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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 12 污家學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 污家學處第十二

> 不浄行を避ける戒 第十二

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時抧吒山有三苾芻：一名阿濕薄迦、二名補捺伐素、三名半豆盧呬得迦，作污家法行惡行，共諸女人言談戲笑，掉舉倡逸摩打其身，同一床坐共一盤食同觴飲酒，或自採花教人採花，或自結鬘教人結鬘，歌舞伎樂見他戲笑以物與之，或高抄衣跳身返擲，或為象叫、或作馬鳴、或為牛吼，或作孔雀聲、或為鸚鳥鳴，或拍水作聲，為諸戲笑，或作所餘倡伎之具，共彼女人作非威儀造諸過失。時抧吒山有婆羅門居士及諸人眾，見為惡行生不信心起諸謗議，於此所有舊住苾芻不能以食共相拯給，況復餘人。爾時具壽阿難陀於迦尸國人間遊行，次至抧吒山住。於日初分執持衣鉢，入抧吒山聚落而行乞食，空鉢而出，一掬之食亦無與者。是時具壽阿難陀作如是念：「我憶昔日曾至此山，人民豐樂乞食易得。今者此山同前豐樂，何意乞食逈無施者，空鉢而出一掬之食亦無與者？豈非於此有佛弟子，於巷陌中罵詈女人共身相觸，由此因緣遂令我今乞食不得。」時抧吒山諸婆羅門居士，有五百人於常聚處有事須集。時阿難陀往常集處，告諸人曰：「仁等知不？我憶昔日曾至此山，人民豐樂乞食易得。今者此山同前豐樂，何故乞食逈無施者，空鉢而入還空鉢出，一掬之食亦無與者？」時此會中有鄔波索迦，名曰水羅，即便前執阿難陀手，共向一邊而白言：「大德知不？此抧吒山有苾芻，名阿濕薄迦、補捺伐素，作污家法行惡行，共諸女人言談戲笑，廣說如前，乃至造諸過失令起謗議，於此所有舊住苾芻不能以食共相拯給，況復餘人。若其尊者因至佛所，願以此事具白世尊。」是時尊者聞是語已默然許之。時鄔波索迦知彼尊者默然許已，即便請曰：「唯願大德至我家中受一微供。」時具壽阿難陀默然受之。時鄔波索迦即將詣舍，安置勝座奉妙飲食令其飽足。時具壽阿難陀食已洗鉢還來就座。時鄔波索迦便敷卑座，於尊者前聽說法要。時尊者阿難陀為鄔波索迦種種說法示教讚喜，辭別而去。時具壽阿難陀還至住處，囑授僧常床褥等已，執持衣鉢行詣室羅伐城。既至彼已洗手濯足，往給園中安置衣鉢，詣世尊所禮雙足已在一面住，具以鄔波索迦所陳之事而白世尊。

> ある時、仏は室羅伐城の逝多林、給孤独園におられた。その頃、抧吒山に三人の苾芻（僧）がいた。名を阿湿薄迦、補捺伐素、半豆盧呬得迦という。彼らは在家の者に迷惑をかける悪行をなし、女たちと談笑し、ふざけ騒ぎ、からだに触れ合い、同じ寝床や同じ皿、同じ杯を共にし、自ら花を摘み、あるいは人に摘ませ、花飾りを結び、あるいは人に結ばせ、歌舞や音楽に興じ、他人のふざけを見て物を与え、衣を高くまくり上げて跳ね返り、象の声や馬の鳴き声、牛の吼え声、孔雀や鸚鵡の鳴き真似をし、水を叩いて音を立てて遊び、その他さまざまな芸や道具を用いて、女たちと共に威儀を失い、過ちを犯した。 そのため、抧吒山の婆羅門や在家の信者たちは、彼らの悪行を見て不信心となり、非難の声をあげた。そして、そこに元々住んでいた僧たちにも食べ物を与えず、ましてや彼らにはなおさらであった。 ある時、阿難尊者が迦尸国を遊行し、抧吒山に到着した。朝、衣鉢を持って抧吒山の集落に托鉢に入ったが、鉢は空のまま戻り、一掬いの食べ物さえも与える者はいなかった。そこで阿難尊者は考えた。「私はかつてこの山に来た時、人々は豊かで托鉢も容易だった。今も同じように豊かなはずなのに、なぜ托鉢に施しがなく、空鉢のまま一掬いの食べ物ももらえないのか？まさかここに仏の弟子がいて、路傍で女たちを罵ったり、からだに触れたりしているのではないか。そのために、私まで托鉢を受けられなくなっているのだ。」 その時、抧吒山の婆羅門や在家の人々五百人が、常に集まる場所で用事のため集まっていた。阿難尊者はその集会所に行き、人々に告げた。「皆さん、ご存じですか？私はかつてこの山に来た時、人々は豊かで托鉢も容易でした。今も同じように豊かなのに、なぜ托鉢に施しがなく、空鉢で入って空鉢で出て、一掬いの食べ物さえも与える人がいないのでしょう。」 すると、その会の中に水羅という名の在家信者がいた。彼は進み出て阿難尊者を手に取り、片隅に連れて行って言った。「大徳よ、ご存じですか？この抧吒山に苾芻がおり、名を阿湿薄迦、補捺伐素と言います。彼らは在家の者に迷惑をかける悪行をなし、女たちと談笑し、先に述べたように様々な過ちを犯して非難を招き、そのため元々いた僧たちにも食べ物は与えられず、ましてや他の者にはなおさらです。もし尊者が仏のもとへ赴かれるなら、ぜひこのことを世尊に申し上げてください。」 尊者はこれを聞いて黙って承諾した。信者は尊者が黙って承諾したのを知り、「どうか大徳、私の家に来て、粗末なおもてなしをお受けください」と請うた。阿難尊者は黙ってこれを受け入れた。信者は尊者を家に案内し、良い座を設けて美味しい飲食を供養した。阿難尊者は食事を終えて鉢を洗い、再び座に戻った。信者は低い座を敷き、尊者から法話を聞こうとした。尊者はその信者のために様々な法を説き、教え、示し、喜ばせ、励ましてから別れを告げた。 その後、阿難尊者は住処に戻り、僧たちに常用の寝具などを託し、衣鉢を持って室羅伐城へと向かった。到着後、手洗い足を洗い、給孤独園に入って衣鉢を置き、世尊のもとへ赴き、両足に礼拝してから一方に立ち、信者が告げたことをすべて世尊に申し上げた。

爾時佛告具壽阿難陀曰：「汝今宜共老宿苾芻六十許人往抧吒山，與阿濕薄迦、補捺伐素作驅遣羯磨，應如是作。欲至彼山可於路次一處而住，應差詰問。苾芻若無五德即不應差，設差應捨。何謂為五？謂有愛、恚、怖、癡、於詰不詰不能解了。若有五德此即合差，差不應捨。何謂為五？謂無愛、恚、怖、癡、於詰不詰善能解了，如是應差。如常集僧已應先問彼：『汝某甲苾芻能往抧吒山，詰問阿濕薄迦補捺伐素不？』彼答：『我能。』令一苾芻作白羯磨，如是應作：『大德僧伽聽！此詰問苾芻某甲，樂欲往彼抧吒山詰問阿濕薄迦、補捺伐素苾芻。若僧伽時至僧許可，僧今差某甲苾芻為詰問人，往抧吒山詰問阿濕薄迦、補捺伐素苾芻。白如是。』次作羯磨：『大德僧伽聽！此詰問苾芻某甲，往抧吒山詰問阿濕薄迦、補捺伐素苾芻。僧今差此詰問苾芻某甲，此苾芻某甲往抧吒山，當詰問阿濕薄迦補捺伐素苾芻。若諸具壽許詰問苾芻某甲往抧吒山，當詰問阿濕薄迦、補捺伐素苾芻者默然，若不許者說。』『僧今差詰問苾芻某甲往抧吒山，詰問阿濕薄迦、補捺伐素苾芻。僧已許差詰問苾芻某甲竟，由其默然故，我今如是持。』

> ここで、仏は尊者アーナンダに告げられた。「そなたは今、老練な比丘60人ほどと共にキータ山へ行き、アシヴァカとプーナヴァスという二人の比丘に対して、追放の処分（駈出羯磨）を行うがよい。その作法は次の通りである。 その山に到着しようとする時は、途中の一箇所に止まり、詰問する者を選び定めねばならない。 比丘に次の五つの欠点があれば、詰問役に選んではならない。もし選んでしまっても、解任すべきである。五つの欠点とは何か。それは、愛欲、怒り、恐れ、無知に動かされること、そして、詰問すべきことと詰問すべきでないことの区別がつかないことである。 もし次の五つの徳を備えていれば、この者は詰問役に選ぶにふさわしく、選んだ後も解任してはならない。五つの徳とは何か。それは、愛欲、怒り、恐れ、無知に動かされないこと、そして、詰問すべきことと詰問すべきでないことの区別がよくわかることである。このようにして詰問役を選ぶ。 僧伽を通常通り集めた後、まずその者に問うべきである。 『あなたという名の比丘は、キータ山に赴き、アシヴァカとプーナヴァスの二人を詰問することができますか？』 その者が『できます』と答えたなら、一人の比丘に次のように告白（白）の羯磨を言わせる。 『大徳僧伽よ、お聞きください。この詰問比丘（某甲）は、キータ山に赴き、比丘アシヴァカとプーナヴァスを詰問することを望んでおります。もし僧伽にとって時機が到来し、僧伽がお許しになるなら、今、この某甲比丘を詰問役として選び、キータ山に送り、比丘アシヴァカとプーナヴァスを詰問させます。このように申し述べます。』 次に、羯磨（正式な議決）を唱える。 『大徳僧伽よ、お聞きください。この詰問比丘（某甲）は、キータ山に赴き、比丘アシヴァカとプーナヴァスを詰問します。僧伽は今、この詰問比丘某甲を選びます。この某甲比丘はキータ山に赴き、比丘アシヴァカとプーナヴァスを詰問するものとします。もし、尊い方々で、詰問比丘某甲がキータ山に赴き、比丘アシヴァカとプーナヴァスを詰問することをお許しになるなら、どうか沈黙しておいてください。お許しにならない方は、お話しください。』 『僧伽は今、詰問比丘某甲を選び、キータ山に赴かせ、比丘アシヴァカとプーナヴァスを詰問させることを決議しました。詰問比丘某甲を選ぶことは、僧伽によってすでに承認されました。沈黙によりその意思を示されたので、私はこのように確認します。』」

「諸苾芻！我今當說詰問苾芻所有行法。其詰問苾芻往抧吒山，敷座鳴槌如常集僧，應詰問彼阿濕薄迦、補捺伐素。若不肯集，由其傲慢不敬眾故，即應與作驅遣羯磨。彼若來集者，其詰罪人應問容許，若不許者與作驅遣羯磨。若許問者應當詰問。若云：『我不見罪。』便是慢眾，即應與作驅遣羯磨。若言：『見罪。』者，僧伽即應與作驅遣羯磨，如我所說詰問苾芻所有行法，不依行者得越法罪。」

> 「比丘たちよ、私は今、問責すべき比丘たちの作法を説こう。問責を受ける比丘が祇陀山に赴き、座を設け、犍槌を打って、いつものように僧伽を集めたなら、あのアシュヴァカとプナヴァスを問責すべきである。もし彼らが集まろうとせず、傲慢のために僧伽を敬わないなら、追放の羯磨を行うべきである。もし彼らが集まって来たなら、問責する者は許可を求めよ。もし許可されなければ、追放の羯磨を行う。もし尋問が許されたなら、問責を行うべきである。もし『我は罪を見ず』と言うなら、それは僧伽を軽んじることであり、直ちに追放の羯磨を行うべきである。もし『罪を見たり』と言うなら、僧伽は速やかに追放の羯磨を施すべきである。このように、私が説いた問責すべき比丘の作法に従わない者は、越法罪を得る。」

時具壽阿難陀并諸耆宿苾芻，聞佛教已奉辭而去，於其中路差詰問苾芻。時抧吒山有半豆盧呬得迦苾芻譯為黃赤等，是彼阿濕薄迦等惡行同伴。彼聞具壽阿難陀并諸耆宿苾芻欲來至此與阿濕薄迦等作驅遣羯磨，便作是念：「但是彼人身造惡行、口陳惡說，我等皆作。當知具壽阿難陀及諸耆宿大德苾芻來至於此，與阿濕薄迦等作驅遣羯磨已，尋為我等亦作驅遣。我等宜應往室羅伐城，詣世尊所及苾芻眾，請乞懺摩。」言懺摩者，此方正譯：當乞容恕、容忍首謝義也。若觸誤前人欲乞歡喜者，皆云懺摩，無問大小咸同此說。若悔罪者，本云阿鉢底提舍那。阿鉢底是罪，提舍那是說，應云說罪。云懺悔者懺是西音，悔是東語。不當請恕，復非說罪，誠無由致。復更議曰：「我等去時，諸大德等於路相見，必先為我等作捨置羯磨，後當為彼阿濕薄迦等作驅遣羯磨。我等宜應別設方便冀免其難，可預作衣幞所有利養，並共平分聽聲而住。若諸大德大門入時，我等即從小門而出。」咸然此計。未久之間具壽阿難陀并諸大德至抧吒山來詣住處，從大門入，時黃赤等苾芻從後門出，急趣長途詣室羅伐城，禮佛足已詣諸苾芻所，隨其所犯應合說悔者對人說悔，應合責心悔者皆自責心，既除罪已共諸清淨苾芻一處而住，眾僧所有如法制令皆隨護之。

> その時、アーナンダ尊者と長老大比丘たちは仏の教えを聞き、辞して去った。道中で、一人の比丘を問責のために派遣した。一方、キッタカ山にはアシュヴァカたちの悪行に共に加わるハルドラカ比丘（黄赤と訳す）たちがいた。彼らは、アーナンダ尊者と長老大比丘たちが来て、アシュヴァカたちに追放の処分を下そうとしていると聞き、こう思った。「アシュヴァカたちが身で悪行を為し、口で悪説を述べたことのすべては、我々も同様に行っている。アーナンダ尊者と長老大比丘たちがここに来て、アシュヴァカたちに追放の処分を下した後、すぐに我々にも同じ処分を下すだろう。我々は、室羅伐城（シュラーヴァスティー）へ行き、世尊のもとと比丘たちのもとで懺摩（悔い改めを乞うこと）をお願いすべきだ」 <note>懺摩とは、この国（中国）の正しい訳では、「許しを乞い、寛容を願い、謝罪する」という意味である。もし相手に過ちを犯して謝りたい時は、皆「懺摩」と言う。罪の大小を問わず、こう言う。もし罪を悔いるならば、本来は「アーパッティ・デーシャナー」と言うべきである。アーパッティは罪、デーシャナーは説くこと、だから「説罪」となる。「懺悔」と言うのは、懺は西方の音、悔いは東方（中国）の言葉で、許しを乞うことでもなく、罪を説くことでもないので、正しい呼び方ではない。</note> さらに彼らは話し合った。「我々が行く時、長老たちは道中で我々と出会い、まず我々に『捨置（サンスカーラ）』の処分を下し、その後でアシュヴァカたちに追放の処分を下すだろう。だから我々は別の方法を考えて、その難を逃れるべきだ。衣の包みをあらかじめ用意し、すべての利得を平等に分け、音を聞きながら待機しよう。もし長老たちが大門から入ってきたら、我々は小門から逃げ出そう。」 彼らは皆この計画に同意した。間もなく、アーナンダ尊者と大徳たちはキッタカ山に到着し、住処に来て大門から入った。その時、黄赤の比丘たちは後門から出て、急ぎ室羅伐城へと長い旅に出た。仏の足に礼拝し、比丘たちのもとへ行き、それぞれの犯した罪に応じて、告白すべき罪は人に対して告白し、心の中で反省すべき罪は自ら心の中で反省した。罪を除いた後、清浄な比丘たちと共に一つの場所に住み、僧団のすべての如法の教えに従って守護した。

時詰問苾芻於抧吒山住處，敷座鳴槌集大眾已，時詰問苾芻問阿濕薄迦等容許之事，既容許已問罪虛實，彼便答言：「所問我罪，其事皆實。」是時大眾即便與作驅遣羯磨，其羯磨文准事應作。作羯磨已時具壽阿難陀及諸耆宿，並循來路還室羅伐城。時阿濕薄迦等苾芻作如是念：「仁等當知於地倒者還從地起，我應宜往室羅伐城，詣世尊所求哀容恕及苾芻僧伽。」時阿濕薄迦等至夜過已，明日晨朝執持衣鉢入村乞食，還來本處食事既了，囑授房舍及餘臥具，便持衣鉢往室羅伐城。既至住處，時諸舊住耆宿苾芻皆不共語，及黃赤等苾芻亦不共語。時阿濕薄迦即便問曰：「具壽耆宿大德理可不言，仁等於我因何不語？我等身造惡行口說惡言，仁等皆悉不同作耶？何故今時不共言說？」彼便答曰：「事雖實爾，然我至此隨其所犯，應合說悔者對人說悔，應合責心者皆已責心，既除罪已共諸清淨苾芻一處而住，眾僧所有如法制令皆隨護之，不復更與行惡行人言談聚集。」時阿濕薄迦等聞是語已，便生嫌賤作如是語：「諸大德等有愛、有恚、有怖、有癡，有如是苾芻，有驅者、有不驅者。」時諸苾芻聞是語已，而問之曰：「爾於何人說有愛恚怖癡？」阿濕薄迦曰：「謂具壽阿難陀并諸大德！往抧吒山與我等作驅遣羯磨，而於其中有不驅者。」諸少欲苾芻聞是語已，嫌責阿濕薄迦等曰：「云何汝等知諸大德往抧吒山如法驅擯，而故說彼有愛恚怖癡，有如是同罪苾芻，有驅者有不驅者？」時諸苾芻以此因緣具白世尊，世尊告曰：「汝諸苾芻應可別諫阿濕薄迦等苾芻，若更有餘如是流類，應如是諫：『汝阿濕薄迦、補捺伐素，知諸大德往抧吒山如法驅擯，莫故說彼有愛恚怖癡，有如是同罪苾芻，有驅者有不驅者。然具壽等行惡行污他家，眾皆聞見眾共了知。汝等應捨有愛等言。』」時諸苾芻聞佛教已奉持而去，一一具說如佛所教，乃至汝等應捨有愛等言。時諸苾芻別諫之時，其阿濕薄迦等如先所說堅執而住：「如我等言，其事實爾，餘皆虛妄。」時諸苾芻以此因緣具白世尊：「大德！我等奉教已作別諫，其阿濕薄迦等如先所說堅執而住。而云：『我等所言，其事實爾，餘皆虛妄。』」世尊告曰：「汝等應可白四羯磨諫彼二人，若更有餘如斯流類，如是應諫。敷座鳴槌如常集眾，眾既集已令一苾芻作白羯磨，其羯磨文准事應作。」時諸苾芻受佛教已，依法而作諫彼二人。當諫之時，而彼二人如先所說堅執而住，而云：「我等所言，其事實爾，餘皆虛妄。」時諸苾芻以緣白佛：「我等以白四法諫阿濕薄迦等，然彼諫時不受諫語，而云：『我等所言，其事實爾，餘皆虛妄。』」爾時世尊以此因緣集苾芻眾，知而故問，廣說如前。乃至「我觀十利，為諸聲聞弟子制其學處，應如是說：若復眾多苾芻於村落城邑住，污他家行惡行，污他家亦眾見聞知、行惡行亦眾見聞知。諸苾芻應語彼苾芻言：『具壽！汝等污他家行惡行，污他家亦眾見聞知、行惡行亦眾見聞知，汝等可去，不應住此。』彼苾芻語諸苾芻言：『大德有愛、恚、怖、癡，有如是同罪苾芻，有驅者有不驅者。』時諸苾芻語彼苾芻言：『具壽！莫作是語：「諸大德有愛、恚、怖、癡，有如是同罪苾芻，有驅者有不驅者。」何以故？諸苾芻無愛、恚、怖、癡。汝等污他家行惡行，污他家亦眾見聞知、行惡行亦眾見聞知。具壽！汝等應捨愛恚等言。』諸苾芻如是諫時，捨者善。若不捨者，應可再三慇懃正諫，隨教應詰令捨是事。捨者善，若不捨者僧伽伐尸沙。」

若復眾多苾芻者，謂阿濕薄迦、補捺伐素乃至多人。

於聚落中者，謂抧吒山。

污他家者，有二因緣而污他家。云何為二？一謂共住、二謂受用。何謂共住？謂與女人同一床坐、同一盤食、同觴飲酒。何謂受用？謂同受用樹葉花果及齒木等。

行惡行者，謂行麁重罪惡之法。

家者，謂婆羅門居士等舍。

見謂眼識。聞謂耳識。知謂餘識。

諸苾芻者，謂此法中人。

應語彼苾芻者，謂別諫之詞，如前廣說。

若別諫時，捨者善。若不捨者，謂苾芻應再三諫誨以白四法，亦廣如前。

僧伽伐尸沙者，亦如前說。

此中犯相其事云何？苾芻知彼如法為作驅擯羯磨，而後說言有愛恚等，皆得惡作。苾芻別諫之時，若捨者善。若不捨者，得窣吐羅底也。餘並同前破僧處說。

## 根本說一切有部毘奈耶卷第十五