釋迦弟子姓釋緣譜第八(出增一阿含經)
第八章 仏弟子の姓と因縁(出典:増一阿含経)
佛告諸比丘。有四大河水。從阿耨達泉出。云何為四。所謂恒伽。新頭。婆叉。私陀波。恒伽水東流牛頭口出。新頭南流師子口出。私陀西流象口中出。婆叉北流從馬口出。是時四大河水。繞阿耨達泉。已恒伽入東海。新頭入南海。婆叉入西海。私陀入北海。爾時四大河入海已。無復本名字同名為海。此亦如是有四姓。云何為四。剎利婆羅門長者居士種。於如來所剃除鬚髮。著三法衣出家學道。無復本姓。但言沙門釋迦子。所以然者。如來眾者其猶大海。四諦其如四大河。除去結使入於無畏涅槃城。是故諸比丘諸有四姓。剃除鬚髮以信堅固。出家學道者。彼當滅本名字。自稱釋種中出家學道比丘。當欲論生子之義者。當名沙門釋種子是。所以然者。生由我生成從法而成。是故比丘當求方便得作釋種子。如是諸比丘當作是學。
仏が比丘たちに告げられた。「四大の川の水がある。アノータッタ池から出る。その四つとは、ガンジス川、シンドゥ川、ヴァクシュ川、シター川である。ガンジス川は東へ流れ、水牛の口から出る。シンドゥ川は南へ流れ、獅子の口から出る。シター川は西へ流れ、象の口から出る。ヴァクシュ川は北へ流れ、馬の口から出る。この四大の川の水は、アノータッタ池を巡ってから、ガンジス川は東海に入り、シンドゥ川は南海に入り、ヴァクシュ川は西海に入り、シター川は北海に入る。このように四大の川が海に入ったなら、もはや元の名前はなく、すべて海と称される。これと同じように、四つの姓がある。その四つとは、刹帝利、婆羅門、長者、居士の種姓である。彼らが如来のもとで髪や鬚を剃り、三つの法衣を着て出家し学道するならば、もはや元の姓はなく、ただ沙門すなわち釈迦の弟子と呼ばれる。その理由は何か。如来の教団は大海のようなものであり、四つの聖なる真理は四大の川のようなものである。煩悩の束縛を取り除き、恐れのない涅槃の城に入るのである。故に、比丘たちよ、四つの姓を持つ者たちが髪や鬚を剃り、確かな信念を持って出家し学道するならば、彼らは元の名前を捨てて、自らを釈迦の種から出家した学道の比丘と称すべきである。もし子の生まれについて論じたいならば、沙門すなわち釈迦の子と呼ばれるべきである。その理由は、生まれは私(仏)によって成り、法によって成るからである。ゆえに比丘たちよ、方便を求めて釈迦の子となるよう努めなさい。比丘たちよ、このように学ぶべきである。」
彌沙塞律云。汝等比丘雜類出家。皆捨本姓稱釋子沙門。長阿含經云。彌勒出世。諸比丘弟子。皆稱慈子。如我今弟子稱為釋子。
彌沙塞律にはこう説かれています。「汝ら比丘たちは、様々な境遇から出家し、皆、元の姓を捨てて、釈子(しゃくし)・沙門(しゃもん)と名乗るのである。」 長阿含経にはこうあります。「弥勒(みろく)がこの世に現れた時、多くの比丘たちは皆、慈子(じし)と称されるであろう。ちょうど、私の今の弟子たちが釈子と呼ばれているように。」
祐尋。四河入溟。俱名為海。四族歸道。並號曰釋。可謂總彼殊源。同乎一味者矣。