煖(あたたかさ)、動(うごき)、そして虚空性である。堅とは、三百六十の骨やその他の硬い部分を指し、これらはすべて地大の性質である。潤いのあるものはすべて水大の性質である。温かさの感触はすべて火大の性質である。動きや揺れはすべて風大の性質である。空洞や隙間はすべて空大の性質である。しかし、これら四大はすべて極めて微細な粒子から成り、虚空の中で互いに支え合って存在している。その微細な粒子の本性は非常に微細で捉えがたく、仏と菩薩を除いて、他の者には見ることができない。」

「善男子!如是五大和合成身,如世倉篅,終歸敗散。如是身器由業所持,非自在天之所能作;亦非自性及時方等。譬如陶師埏埴成器,內盛臭穢,彩畫嚴飾,誑惑愚夫。又如四蛇置之一篋,如是四大和合為身。一大不調,百一病起;是故,智者應觀此身如養毒蛇,如持坏器。

「善男子よ。このように五大が和合して身体ができる。それは世の中の倉庫や籠のようなもので、最後には必ず壊れ散ってしまう。この身体という器は、自らの業によって保たれているのであって、自在天(創造神)が作ったものではない。また、自性(根本原理)や時間・空間などによっても作られたものではない。例えば、陶工が粘土をこねて器を作り、その中に汚いものを入れ、外側に美しい飾りを施して愚か者を惑わすようなものだ。また、四匹の蛇を一つの箱に入れておくようなものだ。このように、四大が和合して身体となる。一つの大が調和を失えば、百一種の病が起こる。それゆえ、賢者はこの身体を、毒蛇を飼うように、また壊れやすい器を持つように観察すべきである。」

「善男子!汝復應知內身、外器,皆四大成。從始至終,五時流變。云何外器五時流變?謂:盡虛空十方世界眾生所感、妄業所持。劫初成時,人壽無量,自然化生;無我、我所、次食、段食、貪等現行。次由我所共立田主,以為統御。次壽漸減,乃至十年。由惡業故,起小三災,至第五時,世界將壞。火災既起,梵世皆空,水災、風災相續亦爾。善男子!是名外器五時流變。云何內身五時流變?謂:嬰孩位,心無分別;如劫初時,人無我所。次童幼位,能辨是非;如第二時,立自他別。次壯年位,縱貪瞋癡;如第三時,共立田主。次衰老位,眾病所侵;如第四時,壽等損減。次至死位,身壞命終;如第五時,世界壞滅,是名內身五時流變。」

「善男子、さらに知るべきだ。内なる身体と外なる世界は、すべて四大から成り立っている。最初から最後まで、五つの時期を経て変化していく。では、外なる世界の五つの時期の変化とは何か?──尽虚空遍十方の世界の衆生が感得し、虚妄の業が支えているものだ。劫の初めが成就した時、人の寿命は無量で、自然に化生した。「私」「私のもの」という観念はなく、次に食べ物を享受し、固形食を食べるようになり、貪りの心などが現れた。次に「私のもの」という観念から共同で田畑の主を立て、統治者とした。次に寿命は次第に減り、ついに十年にまで至った。悪業によって小三災が起こり、第五の時期に至って世界は壊れようとする。火災が起こると梵天界までもが空となり、水災や風災も同様に続いて起こる。善男子、これが外なる世界の五つの時期の変化である。では、内なる身体の五つの時期の変化とは何か?──乳児の時期は、心に分別がなく、劫の初めの人のように「私のもの」という観念がない。次の幼児の時期は、善悪を判断でき、第二の時期のように自分と他者の区別が立つ。次の壮年期は、貪り・怒り・無知にふけり、第三の時期のように共同で田畑の主を立てる。次の老年期は、多くの病に侵され、第四の時期のように寿命などが損なわれる。最後の死の時期に及び、身体は壊れ命は終わる。これは第五の時期に世界が壊れ滅びるのと同じである。これが内なる身体の五つの時期の変化である。」

善財白言:「聖者!如是五時因何而起?」

善財が尋ねました。「聖者の方よ、この五つの時は、何を原因として生じるのでしょうか?」

普眼告言:「善男子!時無自體,分別所成,隨妄業輪,循環無際。如人睡覺,則名初時,從初剎那及怛剎那。次名臘縛牟呼栗多,晝夜年劫,時多差別。或約一歲分為六時,所謂:春時、熱時、雨時、秋時、寒時、雪時。是故智者知病增損,善達方域所有諸時。謂春雪時,痰癊病動;於熱雨際,風病發生;於秋寒時,黃熱增長;總集病者,隨時增長。

普眼尊者は言われた。 「善きかな、男子よ。『時』というものには、それ自体に実体はなく、ただ心の分別によって作られたものに過ぎない。迷いの業の輪に従って、巡り巡って限りがない。 例えば、人が眠りから覚めた時を『始め』と言い、その最初の一瞬、そして短い刹那、次に臘縛、牟呼栗多と名付けられる。 昼、夜、年、劫など、『時』には多くの違いがある。 あるいは、一年を六つの季節に分けることもある。すなわち、春の時、暑い時、雨の時、秋の時、寒い時、雪の時である。 ゆえに、賢い者は病気の増減を知り、様々な土地や季節に通じている。 例えば、春や雪の時には痰の病が起こり、暑く雨の多い時には風の病が発生し、秋や寒い時には黄熱が増大する。 様々な病が組み合わさったものは、季節に応じてその度合いを増すのである。」

「善男子!我今為汝已說諸病隨時增長,如是身病,從宿食生。若諸眾生能於飲食知量、知足,量其老少,氣力強弱,時節寒熱,風雨燥濕;身之勞逸,應自審察,無失其宜。能令眾病,無因得起。

「善男子よ。私は今、あなたに様々な病が時とともに増すことを説きました。このような身体の病は、前日の食べ物から生じます。もし人々が飲食に関して適量を知り、足ることを知り、年齢や体力の強弱、季節の寒暖や風雨、乾燥や湿気、身体の疲れや休息をよく観察し、その調和を失わなければ、あらゆる病が生じる原因を断つことができるのです。」

「善男子!我此住處常有十方一切眾生諸病苦者,來至我所而求救療。我以智力觀其因起,隨病所宜授與方藥;平等療治,普令除差。復以種種香湯沐浴,上服名衣、瓔珞莊嚴,施諸飲食及諸財寶、珍玩、資具,皆悉與之,咸令充足,然後各為如應說法,令其永斷心病煩惱。所謂:為諸一切貪欲多者,教不淨觀;瞋恚多者,教慈悲觀;愚癡多者,教其分別種種法相;等分行者,為其顯示不淨、慈悲或略中廣殊勝法門。如是隨應斷諸煩惱,為欲令其發菩提心,稱揚一切諸佛功德,為欲令其起大悲心,顯示生死無量苦惱;為欲令其增長功德,讚歎修集無量福智;為欲令其發大誓願,稱讚調伏一切眾生;為欲令其修普賢行,說諸菩薩住一切剎,於一切劫修諸行網;為欲令其具佛相好莊嚴色身,稱揚讚歎檀波羅蜜;為欲令其得佛清淨無垢法身,稱揚讚歎尸波羅蜜;為欲令其得佛功德不思議身,稱揚讚歎忍波羅蜜;為欲令其獲於如來無能勝身,稱揚讚歎勤波羅蜜;為欲令其得佛清淨無與等身,稱揚讚歎禪波羅蜜;為欲令其得佛究竟平等法身,稱揚讚歎般若波羅蜜;為欲令其得佛普現差別色身,稱揚讚歎方便波羅蜜;為欲令其為諸眾生住一切劫,心無厭倦,稱揚讚歎願波羅蜜;為欲令其普現其身,嚴淨一切諸佛剎土,稱揚讚歎力波羅蜜;為欲令其現清淨身,隨眾生心悉使歡喜,稱揚讚歎智波羅蜜;為欲令其獲於究竟最勝淨妙無染著身,稱揚讚歎永離一切諸不善法,迴向諸佛一切善法。如是種種廣以財、法施諸眾生,悉滿所願。各令授化,歡喜而去。

「善男子よ。このわが住処には、常に十方のあらゆる衆生で病に苦しむ者たちが、私のもとを訪れて救いを求めてくる。私は智慧の力でその原因を観察し、病に応じて相応しい薬方を与え、平等に治療して、すべてを癒す。さらに様々な香湯で沐浴させ、上等な衣服や瓔珞で荘厳し、飲食や財宝、珍宝、道具を施して、すべてを十分に与える。そしてその後、それぞれに応じて説法し、心の病である煩悩を永遠に断たせる。すなわち——貪欲の強い者には不浄観を教え、瞋恚の強い者には慈悲観を教え、愚痴の強い者には様々な法の相を分別することを教え、平等に行ずる者には、不浄観・慈悲観の略・中・広の殊勝な法門を示す。このようにして、それぞれに応じて諸々の煩悩を断ち、彼らに菩提心を起こさせるために、一切の諸仏の功徳を称え、彼らに大悲心を起こさせるために、生死の無量の苦悩を示す。彼らに功徳を増長させるために、無量の福智を修集することを称賛し、彼らに大誓願を発させるために、一切の衆生を調伏することを称賛する。彼らに普賢行を修めさせるために、諸菩薩が一切の刹土に住み、一切の劫において修行の網を修めることを説く。彼らに仏の相好を具えた荘厳な色身を得させるために、檀波羅蜜(布施)を称賛する。彼らに仏の清浄無垢な法身を得させるために、尸波羅蜜(持戒)を称賛する。彼らに仏の功徳不可思議な身を得させるために、忍波羅蜜(忍辱)を称賛する。彼らに如来の無能勝の身を得させるために、勤波羅蜜(精進)を称賛する。彼らに仏の清浄で比類なき身を得させるために、禅波羅蜜(禅定)を称賛する。彼らに仏の究竟平等な法身を得させるために、般若波羅蜜(智慧)を称賛する。彼らに仏の普現する差別の色身を得させるために、方便波羅蜜を称賛する。彼らが一切の劫にわたって衆生のために心に倦むことなく住するために、願波羅蜜を称賛する。彼らが普くその身を現し、一切の仏刹土を荘厳清浄にするために、力波羅蜜を称賛する。彼らが清浄身を現し、衆生の心に従って皆を喜ばせるために、智波羅蜜を称賛する。彼らが究竟最勝の清浄で妙なる無染著の身を得させるために、あらゆる不善法を永く離れ、諸仏の一切の善法に回向することを称賛する。このように様々に、財と法をもって衆生に施し、すべてその願いを満たす。それぞれを教化し、皆が喜んで去っていくのである。」

「善男子!我又善知和合一切諸香要法。所謂:無等香王香、頻頭薩哩多香王香(此香狀如水滴)、無能勝香王香、種種覺悟香王香、阿縷拏[革*(卄/(ㄇ@儿)/戍)]低香王香(其香色赤如初日色樹汁流以為香)、隨身所欲出生香王香、隨時堅細栴檀香王香、龍勝堅固栴檀香王香(梵音烏洛迦婆囉香)、堅黑沈水香王香、不動諸根香王香。如是等香悉知出處、功能、勢力及其貴賤調理之法。

「善男子よ。私はまた、あらゆる香りを調合する重要な方法をよく知っている。いわゆる、無等香王香、頻頭薩哩多香王香(この香は水滴のような形をしている)、無能勝香王香、種種覚悟香王香、阿縷拏低香王香(その香は色が赤く、初日の出のような色の樹液が流れて香りとなる)、随身所欲出生香王香、隨時堅細栴檀香王香、龍勝堅固栴檀香王香(梵語では烏洛迦婆囉香という)、堅黒沈水香王香、不動諸根香王香。これらのような香りについて、その出所、効能、力、そして価格の高低や調合の方法をすべて知っている。

「善男子!我持此香以為供養,普見諸佛,所願皆滿。所謂:救護一切眾生願;嚴淨一切佛剎願;供養一切如來願。

善男子よ、私はこの香を持って供養とします。あまねく諸仏を拝し、すべての願いが満たされます。すなわち、一切の衆生を救い守る願い、すべての仏の国を清らかに厳かにする願い、すべての如来を供養する願いです。

「善男子!我欲供養然此香時,從一一香出無量香,遍滿十方一切法界、一切如來道場海中,化為種種香宮殿、香垣牆、香樓閣、香欄楯、香却敵、香門戶、香窓牖、香半月、香羅網、香形像、香圓光、香嚴具、香光明、香雲雨、香幢、香帳、香幡、香蓋,莊嚴十方一切法界,處處充滿,以為供養。

「善き人よ、私がこの香を供養しようとすると、その一つ一つの香から無量の香りが生じ、十方のあらゆる法界や、すべての如来の修行の場(道場)の海に満ち広がります。そして、さまざまな香りの宮殿、香りの垣根、香りの楼閣、香りの欄干、香りの見張り台、香りの門、香りの窓、香りの半月形の飾り、香りの網、香りの像、香りの円光、香りの荘厳具、香りの光明、香りの雲から降る雨、香りの幢(はた)、香りの幕、香りの旗、香りの天蓋となって、十方のすべての法界を荘厳し、あらゆる場所を満たし、供養とします。」

「善男子!我唯知此令一切眾生普見諸佛承事供養歡喜法門。如諸菩薩摩訶薩如大藥王,若見、若聞、若憶、若念、若同住、若共行、若稱名、若隨喜,皆獲利益,無空過者。若有眾生暫得值遇,必令銷滅一切煩惱。入於佛法,離諸苦蘊。永息一切生死怖畏,到無所畏一切智處。摧壞一切老死大山,安住平等大涅槃城。而我云何能知、能說彼功德行?

「善男子よ。私はただ、すべての衆生が諸仏をあまねく見て、供養し仕え、喜びを得るという法門のみを知っています。しかし、菩薩摩訶薩たちは偉大な薬王のようなものです。彼らを見る者、聞く者、思い出す者、念じる者、共に住む者、共に歩む者、その名を唱える者、喜びに随う者、そのすべてが利益を得て、空しく過ぎ去ることは決してありません。たとえ一時的にであっても、彼らに出会った衆生は、必ずや一切の煩悩を消し去り、仏法に入り、苦しみの集まりを離れ、永遠に生死の恐怖を静め、一切智の境地における無畏の境地に至ることができます。老いと死という大山を打ち砕き、平等なる大涅槃の城に安住することができるのです。それなのに、私のような者に、どうして彼らの功徳の行いを完全に知り、語ることができましょうか?」

「善男子!於此南方有一大城,名多羅幢;彼城有王名甘露火;汝詣彼問菩薩云何學菩薩行,修菩薩道。」

「善男子よ。この南の方に、多羅幢という大きな都がある。その都に甘露火という王がいる。あなたはそこへ行き、菩薩はどのように菩薩行を学び、菩薩道を修めるのかを尋ねなさい。」

時,善財童子禮普眼足,遶無數匝,慇懃瞻仰,一心戀慕,辭退而去。

その時、善財童子は普眼菩薩の足に礼拝し、何度も何度も周りを巡り、深い敬意を込めて仰ぎ見つつ、一途に慕いながら、別れを告げて立ち去ってゆきました。

爾時,善財童子於普遍眼善知識所,聞說菩薩能令眾生普見諸佛歡喜法門,隨順憶念心心相續,歡喜踊躍,作是思惟:善知識者,以善方便能攝受我,以深重心能守護我,令我於阿耨多羅三藐三菩提得不退轉。如是專念生淨信心、欣慶心、怡暢心、調順心、勇進心、寂靜心、廣大心、莊嚴心、無著心、無礙心、得心、自在心、常作心、師心、善巧分別心、普生眾行心、隨聞解法心、遍往佛剎心、見佛莊嚴心、恒不離佛心、專求十力心、一向無退心。漸次前行,經歷國邑、村營、聚落,然後乃至多羅幢城,處處尋求見王方便。于時遇有多聞、多解諸婆羅門在於四衢談論世法,善財往問云何得見甘露火王?

その時、善財童子は普遍眼の善知識のもとで、菩薩が衆生をして諸仏を普く見ることを得させる喜びの法門について聞き、それに随順して心に憶念し、心を相続させて歓喜踊躍し、このように思惟した。

「善知識とは、善巧な方便によって我を摂受し、深重の心によって我を守護し、我をして阿耨多羅三藐三菩提において退転せざらしめるものである。」

このように専念して、清浄なる信心、歓喜の心、安らぎの心、調和の心、勇猛精進の心、寂静の心、広大の心、荘厳の心、無執着の心、無障礙の心、得心、自在の心、常に行動する心、師の心、善巧に分別する心、あらゆる行を生じる心、聞くままに法を解する心、すべての仏の国に赴く心、仏の荘厳を見る心、常に仏を離れない心、専ら十力を求める心、一向に退かない心を生じた。

次第に進み、国々や町々、村々、集落を経て、ついに多羅幢城に至った。あちらこちらで王に会う方法を尋ね歩いた。その時、ある多聞で博識なバラモンたちが四辻で世俗のことを論じていたので、善財は近づいて尋ねた。

「どうすれば甘露火王にお会いできるでしょうか。」

時,彼多智大婆羅門問善財言:「仁從何來?何所求請欲見我王?」

その時、聡明な大婆羅門が善財に問うた。「あなたはどこから来られたのですか。また、何を求めて私の王にお会いになりたいのですか。」

白言:「我從藤根國來,普眼長者教我獲得歡喜法門,令我來此求見大王,請問菩薩行菩薩行。」

申し上げます。「私は藤根国から参りました。普眼長者が私に歓喜の法門を授け、ここに参って王にお目にかかり、菩薩が菩薩行を行うことについてお尋ねするよう、私に命じました。」

婆羅門言:「彼藤根國安隱豐樂。仁之色相,德慧莊嚴,捨彼來此,必獲利益。以仁大智,必見我王。仁且安坐,聽我所說。我王恒居寶嚴正殿,坐勝摩尼師子之座,頒行正法,成就眾生。」

婆羅門が言いました。「その藤根の国は安らかで豊かで楽しい国です。あなたの姿には徳と知恵の輝きがあり、そこを離れてここに来られたなら、必ずや利益を得られるでしょう。あなたの大いなる智慧をもってすれば、必ず我が王に拝謁できるはずです。どうぞお座りになって、私の話をお聞きください。我が王は常に宝に飾られた正殿におられ、勝れた摩尼の獅子の座に坐し、正しい法を施して、人々を成就させておられます。」

善財復言:「何故大王名甘露火?」答言:「我王具足七支行中道化,治罰惡人,銷其過犯,猶如烈火;安攝善人,與其快樂,譬如甘露。以是慈悲平等教化,增其壽命,心無厭足。故我國人美王盛德,歌讚王猷,咸稱我王為甘露火。我王復以種種方便調御眾生,決其諍訟;撫其孤弱,恤其惸獨,遂其勝行;皆令永斷十不善業;正修十善如轉輪王所行之法。」

善財が再び問う。「なぜ大王は甘露火と呼ばれるのですか?」 答えていわく「我が王は七つの宝を備え、中道の教えによって世を治め、悪人を罰してその過ちを焼き尽くすこと烈火のごとく、善人を安んじて楽しみを与えること甘露のごとし。この慈悲にて平等に教え導き、命を長らえさせ、心に飽きることがない。故に我が国の人々は王の盛徳をたたえ、その治世を歌い称え、皆して我が王を甘露火と呼ぶ。我が王はさらに種々の方便にて衆生を調御し、争いを裁き、孤児や弱き者を撫で、独り身を哀れみ、優れた行いを成就させる。すべてに十不善業を永遠に断ち切らせ、正しく十善を修めることを転輪聖王の行う法の如くになさるのである。」

善財復言:「云何名為具足七支行中道化?」

善財がさらに尋ねました。「では、七つの支えを備えた中道の教えとは、どのようなものですか?」

答言:「審聽!當為宣說。言七支者:一有君德,天下仰戴,如人之首;二有輔臣,左右忠良,如人之臂;三有國境,寬富包容,如人之腹;四有險固,囊結萬方,如人之臍;五有倉庫,財食充盈,所往無難,如人之髀;六有兵威,士馬精銳,制動由己,如人之脛;七有隣境,貢賦以時,往復王命,如人之足。

お答えします。「よく聞きなさい。これから説き明かしましょう。七つの支えとは、次の通りです。 第一に、君主の徳が備わり、天下の人々が敬い慕うこと。これは人の頭のようなものです。 第二に、補佐する臣下がいて、左右に忠義ある者がいること。これは人の腕のようなものです。 第三に、国境が広く豊かで、すべてを包み込むこと。これは人の腹のようなものです。 第四に、險要な地が固く、あらゆるものを一つにまとめること。これは人の臍のようなものです。 第五に、倉庫があり、財宝や食料が満ちていて、行く先に困難がないこと。これは人の腿のようなものです。 第六に、軍隊の威光があり、兵士や馬が精鋭で、物事の動きを自らの意のままにすること。これは人の脛のようなものです。 第七に、隣接する国々が定められた時に貢物を納め、王命を行き来させること。これは人の足のようなものです。」

「復有二法能持七支:一謂威勇;二謂智謀。二德相資,如人目足;七支依住,正教施行,所向皆從,靡不流布。如山出雲,如地持物,澤潤卉木,德被黔黎,由是四海皆遵聖化。支德互闕,如車隻輪,如鳥一翼,決定不能翔空致遠。我王咸具名稱普聞。仁復當知,我國大王成就九法,能轉王輪。何等為九?一、德伏四隣,自修職貢;二、貢賦不入,恩信感之;三、感之不從,說其君臣,令相疑阻;四、彼或革心,君臣異議,說使和同,令歸聖化;五、善說不聽,王師討伐;六、觀彼主率,將德有無;七、審其寡德,議其城守;八、知彼牢城,料兵強弱;九、自揣國中人和兵銳;我國大王具此九法,慧眼常明,照矚一切。是故八表咸歸正化,自求臣屬,永不退還;譬如眾流潮宗於海,皆同一味,無有異心。仁者當知,我國大王奉事多佛,是大菩薩,具大慈悲,應現人間,覆育群品;知諸眾生應漸調伏,先宣王法,漬潤其身,究竟令其心得解脫。是故我王有二聖德。何等為二?一者內德:種族真正,仁慧深遠;二者外德:如上略明,後當廣說。」

また、七支を保つための二つの方法があります。一つ目は「勇気」、二つ目は「知恵の策略」です。この二つの徳が互いに助け合うことは、ちょうど人の足と目のようなものです。七支がこの二徳に依って支えられ、正しい教えが行われれば、向かうところすべてが従い、広まらない場所はありません。山が雲を生み出し、大地が物を支え、草木を潤し、民に徳を施すように、これにより四方すべてが聖なる教化に従います。

もし、この二つの支徳が欠ければ、それは車の片方の車輪や、鳥の片方の翼のようなもので、決して空高く飛んだり、遠くへ行くことはできません。我が王はこの両方を備えているため、その名は広く知れ渡っています。

さらに知っておくべきことは、我が国の大王は九つの方法を成就しており、それによって王の輪を回すことができるのです。その九つとは何でしょうか。

第一に、徳によって四方の国々を従え、自ら進んで貢物を納めさせること。 第二に、もし貢物が納められなくても、恩恵と信義で感化すること。 第三に、それでも従わないなら、その国の君臣に働きかけ、互いに疑いの心を抱かせること。 第四に、彼らが心を改めたとしても、君臣の意見が分かれたなら、和睦させて聖なる教化に帰依させること。 第五に、善い説得に耳を貸さなければ、王の軍で討伐すること。 第六に、敵の将兵を観察し、徳があるかどうかを見極めること。 第七に、敵に徳が少ないと判断したら、城を守る策略を練ること。 第八に、敵の城が堅固であると知ったなら、兵の強弱を測ること。 第九に、自国の人心がまとまり、兵が強いかどうかを自ら評価すること。

我が国の大王はこの九つの方法を備え、智慧の目が常に明らかで、すべてのものを照らし見通しています。それゆえ、八方すべてが正しい教化に帰服し、自ら臣下となることを求め、決して後戻りすることはありません。ちょうど多くの流れが海に集まり、すべて同じ味わいとなり、異なる心を持たないようにです。

さらに知っておくべきことは、我が国の大王は多くの仏に仕えてきた、大いなる菩薩であり、大いなる慈悲を具えて、この人間世界に現れ、すべての生きとし生けるものを覆い育てています。すべての衆生は徐々に調伏されるべきであると知り、まず王の法を示してその身を潤し、究極的には心を悟りへと導いて解脱させるのです。

このように、我が王には二つの聖なる徳があります。その二つとは何でしょうか。一つ目は内なる徳:その種族は正しく、慈悲と智慧は深遠です。二つ目は外なる徳:以上の通り簡単に述べましたが、後ほど詳しく説かれるでしょう。

善財白言:「云何內德?願為說之。」

善財が申し上げました。「では、内なる徳とは何でしょうか。どうかお教えください。」

答言:「仁者!我國大王種族尊勝,嫡嗣承襲,歷代相傳,入胎處胎,諸天護念。出胎已後乃至受位,福慶交至,萬國歡娛。聖德日躋,博聞強記;仁、智、孝、友、恭、慈、惠、和;聽視聰明,具諸慚愧;有具足力,身無眾患;含垢忍辱,心無卒暴;尊賢重德,愍哀庶類;於己財位,恒知止足;於他危難,常思救護;善攝五根,不縱情志;辯才無礙,能師子吼;發言誠諦,離諸愛恚;善解世間,殊音異論;威儀整肅,人咸畏敬;慰諭輔臣,撫育黎庶;憐愍眾生,等心無二;察人辭色,悉知其心;見象馬形,亦知善惡;於有恩德,報復無疲;於怨惡人,善巧將護;行幸城邑,端坐車中,審諦自心,無內外顧;依時出入,以慰國人,有或不順,返逆王命,酷害王民,動作非法,先以善言,如法開示,捨逆從順,王必慈恕,依所領處,不減不奪、亦不驅擯。聞命不悛,當加討罰,剋敵制勝,務在安人。是故我王善稱遐布。

答えていわく、「仁者よ。我が国の大王は、種族が尊く勝れ、嫡嗣が位を継承し、歴代伝わり、御母の胎内に入り宿るときも、諸天がお護り申す。御誕生の後、即位に至るまで、福と慶びが相次ぎもたらされ、万国の民が喜び楽しむ。聖なる徳は日々に高く、広く学びよく記憶し、仁・智・孝・友・恭・慈・恵・和を備え、聡明にして見聞き明らかであり、様々な慚愧の心を具えている。力が充実しており、身に病いもなく、咎めや辱めも耐え忍び、心に荒々しさがない。賢者を尊び、有徳の人を重んじ、人々を哀れみ慈しむ。自分の財産や地位には常に足ることを知り、他人の危険や困難には常に救い助けようと願う。五つの感覚をよく守り、感情に任せて心を放縦にすることがない。弁舌は自在で妨げがなく、獅子吼の如く説き、言葉は誠実で真実であり、愛着や怒りを離れている。世の中の様々な言語や異なる論議をよく理解し、威儀は整い厳かで、人々は皆、畏れ敬う。家臣たちを慰め諭し、民を育て養い、生きとし生けるものすべてを哀れみ、平等な心で区別しない。相手の言葉や表情を見て、その心をすべて理解し、象や馬の姿形を見ても、その善悪を見分ける。恩や徳に対しては、報いることに怠ることがない。怨みや悪意ある者に対しては、巧みに守り導く。都を巡行するときは、車の中に端座し、自らの心を審らかに見つめ、内外に気を散らさない。時に応じて出入りし、国の民を慰める。もし従わず、王命に背き、王の民を酷く苦しめ、法に適わない行いをする者がいれば、まず善い言葉をもって法に従い開き示し、背きから従順に立ち返らせる。そうすれば王は必ず慈しみ深く許し、その領地も減らさず奪わず、追い払うこともない。命令を聞いても改めないならば、その時は討伐の罰を加える。敵に勝ち制圧するのも、務めて民を安んずるためである。故に我が王の善き評判は遠くまで広まっているのである。」

「仁者!當知居俗日夜分為八時;於晝與夕,各四時異,一一時中,又分四分,通計日夜三十二分,以水漏中,定知時分。晝四時者:自鷄鳴後乃至辰前,為第一時;辰初分後至午分初,為第二時;午中分後乃至申前,為第三時;申初分後至日沒前,為第四時。於第一時日未出前,為初二分;日出已後乃至朝畢,為後二分,如是四分名日初時。我王精勤,不著眠睡,於夜四時,二時安靜,第三時起,正定其心,受用法樂,第四時中,外思庶類,不想貪瞋。自晝初時先嚼楊枝乃至祠祭,凡有十位。何者為十?一、嚼楊枝,二、淨沐浴,三、御新衣,四、塗妙香,五、冠珠鬘,六、油塗足,七、擐革屣,八、持傘蓋,九、嚴侍從,十、修祠祭。」

「敬愛なる方よ、知るがよい。在家の者にとって、一日は八つの時に分けられる。昼と夜にそれぞれ四つの異なる時があり、その一つの時もさらに四つに分けられる。つまり、一日一夜を合わせて三十二の区分とし、水時計によって正確に時を知るのである。

昼の四つの時とは、まず鶏の鳴き声の後から辰の刻の前までを第一の時とする。辰の初めから午の初めまでを第二の時とする。午の中頃から申の前までを第三の時とする。申の初めから日没の前までを第四の時とする。

この第一の時には、日が昇る前を初めの二分とし、日が昇ってから朝の営みが終わるまでを後の二分とする。このように四つの区分が、昼の第一の時を形作る。

我が王は精進を怠らず、眠りにふけることなく、夜の四つの時のうち、二つの時を静かに過ごし、第三の時に起き上がって心を正しく定め、法の楽しみを受ける。第四の時には、外にあって民のことを思い、貪りや怒りの心を起こさない。

また、昼の第一の時には、楊枝を噛むことから祭祀に至るまで、十の作法がある。その十とは何か。第一に楊枝を噛むこと、第二に清らかに沐浴すること、第三に新しい衣をまとうこと、第四に妙なる香を塗ること、第五に花の冠と首飾りをつけること、第六に足に油を塗ること、第七に革の履き物をはくこと、第八に傘をさすこと、第九に従者を従えること、第十に祭祀を行うこと、である。」

善財問言:「云何大王每自晨朝要嚼齒木乃至祠祭,然後臨朝?」

善財が尋ねました。「大王、どうして毎朝、歯木をかみ砕き、また祠での祭りを終えられてから、朝廷にお出ましになるのですか?」

答言:「仁者!世界增長,要因於王;王欲理人,先自理身;以身安故,心意和平,神清體和,布化無爽。是故我王先嚼楊枝乃至祠祭。又此十事,一一能生十種功德;初嚼楊枝具十德者:一、銷宿食,二、除痰癊,三、解眾毒,四、去齒垢,五、發口香,六、能明目,七、澤潤咽喉,八、脣無皴裂,九、增益聲氣,十、食不爽味。晨朝食後,皆嚼楊枝。諸苦辛物,以為齒木,細心用之,具如是德。

答えていわく、「仁者よ。世界の繁栄は、まさに王に因るものです。王が人を治めようと望むなら、まず自らの身を整えるべきです。身が安らかであれば、心も意も平和となり、精神は清らかで身体も和らぎ、教化を施すに滞りがありません。それゆえに我が王は、まず楊枝(ようし)を噛むことから祭祀に至るまで行うのです。

また、これら十の事柄は、それぞれに十種の功徳を生みます。まず楊枝を噛むことには十の徳があります。 一、宿食を消す。 二、痰の鬱滞を除く。 三、諸々の毒を解く。 四、歯の垢を落とす。 五、口に香りを発する。 六、目を良くする。 七、咽喉を潤す。 八、唇にひび割れがない。 九、声や気力を増す。 十、食事の味を損なわない。

朝の食事の後には、皆、楊枝を噛みます。様々な苦く辛い物を歯木(しぼく)とし、心を込めて用いることで、このような徳が備わるのです。」

「復次,我王香水沐浴具十功德:一、能除風,二、去魑魅,三、精氣充實,四、增益壽命,五、解諸勞乏,六、身體柔軟,七、淨除垢穢,八、長養氣力,九、令人膽勇,十、善去煩熱。

さらに、わが王よ。香りの水での沐浴には十の功徳があります。 第一に、風の病を取り除きます。 第二に、化け物を追い払います。 第三に、元気が満ちてきます。 第四に、寿命を延ばします。 第五に、あらゆる疲れを癒します。 第六に、体を柔らかくします。 第七に、汚れをきれいに洗い流します。 第八に、気力を養い強めます。 第九に、人に勇気を与えます。 第十に、むし暑さを上手に取り除きます。

「復次,我王御新淨衣具十功德:一、增長吉祥,二、行步適悅,三、眷屬愛敬,四、處眾無畏,五、安樂身心,六、能益壽命,七、淨無塵垢,八、名稱遠聞,九、賢聖護念,十、一切讚歎。

次に、王様が新しい清らかな衣を身につけることには、十の功德があります。 第一に、幸運が増すこと。 第二に、歩くことが心地よくなること。 第三に、家族や家来から愛され、敬われること。 第四に、人前に出てもおそれないこと。 第五に、心と体が安らかになること。 第六に、寿命が延びること。 第七に、清らかで汚れがないこと。 第八に、良い評判が遠くまで広がること。 第九に、賢者や聖者が心にかけてくださること。 第十に、すべての人から称賛されること。

「復次,我王塗諸妙香具十功德:一、增益精氣,二、令身芳潔,三、調適溫涼,四、長其壽命,五、顏色光盛,六、心神悅樂,七、耳目精明,八、令人強壯,九、瞻覩愛敬,十、具大威德。

また、わが王が様々な優れた香を塗ることには十の功徳があります。 第一に、気力を増します。 第二に、身を清らかに香りよくします。 第三に、温かさと涼しさを調えます。 第四に、寿命を延ばします。 第五に、顔色が輝き豊かになります。 第六に、心が安らかに楽しくなります。 第七に、耳や目がはっきりと働きます。 第八に、人を強く丈夫にします。 第九に、見る人が愛し敬うようになります。 第十に、大きな威厳と徳を備えます。

「復次,我王冠妙珠鬘具十功德:一、勝福日增,二、殊珍自至,三、顏色充悅,四、辯才清暢,五、具足吉祥,六、身心無惱,七、吉慶恒集,八、益其壽命,九、具大膽勇,十、奉覲歡喜。

さらに、私が王の冠として身につける見事な宝珠の連なりには、十の功徳があります。第一に、すぐれた福徳が日々増すこと。第二に、特別な宝が自然と集まること。第三に、顔色が生き生きと輝くこと。第四に、弁舌がさわやかに冴え渡ること。第五に、すべてが吉祥に満ちること。第六に、心身に悩みがないこと。第七に、幸福が絶えず集まること。第八に、寿命を延ばすこと。第九に、大きな勇気が備わること。第十に、参拝する人々が喜びに満たされることです。

「復次,我王足塗香油具十功德:一、能除風疾,二、身心輕利,三、耳目聰明,四、增益精氣,五、念無忘失,六、減省昏睡,七、眠夢吉祥,八、延其壽命,九、除諸垢穢,十、不生眾疾。

また、我が王よ、足に香油を塗ることには十の功徳があります。第一に、風の病を取り除き、第二に、心身が軽やかで快適になり、第三に、耳と目がはっきりとし、第四に、精気が増し、第五に、記憶が確かになり、第六に、眠気が減り、第七に、夢が吉兆となり、第八に、寿命が延び、第九に、あらゆる汚れを取り除き、第十に、様々な病気が生じなくなります。

「復次,我王擐妙革屣有十功德:一、足趺柔軟,二、身觸輕安,三、行步有力,四、益其精氣,五、舉止安詳,六、增長壽命,七、威儀整肅,八、左右歡喜,九、形相端嚴,十、諸天敬畏。

さらに、わが王がすぐれた革靴を履くことには、十の功徳があります。 第一に、足の甲が柔らかくなること。 第二に、身体が軽やかで安らかになること。 第三に、歩くときに力が湧くこと。 第四に、元気が増すこと。 第五に、立ち居振る舞いが落ち着いて優雅になること。 第六に、寿命が延びること。 第七に、威厳あるふるまいが整うこと。 第八に、周囲の人々が喜ぶこと。 第九に、姿かたちが端正で立派になること。 第十に、天の神々も敬い畏れること。

「復次,我王侍衛持蓋具十功德:一、威嚴尊重,二、顏色鮮明,三、露行去熱,四、不犯風塵,五、能遮雨濕,六、不視無福,七、眾人敬畏,八、身得安寧,九、益壽增氣,十、清淨光華。

また、王の侍衛が傘を持つことには十の功徳があります。 第一に、威厳と尊重を得ること。 第二に、顔色が明るく鮮やかになること。 第三に、屋外を歩く時に暑さを避けられること。 第四に、風や塵を防げること。 第五に、雨に濡れずに済むこと。 第六に、不運な様子を見せないこと。 第七に、人々から畏敬されること。 第八に、からだが安らかになること。 第九に、寿命を延ばし気力を増すこと。 第十に、清らかで光り輝くこと。

「復次,我王莊嚴侍衛具十功德:一、威儀嚴整,二、令人敬畏,三、增王膽勇,四、佐王威勢,五、降伏惡人,六、天神自衛,七、禁禦暴獸,八、舒暢王意,九、邪魅不侵,十、行王教令。如是莊嚴眷屬圍遶,故我大王如御駕駟,檢察前後,調息自他,寬猛合度,剛柔稱適。如大舶主,統領諸船,隨有穿漏,應時補塞。奉侍王人,內宮采女、耆德耄齒、監守王宮、妍貌壯年,令其侍衛或前行導引,燒香散華,吹貝鼓樂,歌詠讚歎種種莊嚴。或侍從王行,執扇持拂,塗香衣服,眾妙資具,隨時受用,靡不備足,如是導從,以候王心。」

さらにまた、大王の威厳を飾る警護と従者には、十の功徳があります。一、態度が整っている、二、人に畏敬の念を抱かせる、三、王の勇気を増す、四、王の威光を助ける、五、悪人を従わせる、六、天の神々が自ずから守る、七、猛獣を防ぎ止める、八、王の心を和らげる、九、邪悪な霊が寄りつかない、十、王の命令を行き渡らせる。このように威厳ある側近たちに囲まれているため、大王は、あたかも四頭立ての馬車を操る御者のように、前後をよく見渡し、御自身と他者との調和を整え、緩急の加減が適切で、強さと穏やかさの釣り合いが取れています。それは、大きな船の船長が多くの船を統率し、水漏れのあるところがあれば、すぐに補修するようなものです。王に仕える人々、後宮の女官たち、徳の高い年長者たち、王宮を守る監視役たち、美しい容貌の若者たちは、命じられて警護を務め、あるいは先導して道を進み、香を焚き、花をまき、法螺貝を吹き、太鼓や音楽を奏で、歌い、称賛し、様々な方法で荘厳に飾ります。また、王の供をして、扇や払子を持ち、塗り香や衣服、その他多くの素晴らしい道具が、時に応じて使えるよう、全て整えられています。このような従者たちが王の心を待ち受けているのです。

大方廣佛華嚴經卷第十一

『大方広仏華厳経 巻第十一』


第十
第十二

CBETA コード: T0293

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません