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  1. 集神州三宝感通録 (集神州三寶感通錄)
  2. 第一 (第一)
  3. 隋益州福感寺塔緣十三
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集神州三宝感通録 (集神州三寶感通錄)


十三益州郭下福感寺塔者。在州郭下城西。本名大石。相傳云。是鬼神奉育王教。西山取大石為塔基。舍利在其中。故名大石也。隋蜀王秀。作鎮井絡聞之。令人掘鑿。全是一石。尋縫至泉。不見其際。風雨暴至人有於石傍鑿取一片將出。乃是䃜玉。問於識寶商者。云此真䃜玉。世中希有。隋初有詵律師。見此古迹於上起九級木浮圖。今見在益州。旱澇年官人祈雨必於此塔。祈而有應特有感徵。故又名福感。余甞至焉。誠如所述。近有人盜鈴將下三級。有神擎櫨枓起。以賊髀內中。其人被押唱呼。寺僧為射枓起。方得脫出。

十三、益州の城下にある福感寺の塔について述べます。この塔は州の城下の西側にあります。もともとの名は「大石」といいます。伝えられるところによれば、これは鬼神が育王(阿育王)の教えに従って、西山から大きな石を取ってきて塔の基とし、舎利をその中に納めたものです。それで「大石」と名づけられたのです。隋の蜀王秀が井絡の地に鎮守として赴任したとき、この話を聞いて、人をやって掘らせました。ところが全体が一つの石で、石の縫い目をたどって泉に至っても、その果てを見ることができませんでした。にわかに風雨が激しく起こり、ある人が石のそばで一片を凿り取って持ち出そうとすると、それは䃜玉でした。宝物を見分ける商人に尋ねると、「これは真の䃜玉で、世の中でも稀なものです」と言いました。隋の初めに詵律師という人がいて、この古い跡を見て、その上に九級の木の浮図(塔)を建てました。今も益州に現存しています。旱魃や洪水の年には、役人たちが雨乞いをするとき必ずこの塔で行い、祈れば必ず応えがあり、特に霊験がありました。それでまたの名を「福感」といいます。私はかつてそこへ行ったことがあり、まさに語られているとおりでした。近ごろ、ある者が鈴を盗んで三級の下まで降りようとしたところ、神が櫨枓を持ち上げて、賊の腿をその中に挟み込みました。その人は押さえつけられて叫びました。寺の僧が枓を射落としたので、やっと抜け出ることができました。

永徽元年有王顏子者。剽掠有名。夜上相輪取博山。將下至底級。兩柱忽夾之。求出不得。漸漸急困。見一梵僧曰。可大唱賊。不爾死矣。即唱數聲。寺僧聞救。方得拔出。貞觀年初地大震動。此塔搖颺將欲摧倒。于時郭下無數人來。忽見四神形如塔量。各以背抵塔之四面。乍倚乍傾卒以免倒。有一人極豪侈多產業。見前露盤由來小短不稱塔形。乃捨金三百兩。共諸信者更造露盤。既成坼下。至覆盆香氣熢㶿如雲騰涌。流芳城邑。十日乃歇。

永徽元年(650年)、顔子という者がいました。盗みを働くことで名を知られた人物です。ある夜、相輪に上って博山を取り、下りようとして最も下の段にさしかかったとき、二本の柱に突然挟まれました。抜け出そうとしても抜け出せず、しだいに締めつけられて苦しくなりました。そこへ一人の梵僧が現れて、「大声で『賊だ』と叫びなさい。さもなければ死にますよ」と言いました。そこで何度か叫ぶと、寺の僧たちが聞きつけて救い出し、ようやく抜け出すことができました。

貞観の初め、大地が大きく揺れ動きました。この塔も揺れ動いて、今にも倒れそうになりました。そのとき、町の人々が数えきれないほど集まってきましたが、突然、塔と同じ大きさの四神が現れ、それぞれ背中で塔の四面を支えました。傾いてはまた傾きながら、ついに倒れずにすみました。

ある人がいました。きわめて豪勢で、財産を多く持っていましたが、以前からある露盤が小さく短くて塔の形につり合わないのを見て、金三百両を投じ、信者たちとともに新しい露盤を造り直しました。出来上がってからそれを取り外し、覆盆のところまで下ろすと、香気が雲のように立ちこめ、その香りは町々にまで流れ広がりました。それが消えたのは十日後のことでした。


齊代州城東古塔緣十二
隋益州晉源縣塔緣十四

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