四河東蒲坂古塔者。後秦姚略叔父為晉王。鎮於河東。古老傳云。蒲坂古塔即阿育王所立也。疑之屢有光現。依掘得佛骨於石函銀匣中。照耀殊常送以上略。略乃親迎覩於㶚上。今蒲州東坂有救苦寺僧住立大像極宏冠。而古塔不樹云。
四本の川が東に流れる蒲坂の古塔について。後秦の姚略の叔父は晋王となり、河東を治めていました。古老の伝えによれば、蒲坂の古塔は阿育王が建立したものだと言われています。人々は疑いを抱いていましたが、しばしば光が現れることがありました。そこで掘り返してみると、石の箱と銀の匣の中に仏舎利が納められていて、それは並外れて輝いていました。それを姚略のもとに送ると、略は自ら迎えに出て、㶚上でそれを目にしました。現在、蒲州の東の坂には救苦寺があり、僧侶たちが巨大で壮大な仏像を建立しています。しかし、古塔はもう建っていないと言われています。