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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 1 有長衣不分別學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 有長衣不分別學處第一

> 長衣不分別学処 第一

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時諸苾芻多畜三衣，每於嚼齒木時、洗濯手足、禮拜二師及禮世尊、掃灑寺宇或塗牛糞、或入村乞食、或噉飲食受教聽法，於此等時各別著衣，舒張卷疊多有營務，廢修善品讀誦思惟。時諸少欲苾芻見共嫌恥：「云何苾芻多畜長衣廢修正業？」諸苾芻以此因緣具白世尊。世尊集諸苾芻廣說如前，問知實已種種呵責：「多欲不足難養難滿。」讚歎少欲知足易養易滿，知量而受修杜多行。告諸苾芻曰：「廣說乃至我觀十利，為諸弟子制其學處，應如是說：若復苾芻作衣已竟，羯恥那衣復出，得長衣分別應畜。若不分別而畜者，泥薩祇波逸底迦。」

> 仏は室羅伐城の逝多林給孤独園にいらっしゃいました。当時、多くの比丘たちは三衣を多く所持していました。歯木を噛む時、手足を洗う時、二師と世尊に礼拝する時、寺を掃除する時、牛糞を塗る時、村に托鉢に行く時、飲食をする時、教えを受け法を聞く時など、その都度別々の衣を着て、広げたり畳んだりと多くの労務があり、善い修行や読誦・思考がおろそかになっていました。 その時、少欲の比丘たちはこれを見て嫌い恥じました。「どうして比丘が多くの長衣を蓄え、正しい業を廃することがあろうか」と。比丘たちはこの因縁をもって世尊に詳しく申し上げました。世尊は比丘たちを集め、前のように広く説き、事実を問いただしてから、さまざまに呵責されました。「多く欲しがり足ることを知らず、養い難く満たし難い」と。そして少欲知足で養い易く満たし易く、量を知って受け、頭陀行を修めることを讃えられました。比丘たちに告げられました。「広く説いて乃至、私は十の利益を見て、弟子たちのために学処を制定する。次のように説くべきである。」 もし比丘が衣を作り終え、迦絺那衣が既に過ぎたならば、得た長衣は分別して蓄えるべきである。もし分別せずに蓄えるならば、泥薩祇波逸底迦となる。

如是世尊為諸聲聞弟子制學處已，佛在王舍城竹林中住。爾時具壽大迦攝波，在此城側阿蘭若小室中住。時有居士每於長夜作如是念：「善哉！我於何時得遇大迦攝波，彼是人天之所供養。我當施食，以一上衣手為披服。而此願未滿。」時彼居士便持上衣詣具壽阿難陀處，作如是語：「大德阿難陀！頗知聖者大迦攝波今在何處？」阿難陀報曰：「賢首！我聞聖者在阿蘭若小室中住。」居士曰：「大德！聖者何時當見來此？」阿難陀報曰：「不久當至，於十五日長淨之時定當至此。」居士曰：「大德知時，我於長夜作如是念：『慶哉！我於何日得遇大迦攝波，彼是人天之所供養。我當施食，以一上衣手為披服。我有此願猶未滿足。』大德！我擬施衣現持至此，既居俗累多有嬰纏，幸願大德見迦攝波來，為持此衣以申供養，哀愍我故而披著之。」時阿難陀便作是念：「我受衣者違世尊教，若不受者障施主福。大迦攝波又闕衣利，我今持衣往問世尊，世尊以此為緣當有開許。」時阿難陀為受其衣，居士辭去。阿難陀便持彼衣詣世尊所，禮雙足已具以白佛。佛告阿難陀：「善哉！善哉！阿難陀！我未聽者今汝預知。若有婆羅門居士施苾芻衣者，彼諸苾芻須應為受，應捨舊衣當持新者。」時諸苾芻雖聞此語仍未解了，所捨舊衣欲何所作？佛言：「所有舊衣及餘長衣，應於親教師及軌範師處，作委寄想而持用之。」時諸苾芻不為分別經久持畜，世尊知已告諸苾芻曰：「我觀十利，重為汝等制其學處，應如是說：

> このように世尊が声聞の弟子たちのために学処を定められた後、世尊は王舎城の竹林に住んでおられた。その時、尊者マハーカッサパはこの都の外れの阿蘭若の小室に住んでおられた。 ある在家の者が、長い間このように思っていた。「ああ、なんと幸いなことか。私はいつになったら大迦摂波（マハーカッサパ）にお会いできるのだろう。彼は人天の供養を受けるにふさわしい方だ。私は食事を施し、また一枚の上衣を自らの手でお掛け申し上げたい。しかしこの願いはまだ叶っていない。」そこでその在家の者は上衣を持って尊者アーナンダのところへ行き、こう言った。「尊きアーナンダよ。聖者大迦摂波が今どこにおられるかご存知ですか？」アーナンダは答えた。「賢者よ、私は聖者が阿蘭若の小室におられると聞いています。」在家の者が言った。「尊き方よ、聖者はいつこちらに来られるのでしょうか？」アーナンダは答えた。「遠からず来られるでしょう。十五日の布薩の日には必ずここに来られます。」在家の者は言った。「尊き方よ、時をお知りください。私は長い間こう願ってきました。『ああ、なんと幸いなことか。私はいつになったら大迦摂波にお会いできるのだろう。彼は人天の供養を受けるにふさわしい方だ。私は食事を施し、また一枚の上衣を自らの手でお掛け申し上げたい。この私の願いはまだ叶っていない。』尊き方よ、私は衣を施そうと思い、今これを携えて参りました。しかし在家の身ですので多くの煩わしさに縛られております。どうか尊きアーナンダよ、大迦摂波が来られたなら、この衣をお渡しいただき、供養を申し上げてください。そして私を哀れんで、その衣をお召しくださるようお願いいたします。」 その時アーナンダはこう考えた。「私がこの衣を受け取れば、世尊の教えに背くことになる。しかし受け取らなければ、施主の福徳を妨げることになる。また大迦摂波も衣の利益を失うことになる。私はこの衣を持って世尊に伺おう。世尊がこのことを縁として、何かお許しくださるかもしれない。」そこでアーナンダはその衣を受け取り、在家の者は辞去した。アーナンダはその衣を持って世尊のところへ行き、両足に礼拝してから詳しく事情を申し上げた。 世尊はアーナンダに言われた。「善きかな、善きかな。アーナンダよ。私がまだ許可していなかったことを、あなたは先んじて知ったのだ。もし婆羅門や在家の者が苾芻（比丘）に衣を施すならば、その苾芻はそれを受けるべきである。そして古い衣は捨てて、新しい衣を持つべきである。」 諸々の苾芻はこの言葉を聞いたものの、まだ理解できず、捨てるべき古い衣をどうすればよいのかと思った。世尊は言われた。「すべての古い衣や余分な長物は、親教師や軌範師のもとで、預かり物として考えて用いなさい。」 しかし諸々の苾芻は分別せずに長い間それを蓄えていた。世尊はそれを知って、諸々の苾芻に言われた。「私は十の利益を見て、改めてあなたたちのために学処を定める。次のように説くべきである。」

「若復苾芻作衣已竟，羯恥那衣復出，得長衣齊十日，不分別應畜。若過畜者，泥薩祇波逸底迦。」

> もし比丘が衣を完成させ、かつ「カティナ衣（功徳衣）の期間」が過ぎたなら、余分な衣を十日を限度として、区別せずに保持することができる。もしこれを超えて保持したならば、「尼薩耆波逸提（捨墮）」の罪となる。

若復苾芻作衣已竟，羯恥那衣復出者，有作衣竟非出羯恥那衣、有出羯恥那衣非作衣竟、有出羯恥那衣作衣亦竟、有非作衣竟非出羯恥那衣。初句者，若苾芻浣染縫刺作衣已竟，然僧未出羯恥那衣。第二句者，若苾芻作衣未竟，僧已出羯恥那衣。第三句者，若苾芻作衣已了，僧復出羯恥那衣。第四句者，若苾芻作衣未竟，羯恥那衣未出。

> もしも比丘が衣を完成させ、カティナ衣がすでに取り出された後である場合、以下の四つの場合がある。衣を完成させたがカティナ衣が取り出されていない場合、カティナ衣が取り出されたが衣を完成させていない場合、カティナ衣が取り出され、かつ衣も完成させた場合、そして衣を完成させず、カティナ衣も取り出されていない場合である。 初めの文とは、比丘が衣を洗い、染め、縫い、刺繍して完成させたが、僧団がまだカティナ衣を取り出していない場合である。 第二の文とは、比丘が衣を完成させていないが、僧団がすでにカティナ衣を取り出した場合である。 第三の文とは、比丘が衣を完成させ、さらに僧団もカティナ衣を取り出した場合である。 第四の文とは、比丘が衣を完成させず、カティナ衣も取り出されていない場合である。

言得長衣齊十日者，謂是十夜。長衣者，謂受持衣外別有餘衣，作分別法應畜。

若過畜泥薩祇波逸底迦者，此物應捨，其罪應說。

此中犯相其事云何？若苾芻月一日得衣，苾芻於十日內，應持應捨、應作法應與他。若不持不捨、不作法不與他，至十一日明相出時，泥薩祇波逸底迦。

若苾芻一日得衣、二日不得衣，三日得衣乃至十日得衣，不為持等，至十一日明相出，九日中所得衣，皆泥薩祇波逸底迦。如是乃至八日等所得衣，作句日數多少准事應知。

若苾芻一日得衣、二日得衣，彼苾芻於十日內，前所得衣應持，後所得衣應捨等；或可翻此，若不作法，至十一日明相出時，二日中所得衣，皆泥薩祇波逸底迦。如是乃至三日等得衣准事應知。

若苾芻一日得二衣，乃至二日等得衣，應同前作法。若不作法，至十一日明相出，皆泥薩祇波逸底迦。

若苾芻一日得眾多衣，若前若後應持一衣，餘皆作法。若不作法，至十一日明相出時，皆泥薩祇波逸底迦。

若苾芻一日得眾多衣，二日已去亦得眾多衣，作法同前。若不作法，至十一日明相出時，得罪同前。此等皆是由前染後相續生過故。若苾芻犯泥薩祇衣，此衣不捨，不經宿，其罪不說悔，若得餘衣皆犯捨墮。

若苾芻其泥薩祇衣雖捨，而不經宿，罪不說悔，餘所得衣並犯捨墮。

若捨衣、經宿而罪不說悔，得所餘衣並犯捨墮，由前染故。

若苾芻畜長衣已犯捨墮不為三事，凡所得衣、若鉢鉢絡、水羅腰絛，乃至隨有所得沙門資具養命之緣，並泥薩祇波逸底迦，由前染故。若捨衣、經宿、其罪說悔，得所餘衣並皆無犯。又無犯者，最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。如此初戒所明犯相、三事法式，自餘諸戒，相似之事，更不重言。其不同者，隨事別出

## 根本說一切有部毘奈耶卷第十六