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法華文句記 (法華文句記)


法華文句記卷第二(上)

法華文句記 第二巻(上)

唐天台沙門湛然述

唐天台沙門湛然述

迦葉緣起,《傳》中最廣,豈可具書?迦葉是姓故云氏也。負圖者,如此方河圖。《十二遊經》云:「佛成道第三年始度五人,第四年化大迦葉及三兄弟,第五年化目連、身子。」「聚落」,多人所居,但勝人當名。「畏勝王」者,民物不合勝王耳。「三捨」者,捨此已下是也。「後時佛語」等者,《增一》云:「佛在迦蘭陀與五百比丘俱,時迦葉乞食前至佛所,却坐一面。佛言:汝年老長大志衰根弊,可捨乞食及十二頭陀,亦可受請并受長衣。迦葉曰:我不從佛教,若如來不成佛,我作辟支佛,辟支佛法盡壽行蘭若行。佛言:善哉!善哉!多所饒益。若迦葉行頭行在世者,我法久住增益人天,三惡道滅成三乘道。」《十住婆沙》十二頭陀一一各具十種功德,廣在第十四卷〈十二頭陀品〉中。《增一》四十六在增十一文中,樹下、露坐合之為一,故知法相不可一準。《大論》四十九,說無生忍為十二頭陀,屬通非藏,故今約教極在涅槃。有無同異具如《止觀》第四記。「四神三昧」者,四神足定也,由四神足有此四用。「無形」者,能隱沒故。「無量意」者,知他心故。「清淨積」者,能變穢故。「不退」者,能入惡故。言四定者,此是必定定得諸禪及以無漏,能善簡擇戒法具足,由是諸事得無退轉。「文陀竭王」者,頂生王也。「天人咸等」者,《增一》云:「迦葉聞天人稱為佛師,起鳴佛足云:佛是我師,我是弟子。」「又迦葉」下,如《別譯阿含》第二十云:「佛在迦蘭陀,迦葉共阿難入城乞食。阿難云:日時未至,且往比丘尼精舍。迦葉如言,諸尼遙見來,歡喜敷坐具竟,迦葉即為尼說法。時偷羅難陀心不甘樂,即私云:長老迦葉在阿難前說法,如販針兒至針師門求欲賣針,終不可售。迦葉亦爾,在阿難前而說於法。迦葉天耳遙聞,語阿難言:何足可怪?迦葉於比丘尼前作師子吼,從座而起即還所止。」今文從「迦葉語尼言」去文,即迦葉師子吼文也。又《別譯阿含》乞食法,從家至家不足便止。有云:至七家,不足便止。「四大弟子」者,迦葉、賓頭盧、羅云、軍屠鉢漢。文列七大,若并本族大及諸天戀慕為慈悲大,合為九大。若以此為四悉者,姓及捨受即世界;三行大即為人,聞名覩行皆生善;故第四印可即是對治,以佛印可息疑怪故;位與慈悲即第一義,見理入位故。集法持法並入位之功。集法中引肇公者,明集法功多。又文中「位大」者,不獨論無學位也,以德高望重所掌職大。「云云」者,因緣縱多並為四悉攝盡。

迦葉の因縁については、伝の中でも最も詳細に記されているので、ここで全てを書き尽くすことはできません。「迦葉」は姓であるため、「氏」とも呼ばれます。「負図」とは、この世でいう河図のようなものです。『十二遊経』にはこうあります。「仏が成道して三年目に初めて五人を度し、四年目に大迦葉とその三兄弟を教化し、五年目に目連と舎利弗を教化した」。「聚落」とは多くの人が住む場所ですが、特に優れた人がいるときにその名で呼ばれます。「畏勝王」とは、民や物が王に勝るべきではないという意味です。「三捨」とは、これより以下のものを捨てることを指します。「後時仏語等」については、『増一阿含経』にこうあります。「仏が伽蘭陀に五百人の比丘と共にいるとき、迦葉が托鉢を終えて仏のもとに来て、一隅に座った。仏は言われた。『あなたは年も老いて志も衰え、身体も弱っている。托鉢や十二頭陀行をやめ、食事の招きを受け、長い衣も受け取りなさい』。迦葉は答えた。『私は仏の教えに従いません。もし如来が仏になられなければ、私は辟支仏になっていたでしょう。辟支仏の教えは、生涯、林の中で修行することです』。仏は言われた。『善きかな、善きかな。実に多くの人を益するものである。もし迦葉が頭陀行をこの世で行うならば、私の教えは長く続き、人や天人は増え、三悪道は消え去り、三乗の道が成就するであろう』」。『十住毘婆沙論』には、十二頭陀の一つ一つに十種の功徳があるとされ、十四巻の〈十二頭陀品〉に詳しく述べられています。『増一阿含経』の四十六巻は増十一の文の中にあり、樹下と露坐は合わせて一つとされています。ですから、法の相は一概に決められないことがわかります。『大智度論』四十九では、無生法忍が十二頭陀であると説かれており、これは通教に属し、蔵教には属しません。ですから、教えに基づいて言えば、究極は涅槃にあります。有無の同異については、『止観』第四の記に詳しく述べられています。「四神三昧」とは、四神足の定のことです。四神足によって、この四つの働きがあります。無形とは、姿を隠すことができるからです。無量意とは、他人の心を知ることができるからです。清浄積とは、穢れを清らかに変えることができるからです。不退とは、悪道に入ることができるからです。「四定」とは、必ず諸禅や無漏の境地を得ることができ、戒律をよく選び分別し、そのため様々なことが退転しない定のことです。「文陀竭王」とは、頂生王のことです。「天人咸等」については、『増一阿含経』にこうあります。「迦葉は天人が自分を仏の師と呼ぶのを聞いて、仏の足を礼拝し言った。『仏は私の師であり、私は弟子です』」。「又迦葉」以下の部分は、『別訳阿含経』の第二十にこうあります。「仏が伽蘭陀にいるとき、迦葉と阿難が共に城に入って托鉢した。阿難が言った。『まだ時刻が来ていませんので、比丘尼の精舎に行きましょう』。迦葉はその通りにした。尼たちは彼らが来るのを見て、喜んで座具を敷いた。迦葉はすぐに尼のために法を説いた。その時、偷羅難陀が心から喜ばず、密かに言った。『長老迦葉が阿難の前で法を説くのは、針売りが針師のところに行って針を売ろうとするようなもので、結局売れないのと同じだ。迦葉も同じだ。阿難の前で法を説いている』。迦葉は天耳でそれを遠くに聞き、阿難に言った。『何を怪しむことがあろうか?迦葉は比丘尼の前で獅子吼したのだ』。座を立ってそのまま住処に帰った」。今の文は「迦葉語尼言」から始まり、それが迦葉の獅子吼の文です。また、『別訳阿含経』の托鉢の作法では、家から家へと巡り、足りなければそこでやめる。一説には、七軒まで巡って足りなければやめる、ともあります。「四大弟子」とは、迦葉、賓頭盧、羅睺羅、軍屠鉢漢のことです。本文には七大が挙げられていますが、これに本族の大きさと、諸天が慕い悲しむことを慈悲の大きさとして加えると、合わせて九大となります。これを四悉檀として解釈すれば、姓と捨受は世界悉檀です。三行大は為人悉檀であり、名を聞き行いを見れば皆善を生じます。第四の印可は対治悉檀であり、仏の認可によって疑いや不思議が静まるからです。位と慈悲は第一義悉檀であり、真理を見て位に入るからです。集法と持法は、いずれも位に入る働きです。集法の中で肇公を引用するのは、集法の功徳が多いことを明らかにするためです。また文中の「位大」とは、単に無学位のことだけを言うのではなく、徳が高く、望みが重く、掌る職が大きいことを指します。「云云」とは、因縁は多くあっても、すべて四悉檀で網羅されるということを意味します。

次約教中先約事境,次「且約」下乃約諦觀以分教別。事境中云「離五怖」者,王、賊、水、火、惡子。「二是衣」等者,從初次第以數對之,但文中闕次第乞。下之三教並以初事為境,說者須委。解十二頭陀各作八十八使、三十七品等,頭陀既爾,況餘劣行。忝預道流,聞此勝法而不自省心行耶?「相似相續」者,念念生滅迷謂相續,凡夫不了妄謂為常。三受俱苦,適意之受其實苦也。動非自在,動故無我。通教者,事境指前,但約行相以辨諦觀,亦應可見。別教,法身為所依者,期心法身修二德故。文後「云云」者,不委明橫豎位位抖擻,別位橫豎自他門戶不可卒備故也。圓教既云住處即二,驗知即是本有三德,修得亦然。「一即一切」等者,不出三德:一即一切行,衣也;一切即一慧,食也;非一非一切身,處也。「云云」者,未明行相,且對頭陀。

次に教について概説する中で、まず事と境について述べ、次に「且約」以下では諦と観に基づいて教の違いを分けている。事と境の中で「五つの恐れを離れる」と言うのは、王・賊・水・火・悪い子のことである。「二つは衣など」とは、初めから順に数を対応させたものであるが、文中には次第に乞うことが欠けている。以下の三つの教は、いずれも最初の事を境としており、説く者は詳しく述べる必要がある。十二頭陀を解釈する際には、それぞれを八十八使や三十七品などに対応させる。頭陀ですらそうであるから、ましてや他の劣った行いにおいてはなおさらである。修行の道に身を置く者として、この優れた法を聞きながら、自らの心のあり方を省みないことがあってよいだろうか。「相似相続」とは、一念一念が生滅しながら、迷ってそれを連続していると見なすことである。凡夫はこれを理解せず、誤って常であると妄執する。三受はすべて苦であり、快適に感じる受も実際には苦である。動くことは自在ではなく、動くがゆえに無我である。通教においては、事と境は先に述べたものを指すが、行の様相に基づいて諦と観を明らかにするのであり、これもまた理解できるはずである。別教において、法身が依り所となるのは、法身を目指して二つの徳を修行するからである。文末の「云云」は、横と竖の位を詳しく述べず、それぞれの位で心身を奮い起こすことや、別教の位における自他の立場が複雑で容易に述べ尽くせないからである。円教において「住処すなわち二つ」と言うのは、本来から備わっている三徳であり、修行によって得られるものもまた同様であると知れる。「一即一切」などは、三徳を超えない。一即一切の行は衣であり、一切即一の智慧は食であり、一でも一切でもない身は住処である。「云云」は、行の様相を詳しく述べず、ひとまず頭陀と対照しているのである。

約本迹中云「捨法愛」者,既云與如來同得,即捨真似兩愛也。乃至隨在何地,地地離愛,故論久本本地三德,迹示五味頭陀事中衣等。凡釋本迹大旨,如前明數中辨。

約本迹の解釈において「法愛を捨てる」とは、すでに如来と同じ悟りを得ているのだから、真実への愛着と似而非への愛着の両方を捨てることを意味する。さらに、どの悟りの段階にあっても、その段階ごとに愛着を離れていくのである。ゆえに久遠の本地における三徳を説き、迹として五味や頭陀行の衣などを示すのである。およそ本迹の大要を解釈するにあたっては、前に明らかにした数の中での弁別の通りである。

「觀」下「云云」者,亦不暇具述諸觀次第。圓頭陀者,正當不生不生之三德也。故下三人復對三德,其理宛同。

「観の下に『云云』とあるのは、さまざまな観法の順序を詳しく述べる余裕がないからです。円満な修行者(円頭陀)は、まさに「不生不生」という三徳に当たります。ですから、以下の三人が三徳に対応しているのも、その道理はまったく同じです。」

「剎」者,應云剎摩,此云田,即一佛所王土也。今名「剎柱」者,表田域故,故諸經中多云「表剎」。若欲明四悉者,初是世界,族姓住處不同故;「毘婆尸」下為人也,共立剎柱以為善因;「佛作」下是對治,見佛即能除惡故也;「佛即語云」下第一義,能於小乘見真理故。「佛作十神變」者,文中一往且列十事,然《律》、《論》文不專此十。又文中雖列,事未委悉,《增一》、《瑞應》廣明其事,今略出之使文可見。《增一》云:「佛入迦葉窟,毒龍放火等,佛收毒龍住於盋內,至迦葉所。迦葉請住,三月供養。時至請食,佛言:前去。便往閻浮樹取閻浮果。乃至云:沙門雖神不如我道真。次往東弗婆提,取毘梨勒果;次往瞿耶尼,取呵梨勒果;次往欝單越,取自然粳糧(皆如前云沙門等)。又於閻浮提,取呵摩勒果。欲作大祀,五百弟子欲破薪斧舉不下,迦葉問佛,佛言:欲得下耶?斧即下。下又不舉(如前)。欲然火,火不然;欲滅火,火不滅(如前)。迦葉念欲大祀,必有諸王貴人來,瞿曇端正,若人見者令我失利;若明日不來我則大幸。佛知已,且往北方取粳糧,瞿耶尼取乳汁,往阿耨池食。暮還石窟中,迦葉問:昨何不來?佛言:我知汝心,我不來。具為說前事。又因四天王來聽法夜有光明,明日問佛,佛具為說。次帝釋、梵王來亦爾。迦葉問:能令我祖父來聽法不?佛便令來(云云)。恒水卒長,迦葉恐佛為水所溺,使弟子往看,水不沒足,在水上行(如前)。佛言:汝是盲人,目無所覩如是神變,固云道真。佛云:汝能水上行不?今方共水上行(云云)。汝若不捨邪見,令汝長劫受苦。聞已頭面禮佛求悔,乃告弟子:合隨所宜,我師世尊。語弟子言:我見降龍時已有心歸佛。乃至五百弟子皆聞善來得成沙門果,並以術具投之於水,隨流而下。二弟復有五百弟子,見火具下(云云)。亦皆善來以成沙門。佛欲至迦毘羅衛,問佛:何以至彼?佛言:一切諸佛俱有五事,一轉法輪,二為父說法,三為母說法,四當導凡夫立菩薩行,五授菩薩記。是以至彼為父說法。父王因令千釋出家,以自圍繞。」

「剎」とは、正しくは「剎摩」と言い、ここでは「田」と訳します。すなわち、一仏が治める国土のことです。今「剎柱」と呼ぶのは、田畑の区域を表すためであり、それゆえ諸経の中では多く「表剎」と言われています。

四悉檀を明かそうとすれば、初めは世界悉檀で、一族の姓や住む場所が異なるからです。「毘婆尸」以下の部分は為人悉檀で、共に剎柱を立てて善い因とすることを示しています。「仏作」以下の部分は対治悉檀で、仏を見ればすぐに悪を除くことができるからです。「仏即語云」以下の部分は第一義悉檀で、小乗において真理を見ることができるからです。

「仏作十神変」とは、文中では一応十の事柄を挙げていますが、しかし律や論の文では必ずしもこの十に限られていません。また文中に列ねてあっても、事の詳細は尽くされていません。『増一阿含』や『瑞応経』にはその事が広く明かされていますので、今は簡略に示して文を分かりやすくしておきます。

『増一阿含』にこう説かれています。「仏が迦葉の窟に入ると、毒龍が火を放った。仏は毒龍を収めて鉢の中に住まわせ、迦葉のもとへ行かれた。迦葉は仏に留まるよう請い、三月の間供養した。食事の時が来て食を請うと、仏は言われた。『先に行っておいで』と。そこで閻浮樹のもとへ行き、閻浮の果を取った。さらには『沙門は神通があっても、わが道の真には及ばない』と言った。次に東の弗婆提へ行き、毘梨勒の果を取った。次に瞿耶尼へ行き、呵梨勒の果を取った。次に欝単越へ行き、自然の粳糧を取った。〈いずれも前述のように『沙門』などと言う〉また閻浮提で呵摩勒の果を取った。大祭祀を行おうとして、五百の弟子が薪を割ろうとして斧を上げると、斧が下りなかった。迦葉が仏に問うと、仏は言われた。『下ろしたいのか』と。斧はすぐに下りた。下ろしてもまた上がらなかった。〈前述のとおり〉火を点けようとしても火は点かず、火を消そうとしても火は消えなかった。〈前述のとおり〉迦葉は、大祭祀を行えば必ず諸王や貴人が来るだろう、瞿曇は端正なので、もし人々が会えば私の利益を損なうだろう、明日来なければ幸いだと思った。仏はそれを知って、まず北方へ行き粳糧を取り、瞿耶尼で乳汁を取り、阿耨池で食事をされた。夕暮れに石窟へ戻ると、迦葉が問うた。『昨日はなぜ来なかったのか』と。仏は言われた。『私はあなたの心を知っていたので、来なかったのです』と。そして前の事を詳しく説かれた。また四天王が来て法を聞き、夜に光明があったので、翌日仏に問うと、仏は詳しく説かれた。次に帝釈や梵王が来たときも同様であった。迦葉が問うた。『私の祖父を来させて法を聞かせることはできますか』と。仏はすぐに来させた。〈云々〉

恒河の水が急に増したとき、迦葉は仏が水に溺れるのではないかと恐れ、弟子を遣わして見に行かせた。水は足を没さず、仏は水の上を歩いておられた。〈前述のとおり〉仏は言われた。『あなたは盲人だ。目に何も見えないのか。このような神通変化があっても、なお道の真と言うのか』と。仏は言われた。『あなたは水の上を歩くことができるか。今こそ共に水の上を歩こう』と。〈云々〉『もしあなたが邪見を捨てなければ、あなたを長劫の苦しみに遭わせるだろう』と。これを聞いて、迦葉は頭を地につけて仏を礼し、悔い改めを求めた。そこで弟子たちに告げた。『皆、それぞれの適するところに従いなさい。私の師は世尊です』と。弟子たちに言った。『私は龍を降伏させたときに、すでに仏に帰依する心がありました』と。五百の弟子たちは皆、善来と聞いて沙門の果を得た。そして術具をすべて水に投げ入れ、流れに従って下っていった。二人の弟にそれぞれ五百の弟子があり、火の道具が下るのを見て〈云々〉、皆、善来によって沙門となった。

仏が迦毘羅衛へ行こうとされたとき、『なぜそこへ行くのか』と問うと、仏は言われた。『一切の諸仏には皆、五つの事があります。一つには法輪を転じ、二つには父のために法を説き、三つには母のために法を説き、四つには凡夫を導いて菩薩行に立たせ、五つには菩薩に記を授けることです。それゆえそこへ行き、父のために法を説くのです』と。父王はそこで千の釈迦族を出家させ、自らを取り囲ませた。

約教者,亦應具列四教解三人行德,而列五味者,味攝教故。約本迹中以三人對三德者,圓德必一人具三,但一人偏從所表一德為名,既是共表體同性一故也。觀中亦爾,初得中道、次遮邊倒、後照邊諦,故知三德即不思議圓無生也。

教についてまとめるなら、四教をすべて挙げて三人の行う徳を説明すべきところだが、五味を挙げているのは、味が教えを包括しているからである。本と迹の立場において、三人を三徳に対応させる場合、円の徳は必ず一人が三つをすべて備えている。しかし、一人ひとりは、その表す一つの徳によって名付けられているに過ぎない。なぜなら、それらは共に一体の同様の本性を表しているからである。観においても同様である。初めに中道を得、次に偏った見解を除き、最後に辺と中の真理を照らし見る。したがって、三徳とは、思議を超えた円満な無生そのものであると知るべきである。

釋舍利子引《生經》等,亦具四悉,初是世界,以明宿世及胎中故;「難陀」下生善,以令國人生信及見頞鞞能生善故;「調達」下對治,能治調達及度差故;「中含」下第一義,歎與佛等故。「昔者」等者,彼經五卷,出第一卷,今更略出令文可見。彼釋著我所中云:「昔無數劫,甥舅俱為官御織師,見藏中好物便生貪心,即共議云:吾等織作勤苦,具知藏物好醜,寧可共取用解貧乏。後人定間盜得無貲。監覺白王(下如疏文)。後時復來,甥語舅言:舅年衰弱恐為守者所得,令從地窟却入,如他人見,我力強壯便能濟舅。果如甥言,甥知不濟恐明人識,輒截頭留身而去。王令棄屍(如疏)。王令微伺,伺之不密,甥因教童兒執火舞戲猥鬧投火,伺者不覺(如疏)。王復出女嚴飾璣珠,安置房舍於大水邊(如疏)。王先教女(如疏),女執其衣,其曰:用執衣為?汝執我手。其甥凶黠先備死人(如疏)。王曰:如此方便無雙,當奈之何?女妊娠十月,生男端正,使乳母抱周遍國界,令有鳴者捉之。終日不獲。甥為餅師住爐下,小兒啼哭,餅師與餅而鳴。乳母白王。王云:何不縛來?乳母曰:兒飢,餅師與餅,不意是賊。王又令如近兒者捉來。甥又沽醇酒,喚乳母及伺者飲,伺者大醉,盜兒而去(如疏)。前後各二百五十騎,甥在中央不下,王因往入騎中捉之,云:汝是前盜不?前後捉汝何不得耶?稽首答曰:乞此餘命。王曰:卿聰黠天下無雙,隨卿所願(如疏)。」「兼則相不祥」者,在道以相則之,所則之相凡屬己者皆悉不祥。「師事沙然梵志」等者,《增一》云:「舍利子與目連二人求道無剋,乃問師。師云:我自歷年求道無剋,為道無耶?他日師疾,舍利弗在頭,目連在脚,命欲終時乃笑,二人俱問笑意(如疏)。二人筆受(如疏),由是發誓,若得甘露必與共甞。」「中含第二至寧可盡」者,彼《七車喻經》云:「舍利子見滿慈子」(如疏)彼第二〈七法品〉中,廣述緣起。言「生處安居」者,經云「生地」,即本生處也。生處諸比丘白佛,稱說滿慈子等(如疏)。「白晢」(音析)光悅也。若析音,美色也。二義俱通。「戒淨」等者,準《淨名疏》云,戒淨者正語、業、命,心淨者正精進、念、定,見淨者正見、正思惟,斷疑淨者是見道。知道非道淨者亦名分別淨,道迹知見淨者亦名行淨,此二是修道。道迹智斷淨亦名涅槃淨,即無學道。至約教中方分教別,後二須用同體見思,此以「有餘稱無餘」者,七淨始從事戒終至智斷皆是有餘,報終入滅方證無餘。七淨乃是無餘之門,若即以七淨為無餘者,故知乃以有餘稱無餘耳。無餘必假七淨方至,故云離七亦無。「拘薩羅」者,舍衛。「婆雞帝」者,地名,未知里數。「作師子吼」者,《雜含.舍利子師子吼經》中,佛說一句義,三問身子,三不能答。佛少開已入於靜室,舍利子集諸比丘,語言:佛未示我事端即不能答,我於七日七夜演其法而不能窮。「佛命目連往祇洹喚身子」等者,佛在阿耨達泉五百比丘俱,阿難侍佛坐金蓮華,七寶為莖,五百皆集。時龍王云:此眾空缺不見舍利弗,願佛遣一比丘喚。時舍利弗在祇洹補故衣(五納祇是雜色)。舍利弗曰:汝先去至彼,我即來。目連云:汝神力可勝我耶?乃令前去。目連曰:若不時去,吾捉汝臂將向彼泉。舍利弗言:目連試弄我。舍利弗即解衣帶著地,語目連言:汝能舉此衣帶不?然後捉吾臂將去。於時目連念:舍利弗輕弄於我。目連曰:此必有意事不徒然。申手取帶不動一毫,盡其神力亦不能動。舍利弗取帶繫閻浮樹枝令舉,時閻浮提地一切皆動。舍利弗言:目連尚能動閻浮提地,何況此帶?今當繫餘天下。乃至三天下皆能動之如動輕衣。次繫須彌山小千中千大千,皆能動之。是時天地大動,唯佛座及阿耨達池不動。龍王問佛:何故地動?佛答(如疏)。龍王曰:誰神力勝?佛言:舍利弗勝。龍王曰:前何故云目連神通第一?佛言:目連能住一劫,舍利弗住多劫。他云邊際定者,秖此定耳。舍利弗入三昧,目連不知名。舍利弗復作是念:目連動於大地,蠕動死者無數,我躬聞佛說如來座者不可移動,今以此帶繫之。目連復舉所以不動,今云他方佛座脚小異耳。目連自念:不於神力有退乎?欲往佛所而問其事。目連捨至世尊所,遙見舍利弗在佛前坐。又念:佛弟子中我神力第一,然今不如舍利弗耶?便往問佛:將無不失神力耶?我前發今在後到。佛言:汝神力不退,但舍利弗所入汝不識耳。龍王聞此甚大歡喜。諸比丘私論:佛弟子中目連神力第一,今不如舍利弗。便於目連起輕薄心。佛告目連:汝現神力。目連禮佛,即於佛前,往東方七恒沙界,佛名奇光,往盋緣上行。彼眾見謂蟲,示彼佛。彼佛云:西方七恒沙界(云云),彼佛令現神力,莫令諸比丘起輕想。乃至令盋囊盛五百等著梵天,一足蹋梵天、一足蹋須彌,說偈聲滿祇園。諸比丘聞,不知所在。問佛,佛言:在彼界(云云)。諸比丘白佛,令目連歸(云云)。彼比丘欲來,佛令將來,佛為說六界法令還,目連送歸(云云)。

舎利弗が『生経』などを引用した部分にも、四悉檀が備わっている。初めは世界悉檀で、過去世や胎内での出来事を明らかにしている。「難陀」以下の部分は、国民に信仰を生じさせたり、アシュヴァジットを見て善を生じさせるための、生善悉檀である。「調達」以下の部分は、デーヴァダッタを対治し、スンスマーラを調伏するための、対治悉檀である。「中含」以下の部分は、仏と等しいと称賛する、第一義悉檀である。

「昔者」などは、その経典の五巻の中の第一巻から出ている。今、簡潔に引用して文意が分かるようにする。その経典の「我が物」という執着についての解釈で、次のように述べられている。「はるか昔の劫の昔、甥と舅が共に宮廷の織物師であった。蔵の中の宝物を見て貪りの心を起こし、互いに相談した。『我々は織物に励んで苦労しているが、蔵の物の良し悪しはよく知っている。どうせなら共に奪い、貧しさをしのごうではないか』。後日、人々が寝静まった隙に盗みに入り、無尽の財宝を得た。看守が王に知らせた。後に再び来た時、甥は舅に言った。『舅は年老いて弱っておられる。見張りの者に捕まるかもしれない。ですから、舅は地の穴からこっそり入ってください。もし他の人に見つかっても、私が力が強いので舅を助け出せます』。果たして甥の言った通りになった。甥は舅が助からないと知ると、見張りの者に顔を覚えられるのを恐れ、すぐに首を切り落とし、体だけを残して立ち去った。王は死体を捨てるように命じた。王は密かに見張らせたが、警戒が甘かった。そこで甥は子供たちに火を灯して舞い、騒いだ後に火の中に飛び込ませた。見張りの者は気づかなかった。王は再び娘を美しい宝石で飾り立て、大きな水辺の近くの家に住まわせた。王は事前に娘に教えていた。娘が甥の服を掴むと、甥は言った。『服を掴んでどうする。私の手を掴め』。この甥は狡猾で、事前に死体を用意していた。王は言った。『これほどの巧みな手口は他にない。どうすれば良いのか』。娘は十月の満期を経て、端正な男の子を産んだ。王は乳母にその子を抱かせ、国中を巡らせ、その子に鳴き声を上げさせる者を捕まえるように言った。しかし一日中、獲物はなかった。甥は餅屋になって炉のそばにいたところ、幼子が泣いたので、餅屋は餅を与え、幼子は声を上げた。乳母は王に報告した。王は言った。『なぜ捕まえなかったのか』。乳母は言った。『子供がお腹を空かせていたので、餅屋が餅をあげただけで、盗人とは思われませんでした』。王はさらに、子供に近づいた者を捕まえるように命じた。甥は再び醇酒を買い、乳母と見張りの者を呼んで酒を飲ませ、見張りの者を泥酔させて子供を盗み去った。前後に二百五十騎ずつがおり、甥はその中央におり、下りなかった。王はついに馬の群れの中に入って甥を捕まえて言った。『お前が以前の盗賊か。前後に捕まえようとしたのに、なぜ捕まえられなかったのか』。甥は頭を下げて答えた。『どうかこの命だけはお助けください』。王は言った。『お前の賢さは天下に並ぶものが無い。お前の望みのままにさせてやろう』。」

「兼則相不祥」とは、道中で相によって人を見分けることであり、その相で判断されたものは、自分に関わる全てのものが不吉であるということである。「師事沙然梵志」などは、『増一阿含経』にこうある。「舎利弗と目連は共に道を求めたが果たせず、師に尋ねた。師は言った。『私は長年、道を求めたが果たせなかった。道というものは無いのだろうか』。別の日、師が病に臥せり、舎利弗が枕元に、目連が足元にいた。命が終わろうとする時に師が笑ったので、二人は笑った理由を尋ねた。二人は書き留め、このことから誓いを立てた。『もし甘露を得たら、必ず共に味わおう』と。」

「中含第二至寧可盡」とは、その経典の『七車喩経』にこうある。「舎利弗がプールナ・マイトラーヤニープトラに出会った」云々。その第二「七法品」に、縁起が詳しく述べられている。「生處安居」が「生地」である経典とは、すなわち本来生まれた場所である。生まれた場所の比丘たちは仏に、プールナ・マイトラーヤニープトラなどを称賛して語った云々。「白晢」は、光り輝いて悦び楽しむ様子である。「析(サク)」という音ならば、美しい色という意味である。どちらの意味でも通じる。

「戒淨」などは、『浄名疏』に基づけば、戒浄とは正語・正業・正命であり、心浄とは正精進・正念・正定であり、見浄とは正見・正思惟であり、断疑浄とは見道である。知道非道浄は別名を分別浄ともいい、道迹知見浄は別名を行浄ともいい、これら二つは修道である。道迹智断浄は別名を涅槃浄ともいい、これは無学道である。教相においては、これらを教えに従って区別する。後の二つは同体の見思惑を用いる必要がある。これは「有余を以て無余と称する」というものである。七種の清浄は、事相の戒から始まり、智断に至るまで全て有余であり、命終わって涅槃に入って初めて無余を証する。七種の清浄はすなわち無余への門である。もし七種の清浄を無余であるとするならば、これはすなわち「有余を以て無余と称する」ということである。無余に至るには必ず七種の清浄を借りて到達するので、「七を離れては無い」と言うのである。

「拘薩羅」とは、舎衛城のことである。「婆雞帝」は地名であり、里数は不明である。「作師子吼」とは、『雑阿含経』の「舎利弗師子吼経」の中で、仏が一つの句の意味を説かれた時、三度舎利弗に問いかけたが、三度とも答えられなかった。仏が少し開示されてから静室に入られた。舎利弗は比丘たちを集めて言った。「仏が私に事の端緒を示されなければ、私は答えられなかった。私は七日七晩その法を演説しても尽くすことができないだろう。」

「佛命目連往祇洹喚身子」などは、仏が阿耨達池におられ、五百の比丘たちと共におられた。阿難が仏のそばで金の蓮華の座に侍り、その茎は七宝でできており、五百人の比丘たちも皆集まっていた。その時、竜王が言った。「この僧伽には舎利弗の姿が見えません。どうか一人の比丘を遣わしてお呼びください」。その時、舎利弗は祇園精舎で古い衣を繕っていた。舎利弗は言った。「あなたは先に行きなさい。私はすぐに行く」。目連が言った。「あなたの神通力は私に勝るとでも言うのか。それで私を先に行かせようとするのか」。目連は続けて言った。「もしすぐに行かなければ、あなたの腕を掴んでその泉の所に連れて行くぞ」。舎利弗は言った。「目連よ、私を試すのか」。舎利弗はすぐに衣と帯を解いて地面に置き、目連に言った。「あなたはこの衣の帯を持ち上げられるか。それならば、私の腕を掴んで連れて行くがよい」。その時、目連は思った。「舎利弗は私を軽んじている」。目連は言った。「これには必ず意味がある。無駄なことではない」。手を伸ばして帯を取ろうとしたが、微動だに動かせなかった。神通力を尽くしても動かせなかった。舎利弗は帯を取って閻浮提の樹の枝に結びつけ、持ち上げさせた。その時、閻浮提の地がことごとく動いた。舎利弗は言った。「目連は閻浮提の地を動かすことさえできる。ましてやこの帯を動かすことなど容易いことだ。今度は他の天下に結びつけてみよう」。さらに三つの天下でも、軽い衣を動かすように動かせた。次に須弥山、小千世界、中千世界、大千世界に結びつけても、皆動かせた。この時、天地は大いに震動したが、ただ仏の座と阿耨達池だけは動かなかった。竜王が仏に問うた。「なぜ大地が震動したのでしょうか」。仏が答えた。竜王が言った。「どちらの神通力が勝っているのでしょうか」。仏が言われた。「舎利弗が勝っている」。竜王が言った。「それ以前に、なぜ目連の神通力が第一であると言われたのですか」。仏が言われた。「目連は一劫の間、定に住することができるが、舎利弗は多くの劫の間、住することができる」。他に「辺際定」と言われるものがあるが、これはまさにこの定のことである。舎利弗が三昧に入ると、目連はその名を知ることさえできなかった。舎利弗はまたこう思った。「目連が大地を震動させた時、蠢くものは数知れず死んだ。私は仏が如来の座は動かせないと説かれたのを直接聞いた。今、この帯をその座に結びつけよう」。目連が再び持ち上げようとしても動かなかったのは、他方の仏の座の脚がわずかに異なるからである。目連は思った。「まさか神通力が衰えたわけではあるまい」。仏の所に行ってこのことを尋ねようと思った。目連が世尊の所に着くと、遠くに舎利弗が仏の前の座にいるのを見た。また思った。「仏の弟子の中で私の神通力は第一である。それなのに、今は舎利弗に及ばないのだろうか」。そこで仏の所に行って尋ねた。「まさか神通力を失ったわけではないのでしょうね。私は先に出発したのに、後から到着しました」。仏は言われた。「汝の神通力は衰えてはいない。ただ、舎利弗の入った三昧を、汝が識別できなかっただけである」。竜王はこのことを聞いて大いに喜んだ。比丘たちはひそかに議論した。「仏の弟子の中で目連の神通力が第一なのに、今は舎利弗に及ばない」。そこで目連に対して軽んじる心を起こした。仏は目連に言われた。「汝は神通力を示しなさい」。目連は仏に礼拝し、すぐに仏の前で、東方七恒河沙の世界へと赴いた。そこには奇光如来という仏がおられた。目連は鉢の縁の上を歩いた。そこの人々はそれを見て虫だと思った。有る人がその仏に示した。その仏は言われた。「西方七恒河沙の世界に」云々。その仏は目連に神通力を示させ、比丘たちに軽い思いを起こさせないようにされた。ついには鉢の袋に五百人の比丘を入れて梵天に置き、片足で梵天を踏み、片足で須弥山を踏み、偈を唱える声は祇園精舎に満ちた。比丘たちはその声を聞いたが、どこから来ているのか分からなかった。仏に尋ねると、仏は言われた。「かの世界にいる」。比丘たちは仏に、目連を呼び戻すように願った。あちらの比丘たちが来たがり、仏は来るように命じられた。仏は彼らのために六界の法を説いて還らせ、目連が送り届けた。

「如般若中說」者,彼經富樓那說破菩提見,故是通意。「諸賢聖自說己法」等者,此中釋通教,因引《般若》共菩薩行必破菩提法輪等見,方名菩薩。故引諸大乘經中凡諸菩薩自說己證,皆為利生或對佛述解,非如凡夫自謂己見而稱己能,故云「妄有所說」。

「般若に説くが如し」とは、かの経に於いて富楼那が菩提の見解を破すことを説くが故に、これを通じた意である。「諸の賢聖、自ら己が法を説く等」とは、此処において通教を解釈する。因みに『般若経』を引くに、菩薩が共に修行するには必ず菩提・法輪等の見解を破して、初めて菩薩と名づくべきことを明かすが故に、諸の大乗経典の中において、凡そ諸の菩薩が自ら己の証悟を説くのは、皆衆生を利益する為か、或いは仏に対して解釈を述べるのであって、凡夫が自ら己の見解を謂って己が能を称するが如きに非ず。故に「妄に有所説」と云う。

釋目連中「吉占」等者,父名吉占,其父初生時,相者占之言吉,因以為名。「目伽略兮度」五字,並是西音,故論第十釋如來語密中,引目連尋聲,彼佛告云:目伽路子度何故來此?目連乃答言等。乃是彼佛稱此五字而命目連,即是二土音輕重耳。文中「路」字者誤作「略」字,「子」字誤作「兮」字。「同名者多」者,如《中含》三十五云:「有算數目連,善知算法」。彼經佛在舍衛鹿母堂,算數目連中後仿佯至佛所問訊,却坐白佛:願有所問,佛言:恣汝所問。乃至云,我以算法存命,歸佛出家存本俗業故云也。瞿墨善知法相。目連不一,故別標大。見貴與取重,文語從異,其義一也,皆以德行重之耳。舍利弗才高而智明,目揵連族豪而神爽,爽亦明也。藝謂六藝,略如《釋籤》,然西方智藝有殊此土,以有得禪者故,故四韋陀所攝甚廣。此中因緣亦具四悉:初是世界,「釋論」去為人,「外道」下對治,「涅槃」下第一義。「左面弟子」者,所以以身子、目連為轉法輪左右弟子者,通因定生即定慧一雙,以此二法為一切法之根本,亦是福慧一雙;悲多現通,亦是悲智一雙,成破法輪準此可知。「簸峨」者,傾側貌也。有作「𧿽𨁟」、有作「𧿽𨁟」,並不見所出,準《文選.江海賦》云:「陽侯砐硪以岸起」,砐字(五合切)今作簸者,扇動意耳。「難陀」等者,《增一》二十八云:「佛在給孤獨園,帝釋白佛:如來在世應行五事,母在三十三天須行說法。佛默然受(云云)。於是便往(云云)。龍嗔放火大風,閻浮提洞然,阿難白佛:云何有此大煙火耶?佛具答。迦葉、那律等各起白佛,欲降此龍,佛皆言:此龍力暴難可化度,卿可安坐。目連白佛,佛亦止之。又問:汝云何降?答言:先以極大身恐怯,次以極小身鑽齧,然後以常身降之。佛言:善哉!汝能堪任。佛復誡言:固心勿亂,恐為所嬈。目連禮佛足至山上,現十四頭,繞山十四匝。龍見恐怖,自相謂言:我今試降為勝我不?二龍即以尾擲大海水,不至忉利;目連以尾擲水,水至梵宮,并灑二龍。二龍知劣,極大嗔恚,雷電霹靂放大火焰。目連自念:夫龍鬪者皆以煙火霹靂,設我亦爾,閻浮叨利悉皆被害。乃化為小形(云云)。二龍伏退,念言:四生龍中無出家者,此龍威力乃爾,身毛皆竪。尊者知龍心伏,乃復常身於龍眼𥇒上行,二龍於是始知非龍。歎曰:甚奇!甚奇!白目連曰:何為相惱?何所誡耶?目連曰:汝昨有念云:此禿沙門恒飛我上耶?龍曰:如是。目連曰:須彌山者是諸天路,非汝居處。龍曰:願恕其過,從今已去願為弟子。目連曰:汝莫歸我;歸我所歸。龍曰:我歸如來。目連將二龍至舍衛。目連曰:世尊今為無量大眾說法,莫作汝形。龍曰:如是。乃作端正人,佛為說法,為優婆塞。時波斯匿王來問煙火事(云云)。佛具答(云云)。王見二龍不起,二龍嗔,復念:國中人民於我無惡(云云)。二龍便於匿王宮上現大霹靂等,尊者變為優曇華;龍嗔復雨大山,復變為餅食;龍倍嗔而雨刀劍,復變為好衣;龍更嗔,復變為七寶。匿王不知,便云:閻浮有德不過於我,宮內常有如是等物,當作輪王乎?龍又自念:何無勢力一至如斯?念已始復知是目連之力,見已便去。王得七寶飯等不敢自受,將至佛所以事白佛。佛令供養目連,王得目連力。王問:何故爾耶?佛具答。王方知(云云)。」

舎利弗の「吉占」などというのは、父の名が吉占であり、その父が生まれた時に相者が占って吉と出たので、その名がついた。「目伽略兮度」の五文字は、すべて西域の音である。したがって、『大智度論』第十の如来の語密の解説の中で、目連が声を尋ねた故事を引き、その仏が「目伽路子よ、何故ここに来たのか」と告げ、目連が答えたとある。これは、その仏がこの五文字を呼びかけて目連を呼んだのであり、二つの国土の音の軽重による違いである。文中の「路」の字は「略」の字に誤っており、「子」の字は「兮」の字に誤っている。

「同名者多し」とは、例えば『中阿含経』三十五に「算数目連という者がいて、算法に精通していた」とある。その経典では、仏は舎衛国の鹿母堂にいた。算数目連は昼下がりに仏の許に至り、問訊し、座って仏に申し上げた。「お聞きしたいことがあります」と。仏は「思いのままに問いなさい」と言われた。さらに、彼は「私は算法によって生計を立てています。仏のもとへ出家しても、元の俗業を続けてもよろしいでしょうか」と述べたので、そう記されている。瞿墨は法相をよく知っていた。目連は一人ではないので、特に「大」を付けて区別した。

「見貴」と「取重」を見ると、文章の言葉は異なるが、その意味は同じであり、いずれも德行によって重んじられたことを表している。舎利弗は才能が高く智慧が明らかであり、目犍連は家柄が豪族で精神が爽やかであった。「爽」もまた「明らか」という意味である。

「芸」とは六芸のことで、おおよそ『釈籤』に詳しい。しかし、西方の智慧や芸術はこの国土とは異なる。なぜなら、禅定を得た者たちがいるからである。よって、四ヴェーダの範囲は非常に広い。

この中の因縁説話にも、四悉檀が具わっている。初めは「世界悉檀」であり、「『釈論』より去って」が「為人悉檀」であり、「外道」以下が「対治悉檀」であり、「涅槃」以下が「第一義悉檀」である。

「左面の弟子」について、舎利弗と目連を、仏が転*法輪の左右の弟子とされた理由は、通じて因と定から生じ定慧一双となるからであり、この二法が一切法の根本となるからである。また、福慧一双でもある。慈悲が多く神通を現すのは、悲智一双でもあり、破*法輪となることもこれに準じて知るべきである。

「簸峨」とは、傾きかたむく様子である。「𧿽𨁟」と書くものもあり、「𧿽𨁟」と書くものもあるが、いずれも出典が見られない。『文選』の江海の賦に「陽侯砐硪として岸より起こる」とあり、「砐」の字(五合切)を、今「簸」とするのは、扇ぎ動かす意である。

「難陀」などについては、『増一阿含経』二十八に次のようにある。

「仏は給孤独園にいた。帝釈天が仏に申し上げた。『如来が世に在します間は、五つの事を行うべきです。母は三十三天におりますので、説法に行くべきです』と。仏は黙ってお受けになった(云々)。そこで、仏は三十三天へ行かれた(云々)。すると龍が怒って火と大風を放ち、閻浮提がすっかり燃えた。阿難が仏に尋ねた。『どうしてこのような大きな煙や火があるのでしょうか』と。仏は詳しく答えた。迦葉、阿那律などがそれぞれ立ち上がって仏に申し上げた。『この龍を降伏させたい』と。仏は皆に言われた。『この龍は力が強く、化度し難い。おまえたちは座っていなさい』と。目連が仏に申し出たが、仏はやはり止められた。また、仏は目連に尋ねた。『おまえはどうやって降伏させるのか』と。目連は答えた。『まず極大の身で恐れさせ、次に極小の身で食い破り、その後、常の身で降伏させます』と。仏は言われた。『善いかな、おまえならそれに堪えられる』と。仏はさらに戒められた。『心を固くして乱すな。さもなければ、たぶらかされるであろう』と。目連は仏の足に礼をして、山に上り、十四の頭を現して山に十四回巻きついた。龍はこれを見て恐れ、互いに言い合った。『我らが今、試しに降伏させられるか、われらに勝てるか』と。二匹の龍は尾で大海の水を打ち上げたが、忉利天にまでは届かなかった。目連は尾で水を打ち上げると、水は梵天にまで達し、二匹の龍を濡らした。二匹の龍は自分たちが劣っていると知り、大いに怒って、雷電・霹靂を起こし、大火炎を放った。目連は考えた。『そもそも龍の戦いはいずれも煙や火、霹靂を使うものだ。もし私もそうすれば、閻浮提や忉利天はすべて害されるだろう』と。そこで、小さな形に変身した(云々)。二匹の龍は伏して退いた。そして考えた。『四生の龍の中で、出家した者はいない。この龍の威力はこのようなものか』と。身の毛がよだった。尊者は龍の心が伏したことを知り、再び常の身に戻って龍の目の上を歩いた。二匹の龍はここで初めて彼が龍ではないと知った。そして嘆いて言った。『非常に不思議だ、非常に不思議だ』と。また目連に言った。『なぜ我々を悩ますのか。何をお示しになるのか』と。目連は言った。『おまえたちは昨日、この禿げた沙門が常に我々の上を飛んでいる、と思ったではないか』と。龍は言った。『その通りです』と。目連は言った。『須弥山は諸天の道であり、おまえたちの居場所ではない』と。龍は言った。『どうかその過ちをお許しください。今日からは弟子となりたい』と。目連は言った。『おまえたちは私に帰依してはならない。私の帰依するものに帰依しなさい』と。龍は言った。『私は如来に帰依します』と。目連は二匹の龍を連れて舎衛国へ行き、言った。『世尊は今、無量大衆のために説法しておられる。おまえたちは龍の姿をしてはならない』と。龍は『はい』と答えて、端正な人間の姿になった。仏は彼らのために説法し、彼らは優婆塞となった。その時、波斯匿王が来て煙や火のことを尋ねた(云々)。仏は詳しく答えた(云々)。王は二匹の龍が立ち上がらないのを見て怒った。龍は怒ったが、『国の人民は我々に悪事を働いていない』と考え(云々)、二匹の龍は匿王の宮殿の上に大きな霹靂などを現した。尊者はそれを優曇華に変えた。龍は怒って大山を降らせたが、尊者はそれを餅や食物に変えた。龍はさらに怒って刀剣を降らせたが、尊者はそれを美しい衣服に変えた。龍はますます怒って七宝を降らせた。匿王はそれと知らず、『閻浮提に徳のある者は私を超える者はいない。宮殿の中には常にこのような品々がある。私は転輪王になるのだろうか』と言った。龍はまた考えた。『どうして我々の勢力はこれほどまでに無いのか』と考え、ようやくそれが目連の力であると知り、それを見て去った。王は七宝の飯などを得たが、自分で受けることができず、仏の許に持って行き、その事を申し上げた。仏は、目連に供养するように命じられた。王は目連の力を得た。王がその理由を尋ねると、仏は詳しく答えた。王はここに至って初めて知った(云々)。」

「調達引五百」等者,《增一》四十七云:「佛在拘留園,時提婆達兜三白佛欲出家,佛再不許,便作是言:此沙門懷嫉妬心,我今宜自剃頭修梵行,何用是沙門為?有一比丘名修陀,頭陀乞食,達兜往彼頭面禮足,願教威儀,比丘便教。次從學通,此比丘教云:當知心意識輕重,知已復知四大輕重,知已當修自在三昧,次修勇猛三昧,次修心意三昧,次修自識三昧,如是不久便得神足。依言修習名稱遠聞,至三十三天,採優盋羅華上太子膝上(云云),廣受供養。」欲破僧行舍羅等,具如《止觀》第一記。時舍利弗、目連自相謂曰:試共往彼聽說何等?彼見歡喜謂來歸之,一切諸人咸有此念。語舍利弗:汝能為諸比丘說法不?我今背痛。便累足而臥。舍利弗為說法已,目連將諸比丘去(云云)。後因造逆(云云),為火所燒遂入阿鼻。阿難問佛:當生何處?佛答(云云)。

「調達が五百の比丘を引き連れた」等について、『増一阿含経』巻四十七にこう説かれている。「仏が拘留園にいらっしゃった時、提婆達兜が三度にわたり仏に出家を願い出たが、仏は二度までも許されなかった。そこで提婆達兜は言った。『この沙門は嫉妬心を抱いている。私は今こそ自ら頭を剃り、梵行を修めよう。何のためにこの沙門のもとにおる必要があろうか?』そこに修陀という名の比丘がおり、頭陀行で托鉢をしていた。達兜はそのもとへ行き、頭を地につけて足を礼し、『どうか行儀作法をお教えください』と願った。比丘はこれを教えた。次に神通力を学ぼうとしたので、この比丘はこう教えた。『知るがよい。心・意・識の軽重を。それを知ったならば、さらに四大の軽重を知るのだ。それを知ったならば、自在三昧を修めなさい。次に勇猛三昧、次に心意三昧、次に自識三昧を修めなさい。このようにすれば、やがて神通力を得られるだろう』。提婆達兜はその教えの通りに修行し、その名は遠くまで聞こえるようになった。三十三天にまで至り、優鉢羅華を採って、太子の膝の上にのせた(中略)。そして広く供養を受けるようになった。」僧団を破るための策謀として、籤を用いたことなどは、『止観』第一巻の記述に詳しい。その時、舎利弗と目連は互いに言い合った。「試しに彼のもとへ行って、どのような話をしているのか聞いてみようではないか?」彼ら(提婆達兜一派)は二人が来たのを見て喜び、仲間に加わるものと思った。すべての人々がそのように考えた。提婆達兜は舎利弗に言った。「あなたは諸々の比丘のために説法できるか? 私は今、背中が痛いので」と言い、足を組んで横になった。舎利弗が説法を終えると、目連は比丘たちを連れて去っていった(中略)。後に提婆達兜は逆罪を犯し(中略)、火に焼かれて阿鼻地獄に落ちた。阿難が仏に「彼はどこに生まれるのでしょうか?」と尋ねると、仏がお答えになった(中略)。

「雜含二十九」等者,彼文甚廣。又《增一》四十四亦云:「佛在給孤獨,阿難問佛:如毘婆尸佛弟子幾時生瑕穢?佛言:初八萬四千年,後八十七六三二十至十二,次第對七佛。」「帝釋與修羅戰」,具如《止觀》第五記。「佛梵聲深遠」,如《止觀》第一記。「佛求侍者」,如《止觀》第六記。

「雑阿含第二十九巻」などと言われる経典は、その内容が非常に広範囲にわたります。また『増一阿含経』第四十四巻にも次のように説かれています。「仏は祇園精舎におられた時、阿難が仏に尋ねた。『毘婆尸仏の弟子たちは、どの時点で過ちを犯すようになったのでしょうか?』仏は答えられた。『初めは八万四千年の間、その後は八十七、六十三、二十、十二と、次第に七仏に応じて短くなっていった。』」 「帝釈天と阿修羅の戦い」については、詳しくは『摩訶止観』第五巻の注釈にある。 「仏の梵音が深く遠くまで届くこと」は、『摩訶止観』第一巻の注釈を参照のこと。 「仏が侍者を求めたこと」は、『摩訶止観』第六巻の注釈にある。

約教中「十四變化」者,具如《釋籤》,故以十四變化釋四禪耳,此乃一切羅漢並得。次「觀」等,四俱解脫人方乃具之,以具觀禪必得滅受想定。次「十一切」,欲令神通廣普故耳。「練熏修」如《止觀》第九及法界次第中,十一切具如法界次第。「事禪」具如《玄》文及《次第禪門》。「十八變」如《止觀》第十記。又有人云:十八變者謂震動等,今為頌曰:震動及熾然,流布與示現,轉變及來往,卷舒眾像身,往同趣隱顯,自在并制他,施辨與憶念,施安及放光。又有人云:身上出火等。「依空起慧」者,空即諦境,依境生智通屬智性,故云「以空慧心」。「次第」等者,三諦功用通名神通,初地已去別名感應,三諦次第故云深入,獨菩薩法故且云「過於二乘」,其實超於兩教三乘。言「不以二相」等者,不二即實相,見土即神通,依理而見故云不二相見也。言「云云」者,令分別之,前二修得、後二發得,藏依事禪、通依真理,別地前助、圓任運發。前二名通名化,後二名密名應;前二調伏物,後二見物機;前二可破壞,後二不可壞;前二在教道,後二在證道;前二身通唯現在,後二通三世;前二聖位方修通,後二凡位俱修通;前二隨依皆可修,後二必須有勝依。「願得通」應在前文因緣釋中,然亦可以四願表教。今文中初教從事、通教從真,後二在理故從容在此。言「云云」者,更有多緣皆在願得,亦有不願任緣得者,即如那律箭挑燈緣。「引令入極云云」者,分別五味如前。

教えの中で「十四の変化」とは、『釈籤』に詳しく述べられている通りであり、十四の変化をもって四禅を説明している。これはすべての阿羅漢が等しく得るものである。 次に「観」などは、四つの解脱を具えた者だけが完全に備わるものである。なぜなら観禅を具えていれば、必ず滅受想定も得られるからである。 次に「十一切入(十一切処)」は、神通力を広く普遍にするために説かれたものである。 「練・熏・修」については、『摩訶止観』第九巻や『法界次第』に詳しく述べられている。「十一切入」についても、『法界次第』に詳しい。 「事禅」については、『玄義』の文や『次第禅門』に詳しい。 「十八変」については、『摩訶止観』第十巻の記録に詳しい。 また、ある人はこう言う。「十八変とは、震動などを指す」と。ここでは頌として次のように示そう。 震動及び熾然、流布と示現、 転変及び来往、巻舒して衆像の身、 往き同じくして趣きを隠顕し、 自在にして他を制し、 施弁と憶念、施安及び放光。 また、ある人は「身体の上から火を出すなど」と言う。 「空に依って慧を起こす」とは、空はすなわち真実の境(諦の境)であり、境に依って智慧が生じ、神通は智慧の性質に属する。ゆえに「空の智慧の心をもって」と言うのである。 「次第」などとは、三諦の働きはすべて神通と名付けられ、初地以上は別に感応と名付けられる。三諦に次第があるから「深く入る」と言い、これは菩薩だけの法であるから、「二乗を超える」と仮に言うのであるが、実際には二教の三乗を超えるのである。 「二相をもってせず」などとは、不二はすなわち実相であり、国土を見ることがすなわち神通である。理に依って見るから、「不二の相をもって見る」と言うのである。 「云云」とは、これをさらに分別させるための言葉である。 すなわち、前の二つ(身通など)は修行によって得るものであり、後の二つ(法慧など)は自然に発現するものである。 蔵教は事禅に依り、通教は真理に依る。別教では地前にあっては助力となり、円教では自然に発現する。 前の二つは「通」・「化」と名付け、後の二つは「密」・「応」と名付ける。 前の二つは物を調伏するためのものであり、後の二つは物の機根を見極めるためのものである。 前の二つは破壊されうるものであり、後の二つは破壊されえないものである。 前の二つは教えの道にあるものであり、後の二つは悟りの境地にあるものである。 前の二つは身体の神通であって、現在のみに通じるが、後の二つは三世に通じる。 前の二つは聖位に至って初めて神通を修めるが、後の二つは凡位のときにも神通を修める。 前の二つはどのような環境に依っても修めることができるが、後の二つは必ず優れた環境がなければならない。 「願って神通を得る」ということは、前の文における因縁の解釈の中にあるべきものであるが、また四つの願いをもって教えを表すこともできる。 今の文において、初めの教えは事に従い、通教は真実に従い、後の二つは理にあるので、ここにゆったりと置かれているのである。 「云云」とは、さらなる多くの因縁があって、すべて願って得るものもあるが、願わずに縁に任せて得る者もある。例えば、那律が矢で灯明を挑んだ縁などがそれである。 「引き入れて極めさせよ。云云」とは、五味のたとえを用いて説明するのは、先に述べた通りである。

觀心中「欻有」等者,三觀意也。實相是中境,無有無心契中境,故云「通至」。

観心中に「欻有」などの語があるのは、三観の意味を示すものである。実相は中道の境地であり、「有」も「無」もない心が中道の境地にかなうことから、「通至」と説かれているのである。

次釋旃延中,初因緣具四悉者:初是世界,「增一」去為人,「與外道論」,對治及第一義,斷見及世典各有破邪及得道故也。言「文飾」者,善讚詠故。言「扇繩」者,若作「肩乘」二字並誤,以其生時父已去世,此兒礙母不得再嫁,如扇繫繩,亦可言好肩,好肩胛故。言「思勝」者,思是慧數,論義功強得思勝名。所引《長含》十重問答者,借彼迦葉童女比丘破弊宿文,以之為例。計斷者計死後神滅,故以不滅為難,若計常者反增其計,故應別以念念不住破之。第一重中言「今之日月」等者,初反質答者,如今日月為自立耶?為為他耶?若為他者,為天為人?秖緣天人他故,故有明日。若無他世應唯今日,若無明日亦無昨日,以今日即是昨之明日。言「析薪」者,具緣有火如有神,緣謝無火如無神,豈析無神之身而能見神?如析闕緣之本而欲見火者,遠矣。言「貝聲」者,人身是色為眼所見,神則非色云何可見?如貝可見聲不可見,若欲於可見中求不可見者,須更具緣。緣既闕已更反轉求,終無得理,神亦如是,緣具在身緣闕神去。至第八番無理可難,但云執久拒而固違。第九答中「兩商人」者,正邪二見,鬼如汝師,汝師雖僻亦假稱智,故詐為人像說邪干正,以邪涅槃而云安樂,故云前路豐米草也。舊米草者,世正見也。新米草者,出世正見。人是能乘行者,牛是所乘之智,信邪師鬼言,如汝棄舊,尚失人天況復涅槃?故云人牛皆死為邪所噉,壞世出世故云皆噉。次一商者,世正見人,得出世正見方棄人天有漏諸法,我說正見汝何不棄,辭理既窮固拒亦息。又「世典」者,《增一》第八云:「佛在釋翅尼拘留園與五百人俱,集普義堂。時世典婆羅門往釋種所,作如是言:諸君頗有人能與我論不?諸釋言:此中二人正覺眾中無黠無聞,言語醜拙不別去就,若與論者當供與千兩純金。世典心念:此國中人多諸虛偽,設得勝者何足為奇?或得我便,乃為愚者所伏。思是事已。乃云:我不論。語已便去,道逢槃特。世典念言:我今當往問彼人義。便往問曰:汝字何等(如疏)迦旃延天耳遙聞,作槃特形而語之曰:汝若言我但有神足不堪論者,吾當報汝向義,更引喻汝汝字何等?世典曰:梵天。又問:丈夫乎?答丈夫。又問:人乎?答是人。又問:人亦丈夫豈非繁重,盲與無目此義不同。世典曰:何名為盲?答:猶如不見。今世後世生者滅者,善業惡業不如實知,永無所覩稱之曰盲。云何無目?答:即是無有如上智眼。世典曰(如疏)。又問:五陰有緣生無緣生?答:有,非無緣。又問:五陰何緣?答:愛為緣。又問:何者是愛?答:生是。又問:何者是生?答:愛是生(如疏)。世典聞已得果,命終,槃特報諸釋,令辦薪而闍維之,為起偷婆。」又《長含》中外道諸計甚廣,如云:不得手障形,不得兩臂中間食、二人中間食、二刀中間食、二杵中間食、二家中間食。又云:先言義者不得食,不得兩器食,一餐一咽至七餐止,更益不過三度,或一日一食二日,或至七日一食,食米食菜牛糞鹿糞樹根華果等,自落者食,或草衣樹衣毛衣皮衣莎衣、留鬢留鬚等,當舉一足、常坐座(今世已有)、常蹲臥棘臥糞臥瓜,三日一浴、一夜三浴,如是等於我法中名不淨法。如是等略須識之。比有執專坐者,未契大道。言專坐者,以不臥為功,不以不行為德,豈有居暗室,乃四儀同凡,覩來眾則端拱若聖,君子之行尚闕,菩薩之道永虧,自任胸襟無教可準,使後輩不鑒者許之尚之,覩行動者輕若芻芥;佛猶四儀動作,豈未學者過之?夫道在心不在事法、由己非由人,既不能縮德露疵且顯晦均等。

次に旃延の釈のうち、最初の因縁に四悉檀が具わる点を説明する。初めの「世界悉檀」である。「増一」以下は「為人悉檀」であり、「外道と論ず」は「対治悉檀」と「第一義悉檀」であり、断見や世典にはそれぞれ邪を破り道を得るという意味があるからである。

「文飾」とは、善く賛嘆し詠唱することをいう。「扇繩」について、「肩乗」の二字はどちらも誤りである。彼が生まれた時にはすでに父は亡くなっており、この子がいるために母は再嫁できず、まるで扇に繩がついたような状態である。また、「好肩」ともいわれ、肩の形が良いからである。

「思勝」とは、思は慧の働きであり、論義の力が優れていることから思勝の名を得たのである。

引用した『長含経』の十重の問答は、あの迦葉童女比丘が弊宿を破った文を借りて例としたものである。断見を説く者は死後には神は滅びると考えるので、神は不滅であると論じてこれを破るのである。もし常見を説く者には、反ってその執着を強めてしまうので、別に念念に止まることがないという理をもって破るべきである。

第一重の「今の日月」などの問答について、初めの反問の答えは次のようなものである。「今の日月は、自ら存在するのか、それとも他によるのか。もし他によるならば、それは天か人か。ただ天や人が他であるからこそ、明日がある。もし他世がないのならば、今日だけがあるべきで、明日も昨日もないはずである。なぜなら今日とは、昨日から見た明日だからである。」

「薪を割る」という譬えについて、薪に縁が具われば火があるように、神も縁があれば存在するが、縁が尽きれば火が消えるように、神もなくなる。どうして神のない身体を分析して神を見ることができようか。それは縁のない薪を割いて火を見ようとするようなもので、遠い話である。

「貝の音」の譬えについて、人間の身体は色であり、眼に見える。神は色ではないので、どうして見えようか。貝は見えても、その音は見えない。見えるものの中に見えないものを求めようとするならば、さらに縁を具えなければならない。縁が欠けたならば、さらに逆に求めても、ついに得ることはできない。神も同じで、縁が身に備われば神はあり、縁が欠ければ神は去る。第八番目に至っては、理屈で難じることができず、「ただ長く執着して固く拒んだ」と記すのみである。

第九の答えにある「二人の商人」の譬えについて、正邪の二つの見解があり、鬼はあなたの師のようなものである。あなたの師は偏った見解を持つとはいえ、仮に智慧があると称しているので、偽って人の姿を現して邪説で正説を妨げた。邪な涅槃を安楽であるとするので、「前の道には米や草が豊かにある」といったのである。古い米や草とは、世間の正しい見解である。新しい米や草とは、出世間の正しい見解である。人は乗り物としての行者であり、牛は乗られる智慧である。邪な師である鬼の言葉を信じるのは、あなたが古い正見を捨てるようなもので、人天の果報すら失うのに、ましてや涅槃を得ることなどできない。だから「人も牛も死んで、邪に食われた」というのである。世間・出世間の法を壊すので、「みな食われた」というのである。

次の一人の商人は、世間の正見を持つ人である。出世間の正見を得て初めて、人天の有漏の諸法を捨てるのである。「私が正見を説いているのに、あなたはなぜそれを捨てないのか」という道理が尽きれば、固く拒むこともやむのである。

また、「世典」については、『増一阿含経』第八巻に次のようにある。「仏は釈翅の尼拘留園に五百人の比丘と共にいて、普義堂に集まっていた。時に世典バラモンが釈迦族の所に行って、次のように言った。『諸君の中に、私と論じられる方はおられますか』。釈迦族の人々は言った。『ここに二人の者がいる。正覚(仏)の僧伽の中には、無知で無聞、言葉が拙くて分別がなく、もしあなたと論じるならば、千両の純金を供養しよう』。世典は心に考えた。『この国には虚偽が多い。たとえ勝っても何が珍しいだろう。かえって私は愚か者に負かされるかもしれない』。こう思って、『私は論じない』と言って去った。途中で槃特(周利槃特)に出会った。世典は考えた。『今、あの者に義を問うてみよう』。そこで問うた。『あなたの名前は何と言いますか』。(中略)

『疏の如し』。迦旃延が天耳で遠くの声を聞き、槃特の姿に変わって彼に語った。『あなたが言うように、私には神通力はあっても論義はできないというなら、私はあなたに先の問いに対する答えを述べ、さらに譬えを引いてあなたの名前を問おう。あなたの名前は何か』。世典は答えた。『梵天である』。『夫(男子)か』と問うと、『夫である』と答えた。『人か』と問うと、『人である』と答えた。『人でありかつ夫であるというのは、重複ではないか。盲と無目とは、この意味が異なる』。世典が問うた。『何を盲というのか』。答え。『例えば、見えないことである。今世、後世に生まれるもの、滅するもの、善業、悪業を如実に知らず、永遠に見ることがないのを盲という。無目とは何か』。答え。『それは、上述のような智慧の眼がないことである』。世典は言った。(中略)『疏の如し』。さらに問うた。『五陰には縁があって生じるものと、縁なくして生じるものとがあるか』。答え。『ある。無縁ではない』。『五陰の縁は何か』。答え。『愛が縁である』。『何が愛か』。答え。『生である』。『何が生か』。答え。『愛が生である』(中略)『疏の如し』。

世典はこれを聞いて果報を得て命終した。槃特は釈迦族の人々に、薪を用意して荼毘にし、塔を建てるよう告げた。」

また、『長含経』には外道の様々な計らいが非常に広く述べられている。例えば、「手で形を覆ってはならない」「両腕の間で食べてはならない」「二人の間で食べてはならない」「二つの刀の間で食べてはならない」「二つの杵の間で食べてはならない」「二つの家の間で食べてはならない」「先に義を述べた者は食べてはならない」「二つの器で食べてはならない」「一食に一口、一飲みとし、七口までで止め、追加は三度までとする」「あるいは一日一食、二日、七日まで一食とする」「米、野菜、牛糞、鹿糞、木の根、花、果実などを食べる」「自然に落ちたものを食べる」「草の衣、木の衣、毛の衣、皮の衣、莎草の衣を着る」「鬢や鬚を伸ばす」「片足を上げる、常に座っている(今世すでにこのようなものがいる)」「常にうずくまる、荊の上に臥す、糞の上に臥す、爪を伸ばす」「三日に一度沐浴する、一晩に三度沐浴する」などである。これらのようなことは、我が仏法においては不浄な法とされる。このようなことは、おおまかに知っておく必要がある。

近頃、ただ坐ることだけを執着する者がいるが、未だ大道にかなってはいない。「専ら坐る」というのは、横にならないことを功徳とし、歩かないことを徳とはしないのである。どうして暗室にいては四威儀が凡夫と同じであり、来る人々を見ると端然と坐って聖者のように振る舞うことがあろうか。君子の行いすら欠けており、菩薩の道は永遠に損なわれている。自らの胸襟に任せて、教えに準拠すべきものがない。後輩で見識のない者がこれを許し尊重し、行動する者を軽んじて草芥のように見なす。仏でさえ四威儀をもって行動されたのに、どうして未だ学ばない者が仏を超えられようか。道は心にあるのであって、事や物にあるのではない。法は己によるのであって、人によるのではない。すでに徳を隠し過ちを露わにしないならば、顕も晦も均等であるべきである。

約教釋中皆云「破斷常」者,凡云論者,以破邪為先,故各於當宗以立能破。「依總持四辯」者,且以俗諦三昧而為總持。「四辯」者,具如《法界次第》,以藥逗病。「破斷常」者,入愛見假先破斷常故。又破斷常有二種義:一以諸觀共破界內見惑斷常,則四教皆以見惑為境,具如《止觀》第十。二者展轉長短不同,則三教皆破界內見惑,唯有別教先破界內斷常,次破空有斷常,後破空假斷常,圓教一念破三斷常。

『約教釋』の中で、いずれも「断常を破す」と言うのは、およそ論とは邪見を破ることを第一とするため、それぞれの宗派において、その立場に立って破る論理を立てるからである。「総持・四弁による」とは、ひとまず世俗諦の三昧を総持とすることである。「四弁」の詳細は『法界次第』にある通り、薬を用いて病に対応するようなものである。「断常を破す」とは、愛見の仮について入る際に、まず断常を破るからである。また、断常を破るには二つの意味がある。第一に、諸々の観法によって、共同して界内の見惑である断常を破る場合である。この場合、四教はすべて見惑を対象とし、その詳細は『止観』第十にある通りである。第二に、次第に長短が異なる場合である。この場合、三教はいずれも界内の見惑を破るが、別教のみは、まず界内の断常を破り、次に空有の断常を破り、さらに空仮の断常を破る。円教においては、一念のうちに三種の断常を破るのである。

觀心論義中言「往復」者,智研境為往,境發智為復,數觀數發數往數復。

心を観じる教えの中で言う「往来」とは、智慧が境に向かうのが「往」であり、境が智慧を生じさせるのが「復」である。繰り返し観じ、繰り返し生じさせ、繰り返し往き、繰り返し復るのである。

釋阿㝹樓馱中,種姓等廣在《賢劫》等經。《大論》亦廣釋,姓剎利也。若言「瞿曇」者,具如下述。若作四悉者,初是世界,「仁賢劫」下為人,「那律」下對治,「佛廣」下第一義。言「無獵」者,免非獵得故云也,具如後文。稗飯雖輕,以盡所有及田勝故,故得勝報,亦可於此廣明施相,但於此中非急。始「民主」至「善思」者,善思生懿摩并及四鐵輪,合八萬四千二百一十王,具如《律》中。言「草創」者,草亦初也。如布衣初遇,汝當解王衣者,令脫王服被瞿曇衣,使隨師姓。此方古俗皆從師為姓,如竺道生本不姓竺,但事竺法汰為弟子耳。自安公來,令同一釋種,譯《十誦律》乃見其文。《律》云:「四河入海無復河名,四姓出家同一釋種」。四子被猜者,是次母之子為長母所猜。「賢愚經」者,彼經具列宿昔施食遇兔等緣,略如今文。「眠是眼食」者,如《止觀》第四記。「佛與八百為作衣」者,佛在舍衛,那律語阿難言:「倩諸比丘作三衣,我衣壞。」阿難房房語諸比丘。又往娑羅邏巖中,俱薩羅,梵音不同。諸比丘如言。佛見阿難問言:「汝作何事?」阿難具答。佛言:「汝何不倩佛?」佛與諸比丘為舒張截割,諸比丘縫一日即成,因說迦絺那(云云)。約教中兩重者,初重論發,次重論修。四教通論發者,意明修成,雖少不等大體不殊,肉眼雖失天眼復成,望後故論次第不次第,具如《止觀》第五記。亦應明開顯等,此中正明天眼兼明四眼耳。觀心中不云慧眼者,闕耳。應云「觀因緣定心即天眼,空心即慧眼」。
釋劫賓那中,初是世界,「是比丘」下為人,「中夜」下對治,「豁然」下第一義。「禱星」等者,《爾雅》云:「天駟房」。注云:「龍為天馬,故房四星謂之天駟星也。」即東方七宿中第四宿也。若準西方宿復不定,具如《止觀》第十記。約教中皆云「棲」者,依如來所證處以釋宿也,則當教明佛分齊不同。

「釋劫賓那」の段では、初めに「世界」について述べ、次に「是比丘」の下に「人」を、「中夜」の下に「対治」を、「豁然」の下に「第一義」を配している。

「禱星」などについては、『爾雅』に「天駟は房である」とあり、注釈には「龍は天馬であるため、房の四星を天駟星という」とある。これは東方七宿の第四宿にあたる。西方の宿で解釈するとまた一定しない点は、詳しくは『止観』第十の記に述べられている。

約教の部分では、いずれも「棲む」としているのは、如来が証悟されたところに基づいて「宿」を解釈したものであり、各教において仏の境地の違いを明らかにしている。

釋「憍梵」中,初文含四悉故不分之,至後自結。「翻牛呞」者,過去世時曾作比丘,過他粟田摘看生熟,後五百歲作牛償之,今得無學尚有餘習。結四悉名在中間,總釋前後文也。故「又云」去,重釋前四悉意也。次「佛滅」去,重更別釋第一義也。「水說偈」者,論云:「憍梵般提稽首禮,妙眾第一大德僧,聞佛滅度我隨去,如大象去象子隨」。約教中皆著「示」者,若作垂示義兼本迹,若作教示正當約教。約觀心中正用丈夫牛王,而通取白牛引駕。

「憍梵」の解釈において、最初の文には四悉檀が含まれているため、分けずにそのまま記し、後で自然にまとめることとする。「牛呞と翻訳する」とは、過去世において比丘であった時に、他人の粟田を通りかかって、穂の熟し具合を摘んで見たため、その後の五百世において牛となりその償いをした。現在は無学の境地を得ているが、なお余習が残っている。四悉檀の名称をその中間にまとめ、前後の文を総合して解釈するものである。したがって、「又云」からは、先の四悉檀の意味を重ねて解釈している。「次に『佛滅』から」は、第一義諦を特に別に解釈し直している。「水が偈を説く」とは、論に曰く、「憍梵般提は頂礼し、妙なる衆、第一の大徳僧、仏の滅度を聞きて我は随いて去らん、大いなる象が去るに子象が随うが如く」。教相に基づいて解釈する際は、すべて「示す」という語を用いる。もし垂示の意味であれば本迹の義を含み、もし教示の意味であれば正しく教相の解釈に当たる。観心の解釈においては、正しくは「丈夫牛王」を用いるが、広く「白牛が車を引く」という譬えも取る。

釋「離婆多」因緣中,初是世界,「假和合」去為人、對治,「增一」去第一義。故且約爭屍一緣秖具二悉,若依爭屍緣自具四悉者,「假和」合世界也,「易度」即為人,「問人」即對治,「聞說」即第一義。二鬼爭屍緣在《止觀》第七記。引《增一》,重證第一義耳。有口失緣在金藏經。約教中還寄爭屍,以為義本。別教云「非己有」等者,凡別教中立佛界者,有其三意:一者以理性為佛界,二者以果頭為佛界,三者以初地去分名佛界。今言十界皆非己者,指初地去分佛界耳;若指果頭應云九界非己有耳。圓教中「非我非他」者,非真非緣復非共離。又非己有不同前兩,非他有不同別教,前約教則寄假合,今本迹觀心並約星宿,皆隨便耳。「見佛如星」,《般舟》中意。「觀心」下「云云」者,應廣引《般舟三昧》(云云)。

まず「離婆多」の因縁について、初めは世界悉檀であり、「仮の和合」より後は、為人悉檀・対治悉檀となる。「増一」より後は第一義悉檀である。 そこで、争屍の一つの因縁を取り上げても、ただ二つの悉檀しか備わっていないように見える。しかし、争屍の因縁に四悉檀が全て備わっているとすれば、「仮の和合」は世界悉檀、「易度」は為人悉檀、「問人」は対治悉檀、「聞説」は第一義悉檀となる。 二鬼が屍を争う因縁は『止観』第七の記にある。『増一』を引いて、改めて第一義悉檀を証明しているのである。 「口失の因縁」は『金蔵経』にある。 教相の解釈においても、争屍の話を基として、その意味の根本とする。 別教で「自己のものにあらず」などと言うのは、別教において仏界を立てる際に、三つの意味があるからである。一つ目は、理性をもって仏界とすること。二つ目は、果上の仏を仏界とすること。三つ目は、初地より上の位を分けて仏界と称すること。 今、「十界すべて自己のものにあらず」と言うのは、初地より上の分の仏界を指しているのである。もし果上の仏を指すならば、「九界は自己のものにあらず」と言うべきであろう。 円教で「自己にあらず他にあらず」と言うのは、「真・縁の和合にあらず、また、真と縁が別れて離れたものでもない」という意味である。さらに「自己の有にあらず」という点で、前の二教(蔵・通)とは異なり、「他の有にあらず」という点で、別教とは異なる。 先の教相の解釈では「仮の和合」に寄せて説いたが、今度は本迹観心において、共に星宿(ほし)に喩えて説くのは、いずれもその場に応じて便宜を図ったものである。 「仏を見ること星の如し」とは、「般舟三昧経」の意である。 「観心」の下に「云云」とあるのは、広く「般舟三昧経」を引用すべきことを示す(云云)。

釋「畢陵伽」廣明慢緣,在《止觀》第二記。若約此為四悉者,「五百世」世界也。「懺悔」具二悉,引《增一》即第一義。「觀心」後「云云」者,三觀總別俱是第一義,所破之惑俱得是麁說等也。

「畢陵伽」についての解釈は、慢の因縁を広く明かしており、『止観』第二記にあります。これを四悉檀に当てはめて述べるならば、「五百世」は世界悉檀です。「懺悔」には二つの悉檀が備わっており、『増一』を引く部分は第一義悉檀です。「観心」の後の「云云」とは、三観の総と別はいずれも第一義であり、破られるべき惑はいずれも麁説などを得るという意味です。

釋「薄拘羅」因緣中,初文是世界,「年一百六十」去生善,「身樂」去是對治,故「增一云壽命」等是第一義。「昔施呵梨勒」者,過去毘婆尸佛時,以呵梨勒施一頭痛比丘,自是已來而常無病。言「持一戒四戒莊嚴」者,少分優婆塞受時俱五,期心多少。增一云:「佛語優迦尼:夫食者長善滅惡可以食之;若長惡滅善則不可食。持戒破戒亦復如是。」「多毀犯」下「云云」者,應分別之。如云:若破一戒當墮地獄,若持一戒得生人中。再三問能持不者,令三自歸,故持一戒得名少分,乃至滿分。《報恩》第六,五戒不許五種販賣:一、畜生直賣者得,二、弓箭,三、沽酒,四、壓油,五、五大染色。罽賓已來麻中無蟲處聽,流沙諸國染多殺生,秦地染青亦多殺蟲,前四皆云不販者得。藏中有一卷《五戒經》,分為五品,甚是持五戒者所要。「塔猶有是力」者二義,一者舍利之力,二者護塔神力。本迹中「大寂定」者,秖是大般涅槃。「長壽」去,寄迹事以立本德,本住真常迹現長壽,本居極樂迹示無病,本八自在迹居不夭,本住圓淨迹示閑靜。

「薄拘羅」の因縁を説明する中で、初めの文は「世界」に関するものです。「年百六十」は善を生じること、「身楽」は対治法であることを示しています。ゆえに「増一阿含経に寿命が云々」というのは第一義を表しています。

「昔、呵梨勒を施した」とは、過去に毘婆尸仏の時代、ある比丘の頭痛のために呵梨勒を施したところ、それ以来ずっと無病であったという故事に基づきます。

「一戒や四戒を受けて持つことで荘厳する」とは、少分の優婆塞が受戒する際、本来は五戒すべてを同時に受けるものですが、心に期する戒の数が多かったり少なかったりすることを指します。

増一阿含経にはこうあります。「仏は優迦尼に語られた。『食事とは、善を長じ悪を滅するものであれば食べてよい。もし悪を長じ善を滅するものであれば食べてはならない。戒を守ることも戒を破ることも同じである』」と。

「多く毀り犯す」の下に「云云」とあるのは、その意味を細かく分別すべきだということです。例えば、もし一戒を破れば地獄に堕ち、一戒を守れば人の中に生まれると説かれています。再三「よく守れますか」と問うのは、三帰依を行わせるためであり、一戒を守ることで「少分」と呼ばれ、全てを守れば「満分」と呼ばれるのです。

『報恩経』第六巻によれば、五戒を守る者は五種類の商売を行ってはいけません。第一に家畜の直接販売、第二に弓矢、第三に酒の製造販売、第四に油の圧搾、第五に五大色の染色です。ただし罽賓(カシミール)地方では、虫のいない麻から作る油は許されていました。流沙地方の国々では染色の際に多くの虫を殺し、秦の地でも青を染める時に多くの虫を殺していました。前の四つは「販売しなければ良い」とされています。

経典の中には一巻の『五戒経』があり、五つの品に分かれています。これは五戒を守る者にとって非常に重要な教えです。

「塔にしてなお、かかる力あり」とは二つの意味があります。一つは舎利の力、もう一つは塔を守護する神の力です。

本迹の教えにおける「大寂定」とは、大般涅槃のことです。「長寿」より以降は、迹(仮の現れ)の事柄に寄せて、本(根本)の徳を立てています。すなわち、本は真常に住して迹に長寿を現じ、本は極楽に居して迹に無病を示し、本は八つの自在を有して迹に夭折せず、本は円満清浄に住して迹に閑静を現じるのです。

釋「俱絺羅」因緣中,雖對身子為成舅德且從舅說,族姓即世界,「見姊」即為人,「棄家」至「墮負」對治,「即低頭」去並屬第一義。《中含》五十八,舍利子與俱絺羅論有多番。初舍利子問:云何不善?云何不善根?俱絺羅答:身是不善,貪等是不善根。問:何者是智慧?答:四諦是。問:何者是識?知色聲香味觸法者是。問:識何所依?答:依壽。問:壽何所依?答:不別有依。依壽有燸如因油有燈。更有多番。

「倶絺羅」の因縁について述べると、舎利子に対して舅舅(母方のおじ)としての徳を明らかにするため、その舅の説に従っている。

「族姓」は「世界(世俗のあり方)」を示し、「見姊」は「対人」を示す。 「棄家」から「墮負」までは「対治(修行による克服)」を説き、「即低頭」からは「第一義(最高の真理)」に属する。

『中阿含経』第五十八巻には、舎利子と倶絺羅の問答が何度も出てくる。 まず舎利子が問う──「何が不善か? 何が不善の根か?」 倶絺羅が答える──「身体が不善である。貪りなどが不善の根である。」

「何が智慧か?」との問いに、「四諦(四つの真理)である」と答える。 「何が識か?」には、「色・声・香・味・触・法を認識するものである」と答える。 「識は何に依るのか?」には、「寿命に依る」と答える。 「寿命は何に依るのか?」には、「別に依るものはない。寿命に依って体温があり、油に依って灯がともるようなものである」と答える。

さらに何度も問答が続く。

釋「難陀」因緣文甚略,「亦云放牛」者,《大論》云:「頻婆娑羅王請佛及比丘僧三月安居,語放牛人令近處住,令日日送乳酪酥等。終竟三月,王甚慚之令其見佛,其乃與諸同輩議云,曾聞一切智人即淨飯王子,彼生在王宮頗知放牛事不?乃入竹園端坐問佛,佛為說十一事等。」具如《止觀》第二記。因發心出家成無學果,從本為名故云放牛。言「善歡喜」者,從初慕道為名,歡喜中勝,故云善也。「欣樂」是善喜之別名耳。若以此義立四悉者,翻名即世界,十萬釋即為人,佛說放牛事即對治,得果即第一義。約教中云「歡喜住」者,住無歡喜之名,但約別地,證道既同故借地以名住。

「難陀」という名前の因縁の話は、経典には非常に簡略にしか記されていません。「また放牛(牛飼い)ともいう」とあるのは、『大智度論』に次のように説かれているからです。「頻婆娑羅王が仏と比丘僧たちを三か月間の安居に招いた際、牛飼いたちに近くに住ませ、毎日乳・酪・酥などを届けさせた。三か月が終わると、王は彼らを気の毒に思い、仏に会わせることにした。すると牛飼いの一人が仲間たちと相談して言った『かつて一切智人とは、浄飯王の王子であると聞く。王宮に生まれた方は、牛飼いのことをどれほどご存じなのだろうか?』そこで竹園に入り、端座して仏に質問した。仏は十一の事柄などを説かれた。」詳しくは『止観』の第二の記に述べられています。このことから心を起こして出家し、無学の果を得ました。そのもとの職業にちなんで「放牛」と名づけられたのです。「善歡喜(よく喜ぶ)」という名は、初めて道を慕った時からの名であり、喜びの中でも特に勝れているので「善」というのです。「欣楽」は「善喜」の別名です。もしこの意味に基づいて四悉檀を立てるならば、翻訳名は世界悉檀、十万の釋迦族は為人悉檀、仏が放牛の事を説かれたのは対治悉檀、果を得たのは第一義悉檀となります。教相において「歓喜住」と言うのは、住に歓喜という名があるのではなく、あくまで別教の地位に基づいたものであり、証する道理は同じであるため、地という名を借りて住と名づけたのです。

釋「孫陀羅難陀」因緣中,初是世界,「四月」下為人,「婦即」下對治,云云者,文略,義當後時得道是第一義。「彌沙塞」者,彼《律》乃是跋難陀,且以名同釋之,俱端正故。「地獄天堂」已後文,廣如《止觀》第二記。本迹觀心如前者,如前難陀中。

「孫陀羅難陀」の因縁について述べる。初めに「世界」とあり、「四月」以下は人について、「婦即」以下は対治法を示している。文中は簡略であるが、その意味は、後になって悟りを得ることが第一義であるということを示している。「彌沙塞」とは、その律には跋難陀とあり、名前が同じであることから、共に端正であることから解釈している。「地獄天堂」以降の文については、詳しくは『止観』第二の記述に従う。本迹観心は先述の通り、前に難陀の中で述べた通りである。

釋「富樓那」因緣中,初是世界,「是人」去為人,「增一」下第一義,「欲還」本去對治。歎滿者,重舉第一義。

「富樓那」という因縁を解釈するにあたって、最初に述べられているのは「世界」(世俗的な道理)です。その次に、「是人」からは「人(修行者の立場)」について説明しています。「増一」以降は「第一義(最高の真理)」について語られ、さらに「欲還」からは元の立場に戻って「対治(煩悩への対処法)」が示されています。「歎満」の部分では、改めて「第一義」が詳しく説かれています。

「須菩提」中,初文,世界,「常修」下為人。空是最勝行即業也。現報復勝故云善吉。「住無諍」去對治,「佛忉利」下即第一義。觀心中列四句者,雖通諸觀,於修空行其義更便。言「法身」者,且順前第一義中意,非獨此中必云法身。

須菩提の項の初めの文において、「世界」は「常修」の下で人を指します。空は最も勝れた行い、すなわち業です。現世における報いがさらに勝れていることから、「善吉」と称します。「住無諍」からは対治法が述べられ、「佛忉利」の下は第一義が説かれています。観心の中に四つの句を列挙しているのは、これら様々な観法に通じるものではありますが、空の行いを修めるにあたって、その意味がより一層ふさわしいのです。「法身」と言うのは、ひとまず先の第一義の中での意味に沿ったものであり、特にこの箇所だけに必ず法身としなければならないというわけではありません。

釋「阿難」因緣中,初是世界,「中含」下為人,「自誓」下對治,「育王」下第一義。「宗社」者,具如《止觀》第四記。本迹中約歡喜地以釋本住,地即住也。約觀中「相似」乃至「相應」者,亦可通取名字。言「云云」者,具述觀相。

「阿難」の因縁の解釈では、(経文の)初めは世界悉檀による説明です。「中含」以下はそれぞれの人間への説き方、「自誓」以下は対治悉檀、「育王」以下は第一義悉檀にあたります。「宗社」については、詳しくは『止観』第四の記述の通りです。 本と迹の関係については、歓喜地に基づいて本(根本)の在り処を解釈したもので、「地」とは「住」を意味します。観法に関する「相似」から「相応」までの説明は、名字(名前だけの理解)の段階にも通じる場合があります。「云云」という表現は、観相を詳しく述べていることを示しています。

釋「羅睺羅」因緣中,約往世今世及祖王歡喜,並世界也;諸能破障邊多是為人;諸所破障邊多是對治;後得道是第一義。準《雜寶藏經》,羅云是佛得道夜生,以羅云六年在胎,若佛十九出家,乃成二十四得道;若三十成道,乃成二十五出家。不同見別不須和會,乃至諸釋起謗及息謗等,具在彼經事不可具,《未曾有經》復甚委悉。「寶女等」者,瞿毘羅云:「我常與耶輸進止共俱,未曾有過。」言「寶女」者,是天種不孕,佛不出家當為輪王,天送寶女以為侍者;或云是羅剎女。如天帝釋亦妻修羅女。《大論》十九云:「耶輸陀羅,菩薩出家時自覺有娠,菩薩六年苦行,故懷妊亦六年,乃令諸釋有疑。因佛還國,羅云以一器百味飲食及歡喜丸以上於佛,佛變五百羅漢與佛不殊,羅云送食直至佛所,諸比丘空盋而坐。」章安云:「寶女能生千子。《法顯傳》云:『王妃生肉團如瓜,瓜有千㼑,㼑生一子,有千子。』此與《大論》文復小異。」「而佛索令出家」者,《未曾有經》佛令目連從瞿姨索,瞿姨不肯,空聲告曰:「汝遇定光佛世買華之時,願為他妻好醜不離,所有盡捨唯留父母。今何以惜子?」

「羅睺羅」という因縁を説明しますと、過去世・現在世や祖父である王が喜んだこと、さらに世界そのものにも関連しています。さまざまな障害を打ち破るという側面は、多くの場合「対機説法(人に応じた教え)」であり、打ち破られる障害の側面は「対治(対処法)」です。最終的に悟りを得ることが「第一義(最高の真理)」となります。

『雑宝蔵経』によれば、羅睺羅(ラーフラ)は釈尊が悟りを開かれた夜に生まれました。羅睺羅が六年間胎内にいたため、もし釈尊が十九歳で出家したとすれば、二十四歳で悟りを開いたことになります。もし三十歳で悟りを開いたとすれば、二十五歳で出家したことになります。見解が異なるため無理に統一する必要はなく、さらに諸々の釈迦族が誹謗を起こし、それを鎮める話などは、すべてその経典に詳しく、『未曾有経』にも非常に詳細に記されています。

「宝女ら」についてですが、瞿毘(クビ)は言いました。「私は常に耶輸(ヤソ)と共に行動し、過ちは一度もありませんでした」。「宝女」とは、天界の種族で妊娠することがなく、もし釈尊が出家しなければ転輪聖王となるはずだったため、天が宝女を侍者として送ったものです。あるいは羅刹女であるとも言われます。ちょうど天帝釈が阿修羅の娘を妻にしたようにです。

『大智度論』巻十九にはこうあります。「耶輸陀羅は、菩薩が出家された時に自ら妊娠を自覚しました。菩薩が六年間苦行されたため、妊娠も六年間続き、これによって諸々の釈迦族に疑いが生じました。釈尊が国に戻られた時、羅睺羅は一つの器に百種類の味わいの食べ物と歓喜丸を入れて釈尊に捧げました。釈尊は五百人の阿羅漢を変じて自分と全く同じ姿にされましたが、羅睺羅は食べ物を捧げて直接釈尊のところへ行きました。比丘たちは鉢を空にして座っていました」。

章安大師は言います。「宝女は千人の子を生む力があります。『法顕伝』には『王妃が瓜のような肉塊を産み、その瓜には千の子房があり、子房から一人ずつ子が生まれ、千人もの子がいた』とあります。これは『大智度論』の文とは少し異なります」。

「仏が出家を求めた」ことについて、『未曾有経』では、釈尊が目連に命じて瞿姨(グイ)から求めさせましたが、瞿姨は応じませんでした。すると虚空から声が告げました。「あなたは定光仏の時代に花を買った時、『彼の妻となり、良し悪しにかかわらず離れず、すべてを捨てるが父母だけは残す』と願いました。今なぜ自分の子を惜しむのですか?」

問:

お尋ねします。

文中何故不云瞿姨,但云耶輸?

文中でなぜ「瞿姨(ぐい)」と言わず、ただ「耶輸(やす)」とだけ言うのでしょうか。

答:

お答えします。

昔時瞿姨是今日耶輸,今日瞿姨乃是天女故。

昔の瞿姨(ぐい)は今の耶輸(やしゅ)であり、今の瞿姨は天女であるという昔からの因縁があるのです。

「羅云以沙彌之年」者,《中含》第三云:「佛乞食訖至溫泉羅云住處,羅云為敷坐具汲水洗足,佛取水器瀉留少水。問羅云:見不?答:見。佛言:我說彼道少亦復如是。次令水盡,次令器覆,皆答佛。佛言:彼道盡,彼道覆。皆語羅云:當作是意不得戲笑妄語。而說偈言:人狂一往謂妄語是,不畏後世無惡不作。說是頌已,問羅云曰:如人照鏡,欲見其面見淨不淨。如是羅云,將己身業觀於彼淨及以不淨、善不善、已作當作,皆當受善惡果報,乃至口意亦復如是一一觀察。」四大羅漢名,如前。佛勅云:「吾法滅盡然後涅槃。」準《寶雲經》第七,佛記十六羅漢令持佛法,至後佛出方得入滅。彼經一一皆列住處人名眾數等,故諸聖者皆於佛前各發誓言:我等以神力故,弘護是經不般涅槃。賓頭盧、羅云在十六數,却不云迦葉。

羅雲が沙弥の年齢だった時のことです。『中阿含経』第三巻にはこうあります。 「仏は托鉢を終えて温泉にある羅雲の住処に赴かれた。羅雲は座具を敷き、水を汲んで足を洗い上げた。仏は水の器を取り、水を少し残して捨てられた。そして羅雲に問われた。 『これが見えるか?』 『はい、見えます』 仏は言われた。『私が説く道もまた、このように僅かばかりのものであってはならない』 次に水をすべて捨てさせ、さらに器を伏せさせられた。そのたびに羅雲は仏の問いに答えた。 仏は言われた。『道は尽き、道は覆われるものである』 そして羅雲に語られた。『心をそのようにしてはならない。決して戯れに偽りの言葉を語ってはならない』 そして偈を説かれた。 『人は心の迷いから、一度偽りの言葉を語ると、それを“ただの嘘”と思う。後世を畏れず、ついには悪を為さざるを得なくなる』 この偈を説き終えて、仏は羅雲に問われた。 『人が鏡に映して自分の顔を見るとき、その清らかさや汚れが分かるように、羅雲よ、汝もまた自らの身体による行いを、清らかさや汚れ、善悪、すでに行ったことやこれから行うことに照らして観察し、すべて善悪の報いを受けることを知るがよい。口による行い、心による行いも、また同様に、一つ一つを観察しなさい』」 四大羅漢の名は先に述べた通りです。仏の教えはこうです。「私の教法が完全に滅び尽きてから、私は涅槃に入る」と。 『宝雲経』第七巻に基づけば、仏は十六羅漢に教法を守り続けるよう記され、後の仏が現れて初めて涅槃に入ることができるとされています。同経には、一人一人の居場所、名前、弟子の数などが詳細に記されています。それゆえ、諸々の聖者たちは皆、仏の前でそれぞれ次のように誓いました。 「私たちは神通力によって、この経を広く守り護り、般涅槃(完全な涅槃)に入りません」 賓頭盧と羅雲は十六羅漢の中に数えられていますが、迦葉は含まれていません。

本迹中云「八種障」等者,意云,本住無障迹示十障。「障涅槃」者,謂生死障使不得入涅槃故,即前文中初八番是。「一種障生死」者,障使不得至於生死,即第九是。次被佛勅不得涅槃,故障無餘即第十是。又前八文障義小異,一二三兼六年在胎,為胎等障故云覆障;第四謂宿世常障故云覆障;第五為疑所障故云障;第六約父不許,為父所障故云障,餘準可知。「觀心例前」者,具如諸文,今應云「即假故障涅槃,即空故障生死,即中故障非生死非涅槃,乃至三惑,能障三觀所障之惑,有思議不思議等。」

『本迹中』に「八種の障り」等とあるのは、その意味するところは、本(本来の境地)には障りはないが、迹(顕れた姿)において十種の障りを示すということである。 「涅槃を障る」とは、すなわち生死が障りとなって涅槃に入ることを妨げるということであり、先の文中の初めの八番がこれに当たる。 「一種の生死を障る」とは、障りがあって生死の境地に至ることを妨げるということであり、第九番がこれに当たる。 次に、仏の勅命によって涅槃を得ることができないため、無余涅槃を障るのが第十番である。 また、前の八つの文における障りの意味は少し異なる。第一、二、三は六年の胎内にあることを兼ね、胎内などが障りとなるので「覆障」という。第四は過去世において常に障りとなるので「覆障」という。第五は疑いに障られるので「障」という。第六は父が許さないことに関わり、父に障られるので「障」という。その他は準じて知るべきである。 「観心、前に例す」とは、詳しくは諸々の文にある通りである。今、次のようにいうべきであろう。「すなわち、仮であるがゆえに涅槃を障り、空であるがゆえに生死を障り、中であるがゆえに生死でも涅槃でもないものを障る。乃至、三惑が、三観を障る。障られる惑には、思議・不可思議等がある。」

法華文句記卷第二(上)

法華文句記 第二巻(上)

法華文句記卷第二(中)

法華文句記 第二巻(中)

唐天台沙門湛然述

唐天台沙門湛然述

次釋少知識眾中,非但不歎又不列名,以少人知。而云「聖與凡」等者,釋少知識所以,凡不測聖故云「絕交」。非聖全不交凡名之為絕,如以凡望凡交者方識,況以凡望聖理合絕交,交好既絕,豈以識之多少言耶?「特以」等者,今聖為引凡發彼同類,機緣不等隨類接之,故現少識之迹以接隱德之徒,故不以凡夫能知能識而判所知所識位高下也。故言不可以多少之迹失其本,故不可以多人知識為本高、以少人知識為本下。又不可多知識者為有實本、少知識者為無實本,故知多識少識俱迹而別有理本,若久本者自有實成。若欲此中辨四悉者,「多少異故」,世界;「隨順物機」為人;「藏名隱德」,對治,「高下莫測」,第一義。「三藏十八種學人」等者,具如《止觀》第六記。通教學無學位兩節判者,前約二乘,後約菩薩。又前約三乘共位,後約獨菩薩位。約別圓中亦兩節判者,前云「功用無功用」,即約地住前後,次「具不具」即等覺妙覺,初入無功用亦得名為無學,但是分得故更約具足。引《阿含》意者,為開第三句義端故也。外人所以作此問者,汝云羅漢既云無學,何故更須隨逐世尊?「若爾」下假問徵起,答中即成第四句也。凡言學者,為進斷故,如七反、一來、不還皆不復學,若歷果進者義屬前句,況已所已斷不復更斷亦當第四句也。更加雙非即五句也。兩教聲聞悉皆如此。四教例者,通教更約菩薩者,前兩句如前,後兩句者學無學當地住故,無學學者無學在佛不可更學,還應退取六地為無學,出假名為學;若準羅漢,佛亦住於善法,為無學學。別圓後位唯不得令佛更有所學,則闕第三句,準通可知。並以凡位為第五句,則後三教並有兩節,皆成五句。

次に、「少知識の衆」について説明します。この中では、称賛もせず列挙もされないのは、知る人が少ないからです。「聖と凡」などと述べられているのは、少知識である理由を説明したもので、凡夫は聖者を測り知れないことから「絶交」と言います。これは聖者が全く凡夫と交わらないことを絶と呼ぶのではなく、凡夫が凡夫を見れば交わって初めて知ることができるのに、まして凡夫が聖者を見れば、道理からして交わりは絶たれるべきであり、交わりが既に絶たれているなら、どうして知る者の多少を言うことができましょうか。「特以」などは、今、聖者が凡夫を導くために、その同類を引き出そうとして、機縁が一様でないため、機に従ってこれを受け入れるので、少知識の跡を現して、隠れた徳ある者と接するのです。ですから、凡夫の知ることができるかどうかで、知られる者の位の高下を判断してはなりません。したがって、多少の跡によってその本質を失ってはならず、多人に知られることを本が高いとし、少人に知られることを本が低いとしてはいけません。また、多人に知られる者に実の本があり、少人に知られる者に実の本がないとしてもなりません。それゆえ、多識・少識は共に跡であり、別に理の本があることを知るべきです。もし久本であれば、自ずと実成があります。

もしここで四悉檀を弁別したいなら、「多少異故」は世界悉檀、「随順物機」は為人悉檀、「蔵名隠徳」は対治悉檀、「高下莫测」は第一義悉檀となります。

「三蔵十八種学人」などは、詳しくは『止観』第六記の通りです。通教の学無学位を二節に判じるのは、前は二乗について、後は菩薩について述べています。また、前は三乗共通の位について、後は独菩薩の位について述べています。別教・円教の中でも二節に判じるのは、前に「功用無功用」と言うのは、すなわち地住の前後についてであり、次に「具不具」と言うのは等覚・妙覚についてです。初めて無功用に入る者も無学と名づけられますが、ただし分得に過ぎないので、さらに具足について述べています。

『阿含』を引用する意味は、第三句の義の端緒を開くためです。外人がこう問うのは、「あなたは羅漢が無学であると言いながら、なぜさらに世尊に従い随う必要があるのか」という意味です。「若爾」の下は仮の問いで、これを引き起こし、答えの中に第四句が成立します。およそ学ぶと言うのは、さらに断じ進むためであり、例えば七返、一来、不還はいずれも再び学びません。もし果を経て進むならば、義は前の句に属します。ましてや既に断じたものは再び断じないので、これも第四句に当たります。さらに双非を加えれば、五句となります。両教の声聞はすべてこの通りです。

四教に例えるなら、通教でさらに菩薩について述べるのは、前の二句は前の通りで、後の二句については、学無学が当地・住であるからです。無学の学は、無学が仏にあるなら、再び学ぶことはできません。それならば、六地に退いて無学とし、仮に出ることを学と名づけるべきです。もし羅漢に準じるなら、仏もまた善法に住して、無学の学とします。別教・円教の後の位では、決して仏にさらに学ぶ所あらしめてはならないので、第三句を欠くことになります。通教に準じて知るべきです。すべて凡位を第五句とすれば、後の三教はすべて二節を有し、いずれも五句となります。

本迹中云「居滿字學無學」者,別圓兩教皆取未足位,其中不妨亦有古佛,即是第二節無學人也。又「滿」字者,滿通三教簡二從圓。「眾生應以半字學無學莊嚴雙樹」者,初從半字引入圓滿,即鹿苑示枯、方等示榮,爾時已是莊嚴不二,始行執迹而暗其本,來至法華、涅槃方始顯說,即《大經》中舉因六人,既見佛性同於如來,二而不二故云莊嚴。觀心中已立學無學二句,應更立二句,不緣而緣名無學學,常如是觀名學無學,對未修者成第五句,亦可約理為第五句,亦得三觀各為五句,思之可見。

『本迹中に云く「満字の学無学に居す」とは、別教と円教の両教ともに未だ満ち足りない位を取るものであり、その中には古仏も妨げなく存在する。すなわちこれ第二節の無学人である。また「満」の字とは、満は三教に通じるが、二つを簡んで円教に従う。「衆生は半字をもって学無学の双樹を荘厳すべき」とは、初めに半字に従って円満に導入する。すなわち鹿苑で枯を示し、方等で栄を示す。その時すでに不二を荘厳していたが、初めて行ずる者は迹に執着してその本を暗くしていた。法華・涅槃に至って初めて顕かに説かれる。すなわち『大経』において因の六人を挙げる。既に仏性を見て如来と同じくする。二にして二に非ず、故に荘厳と云う。観心の中に既に学無学の二句を立てたならば、さらに二句を立てるべきである。縁せずして縁ずることを無学学と名づけ、常にこのように観ずることを学無学と名づける。未だ修めない者に対しては第五句を成す。また理に約して第五句とすることもでき、また三観それぞれを五句とすることもできる。思うべし。』

約觀為數中云「界如互論即具二千」者,百界千如但成一千,即十界百界界界十如,復應更以百如千界。又名一千,且如十如初後相在則十如為百,用對十界豈非千界?此且一往論其單數,若百如中之千界界界十界,百界中之千如如如十如,何但界如各一千耶?是則重重無盡不可數知,將何以為二千定數?故云「不可思議」。諸境皆然且隨便說,故云二千。因緣約教中並但列數,於義即足不須別求,故前二文直列而已。若欲義立聞數歡喜生善破惡入真,諸教用觀對數解異,即其意也。

約観の中で「界如互論して即ち二千を具す」というのは、百界千如がただ千となるだけではありません。つまり、十界の百界において、それぞれの界に十如があることから、さらに百如と千界を考えるべきです。これをまた一千と名づけます。例えば、十如の初めと後ろが互いに相依れば、十如は百となり、これを十界に対応させれば、千界となるではないでしょうか。これはひとまず単なる数として論じたものです。もし百如の中の千界、それぞれの界に十界があり、百界の中の千如、それぞれの如に十如があるならば、どうして界と如がそれぞれ一千にとどまるでしょうか。このようにして重々無限に数えきれなくなるのに、何をもって二千という定まった数とするのでしょうか。ゆえに「不可思議」と言うのです。諸々の境はすべてこのようなものですが、便宜上、二千と言っているに過ぎません。因縁や教についての記述では、ただ数を列挙するだけで、その意味はそれで十分であり、別に求める必要はありません。そのため、前の二つの文は単に列挙しているだけです。もし意味を立てたいのであれば、数を聞いて喜びを生じ、善を生じ、悪を破り、真に入るということが、諸教における観法の用い方や数の解釈の違いに対応しており、それがその趣旨なのです。

「舉迹」下,本迹也。「舉迹」等者,即此迹法是本法也。本自有迹故云本迹,非迹無以顯本,此迹即是本家之迹,非本無以垂迹,故二千迹中之迹即二千本中之迹,上下悉然。釋妨如前多知識中。

「挙迹」の下は、本地と垂迹の関係を示しています。「挙迹」とは、この迹の法がそのまま本の法であるということです。本には元より迹があるから「本迹」というのです。迹がなければ本を顕すことはできません。この迹こそが本の側の迹であり、本がなければ迹を垂れることはできません。ゆえに、二千の迹の中の迹は、すなわち二千の本の中の迹であり、上下ともにすべて同じです。疑問の解消は、先の「多知識」の項の通りです。

列尼眾中破舊解云「又復無文」等者,比丘眾末結云「如是眾所知識故可云多」,學無學文末無此結故,故望前多得云少耳。尼眾二文前無眾所知識之言,後無可望以之為少,故云無文。「義不可」者,比丘眾約歎德不歎德、列名不列名及數多少,并有結無結,以判多識少識。今尼眾中但標二眾主名,二人之後但云六千及亦與眷屬俱,並無結列,豈有六千為他所識、直云眷屬不為他識耶?尚不例上藏名隱德,豈得云少?「大小」者,舊呼大小名聞等,已如前破。又復「耶輸」此翻名聞,豈得却以為無名聞(云云)。二尼並闕約教者,準例合有,亦應約僧具有四教五味。

列尼衆の中にて、舊解が「又復無文」等と破するについて。比丘衆の末に「如是衆所知識故可云多」と結んだが、學無學の文の末にはこの結びがない。よって、前の多に望んで少と言えるだけである。尼衆の二文には、前に衆所知識の言がなく、後に望んでこれを少とすることもできない。それゆえ「無文」というのである。「義不可」とは、比丘衆は徳を歎くか歎かないか、名を列ねるか列ねないか、またその數の多少、さらに結びあり結びなしによって、多識・少識を判じた。今、尼衆の中ではただ二衆の主名のみを標し、二人の後にはただ「六千」及び「亦與眷屬俱」とあるのみで、結びも列もない。どうして六千が他に識られる者であり、ただ眷屬とあるだけで他に識られないと言えようか? なお、上の蔵名隱徳にも及ばず、どうして少と言えようか。「大小」とは、舊の呼び方で大小名聞などというもので、すでに前に破した通りである。また、「耶輸」は翻訳すれば名聞である。どうしてこれを逆に無名聞としてしまえようか(云云)。

二尼ともに約教が缺けているのは、準例によればこれがあるべきである。また、僧に準じて四教・五味を具えているべきである。

問:

お尋ねします。

大愛道之名何故用智度以消本耶?復非佛母,何以引佛母釋之?

大愛道という名前が、なぜ「智度」を用いてその本来の意味を解き明かすのか。また、彼女は仏の母ではないのに、なぜ仏の母を引き合いに出して説明するのか。

答:

お答えします。

以有智故方能愛道,既愛大道智度亦大,況凡女人皆能生子,故借淨名法門之母,令生己心導師之子,數無約教大意如前。觀解數中以六根為六千者,雖借下文〈法師功德品〉文,今此並是義通初後,若的屬尼眾並是聖位六根,已於三周得記,故正用《華嚴》十種六根表本法門者,兼本迹義也。耶輸中「以子標母」者,凡以子標父母,或以父母標子,皆有德業為他所識者可以相顯,比丘皆然。「或云無翻」者,非獨耶輸,一切未翻者多具有翻無翻,例修多羅等。佛妻者,果中說因也。則出家之時已捨耶輸,故有佛號時無復妻也。觀解以表三夫人者,鹿野不生故表空,耶輸有生故表假,復居三觀之中,曇姨位大表中明矣。「上當分」下,合明本迹觀心,於中先明來意,次正釋。初又二:初總,次別。初二句總明者,「當分」兩字皆去聲呼,所以共明本迹觀心者,以因緣不可合釋,約教理應互通,今欲主伴共論,本迹觀心便故。然菩薩雜眾各有本迹,觀心不共明者,形服疎故、無始終故、非物重故、非經別為故。又因緣教相不別明者,從本垂迹秖是感應,感應所為不過教相,故但本迹自攝餘兩。

智慧があるからこそ、道を愛することができるのです。すでに大道を愛するならば、智慧の度もまた大きくなります。ましてや、すべての女は子を生むことができますから、浄名(維摩居士)の法門の母を借りて、自らの心に導師の子を生ませるのです。数の約教の大意は前述のとおりです。観解の数の中で六根を六千とするのは、下文の〈法師功徳品〉の文を借りていますが、ここではすべて義として初後(始めと終わり)に通じます。もし的(まさ)に尼衆に属するならば、すべては聖位の六根であり、すでに三周において記別を得ています。それゆえ正しく『華厳経』の十種の六根を用いて本の法門を表すのは、本迹の義を兼ねているのです。耶輸(ヤシュダラー)の中で「子をもって母を標す」とは、およそ子をもって父母を標し、あるいは父母をもって子を標す場合、いずれも徳業があって他に識られる者がいてこそ、互いに顕すことができるのです。比丘も皆同様です。「あるいは無翻という」とは、耶輸だけではなく、すべての未翻のものの多くは、有翻と無翻を併せ持っており、修多羅などの例と同じです。仏の妻とは、果の中にあって因を説くものです。すなわち出家の時にはすでに耶輸を捨てていますから、仏の号がある時にはもはや妻はいないのです。観解において三夫人を表すとは、鹿野(ルーイェー)は生まないゆえに空を表し、耶輸は生むゆえに仮を表し、また三観の中に位置するのです。曇姨(ドンマ)の位が大であることは中を表すことが明らかです。「上は当分」の下は、本迹と観心を合わせて明かします。その中でまず来意を明かし、次に正しく釈します。初めにまた二つに分かれます。初めは総、次は別です。初めの二句は総明であり、「当分」の二字はともに去声で呼びます。本迹と観心をともに明かす理由は、因縁は合して釈することができないからであり、約教と約理は互いに通じるべきだからです。今、主と伴をともに論じようとすれば、本迹と観心が便利だからです。しかし菩薩や雑衆にはそれぞれ本迹がありますが、観心をともに明かさないのは、形服が疎であるゆえ、始終がないゆえ、物として重んじられないゆえ、経が別にそのために説いたのではないゆえです。また因縁と教相を別に明かさないのは、本より迹を垂れるのはすなわち感応であり、感応の為すところは教相を超えないからです。ゆえにただ本迹が自ずから残りの二つを摂するのです。

若爾,上文已有,此兩何須重明?

では、前述の部分ですでに述べられているのに、ここであえて二つの点を重ねて説明する必要があるのはなぜでしょうか。

答:

お答えします。

由化緣不同莫非益物,因緣相關須共設迹,或一人關多人、多人關一人,或一人關一、多人關多,故使始終親疎主伴顯密共成一化。又諸聖觀行,能觀所觀一剎那頃含納一期,事理權實人法主伴隱顯善惡,無不為此心觀攝之,是故須約王所以明。

化縁の違いにより、利益をもたらす方法は様々であり、因縁が関わり合うため、共に迹を設ける必要がある。あるいは一人が多くの人に関わり、多くの人が一人に関わり、あるいは一人が一人に関わり、多くの人が多くに関わる。そのため、最初から最後まで、親疎、主伴、顕密が一体となって一つの教化を成すのである。

また、諸々の聖者の観行においては、能観と所観が一刹那のうちに一つの生涯の出来事を包含する。事と理、権と実、人と法、主と伴、顕と隠、善と悪、すべてがこの心の観法によって収められる。ゆえに、王によってこれを明らかにする必要があるのである。

次「顯善權」下別述來意。初句明本迹來意,次句明觀心來意。權中之最故名為善,無一聖者不順機緣故云「曲巧」,無一心所不成妙觀故云「精微」,隨機故曲、誘進故巧,無雜故精、理極故微。從「夫首楞嚴」去,先總釋本迹為三,先敘垂迹總論利物之道,次「今且」下明主伴同懷化方,三「以此」下總結三昧之功。初文明本迹所依,本地所依,首楞本也,示現迹也。「稱適」者,明垂迹意。「靡所」者,明垂迹相。諸大小教明諸羅漢但得四智,直被彈斥洮汰而已,不明化意,爾時誰云生陰未盡、梵行未立、所作未辦,仍有變易,故知但約界內明盡。若開顯已本是大權,所以先外次小傳引入圓,故非首楞之本無以垂於化迹,故云「靡所不為」。次明主伴化方者,為六:初、主伴降神;次、「若三十二」下明師資誕質;三、「若皇皇」下明共稟世道;四、「若法」下明能所生熟,即指鹿苑小乘;五、「共輔」下更熟未熟,即指方等、般若,六、「次聞法華」下,明主伴功畢。初又二:初主也,次「法身」下伴也。次文又二:初師也,次「諸大」下資也。第三文亦二:初師示稟世道,次「諸大士」下次示受邪化。第四文亦二:初知所化尚生,次「若所」下鑒所化機熟。第五文又二:初方等,次般若。第六又二:初正明功畢,次「法王」下重述半滿以顯化功。分文竟,次略釋之。

次に「顯善權(善き権を顕す)」の下は、別に来意を述べる。初めの句は本迹(ほんじゃく)の来意を明かし、次の句は観心の来意を明かす。権の中でも最も優れたものを「善」と名づけ、一人の聖者として機縁に従わない者はないことから「曲巧(きょくこう)」と説き、一つの心として妙観を成就しないものはないことから「精微(せいび)」と説く。機に随うから曲であり、誘い進めるから巧であり、雑りがないから精であり、理が極まるから微である。

「夫(そ)れ首楞嚴(しゅりょうごん)」からは、まず総じて本迹を解釈して三つとなる。先ず、迹を垂れることの総論、すなわち利益を施す道を述べる。次に「今且(いましば)らく」からは、主(しゅ)と伴(ばん)が同じく教化の方策を抱くことを明かす。三に「此(こ)を以て」からは、三昧の功徳を総括する。

初めの文は本迹の依り所を明かす。本地の依り所は首楞厳の「本」であり、示現は「迹」である。「称適(しょうてき)」とは迹を垂れる意味を明かし、「靡所(びしょ)」とは迹を垂れる相を明かす。様々な大小の教えでは、諸々の阿羅漢はただ四智を得て、直接に弾斥(だんせき)され淘汰されるのみで、化導の意味は明かされない。その時、誰が「生陰(しょういん)尽きず、梵行(ぼんぎょう)未だ立たず、所作(しょさ)未だ弁(ととの)わず」と説き、なお変易(へんげ)があると言ったであろうか。故に知るべし、ただ界内(かたい)について尽を明かしたに過ぎない。もし開顕(かいけん)すれば、すでに本は大権(たいごん)であり、先ず外道、次に小乗を経て、導き入れて円教に至る。故に首楞厳の本なくしては、化迹を垂れることはできない。よって「靡所不為(せざる所なし)」と説く。

次に主伴の化方(けほう)を明かす。六つとなる。第一、主伴が神を降ろす。第二、「若(も)し三十二」から、師資(しし)が誕質(たんしつ)することを明かす。第三、「若(も)し皇皇(こうこう)」から、共に世道(せどう)を習うことを明かす。第四、「若(も)し法(ほっ)」から、能所(のうしょ)の生熟(しょうじゅく)を明かす。これは鹿苑(ろくおん)の小乗を指す。第五、「共に輔(たす)く」から、更に未熟(みじゅく)を熟す。これは方等(ほうどう)と般若(はんにゃ)を指す。第六、「次に法華を聞きて」から、主伴の功績が終わることを明かす。

第一はまた二つあり、初めは主、次に「法身」以下は伴である。第二の文もまた二つあり、初めは師、次に「諸大」以下は資(し)である。第三の文もまた二つあり、初めは師が世道を習うことを示し、次に「諸大士」以下は邪化(じゃけ)を受けたことを示す。第四の文もまた二つあり、初めは化すべき者が未だ生(なま)であることを知り、次に「若(も)し所(ところ)」以下は化すべき者の機が熟したことを見極める。第五の文もまた二つあり、初めは方等、次は般若である。第六もまた二つあり、初めは正しく功績の完了を明かし、次に「法王」以下は重ねて半満(はんまん)を述べ、化導の功を顕す。文の区切りが終わったので、次に略してこれを解釈する。

言「近論」者,且捨中間以述伽耶。「聖后」者,聖皇之后,后亦德政故。「法身」等者,亦有古佛且云菩薩,主既降神伴亦在迹。「金姿」者,金色美容也。「大士」者,《大論》稱菩薩為大士,亦曰開士。士謂士夫,凡人之通稱,以「大」、「開」簡別,故曰大等。如世云仁士志士等,亦以仁等簡之。今人中發大心者名大,開是發之異名,引物不同故諸相各異。「空室」者,須菩提,生時室內一切皆空,表解空故。「雨寶」者,樓那。「寄辨通夢」者,舍利弗。「太子」等者,初同後異,欲奪先與故為皇等,處其極尊而為先導,如《因果經》云:「佛將降此閻浮,時有九十九億眾」,棄斯大眾及忘四天下,故云「捨國」,棄金輪位故曰「捐王」,示習世定故云「學道」,諸大士等亦示受邪化故云「請業」,過其所習故曰「兼通」,却攝彼眾故曰「宗匠」。如身子十六聲振五天,與目連共師沙然梵志,未經旬月沙然徒眾盡以付之。大法欲啟先為開闢,如陳如等;知所化既生,能化猶與分庭抗禮,如迦葉等。「抗」者,《易》云:「知進而不知退,知得而不知亡」。亦「對」也,未肯為臣故分庭不退。「崇我道真」者,具如迦葉。緣中機熟可化,故云「易染」等。諸大士各掌一職,智慧身子,神通目連,辯才迦旃延,三昧富樓那。「更度未度」者,雖師徒受化化道未休,度兼二義,若全未受化則方等中更令入小,若諸菩薩但令盡無明。言「重熟已熟」者,大小兩熟位既未終,理須進入。釋慕大中云「不知」者,秖此不知之言即大機冥發,下云「機情二索」,即此意也。「含挾」等者,謂般若中通教二乘,故彼部中通教真中具大小故,名之為含;大帶於小故名為挾,從始至終通大小故。「出內」等者,明領業也,自他之法皆令知故。出內具如下疏中說。「出內」兩字,江南多分去聲呼之,非無所以。若人之出入,「出」字可從入聲,人之所運可從去聲;「內」字南北二音義同,但恐濫內外故從南音。「共」謂通教。

「近論」ということばは、ひとまず中間の教えを置いて、伽耶城での成道に直接言及するものです。「聖后」とは、聖なる王の后であり、后もまた徳による政治を行ったことを意味します。「法身」などについては、過去の仏もあり、また菩薩とも呼ばれます。主である仏がこの世に降り立つにあたり、その伴侶もまた迹(現れ)の姿をとったのです。「金姿」とは、金色の美しい姿のことです。「大士」とは、『大智度論』において菩薩を大士と呼び、また開士ともいいます。「士」は士夫を意味し、一般の人々の総称ですが、「大」や「開」という語を添えて区別するため、大士などと呼ばれるのです。世間で「仁士」「志士」などと呼び、「仁」などの語で区別するのと同じです。今の世にあって、大いなる心を起こす者を「大」といい、「開」は「発」と同義であり、対象によって教化の方法が異なるため、様々な相があるのです。「空室」は、須菩提を指します。彼が生まれた時、室内のすべてが空であったことから、空の理解を表しているのです。「雨寶」は、富楼那のことです。「寄辨通夢」は、舎利弗のことです。「太子」などは、最初は同じでも後に異なり、与えてから奪うという方法で、まずは最も尊い立場を与えて先導役としました。『因果経』にはこうあります。「仏がこの閻浮提(人間界)に降り立とうとした時、九十九億の大衆がいた」。しかし、それらの大衆や四大天下を捨てたため「捨国」といい、転輪聖王の位を捨てたため「捐王」といい、世俗の定(瞑想)を学ぶ様子を示したため「学道」といい、多くの大士たちもまた邪な教えを受け入れる様子を示したため「請業」といい、彼らが学んだものを超えたため「兼通」といい、彼らの仲間を引き寄せたため「宗匠」といいます。例えば、舎利弗は十六の声で五天竺にその名が響き渡り、目連と共に沙然という梵志(バラモン)に師事しましたが、一ヶ月も経たないうちに沙然の弟子たちはすべて舎利弗に託されました。大いなる法が開かれようとする時、まずは先導役となる者が必要です。例えば、陳如(アージュニャータ・カウンディンヤ)などがそうです。教化すべき者が現れた時、教化する者と対等な立場で向き合う者もいます。例えば、迦葉(マハーカッサパ)などがそうです。「抗」とは、『易経』に「進むことのみを知り退くことを知らず、得ることのみを知り失うことを知らない」とある意味で、「対する」という意味でもあります。まだ臣下になることを良しとせず、礼儀を尽くしながらも譲歩しなかったのです。「崇我道真」とは、迦葉の例に見られる通りです。因縁が熟し、教化できる状態になったため、「易染(染まりやすい)」などと言われるのです。多くの大士たちはそれぞれの役割を担っていました。智慧は舎利弗、神通は目連、弁才は迦旃延、三昧は富楼那です。「更度未度」とは、師弟関係で教化を受けても、その教化の道は終わらないことを意味します。「度」には二つの意味があります。まったく教化を受けていない者には、方等経の中でさらに小乗に入らせることです。菩薩たちには、ただ無明を尽くさせることです。「重熟已熟」とは、大小二乗の熟する段階がまだ終わっていないため、さらに進む必要があるということです。大乗を慕う心についての説明で「不知」と言うのは、この「知らない」という言葉こそが、大乗の機縁が密かに発動したことを示しています。後に「機情二索」と言うのは、この意味です。「含挾」などとは、般若経の中に通教の二乗が含まれていることを意味します。そのため、その部派の通教の真実の中には大小両方が含まれているので、「含」と言います。大乗が小乗を含むため「挾」と言い、最初から最後まで大小を通しているのです。「出内」などとは、領解して修行することを明らかにしています。自らの法も他者の法も、すべて知らせるためです。「出内」の詳細は、後の疏の中にあります。「出内」の二字は、江南では多く去声で発音されますが、それには理由がないわけではありません。人の出入りを表す場合、「出」は入声で読むことができ、人の運ぶものは去声で読むことができます。「内」の字は、南北で音は同じですが、内外の意味と混同される恐れがあるため、南の音に従います。「共」とは通教のことです。

若爾,何不付藏?

では、なぜ経蔵に収められなかったのか?

答:

お答えします。

先已得之。別即別圓,偏圓具如《玄》文分別。

すでに先に述べた通りです。「別」には「別教」と「円教」の別があり、「偏った教え」と「完全な教え」の違いについては、『玄義』の文に詳しく明らかにされています。

被加為「奉命」,所說名「領知」,名說為領,無別領也。猶住小果名「無希取」,轉成熟酥名「未頓捨」,望後極教故名為「雖」,被加領法其心不驚名為「通泰」。故漸已之言通昔,通泰唯在熟酥。「次聞法華」明至第五時,具如〈信解〉中廣說。顯真遺體故會天性,天性定故父子義成。昔結大緣名為真體,得受記莂父子義成。定昔二萬佛所,方乃堪為記莂。孤調涅槃故云「獨滅」,尚無一人獨滅,豈留多人?「法王」下更述一代化意。「初用」下借半滿枯榮以成化事,釋上方便權巧之言。大化功畢故曰「身子」等,不待涅槃故云「息化」,「贖命」如《釋籤》。若此釋者,方釋法華經眾,總別兩重消釋本迹,尚恐失旨,直爾一句翻名而已,何異諸教聲聞眾耶?「唱滅」等者,正由功畢唱滅言興,故唱滅之緣正在斯典。「二萬燈明」等者,準文殊答問引往所見,皆無後教,當知即於法華訖化,若東方所見具見法華、涅槃,是則引同今佛故也。若迦葉出世其土猶淨理同往見,雖涅槃有無不同,並於此經顯實。「為學」等者,男如寶積、善德等,女如月上、無垢施等。「道」謂出家二眾,「俗」即在家二眾,發起等四皆悉有之,乃至良賤人畜親疎恭慢瞋喜凡聖,其相非一故注「云云」。

「奉命」と加えられたことにより、その説くところを「領知」という。名づけて説くことであり、別に領するものがあるわけではない。 なおも小果に留まることを「無希取(希求なく受け取ることなし)」といい、熟酥に転ずることを「未頓捨(未だ頓に捨てず)」といい、後の極教を望むことにより「雖(といえども)」と名づけ、加えられて法を領してもその心驚かざることを「通泰(通じて安らか)」という。 ゆえに「漸已(しだいにすでに)」の語は昔に通じ、「通泰」はただ熟酥にあるのみ。 「次に法華を聞く」とは第五時に至ることを明かし、詳しくは〈信解品〉に広説するとおりである。 真の遺体を顕すことにより天性を会し、天性定まるゆえに父子の義が成る。昔、大縁を結ぶことを真体と名づけ、受記を得て父子の義が成る。昔の二万仏のもとに定まり、はじめて記莂(きみょう)に堪える。 孤調の涅槃ゆえに「独滅」といえども、ただ一人の独滅もなきに、どうして多人を留められようか。 「法王」以下ではさらに一代の化導の意を述べる。「初用」以下では半満・枯栄を借りて化事を成し、上の方便・権巧の言葉を解く。 大化の功績が終わるゆえに「身子(しゃりし)等」といい、涅槃を待たずに「息化(教化をやむ)」といい、「贖命(贖いの命)」は『釈籤』の如し。 もしもこのように解釈すれば、まさに『法華経』の衆を解き、総別二重に本迹を消釈しても、なお旨を失うことを恐れる。ただ一句を翻訳して名づけるのみならば、どうして諸教の声聞衆と異なるところがあろうか。 「唱滅」などとは、まさに功績が終わり唱滅の言が起こることによる。ゆえに唱滅の縁はまさにこの経典にある。 「二万灯明」などとは、文殊の答問によるに、往古の見る所を引くに、いずれも後教なし。まさに知るべし、すなわち法華にて教化を終えることを。もし東方の見る所に、具に法華・涅槃を見るならば、これはすなわち今の仏に同じく引くゆえんである。 もし迦葉の出世するに、その土なお浄く、理は往見に同じ。涅槃の有無は同じからずといえども、並びにこの経にて実を顕す。 「為学」などとは、男は宝積・善徳などの如く、女は月上・無垢施などの如し。 「道」とは出家の二衆をいい、「俗」とは在家の二衆をいう。発起等の四種はみなこれを有し、乃至、良賤・人畜・親疎・恭慢・瞋喜・凡聖、その相は一つにあらざるがゆえに「云云」と注す。

次「總明觀者」,總別大旨委如前說,以二十心所共輔心王而緣善境,如初起觀不離王數,通數猶通通至善所,以此大善歷緣對境,其善轉深如至今經,故此善數無別心體,還秖轉其惡數而生,故從外入小、從小入大,自始歸終方名善極,善行雖多不出此十,故云「十心為本」。轉既極已,還同心王無善無惡,如諸弟子得授記已,分同法王故云「立」也。又漸轉者,如諸聲聞,若頓轉者,如頓菩薩,無非實相,使王成究竟法、王子成法王真子,咸堪補處轉化餘生,是故於中先取善心,然今所列並準舊譯。新云:信及不放逸,輕安捨慚愧,二根及不害,勤唯遍善心。初三句一字列,後四字結,若欲對舊名略辨同異者,新云信,謂於三寶所忍許故也,與舊名義同。新云不放逸者,謂修諸善專注為性,舊名為念,念謂憶持,名異義同。新云輕安者,謂輕利安適堪任為性,舊名為喜,喜悅安快,亦名異義同。新名為捨,謂離沈掉,與舊名義同。新云慚愧,舊云猗覺,名義俱異。新云二根謂無貪無嗔,舊云定慧,名義亦別而道理大同,以無此二定慧方成。定慧亦深淺不同,二根非無優劣。新云不害,謂無損惱為性,舊名為戒,名異義同。新云勤,舊名進,名義大同。其名義全不同者,譯人意別不須和會,今此貴在從名入觀,故善王善數共導諸惡以成妙善,故通心所輔王亦然,以數對人隨其行相,亦應可解。十人既爾,以十望諸乃至無數,不出心所,何但一萬二千乃至未受化來,以惡心所攝之亦盡,何但善及通耶?「十人各備」等者,寄本迹以明觀心,本乃已成法王,迹示善通心所,以示入道不同故也。言「一一心中皆有王數」者,既二論不同,今言相扶即是同時,亦應更云「次第相生」。非但同時異時,亦乃諸數互有,信具諸數從信為名,餘九亦然。從強而說故受別名,十通心所準此可知。是故展轉相扶攻惡,若一心改、餘者相從,若相扶轉盡同入實境,無非真王非王非數,故知隨人何者偏強,強為觀境、弱者隨去,妙得此意,四儀三業修觀有託,況復能觀須辨異同?言「共攻」者,通心善心即能攻也。言「不行」等者,指餘惡等,能攻屬智故云「行般若」也。引《普賢觀》者,能所盡故,故心無心、法不住法,計有能觀名為我心,有我心故能所不亡;我所若空,罪福無主。「無心無數名正觀」者,故云「若不盡者觀則不訖」,故至妙覺方名為訖。所言「盡」者,因心所盡、果心無盡,猶如五陰因果名同而其體永別。通引諸經意云「眾生不度」等者,借事證理,若所觀之心眾生不轉,則能觀王數師弟不息。「云云」者,廣明王數能觀所觀,訖與不訖、成不成相,正覺之名又通諸地等。

次に「総明觀者」とあります。總別の大旨は既に述べた通り、二十の心所が心王を輔佐して善境を縁じます。最初に觀を起こすとき、王と心所を離れず、通心所は通じて善所に至ります。この大善が縁に対し境に臨むことで、その善はさらに深まり、今の経のようになります。ゆえにこの善心所に別の心体はなく、ただその悪心所を転じて生じるものです。外から小へ、小から大へ入り、始めから終わりに至って初めて善の極みと名づけられます。善行は多くとも、この十を超えることはなく、ゆえに「十心を本と為す」と言います。転じ尽くせば、心王に還り善も悪もなくなり、諸々の弟子が授記を得た後、法王と分かち合うようになるため、「立」と言います。また漸転とは、諸々の声聞のようなものです。頓転とは、頓悟の菩薩のようなもので、すべて実相でないものはなく、王をして究竟の法となし、王子をして法王の真子となし、皆補処に堪えて他の衆生を転化します。ゆえにその中でまず善心を取り上げますが、今ここに列挙するのはすべて旧訳に基づきます。

新訳にはこうあります。「信及び不放逸、軽安捨慚愧、二根及び不害、勤は唯だ善心に遍し」。最初の三句は一字で列挙し、後の四字は結びです。旧訳と名前を略して同異を弁じるならば、新訳の「信」とは、三宝に対する忍許を意味し、旧訳と意味は同じです。新訳の「不放逸」とは、諸々の善を修して専注することを性とし、旧訳の「念」は憶持を意味し、名前は異なるが意味は同じです。新訳の「軽安」とは、軽利安適で堪任することを性とし、旧訳の「喜」は喜悦安快を意味し、これも名前は異なるが意味は同じです。新訳の「捨」は沈掉を離れることで、旧訳と同じ意味です。新訳の「慚愧」は、旧訳の「猗覚」と名前も意味も異なります。新訳の「二根(無貪・無瞋)」は、旧訳の「定慧」と名前と意味は異なりますが、道理はほぼ同じで、この二つがなければ定慧は成り立たないからです。定慧にも深浅の違いがあり、二根にも優劣がないわけではありません。新訳の「不害」は損悩しないことを性とし、旧訳の「戒」は名前が異なるが意味は同じです。新訳の「勤」は旧訳の「進」と名前も意味もほぼ同じです。名前と意味が完全に異なるものは、翻訳者の意図の違いであり、無理に合わせる必要はありません。ここで大切なのは、名前から観に入ることです。ゆえに善王と善心所が共に諸々の悪を導いて妙善を成すため、通心所も王を輔佐することも同様です。心所を人にたとえて、その行相に従えば、理解できるはずです。十人がそうであるように、十を基に諸々を望み、無数に至っても、心所から出ることはなく、まして一万二千を超えることはありません。未だ教化を受けていない者も、悪心所で尽く摂められます。善や通心所だけではありません。

「十人各備」などは、本迹に寄せて観心を明かします。本とは已に法王を成したもの、迹とは善通心所を示し、入道が同じでないことを示します。「一一心中に皆王数有り」とは、二つの論が異なるため、今「相扶」と言うのは同時を意味します。また「次第相生」とも言うべきであり、同時だけでなく異時でもあり、さらに諸々の心所が互いに有します。信が諸々の心所を備えて信を名とし、残りの九も同様です。強い方に従って名づけるため、別の名前を受けます。十通心所もこれに準じて知るべきです。ゆえに展転して互いに扶け合い、悪を攻めます。もし一心が改まれば、残りも従います。もし互いに扶け合い転じ尽くして、同じく実境に入れば、真王でないものはなく、王も心所もありません。ゆえに、人によって何が偏って強いか、強い方を観境とし、弱い方は去っていくと知るべきで、この意を妙得すれば、四威儀や三業に修観の拠り所があります。まして能観は異同を弁じる必要があります。「共に攻む」とは、通心所と善心所が能攻であることです。「行かず」などは、残りの悪など指し、能攻は智に属するため「般若を行う」と言います。『普賢観経』を引くのは、能所が尽きるためであり、ゆえに心に心なく、法は法に住せず、能觀があると思うことを「我心」と言い、我心があるため能所が滅しないのです。我所が空ならば、罪福に主はありません。「心なく数なく正觀と名づく」とは、ゆえに「もし尽きなければ觀は訖らず」と言い、妙覚に至って初めて訖りと名づけます。「尽」と言うのは、因の心所は尽き、果の心は尽きないこと、あたかも五陰は因果で名前は同じでもその体は永遠に異なるようなものです。諸経の意を遍く引いて「衆生度せず」などと言うのは、事に借りて理を証します。もし所観の心の衆生が転じなければ、能観の王や心所の師弟は止みません。「云云」とは、王や心所、能観所観、訖ると訖らざる、成ると成らざる相、正覚の名が諸地に通ずることなどを広く明かすことを意味します。

次「列菩薩眾者」,《大論》第四先問:何名菩提薩埵?答:一切諸佛法,戒定及智慧,能利益一切,是名為菩提;其心不可動,能忍成道事,不斷亦不破,是名為薩埵。應約三教以釋答文,對小成四。「菩薩為出家」等者,《論》有二問,初問:聲聞經中有四眾,無菩薩者何?答:有二種道,謂聲聞、菩薩,四眾是聲聞道,故聲聞經無菩薩眾。次問具如今文,答云:通雖如此,別則不然,具如今文。《論》問:若爾,衍經何不獨列菩薩?此問意者,小乘教中菩薩非正,但列聲聞及以四眾,菩薩入在四眾中攝;衍中聲聞非正,亦應但列菩薩,四眾攝在菩薩中耶?《論》答云:是乘廣大諸乘皆入,如恒河中不受大海,大海即能受於恒河。論答意者,實如所問,但為攝取漸令歸大如恒入海,彼存方便,若依今文先識諸部共別有無,方識今經列眾之意,非關列眾離合能辨大小偏圓,如《金剛經》唯列小數及《金光明》大小俱無,豈可能判大小別耶?故知先以教定,以教辨人則百無一失。「故今」等者,言通意別。「若具存」等者,先辨存略。「菩提」下正釋名,先約上求,又成下約化他。摩訶比前亦大等三,具有四教道知用三,故云多種,具如《玄》等及《止觀》中。一一四弘即其始也,一一利生即其用也,一一道品即其行也,一一法門即所知也。四弘若別四三必殊,及簡五味,方是今經圓妙菩薩也。

次に、「菩薩の衆を列ねる」とは、『大論』の第四巻でまず問う。「何をもって菩提薩埵というのか」。答え。「一切の諸仏の法、戒定および智慧、能く一切を利益する、これを菩提と名づく。その心動くべからず、能く忍びて道の事を成し、断たず破らず、これを薩埵と名づく。」この答えの文を三つの教えに照らして解釈すべきであり、小乗に対しては四つの区別が成り立つ。

「菩薩は出家のため」などとは、『論』に二つの問いがある。初めの問い。「声聞経には四衆があって、菩薩はいないのはなぜか」。答え。「二種の道あり。声聞道と菩薩道とをいう。四衆は声聞道であるから、声聞経には菩薩衆がないのである。」次の問いは今の文の通りであり、答えは「通じてはこのようであるが、別してはそうではない。今の文の通りである」とある。

『論』の問い。「もしそうならば、衍経(大乗経典)はなぜ菩薩だけを列ねないのか」。この問いの意図は、小乗教において菩薩は正でなく、ただ声聞や四衆だけを列ね、菩薩は四衆の中に含まれる。衍経では声聞は正でなく、やはり菩薩のみを列ねるべきで、四衆は菩薩の中に含まれるのではないか、というものである。

『論』の答え。「この乗は広大であり、諸乗がみな入る。例えば恒河が大海を受け入れないように、大海はよく恒河を受容するのである。」答えの意図は、確かに問いの通りであるが、ただ次第に大へと帰入させるために、譬えば恒河が海に入るように、そこに方便が存するのである。今の文に従えば、先に諸部の共通と別異との有無を識別し、しかる後に今経の列衆の意を知るべきである。これは列衆の離合によって大小・偏円を弁別できるものではない。例えば『金剛経』は小数のみを列ね、『金光明経』は大小ともに列ねないが、どうしてそれによって大小の別を判じられようか。ゆえに知るべきである。先に教えによって定め、教えをもって人を弁別すれば、百に一つも誤りはない。

「故今」などは、言葉は通じて意は別なることをいう。「若し具に存すれば」などは、先に存略を弁ずる。

「菩提」以下は正しく名を解釈する。先に上求の義について説き、「又成」以下は化他の義について説く。

「摩訶」とは、前に比べて「大」などの三義があり、四教にわたって道・知・用の三を具える。ゆえに「多種」という。詳しくは『玄義』や『止観』に述べられている。一々の四弘がその始まりであり、一々の利生がその用であり、一々の道品がその行であり、一々の法門がその所知である。四弘が別ならば、四教の三も必ず異なり、五味の説き分けもまた然りである。そうしてこそ、今経の円妙なる菩薩なのである。

如「釋論」下至「醍醐」也,寄五味名以辨四教菩薩。《論》又云:「凡稱善法皆名為薩,善法體相名之為埵」,故知菩薩自利利他皆是善法及善體相,即是四種阿耨菩提之道,一切賢聖之所稱歎,是為四種菩提之薩埵也。又《論》云:「通論三種皆稱菩提,所謂三乘,前二乘人雖稱菩提,非佛功德,故不名薩埵,凡為雜血調成三祇百劫淨乳」。引《大品》三文證四味者,且以三教義攝四味,況今五味皆判菩薩,故以酪對通,二酥對別,醍醐對圓,以諸菩薩歷此四味入不定故義當三觀:即三藏菩薩轉入通時,義當於酪,據時並在方等已前;轉入別時在二味者,以二味中皆有菩薩不思議事。引《淨名》者,已入實者於二味中心稱脫理,八千受屈,示同鈍根及二乘人彈斥洮汰,方並入別。準《玄》文意,即離二味以對通別,進退盈縮並有二意。故入實者,皆自立身如彼座像,座高四萬二千由旬,身亦稱之。借本迹中意以助約教。「菩薩疑除」等者,並證四菩薩中權者須開,故至今經方除三菩薩疑,方是善行菩薩之道。「又涅槃等」者,然二經同味咸息希望,是故引同。言「略有」者,今昔合指。

「釈論」の「下」から「醍醐」に至るまで、五つの味の名を用いて、四教の菩薩を区別している。『論』にはまた、「およそ善法を称してすべてを薩と名づけ、善法の体相を名づけて埵とする」とある。したがって、菩薩の自利利他はすべて善法および善の体相であり、これこそが四種の阿耨菩提の道であり、一切の賢聖が称賛するところであり、これが四種の菩提の薩埵であることがわかる。

また、『論』には「広く論じれば三種をともに菩提と称する。すなわち三乗である。前の二乗の人は菩提と称されても、仏の功徳ではないので、薩埵とは呼ばない。すべて雑血を調えて三祇百劫の浄乳とする」とある。

『大品』から三つの文を引いて四味を証するには、ひとまず三教の義をもって四味を摂る。ましてや今、五味はいずれも菩薩を判別するものであるから、酪をもって通教に対応させ、二酥をもって別教に対応させ、醍醐をもって円教に対応させる。これは諸々の菩薩がこの四味を経て不定に入るからであり、義としては三観に当たる。すなわち、三蔵菩薩が転じて通教に入るとき、義としては酪に当たり、時期としては方等よりも前にある。転じて別教に入るときは二味の間にあり、二味の中にはいずれも菩薩の不思議な事柄があるからである。

『浄名経』を引用するのは、すでに実相に入った者は二味の心において真理にかなっているが、八千の者が屈辱を受け、鈍根や二乗の人々に示して弾斥・淘汰し、ようやく皆が別教に入るという意味である。『玄義』の文に照らせば、二味を離れて通教・別教に対応させ、進退・盈縮にはいずれも二つの意味がある。したがって、実相に入った者は皆、自らの身をあの座像のように立てる。座の高さは四万二千由旬、身もまたそれに釣り合う。本迹の意を借りて教相を説明するのに役立てる。

「菩薩の疑い除かれる」などは、四種の菩薩の中の権仮の者は開示される必要があることを証明しており、ゆえに今の経に至って初めて三種の菩薩の疑いが除かれ、はじめて善く菩薩の道を行うのである。

「また涅槃等」は、しかし二経は同じ味であり、ともに希望を息めるので、ゆえに同じであることを引くのである。「略して有り」と言うのは、今と昔を合わせて指すのである。

「本迹者」為三:先明本迹莫測,次、「所以」下明施迹意,三、「然其」下正示本拂迹。初文中云「或齊法王」者,如文殊本是龍種上尊王佛,餘並準知。「散影垂容」等者,同前聲聞總明本迹。次施迹意中有法、譬、合,譬中云「槌砧」者,化主為槌,輔者為砧,乃至互為皆為成器,本以古質為淳朴,今以未治為淳朴,令其成器,故名為器。淳朴不一故名為諸。觀中名破為成。觀後「云云」者,五住對三次與不次,觀亦如是思之可知。「同謀」下「云云」者,應合喻云,今開祕藏不涉權下,故證信之人皆非率爾,故今文列不必在多。列眾雖爾,本門得道數倍諸經,即先得無生增道者是,故知復是隨要列耳。此明數中已當因緣,雖即不明約教本迹,因緣之人既預密謀,必是圓人及有遠本。「八正即八萬」者,既是無作,道品八正無不觀彼百界千如,十善既為所觀,八正即是能觀,能所相從各有八萬。次明位中,初是因緣,次「應四種」下約教。初文中云「無上道如境妙中」者,六境初四菩提是也。境咸妙道之所趣,以所顯能故須指境。若辨四悉者,三不退異,世界也;入位功德,生善也;必治無明,對治也;證一分真,第一義也。下去準知,不能具記。「具此名跋致」者,阿者無也。跋致者退也。第三祇時橫得三不退故,離五障時三義俱得,即是第三僧祇通至百劫,通是三不退也。至此名為上忍故也。次通教位引六心者,通教地前無位可論,借別位名以通其位,即指別教七信已上入乾慧也,故云初地至六地方名位不退。或指地前假立七賢,即以忍位為第六心,依小乘位雖云忍位名位不退,望菩薩乘猶名為退。次別教中許地論師故不破。圓位者,諸教圓位不過華嚴,餘文雖有位義不彰,或略舉初住闕後諸位,初住既爾行向豈殊?豈得同其地前伏惑?然又華嚴住後兼別,或便一向作次第解,或以一向作圓頓解,一何誤哉!具三不退者,若先以不次寄次第說者,則七信名位不退,八信已去名行不退,初住已去名念不退,今從初住已具三德,名三不退,故云具也。般若是位,離二死故;解脫是行,諸行具故;法身名念,證實境故。彼經第七〈賢首品〉中廣明其相,卷初帝釋問法慧云:初住成就幾法、幾功德藏?法慧答云:此處甚深,難信難知、難說難解、難通難分別。然承佛力具足演說,仍先較量云:供養十方阿僧祇眾生樂具,經於千劫復令證支佛,百千億分不及其一。又云:欲知十方世界一即多、多即一,一念無量念等,望法華中施四百萬億阿僧祇世界六趣四生,乃至令得無學,不如初隨喜人,彼經仍易彼是聖位,故云十方等。望此第五十人一念功德,方顯圓位不可思議,此經為難,既俱是圓初後不二,亦何彼此?「尚非初住」者,此諸菩薩皆是一生補處,尚是古佛,況復初住?自新譯來但以瑜伽唯識之位,掩蔽華嚴圓常之說,誰知唯識等文但明別位?後代誰肯見茲同異?又復有人全毀唯識論之權宗,此則全迷方便之路。「不識迹」者,迹居諸經之首,來至《法華經》初,驗知可是淺位人耶?既失其本、理迷其迹,況從部判?部妙人尊,諸師既不曉於五時,安知菩薩本迹?故云「所歎既謬」等。以藏歎通尚已成失,以偏歎圓過莫大矣。「還成增減兩謗」者,秖此一謬義招二失,經無三教苦欲增之,抑圓成偏減豈過此?三觀即三不退者,空位假行中念一心者,還約妙三一觀悉具。「云云」者,委釋次第不次第相,及以一念須約六即。「極有眉眼」者,縱而奪之,雖有眉眼大體全無。從「覈論」下,奪也。「無趣向」者,此現德等何教無之,雖云法報不簡圓別,儻分圓別為初為後,乃至諸句為橫為豎?故總破云無宗體也。若有宗體故證位人依經立位,位之所依名為位本,本即是體、位即是宗,況復今經特出諸教諸位之上,準教歎德意則可知。故始自不退終于度生,先定體宗方可歎德。

「本迹」について、三つの段階で説明する。まず「本迹」は測り知れないことを明かし、次に「所以」以下で迹を施す意図を示し、三に「然其」以下で本を明らかにして迹を払うことを示す。

最初の文で「或いは法王に斉し」というのは、例えば文殊はもと龍種上尊王仏であったことを指し、その他もこれに準じて知るべきである。「散影垂容」などは、前に述べた声聞の本迹を総合したものと同じである。

次に迹を施す意図の部分には、法・譬・合がある。譬えの中の「槌砧」とは、教化主が槌となり、補佐役が砧となることである。互いにその役割を果たして器を完成させるように、もともと古質なものを淳朴とし、今は未だ整えられていないものを淳朴として、それを器に仕上げる。だから「器」と言うのである。淳朴が一つではないから「諸」と言う。観においては、破することを成すと名付ける。観の後の「云云」は、五住を三つの次第と不次第に対応させることであり、観も同様に考えて知るべきである。

「同謀」の下の「云云」は、喻を合わせて言えば、今、秘密の蔵を開くにあたって権の下には関わらない。だから証信の人は皆、軽々しい者ではない。よってこの文に列挙するのは、必ずしも多数を必要としない。列挙する衆はこのようであるが、本門で得道する者は他の経典の数倍にのぼる。すなわち先に無生を得て道を増す者である。だから、これは要点に従って列挙したに過ぎないと知るべきである。この数の説明にはすでに因縁が含まれている。教えや本迹について詳しく述べてはいないが、因縁の者は密かに謀議に参与しているから、必ず円人であり、遠い本を持つ者である。

「八正すなわち八万」とは、無作の道品である八正が、百界千如を観ないものはないということである。十善が観られる対象であり、八正が観る主体である。能所が相従ってそれぞれ八万となる。

次に位を明かす中で、初めに因縁、次に「応四種」以下で教えに基づく。初めの文で「無上道は境妙の中の如し」とは、六境の初めの四つが菩提であることを指す。境はすべて妙であり、道の趣くところである。所によって能を顕すから、境を示す必要がある。四悉を弁別すれば、三つの不退が異なるのは世界であり、位に入る功徳は生善であり、無明を必ず治すのは対治であり、一分の真を証するのは第一義である。以下はこれに準じて知るべきであり、詳しく記すことはできない。

「これを具えて跋致と名付く」とは、阿は無、跋致は退を意味する。第三祇において横に三不退を得るから、五障を離れる時に三義をともに得る。すなわち第三僧祇から百劫に至るまで、通じて三不退である。ここに至って上忍と名付けられるのである。

次に通教の位で六心を引くのは、通教の地前には位が論じられないから、別教の位の名を借りてその位を通じさせる。すなわち別教の七信以上を指して乾慧に入るとし、だから「初地から六地までを位不退と名付ける」と言う。あるいは地前に仮に七賢を立て、忍位を第六心とする。小乗の位に従えば、忍位を位不退と言うが、菩薩乗から見れば、なお退と名付ける。

次に別教では地論師を許すから破しない。円位とは、諸教の円位は華厳に過ぎるものはない。他の文は位の義が明らかでないか、あるいは初住だけを挙げて後の諸位を欠く。初住がそうであるなら、行や向きはどうして異なるだろうか。どうして地前の伏惑と同じでありえようか。しかしまた、華厳は住後には別教が混ざっているか、あるいは一貫して次第通りに解釈するか、あるいは一貫して円頓であると解釈する。なんという誤りであろうか!

三不退を具えるとは、もし先に不次のものを次第に寄せて説くならば、七信を位不退、八信からを行不退、初住からを念不退と名付ける。今は初住から三徳を具え、三不退と名付ける。だから「具える」と言うのである。般若は位であり、二死を離れるから。解脱は行であり、諸行を具えるから。法身は念と名付け、実境を証するから。かの経典第七の賢首品にその相が広く説かれている。巻の初めに帝釈が法慧に問う。「初住はいくつの法を成就し、いくつの功徳の蔵を成就するのか」と。法慧は答える。「これは甚だ深く、信じ難く、知り難く、説き難く、解し難く、通じ難く、分別し難い。しかし仏の力を承けて、十分に演説しよう」と。そしてまず比較して言う。「十方の阿僧祇の衆生に楽具を供養し、千劫を経てさらに支仏を得させても、百千億分の一にも及ばない」と。また言う。「十方世界の一即多、多即一、一念無量念などを知りたいなら、法華経で四百万億阿僧祇世界の六趣四生に施し、無学を得させるよりも、初めて随喜する者に及ばない」と。かの経典はなお易しい。それは聖位だからである。だから「十方など」と言うのである。この第五十人の一念の功徳に比べれば、円位の不可思議さが明らかになる。この経典は難しい。ともに円であり、初めと後ろが不二であるなら、何の彼此があろうか。

「なお初住に非ず」とは、これらの菩薩はすべて一生補処であり、なお古仏である。まして初住においておや。新訳以来、唯識瑜伽の位だけをもって、華厳の円常の説を覆い隠している。誰が唯識などの文がただ別位を明かすだけであることを知ろうか。後の時代の者で、誰がこの同異を見ようとするだろうか。またある人は唯識論の権宗をまったく破壊する。これは方便の道に完全に迷っているのである。

「迹を知らざる」とは、迹は諸経の首にあり、『法華経』の初めに来る。これによって浅い位の者であると判断できるだろうか。その本を失えば、その迹の理も迷う。まして部によって判断するなら。部は妙であり、人は尊い。諸師はすでに五時を暁らない。どうして菩薩の本迹を知ることができようか。だから「歎ずるところ既に謬る」などと言うのである。蔵をもって通を歎ずることはすでに失であり、偏をもって円を歎ずることは過ちがこれより大きいものはない。

「還って増減の二謗を成す」とは、ただこの一つの謬りが二つの失いを招く。経には三教がないのに、無理に増やそうとする。円を抑えて偏にすること、過ちがこれに勝るだろうか。

三観すなわち三不退とは、空位、仮行、中念の一心は、なお妙なる三つの一観がすべてを具えることに還る。「云云」は、次第と不次第の相を詳しく解釈し、一念は六即に基づく必要があることを述べる。

「極めて眉眼あり」とは、縦にして奪う。眉眼はあっても、大いなる本体は全くないのである。『覈論』以下は、奪うのである。「趣向なし」とは、これらの現徳などは何の教えにないだろうか。法報と言っても、円と別を区別しない。もし円と別を分かち、初めとするか後ろとするか、さらには諸句を横とするか縦とするか。だから総じて破して「宗体なし」と言うのである。もし宗体があれば、位を証する人は経に基づいて位を立てる。位の依るところを位本と名付ける。本はすなわち体であり、位はすなわち宗である。まして今の経典は特に諸教の諸位の上に出ている。教えに基づいて徳を歎ずる意図は、これによって知られるべきである。だから不退を始めとし、度生を終わりとする。まず体宗を定めてから、徳を歎ずることができるのである。

問:

お尋ねします。

此經何以豎歎十地別教位耶?

なぜこの経典では、十地(菩薩の修行段階)を特に別教の位として称賛するのでしょうか?

答:

お答えします。

一者寄本,二者證同,三者順論。

一、原点に依拠すること。二、悟りが同一であること。三、教えに従うこと。

「云何七地」等者?古人所判云七地恐起二乘心者,此似通位,是故難其不成別義,難圓亦爾。若言七地始入無功用道,此是別教教道明義,故不成圓。言「進退」等者,斥進不成圓、退非通別。今文「橫豎」者,豎歎赴情意本在圓,先正釋,次料簡。然初豎中初文雖借離二之名,須異《瓔珞》二為方便,還依一念具三不退以為初地,圓離三垢、圓發三智,圓明圓轉,一念供養,圓植德本為佛圓歎,具圓三慈不二佛慧下去準知。若不開等覺則四句同歎十地,今從開說,故後三句歎於等覺。文云二句者,指第十一、十二句,為十地內外德者耳。但不從初即具,故似別耳。次橫歎中初句亦云「過二邊」者,豎尚俱圓,況此橫歎離二邊耶?但約非豎而豎,如前所說。「過二邊」者,麁惑前去,又從勝說從中立名,下去諸句準此應知。「阿字」者,今師承用,具如《止觀》第五記。

「七地とは何か」などと言うことについて。昔の人が「七地で二乗の心が起きるのを恐れる」と判断したのは、これは通位に似ているため、別の義を成立させることができないという難点があり、円教についても同様に難しい。もし「七地から無功用道に入る」と言うなら、これは別教における教道の解釈であり、円教とはならない。「進退」などと言うのは、進んでも円教にならず、退いても通教・別教にはならないことを指摘している。今の文における「横豎」について、豎の歎は、情に赴き、その意は本来円教にある。まず正しく解釈し、次に簡別する。そもそも豎の部分の初めの文は、離二の名を借りてはいるが、『瓔珞経』のように二を方便とするのとは異なり、一念に三不退を具えることをもって初地とする。円教において三垢を離れ、三智を発し、円明・円転し、一念の供養、円に徳本を植え、仏が円に歎ずるところとなり、円教の三慈・不二の仏慧を具える。以下はこれに準じて知るべきである。もし等覚を開かなければ、四句は同じく十地を歎ずるが、今は開説に従うので、後の三句は等覚を歎ずる。文中に「二句」と言うのは、第十一・十二句を指し、十地の内外の徳とする。しかし初めから具えているわけではないので、別教のように見える。次に横の歎において、初句にも「二辺を過ぐ」と言うのは、豎(縦)においてすら円であるのに、ましてやこの横の歎において二辺を離れるのである。ただし、非豎にして豎なるものに約するので、前の説の通りである。「二辺を過ぐ」とは、粗い惑が先に去ることである。また、勝説に従い、中立の名を用いる。以下の句はこれに準じて知るべきである。「阿字」とは、今の師が承け用いるところであり、詳しくは『止観』第五の記の通りである。

問答者,初問中初句立宗,「三藏」下縱許,「聲聞」下立例,「迹為」下立難。立宗意者,斷惑也。地住已上皆約圓教斷位歎德,三藏菩薩始終不斷,容不彼歎。於斷惑中尚歎二乘,迹為通別斷惑菩薩何得不歎,而橫豎二歎悉唯歎圓。答意者,義通本迹、意唯在圓,豎文似歎於別,依部唯歎於圓,借迹消文經意從本,故準歎聲聞從迹,亦應菩薩四教俱歎,但欲知圓旨故亡迹以存本及去初而取後。次問可見。答中為三:初、正答。次、「舊云」下引別位為例,八地位既未極,舊釋尚具德不疑,何妨圓人諸位位位具足諸德。三、《法華論》去引證。《論》云:「彼菩薩德,十三句、二文攝取,應知一者上支下支門,二者攝取事門。」初上支下支謂總相別相,應知初至不退轉是總,餘者是別。彼《論》云:「不退有十種示現」,具如今引,但除初總句猶有十二句,乃以供養、植德二句合為第四示現,名稱、度生二句合為第十示現,故但成十示現,皆以不退為名。故知圓釋句句互通,一一示現具十示現、具一切諸句,何但十示現十二句耶?此與四十二字門意同。又經云以慈修身句中,論文具修身心二業,經文所以略修心者,慈即是心,心熏於身故不別說;乃至依我空法空不退,故知地住俱證二空。所以豎釋文雖別對意非別者,一者以有次文橫釋是約豎論橫,二者依《論》句句義意以對諸地,如初地云不墮二邊三觀具足,自利利他有無雙照。若福若智不離一心,內因外緣何嘗不具?初地既爾後去悉然,即此地中橫竪具足,為對次第權借地名,為顯唯圓彼須橫釋。故《論》中攝取事門即當豎釋,是故今文具用《論》中二門解釋,但今文中準《論》,於何等境界下剩「何等」二字。《論》但云:「何等境界中應作所作故」。《論》自釋云:「地清淨者,八地已上三地無相行寂靜清淨」,今文意以彼《論》三何等言,一一皆屬諸地,清淨即諸地惑斷,方便即諸地進趣,境界即諸地所依,應作等即諸地功用。《論》云:「方便者,有四種:一者攝取妙法方便,任持妙法以樂說力為人說故」,即初四句隨義思之。

問答の形式については、最初の問いの最初の文が立宗である。「三蔵」以下は仮に許し、「声聞」以下は例を立て、「迹為」以下は難を立てる。立宗の意味は、煩悩を断つことにある。地住以上はすべて円教の断惑の位に基づいて徳を讃嘆している。三蔵教の菩薩は初めから終わりまで煩悩を断たないため、その讃嘆に含まれない。断惑においては二乗さえも讃嘆されているのに、迹門の通教・別教の断惑の菩薩がどうして讃嘆されないことがあろうか。しかし、横の讃嘆も縦の讃嘆も、すべて唯だ円教だけを讃嘆しているのである。

答えの意図は、義理は本迹に通じるが、意図はただ円教にのみある。縦の文は別教を讃嘆しているように見えるが、部に依れば唯だ円教を讃嘆しており、迹を借りて文を消し、経意は本に従う。故に声聞の讃嘆が迹に従うのを基準とすれば、菩薩もまた四教においてすべて讃嘆されるべきである。しかし、ただ円教の宗旨を知らんがために、迹を亡じて本を存し、初めを去って後を取りたのである。

次の問いは見るべし。答えの中に三つあり。第一は正しく答える。第二は「旧云」以下に、別位を引きて例と為す。八地の位は未だ極まらずとも、旧の解釈ではなお徳を具えて疑わずとすれば、どうして円人の諸位が位位に諸徳を具足することを妨げられようか。第三は『法華論』を引いて証とする。論に云く「彼の菩薩の徳は、十三句、二つの文に摂取せらる。知るべし、一者は上支下支の門、二者は摂取事の門」と。初めの上支下支とは、総相・別相を謂う。知るべし、初めより不退転に至るまでは総なり、余は別なり。彼の論に云く「不退に十種の示現有り」と、具に今の如く引く。ただ初の総句を除けば、なお十二句有り。乃ち供養・植徳の二句を合わせて第四示現と為し、名称・度生の二句を合わせて第十示現と為す。故にただ十示現と成り、皆不退を以て名と為す。故に知る、円教の解釈は句句通じ合い、一一の示現は十示現を具え、一切の諸句を具え、何ぞただ十示現十二句のみならん。これは四十二字門の意と同じなり。

また経に「慈を以て身を修す」の句の中、論文は身心二業を具に修することを説く。経文が修心を略した所以は、慈即ち是れ心、心身に熏ずるが故に別に説かざるなり。乃至、我空・法空に依って不退なり。故に知る、地・住は共に二空を証す。故に縦の解釈の文は、別に対すると雖も、意は別ならざる所以は、一者、次の文に横の解釈有れば、是れ縦を約して横を論ずるなり。二者、論に依れば句句の義意は諸地に対す。例えば初地に云く「二辺に堕せず、三観具足し、自利利他、有無双照す」。もし福も智も一心を離れず、内因外縁、何ぞ嘗て具せざらん。初地既に爾なり、後も去って悉く然り。即ち此の地中に横竪具足す。次第に対す為に、権に借りて地名と為すも、唯円を顕さんが為に、彼は須らく横に釈すべし。故に論中の摂取事門は、即ち当に縦の解釈と為すべし。是の故に今の文は、具に論中の二門の解釈を用う。ただ今の文中、論に準ずれば、「何等の境界」の下に「何等」の二字、余れる有り。論は但だ「何等の境界中に、応に作すべき所作を作す」と云うのみ。論自ら釈して云く「地清浄とは、八地已上の三地、無相行寂静清浄なり」と。今の文の意は、彼の論の三つの「何等」の言を以て、一一皆諸地に属す。清浄は即ち諸地の惑断、方便は即ち諸地の進趣、境界は即ち諸地の所依、応作等は即ち諸地の功用なり。論に云く「方便に四種有り。一者は摂取妙法方便、妙法を任持し、楽説の力を以て人の為に説く」、即ち初めの四句、義に随いて思うべし。

「二者攝取善知識方便,以依善知識應作所作故」,即第五六七八句隨句思之。

善知識(善い師)を引き寄せるための方法は、善知識に従ってなすべきことを行うことにある。このことについて、第五、六、七、八の句に沿って考えなさい。

「三者攝取眾生方便,以不捨眾生故」,即第九一句也。

三者において衆生を摂取する方便は、衆生を捨てないがゆえである——これが第九の一句である。

「四者攝取智方便,以教化眾生令入彼智故」,即後四句。

第四に、智慧を摂取するための巧みな手段がある。これは、教化によって人々をその智慧へ導くためのものである。これが後半の四句に当たる。

既諸句各對,復云何等。何等者,辨別之辭。今亦互通,一一方便通約十地,順諸經論。及《瓔珞》中,初地已上入法流水,念念趣故入證道也。《論》中復有攝取事,示現諸境地等,於經非要故不更述。言「八地」者,雖不同《瓔珞》,諸經非無,復是別中教道異義,去取俱得,今且依《瓔珞》,於《論》既非大違,且依一家承用。言「何等境界」者,利物處也。

すでに諸々の句がそれぞれ対応しているところで、さらに「何等」という言葉があります。「何等」とは、区別や弁別を表す言葉です。ここでは互いに通じ合っており、一つ一つの方便が十地にわたって説かれ、諸々の経論に従っています。また『瓔珞経』の中では、初地以上が法の流れに入り、一念一念として趣入するから、証入の道に入るとされています。『論』の中にはさらに、諸々の境地などを示す「摂取事」というものがありますが、経の本筋ではないので、ここでは詳しく述べません。「八地」と言う場合、『瓔珞経』とは異なることもありますが、諸経にも無いわけではなく、また別の教えとしての教道で異なる解釈もあるので、採用するかしないかはどちらでもよいでしょう。今はひとまず『瓔珞経』に従いますが、『論』と大きく矛盾するわけでもなく、一つの流派の伝承に従うものです。「何等の境界」と言うのは、利益を与える対象のあり方を指します。

次約觀心者,此中前文敘古破舊義當因緣,今文二釋義當教觀,雖闕本迹,德隨於人故不重明,三觀無殊隨事名異,若爾亦是諸句展轉互具,以得不退一心三觀,方得乃至度生一心三觀,乃至以得度生一心三觀,故方得乃至不退轉一心三觀,中間諸句準此可知。當知百句秖是一句,故初住去位位圓融,句別義同不須曲釋。小乘之中佛為身子開一句義端,身子尚說無窮盡,況此圓菩薩德欲分張之令楷定耶?況復觀門即是其德,觀融德妙何可疑耶?故應約諸句自在說之。有人問:何故此中文殊居首?答:序中既能釋於彌勒之疑,乃是一經發起之首,況二萬佛所咸為眾啟疑,是故列在八萬之首。「法門」等者,依此名義例應四釋,而今少者,一者準例可知。又菩薩事迹或隱或顯、或真或俗、或主或伴,不同聲聞事迹顯著,雖非顯著必具諸教,而今開顯義必在圓,況復如前約諸聲聞總別廣釋,因已具知菩薩本迹,本迹既爾因緣教觀準類可知,故不委述菩薩總別。

次に、心に対する観察(観心)について要約する。この中の前段の文は古い解釈を述べ、古い義は因縁に当たる。今の文における二つの解釈は教と観に当たる。本迹を欠くとはいえ、徳は人に従うので、あえて重ねて明らかにしない。三観に違いはなく、事に随って名を異にする。このように、これらもまた諸々の句が展転して互いに具わる。不退転の一心三観を得て、初めて乃至度生の一心三観に至り、さらに度生の一心三観を得て、初めて乃至不退転の一心三観に至る。中間の諸句もこれに準じて知るべきである。知るべきは、百句はただ一つの句にすぎない。よって初住より位位は円融であり、句は異なれど義は同じで、わざわざ曲解する必要はない。小乗において、仏が舎利弗(シャーリプトラ)のために一句の義の端を開かれれば、舎利弗でさえ説き尽くせない。ましてや、この円の菩薩の徳を分割して定めようとするなど、どうしてできようか。さらにまた、観の門は即ちその徳であり、観が融け徳が妙なることを、どうして疑うべきか。よって、諸句に従って自在に説くべきである。

ある人が問う:なぜこの文では文殊菩薩(もんじゅぼさつ)が筆頭に挙げられているのか。 答える:序分において弥勒菩薩(みろくぼさつ)の疑いを解くことができたのは、この経典の発起の筆頭である。ましてや、二万の仏のもとで、常に衆のために疑いを発起したのである。よって八万人の筆頭に列せられている。

「法門」などについては、この名義に従えば、例に習い四種の解釈をするべきであるが、今は少ない。その理由は、第一に、例に準じて知ることができるからである。また、菩薩の事績は、あるいは隠れ、あるいは顕れ、あるいは真、あるいは俗、あるいは主、あるいは伴であり、声聞(しょうもん)のように事績が顕著ではない。顕著ではないとはいえ、必ず諸教を具えている。今、開顕の義は必ず円にあり、さらにまた、前の声聞に関する総別の広い解釈によって、すでに菩薩の本迹を知ることができる。本迹がすでにそうであるならば、因縁や教観も類推して知ることができる。よって、あえて菩薩の総別を詳しく述べない。

今初文殊中引五文者,初三辨名,《思益》舉說明行,《悲華》論願益物。初「大經」者,從德立名,即以見性立妙德名,此準第十七闍王悔後發願文也。次二經但舉梵音不同耳。《思益》明如說而觀,觀謂不起法非法想,觀即行也,即言行相稱而得妙名。《悲華》因取妙土,益物事廣所化位高,高廣願行一切皆妙,名為妙德。菩薩利生迹因何定?於此文中亦可義立四悉釋者,即以妙德若名若體無非四悉,取土即世界,說法即為人,立行即對治,佛記等即第一義,此是圓人復當約教,從「北方」去即本迹也。又如《楞嚴經》過去無量阿僧祇劫,有佛號龍種上尊王,亦文殊是。

ここで最初に文殊の部分で五つの文を引くのは、まず最初の三つが名を明かすものであり、『思益経』は説法を挙げて行を明らかにし、『悲華経』は願が物を益することを論じています。最初の「大経」とは、徳に基づいて名を立てたもので、すなわち見性によって妙徳という名を立てたのです。これは第十七の闍王が悔いた後の発願文に準じています。次の二つの経は、ただ梵音が異なるだけを挙げているのです。『思益経』は説の如くに観ることを明かし、観とは法・非法の想を起こさないことであり、観はすなわち行です。つまり行と説が相応して妙なる名を得るということです。『悲華経』は妙土を取ることに由来し、物を益する事は広く、化される位は高く、高く広い願と行はすべて妙であり、妙徳と名づけるのです。菩薩が衆生を利する迹の因はどこで定まるのでしょうか。この文の中でもまた義として四悉檀の解釈を立てることができます。すなわち妙徳の名であれ体であれ、四悉檀でないものはありません。土を取ることは世界悉檀であり、説法は為人悉檀であり、行を立てることは対治悉檀であり、仏の記別などは第一義悉檀です。これは円教の人のことであり、さらに教に約して述べるべきで、「北方」から先は本迹のことです。また『楞厳経』にあるように、過去無量阿僧祇劫の昔、龍種上尊王という仏がおられ、これも文殊なのです。

觀音中作四悉者,名即世界,思益即為人,稱名即對治,「寶藏佛」去即第一義。又《思益》見得菩提亦第一義。「下文」指〈普門品〉。注「云云」者,亦闕約教及以本迹,教即圓人本是古佛。觀心中釋初二字與下不殊,但第三字與下稍別,下約事釋以所被為音,此約能觀,以所宣為音,由觀故設教,故云「觀是語本」。

観音の「中」に四悉檀を配すれば、「名」は世界悉檀、「思益」は為人悉檀、「称名」は対治悉檀、「宝蔵仏」より後は第一義悉檀となる。また『思益経』において菩提を得ることを見るのも、第一義悉檀である。「下文」とは〈普門品〉を指す。「云云」と注釈があるのは、約教と本迹に関する説明が欠けているからであり、教とは円教の人であり、本とは古仏であるということである。観心における「初めの二字」の解釈は下文と変わらないが、「第三字」は下文とやや異なる。下文では事に基づき「音」を「聞かれる対象」と解するのに対し、ここでは能観の立場から「音」を「説かれる内容」と解する。観によって教えが設けられるから、「観は語の本である」という。

次大勢至者,《思益》約行,《悲華》約願,《思益》約威勢以釋勢,正當字義。「取大千」者,以世釋勢,勢力取世不違其志,以志大故,故佛記之。志取世故亦名世志。若作四悉者,思益世界,悲華為人對治,「寶藏佛」去第一義也。亦闕約教。本迹例前擬後可知,文闕。

次に大勢至について説明します。 『思益経』では行ないの面から説き、『悲華経』では誓いの面から説いています。『思益経』は威勢の面から「勢い」を解釈しており、これは本来の字義に適っています。

「大千世界を取る」とは、世間という意味で勢力を説明したものです。その勢力が世間を捉えてもその志に背かないのは、志が大きいからです。そのため、仏は彼を記別(未来の成仏を予言)されました。志が世間を取るから、また「世志」とも呼ばれます。

もし四悉檀(衆生を教え導く四つの方法)で解釈すれば、『思益経』は世界悉檀、『悲華経』は為人悉檀・対治悉檀にあたり、「宝蔵仏」の部分から第一義悉檀となります。ただし、約教(教相による解釈)の説明が欠けています。

本迹(本地と迹門)

常精進,如《大寶積經》云:「是菩薩為一眾生經無量劫隨逐不捨,猶不受化,無一念棄捨,以身心俱進故。」義通四悉,教迹觀心準例可知。

常に精進することについて、『大宝積経』にはこう説かれています。「この菩薩は、一人の衆生のために無量の劫のあいだ、その後に付き従い、なおも教えを受け入れないことがあっても、一瞬たりとも捨てようとは思わない。それは身も心も共に進むからである。」その意味は四種の悉檀に通じており、教えの迹と観心の例も、同じようにして理解できるであろう。

不休息者,與常精進義意略同。欲辨別者,無間趣入名為精進,長時無廢名不休息,是故觀解名為不住,故釋不休息亦約長時,但得記與利生不同耳。教迹準知。

不休息とは、常精進と意味はほぼ同じです。これを区別しようとするならば、間断なく趣き入ることを精進と名づけ、長い時間にわたって怠らないことを不休息と名づけます。したがって観解を不住と名づけるのです。それゆえ不休息の解釈もまた長い時間にわたることを約してなされますが、ただ授記と利生とが異なるだけです。教迹については、これに準じて知るべきです。

釋「寶掌者」,先釋掌,次「令釋」下釋寶。掌謂身分,既被上鎧身分堅固,以其固掌法身之分,尚出無上出世之寶,況復世寶?故此兩寶必具四悉,於中云「不志二乘」者,簡法寶濫。「通慧心」者,從實起通,通是慧性故云通慧。約教本迹等(云云)。

「宝掌(ほうしょう)」の説明について、まず「掌(てのひら)」を解き、次に「令(れい)に釈す」の下にある「宝(たから)」を説明します。

「掌」とは身体の一部分を指します。先に鎧(よろい)を身に着けると、身分(からだ)が堅固になります。この堅固さをもって法身(ほっしん)の一部分を掌るのです。この掌からは、この上なく優れた出世の宝(しゅっせのたから)さえ生まれ出るのです。ましてや、世間の宝が生まれないはずがありましょうか。

したがって、この二つの宝(掌と宝)は必ず四悉(しいつ)を具えています。その中で「二乗(にじょう)に志ざさず」というのは、法宝(ほうぼう)の混同を避けるためのものです。 「通慧心(つうえしん)」とは、実(じつ)から神通(じんずう)を起こすことで

釋「藥王」中,三緣從後醫王義當於藥,前二雖別,是則佛世滅後皆立行生善。「火淨」者,從燒身立名,文中且以世治表出世治(云云)。「欠七菩薩」,未檢經。

「薬王」という呼び名の解釈には、三つの因縁があります。三番目の因縁である「医王」の意味は「薬」に当たりますが、最初の二つの因縁は一見異なります。しかし、これらはすべて、仏が世にいらっしゃる時も、入滅された後も、修行を積み、善を生み出すためのものです。「火浄」とは、身を焼くという行いから名付けられました。経典の文では、とりあえず世俗の治療法を用いて、出世間の修行を示しています<注釈あり>。</注釈あり>「七菩薩が欠けている」という件については、まだ経典で確認していません。

跋陀婆羅中,初句是世界,次「思益」下第一義。此菩薩名在《般舟經》中亦名賢護,善即賢也,善巧將護令其不退。

跋陀婆羅のうち、初めの句は「世界」を表し、次に「思益」以下は「第一義」を示す。この菩薩の名は『般舟経』の中では「賢護」とも呼ばれる。「善」は「賢」の意味であり、巧みに守り導いて退転させないことを表している。

彌勒中初句是世界,思益是為人,賢愚是對治,悲華第一義。「又云」去,應合在因緣中。「賢愚」等者,彼經第九,佛在迦蘭陀,阿難忽然思惟:彌勒世尊往昔云何發此慈悲之心,得是妙益?從禪定起而白佛。佛言:過去久遠此閻浮提有一大王,名摩訶波羅婆,主五百小國,與群臣出獵,王所乘象欲心熾盛,因見象師調象,而便發心,今為補處。又經亦有末濟跛兔緣,而立慈稱,以本願力熏,見苦生慈。前《悲華》中乃以拔苦而釋與樂,故圓拔與而無別體(云云)。「云云」者,約教本迹觀心乃至迹門發起眾等。釋「導師」中文舍四悉,導師是舍婆提國人,是白衣居士,「令入正道」釋導字,「不求恩報」釋師德,以亡懷故方應師位。

弥勒の章の冒頭の句は世界悉檀、思益経は為人悉檀、賢愚経は対治悉檀、悲華経は第一義悉檀に当たる。「又云」以下の文は因縁の箇所に含まれるべきである。「賢愚等」とは、同経の第九巻に、仏が迦蘭陀におられた時、阿難がふと「弥勒世尊は昔、どのようにしてこの慈悲の心を起こし、この素晴らしい功徳を得られたのだろうか」と思い、禅定から起きて仏に尋ねた話である。仏は「遠い昔、この閻浮提に一つの大王がおり、名を摩訶波羅婆といった。五百の小国を治め、群臣と狩りに出た時、王の乗っていた象が欲心に燃えた。象使いが象を調教する様を見て王は心を発し、今の補処となった」と説かれた。また、経には跛足の兎にまつわる因縁もあり、それによって慈の称号を得られた。これは本願力が衆生を照らし、苦しみを見て慈悲を起こすことによる。先の悲華経では苦しみを取り除くことによって楽を与えると解釈しているため、円教における「抜苦」と「与楽」には別個の本体はない(云云)。「云云」とは、教・本・迹・観心に基づく解釈、さらには迹門の発起衆などを指す。導師を解釈する文には四種悉檀が含まれる。導師は舎衛国の人で在家の居士である。「正しい道に入らせる」が「導」の字を、「恩を求めず報いを望まない」が「師」の徳を説明している。執着を離れているからこそ師の位にふさわしいのである。

具名之外但列數者,因緣觀等具如前意,但名不可盡陳,故但標大數。總而言之,但由國人舊多知識者,則先列之。證信為易,一代教中諸大菩薩宿緣獲記,多在《悲華》第二卷中。經云:「有菩薩名曰寂意,白佛言:諸佛皆有淨土,如來何故取此穢土?佛言:本願故取。我於過去恒河沙阿僧祇劫,世界名刪提嵐,劫名善,輪王名無諍念,主四天下,王有千子。有一大臣,名曰寶海梵志,唯有一子,三十二相八十種好,常有諸天而來供養,國為作號名曰寶藏,出家成道亦名寶藏,說法度人其數無量。其王千子各各供養經於三月,過三月已欲為授記,先入三昧現十方佛土,集諸菩薩,先授寶海。十方世界眾生寶海教化者,一時成佛。次授輪王千子,授第一子云,汝觀六道起大悲心,斷諸煩惱令住安樂,今當字汝為觀世音,阿彌陀佛般涅槃後,二恒阿僧祇劫於夜初分正法滅時,於夜後分其土轉名一切珍寶之所成就所有莊嚴勝安樂界,於一念頃便成正覺,號一切功德山王,壽九十六億那由他百千萬億劫。第二太子名大勢志(如疏),第三名文殊(如疏),第四名普賢,在東方十恒沙世界微塵世界,名不瞬,乃至第九名阿閦,如是次第授千太子。中有願取五濁成佛者,以大悲故其土名娑婆。何以故?是諸眾生忍於三毒及諸煩惱,能忍斯惡故名忍土。是千人中唯除一人,餘並於賢劫而得成佛。」

名前を挙げずに単に数字だけを列挙しているのは、因縁観などについては前述した意味と同様であり、その名をすべて挙げきれないため、大まかな数字だけを示しているのである。 総じて言えば、ただ、その国の人々の中で昔から知識のある者を先に列挙している。証信(教えを信じさせること)を容易にするためである。一世代の教えの中で、諸大菩薩が過去の因縁によって授記(未来に仏となることの予言)を得た話は、多くが『悲華経』の第二巻にある。 経典にはこうある。「寂意という名の菩薩が仏に申し上げた。 『諸仏はみな清浄な国土を持っておられるのに、如来はなぜこの汚れた国土を選ばれたのですか?』 仏は答えて言われた。 『本願(もとからの誓い)によってこの国土を選んだのだ。私は過ぎ去った昔、河の砂の数よりも多くの阿僧祇劫(計り知れないほどの長い時間)の昔、世界は刪提嵐(さんだいらん)という名で、劫の名は善という時代だった。その時の転輪聖王は無諍念と名乗り、四つの天下を治め、千人の王子がいた。ある大臣がいて、名を宝海梵志と言い、ただ一人の子がいた。その子は三十二相と八十種好を備え、常に天人がやって来て供養した。国はその子の称号を宝蔵と名付けた。その子は出家して悟りを開き、同じく宝蔵と名乗った。説法して人々を救うこと、その数は無量であった。その王の千人の王子たちは、それぞれ三か月にわたって宝蔵仏を供養した。三か月が過ぎ、宝蔵仏は彼らに授記を与えようとして、まず三昧に入り、十方の仏の国土を現し、諸菩薩を集めた。そしてまず宝海梵志に授記を与えた。十方世界のうち、宝海が教化した衆生は、一時に成仏した。次に転輪聖王と千人の王子たちに授記を与えた。第一の王子に告げて言った。 『あなたは六道を観察して大悲の心を起こし、諸々の煩悩を断ち切って、衆生を安楽の境地に住まわせた。今、あなたに観世音という名を授けよう。阿弥陀仏が涅槃に入られた後、二つの阿僧祇劫の間、夜の初めの時に正法が滅し、夜の終わりの時にその国土は変わって『一切珍宝之所成就』と名付けられ、その荘厳は安楽世界に勝る。そして一つの念の間に正覚を成就し、その名を一切功徳山王(いっさいくどくさんのう)とし、寿命は九十六億那由他百千万億劫である。』 第二の太子は大勢志(だいせいし)と名付けられた。第三は文殊。第四は普賢。東方、十の恒河沙の数の微塵世界の彼方に、不瞬(ふしゅん)という名の世界があり…第九は阿閦(あしゅく)。このように順に千人の太子に授記を与えられた。その中には、五濁の世において成仏しようと願う者もいた。大悲の故にその国土を娑婆(しゃば)と名付けた。なぜか? これらの衆生は三毒(貪・瞋・癡)および諸々の煩悩に耐え忍び、このような悪に耐えることができるから、忍土(にんど)と名付けるのである。この千人の中で、ただ一人を除いて、他の者たちはすべて賢劫において成仏するのである。」

法華文句卷第二(中)

法華文句 巻第二(中)

法華文句記卷第二(下)

法華文句記 第二巻(下)

唐天台沙門湛然述

唐天台沙門湛然述

次「列雜眾者」,「舊云凡」等者,如八龍多是八地菩薩,乃至華嚴中並得不思議解脫,此中有道者,如闍王所將豈獨俗眾。「五道」者,無地獄,即乘戒俱緩。「二界」者,無無色,即戒急乘緩。「八番」者,欲天、色天、龍、乾、緊、修、迦、人,具如下列。「方等列地獄」者,具如《釋籤》第四戒緩乘急。「中陰化無色」者,《中陰上卷.分身品》,定化王菩薩白佛言:快說斯義,曉了眾生聞法易悟。復有難悟者,或在有對,或在無對,或可見,或不可見。前有對有可見、不可見故,可見有對如前,不可見有對如臭毛鬼所至聞氣,不可見無對即餘鬼神,或在有色,或在無色,或在非有想非無想,有色即欲色二界,無色即下三空處。雖復難化,佛或至彼或攝到此。此經無者或略等耳,故云「不可一例」。又準乘戒細論,具如《淨名疏》。「舊云人是土主」者,意指八番中闍王眾也。今亦不用,故引《無量義》破之。豈有鬼神等必須外客耶?言「未詳」者,雖望《無量義》人不必在後,或恐有意。「鬼神重出」者,即緊、乾、脩。「機雜」者,亦應更云諸機不同,析與體雜、偏與圓雜(云云)。「此是約教釋」者,二乘即兩教二乘,菩薩即三教菩薩,三教皆有出假智故,佛道既云一攝一切唯得是圓,二乘菩薩並是從初,佛道即是元初修圓者,不從漸來。

次に「列雑衆者」について。「旧云凡」等とは、例えば八竜多が八地菩薩であることなど、華厳経においても不可思議解脱を得ている者たちである。この中に道ある者がいるとは、例えば闍王の率いる者たちが俗衆だけではないという意味である。「五道」とは、地獄が含まれないことであり、戒と乗の両方が緩やかな者たちである。「二界」とは、無色界が含まれないことであり、戒は急だが乗が緩やかな者たちである。「八番」とは、欲天・色天・竜・乾闥婆・緊那羅・阿修羅・迦楼羅・人の八種であり、後に詳しく列挙されている。「方等に地獄を列する」とは、『釈籤』の第四巻・戒緩乗急の項に詳しい。「中陰が無色界を教化する」とは、『中陰経』上巻の「分身品」において、定化王菩薩が仏に申し上げた、「この義を速やかに説いて、衆生が法を聞いて悟りやすいようにしてください」と。また悟りにくい者たちがいる。あるいは有対の者、あるいは無対の者、あるいは可見の者、あるいは不可見の者である。先に述べた有対には可見と不可見があり、可見有対とは先の通り、不可見有対とは臭毛鬼のような、その臭気を聞くことでわかる者であり、不可見無対とはその他の鬼神である。また有色の者、無色の者、非有想非無想の者がいる。有色とは欲界と色界の二界、無色とは下の三空処である。たとえ教化しがたくても、仏はそこに赴くか、または彼らをここに招くのである。この経典にないものは、省略されているか、そのような理由によるのであり、したがって「一概には言えない」と述べられている。また、乗戒について細かく論じれば、『浄名疏』に詳しい。「旧云、人は土主なり」とは、八番の中の闍王の衆を指す。今はこれを採用せず、『無量義経』を引いてこれを破る。鬼神などは必ずしも外部から来るものであろうか?「未詳」と言うのは、『無量義経』を参考にすれば人が必ずしも後にあるわけではないが、あるいは意図があるのかもしれない。「鬼神の重出」とは、緊那羅・乾闥婆・阿修羅である。「機雑」とは、さらに諸々の機根が異なることを述べるべきであり、析空と体空の雑、偏教と円教の雑を意味する(云云)。「これは教に基づく解釈である」とは、二乗は両教の二乗、菩薩は三教の菩薩であり、三教にはいずれも出仮の智慧があるからである。仏道は一が一切を摂するので円教のみであり、二乗や菩薩はすべて初めからのもの、仏道とは元来円教を修める者であり、漸次的な過程を経て来たのではない。

三十三天及三光四天王者,《俱舍》云:「妙高層有四,相去各十千,旁出十六千,八四二千量,堅首及持鬘,恒憍大王眾,如次居四級,亦住餘七山,妙高頂八萬,三十三天居,四角有四峯,金剛首所住,中宮名善現,周萬逾繕那,外四苑莊嚴,眾車麁雜喜。」若作四悉者,住處得名世界,能施為人,思義對治,天主第一義。約教者,《阿含》證三藏,《般若》證通。別圓者,《華嚴經》帝釋在第二地,故知兩教並得首楞嚴定明矣。「過賢劫」等者,具如《般若》。「云云」者,得記義當三教菩薩。本迹中云「共服甘露」者,《大經》第六〈四依品〉云:「如三十三天有妙甘露不死之藥」,譬初住已上理同也。「名月」等,本迹並出《正法華》,本必有教。「觀解意」者,三諦即第一義天,諦即是境,境生於智,智如子也。「云云」者,境別智別生子不同。「居四寶山」者,秖是須彌,《正法念》云:「四級各有十住處」,具如《玄》文。「廣二十四萬里」者,未知所出,若《俱舍》,依妙高半腹而住,有四級,頌云:「旁出十六千,八四二千量」,向上一一各半減故。

三十三天(と)三光・四天の王について『倶舎論』にこうある。「妙高山には四つの層があり、その間隔はそれぞれ一万ヨージャナ。四方へ張り出す長さは一万六千ヨージャナ、八千、四千、二千と量られる。堅首、持鬘、恒憍、大王衆の順に、その四つの層に住み、また他の七つの山にも住む。妙高山の頂は八万ヨージャナ、三十三天がここに住む。四隅には四つの峰があり、金剛手が住む。中央の宮殿を善現といい、その周囲は一万ヨージャナ。外側には四つの苑があり、衆車、麁悪、雑林、喜林が荘厳する」と。

これを四悉檀で解釈すれば、その住処は世界という名を得て、人に施すことができる。義を思惟して対治し、天主は第一義である。

教相で言えば、『阿含経』は三蔵教を証し、『般若経』は通教を証す。別教・円教については、『華厳経』に帝釈が第二地にあると説かれることから、この二教ともに首楞厳定を得ることが明らかである。

「過賢劫」などについては、詳細は『般若経』にある。「云々」とは、授記の意味が三教の菩薩に当たることを示す。

本迹の解釈で「共に甘露を服す」とは、『大般涅槃経』第六巻〈四依品〉に「三十三天に妙なる甘露である不死の薬があるように」とある。これは初住以上の理が同じであることを譬える。

「名月」などは、本迹ともに『正法華経』に基づく。本には必ず教がそなわっている。

「観解の意」とは、三諦がすなわち第一義天であり、諦は境である。境から智慧が生じ、智慧は子のようなものである。「云々」とは、境が異なれば智慧も異なり、生まれる子も同じではないこと。

「四宝の山に居る」とは、須弥山のことである。『正法念処経』には「四つの層にそれぞれ十の住処がある」とあり、詳細は『玄義』の文にある。「広さ二十四万里」については、出典は不明である。『倶舎論』によれば、妙高山の半ばあたりに沿って住み、四つの層がある。偈頌に「四方へ張り出す長さは一万六千、八千、四千、二千と量られる」とあるが、これは上の層へ行くごとにそれぞれ半分ずつ減じていくからである。

「東提頭」等者,名在《金光明》第二〈四天王品〉,爾時提頭賴吒天王,毘留勒叉天王,毘留博叉天王,毘沙門天王,始自東方終于北方。第三〈鬼神品〉列二十八部。「不令」等者,迹防四樹,四樹既表於四德;以迹表本,本護四德雙樹,雖復四枯四榮,然非枯非榮之理,亦不出於常樂我淨,故護八樹是護四德。護四德者有其二義:一者不許偏取,偏取成邪;二者不許全取,全取成執。須知其理謂非枯榮。今言「枝葉」者,以一德中皆具四德,若偏取一名不知具德,名取枝葉等,故外教中並有其名,是故文云「枝幹喻常」等,正顯一德各具四德。「護八愛見」者,一一諦下各一愛見,四種四諦各隨其教除其愛見,故四王各領不令腦人,如各護見愛不令取境。若從後說,「王」即王三昧也。當教教主亦可皆王,各破愛見。「他化五欲」下「云云」者,應具明欲天身量壽命。《俱舍》云:「贍部洲人量,三肘半四肘,東西北洲人,倍倍增如次,欲天俱盧舍,四分一一增,色天逾繕那,初四增半半,此上增倍倍,唯無雲減三,人間五十年,下天一晝夜,承斯壽五百,上五倍倍增,色無晝夜殊,劫數等身量,無色初二萬,後後二二增,少光上下天,大全半為劫。」若論高下於一一天,如去下量去上亦然。《別譯阿含》第六,廣明諸梵來下,第八、第十一廣明諸天讚佛,諸天若來並同人形,第四云:「梵王來禮佛,佛入火光三昧,不能得前,因往瞿伽離門喚之。瞿伽離問:誰喚?答:梵王。又問:佛記汝得阿那含耶?答:如是。又問:阿那含名為不來,汝何以來?梵王言:如是之人不應與語。」故知一同人法,還有違情而誡伽離。「例有教門」等者,既為一代請法輪主,請大則大,請小則小。本迹者,本住清淨一實妙境,觀除惑穢並得名淨。又文中從釋諸天來唯帝釋具四釋,三光、四王、自在等色天,雖有因緣並闕約教者,然諸天常隨世尊處處聞法,亦應隨諸教味以判淺深及開顯等,如引身子得記之流,但弘教事薄舉例而已。故八龍下多然,唯緊有教,以義便耳。「無量法門」下「云云」者,從多頭故,且以假觀為首,即是一假一切假。若通說者,一空一切空、一中一切中亦多頭也。

「東提頭」などは、『金光明経』第二「四天王品」に名が挙げられています。その時、提頭頼吒天王、毘留勒叉天王、毘留博叉天王、毘沙門天王が、東方から始まり北方に至ります。第三「鬼神品」には二十八部衆が列挙されています。「不令」などとは、四つの樹を守ることを示しています。四つの樹は四徳を表し、その形によって本質を表します。すなわち、四徳の双樹を守るのです。四枯・四栄があるとはいえ、枯れても栄えてもいない理も、常・楽・我・浄から外れることはありません。よって八樹を守ることは四徳を守ることです。四徳を守るには二つの意味があります。一つは偏って取ることを許さず、偏って取れば邪となります。二つ目は全てを取ることを許さず、全てを取れば執着となります。その理は枯栄ではないと知るべきです。今「枝葉」と言うのは、一つの徳の中にすべての四徳が備わっているからです。もし一つの名前だけを偏って取れば、徳が備わっていることを知らず、枝葉だけを取ることになります。そこで外教にもその名はあります。ゆえに文に「枝幹は常を喻す」などとあるのは、一つの徳に各々四徳が備わっていることを示しています。「八愛見を護る」とは、各々の諦の下に一つの愛見があり、四種類の四諦がそれぞれの教えに従って愛見を除きます。よって四王が各々、人を悩ませないよう守るのは、各々が見や愛を守って境を取らないようにするのと同じです。後の説に従えば、「王」とは王三昧のことです。当教の教主もすべて王となり、各々愛見を破ります。「他化五欲」以下の「云云」は、欲天の身長や寿命を詳しく述べるべきです。『倶舎論』に曰く「贍部洲の人量は三肘半または四肘、東洲・西洲・北洲の人は倍々に増える。欲天は俱盧舎で、四分の一ずつ増える。色天は由繕那で、初めの四は半半ずつ増え、それ以上は倍々に増える。唯無雲天のみ三を減ずる。人間の五十年が下天一昼夜であり、これにより寿命は五百倍。上に行くごとに五倍ずつ増える。色天には昼夜の区別がなく、劫数は身長と等しい。無色天の初めは二万、後ろは二二で増える。少光天上下は、大全半を劫とする。」高さについても、一一天ごとに下方との距離と同じだけ上方への距離もあると述べられます。『別訳阿含』第六には、諸梵天が下って来ることを広く説き、第八・第十一には諸天が仏を讃えることを広く説きます。諸天が来るときは皆、人の形と同じです。第四には「梵王が仏を礼拝しようと来たが、仏が火光三昧に入られたため近づけず、瞿伽離のもとへ行き門を呼んだ。瞿伽離が『誰が呼ぶのか』と問うと、『梵王だ』と答えた。また『仏はあなたが阿那含を得ると記されたか』と問うと、『その通りだ』と答えた。さらに『阿那含とは不來の意味だが、なぜ来るのか』と問うと、梵王は言った『このような人とは語るべきではない』と。」よって、梵天も人間と同じ法に従い、なお感情に反して伽離を戒めることが分かります。「例えて教門がある」などとは、一代の説法輪の主となって、大を請えば大を示し、小を請えば小を示すからです。本迹について言えば、本来は清らかで真実の一実妙境に住し、惑いの穢れを観じて除くことをすべて「浄」と名付けます。また文中、諸天を釈するにあたって帝釋のみ四つの解釈を備えています。三光・四王・自在などの色天は、因縁はあっても約教を欠いています。しかし諸天は常に世尊に従い、あらゆる所で法を聞き、諸々の教えの味わいに従って浅深や開顕を判じるべきです。例えば舎利弗が記別を得た例が引かれていますが、教化の事業は略して例示したに過ぎません。よって八龍以下も同様ですが、緊那羅だけは教えについて述べられているのは、義が都合が良いからです。「無量法門」以下の「云云」は、多くの頭があることから、ひとまず仮観を首とします。すなわち一仮一切仮です。通説すれば、一空一切空、一中一切中もまた多くの頭となります。

「長阿含」等者,彼經具明池出四大河,如《疏》。「阿」者無、「耨達」者患,無彼三患故也。「本住法華三昧」者,實道所證一切皆名法華三昧,今且以華釋華耳。「四緊」者,《雜心》云:「是畜生道攝,緊那一角,乾闥無角,身相略同。」今言「奏四教」等者,既歷五味皆有緊等,當知所奏亦偏圓別,來至今經獨顯實諦。如《大樹緊那羅經》中,大樹緊那羅王與無量緊及無量乾、無量諸天,奏八萬四千淨妙樂音,來至佛所,絃歌一動聲震大千,須彌山王踊沒低昂,一切聲聞皆從座起猶如舞戲。天冠菩薩問迦葉言:少欲知足頭陀第一,乃於今日猶如小兒。迦葉答言:非本心也。故知彼經屬方等部以大斥小,緊那奏於別圓之樂,故使聲聞不能自安,故至法華理合純妙。「十寶山」者,《華嚴》具列,已如《止觀》第五記。若《俱舍》中先列七山,并妙高八。《論》云:「蘇迷盧處中次逾健達羅等,於大洲等外有鐵輪圍山,前七金所成,蘇迷盧四寶,并雪香山合十山也。」既云為天奏樂,天亦諸機不同。「歌詠十力」者,既云不起滅定,即初住已上也。故迹中絃管亦應歌於四教,各有十力,若《大樹經》中於香山南請佛供養,佛受供已,記其當得作佛,號功德王,理應法身記也。若在初住八相之記,猶在迹中,今經所將不及《大樹經》中多者,以聞實經不易故也。又今經龍王舉八、緊等各四者,有所表故,八擬八正,諸教各有八正故也。緊既四教,大旨可知。餘者俗樂以俗表真,四乾對教隨義釋出。「幢」謂緣幢,即竽木也。「倒」謂擲倒等。四脩亦云無天者,無天德故,《佛地論》屬天種,《正法念》鬼畜種,大權示現往緣何定?準《阿含》等,四脩次第住於海底,各二萬由旬。言「畜天等種」者,並據元祖。「五繫繫魔外道」者,具如《止觀》第五記。「五住」者,他解秖是界內見思,若爾與四住何別?他云:三界見為見一處住地,欲思為欲愛,色思為色愛,無色思為無色愛,三界無明為無明住地,然依五性宗中以見疑無明等種子為無明住地。今意不爾,五住為二死作因,即以三界通惑為四住,更加別惑為第五住,故別惑中總含內外無知及以障中無明故也。望唯識等但加種子為異耳。「正本」者,《正法華》耳。「水精入身」者,或是有情,或是非情,若是非情義同濕生而兼胎藏,如《阿含經》有女人向火,煖氣入身有孕。父疑責女,乃至達王,王欲罪之。女云:何有此無道之王欲治無罪之人,請王試驗。王知無罪乃納為妃。具如《止觀》第四記。「色心本淨」者,對迹醜嫉也。本住色淨故般若淨,般若淨即心淨。「此云障持」者,謂能障持,世云常持者無憑。「日蝕」者,若全不許俗有計者,然依曆數亦可預算知之,何耶?以器世間法爾,與人陰陽理合,故人身中五行與天地數合,故虧盈之法須應曆數,豈妨正業耶?言「種種邪說」者,然日月照四天下,四天下亦陰陽不同,不可虧盈則令一切王等盡皆衰耶?水旱災變亦復如是。故知雖一分與陰陽理合,而一分須依眾生業力。故凡諸依土皆順正報,如華藏土必順報佛,及諸菩薩,依正自在,方便亦然。「怖日月時」等者,《大論》十一云:「羅睺欲噉月時,月天子怖疾走訴佛而說偈言:大智精進佛世尊,我今歸命稽首禮,是羅睺羅惱亂我,願佛憐愍見救護。佛為羅睺而說偈言:月能照暗而清涼,是虛空中大燈明,其色白淨有千光,汝莫吞月疾放去。爾時婆雉見羅睺汗出放月,以偈問曰:汝羅睺羅何故戰慄,猶如病怖不安乃爾。羅睺答曰:我若不放月,頭破作七分,設得生活不安隱,以故我今放此月。」「昔為婆羅門」等者,如《俱舍》云:「欲天俱盧舍四分,一一增至第六天,但一俱盧舍半,既云身長八萬四千由旬,尚可得於色天第一,以色究竟天壽一萬六千劫,身長一萬六千逾繕那,應是變身能為八萬四千。」「好鬪戰」等者,此四修羅與帝釋戰時,次第布軍具如今列。《長含》十八,南洲有金剛山,中有修羅宮,所治有六千由旬,欄楯行樹等,然一日一夜三時受苦,苦具自來入其宮中,屬四惡趣者良有以也。《別譯阿含》第三,廣明脩羅與帝釋共戰,須者往檢。

『長阿含』などというのは、その経典に池から四大河が湧き出る様子が詳しく説かれており、疏の通りである。「阿」とは「無」の意、「耨達」とは「患」の意で、その三つの患いがないからである。「本住法華三昧」とは、実道において証されるものすべてを法華三昧と名付けるが、今はひとまず華をもって華を説明するものである。「四緊」とは、『雑心』に「これは畜生道に含まれる。緊那は一角で、乾闥は角がなく、体つきはほぼ同じである」とある。ここで「四教を奏する」などと言うのは、五味を経るごとにすべて緊那らがいることから、奏でられるものも偏円の別があり、今経に至って独り実諦を顕かにすることを知るべきである。『大樹緊那羅経』の中では、大樹緊那羅王が無量の緊那や乾闥、無量の諸天と共に八万四千の清らかで素晴らしい楽音を奏で、仏のもとに来て、弦歌が一度響くとその声は大千世界に震え、須弥山王は浮き沈みうつむいたり見上げたりし、一切の声聞は皆、座から立ち上がって舞い戯れるようであった。天冠菩薩が迦葉に問うた「少欲知足で頭陀第一の者が、今日は小児のようであるのはなぜか」。迦葉は答えた「本来の心ではないのです」。故に、あの経は方等部に属し、大をもって小を斥けるものであり、緊那羅は別・円教の楽を奏でたので、声聞が自らを安んじることができなかったのである。よって法華に至っては、理の上で純粋で素晴らしいものとなる。

「十宝山」とは、『華厳』に詳しく列挙されており、すでに『止観』第五の記に述べた通りである。『倶舎』ではまず七山を列挙し、妙高山を加えて八つとする。論に「蘇迷盧は中にあり、次に踰健達羅などがあり、大洲などの外には鉄輪囲山がある。前の七つは金でできており、蘇迷盧は四宝でできている。これに雪・香山を加えて十山とする」とある。天のために奏楽すると言うが、天にも様々な機根があるのである。

「十力を歌う」とは、すでに滅定を起こさないと言うので、初住以上のことである。故に迹の中の弦管もまた、四教に従って十力をそれぞれ歌うべきである。『大樹経』では香山の南で仏を請じて供養し、仏は供養を受け終えて、彼が将来仏となるべきこと、名を功德王と号すと記別されたが、これは理の上での法身の記別である。もし初住の八相の記別であれば、なお迹の中にある。今経に連れて来られた者が『大樹経』に多いのに及ばないのは、実経を聞くことが容易でないからである。また、今経では竜王が八つを挙げ、緊那らがそれぞれ四つであるのは、表すところがあるからで、八は八正道を象徴し、諸教にそれぞれ八正道があるからである。緊那が四教であることから、大まかな趣旨は知られるであろう。残りの者は俗楽をもって真を表し、四乾闥婆は教に従って随義に解釈される。

「幢」とは、縁幢、すなわち竿木のことである。「倒」とは、擲倒などをいう。「四脩羅」は「無天」とも言う。天の徳がないからである。『仏地論』では天の種に属し、『正法念』では鬼・畜生の種とされるが、大権の示現であれば、往昔の因縁をどうして定められようか。『阿含』などによれば、四脩羅は順次に海底に住み、それぞれ二万由旬である。「畜天等種」と言うのは、いずれも元祖に基づくものである。

「五繫で魔外道を繫ぐ」とは、詳細は『止観』第五の記の通りである。「五住」とは、他解では単に界内の見思である。もしそうなら、四住と何が違うのか。他に言うには、三界の見惑を見一処住地とし、欲界の思惑を欲愛、色界の思惑を色愛、無色界の思惑を無色愛とし、三界の無明を無明住地とする。しかし五性宗では、見・疑・無明などの種子を無明住地とする。今の意はそうではない。五住は二死の因となり、すなわち三界の通惑を四住とし、さらに別惑を加えて第五住とする。故に別惑の中に、内外の無知および障中無明を総合して含むのである。唯識などから見れば、種子を加える点で異なるだけである。

「正本」とは、『正法華』のことである。「水精が身に入る」とは、あるいは有情、あるいは非情である。非情であれば湿生と同じ義であるが、胎生も兼ねる。『阿含経』に、女が火に向かって暖気が身に入り妊娠したとある。父が疑い娘を責め、王にまで至り、王は罪に処そうとした。女が言うには「どうしてこのような無道な王が、罪なき人を罰しようとするのか。王に試験をお願いします」。王は無罪と知り、妃として迎え入れた。詳細は『止観』第四の記の通りである。

「色心本来清浄」とは、迹の醜い嫉妬に対するものである。本来、色が清浄であるがゆえに般若が清浄であり、般若が清浄であることは心が清浄であることである。

「これを障持という」とは、能く障り持つという意味で、世に常に持つと言うのは根拠がない。

「日食」について、俗に計算法があることを全く許さないならば、しかし暦数に従って予め計算して知ることもできるのはなぜか。器世間は自然の法則に従い、人間の陰陽と理が合うからである。故に人の身の中の五行は天地の数と合い、そのため欠け満ちる法は暦数に応じなければならず、どうして正業を妨げるだろうか。「種々の邪説」と言うが、日月は四天下を照らし、四天下にも陰陽の違いがある。欠け満ちがあるからといって、すべての王などを衰退させるだろうか。水旱の災変もまた同様である。故に、一部分は陰陽の理に合うが、一部分は衆生の業力に依ることを知るべきである。よって、あらゆる依報土はすべて正報に従い、華蔵世界土は必ず報仏や諸菩薩に従い、依報正報ともに自在であり、方便もまた同様である。

「日月を怖れる時」などについて、『大論』十一に「羅睺羅が月を喰おうとした時、月天子は恐れて疾く走り仏に訴え、偈を説いて言った『大智精進の仏世尊、我れ今帰命し稽首礼す。是の羅睺羅、我を悩乱す。願わくは仏、憐愍して見救護したまえ』。仏は羅睺羅のために偈を説いて言った『月は暗を照らして清涼なり、是れ虚空の中の大燈明、其の色白く浄く、千の光あり、汝月を呑むことなかれ、疾く放て』。その時、婆雉は羅睺羅が汗を流して月を放つのを見て、偈をもって問うた『汝、羅睺羅、何故に戦慄し、病み怖れるが如く安からざるか』。羅睺羅答えていわく『我、もし月を放たざれば、頭破れて七分とならん。仮令生きて生活を得るとも安らかならじ、故に我、今此の月を放つ』」とある。

「昔、婆羅門であったなど」とは、『倶舎』に「欲天は俱盧舎四分の一ずつ、第六天に至るまで増すも、ただ一俱盧舎半(である)。既に身長八万四千由旬と言う、なお色界の第一天を得るべし。色究竟天は寿一万六千劫、身長一万六千逾繕那であるから、身を変じて八万四千となることができよう」とある。

「戦闘を好む等」とは、この四阿修羅は帝釈と戦う時、順次に軍を布くことは、今の列挙の通りである。『長含』十八に、南洲に金剛山があり、中に阿修羅の宮殿がある。その治める所は六千由旬あり、欄楯や並木などがある。しかし一日一夜に三時、苦を受ける。苦具が自ずからその宮殿に来る。四悪趣に属するのは、まことに理由があるのである。『別訳阿含』第三に、阿修羅と帝釈が共に戦うことが広く説かれている。必要な人は往って調べよ。

若約教者,亦可隨名立義,今為作之。初五繫者,初教菩薩具足五住故;次廣肩者,通教三乘通觀稍廣故;次淨心者,別教菩薩初知真淨故;次云障持者,圓教菩薩障惑持理故。「本觀云云」者,略不暇論,亦可云,本住第一義天,迹示無天,能觀即空故無三界之人天,即假故無方便土之義天,即中故無實報土之義天,一心三觀常住寂光非人非天之人天。

もし教えの分類に基づいて解釈するならば、その名前に従って意味を立てることもできます。そこで、今これを説明します。

まず「五繫(いつつのつながり)」とは、初めての教えで菩薩に五つの煩悩の住処が備わっているからです。

次に「広肩(ひろいかた)」とは、通教(つうきょう)では三乗(さんじょう)が共通して観察する対象がやや広いからです。

次に「浄心(じょうしん)」とは、別教(べっきょう)の菩薩が初めて真の清らかさを知るからです。

次に「障持(しょうじ)」とは、円教(えんぎょう)の菩薩が煩悩を障りとしつつも真理を保持するからです。

「本観(ほんかん)に云々(うんぬん)あり」とは、詳しく述べる暇がないためであり、また、本来は第一義天(さいじょうの真理)にとどまりながら、跡としては無天(天的存在がないこと)を示し、空を観ずるゆえに三界における人間や天的な存在がなく、仮を観ずるゆえに方便土における理想的な天的存在がなく、中を観ずるゆえに実報土における理想的な天的存在がないと解

四迦中云「己住處有宮」等者,《長含》十八云:「大海北面有大樹名究羅睒摩羅,圍七由旬、高百由旬,枝葉五十由旬,樹東有卵生龍宮,又有卵生金翅鳥宮,南胎、西濕、北化,各有其龍鳥之宮,並有七重行樹眾鳥和鳴,取龍之時翅搏海水,卵生搏開二百由旬,胎四百、濕八百、化一千六百,胎卵濕化如是次第,噉一二三四龍。」如是惡道住處,欲比西方安樂世界,故知福易而戒難,戒易而乘難,以不來者眾故。又如《阿含》云:「香山有象名善住,常住樹下,有六牙,牙上有池等,與普賢象相貌幾同,一樹一象其數八千,善住為王餘皆眷屬,或持蓋扇缾,或作倡妓樂,或為王洗等(云云)。」其如猶是惡道何?「嗷(五刀切)嘇(思刀切)」啗嘇物也。啗(徒濫切)。「金剛山」者,此洲之南。「將燒寶山」者,火欲至餘金山。若約教者,初云勝群輩者,過諸外道故;次云大身者,亦大乘始故;次大滿者,出假足故;如意者,如理滿故。

四迦の経典に「己が住む処に宮あり」等とある。『長阿含経』第十八巻にはこうある。「大海の北面に、究羅睺摩羅という大樹がある。周囲は七由旬、高さ百由旬、枝葉は五十由旬に及ぶ。樹の東には卵生の龍の宮殿と、卵生の金翅鳥の宮殿がある。南には胎生の、西には湿生の、北には化生のものの宮殿があり、それぞれに龍と鳥の宮殿が存在する。そして七重の並木があり、多くの鳥が美しく鳴き合う。龍を捕らえる時、翼で海水を打つが、卵生のものは二百由旬、胎生は四百由旬、湿生は八百由旬、化生は千六百由旬の海水を打ち開く。卵生、胎生、湿生、化生の順に、一、二、三、四の龍を食べる」。このような悪道の住処と、西方の安楽世界とを比較すれば、福を得ることは易しく戒は難く、戒は易しく乗は難いことがわかる。なぜなら、来ない者の方が多いからだ。また『阿含経』にはこうある。「香山に善住という名の象がいる。常に木の下に住み、六本の牙を持つ。牙の上には池などがあり、普賢菩薩の象と姿がよく似ている。一本の木に一頭の象、その数は八千。善住を王とし、残りは皆その眷属である。ある者は蓋や扇、瓶を持ち、ある者は歌や踊りを奏で、ある者は王の洗濯をする」と(云々)。これらの存在も、なお悪道であることに変わりはないのだろうか。「嗷(五刀切)嘇(思刀切)」とは、ものを食いあさるさま。啗(徒濫切)。「金剛山」とは、この閻浮提の南にある。「将に宝山を焼かんとする」とは、火が他の金山に及ぼうとしていること。教えに基づけば、初めに「勝群輩」とあるのは、あらゆる外道に勝っているから。次に「大身」とあるのは、大乗の初めであるから。次に「大満」とあるのは、仮の位を出て満ち足りているから。「如意」とは、真理のままに満ち足りているからである。

次列人眾,「韋提希」者,亦云思勝。言「未生怨」者,母懷之日已常有惡心於缾沙王,未生已惡故因為名。「無指」者,初生相者云凶,王令升樓撲之不死,但損一指,故為名也。「八法」者,或八邪或八風或八倒。「普超經」者,第三〈決疑品〉云:「佛因為闍王破計定有殺父之罪,廣說三世三心叵得,令住法界。闍王聞已得柔順忍。」「說法華時」者,據得柔順在法華前故,在法華為清淨眾,至涅槃時身瘡始發,悔得初果,故知為引逆罪者耳。此乃全作大權釋,故引迦葉為例。若作實行者,在法華會雖云清淨未見獲益,準理應云障未除機未動,至涅槃時障欲除機已動,故聞佛記領解歡喜,次說偈讚佛,故第十七云:「父王無辜橫加逆害,乃至心生悔熱遍體生瘡,世無良醫治身心者,不信六臣六師之言,稟受家兄耆婆之教,聞佛說法獲記發願。」當知二處並是迹為,於其本地有何逆順?又如有婆羅門名曰不害,以殺無量諸眾生故,故名央掘。以見佛故發菩提心。又波羅奈有長者子,名阿逸多,殺父害母、殺阿羅漢、焚燒僧坊,後欲出家,諸比丘不度,自發菩提心,並是其例。觀心者,害「貪愛母」等,如《止觀》記引《楞伽》。言「行於非道」等者,逆即是順、非道即道。又道以通達為義,所覺之理能通觀智,從因至果故名為道,乃至九界心皆名非道,何況逆心耶?有人問:《法華》一乘,低頭舉手皆成佛道,何得闍王重罪不滅?但須依向機動障除四句等,判時熟前後,化緣隨機不須此問。次問可知。答中雖引《無量義》,準理更應引《分別功德》,以四天下乃至大千塵數得道,其內豈無人眾類耶?故知但略。「一句開為四句」至「如淨名疏」者,彼以七義解釋四句,一、明乘戒值佛不同,二、信法二行不同,三、大小乘別,四、根性漸頓,五、應迹,六、觀心,七、化他。初云乘戒者,有乘則值佛,無乘則不來。信法者,坐禪聽學講說皆得值佛,但隨所習大小耳。漸頓者,大小皆有漸頓故也。應迹者,已得二十五三昧應二十五有,引實行者來至佛所。觀心者,但隨觀行以判見佛。化他者,見與不見皆約利他。大權現迹略如今文。「若得」等者,以此四句能辨自他值佛時處、得道奢促,諸經例眾多少有無,以驗己身當來生處,如印不差,揣心自責於經序,豈不懷慚於正宗。

次に列挙された人々のうち、「韋提希」とは、また「勝思」とも訳される。 「未生怨」とは、母の胎内にいる時からすでに瓶沙王に対して悪心を抱いており、生まれる前から悪であったため、この名がついた。 「無指」とは、生まれた時の相が凶と判断され、王が楼閣から落とさせたが死なず、ただ一指を損なっただけだったため、その名がついた。

「八法」とは、八邪・八風・八倒のことを指す。 「普超経」とは、第三巻「決疑品」に次のようにある。「仏は、阿闍世王が父を殺した罪を確定的なものと見なす考えを破るために、三世の心は得るべきものがないと広く説き、法界に安住させるように導かれた。阿闍世王はこれを聞いて柔順忍を得た。」

「法華経を説かれた時」とは、柔順忍を得たのが法華経の前であったことによる。そのため、法華経の会座では清らかな大衆とされ、涅槃経の時に至って身体に瘡が現れ、悔いて初果を得た。このことから、逆罪を犯した者を導くための方便であると知られる。

これはすべて大権(菩薩が方便として現じる姿)として解釈するものであり、そのため迦葉を例として挙げている。もし実行者として捉えるならば、法華経の会座では清らかとされながらも利益を得たとは記されておらず、道理から言えば障りが除かれず機が動かなかったとすべきである。涅槃経の時に至って障りが除かれようとし機が動いたため、仏の記別を聞いて領解し歓喜し、次に偈を説いて仏を讃えた。そのため、第十七巻には次のようにある。「父王が無実であるにもかかわらず横暴に逆害し、ついに心に悔いが生じて全身に瘡が出た。世には心身を癒す良医はおらず、六臣や六師の言葉も信じず、兄である耆婆の教えを受け入れ、仏の説法を聞いて記別を得、発願した。」

知るべきである。この二つの場所(法華経と涅槃経)は、いずれも迹(方便としての現れ)である。その本地(本来の境地)において、どのような逆や順があろうか?

また、例えばバラモンで「不害」と名づけられた者がいた。無数の衆生を殺したため「央掘」と呼ばれたが、仏に会って菩提心を発した。 また、波羅奈国の長者の子で阿逸多と名づけられた者がいた。父を殺し、母を害し、阿羅漢を殺し、僧坊を焼き払った。後に出家しようとしたが、比丘たちが許さなかった。そこで自ら菩提心を発した。これらもみな同様の例である。

心を観ずるという観点から言えば、「貪愛という母」などを害することについては、『止観記』が『楞伽経』を引用して述べている通りである。

「行於非道」などとは、逆がすなわち順であり、非道がすなわち道であるということである。 また、道とは通達を義とする。覚られる道理は観智に通じ、因から果に至るため「道」と名づけられる。九界の心でさえも「非道」と呼ばれる。ましてや逆心はなおさらである。

ある人が問うた。『法華経』の一乗では、うつむくことや手を挙げることさえもが成仏の道となる。それならば、なぜ阿闍世王の重罪は滅されなかったのか? ただ、先に述べた機が動く・障りが除かれるという四句などに従って、熟する時期の前後を判断すべきである。教化の縁は機に随うものであり、このような問いは必要ない。

次に問うことは、おのずから明らかである。答えの中で『無量義経』が引用されているが、道理から言えばさらに『分別功徳経』を引用すべきである。四天下、さらに大千世界の塵の数ほどの者たちが道を得たとあるが、その中に人々の類が含まれていないはずがあろうか?したがって、ただ略したにすぎないと知るべきである。

「一句を開いて四句とする」ことから「浄名疏の如し」に至るまで。 そこでは、七つの義をもって四句を解釈している。 第一に、乗と戒が仏に値うかどうかの違いを明らかにする。 第二に、信行と法行の違い。 第三に、大小乗の区別。 第四に、根性の漸頓。 第五に、応迹。 第六に、観心。 第七に、化他。

初めの「乗戒」とは、乗があれば仏に値い、乗がなければ来ないということである。 「信法」とは、坐禅・聴学・講説のいずれでも仏に値うことができるが、それぞれ習うところの大小に随うということである。 「漸頓」とは、大小いずれにも漸頓があるからである。 「応迹」とは、すでに二十五三昧を得て二十五有に応じ、実行者を導いて仏のもとに来させることである。 「観心」とは、ただ観行に従って仏を見ることを判断する。 「化他」とは、見ることと見ないことのいずれも、他を利することに関わるということである。 大権が迹を現じることは、おおよそ今の文の通りである。

「若得」などとは、この四句によって、自他の仏に値う時と処、道を得るまでの長短を弁別することができるという意味である。 諸経において、大衆の多少や有無を例として示すのは、自らの身の将来の生まれる処を検証するためである。 それは印が一致するように誤りがない。心を推し量り、経の序分において自らを責め、正宗分において恥じ入らないことがあろうか?

次釋別序(入第三卷文句)。「別序」者,望通得名,且約當教相望為言。佛及弟子經前經後二文可知。又若從如來最後遺囑,則通序唯通、別序唯別。若如來出世來至今經對昔辨者,此之別序意別而兼通,通敘昔故唯在今經;通序文通而意別,別在今故諸經通爾。若直就昔論通別者,通序文通而義通,部含諸教故,亦有義通而意別,別在諸味故;別序文別而義別,不關他部故,如持鉢合蓋事在當經;亦有義別而意通,通諸教故。又亦可通序文通而義別,隨部對教多少別故;別序文別而義通,通敘部內教多少故,為欲遍通通別故爾。二序相對其名自分,於今經中言通敘昔者,說法則重敘出生,放光則漸頓俱照,唯有華地專表斯典意密未宣,入定乃義兼開合,眾喜則悅動殊昔約昔異今,疑念乃雙緣過現猶預於當,答問則廣敘三同通收一代,經意既遠序亦異常,是故他經直爾發起。

次に別序を解説する(第三巻の文句に入る)。「別序」とは、通序と対比させた名称であり、ここでは当経典という観点から捉えて述べる。仏とその弟子たちが経典の前後で示す二つの文は、容易に理解できる。また、如来の最後の遺訓に従えば、通序はあくまで通じる意味を持ち、別序は独自の意味を持つ。一方、如来の出世から現在の経典に至るまで、過去と対比しながら論じるならば、この別序は意味において独自性を持ちつつも通じる側面を兼ね備えている。過去を広く述べるからこそ、現在の経典だけに存在する。通序の文は通じるが意味は独自で、現在の経典に限定されるため、様々な経典に共通する。過去に直接通序と別序を論じるならば、通序の文は通じ、意味も通じる。各部が多くの教えを含むからである。また、意味は通じるが意図は独自で、各味に別れる場合もある。別序の文は独自で意味も独自であり、他の部には関係しない。例えば、鉢を持ち蓋を合わせる出来事は、当経典にのみ存在する。また、意味は独自だが意図は通じ、あらゆる教えに通じる場合もある。さらに、通序の文は通じるが意味は独自で、各部が対する教えの多寡によって異なる。別序の文は独自で意味は通じ、部内の教えの多寡を広く述べるため、通序と別序を完全に通じさせる意図がある。この二つの序は相対しており、その名称は自然と定まる。現在の経典において「過去を広く述べる」と言うならば、教えを説く際には出生を重ねて述べ、光を放つ際には漸頓の両方を照らす。花と地だけがこの経典を特に示し、その意味はまだ明かされていない。入定は開合の意味を兼ね、衆生の喜びは過去の例と異なり、過去と現在の違いを際立たせる。疑念は過去と現在の両方を縁とし、未来に及ぶ。問答は三同を広く述べ、一つの時代を包括する。経典の意義が深遠であれば、序もまた通常とは異なる。それゆえに、他の経典はそのまま発起するのである。

「爾時」者,欲現六瑞時也。古人云眾集時者,不體言旨。凡云爾時,皆指前事之末、後事之始,此指現六瑞之前,欲說《無量義經》時眾初圍繞。若云眾集時者,不可云眾集時眾繞,如〈方便品〉初,即指文殊答問竟時,不可云佛從三昧起時;從三昧起,如云爾後爾乃等,皆是爾時之後。若集眾竟,可云爾乃說《無量義》,故知別論即是欲說《無量義》時,通論可指佛未定起之時。初則四眾圍繞乃至雨華地動,故云「是時天雨」等也。所以重云「是時天雨」者,別指入定後時也。此雖小事其例實多,事還不輕故令遍識。「翻覆」者,結前逆順也。從前向後名順,翻覆向前名逆。言「生起」者,從前向後則前生而後起,從後向前則後生而前起,即答生由於問起,亦可云答起由於問生,乃至集眾亦爾。雖許其逆順,意斥其無旨,故云「未顯」。其旨者何?謂表四一,一經所顯不出四故,此亦以光宅義而破光宅。若依今家應表十一。「直是」等者,斥其消文,逆順但得因緣中世界一意,餘三全無,故云「尚自不明」。「況二三四」,即約教等三。「今明」下於四悉中直對四一者,表四一當同,故知一家始末得旨,人一是世界,多人和合至今同故;理一是第一義,此名最順六瑞一一無不表中;行一是為人,修行之來為生物善,構疑興念令眾行成;教一是對治,由答問故疑除教興,問答即是除疑教也。此且一往論其大旨,然集眾等各具四一,有此表彰方可生起,逆順有由。若不爾者,何大乘經不集眾放光雨華動地,但無生於大疑,請答不必妙德,答問不引三同。今雖未正說,但因疑請問答而後知,則使華地之前既說定異常,說定之前眾不孤集,雖曾聞《無量義》,既定不散知向聞未卒,故知華地之後定起所說不輕,以前後準中應華地亦異,由是聞法表一乘人,人由現瑞表一乘理,為顯斯理生疑問答,教行斯在人理宛然。又由瑞中說開經表合教,入合定表中行,放中光表中理,雨中華表中位,中地動中惑除,總成人一,良有以也。故天表第一義天,地表實相之地,雖並有表兆而時眾莫測,故縱聞開經尚不知開本表於合,況復能知定理等耶?故待文殊引往,方知化道不殊,故知生疑本為立行,疑決行稱引古教同,乃知今佛方說教一,而令時會成一乘人,如是乃可為今經由漸,作顯實先萌。若不爾者,徒云釋序,表法華意終自未彰,如此猶是因緣釋耳。

「爾時」とは、六つの瑞相(めでたい前兆)を現そうとする時を指す。昔の人は「衆が集まった時」と解釈したが、これは言葉の真意を捉えていない。そもそも「爾時」とは、前の出来事が終わり、後の出来事が始まる時を指す。ここでは、六つの瑞相を現す前、『無量義経』を説こうとして、人々が初めて仏を取り囲んだ時を言う。もし「衆が集まった時」とだけ解釈すれば、『方便品』の冒頭で、文殊菩薩の問答が終わった時を指すのに、「仏が三昧から起ち上がった時」とは言えないのと同じである。三昧から起ち上がるのは、「爾後」「爾乃」などと言うべきで、すべて「爾時」の後のことである。もし人々が集まり終えたなら、「爾乃『無量義』を説く」と言える。したがって、別に論じれば『無量義経』を説こうとする時であり、通して論じれば仏がまだ三昧を――明確に起ち上がっていない時を指すとも言える。最初は四つの衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)が仏を取り巻き、花を降らせ、大地を震動させるまでに至る。だから「是時天雨(その時、天が花を降らせた)」などと言うのである。「是時天雨」と重ねて言うのは、仏が三昧に入った後の時を特に指すためである。これは些細な事柄だが、同じような例は実に多く、このような事柄は決して軽んじてはならないので、広く認識させようとしている。

「翻覆(ひるがえす)」とは、前後を逆さまに論じることをまとめた言葉である。前から後ろへ向かうのを「順」といい、逆に前へ向かうのを「逆」という。「生起(生じ起こる)」とは、前から後ろへ向かえば、前が生じて後が起こる。後ろから前へ向かえば、後が生じて前が起こる。すなわち、答えは問いによって生じるということであり、また、答えが問いを生じるとも言える。もちろん、人々の集まりも同じである。この逆順を認めるが、その趣旨がないことを非難し、「未だ顕れず」と言う。その趣旨とは何か?「四一(四つの一つ)」を示すことである。一つの経典が顕すものは、この四つを超えないからである。これはまた、光宅寺の僧侶の解釈を用いて、その光宅寺の解釈を批判するものである。もし我々の宗派に従えば「十一」を示すべきだろう。「直是(ただこれ)に過ぎない」などとは、その解釈を退ける言葉である。逆順では、因縁の解釈における「世界」の一義だけを得るに過ぎず、残りの三義は全くない。だから「尚お自ら不明」と言う。ましてや「二三四」とは、約教(教えに基づく解釈)などの三つの義を指す。

「今明(ここに明らかにする)」以下の部分では、四悉檀(四つの教化の方法)のうち、直接「四一」に対応させる。「四一」が同じであることを示すためであり、我々の宗が始めから終わりまで趣旨を得ていることがわかる。「人一(人の一つ)」は世界悉檀(世間の真理に基づく教化)であり、多くの人が調和して集まり、同じ心を持つに至ったことを示す。「理一(理の一つ)」は第一義悉檀(最高の真理に基づく教化)であり、この名称は最も六つの瑞相にかなっており、いずれも道理を示さないものはない。「行一(行いの一つ)」は為人悉檀(人の能力に応じた教化)であり、修行者が来て善を生じさせるために、疑問を抱かせて修行を完成させることを意味する。「教一(教えの一つ)」は対治悉檀(煩悩を取り除く教化)であり、問答によって疑問が除かれ教えが興るからである。問答こそが疑問を除く教えなのである。

これはひとまず大きな趣旨を論じたものである。しかし、集まりや瑞相などには、それぞれ「四一」が備わっている。このような示しがあって初めて生起が起こり、逆順には理由がある。もしそうでなければ、どの大乗経典でも人々が集まり、光を放ち、花を降らせ、大地を震動させないだろうか?しかし、大きな疑問を生じず、問いに対する答えが必ずしも文殊菩薩とは限らず、その答も三つの同じことを引き合いに出すこともない。今はまだ正式な説法ではないが、疑問が生じて問い、答えを得て後に知ることで、花や大地の前にすでに説法が通常と異なることを示し、説法の前に人々が無意味に集まったわけではないことがわかる。昔『無量義経』を聞いたことがあっても、定中にあって散じず、以前の聞法が終わっていないことを知る。だから、花や大地の後に定から起ち上がって説かれる法は軽々しいものではない。前後を基準に判断すれば、花や大地も異なるはずである。この瑞相を聞くことで一乗の人を示し、人は瑞相によって一乗の理を示される、この理を顕すために疑問を生じ答えを問う、教と行はここにあり、人と理は明らかである。

また、瑞相の中で開経を説くことは、合経(法華経)を表すことに通じ、合定に入ることは行を表す。中道の光を放つことは理を表し、中道の華を降らせることは位を表し、中道の大地を震動させることは惑いを除くことを表し、総じて人一を完成させる。これには実に理由がある。だから、天は第一義天を表し、地は実相の地を表す。これらすべてに兆しがあるが、当時の人々はそれを測ることができない。そのため、開経を聞いても、まだ開くことが本来合を表すものであることを知らず、ましてや定や理などを知ることができようか?したがって、文殊菩薩が過去の例を引くのを待って、初めて仏の教化の道が異ならないことを知る。だから、疑問を生じることは本来、行を立てるためであり、疑問が解けることで行は成就し、古い教えを引くことで同じであることを知る。そして、今の仏が初めて教一を説き、会衆を一乗の人にすることを知る。このようにして初めて、この経の漸教への導入となり、顕実の先触れとなることができる。もしそうでなければ、単に序分を解釈したと言っても、法華経の意図はついに明らかにならない。このように解釈するのは、まだ因縁に基づく解釈にすぎない。

約教中應明施開廢會,方顯序中所表,而云「非藏」等者,且約廢權故並云非,先廢後開理數然耳。故歷教簡三尚未名一,若開顯已無非經王。又開已唯圓故云非也。故預辨能開不論藏等,五味四味義亦如然。如此釋者,仍屬迹門。「約本迹」下表本門者,須至〈壽量〉亦可預表,故知此序顯表迹四、密表本四,久成不逾此四故也,久近雖殊四一理等。「觀心可解云云」者,以皆表一理觀易彰,然須略知以示云爾。一心三諦理一也,一心三觀行一也,作是觀者人一也,能詮觀境教一也。又常觀三德能所皆四,法身理也,般若教也,解脫行也。和合三法成假名人,即觀行如來也。約六即位位位四一,於念念中念念四一,一色一香無非四一,如此觀行真法華之三昧也。心境互發即因緣觀之四一也。不同三教即約教觀之四一也。久遠已得即本地觀之四一也。向因破光宅以立四一耳。總釋五章竟。

教えの区分においては、施・開・廃・会を明らかにしてこそ、序分に示された意味が現れるのです。「非蔵」などと説かれているのは、権(仮の教え)を廃する立場から、すべて「非(にあらず)」と述べているのです。まず廃し、後に開くという道理は、当然そうあるべきです。したがって、歴教にわたって三種を簡別しても、まだ「一」とは名づけられませんが、開会顕了したならば、すべてが経王でないものはありません。また、開いた後はただ円教のみとなるので「非」というのです。ゆえに、開くことができるものを予め示すために、蔵などの教えについては論じないのです。五味や四味のたとえも、これと同じです。このように解釈するならば、これはなお迹門に属します。「約本迹」の下に本門を示すというのは、〈壽量品〉に至って初めて、あるいは予め示すこともできるということです。これによって、この序分は迹門の四種を表に示し、本門の四種を密かに示していることが分かります。久遠の成道も、この四種を超えるものではないからです。久遠と近成の違いはあっても、四一の理は等しいのです。「觀心可解云云」とは、すべてが一理を表すことで、観心が明らかになりやすいことを示しています。ただし、略しく知って示すべきことを述べれば、次のようになります。一心三諦は理の一であり、一心三観は行の一であり、このように観ずる者は人の一であり、能く観境を詮するは教の一です。また、常に三徳を観ずれば、能所ともに四つとなります。法身は理、般若は教、解脱は行です。この三法が和合して仮の人を成す、すなわち観行の如来です。六即の位に約せば、位位に四一があり、念念の中に念念の四一があり、一色一香も四一でないものはありません。このような観行こそ、真の法華の三昧です。心と境が互いに発起するのは、因縁観の四一です。三教と異なるのは、約教観の四一です。久遠にすでに得ているのは、本地観の四一です。先に光宅を破って四一を立てたのは、このためです。総じて五章の解釈を終わります。

次「眾集」下,正別解。初釋威儀中先引論者,論文有四成就:一、圍繞,二、前後,三、供養,四、尊重讚歎。經文闕前後,應云圍繞前後。涉公云:「雖是論文不順經義」,涉公猶疑譯者故也。然今家多依論文,但一兩處不全用耳。論以四釋三不須此斥,如惟忖五句以八句釋之,歎羅漢德五句以十五句釋之,如難解難入加難悟等釋之。故加之無咎。曾尋彼疏三二卷來,可畏處多於茲息矣。四威儀中簡餘三儀,欲有所聞異非時住,故云如法,況必待此經方云如法。若通論者,當部當機圍繞住者,咸皆如法。正釋中先斥古,直云比丘等四,有云:天龍等四、梵魔等四,大小客舊雖有此列,不判凡聖逆順權實說默,今昔微著共別兼獨,施開本迹都無旨歸。今所列四乃遍諸四收向十雙,凡聖乃至本迹不濫。又涉公云:「天台立影響等眾,有義無文未可依信。」若爾,有義無文而不依信,應當有文無義則可依耶?今謂有文有義常人用之,無文有義智人用之,有文無義暗者用之,無文無義迷者用之。故經云「依義不依語」,即此意也。故外小權迹望內大實本,並有名無義,故佛斥迦葉,汝昔但聞涅槃之名,未聞其義。法師自立聲聞菩薩二聖、眾龍神人主二凡眾,今問此四為復有於天台四不?若其無者何關《法華》?尚無當機得益之人,況發起等?無則未可,若其有者,有文有義,何謂無文?故今經列眾必具此四,即其文也。義須必有發起等四,即其義也。有文有義甚可依承;法師所立無義有文,反當斯責,況復四義仍遍諸經,在今須云發起本迹約教因緣,此四次第者,機雖可發必藉先導,導機既發影響扶疎,三利全無結緣眾也。若言無文,文殊、彌勒豈非發起?三周獲記豈非當機?除發起外諸大菩薩豈非影響?除當機眾如起去等豈非結緣?況雜眾中雖無擊動亦能引導,通名發起;雖非鎮嚴亦能輔佐,通名影響。《淨名》云:「而生五道」,以現其自,并其所引四眾義足。

次に「眾集」の下で、正しく別々に解釈する。初めに威儀を釈する中で、まず論を引く。論文には四つの成就がある。一に囲繞、二に前後、三に供養、四に尊重讃歎である。経文には前後が欠けているので、「圍繞前後」とすべきである。渉公は「論ではあるが、経の意味に沿わない」と言う。渉公は翻訳者に疑念を持っていたためである。しかし、今の我が家では多く論に従うが、一、二箇所だけ完全には用いない。論は四つの項目を三つで解釈しており、このような批判は必要ない。例えば、惟忖の五句を八句で解釈し、羅漢の徳を讃える五句を十五句で解釈し、「難解難入」に「難悟」などを加えて解釈するようなものである。それゆえ、加えても問題はない。嘗て彼の疏の三、二巻を調べたが、畏るべきところが多く、ここで止める。

四威儀の中で他の三儀を省くのは、聞きたいことがあり、時に非ずして止まるのとは異なるからである。故に「如法」と言う。況や、この経を待って初めて「如法」と言えるのである。もし通じて論じるならば、当部、当機において囲繞して住する者は、皆如法である。正しく釈する中で、まず古い解釈を斥ける。ただ「比丘等の四」と言うだけである。ある者は「天龍等の四」「梵魔等の四」と言う。大小、客旧の区別はこのような列挙にあるが、凡聖、逆順、権実、説黙、今昔、微著、共別、兼独、施開、本迹を判別せず、すべて旨帰がない。今、列挙する四つのものは、あらゆる四つのものを遍く収め、十双(凡聖乃至本迹)を混同することがない。

また、渉公は「天台は影響等の衆を立てるが、意味はあっても文がなく、依り信ずることはできない」と言う。もしそうなら、意味はあっても文がなく、依り信じないのなら、文はあっても意味がないものに依るべきであろうか?今、私は言う。文もあり意味もあるものは、凡人が用いる。文はなくとも意味があるものは、智者が用いる。文はあっても意味がないものは、暗愚者が用いる。文もなく意味もないものは、迷い人が用いる。故に経は「意味に依り、言葉に依らない」と言う。これがその意である。よって、外小、権迹は、内大、実本と比べると、皆、名はあっても実がない。故に仏は迦葉を斥けて「汝は昔、涅槃の名を聞くだけで、その意味を聞いていない」と言った。法師は自ら、声聞、菩薩の二聖、龍神、人主の二凡の衆を立てる。今、問う。この四つは、天台の四つに当たるのか?もし当たらないなら、『法華経』と何の関わりがあるのか?当機の得益する人さえいないのに、まして発起等があろうか?無ければ、それは許されない。もし有るなら、文もあり意味もある。どうして「文なし」と言えるのか?故に、今の経が衆を列挙するに必ずこの四つを具えること、それが即ち文である。意味が必ず発起等の四つを有すること、それが即ち義である。文もあり意味もあるものは、大いに依り承るべきである。法師の立てるものは、意味なく文があるだけで、かえってこの非難を受けるべきである。まして、この四義はなおあらゆる経に遍くあり、今、発起、本迹、約教、因縁と言うべきである。この四つの次第は、機が発せられるべきであっても、必ず先導に藉りる。導く機が既に発せられれば、影響は補佐する。三利が全く無ければ、結縁の衆である。「文がない」と言うならば、文殊や弥勒は発起に当たらないのか?三周で記別を得た者たちは、当機に当たらないのか?発起を除く諸大菩薩は、影響に当たらないのか?当機の衆を除き、起去等の者は結縁に当たらないのか?況や、雑衆の中には、動かす力はなくとも、導くことができる者もいる。これらを総じて発起と名付ける。鎮厳(荘厳)の力はなくとも、輔佐することができる者もいる。これらを総じて影響と名付ける。『維摩経』には「五道に生まれ、その自らを現ず」とある。これと、その中で導かれる四衆とで、意味は十分である。

初釋發起中有法、喻、合。初法者,先明內德。「擊揚」下,外用也。應物施設故名為權,順宜制立故名為謀,有權之謀故云權謀。實智內融無謀而當,故云智鑒。鑒其宿善可生可成,故名知機。逗會無舛故名知時。擊揚之言義當發起,用以釋名,發機令起故云發起。初文釋發,「成辦」下釋起,亦可前四字正釋,次四字功能。動亦起也。又剖之令開故名為發,因擊揚者啟之而動故名為起。義兼能所通及自他。又擊平等之大慈,發時眾之一善,揚不二之大慧,動稟益之三業。又擊大會之宿因,發當機之妙益,揚如來之大教,動時眾之固執。又扣佛大悲故名擊,諮啟聖旨故名揚,令聞所未聞故名發動,使聞者果遂故云成辦,遂必獲悟故云利益。次舉喻者,大權象王躄法身樹,至起應地,演一乘之實唱、飽妙行之機緣,次「所謂」下合中云發起五序咸益物機,故知集必不孤大權作命,由集故瑞乃至問答。「等」者,等取正說,序意既彰正說垂啟,故序中發起元期正宗,驗知此序未通於本,雖冠經首本由別故,而兩處發起俱在逸多,然迹事非遠可寄文殊,久本難裁故唯託佛。

まず「発起」の説明において、法・喩・合の三段がある。初めに「法」で、まず内なる徳を明かす。「撃揚」より下は、外における働きである。状況に応じて施すことから「権」と名づけ、機に従って立てることから「謀」と名づける。権を備えた謀であるから「権謀」という。真実の智慧が内に融け込み、計らわずして適うことから「智鑑」という。その宿善が生じ得、成就し得ることを見極めるから「知機」という。機会にぴたりと合い、誤りがないから「知時」という。「撃揚」の言葉は、発起の意味を持つ。これを名辞の解釈に用いれば、機を発して起こさせることから「発起」となる。 初めの文は「発」を釈し、「成弁」より下は「起」を釈する。また、前の四字が正しく解釈し、次の四字がその機能を示すとも言える。「動」もまた「起」である。さらに、これを開き明らかにすることを「発」といい、撃揚によって啓かれ動くことを「起」という。意味は能所にわたり、自他に通ずる。また、平等の大慈を撃ち、その時の衆生の一つの善を発し、不二の大慧を揚げ、教えを受ける者の三業を動かす。また、大会の宿因を撃ち、当機の妙なる利益を発し、如来の大教を揚げ、時衆の固執を動かす。また、仏の大悲を叩くことから「撃」といい、聖旨を諮問し開くことから「揚」といい、未だ聞かざるを聞かしめることから「発動」といい、聞く者をして果たさしめることから「成弁」といい、遂げれば必ず悟りを得ることから「利益」という。

次に「喩」を挙げる。大権の象王が法身の樹に足を踏み入れ、応化の地に至って、一乗の真実の教えを唱え、妙行の機縁を飽かせる。次に「所謂」より下の「合」では、五序がすべて衆生の機を益するために発起されたと説く。ゆえに、集まることは決して孤立せず、大権がその命をなすと知るべし。集まることによって瑞相が現れ、さらには問答が生じる。「等」とは、正説を等しく含む。序の意がすでに明らかとなれば、正説が開かれようとしている。ゆえに序における発起は、もとより正宗を期している。これによって、この序がまだ本門に通じていないことが確かめられる。経の首に冠せられているとはいえ、本門は別の理由による。しかし、両所における発起は、いずれも弥勒に存する。迹門の出来事は遠くなく、文殊に託すことができるが、久遠の本門は測りがたく、ただ仏にのみ委ねるのである。

釋當機者亦有法、譬、合。初法者,由有發起當機可成。「當」者當也。下字去聲。「宿」往也。「植」種也。「德」眾善也。眾善之本故云「德本」,以善有本故得成機,大權作用利聖益凡,如來三達說稱宿種,故初成道護其沒苦,方等、般若慮彼機生,故至此經先略次廣,三周容預攝無不該,乃至本門位登無垢,不差毫末稱其往因,中我可發故曰「當機」。今據釋眾,「當機」二字並屬所化,而須機應合論,理合義兼能所,今且從所以應所化。「宿植」下先釋機字,「緣合」下次釋當字。次喻中「如癰」者,譬有機也。「欲潰」者,譬可發也。為佛大聖及發起眾不謀而捺,煩惑分破、機緣分熟,智德分成、法身分顯。「不起」下合也。不合往機但合現發,現發即成現機故也。故不起於從一以出無量之座,即時聞於收無量以歸一之說,咸登初住故曰「得道」。此約剋體論當機也。通收乃攝六根五品。

まず、この経典で説かれる「当機」という語には、法の説明・譬え・総合の三つの側面がある。法の説明としては、問いを発する者があってこそ、その機に応じた教えが成就する。「当」は「まさに」の意で、下の字は去声で読む。「宿」は過去、「植」は植え付ける、「徳」は多くの善行を指す。多くの善の根本であることから「徳本」と言い、善には基盤があるため教えを受ける機縁が成就する。仏の大きなはたらきは聖者を益し凡夫を救い、如来の三達智は過去に植えられた善根に応じて説かれる。ゆえに成道の初めには苦しみからの救済を施し、方等・般若の教えでは機の成熟を慮り、この経に至って最初は簡略に、後に詳しく説かれた。三周の説法は余すところなく全てを包摂し、本門に至っては位が無垢に登るまで、往昔の因縁に少しの狂いもなく対応する。我ら凡夫の中にも発起する心があるゆえに「当機」と呼ぶのである。

今、経典の聴衆について解釈するならば、「当機」の二文字はいずれも教化される側を示すものである。しかし、本来は機と応(仏の教化)とを総合して論じるべきであり、理の上では教化する側とされる側の両方の意味を含む。ここではひとまず教化する側の立場から、教化される側を説明する。

「宿植」の下ではまず「機」の字を解き、「縁合」の下で次に「当」の字を解く。次に譬えの部分では、「癰(できもの)のようなもの」とは、教化の機が存在することを譬える。「破れようとしている」とは、発起し得る状態を譬える。仏という大聖と発起の衆が、計らうことなく自然にその機に応じて押し出すように、煩悩の惑いは分断され、機縁は次第に熟し、智慧の徳は成就し、法身は一部顕現する。

「不起」の下は総合の部分である。過去の機縁については触れず、ただ現在における発現のみを合わせて説く。現に発現するものが即ち現在の機となるからである。ゆえに、「一(唯一の真理)から無量(様々な教え)を出すという座を離れることなく、そのまま無量を収めて一に帰すという教えを聞き、全てが初住の位に到達した」と説く。これが「得道」である。これは本質的な立場から「当機」を論じたものである。広く解釈するならば、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意の清浄)や五品(五種の修行段階)の位までも含

次釋影響眾者,然化主形聲必資伴以影響,方令發起擊動事遂,如響之應聲、影之隨形,亦法、譬、合。初法者,初兩句明影響之本,次「隱其」下明能輔之迹,所輔唯一故云「法王」。而能輔者,示因示漸示始示終,眾聖之威儀也。示因故古佛隱極而現修行,示漸故法身潛圓以現偏小,此皆匡輔釋迦法王。「匡」正也。謚法曰:貞心大度曰匡。「輔」者毘助也。貞心助主知物機有在,讓正化之功,故云「影響」。次喻者,如星晦獨照之用,但建輔月之功,顯德冥扶故云雖無為作而有巨益。《大論》問:諸比丘何故常隨世尊?答:如病差隨醫,顯醫功也。此舉實行者尚有影響之儀,況法身古佛垂形助化,故知四眾如輕病者差,八部如重病者差,輕重俱有權實影響。

「影響の衆」について釈する。そもそも教化の主(化主)が姿や声を示すには、必ず伴侶(影響の衆)を必要とし、それによって教えを発起・撃動し、事を成し遂げる。それは響きが声に応じ、影が形に従うようなものである。これに法・譬・合の三つの説明がある。

初めに法説。最初の二句は、影響の衆の根本(仏の教化に協力する本質)を明かし、次の「その(権智)を隱して」以下は、補佐する者(影響の衆)の現れた姿を示す。補佐される主は唯一であり、それを「法王」と称する。補佐する者たちは、因を示し、漸教を示し、始を示し、終を示すという、多くの聖者たちの威儀を現す。因を示すとは、古仏が極位(仏果)を隱して修行者の姿を現すことである。漸教を示すとは、法身が円満(完全な悟り)を潛めて、偏った小乗の教えを現すことである。これらは全て、釈迦法王を匡(たす)け輔(たす)ける働きである。

「匡」とは正すことである。諡法(おくりなの決まり)に「貞心(真心)大度(大きく寛大)」を「匡」という。「輔」とは助けることである。真心をもって主を助け、衆生の機縁がどこにあるかを知らせ、主の正しい教化の功績を譲る。これを「影響」という。

次に譬え。例えば、星々が月の独り照らす働きを晦ませて、ただ月を助ける功績を立てるようなものである。顕かな徳は隠れて助ける(冥扶)がゆえに、作為はなくとも大きな利益(巨益)があるという。

『大論(大智度論)』に問う。比丘たちはなぜ常に世尊に従うのか? 答えて、病が治った者が医師に従い、医師の功績を顕かにするようなものである。これは実際に修行する者(実行者)ですら影響の衆としての振る舞いがあることを示している。ましてや法身の古仏が姿を現して教化を助けることは尚更である。したがって、四衆(出家の男女・在家の男女)は軽い病が治った者のようなものであり、八部(

次釋結緣者,「結」謂結構立機之始,「緣」即緣助能成其終,則為未來修得三德之先萌也。無前三益故云「結緣」,即此眾會前三之餘。故此一緣兼具二義,謂助現、助當。於中先對前三辨無,「力無」下簡異發起,「德非」下簡異影響,「而過」下明非當機。凡發起眾皆具二義:一者引至會所,二者扣佛成機。而法身菩薩具斯二用,故云「之能」。而結緣者闕其勝利,故曰「力無」。「鎮」謂鎮重,即內德也。「嚴」謂莊嚴,即外儀也。內德既高外儀必整,嚴飾化事光榮主用,故結緣者於其所無,故云「力無」等也。又鎮以肅之,嚴以伏之,既肅既伏化道可行,故云「之用」。此結緣者自益尚薄,安肅伏他?故云「德非」也。「覆漏」等者,覆字入聲,無聞慧故如器現覆,闕思慧故如器已漏,無修慧故如器污雜,如器雖仰而全,以污雜故為用者棄,故總結云「三慧不生」。「現世」等者,現雖得聞而不名慧,聞慧尚無思修安有?此即通取六根五品,別則五千起去之流,故起去者雖無三慧,然納種在性得為繫珠,故知亦無觀行位中世界益也,故云「無四悉益」。準此分位,四悉俱得名為當機,故五品已來世界益也;六根已來為人對治益也;初住已去第一義益。是故下文隨喜品末尚成當機,一句一偈結緣眾耳。然聞略說則有過於一句一偈,是則不論聞之多少,但未入品俱名結緣,故五品前無復三慧、四悉益也。無聞故無世界,無思故無為人,無修故無對治,無證故無第一義。故第一義有通有別,通於五品、別在初住,故得度之言亦有通別,即是第一義之通別也。是則雖復四悉義通,終成結緣位別。「但作」下正示結緣眾相。「比丘」下結數為十六者,若據文殊、彌勒但在比丘眾中,諸尼雖無請法之文,下文亦有請記之相,但俗二眾雖無正文,準例合有,既至會所必為權者之所引導。二眾既爾,八部亦然。今從總相但云四眾,故知但云比丘等四所攝未周,云無文者深成不達。次「此是」下次「約三教」者,兼論昔教,五味傳引準上可知。「本迹可解」者,若且約體用則本住尊極,或深位法身,迹為四教一十六眾。觀心明位取五品為結緣者,且約觀行為言,故以名字觀行而為結緣,以當機中初住即入影響故也。應知初住具有二義,若舊入者唯名影響,乃至聞經超入後位意亦如是。若新入者得是當機亦是影響及以發起,即如發誓弘經之徒。言「云云」者,分別此四為成觀行高下不同,至此位時並堪為此四眾故也。五千起去尚得結緣,故知不專名字五品,故約觀行從容而釋「圍繞」。初文具有四悉,文不彰灼,準上言之。「淨居天下」即世界,「化為人像」即為人,「人以為楷」即對治,「禮已聽法」即第一義。「表四門」去約教。若直就當教論眾,自有諸教中佛,今從圍繞圓極義邊,乃表三教四門機動,動故見理。無量義時仍是偏小,預表當聞圓四門也。今昔相望四教義足,故但云「例」。故知昔教非無四門當教機動,但小鈍未融至此方名大機動也。若本圓人至此增進亦名為動,但不別而別得四門名。

次に「結縁」について解説します。「結」とは、修行の機縁を結び始めることを意味し、「縁」とは、その結果が成就するのを助ける働きを指します。すなわち、未来において三徳(法身・般若・解脱)を成就するための最初の種まきです。これ以前の三種類の利益(現世・来世・究竟の益)がないため「結縁」と呼びます。これは、先に挙げた三種類の利益から漏れた人々のことです。したがって、この結縁には二つの意味があります。一つは現在の修行を助けること、もう一つは未来の成就を助けることです。

ここで、まず先の三種類の利益との違いを説明します。「力無」以下の文は、発起衆との違いを示し、「徳非」以下の文は、影響衆との違いを示し、「而過」以下の文は、当機衆(直接利益を受ける人々)ではないことを示しています。

一般に、発起衆には二つの役割があります。一つは人々を説法の場に導くこと、もう一つは仏に問いかけて説法の機会を作ることです。法身の菩薩はこの二つの働きを備えているため、「之能(その力・働き)」と言われます。しかし、結縁の衆はこのような優れた働きがないため、「力無(力がない)」と言われます。

「鎮」とは、しっかりと落ち着いていることで、内面的な徳を指します。「嚴」とは、厳かなことで、外面的な威儀を指します。内面的な徳が高ければ、外面的な威儀も必ず整います。その厳かな装いが教化の働きを華やかにし、主である仏の働きを栄えあるものにします。結縁の衆にはこれがないため、「力無」などと言われるのです。

また、「鎮」は人を敬虔にさせ、「嚴」は人を畏敬させます。敬虔で畏敬の念を起こさせれば、教化が可能になります。これが「之用(その働き)」の意味です。この結縁の衆は、自分自身の利益すら乏しいのに、どうして他人を敬虔で畏敬させることができるでしょうか?そのため「徳非(その徳はない)」と言われるのです。

「覆漏」などの言葉について:「覆」は音読みで「フク」と読む場合、聞く智慧(聞慧)がないことを、器が伏せられていることに例えています。考える智慧(思慧)がないことは、器が既に漏れていることに例えられます。修行する智慧(修慧)がないことは、器が汚れていることに例えられます。器が上を向いていて完全でも、汚れているために使いものにならないように、これらの智慧がない人は役に立ちません。これをまとめて「三慧不生(三つの智慧が生じない)」と言います。

「現世」などの言葉について:現世ではたとえ教えを聞いても、それを智慧と呼ぶことはできません。聞く智慧すらないのに、考える智慧や修行する智慧があるはずがありません。これは広い意味では六根清浄位や五品位の人々を含み、狭い意味では五千人の退席者のような人々を指します。退席した人々は三慧がなくても、種を本性に植え付けられたという点で、後に宝の珠を衣服に縫い付けられた(法華経の喩え)のと同じ意味があります。したがって、彼らには観行位における「世界益(世間的な利益)」もないことが分かります。そのため「四悉檀の利益がない」と言われます。

このような区分に基づけば、四悉檀の利益をすべて受ける人を「当機衆」と呼びます。五品位からは世界益、六根清浄位からは為人益と対治益、初住位からは第一義益を得ます。そのため、後の「随喜品」の終わりでは、わずか一つの偈(詩句)を聞いた結縁の衆も、当機衆となる可能性があると説明されています。しかし、簡略な説法を聞くだけでも一つの偈以上の価値があり、聞く量の多寡ではなく、まだ五品位に入っていない者はすべて結縁の衆と呼ばれます。五品位以前には三慧も四悉檀の利益もありません。聞くことがないので世界益がなく、考えることがないので為人益がなく、修行することがないので対治益がなく、悟りがないので第一義益がないのです。

第一義益には広義と狭義があります。広義では五品位にも及び、狭義では初住位に限られます。そのため「得度(悟りを得る)」という言葉にも広狭の意味があり、それが第一義益の広狭に対応します。つまり、四悉檀の意味は広いものの、結縁の衆はその位が低いことが分かります。

「但作」以下は、結縁の衆の具体相を示しています。「比丘」以下で総数を十六としているのは、文殊菩薩や弥勒菩薩は比丘衆の中にいるからです。尼僧たちは説法を請うたという記述はありませんが、後に授記を請うた記述があります。在家の男女二衆については直接の記述はありませんが、類推すればいるはずです。説法の場に来れば、必ず権者(菩薩や仏の化身)に導かれるからです。二衆がそうであれば、八部衆も同様です。今は総体的に「四衆」と言っていますが、「比丘など四衆」という言葉だけではすべてを尽くせていません。「文献に記述がない」と言うのは、深く理解していない証拠です。

次に「此是」以下の「約三教」について:ここでは過去の教えも合わせて論じています。五味の喩えによる伝承は、上記の説明から類推できます。

「本迹可解」について:もし本体と働きの関係で見れば、本体は最高の境地にあるか、深い位の法身の菩薩であり、仮の姿として四教の十六衆として現れます。

観心による位の解釈では、五品位を結縁の衆とします。これは観行を基準にした場合の話で、名字即位と観行即位を結縁の衆とし、当機衆の中でも初住位は影響衆に入ると見なします。初住位には二つの意味があることを知るべきです。すでに以前から入っていた者は影響衆と呼ばれ、経典を聞いてさらに高い位に進む者も同様です。新たに入った者は当機衆でもあり影響衆でもあり発起衆でもあります。これは法華経の流布を誓った人々の場合です。

「云云」とあるのは、これら四種類の衆を区別することで、観行の位の高さが異なることを示しています。この位に達すれば、いずれもこの四衆となる資格があるのです。五千人の退席者さえ結縁の衆となったのですから、名字即位や五品位に限らないことが分かります。したがって、観行の観点から柔軟に「周囲を取り巻く」という意味を解釈すべきです。

最初の文には四悉檀が含まれていますが、はっきりとは示されていません。上記の説明から類推します。「浄居天の下」は世界益、「人の姿に化ける」は為人益、「人々が模範とする」は対治益、「礼拝して説法を聞く」は第一義益です。

「四門を表す」以下は教えについての説明です。もし直接的に当該の教えの中での衆について論じれば、様々な教えの仏が存在します。今は「周囲を取り巻く」という究極の円教の観点から、三教の四門の機が動くことを表しています。動くことで真理を見ます。無量義の時はまだ不完全で小乗的でしたが、未来に円教の四門を聞くことを予表していました。現在と過去を比較すれば、四教の意味が完全に備わっているので、「例」とだけ言います。したがって、過去の教えにも四門はなくはなく、それぞれの教えの機が動くこともあったことが分かります。しかし、小乗や不完全な教えに留まっていたため、融合しておらず、ここに至って初めて大乗の機が動いたと言えるのです。もともと円教の人がここで向上することも「動く」と呼ばれますが、区別しないながらも区別して四門という名前が得られます。

約觀解者,三教觀行猶如行旋,皆成圓觀猶如念佛。又觀秖是念,以觀轉故,故云增也。「若觀」下寄觀以論本迹。若約體用及久近者,本住非動非不動之法身,迹示諸教機動繞佛。

約、観解について述べれば、三教の観行は、回り歩くようなものであり、すべてが円満な観行となることは、念仏のようなものである。また、観とはまさに念であり、観が転じていくことから、増すと言われる。「若観」の下は、観に寄せて本迹(ほんじゃく)について論じている。もし体用(たいゆう)および久近(くごん)について述べれば、本来の境地は動かず動かない法身にあり、迹(しるし)として様々な教えの機に応じて、仏の周りを巡り動くことを示している。

釋「供養」者,猶在彼眾為聞《無量義經》,眾集之時而修供養,故釋「爾時」不得云眾集時也。彼經所列凡諸來者咸持供具,有引《華嚴經》諸供養雲從十方來,亦未全然。若大莊嚴所獻供養,此例似爾,若國人所置並凡力所為。

「供養」という言葉を説明すると、あの経典では人々が『無量義経』を聞くために集まった際に、その場で供養を行ったのです。だから「その時」と訳す場合に、「人々が集まった時」とは言えません。あの経典に列挙されている参集者たちは、皆、供養の道具を持参していました。『華厳経』に説かれる、十方から来る様々な供養の雲を引用することもできますが、それだけでは十分ではありません。例えば、大荘厳が捧げる供養はこれに似た例ですが、国民が行うものはすべて凡人の力によるものなのです。

若爾何故並云天厨等耶?

それならば、なぜ「天厨など」と一緒に言うのでしょうか?

答:

お答えします。

從勝而說讚以天名,故知影響、發起二眾供具必異,當機、結緣復應料簡,諸位不同供具亦別。上位尚非二乘所識,何止天供。

勝れた立場から述べれば、天の名をもって讃えられます。ゆえに、影響衆と発起衆という二つの集まりの供物は必ず異なること、そして当機衆と結縁衆もまた、よく見極めるべきであることがわかります。それぞれの位が異なれば、供物もまた異なるのです。上位の者は、二乗(声聞・縁覚)でさえも認識できません。ましてや天の供物だけにとどまるものではありません。

「儼然不散」者,說經纔竟即入彼定,當時放光天便雨華、地即六動,時眾覩此便生疑念,乃至問答,由此遷延儼然不散,同座復說故名為「仍」。須全指彼故云「不得有異」,文雖廣略事無別途。

「儼然不散」とは、説経が終わると同時にその禅定に入られたことを指します。その時、光を放ち、天から花が降り、大地が六種に震動しました。その場の人々はこれを見て疑念を抱き、問答が行われたため、時間が経過してもなお、そのままの状態が続いて解散しませんでした。同じ座で再び説かれたことから、「仍」と名付けられています。全てをそのまま指して「不得有異」というのです。文には広略がありますが、事柄には別の道はありません。

問:

お尋ねします。

於三業中二業事畢,意業如何?答:

三つの業のうち、二つの業は既に終えましたが、意業はどうでしょうか?

專注之言言通事別,若以始終專注由此而生疑念,則意未休。若且以身口讚歎供養,則一期事畢,意具斯二不可一向。

専心という言葉は同じでも、その行いには違いがあります。もし、始めから終わりまで専心することによって疑いの心が生まれるなら、その心はまだ落ち着いていません。一方、身と口をもって称賛し供養するなら、その行いはひとまず完了します。この二つを心に留め、一方だけに偏ってはいけません。

釋「現相序」者,於中三:先示文,次破古中先敘古,次「今謂」下略破,然亦許其文仍破其義,義即表報。言表報者,瑞是能表,表即報也。云「未彰」者,光宅雖即彼此同六,皆云三雙全無所表,故知動靜之言太淺。上下之語既彰,況內懷歡喜非唯覩光,是故今不存其立稱。況度人觀理何教無之?所以吉相預報令知當善,故先示奇特警悟物情,名為表報。但眾既未了,知決在文殊。文殊決已,知定起所說不出一多相即,從因至果感應道交,故以三雙而先表報。既列教首教須殊常,上下等言事則易了,何須文殊靳固彌勒慇懃耶?三「今明」下正釋,中三:初略列釋,次「此六」下辨二名同異,三「略明」下以瑞對妙。初文者,六中除說法餘五同時,雖復異同共顯一致。然於六中雖前二後二正為時眾,以中二為表,正在因果故也。所以華表真因、地兼分果,說且顯露從多、定乃密意從處,圓機當發圓應照之,故知六瑞並異諸經,不同光宅。次明同異中先引文明同,「人情分別」去辨異。雖以異為相、表報為瑞,異瑞之相本報妙理,從同義強復有文據,故順人情未為盡理。「玄」者黑色,義同幽也。「賾」即深也。「說之」等者,諸佛出世本為佛乘,四十餘年抑之在懷,圓音將興慮不尊重。又復以瑞而擡掣之,令欽渴信生、疑去解明。「表報十妙」者,若準前文秖應表報四一而已,以四一文略順光宅。若準今文廣則無量略則但十,極略秖可云表一乘,今雖云略乃成處中。又十妙者,此經既以妙報釋瑞,妙義既十,六之所表道理應然,故近則表迹、遠表於本,具如《玄》文開合者是。若且表迹亦如《玄》文引經六瑞。言「感應中已說」者,恐文誤也。《玄》文列在神通妙中。言「更道」者,為辨異故,故更說之。今具錄《玄》神通妙文對今辨別,以各有所以故也。《玄》文云:「地皆嚴淨表理妙,放眉間光表智妙,入于三昧表行妙,天雨四華表位妙,栴檀香風表乘妙,四眾有疑表機妙,見八千土表應妙,供表感應妙也。地動表神通妙,天鼓表說法妙,眾喜表眷屬妙,修行表利益妙。」《玄》文通收香風地淨彼此六瑞,故遍取之。今文不列他土文者,此土自足故也。凡諸取文皆有通別,況香風地淨但是開合,至下釋文更有料簡。又他土中上聖下凡義同感應,人法復與說法義同,唯始終中終同應息,菩薩行行復同因果,故行行文寬總攝於漸,凡所表語意並含弘,是故下文多番釋之。古來諸釋都無此意,光等徒施浪疑虛答,狀若炫燿時眾,何殊精魅外通。故一家釋瑞必有所表,是則大事大人作大感動,大機大益顯於大理,須大眷屬以輔大會,俱感大時大運成熟,自非靈山共稟、此世親承,焉能契之曷有測之。

「現相序」という題を釈するにあたり、その中で三つの区分がある。まず経文を示し、次に古来の解釈を破る。古来の解釈を破る中では、まずその説を述べ、次に「今謂う」の下で簡略に論破する。ただし、その経文そのものは認めつつ、その解釈の意味を破るのである。その意味とは「表報」のことである。「表報」とは、瑞相がこれを示すものであり、示すこと自体が報(予告)である。 「未だ彰らかにせず」というのは、光宅寺の僧が「彼此同六(この経と他経の瑞相が六つで同じ)」だが、いずれも「三双(三組の対)」に事を表すところが全くないと言っているからである。ゆえに「動静」という言葉はあまりに浅く、「上下」という語はすでに明らかであると知るべきである。ましてや内に歓喜を懐くのは、ただ光明を見るだけではない。それゆえに今、その名づけを存しない。ましてや人を度し、理を観じることは、いかなる教えにそれが無かろうか。ゆえに吉相を予め報じて、当来の善きことを知らしめるものであり、まずもって奇特を示して物の心を警悟させる、これを「表報」と名づけるのである。ただ、大衆がまだ悟らず、その決断が文殊にあることを知る。文殊が決した後に、説かれる所が一多相即を出でず、因より果に至り、感応道交することを知る。ゆえに三双をもって先に表報とするのである。すでに教えの首(序分)を列する以上、教えは殊常でなければならず、「上下」などの言葉は事が容易に解せる。どうして文殊が固辞し、弥勒が懇切に問う必要があろうか。 三に「今明かす」の下で正しく釈する。その中で三つがある。初めに略して列挙し釈し、次に「此の六」の下で二つの名の同異を弁別し、三に「略明かす」の下で瑞相をもって妙に対応させる。初めの文では、六瑞の中、説法を除いた五瑞は同時にある。異同はあれども共に一つの趣旨を顕す。ただ六の中でも、前の二と後の二は正に時に居る衆のためであり、中の二を表とするのは、正に因果にあるからである。ゆえに華は真因を表し、地は兼ねて分果を含み、説法は且つは顕露であり多に従い、定中は密意であり処に従う。円機がまさに発すれば、円応がこれを照らす。ゆえに六瑞はみな諸経と異なり、光宅寺の解釈のごときではないことを知る。 次に同異を明かす中で、まず経文を引いて同を示し、「人情分別す」の下で異を弁別する。異をもって相とし、表報をもって瑞と為す。異瑞の相は元来妙理を報じる。同義が強く、また文に拠る所あり。ゆえに人情に従うが、未だ理を尽くしていない。「玄」は黒色であり、義は幽なることと同じである。「賾」は深いということである。「之を説く」などの言葉は、諸仏の出世は元来仏乗のためであり、四十余年にわたり胸中に抑えられていた。円音がまさに興らんとするにあたり、尊ばれないことを慮る。また瑞相をもってこれを引き上げ、敬って渇仰の信を生じ、疑いを去って解明することを得させる。 「表報十妙」とは、前の文に準ずればただ四一を表報すべきだけであり、四一の文は光宅寺に順う。もし今の文に準ずれば、広くは無量、略してただ十となる。極略すればただ一乘を表すと言うべきである。今、略すと言っても、それはちょうど中位になる。また十妙とは、この経はすでに妙報をもって瑞を釈する。妙義はすでに十であり、六瑞の表すところは道理として当然である。ゆえに近くは迹門を表し、遠くは本門を表す。玄義の文で開合するものがこれである。もし仮に迹門のみを表すとしても、それはまた玄義の文で経の六瑞を引くところの通りである。「感応のうちに已に説く」というのは、文の誤りであろう。玄義の文は神通妙の中に列する。「更に道う」というのは、異を弁別するためであり、ゆえにさらに説くのである。今、玄の神通妙の文をことごとく録して、今の文を対照して弁別せよ。それぞれに所以があるからである。玄義の文に云く、「地はみな厳浄にして理妙を表す。眉間の光を放ち智妙を表す。三昧に入り行妙を表す。天より四華を雨らせ位妙を表す。栴檀の香風は乗妙を表す。四衆に疑あり機妙を表す。八千の土を見るは応妙を表す。供は感応妙を表す。地動は神通妙を表す。天鼓は説法妙を表す。衆喜は眷属妙を表す。修行は利益妙を表す。」 玄義の文は香風と地浄、この土と彼土の六瑞を通じて収めるので、遍く取る。今の文は他土の文を列しない。この土だけで足りるからである。およそ文を取るにみな通別がある。ましてや香風・地浄はただ開合にすぎない。下に文を釈するにおいてさらに料簡することがある。また他土の中では、上聖・下凡は義として感応と同じである。人法はまた説法と同じ義である。ただ始終の中で、終は応息と同じである。菩薩の行々はまた因果と同じである。ゆえに行々の文は幅広く、漸を総摂する。およそ表す言葉は意を含弘である。ゆえに下の文で多く解釈するのである。 古来の諸々の解釈には、ことごとくこの意味がない。光などは徒に施され、浪りに疑い、虚しく答える。その様はあたかも時衆を眩耀するがごとし。どうして精魅外道と異なることがあろうか。故に一つの家が瑞を釈するには必ず表すところがある。これすなわち大事大人が大感動を起こし、大機大益が大いなる理を顕わす。大眷属を須て以て大会を輔け、みな大時大運に感じて成熟する。霊山において共に稟け、この世において親しく承けざれば、どうしてそれに契い、これを測ることができようか。

釋說法瑞中復更分經為四:初列所說法體,次列體上之名,三明菩薩所依,四明佛之所護。初文者,先略引經釋,次「今將」下以「十妙捒經」等者,且將迹妙十中五來。「捒」字,色喻反,謂莊捒也。既引彼經以此莊之,令成今妙,以彼善戒但從自行因果,故無餘五,法大境也。通是教法,別以十二部中毘佛略部,是方等理。心、解,智也。淨、嚴,行也。淨應具七,即始終行也。時,位也,亦始終位也。具足是三法妙也。由因有果能豈無所,故但有前五必兼後五,況復且以因果名同、義理猶別,兼獨開等思之可知(云云)。況復三祇義涉三藏,數有大小故使之然。

経典の説法の瑞相を解説するにあたり、さらに経文を四つに分ける。第一に、説かれた法の体を示し、第二に、その体に付随する名称を挙げ、第三に、菩薩の依拠するところを明らかにし、第四に、仏の守護するところを明らかにする。

第一の文については、まず簡略に経典を引用して解説し、次に「今将に」のくだりから「十妙をもって経を荘厳する」などとある。これは、迹門の十妙のうち、五つの妙を仮に取り出したものである。「捒」の字は「色喻反」(色と喻の反切)と読み、「荘捒」(荘厳する)という意味である。この経典を引用し、その教えで荘厳することによって、現在の妙を成立させている。あの『善戒経』は自らの修行とその結果に関する因果のみを説いているため、残りの五つの妙は含まれていない。「法大」とは境地のことである。総体として教えの法であり、特に十二部経の中の「毘仏略部」(方等経)は、方等の理を示す。「心」と「解」は智慧(智)である。「浄」と「厳」は修行(行)である。「浄」には七つの要素が備わるべきであり、これは始終の修行を意味する。「時」は位(修行の段階)であり、また始終の位でもある。これらが具われば、三法の妙となる。

因があるからには果が生じ、果には必然的に拠り所がある。したがって、前の五つが備われば、必ず後の五つも兼ね備えることになる。ましてや、因果の名称が同じでも、その義理にはなお区別がある。兼ね備える・独立する・開くなどの違いをよく考えれば理解できるであろう(云云)。さらに、三祇(三大阿僧祇劫)の修行は三蔵教にも関わり、その数の大小によって、このような違いが生じるのである。

問:

お尋ねします。

以十妙揀經,乃成麁妙不別。

十の妙法によって経典を選り分けても、粗と妙の区別がつかないことになる。

答:

お答えします。

從名同邊可對十妙,若從序表,實如所問,故須別釋以對序文。

名が同じであるという点から見れば、十妙に対応させることができます。しかし、序文に基づいて示すならば、まさにあなたが問うた通りです。ですから、序文に対応させるために、別途に解釈する必要があります。

次列體上之名者,先破古。涉法師云:「論採諸經名有十七,慈恩廣釋乃為過分。」今先破生觀,於中先述彼所立,次「若爾」下今文難者,《般若》、《淨名》無相非序,安得以《無量》無相為序?次救意者,五時相生次第別故,雖俱無相前後有殊,二經之後方《無量義》,《無量義》後方是《法華》,故唯《無量》為《法華》序,餘二遠故序義不成。「若爾」下更難者,始自華嚴,後後教起以至法華,此則通途,前經生後乃成次第,展轉為序別義不成。若諸經不然,豈獨《無量義》為《法華》別序耶?次基師所立不殊生觀,破準前說。次「印師」者,印受於龍,龍受於遠,所計既等破立一同。言「無相善有成佛義」者,意云:十二年前是有相教非成佛因,指無相善有成佛義。意云:至法華中一切無不皆成佛道。所言義者,謂可成也。故以成佛義為一乘經序。「又云」等者,若爾,方等、般若亦明無相,亦應以方等、般若為《法華》序。印師防此伏難,故更述《無量義》與《大品》對辨,《大品》無相猶說有三無三,《無量義》中無相不說三之有無,故《大品》無相非《法華》中《無量義經》,《無量義經》未翻譯故。此有三失:一者錯解《無量義》云不說有三無三失,二者謂《無量義》未翻譯失,三者妄破古師以《大品》為《無量義》失。然初失者,彼《無量義》既說二三從無相出,何名不說有無之異?次「今謂」下今文破也。但破第二餘二可知。故具敘經來翻譯年代,《注無量義經序》云:「此《無量義經》雖《法華》首載其名目,而中夏未覩,每臨講肆,未甞不廢譚而歎。忽有武當山惠表比丘,自偽帝姚秦略從子,略是萇子,因為晉軍何澹之所得,養為假子,俄放出家勤苦求道。以齊建元三年,至廣州朝廷寺,遇曇摩伽陀耶舍,欲傳此經,表乃致請僅得一本,仍還武當。永明三年九月十八日始傳於世。」「經既已來」等者,笑印師也。次破光宅中亦先依彼立。彼立意者,以同歸與《法華》仍有二異:一者同歸非無二無三,二者同歸非破三與一。雖有二異,由同歸故可成此二,故以萬善同歸為無二三等序。「若言」下先破初句,問《無量義》中同歸萬善,何異《法華》所無二三?兩處若同,破則俱破、歸則俱歸。「二三」下結難。次「若言」下破其次句,前舉其《無量義》難其《法華》,今舉其《法華》難其《無量義》。此難意者,前破語存略,破三正是破二破三,故今牒言破二破三,但加與一異於上句,故先將破以難同歸,故云「何不破萬」。次「破二」下雙牒兩難,初難唯正無序,破即是無,故破二三是無二三,文中語略,亦應更言「若破二三即是破萬,既其破萬是則無序」。若以低頭舉手為萬善者,二三尚無,萬善何有?若其俱無,序義安在?次「取經」下即縱難也。若言二經俱歸俱破,但此經舉破、彼經舉歸,今亦破云「不成異也」。既云互舉,歸必有破、破必有歸,互舉一邊豈得為異?次「異意」下結難也。凡言序者,須與正殊,殊又表同方可為序,異同既混序義如何?「劉虬」下破注家也。亦先依其所立,次「若含」下破其「不貲」,與其無相自語相違,故將其不貲難其無相。

先に、経典の名目を列挙した上で、古説を批判する。涉法師は「論が諸経から十七の名を採り上げ、慈恩がそれを広く解釈したのは行き過ぎである」と言う。今、まず生觀の説を破る。その中で先ず彼の立てるところを述べ、次に「若爾」より下は、今の文で難じる部分である。「般若経」や「維摩経」は無相でありながら序ではないのに、どうして「無量義経」だけが無相であることで序となり得るのか。

次に救いの意図として、五時は相生の次第が別であるため、共に無相であっても前後に違いがある。二経の後に「無量義経」があり、「無量義経」の後に「法華経」がある。よって「無量義経」のみが「法華経」の序であり、残りの二経は遠いので序の義は成立しない。「若爾」より下で更に難じる。「華厳経」から始まり、後々の教えが起こって「法華経」に至る。これは通途であり、前の経が後の経を生み、次第を成している。しかし、展転して序となるという別の義は成立しない。もし諸経がそうでないなら、どうして「無量義経」だけが「法華経」の別序となり得るのか。

次に基師の立てるところは生觀と異ならないので、破り方は前と同じである。次に「印師」について。印師は龍に受け、龍は遠に受けた。その所説が等しいので、破り立てるのも同じである。「無相の善に成仏の義あり」とは、十二年前は有相の教えであり成仏の因ではないが、無相の善には成仏の義があると指す。意図は、「法華経」においては一切が仏道を成さないものはないということである。「義」というのは、成仏できるという意味である。よって、成仏の義をもって一乗経の序とする。「又云」等については、もしそうなら方等や般若も無相を明かしているので、方等や般若も「法華経」の序とすべきである。印師はこの隠れた難問を防ぐため、更に「無量義経」と「大品般若経」とを対比して述べる。「大品般若経」の無相は、三つの有と三つの無を説くが、「無量義経」の無相は三の有無を説かない。よって「大品般若経」の無相は「法華経」の中の「無量義経」ではない。「無量義経」は未翻訳だからである。これには三つの過失がある。一、誤って「無量義経」は三の有無を説かないとする過失。二、「無量義経」は未翻訳とする過失。三、妄りに古師が「大品般若経」を「無量義経」とするのを破る過失。初めの過失について、あの「無量義経」は既に二三が無相から出ることを説いており、どうして有無の異を説かないと言えるのか。次に「今謂」より下は、今の文で破るものである。第二の過失のみを破り、残り二つは知るべきである。よって、経典が来て翻訳された年代を詳述する。「注無量義経序」に言う。「この『無量義経』は『法華経』の冒頭にその名目が載せられているが、中国ではまだ見られなかった。講席の度に、いつも講義を中断して嘆息した。ある時、武当山の恵表比丘が、偽帝姚秦の子孫から出て、晋軍の何澹之に捕らえられ、仮の子として養育されたが、やがて出家して苦行に励んだ。斉の建元三年に、広州の朝廷寺に至り、曇摩伽陀耶舍に出会い、この経を伝えようとして、恵表は請うてただ一巻を得て、武当に帰った。永明三年九月十八日に初めて世に伝えられた。」「経既已来」等は、印師を笑うものである。

次に光宅の説を破る。これも先ず彼の立てるところによる。彼の意図は、同帰は「法華経」とまだ二つの違いがあるとする。一、同帰は無二無三ではないこと。二、同帰は破三与一ではないこと。二つの違いがあるが、同帰によってこの二つが成り立つので、万善同帰を無二三などの序とする。「若言」より下で先ず初句を破る。「無量義経」の中の同帰万善は、「法華経」の無二三と何の違いがあるのか。両処が同じならば、破するならば共に破し、帰するならば共に帰する。「二三」より下で結んで難じる。次に「若言」より下で次の句を破る。前に「無量義経」を挙げて「法華経」を難じたが、今は「法華経」を挙げて「無量義経」を難じる。この難意は、前に破する語を略して述べている。破三はまさに破二破三であるので、今ここで破二破三と言う。ただ「与一」を加えて上の句と異にする。よって先ず破を用いて同帰を難じ、「何不破万」と言う。次に「破二」より下で両方の難を挙げる。初めの難はただ正しく序が無いことを言う。破とは無であることなので、破二三は無二三である。文中の語は略されているが、更に「若し二三を破すれば即ち万を破す。既にその万を破せば、則ち序無し」と言うべきである。もし低頭や挙手を万善とするならば、二三すらも無いのに、どうして万善があり得ようか。もし共に無ければ、序の義はどこにあるのか。次に「取経」より下は、仮に許す難である。もし二経は共に帰し共に破すると言うが、ただこの経は破を挙げ、あの経は帰を挙げる。今もまた「異とならず」と破する。互いに挙げると言うならば、帰には必ず破があり、破には必ず帰がある。互いに一方を挙げるだけでは、どうして異となり得ようか。次に「異意」より下で結んで難じる。およそ序というものは、正説と異なる必要がある。異なりつつも同を示して初めて序となり得る。異同が既に混ざっているならば、序の義はどうなるのか。

「劉虬」より下で注釈家を破る。これも先ず彼の立てるところに依り、次に「若含」より下で彼の「不貲」を破る。その無相と自らの言葉が矛盾するので、その不貲をもって無相を難じる。

「尋諸」下總覽破之。先總破,次「若言」下去取也。破序不成為去,判屬方便為取。初判印先對彼無相,況立有相判入三藏,次「若言無相」下,正判印師,次「若言」下破注家。此二既然,餘例可見。故諸家所釋不出三教,故指權教通名為他。次「若法華論」下今文消論,既云法華是無量義異名,故知無量義亦是法華異名,則序中立名於理無咎。前說《無量義經》以為《法華》序竟。更依論意即是先說《法華》異名,還入法華之妙定。

「尋諸」の下は総じて破する。まず総破し、次に「若言」の下で取捨する。序が成立しないことを破るのが「去」であり、方便と判じるのが「取」である。初めに印を判ずるにあたり、まず彼の無相に対抗し、さらに有相を立てて三蔵に判ずる。次に「若言無相」の下で、正しく印師を判ずる。次に「若言」の下で、注釈者を破する。この二つが既にそうであるならば、残りの例も推して知るべきである。ゆえに諸家の解釈は三教を出でず、よって権教を指して通名を「他」とする。次に「若法華論」の下は、今の文で論を解消する。既に「法華は無量義の異名である」と言うので、ゆえに無量義もまた法華の異名であると知るべきである。そうであれば、序において名を立てることに理の上で咎めはない。先に説いた『無量義経』を『法華』の序とするのは、これで完了した。さらに論の意に従えば、すなわち先に『法華』の異名を説き、やがて法華の妙定に入るのである。

若爾,前已說竟今何重說?

では、前にすでに説き終えたのに、なぜ今また重ねて説くのでしょうか?

答:

お答えします。

前所說經灼然成序,重牒其名義兼於正,故使論引今為異名,名義兩兼序正雙得。

先に述べた経典の言葉は、はっきりと順序立てられています。その名前と意味を重ねて述べることにより、正しい解釈も兼ね備えています。それゆえ、論書ではこれを引用して、今は別の名称として用いています。名称と意味の両方を兼ね備え、序文と本論の両方を正しく得ているのです。

次「大品」下引證序中立名無失。故《大品經.序品》云:「釋迦牟尼佛今既現在,為諸菩薩說般若波羅蜜經。」《金光明經.序品》云:「是金光明諸經之王。」《涅槃.純陀品》中純陀自敘云:「我今所有智慧微淺,何能思惟如來涅槃之義。」古經此文元屬〈序品〉,謝公治定乃加純陀哀歎品名。「又云」下重引者,異名同名俱序中唱。「今案」下依經重釋無量義名,以證成序,先列經文以辨今意。次「復次」下,以《無量義》對《普賢觀》以破舊師。初文先出能生,次「所謂」下所生。「今釋」下解釋中有法、譬、合。初先釋上無相。

次に、「大品」の下では、証拠を引用し序の中に名前が立てられていることに誤りはないことを示す。ゆえに『大品経』の序品には、「釈迦牟尼仏は今まさに在し、諸菩薩のために般若波羅蜜経を説きたもう」とある。『金光明経』の序品には、「これ金光明は諸経の王なり」とある。『涅槃経』純陀品において純陀が自ら述べて、「我が今有する智慧は微浅にして、何をもってか如来涅槃の義を思惟することを得ん」という。古い経典では、この文は元々序品に属していたが、謝公が整理した際に純陀哀歎品という名称を加えた。さらに「又云」の下で重ねて引用しているのは、異名でも同名でも共に序の中で唱えられているからである。「今案」の下で経典に基づき重ねて無量義の名を解釈し、それによって序であることを証明する。まず経文を挙げて現在の意を明らかにし、次に「復次」の下で、『無量義経』と『普賢観経』とを対比させて旧師の説を破る。初めの文ではまず能生を挙げ、次に「所謂」の下で所生を挙げる。「今釈」の下の解釈の中には、法・譬・合がある。初めにまず上の無相を解釈する。

問:

お尋ねします。

經中亦以無相釋之,與他何別而苦破他?

経典の中でも「無相」によって説明しているのに、他と何が違うというので、必死に否定するのか。

答:

お答えします。

不同他也。舊以所生無量為無相,經以能生一實為無相。從實生諸諸名無量,無量是相何名無相?故經云:「言無量者從一法生」,故不同舊所生無相。注者直云「含法不貲」,但得所生失於能生;經從能生於所以題目人,師將能為所以釋題,故云「從此實相生無量法」,故今更釋能生,故知能生中道實相,與今經實相不別。「二法」者下更釋所生無量,雖曰所生義兼於能,從多名所。「頓謂」等者,即頓部中具有漸頓,能生所生亦指所生,故云「頓中一切法」也。「漸謂」等者,次舉三味,此三味中亦有能所,例頓可知(云云)。「三道」等者,此中三四亦具能所,圓菩薩及佛以為能生,三菩薩二二乘以為所生,故此三四攝法亦遍。例如漸頓亦具能所,是則凡一實理皆諸教流出,《無量義》中述其意耳。故三乘中二乘含四、菩薩兼三,若作三四義通四教如向所對,若作三四並是所生,則菩薩及佛但在三教。從教判權,《玄》文復以四佛為四果者,則圓佛為一而生權三,能所相對故云四佛。是則菩薩名通於義無失,故於獨一生於兼一,思之可見。「此等」下更結所生以示能生,能生義處《法華》別名,所生無量為《法華》序,故序中一名義兼兩向,然應知從一以出無量,雖舉能出通皆屬序。若無量入一雖涉所生通皆屬正,故義處一法亦成兩向,出生之義處屬序,收會之義處屬正,即從「一義處」已下兩句文,是其兩意。故佛入義處義兼二途。「譬」者,序如下從一出多,正如除從多歸一,故知昔教赴機益物如用錢市物,而皆未知其大數。「從一」下合喻。「如此」等者,結前能所以成兩解,能生不違論,所生不違經,但依兩解經論理存。消釋既爾得意者何?即所生為能生方是異名,能生家之所生此乃成序。若也專能,何殊生等及昔一圓?若專論所,何異注者及昔三教?是故各存還成雙失,所以今家能所相從二義俱立。若專序者,則《法華》已前非但未論會多歸一,亦未曾說從一出多,故《無量義》唯今經序。

異なるという点について、古来は「生じたものが無量であること」を無相としていたが、経典は「生み出す一つの実相」を無相とする。実相から諸々の法が生じることを無量と名づけるが、無量は相であるのに、なぜ無相と言うのか。ゆえに経典は「無量というのは一つの法から生じる」と説くのであり、古来の解釈のように「生じたものが無相である」というのとは異なる。注釈者は単に「含むところの法が限りない」と言うが、それは生じたものだけを捉えて、生み出すものを失っている。経典は生み出すものから生じたものを説いて人を主題とするが、師は生み出すものを以て生じたものを解釈する。ゆえに「この実相から無量の法が生じる」と説き、ここで改めて能生(生み出すもの)を解釈する。これにより能生である中道実相は、今の経典の実相と別ではないことが分かる。「二法」とは、以下でさらに所生(生じたもの)の無量を解釈する。所生と言えどもその意味は能生も兼ねており、多数であることから所と名づける。「頓謂」などとは、頓部の中に漸と頓の両方があり、能生と所生もまた所生を指すので、「頓の中の一切法」というのである。「漸謂」などとは、次に三昧を挙げる。この三昧の中にも能と所があり、頓と同様に理解できる(云云)。「三道」などとは、ここでいう三や四もまた能と所を具えており、円教の菩薩や仏が能生となり、三教の菩薩や二乗が所生となる。ゆえにこの三や四は法を捉えることもまた遍く及ぶ。例えば漸と頓もまた能と所を具えるのと同じである。すなわち、すべての一実の理は諸々の教えが流れ出る源であり、『無量義経』はその意味を述べている。ゆえに三乗のうち、二乗は四を含み、菩薩は三を含む。もし三や四を解釈として用いれば、その意味は四教に通じるので、先の対比の通りとなる。もし三や四をすべて所生とすれば、菩薩や仏はただ三教にのみ存在する。教えの判釈から権とするならば、『玄義』の文が四仏を四果とするのは、円教の仏を一とし、それから権の三を生み出すということであり、能と所が対立するから四仏と言うのである。これにより菩薩という名称は意味に通じ、失うことはない。ゆえに独りの一(円教の一)から兼ね備えた一(三教の一)が生じるということが、考えれば分かるであろう。「此等」以下は、さらに所生を結んで能生を示す。能生である義処は『法華経』の別名であり、所生の無量は『法華経』の序である。ゆえに序の中の一つの名は意味を両方に兼ねる。しかし、一から無量を出すということを知るべきであり、能出(生み出す側)を挙げても、すべて序に属する。もし無量が一に入るならば、所生に関わるとしても、すべてが正宗分に属する。ゆえに義処という一つの法もまた両方の方向性を持つ。出生の義処は序に属し、収会の義処は正宗分に属する。すなわち「一義処」から以下の二句の文は、その二つの意味を含む。ゆえに仏が義処に入ることは、二つの意味を兼ねる。「譬」とは、序において例えば一から多を出すようであり、正宗分では逆に多から一に帰するようである。ゆえに過去の教えが機に応じて物を益するのは、貨幣で品物を買うようなものであり、皆まだその全体の数を知らないのである。「従一」以下は譬えを合わせる。「如此」などとは、以上の能と所を結んで、二つの解釈を成す。能生の解釈は論(『大智度論』)に違わず、所生の解釈は経典に違わない。ただ二つの解釈に依れば、経典と論は理が存する。消釈が既にその通りであるならば、意を得るとはどういうことか。すなわち所生を能生とすることが、はじめて異名となる。能生の家の所生、これが序を成す。もしも能だけを専らにすれば、『法華経』以外の教えや過去の一円と何が違うだろうか。もし所だけを専らにすれば、注釈者や過去の三教と何が違うだろうか。ゆえにそれぞれを別々に存続させれば、かえって両方を失うことになる。だから我が家(天台宗)は能と所を従え合わせて、二つの義を共に立てるのである。もしも序だけを専らにすれば、『法華経』以前は、多くを一に帰することを論じなかったばかりか、一から多を出すことも説かなかったことになる。ゆえに『無量義経』こそがただ今の経典の序なのである。

「復次」下,以前後二文對破古者,此非正破。於餘文中光宅等師云:法華經不明常住。今因明《無量義》序異,便救《法華經》正常。《無量義經》在《法華》前,《普賢觀經》在《法華》後,序結並常,中何容別?何故乃云神通延壽是無常耶?故引彼經偈云:如來清淨妙法身等,豈非常耶?言「百非」者,彼偈略列三十四非,以之為式,諸非準知。此明法身性離諸非,故總舉百,然絕四離百之語猶通淺深,節節比之。今應從深。「觀經四波羅蜜」者,經云:「釋迦牟尼名毘盧遮那,遍一切處,其佛住處名常寂光,常波羅蜜所攝成處,我波羅蜜所安立處,淨波羅蜜滅有相處,樂波羅蜜不住身心相處。」既以此四成身成土,爾前理合身常土常,故大師追括五時悉皆有結,具如《玄》文。「他難」下他難今家。序中能生已明常住,則序已是正,正何所說?今反質之云,序正俱常,於理何失?「又例」去,他人濫引云,例如《淨名.序》中說常正不明常,即是無常,故將《法華》以例彼經,應當《法華》序常正應無常。他云淨名序常正無常者,彼《淨名經.弟子品》中呵阿難云:「金剛之體當有何疾?乃至佛身無為不墮諸數。」古人判〈弟子品〉、〈菩薩品〉並屬序故。又取通序歎菩薩德,深信堅固猶若金剛。今亦反難意者,若以《法華》例於《淨名》,亦應以《涅槃》例於《淨名》,則《涅槃》序常正無常也。故知秖可以《淨名》例於《涅槃》,序正俱常,汝自不了《淨名》宗體,謂正無常而為例耳。當知《淨名》亦序正並常,故〈問疾品〉中明第一義空,空即常也。〈不二法門〉正明中道常也。〈不思議品〉明常家之用,觀眾生佛道以空假顯中,〈香積佛品〉明香飯體常,菩薩行去復宗明常,故知正宗始末俱常。「今論」下結難。

次に、「復次」の下で、前後の二つの文を以って古い解釈を破っていますが、これは正しい破斥ではありません。他の文中で、光宅寺の法師などは『法華経』は常住を明かしていないと言っています。今、『無量義経』の序が異なることを明かすことにより、『法華経』が常に正しいことを救わんとしているのです。『無量義経』は『法華経』より前にあり、『普賢観経』は『法華経』より後にあります。序と結びが共に常であるなら、その中でどうして別異があり得ましょうか。どうして神通延寿を無常であると言うのでしょうか。故に、あの経の偈を引いて「如来清浄妙法身等」と言うのは、どうして常ではないのでしょうか。「百非」と言うのは、その偈が略して三十四の非を列挙し、それを型として、他の非もそれに準じて知るべきです。これは法身が性として諸々の非を離れていることを明かすので、総じて百を挙げます。しかし、「四を絶ち百を離れる」という言葉は、なお浅深があり、節節に比べるべきです。今は深い方に従うべきです。「観経の四波羅蜜」とは、経に言う「釈迦牟尼を毘盧遮那と名づけ、一切の処に遍くし、その仏の住処を常寂光と名づく。常波羅蜜の摂成する所の処、我波羅蜜の安立する所の処、浄波羅蜜の有相を滅する処、楽波羅蜜の身心の相に住せざる処なり。」既にこの四を以って身を成し土を成すならば、爾前の理として、身は常であり土は常であるべきです。故に大師は追って五時を括り、悉くに結び有りとし、詳しくは『玄義』の文の如くです。「他難」の下では、他宗が我が宗を難じます。序の中で能生が既に常住を明かしているならば、序は既に正であり、正は何を説くのでしょうか。今、反問して言うには、序と正が共に常であることは、理において何の失があるのでしょうか。「又例」の下では、他人が濫りに引いて、例えば『浄名経』の序では常を説くが、正では常を明かさず、即ち無常である。故に『法華経』を以って彼の経に例えれば、『法華経』の序が常ならば、正は無常であるべきだと言います。他宗は『浄名経』の序は常で正は無常だと言いますが、あの『浄名経』の「弟子品」の中で阿難を呵して「金剛の体に何の疾か有らんや。乃至、仏身は無為にして諸数の数に堕ちず」と言います。古人は「弟子品」、「菩薩品」を並べて序に属すると判じます。また、通序の菩薩の徳を歎ずる文を取り、「深信堅固にして猶お金剛の如し」とします。今、反難して言うには、もし『法華経』を以って『浄名経』に例えるならば、また『涅槃経』を以って『浄名経』に例えるべきであり、そうすれば『涅槃経』の序は常で正は無常ということになります。故に知るべきは、ただ『浄名経』を以って『涅槃経』に例えることができ、序と正は共に常である。あなた自身が『浄名経』の宗体を了せず、正は無常であるとして例えとしているのです。知るべきです、『浄名経』もまた序と正が共に常であると。故に「問疾品」では第一義空を明かし、空は即ち常です。「不二法門」では正しく中道の常を明かします。「不思議品」では常の家の用を明かし、衆生を観じ仏道を観じて空仮を以って中を顕します。「香積佛品」では香飯の体が常であることを明かし、「菩薩行」に至っては再び宗を明かして常とします。故に知るべきは、正宗の始めから終わりまでが常であると。「今論」の下では、難を結びます。

若爾,諸部何別?

では、各部派にどんな違いがあるのでしょうか?

答:

お答えします。

言序正俱常從極理說,若須辨異五時自分,具如《玄》文第一卷辨。

話の順序は正しく、すべて常に最高の真理に基づいて説かれています。もし教えの違いを区別する必要があれば、五時の教え(五時)によって自然に分類されます。その詳細は、『玄義』(玄文)の第一巻に示されています。

若爾,序正何別?

では、序分と正宗分の違いは何でしょうか。

答:

お答えします。

各有其致,且論今經序中雖常,未明會所,正中須以會所乃常,常外無餘序正仍別,餘經例之各有其致。

それぞれに趣旨がある。さて、この経典の序分では、常のことについては述べられているが、その「会」(境地)については明らかにされていない。したがって、ここで正しくは、「会」こそが常であり、常以外に別の何かがあるわけではない。序分と正宗分はそれぞれ異なるが、他の経典もこれにならって、それぞれに趣旨がある。

法華文句說卷第二(下)

『法華文句』巻第二(下)


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