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衆経撰雑譬喻 (眾經撰雜譬喻)


(一一)

(十一)

昔有天人食福欲盡,七證自知——一者頭上華萎、二者頸中光滅、三者形身損瘦、四者腋下汗出、五者蠅來著身、六者塵土坌衣、七者自然去離本座。自知福盡下生世間貧窮家,與疥癩母猪作子,愁憂不樂。更有一天人來問:「汝何以不樂?」答曰:「吾壽將終,下生為疥癩母猪作子,是故愁耳!」彼天曰:「釋迦文佛在忉利天宮為母說法,當往歸依,及比丘僧,可得免苦。」便往詣佛所志心歸命,七日之後壽盡。來生世間大長者家,母妊娠後恒聞三歸聲,至十月滿乃生墮地,長跪叉手歸命佛法僧。其母驚謂是不祥,便欲殺之,思惟言:「長者之子不可便爾,罪我不少。」即往白長者具說此意。長者言:「人生居世不知歸命三尊,而生此兒,纔生已知三尊,將是神人,好養之,勿怪也!」此兒之福才聰特異,父母愛重。至年五歲與同輩道邊戲,時舍利弗、目連過,前為作禮。舍利弗曰:「未見小兒作禮如此!」兒白道人:「不相識耶!」舍利弗即入定觀其本相,乃知是彼天人,便長跪詣舍利弗、目連:「願尊為請佛及僧,明日造鄙舍食。」即便許之。兒歸白父母言:「向請舍利弗、目連,願世尊明日屈意飯食。」父母歡喜即為竭財上饍食具。明日佛將諸大眾往到其家,兒及父母迎佛作禮。佛即就座,行水下食須臾已訖,佛為說法,父母及兒皆得無所從來法忍,百千天人發無上正真道意。經言能竭慈,可謂如此矣!

昔、ある天人がありました。天での福報を使い果たそうとしていることを、七つの証拠によって自覚しました。すなわち、一つ目は頭上の花が萎れること、二つ目は首の周りの光が消えること、三つ目は身体が痩せ衰えること、四つ目は脇の下に汗が出ること、五つ目は蝿が身体にまとわりつくこと、六つ目は塵が衣に降りかかること、七つ目は自然と自分の座を離れることでした。

その天人(てんにん)は、自分の福報が尽きて、この世の貧しい家に生まれ変わり、疥癬(かいせん)にかかった雌豚の子となる運命にあると知り、悲しみに暮れました。そこへ別の天人がやって来て尋ねました。「あなたはどうしてそんなに憂えているのですか?」

天人(てんにん)は答えました。「私の寿命はまもなく終わり、下の世に生まれ変わって疥癬の雌豚の子となります。だから悲しんでいるのです。」

その天人は言いました。「釈迦文仏(しゃかもんぶつ)が忉利天(とうりてん)の宮殿で母のためにお説法になっています。どうかそこへ行って仏と僧侶たちに帰依(きえ)しなさい。そうすれば苦しみを免れることができます。」

その天人(てんにん)は仏のもとへ参り、心を込めて帰依しました。七日後、寿命が尽きると、この世の大長者の家に生まれ変わりました。母は妊娠すると、いつも「三帰(さんき)」の声を聞きました。十月が満ちて出産し、子は地面に落ちるとすぐにひざまずいて、仏法僧に帰依しました。

母親は驚いてこれは不吉なことだと思い、子を殺そうとしました。しかし考え直して言いました。「長者の子をそのようにしてはいけません。私の罪は少なくないでしょう。」そこで長者のもとへ行き、このことを詳しく話しました。

長者は言いました。「人生において、三宝(さんぼう)に帰依することを知らずに生きている者が多いのに、この子は生まれてすぐに三宝を知っている。これは神人(しんにん)であろう。大切に育てなさい。怪しむことはありません。」

この子は生まれつき智慧が優れていたので、両親は慈しみ大切にしました。五歳になったとき、同年代の子供たちと道ばたで遊んでいると、舎利弗(しゃりほつ)と目連(もくれん)が通りかかりました。子は進み出て彼らに礼をしました。

舎利弗は言いました。「こんな小さな子が、このように礼をするのは見たことがない。」

子は言いました。「お坊様、お気づきになりませんか?」

舎利弗はすぐに禅定に入ってその子の元々の姿を観察すると、あの天人(てんにん)であることを知りました。子は舎利弗と目連にひざまずいて言いました。「尊者よ、どうか仏と僧侶たちをお招きください。明日、私めの家で食事をしていただきたいのです。」

二人はそれを承諾しました。

子は家に帰って両親に申し上げました。「さきほど舎利弗と目連をお招きしました。明日、世尊(せそん)にもお越しいただいて食事をしていただきたいのです。」

両親は喜び、家財を尽くして上等な食べ物を用意しました。翌日、仏は大勢の僧侶たちを連れてその家に到着しました。子と両親は仏を迎えて礼をしました。仏は座につき、食事が済むと、仏は説法をされました。両親と子は皆、無所従来法忍(むしょじゅうらいほうにん)を得ました。そして、百千(ひゃくせん)の天人たちが無上正真道(むじょうしょうしんどう)の心を発しました。

経典に「慈しみを尽くすことができる」と言われるのは、このようなことを指しているのです。


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