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title: "法苑珠林 · 2 星宿部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 星宿部第二

> 星宿部 第二

如大集經云。爾時娑伽羅龍王。白殊致羅婆菩薩言。大士。是星宿者本誰所說。誰作大星小星。誰作日月。何日之中何星在先於虛空中復誰安置。三十日十二月年云何為時。繫屬何處。姓何字誰。何善何惡何食施。若為是晝是夜。日月星宿復若為行等。汝於諸聖中第一最尊。願愍我龍具足解說。我等聞已脫苦奉行。爾時殊致羅婆菩薩告諸龍言。過去世時此賢劫初有一天子。名曰大三摩多。端正少雙才智聰明。以正行化常樂寂靜。不樂愛染常樂潔身。王有夫人多貪色慾。王既不幸無處遂心。曾於一時見驢群命根相出現。慾心發動脫衣就之。驢見即交。遂成胎藏。月滿生子。頭耳口眼悉皆似驢。唯身類人。而復麁澁駮毛被體。與畜無殊。夫人見之心驚怖畏。即便委棄投於廁中。以福力故處空不墜。時有羅剎婦。名曰驢神。見兒不污念言福子。遂於空中接取洗持。將往雪山乳哺畜養。猶如己子等無有異。及至長成教服仙藥。與天童子日夜共游。復有大天亦來愛護。此兒飯食甘菓藥草。身體轉異。福德莊嚴大光照曜。如是天眾同共稱美。號為佉盧虱吒漢言驢脣大仙聖人以是因緣。彼雪山中并及餘處悉皆化生種種好華好菓好藥好香種種清流種種好鳥。在所行住普皆豐盈。以此藥菓滋益因緣。其餘形容麁相悉轉。身體端正。唯脣似驢。是故名為驢脣。仙人。是驢脣仙人學於聖法。經六萬年翹於一脚。日夜不下無有倦心。天見大仙如是苦。時諸梵眾及帝釋天。并餘上方欲色界等。和合悉來禮拜供養。乃至龍眾脩羅夜叉一切雲集。所有仙聖修梵行人。皆來到此驢聖人邊。都設供養已合掌問言。大仙聖人欲求何等。唯願為我諸天說之。若我能即當相與。終不悋惜。爾時驢脣聞是語已。內心慶幸。答諸天言。必能稱我情所求者。今當略說。我念宿命過去劫時。見虛空中有諸列宿日月五星。晝夜運行守常度。為於天下而作照明。我欲了知分別。識解暗瞑故不憚劬勞。此賢劫初無如是事。汝等一切諸天龍神。憐我故來。願說星辰日月法用。猶如過去置立安施造作便宜善惡好醜。如我所願具足說之。一切天言。大德仙人。此事甚深非我境界。若為憐愍一切眾生。如過去時願速自說。爾時佉盧瑟吒仙告一切天言。初置星宿昴為先首。眾星輪轉運行虛空。告諸天眾說昂為先首。其事是不。爾時日天而作是言此昴宿者。常行虛空。歷四天下恒作善事饒益我等。知彼宿屬於火天。是時眾中有一聖人名大威德。復作是言。彼昴宿者我妹之子。其星有六形如似剃刀。一日一夜歷四天下。行三十時。屬於火天。姓鞞耶尼。屬彼宿者祭之用酪。

> 『大集経』にこう説かれている。 その時、娯伽羅龍王が殊致羅婆菩薩に申し上げた。「大士よ、この星宿は元々誰が説いたものなのでしょうか。大星・小星を作ったのは誰ですか。日月を作ったのは誰ですか。どの日にどの星が先に虚空に現れ、誰がそれを配置したのですか。三十日、十二月、年という時の区切りはどのように定められ、何に属し、どのような姓で、どのような名を持つのですか。何が善で何が悪か、どんな供え物が良いのですか。また、昼と夜はどのようにして成り立ち、日月星宿はどのように運行するのですか。あなたは聖者の中でも最も尊い方です。どうか、龍である私たちを哀れみ、詳しくお教えください。私たちはそれを聞いて苦しみから脱し、教えの通りに実践しましょう。」 その時、殊致羅婆菩薩は龍たちに告げた。「過去世、この賢劫の初めに、大三摩多という名の天子がいた。その姿は端正で比類なく、才智は聡明で、正しい道をもって人々を導き、常に寂静を楽しみ、愛欲に染まらず、常に身を清らかに保つことを好んだ。王には夫人がいたが、色欲が強かった。王が夫人を顧みなかったため、夫人は思い通りにならず、心を満たす場所がなかった。ある時、彼女は驢馬の群れの中で、陰部が現れているのを見た。欲情が起こり、衣を脱いで驢馬に近づいた。驢馬はそれに応じて交わり、その結果、胎が宿った。月が満ちて子が生まれると、頭・耳・口・目のすべてが驢馬に似ており、体だけが人間に似ていた。さらに皮膚は粗く、斑模様の毛が全身を覆い、畜生と変わるところがなかった。夫人はそれを見て恐怖し、驚いてその子を便所に捨ててしまった。しかし、その子は福徳の力によって虚空に留まり、落ちなかった。その時、羅刹の女で驢神という名の者がいた。その子が汚れていないのを見て、『福徳のある子だ』と思い、虚空から受け取って洗い清め、雪山に連れて行って乳を与えて育てた。自分の子のように等しく異なることはなかった。成長するにつれて、仙薬を服用するよう教えられ、天の童子たちと日夜共に遊び、大いなる天もまた愛し守護した。この子は甘い果物や薬草を食べ、身体は次第に変化し、福徳に飾られて大いなる光明が輝き渡った。このように天の衆たちは皆で称賛し、佉盧瑟吒（漢の言葉では驢脣）大仙聖人と名付けた。この因縁により、雪山の中やその他の場所には、様々な美しい花、美しい果物、美しい薬草、良い香り、様々な清らかな流れ、様々な美しい鳥が悉く自然に生じ、行く先々で豊かに満ち溢れた。この薬や果物の滋養の因縁によって、その他の荒々しい姿形は全て変わり、身体は端正になった。ただ唇だけが驢馬のままであった。それゆえに驢脣仙人と呼ばれた。この驢脣仙人は聖なる法を学び、六万年の間、片足を上げて立ち、日夜降りることなく倦む心がなかった。天はこの大仙のこのような苦行を見て、その時、梵衆や帝釈天、その他上方の欲界・色界などの者たちが集まり、共に来て礼拝し供養した。龍の衆、阿修羅、夜叉も皆、雲のように集まった。全ての仙聖や梵行を修行する人々が、この驢聖人のもとに来て、供養を設けた後、合掌して尋ねた。「大仙聖人よ、何をお求めですか。どうか私たち天の者たちにおっしゃってください。もし私たちにできることなら、必ず差し上げましょう。決して惜しみません。」その時、驢脣はこの言葉を聞いて、心の中で喜んだ。天の者たちに答えた。「必ず私の求めるものを叶えてくれるなら、今、簡略に述べましょう。私は過去の宿命の劫を思い起こします。その時、虚空の中に多くの星宿や日月五星があり、昼夜運行して常にその軌道を守り、天下のために光明を与えて照らしていました。私はそれを知り、分別し、理解したいと願い、暗闇を恐れず、労苦をいといませんでした。この賢劫の初めには、そのようなことはありませんでした。あなたがた全ての天・龍神は、私を哀れんで来てくださったのです。願わくは、星辰・日月の用い方を説いてください。過去世に置かれ、設置され、施されたように、適切な作法や善悪・好悪を、私の願いのままに詳しく説いてください。」 全ての天は言った。「大徳の仙人よ、このことは非常に深遠で、私たちの境地ではありません。もし、一切の衆生を哀れむなら、過去世のように速やかに自ら説いてください。」 その時、佉盧瑟吒仙は全ての天に告げた。「初めに星宿を配置するにあたり、昴（すばる）を先頭とする。衆星が輪のごとく回転し虚空を運行する。」そして、天の衆に告げて言った。「昴を先頭とすることは、そうではないだろうか？」 その時、日天が言った。「この昴宿は、常に虚空を行き、四天下を巡り、常に善きことを行い、私たちを益している。私は、この宿が火天に属することを知っている。」 その時、会衆の中に大威徳という名の聖人がいた。さらに言った。「その昴宿は私の妹の子である。その星は六つあり、形は剃刀のようである。一日一夜に四天下を巡り、三十時（時間）かけて運行する。火天に属し、姓は鞞耶尼である。この宿に属するために、酪を用いて祭る。」

復次置畢為第二宿。屬於水天。姓頗羅墮。畢有五星形如立叉。一日一夜行三十五時。屬畢宿者祭用鹿肉。

> 次に、畢宿（ひつしゅく）は第二の宿です。水天に属し、姓は頗羅堕（ハラダ）といいます。畢宿には五つの星があり、その形は立ち叉（たてふさ）のように見えます。一日一夜に三十五時を進みます。畢宿に属する人は、鹿肉を供えて祭りを行います。

復次置觜為第三宿屬於月天。即是月子。姓毘梨伽耶尼。星數有三形如鹿頭。一日一夜行十五時。屬觜宿者祭根及菓。

> 次に、觜宿（ししゅく）は第三の宿であり、月天に属しています。すなわち月の星です。姓は毘梨伽耶尼（びりがやに）といいます。星の数は三つで、形は鹿の頭のようです。一昼夜の間に十五時を進みます。觜宿に属する者は、根や果物をお供えします。

復次置參為第四宿。屬於日天。姓婆私失絺。其性大惡多於瞋忿。止有一星如婦人黶。一日一夜。行三十五時屬參宿。者祭用醍醐。

> また、参宿（しんしゅく）は第四の星宿（ほしのやど）です。太陽神の支配下にあり、姓は婆私失絺（ばししち）といいます。その性質は非常に荒々しく、怒りや恨みの心が強いです。星は一つだけで、女性のほくろのように見えます。一日一夜の間、三十五時をこの参宿の下で過ごします。参宿を祭るには、澄ましバターを用います。

復次置井為第五宿。屬於日天。姓婆私失絺。其有兩星形如脚跡。一日一夜行十五時。屬井宿者。以糠米華和蜜祭之。

> \- 第五宿は「井宿（せいしゅく）」です。この星は日天（にってん）に属し、姓は婆私失絺（ばししち）といいます。二つの星が足跡のように並んでいます。一日一夜の間に十五時（※現代の約30時間相当）かけて動きます。井宿に縁のある人は、ぬかや米の花を蜂蜜と混ぜてお供えします。

復次置鬼為第六宿。屬歲星天。歲星之子。姓炮波那毘。其性溫和樂修善法。其有三星猶如諸佛胸滿相。一日一夜行三十時。屬鬼宿者。亦以糠米華和蜜祭之。

> 次に、鬼宿は第六の宿です。歳星天に属し、歳星の子とされ、姓は炮波那毘といいます。その性質は温和で、善い行いを楽しみます。三つの星があり、それは諸仏の胸にある満月のような相に似ています。一日一夜に三十時を経巡ります。鬼宿に属する者は、糠米の花と蜜を混ぜてこれに供えなさい。

復次置柳為第七宿。屬於蛇天。即姓蛇氏。止有一星如婦人黶。一日一夜行十五時。屬柳星者祭用乳糜。

> 次に、柳宿は第七の宿であり、蛇天に属します。姓は蛇氏です。星は一つだけで、女性のほくろのようです。一昼夜に十五時（約三十時間）かけて動きます。柳宿に属する人は、乳粥を供えます。

右此七宿儅於東門。

> この七つの宿は、東門の位置に相当します。

復次置南方第一之宿。名曰七星。屬於火天。姓賓伽耶尼。其有五星形如河岸。一日一夜行三十時。屬七星者。宜用糠米烏麻作粥祭之。

> さらに、南方の最初の宿を置く。その名を七星という。火天に属し、姓は賓伽耶尼である。そこには五つの星があり、形は河岸のようである。一昼夜に三十時を運行する。七星に属する者は、糠米と烏麻で粥を作り、これを祭るとよい。

復次置張為第二宿。屬福德天。姓瞿曇彌。其星有二形如脚跡。一日一夜行三十時。屬張宿者。將毘羅婆菓以用祭之。

> さらに、張宿は二十八宿の第二宿である。この宿は福徳天が統べ、瞿曇弥姓の人々の守り星である。星の数は二つで、その形は足跡のようである。一日一夜に三十時を移動する。張宿に生まれた者は、毘羅婆菓（ビーラバー果）を供え物として捧げる。

復次置翼為第三宿。屬於林天。姓憍陳如。其有二星形如脚跡。一日一夜行十五時。屬翼星者。用青黑豆煮熟祭之。

> 次に、翼宿（第二十八宿）は第三の宿です。天の王の眷属で、姓はコーサンニャ（憍陳如）です。この宿には二つの星があり、その形は足跡のようです。一昼夜に十五時（約七時間半）進みます。翼宿に属する人は、青黒い豆を煮て供え物とします。

復次置軫為第四宿。屬沙毘梨帝天。姓迦遮延。蠍仙之子。其星有五形如人手。一日一夜行三十時。屬軫星者。作莠稗飯而以祭之。

> 次に、軫宿は第四の宿です。 この宿はサビリティ天が守り、姓は迦遮延（かしゃえん）といい、蠍の仙人の子とされています。 星は五つあり、その形は人の手のようです。 一昼夜に三十時を運行します。 軫宿に属する人は、稗（ひえ）のご飯を供えて祀ります。

復次置角為第五宿。屬喜樂天。姓質多羅延尼。乾闥婆子。止有一星如婦人黶。一日一夜行十五時。屬於角者。以諸華飯而用祭之。

> また、角宿（かくしゅ）は第五の宿である。喜楽天に属し、姓は質多羅延尼、乾闘婆の子である。星は一つだけで、女性のほくろのように見える。一昼夜に十五時を進む。角宿に属する者は、様々な花やご飯を捧げて祭る。

復次置亢為第六宿。屬摩妬羅天。姓迦旃延尼。其有一星如婦人黶。一日一夜行十五時。屬亢星者。當取菉豆和蘇蜜煮以用祭之。

> また、亢宿は第六の宿である。摩妬羅天に属し、姓は迦旃延尼という。その星は一つで、婦人のほくろのような形をしている。一日一夜に十五時（約三十時間）かけて運行する。亢宿に生まれた者は、緑豆を酥（バター）と蜜で煮て、これを捧げ物とすべきである。

復次置氏為第七宿。屬於火天。姓些吉利多耶尼。一日一夜行三十五時。屬氏宿者。取種種華。作食祭之。

> また、氏宿（ていしゅく）は第七の宿です。この宿は火天（かてん）に属し、姓は「些吉利多耶尼（さきりたやに）」といいます。一日一夜の間に三十五時（とき）を進みます。氏宿に生まれた人は、さまざまな花を摘み、食物を供えて祭るようにします。

右此七宿儅於南門。

> この七つの星宿は、南門に相当します。

次復置西方第一之宿。其名曰房。屬於慈天。姓阿藍婆耶尼。房有四星形如瓔珞。一日一夜行三十時。屬房宿者。以酒肉祭之。

> 次に、西方の最初の宿（星宿）を置く。その名を「房」という。慈天に属し、姓は阿藍婆耶尼（あらんばやに）である。房には四つの星があり、その形は瓔珞（ようらく）のように連なっている。一日一夜に三十時を運行する。房宿に属する者は、酒や肉をもってこれを祭る。

次復置心為第二宿。屬帝釋天。姓羅延那。心有三星形如大麥。一日一夜行十五時。屬心星者。以糠米粥而用祭之。

> さらに、心宿（しんしゅく）は第二の宿です。帝釈天（たいしゃくてん）に属し、姓（しょう）は羅延那（らえんな）といいます。心宿には三つの星があり、形は大麦のようです。一日一夜に十五時を運行します。心宿に属する人は、ぬか粥でお祀りしなさい。

次復置尾為第三宿。屬獵師天。姓迦遮耶尼。尾有七星形如蠍尾。一日一夜行三十時。屬尾星者。以諸菓根作食祭之。次復置箕為第四宿。屬於水天。姓模叉迦栴延尼。箕有四星形如牛角。一日一夜行三十時。屬箕宿者。取尼拘陀皮汁祭之。

> （尾宿は第三の宿とされる。猟師天に属し、姓は迦遮耶尼。尾には七つの星があり、その形は蠍の尾のようである。一昼夜に三十時を進む。尾宿に属する者は、様々な果実や根を食物として祭る。 箕宿は第四の宿とされる。水天に属し、姓は模叉迦栴延尼。箕には四つの星があり、その形は牛の角のようである。一昼夜に三十時を進む。箕宿に属する者は、尼拘陀の樹皮を搾った汁で祭る。）

次復置斗為第五宿。屬於火天姓模伽邏尼。斗有四星如人拓地。一日一夜行四十五時。屬斗宿者。以糠米華和蜜祭之。

> 次に「斗」をおいて第五宿とします。この宿は火天に属し、姓は模伽邏尼といいます。斗には四つの星があり、人が地を耕すように見えます。一日一夜に四十五時を運行します。斗宿に属する人は、ぬか米の花を蜜と混ぜてお供えします。

次復置牛為第六宿。屬於梵天。姓梵嵐摩。牛有三星形如牛頭。一日一夜行於六時。屬牛宿者。以醍醐飯而用祭之。次復置女為第七宿。屬毘紐天。姓帝利迦遮耶尼。女有四星如大麥粒。一日一夜行三十時。屬女宿者。以鳥肉祭之。

> 次に、牛宿（ぎゅうしゅく）を第六宿とします。これは梵天（ぼんてん）に属し、姓は梵嵐摩（ぼんらんま）です。牛宿には三つの星があり、形は牛の頭のようです。一日一夜に六時（六つの時間帯）を運行します。牛宿に生まれつく人は、醍醐（だいご）を混ぜたご飯を供え物とします。 次に、女宿（じょしゅく）を第七宿とします。これは毘紐天（びちゅうてん）に属し、姓は帝利迦遮耶尼（ていりかしゃやに）です。女宿には四つの星があり、形は大麦の粒のようです。一日一夜に三十時を運行します。女宿に生まれつく人は、鳥の肉を供え物とします。

右此七宿儅於西門。

> この七つの宿は、西門に相当します。

次復置北方第一之宿。名為虛星。屬帝釋天。娑婆天子。姓憍陳如。虛有四星其形如鳥。一日一夜行三十時。屬虛星者煮烏豆汁而用祭之。

> さらに北方の最初の宿についてお話ししましょう。その名を「虚星（きょせい）」といいます。この星は帝釈天（たいしゃくてん）に属し、娑婆天子（しゃばてんし）という神様が治めています。また、その姓は憍陳如（きょうじんにょ）といいます。虚星は四つの星から成り、その形は鳥のようです。この星は一日一夜に三十時（とき）を進みます。この虚星に属する人々は、烏豆（うず）の汁を煮て、それを神前に供えます。

次復置危為第二宿。屬多羅拏天。姓單那尼。一日一夜行十五時。屬此危宿者。以糠米粥而用祭之。

> 次に、危宿を第二の宿とします。この宿は多羅拏天（たらぬてん）に属し、姓は単那尼（たんなに）です。一昼夜に十五時（時刻単位）を運行します。この危宿に属する人は、糠（ぬか）米のお粥をお供えします。

次復置室為第三宿。屬蛇頭天。蠍天之子。姓闍都迦尼拘。室有二星形如脚跡。一日一夜行三十時。屬室宿者。以肉血祭之。次復置壁為第四宿屬林天。婆婁那子。姓陀難闍。壁有二星形如脚跡。一日一夜行四十五時。屬壁星者。以肉祭之。

> 次に、室宿は第三宿です。蛇頭天に属し、蠍天の子です。姓は闍都迦尼拘といいます。室宿には二つの星があり、その形は足跡のようです。一昼夜に三十時を移動します。室宿に属する者は、肉と血で供養します。次に壁宿は第四宿です。林天に属し、婆婁那の子です。姓は陀難闍といいます。壁宿には二つの星があり、その形は足跡のようです。一昼夜に四十五時を移動します。壁宿に属する者は、肉で供養します。

次復置奎為第五宿。屬富沙天。姓阿瑟吒排尼。奎有一星如婦人黶。一日一夜行三十時。屬奎宿者。以酪祭之。次復置婁為第六宿。屬乾闥婆天姓阿含婆。婁有三星形如馬頭。一日一夜行三十時。屬婁星者。以大麥飯并肉祭之。

> 次に奎を第五宿とします。これは富沙天に属し、姓は阿瑟吒排尼といいます。奎には一つの星があり、それは女性のほくろのような形をしています。一昼夜で三十時を進みます。奎宿に属する人は、酪（ヨーグルトのようなもの）を供え物とします。 次に婁を第六宿とします。これは乾闥婆天に属し、姓は阿含婆といいます。婁には三つの星があり、それは馬の頭のような形をしています。一昼夜で三十時を進みます。婁宿に属する人は、大麦の飯と肉を合わせて供え物とします。

次復置胃為第七宿。屬閻摩羅天。姓跋伽毘。胃有三星形如鼎足。一日一夜行四十時。屬胃宿者。以糠米烏麻及以野棗而用祭之。

> 次に、胃宿（いぼし）は第七の宿です。この宿は閻魔天（えんまてん）という神が治めています。姓は跋伽毘（ばっかび）です。胃宿には三つの星があり、その形は鼎（かなえ）の三本足のようです。胃宿は一日一夜に四十時（とき）を運行します。胃宿の縁に属する人は、ぬか米、黒ごま、それに野生の棗（なつめ）を使ってお供えをします。

右此七宿儅於北門。

> これら七つの星座は、北門に対応しています。

此二十八宿有五宿。行四十五時。所謂畢參氐斗壁等。二十八宿。言義廣多難得深趣。不具宣。我今略說是宿時。同聞諸天皆悉歡喜。爾時佉盧瑟吒仙人。於大眾前合掌說言。如是安置日月年時此置日月年時經向一卷。以文多故不錄之大小星宿。何者名為有六時耶。答曰。正月二月名暄暖時。三月四月名種作時。五月六月名求降雨時。七月八月名物欲熟時。九月十月名寒凍之時。十一月十二月合此。十二月大雪之時。是十月分為六時。又大星宿其數有八。所謂歲星熒惑星鎮星太白星辰星日星月星荷邏候星。又小星宿有二十八。所謂從前昴至胃諸星是也。我作如是次第安置。汝等皆得見聞於意云何。爾時一切天人仙人阿脩羅龍及那羅等。皆悉合掌咸作是言。如今天仙於天人間最為尊重。乃至諸龍及阿脩羅無能勝者。智慧慈悲最為第一。於無量劫不忘憐愍一切眾生。故獲福報一切天人之間無有如是智慧之者。如是法用更無眾生能作是法。皆悉隨喜安樂我等。善哉大德安隱眾生。是時佉盧瑟吒仙人復作是言。此十二月一年始終。如此方便大小星等。剎那時法皆已說竟。又復安置四天大王。於須彌四方面所各置一王。是諸方所各饒眾生。是時一切大眾皆稱善哉。歡喜無量。是時天龍夜叉阿脩羅等日夜供養。復於後過無量世。更有仙人。名伽力。出現於世。後更別說置於星宿。小大月法時節要略見如經說今且列二十八宿。所屬不同各有靈衛。故大集經云。爾時佛告娑婆世界主大梵天王釋提桓因四天王言。過去天仙云何布置諸宿曜辰攝護國土養育眾生。大梵天王等而白佛言。過去天仙分布安置諸宿曜辰。攝護國土養育眾生。於四方中各有所主。東方七宿。一者角宿。主於眾鳥。二者亢宿。主於出家求聖道者。三者氐宿。主水生眾生。四者房宿。主行車求利。五者心宿。主於女人。六者尾宿。主洲渚眾生。七者箕宿。主於陶師。南方七宿。一者井宿。主於金師。二者鬼宿。主於一切國王大臣。三者柳宿。主雪山龍。四者星宿主巨富者。五者張宿。主於盜賊。六者翼宿。主於商人。七者軫宿。主須羅吒國。

> これらの二十八の星宿には五つの星宿があり、四十五の時（約十一時間）を費やします。それは畢・参・氐・斗・壁の星宿です。二十八の星宿について、その意味は広く深く、その奥義を尽くすことは難しいので、ここでは詳しく述べません。私は今、この星宿の時について簡単に説きましょう。これを聞いた天部の皆は皆、歓喜しました。 その時、仙人の佉盧瑟吒が大衆の前で合掌して言いました。「このようにして日月や年月、時節、大小の星宿を配置しました。では、六つの時とは何でしょうか。」答えていわく、「正月と二月は暖かな時、三月と四月は種まきの時、五月と六月は雨を求める時、七月と八月は物が熟そうとする時、九月と十月は寒さの時、十一月と十二月を合わせて大雪の時とします。この十二月を六つの時に分けます。」 また、大いなる星宿は八つあります。すなわち、歳星（木星）、熒惑星（火星）、鎮星（土星）、太白星（金星）、辰星（水星）、日星（太陽）、月星（月）、荷邏候星（羅睺）です。また、小さな星宿は二十八あります。すなわち、先の昴から胃までの諸星です。私はこのように順序立てて配置しました。皆さんはこれを目の当たりにし、耳にされたことでしょう。どのようにお考えでしょうか。」 その時、すべての天人・仙人・阿修羅・竜・那羅などが皆、合掌して申しました。「今、天仙は天人の間で最も尊ばれています。諸竜や阿修羅の中でも、あなたに勝る者はいません。智慧と慈悲において最も第一であり、無量の劫の間、一切の衆生への憐れみを忘れずにおられます。それゆえに福報を得られ、一切の天人の間であなたのような智慧を持つ者はおりません。このような法則を立てられる者も他にはなく、私たちは皆、随喜し、安楽を得ています。まことに素晴らしいことであり、大徳は衆生を安らかにしてくださいます。」 その時、仙人の佉盧瑟吒はさらに言いました。「この十二月で一年は終わります。このような方法で大小の星や、刹那の時に関する法はすべて説き終えました。また、四天王を須弥山の四方にそれぞれ配置しました。これらの方角にはそれぞれ多くの衆生がおります。」その時、一切の大衆は皆、「善哉」と唱え、限りない歓喜を示しました。そして、天・竜・夜叉・阿修羅などが日夜、供養しました。 その後、無量の世を経て、さらに伽力という名の仙人が世に現れました。彼は後に改めて星宿の配置や、大小の月の法、時節の要略について説きました。今、ここに二十八の星宿を列挙しますと、それぞれ所属が異なり、それぞれに霊的な守りがあります。ゆえに『大集経』にはこうあります。 その時、仏は娑婆世界の主である大梵天王と、帝釈天、四天王に告げられました。「過去の天仙たちは、どのように諸々の星宿や曜、辰を配置し、国土を護り、衆生を養育してきたのか。」大梵天王らは仏に申し上げました。「過去の天仙たちは諸々の星宿や曜、辰を各地に配置し、国土を護り、衆生を養育しました。それぞれ四方にその管轄がありました。 東方の七つの星宿。第一は角宿で、鳥類を主管します。第二は亢宿で、出家して聖道を求める者を主管します。第三は氐宿で、水に生ける衆生を主管します。第四は房宿で、車を走らせて利を求める者を主管します。第五は心宿で、女性を主管します。第六は尾宿で、洲や渚の衆生を主管します。第七は箕宿で、陶器を作る者を主管します。 南方の七つの星宿。第一は井宿で、金細工師を主管します。第二は鬼宿で、すべての国王や大臣を主管します。第三は柳宿で、雪山の竜を主管します。第四は星宿で、大富豪を主管します。第五は張宿で、盗賊を主管します。第六は翼宿で、商人を主管します。第七は軫宿で、須羅吒国を主管します。

西方七宿。一者奎宿。主行船人。二者婁宿。主於商人。三者胃宿。主於婆樓迦國。四者昴宿。主於水牛。五者畢宿。主一切眾生。六者觜宿。主鞞提訶國。七者參宿。主於剎利。

> 西方の七つの宿： 第一は奎宿。船で行く人々を守る。 第二は婁宿。商人たちを守る。 第三は胃宿。バルカ国を守る。 第四は昴宿。水牛を守る。 第五は畢宿。すべての生きとし生けるものを守る。 第六は觜宿。ヴィデーハ国を守る。 第七は参宿。クシャトリア（武士階級）を守る。

北方七宿。一者斗宿。主澆部沙國。二者牛宿。主於剎利及安多鉢竭那國。三者女宿。主鴦伽摩伽陀國。四者虛宿。主那遮羅國。五者危宿。主著華冠。六者室宿。主乾陀羅國輸盧那國及諸龍蛇腹行之類。七者壁宿。主乾闥婆善樂者。大德婆伽婆。過去天仙。如是布置四方諸宿。攝護國土養育眾生。

> 北方の七宿。 第一は斗宿。バクトリア地方を治める。 第二は牛宿。クシャトリヤとアンタプシュトナ国を治める。 第三は女宿。アンガ国とマガダ国を治める。 第四は虚宿。ナチャラ国を治める。 第五は危宿。華冠をかぶる者たちを治める。 第六は室宿。ガンダーラ国、スルナ国、および竜蛇などの腹行類を治める。 第七は壁宿。ガンダルヴァの善く楽を奏でる者たちを治める。 尊き聖なる方よ。過去の天仙たちは、このように四方の諸宿を配置し、国々を守り養い、生きとし生けるものを育んだのです。

爾時佛告梵王等言。汝等諦聽。我於世間天人仙中。一切知見最為殊勝。亦使諸曜辰攝護國土養育眾生。汝等宣告令彼得知如我所分國土眾生。各各隨分攝護養育。分國多少各屬二十八宿。

> その時、仏は梵天たちに告げられた。「よく聞きなさい。私はこの世の天や人、仙人のうちで、全てを知る存在として最も優れている。また、諸々の星々に国土を守り、人々を育て養うようにさせる。あなたがたはそれを告げ知らせ、私が国土と人々を配分した通りに、それぞれがその役割に応じて守り養うようにさせなさい。国土の配分とその数は、二十八の星宿（二十八宿）にそれぞれ属している。」

問曰。此之諸星形量大小云何。答曰。依增一阿含經云。大星一由旬。小星二百步。樓炭經云。大星圍七百里。中星四百八十里小星二十里。星是諸天宮宅。瑜伽論云。諸星宿中。其星大者十八拘盧舍。其中者十拘盧舍。最小者四拘盧舍。

> 問う。これらの星々の形や大きさはどのようなものか。 答える。『増一阿含経』によれば、大きな星は一由旬、小さな星は二百歩である。『楼炭経』には、大きな星の周囲は七百里、中ぐらいの星は四百八十里、小さな星は二十里とある。星は天人の住まいである。『瑜伽論』には、星宿の中で大きなものは十八拘盧舎、中ぐらいのものは十拘盧舎、最も小さいものは四拘盧舎であると説かれている。

述曰。若依內經。此諸星宿並是諸天宮宅。內有天住。依報所感福力光現。若依俗書。即云是石。故宋時星落。殞星如石。或云非星。是天河石落。故俗書云。天河共地河相連。故河內時有石落。如須彌象圖山經云。天空有河名耶摩羅。於虛空中行。久有大石小砂。時有漏失即執為星此非正經。是俗所造妄述流行。非是佛說。

> 述べます。もし仏典に従えば、これらの星宿はすべて天人の宮殿であり、その中に天人が住んでいます。それぞれの業（行い）によって感じ取った福徳の力が光となって現れているのです。一方、世俗の書物では「石である」と言います。例えば、宋の時代に星が落ちた時、その隕星は石のようでした。あるいは、「星ではない、天の川の石が落ちたのだ」とも言います。そのため、世俗の書物には「天の川は地上の川とつながっている。だから川の中に時々石が落ちるのだ」とあります。『須弥象図山経』にも、「空には耶摩羅という川があり、虚空の中を流れている。長い年月の間に大きな石や小さな砂ができ、時折それらが漏れ落ちる。人々はそれを星だと思い込む」とあります。しかし、これは正しい経典ではなく、世の人々が作り出した誤った説が広まっているに過ぎません。決して仏の教えではありません。

唐貞觀十八年十月丙申後。汾州并州文水縣兩界天大雷震。空中雲內落一石下。大如雉觜。脊高腹平。其文水縣丞張孝靜共汾州官同奏。當時西域摩伽陀菩提寺長年師來到西京。內外博知。

> 唐の貞観18年10月、丙申の日の後、汾州と并州文水県の境界で、空に大きな雷鳴が轟きました。雲の中から一つの石が落ちてきました。その大きさは雄のキジのくちばしほどで、背の部分は高く、腹の部分は平らでした。文水県の丞である張孝静が汾州の役人と共に朝廷に報告しました。 その時、西域の摩伽陀国・菩提寺の長年修行した僧が西京（長安）に来ており、内外のことに広く通じていました。

勅問。答云。是龍食二龍相諍。故落下如石。准此而言。何必天落即云是星。夫遙天之物非凡度量。令人難知莫若天地。俗云。天為精氣。日為陽精。星為萬物之精。儒教所安也。星有墜落乃為石矣。精若是石不可有光。性又質重。何所繫屬。一星之徑大者百里。一宿首尾相去數萬。百里之物數萬相連。闊狹從斜常不盈縮。又星與日月光色同耳。但以大小差別不同。然而日月又當石耶。石既牢密烏兔焉容。石在氣中豈能獨運。日月辰宿若皆是氣。氣體輕浮當與天合。往來環轉不得背違。其間遲疾理寧一等。何故日月五星二十八宿。各有度數移動不均。寧當氣墮忽變為石。地既滓濁。法應沈厚。鑿土得泉乃浮水上。積水之下復有何物。江河百谷從何處生。東流到海何為不溢。歸塘尾閭渠何所到。沃焦之石何氣所然。潮約去還誰所節度。天漢懸指那不散落。水性就下何故上騰。天地初開便有星宿。九州未畫。列國未分。翦疆區野。若為躔次。封建以來誰所制割。國有增減星無進退。災祥禍福就中不差。懸象之大。列星之夥。何為分野止繫中國。昴為旄頭匈奴之次。西胡東夷彫題交趾獨棄之乎。以此而求迄無了者。豈得以人事尋常抑必宇宙之外乎。

> 勅命による問いに対して、答えられました。「これは龍が食べているもので、二匹の龍が互いに争ったため、石のように落ちてきたのです。」これに基づいて考えれば、なぜ天から落ちたものを必ず星だと言うのでしょうか。 遠い天のものは、凡人の測り知れるものではありません。人に知りがたいものは、天地に勝るものはありません。俗に、天は精気であり、太陽は陽の精、星は万物の精であるとされます。これは儒教の教えが定めるところです。星が墜ちて石となったのなら、もし精が石であるならば光を持つはずがなく、性質も重く質朴で、何によって空に繋ぎとめられているのでしょうか。 一つの星の直径は大きいもので百里もあります。一つの星宿の頭尾の距離は数万里にも及びます。百里のものが数万里にわたって連なり、その広さや狭さ、傾きや向きは常に変化せず、伸縮もありません。 また、星と月や太陽とは光と色が同じです。ただ大小の違いがあるに過ぎません。しかし、では太陽や月も石なのでしょうか。石がかくも堅固緻密なら、どうして中のウサギやカラスが棲めるのでしょう。石が大気の中にあるなら、どうして独りでに運行できるのでしょう。 もし太陽、月、星辰がすべて気であるならば、気は軽く浮かぶ性質で、天と一体となるべきです。巡り巡って円転するのに、天の道に背くことはありません。その間に速さの遅速があるのは、道理として一律であるはずがありません。 なぜ太陽、月、五惑星、二十八宿は、それぞれに一定の度数と移動があって、動きが均一でないのでしょう。ましてや、気が落ちて突然石に変わることがあり得るのでしょうか。 地はすでに澱み濁ったものですから、本来、沈んで厚くあるべきです。土を掘れば泉が出るのは、水が地の上に浮いているからです。積み重なった水の下には、また何があるのでしょう。 河や江、百の谷はどこから生じるのでしょう。東に流れて海に入るのに、なぜ海はあふれないのでしょう。帰塘や尾閭という海底の穴は、どこへ通じているのでしょう。沃焦の石は、どのような気によって燃えているのでしょう。潮の満ち引きは、誰がその度合いを調節しているのでしょう。 天の川は懸かって指すように見えるのに、なぜ散り落ちないのでしょう。水の性質は低きにつくものなのに、なぜ上に昇るのでしょう。 天地が開かれた当初から星宿はありました。九州がまだ区切られず、列国がまだ分かれていない時、どのようにして領土を区分し、星の運行に合わせたのでしょう。封建の制度ができてから、誰がその割り振りを決めたのでしょう。国は増えたり減ったりしても、星には進退がありません。災いや祥、禍や福は、星の動きに違わず現れます。 このように広大な天の象、数多くの星々がありながら、なぜ星宿の区分は中国にだけ限られるのでしょう。昴宿は旄頭（匈奴）の領域とされますが、西の胡、東の夷、彫題（入れ墨の民族）、交趾（南方の民族）は、ただ見捨てられているのでしょうか。 これらのことを根本的に問い求めても、ついに解明された者はありません。どうして人の世の常識で推し量って、宇宙の外のことまでも無理に決めつけてしまってよいのでしょうか。

凡人所信惟耳與目。自此之外。咸致疑焉。儒家說天自有數義或渾或蓋。乍穹乍安。計極所周苑維所屬。若有親見不容不同。若所測量寧足依據。何故信凡人之臆說。疑大聖之妙旨。而欲必無恒沙世界微塵數劫乎。而鄒衍亦有九州之談。山中人不信有魚大如木。海上人不信有木大如魚。漢武帝不信弦膠。魏人不信火布。胡人見錦不信有蟲食樹吐絲所成。吳人身在江南不信有千人氈帳。及來河北不信有二萬石船。皆實驗也。如世有祝師及諸幻術。猶能履火蹈刃種瓜移井。倏忽之間千變萬化。人力所為尚能如此。何妨神通感應不可思量。寶幢百由旬座化成淨土踊生妙塔乎。

> 世の中の人は、自分の耳と目で確かめられることだけを信じ、それ以外は全て疑います。儒家の説く天についても、渾天説や蓋天説などいくつかの説があり、ある時は丸いと言い、ある時は平らだと言います。天体の運行やその範囲についても、もし実際に自分で見たならば異論はないでしょうが、単に推測しただけであれば、それを根拠にするのは不十分ではないでしょうか。なぜ凡人の憶測を信じて、大聖人の深遠な教えを疑い、必ず無限の世界や無数の劫の存在を否定するのでしょうか。 昔、鄒衍が九つの州について語ったことがあります。山の中に住む人は、魚が木のように大きいとは信じません。海に住む人は、木が魚のように大きいとは信じません。漢の武帝は膠が弦を繋ぐことを信じず、魏の人々は火に強い布を信じませんでした。胡人は錦を見ても、虫が木の葉を食べて吐く糸でできているとは信じません。江南に住む人は、千人を収容できるフェルトのテントがあることを信じず、河北に来た人は二万石積みの船があることを信じません。これらはすべて実際に経験した例です。 世の中には祈祷師や幻術を使う人々がいて、火の上を歩いたり、刃の上を踏んだり、瞬時に瓜を育てたり、井戸を移動させたりと、一瞬のうちに千変万化の技を繰り出します。人間の力でさえこれほどできるのですから、ましてや神通力や感応による計り知れない不思議な働きがあるとしても、何の不思議がありましょうか。百由旬もの高さの宝幢が、清浄な仏土と化し、そこから妙なる塔が忽然と現れることだってあり得るのです。

又王玄策西國行傳云。王使顯慶四年至婆栗闍國。王為漢人設五女戲其五女傳弄三刀加至十刀。又作繩伎。騰虛繩上著履而擲。手弄三仗刀楯槍等。種種關伎雜諸幻術。截舌抽腸等。不可具述。

> また、王玄策の『西国行伝』にはこうある。唐の顕慶四年に、王の使いが婆栗闍国に到着した。その国の王は漢人のために五人の女による芸を催した。その五人の女たちは三本の刀を操り、さらに十本にまで増やした。 また、綱渡りの技も行われた。虚空に張った綱の上に履物を履いて立ち、手には三本の道具――刀、楯、槍などを弄びながら、さまざまな曲芸や幻術を織り交ぜた。舌を切り、腸を引き出すような芸もあり、すべてを詳しく述べることはできない。