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大方広仏華厳経 (大方廣佛華嚴經)


大方廣佛華嚴經卷第十二

大方広仏華厳経 巻第十二

罽賓國三藏般若奉 詔譯

罽賓国の三蔵般若、詔を奉じて訳す

入不思議解脫境界普賢行願品

普賢行願品

時,婆羅門復告善財言:「我王圓滿如上,種種法式,清淨威儀,先入道場,禮敬賢聖,上祈福祐,澤潤含生;或祠祭祖宗,思報恩德,教人孝敬,冥益萬方;或出遊巡狩,撫俗省方,御眾班師,功成告謝,水旱災祥,省躬慶祐;祀祭之時一心專念,恭敬無怠,如對目前,想其儀形,思其教誨,感涕薦奉,罄志無私,國內輔臣,有功有德,賢良節行,在家出家,碩德高年,人所宗事,設命終已,圖畫形容,隨其行業,建諸塔廟。我王如是日日之中,內盡誠心,外精供事飲食、財寶、上妙珍奇,祠敬禮拜,曾無懈廢。如上十種,首嚼齒木乃至祠祭,於晝初時前二分畢。日初出時,先召良醫候其安否。晝夜時分,服食量宜。次召曆算、占候、陰陽、風雨、日辰、星月運數行度,差正隱現,災祥福慶,禳除靡不誠告。中外款候,可以密聞,於此時中,一以言聽。所為既訖,正坐臨朝,十千大臣前後圍遶,共理王事,出納王言,聽事畢來,盡晝初時,為後二分。次第二時,進御王膳,奏妙音樂,種種歡娛,以悅王意。於第三時,沐浴遊宴,十億采女內奏樂音,容止殊麗,周匝環遶,軟意承旨,恒起慈心,清淨園林,處處嚴飾,若聞、若見,煩惱銷除。盡第四時,於王正殿,敷置眾寶,莊嚴論座,於王國內,處處請求,有大智慧沙門婆羅門得道果者,演說正法,聽聞其義,合掌恭敬,禮拜問訊,盡恭敬心、盡尊重心,請令安坐;然後諮問:『何等善法?何等惡法?何正?何邪?何損?何益?』可行則行,可止則止。

時に、バラモンはさらに善財に告げた。「我が王は、先に述べたとおりの様々な作法を完全に備え、清らかな威儀をもって、まず道場に入り、賢聖を礼拝し、上は福祐を祈り、その恵みをすべての生きとし生けるものに施しました。あるいは祖先を祭祀し、恩徳に報いようと心がけ、人々に孝敬を教え、陰ながら万方を益しました。あるいは遊覧や巡狩に出て、民を慰め地方を視察し、軍を率いて戦いに勝利すれば、功成りて謝し、水害や干魃などの災いや吉兆があれば、自らを省みて慶びとしました。

祭祀の時は一心に専念し、恭敬して怠ることなく、目の前にあるかのようにその形を思い、その教えを思い、感激の涙を捧げ、誠を尽くして私心を交えませんでした。国内の輔臣には、功績や徳があり、賢良で節操ある行いをする者、在家・出家を問わず、徳が高く高齢で人々が尊ぶ者が亡くなった時は、その姿を描き、その業に従って塔廟を建てました。

我が王はこのように日々、内には誠心を尽くし、外には飲食・財宝・上妙の珍奇を供えて祭祀し礼拝し、決して懈怠することはありませんでした。以上の十種、すなわち、歯木を噛むことから祭祀に至るまでを、昼の初めの時、前の二分の間に行いました。

日が昇る時には、まず良医を召して安否を伺いました。昼夜の時分に応じて、服薬や食事の量を適宜に取り計らいました。次に暦算・占候・陰陽・風雨・日辰・星月の運行や度数、その偏差や隠現、災いや吉兆、福慶、そしてそれらを払う方法を司る者たちを召し、誠を尽くして告げさせました。内外の機密の知らせも、この時に秘密裏に聞き入れるようにしました。

これらのことが終わると、正しく座して朝に臨み、一万の大臣が前後に囲み、共に国の政務を執り、王の言葉を伝えました。政務を終えるのは、昼の初めの時が終わるまでの後の二分の間です。

次の第二の時には、王の膳を進め、妙なる音楽を奏で、様々な楽しみをもって王の心を喜ばせました。第三の時には、沐浴して遊宴し、十億の采女が内で楽を奏し、その姿は殊に麗しく、周囲を取り囲み、柔らかな心で王の意を承け、常に慈しみの心を起こし、清らかな園林をあらゆる所に厳飾しました。これを見たり聞いたりする者は、煩悩が消え去りました。

第四の時が終わると、王の正殿に、様々な宝を敷き、荘厳な論議の座を設けました。王国内のあちこちに、大いなる智慧ある沙門や婆羅門で、すでに道の果を得た者を求め、正法を説かせ、その義を聞き、合掌して恭敬し、礼拝し、問訊し、恭敬の心と尊重の心を尽くして、安座を請いました。そして、次のように質問しました。

『何が善い法か?何が悪い法か?何が正しく、何が邪か?何が損であり、何が益か?』と。行うべきことは行い、止めるべきことは止めたのです。」

「復應數集宿舊智臣、高道隱逸,諮承不逮,以達聰明,詢問國政,評其德失。由斯王德,漸盛漸圓。國內眾生,展轉安樂。能令世化,為解脫因。所以者何?一切菩薩諸所施為,無非佛事。譬如白月初出漸明,至十五日光明圓滿,流照十方;亦如海潮,月初漸起,至十五日,大起潮波,洄澓萬里。法王政化亦復如是,王德增長,若無國王,智臣、耆舊如船無主,漩洄覆沒。又如眾生渴乏時雨,求天帝釋,釋天護念,設不降雨,經於十年,是諸眾生亦不必死。若無國王,一日之中,萬姓荒亂,相殘害盡。以是當知,覆護眾生,王勝帝釋。

また、古くからの賢明な家臣や、高い道を持つ隠者たちを集め、自分の至らぬ点を尋ね、その教えを聞くことで、聡明さを養い、国政を相談し、その善悪を評価すべきである。こうして王の徳は次第に高まり、円満となり、国内の民は次第に安楽を得る。そして、この世の教化を解脱の因とすることができる。なぜなら、すべての菩薩が行う一切の行いは、仏の教化にほかならないからである。たとえば、新月が現れ始めて次第に明るくなり、十五日には光明が円満となり、十方に照り渡るようなもの。また、海の潮が月の初めに次第に起こり、十五日には大いに潮波が湧き、万里に渦巻くようなものである。法王の政治と教化もまた同じであり、王の徳は増長する。もし国王がいなければ、賢臣や長老たちは、舵取りのない船が渦に巻き込まれて沈むようなものである。また、例えば人々が干ばつに雨を渇望して帝釈天に祈り、帝釈天がその願いを護念していても、もし十年間雨を降らせなければ、人々は必ずしも死にはしない。しかし、もし国王がいなければ、一日のうちに万民が乱れ、互いに殺し合い、滅び尽くすであろう。よって知るべきである。民を覆い守る力は、王が帝釈天に勝るのである。

「復次,我王由聞勝法,常自省誡,以化群生。每至臨朝,力勢雄猛,王德增上,威伏彊隣。外設朝儀種種嚴衛,奏妙音樂,肅敬侍王,王與內宮眷屬圍遶,就師子座;身心無畏,如日出雲,光顯自在,猶天帝釋處眾天中,置四大人,於殿四角,身被金甲,如四天王,左右侍衛,執諸兵仗,顯示我王巍巍威德,王志含容心卑萬姓,不聽不視,恒思順行。如海吞流,如山蘊寶,樂音靜息,內外一心。

さらに、我が王よ、勝れた法を聞くことにより、常に自らを省み戒め、民を教化なさいます。朝政を執るたびに、その勢力は雄々しく猛々しく、王の徳は増し上り、強い隣国を威伏なさいます。外には朝儀を整え、様々な厳重な警護を設け、妙なる音楽を奏で、恭しく王に仕えます。王は内宮の眷属に囲まれて獅子の座に就かれ、身心に恐れはありません。雲間から太陽が現れるように、その威光は自在に輝き、あたかも天帝釈が天人の衆の中で、四大の者を東西南北に配置し、身に金の甲冑をまとい、四天王のように左右に侍らせ、様々な武器を持たせて、我が王の偉大なる威徳を示すかのようです。王の心は寛容で、万人に対して心を低くし、見聞きせずとも、常に従順に行いを思われます。海が流れを飲み込むように、山が宝を蓄えるように、音楽が静まりやみ、内外が一心となるのです。

「爾時,我王遍觀輔相種種威儀,珍嚴妙飾,知如幻化,自堅其心,以慈軟音而說偈言:

その時、大王は家臣たちの様々な威風堂々とした姿や、美しく華やかな飾りをひと通り見渡しました。そして、「これらはすべて幻のようだ」と深く理解し、自らの心をしっかりと定めて、優しく慈しみのある声で、次のような詩句を唱えました。

「『合會須臾散, 榮貴盡無常,
人命如電光, 強力皆歸死。
死魔虧盛滿, 無常壞寶山,
勝法恒堅牢, 應修不放逸。』

「一緒に集まっても、それは一瞬で散りゆく。 富みや貴さも、すべては無常の中にある。 人の命は稲妻の光のようにはかなく、 どんなに力強い者も、死を免れない。

死の魔王は、満ち足りたものをも損ない、 無常は宝の山をも壊してしまう。 しかし、勝れた教え=法は常に堅固で揺るがない。 だからこそ、油断することなく修行に励むべきである。」

「王說偈已,宣令群臣各歸常位,理王政事,利益眾生,心無懈廢。仁者當知如是名為我王內德。」

王はこの偈を説き終えると、群臣たちにそれぞれの本来の役割に戻り、王の政務を執り行い、民衆を利益することに努め、心に怠りや廃れがないようにと命じました。 「賢明な方々よ、知るべきです。これこそが我が王の内なる徳というものです。」

善財白言:「云何復名王德外化?」

善財が問うた。「では、王の外に向けた徳とは、どのようなものなのでしょうか?」

答言:「仁者!一切眾生及器世間,安立護持,皆是眾生自業果報及諸國主德力任持。劫初成時,此器世間,人皆化生,肢體圓滿,不藉衣食,形相充盈,照耀身光,無有晝夜,宿惑既勝,地味隨生,乃至漸生自然香稻。後立田主,遐邇同歸,覆育均平,為剎帝利,自是至今,王化不絕。有欲之人,無主則亂,國有君主,一切獲安,故名王力能護眾生。仁者當知人有四姓:一、婆羅門種,多修口業;二、剎帝利種,多修手業;三、吠舍種,多修田業;四、戍達羅種,修馳逐業。其餘雜類旃陀羅等,多皆修習惡律儀業。然此四姓及餘雜類,業習不同,居處亦異,從少至老所務雖殊,皆崇四事。云何為四?一、修持藝業,二、營辦資財,三、共受欲樂,四、各求解脫。言藝業者,並從髫齔以至壯年,各於其倫習學其事。若婆羅門業,修智慧、圖書、印記、緯候、陰陽、身相、吉凶、圍陀典籍。剎帝利種,增修射御,政在養人,功存禁暴,絃歌悅眾,征罰不庭。吠舍田業,播種耕耘,糧聚倉儲,人天國本。戍達羅種,通商有無,興販往來,務滋貨殖。言營財者,業藝既成,咸務自事。各於其黨,競構資生。言受樂者,既豐財利,卜定厥居,婚樂宴遊,恣娛聲色。言解脫者,要言二類:一、婆羅門、剎利王種;髮既斑白,年逾五十,力邁色衰,厭世求道,情深出要,咸謂真修,所習既殊,師承自異,九十六種,各業本宗,或求生天,或計解脫。二者釋種如來弟子;三乘學人服甘露味,修習慈悲,利益群品。如是種種邪宗、正宗、在家、出家,精心道檢,皆依王國而得住持;並因我王演化流布,故諸學者如世輪繩,藝業所修如聚泥土。王行正化如匠埏埴,巧益自他如成眾器,若無王力,功行不成,法滅無餘,況能利濟?又彼所修一切功德,六分之一常屬於王。王之福山崇固難壞,其餘外境,正化不行,國內之人恣情積惡,令修善者無以暫安。如是障修及造不善,所有罪業六分之一還屬彼王。王之罪山牢峻難壞,是故我王福慧殊勝。」

答えられた。「尊者よ、一切の衆生と器世間の安立と護持は、すべて衆生自身の業の果報と、諸国の君主の徳の力によるものです。劫の初めに成る時、この器世間では、人は皆、化生し、肢体は円満で、衣食を借りず、形相は充ち満ち、身の光を照らし、昼夜がありませんでした。やがて宿世の惑いが勝り、地味が随いて生じ、ついには自然の香稻が生じました。後に田主を立て、遠近が皆帰依し、覆育は均しく平らかで、刹帝利と為り、それから今日に至るまで、王の教化は絶えません。欲を持つ人には、主無ければ乱れ、国に君主が有れば、一切が安んじを得ます。故に、王の力が衆生を護ると名付けられます。尊者は知るべきです、人には四つの姓が有ります。一に婆羅門種は、多く口の業を修め、二に刹帝利種は、多く手の業を修め、三に吠舍種は、多く田の業を修め、四に戍達羅種は、馳逐の業を修めます。その他の旃陀羅などの雑類は、多くは皆、悪律儀の業を修習します。然れども、これらの四姓及びその他の雑類は、業と習いが同じではなく、居処もまた異なり、少より老に至るまで、務めは殊なれども、皆、四つの事を崇めます。四つとは何か。一に、技芸を修め持つこと、二に、資財を営み弁じること、三に、共に欲楽を受けること、四に、各々解脱を求めることです。」「技芸と言うのは、皆、幼い時から壮年に至るまで、それぞれの身分においてその事を習い学びます。もし婆羅門の業ならば、智慧、図書、印記、緯候、陰陽、身相、吉凶、ヴェーダの典籍を修めます。刹帝利の種は、弓箭や御者の技を増修し、政治は人を養うことにあり、功は暴を禁ずるに存し、弦歌は衆を悦ばせ、不庭を征罰します。吠舍の田業は、播種し耕耘し、穀物を倉庫に蓄え、人の天、国の基です。戍達羅の種は、有無を融通し、往来して交易し、貨殖を専らにします。」「財を営むと言うのは、技芸が既に成れば、皆、自分の事に努めます。各々その仲間の中で、競って生計を構えます。」「楽を受けると言うのは、既に財利が豊かになれば、居を占めて定め、結婚や宴楽、遊び楽しみ、声や色を恣に楽しみます。」「解脱と言うのは、要するに二つの類いが有ります。一に、婆羅門、刹利の王種は、髪が既に白く、年が五十を過ぎ、力が衰え、色が褪せ、世を厭い道を求め、心の深い所は出離を要とし、皆、真の修めと言い、習う所が既に異なり、師の継承も自ら異なり、九十六種の外道が、各々本宗に励み、或いは天に生まれんと求め、或いは解脱を計ります。二に、釈迦如来の弟子、三乗の学人は甘露の味を服し、慈悲を修習し、群れの者を利益します。このように様々な邪宗、正宗、在家、出家が、心を込めて道を調べ、皆、王の国に依って住持を得ます。並びに我が王の教化によって流布するが故に、世の諸々の学者は、世の車輪と縄の様であり、修める技芸は土を集める様です。」「王の正しい教化は、陶器を作る工人が粘土をこねる様であり、巧みに自他を利益する事は、様々な器を作り成す様です。もし王の力が無ければ、功行は成らず、法は無く滅び、況んや利益する事が出来ましょうか。また、彼等が修める一切の功徳は、六分の一が常に王に属します。王の福の山は、高く固く壊れ難いものです。その他の外の境、正しい教化が行われないならば、国内の人は心のままに悪を積み、善を修める者をして暫くも安んじる所無くします。このように善を妨げ、不善を造る、全ての罪業の六分の一が、また彼の王に属します。王の罪の山は、堅く高く壊れ難いものです。故に我が王の福と智慧は殊勝なのであります。」

時,婆羅門復告善財:「仁豈不聞地神語耶?地神常言:『我負大地一切所有及須彌山,不以為重,亦無厭心,於三種人我恒厭倦,不欲勝持。何等為三?一、心懷叛逆,謀害人王;二、念棄恩親,不孝父母;三、撥無因果,毀謗三尊,破法輪僧,障修善者;如是三人,我極患重,乃至一念不欲任持。』

その時、婆羅門はさらに善財に告げました。「あなたは地神の言葉を聞いたことがないのですか。地神は常にこう言っています。『私はこの大地のすべてと、須弥山を背負っていても重いとは思わず、また嫌になることもない。しかし、次の三種の人々に対しては、私は常に嫌悪し、支え持ちたいとは思わない。その三種とは何か。第一に、心に叛逆を抱き、人王を害そうと謀る者。第二に、恩や親族を捨てようと思い、父母に孝行しない者。第三に、因果の理法を否定し、三宝を誹謗し、法輪を破り、僧団を乱し、善を修める者を妨げる者。この三種の人々に対しては、私は極めて重く感じ、一瞬たりとも支え持ちたくない。』」

「復次,我王宣流正化,諸佛護念,何況龍神?以是正心能制諸惡,如執鉤策,邪法不生,能與世間,作無利者,感化調伏,正見修行;亦如牛王,王若行時,一切諸牛悉皆隨從。王亦如是,正化流行,一切有情悉皆隨順。又如鐵鉤能制狂象,王治正化能伏惡人,究竟令其同歸解脫。

さらに、王よ、あなたが正しい教えを広め、世を治めれば、諸仏もあなたを守り、ましてや龍神たちはなおさらのことです。この正しい心によってあらゆる悪を抑えられます。それはちょうど、鉤や鞭を使って悪を起こさせないようにするのと同じです。世の中に利益をもたらさない者たちも、感化されて心を調えられ、正しい見解と修行に向かいます。また、牛の王が歩く時、すべての牛がそれに従うように、王が正しい教えを行えば、すべての生きとし生けるものが自然とそれに従います。さらに、鉄の鉤が暴れる象を制するように、王の正しい治国は悪人を伏させ、ついには皆を解脱へと導くのです。

「復次,我王建國體人恒在三事:一、念除五怖,二、慎擇三臣,三、精修御膳。所以者何?樹君養人,事先除怖。臣德允備,足以弼諧。御膳精羞,愛身及物,教人忠孝,親長尊嚴。」

さらに、我が王よ。国を治め人を養うには、常に三つのことに心を配るべきです。第一に五つの恐れを取り除くこと、第二に三人の家臣を慎重に選ぶこと、第三に食事を丁寧に整えることです。なぜなら、君主を立てて人を養うには、まず恐れを取り除くことが先決だからです。家臣の徳が十分に備わっていれば、国をよく治める助けとなります。食事を丁寧に整えるのは、自らの身を大切にし、物事を愛し、人々に忠孝を教え、年長者や目上の者を敬い、その尊厳を重んじるためなのです。

善財白言:「云何五怖,此國獨無?」

善財が申し上げました。「どのような五つの恐れが、この国にはないのでしょうか?」

答言:「仁者!一、王德簡儉,財賦均平;無國王貪奪怖。二、王族貞賢,不貪為寶;無近臣侵抑怖。三、宰官循職,惠恕充懷;無酷吏傷殘怖。四、人皆義讓,國無欺枉;無盜賊偷劫怖。五、隣境雍和,承風向化;無外境寇難怖。餘國五怖,人必不安。是故我王,聖化無外。」

答えました。「尊者よ、第一に、王の徳は質素で倹約を重んじ、税は公平に課されるため、王による貪欲な略奪の恐れはありません。第二に、王族は貞節で賢く、貪欲を宝としないため、側近による権力の横暴や抑圧の恐れはありません。第三に、役人は職務を忠実に果たし、慈しみと寛容を胸に抱くため、酷吏による傷つけや迫害の恐れはありません。第四に、人々皆が義を重んじ譲り合うため、国には欺きや不正がなく、盗賊による略奪の恐れはありません。第五に、隣国とも和やかに境を接し、その風化に従うため、外敵による侵略の恐れはありません。他国にあるこれら五つの恐れがなければ、人は安らかでいられません。ゆえに我が王の聖なる教化は、及ばざる所なきのです。」

善財白言:「云何三臣王所慎擇?」答言:「仁者!如日天王,高居日殿,去地四萬二千由旬,四天下人,不覩形色,但蒙光照,瞻仰日輪,咸知所在。我王聖德如彼日輪,大明御宇,無幽不燭,開物成務,辯別除昏。十千大臣、一億猛將皆王照使,為國之光,慎擇三臣,統茲百辟。何等為三?一者輔臣,二者將帥,三者使臣。言輔臣者,弼諧王化,代王理政,上佐王德,下恤王人,進賢任能,清心奉職,如日照曜,類辯群分。二將帥者,主兵大臣,必在忠淳,深仁厚義,德行兼茂,勇略無虧,為護眾生,除惡務本,如日照曜,滌闇除昏。初自七月至十月,終嚴鼓戒,兵順天肅,勵乘便逐,宜安營相地。如是主將,受命臨戎,攻守以時,戰無不利。仁復應知我國五城。云何為五?一者山城,憑高據嶮,斷岸周圍;二者水城,塹以江河,沿流四遶;三者沙城,曠磧懸遠,外無水草;四者土城,堅壁高壘,內實兵儲;五者人城,主聖臣賢,深謀遠略。如是五城量宜相敵,人城最勝,我國所尊。故我大王住不思議神通妙化。三使臣者,所謂:行人受使四方,往復王命,如日照使,流光原隰,幽谷無私。所以者何?王德精微,王居深密,萬方不覩,四海莫知,皆由使臣宣布王澤,殊方款塞,八表欽承,未安者安,已安不退。是故我王與諸耆舊宰輔大臣,精選良能,慎擇其事。要言王使十德乃堪。一、資忠奉信,二、愛敬君親,三、強記博聞,四、識量宏達,五、才辯縱橫,六、精閑內外,七、謙卑仁讓,八、剛正無瑕,九、儀範出群,十、通王密意。具茲十德,受命宣威,凡所經遊,清身潔獨,不惛酒色,不寢眾居,醉後眠中,慮泄樞密。奉使隣國,必達王言,不以利遷,不以威變,行藏進退,靡不合時,風俗土宜,任物成化,於王權變,了達無疑,務顯得能,以慰殊俗。由此三臣,成王德化,變惡顯善,威被萬方,如日流光,照物除暗,遠近皆明。故我國中稟王聖化,多諸善眾,動靜合宜,或所遊止,不狎惡人。所謂:撥無因果、棄背君親、性少慈悲、好見他過、庸賤卑猥、不畏罪違、多欲多瞋、無慚無愧、心頑性怯、忌勝嫉能,如是等人皆不親近,亦不乘御𢤱悷,不調諸惡象馬;亦不馴養無益禽獸;亦不經遊深山、大澤、空聚、塚間、曠野、山嶮、惡獸、非人之所住處;亦不正視酒肆、屠坊、婬穢之處。若或遭遇勝吉祥事,右旋禮敬。為護福故,曾不履踐佛、法、眾僧、父母、師長大人之影及所行迹。於可尊崇有德人所,恭敬禮拜,心無輕慢。見諸佛塔、靈廟、僧坊、仙聖所居,勝人住處,自勸勸他,遵崇修葺,令其成就。以是天龍咸生歡喜,風雨以時,五穀豐登,兆庶安樂。王之左右所使忠良,侫媚兇殘不能親近;如栴檀林,栴檀圍遶,不雜伊蘭。如無熱池,香流德水,無諸鹹味。王遠惡人,亦復如是。非如甘果,猛獸所藏。」

善財が問うた。「どのように三種の家臣を王が慎重に選ばれるのでしょうか。」 答えて言う。「仁者よ。例えば日天の王が高く日殿に居り、地より四万二千由旬の彼方にあって、四天下の人々はその形や色を見ることはできませんが、ただその光を浴び、日輪を仰ぎ見て、その在り処を知るのです。我が王の聖なる徳はその日輪の如く、大きく世を照らし、闇なく照らし、物事を明らかにして成就させ、分別して昏きを取り除きます。一万の大臣、一億の将軍は皆、王の照らし使う者であり、国の光となっています。慎重に三種の家臣を選び、これら百の官人を統べさせます。三種とは何か。第一に輔臣、第二に将帥、第三に使臣です。

輔臣とは、王の教化を助け、王に代わって政務を執り、上は王の徳を支え、下は王の民を思いやり、賢者を登用し才ある者を任じ、心を清らかにして職務に励むこと。それは太陽が照らして、様々なものの区別を明らかにするようなものです。将帥とは、軍隊を統べる大臣であり、必ず忠実で純真、深い仁愛と厚い義を持ち、徳行が共に優れ、勇気と策略に欠けることなく、衆生を護り、悪を取り除いてその根本を断ち切ることです。それは太陽が照らし、闇を洗い去り昏きを取り除くようなものです。初め七月から十月に至るまで、厳かに鼓を鳴らし戒めを説き、天の理に従って軍を整え、機に乗じて追撃し、地の利に応じて陣を敷きます。このように主将は命を受けて戦に臨み、攻めるにも守るにも時宜を得れば、戦って利あらずということはありません。

また、あなたは我が国の五種の城を知るべきです。五種とは何か。第一に山城。高みに依り険阻に拠り、断崖が周囲を巡るもの。第二に水城。堀に江河を用い、流れに沿って四方を巡らすもの。第三に砂城。広い砂漠が遠くまで広がり、外に水草のないもの。第四に土城。堅固な壁と高い塁を築き、内には兵糧を蓄えたもの。第五に人城。主君が聖にして臣下が賢く、深い謀略と遠大な計画を持つもの。この五種の城はそれぞれの状況に応じて対処すべきですが、人城が最も勝れており、我が国で最も尊ばれています。それ故に我が大王は、思いもよらぬ神妙なる教化に住まわれるのです。

三種目の使臣とは、使者として四方に遣わされ、王命を伝えて回る者のことです。太陽が光を送り、光を平地や湿地に流し、深い谷にも私せずに届けるようなものです。なぜなら、王の徳は精妙であり、王の居所は深く厳かで、世の万物からは見えず、天下の全てが知ることはできません。すべては使臣によって王の恵みが宣布され、遠方の地も朝廷に服し、八方の国々が敬い承け、安らかでない者は安らぎ、既に安らかな者は退くことがないのです。そこで我が王は、多くの年長者や宰輔大臣たちと共に、優れた才能ある者を選び、その任務を慎重に選ばれるのです。

要するに、王の使いとなるには十の徳が備わって初めて任に堪えます。一、忠誠を尽くし信義を重んじること。二、君親を敬い愛すること。三、記憶力に優れ広く学問に通じていること。四、知識と度量が広く大きいこと。五、才能と弁舌が自在であること。六、内外のことに精通していること。七、謙虚で慈悲深く譲る心があること。八、剛直で正しく欠点がないこと。九、容儀が群を抜いていること。十、王の密かな意図を理解していること。これら十の徳を備えていれば、命を受けて威力を示し、訪れる所ごとに身を清く保ち、酒色に溺れず、大勢の中で寝起きせず、酔った後や眠っている間に機密を漏らすことを恐れます。隣国に使いすれば必ず王の言葉を伝え、利益に動かされず、威圧に屈せず、行動や休息、進退すべて時宜に適い、風俗や土地の事情に応じて、物事を教化します。王の権謀術数の変化についても、理解して疑うことがなく、必ず能力を発揮して遠方の国々を慰めることを務めるのです。

この三種の家臣によって、王の徳による教化が成し遂げられ、悪を変え善を顕わし、その威光は天下に及びます。それは太陽が光を放ち、物を照らして闇を除き、遠く近くすべてを明らかにするようなものです。それゆえ我が国では、王の聖なる教化を受けて、多くの善人たちが皆、行動を適切にし、遊びや止まる所でも悪人に近づくことはありません。いわゆる因果を否定し、君親を捨て背き、慈悲の心が少なく、他人の過ちを見ることを好み、卑しく賤しく、罪を畏れず、欲が多く怒りやすい、慚愧の心がなく、心が頑なで臆病、すぐれた者を妬み恨む、そのような人々には近づかず、手に負えず調教できない悪い象や馬にも乗らず、無益な鳥獣も飼いならしません。また深い山や大きな沼、人のいない集落、墓地、荒野、険しい山、猛獣や人ならざる者の住む所にも立ち入りません。酒場や屠殺場、婬らな場所も正視しません。もし素晴らしい吉事に出会えば、右に回って敬礼します。福徳を護るためであり、仏・法・僧、父母、師長、大人の影やその歩いた跡を踏むことは決してありません。尊ぶべき有徳の人に対しては、敬い拝み、心に軽んじ怠ることはありません。様々な仏塔、霊廟、僧坊、仙人や聖者の住まい、すぐれた人の住居を見れば、自らも勧め他にも勧めて、尊び修繕し、成就させます。これによって天竜が皆、喜びを生じ、風雨が時を得て、五穀が豊かに実り、万民が安らかに楽しく暮らします。

王のそば近くに仕える者には、忠良な者を用い、こびへつらう凶悪な者は近づけることができません。それは栴檀の林に栴檀だけが囲み、伊蘭の木が混ざらないようなものです。また無熱の池から香り高い徳水が流れ出て、塩気の味がないようなものです。王が悪人を遠ざけるのも、またこのようなものです。美味しい果実を猛獣が隠すようなものではありません。」

善財復言:「何等之人堪典御膳?」

それでは善財が再び尋ねました。「どのような人が料理方の責任者にふさわしいのでしょうか?」

答言:「仁者!典御膳人應具十德。何者為十?一、種姓清淨,二、三業調柔,三、忠孝備足,四、信讓謙和,五、知王食性,六、妙閑食禁,七、善調體味,八、知王食時,九、體食甘毒亦善解除,十、知所應食晝夜月時。具此十德可典王厨。量所使人及治食處,清淨香潔,監守無違。」

答えよう。「仁者よ。王の食事を管理する者は、十の徳を備えるべきである。その十とは何か。第一に、家柄が清らかであること。第二に、身・口・意の三つの行いが整い穏やかであること。第三に、誠実で親孝行が十分に備わっていること。第四に、信頼があり、譲る心と謙虚さと和やかさを持つこと。第五に、王の食べ物の好みを知っていること。第六に、食べ物の禁忌をよく理解していること。第七に、味加減を上手に整えられること。第八に、王の食事の時間を知っていること。第九に、食べ物に甘い毒や害があれば、それを見分けて適切に取り除けること。第十に、昼夜や月の時期に応じて、何を食べるべきかを知っていること。この十の徳を備えていれば、王の台所を管理できる。また、使う人々や調理場を整え、清らかで香り良く保ち、見張り守って違反

婆羅門言:「仁復應知,我常思念天上人間,若聞、若見,凡諸勝類一切功德,觀我聖王,靡不咸具。是義云何?

バラモンが言った。「ご尊者よ、もう一つお尋ねします。私は常に天上や人間界において、耳にしたり目にしたりする、あらゆる優れた徳を思いめぐらしていますが、それらすべてが我らが聖なる王に備わっていないものはありません。これはどういうことなのでしょうか。」

「仁者當知,師子獸王,一德最勝謂無二心。如殺大象,盡其勢力;殺餘小獸,盡力亦然。我王亦爾,不畏大事,不輕小事,盡悲智力,究竟無遺。

獅子王のように、獅子は一つの最も優れた徳、すなわち二心(ためらい)がないことを持っています。大きな象を殺す時には全力を尽くし、小さな獣を殺す時にも同じく全力を尽くします。我が王もまた同じです。大きな事を恐れず、小さな事を軽んじず、悲しみと智慧の力を尽くして、最後まで何一つ残さないのです。

「仁者當知,諸水鳥王,皆具二德:一審諦其心,如取魚時,入水翹立,一心覘視,嶷然不動。二靜觀水族,所欲皆從。我王亦爾,高居俯視,聽政萬方;寂然不動,感通無礙,言不虛發,一切自成。」

「賢者よ、知るべきである。水鳥の王たちには、皆、二つの徳が備わっている。第一に、心を深く落ち着けること。魚を捕る時のように、水に入って立ち、一心に見つめ、しっかりと動じない。第二に、水中の生き物たちを静かに観察し、彼らの望むままに任せることである。我が王もまた同じである。高い場所から見渡し、四方の政務を聴く。静かに動かず、感じ通じることに妨げがなく、言葉はむやみに発せず、すべてが自然に成し遂げられる。」

婆羅門言:「仁復應知,我王三德,聖化流行,如金輪世調善馬王,有三功德。何等為三?一、心性和柔,力能致遠;二、不畏寒暑,涉險能安;三、調怨易事,常無不足。我王亦爾,一、言必柔實,以法利人,教化眾生畢竟成就;二、克勤庶政,心無險易,能捨珍財,賙給一切;三、大智勇健,調諸怨敵,賦稅量宜,恒知止足。具此三德,扇以和風,他國畏威,自境懷惠。」

バラモンが言いました。「あなたもまた知るべきです。我が王には三つの徳があり、聖なる教化が行われています。それはちょうど、黄金の輪の世界で善良な馬の王が三つの功徳を持つようなものです。その三つとは何でしょうか。第一に、心の性質が穏やかで、力強く遠くへ行けること。第二に、暑さ寒さを恐れず、難しい道でも安全に進めること。第三に、怒りを鎮めて従わせやすく、いつも不足がないことです。我が王もまた同じです。第一に、言葉は必ず柔和で誠実であり、法によって人々を利し、民を教え導いて最終的に成就させます。第二に、よく努めて政治を行い、心に困難を思うことがなく、財宝を惜しみなく施してすべての人に与えます。第三に、大いなる智慧と勇気と健やかさを持ち、すべての敵を調伏し、税は量に応じて適切に課し、常に足ることを知っています。この三つの徳を備え、和やかな風を送り、他国はその威徳を畏れ、自国はその恵みを喜ぶのです。」

婆羅門言:「仁復應知,我王四德聖化流行,如摩伽國妙音雞王有四功德。何等為四?一、立信司晨,二、守義均食,三、對敵賈勇,四、不隨牝雞。我王亦爾,一、賞罰應時,二、萬方均濟,三、義伏彊禦,四、內言不聽。具茲四德,化洽無圻。」

バラモンが言いました。「また、あなたは知るべきです。我が王には四つの徳があり、聖なる教化が広まっています。それは、摩伽国(まかこく)の妙音(みょうおん)という鶏の王が四つの功徳を持っていたのと同じです。その四つとは何か。第一に、誠実さをもって時を告げる。第二に、義を守って食べ物を分け与える。第三に、敵に立ち向かう勇気がある。第四に、雌鶏に従わない。我が王もまた同じです。第一に、賞罰を時にかなって行う。第二に、すべての人を広く救い助ける。第三に、義によって強大な敵を従わせる。第四に、内からの言葉に惑わされない。この四つの徳を備えているので、その教化は果てしなく広がっているのです。」

婆羅門言:「仁復應知,我王五德聖化流行,如欲天上善時鵝王有五功德。何等為五?一、染合有時,二、呼鳴無畏,三、量宜求食,四、心無放逸,五、不受諸鳥諂侫言辭。我王亦爾;一、清心寡欲,不縱內宮。二、發言審諦,外無違命。三、取與不差,務充衣食。四調心道檢,離過精勤。五、成就正心,不親諂佞。具茲五德,惠及八荒。」

バラモンが言った。「さらに知るべきことがあります。我が王には五つの徳による聖なる教化が行われており、それはあたかも天界の善き時のガチョウの王が五つの功徳を持つがごとくです。その五つとは何か。第一に、交尾の時期が定まっていること。第二に、鳴き声に恐れがないこと。第三に、適切に食べ物を求めること。第四に、心に怠りがないこと。第五に、他の鳥たちのお世辞や偽りの言葉に惑わされないことです。我が王もまた同じです。第一に、心を清らかにし欲を少なくし、后宫を放任しないこと。第二に、言葉が慎重で真実であり、外に従わぬ者がいないこと。第三に、与えることと受け取ることが公平で、衣服や食べ物を十分に整えること。第四に、心を調え道を省み、過ちを離れ精進すること。第五に、正しい心を成就し、お世辞やへつらいに近づかないことです。この五つの徳を備え、その恩恵は世界中に及んでいます。」

婆羅門言:「仁復應知,我王六德聖化流行,如摩伽國勝德犬王有六功德。何等為六?一、隨得而食,二、少得知足,三、趣安便睡,四、草動易覺,五、貧富一心,六、勇防盜賊。我王亦爾,一、萬方貢獻,任土無違;二、儉時少奉,恒懷慚愧;三、所作吉祥,易得安眠;四、正見在懷,動念便覺;五、重德尊親,愍哀貧賤;六、思存庶品,念護無時,威勇自在,無諸寇難。具茲六德,億兆同心。以是思惟,觸類成德,仰歎我王,名稱高遠。善攝眾生,精勤匪懈。如是增數二十一種殊勝功德,我王能行。一切怨敵,自然散滅。所有外寇,不能入國。仁復應知,若有闕此二十一德,但有三德,亦善治化。一、能散珍財,賙給一切;二、寧捨身命,無虛誑言;三、具大勇猛,能制怨敵。設無此三,但有一德,亦能政化,謂有大福德。如是仁王,最為第一。譬如八萬四千法門,終歸勝義,王亦如是,種種奇謀,終歸福德。王若有福,王之國土休泰和平,無為無事。眾生富樂,化及萬方。近益身心,遠同解脫。由王慈福、仁惠所成,廣說我王妙行無盡。」

バラモンは言った。「さらに、あなたは知るべきです。我が王は六つの徳をもって聖なる教えを広め、まるで摩伽国の勝れた犬王に六つの功徳があるかのようです。その六つとは、第一に、得たものは何でも食べること、第二に、少なくとも足ることを知ること、第三に、安らかな場所に赴いて眠ること、第四に、草の動きに敏感に目覚めること、第五に、貧富を問わず心を一つにすること、第六に、勇敢に盗賊を防ぐことです。我が王もまた同じように、第一に、四方からの貢物を土地の産物に従って受け入れ、拒むことがありません。第二に、質素な時はわずかしか献上されなくても、常に恥じ入る心を持ちます。第三に、行うことはすべて吉祥であり、やすらかに眠りにつくことができます。第四に、正しい見解を心に抱き、心が動けばすぐに目覚めます。第五に、徳と親族を尊重し、貧しく賤しい者を哀れみます。第六に、全ての人々を思いやり、常に守護の心を怠らず、威厳と勇気をもって自在に振る舞い、敵の侵入に悩まされることがありません。この六つの徳を備えているため、億万の民が心を一つにしています。これを考えれば、あらゆる物事に触れて徳と成り、我が王を敬い称える声は高く遠くまで届きます。よく衆生を導き、怠ることなく精進されています。このように二十一もの優れた功徳を列挙することができ、我が王はこれらを実践されています。そのため、すべての怨み敵は自然と消え去り、外敵は国に入ることができません。

さらに、あなたは知るべきです。この二十一の徳が欠けていても、三つの徳があればよく国を治めることができます。第一に、財宝を惜しみなく施し、すべての人に与えること。第二に、命を捨てても虚偽の言葉を言わないこと。第三に、大いなる勇猛心をもって怨み敵を制することです。仮にこの三つがなくとも、ただ一つの徳、すなわち大いなる福徳があれば、よく国を治めることができます。このような王が最も優れています。譬えば、八万四千の法門も、究極的には勝義に帰するように、王も様々な奇策も、最終的には福徳に帰します。王に福徳があれば、その国は平穏で安泰となり、何もなすことなく平和です。民は富み栄え、その教化は広く四方に及びます。近くは身心を益し、遠くは同じく解脱へと向かいます。これはすべて王の慈愛と福徳、仁愛と恵みによるものです。我が王の素晴らしい行いを広く説けば、尽きることがありません。」

時,婆羅門為善財童子如是稱讚甘露火王內外功德,令欣敬已,欲重宣此義,以偈讚曰:

その時、婆羅門は善財童子に対して、甘露火王の内外の功徳をこのように称賛し、喜びと敬いの心を起こさせた後、この意味を改めて説き示そうとして、詩句をもって讃えました。

「眾生於世界, 三毒風所吹,
將墜惡趣中, 非王不能制。
含生著五欲, 貪暴由是生,
王依正法持, 令趣真常道,
傾奪於財色, 由無王法持。
譬如河池魚, 大小相吞食,
王法持自他, 現未常安樂。
正化廣流布, 咸為解脫因,
人以王為命, 王以法為身,
世道既和平, 佛法由茲始。
政暴人思亂, 刑疎法不行,
恩威不爽時, 萬國常休泰。
多生事多佛, 福德勝為王,
悲深惠益深, 億兆同康樂。
我王生盛族, 威光同日輪,
忘己濟群生, 率土無貧乏。
知身本不淨, 無常之所侵,
調心大丈夫, 守正非餘事。
蒸人如旱草, 惠化洽油雲,
慈心降德音, 澤潤諸含識。
王者順人心, 愛恤人穌息,
威行肅貪暴, 賞罰稱其宜。
或有妙形聲, 含毒人非愛,
或具大聰叡, 染欲蔽其心,
我主勝端嚴, 懲忿誡諸欲,
心如淨明鏡, 鑒物未甞私。
明鏡唯照形, 不鑒於心想,
我王心鏡淨, 洞見於心源。
左右無佞邪, 耳目唯良善,
諂媚及殘暴, 本所不能親。
或有肆姧意, 欲害於王人,
王心鑒未形, 悉使歸忠正。
芳林伏猛獸, 鹹海毒清流,
蠹政害良人, 兇邪敗君德。
香河流德水, 甘果茂甘林,
八表同歡康, 臣賢由主聖。
王持防患戒, 濟眾潔其源,
富壽利群生, 拔出貪瞋海。
慈悲既深廣, 正法亦遐宣,
老幼與孤惸, 護育令安樂。
尊賢貴有德, 重齒敬其親,
戚屬與妃嬪, 內外咸雍穆。
溫言調萬姓, 和色奉師尊,
祠敬無惰容, 福流千萬代。
古先無道主, 驕侈慢宗親,
徇己不憂人, 惡稱恒流布。
我王知幻境, 利物以忘身,
有道庇眾生, 具吉祥名稱。
貪瞋與慳嫉, 皆為諸苦因,
愚惑常不知, 感報猶影響。
王以人為本, 億兆同一身,
役使如四肢, 勞逸無過分。
我王鏡前躅, 垂範為元龜,
動作順人心, 捨惡而從善。
愛人如愛己, 率己以隨人,
九族既從風, 百辟遵王政。
八方歸聖化, 端拱以無為,
推功因理心, 心靜曾無事。
忠臣輔我主, 順動如股肱,
萬國達聰明, 四海稱君德。
諦承諸佛教, 以法悟眾生,
令其了自心, 日照蓮華發。
國人護我主, 猶王護國人,
如林衛獸王, 獸護於林藪。
餘國多五怖, 王貪及寵臣,
酷吏陷非辜, 盜賊公偷劫,
自境有四患, 外寇必來侵。
我王內外清, 國人無五怖,
世間有四業, 一智二珍財,
三受五欲樂, 四求於解脫。
諸王多未具, 歿世人莫稱,
如風持韛囊, 風息命隨絕。
我王備四法, 智德瑩其身,
富有妙珍財, 賙濟於窮乏。
五欲無倫匹, 不染如蓮華,
但為引眾生, 後令入佛智。
住如幻解脫, 示現處貪瞋,
變化治惡人, 皆令向佛道。
不久汝當見, 種種方便門,
究竟利眾生, 是故聲遠震。
妙慧以為風, 常命恒無盡,
汝應速瞻詣, 勿生懈慢心。
一見勝智人, 過住百千歲,
有或壽千歲, 恒食人所棄。
不知三世事, 亦寡法財寶,
飽腹資欲心, 人形畜無別。
少學或心高, 易滿如牛迹,
如鼠手持物, 自謂己能多。
智海廣難量, 不測反增謗,
牛飲水成乳, 蛇飲水成毒。
智學成菩提, 愚學為生死,
如是不了知, 斯由少學過。
是故我國人, 多聞無厭怠,
我王多輔臣, 國城亦險固。
豐財饒士馬, 隣國皆親好,
如是具七支, 勇智恒依住。
人間與天上, 種種勝功德,
利益諸眾生, 如上所宣說。
智人聞一義, 觸類廣無涯,
要言為法王, 調身安萬姓。
世榮恒不退, 出世妙難思,
如海納川流, 包容益深廣。」

衆生はこの世で、貪・瞋・痴という三毒の風に吹き流され、 悪道に堕ちようとしている。これを制するには、王の力なしにはできない。 生きとし生けるものは五つの欲に執着し、そこから貪欲や粗暴が生まれる。 王が正しい法によって治めれば、人々を真実の永遠の道へと導くことができる。 財や色を奪い合うのは、王の法による統制がないからだ。 ちょうど、河や池の魚が大きいもの同士で食べ合うようなもの。 王の法があれば、自他の立場が守られ、現世と来世で常に安楽を得られる。 正しい教化が広く行き渡れば、すべてが解脱の因となる。 人は王を命とし、王は法をその体とする。 世の中の道が平和であれば、そこから仏法も始まる。 政治が暴虐であれば人は乱れを思い、刑罰が粗ければ法は行われない。 恩恵と威厳を時を失わずに施せば、万国が常に安らかで泰平となる。

多くの生にわたって多くの仏に仕え、その福徳に優れた者が王となる。 慈悲が深ければ恵みもまた深く、多くの民が共に康楽を得る。 我が王は高貴な家系に生まれ、その威光は太陽の輪のよう。 己を忘れて衆生を救済し、国土に貧しい者はいない。 身体は本来不浄であり、無常に侵されるものと知る。 心を調える大丈夫として、正しさを守ることこそが務め。 民が干ばつの草のように苦しむ時には、慈しみの教化が油の雲のように潤す。 慈しみの心で徳のある言葉を下し、その恵みはすべての生きとし生けるものを潤す。 王者は人の心に従い、民を愛しみ、その苦しみを癒す。 威厳をもって貪欲や暴力を粛清し、賞罰をその立場にふさわしく行う。 ある者は美しい姿や声を持ちながらも、毒を含んでいて人に愛されない。 ある者は優れた知恵を持ちながらも、欲望に染まって心を覆われている。 我が君は勝れた端正さを持ち、怒りを戒め、諸々の欲望を自制される。 その心は清らかな明鏡のようで、物事を照らして、決して私心を交えない。 明鏡はただ形を映すだけで、心の思いを映し出すことはできない。 しかし我が王の心は鏡のように清らかで、心の源をありのままに見抜く。 側近には佞臣や邪な者はおらず、耳目はただ善良な者のみ。 諂いや残虐な者は、元来近づくことができない。 あるいは奸計を逞しくして、王に仕える人を害そうとする者がいても、 王の心は実体化する前の心を鏡のように見抜き、彼らをことごとく忠誠と正しさに向かわせる。 芳しい林は猛獣を伏せ、鹹い海は清い流れを毒する。 政治を蝕む虫は善良な人を害し、凶悪な邪心は君主の徳を損なう。 香りのよい河は徳の水を流し、甘い果実は甘い林を茂らせる。 八方世界が共に歓喜し康楽に満ち、臣下が賢いのは主君が聖なるからだ。 王は禍を防ぐ戒めを守り、民を救うためにその源を清める。 富と長寿で衆生を利し、貪りと瞋りの海から彼らを救い出す。 慈悲はすでに深く広く、正しい法も遠くまで宣べ伝えられる。 老いた者、幼い者、独り身の者を、保護し育んで安楽ならしめる。 賢者を尊び、徳のある者を重んじ、年長者を敬い、その親を大切にする。 親族や妃たちは、内外共に和やかで整っている。 優しい言葉で万民をととのえ、穏やかな表情で師や尊い者に仕える。 祭祀や敬虔な態度に怠る様子はなく、その福徳は千万代に流れていく。 古く昔の道理に反した君主は、驕り贅沢にふけり、親族を軽んじた。 自分のことだけを考え他人を憂えず、悪い評判が常に流布した。 我が王は幻のような境地を理解し、利益のために身を忘れる。 道理をもって衆生を庇い、吉祥の名を具えている。 貪欲、瞋り、嫉みと吝嗇は、すべてが様々な苦しみの原因である。 愚かで惑い、常に知らないが、その報いは影や響きのように現れる。 王は民を根本とし、多くの民は同じ一つの体のようなもの。 手足のように使い、その労苦と休息に過分なことはない。 我が王は先人の足跡を鏡とし、範を示して鑑(かがみ)とする。 行動は人の心に従い、悪を捨てて善を実践する。 人を愛することを己を愛するようにし、己を率いて人に従う。 九族(一族)がすでに教化に従えば、諸侯も王の政治に従う。 八方から聖なる教化に帰依し、手をこまねいて無為の境地にあらんとする。 功績を推し量るのは心を理(ことわり)によるものであり、心が静かであればもはや為す事はない。 忠臣は我が君を補佐し、手足のように順調に動く。 万国に聡明さが行き渡り、四海に君主の徳が称えられる。 諸仏の教えを誠実に受け継ぎ、法をもって衆生を悟らせる。 彼らに自らの心を了らせしめる、それは太陽が照らして蓮の花が咲くようなもの。 国の人々は我が君を守る、ちょうど王が国の人々を守るように。 林が獣の王を守り、獣が林の茂みを守るように。 他国には五つの恐怖が多くある。王の貪欲、寵臣の横暴、 酷吏による無実の者への罪、盗賊による公然たる強奪。 自国に四つの患いがあれば、外敵は必ず侵略してくる。 我が君の国には内外共に清らかで、国民には五つの恐怖はない。 世の中には四つの業がある。一つは智慧、二つは財宝、 三つは五欲の楽しみを受け、四つは解脱を求めること。 多くの王はこれらを具えておらず、世を去れば人に称えられることもない。 風がふいご(韛嚢)を吹くように、風が止めば命も絶える。 我が君は四つの法を備え、智慧と徳でその身を光り輝かせている。 優れた財宝を豊かに持ち、貧しい者に施し救う。 五欲においては比類なきものの、蓮の花のように染まらない。 ただ衆生を導くために、後には仏の智慧に入らせるためである。 幻の如き解脱に安住し、貪りや瞋りの姿を現し示す。 変化して悪人を調伏し、皆を仏道に向かわせる。 間もなくあなたは見るだろう、種々の方便の門を。 究極には衆生を利益するがゆえに、その名声は遠くに響く。 妙なる智慧を風として、その寿命は常に尽きることがない。 あなたは速やかに参詣すべきである。怠りや驕りの心を起こしてはならない。 一度、勝れた智慧の人に会うことは、百千年の間生きることよりも勝る。 あるいは千年の寿命を持っていても、常に人の捨てたものを食べている。 三世(過去・現在・未来)のことを知らず、また法の財宝も乏しい。 腹を満たして欲心を満たす、それは人の形をしていながら畜生と変わらない。 少し学んだだけで心高ぶり、牛の蹄跡のように満たされやすい。 鼠が手で物を持つように、自らを「よくできる」と思う。 智慧の海は広く量り難く、測ろうとせずに却って謗りを増す。 牛が水を飲んで乳に変え、蛇が水を飲んで毒に変えるように。 智慧の学びは菩提となり、愚かな学びは生死(迷いの世界)となる。 このように知り得ないのは、これらはすべて学びが足りないからである。 それゆえ我が国の人々は、多くを聞くことに飽き怠ることがない。 我が君には多くの補佐の臣がおり、国や城は堅固で難攻不落である。 財宝は豊かで兵や馬も多く、隣国もみな親しく善い。 このように七つの支分(国家の七要素)を備え、勇気と智慧に常に依って住む。 人間の世と天上の世における、様々な勝れた功徳をもって、 衆生を利益することは、すでに上に述べた通りである。 智慧ある人は一つの義を聞けば、類推して広く無量のことを知る。 要約すれば、法王として身を調え、万民を安らかにする。 世間の栄華は常に退くことなく、出世間の妙は思い計り難い。 海が多くの川の流れを受け入れるように、包み込み益して、ますます深く広くなる。

時,婆羅門偈讚王已,告善財言:「仁者當知,諸眾生身毛及毛孔各三俱胝,今我大王有三俱胝內行功德,外行功德亦三俱胝。以是德化,惠育含生。我向為仁,纔說大王一毛功德,其餘王德,深廣難陳,我智微淺,何能思說?況我緣務,無暇久言,我王今者,正殿施化,汝應往詣,一心瞻見。」

ときに、婆羅門は偈頌をもって王を讃えた後、善財に告げて言った。「仁者は知るがよい。生きとし生けるものの身体には、毛や毛孔がそれぞれ三俱胝(非常に多い数)ある。今、我が大王にも三俱胝の内なる行いの功徳があり、外なる行いの功徳もまた三俱胝ある。この徳による教化をもって、すべての生きとし生けるものを慈しみ育てておられる。私は先ほど、あなたのために、ただ大王の一毛の功徳について述べたにすぎない。その他の王の功徳は、深く広大であり、述べ尽くすことは難しい。私の智慧は浅く微かで、どうしてそれを思い語ることができようか。ましてや私は用事があり、長く言葉を交わす暇もない。我が王は今、正殿において教化を施しておられる。あなたはそこに赴き、一心に拝謁しなさい。」

爾時,善財聞婆羅門說是語已,慇懃禮足,辭詣王宮。遙見彼王,處於正殿,坐那羅延金剛妙寶大蓮華藏師子之座。阿僧祇眾摩尼寶,以為其臺;阿僧祇日光明寶,以為其足;阿僧祇妙寶形像,以為莊嚴;金繩為網,彌覆其上;阿僧祇摩尼寶聚光明照耀;阿僧祇天妙寶衣,敷置其上。種種天香而用普熏,種種寶華布散其地;無數寶幢四面行列,無數寶幡周遍垂布,孔雀尾色種種光明天摩尼寶,以為其帳,而覆其上。

その時、善財童子は婆羅門がこれらの言葉を述べるのを聞いて、心から丁寧に足に礼拝し、別れを告げて王の宮殿へと向かいました。遠くからその王が正殿に坐し、那羅延金剛の妙宝・大蓮華蔵の獅子の座に着いているのを眺めました。無数の摩尼宝が台座となり、無数の日光明宝がその脚を支え、無数の妙宝の形像が飾りを成し、金の綱が網となってその上をおおっていました。無数の摩尼宝の集まりが光明を放って照らし、無数の天の妙宝の衣が敷き詰められ、様々な天の香が広く薫き、様々な宝の華が地に散りばめられていました。数え切れない宝の幢が四方に並び、数え切れない宝の幡があまねく垂れ、孔雀の尾の色のような様々な光を放つ天の摩尼宝が帳となってその上をおおっていました。

爾時,大王壯年盛色,尊重可畏。相好具足,微妙莊嚴。如意摩尼以為寶冠,莊嚴其首;閻浮檀金以為半月,莊嚴其額;帝青摩尼無垢寶王以為耳璫,莊嚴其耳;無價摩尼如意寶王以為瓔珞,莊嚴其頸;無垢光照天妙摩尼如意寶王以為印釧,莊嚴其臂;閻浮檀金以為傘蓋;眾寶間錯以為輪輻;光味摩尼以為其臍,百千鬘網交絡嚴飾;清淨藏寶以為其鈴,恒出妙音演無盡法;夜光摩尼放大光明,周遍十方以為照耀;具足圓滿毘瑠璃寶以為其竿,人恒執持,以覆其上。甘露火王,王德增上,有大力勢,威伏遠方,隣國諸王,靡不欽奉;以離垢繒而繫其頂,十千大臣前後圍遶,十萬猛卒左右行列,形貌可畏,如閻羅使,攘臂瞋目,齩齒虯眉,執持器仗,見者惶怖。國內眾人,有犯王法;或奪他命、或盜他財、或侵他妻、虛妄離間、麁惡無義、貪瞋邪見、作如是等種種惡業,身被五縛,將詣王所,隨罪治之。或以火燒;或以湯煮;或投煻煨;或灌沸油,種種焚炙,令其糜爛;或驅上高山,推令墮落;或斬其首;或斷其腰;或截耳鼻;或刖手足;或挑雙目;或剝身皮;或解其體,肢節分離,聚骨成山,流血為池。復見血中人頭、手足、骸骨遍滿。復有無數猪、狗、野干、烏鷲之類,競趣池中飲血、噉肉,發大惡聲,人聞恐怖。池中死屍種種形色,或有青瘀、或有膿流,臭穢縱橫,膖脹爛壞,腸、胃、藏腑,悉皆出現。爪髮、筋脈,散布池中。或有輕罪苦楚,鞭笞、斷截、肢解種種刑害,呻吟號叫,出大怖聲。或呼父母;或呼眷屬,聲如雷震,酸切人心。有如是等無量苦毒,譬如眾合大地獄中。

その時、大王は壮年期で、盛んな色香と尊厳に満ち、人々の畏敬を集めていた。 相好を具え、微妙で荘厳であった。如意宝珠を宝冠として頭を飾り、閻浮檀金を半月形にして額を飾った。 帝青摩尼の無垢な宝王を耳飾りとして耳を飾り、無価の如意宝珠の宝王を瓔珞として首を飾った。 無垢な光を放つ天の妙なる如意宝珠の宝王を印の腕輪として腕を飾った。 閻浮檀金で傘蓋を作り、多くの宝を交互に鏤めて輪の輻とした。光味摩尼をその轂とし、百千の鬘の網が交錯して厳かに飾られた。 清浄な蔵宝を鈴とし、常に妙なる音を出して尽きせぬ法を説いた。夜光摩尼は大光明を放ち、十方に遍く照らした。 円満な毘瑠璃宝を竿とし、人が常に執り持って、その上に覆いをかざした。

甘露火王は、王としての徳が増上し、大いなる力勢があり、遠方を威伏した。隣国の諸王は、皆なすなわち敬い従った。 離垢の繒でその頂を結び、一万の大臣が前後に囲み、十万の猛卒が左右に列をなした。 その形貌は恐ろしく、閻魔の使いのようで、腕をまくり、目を怒らせ、歯を食いしばり、眉をひそめ、器仗を執り持ち、見る者を惶怖させた。

国内の人々で、王の法に触れた者――または他者の命を奪い、または他者の財を盗み、または他者の妻を犯し、虚妄・離間(両舌)・麁悪(悪口)・無義(綺語)・貪・瞋・邪見など、このような種々の悪業をなした者は、五縛をかけられ、王の許に連れて行かれ、罪に従って処罰された。 ある者は火で焼かれ、ある者は熱湯で煮られ、あるいは煻煨に投げ込まれ、あるいは沸騰した油を注がれ、種々に焼き炙られて爛れさせられた。 あるいは高山に追い上げられ、突き落とされた。あるいは首を斬られ、あるいは腰を断たれ、あるいは耳や鼻を截られ、あるいは手足を刖がれ、あるいは両目を抉られ、あるいは身の皮を剥がれ、あるいは体を解体され、肢節が分離した。 骨は山を成し積もり、血は池となった。 またその血の中に、人の頭・手足・骸骨が満ちているのを見た。 また無数の豚・狗・野干・烏鷲などが、競ってその池に走り寄り、血を飲み肉を食らい、大きな悪声を発して、人は聞いて恐怖した。 池の中の死骸は種々の形色で、あるいは青く鬱血し、あるいは膿が流れ、臭気と汚穢が縦横に広がり、膨張し爛れ壊れ、腸・胃・臓腑がすべて現れ出でた。 爪や髪、筋や脈は、池の中に散布していた。 あるいは軽い罪でも、苦痛と責め苦、鞭打ち、断截、肢解など種々の刑害があり、呻吟し号叫して、大きな怖れの声を発した。 ある者は父母を呼び、ある者は眷属を呼び、その声は雷の震うようで、人の心を酸く切った。 このように無量の苦毒があり、例えば衆合大地獄の中のようであった。

善財見已,作如是念:「我為利益一切眾生,發阿耨多羅三藐三菩提心,修菩薩道、求菩薩行,問善知識云何修習菩提善根,云何遠離諸不善根;今見是王捨善根法,作大惡業,逼害眾生乃至斷命,曾不畏懼未來惡道苦業現前,臨欲顛墜。云何於此而欲求問行菩薩行、學菩薩道,能生具足廣博大悲救護眾生?」以如是心,種種思念。作是念時,於虛空中有天告曰:「善男子!汝不憶念普眼長者善知識教,及向所見諸婆羅門讚歎此王種種功德微妙法耶?」

善財はこれを見て、こう思いました。

「私はすべての衆生を利益するために、無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)の心を起こし、菩薩の道を修行し、菩薩の行を求め、善知識にどうやって菩提の善根を修め、さまざまな不善の根を遠ざけるかを尋ねてきた。ところが今、この王は善根の法を捨て、大きな悪業をなし、衆生を苦しめ、命を奪うことさえしている。未来の悪道の苦しみが目前に迫り、今まさに堕ちようとしているのを、少しも恐れていない。どうしてこのような人のもとで、菩薩の行いを尋ね、菩薩の道を学び、広大な大悲で衆生を救うという心を完全に起こすことができるというのか。」

このように、さまざまに思いを巡らせていると、虚空から天人の声が告げました。

「善男子よ。あなたは普眼長者という善知識の教えを思い起こさないのですか。また、あなたが以前出会った多くの婆羅門たちが、この王のさまざまな功徳や素晴らしい教えを称賛していたことを忘れてしまったのですか。」

善財仰視而白之曰:「我深憶念,曾無忘失。」

善財は顔を上げて申し上げた。 「私は深く心に刻み、決して忘れたことはございません。」

諸天復言:「善男子!汝若常念慎莫生疑。善男子!汝莫厭離善知識語。善知識者,恒以正法引導於汝,豈令汝墮險惡處乎?善男子!菩薩巧行方便智,不可思議;攝受眾生智,不可思議;護念眾生智,不可思議;利樂眾生智,不可思議;治罰眾生智,不可思議;清淨眾生智,不可思議;成熟眾生智,不可思議;深入眾生智,不可思議;度脫眾生智,不可思議;知眾生時智,不可思議;知眾生根智,不可思議;愍念調伏諸眾生智,不可思議。善男子!汝詣王所深心請問學菩薩行、修菩薩道。」

諸天がさらに言いました。「善男子よ、あなたは常に心に留め、決して疑念を起こしてはなりません。善男子よ、善知識の言葉を嫌ったり離れたりしてはいけません。善知識とは、常に正しい教えであなたを導き、どうしてあなたを危険な場所に落とすことがありましょうか。善男子よ、菩薩の巧みな行いと方便の智慧は、思いもよらないものです。衆生を受け入れる智慧、衆生を慈しみ守る智慧、衆生を利益し楽しませる智慧、衆生を戒め罰する智慧、衆生を清らかにする智慧、衆生を成熟させる智慧、衆生の深みに入る智慧、衆生を救い導く智慧、衆生に適した時機を知る智慧、衆生の素質を知る智慧、衆生を哀れみ調伏する智慧は、すべて思いもよらないものです。善男子よ、あなたは王のもとへ行き、深く真心を込めて、菩薩の行いを学び菩薩の道を修行する方法を尋ねなさい。」

爾時,善財聞天語已,前詣王所,頂禮王足,遶無數匝。合掌白言:「聖者!我已先發阿耨多羅三藐三菩提心,而未知菩薩云何學菩薩行,修菩薩道?我聞聖者善能誘誨,願為我說。」

その時、善財(ぜんざい)は天の声を聞き終えると、王のもとへ進み、王の足に頭を伏せて敬礼し、何度も周囲を巡りました。そして、手を合わせて申し上げました。「聖者よ!私はすでに、この上ない完全な悟りを求める心(阿耨多羅三藐三菩提心)を起こしました。しかし、菩薩がどのように菩薩の行いを学び、菩薩の道を修行すればよいのか、まだ分かりません。聖者がよく導き教えてくださると伺いました。どうか、私のために説いてください。」

時,甘露火王理王事已,執善財手,將入內宮,命之同座,而告之言:「善男子!汝當觀我所住宮殿及諸資具。」

その時、甘露火王は国王の務めを終えると、善財の手を取って内宮へ招き入れ、同じ座に招いてこう言いました。「善き人よ、私の住む宮殿や、そこにある様々な品々をご覧なさい。」

善財如語,即遍觀察。見彼宮殿廣博無比,眾摩尼寶之所合成。百千眾寶以為樓閣;赤真珠寶以為其柱;種種色寶,間錯廁鈿;不思議摩尼寶,騰光普照;種種摩尼寶,隨處莊嚴;以牟薩羅孽磨妙寶,以為茵蓐,莊嚴其地;無數百千種種色寶以用莊嚴師子之座;毘盧遮那摩尼寶王而為其帳,以覆座上;如意寶王種種色網,周匝垂覆;師子王光味摩尼微妙寶幢,周迴建立。復有種種妙寶池沼,池水清淨,具八功德。碼碯寶王砌壘其岸;種種色寶以為欄楯;處處寶樹行列莊嚴;一一寶牆周匝圍遶。侍從采女具足十億,妙色端嚴,令人喜見。容止美麗,儀範可觀。凡所施為,無非巧妙,軟意承旨,常起慈心。善財見已,生希有想。

善財は教えられたとおりに、すぐに辺りをくまなく観察しました。その宮殿は広大で比べるものもなく、多くの摩尼宝でできていました。百千のさまざまな宝が楼閣をなし、赤真珠の宝が柱となっていました。さまざまな色の宝が織り交ぜられて散りばめられ、不思議な摩尼宝が光を放ってあまねく照らし、種々の摩尼宝がいたるところを荘厳していました。牟薩羅孽磨の妙宝を敷物として、その地面は飾られていました。無数の百千種の色宝が師子座を荘厳し、毘盧遮那摩尼宝王がその帳となって座の上を覆っていました。如意宝王の種々の色の網が周りに垂れ覆い、師子王光味摩尼の微妙な宝幢が周囲に立てられていました。また、さまざまな妙宝の池があり、池の水は清らかで八つの功徳を備えていました。碼碯宝王がその岸を積み上げて築き、種々の色宝が欄楯となっていました。いたるところに宝樹が並んで荘厳し、一つ一つの宝の牆が周囲をぐるりと囲んでいました。侍従の采女は十億人も揃い、美しい姿で端正かつ厳かで、人々を喜ばせ見せました。容姿や振る舞いは美しく、儀範も見るにふさわしいものでした。なすことすべてに巧みでないものはなく、柔らかな心で御心に従い、常に慈しみの心を起こしていました。善財はこれを見て、希有の思いを抱きました。

王時告言:「善男子!於意云何?如汝所見諸可愛果,如是色相、如是眷屬、如是榮樂、如是富饒、如是自在,豈是惡業而能感耶?」

王様が言いました。「善き者よ、あなたはどう思うか。あなたが見ている、これら愛すべき果報――このように美しい姿、このような眷属、このような栄華と楽しみ、このような富み、このような自在さ――これらが、悪い業によって感得されるものだろうか?」

白言:「不也。」

いいえ、そうではありません。

「善男子!我得菩薩如幻解脫。善男子!今我國土所有眾生,多行惡業如旃陀羅。我於如是不受善教諸惡眾生,作餘無量種種方便。不能令其捨離惡業,迴向善道。善男子!我為調伏彼諸眾生,令成熟故,大悲先導化作惡人,於惡人前,示造諸惡,及變化作忍害之人,逼惱責罰種種苦治,令其國內作惡眾生見是事已,心生惶懼,心生恐怖。於諸欲樂,心生厭離,心生怯弱,便能永斷一切惡業,發菩提心得不退轉。

「善男子、私は菩薩として幻のような解脱を得ました。善男子、今、私の国土にいる衆生の多くは、旃陀羅のように悪行を重ねています。私はこのような善き教えを受け入れない悪しき衆生に対して、無数の様々な方便を用いてきました。しかし、彼らに悪業を捨てさせ、善道に向かわせることはできませんでした。善男子、私はそれらの衆生を調伏し、成熟させるために、大悲を先導として、自ら悪人に化身し、悪人たちの前で様々な悪をなす姿を示し、さらに害を加え、耐え忍ぶ者に化身して、彼らを苦しめ、責め罰し、様々な苦しい処置を施しました。その国で悪を行う衆生がこの様子を見て、心に恐れを抱き、心に恐怖を感じ、あらゆる欲望の楽しみに対して心に厭離を生じ、心に弱さを覚え、ついに一切の悪業を永遠に断ち切り、菩提心を発して退転しなくなったのです。」

「善男子!以是當知,汝向所見造惡眾生受諸苦者,及彼能治暴惡眾生,皆是變化。善男子!我以如是種種方便,令諸眾生斷其所作十不善業,具足修習住十善道。究竟利樂,究竟安隱,究竟圓滿,永斷諸苦,住於如來一切智地。善男子!我身語意憶想未曾於一眾生而行惱害。善男子!如我意者,寧盡未來受無間苦,終不發起一念瞋心,於一蟁、一螘微細眾生起惱害想,何況造作如是惡業。善男子!我自憶念乃至夢中未曾一念心生放逸,況於覺悟而殺人耶?所以者何?人是福田,能生一切諸善果故。譬如此中十六大國,乃至一切地居眾生,依於大地安立生長而得住故。如是一切賢聖道果,皆依於人而能修證。

「善男子よ。これにより、あなたが先に見た、悪をなす衆生が苦しみを受ける様子、そしてその暴悪な衆生を治める者たちも、すべては変化によって現れたものだと知るがよい。

善男子よ。私はこのように様々な方便を用いて、衆生にその行う十不善業を断たせ、十善道を十分に修習させる。究極の利益と楽しみ、究極の安らぎ、究極の円満をもたらし、すべての苦しみを永遠に断ち切り、如来の一切智の境地に安住させるのである。

善男子よ。私は身・語・意の憶念において、かつて一つの衆生に対しても害を加えたことはない。善男子よ。私の心は、たとえ未来際に尽きるまで無間地獄の苦しみを受けようとも、決して一念の怒りの心を起こして、たった一匹の蚊や蟻のような微細な衆生にさえ害を加えようとは思わない。ましてや、このような悪業を自ら造ることなどありえない。

善男子よ。私は思い返してみても、夢の中においてすら、一度も心に放逸の念を起こしたことはない。まして目覚めた時に、人を殺すことなどありえようか。なぜなら、人は福田であり、すべての善い果報を生み出すからである。例えば、この地にある十六の大国や、大地に住むすべての衆生が、大地に依って安らかに立ち、成長し、住むことができるように、一切の賢聖の道果も、人に依ってこそ修め証することができるのである。」

「善男子!我唯得此如幻解脫變化法門,如諸菩薩摩訶薩得無生忍,知諸有趣悉皆如幻,知菩薩行悉皆如化,知諸世間悉皆如影,知一切法悉皆如夢;入真實相無著法門,隨順法界修諸妙行,猶如帝網,以無著智行於境界,無有障礙,平等普入三昧法門,已得自在旋陀羅尼,住佛境界,如影隨形。而我云何能知、能說彼諸菩薩行智功德?善男子!於此南方有城名妙光,王名大光。汝詣彼問菩薩云何學菩薩行、修菩薩道。」

「善男子よ、私はただこの如幻解脱変化の法門を得ただけです。諸菩薩摩訶薩が無生忍を得て、諸々の有趣はみな如幻であると知り、菩薩の行はみな如化であると知り、諸々の世間はみな如影であると知り、一切の法はみな如夢であると知り、真実相無著の法門に入り、法界に随順して諸々の妙行を修め、まるで帝網のように、無著の智をもって境界を行じて障礙がなく、平等に普く三昧の法門に入り、すでに自在旋陀羅尼を得て、佛の境界に住み、影が形に随うようであることについては、私にどうして彼の諸菩薩の行智の功德を知り、説くことができましょうか。善男子よ、この南方に妙光という名の城があり、大光という名の王がいます。あなたはそこへ行って、菩薩はいかに菩薩の行を学び、菩薩の道を修めるかを尋ねなさい。」

時,善財童子頂禮王足,遶無數匝,慇懃瞻仰,辭退而去。

その時、善財童子は王の足に敬って礼をし、何度も周りを巡り、心を込めて仰ぎ見た後、別れを告げて去っていきました。

大方廣佛華嚴經卷第十二

大方広仏華厳経 巻第十二


第十一
第十三

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