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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 16 強牽苾芻出僧房學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 強牽苾芻出僧房學處第十六

> 比丘強行拉出僧房學處第十六

爾時佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。爾時具壽鄔陀夷至彼眾多少年苾芻處，勸喻之曰：「汝等共我人間遊行，降伏他宗自獲名稱。汝等所欲讀誦禪思，及衣食利皆令無闕。」時諸少年聞斯勸已，各各自詣阿遮利耶、鄔波馱耶所，白言：「我今請問二師，欲往人間隨意遊涉。」彼師問曰：「汝欲共誰以為伴侶？」報云：「大德鄔陀夷共我為伴。」彼師報曰：「具壽！彼人惡性當惱於汝。」復白師曰：「大德鄔陀夷善言勸喻，事同父母豈當惱亂？」時彼少年不受師言，共鄔陀夷決意而去。時鄔陀夷將諸少年出界外已報言：「具壽！汝等豈得無有依止遊歷人間？」即並喚來令其長跪，教說依止方共前行，或以三衣帒與之令負，或與鉢盂、或與雜帒、或與君持淨器、或與常用觸瓶、或與錫杖、或與皮鞋，所有資具悉令擎去，自垂兩手著上下二衣，調弄諸人隨路而去。至一聚落近大井邊，與諸門徒共為憩息。此聚落內有毘訶羅，於日晡時便鳴揵稚，諸人聞已白鄔陀夷曰：「阿遮利耶！寺鳴揵稚，我等往看。」報言：「具壽！此或多是黑鉢之類嬾修善品，鳴搥集僧欲有作務，我等既疲道路誰能執作？」門徒答曰：「阿遮利耶！此或容是分物揵稚，我及界者合得其分，如軌範師眾所知識，有大福德財利易求。我等少年誰當見施？今欲入寺觀彼何緣？」師便告曰：「隨汝意去，若有利者亦取我分。」少年入已問寺諸人云：「是分臥具揵稚？」主人見來即便報曰：「具壽！汝請臥具。」報云：「我有尊師，亦當見授。」問曰：「彼復是誰？」答曰：「阿遮利耶鄔陀夷！」主人曰：「彼亦受取。」即總授之。時鄔陀夷於彼井邊多聚人物為其談話，問諸人曰：「此是誰村？此是誰寺？此是誰塔？此是誰園？」林井浴池牛羊之屬，目覩皆問，彼便具答。時諸少年共相議曰：「阿遮利耶！何故來晚？」遂相告曰：「作其常事。」於師臥處皆為敷設，濯足水塗足油安在一邊，各自洗足入溫堂中，誦所持經隨處眠臥。時鄔陀夷既見日暮方入寺中，四顧無人，遂便大喚：「具壽！具壽！」諸人出看告言：「大德鄔陀夷！何故非時來入寺內，大聲叫喚如牧牛人？」答主人曰：「我有少年在前而入，恐有病患，是故高聲。」少年聞已告言：「阿遮利耶！因何大喚？在彼房中敷設臥具，洗塗足物並已具安，可往彼臥。」怒而告曰：「汝等白誰為洗足等事？」答言：「軌範來遲，我等更相告白，便自洗足。」報云：「汝可出寺，誰能與汝不恭敬、無怖懼、懈惰之輩作依止師耶？」即便強驅令出。彼居露地寒苦通宵，既至天明俱申言敬，白言：「阿遮利耶我欲辭去。」鄔陀夷曰：「具壽！汝等何之？」答言：「還室羅伐。」報云：「且住！我當與汝瞻病所須。」答言：「師主！我本無病，仁遣病生，況復有病而能瞻養？」遂便棄去還逝多林。時鄔陀夷亦復隨逐漸至給園。時諸苾芻見少年者至，唱言：「善來具壽！行李安不？」報言：「同梵行者何有安樂？聖者鄔陀夷驅我令出，通宵寒苦僅得存生。」問言：「何故？」諸少年者具以事白。少欲苾芻聞是事已共生嫌賤：「云何苾芻驅他苾芻出僧房外故相惱亂？」以此因緣具白世尊。世尊集僧問鄔陀夷曰：「實作如是驅遣苾芻夜出房不？」白言：「實爾。大德！」世尊種種呵責，廣說乃至「為諸苾芻制其學處，應如是說：

> ある時、世尊は室羅伐城の逝多林にある給孤独園に滞在されていた。尊者ウダーインが多くの若い比丘たちのもとへ行き、こう勧めた。「あなたがたは私と共に人間世界を遊行しなさい。他宗を打ち負かして自ら名声を得なさい。あなたがたが望む読誦や禅思、そして衣服や食物の利得も、すべて欠けることなく得させましょう。」 若い比丘たちはこの勧めを聞き、それぞれ自分の阿闍梨や和尚のもとへ行き、申し上げた。「私は今、両師に問うて、人間世界へ自由に遊行したいと思います。」師たちが問うた。「あなたは誰と連れ立とうとするのか。」比丘たちは答えた。「尊者ウダーインが私の連れとなってくれます。」師たちは言った。「尊者よ、あの人は粗暴な性で、あなたを悩ませるだろう。」比丘たちはまた師に言った。「大徳ウダーインは善い言葉で勧めてくれます。その行いは父母のようです。どうして悩ませることがありましょうか。」 若い比丘たちは師の言葉に従わず、ウダーインと共に決意して出発した。ウダーインは若い比丘たちを境界の外に連れ出してから言った。「尊者たちよ、あなたがたは依止なしに人間世界を遊歴してよいものか。」そして皆を呼び寄せ、長跪させて依止の文句を教え、共に進んだ。彼は三衣の袋を渡して背負わせたり、鉢や雑袋、君持（浄瓶）、常用の触瓶、錫杖、皮鞋などをすべて持たせ、自らは両手を垂らし、上下二衣を着て、人々をからかいながら道を行った。 ある村に着き、大きな井戸の近くで、弟子たちと共に休息した。この村には精舎があり、夕方になると槌を打った。人々はこれを聞いてウダーインに言った。「阿闍梨よ、寺が槌を打っています。見に行きましょう。」ウダーインは答えた。「尊者たちよ、これはおそらく黒鉢の類（怠け者）が善い修行を怠って、僧を集めて何か作業をしようとしているのだ。我々は道に疲れている。誰がそんな作業などできようか。」弟子たちは答えた。「阿闍梨よ、これはもしかすると分配のための槌かもしれません。私たちは精舎の境内に入れば、分配にあずかるはずです。軌範師（あなた）は多くの人に知られ、大きな福徳があり、財貨や利得を得るのは容易です。しかし私たちは若く、誰が布施してくれるでしょう。今、寺に入って、その理由を見てきましょう。」 師は言った。「好きにしなさい。もし利得があれば、私の分も取ってきなさい。」若い比丘たちは寺に入り、寺の人々に尋ねた。「これは臥具を分配する槌ですか。」主人が見て答えた。「尊者よ、あなたは臥具を受けなさい。」若者たちは言った。「私には尊師がいます。その方にも与えてください。」主人が問う。「その方は誰ですか。」答えて言う。「阿闍梨ウダーインです。」主人は言った。「その方にも与えましょう。」そしてすべてを渡した。 ウダーインはその井戸のそばで多くの人を集めて談話し、人々に尋ねた。「これは誰の村か。これは誰の寺か。これは誰の塔か。これは誰の園か。」林、井戸、浴場、牛や羊のたぐいも、目に見えるものすべてを尋ね、相手はすべて答えた。 やがて若い比丘たちは互いに話し合った。「阿闍梨はなぜ遅れて来るのだろう。」そして「いつものことをしよう」と言って、師の寝床を整え、足を洗う水と塗る油を一辺に置き、各自足を洗って温堂に入り、持経を誦し、思い思いに眠りについた。 ウダーインは日が暮れてから寺に入った。四方を見渡して誰もいないので、大声で叫んだ。「尊者よ！尊者よ！」人々が出て来て言った。「大徳ウダーインよ、なぜ非時（定められた時でない時）に寺に入り、牛飼いのように大声で叫ぶのですか。」ウダーインは主人に答えた。「私には若い比丘たちが先に入っています。病気などがないか心配で、大声を出したのです。」若者たちはこれを聞いて言った。「阿闍梨よ、なぜ大声を出すのですか。部屋には臥具を整え、洗足の物もすでに備えてあります。あちらでお休みください。」 ウダーインは怒って言った。「あなたがたは誰に許しを得て、洗足などのことをしたのか。」若者たちは答えた。「軌範師（あなた）が遅かったので、私たちは互いに告げ合って自分たちで足を洗いました。」ウダーインは言った。「あなたがたは寺を出なさい。誰が、敬う心もなく、恐れもなく、怠け者のあなたがたを、依止師として受け入れるものか。」そして無理に追い出した。 彼らは露地に寒さに苦しみながら一夜を過ごし、夜が明けてから敬礼の言葉を述べて言った。「阿闍梨よ、私たちは辞去したいと思います。」ウダーインは言った。「尊者たちよ、どこへ行くのか。」彼らは答えた。「室羅伐に帰ります。」ウダーインは言った。「待ちなさい。私が看病に必要なものを与えよう。」彼らは答えた。「師主よ、私たちはもともと病などありません。あなたが病を生じさせたのです。ましてや病があるなら、なおさら看病などできましょうか。」そして彼らは去って逝多林に帰った。 ウダーインもまた後を追って給孤独園に戻った。比丘たちは若者たちを見て歓迎した。「善来、尊者よ。旅は無事でしたか。」彼らは答えた。「同梵行者にどうして安楽がありましょうか。聖者ウダーインが私たちを追い出し、一晩中寒さに苦しんで、ようやく生き延びました。」問うた。「なぜですか。」若者たちは事情を話した。 欲望の少ない比丘たちはこのことを聞いて嫌悪した。「どうして比丘が他の比丘を僧房の外に追い出し、故意に悩ませるのか。」この因縁によって、世尊に詳細を報告した。世尊は僧を集めてウダーインに問うた。「本当に、このように比丘を追い出し、夜に房から出させて悩ませたのか。」ウダーインは白した。「その通りです、大徳。」世尊は種々に呵責し、広く説いて、比丘たちのために学処を制定して、こう説かれた。

「若復苾芻瞋恚不喜，於僧住處牽苾芻出，或令他牽出者，除餘緣故，波逸底迦。」如是世尊為諸苾芻制其學處。

> もしも比丘が怒りや不快の気持ちをもって、僧院の境内から他の比丘を自ら引きずり出す、あるいは他人に命じて引きずり出させた場合（やむを得ない特別な事情がある場合を除く）、それは波逸底迦（懺悔すべき罪）となる。」このようにして、世尊は比丘たちのために学処（戒律）を定められたのです。

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時有苾芻居土窟房，時此苾芻身嬰疾患。天欲將雨五色雲興，諸苾芻見報言：「具壽！宜可急出，天將大雨，恐土房崩。」時彼病重不能自出。時諸苾芻懼犯戒故不敢扶出。天既洪雨土窟遂崩，壓彼病人，因斯命過。佛言：「有此難緣應當牽出。」告諸苾芻：「前是創制、此是隨開。重制學處，應如是說：若復苾芻瞋恚不喜，於僧住處牽苾芻出，或令他牽出者，除餘緣故，波逸底迦。」

> 仏は室羅伐城の逝多林給孤独園にいらっしゃいました。ある時、一人の比丘が土の石窟に住んでいました。この比丘は病気を患っていました。空には雨が降りそうな五色の雲が立ち込めていました。他の比丘たちはこれを見て、「友よ、すぐに出なさい。大雨が来て、土の石窟が崩れる恐れがある」と告げました。しかし、病が重かったため、その比丘は自分で出ることができませんでした。他の比丘たちは戒律を破ることを恐れて、彼を助け出そうとはしませんでした。やがて大雨が降り、土の石窟は崩れ落ち、病人は押しつぶされ、命を落としてしまいました。 仏はおっしゃいました。「このような困難な状況があれば、外に連れ出すべきである。」そして比丘たちに告げられました。「以前に定めた戒律に、このように付け加える。もし比丘が怒りや不快の気持ちから、僧院の住まいから別の比丘を引きずり出したり、他の者に引きずり出させたりする場合、特別な理由がある場合を除き、波逸底迦（罪）となる。」

若復苾芻者，謂鄔陀夷，餘義如上。

> また、比丘について言えば、これはウダーイ（優陀夷）のことであり、その他の意味は前の通りである。

僧住處者，謂佛弟子所住之處。

牽出者，或言驅出、或以手牽、自作使人。

除餘緣者，謂除難緣。

墮義如上。

此中犯相其事云何？若苾芻以瞋恚心，於僧寺中若自遣、若他驅牽此法中苾芻令其出者，皆得墮罪。遇八難緣並皆無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。