佛本行集經卷第二
仏本行集経 第二巻
隋天竺三藏闍那崛多譯
隋の天竺三蔵僧、闍那崛多訳
發心供養品中
発心供養品
「阿難!彼普賢如來復授一菩薩記,次當作佛號月如來。阿難!彼月如來復授一菩薩記,次當作佛號分陀利如來。阿難!彼分陀利如來復授一菩薩記,次當作佛號無垢如來。阿難!彼無垢如來復授一菩薩記,次當作佛號證我如來。
阿難よ、その普賢如来はさらに一人の菩薩に授記し、次に仏となって月如来と号すべきことを告げられた。阿難よ、その月如来はさらに一人の菩薩に授記し、次に仏となって分陀利如来と号すべきことを告げられた。阿難よ、その分陀利如来はさらに一人の菩薩に授記し、次に仏となって無垢如来と号すべきことを告げられた。阿難よ、その無垢如来はさらに一人の菩薩に授記し、次に仏となって証我如来と号すべきことを告げられた。
「阿難!彼證我如來復授一菩薩記,次當作佛號大雨如來。阿難!彼大雨如來復授一菩薩記,次當作佛號無畏如來。阿難!彼無畏如來復授一菩薩記,次當作佛號自光明如來。阿難!彼自光明如來復授一菩薩記,次當作佛號大力如來。
阿難よ、その我如來は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となって、大雨如來と名乗られるであろう。阿難よ、その大雨如來は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となって、無畏如來と名乗られるであろう。阿難よ、その無畏如來は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となって、自光明如來と名乗られるであろう。阿難よ、その自光明如來は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となって、大力如來と名乗られるであろう。
「阿難!彼大力如來復授一菩薩記,次當作佛號日如來。阿難!彼日如來復授一菩薩記,次當作佛號秋光如來。阿難!彼秋光如來復授一菩薩記,次當作佛號熱光如來。阿難!彼熱光如來復授一菩薩記,次當作佛號相如來。阿難!彼相如來復授一菩薩記,次當作佛號無比如來。
阿難よ、その大力如来はさらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるべき者として日如来と名づけられました。阿難よ、その日如来はさらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるべき者として秋光如来と名づけられました。阿難よ、その秋光如来はさらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるべき者として熱光如来と名づけられました。阿難よ、その熱光如来はさらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるべき者として相如来と名づけられました。阿難よ、その相如来はさらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるべき者として無比如来と名づけられました。
「阿難!彼無比如來復授一菩薩記,次當作佛號勝上如來。阿難!彼勝上如來復授一菩薩記,次當作佛號相上如來。阿難!彼相上如來復授一菩薩記,次當作佛號娑羅王如來。阿難!彼娑羅王如來復授一菩薩記,次當作佛號身上如來。
阿難よ、その比べるものなき如来は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるであろう、その名を勝上如来と称する。阿難よ、その勝上如来は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるであろう、その名を相上如来と称する。阿難よ、その相上如来は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるであろう、その名を娑羅王如来と称する。阿難よ、その娑羅王如来は、さらに一人の菩薩に記別を授け、次に仏となるであろう、その名を身上如来と称する。
「阿難!彼身上如來復授一菩薩記,次當作佛號無處畏如來。阿難!彼無處畏如來復授一菩薩記,次當作佛號化如來。阿難!彼化如來復授一菩薩記,次當作佛號寂定如來。阿難!彼寂定如來復授一菩薩記,次當作佛號勝王如來。
阿難よ、その如来の次に、また一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となるべき者で、その名を無処畏如来と申します。阿難よ、その無処畏如来もまた、一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となるべき者で、その名を化如来と申します。阿難よ、その化如来もまた、一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となるべき者で、その名を寂定如来と申します。阿難よ、その寂定如来もまた、一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となるべき者で、その名を勝王如来と申します。
「阿難!彼勝王如來成佛之處,其劫名賢,有三百佛皆同一號,號勝王如來。阿難!彼勝王如來,最在後佛,復授一菩薩記,次當作佛號一切事見如來。阿難!彼一切事見如來有三億眾聲聞弟子,皆阿羅漢。
阿難よ、あの勝王如来が仏となられた場所では、その時代は「賢劫」と呼ばれ、三百の仏が同じ勝王如来という名で現れました。阿難よ、その勝王如来の中でも最後に現れた仏は、さらに一人の菩薩に授記を与え、次の仏となることを告げました。その菩薩は、一切事見如来という名で仏となるのです。阿難よ、その一切事見如来には、三億の声聞の弟子たちがいました。彼らは皆、阿羅漢の境地に至った者たちでした。
「阿難!彼一切事見如來復授一菩薩記,次當作佛號無憂如來。阿難!彼無憂如來復授一菩薩記,次當作佛號龍上如來。阿難!彼龍上如來復授一菩薩記,次當作佛號閻浮上如來。阿難!彼閻浮上如來復授一菩薩記,次當作佛號尼拘陀如來。阿難!彼尼拘陀如來復授一菩薩記,次當作佛號廣信如來。阿難!彼廣信如來復授一菩薩記,次當作佛號救脫如來。阿難!彼救脫如來復授一菩薩記,次當作佛號勝上如來。
阿難よ、あの一切事見如来は、さらに一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となられる方は、無憂如来と名乗られます。阿難よ、あの無憂如来は、さらに一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となられる方は、龍上如来と名乗られます。阿難よ、あの龍上如来は、さらに一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となられる方は、閻浮上如来と名乗られます。阿難よ、あの閻浮上如来は、さらに一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となられる方は、尼拘陀如来と名乗られます。阿難よ、あの尼拘陀如来は、さらに一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となられる方は、広信如来と名乗られます。阿難よ、あの広信如来は、さらに一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となられる方は、救脱如来と名乗られます。阿難よ、あの救脱如来は、さらに一人の菩薩に記別を授けられました。次に仏となられる方は、勝上如来と名乗られます。
「阿難!彼諸世尊、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,各各次第,轉相授記至於最後勝上如來,我身悉皆供養承事。」
阿難よ、かの諸々の世尊、如来、応供、正等覚者たちは、それぞれ順序を追って互いに授記を伝え、最後の最も優れた如来に至るまで、私はそのすべての方々に供養し、お仕えしてきました。
爾時,世尊而說偈言:
その時、世尊は偈を説かれました。
「彼等諸如來, 釋迦大師子,
以佛清淨眼, 一切皆覩見。
如是如來智, 不思議佛行,
諸天諸人等, 悉不能得知。
因果及佛智, 諸法顯現相,
唯諸佛境界, 凡夫不能知。
所說諸佛名, 顯現諸佛行,
有大威德相, 以佛眼普見。
若有智慧人, 當欲求菩提,
應讀此佛名, 不久得作佛。」
彼らの諸々の如来、釈迦牟尼という大いなる師子は、 清らかな仏の眼をもって、あらゆるものをことごとく見渡しておられます。 このような如来の智慧、そして思いもよらぬ仏の行いは、 天や人のあらゆる者たちにも、全く知ることのできないものです。 因果の道理と仏の智慧、そして諸々の法が現れるその様相は、 ただ仏のみの境地であり、凡夫には知ることができません。 ここに説かれた諸々の仏の御名は、仏の行いをあらわし示すものであり、 大いなる威徳の相をそなえ、仏の眼によって全てを見渡します。 もし智慧ある人がいて、菩提を求めるならば、 この仏の御名を読むべきであり、そうすれば遠からずして仏となるでしょう。
爾時,阿難白佛言:「世尊!我曾聞佛金口所說,聞已繫心憶持不忘,所謂諸佛智,無有礙,無等等,無障礙。世尊!如來實知如是智不?」
そのとき、阿難が仏に申し上げました。「世尊よ、私はかつて仏の御口から説かれた言葉を聞き、心に刻み忘れたことはありません。すなわち、諸仏の智慧には、妨げがなく、比べるものもなく、障りもないと。世尊よ、如来はそのような智慧を実際にお持ちなのでしょうか?」
爾時,世尊告阿難言:「如來智慧,具足了知,是故知見無障無礙。如來欲作境界寬狹,念諸佛智,分齊少多,隨意皆得。」
その時、世尊は阿難に告げられました。「如来の智慧は、すべてを完全に知り尽くしている。それゆえ、如来の知ることは妨げも障りもない。如来が境涯の広さや狭さを思い、諸仏の智慧の及ぶ範囲の大小や多少を考えて、描こうと思えば、そのまま思いのままにすべてを知ることができるのだ。」
爾時,阿難復白佛言:「世尊!猶如尊者阿尼盧豆,得淨天眼,過於人眼。如是尊者阿尼盧豆,以淨天眼能得見於一千世界。如來說言:『我見無邊。』此義云何?」佛時默然,如是再問,乃至過三,然後方答。
その時、阿難が再び仏に申し上げた。「世尊(おすがた)よ。尊者アニルッダは清らかな天眼を得て、人の目を超えたご覧になります。その尊者アニルッダは、清らかな天眼で一千の世界を見ることができます。ところが、如来は『私は限りなく見渡す』とおっしゃいます。この意味はどのようなものでしょうか。」仏はその時、黙しておられた。こうして二度、三度と問いが重ねられ、その後ようやくお答えになった。
佛告阿難:「汝莫以於聲聞智慧欲比如來。何以故?我今以於清淨天眼過於人眼,見此東方恒河沙數佛剎之中,諸菩薩等,初發道心,種諸善根;或見東方恒河沙數諸佛剎中,無量菩薩得受記別;或見東方恒河沙數佛剎之中,諸菩薩等,行菩薩行;或見無量諸菩薩等,於諸佛邊修行梵行,後得生於兜率天宮,從兜率下入於母胎;或見菩薩從母右脇誕育而生;或見菩薩行童子法;或見菩薩在於宮內示行欲法;或見菩薩捨於轉輪聖王之位出家修道;或見菩薩降四種魔;或見菩薩菩提樹下證得阿耨多羅三藐三菩提;或見菩薩得菩提已受解脫樂;或見菩薩端坐思惟二種分別;或見菩薩轉法輪時;或見菩薩為諸眾生捨於壽命,欲入無餘涅槃之時;或見菩薩般涅槃後,正法住世、像法住世,久近多少延促之時。阿難!我如是見東方佛剎恒河沙等諸佛成道,及滅度後,正法像法,悉皆沒盡。如東方剎,南西北方,四維上下,亦復如是也。」
仏は阿難に告げられた。「あなたは声聞の智慧をもって如来を測ろうとしてはいけない。なぜならば、私は今、清らかな天眼によって人の目を超えて、東の方のガンジス川の砂の数ほどの仏の国々の中で、菩薩たちが初めて悟りの道を起こし、さまざまな善根を植えるのを見るからである。また、東の方のガンジス川の砂の数ほどの仏の国々で、無数の菩薩が授記(未来の成仏を約束されること)を得るのを見る。また、東の方のガンジス川の砂の数ほどの仏の国々で、菩薩たちが菩薩の行いを実践するのを見る。また、無数の菩薩たちが諸仏のもとで清らかな修行を行い、後に兜率天の宮殿に生まれ、そこから降りて母の胎内に入るのを見る。また、菩薩が母の右脇から生まれ出るのを見る。また、菩薩が童子の時代を過ごすのを見る。また、菩薩が宮殿の中で欲の世界を示すのを見る。また、菩薩が転輪聖王の位を捨てて出家し、道を修行するのを見る。また、菩薩が四種の魔を降伏させるのを見る。また、菩薩が菩提樹の下で無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)を証するのを見る。また、菩薩が悟りを得た後に解脱の喜びを受けるのを見る。また、菩薩が静かに座って二種の分別を思惟するのを見る。また、菩薩が法輪を転じるときを見る。また、菩薩が衆生のために寿命を捨て、無余涅槃に入ろうとするときを見る。また、菩薩が涅槃に入った後、正法や像法の時代がどれだけ長く続くかを見るのである。
阿難よ、私はこのように東の仏の国々にあるガンジス川の砂の数ほどの諸仏の成道、そしてその後の正法や像法がすべて尽きるのを見る。東の方角だけでなく、南、西、北、四隅、上下の方角でも同じである。」
爾時,世尊告阿難言:「阿難!我念往昔過於無量無邊阿僧祇不可數不可說劫,是時有一轉輪聖王名曰善見,降伏四方,如法治世,彼王所統,悉皆豐樂,不行鞭杖,亦無殺害,兵戈偃息,如法化人。阿難!彼善見王所居住城,名閻浮檀,其城東西十二由旬,南北面各有七由旬。
その時、世尊は阿難に告げて言われた。「阿難よ、私はかつて、はかり知れず、数えきれないほどの遠い昔の劫を思い起こす。その昔、善見と名づけられた転輪聖王がいた。彼は四方を従え、法に従って世を治め、その支配する国々はどこも豊かで安らかであり、むち打ちや刑罰もなく、殺害も行われず、兵器は用いられず、法によって人々を導いていた。阿難よ、その善見王が住んでいた都は閻浮檀と名づけられ、その城は東西に十二由旬、南北にはそれぞれ七由旬の広さがあった。」
「阿難!彼閻浮城,清淨莊嚴,殊特妙好,悉用四寶之所莊飾,黃金、白銀、頗梨、琉璃,其外別更有七重城。彼城皆悉高於七尋,各厚三尋,而彼城頭周匝皆有七重欄楯,彼諸欄楯雕刻精麗殊妙少雙,亦用四寶之所成就,黃金、白銀、琉璃、頗梨。若黃金欄,黃金鉤柱,白銀窓臺;若白銀欄,白銀鉤柱,黃金窓臺;若頗梨欄,頗梨鉤柱,琉璃窓臺;若琉璃欄,琉璃鉤柱,頗梨窓臺。而彼七重,一一城內,皆有七重寶多羅樹,行列圍繞,彼樹枝葉花果,扶踈蓊欝敷榮,人所樂見。其樹根莖,皆是四寶,黃金、白銀、頗梨、琉璃。金多羅樹,金根金莖,銀枝銀葉,花果悉銀;銀多羅樹,銀根銀莖,金枝金葉,花果悉金;若是頗梨為多羅樹,頗梨根莖,琉璃枝葉,琉璃花果;若是琉璃為多羅樹,琉璃根莖,頗梨枝葉,頗梨花果。彼多羅樹,皆有羅網,其羅網間,悉懸寶鈴,其諸鈴網,皆七寶成,所謂金、銀、琉璃、車𤦲、馬瑙、珊瑚、頗梨。彼諸城外,有七重壍,周匝圍繞,彼壍甚深,八功德水,湛然盈滿。種種名花,所謂優鉢羅花、波頭摩花、拘勿頭花、分陀利花,彌覆水上。彼諸壍底,皆是金沙,彼壍岸邊周匝皆有七寶羅網,彌覆其上。阿難!彼閻浮城四面各有一十六門,彼諸城門,四寶所成,黃金、白銀、頗梨、琉璃。金門銀扇,銀門金扇,若頗梨門琉璃為扇,若琉璃門頗梨為扇。彼諸城門,各各皆有却敵樓櫓,層閣飛櫩垂珠羅網,亦以七寶之所莊嚴,微妙精奇,人所喜見。其諸城門,皆有七重四寶門障,安住不動,發起開閉,顯曜光明,可愛可樂,所謂金、銀、頗梨、琉璃。彼諸城門,遠觀洞徹,門若開時,風自吹開,門欲閉時,風自吹閉。彼七重障,風若開時,門門相當,悉皆通見,門欲閉時,風自吹閉,七重門障,溘然還遮。
「阿難よ。かの閻浮城は、清らかで荘厳であり、とりわけ優れて美しいものでした。全てが四種の宝、すなわち黄金、白银、頗梨、瑠璃で飾られ、その外側にはさらに七重の城壁が巡らされていました。それらの城壁は全て高さ七尋、厚さ三尋あり、城壁の頂上には周囲に七重の欄干がめぐらされていました。これらの欄干は精巧に彫刻され、比類なく美しく、同じく黄金、白银、瑠璃、頗梨の四宝で作られていました。黄金の欄干には黄金の柱と白银の窓、白银の欄干には白银の柱と黄金の窓、頗梨の欄干には頗梨の柱と瑠璃の窓、瑠璃の欄干には瑠璃の柱と頗梨の窓が備えられていました。
そして、その七重の城壁の内側には、それぞれに七重の宝多羅樹が列をなして周囲を取り巻いていました。それらの木々の枝葉や果実は、鮮やかに茂り、人々の目を楽しませました。木の根と幹は全て四宝、黄金、白银、頗梨、瑠璃でできていました。金の多羅樹は根も幹も金で、枝と葉は銀、果実も銀でした。銀の多羅樹は根も幹も銀で、枝と葉は金、果実も金でした。頗梨の多羅樹は根も幹も頗梨で、枝と葉は瑠璃、果実も瑠璃でした。瑠璃の多羅樹は根も幹も瑠璃で、枝と葉は頗梨、果実も頗梨でした。これらの多羅樹の間には網が張り巡らされ、その網目には宝の鈴が下がっていました。これらの鈴と網は全て七宝、すなわち金、銀、瑠璃、車𤦲、瑪瑙、珊瑚、頗梨で作られていました。
城外には七重の堀が巡らされ、その堀は非常に深く、八功徳水が満々とたたえられていました。池には様々な名花、すなわち青蓮花、紅蓮花、黄蓮花、白蓮花が咲き、水面を覆っていました。堀の底は全て金砂で、堀の岸辺には周囲に七宝の網が張り巡らされていました。
阿難よ。かの閻浮城には、東西南北それぞれに十六の門がありました。これらの城門は四宝、黄金、白银、頗梨、瑠璃で作られていました。金の門には銀の扉、銀の門には金の扉、頗梨の門には瑠璃の扉、瑠璃の門には頗梨の扉がついていました。これらの城門にはそれぞれ櫓や楼閣、軒先に垂れた真珠の網があり、これらもまた七宝で飾られ、微妙に精巧で、人々の目を楽しませました。すべての城門には七重の四宝の門扉がしっかりと据えられ、開閉は風に任せられ、輝くばかりに美しく、愛すべきものでした。すなわち、金、銀、頗梨、瑠璃です。城門は遠くからも見透かせ、門が開く時には風が自然に吹き開け、閉じる時には風が自然に吹き閉じました。七重の扉も、風が開けば全ての門が合わさり、中がはっきりと見渡せました。閉じる時には風が吹いて閉じ、七重の門扉は一斉にぴったりと閉ざされました。」
「阿難!彼閻浮檀城之處中,有一大池,名曰歡喜,彼池東西廣一由旬,南北廣半由旬,其池四岸,四重塼壘。彼塼端正,微妙可喜,四寶所成,黃金、白銀、琉璃、頗梨。彼池四面,皆有閣道,而彼閣道端正可喜,亦為四寶之所合成,黃金、白銀、琉璃、頗梨。黃金閣道,白銀階級;白銀閣道,黃金階級;琉璃閣道,頗梨階級;頗梨閣道,琉璃階級。彼閣道上,悉有却敵,而彼却敵嚴飾可喜,七寶所成,黃金、白銀、車𤦲、瑪瑙、珊瑚、琥珀,及以琉璃。彼池四邊,皆有构欄,端正可喜,亦皆四寶,所共合成,黃金、白銀、琉璃、頗梨。其池東面,黃金构欄,其次南面,白銀构欄,其次西面,琉璃构欄,其次北面,頗梨构欄。黃金构欄,黃金為柱,白銀窓臺;白銀鉤欄,白銀為柱,黃金窓臺;頗梨构欄,頗梨為柱,琉璃窓臺;琉璃构欄,琉璃為柱,頗梨窓臺。
「アーナンダよ。その閻浮檀城の中央には、『歓喜』という名の大きな池があった。池は東西に一由旬、南北に半由旬の広さで、その四辺の岸は四重の煉瓦で積み上げられていた。その煉瓦は均整がとれ、実に美しく、黄金、白银、瑠璃、玻璃の四種の宝から作られていた。
池の四方には楼閣への道が備えられており、これまた美しく、黄金、白银、瑠璃、玻璃の四宝でできていた。黄金の道には白银の階段、白银の道には黄金の階段、瑠璃の道には玻璃の階段、玻璃の道には瑠璃の階段が設けられていた。その道々にはすべて防壁があり、それは黄金、白银、車𤦲、瑪瑙、珊瑚、琥珀、瑠璃の七宝で飾られ、見るも美しかった。
池の四辺には手すりが巡らされ、端正で美しく、黄金、白银、瑠璃、玻璃の四宝で作られていた。東側は黄金、南側は白银、西側は瑠璃、北側は玻璃の手すりであった。黄金の手すりは黄金の柱に白银の窓台、白银の手すりは白银の柱に黄金の窓台、玻璃の手すりは玻璃の柱に瑠璃の窓台、瑠璃の手すりは瑠璃の柱に玻璃の窓台を備えていた。」
「阿難!彼歡喜池周匝圍繞,有多羅樹,七重行列,彼樹間中,悉有羅網,七寶莊嚴,其羅網間,皆懸寶鈴。多羅樹外,有七重壍,端正可喜。然彼池中,有種種花,所謂優鉢羅花、波頭摩花、拘勿頭花、分陀利花。其池岸上,有陸生花,所謂瞻婆華、阿陀目多華、婆利師花、揵陀婆利師華。彼歡喜池,八功德水之所充滿,諸鳥渴時,皆得平飲。彼池水底,皆布金沙,七寶羅網,以覆池上。彼妙羅網,節節皆懸七寶之鈴。
「阿難よ、その歓喜の池の周囲には、七重に並んだ多羅樹が巡らされています。それらの樹々の間にはすべて、七宝で飾られた網が張り巡らされ、その網の節々には宝玉の鈴が吊るされています。多羅樹の外側には、七重の堀がめぐらされ、見るからに美しく愛らしいものです。
さて、その池の中には、優鉢羅華(青蓮花)、波頭摩華(赤蓮花)、拘勿頭華(黄蓮花)、分陀利華(白蓮花)など、様々な花が咲き乱れています。また、池の岸辺には、陸地に咲く花として、瞻婆華(金香木)、阿陀目多華(蔓草花)、婆利師華(夏茉莉)、揵陀婆利師華(白夏茉莉)などがあります。
その歓喜の池は、八つの功徳を備えた水で満たされており、鳥たちが喉が渇けば、平等に飲むことができます。池の底には金の砂が敷き詰められ、七宝の網が池の上を覆っています。その見事な網には、節々に七宝の鈴が吊るされているのです。」
「阿難!彼閻浮城,街巷平整,其街兩邊,有多羅樹,多羅樹間,悉有羅網。其羅網間,節節皆懸七寶之鈴,其七寶鈴,微風吹動,出妙音聲,令人樂聞,心生歡喜,譬如人作五種音樂。阿難!彼閻浮城,所有人民,皆悉純直,彼諸人民,欲相娛樂,更無別音,聞彼鈴聲,即便歡喜,自然歌舞,更不憶念其餘音樂。
阿難よ、あの閻浮城では、街路は平らに整えられ、街路の両側には多羅樹が並び、その多羅樹の間にはすべて羅網が張り巡らされていました。その羅網の節々には、七宝の鈴が吊るされており、その七宝の鈴が微風に揺られて発する美しい音は、人々に聞くことを楽しませ、心に歓喜を生じさせました。まるで人が五種の音楽を奏でるかのようでした。阿難よ、あの閻浮城のすべての民は、皆まっすぐで純粋な心を持っていました。彼らが楽しみを求める時には、他の音を必要とせず、ただその鈴の音を聞くだけで、すぐに歓喜し、自然と歌い舞い、他の音楽を思い出すことはなかったのです。
「阿難!彼閻浮城,常有種種微妙音樂,所謂鐘、鈴、蠡、鼓、琴、瑟、箜篌、篳篥、笳、簫、琵琶、箏、笛,諸如是等種種音聲。復有無量微妙鳥音,所謂鸜鵒、鸚鵡、孔雀、拘翅羅鳥、命命鳥等,無量無邊,種種諸鳥,皆出微妙殊異音聲,無時暫息。地上皆散種種妙華,所謂優鉢羅花、拘勿頭華、波頭摩華、分陀利花,及諸陸地種種雜花。阿難!彼城無有苦惱逼切不如意事,一切備悉,無所減少,是物豐饒,飲食無乏,眾味具足,悉滿家居,無有空地,人民熾盛,威德巍巍。所住之城,譬如北方毘沙門王阿羅迦城,等無有異。
「阿難よ、その閻浮城には、いつも様々な美しい音楽が溢れている。いわゆる、鐘、鈴、法螺貝、太鼓、琴、瑟、箜篌、篳篥、笳、簫、琵琶、箏、笛など、実に様々な音色である。また、数えきれないほどの美しい鳥の声もある。鸜鵒、鸚鵡、孔雀、コウジロ鳥、メイメイ鳥など、限りなく多くの鳥たちが、どれもこれも特別に美しい鳴き声を絶え間なく奏でている。地面には、様々な美しい花が散りばめられている。優鉢羅花、クムトウ花、波頭摩花、芬陀利花、そして陸地に咲く様々な花々である。阿難よ、この街には、苦しみや悩み、不都合なことは一切ない。必要なものはすべて完璧に備わり、何一つ欠けることはない。物は豊かで、食べ物は尽きることがなく、あらゆる味わいが十分に行き渡っている。家々はすべて満たされ、空いている場所はなく、人々は盛んで、その威光は実に素晴らしい。その住まう街は、北方の毘沙門王のアラカ城と比べても、少しの違いもないのである。」
「阿難!時彼世中,有一佛出,名曰寶體多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,十號具足。阿難!彼寶體佛未得道前,作菩薩時,常樂清淨,彼城人民,亦樂清淨。時寶體佛居止側近閻浮檀城,若於晨朝,欲行乞食,入於城邑聚落之中,則有無量千萬諸天,下來供養圍繞侍衛寶體如來。欲入城時,足按城門,時彼城內所有人民,皆悉為於諸天護持神通力故,供養於彼寶體佛故,掃除糞穢,香湯灑地,香泥塗地,散雜香花,滿於地上,處處皆安妙好香鑪,燒無價香,張懸種種幡幢蓋等。如是無量供養之具,以用供養寶體如來。
「アーナンダよ、その世に一仏がおられた。その名を宝体多陀阿伽度・阿羅訶・三藐三仏陀といい、十の称号を具えておられた。アーナンダよ、その宝体仏が悟りを得る前、菩薩として修行しておられた時、常に清浄を好まれ、その町の人々もまた清浄を好んでいた。宝体仏は閻浮檀城の近くに住まわれ、朝、托鉢のために町や村に入ろうとされる時には、無量の千万の天人が下って来て、宝体如来を囲み供養し、お守りした。都に入ろうとして門に足を踏み入れられる時、城内のすべての人々は、天人の神通力によって守られ、宝体仏を供養しようとして、汚物を掃き清め、香り高い湯で地を清め、香泥を塗り、様々な香りの花を地の上に散りばめ、至る所に美しい香炉を安置して高価な香を焚き、種々の幡や幢や蓋などを張り巡らせた。このような無量の供養の品々をもって、宝体如来を供養したのである。」
「爾時,有一城外村人,共城內人,欲結婚娶,來入城邑。彼人見城,端嚴殊妙,世所希有,從小已來,眼所未覩,心大驚怪,問於城內居住人言:『此城今者欲作何事?』彼城內人報村人言:『此處有一如來出世,名曰寶體多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,不久欲入此城乞食,以如是故灑掃莊嚴。』更復向於村人,廣說如來功德無量無邊,亦讚佛德,多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,十號具足。如是復歎法寶有德,如是復稱僧寶有德。彼人聞於三寶功德,心生歡喜,踊躍無量,作如是念:『寶體世尊、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,希現於世,我今可詣寶體佛所。』彼人內心作是念已,即共城邑諸聚落人,相將往詣寶體佛所。至佛所已,作如是念:『若是如來得一切智,見我心者,應先共我語言慰喻。』
昔々、城外に住む人が、町の人と結婚するため町の中に入ってきました。その人はその町が非常に美しく整っているのを見て、これは世にも稀な光景であり、幼い頃から今まで一度も見たことがないほど驚嘆し、町に住む人に尋ねました。「この町では、これから何をするのですか?」 町の人は村人に答えました。「ここに宝体という如来が世に現れました。名を多陀阿伽度(如来)、阿羅訶(応供)、三藐三仏陀(正等覚)と申します。もうすぐこの町に托鉢に来られます。そのため、地面を清め飾り立てているのです。」 そしてさらに、如来の功徳は限りなく広大であること、また仏の徳、すなわち多陀阿伽度・阿羅訶・三藐三仏陀の十の尊称をすべて備えておられることを褒め称えました。同じように、法宝(教え)の徳、僧宝(修行者の集い)の徳についても称賛しました。 その人は三宝の功徳を聞いて心から喜び、この上ない歓喜を覚え、こう思いました。「宝体世尊、多陀阿伽度・阿羅訶・三藐三仏陀が、この世に現れるのはまれなことだ。今、私は宝体仏のもとへ参ろう。」 こう心に決めると、その人は町の人々と一緒に連れ立って宝体仏のもとへ向かいました。仏のもとに着くと、こう考えました。「もし如来がすべてを知る智慧をお持ちで、私の心を見通されるなら、まず私に声をかけて慰めてくださるはずだ。」
「時,寶體佛知彼人心,於先即共彼村人語。時,彼村人得彼如來於先語已,心生歡喜,踊躍無量,既滿其願,即請如來後日施食,時佛默然受彼人請。時彼村人得於如來受己請已,復生歡喜,速向自家,具辦飲食。時四天王,及梵釋等諸天大眾,齎持種種天諸供具,來獻如來。時彼村人至於自家,其夜辦具種種美食飡噉舐𠲿可食之味。辦具已訖,起明清旦於家地上,掃除清淨,香泥塗地,以妙香水,重灑其上,復散種種雜妙好花,敷置床座,即遣使人往白佛言:『如來!若知時節至者,願赴我家。』時寶體佛於晨朝時,著衣持鉢,與千億眾聲聞比丘,前後圍繞,至受請家。到彼家已,諸比丘等,各隨大小,依次而坐。時彼村人見寶體佛安坐已訖,即將種種妙好飲食,自手擎持,以奉如來白言:『世尊!唯願諸佛及比丘僧,隨意飽食,及諸大眾。』受食訖已,食不可盡,彼人生念:『此百味食,既不可盡,必是如來威神德力,令使充溢。餘食既多,我今可喚所看如來白衣人眾,布施此食皆食飽滿。然後我心得大歡喜。』復生此念:『希有希有,不思議法,此寶體佛威德力大,令我眷屬不喚自來佐助於我,我亦不曾借倩一人,又我亦復不用多功,眾事一時皆得辦具。』時寶體佛飯食訖已,為彼村人如應說法,使其歡喜生希有心,安置彼人於正法中,及彼大眾,皆聞說法,悉各歡喜,或得道者,乃至起還歸向本處。
時に宝体仏は、その人の心を知り、先にその村人と語り合われました。その村人は、如来が先に語りかけられたことを聞いて、心に喜びを生じ、限りない歓喜に踊り、願いが満たされると、翌日の食事の施しを如来に請いました。すると仏は黙ってその請けを受け入れられました。その村人は、如来が請けを受け入れられたことを知って、さらに喜び、急いで自分の家に帰り、様々な飲食を準備しました。
その時、四天王や梵天・帝釈天などの諸天の大衆は、それぞれ天の供物を携えて、如来に捧げに来ました。その村人は家に帰り、その夜に種々の美味しい食べ物、飲み物、なめ物、吸い物など、あらゆる味わいを整えました。準備が整うと、明け方に家の敷地を掃き清め、香りのよい泥を塗り、さらに妙なる香水を振りまき、様々な美しい花を散らし、床座を設けました。そして使いを遣わして仏に申し上げました。「如来よ、もし時節が来られたなら、どうか私の家にお越しください。」
時に宝体仏は、晨朝の時に衣を着け、鉢を持ち、千億の声聞比丘たちに前後を囲まれて、請われた家に到着されました。家に到着すると、比丘たちはそれぞれの位に従って順に座りました。その村人は、宝体仏が安座されたのを見て、種々の妙なる飲食を自分の手で差し出し、如来に捧げて申し上げました。「世尊よ、どうか諸仏と比丘僧、そして諸々の大衆が、お心のままにお飽きください。」
食事が終わっても、食べ物は尽きることがありませんでした。その人は思いました。「この百味の食べ物が尽きないのは、必ずや如来の威神力によって溢れ出たのだ。余った食べ物が多いので、今、如来を見守る白衣の在家衆を呼んで、この食べ物を施し、皆が満腹するようにしよう。そうすれば、私の心は大いに喜ぶであろう。」さらにまた思いました。「まれなることだ、まれなることだ。思議を超えた法だ。この宝体仏の威徳の力は大きく、私の眷属を呼ばずとも自ら来て助けてくれた。私は一人も雇っておらず、また多くの労力を使わずして、すべてのことが一度に整ったのだ。」
時に宝体仏は食事を終えられ、その村人のためにその機に応じて説法され、彼を喜ばせ、希有の心を生じさせ、正しい法の中に安置されました。そしてその大衆もみな説法を聞き、それぞれに喜び、ある者は道を得、そして各々自らの元の場所に帰って行きました。
「時,彼村人聞寶體佛說法教化,聽受法已,歡喜踊躍,心發弘誓,作如是言:『願我未來如似寶體如來所得一切諸法,我皆具足;又願我於大眾之中,如是說法,令一切人歡喜信受。如今世尊寶體如來將比丘眾,安庠而行,一種無異。』時彼村人供養如來,具足尊重,恭敬心已,隨佛向寺,剃除鬚髮,捨俗出家,得成比丘。時彼寶體如來住世,為諸眾生說法已訖,入般涅槃。涅槃之後,無量無邊天人眾等,闍維佛身,復將無量供養之具,於闍維所而設供養。時彼比丘既聞如來入般涅槃,生大憂惱,作如是念:『我今可往至闍維所,若至彼處,應得異法。』是時比丘速疾往詣彼闍維所,到彼處已,即得異寶。初得之時,謂彼珍寶不甚清淨,少有塵垢。
その時、村の人々は宝体仏の説法や教化を聞き、その教えを受け入れて、喜び踊り、心に大きな誓いを立てて、こう言いました。 「どうか、未来には、宝体如来が得られたすべての教えを、私も完全に身につけることができますように。また、私も大衆の中で、このように説法し、すべての人々を喜ばせ、信じ受け入れさせることができますように。今、世尊である宝体如来が比丘たちを連れて、安らかに歩まれるのと、全く同じように。」
その時、村の人は如来に供養し、深い敬意と恭順の心をもって仕え、その後、仏に従って寺へ向かい、髪とひげを剃り、俗世を捨てて出家し、比丘となりました。
その宝体如来は世に住まわれ、衆生のために説法を終えられた後、般涅槃(はつねはん)に入られました。涅槃の後、無量無辺の天や人々が、仏の御身を荼毘(だび)に付し、また無量の供養の品々をその荼毘の場所に持って来て供養をささげました。
その時、比丘は如来が般涅槃に入られたと聞き、大きな憂いと悩みを生じ、こう思いました。 「私は今、あの荼毘の場所に行こう。そこに行けば、何か変わった教えが得られるかもしれない。」
そこで比丘は速やかにその荼毘の場所に行きました。そこに着くと、すぐに変わった宝を手に入れました。初めにそれを得た時は、その宝物はあまり清らかではなく、少しの塵や汚れがあるように思われました。
「爾時,比丘細刮拭看,即知清淨真琉璃寶,價數直於百千兩金。彼摩尼寶,安置之處,晝夜無異,夜如日現,一切房舍,一切院落,皆悉光明。是時天人,收彼寶體佛舍利已,起造於塔。時彼比丘亦生心念:『我今可以此摩尼寶安置浮圖承露盤上,作於寶瓶。』生此念已,至於塔所。至彼所已,作如是念:『我此摩尼寶珠,價直百千兩金,我今以是摩尼寶珠,安於塔上,為彼如來是我之師,是故我今持此摩尼,置於塔上。』彼摩尼寶光明,照於彼塔之上,無量千歲,而彼比丘復然無量種種燈明,足滿千年,供養彼塔,恭敬尊重。滿千年已,心常不捨念佛三昧。彼比丘持清淨戒故,加復供養如來塔故,以是因緣,命終之後,在生死中,無量無邊,百千萬世,受於人天福樂果報,不曾墜墮於惡道中。
そのとき、一人の比丘が(摩尼宝を)注意深く磨いて調べたところ、それは清らかな真の瑠璃の宝であり、その価値は百千両の金に相当することがわかった。その摩尼宝が置かれた場所では、昼と夜の区別がなく、夜でも昼のように明るく、すべての部屋やすべての庭が光に照らされた。やがて天人が、その宝の体である仏舎利を受け取り、塔を建てた。
そのとき、その比丘はこう思った。「私は今、この摩尼宝を塔の上の受露盤に置き、宝瓶としよう。」こう考えて、彼は塔のある場所に行った。そこに着くと、さらにこう考えた。「この摩尼宝珠は、百千両の金の価値がある。今、この摩尼宝珠を塔の上に安置するのは、かの如来が私の師であるからだ。そのため、私はこの摩尼宝を塔の上に置くのだ。」
その摩尼宝の光は、塔の上を無量の千年にわたって照らし続けた。さらにその比丘は、さまざまな灯明を無量にともし、千年の間、塔を供養し、恭敬し尊重した。千年が過ぎても、彼の心は常に念仏三昧を捨てなかった。
その比丘は清らかな戒律を守ったことにより、さらに如来の塔を供養したことにより、この因縁によって命終の後、生死の中で無量無辺の百千万世にわたり、人天の福楽の果報を受け、決して悪道に堕ちることはなかった。
「阿難!時彼比丘過於百千無量無數阿僧祇劫,復值一佛出現於世,號曰能作光明如來。時,彼比丘供養於佛,修持禁戒,梵行清淨。出家如前,復發此心:『願我未來,藉此功德,生生世世,莫生惡道。』時作光佛知彼比丘心所願已,即與授記,語言:『仁者!汝於來世,過於百千無量無數阿僧祇劫,當得作佛、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,號曰然燈。』彼然燈佛作菩薩時,於末後身,生兜率天,從兜率天,降神來下,從右脇入,託於母胎,住居十月,滿十月已,一心正念,欲生之時,放於光明,照彼佛剎,皆悉遍滿。
「アーナンダよ。そのとき、その比丘は、百千・無量・無数の阿僧祇劫の時を経て、再び『能作光明如来』という名の仏陀がこの世に現れるのに出会いました。そのとき、その比丘はこの仏陀に供養を捧げ、戒律を守り、清らかな梵行を実践しました。以前と同じように出家し、再びこう誓願を起こしました。『どうかこの功徳によって、私は未来永劫、悪い道に生まれることがありませんように。』 すると、能作光仏はその比丘の心の願いを知り、彼に授記(未来の成仏を保証すること)を与えて、こうおっしゃいました。『善き方よ。あなたは未来、百千・無量・無数の阿僧祇劫の時を経て、仏陀、多陀阿伽度(如来)、阿羅訶(応供)、三藐三佛陀(正遍知)となるでしょう。その名を然灯(燃燈)といいます。』 その然灯仏は、菩薩として修行されていた最後の生涯に、兜率天にお生まれになり、そこからこの世に降り立ち、母の右脇から胎内に入り、十月の間、胎内におられました。そして満十月が過ぎ、一心に正しく念じ、お生まれになろうとするとき、その光明を放ち、かの仏の国土のすべてをくまなく照らし満たしました。」
「爾時,菩薩既將欲生,其母諮王智者主言:『大王!當知,我意欲往園林之內遊戲觀看。』王聞夫人如是語已,即出勅告城內大臣及諸豪富長者居士商賈人言:『我今夫人,欲出園林觀看遊戲,汝等當家可各莊嚴城內街衢,悉令清淨,所有穢惡瓦礫糞堆,並宜除却,辦具香湯灑散於道,香泥塗地,以妙香華,布散其上,處處安置妙寶香鑪,燒眾名香。又復安置種種寶瓶,盛諸香水,著好淨花,優鉢羅華、波頭摩華、拘勿頭花、分陀利華,置於瓶內。處處安置芭蕉之樹,隨芭蕉樹大小高下,各懸雜色種種幡幢,其諸幡幢,眾色間雜,其幢樹內,復各垂於七寶網羅,真珠瓔珞,網羅節目,悉有寶鈴。若夜淨天,星辰出現,又於處處,悉各施懸眾寶明鏡,猶如日月,或懸種種雜色流蘇,或處處垂金銀寶帶。』彼城街巷,如是種種精麗莊嚴,等彼天神揵闥婆城,一種無異。
その時、菩薩がまさに生まれようとしておられたので、その母は王に賢者で主君である方に向かって、「大王、お聞きください。私は園林の中に行って遊び観賞したいと思います」と申し上げた。
王は夫人のこの言葉を聞いて、すぐに勅命を出し、城内の大臣や豪富の長者、居士、商人たちに告げられた。「今、私の夫人が園林に出かけて遊び観賞したいと望んでおられる。お前たちはそれぞれ家ごとに城内の街路を整え、すべてを清めさせるがよい。すべての汚れた物や瓦礫や糞の山は取り除き、香りの良い湯を用意して道にまき、香りの泥で地面を塗り、素晴らしい香りの花をその上に敷きつめよ。あちこちに素晴らしい宝の香炉を置き、多くの名香を焚け。さらに、様々な宝瓶を置き、様々な香水を満たし、美しい清らかな花、優鉢羅華(うはつらげ)、波頭摩華(はとまげ)、拘勿頭華(くもつげ)、分陀利華(ふんだりげ)を瓶の中に入れよ。あちこちに芭蕉の木を植え、その芭蕉の木の大小高下に合わせて、様々な色の種々の幡幢(ばんどう)をそれぞれ懸けよ。その様々な幡幢は、多くの色が交ざり合い、その幢の木の内には、さらに七宝の網羅や真珠の瓔珞(ようらく)を垂らし、網羅の節目にはすべて宝の鈴があるようにせよ。もし夜が清らかで、星辰が現れたなら、さらにあちこちに、すべて多くの宝の明鏡を懸け、日月の如くにし、あるいは様々な色の雑色の流蘇(りゅうそ)を懸け、あるいはあちこちに金銀の宝帯を垂らせ」
彼の城の街路は、このように種々精麗に荘厳され、あたかも天の神々の揵闥婆城(けんだつばじょう)と全く同じで、異なるところはなかった。
「時王夫人,共千左右,乘寶輦輿,伎樂引導,種種音聲,前後圍繞,填滿街巷,從宮殿出,四面觀看,安庠而行,威德特尊,勢力廣大,處在眾中,無與比者。向彼園林,既到園林,漸趣河岸,至河岸已,即上於船,遊入河中,至中流已,忽然自有一大燈明,上下縱廣,十二由旬。其燈明內,有莎草叢,高下四指,其色艾白柔軟,猶如迦耶隣提,出妙香氣,又如瞻婆波利師華。其園林內,出種種華及種種果,種種樹木,天上人間,所有樹木,名華美果,悉滿此園。
時に王の后は、千人ほどの側近を連れ、宝飾の輿に乗った。楽人の演奏が道を導き、様々な音色が響く中、前後を大勢に囲まれて街路は埋め尽くされた。宮殿を出ると、后は四方を見渡しながら、ゆったりと歩を進めた。その威厳と徳は特別に高く、勢力は広大で、群衆の中にあって比べる者はいなかった。
后はその園林へ向かい、到着すると徐々に河岸へ進んだ。岸に着くと船に乗り込み、川の流れの中へと入っていった。中流まで来た時、忽然と一つの大きな灯明が現れた。その高さ、幅は上下に十二由旬に及んだ。灯明の中には、莎草の叢があり、高さは四指ほどで、その色は艾のように白く柔らかく、迦耶隣提の花のようであった。また、妙なる香りを放ち、瞻波や波利師の花のようでもあった。
その園林の中には、様々な花や果実、木々が生い茂っていた。天上と人間界の全ての名ある木々、美しい花々、素晴らしい果実が、この園に満ちていた。
「時菩薩母仰觀虛空,安庠右手攀引樹枝,枝即垂下。時,王夫人,即以右手,捉於樹枝,從右脇間,出一童子,端正可憙,名曰然燈,自然而合手十指掌。童子生時,放大光明,照彼佛剎,皆悉充滿,天上即雨無量諸花,所謂曼陀羅花、摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華、優鉢羅華、波頭摩華、拘勿頭華、分陀利花。又雨無量旃檀散香,充滿遍布十二由旬,復雨種種無量無邊天諸伎樂,不鼓自鳴,又出無量歌讚音聲,音聲之內,言辭唱云:『無量作燈明,無量作燈明。』是彼菩薩瑞應之號,故稱然燈。
時に菩薩の母は、虚空を仰ぎ見ながら、安らかに右手を伸ばして木の枝を引き寄せると、枝はすぐに垂れ下がりました。そこで王の妃は、右手でその枝を掴み、右脇の間から一人の童子を産み出しました。童子は端正で愛らしく、名を「然燈」といい、自然と両手の十本の指を合わせて掌を作っていました。童子が生まれた時、大光明を放ち、その仏国土を余すところなく照らし満たしました。そして天からは無数の花々が雨のように降り注ぎました。すなわち、マンダーラ花、大マンダーラ花、マンシューシャ花、大マンシューシャ花、ウトパラ花、パドマ花、クムダ花、プンダリーカ花です。また、無数の栴檀の散香が雨のように降り、十二由旬にわたって充満しました。さらに、種々の無量無辺なる天の諸々の楽器が、打たずとも自然に鳴り響き、また無数の歌や讚嘆の声が聞こえました。その音声の中からは、次のような言葉が歌われました。「無量に灯明を作す、無量に灯明を作す。」これがかの菩薩の瑞応による称号であり、ゆえに「然燈」と称されるのです。
「爾時,然燈菩薩大士,諸根具足,相好圓滿,無所乏少,日日長大,在於樓上,受五欲樂。然彼童子受五欲時,雖復歡樂,忽自生念:『世間愛欲,虛幻暫時,須臾破壞,不久磨滅。』思惟此已,從家內出,剃除鬚髮,身服袈裟,得於出家。出家之後,欲求菩提,漸向樹下,修習正覺。證正覺後,以佛眼觀一切世間,即生此念:『有誰最得初聞正法?』即見世間空無化者。再觀三觀,亦見世間無有聞法及可度人。彼佛在世,經三千年,獨一無侶,端坐過於三千年後,彼然燈佛、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀,作如是念:『此眾生輩,躭著五欲,放逸多時,迷荒無厭,我今當化,令彼覺知。』作是念已,從燈炷城出住空中,化作一城,名閻浮檀。於彼城內,化作種種琉璃諸屋,於其城外,又復化作種種七寶多羅之樹,七重行列,七寶莊嚴,如上所說城莊嚴事。其城縱廣東西南北,五千由旬,又其城內莊嚴之具,如忉利天,一種無異。彼城內人壽三千歲。此閻浮提諸眾生等,悉遙觀彼一切人民,受於歡樂,自恣五欲,悉見悉知,悉聞悉羨。
その時、燃燈菩薩は諸根が具足し、相好が円満で、何一つ欠けるところなく、日々成長し、楼閣の上で五欲の楽しみを受けていた。しかし、その童子は五欲を受けるとき、楽しみながらも、ふと自らにこう思った。「世の中の愛欲は虚ろで一時のもの、たちまち壊れ、やがて滅び去るものだ」と。このように考えて、家を出て、鬚髪を剃り、袈裟を身につけ、出家を得た。出家の後、菩提を求めて、次第に木の下へと向かい、正覚を修行した。正覚を証した後、仏眼をもって一切の世間を観察し、こう思った。「誰が最も最初に正しい教えを聞くにふさわしいか?」すると、世間には教化すべき者がいないのを見た。再び観察し、さらに三度観察しても、世間には教えを聞く者も、救うべき人もいないのを見た。その仏は世に在ること三千年、独りで伴侶なく、端坐して過ごした。三千年の後、燃燈仏、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀は、こう思った。「この衆生たちは五欲に耽り、長い間放逸で、迷い惑い倦むことを知らない。今こそ教え導き、彼らに悟らせよう」と。こう考えて、燈炷城から出て空中に留まり、閻浮檀という一つの城を変成した。その城内には、種々の瑠璃の家々を変成し、城外には、また種々の七宝の多羅の木々を変成した。七重に並び、七宝で荘厳され、先に述べた城の荘厳のありさまの通りであった。その城の広さは東西南北、五千由旬であり、また城内の荘厳の道具は、忉利天と全く同じで、異なるところがなかった。その城内の人々の寿命は三千歳であった。この閻浮提の全ての衆生は、はるかにその全ての人々が楽しみを受け、思うままに五欲を味わうのを眺め、全てを見、全てを知り、全てを聞き、全てを羨んだ。
「時,然燈佛如是過於三千歲後,生是念言:『我今可作神通變化。令閻浮人生厭離想。』
このようにして、燃燈仏は三千年を過ぎた後、こう考えられた。 「今こそ、私は神通力による変化作を用いて、閻浮提の人々に厭離の心を起こさせよう。」
「時,閻浮人見然燈佛所居之城,四壁皆出猛火焰熾,生大恐怖,共相謂言:『嗚呼彼城,自然燒盡,不久漸滅。』時閻浮提一切人民,諸根成熟,應得佛化。彼等人民,見彼化城,四面火起,熾盛燒然,怖畏驚恐求歸依處,無救護者,欲求解脫,無能度者,發此言已:『願於彼城下來至此,或復此城上至於彼,我等一切當滅彼火。』是時天、龍、夜叉、乾闥婆、人非人等,出於彼城,告我等言:『何故此城自出火然?』時彼城前,忽爾自然出三閣道:一金所成,二銀所成,三頗梨成。其閣道間,各有雜寶多羅樹行,彼多羅樹,出大聲云:『汝等人輩,宜速聚集會於一處,若汝心欲見然燈佛、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀者,彼佛不久,欲下閻浮提。』時閻浮提一切人民,皆悉往詣彼閣道所,見然燈佛,從城內出,於閣道下。時,諸梵釋四天王等,前後圍繞,閻浮提人見彼佛已,皆大歡喜,各生是心:『我等前者,欲覩如來,今已得見。』復更生念:『我各於先問佛是事,此城何故,如是火然?如來應為我等解釋。』時然燈佛,足蹈地已,其諸人民,悉各皆念:『我獨頭面頂禮於佛而發是言,我得於先頂禮佛足。』
時に、閻浮提の人々は然燈仏の住む城を見て、四方の壁すべてから猛火が吹き上がり炎が燃え盛るのを見て、大きな恐怖を覚え、互いに言い合った。「ああ、あの城は自然に燃え尽き、間もなく消え去ってしまうだろう。」その時、閻浮提のすべての人々は、その善根が成熟し、仏の教えを受けるべき時を迎えていた。彼らはその変化した城を見て、四方から火が立ち昇り、激しく燃え盛るのを見て、恐れおののき、助けを求める場所を探したが、救ってくれる者はいなかった。解脱を望んでも、それを与えてくれる者もいなかった。そこでこう言った。「どうかあの城から下りてここへ来てください。あるいは、この城から上ってあの城へ行きましょう。私たち全員であの火を消し止めよう。」その時、天、龍、夜叉、乾闥婆、人ならざる者たちが、その城から現れて告げた。「なぜこの城は自然に火を出しているのか。」すると突然、その城の前に三つの楼閣が現れた。一つは金でできており、二つ目は銀でできており、三つ目は瑠璃でできていた。その楼閣の間には、それぞれ様々な宝で飾られた多羅樹が立ち並び、その多羅樹は大きな声を発した。「あなたがたは、急いで一か所に集まりなさい。もしあなたがたが然燈仏、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三仏陀に会いたいと願うなら、その仏はまもなく閻浮提に降り立とうとしている。」その時、閻浮提のすべての人々は皆、その楼閣の場所へと向かい、然燈仏が城の中から出て来て、楼閣を降りるのを見た。その時、梵天、帝釈天、四天王らが前後に取り囲んだ。閻浮提の人々はその仏を見て、皆大いに喜び、それぞれこう思った。「我々は以前から如来にお会いしたいと願っていたが、今ようやくお会いすることができた。」さらにまたこう思った。「私はまずこのことを仏に尋ねよう。この城はなぜこのように燃えているのか。如来はきっと私たちに説明してくださるはずだ。」然燈仏が大地に足を踏み降ろすと、その人々は皆、それぞれ思った。「私こそが真っ先に頭を下げて仏の足に礼拝し、こう申し上げよう。私が最初に仏の足を礼拝いたします。」
「時,然燈佛坐師子座,坐已為彼眾生說法,所謂讚歎布施之事,持戒之事,離欲之事,得漏盡法,說於出家功德之利,助清淨法。如來見此閻浮提人,聞佛說法,信樂聽受,生歡喜心,心意柔軟,心得無礙,如來更復為說諸法,如往昔佛,知於眾生機根說法,令其歡喜,所謂苦集滅道;世尊今復為閻浮人,具足說此四諦之法。時然燈佛初日說法,教化度脫,六百億人,悉皆漏盡,證阿羅漢,心得自在。第二日化五百億人,第三日化四百億人,第四日化三百億人,第五日化二百億人,第六日化一百億人,第七日化五十億人,悉皆如上得阿羅漢。至於第二一七日內,教化度脫百一億人。最後第三一七日內,復度七十五億眾生,悉得上利漏盡意解,成阿羅漢。彼然燈佛住世一劫,共諸比丘聲聞弟子,為世間人作利益故(迦葉遺師作如是說)。
時に、燃燈仏(ねんとうぶつ)は獅子座(ししざ)にお座りになり、その座について、人々に法を説かれました。それは、布施の功徳を称え、戒律を保つこと、欲を離れること、煩悩を尽くす法、出家の功徳の利益、清らかな行いを助けることなどについてでした。
如来は、この閻浮提(えんぶだい)の人々が、仏の説法を聞き、信じ喜んで受け入れ、心に喜びを生じ、心が柔らかくなり、悟りへの妨げがなくなったのをご覧になり、さらに諸々の法を説かれました。過去の仏が衆生の機根に合わせて法を説き、彼らを喜ばせたように、すなわち苦・集・滅・道の四諦です。世尊は今、再び閻浮提の人々のために、この四諦の法を詳しく説かれました。
その時、燃燈仏は初日に法を説き、六百億の人々を教化・度脱し、彼らはすべて煩悩を尽くし、阿羅漢を証得し、心の自在を得ました。第二日には五百億人、第三日には四百億人、第四日には三百億人、第五日には二百億人、第六日には一百億人、第七日には五十億人を教化し、すべて同様に阿羅漢を得ました。次の第二の七日間には、百一億人を教化・度脱しました。最後の第三の七日間には、さらに七十五億の衆生を度し、彼らはすべて最高の利益を得て、煩悩を尽くし、心が解き放たれ、阿羅漢となりました。
かの燃燈仏は、一劫の間、世に留まり、多くの比丘や声聞の弟子たちと共に、世の人々に利益をもたらすために行動されました(迦葉遺師はこのように説く)。
「阿難!諸佛次第相傳授記,其然燈佛初種善根,求阿耨多羅三藐三菩提,乃至轉法輪,住世一劫,化眾生故(摩訶僧祇師作如是說)。
阿難よ、諸仏は次々と仏の位を伝え授ける。その然灯仏が最初に善根を植え、無上正等覚を求めた。そして法輪を転じ、一劫の間この世に留まり、衆生を教化したのである。〈注:摩訶僧祇師はこのように説く〉
「阿難!其然燈佛為菩薩時,在於船上,雖受五欲,於世間中深生厭離,作如是念:『我可坐船渡河彼岸。』亦發此心,即生一大清淨蓮花,然燈童子於其華上,結加趺坐,坐已蓮華即自還合,猶如象蓮。時諸婇女求覓童子,莫知所在,即奏大王。
「阿難よ、その燃灯仏がまだ菩薩であった時、船の上で五欲を受けていたけれども、世の中に対して深く厭離の心を生じ、こう思った——『私は船に乗って川の向こう岸に渡ろう』と。そうしてこの心を発した時、一つの大きな清らかな蓮の花が現れ、燃灯の童子はその花の上に結跏趺坐した。坐るとすぐに蓮の花は元のように閉じ、あたかも象のような蓮となった。その時、女官たちが童子を探したが、どこにいるのかわからず、すぐに大王に報告した。」
「爾時,大王遣使四方推求尋覓,東西南北不知其所,乃至四維亦不知處。然燈菩薩以天威德神通力故,在彼船上蓮華臺中,結加趺坐,而身不現,即得五通飛騰虛空,乃至向於菩提樹下,得一切智,及轉法輪說法,度脫六十八億百千人,俱皆悉共住在於世間,教化眾生(尼沙塞師作如是說)。」
「さて、大王は使者を四方に遣わして探し求めたが、東西南北どこにも見つからず、四隅にもその場所はわからなかった。ところが、然燈菩薩は、天の威徳と神通力の力によって、その船の蓮華の台座の上に結跏趺坐していたが、その身は現れず、ただちに五通を得て虚空を飛翔し、ついには菩提樹の下に至って一切智を得た。そして法輪を転じて説法し、六十八億百千の人々を度脱した。かれらはみな共に世の中に住んで、衆生を教化したのである(尼沙塞師はこのように説く。)」
佛本行集經卷第二
仏本行集経 第二巻