景樂寺。太傅清河文獻王懌所立也。懌是孝文皇帝之子。宣武皇帝之弟。閶闔南御道西望永寧寺。正相當。寺西有司徒府。東有大將軍高肇宅。北連義井里。井里北門外有桑樹數株。枝條繁茂。下有甘井一所。石槽鐵罐供給行人飲水。庇陰多有憩者。有佛殿一所。像輦在焉。雕刻巧妙。冠絕一時。堂廡周環。曲房連接。輕條拂戶。花蘂被庭。至於大齋。常設女樂。歌聲繞梁。舞袖徐轉。絲管寥亮。諧妙入神。以是尼寺。丈夫不得入。得往觀者。以為至天堂。及文獻王薨。寺禁稍寬。百姓出入。無復限礙。後汝南王悅復修之。悅是文獻之弟。召諸音樂逞伎寺內。奇禽怪獸舞抃殿庭。飛空幻惑世所未覩。異端奇術總萃其中。剝驢投井。植棗種瓜。須臾之間。皆得食。士女觀者。目亂睛迷。自建義已後。京師頻有大兵。此戲遂隱也。
景樂寺は、太傅・清河文獻王である懌(えき)が建立したものである。懌は孝文皇帝の子であり、宣武皇帝の弟である。閶闔(しょうこう)門の南の大路の西にあり、西の方角に永寧寺が見える。ちょうど向かい合う位置にある。寺の西には司徒府があり、東には大将軍・高肇の邸宅がある。北は義井里に接している。義井里の北門の外には数本の桑の木があり、枝葉は茂り、その下には美味しい井戸が一つある。石の水桶や鉄の瓶を備え付けて、道行く人々に飲み水を提供していた。木陰には休む人々が多くいた。仏殿が一つあり、仏像を載せた輿(こし)が安置されている。彫刻は巧みで素晴らしく、その時代で最も優れていた。堂や廊が周りを取り囲み、奥まった部屋が連なっている。細い枝が戸を撫で、花の蕊(しべ)が庭を覆っている。大きな斎会(法要)の時には、いつも女性の楽団が設けられた。歌声は梁の周りに響き渡り、舞う袖はゆっくりと回り、糸や管の音は澄み切って、その見事さは神に入るかのようであった。ここは尼寺であるため、男性は入ることができなかった。行って観ることができた者は、まさに天国に至ったと思った。文獻王が亡くなると、寺の規制は次第に緩み、民衆の出入りはもはや制限がなくなった。後に、汝南王の悦(えつ)が再びこの寺を修繕した。悦は文獻王の弟である。様々な音楽の演奏者を招いて寺の中で技を披露させた。珍しい鳥や怪しい獣が殿の庭で舞い踊り、空を飛び、幻惑する様は、世の人々が見たことのないものであった。異端の技や奇妙な術がすべてその中に集まった。ロバの皮を剥いで井戸に投げ込み、棗(なつめ)の木を植え、瓜を植えると、たちまちのうちに、どちらも食べられるようになった。見物する男や女たちは、目がくらみ、心が惑わされた。建義(けんぎ)の年号の後から、都ではたびたび大きな戦争があり、このような出し物はついに姿を消した。