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title: "法苑珠林 · 3 業因部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 業因部第三

> 業因部 第三

問曰。六趣之報造何業生。答曰。依智度論說。六趣之業不過善惡。各有三品。上者生天。中者生人。下者生四惡趣。若依此義。但善上品即得生天。不分散定別耶。若依業報差別經中。具說十善得生天趣具分定散三界差別。經云。復有十善能令眾生得欲界天報。具修增上十善得生欲界天報。此則欲界散善業也。復有十業能令眾生得色界天報。為修有漏十善與定相應。此則色界定善業也。復有四業能令眾生得無色界天報。一者謂過一切色想滅一切有對想入空處定。二者過一切空處定入識處定。三者過一切識處定入無所有處定。四者過一切無所有處定入非想非非想處定。以是四業得無色界報。若爾此界何故不言十善業者。應言此界是無色報雜色而修遠離身口。是故據地但言四業不就十善也。然上來所說皆是如來分別業報因果相當不差異也。若依善戒經說。僧持二百五十戒。尼持三百七十八戒。亦是生天之業。故四分律偈云。

> 問う。六道の報いは、どのような業によって生じるのでしょうか。 答える。『大智度論』によれば、六道の業は善悪を超えるものではなく、それぞれに三つの段階がある。上等のものは天界に生まれ、中等のものは人間界に生まれ、下等のものは四悪趣に生まれる。この意味に従えば、善の上等だけで天界に生まれることになり、散善と定善の区別はないのだろうか。 『業報差別経』には、十善が天界に生まれる報いをもたらすこと、そして定・散・三界の区別が詳しく説かれている。経典にはこうある。「また、十善があって、衆生に欲界天の報いを得させることができる。増上十善を完全に修めれば、欲界天の報いを得る。これが欲界における散善の業である。また、十の業があって、衆生に色界天の報いを得させることができる。それは有漏の十善を修め、これを定と対応させるからである。これが色界における定善の業である。さらに四つの業があって、衆生に無色界天の報いを得させることができる。第一に、すべての色想を超え、すべての対想を滅し、空処定に入ること。第二に、すべての空処定を超え、識処定に入ること。第三に、すべての識処定を超え、無所有処定に入ること。第四に、すべての無所有処定を超え、非想非非想処定に入ること。これら四つの業によって無色界の報いを得る。」 では、この無色界ではなぜ十善の業と言わないのか。これについては、無色界の報いは色を離れて身と口の行いを遠ざけて修めるものであるから、場所に基づいて四つの業だけを説き、十善にはよらないのである。 以上述べたことは、すべて如来が業と報いの因果が互いに対応し、違いがないことを分別して説かれたものである。 『善戒経』によれば、僧は二百五十戒、尼は三百七十八戒を守ることも、天界に生まれる業である。よって『四分律』の偈にはこうある。

明人能護戒 能得三種樂名譽及利養 死得生天上

> 智慧ある人は戒律を守り、三種の楽しみを得られます。 名声と利益、そして死後には天上に生まれます。

此據欲界天說。又如正法念經說。或因持戒不殺不盜不婬。由斯三善亦得生天。此亦生欲界天。因別時之說。然非局此三即得生天也。又如溫室經說。洒僧淨業亦得生天及上界報。此亦別時之意。非將洒僧散善得生上界。但是欲界天報。又如涅槃經說。慈母於恒河救兒。兒母俱死得生梵天。此是散心之慈。不以餘定善助。豈得生天。此但據遠因。非局散慈則得上生。亦如一聞涅槃不墮四趣。義亦如是。故正法念經云。若身不殺盜婬口不妄語不綺語不兩舌不惡口。持此七戒得生四天王天。若能持七種戒得生化生天。此有上中下。若持不殺戒得生四天王處。若持不殺不盜得生三十三天。若持不殺不盜不邪婬得生夜摩天。若持不殺不盜不邪婬不妄語兩舌惡口綺語得生兜率陀天。受世間戒信奉佛戒。不殺不盜不邪婬不妄語兩舌惡口綺語。得生化樂天他化自在天。又長阿含經云。先於佛所淨修梵行。於此命終生忉利天。使彼諸天增益五福。一者天壽。二者天色。三者天名稱。四者天樂。五者天威德。又雜阿含經云。爾時世尊告比丘。過去世時。拘薩羅國有彈琴人。名曰鹿牛。於拘薩羅國人間游行止息野中。有六廣大天宮天女。來至拘薩羅國鹿牛彈琴人所。語鹿牛彈琴人言。阿舅阿舅。為我彈琴我當歌舞。鹿牛彈琴者言。如是姊妹我當為汝彈琴。汝當語我是何人何由生此。天女答言。阿舅且彈琴。我當歌舞於頌歌中自說所以生此因緣。彼人即便彈琴。彼六天女即便歌舞。

> この話は欲界の天について述べたものです。また『正法念経』によれば、戒律を守り殺生・盗み・邪淫をしないという三つの善行によっても天に生まれることができます。これも欲界の天に生まれる例であり、別の時期の教えによるものです。しかし、これら三つの戒律だけに限って天に生まれるということではありません。 また『温室経』によれば、僧侶に沐浴の施しをし、清らかな行いを積むことでも天や上界の果報を得ることができるとされます。これも別の機会における教えであり、単に沐浴の施しという散善だけで上界に生まれるのではなく、欲界の天の果報を得るのです。 また『涅槃経』では、慈愛に満ちた母親がガンジス川で子を救おうとして、子ともども亡くなり梵天に生まれたという話があります。これは散乱した心による慈悲であり、他の禅定の善行に支えられたものではありません。それでも天に生まれたのは、遠い縁によるものと考えるべきで、散乱した慈悲だけで必ず上生できるというわけではありません。 『涅槃経』の教えを一度聞けば四つの悪趣に堕ちないという道理も、これと同じです。 そこで『正法念経』にはこうあります。 「もし身で殺生・盗み・邪淫をせず、口で妄語・綺語・両舌・悪口を言わなければ、この七つの戒を守ることで四天王天に生まれることができる。さらに七つの戒を完全に守ることで化生の天に生まれることができる。これには上・中・下の段階がある。 殺生をしない戒を守れば四天王天に生まれる。 殺生と盗みをしない戒を守れば三十三天に生まれる。 殺生・盗み・邪淫をしない戒を守れば夜摩天に生まれる。 殺生・盗み・邪淫・妄語・両舌・悪口・綺語をしない戒を守れば兜率陀天に生まれる。 世間の戒を受け、仏の戒を信じ、殺生・盗み・邪淫・妄語・両舌・悪口・綺語をしない戒を守れば、化楽天や他化自在天に生まれることができる。」 また『長阿含経』にはこうあります。 「先に仏のもとで清らかな修行を積み、この世で命を終えた後に忉利天に生まれる。そして天の衆生に五つの福徳を増す。すなわち、一に天の寿命、二に天の姿色、三に天の名声、四に天の楽しみ、五に天の威光である。」 また『雑阿含経』にはこうあります。 「その時、世尊が比丘たちに告げられた。 『昔、コーサラ国に鹿牛という琴の名手がいた。彼がコーサラ国を巡り歩き、野原で休息していた時、六つの広大な天宮に住む天女たちが彼のもとに来て言った。 「おじさま、おじさま。私たちのために琴を弾いてください。私たちは歌い踊りましょう。」 鹿牛が答えた。 「わかりました。あなた方のために琴を弾きましょう。その代わり、あなた方は何者で、どのような因縁でここに生まれたのか教えてください。」 天女たちは言った。 「おじさま、まず琴を弾いてください。私たちが歌い踊る中で、自らがどのような因縁で生まれたかを語りましょう。」 そこで鹿牛が琴を弾くと、六人の天女たちは歌い踊った。』」

第一天女說偈歌言。

> 最初の天女が、この詩を歌いました。

若男子女人 勝妙衣惠施施衣因緣故 所生得殊勝施所愛念物 生天隨所欲見我居宮殿 乘虛而游行天身如金聚 天女百中勝觀察斯福德 迴向中之最

> もし男や女が　素晴らしい衣服を施し与えるならば 衣服を施したという因縁によって　生まれながらにして殊勝な果報を得る 愛しく大切に思うものを施せば　天に生まれて思いのままに生きられる 私が宮殿に住み　虚空を乗って遊行するのを見よ 天の身体は金の塊のように輝き　天女たちは百人の中でも抜きん出ている このような功徳を観察し　これを回向することが最も優れている

第二天女復說偈言。

> 次の日、天女はまた偈を唱えた。

若男子女人 勝妙香惠施愛念可意施 生天隨所欲見我處宮殿 乘虛而游行天身若金聚 天女百中勝觀察斯福德 迴向中之最

> もし男性や女性が、 すばらしい香りを布施し、 愛情と喜びをもって施せば、 天に生まれて望みのままに生きる。 私が宮殿にいるのを見よ。 虚空に乗って遊行する。 天人のからだは黄金の塊のようで、 天女たちは百人の中でもすぐれている。 この功徳をよく観察し、 あらゆる善行のなかで最も優れたものに 回向するのである。

第三天女復說偈言。

> 第三の天女が再び偈を唱えました。

若男子女人 以食而惠施可意愛念施 生天隨所欲見我居宮殿 乘虛而游行天身如金聚 天女百中勝觀察斯福德 迴向中之最

> もしある男性や女性が、心を込めて食べ物を施し、 快く喜んで与えるならば、天界に生まれ、思うままに楽しめる。 私が住む宮殿を見なさい。虚空を乗り、遊び歩く。 天人の身体は黄金の塊のようで、天女たちは百人のうちでも際立つ。 このような功徳をよく観察すれば、これこそが回向の中でも最も優れたものである。

第四天女復說偈言。

> 第四の天女が、さらに詩句（偈）を唱えて言った。

憶念餘生時 曾為人婢使不盜不貪嗜 勤修不懈怠量腹自節身 分餐救貧人今見居宮殿 乘虛而遊行天身如金聚 天女百中勝觀察斯福德 供養中為最

> 前世を思い起こせば かつて私は人の召使いだった 盗まず、欲を起こさず、怠ることなく 努め励んで修行した 腹を量り身を慎み 自らの食事を分けて貧しい人を救った 今ここに宮殿に住み 虚空に乗って遊行する 天の身は黄金の塊のよう 天女たちは百人の中でも際立つ この功徳をよく観ずれば 供養の中でも最も勝れたものである

第五天女復說偈言。

> 第五の天女もまた、偈を唱えて言った。

憶念餘生時 為人作子婦嫜嫗性狂暴 常加麁惱言執節脩婦禮 卑遜而奉順今見處宮殿 乘虛而遊行天身如金聚 天女百中勝觀察斯福德 供養中為最

> 前世を思い返せば 人の妻となり、 姑舅は気性荒く、 常に辛く当たられた。 節を守り妻の道を全うし 謙虚に従い仕えていた。 今は宮殿に住み 虚空を遊行する。 天身は黄金の塊の如く 天女たちの中でも百由旬勝れている。 この功徳を観察すれば 供養の中でも最も勝れていると知れる。

第六天女復說偈言。

> 第六の天女もまた、次のように偈（うた）を詠みました。

昔曾見行路 比丘比丘尼從其聞正法 一宿受齋戒今見處天宮 乘虛而游行天身如金聚 天女百中勝觀察斯福德 迴向中之最

> 昔、歩く旅の僧や尼僧を見かけ、 その人たちから正しい教えを聞き、 たった一夜、斎戒を受けたことがありました。 今、その人が天の宮殿にいて、虚空を遊行しているのを見ます。 その天人の体は黄金の塊のようで、百人の天女も及ばないほどです。 このような功徳をよく観察すると、回向こそが最も尊いものだとわかります。

爾時拘薩羅國鹿牛彈琴人而說偈言。

> その時、コーサラ国の鹿牛弾琴の者が、次のような偈（うた）を唱えました。

我今善來此 拘薩羅林中得見此天女 具足妙天身既見又聞說 當增修善業緣今修功德 亦得生天上

> 私は今、よくこのコーサラの林に来た。 この天女を見ることができた。見事な天の身を備えている。 見て、また話を聞いて、善い行いをさらに積むだろう。 今、功徳を修めた縁によって、私も天に生まれることができる。

說是語已此諸天女即沒不見。

> この言葉が終わると、これらの天女たちはたちまち姿を消して見えなくなった。