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title: "大慧普覺禪師語錄 · 3"
description: "大慧普觉禅师语录由宋代高僧蕴闻编集，收录了临济宗高僧大慧宗杲的禅法开示、书信、法语等。宗杲禅师是两宋之际禅宗巨匠，提倡看话禅，对后世影响深远。此语录系统阐述其禅学思想，强调疑情参究、真参实悟，批判当时流弊，是研究宋代禅宗特别是看话禅的重要典籍。该书在佛教史上地位崇高，是禅门必读经典，对中日韩禅法发展均有深远影响。"
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## 大慧普覺禪師雲居首座寮秉拂語錄卷第九

> 大慧普觉禅师云居首座寮秉拂语录 卷第九

徑山能仁禪院住持嗣法慧日禪師臣蘊聞　上進

> 徑山能仁禪院住持、嗣法慧日禪師、臣・蘊聞 謹んで奉呈す

秉拂。僧問。萬鍛爐中鐵蒺蔾。當塗佛祖不容伊。而今信手拈來用。未審如何話此機。師云。沒這閑家具。進云。只如廣敷此座。是閑不閑。師云。髑髏粉碎不知痛。進云。可謂鐵鞭指出胡人路。抝曲由來為後人。師云。鐵蒺䔧在甚麼處。進云拶。師云。笑殺衲僧。乃云。夷門昔日呈家醜。拈出無邊栗棘蓬。今日甌峯孤頂上。幸然無事又相逢。相逢即且置。其中事作麼生。若有人道得一句。便請各自歸堂。若道不得。打葛藤謾諸人去也。諸佛未出世時有。即今巴鼻一人人。頂門上輝大寶光。出世後消息全無。一箇箇脚跟下縱橫十字。有佛處不得住。無佛處急走過。拶著不來。三千里外穿却鼻孔。到這裏直饒置無邊剎境於一毛頭上。只這一毛頭。從甚麼處得來。納百億須彌盧於一粒粟中。只這一粒粟。又向甚麼處安著。如是則易。不如是則難。休於言上覓莫向意中求。如是則難。不如是則易。識取鉤頭意。莫認定盤星衲僧拄杖子。拈得便行。切忌向平地上釘樁搖艣。所以道。神光不昧萬古徽猷。入此門來莫存知解。只如一大藏教說權說實說頓說漸說有說無。乃至西天此土諸代祖師。古往今來一切知識。種種言語種種作用。且道。是知解耶。非知解耶。若定奪得出秉拂上座一場敗闕。若定奪不出。潑第二杓惡水去也喝一喝云。是甚麼。有照用無向背。只許老胡知。不許老胡會。睦州一向擔板。趙州貴買賤賣。獨有三聖瞎驢。至今遭人笑怪。須彌山突出諸人額角邊。大海水灌入諸人鼻孔裏。即且置。馬大師道。自從胡亂後。三十年不曾少鹽醬。又作麼生商量。還委悉麼。多年曆日無人問。驀地拈來愁殺人。喝一喝。復舉。巖頭參德山。纔跨門便問。是凡是聖。山便喝。頭便禮拜。後有僧舉似洞山。山云。若不是奯公。也大難承當。巖頭聞云。洞山老漢不識好惡。錯下名言。我當時一手擡一手搦。師云。猛虎不識阱阱中身死。蛟龍不怖劍。劍下身亡。巖頭雖於虎阱中有透脫一路。向劍刃上有出身之機。若子細檢點將來。猶欠悟在。只今還有為巖頭作主底麼。出來與杲上座相見。良久喝一喝拍一拍云。洎合停囚長智。

> 秉拂の儀。僧が問う。「万鍛の炉中の鉄蒺蔾、当途の仏祖もこれを容れず。今や信手に拈来して用う。未だ審らかにせず、如何にして此の機を話せんや。」師の曰く、「この閑家具は無い。」進んで曰く、「只だ広く此の座を敷くは、閑なりや閑ならざるや。」師の曰く、「髑髏砕けて痛みを知らず。」進んで曰く、「まさに鉄鞭は胡人の路を指し示し、拗曲は由来後人の為なり。」師の曰く、「鉄蒺蔾は何れの処にか在る。」進んで曰く、「拶す。」師の曰く、「笑殺す衲僧。」乃ち曰く、「夷門昔日家の醜を呈す。拈出する無辺の栗棘蓬。今日甌峯孤頂の上、幸然として事無く又相逢う。相逢は即ち且く置け。其の中の事は作麼生か。若し人が一句を道得せば、便ち請う各自堂に帰れ。若し道得せずんば、葛藤を打って諸人に漫る去る也。」 諸仏未だ出世せざる時に有り。即今の巴鼻一人々々。頂門の上に大宝光を輝かす。出世の後は消息全く無し。一箇々々脚跟の下に縦横十字。仏有る処には住す可からず。仏無き処には急ぎ走れ。拶著せば来たらず。三千里の外、却って鼻孔を穿たる。此の処に到りて直に饒す、無辺の刹境を一毛頭の上に置くと雖も。只だ此の一毛頭、従り何の処にか得来る。百億の須弥盧を一粒の粟の中に納む。只だ此の一粒の粟、又向かって何の処にか安著せん。是くの如きは則ち易し。是くの如くならざるは則ち難し。言の上に覓むるを休め、意の中に求むる莫れ。是くの如きは則ち難し。是くの如くならざるは則ち易し。鉤頭の意を識取れ。定盤星を認むる莫れ。衲僧の拄杖子、拈得すれば便ち行く。切忌、平地上に釘を打ち艣を揺がすこと。故に道う、神光不昧、万古の徽猷。此の門に入り来たれども、知解を存する莫れ。只だ一大蔵教の権を説き実を説き、頓を説き漸を説き、有を説き無を説くが如き。乃至西天此土の諸代祖師、古往今来の一切知識、種種の言語種種の作用。且く道え、是れ知解や、非ず知解や。若し定奪して得出せば、秉拂の上座一場の敗闕。若し定奪して出ださずんば、第二杓の悪水を潑つ去る也。喝一喝して曰く、「是れ何ものぞ。照有り用有り、向背無し。只だ老胡の知るを許し、老胡の会するを許さず。」睦州は一向に担板なり。趙州は貴く買いて賤しく売る。独り三聖の瞎驢のみ、至今人に笑怪せらる。須弥山、突出して諸人の額角の辺りに在り。大海水、灌入して諸人の鼻孔の裏に在り。即ち且く置け。馬大師の道う、「自ら胡乱の後、三十年曾て塩醬少なからず。」又作麼生か商量せん。還た委悉せるか。多年の暦日人問うこと無し。蓦地に拈来りて愁殺せしむ。喝一喝す。復た挙す。巌頭、徳山に参ず。纔に門を跨ぐ便ち問う、「是れ凡か是れ聖か。」山便ち喝す。頭便ち礼拝す。後に僧ありて洞山に挙似す。山の曰く、「若し奯公に非ずんば、も大いに承当し難し。」巌頭聞いて云く、「洞山老漢は好悪を識らず。錯って名言を下す。我當時一手を擡げ一手を搦ぐ。」師の曰く、「猛虎は阱を識らずして阱中に身死す。蛟龍は剣を怖れずして剣下に身亡す。巌頭は虎阱の中に於いて透脱の一路有りと雖も、剣刃の上に出身の機有り。若し子細に検点し將來せば、猶お悟に欠くること有り。只今還た巌頭の為に主と作る者有るか。出来して杲上座と相見せよ。」良久して喝一喝し、拍一拍して曰く、「洎合停囚して智を長ず。」

冬至秉拂。豁開戶牖。妙手畫難成。當軒者誰。擡眸已蹉過。不是心不是佛不是物。不是禪不是道。三世諸佛說不及。六代祖師傳不到。便恁麼去。只是箇無孔鐵鎚。直饒出得荊棘林。未免死於平地上。所以道。言無展事語不投機。承言者喪滯句者迷。可中有箇出情塵超物外。不承言不滯句。百草頭上薦得祖師。鬧市裏識得自己。直下如龍得水。似虎靠山。脚跟下正好朝打三千暮打八百。何故。我王庫內無如是刀。若是出格道流。必不作這般去就。雖然如是。盡法無民。今夜放一線道。與諸人相見。舉起拂子云。君子道長。畫一畫云。小人道消。滴水一滴凍。節令不相饒。狸奴白牯鼻繩斷。水底藏身被火燒。擊禪床一下。復舉。本仁示眾云。尋常不欲向聲前句後鼓弄人家男女。何故。且聲不是聲。色不是色。有僧問。如何是聲不是聲。仁云。喚作色得麼。僧云。如何是色不是色。仁云。喚作聲得麼。僧禮拜。仁云。且道。為爾說答爾話。若人辯得。許爾有箇入處。師云。本仁將一穿雲居子。換却天下人眼睛。却被這僧將一條斷貫索。不動干戈穿却鼻孔。後來舜老夫拈云。本仁既已入草。這僧又落深村。然則陽春雪曲。時人難和。村歌社舞。到處與人合得著。師云。舜老夫是則也是。未免隨摟摗。秉拂上座。不惜眉毛。為諸人說破。聲不是聲。色不是色。馬後驢前神出鬼沒。雪曲陽春和不齊。村歌社舞且淈𣸩。以拂子擊禪床云。這箇決定不是聲。復舉起云。這箇決定不是色。且畢竟是箇甚麼。喝一喝云。此時若不究根源。直待當來問彌勒。

> 冬至の日に、もみじを持って説法をする。戸や窓を大きく開け放つように、心を開く。どんな名手も描き尽くせないこの境地。門の前に立つ者は誰か。目を上げた途端、すでに過ぎ去っている。 心でもなく、仏でもなく、物でもない。禅でもなく、道でもない。三世の諸仏も説き尽くせず、六代の祖師も伝えられなかった。そのまま進めば、ただの穴のない鉄鎚に過ぎない。たとえ荊棘の林を抜け出せても、平らな地で死を免れないだろう。 だから言うのだ。言葉は事を明かさず、言葉は機に投ぜず。言葉に従う者は失い、句に留まる者は迷う。 この中に、煩悩の塵を離れ、物の外に超える者がいるならば、言葉に従わず、句に留まらない。百草の先端で祖師を悟り、賑わう街の中で自己を見出す。まさに龍が水を得、虎が山に倚るが如し。足元では、朝に三千、晩に八百の打擲を受けるのが正当だ。なぜか。我が王の庫には、そのような刀はないからだ。 もし非凡な修行者ならば、必ずやこのような振る舞いはしないだろう。しかし、たとえそうであっても、法を尽くせば民はない。今夜は一線の道を開いて、諸君と顔を合わせよう。 払子を挙げて言う、「君子の道は長じ」。一画を描いて言う、「小人の道は消ゆ」。 滴る水は一滴ごとに凍る。節季は容赦しない。狸奴も白牯も鼻縄が切れた。水底に身を隠しても火に焼かれる。禅床を一打する。 また挙げる。本仁が衆に示して言った、「平常、声や句の前後で人々を弄りたくはない。なぜか。声は声にあらず、色は色にあらざればなり」。僧が問う、「如何なるか声は声にあらざる」。仁が言う、「色と喚ぶことを得るか」。僧が問う、「如何なるか色は色にあらざる」。仁が言う、「声と喚ぶことを得るか」。僧が礼拝する。仁が言う、「且く道え、是れ爾の為に説くや、爾の話に答えるや。若し人此れを弁ずれば、爾に一箇の入処有りと許さん」。 師が言う、本仁は一つの雲を貫く鏃をもって、天下の人の眼を取り換えた。しかしこの僧は一本の切れた縄をもって、戦いもせずにその鼻を貫いたのだ。 後に舜老夫が拈じて言った、「本仁は既に草の中に入り、この僧もまた深い村に落ちた。されど、陽春の雪曲は、時の人には和し難い。村の歌や社の舞は、到る所で人と合い得る」。 師が言う、舜老夫の言は是ではあるが、やはり人の後に追随している。秉拂の上座は、眉毛を惜しまず、諸君のために説き明かそう。 声は声にあらず、色は色にあらず。馬の後ろ、驢の前で、神出鬼没。雪曲も陽春も和し難く、村の歌社の舞はなお濁っている。 払子で禅床を打って言う、「これが決して声ではない」。また挙げて言う、「これが決して色ではない」。且く究竟して是れ何ものか。 一喝して言う、「この時もし根源を究めずんば、直ちに当来の弥勒に問うを待て」。

韓德全朝議請秉拂。僧問。達磨西來將何傳授。師云。不可總作野狐精見解。進云。如何是麁入細。師云。香水海裏一毛孔。進云。如何是細入麁。師云。一毛孔裏香水海。進云。和尚為甚麼却顛倒。師云。從來有些子。問三脚驢子弄蹄行時如何。師云。蹋斷趙州略彴子。乃云。作麼作麼。擊開無盡藏。如是如是。抹過太虛空。恁麼不恁麼。直下便透。猶是扶籬摸壁。立地死人。更擬進步向前。如何若何。正是外道邪魔。滅胡種族。即今莫有吾家種草麼。有則出來為眾出氣。如無。更看塗灰抹土一上。妙性圓明離諸名相。本來無有世界眾生。因妄有生。因生有滅。生滅名妄。滅妄名真。喝一喝云。釋家老子當時若下得這一喝。免得漏逗。何故。既是圓明離相。畢竟妄從何起。真從何生。生從何來。滅從何去。若也見得徹去。山河大地萬象森羅四聖六凡。情與無情不消一揑。便見氷銷瓦解。到這裏也無禪也無道。也無心也無性。也無玄也無妙。露裸裸赤灑灑沒可把。便恁麼去。更買草鞵行脚三十年。也未夢見衲僧氣息在。且道。衲僧有甚麼長處。良久云。激電爍開頂門眼。隔谿猿呌一聲寒。復舉。雪峯問僧。近離甚處。僧云。覆船。峯云。生死海未渡。為甚麼覆却船。僧無語。歸舉似覆船。船云。何不道渠無生死。僧再至雪峯。峯再舉前話問僧。僧云。渠無生死。峯云。此不是汝語。僧云。是覆船恁麼道。峯云。我有二十棒。寄與覆船。二十棒老僧自喫。要且不干闍黎事。師云。作家宗師。天然猶在。雖然如是。也是作賊人心虛。是則不干這僧事。二十棒何須自喫。但更添二十棒。只打覆船便了。且道。渠過在甚麼處。老老大大不合與人代語。

> 韓德全という朝議が、法を説くための集まりを催した。ある僧が問うた。「達磨大師が西から来られたとき、何を伝えられたのですか？」 師は言われた。「みなを野狐禅の見解にしてしまうわけにはいかない。」 僧はさらに問うた。「どうすれば粗から細に入るのですか？」 師は言われた。「香水海の中の一つの毛穴だ。」 僧は問うた。「どうすれば細から粗に入るのですか？」 師は言われた。「一つの毛穴の中の香水海だ。」 僧は問うた。「和尚様はどうして逆さまに言われるのですか？」 師は言われた。「もともと少しばかりひねくれているのだ。」 僧が問うた。「三本足の驢馬が蹄を弄んで歩くときはどうですか？」 師は言われた。「趙州の小さな橋を踏み抜いてしまう。」 そこで師は言われた。「どうだ、どうだ。打ち開けば尽きることのない宝庫。その通り、その通り。虚空を突き抜ける。かようにせず、かようにするのでもなく、そのまま直下に透き徹る。それでもまだ、垣根にすがり壁を探るようなものだ。立ち尽くした死人だ。さらに一歩進もうとし、どうだこうだと考えるのは、まさに外道の邪魔であり、仏法の種族を滅ぼす者だ。今ここに、我が家の種草はいるか？ いるならば出てきて、大衆のために気を吐け。いなければ、さらに塗灰抹土のひと工夫を見せよう。 微妙な本性は円く明らかで、すべての名相を離れている。もともと世界も衆生もない。迷いによって生があり、生によって滅がある。生滅は名づけて妄とし、妄を滅することを名づけて真とする。」 一声喝して言われた。「釈迦老子は、当時もしこの一喝を下していたなら、余計な手間をかけずに済んだであろう。なぜか。すでに円明にして相を離れているのなら、結局、妄はどこから起こり、真はどこから生じるのか。生はどこから来て、滅はどこへ去るのか。もしこれを見極めることができたなら、山河大地、万象森羅、四聖六凡、有情と無情も、ひとつまみで氷が溶け瓦が砕けるように見えるだろう。ここに至っては、禅もなく道もなく、心もなく性もなく、玄もなく妙もない。裸で露出し、清々として掴むところがない。そのまま行くがよい。さらに草鞋を買って三十年行脚しても、衲僧の気息を夢にも見ることはないだろう。さて、衲僧には何の長所があるのか言ってみよ。」 しばらくして言われた。「稲妻が頂門の眼を撃ち開く。谷を隔てて猿が一声、寒々と鳴く。」 さらに、雪峯が僧に問うた故事を挙げられた。「最近、どこから来たのか。」 僧は言った。「覆船です。」 雪峯は言った。「生死の海をまだ渡っていないのに、なぜ船を覆したのか。」 僧は答えることができず、帰って覆船にこのことを話した。 覆船は言った。「『彼には生死がない』と、なぜ言わなかったのか。」 僧は再び雪峯のもとへ行った。雪峯は再び前の話を僧に問うた。 僧は言った。「彼には生死がありません。」 雪峯は言った。「これはお前の言葉ではない。」 僧は言った。「覆船がそのように言いました。」 雪峯は言った。「私は二十棒を覆船に送る。二十棒は老僧が自ら受ける。しかし、あなたには関係ないことだ。」 師は言われた。「大家の宗師として、その風骨は今もなお保たれている。しかしながら、これもまた盗人たちの心の虚しさというものだ。僧に干渉しないというのなら、二十棒をわざわざ自分が受ける必要はない。ただ二十棒を増やして、覆船を打つだけでよい。さて、彼の過ちはどこにあるのか。老い朽ちた者が、人に代わって言葉を教えるべきではなかったのだ。」

歲節秉拂。僧問。舊歲已去新歲到來。還有不涉新舊者也無。師云有。進云。那箇是不涉新舊者。師云。諸佛菩薩畜生驢馬。進云。今夜小出大遇去也。師云。我已無端入荒草。爾又跳入屎坑裏。進云。彼此不著便。師云。果然隨我來。乃云。百尺竿頭進一步。甚麼處得這。消息來。萬仞峯前露一機。墮在時人窠窟裏。莫妄想放下著。絕伎倆處便肯承當。鼻孔索頭在我手裏。所以南泉道。牽牛向谿東放。不免食他國王水草。牽牛向谿西放。亦不免食他國王水草。不如隨分納些些。總不見得。杲上座隨分納些些去也。良久云。釋迦掩室於摩竭。耕地種蒺蔾。淨名杜口於毘耶。錮鏴著生鐵。須菩提唱無說以顯道餿飯祭閑神。釋梵絕聽而雨華果有領受者。直饒向上一路千聖不傳。硬紏紏活鱍鱍。棒下無生忍。臨機不見師也。是隔鞾抓痒。總不恁麼。落在無事界中。且作麼生通得箇機關。應得箇時節去。驀拈拄杖卓一下云。還委悉麼。差之毫釐失之千里。孟春猶寒終而復始。釋迦老子是繫驢橛。一大藏教是破故紙。如我按指海印發光。汝暫舉心塵勞先起。超佛越祖之談。未語已前向諸人。脚跟下蹉過了也。畢竟如何。毘婆尸佛早留心。直至如今不得妙。又卓一下。復舉僧問鏡清。新年頭還有佛法也無。清云有。僧云。如何是新年頭佛法。清云。元正啟祚萬物咸新。僧云。謝師答話。清云。山僧今日失利。又僧問明教。新年頭還有佛法也無。教云無。僧云。年年是好年。日日是好日。為甚麼却無。教云。張公喫酒李公醉。僧云。老老大大龍頭蛇尾。教云。山僧今日失利。師云。二尊宿。一人向高高峯頂立不露頂。一人向深深海底行不濕脚。是則也是。未免有些誵訛。今夜或有人問杲上座。新年頭還有佛法也無。只向他道。今日一隊奴僕在茶堂裏。村歌社舞弄些神鬼。直得點胸尊者惡發把鉢盂峯。一擲擲過恒河沙世界之外。驚得憍陳如怕怖慞惶。倒騎露。柱跳入擔板禪和鼻孔裏。撞倒舒州天柱峯。安樂山神忍俊不禁。出來攔胸搊住云。尊者爾既稱阿羅漢。出三界二十五有塵勞。超分段生死。因甚麼有許多無明。被這一問。不勝懡㦬。却回佛殿裏。第三位打坐。依舊點胸點肋道。天上天下唯我獨尊。自云。住住。杲上座他問新年頭佛法。為甚麼一向虛空裏打筋斗。說脫空謾人。良久云。杲上座今夜失利。

> 歳の変わり目に、秉払の行事があった。ある僧が問うた。「旧歳はすでに去り、新年がやってまいりました。新旧に捉われないものはございますでしょうか。」師は言われた。「あります。」僧が問うた。「その新旧に捉われないものとは、どのようなものでございましょうか。」師は言われた。「諸仏、菩薩、畜生、驢馬である。」僧が進み出て言う。「今夜は、小さな出会いながら、大きな悟りを得た思いがいたします。」師は言われた。「私はすでに訳もなく荒れ野に入り込んだ。お前はまた肥え溜めの中に飛び込んだか。」僧が言う。「お互い、うまくいきませんな。」師は言われた。「やはりそうか。ついてこい。」そして言われた。「百尺の竿の先から、さらに一歩を踏み出すとは、いったいどこからそんな消息を得たのか。万仞の峰の前で一つの機を見せると言うが、それは時流の者たちの巣窟に落ちている。妄想するな。放下せよ。技巧を尽くしたところで、それを引き受けるならば、鼻孔の索頭は我が手にある。ゆえに南泉は言った。『牛を連れて谿の東に放てば、国王の水草を食わずにはおれない。谿の西に放っても、やはり国王の水草を食わずにはおれない。それならば、分に随いていくらか納めるのが良い』と。何も見えず、何も得られない。杲上座は、分に随いていくらか納めることにする。」しばらくして言われた。「釈迦は摩竭にて室を閉ざしたが、それは土地を耕して蒺蔾を蒔くようなもの。維摩は毘耶にて口を閉ざしたが、それは生鉄に鏞鏴を施すようなもの。須菩提は説法なきことを唱えて道を顕わしたが、それは腐った飯を閑神に祭るようなもの。釈梵は聴くことを絶って華を雨らせたが、本当に領受する者があっただろうか。たとえ向上一路、千聖も伝えざる所に到達しても、硬く締まり、活き活きとして、棒の下に無生の忍を得、機に臨んでも師を見ないとしても、それは靴の上から痒い所を掻くようなものだ。すべてそのようにしないならば、無事の世界に落ちてしまう。それでどうやって機関を透かし、時節に応ずることができるのか。」にわかに柱杖を取って、一度地面を突いて言われた。「お前たち、わかるか。差は毫釐、失いは千里。孟春はなお寒く、終わりてまた始まる。釈迦老子は驢馬をつなぐ杭。一大蔵教は破れた古紙。我が指を按ずるが如く、海印は光を発す。汝が暫く心を起こせば、塵労は先ず起きる。仏を超え祖を越えるという談も、言葉を発する前に、諸人の脚跟の下で蹉過してしまっている。結局どうすべきか。毘婆尸仏は早くから心を用いたが、今日に至るまでその妙を得ていない。」また一度地面を突かれた。さらに、僧が鏡清に問うた話を挙げられた。「新年になって、仏法はございますか。」清は言う。「あります。」僧が問う。「新年の仏法とは、どのようなものでしょうか。」清は言う。「元正に祚を啓き、万物みな新たなり。」僧が言う。「和尚の答えに感謝いたします。」清は言う。「山僧は今日、失利した。」また、僧が明教に問うた話を挙げられた。「新年になって、仏法はございますか。」教は言う。「ありません。」僧が言う。「年々は良い年であり、日日は良い日であります。それなのになぜ無いのでしょうか。」教は言う。「張公が酒を飲み、李公が醉う。」僧が言う。「ご老体でありながら、龍頭蛇尾でございます。」教は言う。「山僧は今日、失利した。」師は言われた。「二人の尊宿は、一人は高い高い峰の頂に立って、頂を見せず、一人は深い深い海底を行って、足を濡らさなかった。それで良しと言えば良しだが、いくぶんか紛らわしいところがないでもない。今夜、あるいは誰かが杲上座に、新年になって仏法はありますか、と問うならば、ただ彼にこう言おう。今日、一団の奴僕たちが茶堂にいて、村の歌や社の舞を催し、鬼神を弄んでいる。その様子に、点胸尊者は怒りを発して、鉢盂峰を掴み、一擲して恒河沙の世界の彼方に投げ飛ばした。驚いた憍陳如は恐れおののき慌てふためき、露柱に逆さまに乗って、担板の禅和子の鼻孔の中に飛び込んだ。そして舒州の天柱峰に衝突した。安楽山神は笑いを堪えきれず、出てきて胸を掴んで言った。『尊者よ、あなたは阿羅漢と称し、三界二十五有の塵労を出で、分段生死を超えたと言うのに、なぜそれほどの無明があるのか。』この問いかけに、尊者はたまらず恥じ入り、仏殿の第三の席に戻って座禅し、相変わらず胸を叩き脇を指して、『天上天下、唯我独尊』と言った。そして自分に言った。『待て待て。杲上座よ。彼は新年の仏法を問うたのに、なぜ一貫して虚空の中で宙返りをし、虚言を弄して人を騙すのか。』しばらくして言われた。「杲上座は今夜、失利した。」

熊伯莊請秉拂。諸法寂滅相。不可以言宣。釋迦老子在摩竭提國。三七日內啟口無由。達磨大師對梁武帝。盡力提持。只道得箇不識。若也一向坐却去。盡大地更無一人發真歸源。先聖幸有第二義門。何妨於中通一線路。所以道。真如淨境界。一泯未嘗存。能隨染淨緣。遂成十法界。乃舉起拂子云。這箇拂子。與過去諸佛未來諸佛現在諸佛。同一悲智。同一行願。同一慈力。同一眼觀。同一耳聽。同一鼻嗅。同一舌嘗。同一身觸。同一意思。隨宜說法。為諸大菩薩說六波羅蜜。令其各證無生法忍。為聲聞緣覺說十二緣生四諦真理。令其各得八解六通證寂滅樂。為諸天眾說一切諸行皆悉無常。一切樂具悉皆衰謝。令其各得出離三界。為諸人眾說不昧因果法。令其各各修十善道永淨三業。為阿脩羅眾說無我法。令其捨離憍慢放逸安住忍地。為諸地獄極苦眾生說罪性不在內外中間。令其一念頓超十地。為諸餓鬼傍生說永斷根本無明法。令其捨離饑渴熱惱生人天中。拂子如是隨宜說如是法。一大藏教也不增一字。也不減一字。諸人還信得及麼。若信不及。却聽拂子重說偈言。遂擊禪床一下云。是聖是凡俱解脫。巍巍三界獨稱尊。復舉。僧問睦州。經頭以字不成八字不是。未審是甚麼字。州彈指一下云。會麼。僧云。不會。州云。上來講讚無限勝因。蝦蟇勃跳上天。蚯蚓驀過東海。師云。這僧只問經頭一字。睦州盡將善知眾藝差別字輪。以龍龕手鑑唐韻玉篇。從頭註解。撒在這僧懷裏。這僧也不妨奇特。直下便肯承當。且道。甚麼處是他承當處。聽取箇註脚。以字不成八字。不是彈指。未終普天匝地擊開四十二般若波羅蜜門。參透華嚴會中善知眾藝。教內教外一時收。世出世間皆周備。無邊罪咎如火銷氷。無量勝義如恒沙聚。更有箇末後句。堅牢庫藏永收藏。總屬山前熊伯莊。

> 熊伯莊が払子を請じて説法する。すべての諸法は寂滅の相であり、言葉では宣べ伝えることができない。釈迦牟尼仏は摩竭提国において、三七日の間、口を開くこともできなかった。達磨大師は梁の武帝に対して、全力を尽くして教えを説こうとしたが、「不識」という言葉だけを伝えたに過ぎない。もしも一向に沈黙を守ってばかりいるならば、この大地の上で、真実に帰り本源に発する者など一人もいなくなるであろう。先聖たちは幸いにも第二義門を開いてくれた。その中に一筋の道を通すことを、どうしてためらうことがあろうか。だからこう言うのだ。「真如の浄らかな境界は、一つの塵も未だかつて留まることがない。染めと浄めの縁に随って、このゆえに十法界を成す。」そして払子を挙げて言った。「この払子は、過去の諸仏、未来の諸仏、現在の諸仏と、同じ悲智、同じ行願、同じ慈力、同じ眼の観察、同じ耳の聴取、同じ鼻の嗅覚、同じ舌の味覚、同じ身の触覚、同じ意の思惟を共有し、機に応じて法を説く。諸々の大菩薩のために六波羅蜜を説いて、それぞれに無生法忍を証得させ、声聞・縁覚のために十二因縁と四諦の真理を説いて、それぞれに八解脱と六通を得て寂滅の楽を証得させ、諸々の天人のために、すべての行はすべて無常であり、すべての楽の器具もすべて衰え滅することを説いて、それぞれに三界を出離させ、人々のために因果を曖昧にしない法を説いて、それぞれに十善道を修めて三業を清浄にさせ、阿修羅のために無我の法を説いて、驕慢と放逸を捨てて忍地に安住させ、地獄の極苦の衆生のために、罪の本性は内外中間にないことを説いて、一つの念によって瞬時に十地を超越させ、餓鬼・畜生のために、根本の無明を永遠に断つ法を説いて、飢え渇き熱悩を捨てて人天の中に生まれさせしめる。」払子はこのように機に応じてこのような法を説くが、一大蔵経の文字を一字も増やさず、一字も減らさない。諸君はまだ信じることができるだろうか。もし信じることができなければ、払子が重ねて偈を説くのを聴け。そこで禅床を一度打って言った。「聖も凡も、ともに解脱す。巍巍たる三界、ただ独り尊と称す。」さらに次の公案を挙げた。僧が睦州に問うた。「経の写本の頭の字は、『以』の字にならず、『八』の字でもない。どのような字なのでしょうか。」睦州は指を弾いて、「わかるか？」と言った。僧が「わかりません」と言うと、睦州は「これまでに説いてきた讃嘆の無量の勝因、蛙が跳ねて天に登り、蚯蚓が躍って東海を越える」と言った。この僧はただ経の頭の一字を問うただけであったが、睦州は善知衆芸の差別字輪のすべてを、龍龕手鑑・唐韻・玉篇などの辞書を引き合いに出して、頭から註解し、この僧の懐に投げ込んだのである。この僧もまた不思議な者で、すぐにそのまま承当した。さて、どこが彼の承当したところであろうか。その註釈を聞け。「以の字にならず、八の字でもない。指を弾く声も終わらないうちに、普天匝地、四十二の般若波羅蜜門が撃ち開かれ、華厳会の中の善知衆芸を参透する。教内も教外も一時に収め、世間も出世間もすべて周備している。無辺の罪咎は火が氷を溶かすように消え、無量の勝義は恒河の沙を集めたように積み重なる。さらに一つの末後の句がある。堅牢な庫蔵に永遠に収めよう。みなこれ山前の熊伯莊に属する。」

秉拂。欲識佛性義。當觀時節因緣。時節若至。其理自彰。且道。即今是甚麼時節。莫是坐底坐立底立麼。莫是春雨如膏春雲如鶴麼莫是香煙匌匝燈燭熒煌麼。莫是僧俗交參同會一處麼。若恁麼。只見一邊。須知微塵諸佛出世降王宮坐道場轉法輪降魔軍度眾生入涅槃。總不出這箇時節。諸人若信得及。無邊剎境。自他不隔於毫端。十世古今。始終不離於當念。若信不及。說老婆禪去也。佛不遠人。即心而證。獼猴弄黐膠。法無所著。觸境皆如。枯樁繫癩馬。不是心不是佛不是物。渾家送上渡頭船。恁麼也不得。不恁麼也不得。恁麼不恁麼總不得。吐出野狐涎。再服平胃散。可中有箇漢。向未屙已前。驀跳得出。高高處觀之不足。低低處平之有餘。可以高超三界獨步大方。可以截生死流據佛祖位。便恁麼去。止宿草菴且居門外。何故。不見古人道。善言言者言所不能言。善迹迹者迹所不能迹。迹所不能迹無迹。言所不能言無言。既無言又無迹。雲門手中扇子。勃跳上三十三天。築著帝釋鼻孔。東海鯉魚打一棒。雨似盆傾。畢竟是何宗旨。喝一喝云。山斷疑休去。峯高又起來。復舉。龍牙頌云。一切名山到因脚。辛苦年深與󰣿著。而今年老不能行。手裏把箇破木杓。白雲端和尚云。龍牙老人可謂熟處難忘。師云。端和尚恁麼道。大似以己方人。杲上座即不然。家貧難辦素食。事忙不及草書。

結夏秉拂。聲前逈逈一路子。黃面瞿曇不知一句。明明百草頭。碧眼胡兒罔措。鬧浩浩處靜悄悄。靜悄悄處鬧浩浩。直下如王寶劍。誰敢當頭擬犯。鋒鋩橫屍萬里。更說甚麼。似地擎山。不知山之孤峻。如石含玉。不知玉之無瑕。更說甚麼香象渡河徹底截流而過。更說甚麼全明全暗雙放雙收。須知恁麼來者寸絲不掛。恁麼去者堆山積嶽。將錯就錯。以大圓覺為我伽藍。身心安居平等性智。九十日內和泥脫墼。到這裏若有轉身一路。則不守自家活計。豈遵先聖軌儀。所以道。全鋒敵聖罕遇知音。同死同生萬中無一。且道。同死同生底。是甚面目。驀拈拄杖云。趙州和尚來也。金佛不度鑪。木佛不度火。泥佛不度水。卓一下云。百雜碎。沒縫罅。明眼衲僧盲聾瘖啞。金剛水際藏身。非非想天走馬。一即一切。一切即一。盡大地是箇解脫門。是人知有。且道。石室行者蹋碓。因甚麼忘却移脚。良久喝一喝。復舉。三聖道。我逢人即出。出則不為人。興化道。我逢人即不出。出則便為人。真淨和尚云。這兩箇老古錐。竊得臨濟些子活計。各自分疆列界。氣衝宇宙。使明眼人只得好笑。師云。真淨老人大似欺誣亡沒。杲上座即不然。豁開三要三玄路。坐斷須彌第一峯。且道。在三聖分上耶。在興化分上耶。具眼者辯取。

秉拂僧問。古鏡未磨時如何。師云。火不待日而熱。進云。磨後如何。師云。風不待月而涼。進云。磨與未磨時如何。師云交。問不與萬法為侶者是甚麼人。待汝一口吸盡西江水即向汝道。意作麼生。師云。釘釘膠黏。乃云。諸祖要妙。非競辯而求。激揚鏗鏘以摧異見。所以德山入門便棒。石火迸青天。臨濟入門便喝。旱雷轟宇宙。不是目前法。亦非向上機。恁麼不恁麼。便跳得出。正在葛藤窠裏。合作麼生評議。合作麼生話會。不可說大機大用大解脫。淨裸裸赤灑灑沒可把了便休。還得也無。不見風穴和尚道。設使言前薦得。猶是滯殼迷封。縱饒句下精通。未免觸塗狂見。若是本色衲僧。當下領略。便能向聲色頭上座。聲色頭上臥。文殊自文殊。解脫自解脫。泥我甚麼盌。良久云。驚群須是英靈漢。敵聖還他師子兒。選佛若無如是眼。假饒千載又奚為。以拂子擊禪床一下。復舉。百丈再參馬祖侍立次。祖竪起拂子。丈云。即此用離此用。祖掛拂子於舊處。良久云。爾他後開兩片皮。將何為人。丈取拂子竪起。祖云。即此用離此用。丈亦掛拂子於舊處。祖便喝。後黃檗到百丈。一日辭欲禮拜馬祖去。丈云。馬祖已遷化也。檗云。未審馬祖有何言句。丈遂舉再參因緣云。我當時被馬祖一喝。直得三日耳聾。黃檗聞舉不覺吐舌。百丈云。子已後莫承嗣馬祖否。檗云不然。今日因師舉。得見馬祖大機之用。且不識馬祖。若嗣馬祖。已後喪我兒孫。師云。百丈被喝。直得三日耳聾。黃檗聞舉不覺吐舌。百丈疑其承嗣馬祖。後因臨濟三度問佛法大意。三度打六十棒。便與三日耳聾出氣臨濟始覺。如蒿枝拂相似。敢問大眾。既是師承有據。因甚麼用處不同。會麼。曹谿波浪如相似。無限平人被陸沈。

施主看藏經請秉拂。佛真法身猶若虛空。應物現形如水中月。拈起拄杖云。釋迦老子來也。在杲上座拄杖頭上。現妙色身。普告大眾云。毘盧藏中有大經卷。量等三千大千世界。書寫三千大千世界中事。悉盡無餘。我以清淨天眼。觀彼大經卷在一微塵內。今夜對人天眾前。設大方便。破彼一塵。出此經卷。饒益有情去也。卓一下召大眾云。一塵已破。大經卷已出。有頓有漸。有權有實。有半有滿。有中有邊。有理有事。有果有因。百千法門無量妙義。世出世間一切諸法。盡在裏許。諸人還信得及麼。若信得及。出三界越苦海。盡未來際悉得受用。若信不及。釋迦老子却入拄杖裏去也。乃舉起云。若喚作釋迦老子。又是拄杖。若喚作拄杖。又是釋迦老子。釋迦老子穿過拄杖。拄杖穿過釋迦老子。正當恁麼時。是頓耶是漸耶。是權耶是實耶。是半耶是滿耶。是中耶是邊耶。是理耶是事耶。是因耶是果耶。是釋迦老子耶。是拄杖耶。喝一喝云。頓也不可得。漸也不可得。權也不可得。實也不可得。半也不可得。滿也不可得。中也不可得。邊也不可得。理也不可得。事也不可得。因也不可得。果也不可得。釋迦老子也不可得。拄杖也不可得。一塵亦不可得。大經卷亦不可得。現今說法者亦不可得。聽法者亦不可得。只這不可得。亦不可得。遂以拄杖畫一畫云。畫斷葛藤。復舉起云。正當恁麼時。作麼生是各各當人鼻孔。良久云。千聖不知何處去。倚天長劍逼人寒。復卓一下。復舉。昔有一婆子。施財請趙州和尚轉大藏經。趙州下禪床遶一匝云。轉藏已畢。人回舉似婆子。婆云。比來請轉一藏。如何和尚只轉半藏。師云。眾中商量道。如何是那半藏。或云。再遶一匝。或彈指一下。或咳嗽一聲。或喝一喝。或拍一拍。恁麼見解。只是不識羞。若是那半藏。莫道趙州更遶一匝。直饒百千萬億匝。於婆子分上只得半藏。設使更遶須彌山百千萬億匝。於婆子分上亦只得半藏。假饒天下老和尚亦如是遶百千萬億匝。於婆子分上也只得半藏。設使山河大地森羅萬象。若草若木。各具廣長舌相。異口同音。從今日轉到盡未來際。於婆子分上亦只得半藏。諸人要識婆子麼。良久云。鴛鴦綉出從君看。不把金針度與人。

為高菴悟和尚掛真。拈真㡧示眾云。蓮華峯頂真實說。三塔歸來重泄機。兩處路頭俱剔脫。剎塵無不盡光輝。光輝則是人知有。且道。高菴老人本來面目何在。還委悉麼。生佛未具世界未形。直是眉目分明。十分顯露。有人向這裏識得。便與此老把手共行。不向㡧子上搏量名貌。其或未然。雲門不免隨例顛倒去也。遂展開云。還見麼。這箇若是則有兩箇這箇若非當面蹉過。不蹉過沒兩箇。祖堂無位次安排。癡兀軒中且閑坐。

雲居首座寮秉拂終