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title: "大慧普覺禪師語錄 · 5"
description: "大慧普觉禅师语录由宋代高僧蕴闻编集，收录了临济宗高僧大慧宗杲的禅法开示、书信、法语等。宗杲禅师是两宋之际禅宗巨匠，提倡看话禅，对后世影响深远。此语录系统阐述其禅学思想，强调疑情参究、真参实悟，批判当时流弊，是研究宋代禅宗特别是看话禅的重要典籍。该书在佛教史上地位崇高，是禅门必读经典，对中日韩禅法发展均有深远影响。"
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## 大慧普覺禪師住育王廣利禪寺語錄卷第五

> 大慧普覺禪師住育王廣利禪寺語録 巻第五

徑山能仁禪院住持嗣法慧日禪師臣蘊聞　上進

> 徑山能仁禪院住持、嗣法慧日禪師、臣・蘊聞 謹んで奉呈す

師紹興二十六年。十一月二十三日。於明州報恩光孝禪寺開堂。宣疏拈香祝聖罷。乃就座。天童和尚白槌云。法筵龍象眾。當觀第一義。師云。第一義諦。天童和尚一槌打就。莫有知恩報恩底麼。僧問。保壽開堂。三聖橫身贊助。學人上來。願聞祝聖。師云。牛皮鞔露柱。進云。天高地厚無窮極。佛功德海實難量。師云。千聖共傳無底鉢。進云正當恁麼時如何鵮啄。師云。爾看即有分。進云。莫便是知恩報恩底事也無。師云。一任鑽龜打瓦。進云。無計上酬天子德。唯憑此日一爐香。師云。猶較些子。問世尊拈華迦葉微笑。世尊道。吾有正法眼藏涅槃妙心。付囑摩訶大迦葉。如何是正法眼藏。師云。拔却眼中釘。進云。如何是涅槃妙心。師云。速禮三拜。進云。若不上來伸此問。焉知全露法王機。師云知。進云。只如今日一會。何異靈山。師云普。進云。恁麼則從此佛日增輝。道風永扇去也。師云。又是惡水潑人。僧禮拜。師乃云。佛法要妙。離言說相。離文字相。離心緣相。不可以有心求。不可以無心得。不可以語言造。不可以寂默通。如塗毒鼓。聞著則腦門百裂。似猛火聚。近之則燎却面門。實謂壁立萬仞。勦絕聖凡。假使智如鶖子。辯若維摩。與三世諸佛同時出來。也須入地三尺有如是自在。有如是威神。只許老胡知。不許老胡會。到這裏如何啟口。然官不容針。私通車馬。放一線道却有商量驀拈拄杖卓一下云。還聞麼。一切障礙即究竟覺。得念失念無非解脫。成法破法皆名涅槃。智慧愚癡通為般若。又卓一下云。太陽溢目。萬里不掛片雲。古佛與露柱相交。新羅共占波鬪額。即不問。汝諸人只如馬祖道即心是佛。作麼生商量。還委悉麼。太平本是將軍致。却許將軍見太平。復卓一下謝辭不錄復舉。西天國王問波羅提尊者曰。我欲作佛。不知何者是佛。尊者曰。見性是佛。王曰。師見性否。尊者曰。我見佛性。王曰性在何處。尊者曰。性在作用。王曰。是何作用。我今不見。尊者曰。今現作用。王自不見。王曰。於我有否。尊者曰。王若作用無有不是。王若不用體亦難見。王曰。若當用時。幾處出現。尊者曰。若出現時。當有其八。王曰。八處佛性當為我說。尊者曰。在胎曰身。處世名人。在眼曰見。在耳曰聞。在鼻辯香。在舌談論。在手執捉。在足運奔。遍現俱該。沙界收攝。在一微塵識者知是佛性。不識喚作精魂。王聞是言心即開悟。師云。敢問。法筵大眾。且道。西天國王悟得佛性耶。悟得精魂耶。若道在八處悟得。只是精魂。若離八處。却喚甚麼作佛性。於斯薦得。皇恩佛恩一時報足。若薦不得。育王今日為諸人下箇註脚。良久云。鸑鷟麒麟俱是瑞。栴檀薝蔔一般香。天童和尚再白槌云。諦觀法王法。法王法如是。師召大眾云。記取天童和尚語。便下座。

> 師は紹興二十六年十一月二十三日、明州報恩光孝禅寺において開堂した。疏を宣べ、香を拈じて祝聖の儀を終えると、座に就かれた。天童和尚が白槌して言った、「法筵の龍象の衆よ、まさに第一義を観ずべし」。師は言った、「第一義諦、天童和尚が一槌で打ち成した。知恩報恩の者がいるか」。僧が問うた、「保寿が開堂したとき、三聖が身を挺して助けました。学人が上来して、祝聖の言葉を聞きたいと願います」。師は言った、「牛皮で露柱を覆う」。僧は進み出て言った、「天は高く地は厚くして窮まりなく、仏の功徳の海は実に量り難い」。師は言った、「千聖が共に伝える底無しの鉢」。僧は進み出て言った、「まさに恁麼の時、いかにして鵮啄すべきか」。師は言った、「汝が見れば即ち分がある」。僧は進み出て言った、「これが即ち知恩報恩の事でしょうか」。師は言った、「まかせて亀を鑽り瓦を打たしめよ」。僧は進み出て言った、「天子の徳に報いる術もなく、ただこの日の一炉の香に依るのみです」。師は言った、「なお些か勝っている」。問うた、「世尊が華を拈り、迦葉が微笑んだ。世尊は言われた、『我に正法眼蔵、涅槃妙心あり。摩訶大迦葉に付嘱す』と。如何なるか正法眼蔵」。師は言った、「眼中の釘を抜け」。進み出て言った、「如何なるか涅槃妙心」。師は言った、「速やかに三拜せよ」。進み出て言った、「もし上來して此の問いを申さざれば、焉んで法王の機が全露するを知らん」。師は言った、「知る」。進み出て言った、「ただ今日の一会、何ぞ霊山に異ならん」。師は言った、「普く」。進み出て言った、「恁麼ならば、これより仏日は輝きを増し、道風は永く扇がれん」。師は言った、「また悪水を人に潑ぐか」。僧は礼拝した。師は乃ち言った、「佛法の要妙は、言説の相を離れ、文字の相を離れ、心縁の相を離れる。有心をもって求むべからず、無心をもって得べからず、言語をもって造るべからず、寂默をもって通ずべからず。毒鼓を塗るが如く、聞けば則ち腦門百裂す。猛火の聚まるが似く、近づけば則ち面門を燎却す。実に壁立萬仞と謂うべく、聖凡を勦絶す。假し智が鶖子の如く、辯が維摩の若くとも、三世諸仏と同時に出来すとも、須く地に入り三尺すべし。かくの如き自在あり、かくの如き威神あり。ただ老胡に知らしむるを許し、老胡に会せしむるを許さず。此処に到りて如何ぞ口を啓かん。然れども官は針を容れず、私には車馬を通ず。一線の道を放ちて卻って商量有り。蓦地に拄杖を拈って卓一下し、言った、「還た聞くや。一切の障礙即ち究竟覚なり。念を得るも失うも、無非解脱なり。法を成ずるも破るも、皆名づけて涅槃とす。智慧愚癡、通じて般若と為す」。また卓一下し、言った、「太陽は目に溢れ、萬里に片雲も掛からず。古仏と露柱は相交わり、新羅は占波と鬪額す。即ち問わず。汝諸人、只だ馬祖の『即心是仏』道うを如何ぞ商量する。委悉せるや。太平は本と是れ将軍の致す所、卻って将軍に太平を見るを許す」。復た卓一下した〈謝辞は録さず〉。復た挙す、「西天の国王、波羅提尊者に問うて曰く、『我、仏を作らんと欲す。何者が仏なるかを知らず』と。尊者曰く、『性を見るは是れ仏なり』と。王曰く、『師は性を見るや』と。尊者曰く、『我、仏性を見る』と。王曰く、『性は何処に在るや』と。尊者曰く、『性は作用に在り』と。王曰く、『是れ何の作用ぞ。我、今見ず』と。尊者曰く、『今、現に作用す。王自ら見ざるのみ』と。王曰く、『我に於いて有るや否や』と。尊者曰く、『王、若し作用すれば、是れならざるは無し。王、若し用いざれば、体も亦た見難し』と。王曰く、『若し当に用うる時、幾処に出現するや』と。尊者曰く、『若し出現する時、当に其の八有るべし』と。王曰く、『八処の仏性、当に我が為に説くべし』と。尊者曰く、『胎に在りては身と曰い、世に処しては人と名づく。眼に在りては見と曰い、耳に在りては聞と曰い、鼻に在りては香を辯じ、舌に在りては談論す。手に在りては執捉し、足に在りては運奔す。遍く現じて俱に該ね、沙界に收攝す。一微塵に在りても、識る者は是れ仏性と知り、識らざれば精魂と喚ぶ』。王、此の言を聞きて心即ち開悟す」。師は言った、「敢えて問う、法筵の大衆よ。且く道え、西天の国王は仏性を悟り得たるや、精魂を悟り得たるや。若し八処に於いて悟り得たりと道わば、只だ精魂なり。若し八処を離れて、卻って何を喚んで仏性と作さん。斯に於いて薦め得れば、皇恩仏恩、一時に報足せん。若し薦め得ずんば、育王今日諸人の為に箇の註脚を下さん」。良久して言った、「鸑鷟麒麟、俱に是れ瑞なり。栴檀薝蔔、一般の香なり」。天童和尚再び白槌して言った、「諦らかに法王の法を観ず。法王の法は是くの如し」。師は大衆を召して言った、「天童和尚の語を記取せよ」。便ち下座した。

入院指方丈召大眾云。這裏是烹佛烹祖大鑪韝鍛生鍛死惡鉗鎚。莫怪主人無面目。法如是故非彊為。法既如是。又非彊為。且道。最初一句又作麼生。還委悉麼。釣竿斫盡重栽竹。不計功程得便休。

> 入院して方丈に至り、大衆を招いて言う。「ここは仏や祖師を煮る大炉であり、生死を鍛える恐ろしい金槌である。主人に気難しい顔がないのを咎めてはならない。法が本来このようであるからであり、無理にそうしているのではない。法がすでにこのようであるならば、また無理にすることはない。さて、最初の一句とはどのようなものか。まだ理解できているか。釣り竿を切り尽くして再び竹を植える。功績を数えず、得られれば休むのみ。」

次上堂。僧問。當頭裂破眼睛突出。四方八面東涌西沒。只如楊岐三脚驢子弄蹄行。意旨如何。師云。無意旨。進云。莫只這便是楊岐受用處也無。師云。便是楊岐受用處。進云。恁麼則坐斷玉几峯。時人皆拱手。師云。序品第一。進云。未審這一著落在甚麼處。師云。爾且道。落在甚麼處進云。師為法王於法自在。問云。朝到西天暮歸東土時如何。師云。掛起草鞵。進云。謝和尚指示。師云。爾得箇甚麼。進云。今日親見大禪師。師舉拂子云。汝在拂子前見。拂子後見。進云。前後一時收。師云。穿却爾鼻孔。換却爾眼睛。進云。和尚費力作甚麼。師便喝。乃舉。南泉和尚新入院。知事頭首請入方丈。有僧便問。師歸丈室將何指示於人。泉云。昨夜三更失却牛。天明起來失却火。師云。妙喜初住育王。亦不曾失却牛。亦不曾失却火。或有人問。師歸丈室將何指示於人。只向他道。饑餐渴飲閑坐困眠。且道。與南泉是同是別。若也道得。許爾是箇衲僧。若道不得。三十年後却來方丈裏。向爾道。便下座。

> 次に上堂した。僧が問うた。「当头に裂破し、眼睛（がんしょう）は突出し、四方八面、東に湧き西に没する。ただ楊岐の三脚の驢馬が蹄を弄（ろう）して行くようなもの。その意旨は如何に？」師は言われた。「意旨は無い。」僧が進み出て言う。「まさにこれが楊岐の受用（じゅゆう）の処でございましょうか？」師は言われた。「まさにこれが楊岐の受用の処である。」僧が進み出て言う。「このようにならば、玉几峰（ぎょくきほう）に坐し断つ。時の人はみな拱手（きょうしゅ）するでありましょう。」師は言われた。「序品第一（じょほんだいいち）。」僧が進み出て言う。「未だ審（つまび）らかにせず、この一着（いっちゃく）は何れの処に落ちるのでしょうか？」師は言われた。「お前、言ってみよ。何れの処に落ちるのか？」僧が進み出て言う。「師は法王として、法に於いて自在でございます。」問うて言う。「朝に西天（にしてん）に到り、暮れに東土（とうど）に帰る時は如何に？」師は言われた。「草鞋（そうあい）を掛けよ。」僧が進み出て言う。「和尚の御指示を頂戴し、ありがとうございます。」師は言われた。「お前は何を得たのか？」僧が進み出て言う。「今日、親しく大禅師（だいぜんじ）にお目にかかりました。」師は払子（ほっす）を挙げて言われた。「お前は払子の前で見るのか、払子の後ろで見るのか？」僧が進み出て言う。「前後を一時に収めます。」師は言われた。「お前の鼻孔（びくう）を穿（うが）ち、お前の眼睛（がんしょう）を換えるぞ。」僧が進み出て言う。「和尚、労（ろう）を費やして何をなさいますか？」師はすぐに喝（かつ）した。 そこで、南泉和尚が新しく院に入った時の話を挙げられた。知事（ちじ）や頭首（とうしゅ）が方丈（ほうじょう）に入るよう請うた。すると僧が問うた。「師が丈室（じょうしつ）に帰られたなら、何を以て人に指示されますか？」南泉は言われた。「昨夜三更（さんこう）に牛を失った。明け方に起きて火を失った。」師は言われた。「妙喜（みょうき）が初めて育王（いくおう）に住した時も、牛を失わず、火をも失わなかった。あるいは人が問うなら、『師が丈室に帰られたなら、何を以て人に指示されますか？』と。ただ彼に向かって言うのみである。『飢えたなら食べ、渇いたなら飲み、暇なら座り、眠くなれば寝る。』と。さて、南泉と同じか、別か。もしこれを言い当てられるなら、お前を衲僧（のうそう）と認めよう。もし言い当てられなければ、三十年後に方丈に来なさい。その時に、お前に言おう。」と言って、すぐに上堂を下りられた。

上堂。僧問。大梅即心是佛。馬祖非心非佛。阿那箇是。師云。兩箇俱是。兩箇俱不是。進云。金不博金。水不洗水。師云。爾作麼生會。進云。千古垂芳孰共知。清風匝地有何極。師云。又被風吹別調中。問教中道。離言說相離文字相離心緣相。畢竟平等無有變易。請和尚離言說相。師云。爾只今在甚麼處安身立命。進云。與和尚眉毛廝結。問答俱備。師云。大好離言說相。進云。側側平平題不著。忉忉怛怛語還空。師云。剎竿頭上仰蓮心。乃云。今朝臘月初一。一年此月將訖。過去現在未來。彈指一時頓入。乃舉拂子云。只有這箇不入這保社。為甚麼如此。不見道。能為萬象主。不逐四時凋。

> 上堂（説法のために高座に上る）。僧が問う。「大梅（和尚）は『心こそが仏である』と言い、馬祖（大師）は『心でもなく仏でもない』と言いました。どちらが正しいのでしょうか。」師が言う。「両方とも正しい。両方とも正しくない。」僧がさらに問う。「金で金を換えないように、水で水を洗わないようなものです。」師が言う。「お前はどう理解するのか。」僧が進み出て言う。「千古に芳名を残すが、誰が共に知るだろうか。清らかな風は大地に満ちて、どこに限りがあろうか。」師が言う。「また風に吹かれて別の調べに移ってしまった。」 僧が問う。「教えの中にこう説かれています。『言葉の相を離れ、文字の相を離れ、心の縁る相を離れる。究竟して平等で、変易（変化）がない』と。どうか和尚、言葉の相を離れてお示しください。」師が言う。「お前は今、どこに身を置き、命を繋いでいるのか。」僧が進み出て言う。「和尚の眉毛と結び合っています。問いと答えが共に備わっています。」師が言う。「実に見事な『言葉の相を離れる』だ。」僧が進み出て言う。「側側平平として、言葉で題することもできない。忉忉怛怛として、言葉もまた空に帰す。」師が言う。「竿の先に蓮の心を仰ぐ。」 師が言う。「今日は十二月一日。一年もこの月で終わろうとしている。過去も現在も未来も、指を弾く間に一瞬にすべて入ってしまう。」そして拂子（ふうす）を挙げて言う。「ただこれだけがこの保社（修行の集まり）に入らない。なぜか。聞いていないか。『万象の主となることができて、四時の変化に従って凋まない』と。」

到天童請上堂。僧問。暫借一問以為影草時如何。師云。沒這閑工夫。進云。莫便是和尚答話也無。師云是。進云。恁麼則今日得聞於未聞。師云。聞底事作麼生。進云未鳴鼓已前。聞和尚道了也。師云。道甚麼聻。進云。也知和尚。有時恁麼。有時不恁麼。師云。錯下註脚。問趙州訪一菴主云。有麼有麼。主竪起拳頭。州云。水淺不是泊船處。此意如何。師云。拳頭。進云。又訪一菴主。主亦竪起拳頭。趙州為甚麼却道。有縱有奪。師云。也只是箇拳頭。進云。既只是箇拳頭。為甚麼兩處勘辯。師云。爾但兩處看。進云。未審和尚今日與天童大眾相見。還有為人處也無。師云有。進云。恩大難酬。便禮拜師。乃云。垂萬里鉤。駐千里烏騅。布漫天網。打衝浪鯤鯨。此是天童老人尋常用底。育王今日得得入山瞻禮。客聽主裁令陞此座。到這裏說箇甚麼即得。莫是說心說性得麼。說玄說妙說理說事得麼。既總不得。不可只恁麼休去既不可休去。又不可說心說性說玄說妙說理說事。莫是世諦流布得麼。若恁麼喚作順水張帆。未是衲僧用處。雖然如是。略借主人威光。與大眾赴箇時節。且道。即今是甚麼時節。尺蠖之屈乃欲求伸。擊碎蟠桃核。得見箇中仁。箇中仁既見。此道出常情。且道出常情一句作麼生道。還委悉麼。眼光爍破四天下。主盟此道是渠儂。復云。適來蒙堂頭老人舉。僧問香林。如何是衲衣下事。林云。臘月火燒山。師云。此是香林語。堂頭今日舉育王隨摟摗也未敢相許。因甚麼未敢相許。選佛若無如是眼。假饒千載又奚為。

> 天童山に到着して上堂の説法を請われた。ある僧が問いかけた。「しばらく一問をお借りして、影草（手がかりを探る問い）といたしたいと思うが、いかがでしょうか。」師は言った。「そんな暇はない。」僧が進み出て言った。「それがすでに和尚のご返答でございましょうか。」師は言った。「その通りだ。」僧が言った。「それならば、本日は未だ聞かざることを聞くことができました。」師は言った。「聞いたというその事柄、いったいどういうことだ。」僧が言った。「太鼓を鳴らす前に、すでに和尚がおっしゃるのを聞いておりました。」師は言った。「何を言ったというのだ。」僧が言った。「和尚には、時としてそのように言われ、時としてそのようには言われないことがあると存じております。」師は言った。「註釈を間違えて付けたものだ。」 また、ある僧が問うた。「趙州が一人の庵主を訪ねて『あるか、あるか』と言ったところ、庵主は拳を突き上げた。趙州が『水が浅いのは船を泊める場所ではない』と言った。この意図はいかがでしょうか。」師は言った。「拳だ。」僧が進み出て言った。「また別の庵主を訪ねた時、その庵主もまた拳を突き上げた。趙州はなぜ『ある』とも『奪う』とも言ったのでしょうか。」師は言った。「ただの拳にすぎない。」僧が言った。「ただの拳にすぎないのなら、なぜ二つの場所で使い分けて論じたのでしょうか。」師は言った。「お前はただその二つの場所をよく見なさい。」僧が言った。「はかり知れませんが、今日和尚が天童の大衆とお会いになり、人を導くところはあるのでしょうか。」師は言った。「ある。」僧が言った。「そのご恩は大きく、報いることは難しい。」そして礼拝した。 師はそこで言われた。「万里の釣り針を垂れ、千里の烏騅（名馬）を留める。広大な網を張り、波を裂いて躍る鯤や鯨を打ち取る。これが天童の老禅匠が常日頃用いておられるやり方である。育王の私が今日わざわざ山に入り、お参りした。客が主人の采配を待って、この座に上がることを許された。ここに来て、いったい何を説けばよいのか。心を説き、性を説くことでよいのか。玄を説き、妙を説き、理を説き、事を説くことでよいのか。いずれも適わないとするなら、このまま黙って終わってしまうわけにもいくまい。黙って終わるわけにもいかず、かといって心や性、玄や妙、理や事を説くこともできない。では、世俗の言葉をもって語り広めるのがよいのか。もしそうするなら、それは順風に帆を上げるようなもので、衲僧の用いるところではない。たとえそうであっても、しばし主人の威光を借りて、大衆と共に時節に応じよう。さあ、今はどのような時節だと思うか。尺取り虫が身を縮めるのは、伸びようと欲するからだ。蟠桃の核を打ち砕いて、その中の仁（本質）を見る。中の仁を見ることができれば、この道は常情を超えている。さて、常情を超える一句、どのように言うべきか。あなたがたは理解しているか。眼光は四天下を照らし破る。この道の主盟者こそ、あの方である。」 また言われた。「先ほど堂頭の老禅匠が、僧が香林に問うた『衲衣の下の事とは何か』に対して、香林が『臘月に山を焼く』と答えた話を挙げられた。これは香林の言葉である。堂頭が今日この話を挙げられたが、育王の私はそれに追随することは、あえて認めるわけにはいかない。なぜ認めないのか。仏を選ぶのにそのような眼がなければ、たとえ千年の歳月があっても、何になるというのか。」

上堂。相逢不拈出。舉意便知有。巍巍不動尊。脚不離地走。既是不動尊。為甚麼却走。喝一喝云。依稀似曲纔堪聽。又被風吹別調中。

上堂。丹霞燒木佛。院主眉鬚落。鳥飛毛墜魚行水濁。喝一喝云。是甚麼。要識真麒麟。只有一隻角。參。

歲旦上堂。一年三百六十日。今朝又是從頭起。人人有箇主人公。水牛銜却老鼠尾。深沙歡那吒喜。佛殿走出三門去。僧堂撞入厨庫裏。敢問大眾。還有不遷義也無。自云有。作麼生是不遷義。東君行正令。華發樹南枝。

到資福請上堂。舉香城順和尚頌黃龍三關云。黃龍老和尚。有箇三關語。山僧承嗣伊。今日為君舉。為君舉。猫兒偏解捉老鼠。廣鑑英禪師因見此頌乃曰。好則好。第恐學者作無事會去。師云。誠哉是言。山僧今日也有箇頌子。黃龍此語蓋天地。從來縝密不通風。後昆隨例承其響。總道猫兒解捉蟲資福乃廣鑑法孫。

到雪竇請上堂。平常無生句。妙玄無私句。體明無盡句。一鏃破三關。他家有本據。作麼生是他家本據。莫怪從前多意氣。他家曾蹋上頭關。復舉。僧問明覺禪師。如何是諸佛本源。明覺云。千峯寒色。僧云。未審向上還有事也無。明覺云。雨滴巖華。師云。千峯寒色雨滴巖華。今日不妨應時應節。若是諸佛本源。不得動著。為甚麼不得動著。自有雪竇主人在。

到啟霞請上堂。適來蒙堂頭法叔禪師舉臨濟訪龍光因緣。客聽主裁敢不依嚴命。略與諸人下箇註脚。龍光據坐。雖然無語。其聲如雷。臨濟云。這老漢今日敗闕。堂頭法叔禪師道。那裏是他敗闕處。妙喜道。路遠夜長休把火。大家吹殺暗中行。

上堂舉。仰山一日與嬾安看雨次。安云。好雨寂闍黎。山云。好在甚麼處。安無語。山云。某甲却道得。安云。好在甚麼處。山以手指雨。安便休去。師云。一人只知看雨。一人只知指雨。子細檢點將來。大似釘樁搖艣。育王當時待他道好在什麼處。只向他道。滴穿眼睛。浸爛鼻孔。或有箇衲僧出來道。育王也是釘樁搖艣。却許他具眼。

上堂舉。五祖師翁舉。僧問趙州。如何是祖師西來意。州云。庭前柏樹子。恁麼會。便不是了也。如何是祖師西來意。庭前柏樹子。恁麼會。方始是。師云。要識五祖師翁麼。腦後見腮莫與往來。

上堂。僧問。參禪要透塵勞網。學道還期出死生。鐵壁銀山無向背。金圈栗棘不多爭。這箇是學人尋常用底。未審和尚見處作麼生。師云。春日晴黃鸎鳴。進云。今日小出大遇。師云。更聽落崖流水聲。進云。從上諸聖畢竟將何等法為何等人。師云。將何等法為何等人。進云。恁麼則喚作竹篦則觸。不喚作竹篦則背。師云。信受奉行速禮三拜。僧禮拜。師乃云。今朝二月二十。又是清明寒食。靈雲不見桃華。爭信曲中有直。遂拈拄杖卓一下云。是曲耶是直耶。擲下云。多虛不如少實。參。

上堂舉。修山主云。是柱不見柱。非柱不見柱。是非已去了。是非裏薦取。師召大眾云。是非既去了。各各照顧。且道。照顧箇甚麼。良久云。莫教撞著露柱。

上堂。僧問。有麼有麼。菴主竪起拳頭。還端的也無。師便下座。

上堂。古人道。侍者燒香已成多事。大眾問訊轉見病深。恁麼說話。大似無病著灸。揑目生華。若是育王即不然。侍者燒香不為分外。大眾問訊。理合如然。若作佛法商量。生身入地獄。下座。

浴佛上堂。未離兜率已降王宮。未出母胎度人已畢。這箇是題目摩耶夫人毘藍園裏攀無憂樹。右脇而生悉達太子。直得九龍吐水沐浴金軀。地湧金蓮以承其足。這箇是序分。以手指天地。作大師子吼。上中及四維。無能尊我者。這箇是正宗。育王今日專為流通去也。遂拈拄杖卓一下云。釋迦老子來也。舉起云。淨法界身本無出沒。大悲願力示現受生。已上四段不同。收歸上科。擲下云。下座與大眾同到殿上。再講經首嘔啊。

朱舍人請陞座。僧問。三世諸佛說了也。和尚作麼生。師云。摩竭提國親行此令。進云。要且只今事不恁麼。師云。劍去久矣。爾方刻舟。進云。也知和尚截斷天下人舌頭。師云。果然不恁麼。進云。道端白日青天。開眼落人圈䙡。便禮拜。問釋迦彌勒猶是他奴。未審他是阿誰。師云。爾是一枚村夫。進云。切忌為他安名立字。師云。村夫有甚麼名字。進云。前言何在。師云。爾道他畢竟是阿誰。進云。家無小使不成君子。師云。未免隨人脚跟轉。問如何是佛法的的大意。師云。老僧無的的大意亦無如何。進云。既是無。和尚甚處得這消息。師云。育王亦無這消息。乃云。只這消息。三世諸佛說不及。六代祖師傳不到。既說不及又傳不到。則釋迦彌勒亦是空名。釋迦彌勒既是空名。喚甚麼作奴。喚甚麼作主。喚甚麼作生。喚甚麼作死。喚甚麼作古。喚甚麼作今。既無生又無死。既無古亦無今。淨裸裸絕承當。赤灑灑沒窠窟。如是則盡十方世界無內無外。是箇淨妙佛土。是箇無上佛土。是箇無等佛土。是箇不可思議佛土。是箇不可量佛土。是箇不可說佛土。既有如是佛土。只如宮使舍人今請妙喜舉揚此段大事因緣追薦先妣太夫人俞氏。且道。在那箇佛上中。良久云。一塵一佛剎。一葉一釋迦。

上堂。結夏方得五日。露柱却知端的。勃跳撞入燈籠。普為諸人入室。還有知慚識愧者麼。良久云。白雲乍可來青嶂。明月難教下碧天。

聖節上堂。如人持尺量虛空。復有隨行計其數。虛空邊際不可得。吾君壽量亦如是。理則如是。事又作麼生。下座與大眾同到無量壽如來前。五體投地啟建天申聖節道場。謹白。

上堂舉睦州纔見僧云。現成公案放汝三十棒。僧云。某甲如是。州云。三門頭金剛為甚麼竪起拳頭。僧云。金剛尚乃如是。州便打。師云。雖然無孔笛。撞著氈拍板。直是五音調暢六律諧和。子細檢點將來。未免傍觀者哂。且道。誰是傍觀者。良久云。不得動著。動著打折爾驢腰。

上堂。今朝五月五。天降沛然雨。艾人與門神。聚頭相耳語。且道。說箇甚麼。雪竇禪師。來一口吞佛祖。

上堂舉。普化一日在臨濟僧堂前喫生菜。濟見云。大似一頭驢。化便作驢鳴。濟云。這賊。化云。賊賊。便出去。師云。一箇驢鳴兩箇賊。堪與諸方為軌則。正賊草賊不須論。大施門開無壅塞。

上堂云。已著槽廠將錯就錯。騎却聖僧不妨快樂。龍象蹴蹋非驢所作。堪笑諸方妄生穿鑿。休穿鑿。祥麟只有一隻角。

上堂。今朝七月五。打鼓普請看。萬里無片雲。猶欠一大半。且作麼生是那一半。良久云。無人過價打與一貫。

榮侍郎生日請陞座。僧問。楊岐一頭驢。為甚麼只有三隻脚。師云。爾少喫水草。進云。恁麼則覿面相呈。更無回互。師云。且莫詐明頭。進云。既是潘閬倒騎歸。為甚麼攧殺黃番綽。師云。非汝境界。進云。爭柰即今何。師云。且莫辜負老僧。進云。恩大難酬。便禮拜。師乃云。楊岐一頭驢。只有三隻脚。潘閬倒騎歸。攧殺黃番綽。妙喜三十年前底註脚。今日被這僧對人天眾前華擘一上。不同小小。直得楊岐和尚拍手呵呵大笑。山河大地萬象森羅一時起舞。當恁麼時。且道。是甚麼人證明。所以道。處處真處處真。塵塵盡是本來人。真實說時聲不現。正體堂堂沒却身。作麼生是堂堂正體。未離兜率已降王宮。未出母胎度人已畢。豈不是堂堂正體。若作堂堂正體會。則辜負釋迦老子。若不作堂堂正體會。則辜負自己。自己既辜負。將甚麼與釋迦老子相見。若向這裏撥得一線路。方知釋迦老子在兜率天。乘日輪香象降摩耶夫人胎。只是示現箇生底時節以至一手指天一手指地云。天上天下唯吾獨尊。也只是與一切人作箇示現生相底樣子。若向這裏見得。不獨為釋迦老子出氣。亦乃與生身父母出氣。不獨為生身父母出氣。亦乃與一切有情出氣。正當恁麼時。且道。承誰恩力。良久云。揮劍斫開人我易。推山塞斷是非難。

上堂舉俱胝和尚凡有所問。唯竪起一指。又自賣弄云。我在天龍處。得一指頭禪。一生受用不盡。後來琅瑘有頌云。俱胝一指報君知。朝生鷂子搏天飛。若無舉鼎拔山力。千里烏騅不易騎。師云。俱胝和尚若不得琅瑘為伊出氣。幾乎埋沒了這一指頭禪。妙喜既恁麼舉。不免隨後也有箇註脚。俱胝一指頭。喫飯飽方休。腰纏十萬貫。騎鶴上楊州。

上堂。久雨不晴。纔晴又雨。天道變化。萬物得所。劄久雨不晴。良久復召大眾云。雲門老漢。不在裏許。參。

中秋上堂。舉仰山與長沙翫月次。山以手指月云。人人盡有這箇。只是用不得。沙云。恰是請汝用。山云。作麼生用。沙近前一蹋蹋倒仰山。山起來云。直下似箇大蟲。師云。皎潔一輪寒光萬里。靈利者葉落知秋。傝𤾖者忠言逆耳。休不休已不已。小釋迦有陷虎之機。老大蟲却無牙齒。當時一蹋豈造次。驀然倒地非偶爾。眾中還有緇素得二老出者麼。良久云。設有也是掉棒打月。

上堂。趙州東院西。密室爛如泥。竇八布衫穿。赤土畫簸箕。喝一喝云。是甚麼。簷頭雨滴滴。雞向五更啼。

上堂舉盤山和尚道。似地擎山。不知山之孤峻。如石含玉。不知玉之無瑕。若能如是。是真出家。師云。育王即不然。若能如是揑目生華。

天童覺和尚遺書至。受書云。古人道。末後一句始到牢關。把斷要津不通凡聖。舉起書云。這箇是天童和尚末後把斷要津全提底消息。還委悉麼。如未委悉。却請維那分明說破。宣了遂陞座云。法幢摧法梁折。法河乾法眼滅。雖然如是。正是天童真實說。且道。說底事作麼生。知音知後更誰知。

歲旦上堂。昨朝殘臘盡。今日賀新年。虎逐牛方急。東君令已行。且作麼生是已行底令。瑞雪已鋪銀世界。大家携手普賢門。

為佛智裕和尚遷塔以手指穴云。妙喜與師兄俱是圜悟子。妙喜移住徑山。師兄遷來在此。雖與師兄同條生。不與師兄同條死。八兩與半斤。青紅對碧紫。正當恁麼時。且歸根得旨一句作麼生道。良久云。師兄解唱泥牛吼。師弟寧忘木馬嘶。豁開頂上活人眼。鄮山山下是真歸。

## 大慧普覺禪師住阿育王山廣利禪寺語錄卷第五