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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 18 故放身坐臥脫腳床學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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## 根本說一切有部毘奈耶卷第三十

> 根本説一切有部毘奈耶 巻第三十

三藏法師義淨奉　制譯

> 三蔵法師義浄奉　制訳

### 故放身坐臥脫脚床學處第十八

> 第十八条 放身坐臥脱脚床学处

爾時薄伽梵在室羅伐城逝多林給孤獨園。時具壽鄔波難陀至彼眾多少年苾芻處勸喻曰：「汝等共我人間遊行，必當降伏他宗自獲名稱。汝等若欲讀誦禪思，及以衣食病緣所須皆令無闕。」時諸少年雖聞此勸，共知鄔波難陀稟性惡行不堪共居，竟無一人許共同去。時有乞食苾芻聞其覓伴，遂告鄔波難陀曰：「我共大德人間遊行。」有同行人報乞食者曰：「此鄔波難陀為人惡行，汝今隨去必遭惱觸。」遂報同梵行者曰：「我滿十夏不依止他，亦不就彼求受學業，彼於我處欲何所為？」知識報曰：「不相用語，後自當知。」不受勸言遂與同去，出至界外。時鄔波難陀報云：「乞食者汝可為我擎持衣帒，吾年衰朽且宜相助。」乞食者答曰：「大德！豈可不見佛法僧寶勝妙福田持以奉施，而多畜此生惱物耶？」報乞食者曰：「我遣擎物汝不肯持，亦未乖理。然汝非我二師輒相呵責，斯豈合耶？」時鄔波難陀便作是念：「此乞食者未須與語，且忍共去後自當知。」遂漸遊行至一聚落，即於林外詣井池邊俱共憩息。村中有寺打揵稚聲，時乞食者既聞聲已報言：「大德！寺鳴揵稚，我欲往看。」報言：「具壽！此乃多是黑鉢之類嬾修善品，鳴搥集僧別有作務，我等既疲道路誰能共彼執作？」乞食者曰：「或是分利揵稚，我既及界理合得之。」鄔波難陀曰：「汝宜可去，若是分利揵稚者亦取我分。」答云：「如是。」遂至寺中問知乃是分臥具揵稚。主人苾芻報云：「阿瑜率漫宜受臥具。」報言：「我有大者亦為受不？」問：「彼是誰？」報云：「是大德鄔波難陀。」答曰：「彼人眾所識知，亦為取分。」即便兩人臥具皆悉受之。時鄔波難陀在於井處，廣問諸人兼為說法，具如前說。諸人既散，時景將曛，便入寺中高聲大喚。彼乞食者在閣下房閉戶而臥，聞喚聲已報言：「大德何為高聲？我於上房已為敷置眠臥之具，及洗足物，並在一邊，就彼應臥。」報言：「乞食者可為開房，欲有商度。」彼作是念：「若容入房，乃至天明言未能了，我今宜臥不與開門。」報言：「大德！我行疲極無暇商量，設有平章待至天曉。」時鄔波難陀知其意止不為開門，即向上房洗足入室，問曰：「得塗足油，安在何處？」報曰：「近在床邊。」鄔波難陀善知聲相，觀其臥處即移床脚，安彼頭邊放身而坐。令床脚脫打破彼頭，報云：「大德！打破我頭，極為苦痛。」鄔波難陀報云：「乞食者何故頭破？」彼作是念：「我若苦言，或容更打。」即默爾而住。至天曉已便往就別。報言：「大德！我今欲去。」問曰：「汝欲何之？」答曰：「向室羅伐城。」報云：「且住！我當給汝病藥所須。」答言：「大德！我本無病，故破我頭；設更有疾，豈能瞻養？」說是語已捨之而去，還逝多林。時同梵行者見唱：「善來！」問：「安樂不？」報言：「被打頭破，何有安樂？」具以緣告。時諸苾芻聞是事已共生嫌賤：「云何苾芻在上棚臥，知脫脚床放身而坐，令床脚脫打破他頭？」以此因緣具白世尊。世尊集眾問鄔波難陀曰：「實作如是惱亂事不？」白言：「實爾。」世尊種種呵責，廣說乃至「為諸苾芻制其學處，應如是說：

> ある時、世尊は室羅伐城の逝多林にある給孤独園におられた。その時、具寿の鄔波難陀が、多くの若い比丘たちのところへ行って勧めた。 「あなたたちは私と一緒に人間界を遊行しなさい。そうすれば必ず他の宗派を打ち負かし、自ら名声を得られるでしょう。もしあなたたちが読誦や禅思を望むなら、衣・食・病のための薬・寝具といった必要なものは、すべて不足なく与えましょう。」 若い比丘たちはこの勧めを聞いたものの、皆、鄔波難陀が生まれつき悪い行いをすることで知られており、一緒に住むに堪えない者だと分かっていたので、一人として共に行くことを承諾する者はなかった。 その時、托鉢の比丘が彼が仲間を探しているのを聞き、鄔波難陀に告げた。 「私が大徳と一緒に人間界を遊行しましょう。」 同行の者が托鉢の比丘に言った。 「この鄔波難陀は人として悪行を為します。もしあなたが従って行けば、必ず悩まされることになります。」 托鉢の比丘は同じ梵行の者に答えた。 「私はすでに十年の夏を経て、もはや他人に依止することもなく、また彼のもとで学業を求めることもありません。彼が私に対して何をしようというのでしょうか？」 知識ある友人は告げた。 「私の言葉を用いないなら、後で自ら知ることになるでしょう。」 托鉢の比丘はその忠告を受け入れず、一緒に出発した。境界の外に出ると、鄔波難陀が言った。 「托鉢者よ、私のために衣の袋を持ちなさい。私は年老いて衰えており、あなたが助けてくれるべきだ。」 托鉢の比丘は答えた。 「大徳よ、どうして仏法僧の宝という優れた福田を恭敬して布施することなく、多くこの悩みの元となる物を蓄えるのですか？」 鄔波難陀は托鉢の比丘に言った。 「私が荷物を持てと言っても、君が持とうとしないのは、道理に反してはいない。しかし君は私の師でもないのに、いきなり私を非難するとは、それが適切なことだろうか？」 鄔波難陀はこう考えた。「この托鉢の比丘には、すぐに文句を言う必要はない。しばらく我慢して共に行き、後で自ずと分かるだろう。」 こうして徐々に遊行してある村に到着した。彼らは林の外れにある井戸の池の辺りで共に休息した。村の中の寺で犍稚（鐘）を打つ音が聞こえた。托鉢の比丘はその音を聞くと、言った。 「大徳よ、寺が犍稚を鳴らしています。私は見に行きたいと思います。」 鄔波難陀が答えた。 「具寿よ、それはおそらく黒鉢の類いの、善い修行を怠る者たちが、鐘を鳴らして僧を集め、別の作業があるのでしょう。我々は道中疲れているのに、誰が彼らと共にそんな労働に従事できましょうか？」 托鉢の比丘が言った。 「あるいは、分配を知らせる犍稚かもしれません。私は既に境界内に入っていますので、当然それを受ける資格があります。」 鄔波難陀が言った。 「君は行ってよい。もし分配を知らせる犍稚なら、私の分も取っておきなさい。」 托鉢の比丘は答えた。「わかりました。」 そこで寺に行き、問うと、それは臥具（寝具）の分配を知らせる犍稚であることが分かった。主人の比丘が告げた。 「阿瑜率漫よ、臥具を受けなさい。」 托鉢の比丘が言った。 「私には大徳が一緒です。彼の分も受け取っていただけますか？」 主人が尋ねた。「その方はどなたですか？」 答えて言った。「大徳の鄔波難陀です。」 主人が答えた。「その方は僧伽でよく知られている方です。彼の分も受け取りましょう。」 こうして二人分の臥具がすべて受け取られた。 一方、鄔波難陀は井戸の場所で、多くの人々に広く問いかけ、また説法を行っていた。その詳細は先に述べた通りである。人々が散った後、時は既に夕暮れ近くとなっていた。鄔波難陀は寺に入り、大声で叫んだ。托鉢の比丘は階下の部屋に戸を閉めて横たわっていた。叫び声を聞いて、言った。 「大徳よ、なぜ大声を出されるのですか？私は上の部屋に、すでにあなたのための寝具と、足を洗うためのものを用意して、片側に置いてあります。そこにお休みください。」 鄔波難陀が言った。 「托鉢者よ、部屋を開けなさい。相談したいことがある。」 托鉢の比丘は考えた。「もし部屋に入れたら、夜が明けるまで話が終わらないだろう。今は横になったまま、戸を開けるべきではない。」そう言って告げた。 「大徳よ、私は旅に大変疲れており、相談する暇はありません。たとえ話し合いがあっても、夜が明けるまで待ってください。」 鄔波難陀は彼が戸を開ける意志がなく、開けてくれないことを知り、上の部屋に行って足を洗い、部屋に入った。そして尋ねた。 「足に塗る油はどこにあるのか？」 托鉢の比丘が答えた。「すぐ床のそばにあります。」 鄔波難陀は音声に詳しく、彼が横たわっている場所を観察すると、すぐに床の脚を動かし、それを托鉢の比丘の頭の側に置き、体を下ろして座った。すると床の脚が外れ、托鉢の比丘の頭を打ち破った。 托鉢の比丘は叫んだ。「大徳よ、私の頭を打ち破りました。大変な苦痛です。」 鄔波難陀は答えた。「托鉢者よ、どうして頭が破れたのか？」 托鉢の比丘は考えた。「もし私が苦しいと言えば、もしかするとさらに打つかもしれない。」そして黙ってそのままでいた。 夜が明けると、托鉢の比丘は別れを告げに来た。 「大徳よ、私は今、去ります。」 鄔波難陀が尋ねた。「あなたはどこへ行くのか？」 托鉢の比丘は答えた。「室羅伐城へ向かいます。」 鄔波難陀が言った。「待ちなさい。私はあなたに、病気のための薬や必要なものを与えましょう。」 托鉢の比丘は答えた。「大徳よ、私もともと病気ではなかったのに、故意に私の頭を打ち破りました。たとえ私がさらに病気になったとしても、どうして私を看病養育してくれるでしょうか？」 こう言って、彼は去っていった。そして逝多林に帰った。 その時、同じ梵行の者たちが彼を見て「善来！」と唱え、尋ねた。「安楽ですか？」 托鉢の比丘は答えた。「頭を打ち破られて、どうして安楽がありましょうか？」そして一部始終を語った。 この事を聞いた比丘たちは皆、嫌悪の念を抱いた。「どうして比丘が、上の階の部屋で横たわっていることを知りながら、外れると分かっている床の脚を動かし、体を下ろして座り、その脚を外させて他人の頭を打ち破るようなことをするのだろうか？」 この因縁により、比丘たちは世尊に詳細を白上げした。 世尊は僧伽を集め、鄔波難陀に問いただされた。「あなたは実際に、このような混乱を生じさせる行為をしたのか？」 鄔波難陀は答えた。「はい、その通りです。」 世尊は様々に叱責された。広く説法された後、比丘たちのために学処（戒律）を制定し、次のように説かれた。

「若復苾芻於僧住處，知重房棚上脫脚床及餘坐物，放身坐臥者，波逸底迦。」

> もしも比丘が、僧伽の居住地において、重い宿舎の屋根の上に、脚の外れた寝台やその他の座具が置かれていると知りながら、自らの体重をかけて座ったり横になったりするならば、波逸底迦（懺悔すべき罪）となる。

若復苾芻者，謂鄔波難陀，餘義如上。

> また、比丘（びく）とは、ウパナンダのことです。その他の意味は上述の通りです。

僧住處者亦如上。

> 僧侶の住まいについても、先ほどと同じです。

知者，或時自作、或被他教。

> 知っている人は、時には自ら行い、時には他の人に教えられることもあります。

重房者，謂居重閣危朽。

> 重房というのは、高い楼閣や危うく朽ちた場所に住むことをいう。

棚上脫脚床者，謂此床脚不連上蓋，及餘諸座。

> 棚の上に置かれた、脚が外れる床座とは、この床の脚が上蓋と繋がっておらず、また他の様々な座具のことである。

放身坐臥者，謂極縱身或坐、或臥，故令脚出傷損他人。

> 身体をゆるめて座ったり横になったりするとき、あまりにだらりと体を伸ばすため、足がはみ出して他人にけがをさせてしまうことがある。

波逸底迦者，廣釋如上。

> 波逸底迦（波逸提）の意味は、詳しくは前述の通りです。

此中犯相其事云何？若苾芻知僧房舍有脫脚床，縱身坐臥欲惱他者，皆得墮罪。若是版棚或是甎地、或脚以版支或時仰著，此皆無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

> ここで、どのような場合に犯戒となるのか。たとえば、比丘（僧侶）が、僧房の寝室に、脚が外れたり壊れたりしている床があるのを知りながら、他の僧侶を困らせようとして、その上に体を横たえたり座ったりした場合、いずれも堕罪（罪に堕ちる過ち）となる。ただし、床が板張りの棚のような構造であれば、あるいは地面が煉瓦で固められていれば、あるいは脚を板で支えて安定している場合は、あるいは床を伏せて使う場合は、これらは罪にはならない。また、違反にならない場合とは、最初の違反者（まだ戒律を知らなかった者）、または精神に障害がある者、心が乱れている者、激しい苦痛に苦しめられている者である。