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  1. 根本説一切有部毘奈耶 (根本說一切有部毘奈耶)
  2. 第一 (第一)
  3. 1 四波羅市迦法
  4. 1 不浄行学処 (1 不淨行學處)
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根本説一切有部毘奈耶 (根本說一切有部毘奈耶)


不淨行學處第一之一

不淨行学処 第一の一

別攝頌曰:

別の偈頌(まとめの詩)でこう述べられています。

蘇陣那無犯, 苾芻在林中;
弱腰及長根, 妙喜三皆犯。
晝日房中睡, 閑林離欲人;
善與昔因緣, 應知頌總攝。

蘇陣那、無犯、苾芻(僧)が林の中にいた。 腰が弱い、長根、妙喜の三人が皆、戒を犯した。 昼間に家の中で眠ること、閑かな林で煩悩を離れた人。 善と昔の因縁――この詩で全体を総括していると知るべきである。

爾時薄伽梵,從初證覺於十二年中,諸聲聞弟子無有過失,未生瘡疱。世尊為諸弟子,說略別解脫戒經曰:

その時、世尊は初めて悟りを開かれてから十二年の間、声聞の弟子たちには過ちがなく、まだ心の傷や問題も生じていませんでした。そこで世尊は弟子たちのために、簡略な別解脱戒経を説かれました。

「一切惡莫作, 一切善應修;
遍調於自心, 是則諸佛教。
護身為善哉! 能護語亦善;
護意為善哉! 盡護最為善。
苾芻護一切, 能解脫眾苦;
善護於口言, 亦善護於意。
身莫作諸惡, 常淨三種業;
是則能隨順, 大仙所行道。」

あらゆる悪を行わず、 あらゆる善を修め、 自らの心をよく調えること、 これがすべての仏の教えである。

身を守ることは善いことだ。 言葉を守ることも善い。 心を守ることも善い。 すべてを守ることが最も善い。

修行者はすべてを守り、 あらゆる苦しみから解脱する。 言葉をよく守り、 心もまたよく守る。

身で悪をなさず、 常に三つの業を清らかに保つこと。 これこそが、 大いなる聖者の歩まれた道に随順する道である。

至十三年,在佛栗氏國,時羯闌鐸迦村,羯闌鐸迦子名蘇陣那,富有資財多諸僕使,金銀珍寶穀麥盈溢,所貯貲貨如毘沙門天王。於同類族娶女為妻,歡樂而住。彼於異時,於佛法僧深生敬信,歸依三寶受五學處:所謂殺生、偷盜、欲邪行、虛誑語及飲諸酒,悉皆遠離。由斯敬信日漸增廣,便以正信捨家趣非家,剃除鬚髮而披法服。既出家已,與諸親屬相雜而住,猶如昔日在家無異。爾時具壽蘇陣那便自思念:「豈容我於善說法律而為出家,應證未證應得未得,與諸親族相雜而住。我今宜應捨離親屬,執持衣鉢遊行人間。」作是念已,便捨親屬行詣他方。

この第十三年、仏栗氏国にいた時、羯蘭鐸迦村に、羯蘭鐸迦の子である蘇陣那という者がいた。彼は富み、多くの召使を擁し、金銀や珍宝、穀物は満ち溢れ、蓄えた財産は毘沙門天の如くであった。彼は同族の家から妻を娶り、楽しく暮らしていた。その後、ある時、彼は仏・法・僧に対して深く敬い信じる心を起こし、三宝に帰依し、五つの学処を受けた。すなわち、殺生・盗み・邪な欲行・虚偽の言葉・酒を飲むこと、これらをすべて遠く離れたのである。この敬信によって、日々その信心は増し広がり、やがて正しい信によって家を捨てて出家し、鬚や髪を剃り、法の衣をまとったのである。出家した後も、彼は親族たちと交わりながら暮らし、かつて在家であった時と少しも変わらなかった。その時、具寿蘇陣那は自らこう思った。「この善く説かれた法と律において出家した者であるのに、まだ証すべきことを証さず、得るべきことを得ていないのに、親族たちと交わって住んでいるということがあってよいものか。私は今、親族を離れ、衣と鉢を持って、人々の間を遊行すべきである。」このように考えたのち、彼は親族を捨てて、他方へと旅立っていった。

逢世飢饉乞食難得,父母於子尚不相濟,況餘乞者。時蘇陣那作是念已:「今我親屬財食殷富,宜應就彼羯闌鐸迦村,勸於僧田廣設供養:若麨、若粥、或常施食、或請喚食、或八日、十四日、十五日食,教諸親屬少興福業為饒益事。」時蘇陣那便捨他方,執持衣鉢漸次遊行,遂至羯闌鐸迦村,去斯不遠在阿蘭若住小房中。時蘇陣那詣親屬所,廣為諸人讚揚佛法僧寶,令於大眾設諸供養而作饒益。時蘇陣那在阿蘭若修杜多行,但三衣糞掃衣,常乞食次第乞。時諸親族於日日中,恒以上妙甘美飲食施眾僧已,蘇陣那持衣鉢入村中,以次而乞到其本舍,既無所獲捨之而出。

世に飢饉が起こり、乞食(こつじき)しても食べ物を得ることが難しく、父母でさえも子どもを助けることができず、ましてや他の乞食者たちが助け合うことなどなおさらであった。その時、スジナはこう思った。「今、私の親族は財産や食料が豊かで潤っている。あの羯闌鐸迦(カランダカ)村に行って、僧団(僧田)のための供養を広く行うよう勧めるべきだ。ご飯や粥、あるいは常時の施食、または招いての食事、あるいは八日、十四日、十五日の斎日(さいじち)の食事など、親族たちに少しばかりの善い行い(福業)を積ませ、皆の利益となることをさせよう。」そう考えたスジナは、他国を離れ、衣と鉢を持って少しずつ旅を続け、ついに羯闌鐸迦村に到着した。村から遠くない場所にある、林の中(阿蘭若)の小さな房に住んだ。スジナは親族のもとを訪れ、人々に広く仏法僧の三宝の素晴らしさを称え讃え、大衆に様々な供養を設けて利益をもたらすよう勧めた。スジナは林の中で頭陀行(ずだぎょう)に励み、三つの衣だけを用い、糞掃衣(ふんぞうえ)を身に着け、常に乞食を行い、順番に托鉢した。親族たちは毎日、上等で美味な飲み物や食べ物を僧団に施していたが、スジナは衣と鉢を持って村に入り、順番に托鉢して自分の家にたどり着いたが、何も得ることができず、その家を離れて出て行った。

蘇陣那母有事他行,時有老婢遙見蘇陣那憶識容顏,知無所獲疾疾而去。老婢見已詣蘇陣那母處白言:「大家知不?長子蘇陣那久離鄉邑,今還故居,乞求不獲疾疾而去。」時蘇陣那母作如是念:「豈非我子有憶戀耶?情生不樂欲歸於俗,不愛沙門被沙門所苦,羞慚厭捨沙門行耶?」作是念已遂便出村,屆蘇陣那所居之處告曰:「蘇陣那!汝有憶戀耶?情生不樂欲歸俗耶?不愛沙門被沙門所苦,羞慚厭捨沙門行耶?蘇陣那!我家中物及娉時財,汝且聽說,我自所有金銀之物積為大聚,兩邊人坐互不相見。又汝父財物官印金錢數有百千萬億,況復諸餘雜類財貨,汝可還家隨情受樂任為福施。」說是語已,時蘇陣那白母言:「我無憶戀情有不樂歸還故居,亦無不愛沙門被沙門所苦羞慚厭捨。」時蘇陣那母聞是語已,便自思念:「非我所堪令其返服,應可別設餘計。」

蘇陣那の母には他に行く用事があった。その時、年老いた女中の一人が遠くから蘇陣那の姿を認め、その顔を覚えていたが、何も得られずに急いで立ち去るのを見た。老婢はそれを見て、蘇陣那の母のもとへ行き、こう言った。「お耳に入れますが、長男の蘇陣那様が長く郷里を離れておりましたが、今、故郷の家に戻ってまいりました。しかし、何も求めずに急いで立ち去られました。」その時、蘇陣那の母はこう思った。「まさか私の子に未練があるのではあるまいな。心に楽しみがなく、俗世に戻りたいと思っているのではないか。僧侶の生活を愛さず、それに苦しめられ、恥ずかしく思い、僧侶の道を捨てたがっているのではないか。」こう考えて、すぐに村を出て、蘇陣那のいる所に行き、こう告げた。「蘇陣那よ、お前には未練があるのか。心に楽しみがなく、俗世に戻りたいと思うのか。僧侶の生活を愛さず、それに苦しめられ、恥ずかしく思い、僧侶の道を捨てたがっているのか。蘇陣那よ、我が家の財産やお前の結婚の際の結納金について、よく聞きなさい。私が所有する金銀の品々を積み上げれば大きな山となり、両側に人が座っても互いの姿が見えないほどだ。またお前の父の財産には、官印の押された金銭が百千万億もある。ましてやその他のさまざまな財貨はなおさらだ。お前は家に帰って、好きなように楽しみ、思いのままに福を施しなさい。」こう言った時、蘇陣那は母にこう言った。「私には未練はありません。心に楽しみがなくて故郷の家に戻ろうとも思っていません。また僧侶の生活を愛さず、それに苦しめられ、恥ずかしく思い、僧侶の道を捨てようとも思っていません。」蘇陣那の母はこの言葉を聞いて、こう思った。「私の力では彼に僧侶の衣を捨てさせることはできない。別の方法を考えねばならない。」

時母還舍告新婦曰:「爾若月期時至可報我知。」新婦敬諾,後於異時月期既至,白言:「大家!我今月期時至,欲何所作?」姑曰:「時過洗浴冠眾花鬘,塗以名香著諸瓔珞,嚴身之具咸令備盡,如蘇陣那昔在家日,情所樂事皆悉為之。」婦既聞已莊飾事周,還至姑所白言:「大家!如蘇陣那昔所愛好我已為之,沐浴嚴身著諸衣服,若有所作今是其時。」時蘇陣那母遂與新婦同車而去,詣蘇陣那所住之處,到已下車足步而進。時蘇陣那在小房外遊步經行,母既見已告曰:「蘇陣那!如汝所云無有憶戀,廣說如上。今汝新婦身淨宜留種子,無令財物沒入於官。」時蘇陣那先未制戒不見欲過,覩少年婦情生染著,欲火燒心,告其母曰:「我豈合耶?」母曰:「為留種子法應如是。」時蘇陣那牽故二手,便向屏處脫去法服,遂即再三行不淨行。時有有情至求勝行,有解脫性趣向涅槃,棄背生死三界五趣無心樂著,以最後身從勝妙天來託婦胎。若明慧女人,有五種別智異於餘女:一、知男子有欲心;二、知時節;三、知從某人得娠;四、知是男;五、知是女。若是男者依右脇住,若是女者居在左脇。時彼婦人心生歡喜,白其姑曰:「大家知不?我已有娠,居在右脇,必定是男,光顯宗胄。」其姑聞已心大慶喜,作如是言:「我於昔來情希善子紹嗣家門,冀彼長成終懷報德,常修福慧利益我等。」姑知是事,便以新婦置在高樓隨時供給,女醫調膳不令差舛,身具瓔珞,如天婇女遊歡喜園進止威儀。常處床座足不履地,目不覩惡色,耳不聽惡聲,寢食往來曾無違忤。經九月已便生一子,顏貌端嚴人所愛樂,額廣眉長鼻高脩直,頂圓若蓋色美如金,垂手過膝眾皆敬仰。經三七日歡會宗親,其姑以兒告諸親曰:「此子今者欲作何名?」眾人議曰:「此兒因種子法而求得之,可名種子。」其姑即便授八養母:二供乳哺、二作褓持、二為澡浴、二共歡戲。給以乳酪酥精石蜜,及餘上妙甘美飲食而用資養,速便長大如蓮出池。既漸童年學諸技藝算數書印,取與質納皆盡其妙。於八種術善能占相:所謂相寶、相衣、相宅、相木、相象、相馬、相男、相女。彼於異時深生正信,歸向三寶受五學處,同父信心念念增長。遂捨家趣非家求出離行,於善說法律剃除鬚髮而披法服,獨處閑靜無放逸心,策勤勇猛專念而住,淨修梵行。於現法中證悟圓滿,破無明㲉斷三界惑成阿羅漢,三明六通具八解脫得如實知,我生已盡,梵行已立,所作已辦,不受後有。心無障礙如手撝空,刀割香塗愛憎不起,觀金與土等無有異,於諸名利無不棄捨,釋梵諸天悉皆恭敬。爾時具壽種子,證阿羅漢受解脫樂,即說頌曰:

時母は家に帰り、嫁に言った。「お前、月のものが来る時が来たら、私に知らせるがよい。」嫁は謹んで承諾した。その後、ある時、月のものが来たので、嫁は言った。「大家(おかみ)さん! 今、私の月のものが参りました。何をいたしましょうか?」姑は言った。「時が来たら、沐浴して、さまざまな花の鬘をかざり、名香を塗り、瓔珞を身につけ、身を飾る具はすべて整えなさい。昔、蘇陣那が家にいた日のことを思い出し、心に楽しいことをすべて行いなさい。」嫁はこれを聞いて、身を飾り終えると、姑のところに戻って言った。「大家さん! 蘇陣那が昔好んだことは、もうすべて行いました。沐浴して身を飾り、衣服を着ました。もし何かすべきことがあれば、今がその時です。」その時、蘇陣那の母は、すぐに嫁と一緒に車に乗って、蘇陣那の住んでいるところへ向かった。到着して車を降り、歩いて進んだ。その時、蘇陣那は小さな部屋の外で歩行経行していた。母はこれを見て言った。「蘇陣那よ! お前が言ったように、何の憶いも執着もないというのは、先に詳しく述べた通りだ。今、お前の嫁は身が清らかだ。どうか種を残しなさい。財物が官に没収されることのないように。」その時、蘇陣那はまだ戒律が制定される前で、欲望の過ちを見ていなかった。若い婦人を見て、心に染着の想いが生じ、欲の火が心を焼いた。母に言った。「私はそれでよいのでしょうか?」母は言った。「種を残すためには、そうするのが道理である。」その時、蘇陣那は古い夫婦の情を引いて、静かな場所に連れて行き、法服を脱ぎ捨て、そこで二度三度と不浄の行を行った。

その時、ある有情が勝れた行を求めており、解脱の性があり、涅槃に向かい、生死の三界五趣を捨て、心に楽著することがなく、最後の身をもって、勝れた妙なる天から来て、婦人の胎内に宿った。もし明慧な女人には、他の女と異なる五つの特別な智がある。一に、男に欲心があることを知る。二に、時節を知る。三に、ある人から妊娠したことを知る。四に、男であることを知る。五に、女であることを知る。もし男ならば右脇に依って住し、もし女ならば左脇に居る。その時、婦人の心に歓喜が生じて、姑に言った。「大家さん、お知りですか? 私は妊娠しました。右脇にいます。きっと男の子で、家の系統を輝かせるでしょう。」姑はこれを聞いて、心の中で大いに喜び、こう言った。「私は昔から良い子を望み、家の門を継がせようと願ってきた。彼が成人して、いつも恩を報い、福慧を修めて、私たちを利益してくれることを願っている。」姑はこのことを知って、嫁を高い楼閣に住まわせ、時に応じて供養し、女医が食事を整え、間違いがないようにした。身には瓔珞をつけ、天の女官が歓喜園で遊ぶように、進退の作法はみな整っていた。常に床座にいて、足は地につけず、目は悪い色を見ず、耳は悪い音を聞かず、寝食や往来にも常に違背することがなかった。九ヶ月が過ぎて男の子を生んだ。顔立ちは端正で、人は皆愛し慕った。額は広く、眉は長く、鼻は高くてまっすぐで、頭の頂は蓋のように丸く、色は金のように美しく、手を垂れると膝を過ぎ、皆が敬い仰いだ。二十一日が過ぎて親族を集めて祝った。姑は子供を親族に示して言った。「この子は今、どのような名前を付けるべきか?」皆が相談して言った。「この子は種子の法によって得たのだから、種子と名付けるのがよい。」姑はすぐに八人の養母を授けた。二人は乳を飲ませ、二人はおくるみを扱い、二人は沐浴をさせ、二人は一緒に遊んだ。乳、酪、酥、精、石蜜、その他の上等な甘美な飲食を与えて養い、すぐに大きく成長し、蓮が池から出るようであった。やがて少年になり、諸々の技芸、算数、書、印を学び、取り引きや納入もすべてその妙を尽くした。八つの術においてよく占いをすることを得た。すなわち、宝を相する、衣を相する、家を相する、木を相する、象を相する、馬を相する、男を相する、女を相する、である。

彼はある時、深く正しい信仰を起こし、三宝に帰依して五つの学処を受け、父と同じように信心は日々増長した。そこで家を捨てて非家に趣き、出離の行を求めた。よく説かれた法律において、鬚髪を剃り、法服を身につけ、独り閑静なところにいて放逸の心なく、勇猛に勤め、専念して住し、清浄な梵行を修めた。現法において証悟を円満にし、無明の殻を破り、三界の惑を断じて阿羅漢となった。三明、六通を具え、八解脱を得て、如実に知ることを得た。「我、生はすでに尽き、梵行はすでに立ち、所作はすでに弁じ、後有を受けず。」心に障りがなく、手で空を払うようであり、刀で切っても香を塗っても愛憎は起こらず、金と土を見るに等しく異なることがなく、すべての名利を捨てないことはなく、釈梵の諸天もすべて恭敬した。その時、具寿種子は阿羅漢の果を証して解脱の楽を受け、偈を説いて言った。

「聖行已圓滿, 不墜於父財;
我此最後身, 盡除諸過患。」

「聖なる修行はすでに完成し、父の財産に頼ることはない。 このわが最後の身において、あらゆる過ちを尽くし除いたのだ。」

時蘇陣那作不淨行已,世尊於無量百千聲聞苾芻大眾中而為說法,所謂離貪、瞋、癡心慧解脫。時蘇陣那亦在眾中聽佛說法,既聞法已,心懷愁惱深生追悔,𧹞容伏面默爾無言,即便歸房懷憂而住。後於異時有諸苾芻,巡觀房宇次至蘇陣那所住之房,共為談話,見蘇陣那懷愁而住。時諸苾芻謂蘇陣那曰:「汝於先時見有客至,逢迎歡笑先唱善來,為持衣鉢及諸資具。何故今時見我等來,心懷愁惱伏面而住默然無語?汝蘇陣那為身病耶?為心痛乎?」時蘇陣那告言:「諸具壽!我非身病而心有焦熱。」問言:「何故心有焦熱?」時蘇陣那具說其事。時諸苾芻聞其說已,不喜不嫌從座而去還詣佛所,到已禮佛雙足在一面坐,以此因緣具白世尊。世尊爾時告諸苾芻曰:「此穌陣那於有漏中,先作非法行不淨行。」爾時世尊以此因緣集苾芻眾,佛是知者見者,知而問非知不問,時而問非時不問,有利而問無利不問,破決隄防為除疑惑有利而問,告蘇陣那言:「汝實作斯不端嚴事耶?」白佛言:「實爾。大德!」佛告蘇陣那:「汝非沙門、非隨順行、不清淨、非威儀,非出家人之所應作。蘇陣那!云何汝今於我所說,離貪、瞋、癡心慧解脫,微妙法中而為出家,作斯非法可惡之事?癡人!寧以男根置在猛害毒蛇口中,不安女根中。」世尊以種種方便說厭污事呵責蘇陣那已,告諸苾芻曰:「由此因緣我觀十利,為聲聞弟子於毘奈耶制其學處。云何為十?一、攝取於僧故;二、令僧歡喜故;三、令僧樂住故;四、降伏破戒故;五、慚者得安故;六、不信令信故;七、信者增長故;八、斷現在有漏故;九、斷未來有漏故;十、令梵行得久住故。顯揚正法廣利人天。我今為諸聲聞弟子,於毘奈耶制其學處,應如是說:

時の蘇陣那が不浄行を行った後、世尊は無量の百千の声聞の苾芻の大衆の中で法を説かれた。すなわち、貪・瞋・痴を離れ、心の慧による解脱についてである。その時、蘇陣那もまた大衆の中にいて仏の説法を聞いていたが、法を聞き終えると、心に憂い悩みを抱き、深く後悔の念を生じた。顔を赤らめ、うつむいて黙り込み、何も言わずに房に帰り、憂いに沈んで過ごした。

その後、ある時、諸々の苾芻が房舎を見回り、次第に蘇陣那の住む房に至り、共に語り合い、蘇陣那が憂いを抱えて住しているのを見た。その時、諸々の苾芻は蘇陣那に言った。「あなたは以前、客が来るのを見ると、迎えて笑みを浮かべ、先に『善來』と唱え、衣鉢や諸々の資具を取ってあげたものだ。どうして今、私たちが来るのを見て、心に憂い悩みを抱え、うつむいて黙って何も言わないのか。あなたは身体の病にかかっているのか、それとも心の痛みがあるのか。」その時、蘇陣那は言った。「諸位の尊い方々よ、私は身体の病ではなく、心に焦熱の苦しみがあるのです。」問われて言った。「どうして心に焦熱があるのか。」その時、蘇陣那はその事を詳しく話した。諸々の苾芻はその話を聞いて、喜びもせず嫌いもせず、座を立って仏の御許に赴き、到着して仏の両足に礼拝し、一方に坐って、この因緣を詳しく世尊に申し上げた。

世尊はその時、諸々の苾芻に告げられた。「この蘇陣那は有漏の中において、先に非法の行、不浄行を行ったのだ。」その時、世尊はこの因緣をもって苾芻の衆を集められた。仏は知る者であり見る者である。知っていながら問い、知らないでは問わない。時を得て問い、時を得なければ問わない。利益があって問い、利益がなければ問わない。堤防を破り決するように、疑惑を除くために、利益があって問われた。蘇陣那に告げられた。「あなたは本当にこのような端正ならざる事を行ったのか。」仏に白して言った。「本当にそうです。大徳よ。」仏は蘇陣那に告げられた。「あなたは沙門ではない。随順の行に非ず、清浄ならず、威儀に非ず、出家人のなすべきことに非ず。蘇陣那よ、どうしてあなたは今、私が説いた、貪・瞋・痴を離れ、心の慧による解脱という微妙な法の中において出家しながら、このような非法で憎むべき事を行ったのか。愚か者よ! むしろ男根を猛毒の蛇の口の中に置くとも、女根の中に置くべからず。」世尊は種々の方便をもって厭わしい事を説き、蘇陣那を呵責された後、諸々の苾芻に告げられた。「この因緣によって、私は十の利益を見て、声聞の弟子たちのために律の中に学処を制した。その十とは何か。一には、僧を摂取するがためである。二には、僧を歓喜せしめるがためである。三には、僧を楽住せしめるがためである。四には、破戒を降伏するがためである。五には、慚ある者を安んずるがためである。六には、不信なる者を信ぜしめるがためである。七には、信ある者を増長せしめるがためである。八には、現在の有漏を断ずるがためである。九には、未来の有漏を断ずるがためである。十には、梵行を長く久しく住せしめるがためである。正法を顕揚し、広く人天を利するためである。私は今、諸々の声聞の弟子たちのために、律の中に学処を制す。応にこのように説くべきである。」

「若復苾芻,與諸苾芻同得學處,不捨學處、學羸不自說,作不淨行兩交會法。此苾芻亦得波羅市迦,不應共住。」

もしまた比丘が、他の比丘たちと共に同じ学処(戒律)を受け、その学処を捨てず、また戒を守る力が弱まったと自ら言うこともなく、清らかでない行い、すなわち男女の交わりを行うならば、この比丘もまた波羅市迦(最も重い罪)を得て、共に住むべきではない。

爾時世尊為諸苾芻制斯學處已,在羯闌鐸迦池竹林園中。于時有一苾芻,去斯不遠在阿蘭若小室中住。於彼林中有一雌獼猴貪飲食故至苾芻所,苾芻每以殘食與之,便即共行不淨行。時有眾多苾芻,巡遊觀看詣阿蘭若,至苾芻住處,便共言談在一面坐。彼雌獼猴憶先惡事來至其所,目視苾芻以身相就,苾芻見已羞見餘人,即便遮却,如是再三。時雌獼猴遂大瞋怒,即以足爪爬爴苾芻,頭面及衣並皆破裂,便向一邊鳴叫跳躑。時諸苾芻,見是事已即便問曰:「具壽!此野獼猴何故初來先觀爾面復以身就,汝見便遮,如是再三瞋怒爬爴身衣,並破鳴叫跳躑?」時彼苾芻具以事白。諸苾芻聞,告言:「具壽!豈非世尊遮諸苾芻行不淨行。」彼便報曰:「世尊制戒但制人趣不遮傍生。」時諸苾芻聞是語已,不嫌不喜捨之而去,并與俱行往詣佛所,禮佛足已在一面坐,便以上事具白世尊。世尊告曰:「人趣尚制,況復傍生!彼愚癡人犯波羅市迦。」爾時世尊以此因緣集苾芻眾,知而故問:「苾芻!汝實作是不端嚴事罪惡法耶?」白言:「實爾。」世尊以種種呵責廣說如前。爾時世尊告諸苾芻:「前是創制,今是隨制,我今更於毘奈耶中,為諸苾芻制其學處,應如是說:

その時、世尊は諸比丘のためにこの学処を制定され終えた後、羯闌鐸迦池の竹林園におられた。そこに一人の比丘が、遠くない場所の阿蘭若の小さな庵に住んでいた。その林の中に一匹の雌猿がおり、食べ物を求めてその比丘のところに来た。比丘は常に残り物の食べ物を与え、やがて不浄の行を共にするようになった。

ある時、多くの比丘が遊行し見物しながら阿蘭若に至り、その比丘の住処に着いて、共に談話し片隅に座った。その雌猿は以前の悪い出来事を思い出し、その場所に来て、比丘の顔を見つめ、身を寄せてきた。比丘はそれを見て、他の人々に恥ずかしく思い、すぐに追い払った。このように二度三度繰り返した。すると雌猿は大いに怒り、足と爪で比丘を引っ掻き、頭と顔、そして衣を全て破いてしまった。そして片隅に向かって鳴き叫び跳び回った。諸比丘はこの出来事を見て、すぐに問いかけた。「具寿よ!この野猿はなぜ最初に来てあなたの顔を見つめ、それから身を寄せてきたのか。あなたが追い払うのを見て、このように二度三度怒って引っ掻き、身と衣を破り、鳴き叫び跳び回ったのか?」その比丘は全ての事を詳しく話した。

諸比丘は聞いて、言った。「具寿よ!世尊は諸比丘に不浄の行をすることを遮られたのではなかったのか?」彼は答えた。「世尊の制戒は人趣だけを制し、傍生を遮ってはいない。」諸比丘はこの言葉を聞いて、嫌悪も喜びもせずに立ち去り、共に仏のもとへ行き、仏足に礼拝して片隅に座り、この事を全て世尊に話した。

世尊は告げられた。「人趣さえ制するのだ、まして傍生はなおさらである!その愚かな人は波羅市迦を犯したのである。」その時、世尊はこの因縁によって比丘の衆を集め、知りながら問われた。「比丘よ、あなたは本当にこのような品格を欠いた罪悪の法を行ったのか?」比丘は答えた。「本当にそうです。」世尊はさまざまに呵責され、広く説かれたことは前述の通りである。

その時、世尊は諸比丘に告げられた。「以前のは初制であり、今のは随制である。私は今さらに毘奈耶の中で、諸比丘のためにその学処を制定する。次のように説くべきである。」

「若復苾芻,與諸苾芻同得學處,不捨學處、學羸不自說,作不淨行兩交會法,乃至共傍生,此苾芻亦得波羅市迦,不應共住。」

「もしまた比丘が、他の比丘たちと同じく学処を得ていながら、学処を捨てず、自分の学びの衰えを自ら告白せずに、不浄行である両交会の法を行い、さらには傍生と共にするに至っても、この比丘もまた波羅市迦を得て、共に住むことはできません。」

若復苾芻者,謂蘇陣那等。苾芻有五:一、名字苾芻;二、自言苾芻;三、乞求苾芻;四、破煩惱苾芻;五、白四羯磨圓具苾芻。言名字苾芻者,如人立字名作苾芻,或世共許、或是苾芻種族,因此喚為苾芻,是謂名字苾芻。云何自言苾芻?若人實非苾芻,自言我是苾芻、或是賊住自稱苾芻,是謂自言苾芻。云何乞求苾芻?若諸俗人常為乞求以自活命,是名乞求苾芻。云何破煩惱苾芻?若人能斷諸漏煩惱所有焦熱,諸苦異熟未來生老死,能善了知永除根本,如斷多羅樹頭證不生法,是名破煩惱苾芻。云何白四羯磨圓具苾芻?謂身無障難,作法圓滿是不應呵,是名羯磨圓具苾芻。今此所言苾芻義者,意取第五。言復者,謂更有餘如是流類。

さらに「比丘」ということについて、スジナ等を指す。比丘には五つの種類がある。第一に名目上の比丘、第二に自称の比丘、第三に乞求の比丘、第四に煩悩を破る比丘、第五に白四羯磨によって具足戒を受けた比丘である。

名目上の比丘とは、例えば人が名付けて「比丘」と呼ぶ場合や、世間一般がそう呼ぶ場合、あるいは比丘の家系に生まれたために比丘と呼ばれる場合をいう。

自称の比丘とは、実際には比丘ではないのに「私は比丘です」と自称する人、あるいは盗人でありながら比丘と自称する者をいう。

乞求の比丘とは、在家の者が常に乞食を行って自らの命を支えている場合、これを乞求の比丘という。

煩悩を破る比丘とは、すべての煩悩による熱苦や、未来の生老病死に至る諸々の苦しみの異熟を断ち切り、その根本を永遠に除くことをよく知り、多羅樹の頂を断ち切ったように、もはや再び生じることのない法を証得した者をいう。

白四羯磨によって具足戒を受けた比丘とは、身体に障りや難儀がなく、作法が円満に行われ、非難されるべきところのない者をいう。これを羯磨具足の比丘という。

ここでいう比丘の意味は、第五のものを指している。「さらに」とは、このほかにも同じような種類の者がいることを示す。

與諸苾芻者,謂共諸餘苾芻也。

「諸の比丘と」とは、他の比丘たちと共に、という意味です。

同得學處者,若有先受圓具已經百歲,所應學事,與新受者等無有異。若新受圓具,所應學事,與百歲圓具者事亦不殊,所謂尸羅、學處、持犯軌儀咸皆相似而得,故名同得學處。

同じく学処を得るとは、すでに具足戒を受けてから百年経った者であっても、学ぶべき事柄は、新たに戒を受けた者と全く変わるところがない。また、新たに具足戒を受けた者が学ぶべき事柄も、百年の戒を持つ者と異なるところがない。すなわち、戒律、学処、持戒と犯戒の規則作法は、すべて同じようにして得られるものである。ゆえに「同得学処」と名付けるのである。

言不捨學處者,齊何名為不捨學處?謂對癲狂、心亂、痛惱所纏,聾瘂、癡人而捨學處,皆不名為捨。若於獨靜處作獨靜想,或於獨靜處作不獨靜想,或於不獨靜處作獨靜想,非捨學處。若中方人對邊方人作中方語,捨不成捨,若解成捨。若邊方人對中方人作邊方語,若中方人對中方人作邊方語,捨不成捨,若解成捨。若邊方人對邊方人作中方語,准上應知。若對睡眠、入定、非人、天等,變化傍生及諸形像,或時閙亂,或不審告住本性人,皆不成捨。

「学処を捨てず」と言うのは、どのような場合を指すのでしょうか。それは、狂人、心が乱れている人、苦痛に悩まされている人、耳が聞こえない人、口がきけない人、愚かな人が学処を捨てても、それは捨てたことにはなりません。

また、一人で静かな場所にいる時に「これは独りだ」と思っても、一人で静かな場所にいるのに「これは独りではない」と思っても、または一人ではない場所にいるのに「これは独りだ」と思っても、それも学処を捨てたことにはなりません。

中央の地域の人が辺境の人に対して中央の言葉で(捨てるという)話をしても、それが理解されなければ捨てたことにはならず、理解されれば捨てたことになります。辺境の人が中央の人に対して辺境の言葉で話しても、中央の人が中央の人に対して辺境の言葉で話しても、同様に理解されなければ捨てたことにはならず、理解されれば捨てたことになります。辺境の人が辺境の人に対して中央の言葉で話す場合も、上記と同じように理解すべきです。

さらに、眠っている人、入定している人、人間でない者、天人など、変化した畜生や様々な形像に対しての場合、あるいは騒がしい時、または本性を保っている人にきちんと告げない場合も、すべて捨てたことにはなりません。

言學羸不說者,應為四句:有捨學處非學羸而說、有學羸而說非捨學處、有捨學處學羸而說、有不捨學處非學羸而說。云何有捨學處非學羸而說?如有苾芻,情懷顧戀欲希還俗,於沙門道無愛樂心,為沙門所苦羞慚厭背,詣苾芻所作如是言:「具壽存念!我某甲今捨學處。」是名捨學處。或云:「我捨佛陀、達摩、僧伽。」或云:「我捨素呾羅、毘奈耶、摩㗧里迦。」或云:「我捨鄔波馱耶、阿遮利耶。」或云:「知我是俗人、知我是求寂、扇侘、半擇迦、污苾芻尼、殺父害母、殺阿羅漢、破和合僧、惡心出佛身血、是外道是趣外道者、賊住、別住、不共住人。」乃至說云:「我於仁等同法者同梵行者,非是伴類。」是名捨學處非學羸而說。云何有學羸而說非捨學處?如有苾芻,情懷顧戀欲希還俗,於沙門道無愛樂心,為沙門所苦羞慚厭背,詣苾芻所作如是言:「具壽!知不?梵行難立,靜處難居,獨一難住,難居林野,受惡臥具。我憶父母、兄弟、姊妹、受業師主,我欲學諸工巧及營農業,於我家族情希紹繼。」若苾芻雖作如是種種追悔言辭,然而不云:「我捨學處。」是名學羸而說非捨學處。云何學羸而說亦捨學處?如有苾芻,情懷顧戀廣說如前,乃至作追悔言而云我捨學處,廣說如前,乃至同梵行者非是伴類,是名學羸而說亦捨學處。云何不捨學處非學羸而說?謂除前相,是謂學羸不說。

仏陀がお示しになるには、学びの戒めを捨てるという言葉について、四つの場合がある。すなわち、戒めを捨てるが学びの弱まりを語らない場合、学びの弱まりを語るが戒めを捨てない場合、戒めを捨てるとともに学びの弱まりを語る場合、そして戒めを捨てず学びの弱まりも語らない場合である。

まず、戒めを捨てるが学びの弱まりを語らない場合とは、どのようなものであろうか。たとえば、ある比丘がいて、心に俗世への未練を抱き、在家に戻りたいと願い、修行の道に喜びを感じず、修行生活の苦しみに耐えかねて恥じ嫌い背を向け、他の比丘のもとへ行ってこう言うとする。「尊き方よ、よくお聞きください。私、某は今、学びの戒めを捨てます」。これを戒めを捨てるという。あるいは「私は仏陀、達摩、僧伽を捨てます」と言う。あるいは「私は経、律、論を捨てます」と言う。あるいは「私は師匠や教師を捨てます」と言う。あるいは「私が俗人であると知ってください。私が出家を志す者、男根を欠く者、根が不完全な者、比丘尼を汚した者、父を殺し母を殺し、阿羅漢を殺し、僧団を分裂させ、悪意をもって仏の身から血を流した者、外道であり外道に傾く者、僧団に紛れ込んだ者、追放された者、共に住むに値しない者であると知ってください」と言い、さらには「私はあなたがたと同じ法を修め、同じ清らかな行いを積む方々にとって、もはや仲間ではありません」と言うまでを、戒めを捨てるが学びの弱まりを語らない場合と名付ける。

次に、学びの弱まりを語るが戒めを捨てない場合とは、どのようなものであろうか。たとえば、ある比丘がいて、心に俗世への未練を抱き、在家に戻りたいと願い、修行の道に喜びを感じず、修行生活の苦しみに耐えかねて恥じ嫌い背を向け、他の比丘のもとへ行ってこう言うとする。「尊き方よ、ご存知ですか。清らかな行いは立て難く、静かな場所は住み難く、独りでいることは耐え難く、林の中で暮らすことは難しく、粗末な寝具に苦しんでおります。私は父母、兄弟、姉妹、師匠を懐かしく思い、さまざまな技芸や農業を学びたいと願い、自分の家系を受け継ぎたいと望んでおります」。このように様々な追悔の言葉を述べても、「私は学びの戒めを捨てます」と言わないならば、これを学びの弱まりを語るが戒めを捨てない場合と名付ける。

また、学びの弱まりを語るとともに戒めを捨てる場合とは、どのようなものであろうか。たとえば、ある比丘がいて、心に俗世への未練を抱くなど、先に述べたのと同様に、追悔の言葉を述べるだけでなく、「私は学びの戒めを捨てます」と言い、さらには「同じ清らかな行いを積む方々にとって、もはや仲間ではありません」と言うまでを、学びの弱まりを語るとともに戒めを捨てる場合と名付ける。

最後に、戒めを捨てず学びの弱まりも語らない場合とは、先に述べた三つの場合を除いたものをいう。これを学びの弱まりを語らず戒めを捨てない場合と名付けるのである。

言作不淨行者,即是婬欲。言婬欲者,謂兩相交會也。

不淨の行いとは、すなわち婬欲(いんよく)のことです。婬欲とは、男女が交わり合うことをいいます。

法者,此據非法,名之為法。身業行非,名之為作。

法というのは、ここでは非法(善くない行い)に基づいて「法」と名づけられるものです。身体の行いによって善くないことをなすこと、それを「作」と呼びます。

乃至共傍生者,謂獼猴等。

そして、畜生道の衆生については、猿などのことである。

此者,謂指其人。

これは、その人を指しています。

苾芻者,謂得苾芻性。云何苾芻性?謂受圓具。云何圓具?謂白四羯磨,於所作事如法成就究竟滿足。其進受人,以圓滿心希求具戒,要祈誓受情無恚恨,以言表白語業彰顯,故名圓具。

僧侶とは、僧侶の資格を得た者を指します。では、僧侶の資格とは何でしょうか。それは、完全な戒律(具足戒)を受けることを指します。では、完全な戒律とは何でしょうか。それは、白四羯磨(はくしくちま)という正式な儀式を通して、行うべきすべてのことを正しい方法で成し遂げ、最終的に満たすことです。戒律を受けようとする人は、完全な心で戒律を求めることを願い、真剣に誓いを立て、心に怒りや憎しみを抱かず、言葉で明確に表明し、その言葉と行いによって明らかに示すことから、「完全な戒律(円具)」と呼ばれるのです。

波羅市迦者,是極重罪極可厭惡,是可嫌棄不可愛樂。若苾芻亦纔犯時,即非沙門非釋迦子,失苾芻性乖涅槃性,墮落崩倒被他所勝不可救濟。如截多羅樹頭更不復生,不能欝茂增長廣大,故名波羅市迦。

波羅市迦とは、非常に重い罪であり、極めて嫌悪すべきもので、忌避すべきものであり、愛好すべきものではありません。もし比丘がこの罪を犯したならば、その瞬間に彼はもはや沙門ではなく、釈迦の弟子でもなく、比丘としての資格を失い、涅槃への性質にも背くことになります。彼は堕ちて倒れ、他の者に勝たれ、救済される見込みがありません。たとえば、多羅樹(タラの木)の幹を切り落としたならば、再び生えることはなく、茂り育ち広がることもありません。そのような理由から、これを波羅市迦と呼ぶのです。

言不共住者,謂此犯人不得與諸苾芻而作共住,若褒灑陀、若隨意事、若單白、白二、白四羯磨、若眾有事應差十二種人此非差限、若法若食不共受用,是應擯棄,由此名為不應共住。

「共住すべからざる者」とは、この罪を犯した者が他の比丘たちと共に住むことを許されないことを指す。すなわち、布薩(ほさつ)や随意(ずいい)の行事、あるいは単白(たんぱく)・白二(びゃくに)・白四(びゃくし)の羯磨(こんま)など、僧団の行事に参加することはできない。また、僧団に何か用事があって十二種の人を選任する場合にも、この者はその選任の対象には含まれない。さらに、法や食物を共に受けることも許されない。このような者は僧団から追放されるべきであり、そのため「共住すべからざる者」と呼ばれるのである。

此中犯相其事云何?

ここで、戒を犯すというのは、具体的にどのようなことをいうのでしょうか。

攝頌曰:

偈頌に曰く、

於三處行婬, 三瘡隔不隔,
壞不壞死活, 半擇迦女男,
見他睡行婬, 或與酒藥等,
被逼樂不樂, 犯不犯應知。

三つの場所で婬を行うこと、三つの瘡(傷口)が隔てられているか隔てられていないか、壊れているか壊れていないか、生きているか死んでいるか、半擇迦(男根のない者)や女性・男性、他人が眠っているのを見て婬を行うこと、あるいは酒や薬などによって、迫られて楽しいか楽しくないか、犯すか犯さないかを知るべきである。

若苾芻於其三處,作不淨行行婬欲法,得波羅市迦。云何三處?謂以生支入大小便道及口,纔入即得波羅市迦。

もし比丘が、その三つの場所において、不浄の行いをし、婬欲の法を行うならば、波羅市迦(バラージカ)の罪を得る。三つの場所とは何か。すなわち、男根を大小便の道および口に入れることである。ほんのわずかでも入れば、ただちに波羅市迦の罪を得るのである。

若苾芻共三種人作不淨行,得波羅市迦。云何為三?謂女、男、半擇迦。若苾芻作行婬意,於活人女三瘡不壞於彼行婬,以有隔入有隔、以有隔入無隔、以無隔入有隔、以無隔入無隔,入時得波羅市迦。若苾芻於活人女三瘡損壞於彼行婬,隔等同前,入得窣吐羅底也。若於死人女三瘡不壞,隔等同前,入得波羅市迦。若苾芻於死人女三瘡損壞,隔等同前,入得窣吐羅底也。如於人女,若活、若死,得罪重輕如是應知。於非人女、傍生女,若活、若死,於三瘡門有損無損、有隔無隔,得罪輕重同前。若於人男、非人男、傍生男,若活、若死,於二瘡門有損無損及以隔等,得罪同前。若男半擇迦,非人、傍生半擇迦,若活、若死,於二瘡門有損無損及以隔等,得罪同前。

苾芻が三種の人と不浄行を共にすれば、波羅市迦を得ます。三種とは何でしょうか。女、男、半擇迦です。もし苾芻が婬を行う心を起こし、生きている女の三つの瘡が壊れていない所で婬を行い、隔のあるものを隔のあるものに入れ、隔のあるものを隔のないものに入れ、隔のないものを隔のあるものに入れ、隔のないものを隔のないものに入れるならば、入る時に波羅市迦を得ます。もし苾芻が生きている女の三つの瘡が損壊している所で婬を行い、隔などは前と同じであれば、入る時に窣吐羅底也を得ます。もし死んでいる女の三つの瘡が壊れていない所で、隔などは前と同じであれば、入る時に波羅市迦を得ます。もし苾芻が死んでいる女の三つの瘡が損壊している所で、隔などは前と同じであれば、入る時に窣吐羅底也を得ます。人の女について、生きていても死んでいても、罪の重軽はこのように知るべきです。非人の女、傍生の女についても、生きていても死んでいても、三つの瘡門に損があるか無いか、隔があるか無いかによって、罪の軽重は前と同じです。人の男、非人の男、傍生の男についても、生きていても死んでいても、二つの瘡門に損があるか無いか、および隔などによって、罪は前と同じです。男の半擇迦、非人・傍生の半擇迦についても、生きていても死んでいても、二つの瘡門に損があるか無いか、および隔などによって、罪は前と同じです。

若苾芻於眠睡苾芻行不淨行,若睡苾芻於初中後不覺知者無犯,其行婬者得根本罪。若睡苾芻初知、中後不知者無犯,其行婬者得根本罪。若初中皆知、後不知者無犯,行婬者得根本罪。若初中後皆知,而無心受樂者無犯,其行婬者得根本罪。若初中後皆知有心受樂者,二俱得根本罪。

もし比丘が、眠っている比丘に対して不浄な行いをする場合、眠っている比丘が初・中・後のいずれの時点においても気づかないならば、その眠っている比丘には罪はない。しかし、行いをした者には根本罪が生じる。 眠っている比丘が、初めは気づいたが、中・後は気づかなかった場合も、その比丘には罪はない。行いをした者には根本罪が生じる。 初めと中は気づいたが、後で気づかなかった場合も、その比丘には罪はない。行いをした者には根本罪が生じる。 初・中・後のすべてに気づいていても、心に楽を受けることがなかったならば、その比丘には罪はない。行いをした者には根本罪が生じる。 初・中・後のすべてに気づき、心に楽を受けた場合には、二人とも根本罪が生じる。

若苾芻初向眠睡苾芻處有犯無犯既爾,若向苾芻尼處,式叉摩拏、求寂,求寂女處,得罪輕重如上應知。若苾芻尼、式叉摩拏及求寂女,向苾芻處及求寂處,各各有犯無犯准前應說。若求寂向苾芻、苾芻尼、式叉摩拏、求寂、求寂女處,有犯無犯亦如上說。
若苾芻以米酒、花酒、根皮等酒與苾芻,令熟醉著行不淨行。而醉苾芻於初中後,有知不知受樂不樂,得罪輕重有犯無犯,乃至餘眾與酒令醉,如上睡眠廣說。如醉既爾,若以呪術及藥令彼迷亂,於彼諸境行不淨行,乃至餘眾互為,得罪有無如上。

もし比丘が、米酒や花酒、根や皮などから作った酒を他の比丘に与え、その比丘を酔わせて、清らかでない行いをさせる場合について、定めるところがある。

酔った比丘が、その行為の初め・中・終わりにおいて、意識があるかどうか、快楽を感じるか感じないかによって、罪の重軽、犯戒となるか否かが異なる。

さらに、他の者たちが酒を与えて酔わせる場合も、前述の睡眠の場合と同様に、広く説かれた通りである。

酒の場合がそうであるように、もし呪術や薬によってその人を意識の混乱した状態にさせ、様々な対象に対して清らかでない行いをする場合も、また他の者同士がそうする場合も、罪の有無や重軽は前述の通りである。

若苾芻強逼他苾芻共行不淨行,若被逼者初入之時作心受樂,二俱滅擯。若入時不樂、入已樂,二俱滅擯。若入時不樂、入已不樂、出時樂,二俱滅擯。若被逼者三時不樂無犯,逼他者滅擯。如逼苾芻,若逼苾芻尼及下餘眾,准事應知。若苾芻等互相陵逼,如前所說。

もし比丘が他の比丘を強いて、共に不浄の行を行わせたとする。もし強要された者が、初めに入る時に心に楽を受ける思いがあれば、二者とも追放される。もし入る時に楽しまず、入った後に楽むならば、二者とも追放される。もし入る時に楽しまず、入った後も楽しまず、出る時に楽むならば、二者とも追放される。もし強要された者が、三つの時(入る時・入った後・出る時)すべてにおいて楽しまないならば、罪はなく、強要した者のみが追放される。比丘に対する場合と同様に、比丘尼やその他の下位の者を強いた場合も、事情に応じて同じように知るべきである。比丘たちが互いに陵んで強いる場合も、先に述べた通りである。

爾時室羅伐城中有一長者,於同類族娶女為妻,得意相親歡樂而住。未久之間便生一子,腰脊軟弱猶如猫兔,經三七日歡會宗親,其父以兒告諸親曰:「此兒今者欲作何名?」眾人議曰:「此兒腰軟應與立字名為弱腰。」即此童兒年漸長大,便於善說法律而求出家。既出家已於所住聚落而行乞食,攝護威儀諸根無亂,善防心意還詣所居。飯食訖收衣鉢洗足已,入房中欲染心發,便以生支內自口中而受欲樂。後於異時有諸苾芻,因看房舍既入房已,見彼弱腰作如是事,情懷悒歎而問之曰:「具壽!汝作何事?」報言:「我受欲樂。」苾芻報曰:「豈非世尊制行婬法。」報言:「具壽!佛遮於他,不制於自。」時諸苾芻聞是語已,不嫌不喜捨之而去,往詣佛所如常威儀以事白佛。佛言:「於他尚制,況復自身!此之癡人犯波羅市迦。若苾芻作行欲心為受樂意,起自生支內著口中,或以他根入自口內,得根本罪。」

その頃、室羅伐城に一人の長者がいた。彼は同族の家から妻を娶り、互いに愛し合い、楽しく暮らしていた。間もなくして一人の息子が生まれたが、その子は腰が弱く、まるで猫や兎のようであった。生後二十一日目に親族を集めて祝いの宴を開いた際、父は息子を皆に示して言った。「この子に、どのような名をつけましょうか。」人々は相談して言った。「この子は腰が弱いのだから、『弱腰』と名づけるのがよいでしょう。」この子供は成長するにつれ、善説の法律(仏法)を聞き、出家を志した。出家した後、彼は住んでいる村で托鉢し、威儀を保ち、諸根を乱さず、心をよく守って自らの住まいに戻った。食事を終え、衣と鉢をしまい、足を洗った後、部屋に入ると、欲心が湧き起こり、自身の性器を自分の口に入れて快楽を味わった。その後、ある時、数人の比丘が部屋を見回りに来て、彼の部屋に入ったところ、弱腰がこのような行為をしているのを見て、驚き嘆いて尋ねた。「尊い方よ、あなたは何をしているのですか。」彼は答えた。「私は快楽を味わっているのです。」比丘たちは言った。「世尊は婬行を戒められたのではないのですか。」彼は答えた。「尊い方々よ、仏は他者に対して戒められたのであって、自分自身については戒められていません。」比丘たちはこの言葉を聞いて、非難もせず、喜びもせずに、その場を立ち去った。彼らは仏のところへ行き、いつものように礼儀を尽くして、この出来事を詳しく仏に報告した。仏は言われた。「他者に対してさえ戒めるのだから、ましてや自分自身に対してはなおさらである。この愚かな者は波羅市迦(根本重罪)を犯したのである。もし比丘が欲心を起こし、快楽を味わおうとして、自分の性器を口に入れるか、他者の性器を自分の口に入れるならば、根本罪を得るのである。」

時室羅伐城有長者子,其根極長,時人因此名曰長根,於佛法中出家圓具。入自房中以己生支內大便道而取欲樂。時餘苾芻因行房舍,見彼長根作如是事,問:「何所為?」乃至報曰:「佛制他人,於自何過?」諸苾芻白佛,佛言:「於他尚制,況復自身!此之癡人犯波羅市迦。」

かつて室羅伐城に或る長者の息子がいた。その男根が非常に長かったので、人々はそのため「長根」と呼んだ。彼は仏法において出家し、具足戒を受けた。自分の房に入り、己の生支を大便の道に入れて快楽を求めた。その時、他の比丘たちが房を巡って歩いていて、その長根がこのようなことをしているのを見て、「何をしているのか」と問うた。乃至、答えて言うには「仏は他人に対して制戒されたが、自分自身に関して何の過失があろうか。」諸々の比丘は仏に告げた。仏は言われた。「他人に対してすら制戒されたのに、ましてや自分の身においてはなおさらである。この愚か者は波羅市迦(パーラージカ、根本重罪)を犯したのである。」

佛在室羅伐城給孤獨園,時嗢逝尼城(在西印度)有大商主名曰難陀,大富多財受用豐足,所有貲產如毘沙門王,於同類族娶女為妻歡樂而住。雖淹歲月竟無子息,為求子故於諸天祠及諸神祇,處處求乞不隨所願。然世有云由乞求故便獲子者,此誠虛妄;斯若是實,人皆千子如轉輪王。然由三事方有子息:一者父母交會;二者其母身淨應合有娠;三者食香現前。時彼商主業緣合會,時有一天從勝妙天來託婦胎。若聰慧女人有五別智,廣如上說。乃至娠在右脇,喜白其夫,遂置高樓,隨時給侍如天婇女。月滿生子眾相具足,其父以兒告諸親曰:「此兒今者欲作何名?」然中國法,所誕子息若儀容端正人所樂觀者,名孫陀羅難陀。時彼諸親共相議曰:「今此孩子儀容端正眾人樂觀,是商主難陀之子,應與此兒名孫陀羅難陀。」授八養母,速便長大如蓮處池,學綜四明藝窮八術。其父爾時於春夏冬為造三殿,并三苑園三種婇女,謂上、中、下,昇妙樓觀奏諸伎樂。是時難陀商主常為計算,取與出納無時暫休。時孫陀羅難陀白其父曰:「何苦計算無暫閑時?」難陀報曰:「汝豈鎮處高樓終日歡戲,而能辦家業耶?而我必須知其家業。」孫陀羅難陀聞父語已,即便自念:「父出此言欲警覺我。」跪而請曰:「若如是者,我欲遊方經求產業,願垂見許。」父曰:「汝今宜住,我有珍財,何勞遠覓?」孫陀羅難陀報曰:「父雖有財,我必須去。」父便生念:「我今應可息彼求心。」即持鎖鑰遍開七庫示以金銀,成與未成悉皆充滿,告孫陀羅難陀曰:「既有如是財寶豐盈,汝宜端拱受諸欲樂,隨情持施修造福田,欲遊他方此事應息。」答曰:「父以此物告示於我,我若有子將何以示?」父即生念:「善哉此說!我亡之後須憂家業,我今現在漸教其事,且令持貨試往他方。一則學作經求,二則見我親識。遍觀方邑情無所迷。」作是思已命其妻曰:「我身沒後,此孫陀羅難陀當憂家業。」具以前事而告知之,妻曰:「此成善事,可隨意行。」父報子曰:「汝所發心誠亦佳矣!我身亡後汝知家務,以前所陳咸皆勸誘。」令持財貨馳逐他方。
時商主難陀即便遣人搖鈴吹貝,普告城邑所有居人及四方商客:「今者商主孫陀羅難陀,欲持貨物求利他方。仁等若能相隨去者,關河津濟不輸稅直,所有行資並當豫辦。」時有五百商人,聞此告令各備財貨佇待行期。時父難陀廣設賓會普召行人,既並食已而告之曰:「諸君當知!此孫陀羅難陀是我之子,我觀仁等心無別異。君等商人欲詣他方求財利者,有其三患:所謂博弈及以酒色。若見孫陀羅難陀染三惑者應當遮止,有利益處勸進修行。若諸君等遮惡勸善,能隨教者斯曰善哉。若不用語,仁等宜應易所將物持貨言歸。」并告孫陀羅難陀曰:「汝是我子,所餘商人與汝無別,彼有善言宜當見用。」子便敬諾。卜擇良辰即以車馬載負諸物,與五百人共為伴侶,俱尋遠路到室羅伐城,於一店中安置貨物。

そこで商主の難陀は、すぐに人を遣わして鈴を鳴らし貝を吹かせ、町中の住民や四方の商人たちに広く告げさせた。「今、商主の孫陀羅難陀は、品物を携えて他国へ利益を求めに行こうとしている。皆さんが一緒に行きたいと思うなら、関所や渡し場での税金は払わなくてよい。旅の準備はすべて整えておいてほしい」と。

その時、五百人の商人がこの知らせを聞き、それぞれに財貨を整えて出発の日を待った。

父の難陀は大いに宴を開き、旅人たちを広く招いた。皆が食事を終えると、彼はこう告げた。

「皆さん、お聞きください。この孫陀羅難陀は私の息子です。私は皆さんを我が子同然に思っております。皆さんは他国へ財を求めるために行かれますが、そこには三つの災いがございます。それは、博打、酒、そして女色です。もし孫陀羅難陀がこの三つの惑いに染まるのを見たら、どうかそれを止めてください。また、利益となる道があれば、修行を勧めてください。皆さんが悪を防ぎ善を勧めてくださり、その教えに従うなら、それは本当に素晴らしいことです。もし私の言葉に従わないなら、皆さんは自分の荷物を売り払い、別の品物を持って帰ってきてください。」

そして孫陀羅難陀にも告げた。

「お前は我が子である。他の商人たちもお前と変わらない。彼らが良い言葉をかけてくれたなら、どうかそれに従いなさい。」

息子は心から従うと約束した。そして吉日を選び、車や馬に荷物を積み、五百人と共に旅の仲間となり、遠い道を辿って室羅伐城(シュラーヴァスティー)に着き、ある宿屋に品物を置いた。

時室羅伐城有一婬女,名曰賢首,以衒色為業,顏貌奇挺人所樂見,若得五百金錢者方與同宿。時彼婬女聞有商人遠自嗢逝尼城,彼有商主名曰難陀,其子孫陀羅難陀,儀容端正人所樂觀,與五百商人遠來至此,於我店上安其貨物停止而住。即便生念:「我若不能總奪彼財,不復自名為賢首矣!」便命使女曰:「於某肆上有一商主,名孫陀羅難陀,多財巨富。汝持花鬘塗香上服,至彼告言:『商主!此是大家賢首遣我持來,聊伸微信。』復告之曰:『何意商主寄居店肆?宜可暫來。』」女使即便持諸花鬘,詣商主所委悉告知。時孫陀羅難陀聞已告使女曰:「汝且前行,我著香鬘隨後而去。」時彼使女即前歸家,報大家曰:「令我先來,彼當尋至。」時彼賢首聞使語已情生喜悅,即便掃灑庭宇布列名花,以妙香熏盛設床座,張施帷幔以待商人。是時孫陀羅難陀,即便洗沐著新淨衣,具以花纓而自嚴飾,車馬僕從詣賢首舍。是時賢首遙見彼來,容貌威儀有乖常類,問使女曰:「此是商主孫陀羅難陀耶?」使女答言:「爾。」賢首喜悅即說頌曰:
「不簡富將貧, 無論良與賤,
但令美容貌, 便亂女人心。」

「貧富を問わず、良し悪しも顧みず、 ただ美しい容貌があれば、それで女心を乱してしまう。」

根本說一切有部毘奈耶卷第一

根本説一切有部律 巻第一


1 四波羅市迦法
2 不與取學處

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