付法藏因緣傳卷第五
付法蔵因縁伝 第五巻
元魏西域三藏吉迦夜共曇曜譯
元魏西域三蔵吉迦夜と曇曜共訳
商那和修臨涅槃時。以法付囑憂波毱多。而作是言。昔婆伽婆以無上法。囑累尊者摩訶迦葉。欲令眾生執大明炬。永離諸苦得涅槃樂。迦葉次付吾師阿難。阿難轉復囑累於我。我欲滅度委付於汝。汝若於後欲涅槃者。摩突羅國有善男子。當出于世。名提多迦。久修願行辯才無盡。汝當於後度令出家。可以法眼悉囑累之。憂波毱言。唯然受教。逮至尊者。憂波毱多化緣將訖意欲涅槃。觀提多迦出世未也。思惟便知猶未出世。爾時尊者憂波毱多將比丘眾往詣其舍。漸漸轉少乃至單己。其父長者問言。大聖。豈無眷屬何以獨行。憂波毱多答曰。長者。我出家人無有給侍。若有人者當見垂惠。長者。復言。我樂居家不能為道。若後生子必相奉給。憂波毱言。善哉斯意。當守此心勿令變悔。而此長者數生諸子。年皆童稚輒便命終。最後生子名提多迦。顏貌璝瑋聰明黠慧。善能受學諸論經記。過去修行深種善本。憂波毱多往從索之。長者歡喜手自付與。將至僧坊度令出家。年滿二十為受具戒。初白之時斷見諦結得須陀洹。第一羯磨薄婬怒癡獲斯陀含。第二羯磨欲界結盡得阿那含。第三羯磨尋時斷除三界煩惱。建立梵行成阿羅漢。三明遠照六通具足。遊步隱顯自在無閡。憂波毱多而告之曰。慧日世尊慈悲普覆。欲濟眾生生死大苦。以無量劫所集之法。囑累尊者摩訶迦葉。作大明燈照諸癡闇。普令一切皆得修學。斷絕愛網出欲淤泥。迦葉次付阿難比丘。阿難滅後囑累吾師商那和修。商那和修以付於我。如是相續常轉法輪。灑甘露味療煩惱渴。然我今者所作已辦。涅槃時至滅度不遠。以此法寶持用付汝。汝可於後受持頂戴。勤加守護無令漏失。演法光明照愚癡闇。又提多迦。如來涅槃賢聖隱沒。所有一切深經寶藏。漸當衰損墜沒於地。世間昏冥流轉生死。所以者何。在昔吾師商那和修既滅度後。七萬七千本生諸經滿足。一萬阿毘曇藏凡有八萬清淨比尼。如斯等法皆悉隨減。一人涅槃眾法衰減。況多賢聖俱皆滅度。淨妙勝法永無遺餘。是故我今慇懃付汝。汝當至心敬順我意。於諸眾生起大悲想。受持流布無令斷絕。提多迦言。敬受尊教我當擁護如斯正法。為未來世作不請友。於是次宣無上法味。其所化度甚大弘廣。緣訖涅槃人天悲感。即收舍利起七寶塔。燒香散華種種供養。昔提多迦臨滅度時。以法付囑最大弟子。名彌遮迦。多聞博達有大辯才。而告之曰。佛以正法付大迦葉。如是展轉乃至於我。我將涅槃用付於汝。汝當於後流布世眼彌遮迦言。善哉受教。於是宣流正法寶藏。令諸眾生開涅槃道化緣已竟臨當滅度。復以正法次付尊者佛陀難提。令其流布勝甘露味。難提於後廣宣分別轉大法輪摧伏魔怨。然後付囑佛陀蜜多。其人德力甚深無量。善巧方便化諸眾生。令離惡見趣最勝道。以大智慧而自莊嚴。演清淨味摧滅異學。如是功德不可窮盡。我今隨順說其少分。有大國王總領天下。高才勇猛多聞博達。宗事異學信受邪見。於佛法僧恒懷輕毀。佛陀蜜多作是念言。吾師難提以法付我。我當云何敷演勝眼。令諸眾生普得饒益。復作是念。今此國王甚大邪見。我宜先往而調伏之。譬如伐樹。若傾其本。枝葉花莖豈得久立。作是念已。於十二年躬持赤幡在王前行。經歷多時王都不問。過是已後忽便問之。斯是何人在吾前行。尋便召命而問其意。答言大王。我是智人善能談論。欲於王前求一試驗。爾時大王。即便宣令國內所有諸婆羅門長者居士聰明博達善於言辭。悉可集吾正勝殿上。與一沙門共對議論。於是一切邪見外道。辯才深遠智慧博達。天文地理靡不綜練。含忿毒心競來雲集。時彼大王於正殿上。嚴辦供具羅布茵褥。燒香散花莊麗明淨。佛陀蜜多即昇法座。共諸外道建無方論。淺智之者一言即屈。其多聰辯再便辭盡。王見諸人理皆窮匱。躬與蜜多自共議論。始起言端亦尋摧屈。佛陀蜜多即作是念。我與王論不應顯勝。而語之言。此義深淺王自解了。爾時彼王即知其屈。迴改邪心敬信正法。受三自歸為佛弟子。於自國土弘宣道化。時此國中有一尼乾。邪見熾盛毀謗正法。辯慧聰達善能數算。佛陀蜜多欲化彼故。往為弟子就受斯術。不久習學皆悉通了。彼尼乾子。出大惡聲罵辱於佛。佛陀蜜多語尼乾子。莫出斯言。令汝獲罪。此報必當墮大地獄。尼乾子言。汝豈能知如此之事。蜜多答曰。若不見信汝可算之。既算已後自當證知。時彼尼乾便自推算。尋見其身必墮地獄。即大恐怖深生憂悔。向於蜜多五體投地。白言仁者。我當云何得免斯咎。佛陀蜜多告曰。尼乾。如因地倒還扶而起。汝若歸佛此罪可滅。爾時尼乾起大信心。以五百偈讚歎如來。改悔先罪甚自呵責。佛陀蜜多即告之曰。汝以此心善業緣故。命終必得生于天上尼乾復言。汝云何知我得生天。蜜多告曰。若不見信自算求實。時尼乾子即便下算。自見己身。罪滅生天。便大歡喜求哀出家。蜜多答言。今日宜可告汝眷屬。然後乃當相度出家。尼乾弟子凡五百人。即往其所而告之曰。我見勝理情甚愛樂。欲於佛法出家為道。汝等今可隨意所欲。更稟明師諮受勝法。時諸弟子咸白師言。本相宗仰如大雲蓋。師入勝道意樂相隨。時彼尼乾與五百人。至尊者所俱共出家。於是尊者佛陀蜜多。美聲流布遍閻浮提。其所教化無量眾生。緣盡捨命弟子悲感。收取舍利起塔供養。在昔尊者佛陀蜜多。化緣既訖將欲捨壽。告一弟子名脇比丘。汝當於後廣敷聖教。化諸眾生令得解脫。白言大師。敬承尊教。我當至心守護正法。彼脇比丘由昔業故。在母胎中六十餘年。既生之後鬚髮皓白。厭惡五欲不樂居家。往就尊者佛陀蜜多。稽首禮足求在道次。即度出家為說法要。譬如鮮淨白㲲易受染色。便於座上得羅漢道。三明照徹六通無礙。勤修苦行精進勇猛。未曾以脇至地而臥。時人即號為脇比丘。善說法要化諸眾生。所作已訖便入涅槃。收集舍利起塔供養。彼脇比丘垂當滅度。告一比丘名富那奢。長老當知。佛法微妙有大功德。是故諸聖頂戴奉持。我受付囑守護斯法。今欲涅槃用累於汝。汝宜至心擁護受持。時富那奢答曰。唯然。於是演暢微妙勝法。其所化度無量眾生。後於一時在閑林下。結跏趺坐寂然思惟。有一大士名曰馬鳴。智慧淵鑒超識絕倫。有所難問靡不摧伏。譬如猛風吹拔朽木。起大憍慢草芥群生。計實有我甚自貢高。聞有尊者名富那奢。智慧深邃多聞博達。言諸法空無我無人。懷輕慢心往詣其所。而作是言。一切世間所有言論。我能毀壞如雹摧草。此言若虛而不誠實。要當斬舌以謝其屈。富那奢言。佛法之中凡有二諦。若就世諦假名為我。第一義諦皆悉空寂。如是推求我何可得。爾時馬鳴心未調伏。自恃機慧猶謂己勝。富那語曰。汝諦思惟無出虛語。我今與汝定為誰勝。於是馬鳴即作是念。世諦假名定為非實。第一義諦性復空寂。如斯二諦皆不可得。既無所有云何可壞。我於今者定不及彼。便欲斬舌以謝其屈。富那語言。我法仁慈不斬汝舌。宜當剃髮為吾弟子。爾時尊者度令出家。心猶愧恨欲捨身命時富那奢得羅漢道。入定觀察知其心念。尊者有經先在闇室。尋令馬鳴往彼取之。白言大師。此室闇冥云何可往。告曰但去。當令汝見。爾時尊者即以神力。遙申右手徹入室內。五指放光其明照曜。室中所有皆悉顯現。爾時馬鳴心疑是幻。凡幻之法知之則滅。而此光明轉更熾盛。盡其技術欲滅此光。為之既疲了無異相。知師所為即便摧伏。勤修苦行更不退轉。如是尊者以善方便度諸眾生。所應作已入於涅槃。四眾感戀起塔供養。昔富那奢臨涅槃時。以法付囑弟子馬鳴。而告之曰。譬如闇室燃大明燈。所有諸物皆悉照了。法之明燈亦復如是。流布世間能滅癡闇。是故如來演斯正法。普令一切皆悉修行。諸賢聖人常加守護。共相委囑乃至於我。我以勝眼持用付汝。汝當於後至心受持。令未來世普得饒益。馬鳴敬諾當受尊教。於是頒宣深奧法藏。建大法幢摧滅邪見。於華氏城遊行教化。欲度彼城諸眾生故。作妙伎樂名賴吒啝羅。其音清雅哀婉調暢。宣說苦空無我之法。所謂有為如幻如化三界獄縛無一可樂。王位高顯勢力自在。無常既至誰得存者。如空中雲須臾散滅。是身虛偽猶如芭蕉。為怨為賊不可親近。如毒蛇篋誰當愛樂。是故諸佛常呵此身。如是廣說空無我義。令作樂者演暢斯音。時諸伎人不能解了。曲調音節皆悉乖錯。爾時馬鳴。著白㲲衣入眾伎中。自擊鍾鼓調和琴瑟。音節哀雅曲調成就。演宣諸法苦空無我。時此城中五百王子。同時開悟厭惡五欲出家為道。時華氏王恐其人民聞此樂音捨離家法國土空曠王業廢壞。即便宣令其土人民。自今勿復更作此樂。彼華氏城凡九億人。月支國王威德熾盛。名曰栴檀罽昵吒王。志氣雄猛勇健超世。所可討伐無不摧靡。即嚴四兵向此國土。共相攻戰然後歸伏。即便從索九億金錢。時彼國王即以馬鳴及與佛鉢一慈心雞。各當三億。持用奉獻罽昵吒王。馬鳴菩薩智慧殊勝。佛鉢功德如來所持。雞有慈心不飲蟲水。悉能消滅一切怨敵。以斯緣故當九億錢。王大歡喜為納受之。即迴兵眾還歸本國。彼罽昵吒王有大功德。被弘誓鎧志願堅固。曾以埿團置於塔上。因立誓曰。若吾來世千佛數中得成正覺。令此泥團變為佛像。作是願已應時尋成。儀相奇特狀若圖畫。心大歡喜踊躍無量。王於後時在路遊行。見外道塔七寶莊嚴。便大歡喜謂如來塔。前禮稽首至心恭敬燒香散花說偈讚曰。
商那和修が涅槃に入ろうとする時、法を憂波毱多に託して、このように言いました。 「昔、世尊は無上の法を尊者摩訶迦葉に託され、衆生が大いなる明かりを手にし、あらゆる苦しみを永遠に離れて涅槃の安らぎを得られるようにされました。迦葉は次にわが師である阿難に託し、阿難はさらに私に託されました。私は滅度しようとしていますが、今それをあなたに託します。あなたが後に涅槃に入ろうとする時、摩突羅国に善い男子が世に出るでしょう。その名は提多迦といい、長く願行を修め、弁才は尽きることがありません。あなたは後に彼を度して出家させ、法眼をすべて託すべきです」 憂波毱多は言いました。 「謹んでお教えを受けます」 尊者憂波毱多が教化の縁が尽きようとし、涅槃に入ろうとした時、提多迦がまだ世に出ていないことを観察し、思惟してまだ生まれていないことを知りました。その時、尊者憂波毱多は比丘衆を連れて彼の家を訪れましたが、次第に人数が減り、ついには一人だけになりました。父である長者が尋ねました。 「大聖よ、どうして眷属もなく一人で行かれるのですか」 憂波毱多は答えました。 「長者よ、私は出家の身で世話をする者がいません。もし誰かがいるなら、どうかお恵みください」 長者はまた言いました。 「私は在家の生活を楽しんでおり、道を求めることはできませんが、後に子が生まれたなら必ずお仕えさせましょう」 憂波毱多は言いました。 「それは善いお心です。その心を守り、変えてはなりません」 この長者は数人の子を生みましたが、皆まだ幼いうちに命を落としました。最後に生まれた子は提多迦と名付けられ、容姿端麗で聡明、諸々の論や経典をよく学び、過去の修行で深く善根を植えていました。憂波毱多が訪れて彼を求めると、長者は喜んで自ら手渡しました。僧坊に連れて行って出家させ、二十歳になった時、具足戒を授けました。初白の時に見諦の結びを断ち須陀洹果を得、第一羯磨で婬怒癡が薄れて斯陀含果を得、第二羯磨で欲界の結びが尽きて阿那含果を得、第三羯磨で直ちに三界の煩悩を断ち除き、梵行を立てて阿羅漢となりました。三明は遠く照らし、六通を具え、隠れ現れて自在に歩み、何の妨げもありませんでした。 憂波毱多は彼に告げました。 「慧日の世尊は慈悲をもって広く覆い、衆生の生死の大いなる苦しみを救おうとされ、無量劫に集められた法を尊者摩訶迦葉に託され、大いなる明かりの灯として諸々の愚かさと闇を照らし、すべての者が修行学道できるようにされました。愛の網を断ち切り、欲望の泥から出られるようにと。迦葉は次に阿難比丘に託し、阿難が滅した後はわが師の商那和修に託され、商那和修は私に託されました。このように相続して常に法輪を転じ、甘露の味を注いで煩悩の渇きを癒してきました。しかし私は今、なすべきことを成し遂げ、涅槃の時が近づき滅度は遠くありません。この法の宝を持ってあなたに託します。あなたは後にこれを受け持ち、敬い、勤めて守り、漏れ失うことなく、法の光明を演じて愚かさの闇を照らしなさい。また提多迦よ、如来が涅槃に入り、賢聖が隠れた後は、すべての深い経典の宝蔵は次第に衰え損なわれ、地に墜ちるでしょう。世間は暗く、生死を流転するでしょう。なぜなら、昔わが師の商那和修が滅度した後、七万七千の本生経、一万の阿毘曇蔵、合わせて八万の清浄な毘奈耶など、このような法が皆滅していったからです。一人が涅槃に入れば多くの法が衰えます。まして多くの賢聖が皆滅度すれば、清浄で勝れた妙法は永遠に残ることがありません。それゆえ私は今、心を込めてあなたに託します。あなたは真心を込めて私の意を敬い従い、衆生に対して大悲の心を起こし、受け持ち流布して絶やさないようにしなさい」 提多迦は言いました。 「謹んで尊い教えを受けます。私はこの正法を守り、未来の世のために自ら友となります」 そこで次に無上の法味を宣べ、その教化は非常に広大でした。縁が尽きて涅槃に入ると、人も天も悲しみ、舎利を収めて七宝の塔を建て、香を焚き花を散らし、種々の供養をしました。 昔、提多迦が滅度しようとする時、法を最も優れた弟子である弥遮迦に託しました。彼は多聞博達で大いなる弁才がありました。提多迦は告げました。 「仏は正法を大迦葉に託され、このように次々と私に至りました。私は涅槃に入ろうとしてあなたに託します。あなたは後に世の眼を流布しなさい」 弥遮迦は言いました。 「善きかな、お教えを受けます」 そこで正法の宝蔵を宣べ流し、衆生に涅槃の道を開き示しました。教化の縁が尽きて滅度しようとする時、さらに正法を次に尊者佛陀難提に託し、勝れた甘露の味を流布させました。難提は後に広く分別を宣べ、大法輪を転じて魔怨を摧伏し、その後、尊者佛陀蜜多に託しました。その人は徳の力が甚深無量で、巧みな方便をもって衆生を教化し、悪しき見解を離れさせて最勝の道に向かわせ、大いなる智慧をもって自らを荘厳し、清浄な味を演じて異学を摧滅しました。このような功徳は尽きることがありません。私は今、そのほんの一部を説きます。 ある大国の王が天下を統領していました。彼は才能高く勇猛で多聞博達でしたが、異学を尊び邪見を信じ受け入れ、仏法僧に対して常に軽んじ誹謗していました。佛陀蜜多はこのように思いました。 「わが師の難提は法を私に託されました。私はどのようにして勝れた眼を敷き演じ、衆生が広く利益を得られるようにすればよいのでしょうか」 またこのように思いました。 「今この国王は非常に邪見が強い。私はまず彼を調伏すべきだ。譬えば木を伐る時、その根を傾ければ、枝葉や花茎はどうして長く立っていられようか」 このように思った後、十二年もの間、赤い幡を持って王の前を行きました。長い間、王は何も尋ねませんでしたが、その後、突然尋ねました。 「これは誰か、私の前を行く者は」 すぐに呼び出してその意を尋ねました。答えました。 「大王、私は智人で、よく談論することができます。王の前で一つの試みを求めたいのです」 その時、大王は直ちに国中に宣令を出しました。 「国内のすべての婆羅門、長者、居士で、聡明博達で言葉に優れた者は、皆わが正勝殿に集まり、一人の沙門と議論せよ」 そこで一切の邪見の外道で、弁才深遠、智慧博達、天文地理に通じていない者はなく、毒のような怒りの心を抱いて競って雲のように集まりました。その時、大王は正殿で厳かに供具を整え、茵褥を敷き並べ、香を焚き花を散らし、荘厳で明るく清浄にしました。佛陀蜜多は法座に昇り、諸々の外道と方のない論を立てました。浅い智慧の者は一言で屈服し、多くの聡明な弁舌の者も再び言葉が尽きました。王は諸々の人が理屈に窮したのを見て、自ら蜜多と議論を始めましたが、言葉を発するやいなやすぐに屈服しました。佛陀蜜多はこのように思いました。 「私は王と論じて、勝ちを顕わすべきではない」 そして言いました。 「この義の深浅は王が自ら理解されています」 その時、王は自らが負けたことを知り、邪心を改めて正法を敬い信じ、三帰依を受け入れて仏弟子となり、自らの国で道を弘め教化しました。 その国に一人の尼乾がいました。邪見が盛んで正法を誹謗し、弁慧聡達でよく数算ができました。佛陀蜜多は彼を教化しようと思い、弟子となってその術を学びました。間もなく習学してすべて通じました。その尼乾子は大きな悪声を出して仏を罵り辱めました。佛陀蜜多は尼乾子に言いました。 「そんなことを言ってはなりません。あなたに罪が及ぶでしょう。この報いは必ず大地獄に堕ちるでしょう」 尼乾子は言いました。 「あなたにそんなことが分かるはずがない」 蜜多は答えました。 「もし信じられないなら、あなたは計算してみなさい。計算した後、自ら証知するでしょう」 その時、尼乾子は自ら推算し、直ちに自らが必ず地獄に堕ちるのを見て、大いに恐怖し深く憂い悔い、蜜多に向かって五体投地し、言いました。 「仁者よ、私はどうすればこの咎を免れられるのでしょうか」 佛陀蜜多は告げました。 「尼乾よ、譬えば地に倒れたなら、それを支えて起き上がるように。もしあなたが仏に帰依すれば、この罪は滅びるでしょう」 その時、尼乾子は大いなる信心を起こし、五百の偈をもって如来を讃歎し、先の罪を悔い改め、自らを深く呵責しました。佛陀蜜多は直ちに告げました。 「あなたはこの心で善業の縁によって、命終われば必ず天上に生まれるでしょう」 尼乾はまた言いました。 「あなたはどうして私が生天することを知るのですか」 蜜多は告げました。 「もし信じられないなら、自ら計算して確かめなさい」 その時、尼乾子は直ちに計算し、自らの身が罪滅びて生天するのを見て、大いに喜び、哀れみを求めて出家を願いました。蜜多は答えました。 「今日はまずあなたの眷属に告げるのがよい。その後で出家を許しましょう」 尼乾の弟子は凡そ五百人でした。直ちに彼らのところに行って告げました。 「私は勝れた道理を見て、心から愛楽しています。仏法の中で出家して道を求めたい。あなたたちは今、望むままに、さらに明師に就いて勝れた法を諮り受けなさい」 その時、弟子たちは皆師に言いました。 「本来、師を仰ぎ慕うことは大いなる雲の蓋のようです。師が勝れた道に入られるなら、私たちも喜んで従います」 その時、尼乾子は五百人と共に、尊者(佛陀蜜多)のもとに赴き、皆出家しました。そこで尊者佛陀蜜多の美しい名声は閻浮提に広まり、その教化した衆生は無量でした。縁が尽きて命を捨てると、弟子たちは悲しみ、舎利を収めて塔を建て供養しました。 昔、尊者佛陀蜜多は教化の縁が尽き、命を捨てようとした時、一人の弟子である脇比丘に告げました。 「あなたは後に広く聖教を敷き演じ、衆生を教化して解脱を得させなさい」 弟子は言いました。 「大師よ、謹んで尊い教えを受けます。私は真心を込めて正法を守ります」 その脇比丘は過去の業の故に、母の胎内に六十余年もいました。生まれた後は髪や髭が真っ白で、五欲を厭悪し、在家の生活を楽しまず、尊者佛陀蜜多のもとに赴き、稽首礼足して道に入ることを求めました。直ちに出家させて法要を説くと、譬えば鮮やかで清浄な白い布が容易に染まるように、直ちに座の上で羅漢道を得ました。三明は照り徹し、六通は妨げなく、苦行を勤め修め、精進勇猛で、一度も脇を地につけて横たわることがありませんでした。当時の人々は直ちに彼を脇比丘と号し、よく法要を説いて衆生を教化し、なすべきことを成し遂げて涅槃に入りました。舎利を集めて塔を建て供養しました。 その脇比丘が滅度しようとする時、一人の比丘である富那奢に告げました。 「長老よ、知るがよい。仏法は微妙で大いなる功徳がある。それゆえ諸々の聖者はこれを頂戴し奉持する。私は託されてこの法を守ってきたが、今涅槃に入ろうとしてあなたに託す。あなたは真心を込めて守り受け持ちなさい」 その時、富那奢は答えました。 「はい、承知しました」 そこで微妙な勝法を演暢し、その教化した衆生は無量でした。後に一時、閑静な林の中で結跏趺坐し、静かに思惟していました。一人の大士がいて、名を馬鳴といい、智慧は淵く鑑み、識見は絶倫で、難問があればことごとく摧伏し、譬えば猛風が朽ちた木を吹き抜くようでした。大いなる驕慢を起こし、衆生を草芥のように軽んじ、実に我があると計り、甚だ自ら貢高でした。尊者富那奢という者がいて、智慧深遠で多聞博達、諸法は空で我も人もないと言うと聞き、軽慢の心を抱いてそのもとに赴き、このように言いました。 「一切の世間のすべての言論は、私が雹が草を摧くように毀壊することができます。この言葉が虚偽で誠実でないなら、舌を斬ってその屈辱に謝るつもりです」 富那奢は言いました。 「仏法の中には凡そ二諦があります。もし世諦に就けば仮に我と名付け、第一義諦はすべて空寂です。このように推し求めれば、私はどうして得られましょうか」 その時、馬鳴の心はまだ調伏されておらず、自らの機知と智慧を恃んでまだ自分が勝っていると思っていました。富那は言いました。 「あなたはよく考えなさい、虚言を吐いてはなりません。私は今あなたと、どちらが勝っているか決めましょう」 そこで馬鳴はこのように思いました。 「世諦の仮名は定めて実ではない。第一義諦の性はまた空寂である。このような二諦は皆得ることができない。すでに何もないのに、どうして毀壊できようか。私は今、定めて彼に及ばない」 直ちに舌を斬ってその屈辱に謝ろうとしました。富那は言葉を続けました。 「私の法は仁慈で、あなたの舌を斬りはしない。髪を剃って私の弟子となるがよい」 その時、尊者は彼を度して出家させましたが、心にはまだ愧恨があり、身命を捨てようとしていました。その時、富那奢は羅漢道を得て、定に入って観察し、その心の念を知りました。尊者には以前から暗い部屋に経典がありました。直ちに馬鳴にそこへ取りに行かせました。馬鳴は言いました。 「大師よ、この部屋は暗く、どうして行けましょうか」 告げました。 「ただ行きなさい。あなたに見えるようにする」 その時、尊者は直ちに神力をもって、遥かに右手を伸ばして部屋の中に入れ、五指から光を放つと、その明るさが照り輝き、部屋の中のすべてが顕現しました。その時、馬鳴は心の中でこれは幻ではないかと疑いました。凡そ幻の法は知れば滅びるものです。しかしこの光明はますます盛んになり、あらゆる技術を尽くしてこの光を消そうとしましたが、疲れ果てても少しも変わらず、師のなされたことと知って直ちに屈服し、勤めて苦行を修め、さらに退転することはありませんでした。このように尊者は善巧方便をもって衆生を度し、なすべきことを成し遂げて涅槃に入りました。四衆は感慕して塔を建て供養しました。 昔、富那奢が涅槃に入ろうとする時、法を弟子の馬鳴に託して告げました。 「譬えば暗い部屋に大いなる明かりの灯をともせば、すべての物が照らされる。法の明かりの灯もまたこのようで、世間に流布すれば愚かさの闇を滅ぼすことができる。それゆえ如来はこの正法を演じ、すべての者が皆修行するようにされた。諸々の賢聖人は常に守り加護し、互いに委ね託し、ついに私に至った。私は勝れた眼を持ってあなたに託す。あなたは後に真心を込めて受け持ち、未来の世が広く利益を得られるようにしなさい」 馬鳴は敬って承諾し、尊い教えを受けました。そこで深奥な法蔵を頒宣し、大法幢を建てて邪見を摧滅し、華氏城で遊行教化し、その城の諸々の衆生を度そうとして、妙なる伎楽を作り、名を賴吒啝羅としました。その音は清雅で哀婉、調子よく流れ、苦空無我
具足一切智 斷除欲惱障
眾仙最勝尊 名稱遍三界
解脫離諸有 哀愍群萌類
所說誠真諦 能傾邪論幢
是故我今者 頂禮應供尊
一切智を具足し、欲と煩悩の障りを断ち切られる。 仙人たちの中の最勝なる尊、その名は三界に遍く響く。 諸々の束縛から解脱し、あらゆる生きとし生けるものを哀れみ給う。 説かれる教えは真実の諦、邪なる論議の旗幟を倒し給う。 それゆえに今、我は供養されるべき尊に頭を垂れ礼拝する。
說是偈已應時寶塔分散崩落。王見驚怖而作是言。我於今者福將欲盡失王位乎。何故我適禮此寶塔而便頹毀。有人語言。王所禮者是外道塔。以其威德微末尠少。不堪受王福德人禮。是故爾耳即發塔下得尼乾屍。眾人歎曰。奇哉大王德力深厚。禮此邪塔。令其毀壞。王之功德比於梵天。又罽昵吒曾於一時。命剃鬚師教剃己鬚。時剃鬚師在王前立而作是言。我子端政智慧希有。唯願大王垂哀矜愍以女妻之。王大瞋恚而語之曰。汝是賤人種姓卑劣。云何我女妻汝子乎。即便驅逐令至餘處。而自默然不復敢語。後更召來言還如前。如是至三。王思惟曰。今此地下必有伏藏。故令斯人敢為此語。即便使人當下發掘。尋便大獲種種寶藏。王之智慧其事如是。又罽昵吒在於一時訪問群臣。諸國土中頗有智人可諮敬不。當於爾時有一比丘名達摩蜜多。智慧深遠功德具足。善能通達三昧定相。南天竺國有二比丘。心意柔和深樂善法。素聞尊者坐禪第一。即共相將往詣其所。於其住處有三重窟。爾時二人至下窟中。見一比丘著弊壞衣。形貌醜陋端坐竈前為僧然火。時二比丘問言。長老達摩蜜多為在何處。答言。今在最上窟中。汝等宜可急往見之。爾時二人進至上窟。見向比丘已於中坐。時一比丘語其伴曰。此老比丘云何乃似向所見者。時伴比丘聰慧機悟。即語之曰。今此尊者尚能如是。流布名聞。豈不能至此處而坐。即前為禮稽首問曰。大德威名世間希有。何故自屈為僧燃火。達摩蜜多告比丘曰。子今當聽。我念生死受苦長遠。若使頭手可得燃者。吾當為僧而盡燃之。況餘身分及以燃火。何足為難。吾念往昔。五百世中常受狗身。飢窮羸乏唯曾再飽。乃於昔時值有一人。飲酒既醉嘔吐委地。我於爾時食而得足。又昔曾有夫妻二人。以器煮糜熟已出外。我見無人至其家內。入頭器中食糜得足。後欲出頭了不能得。於是夫妻從外還入。見食其糜深生瞋恚。即以利刀用剪吾首。於五百世受斯狗身。雖二飽滿而失身命。以是思惟生死長久周遍五道受苦無量。故吾今者不憚勤勞。躬為眾僧而自燃火。時二比丘聞是語已。深觀生死無量過患。應時逮得須陀洹道。如是尊者達摩蜜多。知見高遠名稱流布。王諸群臣素聞其名。咸共白言。大王當知。罽賓山中有一比丘。名達摩蜜多。才慧超倫福德深厚。王宜往彼問訊供養。時罽昵吒即便嚴駕。前後圍遶往罽賓山。離彼住處五百餘里。王自念言。若彼比丘福德淵廣。乃能受吾恭敬禮拜。設薄福人終不堪也。達摩蜜多性好純素。著弊壞衣顏容憔悴。尊者弟子咸作是言。罽膩吒王威名高遠。屈駕來此禮覲大師。宜自莊嚴著新淨服。無令為彼之所輕賤。達摩蜜多告弟子曰。如來昔日無有教勅。若見豪貴便自莊嚴。且出家人麁弊是常。既得其宜何所改易。爾時彼王即便前進。稽首恭敬問訊起居。達摩蜜多知其心念。即便咳唾使王承之。爾時膩吒長跪合掌受唾而棄。問言。我今堪王供不。王即摧伏倍生敬信。尊者告曰。王昔曾於勝道而來。今可還從本路而去。既聞是語受教歸國。爾時群臣咸生嫌忿。云何大王本訪勝人。既得見之都不諮啟。王告臣曰。汝豈能知若斯事耶。我於往昔積修福行。今得為王才慧超世。尊者令我還修本業。已受訓誨更何問乎。王於後時至膩吒塔。前路見有五百乞人。同聲求哀稱施如我。王聞是已大施乞人。金銀琉璃象馬田宅。迴還造作種種施會。拯恤貧乏存慰孤老。正法治世仁育天下。時有一臣名曰天法。便作是念。云何大王見斯乞人。建立如是功德勝業。即問王言。今王何緣見此乞人廣為斯福。爾時大王告天法曰。乞人於我有深利益。以其身形及與語言欲見曉悟。我昔為王不修福因。是故今者飢寒窮困。身體憔悴受諸苦惱。王若不能乞匃貧乏。未來之生必當如我飢寒羸劣。彼乞人者其事若此。吾悟斯事是以為福。天法白言。王今不但位勝天下。智慧亦能總御萬國。時安息王性甚頑暴。將統四兵伐罽昵吒。罽昵吒王亦即嚴誡。兩陣交戰刀劍繼起。罽昵吒王尋便獲勝。殺安息人凡有九億。問群臣曰。今我此罪可得滅不。諸臣答言。大王殺戮凡九億人。罪既深重云何可滅。時罽昵吒尋置大鑊。於七日中煮湯令沸。洄湧騰波熾熱焰盛。以一金環置斯湯內。顧問群臣。誰巧方便能得此環。時有一臣來應王命。便投冷水隨而取之。手無傷爛尋獲金環。王告臣曰。我所為罪如彼沸湯。悔必可滅猶冷水處。吾所殺人雖有九億。其罪重者唯二人半。我當殺時有兩賢信。臨被形戮稱南無佛。而我殺之斯罪深重。其一人者。口言南無未知是佛。為富蘭那。我復殺之。故名半人。爾時有一羅漢比丘。見罽昵吒造斯惡業。欲令彼王恐怖悔過。即以神力示其地獄。所謂斫刺劍輪解形。悲叫哀號苦痛難忍。王見是已極大惶怖。心自念曰。我甚愚癡造此罪業。未來必受若斯之苦。若吾先知如是惡報。正使我身支節分解。終不起心加害怨賊。況於善人生一念惡。爾時馬鳴即語王言。王能至心聽我說法。隨順吾教頂戴受持。令王此罪不入地獄。罽昵吒言。善哉受教。於是馬鳴廣為彼王說清淨法。令其重罪漸得微薄。復有一醫名曰遮勒。善解方藥聰敏多聞。利智辯才慈和仁愛。罽昵吒王素聞其名每常推覓。會遇遮勒自詣王宮。王聞醫至即作是言。我今善能調和身體。右脇而臥節量飲食。若斯之者何用醫為。遮勒語言。王能如此宜應出家。夫為王者縱情極欲任放身口。今王尚能斂攝防護。何貪斯位久居世間。王聞是已自知理屈。即召令入共相慰問。醫即語言。大王若能信受吾教隨順不逆。當令王身色力充足。飲食消化終無病患。王曰善哉。敬承來教。其後不久。所愛夫人自覺有娠。滿足十月生一男兒。先已命終從胎倒出。其母苦痛性命危惙。從後展轉生輒如是。爾時遮勒入手胎中。解其兒衣然後乃出。於是母人安隱全濟。醫言大王。自今勿復幸此婦人。若近之者必當如本。罽昵吒王婬欲火盛。不自裁量更幸斯婦。後續生子如前苦毒。時遮勒醫始覺五欲過患根本。便作是念。罽昵吒王我躬教誨。不受吾言致斯眾苦。當知愛欲甚不可樂。敗德喪身莫不由之。壞好名聞污辱梵行。凡夫迷惑不能捨離。智者了之觀如怨賊。我今宜應捨斯惡法。隱居林藪坐閑念定。於是辭王出家學道。高才邈世淵明博達。演宣記論遊化世間。復有一臣名摩啅羅。智慧超倫才藝希世。白罽昵吒。大王若能隨順臣教。必當令王威伏四海。一切宗仰八表歸德。宜密臣言無令彰露。王曰甚善當如卿言。爾時大臣廣集勇將嚴四種兵。所向皆伏如雹摧草。三海人民咸來臣屬。罽昵吒王所乘之馬。於路遊行足自摧屈。王語之言。我征三海悉已歸化。唯有北海未來降伏。若得之者不復相乘。吾事未辦如何便爾。爾時群臣聞王此語。咸共議曰。罽昵吒王貪虐無道。數出征伐勞役人民。不知厭足欲王四海。戍備邊遠親戚分離。若斯之苦何時寧息。宜可同心共屏除之。然後我等乃當快樂。因王病瘧以被鎮之。人坐其上須臾氣絕。由聽馬鳴說法緣故。生大海中作千頭魚。劍輪迴注斬截其首。續復尋生次第更斬。如是展轉乃至無量。須臾之間頭滿大海。時有羅漢為僧維那。王即白言。今此劍輪聞犍椎音即便停止。於其中間苦痛小息。唯願大德垂哀矜愍。若鳴犍椎延令長久。羅漢愍念為長打之。過七日已受苦便畢。而此寺上因彼王故。次第相傳長打犍椎。至於今日猶故如本。如是馬鳴以大行願演甘露味。為罽昵吒王興大饒益。其所度脫無量億人。所應作已便捨命行。集其舍利起塔供養。馬鳴菩薩臨欲捨命。告一比丘名曰比羅。長老當知。佛法純淨能除煩惱垢。汝宜於後流布供養。比羅答言。善哉受教。從是已後廣宣正法。微妙功德而自莊嚴。巧說言辭智慧淵遠。外道邪論無不摧伏。於南天竺興大饒益。造無我論足一百偈。此論至處莫不摧靡。譬如金剛所擬斯壞。臨當滅時便以法藏付一大士。名曰龍樹。然後捨命。龍樹於後廣為眾生流布勝眼。以妙功德用自莊嚴。天聰奇悟事不再問。建立法幢降伏異道。如是功德不可稱說。今當隨順顯其因緣。託生初在南天竺國出梵志種大豪貴家。始生之時在於樹下。由龍成道因號龍樹。少小聰哲才學超世。本童子時處在襁抱聞諸梵志誦四韋陀。其典淵博有四萬偈。偈各滿足三十二字。皆即照了達其句味。弱冠馳名擅步諸國。天文地理星緯圖讖。及餘道術無不綜練。有友三人天姿奇秀。相與議曰。天下理義開悟神明。開發幽旨增長智慧。若斯之事吾等悉達。更以何方而自娛樂。復作是言。世間唯有追求好色。縱情極欲最是一生上妙快樂。然梵志道勢非自在。不為奇策斯樂難辦。宜可共求隱身之藥。事若得果此願必就。咸曰善哉。斯言為快。即至術家求隱身法。術師念曰。此四梵志才智高遠。生大憍慢草芥群生。今以術故屈辱就我。然此人輩研窮博達。所不知者唯此賤法。若授其方則永見棄。且與彼藥使不知之。藥盡必來師諮可久。即便各授青藥一丸。而告之曰。汝持此藥以水磨之用塗眼瞼。形當自隱。尋受師教各磨此藥。龍樹聞香即便識之。分數多少錙銖無失。還向其師具陳斯事。此藥滿足有七十種。名字兩數皆如其方。師聞驚愕問其所由。龍樹答言。大師當知。一切諸藥自有氣分。因此知之何足為怪。師聞其言歎未曾有。即作是念。若此人者聞之猶難。況我親遇而惜斯術。即以其法具授四人。四人依方和合此藥自翳其身。遊行自在即共相將入王後宮。宮中美人皆被侵掠。百餘日後懷妊者眾。尋往白王庶免罪咎。王聞是已心甚不悅。此何不祥為怪乃爾。召諸智臣共謀斯事。時有一臣即白王言。凡此之事應有二種。一是鬼魅。二是方術。可以細土置諸門中。令人守衛斷往來者。若是方術。其跡自現。設是鬼魅。入必無跡。人可兵除。鬼當呪滅。王用其計備法為之。見四人跡從門而入。時防衛者驟以聞王。王將勇士凡數百人。揮刀空中斬三人首。近王七尺刀所不至。龍樹斂身依王而立。於是始悟欲為苦本。敗德危身污辱梵行。即自誓曰。我若得脫免斯厄難。當詣沙門受出家法。既出入山至一佛塔。捨離欲愛出家為道。於九十日誦閻浮提所有經論皆悉通達。更求異典都無得處。遂向雪山見一比丘。以摩訶衍而授與之。讀誦愛樂恭敬供養。雖達實義未獲道證。辯才無盡善能言論。外道異學沙門義士。咸皆摧伏請為師範。即便自謂一切智人。心生憍慢甚大貢高。便欲往從瞿曇門入。爾時門神告龍樹曰。今汝智慧猶如蚊虻。比於如來非言能辯。無異螢火齊輝日月。以須彌山等葶藶子。我觀仁者非一切智。云何欲從此門而入。聞是語已赧然有愧。時有弟子白龍樹言。師恒自謂一切智人今來屈辱為佛弟子。弟子之法諮承於師。諮承不足非一切智。於時龍樹辭窮情屈。心自念言。世界法中津塗無量。佛經雖妙句義未盡。我今宜可更敷演之開悟後學饒益眾生。作是念已便欲為之立師教誡更造衣服。令附佛法而少不同欲除眾情示不受學。選擇良日便欲成建獨處靜室水精房中。大龍菩薩愍其若此。即以神力接入大海。至其宮殿開七寶函。以諸方等深奧經典。無量妙法授與龍樹。九十日中通解甚多。其心深入體得實利。龍知心念而問之曰。汝今看經為遍未耶龍樹答言。汝經無量不可得盡。我所讀者足滿十倍過閻浮提。龍王語言。忉利天上釋提桓因所有經典。倍過此宮百千萬倍。諸處此比不可稱數。爾時龍樹既得諸經。豁然通達善解一相。深入無生二忍具足。龍知悟道還送出宮。時南天竺王甚邪見。承事外道毀謗正法。龍樹菩薩為化彼故。躬持赤幡在王前行。經歷七年。王始怪問。汝是何人在吾前行。答曰。我是一切智人。王聞是已甚大驚愕而問之言。一切智人甚為希有。汝自言是何以取驗。龍樹答曰王欲知者宜當見問。既說之後乃可證知。王聞是語便作是念。我為智主大論議師。問之能屈未足為奇。脫不如彼所損甚多。默然無言亦復非理。如是思惟良久不決。事既窮迫俛仰問之。諸天今者為何所作。答言大王。天今正與阿修羅戰。王既聞已譬如人噎。既不得吐又不得出。設非其言無以為證。欲納彼說事又難明。龍樹復言。此非虛論。王且待之須臾當驗。語訖空中刀劍飛下。長戟短兵相繼而落。王復語言。干戈矛矟雖為戰器。何必是天阿修羅也。龍樹答曰。雖若虛言當驗以實。作是語已修羅耳鼻從空而下。王始驚悟稽首為禮。恭敬尊重受其道化。爾時殿。上萬婆羅門。見其神德歎未曾有。剃除鬚髮而就出家。時諸外道聞是事已悉來雲集含怒懷嫉求競言辯。於是龍樹以大智慧方便言辭。與諸外道廣共論議。其愚短者。一言便屈。小有聰慧。極至二日。辭理俱盡。皆悉摧伏。剃除鬚髮。就其出家。如是所度無量邪道。王家常送十車衣鉢。終竟一月皆悉都盡。如是展轉。乃至無數。廣開分別摩訶衍義。造優波提舍十有萬偈。莊嚴佛道。大慈方便如是等論。各五千偈。令摩訶衍光宣於世。造無畏論滿十萬偈。中論出於無畏部中。凡五百偈。其所敷演義味深邃。摧伏一切外道勝幢。時天竺國有婆羅門。邪見熾盛善知呪術。欲以己能競名龍樹。白彼王言。唯願大王。垂哀聽我與此沙門諍捔道力。若彼勝我我當屬之。我若勝彼當見屬我。王言大德。汝甚愚癡。此菩薩者。明同日月智齊眾聖。汝今庸劣豈可為比。欲以藕絲懸須彌山。牛跡之水等量大海。我今觀仁亦復如是。幸自思惟無虧高德。婆羅門言。王為智人一切瞻仰。猶如日月莫不觀察。吾言虛實宜以理驗。大王云何逆見陵蔑。爾時彼王見其至意。嚴駕往請龍樹菩薩。清旦俱集正德殿上。時婆羅門即以呪力。化作大池廣長清淨。池中出生千葉蓮華。自坐其上語龍樹曰。汝處於地類同畜生。我居花上智慧清淨。寧敢與吾抗言議論。爾時龍樹復以呪力化為白象。象有六牙金銀校絡。徐行詣池趣其花座。以鼻絞拔高舉擲地。時婆羅門傷背委困。即便摧伏歸命龍樹。我甚頑嚚犯逆大師。唯願愍哀聽吾悔過。龍樹慈矜度令出家。是時有一小乘法師。見其高明常懷忿嫉。龍樹菩薩所作已辦將去此土。問法師言。汝今樂我久住世不。答曰仁者。實不願也。即入閑室經日不現。弟子咸怪破戶看之。遂見其師蟬蛻而去。天竺諸國並為立廟。種種供養敬事如佛。
この偈を説き終えた時、宝塔はたちまち崩れ散った。王はこれを見て驚き恐れ、このように言った。「今、私の福徳は尽きようとしているのだろうか。王位を失うのだろうか。なぜ私がちょうどこの宝塔を礼拝しただけで、すぐに崩れ落ちたのだろうか。」
ある人が言った。「王様が礼拝されたのは外道の塔です。その威徳は微かで少なく、王様のような福徳ある人の礼拝に堪えられなかったのです。だからこうなったのです。」
すぐに塔の下を掘ると、ニガンタ(ジャイナ教の修行者)の死体が出てきた。人々は嘆いて言った。「なんと不思議なことか。大王の徳の力は深く厚く、この邪な塔を礼拝して、それを崩壊させた。王の功徳は梵天に匹敵する。」
また、カニシカ王はある時、髪を剃る師を呼び、自分のひげを剃るように命じた。その時、剃髪師は王の前に立ってこう言った。「私の息子は端正で、智慧が稀有です。どうか大王、哀れみを垂れて、私の息子に王女を妻としてください。」
王は大いに怒り、彼に言った。「お前は賤しい身分の者で、種姓も卑しい。どうして私の娘をお前の息子の妻にできようか。」 すぐに彼を追い出し、別の場所に行かせた。剃髪師は黙って、もう二度と口を開かなかった。
後にまた王は彼を呼び出したが、彼の言葉は前と同じだった。こうして三度繰り返された。王は思った。「今、この地下には必ず伏蔵(埋蔵された宝物)があるに違いない。だからこの者はこのようなことを言う勇気が出たのだ。」 すぐに人を使い、その場を掘らせた。するとすぐに様々な宝蔵を大量に見つけた。王の智慧はこのようなものだった。
また、カニシカ王はある時、群臣に尋ねた。「諸国の中に、諮問し敬うべき智者はいるだろうか。」
その時、ダルマミトラという名の比丘がいた。智慧は深遠で、功徳を具え、三昧禅定の相に通達していた。南インド国に二人の比丘がいた。心は柔和で、深く善法を楽しんでいた。かねてから尊者(ダルマミトラ)が坐禅第一であると聞いていたので、共に彼のところへ行くことにした。
彼の住処には三重の窟があった。その時、二人は下の窟に行き、一人の比丘がぼろぼろの衣を着て、形貌は醜く、竈の前に端座して僧のために火を燃やしているのを見た。二人の比丘は尋ねた。「長老、ダルマミトラはどこにおられますか。」 答えて言った。「今は一番上の窟にいます。あなた方は急いで会いに行くといい。」
その時、二人は上の窟に進んだ。すると、先ほどの比丘がすでに中に座っていた。一人の比丘がその伴侶に言った。「この老比丘はどうしてさっき見た者に似ているのだろうか。」 その伴侶の比丘は聡明で機知に富んでいた。すぐに言った。「今この尊者は、このように名を流布させているのだから、ここに座ることができないはずがない。」 すぐに前に進んで礼拝し、頭を地につけて尋ねた。「大徳、その威名は世間に稀有です。どうして自ら屈して僧のために火を燃やされるのですか。」
ダルマミトラは比丘たちに告げた。「そなたたちよ、よく聞きなさい。私は生死の苦しみが長遠であることを思う。もし頭や手を燃やすことができるなら、私は僧のためにそれを尽くして燃やそう。ましてや他の身分や、火を燃やすことなど、何の難しさがあろうか。私は過去を思う。五百世の間、常に犬の身を受けていた。飢えに窮し、弱り果て、ただ二度だけ満腹したことがあった。昔、ある人が酒を飲んで酔い、吐いて地面に倒れていた時、私はそれを食べて満腹した。また昔、夫婦二人が器で粥を煮て、熟した後に外に出たことがあった。私は誰もいないのを見て、その家に入り、器に頭を入れて粥を食べて満腹した。後で頭を出そうとしたが、全く出せなかった。すると夫婦が外から戻ってきて、粥を食べられたのを見て、深く怒りを生じ、すぐに鋭い刀で私の首を切った。五百世の間、この犬の身を受けた。二度満腹したが、身命を失った。このように思うと、生死は長く久しく、五道に遍く苦しみは無量である。だから私は今、勤労を厭わず、自ら衆僧のために火を燃やすのだ。」
二人の比丘はこの言葉を聞き、生死の無量の過患を深く観じ、その時すぐに須陀洹の道を得た。
このように尊者ダルマミトラは、知見が高遠で、名称が流布していた。王の群臣たちはかねてからその名を聞いており、皆そろって言った。「大王、お知りください。カシミールの山中にダルマミトラという名の比丘がいます。才知は超絶し、福徳は深く厚い。王は彼のもとに行き、問訊供養されるのがよろしいでしょう。」
その時、カニシカ王はすぐに車駕を整え、前後を囲まれてカシミール山へ向かった。その住処から五百里離れたところで、王は自ら思った。「もしあの比丘の福徳が淵のように広大なら、私の恭敬礼拝を受けることができるだろう。もし薄福の人なら、とうてい堪えられない。」
ダルマミトラは性質が純粋で素朴を好み、ぼろぼろの衣を着て、顔色は憔悴していた。尊者(ダルマミトラ)の弟子たちは皆こう言った。「カニシカ王は威名が高遠で、車駕を屈してここに来られ、大師に礼拝なさいます。自ら荘厳し、新しい清浄な服をお着になるべきです。彼に軽蔑されないように。」
ダルマミトラは弟子たちに告げた。「如来はかつて、もし豪貴な人に会うなら自ら荘厳せよ、とは教えられなかった。そもそも出家の者は粗末なものを常とする。すでにその宜しきを得ているのに、何を改め変えようか。」
その時、カニシカ王は進み出て、頭を地につけて恭敬に問訊し、起居を尋ねた。ダルマミトラは彼の心の思いを知り、すぐに唾を吐いて王に受けさせた。その時、カニシカ王は長跪して合掌し、唾を受け取って捨てた。ダルマミトラは尋ねた。「私は今、王の供養に堪えるでしょうか。」 王はすぐに打ち負かされ、倍に敬信を生じた。
尊者は告げた。「王はかつて勝れた道から来られました。今は本の道からお帰りください。」 この言葉を聞き、教えを受けて国に帰った。
その時、群臣たちは皆嫌悪と怒りを生じた。「どうして大王はもとより勝れた人を訪ね、すでに会ったのに、全く諮問啓請されなかったのですか。」 王は臣たちに告げた。「お前たちにどうしてこのようなことが分かろうか。私は過去に福行を積み修めて、今王となることができ、才知は世に超えている。尊者は私に本業(福行)を修めよと命じられた。すでに訓誨を受けた。さらに何を問おうか。」
王は後にカニシカ塔に行く時、前の道で五百人の乞食を見た。彼らは同声で哀れみを求め、「私のように施しを」と称えた。王はこれを聞き、乞食たちに大施しをした。金銀、瑠璃、象、馬、田宅を施し、戻って様々な施しの会を造り、貧しい者を救い、孤老を慰めた。正法をもって世を治め、仁をもって天下を育てた。
その時、天法という名の臣がいた。彼はこう思った。「どうして大王はこの乞食たちを見て、このような功徳勝れた業を建立されたのだろうか。」 すぐに王に尋ねた。「今、王は何の縁でこの乞食たちを見て、広くこの福を為されたのですか。」
その時、大王は天法に告げた。「乞食たちは私に深い利益を与えてくれた。その身形と言葉をもって、私に悟らせようとしたのだ。私はかつて王として福の因を修めなかった。だから今、飢え寒さに窮し困り、身体は憔悴し、様々な苦悩を受けている。王がもし乞食や貧乏な者に施しをしなければ、未来の生では必ず私のように飢え寒さに弱り果てるだろう。あの乞食たちのことはこのようなものだ。私はこのことを悟ったので、福を為したのだ。」
天法は言った。「王は今、ただ位が天下に勝っているだけでなく、智慧もまた万国を総御することがおできになります。」
その時、安息王は性質が非常に頑なで暴虐で、四種の兵を率いてカニシカを伐とうとした。カニシカ王もまたすぐに厳しく誡め、両陣が交戦し、刀剣が次々と起こった。カニシカ王はすぐに勝利を得た。安息人を殺した数は凡そ九億に及んだ。
王は群臣に尋ねた。「今、私のこの罪は滅することができるだろうか。」 諸臣は答えた。「大王が殺戮されたのは凡そ九億人です。罪はすでに深重です。どうして滅することができましょうか。」
その時、カニシカはすぐに大きな釜を置き、七日間で湯を沸かさせた。湯は沸き返り、波が立ち、熾熱の炎が盛んだった。一つの金環をこの湯の中に置き、群臣を顧みて尋ねた。「誰か巧みな方便でこの環を得られる者はいるか。」
その時、一人の臣が王の命に応じて来た。すぐに冷水を注ぎ、それに従って環を取り出した。手に傷も爛れもなく、すぐに金環を得た。王は臣に告げた。「私の為した罪はあの沸騰した湯のようだ。悔いれば必ず滅することができる。ちょうど冷水を注いだように。私が殺した人は九億いたが、その罪が重いのはただ二人半だけだ。私が殺す時、二人の賢信(信心深い人)がいた。形を戮されようとする時、『南無仏』と称えた。それを私は殺した。この罪は深重だ。その一人は、口では『南無』と言ったが、それが仏なのか、富蘭那(外道)なのか知らなかった。私はまたそれを殺した。だから半人というのだ。」
その時、一人の羅漢比丘がいた。カニシカがこのような悪業を造るのを見て、彼の王が恐怖し悔い改めるようにさせようと思い、神通力をもって地獄を示した。いわゆる斬り刺す剣輪、形を解くこと、悲しみ叫び哀号し、苦痛が耐え難いことなどである。王はこれを見て極めて大いに惶怖し、心に自ら思った。「私は非常に愚かで、このような罪業を造った。未来には必ずこのような苦しみを受けるだろう。もし私があらかじめこのような悪報を知っていたなら、たとえ私の身が支節分解しようとも、ついに怨賊を害する心を起こさなかっただろう。ましてや善人に対して一つの悪念を生じることなど。」
その時、馬鳴はすぐに王に言った。「王が至心で私の説法を聞き、私の教えに随順し、頂戴受持するならば、王のこの罪が地獄に入らないようにします。」 カニシカは言った。「善き哉。教えを受けます。」
そこで馬鳴は広くその王のために清浄法を説き、彼の重罪を次第に微薄にさせた。
また、遮勒という名の医者がいた。方薬に善く通じ、聡敏で多聞、利智で弁才があり、慈和で仁愛に満ちていた。カニシカ王はかねてからその名を聞き、常に探し求めていた。ちょうど遮勒が自ら王宮に来た。王は医者が来たと聞き、すぐにこう言った。「私は今、身体を調和するのが上手だ。右脇を下にして臥し、飲食を節制している。このような者に、何の医者が必要だろうか。」
遮勒は言った。「王がこのようであるなら、出家されるのがよろしいでしょう。王たる者は情を極め欲を恣にし、身口を任せ放つものです。今、王はすでに斂め防護することがおできになります。どうしてこの位に貪り、久しく世間に居られましょうか。」
王はこれを聞き、自ら理屈に負けたことを知り、すぐに彼を召し入れて共に慰問した。医者はすぐに言った。「大王がもし私の教えを信受し、随順して逆らわないなら、王の身の色力が充足し、飲食が消化して、ついに病患が無いようにします。」 王は言った。「善き哉。来たる教えを敬って承ります。」
その後まもなく、王の愛する夫人が自ら妊娠を覚えた。十月満ちて一人の男児を生んだ。先にすでに命が終わり、胎から逆さまに出てきた。その母は苦痛に、性命が危うく絶えそうだった。その後も繰り返し生むたびにこのようになった。
その時、遮勒は手を胎の中に入れ、その児の衣を解いてから出した。そこで母人は安穏に全うした。医者は言った。「大王、今からこの婦人に近づかないでください。もし近づけば、必ずもとのようになります。」
カニシカ王は婬欲の火が盛んで、自ら裁量せず、またこの婦人に近づいた。後にまた子を生み、前と同じ苦毒があった。その時、遮勒医師は初めて五欲の過患の根本を覚り、こう思った。「カニシカ王は私が躬(みずから)教誨したのに、私の言葉を受け入れず、このような多くの苦しみを招いた。愛欲は甚だ楽むべからざるものであると知るべきだ。徳を敗り身を喪うのは、これによらないことはない。良い名聞を壊し、梵行を汚辱する。凡夫は迷惑して捨て離れることができない。智者はこれを了知し、怨賊の如く観る。私は今、この悪法を捨て、林藪に隠居し、閑静なところで坐禅念定すべきだ。」
そこで王に辞して出家学道した。高才は世に超え、淵明で博達、記論を演宣し、世間を遊化した。
また、摩啅羅という名の臣がいた。智慧は超絶し、才芸は稀有だった。カニシカに白した。「大王がもし臣の教えに随順されるなら、必ず王の威が四海に伏し、一切が宗仰し、八方が徳に帰するようにします。どうか密かに臣の言葉を受け入れ、明らかに露わにしないでください。」 王は言った。「甚だ善い。卿の言う通りにしよう。」
その時、大臣は広く勇将を集め、四種の兵を厳め、向かうところ皆伏し、雹が草を摧くようだった。三海の人民は皆来て臣属した。カニシカ王が乗っていた馬が、道を遊行している時、自ら足を挫いた。王はそれに言った。「私は三海を征してすでに帰化させた。ただ北海だけがまだ降伏して来ない。もしそれを得たら、もうお前を乗らない。私の事が未だ成っていないのに、どうしてこのようになったのか。」
その時、群臣たちは王のこの言葉を聞き、皆共に議した。「カニシカ王は貪虐で無道だ。数えきれないほど出征し、人民を労役させる。厭うことを知らず、四海を王としようと欲している。辺境を守備させ、親戚を分離させる。このような苦しみはいつになったら寧息するのか。宜しく同心して共にこれを除くべきだ。そうしてから我等は楽しむことができる。」 王が瘧(熱病)にかかっている時に、布団で押さえつけ、人がその上に座り、しばらくして気絶した。
馬鳴の説法を聞いた縁故によって、大海の中に生まれ、千頭の魚となった。剣輪が回り注ぎ、その首を斬り截る。続いてまたすぐに生じ、次第にまた斬る。このように展転して乃至無量、須臾の間に頭が大海に満ちた。
その時、羅漢が僧の維那(寺務役)をしていた。王はすぐに白した。「今、この剣輪は犍椎(木魚などの打楽器)の音を聞くとすぐに停止します。その中間に苦痛が少し休みます。どうか大徳、哀れみを垂れてください。もし犍椎を鳴らして長く続けてくだされば。」 羅漢は愍念して、長くそれを打った。七日が過ぎて、苦しみを受けることが終わった。そしてこの寺では、彼の王の
付法藏因緣傳卷第五
付法蔵因縁伝 第五巻