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大楼炭経 (大樓炭經)


大樓炭經卷第二

大樓炭経 巻第二

西晉沙門法立共法炬譯

西晋の僧侶、法立と法炬による共訳

轉輪王品第三(之二)

転輪王品第三(の二)

「轉輪王有玉女寶者,何等類?轉輪王明旦與諸大臣共坐參議,時有自然玉女寶在前現,端正姝好面色無比,亦不長不短,不肥不瘦,不白不黑。冬時身則溫,夏時身則凉,身體諸毛孔皆栴檀香,口出蓮華香,轉輪王甚愛重,意不起婬欲向他人,何況當復身行?爾時轉輪王甚歡喜踊躍言:『已為我自然玉女寶,今我已作轉輪王。』轉輪王有玉女寶如是。

転輪王に玉女宝があるとは、どのようなものか。転輪王は朝早く、諸大臣と共に座して会議をしていると、自然に玉女宝が前に現れる。その姿は端正で美しく、顔色は比類なく、長すぎず短すぎず、太りすぎず痩せすぎず、白すぎず黒すぎず。冬には体が温かく、夏には涼しく、体の毛穴からは栴檀の香りがし、口からは蓮華の香りが漂う。転輪王は彼女を深く愛し大切にするが、他の者に向けて淫欲の心を起こすことはなく、ましてや実際に行動に移すことなどありえない。その時、転輪王は大いに喜び踊りながら言う。「すでに私のために自然の玉女宝が現れた。今、私はまさに転輪王となったのだ」と。転輪王にはこのような玉女宝があるのである。

「轉輪王有主藏聖臣寶,何等類?轉輪王明旦坐參議,時見主藏聖臣寶在前,解慧曉事至誠,往至轉輪王所白言:『轉輪王所欲求索者,我為天王辦之,王但安隱坐。』轉輪王欲試主藏聖臣寶,使會四部兵,乘船入水,告主藏聖臣:『我欲得金銀珍寶,當與我。』主藏聖臣白轉輪王言:『渡水已,隨王欲,當與之。』王言:『今當於此用之,疾與我金銀珍寶,渡水已我不用。』主藏聖臣聞受其教,整衣服船上長跪右手撓水,以器鈔金銀珍寶。譬如蟲著樹,諸金銀珍寶器,著手如是。爾時,主藏聖臣,持眾珍寶著船上,白轉輪王言:『欲得幾許金銀珍寶?今當與王。』轉輪王告主藏聖臣言:『我所有金銀珍寶甚眾多,但欲試卿耳!』主藏聖臣聞已,便還持金銀珍寶著水中。爾時,轉輪王甚歡喜踊躍言:『已為我自然主藏聖臣寶,我已為轉輪王。』轉輪王有主藏聖臣寶如是。

転輪王には蔵を司る聖臣の宝があります。それはどのようなものか。 転輪王が朝、議事の座についたとき、蔵を司る聖臣の宝が前に現れます。彼は聡明で物事に通じ、誠実な心を持ち、転輪王のもとに進み出て言います。 「転輪王が求めるものは、私が天王のために調達いたします。王はどうか安らかにお座りください」 転輪王は蔵を司る聖臣の宝を試そうと、四方の軍勢を集め、船に乗って水に入り、蔵を司る聖臣に告げます。 「私は金銀珍宝が欲しい。私に与えよ」 蔵を司る聖臣は転輪王に申し上げます。 「水を渡り終えたら、王の望むだけお与えいたしましょう」 王は言います。 「今ここで使いたいのだ。早く金銀珍宝を私に与えよ。水を渡ってしまえば、私は必要としない」 蔵を司る聖臣はその教えを受け、衣服を整え、船の上でひざまずき、右手で水をかき、器で金銀珍宝をすくい上げます。 まるで木に虫がつくように、金銀珍宝が器に、手に付くかのようです。 そのとき、蔵を司る聖臣は多くの珍宝を船の上に置き、転輪王に申し上げます。 「どれほどの金銀珍宝がお望みですか。今、王にお与えいたします」 転輪王は蔵を司る聖臣に告げます。 「私にはすでに多くの金銀珍宝がある。ただ、あなたを試しただけだ」 蔵を司る聖臣はこれを聞くと、金銀珍宝を持ち、水の中に戻します。 そのとき、転輪王は大いに喜び踊り、言います。 「すでに私のために自然と蔵を司る聖臣の宝が現れた。私はすでに転輪王となった」 転輪王にはこのような蔵を司る聖臣の宝があるのです。

「轉輪王有兵臣寶,何等類?轉輪王明旦坐參議,時見有兵臣在前,解慧勇猛曉事,往至轉輪王所,白轉輪王言:『所欲為作我為辦,王但自安坐莫憂!』爾時,轉輪王欲試兵臣,使會四部兵,告兵臣寶言:『不曉兵法者教令曉之,已曉者教令重知,不曉住者教令知住,不曉騎乘弓馬者教令知。』兵臣寶即受教,皆教諸兵。轉輪王甚歡喜踊躍言:『已為我自然兵臣寶,我今已為轉輪王。』轉輪王有兵臣寶如是。」

転輪王には兵臣宝という宝があります。それはどのようなものか。

転輪王が朝、政務を執る座に着くと、一人の臣下が前に現れました。その者は知恵に富み、勇猛で、物事をよく理解していました。彼は転輪王のもとに進み出て、こう申し上げます。

「王がなさろうとされることは、私がすべてお引き受けいたします。どうか王は安らかにお座りになり、ご心配なさいませんように。」

そこで転輪王は、この兵臣を試そうと思い、四方の軍隊を召集しました。そして兵臣宝に告げました。

「戦いの方法を知らない者にはそれを教え、すでに知っている者にはさらに深く理解させよ。陣地の守り方を知らない者にはそれを教え、騎乗や弓馬の術を知らない者にはそれを教えよ。」

兵臣宝はこの命令を受け、すべての兵士たちに教えを授けました。転輪王は大いに喜び、歓び踊って言いました。

「これぞまさに、私のために自然に現れた兵臣宝である。私は今、真の転輪王となったのだ。」

転輪王には、このような兵臣宝があったのです。

佛言:「轉輪王有七寶如是。」

仏は言われた:「転輪王はこのように七つの宝を持つ。」

佛言:「轉輪王有四德。云何為四德?一者大富,珍寶田宅奴婢珠玉象馬工巧者眾多,天下人富無有如轉輪王者,是為轉輪王第一德。二者轉輪王最端正姝好顏色無比,天下人端正姝好,無有如轉輪王者,是為轉輪王第二德。三者轉輪王常安隱無疾病,身常等等,亦不寒熱,寒熱適其意,諸所飲食食皆安隱,天下人無有如轉輪王無疾病者,是為轉輪王第三德。四者轉輪王常安隱長壽,天下人無有常安隱長壽如轉輪王者,是為轉輪王四德。轉輪王有七寶及四德如是。

仏は言われた。「転輪聖王には四つの徳がある。その四つの徳とは何か。第一に、大いに富み、珍宝・田宅・奴婢・珠玉・象馬・工巧の者が多く、天下の人々の中で富める者は、転輪聖王に及ぶ者がいない。これが転輪聖王の第一の徳である。第二に、転輪聖王は最も端正で美しく、その容色は比類がない。天下の人々の中で端正で美しい者は、転輪聖王に及ぶ者がいない。これが転輪聖王の第二の徳である。第三に、転輪聖王は常に安穏で病気がなく、身体は常に調和し、寒さや暑さにも悩まされず、寒暖はその意に適い、飲食するものはすべて安穏である。天下の人々の中で、転輪聖王のように病気のない者はない。これが転輪聖王の第三の徳である。第四に、転輪聖王は常に安穏で長寿である。天下の人々の中で、転輪聖王のように常に安穏で長寿な者はない。これが転輪聖王の第四の徳である。転輪聖王にはこのように七宝と四つの徳があるのである。」

「轉輪王以正法行為政現,不轉善現,行十善事。教諸小國王傍臣左右人民,奉行十善事。轉輪王哀念諸郡國人民,如父哀子,諸郡國人民,愛敬轉輪王如子愛父。轉輪王治天下,閻浮利地平正無有高下,無有棘刺,無有毒獸蟲蟻,無有山陵谿谷,無有礫石地,但有棄捐金銀明月珠玉琉璃琥珀水精車𤦲馬瑙珊瑚。轉輪王在天下治國時,富樂安隱熾盛,五穀豐熟人民眾多。」

転輪聖王は正しい法に従って政治を行い、善き現れを絶やすことなく、十の善行を実践します。小さな国の王や家臣、周囲の人々に、十の善行を守るよう教え導きます。転輪聖王はあらゆる地域の人々を、父が子を慈しむように思いやり、人々もまた転輪聖王を子が父を敬うように慕い尊びます。

転輪聖王が天下を治めると、この世の大地は平らで高低がなく、茨や刺もなく、毒を持つ獣や虫もいません。山や谷もなく、小石の多い土地もありません。ただ、金銀や明月の珠、玉、瑠璃、琥珀、水晶、車渠、瑪瑙、珊瑚などが捨てられたままにあります。

転輪聖王が天下を治める時代には、豊かで安らかで繁栄し、五穀は豊かに実り、人々は数多く暮らしています。

佛語諸比丘:「轉輪王治國時,天下有八萬郡國聚落居,鷄鳴展轉相聞。轉輪王治國時,天下常遍有水,草木常青,木常有葉華;其地草葉,周匝分布,色如孔雀毛,其香如華香,足蹈上四寸入地,舉足還復如故,地草又無四寸空缺處。有香樹常生華實,破其實出種種香。有衣被樹,出華實及種種衣被。有珠寶瓔珞樹出華實,破中有無央數種種珠寶瓔珞。有不息華樹出華實,破中有種種不息。有果樹,常生華實,破中有種種果。有器樹生華實,破中有種種器。有妓樂樹生華實,破中有種種音樂。轉輪王治國,是時天下閻浮利不耕種,米穀稻粮皆自然生,清潔無穬,出其有種種甘。轉輪王臨壽終時,身不甚痛。譬如習樂人大食,腹不甚痛。轉輪王臨壽終時,身體不痛如是。轉輪王命過已後,金輪、白象寶便滅去,紺色馬、明月珠寶亦沒去,玉女寶、主藏聖臣寶、導道聖臣寶,便沐浴轉輪王身,以綿纏身,復以五百張㲲纏身,著鐵棺中,以酥灌其上,滿已蓋覆之,以釘釘之。出轉輪王棺,眾人共作妓樂歌舞。出著城外,積一切香薪,持轉輪王棺,著上便放火燒。燒已玉女寶、主藏聖臣寶、導道聖臣寶,共收骨以置於四徼道中起塔,高四十里,廣長四十里,周匝起墻廣長二百里,以七寶金銀水精琉璃赤真珠車𤦲馬瑙,七重欄楯、七重交露、七重行樹,周匝圍遶,甚姝好。其從四方來,禮轉輪王,行法起塔,皆得無數福。爾時玉女寶、主藏聖臣寶、導道聖臣寶,為轉輪王起塔已,便布施飢者與飯,渴者與漿,欲得衣者與衣,欲得香熏華者與香熏華,欲得財物牛羊者與之。其後玉女寶、主藏聖臣寶、導道聖臣寶乃命過。」

仏が比丘たちに告げられた。 「転輪王が国を治める時、天下には八万の郡国と聚落があり、鶏の鳴き声が次々と伝わり合うほどであった。転輪王が国を治める時、天下には常に水が満ち、草木は常に青く、木々には常に葉と花がついている。その地の草の葉は四方に広がり、色は孔雀の羽のようで、香りは花のように芳しい。足で踏むと四寸ほど地に沈むが、足を上げれば元のように戻り、地面の草にも四寸の隙間はできない。香りの木は常に花と実をつけ、その実を割ると様々な香りが現れる。衣の木は花と実をつけ、割ると様々な衣が現れる。宝玉の瓔珞の木は花と実をつけ、割ると無数の宝玉の瓔珞が現れる。不滅の花の木は花と実をつけ、割ると様々な不滅の花が現れる。果実の木は常に花と実をつけ、割ると様々な果実が現れる。器の木は花と実をつけ、割ると様々な器が現れる。音楽の木は花と実をつけ、割ると様々な音楽が現れる。転輪王が国を治める時、天下の閻浮提では耕さなくても、米や穀物や稲が自然に生え、清らかで殻もなく、様々な甘味がある。転輪王が寿命の終わりに臨む時、体はあまり痛まない。ちょうど音楽を楽しむ人が多く食べて、腹があまり痛まないように。転輪王が寿命の終わりに臨む時、体の痛みはそのようである。転輪王が亡くなった後、金輪、白象の宝は消え去り、紺色の馬、明月珠の宝も消え去る。玉女の宝、蔵を司る聖臣の宝、導きの聖臣の宝は、転輪王の体を洗い、綿で包み、さらに五百枚の布で包んで、鉄の棺の中に入れ、その上に酥を注ぎ、満たしてから蓋をし、釘で打ち付ける。転輪王の棺を出し、人々は共に音楽を奏で、歌い踊る。城外に出て、あらゆる香りの薪を積み、転輪王の棺をその上に置いて火をつけて焼く。焼いた後、玉女の宝、蔵を司る聖臣の宝、導きの聖臣の宝は、共に骨を収めて四方の道の分かれ目に置き、塔を建てる。高さ四十里、広さ四十里、周囲に壁を築き広さ二百里、七宝(金、銀、水晶、瑠璃、赤真珠、車𤦲、瑪瑙)で、七重の欄干、七重の垂れ幕、七重の並木が周りを取り囲み、非常に美しい。四方から来て転輪王を礼拝し、法に従って塔を建てる者は皆、無数の福を得る。その時、玉女の宝、蔵を司る聖臣の宝、導きの聖臣の宝は、転輪王のために塔を建てた後、飢えた者には飯を、渇いた者には飲み物を、衣を欲する者には衣を、香や花を欲する者には香や花を、財物や牛や羊を欲する者にはそれらを与える。その後、玉女の宝、蔵を司る聖臣の宝、導きの聖臣の宝もまた命を終えるのである。」

大樓炭經泥犁品第四(之一)

大樓炭経 地獄の章 第四(その一)

佛告比丘:「有大鐵圍山,更復有第二大鐵圍山,中間窈窈冥冥,其日月大尊神光明不能及照。其中有八大泥犁,一泥犁者,有十六部。第一大泥犁名想、第二大泥犁名黑耳、第三大泥犁名僧乾、第四大泥犁名樓獵、第五大泥犁名噭嚾、第六大泥犁名燒炙、第七大泥犁名釜煮、第八大泥犁名阿鼻摩訶。」

お釈迦様は比丘たちにおっしゃいました。「大きな鉄囲山があり、さらにその外側に第二の大きな鉄囲山があります。二つの山の間は深く暗く、太陽や月といった尊い神々の光さえも届きません。その中には八つの大きな地獄があります。一つの地獄には十六の区画があります。第一の大地獄は『想』、第二の大地獄は『黒耳』、第三の大地獄は『僧乾』、第四の大地獄は『楼獵』、第五の大地獄は『噭嚾』、第六の大地獄は『焼炙』、第七の大地獄は『釜煮』、第八の大地獄は『阿鼻摩訶』と呼ばれています。」

佛言:「何以名為想?其大想泥犁,若有人墮中,其八指生爪如利刀,以相把刺,其肉應手墮去,想念欲相殺,以是麤事,名為想泥犁。更復有餘種種因緣,復次,其大想泥犁,若有人墮中者,手中自然刀劍,以相斫刺,想欲殺他人,以是麤想事故,名為想。復有餘因緣,其有人墮中者,手自然小刀,以刺剝他人,想念欲殺之,以是麤想事故,名為想。復有餘因緣,其有人墮大想泥犁中者,以手搔從足剝餘者至頂,想念欲殺他人,涼風起吹之,身瘡平復,展轉相語,當復長生,中復有相語言:『我曹今適生。』以是故,名為想泥犁。復有餘因緣,用是故泥犁人壽長久,乃從想泥犁中出,便走求解脫。

仏は言われた。「なぜ『想』と呼ばれるのか。その大想地獄に堕ちた者は、八本の指に鋭い刀のような爪が生え、互いに掴み合って刺し合う。肉はたちまち切り落とされ、互いに殺し合おうという想念に駆られる。このような粗悪な事柄ゆえに、『想地獄』というのである。

さらに別の因縁がある。大想地獄に堕ちた者は、手に自然と刀剣が現れ、互いに斬り合い刺し合い、他人を殺そうと念じる。このような粗悪な想念の事柄ゆえに、『想』というのである。

また別の因縁がある。その地獄に堕ちた者は、手に自然と小刀が現れ、他人を刺し剥ごうとし、殺そうと念じる。このような粗悪な想念の事柄ゆえに、『想』というのである。

さらに別の因縁がある。大想地獄に堕ちた者は、手で掻きむしり、足から頭頂まで皮を剥がれ、他人を殺そうと念じる。そこに涼風が吹き起こり、身の傷は平らかに癒える。互いに言い交わす、『また長生きできるだろう』と。中には『我々は今、ちょうど生まれ変わったのだ』と語り合う者もいる。このゆえに、『想地獄』と呼ばれるのである。

また別の因縁がある。それゆえに地獄の衆生の寿命は極めて長く、ようやく想地獄から出ると、走って解脱を求めようとするのである。」

「復有泥犁,名為黑界,縱廣二萬里,悉入中裏,火從身出,繞身三匝還入身,毒痛不可忍,過惡未解故不死。復次,黑界泥犁東壁火繞三匝燒人,火焰至西壁,西壁火焰至東壁,南壁火焰至北壁,北壁火焰至南壁,上火焰下至地,下焰上至上,人在中燒炙,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚久久,乃從黑界泥犁出,便走求解脫。

また、黒界という地獄があります。その広さは二万里四方で、罪人が中に入ると、火が体から噴き出し、体を三回り回ってまた体の中へ戻ります。その苦痛は耐えがたく、罪がまだ償いきれていないため、死ぬこともできません。

さらに、黒界地獄では、東の壁から火が噴き出して人を焼き、その炎は西の壁へ、西の壁の炎は東の壁へ、南の壁の炎は北の壁へ、北の壁の炎は南の壁へと燃え広がります。上からは炎が地面へ、下からは炎が天井へと襲いかかり、罪人はその中で焼かれ、耐えがたい苦しみに襲われます。それでも罪が償いきれていないため、死ぬことは許されません。

こうして長い長い時を経て、ようやく黒界地獄から出られた罪人は、必死に逃げて救いを求めます。

「有泥犁名沸屎,縱廣二萬里,悉入沸屎中,自然至頸,熱沸踊躍,人以把蹶,欲出不能得,身體手足耳鼻面目皆爛熟,毒痛不可忍,過惡未盡故不死;有蟲名鐵口,啄人髑髏,啄人肉穿之,破骨噉人髓。泥犁中人,手捲屎食之,脣舌皆燋,咽喉腹中腸胃皆爛,便下過去,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,在其中甚久,以後乃從沸屎泥犁中出,便走欲求解脫。

「沸屎地獄」と呼ばれる地獄があります。その広さは四方二万里に及び、そこに落ちた者はみな、沸き立つ汚物の中に、自然と首まで沈められます。熱く煮えたぎる汚物が踊るように湧き上がり、人はもがき、逃れようとしますが、脱出することはできません。身体も手足も、耳や鼻、顔や目も、ことごとく煮え爛れ、毒のような痛みは耐えがたいものです。しかし、生前の悪業が尽きないため、死ぬことも許されません。

そこには「鉄口虫」という虫がいて、人の頭蓋骨を啄み、肉を食い破り、骨を砕いて髄を喰らいます。地獄にいる者は、手で汚物を掻き集めて口にしますが、唇も舌も焦げ爛れ、喉や腹、腸や胃もすべて腐り爛れ、下へと流れ落ちていきます。その毒痛は耐えがたく、やはり悪業が尽きないため死ぬこともできず、長い長い時をそこで過ごします。

やがて、沸き立つ汚物の地獄から出ることが許されると、彼らは走り出し、何とかして解脱を得ようとします。

「有泥犁名五百釘,縱廣二萬里悉入中,泥犁旁各取人手足,臥撲著釘地,以燒鐵釘釘其右掌,以鐵釘釘左掌,以鐵釘釘其右足,復以鐵釘釘其左足、復以鐵釘釘其心、復以鐵釘遍釘其身下徹地,悉以五百釘釘其身,續動欲起,毒痛不可忍。泥犁旁問言:『欲求何等?』報言:『我但苦飢渴!』泥犁旁取鉗拗開口,燒熱鐵著其咽中,脣舌咽皆燋,腹中腸胃皆燋爛,與腸胃下過去,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,用是故人在泥犁中甚長久,以後乃從五百釘泥犁得出,便走求欲解脫。

「五百釘の地獄」というところがあります。広さは四方二万里、その中に投げ込まれた者は、地獄の獄卒たちに手足を捕えられ、仰向けに釘の打たれた地面に押し倒されます。まず焼けた鉄釘で右手の掌を打ち付けられ、次に左手の掌、右足、左足と打たれ、さらに心臓へ、そして全身を貫くように鉄釘が打ち込まれます。五百本の釘に体を打ち付けられても、まだ息は続き、苦痛に身をよじろうとします。すると獄卒が尋ねます。「何が欲しいか」と。罪人は答えます。「ただ飢えと渇きが苦しい」と。獄卒は火箸で口をこじ開け、焼け灼けた鉄塊を喉に押し込みます。唇も舌も喉も焦げ、腹の中の腸や胃も焼け爛れ、下へと流れ落ちていきます。その痛みは耐えがたいものですが、生前の悪業が尽きないため、死ぬこともできません。こうして地獄での苦しみは極めて長く続くのです。やがて五百釘の地獄を出た者は、必死に逃げて、何とかこの苦しみから解き放たれようとします。

「有泥犁名車怗,縱廣二萬里,悉入其中,泥犁旁便問言:『欲求何等?』報言:『但苦飢渴。』泥犁旁便各各取其身撲著地,取鉗拗開其口,取消銅灌人口,脣舌皆燋,腹中五藏腸胃,皆燋爛燒炙,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,在泥犁中甚長久,已後乃得出,便走求解脫。

地獄に車怗という名の場所があり、広さは二万里に及ぶ。そこに堕ちた者たちは、獄卒に尋ねられた。「お前は何を求めるのか?」と。彼らは答える。「ただ飢えと渇きに苦しんでいるのです」と。すると獄卒たちは、彼らの体を地面に押しつけ、鉗で口をこじ開け、溶けた銅を流し込む。唇も舌も焦げ、腹の中の五臓六腑、腸や胃までもが焼け爛れ、焼かれる。毒のような痛みは耐えがたく、罪の報いが尽きるまでは死ぬことも許されない。地獄の中では、あまりにも長い時を過ごす。やがてそこから出られると、彼らは走って逃げ、解脱を求めるのである。

「有泥犁名為飲,悉入其中,泥犁旁便問言:『欲求何等?』報言:『我但苦飢渴!』泥犁旁即各各取其人身撲著燒熱地,以鉗拗開其口,以燒鐵丸著人口中,脣舌咽皆燋,五臟腸胃盡燋,便下過去,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚長久,乃從飲泥犁中出,便走求解脫。

地獄に「飲」という名の場所があり、そこにすべての者が入っていく。地獄の番人が尋ねる。「何を求めるのか?」と。答えて言う。「ただ飢えと渇きに苦しんでいるのです!」と。すると地獄の番人はそれぞれその人の体を掴み、焼け熱した地面に叩きつける。鉗で口をこじ開け、焼けた鉄の玉をその口の中に押し込む。唇も舌も喉も焦げ、五臓六腑、腸や胃まですべて焼け焦げる。それが下へと通り過ぎていく。毒のような痛みは耐えがたく、悪業の報いが尽きないため死ぬこともできない。その中で非常に長い時を過ごし、ようやく「飲」の地獄から出ると、逃げて解脱を求めようとする。

「有泥犁名一銅釜,縱廣二萬里,盡入中。泥犁旁便共舉人身體手足著釜中煮,在底亦熟在上亦熟,湯沸踊躍起伏,有在上露手足者覆亦熟,譬如煮豆,在底亦熟在上亦熟,覆亦熟露亦熟。泥犁中人亦如是,在二萬里銅釜泥犁中,上下皆熟,頭面耳鼻手足皆見熟爛。泥犁旁以矛刺內其中,毒痛不可忍,過惡未解故不死,用是故在其中甚久長,已後乃從一銅釜泥犁中出,便走欲求解脫。

「一銅釜」と呼ばれる地獄があります。その釜は縦横二万里もあり、罪人はことごとくその中に投げ込まれます。地獄の獄卒たちは、罪人の体や手足を掴んで釜の中に放り込み、煮立てます。釜の底でも上でも、どちらも煮えたぎり、湯は沸き踊り、上下に激しく揺れ動きます。上に浮かんで手足が湯から出ても、また押し込められて煮え、まるで豆を煮るように、底でも上でも、沈めても浮かべても、すべてが煮え爛れます。地獄の罪人たちもまた同じで、二万里の銅釜の中で、全身が煮え爛れ、頭や顔、耳や鼻、手足までが煮え爛れて見えるほどです。獄卒たちは矛で罪人を刺し、毒のような痛みは耐えがたく、しかし罪業が消え去らない限り死ぬこともできません。そのため、この地獄では極めて長い間苦しみ続け、やがて一銅釜地獄から出ると、今度は逃れようと必死に走り回るのです。

「有泥犁名多銅釜,縱廣二萬里悉入中,泥犁旁便各各舉其身手足著釜中,湯沸踊躍,展轉在底在上,頭面手足皆見熟爛,泥犁旁便以矛㨶罪人,持著餘釜中見煮亦如是,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚長久,已後乃從多銅釜泥犁中出,便走欲求解脫。

「多銅釜」という地獄があります。その広さは二万里四方。罪人は皆、この釜の中に投げ込まれます。地獄の番人は、罪人の手足を掴んで釜の中へ放り込みます。釜の湯は沸き立ち、罪人は煮えくり返り、底に沈んだり浮かんだり。頭も顔も手足も、煮え立って爛れます。地獄の番人は矛で罪人を突き刺し、別の釜へ移します。そこでも同じように煮られます。その苦痛は耐えがたく、罪の報いが尽きるまでは死ぬこともできません。長い長い時を経て、ようやく「多銅釜」地獄から出ることができても、罪人は逃げ出し、何とかして苦しみから逃れようとします。

「有泥犁名磨,縱廣二萬里悉入其中,泥犁旁便各各取人,著鐵磨上臥,以蓋覆,便捉磨使碎,血肉流下,骨留在磨,中火出燒,炙毒痛不可忍,過惡未解故不死,用是故在其中甚長久,已後乃從鐵磨泥犁中出,便走欲求解脫。

「磨の地獄」と呼ばれるところがあります。広さは四方二万里、罪ある者は皆そこへ落とされます。地獄の番人は、罪人を捕らえて鉄の臼の上に横たえ、蓋を閉じます。そして臼を回し、粉々に砕くのです。血肉は流れ落ち、骨は臼の中に残り、炎が燃え上がって焼き尽くします。その痛みは耐えがたく、あまりの苦しみに耐えきれません。しかし、まだ罪が償いきれていないため、死ぬこともできず、長い長い時をそこで過ごさねばなりません。やがて鉄の臼の地獄から出られても、すぐにまた逃げ出し、苦しみからの解放を求めてさまようのです。

「有泥犁名膿血,縱廣二萬里,人悉入其中,即自然有膿血火焰出,人以手足把歷欲出,頭面耳鼻身體手足皆燋,便自以手取膿血食之,脣舌咽皆燋,腹中腸胃五臟皆燋,便下過去,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚長久,已後乃從膿血泥犁中出,便走欲求解脫。

膿血地獄と呼ばれる場所があります。その広さは二万里四方。罪を背負った者がそこに入ると、たちまち膿と血の炎が湧き上がります。人々は手足を動かして這い出そうとしますが、顔も耳も鼻も、体も手足も焼け焦げてしまいます。苦しさのあまり、自らの手で膿血を掴んで口に運びますが、唇も舌も喉も焼けただれ、腹の中の腸や胃、内臓まですべて焼け焦げます。それが下へと流れ落ちていく。その毒のような痛みは耐えがたく、過去の悪業が解けぬ限り死ぬことも許されません。この苦しみはとても長く続き、やがて膿血地獄を脱した者は、ただひたすらに解脱を求めて逃げ惑うのです。

「有泥犁名高峻,縱廣二萬里,人悉入其中,泥犁火焰出,泥犁旁即走人上下山,頭面耳鼻身體手足皆燋爛,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚長久,已後乃從高峻泥犁中出,便走欲求解脫。

「高峻」という名の地獄があります。その広さは縦横二万里に及び、人々は皆そこへ落ちます。地獄の炎が燃え上がると、人々はその地獄の周りを走り回り、山を上ったり下ったりします。頭も顔も耳も鼻も、体も手足も、すべて焼け爛れてしまいます。毒のような痛みは耐えがたく、過去の悪業がまだ解消されていないため、死ぬこともできません。その中で非常に長い間苦しんだ後、ようやく「高峻」の地獄から出ることができ、今度は解脱を求めて走り回るのです。

「有泥犁名斫板,縱廣二萬里,人悉入中,泥犁旁便各各取人,撲燒鐵地,以鐵繩量度其身,以兩手持斧,斫削身及頭面手足鼻耳,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚長久,已後乃從斫板泥犁中出,便走欲求解脫。

地獄に「斬板」と呼ばれるものがあり、縦横二万里に広がっている。人々は皆そこへ入り、地獄の周囲からそれぞれの者が人を捕らえ、熱した鉄の地面に叩きつける。鉄の縄でその身を測り、両手で斧を持ち、身体や頭、顔、手足、鼻、耳を削ぎ落とす。毒のような痛みは耐え難く、罪業がまだ解けていないため死ぬこともできない。そこでの時は非常に長く続き、後になってようやく斬板地獄から抜け出し、逃げて解脱を求めようとする。

「有泥犁名斛,縱廣二萬里,人悉入其中,泥犁旁即取炭火中人,使著斛中量,以手摩上,頭面身體手足鼻耳皆燋爛,泥犁旁走人火上,往還燒炙,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚長久,已後乃從斛泥犁中出,便走欲求解脫。

「斛」と呼ばれる地獄があります。その広さは縦横二万里。そこに落ちた者は皆、この斛の中に放り込まれます。地獄の番人はすぐに炭火を掴み、彼らをこの斛の中に投げ入れ、手で上から押さえつけます。頭も顔も体も手足も鼻も耳も、すべて焼け爛れます。地獄の番人は火の上を走り回り、行ったり来たりしながら彼らを焼き焦がし、その毒と痛みは耐えがたいものです。しかし、罪がまだ償い切れていないため、死ぬこともできません。この中で非常に長い時を過ごした後、ようやく斛の地獄から出ることが許されます。彼らは走り出し、解脱を求めようとします。

「有泥犁名劍樹葉,縱廣二萬里,人悉入其中,風生吹鐵劍樹葉墮,落截人手足頭面耳鼻身體,毒痛不可忍,過惡未解故不死,在其中甚長久,已後乃從鐵劍樹泥犁中出,便走欲求解脫。

「剣樹の葉」と呼ばれる地獄があります。そこは縦横二万里に広がり、罪人は皆そこに投げ込まれます。風が吹き起こると、鉄の剣の葉が散り、人の手足や頭、顔、耳、鼻、体を切り刻みます。その痛みは毒のように激しく、耐えがたいものです。しかし、罪が償いきれていないため、死ぬこともできず、長い長い間、この苦しみの中に閉じ込められます。やがて、この鉄の剣樹地獄から出ることができても、人は逃げ出し、何とかしてこの苦しみから解放されたいと願いながらさまようのです。

「有泥犁名撓撈河,縱廣二萬里,河兩邊生剃頭刀草,人悉入其中,刀逆刺人,斷人手足頭面鼻耳身體,毒痛不可忍。

「撓撈河という地獄があります。広さは二万里に及び、川の両岸には剃刀のように鋭い草が生えています。そこに落ちた者は皆、この草の中を進まねばならず、鋭い刃が逆さまに突き出し、手足や頭、顔、鼻、耳、全身を切り裂きます。その苦痛は耐えがたく、毒のように身を蝕むのです。

「爾時,人皆墮撓撈河,湯沸涌躍,下底有八寸蒺䔧刺,刺人身血流灑,但有其骨,便沸涌躍轉上人,毒痛不可忍,風吹至岸邊草,刀逆向內,截人頭面耳鼻身體手足,毒痛不可忍,過惡未解故不死,泥犁旁即問人言:『欲求何等。』報言:『我但苦飢渴!』泥犁旁便各各取人撲著燒熱地,以消銅灌人口中,脣舌咽喉皆燋,身體五臟腸胃皆燋,便下過去,毒痛不可忍,過惡未解故不死。河兩邊有鐵樹,泥犁旁便取人舉著鐵樹下,樹生刺刺下垂,刺人身體,血肉流墮,餘但有骨,風起吹人身體,平復如故;有鳥名鐵烏喙,啄其頭噉其腦,在頭上住,啄取人瞳子,人欲下鐵刺向仰刺人,欲上向下刺人。爾時人走行欲求解脫,還墮撓撈河中,湯沸涌躍墮底,為蒺䔧所刺如故,上堓浮風吹堓邊,刀逆截傷人頭面耳鼻身體手足,毒痛不可忍,過惡未解故不死,樹泥犁旁問言:『欲求何等?』言:『我但苦飢渴!』便持消銅灌口中,脣舌咽喉腸胃皆燋爛,便下過去。上堓邊,泥犁旁復著堓邊樹上,欲下上刀逆刺人;有鳥名那尼喙,啄人頭噉其腦,在人頭上啄人瞳子,欲上下刺逆向刺人,毒痛不可忍,過惡未盡故不死。復還墮撓撈河,在中毒痛如故,風復吹至堓邊,草刀逆刺剝人如故,泥犁旁復問人言:『欲求何等。』報言:『但苦飢渴!』以其消銅灌其口中如故,燒炙毒痛不可忍,在其中甚長久,已後乃從撓撈河得出,便走欲求解脫。

その時、人々は皆、撓撈河に堕ちていました。湯は沸き湧き、下の底には八寸の蒺䔧の刺があり、人の体を刺して血が流れます。骨だけが残り、沸き湧く湯に翻弄されて浮き上がります。毒のような痛みは耐え難く、風が吹いて岸辺の草に至ると、刃が逆さに生えていて、人の頭や顔、耳、鼻、体、手足を切り刻みます。毒のような痛みは耐え難いですが、悪業が解けていないため、死ぬことはありません。

泥犁の傍らで、声が問いかけます。「何を求めるのか」 人は答えます。「ただ飢えと渇きに苦しんでいるのです」 すると、泥犁の傍らにいる者たちは、それぞれ人を掴んで焼けつくような地面に叩きつけ、溶けた銅を口に注ぎ込みます。唇、舌、喉は焦げ、体の五臓六腑、腸や胃もすべて焦げて、下へと流れていきます。毒のような痛みは耐え難く、悪業が解けていないため、死ぬことはありません。

川の両岸には鉄の木があり、泥犁の傍らにいる者たちは人を掴み上げ、その鉄の木の下に置きます。木には刺が生え、下に向かって垂れ下がり、人の体を刺します。血肉は流れ落ち、残るは骨だけです。風が吹いて人の体をなでると、元通りに戻ります。鉄烏喙という名の鳥がいて、頭を啄み、脳を食い、頭の上に留まって、人の瞳を啄み取ります。人が下ろうとすれば鉄の刺が上向きに刺し、上ろうとすれば下向きに刺します。

その時、人は走って逃げ、解脱を求めますが、また撓撈河に堕ちてしまいます。沸き湧く湯の中に堕ち、底で蒺䔧に刺されるのは元の通りです。岸に上がれば、風が吹いて岸辺に至り、逆さの刃が人の頭や顔、耳、鼻、体、手足を切り刻みます。毒のような痛みは耐え難く、悪業が解けていないため、死ぬことはありません。

木の傍らで、泥犁の声が問いかけます。「何を求めるのか」 人は答えます。「ただ飢えと渇きに苦しんでいるのです」 すると、溶けた銅を口に注ぎ込み、唇、舌、喉、腸や胃はすべて焦げ爛れ、下へと流れていきます。岸辺に上がると、泥犁の傍らにいる者たちはまた岸辺の木に人を縛り付け、下ろうとすれば上向きに、上ろうとすれば下向きに刃が逆さに刺します。那尼喙という名の鳥がいて、人の頭を啄み、脳を食い、人の頭の上で瞳を啄み取ります。上下に動こうとすれば逆さの刃が刺し、毒のような痛みは耐え難く、悪業が尽きていないため、死ぬことはありません。

また撓撈河に堕ち、その中の毒のような痛みは元の通りです。風がまた吹いて岸辺に至り、草の逆さの刃が人を切り刻むのは元の通りです。泥犁の傍らで、また声が問いかけます。「何を求めるのか」 人は答えます。「ただ飢えと渇きに苦しんでいるのです」 溶けた銅を口に注ぎ込むのは元の通りで、焼かれ、炙られる毒のような痛みは耐え難く、その中で非常に長い時を過ごします。その後、ようやく撓撈河から抜け出し、走って解脱を求めようとします。

「有泥犁名狼野干,縱廣二萬里,人悉入其中,狼野干自然在前住,身中出火焰,所齧人身肉,應其口而食之,毒痛不可忍,飛鳥共來,啄噉人者,脫人眼者,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,在其中甚長久,已後乃從狼野干泥犁得出,便走欲求解脫。

「狼野干」という地獄があります。広さは四方二万里。そこへ堕ちた者は皆、狼野干という獣の前に立たされます。その獣の体からは炎が噴き出し、人々の肉を噛みちぎっては、口に合うままに食らいつきます。その苦痛は耐えがたいものです。飛びかかる鳥たちもまた、人をついばみ、目をついばみ、その毒と痛みは言葉にできぬほど。罪が尽きるまでは死ぬことも許されず、長い長い時をそこで過ごします。やがて狼野干の地獄を脱した者は、必死に走って逃れようとします。

「有泥犁名寒氷,縱廣二萬里,人悉入其中,風周匝四面起寒冷,吹人身肌膚皮肉筋骨入髓中,用是故便於中死。」

「寒氷」という地獄があり、広さは四方二万里。そこに堕ちた者は皆、四方から吹きつける極寒の風に全身を貫かれ、皮膚も肉も骨も髄までも凍りつき、その苦しみの果てに死に至る。

佛言:「何以故名為黑耳泥犁?若有人墮黑耳泥犁中者,黑風熱沙,雨其身上,即隨墮地,焦皮肌膚骨肉脂髓,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,用是故名為黑耳。復有餘因緣,復次,黑耳大泥犁,其有人墮中者,以燒鐵黑索縛其身,風便勒結之,斷其身皮肌膚,破骨出髓,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,用是故名黑耳。復次有因緣,墮其黑耳大泥犁中者,泥犁旁以黑鐵燒熱繩,纏裹人身,焦皮肉肌膚骨髓,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,用是故名為黑耳。復次,其有人入大黑耳,泥犁旁以鐵繩,左右絞其人身,以鋸截之,以斧斷之,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,用是故名為黑耳。復次,人在其中甚長久,燒炙毒痛,乃從黑耳泥犁中出,便走欲求解脫。

仏は言われた。「なぜ黒耳地獄という名なのか。もし人が黒耳地獄に堕ちたならば、黒い風と熱い砂がその身に降り注ぎ、たちまち地面に落ちて、皮も肉も骨も脂も髄も焼け焦げ、毒のような痛みは耐えがたい。しかし、悪業が尽きていないゆえに死ぬことはない。これが黒耳と呼ばれる理由である。

さらに別の因縁がある。黒耳大地獄に堕ちた者は、焼けた鉄の黒い縄で体を縛られ、風がそれをきつく締め上げ、皮や肉を引き裂き、骨を砕いて髄を出す。毒のような痛みは耐えがたいが、悪業が尽きていないゆえに死ぬことはない。これが黒耳と呼ばれる理由である。

また別の因縁がある。黒耳大地獄に堕ちた者は、地獄の周囲で焼け熱した黒い鉄の縄で体をぐるぐる巻きにされ、皮も肉も骨も髄も焼け焦げる。毒のような痛みは耐えがたいが、悪業が尽きていないゆえに死ぬことはない。これが黒耳と呼ばれる理由である。

さらに、黒耳大地獄に入った者は、地獄の周囲で鉄の縄が左右からその身を絞め、鋸で切り刻まれ、斧で断ち切られる。毒のような痛みは耐えがたいが、悪業が尽きていないゆえに死ぬことはない。これが黒耳と呼ばれる理由である。

また、そこにいる者は非常に長い間、焼かれ、炙られ、毒のような痛みを受け、ようやく黒耳地獄から出ると、逃れようと走り回るのである。」

「有泥犁名黑火,縱廣二萬里,人悉入中,黑火從當身出,繞身三匝還入身,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,在泥犁中甚長久,乃從黑火泥犁中出,隨次入如前十六泥犁,至寒氷泥犁乃命過。」

「黒い炎の地獄」と呼ばれる場所があります。その広さは四方二万里。罪人はここに投げ込まれると、黒い炎が身体から湧き出て、体を三度巻きつき、また体内に戻ります。その苦痛は耐えがたく、罪が尽きるまでは死ぬこともできません。この地獄での苦しみは極めて長く、やがて黒い炎の地獄を脱した後も、先に述べた十六の地獄を順に巡り、最後の「氷の地獄」に至ってようやく命が尽きるのです。

佛言:「何以故名為僧乾泥犁?其有人墮僧乾大泥犁中者,自然兩鐵山出火,火山合拍泥犁中人,破碎其身,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,是故名為僧乾。復有餘因緣,復次,若有人墮僧乾大泥犁中者,人悉入其中,有兩山相拍,罪人身皆破碎解墮,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,是故名為僧乾。復有餘因緣。人在其中甚長久,乃從大僧乾泥犁中出,便走欲求解脫。復次,入十六泥犁如前,復至寒氷泥犁乃命過。」

仏は言われた。「なぜこれを僧乾泥犁と呼ぶのか。僧乾の大泥犁に堕ちた者は、自然に二つの鉄の山が火を噴き出し、火山が合わさって泥犁の中の者を挟み、その身を粉々に砕く。毒のような痛みは耐えがたく、罪過が尽きないゆえに死ぬこともない。これが僧乾と呼ばれる所以である。

また、別の因縁がある。僧乾の大泥犁に堕ちた者は、皆その中に入り、二つの山が互いに打ち合って、罪人の身はことごとく砕け散り、毒のような痛みは耐えがたく、罪過が尽きないゆえに死ぬこともない。これも僧乾と呼ばれる所以である。

さらに別の因縁がある。その中で人は非常に長い時を過ごし、ようやく大僧乾泥犁から出ると、走って解脱を求めようとする。さらに、前に述べた十六の泥犁に入り、ついに寒氷泥犁に至って命を終えるのである。」

佛言:「何以故名樓獵泥犁?其有人墮樓獵中者,泥犁旁各各取人著鐵銚中,人大喚呼,大毒大痛,是故名為樓獵。復次,有罪人墮樓獵泥犁中者,泥犁旁取人著鐵鼎中,大毒大痛噭喚,是故名為樓獵。復次,其有罪人墮樓獵泥犁中者,泥犁旁各各取之著鐵釜中,大毒大痛噭喚,是故名為樓獵。復有餘因緣。罪人在其中甚長久,乃從樓獵泥犁中出,便走欲求解脫,復隨次入十六泥犁如前,至寒氷泥犁乃命過。」

仏は言われた。「なぜこれを楼獵泥犁と呼ぶのか。楼獵に堕ちた者は、地獄の番人がそれぞれ鉄の鍋に人を入れる。人は大声で叫び、激しい苦痛に襲われる。それゆえ楼獵と呼ばれるのだ。また、罪人が楼獵泥犁に堕ちると、地獄の番人が鉄の鼎に人を入れる。激しい苦痛に叫び声をあげる。それゆえ楼獵と呼ばれる。さらに、罪人が楼獵泥犁に堕ちると、地獄の番人がそれぞれ鉄の釜に人を入れる。激しい苦痛に叫び声をあげる。それゆえ楼獵と呼ばれるのだ。ほかにも理由がある。罪人はそこで非常に長い間を過ごし、ようやく楼獵泥犁から出ると、逃げて解脱を求めようとするが、また順に十六の地獄に入り、前と同じように、寒氷地獄に至って命を終えるのである。」

佛言:「何以故名為大噭喚?其有人墮大噭喚泥犁中者,泥犁旁各各取其人身,著大銚中煮,極毒痛大噭喚,是故名為大噭喚。復有餘因緣,其有罪人,墮大噭喚泥犁中者,泥犁旁各各取其人身,著大釜中,甚毒痛大噭喚。復有餘因緣,其人墮大噭喚泥犁中者,泥犁旁各各取人,著鼎鑊中煮,甚毒痛大噭喚。是故在其中甚長久,乃從大噭喚泥犁中出,便走欲求解脫,隨次入十六泥犁如前,至寒氷乃死。」

仏は言われた。「なぜこれを大号叫(だいごうきょう)と呼ぶのか。大号叫地獄に堕ちた者は、獄卒がその身を捕らえ、大鍋で煮立てられる。その苦痛は極めて激しく、彼らは大声で叫び喚く。それゆえ、大号叫という名があるのだ。

また別の因縁もある。大号叫地獄に堕ちた罪人は、獄卒がその身を捕らえ、大釜の中に投げ込まれる。その苦しみは甚だしく、彼らは大声で叫び喚く。

さらに別の因縁もある。大号叫地獄に堕ちた者は、獄卒が捕らえ、鼎や鑊(かなえ)で煮立てられる。その痛みは激しく、彼らは大声で叫び喚く。

こうして、そこでは極めて長い間苦しみを受けた後、ようやく大号叫地獄から出る。彼らは逃れようと走り、順に十六の地獄を巡り、以前と同じように寒氷地獄に至って死ぬのである。」

佛言:「何以故名為燒炙?其有罪人墮大燒炙泥犁中者,泥犁旁各各取人,著鐵舍中,自然出火燒炙毒痛,是故名為燒炙。復次,其有罪人,墮大泥犁燒炙中者,泥犁旁牽人入鐵交露中,自然有火,燒炙毒痛,是故名為燒炙,過惡未盡故不死。復次,其有罪人墮大燒炙泥犁中者,泥犁旁牽人入鐵堂上,自然有火,燒炙毒痛,是故名為燒炙。罪人在其中甚長久,乃從燒炙泥犁中出,便走欲求解脫,隨次入十六泥犁如前,至寒氷泥犁命過死。」

仏は言われた。「なぜ焼炙(しょうしゃ)と呼ばれるのか。罪ある者が大焼炙泥犁(だいしょうしゃないり)に堕ちると、泥犁の番人がそれぞれその者を捕らえ、鉄の小屋の中に入れる。すると自然に火が燃え上がり、焼かれ、焦がされ、激しい苦痛を受ける。これが焼炙と呼ばれる所以である。

さらに、罪ある者が大泥犁の焼炙に堕ちると、泥犁の番人がその者を引っ張り、鉄の格子張りの露台の中に入れる。すると自然に火が燃え上がり、焼かれ、焦がされ、激しい苦痛を受ける。これが焼炙と呼ばれる所以であり、その者の悪業が尽きないため、死ぬこともない。

また、罪ある者が大焼炙泥犁に堕ちると、泥犁の番人がその者を引っ張り、鉄の広間の上に置く。すると自然に火が燃え上がり、焼かれ、焦がされ、激しい苦痛を受ける。これが焼炙と呼ばれる所以である。

罪人はその中で非常に長い間苦しみ、ようやく焼炙泥犁から出ると、逃げ出して解脱を求めようとする。しかし、順に十六の泥犁に入っていき、先に述べた通り、寒氷泥犁に至って命尽きて死ぬのである。」

佛言:「何以故名為阿鼻摩訶?其有罪人,墮阿鼻摩訶泥犁中者,眼但見惡色不見善色,耳但聞惡聲不聞善聲,口所食但得惡味不得甘美,鼻所聞臭不聞好香,身所更但得惡意,所念法但有惡無善,是故名為阿鼻摩訶。復有餘因緣,有罪人墮阿鼻摩訶泥犁中者,東壁火焰至西壁,西壁火焰至東壁,南壁火焰至北壁,北壁火焰至南壁,上火焰下至地,地火焰上至上,六面火來,燒炙人毒痛,是故名為阿鼻摩訶。復次,其罪人墮阿鼻摩訶泥犁中者,彈指頃無有樂,是故名為阿鼻摩訶。罪人在其中甚長久,乃從阿鼻摩訶泥犁中出,便走欲求解脫,隨次入十六泥犁如前,至寒氷泥犁乃死。」

仏は言われた。「なぜこれを阿鼻摩訶と呼ぶのか。罪人が阿鼻摩訶地獄に堕ちると、目には悪い色ばかり見えて善い色は見えず、耳には悪い音ばかり聞こえて善い音は聞こえず、口にするものは悪い味ばかりで甘美なものは得られず、鼻には悪臭ばかりで良い香りはせず、身体に感じるのは悪い感覚ばかりで、心に浮かぶ思いも悪いことばかりで善いことはない。だからこれを阿鼻摩訶というのである。

さらに別の理由もある。罪人が阿鼻摩訶地獄に堕ちると、東の壁の炎は西の壁へ、西の壁の炎は東の壁へ、南の壁の炎は北の壁へ、北の壁の炎は南の壁へ、上の炎は下の地面へ、地面の炎は上へと、六方から火が押し寄せ、人を焼き焦がし苦しめる。だからこれを阿鼻摩訶というのである。

また、罪人が阿鼻摩訶地獄に堕ちると、ほんの一瞬たりとも楽な時はない。だからこれを阿鼻摩訶というのである。罪人はそこに非常に長い間とどまり、ようやく阿鼻摩訶地獄から出ると、すぐに解脱を求めて走り出し、順番に十六の地獄に入り、先に述べた通り、最後の寒氷地獄に至って死ぬのである。」

佛言:「大鐵圍山外,閻浮利天下南,有閻羅王城,縱廣二十四萬里,以七寶作七重壁,七重欄楯,七重刀分,七重行樹,園觀浴池,周匝圍繞,金壁銀門,銀壁金門,琉璃壁水精門,水精壁琉璃門,赤真珠壁馬瑙門,馬瑙壁赤真珠門,車𤦲壁一切寶門,上有曲箱蓋交露,下有園觀浴池,有種種樹葉花實,出種種香,種種飛鳥,相和而鳴。」

仏は言われた:「大鉄囲山の外、閻浮提の南に、閻魔王の城がある。その広さは二十四万里四方、七宝で七重の壁が築かれ、七重の欄干、七重の剣の列、七重の並木道がある。園林と浴池が周囲を取り囲み、金の壁には銀の門、銀の壁には金の門、瑠璃の壁には水晶の門、水晶の壁には瑠璃の門、赤真珠の壁には瑪瑙の門、瑪瑙の壁には赤真珠の門、車𤦲の壁にはあらゆる宝の門が設けられている。上には曲がりくねった箱形の屋根と交差する露台があり、下には園林と浴池が広がる。さまざまな樹木が葉や花、実をつけ、さまざまな香りを放ち、さまざまな鳥が飛び交い、互いに鳴き交わしている。」

佛言:「人身行惡口言惡心念惡,死後墮此閻羅王泥犁中者,泥犁旁便反縛罪人,以見閻羅王,白王言:『此諸人悉不孝於父母,不承事沙門道人,不畏後世禁忌,願王隨所知而罰之。』王即呼人前,安諦審實,問其人:『汝昔在世間時,不見人年老百二十,頭白齒落,面皺皮緩,氣力衰微,持杖而行,身體戰慄?』其人言:『已見。』『何以不自念:「我亦當如是老極,無有能脫不老者。」何不自改身口意為善?』人對言:『我實婬亂。』王言:『今我當便問汝婬亂之意,是過非父母過,亦非兄弟過,亦非天帝王過,亦非親屬知識過,亦非先祖去人過,亦非沙門婆羅門過。汝作惡,身自當受。』第一閻羅王問,王第二安諦審實問:『汝昔在世間時,為不見人男女病,困劣著床,惡露自出,身臥其上,不能坐起,居人坐起飲食之?』其人對言:『已見。』王言:『汝何以不念:「我亦當如是病瘦。」自改身口意為善?』『我實婬亂。』王言:『今我當便問汝婬亂之意,是過亦非父母過,亦非兄弟過,亦非天帝王過,亦非親屬知識過,亦非先祖去人之過,亦非沙門非婆羅門過。汝自作惡,身自當受。』第二閻羅王問,王第三問:『汝昔在世間時,為不見男女死時,身體壞敗,破碎如林木棄捐,為烏鳥蟲蟻狐狼所食,若有燒者葬埋者?』其人對言:『已見。』『汝何以不自念:「我亦當如是死。」當自改身口意為善?』『我實婬亂。』王言:『我當問汝婬亂之意,是非父母過,亦非兄弟過,亦非天帝王過,亦非先祖去人過,亦非親屬知識過,亦非沙門婆羅門過。汝自作惡,身自當受。』第三閻羅王問,閻羅王第四問:『汝昔在世間,為不見小兒無所知屎溺自身?』其人言:『我已見。』『何以不自念:「我本亦如是。」當自改身口意為善?』『我實婬亂。』王言:『今我當問汝婬亂之意,是過非父母過,亦非兄弟過,亦非天帝王過,亦非先祖去人過,亦非親屬知識過,亦非沙門婆羅門過。汝自作惡,身自當受。』第四閻羅王問,閻羅王第五安諦審實問:『汝昔在世間時,為不見郡國縣邑得盜賊犯事殺人者以見白王,王勅使四支梟掉之;若著釜中煮,若生燒之;若閉著牢獄,掠笞毒痛;若斷手足鼻耳,若生貫之,若斷頭,種種酷毒之?』其人對言:『已見。』『汝何以不自念:「我若有過,亦當取我如是。」當改身口意為善?』『我實婬亂。』『當問汝婬亂之意,是過非父母過,亦非兄弟過,亦非天帝王過,亦非先祖去人過,亦非親屬知識過,亦非沙門婆羅門過。汝自作惡,身自當受。』第五閻羅王問,便持付泥犁旁,即各各取人倒著泥犁,泥犁城廣長,各四萬里,窈窈冥冥。」

お釈迦様はおっしゃいました。「身で悪いことを行い、口で悪いことを言い、心で悪いことを思う者が死後、この閻魔王の地獄に堕ちると、地獄の番人は罪人を縛り上げて閻魔王の前に連れて行き、こう言います。『これらの者は皆、父母に孝行せず、修行者を敬わず、来世の戒めを畏れません。どうか大王、お考えの通りにお罰しください。』 王はすぐに人を呼び寄せ、落ち着いて詳しく尋ねます。『お前はかつて世にいた時、百二十歳にもなって髪は白く歯は抜け、顔には皺が寄り皮膚はたるみ、気力は衰え、杖をついて歩き、体が震えている老人を見なかったか?』 その者は答えます。『見ました。』 『なぜ「私も必ずこうして老いる。老いを免れる者はいない」と思わなかったのか?なぜ自ら身・口・意を改めて善を行わなかったのか?』 その者は答えます。『私は本当に淫らな行いにふけっていました。』 王は言います。『今、私はお前の淫らな心について問う。これは父母の過ちでも、兄弟の過ちでも、天帝の過ちでも、親族や知人の過ちでも、先祖の過ちでも、修行者の過ちでもない。お前が自ら悪を行ったのだ。その身で自ら受けよ。』 これが第一の閻魔王の問いです。 王は第二に、落ち着いて詳しく尋ねます。『お前はかつて世にいた時、男女が病に伏せり、床に臥せって弱り果て、汚物が漏れ出し、身を横たえたまま起き上がれず、人が介助して座らせ食事をさせているのを見なかったか?』 その者は答えます。『見ました。』 王は言います。『なぜ「私も必ずこうして病む」と思わなかったのか?自ら身・口・意を改めて善を行わなかったのか?』 『私は本当に淫らな行いにふけっていました。』 王は言います。『今、私はお前の淫らな心について問う。これは父母の過ちでも、兄弟の過ちでも、天帝の過ちでも、親族や知人の過ちでも、先祖の過ちでも、修行者の過ちでもない。お前が自ら悪を行ったのだ。その身で自ら受けよ。』 これが第二の閻魔王の問いです。 王は第三に尋ねます。『お前はかつて世にいた時、男女が死んで体が腐敗し、バラバラになって木の枝のように捨てられ、烏や虫、蟻、狐、狼に食われたり、あるいは焼かれたり葬られたりするのを見なかったか?』 その者は答えます。『見ました。』 『なぜ「私も必ずこうして死ぬ」と思わなかったのか?自ら身・口・意を改めて善を行わなかったのか?』 『私は本当に淫らな行いにふけっていました。』 王は言います。『今、私はお前の淫らな心について問う。これは父母の過ちでも、兄弟の過ちでも、天帝の過ちでも、先祖の過ちでも、親族や知人の過ちでも、修行者の過ちでもない。お前が自ら悪を行ったのだ。その身で自ら受けよ。』 これが第三の閻魔王の問いです。 閻魔王は第四に尋ねます。『お前はかつて世にいた時、無知な幼児が自分の体に糞尿を漏らすのを見なかったか?』 その者は言います。『見ました。』 『なぜ「私もかつてはこうだった」と思わなかったのか?自ら身・口・意を改めて善を行わなかったのか?』 『私は本当に淫らな行いにふけっていました。』 王は言います。『今、私はお前の淫らな心について問う。これは父母の過ちでも、兄弟の過ちでも、天帝の過ちでも、先祖の過ちでも、親族や知人の過ちでも、修行者の過ちでもない。お前が自ら悪を行ったのだ。その身で自ら受けよ。』 これが第四の閻魔王の問いです。 閻魔王は第五に、落ち着いて詳しく尋ねます。『お前はかつて世にいた時、国や郡や町で盗賊や人殺しが捕らえられ、王の前に引き出されるのを見なかったか?王は命じて四肢を切断し、釜で煮たり、生きたまま焼いたり、牢獄に閉じ込めて鞭打ち苦しめたり、手足や鼻や耳を切り落としたり、串刺しにしたり、首を刎ねたり、様々な残酷な刑に処すのを。』 その者は答えます。『見ました。』 『なぜ「私にも過ちがあれば、私もこうして捕らえられる」と思わなかったのか?自ら身・口・意を改めて善を行わなかったのか?』 『私は本当に淫らな行いにふけっていました。』 『今、お前の淫らな心について問う。これは父母の過ちでも、兄弟の過ちでも、天帝の過ちでも、先祖の過ちでも、親族や知人の過ちでも、修行者の過ちでもない。お前が自ら悪を行ったのだ。その身で自ら受けよ。』 これが第五の閻魔王の問いです。 こうして地獄の番人に引き渡され、それぞれの者が人を取り、逆さに地獄に投げ込みます。地獄の城は広く長く、四方四万里にわたり、暗く深く、闇に包まれています。」

佛爾時說偈言:

その時、仏は偈を説かれた。

「四方有四門, 諸角治甚堅,
垣壁以鐵作, 上亦用鐵覆,
其地悉布鐵, 火悉自然出。

四方に四つの門があり、諸々の角は非常に堅固に整えられている。 垣壁は鉄で作られ、上もまた鉄で覆われている。 その地はすべて鉄が敷き詰められ、火は自然に燃え上がっている。

「其界有十大泥犁:第一名阿浮、第二名尼羅浮、第三名阿呵不、第四名阿波浮、第五名阿羅留、第六名優鉢、第七名修揵、第八名蓮花、第九名拘文、第十名分陀利。」

その世界には十の大きな地獄があります。第一は阿浮、第二は尼羅浮、第三は阿呵不、第四は阿波浮、第五は阿羅留、第六は優鉢、第七は修揵、第八は蓮花、第九は拘文、第十は分陀利と呼ばれています。

佛言:「何故名為阿浮?阿浮泥犁中罪人,自然生身,譬如雲氣,是故名為阿浮。何以故名為尼羅浮?尼羅浮泥犁中罪人身,譬如鹿獨肉,是故名為尼羅浮。何以故名為阿呵不?阿呵不泥犁中罪人,甚大苦甚大痛喚呼,是故名為阿呵不。何以故名為阿波浮?阿波浮泥犁中罪人,甚酷甚痛,大呼㖒喚,是故名為阿波浮。何以故名為阿羅留?阿羅留泥犁中罪人,甚苦甚痛,欲喚呼不能,但動舌,是故名為阿羅留。何以故名為修揵?修揵泥犁中罪人,身譬黃火,是故名為修揵。何以故名為優鉢?優鉢泥犁中罪人,身青譬如優鉢,是故名為優鉢。何以故名為拘文?拘文泥犁中罪人,身色黃白,譬如拘文,是故名為拘文。何以故名為分陀利?分陀利泥犁中罪人,身色赤如分陀利,是故名為分陀利。何以故名為蓮華,蓮華泥犁中罪人,身紅色,是故名為蓮華。」

仏が言われた。「なぜ阿浮というのか。阿浮という地獄の罪人は、自然に身体が生じる。ちょうど雲や霧のようなものである。だから阿浮というのである。なぜ尼羅浮というのか。尼羅浮という地獄の罪人の身体は、ちょうど鹿の肉のようである。だから尼羅浮というのである。なぜ阿呵不というのか。阿呵不という地獄の罪人は、非常に苦しく非常に痛くて叫び声をあげる。だから阿呵不というのである。なぜ阿波浮というのか。阿波浮という地獄の罪人は、非常にむごく非常に痛くて、大声で叫びわめく。だから阿波浮というのである。なぜ阿羅留というのか。阿羅留という地獄の罪人は、非常に苦しく非常に痛いが、叫び声をあげることができず、ただ舌を動かすだけである。だから阿羅留というのである。なぜ修揵というのか。修揵という地獄の罪人の身体は、ちょうど蛍の光のようなものである。だから修揵というのである。なぜ優鉢というのか。優鉢という地獄の罪人の身体は青く、ちょうど青蓮華のようである。だから優鉢というのである。なぜ拘文というのか。拘文という地獄の罪人の身体の色は黄白色で、ちょうど拘文の花のようである。だから拘文というのである。なぜ分陀利というのか。分陀利という地獄の罪人の身体の色は赤く、分陀利の花のようである。だから分陀利というのである。なぜ蓮華というのか。蓮華という地獄の罪人の身体は紅色である。だから蓮華というのである。」

佛言:「譬如有百二十斛四升篅,滿中芥子,百歲者人取一芥子去。比丘!是百二十斛四升芥子悉盡,人在阿浮泥犁中常未竟。若人在尼羅浮泥犁中者,百歲取一芥子,盡二千四百八十斛芥子,乃得出耳。在阿呵不泥犁中,百歲取一芥子,盡四萬八千一百六十斛乃得出。在阿波浮泥犁中,百歲取一芥子,盡九十六萬三千三百斛乃得出。在阿羅留泥犁中,百歲取一芥子,盡千九百二十六萬四千斛乃得出。在修揵泥犁中,百歲取一芥子,盡三億八千萬五百二十八斛乃得出。在青蓮華泥犁中,百歲取一芥子,盡八十六億五百六十斛乃得出。在黃白蓮華泥犁中,百歲取一芥子,盡千七百二億萬一千二百斛乃得出。在拘文蓮華泥犁中,百歲取一芥子,盡三萬四千四百億二十二萬四千斛乃得出。在紅蓮華泥犁中,百歲取一芥子,盡六十萬八千八百億四百四十八萬斛乃得出。二十小劫為半劫,有人名句波利,墮紅蓮華泥犁中,坐誹謗舍利弗、摩訶目揵連。」

仏は言われた。 「たとえば、百二十斛四升入りの大きな壺に、芥子の実がぎっしりと詰まっているとしよう。百年に一度、人が一粒の芥子を取り出す。比丘よ、その百二十斛四升の芥子がすべてなくなるまで、人は阿浮泥犁(阿浮地獄)の中にいても、まだその刑期は終わらないのだ。 もし人が尼羅浮泥犁(尼羅浮地獄)の中にいるならば、百年に一粒の芥子を取り出し、二千四百八十斛の芥子が尽きて、ようやく出ることができる。 阿呵不泥犁(阿呵不地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、四万八千百六十斛が尽きてようやく出ることができる。 阿波浮泥犁(阿波浮地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、九十六万三千三百斛が尽きてようやく出ることができる。 阿羅留泥犁(阿羅留地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、千九百二十六万四千斛が尽きてようやく出ることができる。 修揵泥犁(修揵地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、三億八千万五百二十八斛が尽きてようやく出ることができる。 青蓮華泥犁(青蓮華地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、八十六億五百六十斛が尽きてようやく出ることができる。 黄白蓮華泥犁(黄白蓮華地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、千七百二億万一十二百斛が尽きてようやく出ることができる。 拘文蓮華泥犁(拘文蓮華地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、三万四千四百億二十二万四千斛が尽きてようやく出ることができる。 紅蓮華泥犁(紅蓮華地獄)の中では、百年に一粒の芥子を取り出し、六十万八千八百億四百四十八万斛が尽きてようやく出ることができる。 二十の小劫が半劫にあたる。句波利という名の人が、紅蓮華泥犁(紅蓮華地獄)に堕ちた。それは、舎利弗や摩訶目揵連を誹謗した罪によるものである。」

佛於是說偈言:

そこで仏は偈を説かれた。

「若有人發起者, 從口語出刀刃,
坐語說惡之事, 便還而自截傷。
若有誹反歎譽, 可歎者反誹謗,
口說惡猶重過, 口過重不安隱。
譬如人博掩者, 是諸惡過薄耳,
有惡意向賢者, 是過為最重大。
泥犁浮有百千, 阿浮有三十五。

もし人が悪口を発すれば、口から刃が飛び出すがごとく、 座して悪事を語れば、その言葉は自らを傷つける刃となる。 もし称賛すべき者を誹謗し、誹るべき者を称賛するならば、 口にする悪は重い過ちとなり、口の過ちは心の平安を奪う。 たとえば人を欺く賭け事の過ちは、まだ軽いものと言えよう。 しかし賢者に悪意を抱くことこそ、最も重い過ちである。 地獄の苦しみは百千にも及び、阿浮の苦は三十五にも及ぶ。

「閻羅王晝夜各三過燒熱銅,自然火在前宮中,王即恐畏,衣毛起竪,即出宮舍外,外亦自然有,大王大怖懅還入宮,泥犁旁便各各取閻羅王,擿燒鐵地,持鐵鉤鈎其口皆開,以消銅灌王口中,燋喉咽以皆燋腹中腸胃五臟,銅便下過去燒炙,毒痛不可忍,過惡未盡故不死,世間其有身行惡、口言惡、心念惡,死後墮惡道,燒炙毒痛,如泥犁中罪人。世間人其有身行善、口言善、心念善,死後皆生天上。」

閻魔王は、昼夜に三度ずつ、焼け熱した銅が自然と宮殿の前に現れるのを見ます。王は恐れおののき、身の毛が逆立ち、すぐに宮殿の外へ逃げ出します。しかし外にも同じ炎が燃え上がっている。大王は大いに怖れ慌てて宮殿に戻りますが、地獄の獄卒たちが彼を捕らえ、焼けた鉄の大地に投げ倒します。鉄の鉤で口をこじ開け、溶けた銅を流し込む。喉も腹も内臓もすべて焼け焦げ、銅は体を貫いて流れ落ちる。その痛みは耐えがたく、悪業が尽きるまでは死ぬこともできません。

世の中で、身で悪を行い、口で悪を言い、心で悪を思う者は、死後には悪道に堕ち、この地獄の罪人のように焼かれ、苦しみ痛むのです。反対に、身で善を行い、口で善を言い、心で善を思う者は、死後には皆、天界に生まれ変わることができるのです。

佛於是說偈言:

そこで仏は、この偈を説かれた。

「王使神呼問之, 人民所作惡過,
其人常而憂毒, 人用是身勤苦。
知當問不作惡, 即奉行賢善法,
若有恐見因緣, 生但有病及死。
無因緣便解脫, 生病死便滅盡,
得安隱甚快樂, 即見在得滅度。
一切恐怖畏懅, 度無為獨有常。」

王は神に命じて彼を呼び出し問うた、 「人々が悪行を重ねるゆえに、 その者は常に憂いと苦しみに苛まれ、 この身を用いて苦労する。 悪を為さず、賢く善なる法を行じるべきと知るならば、 もし恐れ見る因縁があれば、 生あるものには病と死が伴う。 因縁がなければ解脱し、 病と死は滅び尽きる。 安らぎと大いなる喜びを得て、 ただちに現世において滅度を得る。 一切の恐怖と畏れを超え、 無為の境地に至り、ただ常なるものだけがある。」


3 轉輪王品
5 阿須倫品

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