法集要頌經貪品第三
貪欲品 第三
極貪善顯現, 有情懷疑慮,
若復增貪意, 自作堅固縛。
離貪善觀察, 疑慮得消除,
棄捨彼貪愛, 堅固縛自壞。
以欲網自弊, 以愛蓋自覆,
愚情自恣縛, 如魚入釣手,
死命恒來逼, 如犢逐愛母。
貪著放逸者, 如猿逢果樹,
貪意甚堅牢, 趣而還復趣。
夫貪愛潤澤, 思想為滋蔓,
貪欲深無底, 老死是用增。
貪欲多虛誑, 貪欲懷悋惜,
若以慧分別, 正觀獲安樂。
由貪受生死, 奔波樂向前,
群生無慧眼, 不能自觀察。
愚迷貪所執, 沈淪豈覺知?
若修瑜伽行, 魔王不能伺。
貪垢難消釋, 如犢戀愛母,
離貪免沈淪, 離貪得解脫。
因貪增喧諍, 因愛饒毀謗,
苾芻修止觀, 證得寂靜果。
貪意如良田, 遇風雨增長,
若遠離貪愛, 煩惱不能侵。
貪欲若薄劣, 如水滴蓮上,
彼煩惱易除, 可說為智者。
伐樹不伐根, 雖伐猶增長,
拔貪不盡根, 雖伐還復生。
貪欲如種田, 耕之去雜穢,
愛苗若不耘, 善果不堅貞。
貪心與愛心, 分別本不二,
造惡俱苦受, 云何不生悔?
貪性初為種, 愛性受胞胎,
有情戀不息, 往來難出離。
諸天及人民, 依愛而止住,
愛往眾結隨, 剎那亦不停,
時過復生憂, 入獄方自覺。
緣流愛不住, 欲網覆瘡根,
枝蔓增飢渴, 數數增苦受。
譬如自造箭, 還自傷其體,
內箭亦如是, 愛箭傷有情。
能覺知是者, 愛苦共生有,
無欲無有想, 苾芻真度世。
極度の貪りがはっきりと現れ、 生きとし生けるものは疑い迷う。 さらに貪りの心が強まれば、 自ら固い束縛を作り出す。
貪りを離れてよく観察すれば、 疑い迷いは消え去り、 その貪りの愛着を捨て去れば、 固い束縛は自然に壊れる。
欲望の網で自らを覆い、 愛執の覆いで自らを包み、 愚かな情に縛られて、 まるで魚が釣り針にかかるように、 死の命は常に迫ってくる、 子牛が愛する母を追うように。
貪りに執着し放逸な者は、 猿が果樹に出会うようであり、 貪りの心は非常に固く、 繰り返しそこに向かう。
それというのも、貪りの愛着は潤いを与え、 思考がその蔓を伸ばすからだ。 貪りの欲望は深く底無しで、 老いと死はこれによって増す。
貪りの欲望は多く虚偽であり、 貪りの欲望は惜しみを抱く。 もし智慧をもって分別すれば、 正しい観察によって安楽を得る。
貪りによって生死を受け、 善を求めて先へと走る。 多くの者は慧眼を持たず、 自らを観察することができない。
愚かに迷い貪りに執着され、 沈み溺れてもどうして気づくことがあろう? もしヨーガの実践を修めれば、 悪魔でさえも伺うことができない。
貪りの汚れは解きほぐし難く、 子牛が母牛を恋しがるようである。 貪りを離れれば沈み溺れを免れ、 貪りを離れれば解脱を得る。
貪りによって言い争いは増し、 愛着によって中傷が多くなる。 比丘が止観を修めれば、 寂静の果てを証得する。
貪りの心は良田のようで、 風雨に遇えば成長する。 もし貪りの愛着を遠く離れれば、 煩悩は侵すことができない。
貪りの欲がもし薄く弱ければ、 水が蓮の上に滴るようで、 その煩悩は除きやすく、 智者と言うことができる。
木を伐っても根を伐らなければ、 伐ってもなお成長する。 貪りを抜いても根を尽くさなければ、 伐ってもまた生えてくる。
貪りの欲は田を耕すようで、 耕して雑草や汚れを取り除く。 愛着の苗をもし耕さなければ、 善い果実はしっかりとしない。
貪りの心と愛着の心は、 分別すれば本来は一つではない。 悪を為せば共に苦しみを受け、 どうして悔いを生じないことがあろう?
貪りの性質は初めに種となり、 愛着の性質は胎児を受け取る。 生きとし生けるものは恋い慕いやまず、 生死を往来して出離し難い。
天の人々や人間たちは、 愛着によってとどまる。 愛着が赴くところ、様々な結びつきが付き従い、 一刹那も止まることがない。 時が過ぎれば再び憂いが生じ、 地獄に入って初めて自ら悟る。
流れに沿って愛着は止まらず、 欲望の網は痛みの根を覆う。 枝葉の蔓は飢えと渇きを増し、 繰り返し苦しみを増す。
例えれば、自ら矢を作って、 自らの体を傷つけるようなもの。 内なる矢もまた同じで、 愛着の矢が生きとし生けるものを傷つける。
もしこれを悟り知ることができれば、 愛着の苦しみと共に生まれることはない。 欲望もなく、想いもないならば、 比丘は本当に世を超える。