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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 26 急難施衣學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 急難施衣學處第二十六

> 第二十六 急難時に衣服を施す学処

佛在室羅伐城給孤獨園逝多林。於聚落中有一長者信心賢善，於阿蘭若中奉為僧伽造一住處，種種莊嚴悉皆具足。有六十苾芻而住於此，四事供養無不豐贍。是時長者遇病身亡，從此已後供養斷絕。時諸苾芻詣其子所，告言：「賢首！汝父造寺，供養六十苾芻衣食豐足，汝今頗能作是事不？」子答之曰：「有能施百或有施千乃至一億，或有自身而不能濟，我今不能如父供養。」時諸苾芻聞是語已悉皆捨去。于時有二年老苾芻，是此村人出家離俗，自行乞食住此寺中。後於異時北方商旅既見其寺，即便俱入高聲讚歎，周旋制底遍觀房宇，皆見空虛便作是念：「應是苾芻宴默而住，或可往詣晝日閑林更復細觀。」見二老者即便告曰：「阿遮利耶！此寺苾芻今在何處？」即以上事而具告知。商主聞已告同旅曰：「我於長夜常有此念：『善哉！我於何時得為僧伽造一住處，安置苾芻衣食供養。』此寺造訖現無施主，我當補處供養眾僧。」即便張一大疊以物置上，告諸人曰：「君等若能見隨喜者，幸可量力各出少多共求福事。」時諸商人各持惠施便獲多物。于時商主告老苾芻曰：「阿遮利耶！此物擬供六十苾芻於此安居以充衣食直。此是月八日直、此是十四、十五日直、此是供病醫藥直、此是衣利。有好苾芻招携住此，我至夏末當更重來，一百苾芻隨力供養。」作是語已禮拜而去。一老苾芻報同伴曰：「今多獲利，誰當藏舉？」報言：「小者當舉。」其時小者即為舉之。「誰復當往室羅伐城喚諸苾芻來住於此？」報言：「小者。」小者答曰：「我已掌衣，仁當自去。」時老苾芻即便往詣室羅伐城向逝多林。六眾常法恒令一人住寺門首，時鄔波難陀在門首住，遙見老苾芻來髮如荻花，鄔波難陀便作是念：「此老耆宿從何而來？」告言：「善來！善來大德！」彼告曰：「敬禮阿遮利耶！敬禮鄔波馱耶！」鄔波難陀即生是念：「此是摩訶羅，不辨尊卑。」即問之曰：「老叟從何處來？」答曰：「我從某處毘訶羅來！」告言：「老叟為是毘訶羅？為是毘伽多？」彼便問言：「何謂毘訶羅？何謂毘伽多？」答言：「眾事豐贍是毘訶羅，所須闕乏是毘伽多。」報言：「往昔毘伽多，今日毘訶羅。」鄔波難陀曰：「何意如是？」報曰：「北方商人來入寺中，捨財供養須六十人，我今故來喚苾芻眾。」鄔波難陀聞斯語已即作是念：「今此老叟勿令入寺。」告曰：「汝欲於此詃誘苾芻。老叟知不？勝光大王種種衣食供養苾芻，及勝鬘夫人、行雨夫人、并剎帝利、給孤獨長者、仙授古舊、毘舍佉母、善生夫人，更有眾多淨信婆羅門、長者、居士等，上座日日常為呪願。諸有苾芻未來至者情樂欲來，現在眾僧歡心樂住，四事供養曾無闕乏，世尊大師親為說法，法食兩途皆無闕少。若其大眾知汝欲來詃誘苾芻者，必當與汝作驅擯羯磨。然我兄弟現有六人，人各有十弟子，為愍汝故我等當行。」時老苾芻報鄔波難陀曰：「聖者！我欲暫往禮世尊足方還故居。」鄔波難陀作是念：「若有諸餘黑鉢之類，聞斯告時在前而去。」即便報曰：「老叟！汝豈不聞，佛說頌言：

> 仏は室羅伐城の給孤独園、逝多林におられた。ある村に信心深く賢い長者がおり、阿蘭若の中に僧伽のために一つの住処を造り、さまざまな荘厳を備えていた。六十人の比丘がここに住み、四つの供養はことごとく豊かに施されていた。ところが、その長者が病気で亡くなり、それ以降、供養は絶えてしまった。 そこで比丘たちはその子のところに行き、言った。「賢者よ、あなたの父は寺を造り、六十人の比丘に衣食を豊かに供養した。あなたも同じようにできるか。」子は答えた。「百を施す人もいれば、千、あるいは一億を施す人もいる。また、自分自身すら養えない人もいる。私は父のように供養することはできない。」 比丘たちはこの言葉を聞いて、皆その寺を去った。その時、この村の出身で出家した年老いた比丘が二人、托鉢しながらこの寺に住んでいた。 その後、ある時、北方からの商人たちがその寺を見つけ、皆で入って大声に称賛し、仏塔の周りを巡り、房舎をくまなく見たが、すべて空っぽであった。そこで考えた。「比丘たちは静かに瞑想しているのか、あるいは昼間に林にでも行っているのだろう。」さらに詳しく見ると、二人の老比丘を見つけ、告げた。「アーチャリヤよ、この寺の比丘たちは今どこにいるのですか。」すると、老比丘たちは先の事情をすべて詳しく話した。 商主はこれを聞いて、仲間に告げた。「私は長い間、このように思ってきた。『なんと素晴らしいことか。私はいつか、僧伽のために住処を造り、比丘たちを安置して衣食を供養したいものだ。』この寺は建てられたものの、今は施主がいない。私がその代わりを務めて、僧たちを供養しよう。」そこで、大きな布を広げてその上に品物を置き、皆に告げた。「皆さんがもしこれに随喜されるなら、それぞれの力に応じて少しずつ施し、共に福を求めてください。」 商人たちはそれぞれ施しを捧げ、多くの品々が集まった。そこで商主は老比丘に言った。「アーチャリヤよ、この品々は、六十人の比丘がここに夏安居をするための衣と食の費えに充ててください。これは月八日の供養料、これは十四日と十五日の供養料、これは病気の時の薬代、これは衣代です。どうか良い比丘たちを招いてここに住まわせてください。私は夏の終わりに再び訪れ、百人の比丘を力の限り供養します。」そう言って礼をして去って行った。 一人の老比丘が仲間に言った。「今、多くの施しを得たが、誰がこれをしまっておくのか。」「あなたが若い方だから、しまってください。」そこで若い方がそれをしまった。「では、誰が室羅伐城に行って、比丘たちを呼び、ここに住まわせるのか。」「あなたが若い方だから、あなたが行くのがよい。」「私はもう衣を預かっている。あなたが自ら行くべきだ。」老比丘はそこで室羅伐城の逝多林へ向かった。 六衆の常として、常に一人を門の前に立たせていた。その時、鄔波難陀が門の前にいて、遠くから老比丘が蘆の花のように白い髪でやって来るのを見た。鄔波難陀は思った。「この老僧はどこから来たのか。」「よく来られた、よく来られました。大徳よ。」老比丘は言った。「アーチャリヤに敬礼します。ウパーディヤーヤに敬礼します。」鄔波難陀は思った。「これは摩訶羅（無知な者）だ。尊卑の区別もわかっていない。」そこで尋ねた。「老翁よ、どこから来たのか。」「私は某所の毘訶羅（精舎）から来ました。」「老翁よ、それは毘訶羅（精舎）か、それとも毘伽多（衰退所）か。」老比丘が尋ねた。「毘訶羅とは何ですか。毘伽多とは何ですか。」鄔波難陀が答えた。「物事が豊かに備わっているのを毘訶羅と言い、必要なものが欠けているのを毘伽多と言う。」老比丘は言った。「以前は毘伽多でしたが、今日は毘訶羅です。」鄔波難陀は言った。「どうしてそうなのですか。」「北方の商人たちが寺に来て、財を施し、六十人の比丘を必要としています。私はそのために比丘たちを呼びに来たのです。」 鄔波難陀はこの言葉を聞いて、思った。「この老翁を寺に入れてはならない。」告げた。「あなたはここで比丘たちを騙そうとしているのですか。老翁よ、知っていますか。勝光王は様々な衣食を比丘たちに供養しておられます。また、勝鬘夫人、行雨夫人、刹帝利、給孤独長者、仙授古旧、毘舎佉母、善生夫人、そして多くの信心深い婆羅門や長者、居士たちもおられます。上座は日々、呪願をしておられます。まだ来ていない比丘たちも来たいと望み、今いる僧たちは喜んで留まり、四つの供養は欠けたことがありません。世尊大師は自ら教えを説かれ、法と食の両道は欠けることがありません。もし大衆が、あなたが比丘たちを騙しに来たと知ったならば、必ずあなたに駆擯羯磨（追放処分）を科すでしょう。しかし、私の兄弟は現在六人おり、それぞれに十人の弟子がいます。あなたを哀れんで、私たちが行きましょう。」 老比丘は鄔波難陀に言った。「聖者よ、私はしばらく世尊の御足に礼拝してから、故郷に戻りたいのです。」鄔波難陀は思った。「もし他の黒鉢（悪行の比丘）たちが、この話を聞いたならば、先に駆け出して行くだろう。」そして、すぐに老比丘に言った。「老翁よ、あなたは聞いていないのか。仏は偈を説かれている。」

「『諸法心為首， 心勝心速疾；由心清淨故， 讚歎并身禮；當受勝妙樂， 如影鎮隨形。』」

> 「すべての現象は心を先頭とし、心が最も優れ、心は迅速に働く。 心が清らかであるならば、心から賛嘆し、身をもって礼拝する。 そうすれば、この上ない素晴らしい喜びを受けることになるだろう。 まるで影が常に形に従うように。」

時鄔波難陀說此語已，即捉其項按使低頭：「汝應口道：『南謨佛陀、南謨達摩、南謨僧伽。』」彼便告曰：「阿遮利耶！我今渴乏應求水飲。」鄔波難陀報言：「老叟！可於此住，我以汝瓶添水令滿，於此飲之。」即便取水令其飲訖，報言：「老叟！即宜可去，更莫久留。」遠送登途，勿令其返。

> そこで、ウパナンダがこう言った後、彼の首を掴んで頭を下げさせた。「お前は口で言え。『南無仏陀、南無ダルマ、南無サンガ』と。」彼は答えた。「アーチャリヤよ、私は今、喉が渇いて水を飲みたいのです。」ウパナンダは言った。「老翁よ、ここにいなさい。私があなたの瓶に水を満たしてあげよう。ここで飲みなさい。」そして、すぐに水を取って彼に飲ませ終えると、言った。「老翁よ、今すぐ立ち去りなさい。もう長く留まってはいけません。」遠くまで送り出し、彼が戻ってこないようにした。

六眾常法至日暮時同聚一處，有善惡事皆相報知。時鄔波難陀便入寺內，告六眾曰：「諸具壽！我等何時免此辛苦？」彼便問曰：「大德！頗有少多奇異消息？」報言：「有某處聚落有毘訶羅，北方商人來至其所，情樂供養六十苾芻，衣食豐足無所闕少。」諸人聞已咸云：「我去！我等於彼作安居不？」鄔波難陀曰：「不於彼處而作安居，我等往彼，於前夏中皆食噉已，還來至此作後安居。」即將門徒隨路而去。既至彼已，舊住二人遙見來至報言：「善來！善來！諸具壽！」即便授與房舍、臥具及諸小座安水器物。于時六眾作如是議：「我等遠來有所求覓，其所為事宜共觀瞻。」即語老苾芻曰：「現有利養可將出來。」時二苾芻稟性質直，所有利物並將出現：「此是六十苾芻供安居物、此供常食、此是月八日、十四、十五日所費之直、此是醫藥所須及供衣之利。」是時六眾檢見物已，自相謂曰：「此二老慳不肯施設精妙餐噉供養眾僧，然此老叟已為守護，僧家資具頗成勞苦，宜應放免驅役之事。」時二老人既蒙放免極生歡悅，六眾相謂：「我等應差能撿挍者，日日之中能為僧伽作十八種奇妙餅果供養僧者。」即便差作知事之人，彼受僧教日日常營上妙飲食，未久之間財物罄盡。時知事人於上座前白言：「大德！僧家食直今並已盡唯餘一日。」上座告曰：「具壽！若戒不具者可待節日，我等戒行具足豈待日耶？現有八日、十四日、十五日擬供養者，皆預噉之。」其受事人依教即營。悉皆食訖，復白眾曰：「餘一日食在。」上座報曰：「五取蘊身常嬰病苦，所有藥直亦可噉之，現有衣資亦須分却，各自持去隨路而歸。」即便相與分其衣直。復白眾曰：「一日粥在。」鄔波難陀告知事曰：「喚老叟來！」報曰：「汝本請僧，云三月內供養豐足，未滿一月悉皆罄盡。」彼二答曰：「豈可施主遣日日中作十八種奇妙餅果常餐好食？」上座報曰：「老叟！得食之時低頭餐噉，今聞罄盡出嫌賤言。」鄔波難陀告知事人曰：「此二老叟，眾應與作驅擯羯磨。」有餘復云：「汝二老人疾當求懺，若更遲者久事低頭項筋舒脫。」彼二即便對眾求懺補㮈伐蘇，告大眾曰：「諸具壽！此二老人稟性愚直，大眾慈悲可共容恕。」大眾即便布施歡喜。鄔波難陀報老叟曰：「此聚落人全無信敬，我等於此乞食難求，若更有餘即可擎出，必其無者我等當行。」彼二答曰：「大德！更無遺孑。」時六十人悉皆隨路往室羅伐城，即至彼已咸坐後夏。

> いつものように、六人の仲間たちは日が暮れるまで集まり、良いこと悪いこと全てを互いに知らせ合っていた。そんな時、ウパナンダが寺内に入って来て言った。「諸君！我々はいつになったらこんな苦労から逃れられるのか？」仲間たちは尋ねた。「尊者、何か珍しい知らせでも？」ウパナンダは答えた。「ある村に精舎があり、北方から商人が来て六十人の比丘に喜んで布施したいと言っている。衣食は豊かで不足はない。」皆がこれを聞いて、「行こう！我々はそこで雨安居（ヴァッサ）をするつもりか？」と言った。ウパナンダは言った。「あそこで安居をしてはならない。我々がそこへ行き、前期安居の間にこれを食べ尽くして、ここへ戻り後期安居をしよう。」そして弟子たちを連れて出発した。 到着してみると、そこに住む二人の老比丘が遠くから彼らを見て言った。「よく来てくださいました！尊者方！」そして、房舎や寝具、小さな座、水瓶などを用意した。そこで六人の仲間たちは相談した。「我々は遠くから求めて来たのだ。目的のために、状況をよく見よう。」そして老比丘に言った。「今ある布施物（ラーバ）を出しなさい。」二人の老比丘は正直な性格で、全ての布施物を出して見せた。「これは六十人の比丘のための安居の布施物、これは常食のためのもの、これは八日、十四日、十五日の供養の代金、これは薬の必要品、そして衣のための布施です。」六人はこれらを見てから、互いに言った。「この二人の老人はケチで、精妙な食べ物を僧団に供養しようとしない。しかし、この老人達は僧団の財産を守るために大変苦労している。彼らをその仕事から解放してやるべきだ。」二人の老人は解放されて非常に喜んだ。六人は互いに言った。「我々は管理人を選び、毎日僧団のために十八種類の見事な果物や菓子を供養できる者を立てるべきだ。」そして知事（ヴェーヤーヴァッチャカラカ）を任命した。その人は僧団の指示に従い、毎日上等な飲食を用意したが、間もなく財物を使い果たしてしまった。 そこで知事は上座の前に進み出て言った。「尊者！僧団の食費は今や全て尽き、あと一日分しか残っていません。」上座は言った。「具寿よ（アーユシュマン）！もし戒律が欠けているなら、布薩（ウポーサタ）の日を待つこともあろうが、我々の戒行は完全であり、何を待つ必要があろうか？現在ある八日、十四日、十五日の供養のためのものも、全て先に食べてしまえ。」知事はその通りに実行した。全て食べ終えてから、再び僧団に告げた。「あと一日分の食事だけが残っています。」上座は言った。「五取蘊の身体は常に病の苦しみに悩まされている。薬のための費用も食べてしまえ。今ある衣料も分配して、各自がそれを持って帰路につくがよい。」そこで皆で衣料の代金を分け合った。再び知事が言った。「あと粥が一日分あります。」ウパナンダは知事に言った。「老人達を呼べ！」そして二人に言った。「あなた方はもともと僧を招き、三月の間、豊かに供養すると言ったのに、一ヶ月も経たないうちに全てを使い果たしてしまった。」二人は答えた。「まさか施主が、毎日十八種類の見事な果物や菓子を常食として用意しろと言うとは思いませんでした。」上座は言った。「老人よ！食べ物を得た時にはうつむいて食べていたが、今や尽きたと聞いて非難の言葉を口にするとは。」ウパナンダは知事に言った。「この二人の老人は、僧団によって追放処分（ニッサーラニーヤ・カンマ）を受けるべきだ。」別の者が言った。「あなた方、老人よ、すぐに懺悔を求めなさい。遅れれば、長くうつむくことで首の筋が緩んでしまうぞ。」そこで二人の老人は僧団の前で懺悔し、皆に許しを乞うた。「尊者方！この二人の老人は性質が愚直ですが、僧団の慈悲でお許しください。」僧団は喜んで布施を許した。 ウパナンダは老人達に言った。「この村の人々には全く信心がない。我々はここで托鉢しても難しい。もし他に残りがあるなら出しなさい。もし無ければ、我々は出発する。」二人は答えた。「尊者！もう何も残っていません。」そこで六十人の者たちは皆、道を辿って室羅伐城（シュラーヴァスティー）へ向かい、到着すると後期安居を過ごした。

三月既了，彼舊商人還來至此，同前入寺讚歎禮拜，巡房重見二老苾芻，問言：「寺內苾芻今何所在？」報言：「賢首！此無苾芻。」商人曰：「豈不我云請六十苾芻於此坐夏？」時二老人具以事告。商主報曰：「仁於何處請得苾芻？」報言：「六眾苾芻并其徒伴。」商主報曰：「仁往大海取假瑠璃，豈逝多林更無餘人，仁等何因但請六眾？」是時商主及諸商人各生嫌賤：「沙門釋子無有恥愧，破壞淨法。我等初起信芽即令摧折。」諸苾芻聞以事白佛。佛言：「夏中分物有此過生，故諸苾芻不應夏中分夏利物。若夏中分者得越法罪。」此是緣起，尚未制戒。

即於爾時於此城中苾芻尼大世主，常修寂定，所有門徒亦皆宴寂。法與苾芻尼常樂持經，所有門徒亦持經藏。斯之二人同居一寺，若大世主門徒從定起已，時法與尼告門徒曰：「諸妹！世尊聽許諸苾芻尼出家圓具，皆是大世主勸請之力。如世尊說：『若人能護他意當生多福。』諸妹！汝等亦應作無常觀。」是時門徒隨教而作。若法與門徒讀誦之時，大世主告門徒曰：「諸妹！如來世尊於三大劫修諸苦行，無量百千六波羅蜜多悉皆圓滿證無上智，斯等皆為饒益有情。如世尊說：『若人能護他意當生多福。』諸妹！汝等亦應誦無常經。」是時門徒隨教而作。時二苾芻尼及諸門徒相將護故，所修善品不能增進如花少水。有鄔波索迦名毘舍佉，於法與苾芻尼深生敬信，彼於苾芻尼所須資具皆隨意與。時毘舍佉曾於一時至法與尼所，為申禮敬。既至其所，尼便告曰：「鄔波索迦！多苾芻尼共在一處而作安居，更相護惜，所修善品不能增進如花少水。汝頗能與苾芻尼眾別造寺不？」彼即報言：「聖者！我大有物，而無其地，地皆屬王，我無由得。」法與報曰：「必其能者，我為白王望得其地。」毘舍佉曰：「若得地者當為造寺。」時法與尼即便往詣勝鬘夫人所。是時夫人見法與來，告言：「善來！善來！聖者可於此坐。」尼既坐已便禮雙足，告言：「聖者！何意得來？」報言：「夫人！我今欲為諸苾芻尼造一住處，然地皆屬王無處能作，我為地故欲白王知。」夫人報曰：「聖者！當去，我為白王。」時法與尼呪願無病從坐而去。是時夫人往詣王所，白言：「大王！王於今日獲得大利，聖者法與苾芻尼來至王宅。」王言：「聖者何為得來？」夫人報曰：「聖者意欲為苾芻尼造一住處，彼言：『大地皆屬於王，為求地故欲有啟白。』」王便答曰：「必其聖者須我中宮將欲造寺，我當捨與別造居宅。若不欲者，隨所樂處任情修造。」是時夫人得王教已，令使往報：「聖者！王今隨願，王言：『必其聖者須我中宮將欲造寺，我當捨與別造居宅。若不欲者，隨所樂處任情修造。』」時法與尼聞是教已，具報毘舍佉知。

時勝軍王有二將帥：一名善劍，二名善弓。當爾之時善劍持兵出師他處，是時彼婦與外私通。近彼家邊有空閑處，法與求地遂便至此。法與報曰：「此中造寺形勝可愛。」時毘舍佉即於此地造寺興功，未久之間寺便成立。時苾芻尼遂與門徒於此居止。時善劍軍旋師歸故，彼之婦女隨意遊從，時彼諸人尋逐得已，將還至舍以杖打之，悉皆號叫出大音聲。諸尼皆來白法與曰：「聖者！我避天雨返溺河中。」時法與尼聞是語已作如是念：「彼諸人等有善根不？」即便觀察知有善根。繫屬於誰？皆在我所。即報門徒曰：「諸妹！為欲化度，當忍受之。」時法與尼遂以瓦盆置於一處，告門徒曰：「諸妹！所有殘食皆當置此。」時彼諸尼有殘餅食皆安於此。時小男女來入寺中，若是男者，時法與尼以油置手令自摩頭，以其殘餅而授與之；若是女者，時法與尼自持香油塗其頂上，皆以殘餅與之令食。時諸男女得餅果已悉將歸家，其母見已皆問之曰：「汝於何處得此餅來？」答云：「聖者法與惠我令食。」諸母聞已皆作是念：「觀此憐愛便是聖者法與助我養兒。」由此事故便於尼處敬信倍深，各生是念：「若我夫主更去征行，我等皆當詣聖者所承事供養。」便於後時彼之夫主從軍而去，時法與尼知彼諸女堪受化度，便遣門徒灑掃庭宇，以新牛糞而塗拭之，并安澡豆及以淨水，嚴設香花并供養具，美音聲者差令讚佛。時彼婦人夫主去已，皆相呼命來入寺中至法與所。時尼見已報言：「善來姊妹！」彼皆敬禮共相問訊，授以澡豆灌以淨水令洗手已，悉與香花教其右旋，供養制底歌詠讚歎。既供養已，時法與尼於大眾前就座而坐。時諸婦女皆致敬已，當前而坐為聽法故。時法與苾芻尼觀眾根機界性差別，隨其意樂而為說法，令彼諸女心得開悟，即於座上以金剛智杵摧破二十種薩迦耶見山皆得預流果，廣說如前。離三惡趣得涅槃道，歸依三寶受五學處，不殺生乃至不飲酒，成鄔波斯迦。

時諸婦女禮尼眾已各並歸舍，既至舍已灑掃家庭，以新牛糞淨塗拭訖，威儀庠序寂止而居。後於異時夫主迴軍，各在途中而作是念：「我家中婦共何男子行非法耶？」時彼諸婦聞婿歸還皆共出迎，既相見已報言：「善來！善來！聖子辛苦。」即各引還至其居宅。時彼諸婦各與其夫，香油塗身湯水沐浴，供以美食冠帶花纓。時彼諸人各作是念：「希有今日，禮節威儀。」皆問婦曰：「何意今者供給異常？」婦答夫曰：「聖子知不？我蒙聖者法與苾芻尼為說妙法，能令我等於生死中雖復流轉，極重煩惱不復現行，猶如往日。」時彼夫主各生是念：「聖者法與能調難調，我之妻室於昔日來多造邪行，我以種種杖楚苦言責罰然不能改，由蒙聖者為說法故便得調伏，此則聖者惠我大恩，我等宜應共白王知，往至寺中禮拜聖者。」時法與尼觀彼根機堪受化度，即便掃灑房宇廣說如前，令彼諸人皆得見諦，讚歎希有如前具說，乃至歸依三寶受五學處，作如是語：「聖者！我從今日乃至不以故心損蟻子命，然而我等持刀自活。今時斷殺其欲如何？」尼便報曰：「賢首！執無鏃箭、持無弦弓、手把木刀，勿生害意。」諸人答曰：「我等奉行。」彼諸軍士既見諦已，不飲酒、不博弈、不行邪行，由斯家業受用豐饒，所有象馬養餧如法亦皆肥盛。

後於異時憍薩羅勝光王邊隅逆命，發兵往征，所去軍師皆被他敗，復令將去還遭沒落。時國大臣進白王曰：「邊隅兵盛、王師日羸，王不親行彼難剋伐。」王聞是語即便宣令普告諸人：「於我國中持刀活命者，悉皆隨我伐彼不臣。」王有二軍：一名善劍，二名善弓。王既出已，令善劍先鋒、善弓後殿。王見前軍人馬肥盛，王問大臣曰：「此是何軍？」大臣白言：「是王善劍軍，前鋒而去。」時王迴顧，見其後軍人馬羸瘦，王問大臣曰：「此是何軍？」大臣白言：「是王善弓軍，以為後殿。」王曰：「卿等豈可給軍糧不平等與？」大臣白言：「均平給與。」王曰：「喚來。」彼便喚至，王親問曰：「汝軍得糧豈不均等？」白言：「大王！得料相似。」王曰：「何故前軍人馬肥盛，汝之軍眾羸瘦如是？」彼白王曰：「我等若執無鏃箭、持無弦弓、手把木刀不欲傷害，所有兵器賣以充食，我等軍兵亦皆肥盛。」王聞此語問前軍曰：「汝等豈可執無鏃箭、持無弦弓、手把木刀不欲傷害！」白言：「實爾。」王曰：「汝等豈欲將我至彼令他殺耶？」即便白言：「豈可器仗而能鬪戰，終須人力方破彼軍。」王聞忿怒告云：「若器仗不能戰人能戰者，汝等宜去降破彼城。」作是語已王便迴駕。時前軍人詣法與尼處，告言：「聖者！王遣我等往伐彼城，我等今時欲作何計？」法與報曰：「賢首！仁等但去，至彼邊城必當得勝，然每於宿處誦三啟經。既至邊隅圍彼城郭，即於其夜通宵誦經，稱天等名而為呪願：『願以此福資及梵天，此世界主帝釋天王，并四護世及十八種大藥叉王，般支迦藥叉大將，執杖神王所有眷屬，難陀、鄔波難陀大龍王等。』」

時彼軍人聞法與苾芻尼所說事已，即便禮足歡喜而去，每於住處誦三啟經，既至彼已遍圍城郭，即於是日通夜誦經。時彼將軍依法與尼所教之法，遂廣為呪願如前具說，并設祭食供養天神。當爾之時北方多聞天王，須往眾多藥叉集處，聞諸軍眾說呪願聲，便生是念：「誰稱我名而為呪願？」遂俯觀察見諸軍眾，復作是念：「我此法弟非處驅馳。」即告般支迦藥叉將軍曰：「此之軍兵是我法弟非處驅役，汝等宜應降伏此城付彼軍眾。」藥叉敬諾，即便去斯不遠化作軍眾，象如大山、馬形如象、車如樓閣、人等藥叉。時城內人遙見軍來生大恐怖，共相告曰：「國之與命何者為先？國破更求，命斷難續。宜當保命豈顧城耶？」遂即各捨兵器開大城門，自繫其頸求哀乞命。時善劍軍見斯事已，各起悲憐不加殺害，取其將帥并諸封直，皆大歡喜返斾而歸。到其王所白言：「大王！此是兵眾及封直之物。」王極欣慶告軍人曰：「所將封直用賞勞勤，俘虜諸人設盟還放。」時善劍軍人便作是念：「我等出師安隱歸故，斯等皆是聖者法與威神之力。」遂相謂曰：「由聖者力使我得勝，今持此封直供養聖者。」即便持物往至其所，報言：「聖者！我等保命戰勝言歸，國王歡喜賞賜豐贍。今持至此略表丹心，唯願慈悲為受斯物。」法與報曰：「賢首！若於三寶不興供養，雖生天上而受貧苦，汝等宜應於佛法僧而興供養，當令汝等於長夜中常受安樂。」時彼諸人蒙斯教已，皆往逝多林請佛及僧，於三月夏安居內，有所須者悉皆供給，於日日中每於食前供養三寶，於食後時聽聞妙法，初夜後夜繫念思惟。

後於異時復有邊隅不臣王命，時王遂勅善弓軍曰：「汝等可去伐彼邊隅。」時善弓軍白大王曰：「我兵羸弱、彼軍強盛，可令彼去我更後番。」王命善劍軍曰：「汝等可去伐彼邊隅。」彼軍白王：「我番已了，未合軍行。」王曰：「且應此番，後當免汝。」時彼軍人承王教已，共相議曰：「前伏彼城是藥叉眾威神之力，我今更去定死無疑。然而我等於三月內請佛及僧，隨有所須悉皆供給。我等宜可奉彼夏衣從軍而去。」即持衣物往逝多林。于時世尊宴默而坐，諸人持物詣苾芻所，白言：「聖者！我等被使往伐邊隅，於彼戰亡難期再入，此是夏中施物，幸為受之。」時諸苾芻報言：「賢首！大師世尊已制學處，不許我等夏內分衣，我不敢受。」報言：「聖者！幸當受取置在一處，待夏了日眾共分之。」諸人以衣置一房中便捨而去。

時彼諸人持先器仗師旅而出，時給孤獨長者見而問曰：「君等何之？」報言：「長者！欲往征行。」長者報曰：「豈非君等先已征還？」答言：「行了。」「若爾，何故復更征行？」報言：「王遣我等，且應此番，後當相免。」長者報曰：「且住於此。我為白王。」是時長者便詣王所，白王曰：「王今何意使善劍軍？」王曰：「某城叛逆，今往討之。」長者曰：「彼當番未？」王言：「已去。」長者曰：「若如是者何故頻行？」王曰：「後番放免。」長者曰：「王今知不？執無鏃箭、持無弦弓、手把木刀能降他不？然彼軍人皆是佛子，乃至蜫蟻不故斷命，前去征討乃是藥叉天眾為伏彼城。今者重行恐將沒落，豈非大王傷害佛子？」是時大王知是佛子，告大臣曰：「當宣我教告毘盧宅家，使知從今已去有征行處，更勿差遣善劍軍人。」

時諸苾芻夏安居了，往諸人所報曰：「賢首！我隨意事訖，有衣與我。」彼便報曰：「聖者！我先與之，彼處應取。」時諸苾芻開房取物，但見螻蟻土封積成大聚。時諸苾芻以緣白佛，佛言：「應差藏衣苾芻。若苾芻五法不具者，此不應差，差不應作。云何為五？謂有愛、恚、怖、癡藏、與未藏不能曉了。五法具者，此即應差，差應令作。云何為五？謂無愛、恚、怖、癡、藏與未藏善能曉了，如是應差。先當勸喻一苾芻曰：『汝某甲能與僧伽於夏三月中藏護衣不？』若言：『能。』者，應敷坐席次鳴揵稚以言白訖，僧伽盡集，令一苾芻作白羯磨。」爾時世尊讚歎持戒及尊敬戒者，少欲知足行杜多行，威儀嚴肅知量而受，隨順苾芻所行之法，為宣說已，告諸苾芻曰：「前是創制、此是隨開，為諸苾芻制其學處，應如是說：若復苾芻前三月夏安居，十日未滿、八月半未滿，有急施衣，苾芻須者應受，乃至施衣時應畜。若過畜者泥薩祇波逸底迦。」

苾芻者，謂佛法中人。

十日未至八月半者，謂去隨意時有十日在。

前三月夏安居者，非後安居也。

有急施衣者，有其五種。云何為五？或為自病故施、或為他病者故施、或將死時施、或為死亡故施、或將行時施。

苾芻須者，謂心樂欲。

衣者，謂七中隨一。

應受者，謂受畜已隨意分之。乃至施衣時應畜者，謂舉藏也。何謂施衣時？謂不張羯恥那衣一月，若張羯恥那衣五月，是謂為時；過此非時。若過此時不作分別而畜衣者犯捨墮，捨之法式廣說如前。

此中犯相其事云何？苾芻若於夏內分夏利養，或過時而畜，皆得捨墮。若於十日中得五種急施衣，分之無犯。若在夏中，或時施主欲得自手而行施者，取亦無犯。若其差得藏衣苾芻，或可施主作如是語：「我行還自手當施。」雖過時分畜亦無犯。又無犯者，最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

## 根本說一切有部毘奈耶卷第二十三