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釈迦譜 (釋迦譜)


釋迦降生釋種成佛緣譜第四(出普耀經一名方等本起)

第4章 釈迦の誕生と成道の因縁(『普曜経』より。別名『方等本起経』)

菩薩住兜率天。其諸天子各六十六億。咸共講議。當使菩薩現生何種。或有說言。維提種摩竭國。其母真正。其父不真。拘薩大國父母宗族皆不真正。和沙大國王無威神受他節度。維耶離國憙諍不和無清淨行。此鏺樹國舉動虛妄志性麁獷。不應生彼。有一天子。名曰幢英。詣菩薩所而前諮問。究竟菩薩一生補處。所可降神種姓云何。菩薩報曰。其國種姓有六十德。一生補處乃應降神(六十德文多不載)。

菩薩が兜率天に留まっていた時、その天界の天子たちは、それぞれ六十六億もの数が集まっていました。彼らは皆で話し合い、「菩薩はどのような種姓(家柄)に生まれるべきか」と議題にしました。

ある者は言いました。「摩竭陀国の維提種族は、母は正しいが父は正しくない。」 また別の者は言いました。「拘薩大国の父母や親族は、皆正しくない。」 さらに、「和沙大国の王は威神力が無く、他者の命令に従っている。」 「維耶離国は争いを好み、仲が悪く、清らかな行いが無い。」 「この鏺樹国は行動が偽りであり、性質が粗野である。そこに生まれるべきではない。」 と言いました。

ある時、幢英という名の天子が菩薩のもとへ参り、こう尋ねました。 「究竟(究極)の菩薩、一生補処(次の生涯で仏となる者)であるあなたは、どのような種姓に御身を降ろされるのでしょうか?」

菩薩は答えました。 「その国の種姓には六十の徳が備わっていなければならない。一生補処は、そのような家にのみ、降神するのである。」 (六十の徳についての詳細な記述は、ここでは省略されている。)

今此釋種熾盛。五穀豐熟快樂無極。人民滋茂殖眾德本。迦維羅衛。眾人和穆上下相承。一切諸釋渴仰一乘。其白淨王性行仁賢。夫人妙姿性溫貞良。猶天玉女。護身口意。強如金剛。前五百世為菩薩母。應往降神受彼胞胎。於時菩薩問諸天子。以何形貌降神母胎。或言儒童形。或曰釋梵形。或言日月王形。或日金翅鳥形。彼有梵天名曰強威。從仙道來。報諸天言。象形第一。六牙白象威神巍巍。梵典所載。所以者何。世有三獸。一兔二馬三白象。兔之渡水趣自渡耳。馬雖善猛。猶不知水之深淺。白象之渡盡其源底。聲聞緣覺其猶兔馬。雖渡生死不達法本。菩薩大乘譬如白象。解暢三界十二緣起。了之本無。救護一切莫不蒙濟。菩薩過冬盛寒春末。夏初樹始花茂。不寒不暑適在時宜。沸宿應下。菩薩從兜率天化作白象。口有六牙。諸根寂定光色巍巍。現從日光降神母胎趣於右脇。所以處右。所行不左。王后潔妙晏寐忽覺。白象王來處于胎。身心安隱猶如逮禪。

今、この釈迦族は栄え、五穀は豊かに実り、人々は限りない喜びに満ちている。人々は増え続け、多くの徳の根本を育て、迦毘羅衛では人々は和やかで、上も下も互いに支え合っている。すべての釈迦族は一乗(唯一の教え)を熱心に求めている。浄飯王は性質が仁徳で賢く、妃の妙姿は性質が温かく貞淑で、まるで天の女神のようである。身・口・意の三業を守り、その強さは金剛のようである。過去五百世にわたり菩薩の母であり、今、その胎内に菩薩を宿すために、神(菩薩)が降りる時が来た。

その時、菩薩は多くの天の神々に問う。「どのような姿で母の胎内に降りるべきか」。ある者は「儒童の姿」と言い、ある者は「釈梵(梵天や帝釈天)の姿」と言い、ある者は「日月王の姿」と言い、ある者は「金翅鳥の姿」と言った。そこに強威という名の梵天がおり、仙道の修行を経て来て、天の神々に告げた。「象の姿が第一である。六牙の白象は威神が非常に高く、梵典にもそのように記されている。なぜかと言えば、世の中には三種の獣がいる。一に兎、二に馬、三に白象である。兎は水を渡る時、ただ自分が渡るだけのことである。馬は力が強いが、水の深浅を知らない。白象は水を渡る時、その底までもしっかりと知るのである。声聞や縁覚は兎や馬のようなもので、生死を渡るが、法の根本には至らない。菩薩の大乗は白象のようなもので、三界や十二因縁を完全に理解し、その本来の無(空)を悟り、すべての者を救い、救われない者はいない。」

菩薩は冬が厳しく終わり、春の終わり、夏の初め、木々が花を咲かせ始めた頃、寒すぎず暑すぎず、ちょうど良い季節に降りることとなった。沸宿(星宿の名前)が下る時であった。菩薩は兜率天から白象に姿を変え、口には六本の牙があり、すべての感覚は静まり、威光は高く輝いていた。日光に乗って、母の胎内に降り、右脇に向かった。右に処するのは、行いが左(不正)ではないからである。王妃は清らかで、眠りからふと覚めると、白象の王が胎内に来て、心身は安らかで、まるで禅定に入ったかのようであった。

瑞應本起云。菩薩初下化乘白象。冠日之精。修行本起云。夫人夢空中有乘白象光明照天下。詣無憂樹。

瑞應本起にはこうある。菩薩が初めてこの世に下り立つ際、白い象に乗り、太陽の精を冠としていたと。修行本起には、夫人の夢に空から白い象に乗った光が現れ、全世界を照らした。そして無憂樹のもとへ向かったと記されている。

大花嚴經云。菩薩從兜率陀天降神下時。此林中有十種瑞相。一者忽然廣博。二者土石變為金剛。三者寶樹行列。四者沈水末香種種莊嚴。五者花鬘充滿。六者寶水流出。七者池出芙蓉。八者天龍夜叉合掌而住。九者天女合掌恭敬。十者十方一切佛臍中放光。普照此林現佛受生。

『大花厳経』にこう説かれています。菩薩が兜率陀天からこの世に降り立とうとする時、この林(ルンビニー園)には十の吉祥の兆しが現れます。第一に、林が忽然と広大になる。第二に、土や石がダイヤモンドのように変わる。第三に、宝樹が整然と並び立つ。第四に、沈香や粉末の香りが林を荘厳に飾る。第五に、花の鬘が満ちあふれる。第六に、宝石のような水が流れ出る。第七に、池には蓮の花が咲く。第八に、天竜や夜叉が合掌して立ち尽くす。第九に、天女たちが合掌して敬いの心を示す。第十に、十方のすべての仏の臍の穴から光を放ち、この林を照らし、仏の受胎を明らかに示すのです。

即遣侍女啟白淨王。王聞踊躍。到無憂樹王心念言。何所屋宅安於妙后。時天帝釋及化自在天。各上天宮。花香妓樂琦異之饌供養妙后。身輕柔軟不想三毒。若有諸病身心之疾。請菩薩母手摩其頭。病皆除愈。菩薩在胎十月。開化訓誨三十六載諸天人民。使立聲聞及諸大乘。菩薩臨產先現瑞應三十有二。一者後園樹木自然生果。二者陸地生青蓮花大如車輪。三者枯樹生花葉。四者天神牽七寶交露車至。五者地中寶藏自出。六者名香好薰遍布遠近。七者雪山五百師子羅住城門。八者白象子羅住殿前。九者天為四面細雨澤香。十者宮中自然百味飯食濟諸飢渴。凡三十二瑞(文多不載瑞應及修行並同)疆場左右嘆未曾有。王后臨產思入園觀。嚴雲母寶車。婇女圍繞出遊憐鞞樹下。王后坐師子床。六反震動三千國土四天王挽王后車。梵天前導。適至樹下。樹即屈枝自歸王后。諸天百千咸共散花。爾時菩薩從右脇生。

そこで侍女を遣わして浄飯王に知らせた。王はこれを聞いて喜び勇み、無憂樹のもとへ向かい、心の中で思った。「どのような住まいが、后にふさわしいだろうか」と。

その時、帝釈天と他化自在天は、それぞれ天の宮殿を捧げ、香り高い花や音楽、舞妓、そして珍しい食べ物で后を供養した。后は身も心も柔らかく軽やかで、三毒の思いは全くなかった。もし病気や心身の悩みを抱える者がいれば、菩薩の母がその頭を手で撫でると、すべての病は治った。

菩薩は胎内に十月の間、三十六載にわたり、多くの天や人々を教化し、声聞や大乗の教えに導いた。

菩薩がお生まれになる直前には、三十二の瑞兆が現れた。 一、后の園の木々が自然に実を結んだ。 二、大地に車輪ほどの大きさの青い蓮華が生えた。 三、枯れた木に花や葉が咲いた。 四、天神が七宝の飾りを施した車を引いて現れた。 五、地中から宝が自然に現れた。 六、名高い良い香りが遠く近くに広がった。 七、雪山の五百頭の獅子が城門に並んで座った。 八、白い象の子が御殿の前に座った。 九、天から四方に細やかな雨の香りが降り注いだ。 十、宮中に自然に百種の美味が備わり、飢え渇く者を救った。 以上、三十二の瑞兆があった。(文が多く載せきれないが、瑞応と修行は同じである。)国中の人々が口々に「かつてないことだ」と嘆いた。

后は出産の時が近づき、園に入って眺めたいと思った。そこで雲母の宝石の車を整えさせ、多くの女官に囲まれて憐鞞の木の下へ向かった。后が獅子の床に座ると、三千の国土が六度震動し、四天王が后の車を引き、梵天が先導した。木の下に着くと、木は枝を曲げて自然に后に跪いた。多くの天の人々が花を散らした。その時、菩薩は后の右脇からお生まれになった。

佛所行讚云。優留王股生。卑偷王手生。曼陀王頂生。伽叉王腋生。菩薩亦如是從右脇而生。大善權經云。菩薩發意。能從兜率不由胞胎。一時之頃成最正覺。防人有疑此所從來變化所為乎。若懷狐疑不聽受法。故現處胎。眾人當謂后生菩薩必有惱患。欲現安隱。母適攀樹枝菩薩誕生。是為菩薩善權方便。忽然現身住寶蓮花。墮地行七步。顯揚梵音。天上天下為人天尊。

『仏所行讃』にはこうある。優留王は股から生まれ、卑偷王は手から生まれ、曼陀王は頭頂から生まれ、伽叉王は脇の下から生まれた――菩薩もまた、右脇の下から生まれたのである。

『大善権経』にはこう説かれている。菩薩は発意のままに、兜率天から母胎を経ずに、一瞬のうちに正覚を成就することができる。しかし、もし人々が「これはどこから来たのか。変化によって現れたものなのか」と疑いを抱けば、教えを受け入れまい。そこで、あえて胎内に宿る姿を示すのである。また、人々は「后(后妃)が菩薩を産むなら、必ず苦しみ悩みがあるだろう」と思い込むが、そこを安らかであると示そうとして、母がちょうど木の枝に手をかけたとき、菩薩は誕生した。これこそが菩薩の巧みな方便(善権方便)である。さっそうと姿を現し、美しい蓮華の上に立ち、地に降りて七歩歩み、清らかな梵音(ほんのん)を響かせて「天上天下唯我独尊」と宣言したのである。

大善權經云。菩薩行地七步亦不八步。是為正士應七覺意覺不覺也。舉手而言。吾於世間設不現斯。各當自尊。外道梵志必墜惡趣。為善權方便。天帝釋梵雨雜名香。九龍在上而下香水洗浴菩薩。

『大善権経』にはこう説かれています。菩薩が七歩進んでも、八歩目を踏み出さなかったのは、正しい修行者が七覚支を悟り、迷いを離れたことを示しています。そして手を挙げて言いました。「もし私がこの世に現れなかったなら、誰もがそれぞれの立場を尊び、外道やバラモンたちは必ず悪道に落ちていたでしょう。」これこそが巧みな方便なのです。天帝や梵天、帝釈天は様々な名香を雨のように降らせ、九頭の龍が菩薩の上にあって香水を注ぎ、菩薩を清めました。

瑞應本起云。梵釋下侍。四天王接置金机上。修行本起云。龍王兄弟左雨溫水右雨冷泉。釋梵天衣裹之。五百伏藏一時發出。海行興利一時集至。梵志相師普稱萬歲。即名太子為悉達。漢言財吉。五千青衣各生力士。白馬生駒形色如雪。黃羊生羔。五千玉女皆來侍衛。

瑞応本起経にはこうある。梵天や帝釈天が下りて来てお仕えし、四天王が黄金の机の上に安置したと。

修行本起経にはこうある。竜王の兄弟が、左から温水を、右から冷水を注いだ。帝釈天や梵天の天の衣で包み、五百の埋蔵物が一度に現れた。海の利益が一度に集まり、占い師の梵志たちは皆、「万歳」と唱えた。そこで太子に「悉達(シッダールタ)」という名を付けた。漢語で「財吉」という意味である。五千人の青衣の者たちがそれぞれ力士を生み、白い馬は雪のような色の仔馬を生み、黄色い羊は仔羊を生んだ。五千人の天女たちが皆来てお守りした。

修行本起云。國中八萬四千長者生子悉男。八萬四千厩馬生駒。其一特異毛色純白。髦鬣貫珠。故名為蹇特。奴名闡特。瑞應本起云。奴名車匿。馬名健陟。

『修行本起経』にこうある。国のなかの八万四千人の長者たちに生まれた子はみな男児であり、八万四千の厩で生まれた子馬のうち、一頭だけが特に優れていた。その毛色は純白で、たてがみには宝珠が連なっていた。そのため、この馬を「蹇特(けんとく)」と名づけた。また、その召使いは「闡特(せんとく)」といった。

『瑞応本起経』には、召使いの名は「車匿(しゃのく)」、馬の名は「健陟(けんちょく)」と記されている。

菩薩七日後其母命終。所以者何。應然。菩薩察之。臨母命終因來下生。懷菩薩時諸天供養。已服天食不甘世養。本福應然。去來今佛皆亦如是。母七日終。應受忉利天上功祚。適升彼天。五萬梵天各執寶瓶。二萬魔妻手執寶縷侍菩薩母。

菩薩は七日後に母が命を終えるのをご覧になりました。なぜそうなるのかというと、それが道理だからです。菩薩はお考えになりました。母が命終する時に合わせて、菩薩はこの世に降りて生まれてきたのだと。菩薩を身ごもっている間、天の神々が供養しました。すでに天の食物を味わった母は、地上の食事には満足しませんでした。それはもともと福徳によるもので、道理にかなっています。過去・未来・現在の仏様も、皆この通りです。母は七日後に命を終え、忉利天の功徳・福報を受けることになります。ちょうどその天に昇った時、五万の梵天がそれぞれ宝の瓶を捧げ持ち、二万の魔の妻たちが手に宝の糸を持って、菩薩の母に仕えました。

瑞應本起云。菩薩本知母人之德不堪受其禮。故因其將終而從之生。長阿含經云。毘婆尸佛降神母胎。專念不亂安樂無畏。身壞命終生忉利天。此是常法。大善權經云。生後七日其母便薨。福應昇天。非菩薩咎。前處兜率觀后摩耶。大命將終。餘有十月七日之期。故神變來下。是菩薩善權方便。或有說言。太子年幼誰能養育。唯大愛道能使長大耳。大愛道者。太子姨母清淨無夫。時白淨王詣大愛道乳哺令長。時大愛道即可之。眾釋啟曰。聞雪山有仙梵志。名阿夷頭耆舊多識明曉相法。王大歡喜。嚴駕白象往詣阿夷頭。道人披㲲相太子。見三十二相。軀體金色。頂有肉髻。其髮紺青。眉間白毫。項出日光。目睒紺色。上下俱眴。口四十齒。白齊平方。頰車廣長。舌七合滿。師子膺。身方正。修臂指長。足跟滿安平。指內外握。合縵掌手。足輪千輻理。陰馬藏。鹿腨腸。鉤鎖骨。毛右旋。一一孔一毛生。皮毛細軟。不受塵水。胸有萬字(瑞應本起悉同)。阿夷見此乃增嘆。流涕悲不能言。王惶懼而問。有不祥乎。願告其意。舉手答曰。吉無不利。敢賀大王生此神人。昨天地大動其正為此。我相法中王者生子。有三十二相者。處國當為轉輪聖王七寶自至。若捨國出家為自然佛。傷我年已晚暮。當就後世不覩佛興。故自悲耳。王深知其能相。為作三時殿。選五百妓女。擇取端正才能巧妙。迭代宿衛。王告大愛道。擁護太子將詣天祠。太子在坐即時咳笑面目喜悅。適入天寺。諸天形像各捨本位禮菩薩足。太子年七歲。眾釋道從。乘羊車將詣書師。師名選友。菩薩手執金筆栴檀書隷明珠書床。問師選友。今師何書而相教乎。其師答曰。以梵佉留而相教耳。菩薩答曰。其異書者有六十四。今師何言正有二種。師問。皆何所名。答曰。梵書。佉留書。護眾書。疾堅書。龍鬼書。揵沓和書。阿須倫書。鹿倫書。天腹書。轉數書。轉眼書。觀空書。攝取書(文多不悉載)。此六十四欲以何書而相教乎。時師歡悅說偈讚嘆菩薩。為諸童子一一分別諸字本末。勸發無上正真道意。

瑞應本起経にはこう説かれている。菩薩はもとより、母后の徳では自らを礼拝するに堪えられぬと知っておられた。よって、その命の終わりを見越して、母后のもとに生まれられたのである。

長阿含経にはこうある。毘婆尸仏が母胎に降り立たれた時、専心不乱にして安楽に畏れはなかった。身体が壊れ命終わった後には、忉利天に生まれる。これは常の法である。

大善権経にはこうある。誕生後七日にしてその母は亡くなった。これは福徳に応じて天上に昇るのであり、菩薩の咎によるものではない。菩薩は以前、兜率天にいて、後の摩耶夫人を観察された。その大命が終わりに近づき、あと十月と七日間の頃合いを見極められた。それゆえ神通力を現してこの世に降りられたのである。これこそ菩薩の巧みな方便である。

あるいはこう説く者もいる。太子は幼くして、誰が養育するのか。ただ大愛道のみが育て上げることができるだろう、と。

大愛道とは、太子の叔母であり、清らかで夫のいない方である。時に浄飯王は大愛道のもとへ行き、乳を飲ませて育てるよう願われた。大愛道はただちにそれを承諾した。

釈迦族の人々が申し述べた。「雪山にアシタという名の仙人ヴァシスタがおられます。年配で見識が広く、相法に明るい者です」

王は大いに喜ばれ、白象の駕を整えてアシタのもとへ向かわれた。修行者は太子の衣を開いて、その相を観じた。三十二相が現れているのを見たのである。体躯は金色、頭頂には肉髻が盛り上がり、髪は紺青。眉の間には白毫があり、首からは日光が輝き、眼は紺色で上下に隅々まで澄んでいる。口には四十の歯、白く整って等しく並ぶ。頬は広く長く、舌は七つの線で満ちている。獅子の胸をし、身は端正である。腕は長く指も長く、足のかかとは満ち足りて安らかである。指は内外に握られ、手には網のような繋ぎ、足の裏には千輻の輪の紋がある。陰は馬のように隠れ、腿は鹿のようにふっくらとしている。鎖骨は鉤の状。毛は右に旋り、一つの毛穴に一本の毛が生える。皮膚は柔らかく細やかで、塵や水を受け付けない。胸には万字の印がある。[注:瑞応本起経も全く同じ]

アシタはこの相を見て深く嘆賞し、涙を流して悲しみ、言葉も出なかった。王は恐れ慌てて尋ねられた。「何か不吉なことでもあるのでしょうか。どうかその意味をお教えください」

アシタは手を挙げて答えた。「吉にして、不吉なことはございません。この神のようなお方をお産みになられたことを、謹んでお祝い申し上げます。昨日、天地が大震動しましたのは、まさにこのためでありました。私の相法では、王に子が生まれ、三十二相を備えておられるならば、国に留まれば転輪聖王となり、七宝が自ずから到来します。国を捨てて出家すれば、自然の仏となります。ただ、私が年老いて晩年に至り、仏の世に出られるのを目の当たりにできないことを悲しむがゆえに、涙があふれ出るのです」

王はその相の力が深いことをよく知られ、三時の殿を建て、五百人の伎女を選び、端正で才能があり巧みな者を選んで、交替で宿衛させられた。

王は大愛道に告げられた。「太子を護って、天祠に連れて行きなさい」

太子がお座りになると、すぐに咳をして笑い、お顔は喜びに満ちておられた。ちょうど天の寺に入られた時、諸天の像はそれぞれの場所を離れて、菩薩の足に礼拝した。

太子は七歳の時、釈迦族の人々が随行し、羊の車に乗って書師のもとへ向かわれた。師の名は選友といった。菩薩は金の筆、栴檀の墨、明珠で飾られた書机を手に取られ、師の選友に尋ねられた。「あなたはいま、どの書をもって私を教えようとされるのですか」

師は答えた。「梵書(ブラーフミー文字)と佉留書(カーローシュティー文字)をもって教えようとしています」

菩薩は答えられた。「他にも異なる書が六十四種あります。あなたはなぜ、ただ二種類だけを言われるのですか」

師が尋ねた。「それらは、いったい何と呼ばれているのですか」

答えられた。「梵書、佉留書、護衆書、疾堅書、龍鬼書、乾闥婆書、阿修羅書、鹿倫書、天腹書、転数書、転眼書、観空書、摂取書[注:詳細は多く、ここには載せきれない]。この六十四種のうち、どれをもって私を教えようとされるのですか」

その時、師は喜び勇んで、偈を唱えて菩薩を讚嘆した。菩薩は子供たち一人一人に、様々な文字の本末を詳しく説き明かされ、無上正真道の心を起こすよう勧められたのである。

瑞應本起云。時去聖久書缺二字。以問於師。師不能達。反啟其志。

瑞応本起経にはこうある。「当時、すでに聖者の時代から遠く離れており、経典にも二字の欠落があった。そのことを師に尋ねたが、師も答えられず、かえってその問いをさらに深めることとなった。」

時諸力士釋種長者啟白淨王。若太子作佛斷聖王種。王曰。何所王女宜太子妃。菩薩心念。吾不貪欲棄兜率來。以權方便今當試之。使上工立妙金像。以書文字。女人德義如吾所疏。能應娉耳。時白淨王告右梵志入迦夷衛國遍瞻察。梵志周行覩一玉女。淨猶蓮花。類玉女寶。王問女。梵志報曰。執杖釋種。王言。儻不可意使自擇之。召羅衛好女會彼講堂。時釋女俱夷到菩薩所。諦視菩薩目未曾眴。菩薩欣笑。執持寶英以遺俱夷。俱夷報曰。吾不貪寶。當以功德莊嚴。王遣梵志往媒此女。執杖釋言。我等本姓有藝術者乃嫁與之。王問菩薩。能現術乎。菩薩曰能。王遍勅國中。撞鍾擊鼓。却後七日太子現術。諸有藝術皆來集會。勝者以釋女與之。於是調達右手牽象左手撲殺。難陀出城門。即牽移路側。菩薩出城曰。是象身大臭熏城內。即右掌接擿置城外。時大臣炎光算術第一。言談算術亦不能及。樹木藥草眾水滴數一一可知。樗蒱六博天文地理。八萬異術一切諳會。不及菩薩。調達及難陀故欲手搏。菩薩愍之。舉調達身在於空中三反跳旋使身不痛。王及釋種更欲試射。調達竪四十里鼓。難陀六十里。菩薩百里。調達射中四十里鼓。不能得過。難陀六十里亦不得越。菩薩引弓。弓即折破。問有異弓任吾用不。王曰。吾祖父所執用弓奇異無雙。無能用者。著於天寺便可持來。一切諸釋無能張者。菩薩以手捺張。拼弓之聲悉聞城內。注箭放撥中百里鼓。箭沒地中涌泉自出。中鐵圍山。三千剎土六反震動。一切諸釋怪未曾有。於時執杖釋種以女俱夷為菩薩妃。隨世習俗現相娛樂。

時に諸力士の釈種の長者たちが白浄王に申し上げました。「もし太子が仏となられますと、聖王の種が絶えてしまいます。」王は言いました。「どの王女が太子の妃にふさわしいであろうか。」菩薩は心に思いました。「私は貪欲を好まず、兜率天を捨てて来たのだ。方便をもって今試してみよう。」そこで最高の工匠に命じて妙なる金像を造らせ、文字を書しました。女人の徳義は私が記した通りです。それに応じられる者を嫁に迎えようと。時に白浄王は右の梵志に告げて、迦夷衛国に入り隅々まで見て回らせました。梵志が巡り歩いて一人の玉女を見ました。清らかなこと蓮の花のようで、玉女宝のようでありました。王が女のことを問うと、梵志は答えました。「執杖釈種の娘です。」王は言いました。「もし意にかなわなければ、自分で選ばせよう。」羅衛の良い女たちを召して、かの講堂に集めました。時に釈女の俱夷が菩薩のもとに到り、じっと菩薩を見つめて目を一度も動かしませんでした。菩薩は嬉しそうに笑い、宝英を手に持って俱夷に贈りました。俱夷は答えました。「私は宝を貪りません。功德をもって荘厳いたしましょう。」王は梵志を遣わしてこの女に媒を立てさせました。執杖釈が言いました。「我らの本姓には芸術ある者にこそ嫁がせる。」王が菩薩に問いました。「術を現すことができるか。」菩薩は言いました。「できます。」王は国中に触れ回りました。鐘を撞き鼓を撃ち、七日後に太子が術を現すと。芸術ある者は皆集まって会しました。勝った者に釈女を与えると。そこで調達は右手で象を引き、左手で打ち殺しました。難陀が城門を出ると、すぐに引いて路の側に移しました。菩薩が城を出て言いました。「この象は体が大きく臭気が城内に薫る。」すぐに右の掌で受け止めて城外に投げ置きました。時に大臣の炎光は算術第一でありましたが、談論の算術もまた及ぶことができませんでした。樹木や薬草、多くの水滴の数まで一つ一つ知ることができました。樗蒱や六博、天文地理、八万の異術すべてに通じておりましたが、菩薩には及びませんでした。調達と難陀はわざと手合わせを望みました。菩薩は彼らを哀れみ、調達の体を空中に挙げて三度跳ね回らせ、体を痛めさせませんでした。王と釈種たちはさらに射を試そうとしました。調達は四十里の鼓を立て、難陀は六十里、菩薩は百里でありました。調達は四十里の鼓に射当たりましたが、それ以上は及びませんでした。難陀も六十里で越えることができませんでした。菩薩が弓を引くと、弓はすぐに折れ破れました。別の弓で私に使えるものがあるかと問いました。王は言いました。「我が祖父が執り用いた弓は奇異で比類がなく、使える者がありませぬ。天寺に置いてあるので持って来るがよい。」すべての釈たちは張ることができませんでした。菩薩は手で押し張りました。弓を張る音は城内にすべて聞こえました。矢を注いで放つと百里の鼓に当たりました。矢は地中に没し、泉が自然に涌き出ました。鉄囲山に当たり、三千刹土が六度震動しました。すべての釈たちは未曾有の怪しみを抱きました。その時、執杖釈種は娘の俱夷を菩薩の妃としました。世の習俗に従い、姿を現して楽しみました。

修行本起云。太子年至十七。王為採擇名女無可意者。有小國王。名須波弗。漢言善覺。女名裘夷。端正少雙。八國皆求悉不與之。白淨王召而告之。吾為太子娉取卿女。善覺憂愁。若不許者恐見誅伐。與者諸國結怨。女言表白淨王。國中勇武技術最勝者。我乃為之。王勅群臣並出戲場。太子舉象。射中鐵圍山。善覺送女詣太子宮。

『修行本起経』にこう説かれている。

太子が十七歳になられた時、父王は妃にふさわしい名高い姫君たちを探し求められたが、どなたも心にかなう方はいなかった。そこに、小さな国の王で須波弗(すばふつ。漢語で「善覚」という)という者がいた。その娘の名は裘夷(くい)といい、その美しさは比類がなかった。八つの国がこぞって求婚したが、誰にも嫁がせようとしなかった。

そこで白浄王は須波弗を召して言われた。「私の太子のために、そなたの娘を妃として迎えたい」

須波弗は憂い悲しんだ。もし断れば誅殺されることを恐れ、かといって応じれば諸国との間に恨みを買うからである。

すると娘が言った。「白浄王にこう申し上げてください。わが国の者の中で、勇猛果敢で武術や技芸に最も優れた方であれば、私はお妃になりましょう」

王は群臣に命じて、広場に競技場を設けさせた。太子は象を持ち上げ、矢を放って鉄の囲い山を射抜かれた。須波弗は喜び、娘・裘夷を太子の宮殿に送り届けたのである。

瑞應本起云。太子年十七。王為納妃簡選數千。最後一女名曰裘夷。端正第一禮義備舉。是則宿命賣花女也。太子雖納久而不接。婦人之情欲有附近。太子曰。常得好花置我中間。共視之寧不好乎。裘夷即具好花。又欲近之。太子曰却。此花汁污於床席。久後復曰。得好白𧜼置我中間。兩人觀之不亦好乎。婦即具𧜼又有近意。太子曰却。人有污垢必洿此𧜼。婦不敢近。侍女咸疑謂不能男。太子以手指妃腹曰。却後六年爾當生男。遂以有身。大善權經云。何故菩薩而有室娶菩薩無欲。所以示現妻息。防人懷疑。菩薩非男斯黃門耳。故納瞿夷釋氏之女。羅云於天變沒化生。不由父母合會而育。又是菩薩本願所致。

瑞應本起経にはこうある。太子が十七歳の時、王は妃を迎えるために多くの娘を選び、最後に一人の娘を選んだ。その名を裘夷といい、端正で第一の礼儀を備えていた。これこそ前世で花を売っていた娘である。太子は彼女を妃として迎えたものの、長い間共にすることはなかった。女心としては、どうしても近づきたいと思うものだが、太子は言った。「いつも良い花を私と中に置いて、一緒に見ようではないか」と。裘夷はすぐに良い花を用意したが、また近づこうとした。太子は「下がれ。この花の汁が寝台や敷物を汚す」と言った。しばらくしてまた、「良い白い布を私と中に置いて、二人で見るのも良いではないか」と言った。裘夷はすぐに白い布を用意し、またも近づこうとした。太子は「下がれ。人の身体の汚れがこの布を汚すであろう」と言った。裘夷は恐れて近づくことができなかった。侍女たちは皆、太子は男としての力がないのではないかと疑った。太子は指で妃の腹を指して言った。「六年後、お前は男の子を生むであろう」と。そして身ごもった。

大善権経にはこうある。どうして菩薩に妻があるのか。菩薩には欲望はない。妻や子を持つことを示すのは、人々の疑いを防ぐためである。もし菩薩が妻も子も持たなければ、人々は「菩薩は男ではない、宦官なのだ」と疑うであろう。そこで釈迦族の瞿夷という娘を妃として迎えたのである。羅雲(ラーフラ)は天の世界で変化によって生まれ、父母の交わりによって生まれたのではない。これもまた菩薩の本願によるものである。

時白淨王念言。太子將無欲遊觀。勅嚴治道路。莫令不淨見不可意。於時太子出東城門。菩薩威神之所建立。諸天化作老人。髮白齒落。目冥耳聾。執杖僂步。菩薩知而發問。此為何人。御者曰。是名老人。菩薩曰。人命速駛。猶山水流難可再過。不獨此人天下皆爾。便迴還入宮愍念十方。菩薩後復出南城門。路見病人。水腹身羸臥于道側。御者曰。此名病人。命在須臾餘壽如髮。菩薩曰。萬物無常有身有苦。吾亦當然。即還入宮。後復遊觀出西城門。見一人死。室家圍遶抆淚悲哭。菩薩問曰。此為何人。御者曰。此為死人。人生有死。猶春有冬。人物一統無生不終。菩薩曰。夫死痛矣。精神據矣。吾見死者。形壞體化而神不滅。吾不能復以死受生往來五道勞我精神。便迴車還。復於異日出北城門。見一沙門。衣服整齊手執法器。菩薩問曰。此為何人。御者答。此名比丘。以棄情欲難污如空。慈心一切欲度十方。菩薩言。善哉唯是為快。是吾所樂。菩薩念言。我不辭王而出家者。便為不應。即時靜夜入王宮殿。光明照遠近。其父覺起。啟父王言。諸天勸助今應出家。父王悲泣。何所志願。何時當還。菩薩言。欲得四願。一者不老。二者無病。三者不死。四者不別。假使父王與此四願。不復出家。王聞重悲。此四願者古今無獲。明旦即勅五百釋勇多力者宿衛菩薩。四門城開閉聲聞四十里(瑞應本起云。裘夷心疑其欲去。坐起不解其側)。

ある時、浄飯王はこう思いました。「太子はそろそろ外出して見物したがっているのでは。道中を整えさせ、不潔なものや不快なものを見せてはならない。」そして太子は東の城門から出ました。菩薩の神力により、天人が老人に姿を変えて現れました。白髪で歯は抜け、目はかすみ耳は遠く、杖をついて腰を曲げて歩いています。菩薩はそれを見て問いました。「これは何者か。」御者は答えました。「これは老人と申します。」菩薩は言いました。「人の命は速く流れる山の水のようなもので、再び戻ることは難しい。この老人だけではなく、天下の人すべてがそうなのだ。」そして宮殿に戻り、世の中のすべての人を哀れみました。

菩薩は後に南の城門から出ました。道端に病人が横たわっていました。腹は水腫れし、体は痩せ衰えています。御者は言いました。「これは病人と申します。命はわずかで、残された寿命は髪の毛ほどのものです。」菩薩は言いました。「万象は無常であり、体あるものには苦しみがある。私もまたそうなるのだ。」そして宮殿に戻りました。

後日、西の城門から見物に出ました。そこでは一人の死者がおり、家族が囲んで涙をぬぐい、悲しみに泣き叫んでいます。菩薩が尋ねました。「これは何者か。」御者は答えました。「これは死者です。人には生があれば死がある。それは春に冬があるのと同じです。生きとし生けるものはすべて同じで、生まれて死なないものはありません。」菩薩は言いました。「死は痛ましい。精神はそれに依存しているのだ。私は死者を見て、肉体は壊れ変化しても、魂(神)は消えないことを知った。私はもはや、死んでまた生まれ変わることを繰り返し、五道をさまよって精神を疲れさせるようなことはできない。」そう言って車を回し、宮殿に戻りました。

さらに別の日、北の城門から出ました。そこに一人の沙門(修行者)がいました。衣服は整い、手には法器を持っています。菩薩は尋ねました。「これは何者か。」御者は答えました。「これは比丘(修行僧)と申します。情欲を捨て、空のように汚れず、慈悲の心で全てのものを慈しみ、十方世界の衆生を救おうとしています。」菩薩は言いました。「素晴らしい。これこそが真の喜びだ。これこそ私の望む道だ。」

菩薩はこう思いました。「王様に告げずに出家するのは、あるべき姿ではない。」その夜、静かに王宮に入り、光明が遠く近くを照らしました。父王は気づいて起き上がりました。王子は父王に申し上げました。「天人が勧めて、今こそ出家すべきと告げています。」父王は泣き悲しみました。「お前は何を望むのか。いつ戻ってくるのか。」菩薩は言いました。「私は四つの願いが欲しい。第一に老いないこと、第二に病にならないこと、第三に死なないこと、第四に別れがないことです。もし父王がこの四つの願いをかなえて下さるなら、出家はしません。」王はこれを聞いてさらに悲しみました。「この四つの願いは、古来より誰も叶えた者はいない。」翌朝、王は五百人の若く力強い釈迦族の者に命じて、昼夜太子を護衛させました。そして四方の城門は、開閉の音が四十里(約160キロ)先まで聞こえるほど堅く閉ざされました(瑞応本起には「裘夷(后妃)は太子が出家しようとしているのではと疑い、座っていても横になっていても側を離れなかった」とある。)。

於時菩薩夜觀妓女。百節空中譬如芭蕉。鼻涕目淚。樂器縱橫。顧視其妻具見形體。腦髓髑髏心肺腸胃。外是革囊中有臭處。假借當還亦不得久。三界無怙唯道可恃。欲界諸天住於空中。法行天子遙白菩薩。時已到矣。沸星適現。即勅車匿起被揵陟。適宣此言。四天王與無數閱叉龍等。皆被鎧甲從四方來。稽首菩薩。城中男女皆疲極寐。孔雀眾鳥亦疲極寐。

菩薩はその夜、妓女たちを観察しました。彼女たちの体の節々は空洞で、まるで芭蕉のようでした。鼻水や涙、楽器が散らばっていました。妻を見ると、その全身がはっきりと見えました。脳、髑髏、心臓、肺、腸、胃。外側は革の袋ですが、中には不浄なものがあります。仮に借りたものは返さねばならず、長くは持ちこたえられません。三界には頼りになるものはなく、ただ悟りだけが頼りです。欲界の諸天は空中に留まり、法行天子は遠くから菩薩に告げました。「時は来た。明星がちょうど現れた。」すぐに車匿に命じて、揵陟に鞍を置くよう言いました。この言葉を告げると、四天王と無数の夜叉や龍たちが鎧をまとい、四方からやって来て菩薩に礼拝しました。町の男女は皆、疲れ果てて眠っていました。孔雀などの鳥たちも疲れ果てて眠っていました。

修行本起云。諸天言。太子當去恐作稽留。召烏蘇慢。漢名𥜒神。適來宮圍內人𥜒寐。

修行本起経にはこう説かれている。 諸天が言った。「太子がお出かけになるなら、妨げがあるといけない。そこで烏蘇慢という者を呼べ。漢名を神という。ちょうど宮殿に来れば、中の人々は眠りに落ちるであろう。」

車匿重悲。門閉下鑰誰當開者。諸鬼神阿須倫等自然開門。四神捧馬足。天帝前導。放大淨光將詣佛樹。俱夷明日從寐起已。自投於地。今捨我去為至何所。

車匿は、さらに深く悲しんだ。「門は閉ざされ、鍵が下ろされている。誰が開けてくれるというのだろう。」すると、諸々の鬼神や阿修羅たちが、自然に門を開いた。四神が馬の足を捧げ持ち、帝釈天が前を導き、大きな清らかな光を放ちながら、仏の木の下へと連れて行った。

(一方)俱夷は翌朝、目を覚ますと、地面に身を投げて言った。「今、私を置いて、どこへ行かれたのだろう。」

瑞應本起云。王自到田上。遙見太子樹為曲枝隨陰其軀。王悚然寐寤驚。不識下馬作禮。太子拜曰。今一適此。大王何宜抂來。得道當還不忘此誓。菩薩脫寶衣以付車匿。還啟白父王及以舍夷。若成正覺當復來還。車匿淚下如雨。白馬跪地舐菩薩足。王覩寶衣車匿白馬來還。不見太子。自投墮地。我子今為所至。俱夷悲哀抱白馬頸。太子乘汝何以獨來。王念菩薩不捨心懷。普召大臣。卿等長子抱孫共相娛樂。吾有一子。離別入山。擇取卿等子弟五人追而侍之。若中來者還滅汝族。五人追之不能及逮。心自念言。是為逸人。行不擇路。何道之有。歸去滅種不如住此。甘菓美泉悉無所乏。菩薩自念欲。作沙門至山水邊。定止天王知心持刀來。帝釋受髮。則成沙門。肉髻在處。大善權經云。菩薩自剃頭髮。諸天龍神無能見頂。況能除髮。菩薩念白淨王。當起恨意。誰剃子首。聞自剃之王乃默然。是為方便。菩薩往至尼連水邊。閑居寂然。思惟六年示大勤苦。日服一麻一米。結跏趺坐亦不傾側。大雨雷電冬夏默坐。未曾舉手以自障蔽。眾人怪之。取草木投耳鼻中。亦不棄去。

『瑞応本起経』にはこうあります。

王は自ら田んぼに赴かれました。遠くから太子をご覧になると、木が枝を曲げて太子の体に影を差し掛けています。王ははっと驚き目覚め、畏れ多くも馬から下りて礼を捧げました。太子は拝して言われました。「今、こうしてこの地に参りました。大王がどうしてわざわざお越しになられたのでしょう。悟りを得ましたなら必ず帰還し、この誓いを忘れません」。

菩薩は宝の衣を脱いで車匿(しゃのく)に渡し、こう伝えさせました。「父王と舎夷(しゃや)の国の人々に申し上げよ。もし正しい悟りを開くことができたなら、必ず再び戻ってくる、と」。車匿は涙を雨のごとくに流し、白馬はひざまずいて菩薩の足を舐めました。

王は宝の衣と車匿、白馬だけが戻ってくるのをご覧になり、太子の姿がありません。地に身を投げ打って言われました。「我が子は今、どこへ行ってしまったのか」。俱夷(ぐい)は悲しみのあまり白馬の首に抱きついて言いました。「太子はあなたに乗って出られたのに、どうしてあなただけが戻ってきたのですか」。

王は菩薩のことを思い、心から離れませんでした。そこで大臣たちをすべて召し集めて言われました。「あなたがたは長男や孫を抱き、共に楽しんでいる。私はただ一人の子を持ちながら、別離して山に入ってしまった。あなたがたの子弟の中から五人を選び、追跡させて彼に仕えさせよ。もし途中で戻ってくるようなことがあれば、お前たちの一族を滅ぼす」。五人は追跡しましたが、ついに追いつけませんでした。彼らは心の中でこう思いました。「これは奔放な人だ。道も選ばずに行く。何の道があろうか。帰れば一族は滅ぼされる。ここに留まるのが良い。甘い果実も美味しい泉も、何一つ乏しいものはない」。

菩薩は自ら「沙門(しゃもん)になろう」とお思いになり、山川のほとりにおいでになりました。定まっておわしますと、天王がその心を知り、刀を持って来ました。帝釈天(たいしゃくてん)が髪を受け取ると、菩薩は沙門となりました。肉髻(にっけい)はそのままの場所にありました。

『大善権経』にはこうあります。菩薩は自ら頭髪を剃られました。全ての天や龍神もその頂上を見ることができません。ましてや髪を剃ることなどできましょうか。菩薩はお思いになりました。「白浄王(びゃくじょうおう)は、きっと恨みを抱かれるだろう。誰が我が子の頭を剃ったのか、と。自ら剃ったと聞けば、王は黙されるであろう」。これが方便であります。

菩薩は尼連禅河(にれんぜんが)のほとりにおいでになり、閑かにして静かに過ごされました。六年もの間、大いなる勤苦を示され、一日に一つの胡麻と一粒の米だけをお召し上がりになりました。結跏趺坐(けっかふざ)しておられ、少しも傾きません。大雨や雷、冬も夏も黙って座っておられました。一度も手を上げて身を覆うことはありませんでした。人々はこれを怪しみ、草木を拾って耳や鼻に差し込んでも、それを取り除くことすらなさいませんでした。

瑞應本起云。菩薩取藁草布地。叉手閉目一心誓言。使吾於此肌骨枯腐。不得佛終不起。天神進食不受。天令左右自然生麻米。日食一麻一米。以續精氣端坐六年。觀佛三昧經云。坐道樹下形體羸瘠。唯有金色光明益顯。是骨節相跓失槃龍文。竟六年已。心自念言。今以羸瘦之體。往詣佛樹。後世有譏謂餓得道。吾寧可服柔軟食平復。其體然後成佛。時有長者女。出嫁生男心中歡喜。𤛗千頭牛展轉相飲。取其淳乳作糜欲祠樹神。遣婢見佛坐不識何神。還啟。大家。樹下有神端正殊好。女聞歡喜欲往取糜。糜跳出釜丈餘。不可得取。女甚怪之。天於虛空而出聲曰。有大菩薩。已從座起。汝本有願。當先飯之乃成正覺。女聞天言。即取乳糜盛滿金鉢。往尼連水邊。菩薩以神通力入水洗浴。兜率天子取天衣袈裟奉上。菩薩即取著之。住尼連水。長者女奉乳糜稽首足下。菩薩受食知氣力充。往詣佛樹路右一人名曰吉祥。又生青草柔滑不亂。菩薩詣吉祥所吾欲得草。適施草坐。地則大動。諸天化作八萬佛樹師子之座。或有佛樹高八千里。或四千里。一一天子念言。菩薩坐我座上不在餘座。其下劣眾生本薄福者。見於菩薩身坐草蓐。菩薩坐已。計魔波旬。最為豪尊。今吾當成無上正覺。當感令到降伏攝化。爾乃發起三界眾生。於時菩薩坐佛樹下。

菩薩は草を取って地に敷き、両手を合わせ目を閉じて一心に誓った。「この身の肉も骨も枯れ腐ろうとも、仏陀の悟りを得ずして決して起き上がらない」と。天人は食物を差し出したが受け取らず、天は左右に自然に麻と米を生じさせ、一日に麻一粒、米一粒だけを食べて気力を保ち、六年間座り続けた。

『観仏三昧経』にはこうある。菩提樹の下に座った菩薩の体は痩せ細り、金色の光明だけがますます輝いていた。骨格はくっついて龍の鱗のような紋様は消えていた。六年が過ぎて、菩薩は心の中で思った。「今この痩せ衰えた体で仏樹に向かうなら、後の世の人々は『飢えて悟りを得た』と嘲るだろう。私は柔らかい食物を食べて体を元に戻し、それから仏陀になるべきだ」

その時、長者の娘がいて、結婚して男の子を産み、心の中で喜んでいた。彼女は千頭の牛から乳を搾り、それを繰り返し飲ませて濃厚な乳を取り、粥を作って樹神に供えようとした。そこで下女を遣わして見に行かせると、菩薩が座っているのを見て、何の神か分からなかったので戻って報告した。「お屋形様、木の下に神様がおられます。姿は端正でとても美しいです」と。娘は喜んで粥を取りに行こうとした。すると粥が釜から一丈余りも飛び出して、取ることができなかった。娘は大変不思議に思った。すると天が虚空から声を発した。「大いなる菩薩がすでに座を起ちました。あなたには以前からの願いがあります。まずその方に粥を捧げなさい。そうすれば正覚を成就されます」と。

娘は天の言葉を聞いて、乳粥を金の鉢に満たし、尼連禅河のほとりに持って行った。菩薩は神通力で川に入って沐浴した。兜率天の天子は天の衣と袈裟を取って捧げ、菩薩はそれを身に着けて尼連禅河に立った。長者の娘は乳粥を捧げて足元に額づいた。菩薩はそれを食べて気力が満ちたのを知り、菩提樹に向かった。道の右側に一人の男がいて、名を吉祥といった。そこには青い草が柔らかく滑らかで乱れずに生えていた。菩薩は吉祥のところに行って「私は草が欲しい」と言った。草の座を設けると、大地は大いに震動した。諸天は八万の仏樹と獅子座を変化させて現した。ある仏樹は高さ八千里、あるいは四千里もあった。一人一人の天子は「菩薩は私の座に座り、他の座には座らない」と思った。その下劣な衆生で、もともと福徳の薄い者は、菩薩が草の上に座っているのを見た。

菩薩が座ると、魔羅の波旬が最も豪貴で尊い存在であることを計り知った。「今、私は無上正覚を成就しようとしている。彼を感じさせて降伏させ、教化せねばならない。そうして初めて三界の衆生を奮い立たせることができる」と。その時、菩薩は仏樹の下に座ったのである。

受胎經云。坐閻浮樹下。三十八日觀樹思惟。感動天地六反震動。演大光明覆蔽魔宮。時魔波旬臥寐夢中見三十二變。宮殿闇冥。宮殿污泥。入於邪逕。池水枯竭。樂器破壞。閱叉𥜒鬼頭皆墮地。諸天捨去不從其教(凡三十二夢文多不載)從夢而起恐怖毛竪。召會大臣及諸兵眾。說夢所見。以何方便而往伏之。并召千子。其五百子導師等信樂菩薩。其五百子惡目等隨魔所教。魔王憒亂告其四女。一名欲妃。二名悅彼。三名快觀。四名見從。汝往詣彼惑亂其行。女詣菩薩綺語作姿。三十有二姿。卞脣口嫈嫇細視。現其髀脚露其手臂。作鳧雁鴛鴦哀鸞之聲(凡四十二態文多不載)魔女善學女幻迷惑之業。而自言曰。我等年在盛時。天女端正莫踰我者。願得晨起夜寐供事左右。菩薩答曰。汝有宿福受得天身。形體雖好而心不端。革囊盛臭而來何為。去吾不用。其魔王女化成老母不能自復即。還魔所。

受胎経にこう説かれています。菩薩は閻浮樹の下に座り、三十八日のあいだ樹を観じて思惟し、天地を感動させて六種の震動を起こしました。大きな光明を放ち、魔の宮殿を覆い隠しました。そのとき魔王波旬は臥して眠る夢の中で三十二の変事を見ました。宮殿は暗くなり、宮殿は泥にまみれ、邪な道に入り、池の水は枯れ果て、楽器は破壊され、夜叉や鬼の頭はみな地に落ち、諸天は去ってその教えに従いませんでした。夢から起き上がると恐怖で毛が逆立ち、大臣たちと兵衆を召集して、夢に見たことを語り、どのような方便で彼を降伏させようかと話し合いました。そして千人の子を召し集めました。その五百の子は導師などで、菩薩を信じ楽しみ、他の五百の子は悪目などで、魔の教えに従っていました。魔王は心が乱れ、四人の娘に告げました。一人は欲妃といい、二人目は悦彼といい、三人目は快観といい、四人目は見従といいます。あなたたちは彼のもとへ行き、その行いを惑乱させなさい。娘たちは菩薩のもとへ行き、艶かしい言葉としぐさをなし、三十二の姿を作り、唇を整えて口を動かし、細く見つめ、腿や脚を現し、腕を露わにし、鴨や雁、鴛鴦、哀鸞の声を出しました。魔女たちは女の幻惑の業をよく学んでおり、こう言いました。私たちは年が盛んなときです。天女の端正さで私たちに勝る者はありません。どうか朝起きて夜寝るまで、あなたの左右に仕えさせてください。菩薩は答えました。あなたたちには宿の福があり、天の身を受けた。形は美しくとも心は正しくない。革袋に臭いものを盛っているのに、何をしに来たのか。去りなさい、私は用いない。魔王の娘たちは老母に変わってしまい、もとに戻ることができませんでした。そこで魔のところへ帰りました。

觀佛三昧經云。魔有三女。長名悅彼。中名喜心。小名多媚。白父言。我能往亂。願父莫愁。即自莊飾。過踰魔后百千萬倍。眄目作姿。現諸妖冶。禮敬菩薩旋繞七匝。白菩薩言。太子生時萬神侍御。何棄天位來此樹下。我是天女六天無雙。今以微身奉上太子。我等善能調身按摩。今欲親近。坐樹體疲宜須偃息。服食甘露。即以寶器獻天百味太子寂然身心不動。以白毫擬令天三女自見身肉膿囊涕唾九孔。根本生藏熟藏迴伏婉轉。踊生諸虫有八千戶。走入小腸張口上向。唼食諸藏。髓脈生虫細於秋毫。數甚眾多。其女見此即便嘔吐。即自見身左生蛇頭。右生狐頭。中首狗頭。背負老母。抱死小兒。諸女驚號却行而去。低頭視臍。自見女形醜狀鄙穢。復有諸虫如手釧形。團欒相持。而有眾口口生五毒唼食女根。諸女見已心極酸苦。如箭入心匍匐而去。呼嗟嘆息至魔王前。魔毒益盛。召四部十八億眾。變為師子熊羆猨猴之形。或虫頭人軀虺蛇之身。擔山吐火。雷電四繞獲持戈矛。菩薩慈心一毛不動。光顏益好鬼兵不能得近。

『観仏三昧経』にはこう説かれている。

魔には三人の娘がいた。長女を悦彼、次女を喜心、三女を多媚という。三人は父のもとへ行き、「私たちが参って彼を惑わしましょう。どうか父上、ご心配なさらないでください」と申し出た。そして身を飾り立てると、その美しさは魔后を百千万倍も凌ぐほどであった。彼女たちは流し目を送り、艶めかしいさまざまな仕草をしながら、菩薩に礼拝し、七回まわりながらこう言った。

「太子よ、お生まれになったときには一万の神々がお仕えしました。どうして天の位をお捨てになり、この木の下においでになるのですか。私は天女の中でも六天に並ぶ者がいないほどの者です。今、この身を太子に捧げたく存じます。私たちは心身を調え、按摩することに巧みでございます。今まさに近づき、木の下でお疲れのからだをお休めください。甘露を召し上がってくださいませ」

そう言って宝器に盛った天の百味を差し出した。しかし太子は静かに心身を動かさず、白毫から光を放って三人の娘に、自らの身が肉の袋であり、膿や鼻水、九つの穴、さらに内臓や五臓六腑がうごめき、そこから八千年もの虫が湧いて小腸に入り、口を開けて内臓を喰らい、髄や脈には秋の毛よりも細かい無数の虫がいるのを見せたのだ。

三人の娘はこれを目にして、たちまち吐き気を催した。さらに自分の体を見れば、左からは蛇の頭、右からは狐の頭、真ん中からは犬の頭が生えていた。背中には老いた母を負い、死んだ幼子を抱いている。娘たちは驚き叫び、後ずさりして逃げようとした。しかしふとへそを見下ろすと、自分の女の形が醜く汚らわしい有様で、さらに手輪の形をした数々の虫が群れをなし、その口々には五毒が宿り、女陰を貪り喰っていた。

娘たちはこれを見て、心は激しい苦しみに苛まれ、矢が心臓に突き刺さるようであった。這うようにして逃げ帰り、嘆き悲しみながら魔王の前にひれ伏した。

魔王の毒心はますます燃え上がり、四部十八億の眷属を呼び集めた。彼らは獅子や熊、猿の姿となり、ある者は虫の頭に人間の胴、毒蛇の体をして山を担ぎ火を吹き、雷電を四方に走らせて、戈や矛を手にした。しかし菩薩の慈しみの心は一毛も動かず、その顔の光はますます輝き、鬼の兵は近づくことができなかった。

觀佛三昧經云。魔王大怒遍勅六天。并諸八部。往瞿曇所是時諸鬼。猶如雲赴。或有諸鬼。首如牛頭。頭四十耳。耳生鐵箭。末爛上起。復有諸鬼。首如狐頭有十千眼聲如霹靂。曠野鬼神大將軍等。一頸六頭。胸有六面。膝頭兩面。體毛如箭。奮身射人。張眼爛赤。血出流下。疾走而到。魔告諸鬼。瞿曇善人或能知呪。當興四兵。化作四兵列狀如林甚可怖畏。直從空下至道樹邊。魔復更念。此眾或不能降伏瞿曇。復脫寶冠擬地。當閻羅王宮上。告勅諸鬼。汝等獄卒及閻羅王。阿鼻地獄刀輪劍戟火車爐炭。一切都舉向閻浮提。魔王振吼勅諸兵眾。速害瞿曇。上震火雷雨熱鐵丸。刀輪武器交橫空中。然其火箭不近菩薩。是時菩薩。徐舉眉間毫擬阿鼻地獄。令罪人見白毛流水澍如車軸。大火暫滅。自憶前世所作諸罪。心得清涼稱南無佛。以是因緣受罪畢訖。直生人中。魔見是相顦顇懊惱。忽然還宮。白毫直至六天。見白毛孔諸寶蓮花過去七佛在其花上。如是白毛上至無色。遍照一切如頗梨鏡。八萬四千天女視波旬身。狀如燋木。但瞻菩薩白毫相光。無數天子天女皆發無上菩提道意。

『観仏三昧経』にはこう説かれています。

魔王は大いに怒り、六欲天のすべての天部と、八部衆のすべてにこう命じました。「ゴータマのところへ行け」。するとそのとき、無数の鬼たちが雲のように集まってきました。中には牛のような頭を持つ鬼もいました。その頭には四十の耳があり、耳には鉄の矢が刺さって、先端が腐って逆立っていました。また、狐のような頭を持つ鬼もいて、一万の目があり、その声は雷鳴のようでした。荒野の鬼神や大将軍たちは、一つの首に六つの頭を持ち、胸には六つの顔があり、膝の先にも顔が二つあり、体の毛は矢のようで、体を躍らせて人に射かけ、目を見開くとただれ爛れて血が流れ落ち、疾走してやってきました。

魔王は鬼たちに言いました。「ゴータマという善人は、もしかすると呪を知っているかもしれない。だから軍を四つに編成し、四つの兵隊として整列させよ。その様子は林のように並び、非常に恐ろしいものにせよ。そしてそのまま空中から道場の木のそばに降り立て」。

魔王はさらに考えました。「この軍勢でもゴータマを屈服させられないかもしれない」。そこで宝冠を脱ぎ、地面に向けて投げると、それは閻魔王の宮殿の上に届きました。魔王は鬼たちに告げました。「お前たち獄卒や閻魔王よ。阿鼻地獄の刀輪、剣、戟、火車、炉の炭、すべてを挙げて閻浮提に向けよ」。

魔王は叫び、兵たちに命じました。「急いでゴータマを殺せ」。上空からは火の雷を降らせ、熱鉄の丸を雨のように降らせ、刀輪や武器を空中に交差させました。しかし、その火の矢は菩薩に近づくことはできませんでした。

そのとき、菩薩はゆっくりと眉間の白毫を阿鼻地獄に向けました。すると罪人たちは、その白い毛から水が流れ出し、車軸のように注ぐのを見ました。大火は一時的に消え、罪人たちは自らの前世の罪を思い出し、心に清涼を得て「南無仏」と唱えました。その因縁によって罪が終わり、そのまま人間に生まれました。

魔王はこの様子を見て、やつれ、悔しがり、突然宮殿に戻りました。菩薩の白毫は六欲天にまで達し、その毛穴からは様々な宝の蓮華が現れ、過去七仏がその蓮華の上に座っていました。この白毫はさらに上に進み、無色界にまで至り、一切を照らして、まるで玻璃の鏡のようでした。

八万四千の天女たちは、魔王の姿を見ると、その体は焦げた木のようでした。しかし菩薩の白毫の光を瞻仰し、無数の天子や天女がみな無上菩提の心を発しました。

魔王自前與佛相難。菩薩以智慧力伸手按地。應時地動。魔與官屬顛倒而墮。已降魔怨成正真覺。

魔王が自ら仏に挑みかかった。しかし菩薩は智慧の力で手を差し伸べて大地を押さえた。するとたちまち地が震え、魔王とその眷族は逆さまに落ちていった。こうして魔の怨みを降し、完全な悟りを開かれたのである。

祐尋。法身無形。群有已滅覺智不起。萬動永寂。而偱現託生降神胎化者何耶。乘大緣以應俗。本誓力以弘慈也。故能運般若之權。任首楞之勢。迴靈兜率耀化赤澤。陶鈞非我利見由物。豈言象思議而能語其極哉。是以攝受群萌故居輪皇。摧制剛夸故才窮藝術。斷拔愛網故去國入山。顯明法尊故降魔道樹。凡斯妙跡罔非振俗。應體圓通。隨方變現。法身凝湛未甞起滅。然世識習滯據跡為真。欲觀如來失道愈遠。故涅槃經云。若言菩薩在白淨王宮依因父母生育是身。是魔所說。蓋謂證迹而迷本也。若本跡雙照權實俱明。則披經無礙。法身可覩。

祐尋よ。法身には形がなく、あらゆるものはすでに滅しており、覚知も生じません。あらゆる動きは永遠に静まり返っています。それにもかかわらず、法身は姿を現し、託生し、神の胎内に宿り、形を変えて現れるのはなぜでしょうか。それは、大きな縁に乗って俗世に応じ、もともとの誓いの力で大いなる慈悲を広めるためなのです。それゆえに、般若の方便を操り、首楞厳の勢いを任せて、兜率天に還り、赤い世界で輝きながら姿を現します。陶冶や調整は我によるものではなく、利益が見えるのは物によるのです。どうして言葉や心の思索でその極みを語ることができるでしょうか。それゆえ、多くの人々を導くために輪転王の地位に留まり、剛直で傲慢な者を挫くために芸術の才能にまで極まり、愛の網を断ち切るために国を去って山に入り、法の尊さを明らかにするために道場の木の下で魔を降伏させました。およそこれらの素晴らしい跡は、すべて世を揺さぶるためのものではありません。応じる本体は円く通じ、方に従って変化して現れます。法身は静かで深く、まだ生じたり滅したりしたことはありません。しかし、世間の認識は習慣に滞り、跡をとらえて真実と見なします。如来を観ようとしても、道を失うことはますます遠くなります。ゆえに『涅槃経』にはこうあります。「もし菩薩が白浄王の宮殿にいて、父母に依ってこの身を生んだと言うならば、それは魔の説である。」これは、跡を証拠としながらも、本質を見失っていることを言っているのです。もし本質と跡の両方を照らし、方便と真実の両方を明らかにするならば、経典を開いても妨げられることはなく、法身を目にすることができるでしょう。


3 釋迦近世祖始姓釋緣譜
5 釋迦在七佛末種姓眾數同異譜

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