---
title: "根本說一切有部毘奈耶 · 15 不舉草敷具學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcxutteh09h6ky04nfd1350i"
---

## 根本說一切有部毘奈耶卷第二十九

> 根本説一切有部毘奈耶 第29巻

三藏法師義淨奉　制譯

> 三蔵法師義浄奉　制訳

### 不舉敷具學處第十四之餘

> 不挙敷具学処 第十四の余

爾時薄伽梵在室羅伐城逝多林給孤獨園。時有長者請佛及僧就舍而食。于時有一少年苾芻，策勵身心修諸善品，便作是念：「今日佛僧受請，我不入城乞求飲食，且當念誦待至臨中赴其請處。」作是念已，便持座枮出於寺外，詣一靜處隨情作業。時諸苾芻早去赴請，鎖門而出詣施主家。時念誦苾芻望時而入，覩見寺門鎖閉已了，便即生念：「我寧斷食不應棄僧座物，自招愆咎。」遂不赴請，即便斷食。彼諸苾芻食已迴還，此苾芻亦相隨入寺，乃至食勢尚存繫心善品，食力既盡委脇而臥。諸苾芻見，問言：「具壽！食是他物，腹豈他耶？汝何故貪食遂令飽悶善品廢修？」報言：「我不赴食，何容飽悶？」時諸苾芻問其所以，悉皆具告。時諸苾芻聞斯說已，以事白佛。佛言：「苾芻不應早去赴請令他斷食，應觀時節、鳴揵稚、眾僧詳集相顧而去。師主咸可觀己門徒知其去不？若閉門已後苾芻來至，有小床座，應安樹下及以牆邊當赴食處，不應造次輒為斷食。若無事斷食者，得越法罪斷食者，謂絕食一日。」時有婆羅門居士，來至寺中用僧坐物，及至去時棄在露地，無人收舉致有損壞，佛言：「若初見者即應收舉。」時有年老羸劣苾芻，見僧坐床棄在露地，不能擎舉，佛言：「老者應告授事人知，其授事人應作敬心舉置床座，若不舉者得越法罪。」時有苾芻，以僧敷具置於露地，行乞食後有風雨來，現在苾芻應可為舉，彼得食已憶念疾歸。

> その時、世尊は室羅伐城の逝多林給孤独園に滞在されていた。ある長者が仏と僧団を自宅に招いて食事を供養した。そこに一人の若い比丘がおり、身心を励まして善法を修行していた。彼はこう思った。「今日は仏と僧団が招請を受けられる。私は町に入って托鉢する必要はない。まず経典を読誦し、食時が近づいたら招請の場に行こう。」そう考えて、坐具を持って寺の外に出、静かな場所で随意に修行した。 一方、他の比丘たちは早くから招請に出かけ、門を閉ざして施主の家に向かった。読誦していた比丘は、時刻を見て寺に戻ったが、門はすでに鍵がかかっていた。そこで彼は思った。「私は断食しても、僧団の座具を捨てて、自ら過ちを犯すべきではない。」こうして彼は招請に行かず、断食することにした。 やがて他の比丘たちが食事を終えて戻ると、この比丘も一緒に寺に入った。しばらくは食気が残っていたので善法を修め続けたが、食力が尽きると横になって休んだ。比丘たちが見て尋ねた。「具寿よ、食は他物、腹も他物か？なぜ貪り食って飽き、善法の修行を妨げたのか？」彼は答えた。「私は招請に行かなかった。どうして飽き飽きすることがあろう。」比丘たちが事情を尋ねると、彼は全てを語った。 比丘たちはこれを聞いて、世尊に報告した。世尊は言われた。「比丘は招請に早く行き過ぎて、他の者を断食させてはならない。時刻を正しく見て、槌を打ち、僧団が集まって互いに気を配りながら出かけるべきである。師匠は自分の弟子たちが行ったかどうかを確認しなさい。門が閉じられた後に来た比丘がいれば、小さな座具があるなら木の下や壁際に置き、招請の場に行くべきである。軽率に断食してはならない。理由なく断食した者は、越法罪となる<note>断食とは、一日の絶食を指す</note>。」 ある時、バラモンや在家者が寺に来て、僧団の座具を使い、去る際にそれを露出した場所に置き去りにした。誰も片付けず、損壊が生じた。そこで世尊は言われた。「最初に見た者が直ちに片付けるべきである。」ある年老いて弱った比丘が、僧団の座具が露出した場所に置かれているのを見たが、持ち上げることができなかった。世尊は言われた。「老いた者は管理係に知らせるべきである。その管理係は敬いの心をもって座具を片付けなければならない。片付けなければ越法罪となる。」ある比丘が僧団の敷具を露出した場所に置き、托鉢に出かけた。その後、風雨が来た場合、現在いる比丘が片付けるべきであり、その比丘は食事を得たら速やかに帰ってくるよう心に留めなければならない。

時有施主以敬信心於山林中造一住處，時有獵師為捕禽鹿縱燎原野，其火炎盛遍燒村邑遂來燒寺。時諸苾芻見火燒寺，即便競入取自衣鉢，於僧祇物無人為收，咸從火化。施主聞已來至寺所，問苾芻曰：「聖者！物不燒不？」苾芻答曰：「一不被燒。」有餘報曰：「但是僧物燒盡無遺。」施主曰：「僧物罄盡，何言不燒？」苾芻曰：「我物不燒。」施主曰：「若僧祇物亦俱出者豈不善哉！我久辛苦如割身肉減妻子分，供養僧田冀望勝福。云何仁等但收自物，不顧僧祇？」作是嫌已捨之而去。時諸苾芻即以此緣具白世尊。世尊告曰：「若被燒時亦收僧物。」後於他日有餘苾芻被火燒寺，聞佛有教令出僧物，遂各棄己衣物收出僧祇，自物並燒遂便廢闕。佛言：「自闕惱重不並僧祇。若被火燒，先出己物後取僧祇。」復有遭火，諸苾芻等咸出己物置在外邊，入取僧物未出之頃，所有衣物被賊盜將，佛言：「既出物已，應使人看。」時諸苾芻遣強者看守，弱者出物不能擎舉，佛言：「令弱者看，強者擎物。」時諸苾芻雖見盛火，恐損僧祇便入取物，遂被火燒，佛言：「若火盛者即不應入，物縱被燒此誠無過。」

> ある時、ある施主が深い信心から山林の中に一つの住居を建てました。そこへ、ある猟師が鳥や鹿を捕らえようとして原野に火を放ったところ、その火は勢いよく燃え広がり、村々を焼き尽くして、ついには寺にまで燃え移ってきました。そこにいた比丘たちは寺が燃えるのを見て、すぐに競って中に入り、自分の衣や鉢を持ち出しましたが、僧伽（サンガ）の共有財産については誰も収めず、全て灰になってしまいました。 施主がこれを聞きつけて寺にやって来て、比丘たちに尋ねました。「尊い方々よ、品々は焼けずに済みましたか？」比丘が答えました。「一つとして焼けませんでした。」別の比丘が付け加えて言いました。「しかし、僧伽の品々は全て焼け尽くして跡形もありません。」施主が言いました。「僧伽の財産が全て失われたのなら、なぜ焼けていないと言うのですか？」比丘が答えました。「私の持ち物は焼けていません。」施主は言いました。「もし僧伽の財産も一緒に持ち出しておられたなら、どれほど良かったことでしょう！私は長い間苦労し、我が身を削るようにして妻子の取り分を減らしてでも、僧伽という福田に供養し、優れた福徳を願ってきました。それなのに、なぜあなた方は自分の物だけを収めて、僧伽の物を顧みなかったのですか？」こう非難して、施主は去っていきました。 そこで比丘たちはこの出来事を詳しく世尊にお伝えしました。世尊はお告げになりました。「火事の時には、僧伽の物も収めなさい。」 後日、他の比丘たちが寺の火事に遭いました。仏が僧伽の物を持ち出すよう教えられたのを聞いていたので、彼らは皆、自分の衣類を捨ててでも僧伽の物を収め出そうとしました。その結果、自分の品々は全て焼けてしまい、困窮してしまいました。そこで仏は仰せになりました。「自分の困窮の苦しみは大きく、僧伽の物と同列には扱えない。もし火事に遭ったなら、まず自分の物を出してから、その後で僧伽の物を取りなさい。」 さらにまた別の火事があり、比丘たちは皆、自分の物を外に置き出しました。そして僧伽の物を取りに入っている間に、置いてあった衣類を盗人に奪われてしまいました。仏は仰せになりました。「物を出したなら、誰かに見張らせなさい。」 そこで比丘たちは力の強い者に見張りをさせ、弱い者に品物を出させようとしましたが、弱い者は重い物を持ち上げることができませんでした。仏は仰せになりました。「弱い者に見張りをさせ、強い者に品物を運ばせなさい。」 またある時、比丘たちは激しい火を見ても、僧伽の物が損なわれるのを恐れて中に入って物を取り出そうとし、自らが火に焼かれてしまいました。仏は仰せになりました。「火が盛んであるならば、中に入るべきではない。たとえ物が焼けても、これは過失ではないのだ。」

時有施主，於山谷中造一住處，遭天大雨洪水彌漫寺皆漂蕩。時諸苾芻各出己物不顧僧祇，事並同前。但以水火為異，廣說應知，佛言：「如我所制，不依行者得越法罪。」餘義如上。

> ある時、ある施主が山間の谷に一つの住居を建てました。ところが、大雨が降り、洪水が辺り一帯にあふれ、その寺院はすべて流されてしまいました。そこで比丘たちはそれぞれ自分の私物を持ち出し、僧団の共有財産（僧祇）を顧みませんでしたが、事情は先の例と同じです。ただ水火の違いがあるだけです。詳しくは同様に理解すべきです。仏はおっしゃいました。「私が定めた戒律に従わずに行う者は、越法罪（こほうざい）を得るであろう。」その他の意味は前述の通りです。

### 不舉草敷具學處第十五

> 第十五章 不鋪草具學處

攝頌曰：

> 偈頌に曰く、

南方二苾芻、 兩村二住處、井邊染須草、 經行稕瓦盆。

> 南の方の二人の比丘、二つの村に二つの住処、 井戸のほとりの染めるための草、経行（歩行禅）のための瓦の鉢。

爾時佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。爾時南方有二苾芻：一老、一少，為禮佛故向室羅伐城，在道日暮入寺寄宿。時諸苾芻遙見老者告言：「善來大德！」即依次與房及臥具等，其少年者但與其房而無臥具。此少苾芻立性勤策，多覓乾草立與膝齊，用充臥物。其老苾芻便作是念：「試觀少者臥物有不？」便往見彼草敷厚煖，即作斯念：「我若明朝還僧臥具恐廢行途，應還臥具就此同宿。」即還臥具，一處經宵，至曉便去。後有眾蟻依此草敷穿壞房舍。時有長者請佛及僧就舍而食。時諸苾芻於日初分執持衣鉢詣長者家，世尊不赴，令人取食，有五因緣如前露地戒中廣說。此時佛欲觀僧臥具并制學處，由此為緣在寺內而住，令人取食。

> その時、仏は室羅伐城の逝多林給孤独園に住しておられた。その時、南方から二人の比丘がいた。一人は年老い、一人は若かった。仏を礼拝しようと室羅伐城へ向かう途中、日が暮れて寺院に入り宿を借りた。その時、比丘たちは年老いた者を遠くから見て、「ようこそ、大徳よ」と挨拶し、順に房と寝具を提供した。しかし、若い者には房だけが与えられ、寝具はなかった。この若い比丘は生真面目で勤勉な性格で、膝の高さまで乾いた草を多く集め、それを寝具の代わりにした。年老いた比丘はこう思った：「若い者の寝具があるかどうか見てみよう」と。そこへ行ってみると、草が厚く敷かれていて暖かかった。そこでこう考えた：「明朝、僧団の寝具を返すと旅の妨げになる。寝具を返して、ここで一緒に宿泊しよう」と。そこで寝具を返し、一晩を共に過ごし、夜明けに去った。その後、多くの蟻がこの草の敷物の下に巣を作り、房を壊してしまった。その時、ある長者が仏と僧団を家に招いて食事を供えた。比丘たちは午前中に衣鉢を持って長者の家へ向かったが、世尊は赴かれず、人に食事を取りに行かせた。これには五つの因縁があり、先の露地戒の箇所で詳しく述べた通りである。この時、仏は僧団の寝具を観察し、学処を制定しようと思われ、その因縁によって寺に留まり、人に食事を取りに行かせたのである。

爾時世尊眾僧去後，便持戶鑰遍觀寺中所有房舍，乃至寺外近住園林。次至一房，於其室內見草狼籍，多諸蟲蟻內外穿穴。見已便念：「斯等房舍皆是信心婆羅門諸居士等，自苦己身減妻子分，奉施僧田以求勝福。而諸苾芻受用之時，不知其量、不善守護，遂令蟲蟻非分虧損。」世尊即便以神通力令土與蟻各在一邊，便以網輪具足百福莊嚴勝妙兩手捧蟻徐出，於其房外陰涼之地安置諸蟻令無損傷。于時世尊灑掃室已，收彼糞土棄於房外，洗手足已入房宴默。時取食苾芻持食既至，如前廣說。乃至爾時世尊食事既訖，即出房外嚼齒木洗足已，旋入房中宴默而住。爾時世尊日晡晚時就如常座，既坐定已告諸苾芻曰：「向者僧伽赴食之後，我持戶鑰遍觀房舍，隨所為事皆具告知。汝等苾芻！諸有施主，苦自己身施僧求福，汝等不能如法受用，虛損信施。」即說頌曰：

> その時、世尊は僧たちが去った後、鍵を持って寺中の全ての房舎を見回り、寺の外の近くにある園林にまで至った。次に一つの房に至ると、その室内には草が散らかり、多くの蟲や蟻が内外に穴を穿っているのを見た。これを見て世尊は思った。「これらの房舎は、信心深い婆羅門や居士たちが、自らの身を苦しめ、妻子の分を減らして、僧團に布施し、勝れた福を求めたものである。それなのに諸々の比丘たちは、これを受用する時、その分量を知らず、よく守護せず、遂に蟲や蟻に理不尽な損害を受けさせてしまった。」世尊は神通力をもって土と蟻をそれぞれ一辺に置かせ、網輪のごとき百福荘厳の勝れた妙なる両手で蟻を優しく捧げて出し、その房の外の涼しい場所に蟻を安置して損傷せしめなかった。その時、世尊は室を掃除し、その糞土を収めて房の外に棄て、手足を洗って房に入り静かに坐した。その時、食べ物を取る比丘が食べ物を持って來て、先に詳説した通りであった。乃至、世尊の食事が終わると、房の外に出て歯木を嚼み、足を洗い、再び房に入って静かに坐して住した。その時、世尊は日が暮れる頃、常の座に就かれた。坐が定まると、諸々の比丘に告げられた。「先に僧伽が食事に出た後、私は鍵を持って房舎を見回り、なすべき事を全て知らせた。汝たち比丘よ、諸々の施主は、自らの身を苦しめて僧に施し福を求める。汝たちは如法に受用できず、信施を虛しく損なっている。」すなわち頌を説かれた。

「於他信施物， 知量而受用，自身得安隱， 令他福德增。」

> 他から信じて施された物は、量を知って受け取るべきである。そうすれば、自らは安らかになり、他者の功德も増すのである。

爾時世尊讚歎知足、如法受用信施物已，告諸苾芻廣說如前，乃至「我今為諸苾芻制其學處，應如是說：

> その時、世尊は知足（満ち足りる心）と、教えに従って信者の施し物を受けることの功徳を称え、比丘たちに先ほどのように広く説かれた。そして、こう仰せになった。 「いま、わたしは諸々の比丘のために学処（戒律）を定める。次のように説くべきである。」

「若復苾芻於僧房內，若草、若葉，自敷、教人敷，去時不自舉、不教人舉。若有苾芻不囑授，除餘緣故，波逸底迦。」

> もしも比丘が僧房の中にあって、草や葉を自ら敷いたり、他の人に敷かせたりした場合、立ち去る際に自ら片付けず、他の人にも片付けさせなかったならば、もし他の比丘に告げて委ねることをせず、やむを得ない事情もないのに、そのような行為をしたならば、波逸底迦（悔過すべき罪）となる。

如是世尊為諸苾芻制學處已，時有眾多苾芻，共諸商旅人間遊行到一聚落。日既將昏，欲覓居止，問一長者：「頗有宿處相容止不？」長者答曰：「先立要契方可相容。」苾芻曰：「其要如何？」長者曰：「明於我舍受食方行。」報言：「長者！我依商旅事不自由，行伴若停當受請食，如其彼去我即隨行。」長者曰：「斯亦善哉！」便與停處。苾芻白長者曰：「於仁舍中有臥具不？」報言：「無有。」時彼苾芻多有俗人及諸求寂共為伴侶，彼皆多覓乾草用充臥物，積與膝齊一處同臥。于時商旅星夜發去，苾芻見已棄草而行，長者至明作如是念：「我觀苾芻，若有住者當為辦食。」不覩苾芻，見草狼籍。時彼長者夫婦二人，屏除亂草幾將半日。此是緣起，猶未制戒。

復有眾多苾芻，隨諸商旅行至此村，詣彼長者求覓宿處。長者報言：「共立要契方可容宿。」苾芻曰：「其要如何？」長者曰：「不取乾草為臥物者可隨意住。」苾芻問言：「長者舍中頗有眠臥具不？」報言：「無有。」苾芻曰：「堅鞕之地，若為安寢？」長者曰：「聖者！先有仁等同梵行人投我寄宿，多聚乾草非分狼籍，令我夫婦收除亂草半日艱辛，為此今時共為要契。」時諸苾芻夜受辛苦明發便行，漸次而去至室羅伐。苾芻見之慰問：「安不？」報言：「何有安隱？」彼問其故？報云：「於一村中不許草臥，但眠鞕地辛苦通宵。」苾芻問曰：「汝於何村受此辛苦？」報言：「於某處村。」問曰：「寄宿誰家？」答曰：「某長者宅。」一人報曰：「我曾彼宿安隱草敷，汝有何辜獨遭鞕地？」苾芻問曰：「所眠之草誰為收除？」報曰：「我天曉已自涉長途，我來之後彼當屏棄。」苾芻報曰：「由斯惱亂彼致譏嫌，遣我通宵鞕地而臥。」時諸苾芻以此因緣具白世尊。世尊告曰：「雖在俗舍用草敷時，亦應除棄。」

聞佛教已，時有眾多苾芻，隨逐商旅人間遊行至一聚落，中有長者為沙門婆羅門等故造一客舍，遠求軟草以充敷具。時諸苾芻於此宿已，並將其草棄糞穢處，各趣長途。長者至天曉已往問苾芻，但見其草棄不淨地，不可重收，因生嫌賤。復有眾多苾芻隨諸商旅行至此村，詣彼長者求覓住處，長者報言：「我有福舍隨情居止。」苾芻問曰：「頗有多少眠臥具不？」答言：「無有。」苾芻報曰：「我等如何臥堅鞕地？」長者答曰：「聖者！我為行客沙門婆羅門等造此福舍，我從遠處求覓軟草，用擬供承諸寄宿客。昔有仁等同梵行者來此寄宿，至天曉已咸將軟草棄不淨中，若更欲求卒不可得。」時諸苾芻便於鞕地辛苦經宵。時此苾芻漸次遊行至室羅伐，彼諸苾芻問言：「行李安不？」報言：「眠臥鞕地，何有安樂？」問言：「於何處宿受此辛苦？」報言：「於某村福舍。」苾芻報曰：「我曾於彼福舍中宿，所有臥草旦並棄之。」答曰：「由汝棄草致生嫌賤，遂令我等鞕地而眠。」時諸苾芻即以此緣具白世尊。世尊告曰：「所臥之草白施主知，若云棄者即應除棄，若云留者隨語應留。若違言者得越法罪。」

於一聚落有僧住處，於此寺中臥具寡少。時諸苾芻為供客故，遂於遠處求臥具草安一房中。時有眾多苾芻，人間遊行來至此寺，問主人曰：「我欲投宿，頗有多少臥具物不？」苾芻報曰：「此寺先貧無好臥具，我為客故遠求軟草，必不嫌者隨意止宿。」彼既宿已欲棄草敷，主人報曰：「我為客故遠求此草，實是難得，無宜輒棄。」客苾芻曰：「仁等無知自身犯罪，欲令我等亦犯罪耶？」作此責已，即便取草棄外而去，致令爛損。後有眾多苾芻，遊歷人間遇至此寺欲求寄宿，問：「有臥具不？」主人答曰：「此無臥具，我為客故遠求軟草。前有苾芻來此投宿，所有草蓐並欲收棄，我等不聽。不肯隨語反相責數，並棄而行，故於今時更無可得。」彼便地臥。天曉便行至逝多林，諸苾芻見共相問答，廣說如前，乃至我於彼宿強棄其草，答言：「由此緣故來寄宿者備受艱辛。」時諸苾芻以事白佛。佛言：「此不應棄，若有苾芻囑授而去，遣棄方棄，廣說如前。若異此者得越法罪。」

復有眾多苾芻，共諸商旅人間遊行，遇至井邊即便止宿。時諸苾芻多以乾草而為敷具，去此不遠有婆羅門宿。時諸商旅曉便發去，苾芻婆羅門咸留草敷俱隨商旅，道逢商旅從遠而來。時婆羅門逢彼商人，所求之事皆得稱心，即共商人返跡而去，至前井處，便為宿止。于時有諸露形外道，於苾芻宿處便為安止。時露形者共相告曰：「不知何物齧我身體？」餘者報曰：「汝於昨日多噉酒糟，惡欲尋思共相齩齧。」持火來看見有眾蟻便作是語：「誰無智人曾於此宿，去時不解舉此草敷？」時婆羅門聞而報曰：「前有釋子於此宿去。」露形罵曰：「沙門釋子於諸人中自云有智，停宿之處不舉草敷。」婆羅門曰：「沙門釋子不斷殺生，隨處即眠不作觀察。」去斯不遠有鄔波索迦，聞此說時默然而記，後至苾芻住處具以事告，諸苾芻白佛。佛言：「雖居曠野亦舉草敷。」

時諸苾芻聞是教已，復有苾芻隨逐商旅至蘭若村便為止宿，多用乾草以為臥具。商旅夜發，苾芻棄草，時節遲晚不及商人，在後而行，便遭賊劫。漸次方至逝多園林，苾芻見已共相慰問：「行李安不？」報曰：「我被賊劫，何有安隱？」問其何故？以事具陳。時諸苾芻白佛。佛言：「雖在蘭若其草不應散棄，可聚一邊隨意而去。汝諸苾芻如我所制不依行者，皆越法罪。」

時諸苾芻為染衣事，於日光處布諸乾草以曬衣服，草不收舉蟲蟻多生，佛言：「染衣既了其草須棄。」復有苾芻為染衣故勸留其草，時彼苾芻不受其語遂便棄擲，佛言：「餘有所須即不應棄，應與彼人。」後曬衣已不肯收棄，云：「非我草。」佛言：「前與後時應問彼曰：『草若用訖汝能棄不？』若言：『能棄。』應可與之。若云：『不能。』即不須與。」

時有經行之處，其地堅鞕令足傷損，佛言：「應布軟草勿令傷足。」彼布草已蟲蟻便生，佛言：「應棄。」彼日日棄妨廢正修，佛言：「不應數棄，時可觀察。若捨去時當須總棄。」又經行處有設供事，須草稕坐，同前致蟻，佛言：「應以繩繫挂在樹枝。」又經行處以瞿昧耶安在地上，蟲蟻因生，佛言：「安破瓦中勿令其濕。」

爾時世尊讚歎持戒及尊重戒、少欲知足已，告諸苾芻：「前是創制、此是隨開。若有難緣不須囑授。是故我今為諸苾芻制其學處，應如是說：若復苾芻於僧房內，若草、若葉，自敷、教人敷。去時不自舉、不教人舉，若有苾芻不囑授，除餘緣故，波逸底迦。」

若復苾芻者，謂此法中人，餘義如上。

僧房者，謂是如來弟子住處，於中堪得為四威儀行住坐臥。

敷具者，謂若草、若葉，若自他敷。

不自舉去者，謂離勢分。時具壽鄔波離白佛言：「世尊！未知齊何是敷具勢分？」佛言：「如生聞婆羅門種樹之法，廣說如上。有四十九尋，是名敷具勢分。」及五種囑授，乃至遍觀四方藏其戶鑰，並廣說如上。

有苾芻不囑授者，謂有苾芻而不告語。

除餘緣故，波逸底迦，亦如上說。

此中犯相其事云何？若苾芻於僧住處，若草、若葉，自敷、教人敷，不舉而去，有人不囑授，乃至未離勢分已來得惡作罪，若離勢分便得墮罪。若苾芻初去之時忘囑其事，在路憶得，或時在路逢見苾芻，或到前住處方始憶得，或到住處見有苾芻以事相囑，心念口言，並廣如上說。草敷有二種壞：謂風及蟻。風壞，謂是風吹草卷。蟻壞，謂是蟻穿草穴。若苾芻於日暮時，在僧房中安草敷具，若夜若晝時時觀察，若壞不壞得罪輕重，廣說如上。若在甎鞕地，或在沙石中，無蟲蟻處布以草敷，設不數看此皆無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。