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付法蔵因縁伝 (付法藏因緣傳)


付法藏因緣傳卷第六

付法蔵因縁伝 第六巻

元魏西域三藏吉迦夜共曇曜譯

元魏西域三蔵吉迦夜共曇曜訳

龍樹菩薩臨去此世。告大弟子迦那提婆。善男子聽。佛以大悲愍傷眾生。演甘露味利益來世。次第相付乃至於我。我欲去世囑累於汝。汝當流布至心受持。提婆敬諾當承尊教。於是宣說真法寶藏。以智慧力摧伏異學。博識淵覽才辯超絕。擅名天下獨步諸國。其初託生南天竺土婆羅門種。尊貴豪勝。由與神眼遂無一目。因是號曰迦那提婆。智慧深遠機明內發。顧自觀察無愧於心。唯以其言人未信受。道化不行夙夜憂念。於彼國中有一天神。鍛金為形立高六丈。咸皆號曰大自在天。有求願者令現獲報。提婆詣廟求入拜見。主廟者言天像至神。人有見者不敢正視。又令退後失魂百日。汝今但當詣門乞願。更復何求而欲見耶。提婆答言。神審若斯吾乃願見。設不如是非我所欲。時人聞之咸奇其意。追入廟者數千萬人。提婆既至稽首為禮。天動其眼怒目視之。提婆語曰。天實神矣。然今相觀甚大卑劣。夫為神者。當以精靈偃伏群類。而假黃金頗梨為飾。熒惑民物何期小也。即登高梯鑿出其目。時諸觀者咸有疑意。大自在天威德高遠。云何為此小婆羅門之所毀辱。將無彼神名過其實。爾時提婆曉眾人曰。神明遠大近事試我。我深達彼心所念故。登金山聚出頗梨珠。咸令一切皆悉了知。精靈純粹不假形質。吾既非慢。神豈辱也。作是語已從廟而出。即於其夜求諸供備。明日清旦敬祀天神。迦那提婆名德素著智與神會。其所發言無不響應。一夜之中供具斯備。大自在天作一肉形。高數四丈。左眼枯涸徐步安詳而來就坐。遍觀餚饍歎未曾有。嘉其德力能有所致。而告之曰。善哉大士。深得吾心以智見供。汝今真是敬信我者。世人愚癡唯得吾形。以食奉獻畏而誣我。今汝供饌。美味具足我之左眼宜當垂給。若能見與真上施也。提婆答言善哉受教。即以左手出眼與之。天神力故出而隨生。索之不已。出眼數萬。天神讚曰。善哉摩納。真上施也。欲求何願必滿汝意。是時提婆白天神曰。我索明識不假於外。唯恨吾教人莫信受。正願我言後必流布。神曰甚善。即便起退。於是提婆詣龍樹所。剃除鬚髮受出家法。周遊揚化廣濟群生。南天竺王總御諸國。懷貢高心信用邪道。沙門釋子一不得見。國人遠近咸受其化。提婆念曰。樹不伐本枝條難傾。人主不化道豈流布。其國政法王家出錢雇人宿衛。爾時提婆應募為將荷戟前馳。整勒部曲威德恩仁物樂其政。王嘉其意問曰。何人侍者。答言。此人應募。既不食廩。又不取賈。在事恭謹性好閑習。未達其心何求何欲。王即召之具問其意。答言大王。我是智人善於言論。欲於王前而求試驗。即便許之為建論座。爾時提婆即立三義。一切聖中佛最殊勝。若於諸法佛法無比。救世福田眾僧第一。八方論士能壞斯語。我當斬首以謝其屈。所以者何立理不明是為愚癡。若斯之頭非吾所惜。八方論士咸來雲集。亦各言曰。我若有屈斬首相謝。愚癡之頭非吾甘樂。提婆語言。我所修法仁活萬物。要不如者當剃汝髮以為弟子。不斬頭也。立此要已便共論義。諸外道中情智淺者。適至一言尋便屈滯。智慧勝者遠至二日。辭理俱匱。悉剃其髮度令出家。爾時有一外道弟子。兇頑無智恥其師屈。形雖隨眾心結怨忿。含毒熾盛嚙刀自誓。彼口勝我我刀伏汝。作是語已持挾利刀。常於日夜伺求其便。爾時提婆出在閑林。造百論經以破邪見。弟子分散樹下思惟。提婆菩薩起定經行。外道弟子往至其所。執刀窮之。汝昔曾以智伏吾師。我於今者刀破汝腹。即便決之。五藏出外。命猶未絕。愍其狂愚而告之曰。我有衣鉢在吾坐所。汝可取之急上山去。我諸弟子未得道者。若脫遇汝必當相執。或送於王困汝不少。夫身名者眾患根本。汝今迷惑愛惜情重。是故宜當好自防護。時諸弟子有先來者。覩見其師發聲悲哭。合諸門徒競各雲集。驚怖㘁咷宛轉于地。其中或有狂突奔走。共相分衛追截要路。爾時提婆語眾人曰。諸法本空無我我所。無有能害亦無受者。誰親誰怨孰為惱害。汝等今者愚癡所覆。橫生妄見種不善根。彼人所害害吾往報。非殺我也。於是放身蟬蛻而去。迦那提婆未捨身時。告於尊者羅睺羅曰。佛婆伽婆為度眾生。演暢妙法利益來世。次第委囑乃至於我。我若滅後當付於汝。汝宜護持深經寶藏。令諸眾生普皆蒙益。羅睺羅言。善哉受教。於後敷演深經妙法。以智慧力摧滅邪道。三聞說法盡能受持。龍樹提婆及斯大士名德竝著美聲俱聞。當是時也有婆羅門。聰慧奇悟善於言論。造鬼名書甚難解了。章句廣博十有萬偈。為三大士。而讚誦之。龍樹一聞尋便開悟。善能憶持如舊誦習。提婆未解重為宣說。既經再聞復即明了。提婆菩薩為羅睺羅。更廣分別演其章句。羅睺羅聞豁然意解。時婆羅門便大驚怪。此諸沙門才慧乃爾。讀吾此書不久通利。善能分別似若舊習。即便信伏改其邪心。彼羅睺羅聰慧如是。有善方便教化眾生。然後以法付囑尊者僧伽難提。令其流布饒益眾生。僧伽難提有大功德。智慧深遠修菩薩行。以堅誓願而自莊嚴。超過聲聞緣覺境界。曾於一時有阿羅漢。棄捨重擔具諸功德。僧伽難提欲試彼故。即宣一偈而問之言。

龍樹菩薩がこの世を去ろうとする時、大弟子の迦那提婆に告げて言いました。 「善男子よ、よく聞きなさい。仏は大悲をもって衆生を憐れみ、甘露の法味を説き、来世の利益をはかられた。次第に相伝されて私に至った。私は世を去ろうとするが、あなたに託す。あなたは広く流布し、真心をもって受け持ちなさい。」 提婆は敬って承諾し、尊い教えを受け継ぐことを誓いました。 そこで真実の法の宝蔵を宣べ、智慧の力をもって異なる学説を打ち破りました。 博識で見識が深く、才弁は超絶し、天下に名を馳せ、諸国に並ぶものなく歩みました。

初めに南インドの地に生まれ、バラモンの種族であり、尊貴で豪勢でした。 神の眼を得たために片目がなく、それゆえ迦那提婆(片目の提婆)と号しました。 智慧は深遠で、機知が内から発し、自らを顧みて心に恥じるところはありませんでした。 ただ、その言葉が人々に信じ受け入れられず、教化が行われないことを日夜憂えていました。

その国の中に、ある天神がいました。 金を鍛えて形とし、高さ六丈(約18メートル)に立ち、皆が大自在天と号していました。 願いを求める者には、現世で報いを得させるとされていました。 提婆はその廟を訪れ、拝見することを求めました。 廟の主は言いました。 「天像は非常に神聖で、見た者はまともに見ることができず、また後退させられて百日間魂を失うと言われています。あなたはただ門で願いを乞うだけで、なぜ見ようとするのですか。」 提婆は答えました。 「神が本当にそうなら、私はぜひ見たい。もしそうでなければ、私の望むところではありません。」 その言葉を聞いた人々は皆、その意図を不思議に思い、廟に入る者たちは数千、数万人に及びました。

提婆が廟に着くと、頭を地につけて礼拝しました。 天像はその目を動かし、怒って提婆を見つめました。 提婆は言いました。 「天は確かに神です。しかし、今見るに、とても卑小です。神たるものは、精霊をもって群類を従わせるべきであり、黄金や水晶を飾りとし、民衆を惑わすなど、なんと小さいことでしょう。」 すぐに高い梯子に登り、その目をえぐり出しました。 見ていた人々は皆、疑いの念を抱きました。 「大自在天の威徳は高く遠大なのに、なぜこの小さなバラモンに辱められるのか。もしかすると、その神の名声は実態を過ぎているのではないか。」 その時、提婆は人々に明かしました。 「神明は遠大であり、近くで私を試したのです。私は深く彼の心の思いを知っているからです。金山に登り、水晶の珠を取り出し、すべての人々に知らしめましょう。精霊は純粋で、形質を借りる必要はありません。私が傲慢でなければ、神が辱められることもないでしょう。」 この言葉を言い終えると、廟から出ました。

その夜、供え物を整え、翌朝早く、天神を敬って祀りました。 迦那提婆は名声と徳が高く、智恵と神が会しました。 その発言には、すべて応答がありました。 一夜のうちに供え物は整いました。 大自在天は肉の形となり、高さ四丈(約12メートル)ほどで、左目は枯れ、ゆっくりと安らかな足取りでやって来て座につきました。 供え物を見渡し、かつてないものだと感嘆し、その徳の力がこれをもたらしたことを称え、告げました。 「善きかな、大士よ。深く私の心を得て、智恵をもって供養する。あなたは今、真に私を敬信する者である。世の愚かな人々は、ただ私の形を得て、食物を奉げ、畏れて私を欺く。今、あなたの供え物は、美味が満ちており、私の左目を与えるのがよい。もし与えられるなら、真の上施である。」 提婆は答えました。 「善きかな、教えを受けます。」 すぐに左手で目を取り出して与えました。 天神の力によって、出してもすぐに生え、求め続けると、目は数万にもなりました。 天神は賛嘆しました。 「善きかな、摩納(若者)よ。真の上施である。何を願うか、必ずあなたの意を満たそう。」 その時、提婆は天神に言いました。 「私は明らかな識(智慧)を求め、外に頼りません。ただ、私の教えが人々に信じ受け入れられないことを恨みます。ただ、私の言葉が後に必ず流布することを願います。」 神は言いました。 「大変結構である。」 すぐに立ち去りました。

そこで提婆は龍樹のもとを訪れ、髭や髪を剃り、出家の法を受けました。 各地を巡り、教化を広め、多くの衆生を救いました。

南インドの王は諸国を統治し、高慢な心を持ち、邪な道を信じ用いていました。 沙門(出家者)の弟子たちは一人も会うことができず、国の人々は遠近を問わず、その教化を受けていました。 提婆は考えました。 「木の根本を伐らなければ枝は倒れない。君主が教化されなければ、道が流布するはずがない。」 その国の法律では、王家がお金を出して人を雇い、宿衛(護衛)としていました。 その時、提婆は応募して将となり、戟を担いで前に進み、部下を整え、威徳と恩恵の政治で人々はその統治を喜びました。 王はその心構えを称え、尋ねました。 「あれは誰の侍者か。」 答えました。 「この人は応募した者です。俸禄も取らず、報酬も受け取りません。任務に忠実で、性質は穏やかです。その心がわからず、何を求め、何を望んでいるのでしょうか。」 王はすぐに呼び出し、詳しくその意図を尋ねました。 答えました。 「大王、私は智恵ある者で、言論に長けています。王の前で試してみたいのです。」 すぐに許され、論議の座が設けられました。

その時、提婆は三つの命題を立てました。 「一切の聖者の中で仏が最も勝れている。諸法の中で仏法に比べるものはない。救世の福田として衆僧が第一である。八方の論士でこの言葉を破れる者がいれば、私は首を斬ってその屈辱に謝罪しよう。なぜなら、理を立てて明らかでないのは愚かであり、そのような頭は私が惜しむところではないからだ。」 八方の論士たちが雲のように集まり、それぞれ言いました。 「もし私が負ければ、首を斬って謝罪しよう。愚かな頭は私の望むところではない。」 提婆は言いました。 「私が修める法は、万物を生かすものである。もし私に及ばないなら、あなたの髪を剃って弟子とし、首は斬らない。」 この約束を立てると、すぐに論議を始めました。 外道の中でも、情と智の浅い者は、一言で負け、すぐに詰まってしまいました。 智恵の勝れた者でも、二日も経たずに、言葉も理も尽き、皆、髪を剃られて出家させられました。

その時、一人の外道の弟子がいました。 凶暴で智恵がなく、師が負けたことを恥じ、形は衆に従っていても、心には怨みの念を抱き、毒を含んで燃え盛り、刀を噛んで誓いました。 「あの口が私に勝ったなら、私の刀であなたを打ち伏せよう。」 この言葉を言うと、鋭い刀を持ち、日夜、機会を伺っていました。

その時、提婆は静かな林に出て、『百論』の経典を造り、邪見を破ろうとしていました。 弟子たちは散り、木の下で思惟していました。 提婆菩薩は禅定から起きて経行(歩行瞑想)していました。 外道の弟子がその場所に行き、刀を執って追い詰めました。 「あなたはかつて智恵で私の師を打ち負かした。私は今、刀であなたの腹を破る。」 すぐに腹を切り裂きました。 五臓が外に出ましたが、命はまだ絶えていませんでした。 その狂愚を憐れみ、告げました。 「私の衣と鉢は私の座っている所にある。急いで取って山に登りなさい。私の弟子たちでまだ道を得ていない者が、もしあなたに会えば必ず捕らえ、王に送られて苦しむことになるだろう。身と名は衆患の根本である。あなたは今、迷い、愛惜の情が重い。だから、よく自分を防護しなさい。」

その時、先に来た弟子たちが師を見て、声をあげて悲しみ泣きました。 門徒たちが集まり、驚き恐れて泣き叫び、地に転げ回りました。 その中には狂ったように走り回る者もおり、共に分かれて道を塞ぎ、追い詰めました。 その時、提婆は皆に言いました。 「諸法は本来空であり、我も我所もない。害する者もなく、受ける者もない。誰が親で誰が怨み、誰が悩ませ害するのか。あなたたちは今、愚かさに覆われ、妄見を生じ、不善の根を種いている。あの人が害したのは、私の過去の報いを害したのであり、私を殺したのではない。」 こうして身を放ち、蝉の抜け殻のように去りました。

迦那提婆が身を捨てる前に、尊者羅睺羅に告げました。 「仏陀は衆生を度すために、妙法を演じ、来世の利益をはかられた。次第に委ねられて私に至った。私が滅した後は、あなたに託す。あなたは深経の宝蔵を護持し、すべての衆生が広く利益を受けるようにしなさい。」 羅睺羅は言いました。 「善きかな、教えを受けます。」 その後、深経妙法を広く説き、智慧の力をもって邪道を打ち滅ぼしました。 三度聞いただけで、すべてを受持することができました。

龍樹、提婆、そしてこの大士(羅睺羅)は、名声と徳がともに高く、美しい評判が聞こえました。 その時、あるバラモンがいました。 聡明で奇抜な悟りを持ち、言論に長け、『鬼名書』という非常に難解な書を造りました。 章句は広大で十万偈あり、三大士のためにそれを誦みました。 龍樹は一度聞いただけで、すぐに悟りを開き、よく憶え持ち、まるで昔から誦んでいたかのようでした。 提婆は理解できず、もう一度説かれ、再び聞いて明らかになりました。 提婆菩薩は羅睺羅のために、さらに広く分別してその章句を演じました。 羅睺羅は聞いて、たちまち意が解けました。 その時、バラモンは大いに驚き怪しみました。 「この沙門たちの才慧はこのようなものか。私のこの書を読んで、すぐに通達し、よく分別して、まるで昔から習っていたかのようだ。」 すぐに信伏し、邪心を改めました。

その羅睺羅はこのように聡明で、衆生を教化する善巧方便を持っていました。 その後、法を尊者僧伽難提に付嘱し、流布させて衆生を豊かに利益するようにさせました。 僧伽難提は大いなる功徳を持ち、智慧は深遠で、菩薩行を修め、堅固な誓願をもって自らを荘厳し、声聞・縁覚の境界を超えていました。

ある時、阿羅漢がいました。 重い荷を捨て、諸々の功徳を具えていました。 僧伽難提は彼を試そうと、一つの偈を宣べて尋ねました。

轉輪種中生 非佛非羅漢
不受後世有 亦非辟支佛

転輪王の種族に生まれし者も 仏にもならず、羅漢にもならず 後の世の存在を受けることもなく また辟支仏にもならず

大德應當好諦觀察。如上所言是何等物。爾時羅漢即入三昧。深諦思惟不能解了。便以神力分身飛往兜率陀天至彌勒所。具宣上事請決所疑。爾時彌勒告彼羅漢。世以埿團置於輪上。埏埴成瓦。如是瓦者。豈同諸聖至後世乎。時彼羅漢即便開解。還閻浮提宣說斯事。僧伽難提語言。大德。此必當是彌勒菩薩為汝宣說然後解耳。如是智慧神力變化。濟諸群生不可限量。所應作已將欲捨身。至一樹下指攀樹枝。尋便捨壽猶依此樹。諸羅漢等欲移其尸。置平坦處積薪耶旬。如須彌山不可傾動。盡其神力亦無異相。即便復以諸大白象併力俛之。不能移動如芥子處。尋積香木就下闍毘。其火熾盛焚燒身盡。樹更蓊欝都無凋毀。時眾咸見歎未曾有。收取舍利起塔供養。僧伽難提捨身已後。有羅漢名僧伽耶舍。次受付囑流布法眼。廣化眾生拯諸苦惱。有大智慧言辭清辯昔雖出家未證道迹。遊大海邊見一宮殿。七寶莊嚴光明殊勝。僧伽耶舍見時已到。即往彼宮說偈乞食。

大徳はよくよく観察すべきである。先ほど述べたように、これはいったい何であろうか。その時、羅漢は三昧に入り、深く思惟を凝らしたが、理解することができなかった。そこで神通力を用いて分身し、兜率天に飛び往き、弥勒のもとに至った。そして先のことを詳しく述べ、疑問を解決してほしいと請うた。

その時、弥勒はその羅漢に告げた。「世間では泥の塊を轆轤に載せ、陶器を作って瓦とする。そのような瓦が、諸聖者たちの後世と同じであろうか。」その時、羅漢はただちに理解を得た。閻浮提に戻り、このことを宣説した。

僧伽難提は言った。「大徳よ、これはきっと弥勒菩薩があなたのために説き明かし、それで理解できたのであろう。このような智慧と神通力による変化は、多くの衆生を救済し、その量り知れないことよ。」

僧伽難提はなすべきことを成し遂げ、身を捨てようとしていた。一本の木の下に至り、枝に手をかけた。そのまま寿命を終え、なおこの木に寄りかかっていた。諸羅漢たちはその遺体を平坦な場所に移し、薪を積んで荼毘に付そうとしたが、須弥山のように微動だにしない。彼らの神通力を尽くしても、少しも動く気配はなかった。そこでさらに多くの大白象を併せて押させたが、芥子一粒ほども動かすことはできなかった。

やむなく香木を積み、その下で荼毘に付した。火は熾盛に燃え上がり、遺体は焼き尽くされたが、木はますます青々と茂り、少しも枯れることはなかった。その場にいた人々は皆、見たことのない光景に驚嘆した。そして舎利を収め、塔を建てて供養した。

僧伽難提が身を捨てた後、僧伽耶舎という名の羅漢が次に法灯を託され、法眼を広め、多くの衆生を教化して苦悩から救い出した。彼は大いなる智慧を持ち、言葉は清く弁舌に優れていた。かつて出家したが、まだ道を悟ってはいなかった。ある時、大海のほとりを遊行していると、七宝で荘厳され、光明殊勝なる宮殿を見た。僧伽耶舎は時が来たことを知り、その宮殿に赴き、偈を唱えて食を乞うた。

飢為第一病 行為第一苦
如是知法者 可得涅槃道

飢えは最も苦しい病であり、行いは最も深い苦しみである。 この真理を知る者こそ、涅槃の道を得ることができる。

是時舍主即出奉迎。敷置茵褥請入就坐。僧伽耶舍見其家內有二餓鬼。裸形黑瘦飢虛羸乏。鎖其身首各著一床。復有一鉢滿中香飯。以瓶盛水安置其側。爾時舍主即取此食奉施比丘。語言大德。慎勿以食與此餓鬼。爾時比丘見其飢困。即以少飯而施與之。鬼得食已即吐膿血。遍流在地污其宮殿。爾時比丘怪而問之。此鬼何緣受斯罪報。舍主答曰。斯鬼前世一是吾息一是兒婦。我昔布施作諸功德。而彼夫妻恒懷恚惜。我數教誨都不納受。因立誓曰。如此罪業必獲惡報。若受罪時我當看汝。由是因緣得斯苦惱。小復前行至一住處。堂閣嚴飾種種奇妙。滿中眾僧經行禪思。日時已到鳴椎集食。食將欲訖。爾時餚饍變成膿血。便以鉢器共相打擲頭面破壞。血流污身而作是言。何為惜食今受此苦。僧伽耶舍前問其意。答言長老。我等先世迦葉佛時同止一處。客比丘來。咸共瞋恚藏惜飲食而不共分。以此緣故今受斯苦。如是尊者僧伽耶舍。周遊大海遍行觀察。見于地獄凡有五百。即生厭惡深患三有呵責五欲。甚生怖畏便作是念。世間造業終不敗亡。如影隨形誰能捨離。我今應當方便求免。觀察情至得羅漢道。六通無礙三明清徹。於一山林有五百仙。勤修苦行欲望梵福。僧伽耶舍往至其所。為宣三偈讚佛法僧。五百仙人俱得道迹。如是尊者廣為佛事。教化已訖便入涅槃。收集舍利起塔供養。僧伽耶舍未滅度時。以法付囑鳩摩羅馱。而告之曰。佛以正法付大迦葉。如是展轉乃至於我。我欲涅槃持用相付。汝宜至心勤加守護。鳩摩羅馱答言受教。於是次宣深法寶藏。彼之功德甚深淵遠。發大弘誓行菩薩道。智慧辯才猶如大海。少有名稱國人宗仰。鳩摩羅馱秦言童子。少有美名。以何緣故號美名耶。有一長者緣事餘行。以二瓮金寄其親友。一瓮金大。二者金小語親友言。吾欲他行持此相寄。我子意若有欲得者必當與之。後長者子往從索金。親友爾時還其小者。彼即瞋恚不肯取金。遂共相將詣斷事所。具陳上意以求理決。眾斷事官莫能分了。鳩摩羅馱時為童子。於路遊戲聞其訟音。即作是言。兒得金矣何勞苦諍。其父本言隨子所欲。今樂大者理自屬之。爾時斷事便用其語。於是名聞馳布四遠。因即號為美名童子。出家學道才慧超世。至一國土人多頑嚚。雖聞法教都不信受。鳩摩羅馱即語之言。汝今可集鐵馬萬騎。遣人乘之在吾前過。便如其言即為嚴辦。鳩摩羅馱暫一見已。盡皆分別人名馬色衣服相貌。具足宣說無一錯謬。彼國人民方皆信伏。造諸經論遊化世間。所為已訖即便捨壽。鳩摩羅馱臨捨命時。告一比丘名闍夜多。長老當知。如人渡海必由船栰。眾生如是。欲離三界修行善法然後得出。故我今者欲付汝法。宜好習學利益人天。闍夜多言。善哉受教。遂演深法廣化世間。彼闍夜多有大功德。精進勇猛勤修苦行。善持禁戒無有漏失。世尊所記最後律師。曾於眾中有一比丘。其嫂至寺持食餉之。婬火熾盛便共交通。犯重禁已尋自悔責極生慚恥。我大愚癡造斯惡業。吾今定非沙門釋子。衣鉢盡置三奇杖上。處處遊行高聲唱言。我是罪人不應復著佛法染衣。為釁既重必入地獄。當於何處而得救護。時闍夜多語比丘言。汝今若能隨順我語。當令汝罪尋得消滅。比丘歡喜白言受教。時闍夜多。即以神力。化作火坑其焰猛盛。令此比丘自投其中。爾時比丘為滅罪故。舉身投入大火坑內。於時猛焰轉成清流。纔齊其膝都不傷害。時闍夜多告比丘曰。汝以善心至誠悔過。所有諸罪今悉摧滅。即為說法得羅漢道。由是緣故世皆號為清淨持律。復於一時將諸弟子。圍遶往詣德叉尸羅城。至其城已時闍夜多慘然嚬蹙。弟子疑怪問其師意。答言且止。後當宣說。小復前行路見一烏。爾時尊者欣然微笑。諸弟子眾重白師言。唯願哀愍說其因緣。時闍夜多告眾人曰。我初至城。於其門下見餓鬼子。飢急羸困前白我言。母生吾已入城求食。自與別來滿五百年。飢虛窮乏命不云遠。尊若入城見我母者。為吾具宣辛苦之事。我始入城便見彼母。即為具說其子飢乏。爾時鬼母前白我言。吾入城來經五百年。未曾能得一人㖒唾。何以故。我既新產氣力羸惙。設得少唾為諸鬼神之所欺奪。始於今日值一人唾。邊無餘鬼會遇得之。欲出城外共子分食。門下多有大力鬼神。畏其侵奪復不敢出。唯願尊者垂哀矜愍。將我出城與子相見。我於爾時將此鬼母出於城外。令共子食。即問彼言。汝生已來為幾時耶。鬼答我曰。吾見此城七返成壞。國土豐樂人民熾盛。又見毀敗殄滅無遺。我聞彼言。深歎生死受苦長遠無有邊際。以是緣故慘然嚬蹙。彼烏因緣。善聽當說。乃往過去九十一劫。毘婆尸佛在世教化。我於爾時為長者子。志厭五欲常念出家。我若爾時作沙門者。必斷眾結得羅漢道。吾之父母不見從志。強為娉妻欲遮斷我。我不違命便即娶妻。娶妻已訖。復欲出家。父母語言。為汝娉妻正求繼嗣。若生一子乃當相放。我尋受教與共交會生一男兒。年始六歲。爾時父母即教此兒。汝父若出欲作沙門。當抱其足而語之曰。父若捨我誰見養活。先當見殺然後可去。爾時此兒如父母教。啼泣抱我甚生悲戀。我於爾時以愛染心即語子言。吾當為汝不復出家。由彼兒故不得道證。九十一劫流轉生死。於五道中未曾得見。今以道眼觀察彼烏。乃我前世所生之子。愍其嬰愚久處生死。以斯因緣是故微笑。如是尊者善說法要。以辯才力遊化世間。所為已訖入般涅槃。尊者闍夜多臨當滅度。告一比丘名婆修槃陀。汝今善聽。昔天人師於無量劫勤修苦行。為上妙法。今已滿足利安眾生。我受囑累至心護持。今欲委汝當深憶念。婆修槃陀白言受教。從是以後宣通經藏。以多聞力智慧辯才。如是功德而自莊嚴。善解一切修多羅義。分別宣說廣化眾生。所應作已便捨命行。次付比丘名摩奴羅。令其流布無上勝法。彼摩奴羅智慧超勝少欲知足勤修苦行言辭要妙悅可眾心。善能通達三藏之義。於南天竺興大饒益。時有尊者號曰夜奢。辯慧聰敏甚深淵博。與摩奴羅功德同等。亦能解了三藏之義。流布名聞咸為宗仰。曾於一時彼摩奴羅至北天竺。尊者夜奢而語之言。恒河以南二天竺國。人多邪見聰辯利智。長老善解音聲之論。可於彼土遊行教化。我當於此利安眾生。時摩奴羅即如其語至二天竺。廣宣毘羅無我之論。摧伏一切異道邪見。所為既辦捨身命終。於是已後次有尊者名鶴勒那。夜奢出興於世。受付囑法廣宣流布。福德深遠才明淵博。化世迷惑令就正路。所作已訖然後捨身。復有比丘名曰師子。於罽賓國大作佛事。時彼國王名彌羅掘。邪見熾盛心無敬信。於罽賓國毀壞塔寺殺害眾僧。即以利劍用斬師子。項中無血唯乳流出。相付法人於是便絕。如此之法為大明燈。能照世間愚癡黑闇。是故如上諸賢聖人。皆共頂戴受持守護。更相付囑常轉法輪。為諸眾生起大饒益。斷塞惡道開人天路。逮至最後斯法衰殄。賢聖隱沒無能建立。世間闇冥永失大明。造作惡業行十不善。命終多墮三惡八難。是故智者宜當觀察。無上勝法有大功德。微妙淵遠不可思議。譬如賈人欲過大海。必乘船舫然後得度。一切眾生亦復如是。欲出三界生死大海。必假法船方得度脫。法為清涼除煩惱熱。法是妙藥能愈結病。即是眾生真善知識。為大利益濟諸苦惱。何以故。一切眾生性無定相。隨所染習起善惡業。若有習近外道邪見受其教誡。永即流轉無有邊際。是則不名善知識也。若有人能起信敬心。親近賢聖聽受妙法。由聽斯法功德因緣。出欲淤泥受最勝樂。是故此人名善知識。宜應勤心習近供養。必能令人離三惡苦。如昔往日華氏國王有一白象。氣力勇壯能滅怨敵。若有罪人令象蹈殺。後時象厩為火所燒。移在異處近一精舍。聞有比丘誦法句曰。為善生天為惡入淵。心便柔和起慈悲意。後付罪人都不殺害。但以鼻嗅舐之而去。王見斯已心大惶怖。召諸智臣共謀此事。時有一臣即白王言。此象繫處近在精舍。必聞妙法是故爾耳。今可移繫令近屠肆。彼覩殺害惡心當盛。王用其計繫象屠所。象見殺戮剝皮斬截。惡心猛熾殘害增甚。以是當知。眾生之類其性不定。所以者何。畜生猶尚聞法生慈。見有屠殺便為殘害。況復於人。而不染習起善惡業。是故智者宜應覺知。邪見惡法多所損害。棄而離之勤作方便。習近聖法受持流布起大師想。由是微妙功德因緣。永當超越三惡道苦。度生死海受涅槃樂。又此法者為得道利全分因緣。是故復名真善知識。如昔阿難白佛言。世尊。善知識者。於得道利作半因緣。佛言不也。善知識者。即是得道全分因緣。阿難當知。此閻浮提除大迦葉舍利弗等。其餘眾生若不遇我。恒當流轉無解脫期。是故我言。善知識者能大利益。以此緣故當知。佛法最尊最妙為無有上。無量功德之所成就。是故世尊初成正覺。於樹王下端坐思惟。一切世間若使無有父母師長。單獨孤露永無恃怙。我今應當依誰而立。復作是念過去未來現在諸佛。悉以勝法用為師範。我亦應當如三世佛深妙勝法用以為師。由是緣故佛常恭敬如斯妙法。至心禮拜懃加守護。當知此法甚為希有。是故智者宜應受持。又於往昔有婆羅門。持人髑髏其數甚多。詣華氏城遍行衒賣。經歷多時都無買者。便極瞋恚高聲唱言。此城中人若不就我買髑髏者。吾當相為作惡名聞言。汝諸人愚癡闇鈍。爾時城中諸優婆塞聞是語已。畏其毀謗。便持錢物至彼買之。即以銅筯貫穿其耳。若徹之者便與多價。其半徹者與價漸少。都不通者全不與直。時婆羅門問優婆塞。我此髑髏皆悉無異。何故與價而有差別。優婆塞言。如前髑髏有通徹者。斯人生時聽受妙法。智慧高勝貴其若此。相與多價。其半徹者雖聽妙法未善分別。以是因緣與汝少直。全不通者此人往昔都不聽法。吾以是故不相與直。時優婆塞持此髑髏。往至城外起塔供養。命終皆得生于天中。以是因緣當知。妙法有大功德能建立人。何以故。此優婆塞以聽法人髑髏起塔尚生天上。況能至心聽受斯法供養恭敬持經人者。此之福報甚難窮盡。未來必當成無上道。是故諸有欲得無上安隱快樂。為化眾生作大饒益。皆應受持如是勝法。

その時、屋敷の主人はすぐに出迎え、敷物を敷いて座を設け、僧伽耶舎を招き入れて座につかせた。僧伽耶舎はその家の中に二匹の餓鬼がいるのを見た。裸で黒く痩せ、飢えに苦しみ、鎖で首と体を縛られ、それぞれの寝台につながれていた。また、一つのはちに香ばしいご飯が満たされ、壺に水が入れてそばに置かれていた。その時、主人はこの食事を取り、比丘に捧げて言った。「大徳、どうかこの食事を餓鬼に与えないでください。」比丘は彼らの飢えと苦しみを見て、少しのご飯を施した。鬼は食事を得ると、すぐに膿と血を吐き、それが地面に流れ出て宮殿を汚した。比丘は不思議に思い尋ねた。「この鬼はなぜこのような罪の報いを受けるのですか?」主人は答えた。「この鬼たちの前世は、一人は私の息子、もう一人はその妻です。私は昔、布施をし、さまざまな功徳を積みましたが、その夫婦はいつも惜しみ怒りを抱いていました。私は何度も教え諭しましたが、まったく聞き入れませんでした。そこで私は誓いを立てました。『このような罪業は必ず悪い報いを受けるだろう。もし罪を受ける時が来たら、私はお前たちを見届ける。』この因縁によって、彼らはこのような苦しみを受けているのです。」

少し進むと、一つの住処に着いた。堂閣は厳かに飾られ、さまざまな奇妙なものがあり、中には多くの僧が経行し、禅を組んで瞑想していた。食事の時間が来ると、木魚が鳴らされ、食事が集められた。食事が終わろうとした時、料理が突然膿血に変わり、鉢や器を互いに投げ合い、顔を傷つけ、血が流れて体を汚し、彼らはこう言った。「なぜ食べ物を惜しんだために、今この苦しみを受けるのか。」僧伽耶舎が前に進んでその意味を尋ねると、彼らは答えた。「長老よ、私たちは前世、迦葉仏の時代に同じ場所に住んでいました。客の比丘が来ると、皆で怒りを抱き、食べ物を隠して分け与えませんでした。この因縁によって、今この苦しみを受けているのです。」

このように、尊者僧伽耶舎は大海を巡り、あまねく観察し、地獄が五百もあるのを見て、すぐに厭悪の念を起こし、三界の存在を深く憂い、五欲を責めた。非常に恐れをなして、こう思った。「世の中で造った業は決して滅びず、影が形に従うように、誰がそれを離れられるだろうか。私は今、方便を求めて逃れなければならない。」観察を極め、阿羅漢の道を得た。六神通に妨げなく、三明は澄み切っていた。

ある山林に五百人の仙人がいて、梵天の福を願って苦行に励んでいた。僧伽耶舎は彼らのところに行き、三つの偈を唱えて仏・法・僧を讃えた。五百人の仙人は皆、道の跡を得た。このように、尊者は広く仏事を行い、教化を終えると、涅槃に入った。舎利を集め、塔を建てて供養した。

僧伽耶舎がまだ滅度していない時、法を鳩摩羅馱に託して言った。「仏は正法を大迦葉に託された。こうして次々と伝えられ、私に至った。私は涅槃に入ろうとしているので、これをあなたに託す。あなたは心を尽くして、よく守りなさい。」鳩摩羅馱は「お受けします」と答えた。こうして次に深い法の宝蔵を宣べ伝えた。彼の功徳は非常に深く遠く、大いなる弘誓を発し、菩薩の道を行じた。智慧と弁才は大海のようであり、名声は少なくとも国中の人々が宗仰した。

鳩摩羅馱は秦の言葉で「童子」という意味である。なぜ美名と呼ばれたのか。ある長者が用事で出かける際、二つの甕の金を親友に預けた。一つは大きな金、もう一つは小さな金であった。長者は親友に言った。「私は他に行くので、これを預ける。私の息子が欲しがったら、必ず与えてほしい。」後日、長者の息子が金を求めに行った。親友はその時、小さな方を返した。彼は怒って金を受け取らず、ついに一緒に裁判所に行き、詳しく事情を述べて理非を決してもらおうとした。裁判官たちは誰も裁きを下せなかった。鳩摩羅馱はその時まだ童子で、道で遊んでいて、彼らの争いの声を聞いた。そしてこう言った。「子供が金を得たのだから、何を苦労して争う必要があるのか。父親はもともと『子供の望むままに』と言った。今、大きな方を望むなら、道理から言ってそれに属する。」その時、裁判官は彼の言葉を用いた。こうして名声は四方に広まり、それゆえ美名童子と呼ばれたのである。

出家して道を学び、才知と慧は世に超えていた。ある国に行くと、人々は頑なで愚かであり、法の教えを聞いてもまったく信じ受け入れなかった。鳩摩羅馱は彼らに言った。「あなたたちは今、鉄の馬一万騎を集め、人を乗せて私の前を通らせなさい。」彼らはその通りに厳かに準備した。鳩摩羅馱は一瞥しただけで、すべての人と馬の色、衣服、相貌を区別し、詳しく言い当てて、一つも間違えなかった。その国の人々はようやく信服し、さまざまな経論を造り、世間を遊化した。なすべきことを終えると、寿命を捨てた。

鳩摩羅馱が命を捨てようとする時、闍夜多という名の比丘に告げた。「長老よ、知りなさい。人が海を渡るには必ず船や筏が必要なように、衆生もまた同じである。三界を離れようとするなら、善法を修行して初めて出ることができる。だから私は今、あなたに法を託そうとしている。よく学び、人天に利益をもたらしなさい。」闍夜多は言った。「善き哉、お受けします。」そして深い法を演じ、広く世間を教化した。

その闍夜多は大いなる功徳があり、精進勇猛で苦行に励み、戒律を善く守り、漏れ失うことがなかった。世尊が記した最後の律師である。かつて衆の中に一人の比丘がいた。その兄嫁が寺に来て食べ物を届けた。婬欲の火が盛んになり、彼らは交わった。重い禁戒を犯した後、すぐに悔い、非常に慚愧の念を起こした。「私は大いなる愚か者で、このような悪業を造った。私はもはや沙門釈子ではない。」衣と鉢を三奇杖の上に置き、あちこちを遊行して高声に叫んだ。「私は罪人である。もはや仏法の染衣を着るべきではない。罪は重く、必ず地獄に堕ちるだろう。どこで救いを得られるのか。」その時、闍夜多が比丘に言った。「あなたがもし私の言葉に従うなら、あなたの罪はすぐに消滅するだろう。」比丘は喜んで「お受けします」と白言した。その時、闍夜多は神力をもって、炎の猛々しい火坑を化現し、この比丘に自らそこに飛び込ませた。比丘は罪を滅ぼそうとして、全身を火坑に投じた。すると猛火は清らかな流れに変わり、膝の高さまでしかなく、まったく害を受けなかった。闍夜多は比丘に告げた。「あなたは善心をもって誠実に悔い改めたので、すべての罪は今、ことごとく滅ぼされた。」そして説法をして、阿羅漢の道を得させた。この因縁によって、世の人々は皆、彼を清浄な持律者と呼んだ。

またある時、弟子たちを連れて、徳叉尸羅城に行った。城に着くと、闍夜多は悲しげに顔を曇らせた。弟子たちは怪しんで師の意を尋ねた。師は答えた。「やめなさい。後で話そう。」少し進むと、道で一羽の烏を見た。その時、尊者は欣然として微笑んだ。弟子たちは再び師に言った。「どうか哀れみ、その因縁を説いてください。」闍夜多は皆に告げた。「私が初めて城に着いた時、門の下で餓鬼の子を見た。飢えに苦しみ、衰弱して、前に進み出て私に言った。『母は私を生んでから城に食べ物を求めに行きました。別れてからもう五百年になります。飢えと困窮で、命は長くありません。尊師が城に入って私の母を見かけたら、私の苦しいことを詳しく伝えてください。』私は城に入るとすぐにその母に会い、息子の飢えと困窮を詳しく伝えた。その時、鬼の母は前に進み出て私に言った。『私は城に入ってから五百年になりますが、一度も人の唾を得ることができませんでした。なぜなら、私は出産したばかりで気力が弱く、たとえ少しの唾を得ても、諸々の鬼神に奪われてしまうからです。今日初めて一人の唾を得ましたが、そばに他の鬼がいないので、やっと手に入れることができました。城外に出て息子と分けて食べようと思いますが、門の下には多くの力強い鬼神がいて、奪われるのを恐れて出ることもできません。どうか尊者、哀れみをかけて、私を城外に連れ出し、息子に会わせてください。』私はその時、この鬼の母を城外に連れ出し、息子と会わせて食べさせた。そして彼らに尋ねた。『あなたが生まれてからどれくらいになりますか?』鬼は私に答えた。『私はこの城が七度も成敗するのを見ました。国土が豊かで楽しく、人民が栄え、また滅びて跡形もなくなるのを見ました。』私はその言葉を聞いて、生死の苦しみが長く遠く、際限がないことを深く嘆いた。この因縁によって、悲しげに顔を曇らせたのです。あの烏の因縁については、よく聞きなさい。今から九十一劫前、毘婆尸仏が世に教化していた時、私は長者の子でした。五欲を厭い、常に出家を念じていました。もしその時、沙門になっていたなら、必ず衆の結びを断って阿羅漢の道を得ていたでしょう。私の父母は私の志に従わず、強いて妻を娶らせて私の志を遮ろうとしました。私は命に背かず、すぐに妻を娶りました。妻を娶った後、また出家を願いました。父母は言いました。『あなたに妻を娶らせたのは、後継ぎを求めてのことだ。もし一人の子を生んだら、その時は許そう。』私はすぐに教えを受け、交わって一人の男の子を生みました。年は六歳になった時、父母はこの子に教えました。『お前の父が出家しようとしたら、その足を抱いて言いなさい。父が私を捨てたら、誰が養ってくれるのか。まず私を殺してから行きなさい。』その時、この子は父母の教えの通りに、泣きながら私を抱き、非常に悲しみ慕いました。私はその時、愛染の心をもって子に言いました。『私はあなたのために、もう出家しない。』あの子のため、道証を得ることができませんでした。九十一劫の間、生死を流転し、五道の中で一度も会うことができませんでした。今、道眼をもって観察すると、あの烏は私の前世の子でした。その幼さと愚かさが長く生死にいることを哀れみ、この因縁によって微笑んだのです。」

このように、尊者は善く法の要を説き、弁才の力をもって世間を遊化した。なすべきことを終えると、般涅槃に入った。尊者闍夜多が滅度しようとする時、婆修槃陀という名の比丘に告げた。「あなたは今、よく聞きなさい。昔、天人師は無量劫の間、苦行を勤め、上妙の法のために修行された。今は満足し、衆生に利益と安楽をもたらされた。私は託され、心を尽くして護持してきた。今、あなたに委ねよう。深く憶念しなさい。」婆修槃陀は「お受けします」と白言した。それ以来、経蔵を宣通し、多聞の力と智慧の弁才をもって、このような功徳で自らを荘厳した。一切の修多羅の義を善く解し、分別して宣説し、広く衆生を教化した。なすべきことを終えると、命を捨てた。

次に、摩奴羅という比丘に託し、無上の勝法を流布させた。その摩奴羅は智慧が超勝し、少欲知足で苦行に励み、言葉は要妙で衆の心を悦ばせた。三蔵の義を善く通達し、南天竺で大いなる饒益を興した。その時、夜奢という尊者がいた。弁慧聡敏で甚深淵博であり、摩奴羅と功徳が同等で、三蔵の義を解することができ、名声を流布し、皆が宗仰した。

かつてある時、摩奴羅が北天竺に行った。尊者夜奢は彼に言った。「恒河以南の二天竺国では、人々が邪見を持ち、聡明で弁才に富んでいる。長老は音声の論を善く解しているので、その土地で遊行教化しなさい。私はここで衆生に利益と安楽をもたらそう。」摩奴羅はその言葉の通りに二天竺に行き、広く毘羅の無我の論を宣べ、一切の異道邪見を摧伏した。なすべきことを終えると、身命を捨てた。

その後、鶴勒那夜奢という尊者が世に出て、託された法を受け、広く宣べ流布した。福德は深遠で、才明は淵博であり、世の迷いを教化して正しい道に就かせた。なすべきことを終えると、身を捨てた。

また、師子という比丘がいて、罽賓国で大いに仏事を行った。その時、その国の王、弥羅掘は邪見が盛んで、敬信の心がなく、罽賓国で塔寺を毀壊し、衆僧を殺害した。そして利剣で師子を斬った。首からは血ではなく、ただ乳が流れ出た。託された法の人はここで絶えた。

このような法は大いなる明灯であり、世間の愚癡の暗闇を照らすことができる。だから、上に挙げた諸々の賢聖人は、皆、共に頂戴し、受持守護し、更に互いに託し合い、常に法輪を転じ、諸々の衆生のために大いなる饒益を起こし、悪道を断ち塞ぎ、人天の路を開いた。最後に至って、この法は衰え、賢聖は隠没し、建立する者がいなくなり、世間は暗冥となり、永遠に大いなる光明を失った。悪業を造り、十不善を行い、命終えて多くは三悪八難に堕ちる。だから智者はよく観察すべきである。無上の勝法には大いなる功徳があり、微妙で淵遠で、不可思議である。譬えば、商人が大海を渡ろうとするなら、必ず船や筏に乗って初めて渡ることができる。一切の衆生もまた同じである。三界の生死の大海を出ようとするなら、必ず法の船を借りて初めて度脱することができる。法は清涼であり、煩悩の熱を除く。法は妙薬であり、結びの病を癒す。すなわち、衆生の真の善知識であり、大いなる利益をもたらし、諸々の苦悩を救う。

なぜなら、一切の衆生の性は定まった相がなく、染め習うところに従って善悪の業を起こすからである。もし外道の邪見に近づき、その教誡を受けるなら、永遠に流転し、際限がない。これは善知識とは言えない。もし人が信敬の心を起こし、賢聖に親近し、妙法を聴受するなら、この法を聴く功徳の因縁によって、欲の泥沼から出て、最勝の楽を受けることができる。だから、この人は善知識と呼ばれる。勤めて心を尽くし、近づき供養すべきである。必ず人を三悪の苦から離れさせることができる。

昔、華氏国の王に一頭の白象がいた。気力勇壮で怨敵を滅ぼすことができ、罪人があると象に踏み殺させた。後に象の厩が火事で焼け、別の場所に移され、精舎の近くになった。比丘が法句を誦するのを聞いた。「善を行えば天に生まれ、悪を行えば淵に堕ちる。」心は柔和になり、慈悲の意を起こした。後に罪人を託されても、まったく殺害せず、ただ鼻で嗅ぎ舐めるだけで去った。王はこれを見て、非常に恐れ、智臣たちを召してこの事を謀

付法藏因緣傳卷第六

付法蔵因縁伝 第六巻


第五

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