釋迦在七佛末種姓眾數同異譜第五(出長阿含經)
第五譜 釈迦が七仏の末にて種姓・衆数の同異を示す(『長阿含経』より)
佛告諸比丘。過去九十一劫時。世有佛名毘婆尸如來至真。出現于世。復次過去三十一劫。有佛名尸棄如來至真。出現於世。復於彼三十一劫中。有佛名毘舍婆如來至真。出現於世。復次此賢劫中。有佛名拘樓孫。又名拘那含。又名迦葉。我今亦於賢劫中。成最正覺。
仏は比丘たちにこうお告げになりました。
「遠い昔、九十一劫の昔、毘婆尸如来(ヴィパシン如来)がこの世に現れました。 次に、三十一劫の昔、尸棄如来(シキン如来)がこの世に現れました。 同じ三十一劫の時代には、毘舎婆如来(ヴィシュヴァブー如来)も現れました。
さらに、今のこの賢劫においては、拘楼孫如来(クラクチャンダ如来)、拘那含如来(カナカムニ如来)、迦葉如来(カーシャパ如来)が現れました。 そして今、私もこの賢劫において、最高の悟りを開いたのです。」
毘婆尸佛時人壽八萬歲。尸棄佛時人壽七萬歲。毘舍婆佛時人壽六萬歲。拘樓孫佛時人壽四萬歲。
毘婆尸仏の時代には、人の寿命は八万歳でした。 尸棄仏の時代には、人の寿命は七万歳でした。 毘舎婆仏の時代には、人の寿命は六万歳でした。 拘楼孫仏の時代には、人の寿命は四万歳でした。
拘那含佛時人壽三萬歲。迦葉佛時人壽二萬歲。我今出世人壽百歲。少出多減。
拘那含仏の時代、人々の寿命は三万年でした。迦葉仏の時代には、人々の寿命は二万年でした。そして、私が今この世に現れた時代、人々の寿命は百年です。それよりも短い人も多く、減りつつあります。
毘婆尸佛出剎利種。姓拘利若。尸棄佛毘舍婆佛種姓亦爾。拘樓孫佛出婆羅門種姓迦葉(增一阿含云姓婆羅墮)拘那含佛迦葉佛種姓亦爾。我今如來至真出剎利種。姓曰瞿曇。
毘婆尸仏はクシャトリヤの種族から生まれ、姓はコーンダンニャであった。尸棄仏と毘舎婆仏も種姓は同じである。拘楼孫仏はバラモンの種族から生まれ、姓はカーシャパであった(増一阿含によれば姓はバーラドヴァージャ)。拘那含牟尼仏と迦葉仏も種姓は同じである。そして今、私、如来・至真はクシャトリヤの種族から生まれ、姓はゴータマである。
毘婆尸佛。坐娑羅樹下成最正覺。尸棄佛坐分陀利樹下成最正覺。毘舍婆佛坐婆羅樹下成最正覺。拘樓孫佛坐尸利沙樹下成最正覺。拘那含佛坐烏暫婆羅門樹下成最正覺。迦葉佛坐尼拘律樹下成最正覺。我今如來至真。坐鉢多樹下成最正覺。
毘婆尸仏は娑羅樹の下で悟りを開かれました。 尸棄仏は分陀利樹の下で悟りを開かれました。 毘舎婆仏は婆羅樹の下で悟りを開かれました。 拘楼孫仏は尸利沙樹の下で悟りを開かれました。 拘那含仏は烏暫婆羅門樹の下で悟りを開かれました。 迦葉仏は尼拘律樹の下で悟りを開かれました。 そして今、私、如来・至真は、鉢多樹の下で悟りを開きました。
毘婆尸如來三會說法。初會弟子有十六萬八千人。二會弟子有十萬人。三會弟子有八萬人。尸棄如來亦三會說法。初會弟子有十萬人。二會弟子有八萬人。三會弟子有七萬人。毘舍婆如來二會說法。初會弟子有七萬人。次會弟子有六萬人。拘樓孫如來一會說法。弟子四萬人。拘那含如來一會說法。弟子三萬人。迦葉如來一會說法。弟子二萬人。我今一會說法。弟子千二百五十人。
毘婆尸如来は三度にわたって説法を行いました。 第一回の説法には十六万八千人、 第二回には十万人、 第三回には八万人の弟子が集まりました。 尸棄如来も三度の説法を行いました。 第一回には十万人、 第二回には八万人、 第三回には七万人の弟子が集まりました。 毘舎婆如来は二度の説法を行いました。 第一回には七万人、 第二回には六万人の弟子が集まりました。 拘楼孫如来は一度の説法で、 四万人の弟子が集まりました。 拘那含如来も一度の説法で、 三万人の弟子が集まりました。 迦葉如来も一度の説法で、 二万人の弟子が集まりました。 そして今、私(釈迦)は一度の説法で、 千二百五十人の弟子が集まっています。
毘婆尸佛有二弟子。一名騫荼。二名提舍。諸弟子中最為第一。尸棄佛有二弟子。一名阿毘浮。二名三婆婆。諸弟子中最為第一。毘舍婆佛有二弟子。一名扶遊。二名欝多摩。諸弟子中最為第一。拘樓孫佛有二弟子。一名薩尼。二名毘樓諸弟子中最為第一。拘那含佛有二弟子。一名舒槃那。二名欝多樓。諸弟子中最為第一。迦葉佛有二弟子。一名提舍。二名婆羅婆。諸弟子中最為第一。今我二弟子。一名舍利弗。二名目犍連。諸弟子中最為第一。
毘婆尸仏には二人の弟子がいた。一人は騫荼(けんだ)、もう一人は提舎(だいしゃ)といい、弟子の中で最も優れていた。尸棄仏には二人の弟子がいた。一人は阿毘浮(あびぶ)、もう一人は三婆婆(さんばば)といい、弟子の中で最も優れていた。毘舎婆仏には二人の弟子がいた。一人は扶遊(ふゆう)、もう一人は欝多摩(うったま)といい、弟子の中で最も優れていた。拘楼孫仏には二人の弟子がいた。一人は薩尼(さつに)、もう一人は毘楼(びる)といい、弟子の中で最も優れていた。拘那含仏には二人の弟子がいた。一人は舒槃那(じょはんな)、もう一人は欝多楼(うったる)といい、弟子の中で最も優れていた。迦葉仏には二人の弟子がいた。一人は提舎(だいしゃ)、もう一人は婆羅婆(ばらば)といい、弟子の中で最も優れていた。そして今、私(釈迦)には二人の弟子がいる。一人は舎利弗(しゃりほつ)、もう一人は目犍連(もくけんれん)といい、弟子の中で最も優れている。
毘婆尸佛有執事弟子。名曰無憂。尸棄佛執事弟子。名曰忍行。毘舍婆佛有執事弟子。名曰寂滅。拘樓孫佛有執事弟子。名曰善覺。拘那含佛有執事弟子。名曰安和。迦葉佛有執事弟子。名曰善友。我執事弟子名曰阿難。毘婆尸佛有子。名曰方膺。尸棄佛有子。名曰無量。比舍婆佛有子。名曰妙覺。拘樓孫佛有子。名曰上勝。拘那含佛有子。名曰導師。迦葉佛有子。名曰進軍。今我有子。名曰羅睺羅。
毘婆尸仏には執事の弟子がおり、名を無憂と言いました。尸棄仏の執事の弟子は忍行と言いました。毘舎婆仏の執事の弟子は寂滅と言いました。拘楼孫仏の執事の弟子は善覚と言いました。拘那含仏の執事の弟子は安和と言いました。迦葉仏の執事の弟子は善友と言いました。わたしの執事の弟子は阿難と言います。毘婆尸仏には子がおり、名を方膺と言いました。尸棄仏の子は無量と言いました。毘舎婆仏の子は妙覚と言いました。拘楼孫仏の子は上勝と言いました。拘那含仏の子は導師と言いました。迦葉仏の子は進軍と言いました。いま、わたしには子がおり、名を羅睺羅と言います。
毘婆尸佛父名槃頭。剎利王種。母名槃頭婆提。王所治城名槃頭波提。尸棄佛父名明相。剎利王種。母名光曜。王所治城名曰光相。毘舍婆佛父名善澄剎利王種。母名稱戒所治城名曰無喻。拘樓孫佛父名禮得。婆羅門種。母名善枝。王名安和。隨王名故城名安和。拘那含佛父名內德。婆羅門種。母名善勝。是時土名清淨。隨土名故城名清淨。迦葉佛父名曰梵德。婆羅門種。母名曰財主。是時王名波毘。王所治城名波羅捺。釋迦文佛父名淨飯剎利王種。母名大清淨妙。王所治城名迦毘羅衛。
毘婆尸仏の父は槃頭という名で、クシャトリアの王家の出です。母は槃頭婆提といいます。治めていた都は槃頭波提といいます。 尸棄仏の父は明相という名で、クシャトリアの王家の出です。母は光曜といいます。治めていた都は光相といいます。 毘舎婆仏の父は善澄という名で、クシャトリアの王家の出です。母は稱戒といいます。治めていた都は無喩といいます。 拘楼孫仏の父は禮得という名で、バラモンの家系の出です。母は善枝といいます。王は安和といい、その王の名にちなんで都も安和と呼ばれました。 拘那含仏の父は内徳という名で、バラモンの家系の出です。母は善勝といいます。その時の国土は清浄と呼ばれ、国土の名にちなんで都も清浄と呼ばれました。 迦葉仏の父は梵徳という名で、バラモンの家系の出です。母は財主といいます。その時の王は波毘といい、治めていた都は波羅捺といいます。 釈迦文仏の父は浄飯という名で、クシャトリアの王家の出です。母は大清浄妙といいます。治めていた都は迦毘羅衛といいます。
觀佛三昧經云。毘婆尸佛身長六十由旬。圓光百二十由旬。尸棄佛身長四十二由旬。圓光四十五由旬。通身光一百由旬。毘舍佛身長三十二由旬。圓光四十二由旬。通身光六十二由旬。拘留孫佛身長二十五由旬。圓光三十二由旬。通身光五十由旬。拘那含牟尼佛身長二十由旬。圓光三十由旬。通身光長四十由旬。迦葉佛身長十六丈。釋迦牟尼佛身長丈六。圓光七尺佛身並紫金色。
『観仏三昧経』にはこう説かれています。
毘婆尸仏(びばしぶつ)の身長は六十由旬、背後の円光は百二十由旬でした。 尸棄仏(しきぶつ)の身長は四十二由旬、円光は四十五由旬、全身の光は百由旬でした。 毘舎仏(びしゃぶつ)の身長は三十二由旬、円光は四十二由旬、全身の光は六十二由旬でした。 拘留孫仏(くるそんぶつ)の身長は二十五由旬、円光は三十二由旬、全身の光は五十由旬でした。 拘那含牟尼仏(くなごんむにぶつ)の身長は二十由旬、円光は三十由旬、全身の光は四十由旬でした。 迦葉仏(かしょうぶつ)の身長は十六丈でした。 そして、釈迦牟尼仏の身長は一丈六尺、円光は七尺でした。
これらの仏さまの身体は、みな紫金色に輝いていました。
祐尋。七佛相次化跡各殊。夫法身平等非有優劣。眾生業異故現應不同耳。是以釋迦出世身相紫金。而一千比丘咸見赭容。十六信士偏覩灰色。色自彼異佛恒壹也。類此而言。可無惑矣。
祐尋よ。七仏が次々と世に現れた化跡はそれぞれ異なる。しかし、法身は平等であり、優劣があるわけではない。ただ衆生の業が異なるため、その応現の姿も異なって見えるにすぎない。そのため、釈迦が世に出た時、その身相は紫金色であったが、一千人の比丘は皆、赤褐色の姿を見た。また、十六人の信士は灰色の姿だけを見た。色は彼らによって異なるが、仏そのものは常に一つである。このように考えれば、疑問は解けるであろう。