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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 19 用蟲水學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 用蟲水學處第十九

> 第十九 虫の入った水を使用することに関する学びの箇所

佛在憍閃毘瞿師羅園。爾時具壽闡陀以有蟲水澆草土牛糞等，諸苾芻見告云：「具壽闡陀！勿以有蟲水澆草土牛糞等。」闡陀報曰：「豈諸生命我喚將來？豈復有人數以相付？豈可欲去我不聽行？四海寬長因何不去？江河池沼盎瓮瓶瓨何不走入？」諸有少欲苾芻聞是語已共生嫌賤：「云何苾芻以有蟲水將澆草等，自作使人不顧生命？」時諸苾芻以緣白佛。佛以此緣集諸苾芻，問闡陀曰：「汝實用蟲水及以教人澆草等耶？」「實爾。大德！」世尊以種種呵責，非出家人所應作事，讚歎少欲尊重戒者，廣說如前，乃至「制其學處，應如是說：

> 仏はコーサンビーの瞿師羅園にいた。その時、具寿チャンナが虫の入った水で草や土や牛糞などをまいていた。諸々の比丘たちはそれを見て言った。「具寿チャンナよ、虫の入った水で草や土や牛糞などをまいてはいけません」。チャンナは答えた。「いったい、私がそれらの命を呼び寄せたのか？誰かが私に数えて渡したのか？まさか私が去ろうとして妨げたのか？四海は広く長い、なぜそこに行かないのか？川や池や沼や甕や瓶や壺にどうして入らないのか？」。 少欲の比丘たちはこの言葉を聞いて嫌悪した。「どうして比丘が虫の入った水で草などをまき、自ら行い、他人にさせて命を顧みないのか」。そこで諸比丘はこのことを仏に告げた。仏はこの因縁で比丘たちを集め、チャンナに尋ねた。「チャンナよ、あなたは本当に虫の入った水を使い、また他人に教えて草などをまいたのか？」。「その通りです、大徳よ」。世尊はさまざまに呵責された。「出家者がするべきことではない」。少欲を讃え、戒を尊重する者を称え、広く説き、前の通り、乃至「その学処を制定し、次のように説くべきである」。

「若復苾芻知水有蟲，自澆草土、若和牛糞，及教人澆者，波逸底迦。」

> もしも比丘が、水の中に虫がいるのを知りながら、自分で草や土に水をかけたり、牛糞と混ぜたり、あるいは他の人にそうするように指示したならば、波逸底迦（悔過すべき罪）となる。

若復苾芻者，謂是闡陀，餘義如上。

> もしまた比丘という場合は、それはチャンダ（六群比丘の一人）を指します。その他の意味は前述の通りです。

知者，或自知、或他告語。

> 知る者には、自ら悟る者もいれば、他から教えられて知る者もいる。

水，謂井、池等水。

蟲有二種：一為眼所見，二為羅所得。

若自用、若使他澆草澆土、若和牛糞等者，得波逸底迦，義如上說。

此中犯相其事云何？若苾芻於有蟲水作有蟲想，若自用、若教人用澆草等，得波逸底迦；疑亦如是。若水無蟲作有蟲想用時，得惡作罪；疑亦如是。若苾芻河池水處多有蟲魚，苾芻殺心決去其水，隨有蟲魚命斷之時，皆得墮罪；若不死者，皆得惡作。若於此水處偃之令斷，於其下畔隨蟲命斷，或時不死，得罪同前。若無殺心者無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。