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title: "六度集經 · 84 遮羅國王經〔太子本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （八四）遮羅國王經

> 遮羅国経

「昔者，遮羅國王嫡后無嗣，王甚悼焉，命曰：『爾歸女宗，以求有嗣之術，還吾不尤也。』后泣辭退，誓命自捐，投隕山險，遂之林藪。天帝釋感曰：『斯王元后，故世吾姉也，今以無嗣捐軀山險。』愴然愍之，忽爾降焉，以器盛果授之曰：『姉，爾吞斯果，必有聖嗣，將為世雄。若王有疑，以器示之。斯天王神器，明證之上者。』后仰天吞果，忽然不覩天帝所之。應則身重，還宮覩王，具以誠聞。時滿生男，厥狀甚陋，覩世希有。年在齠齓，聰明博暢，智策無儔，力能躃象，走攫飛鷹，舒聲響震若師子吼，名流遐邇，八方咨嗟。王為納隣國之女，厥名月光，端正妍雅，世好備足。次有七弟，又亦姝好。后懼月光，惡太子狀，訛曰：『吾國舊儀，家室無白日相見，禮之重也。妃無失儀矣。』對曰：『敬諾，不敢替尊教。』自斯之後，太子出入未甞別色，深惟：『本國與七國為敵，力諍無寧，兆民呼嗟！吾將權而安之。』心自惟曰：『吾體至陋，妃覩必邁，邁則天下康、兆民休矣。』欣而啟后欲一覩妃觀厥儀容。后曰：『爾狀醜矣。妃容華豔，厥齊天女；覺即捨邁，爾終為鰥矣。』太子重辭，后愍之，即順其願。將妃觀馬，太子佯為牧人，妃覩之曰：『牧人醜乎？』后曰：『斯先王牧夫矣。』後將觀象，妃又覩焉，疑之曰：『吾之所遊輙覩斯人，將是太子乎？』妃曰：『願見太子之光容。』后即權之，令其兄弟出遊行國，太子官僚翼從侍衛。后妃觀之，厥心微喜。後又入苑，太子登樹，以果擲背，妃曰：『斯是太子定矣。』夜伺其眠，默以火照，覩其姿狀，懼而奔歸。后忿曰：『焉使妃還乎？』對曰：『妃邁天下泰平之基，民終寧其親矣。』拜辭尋之。

> 昔々、遮羅国の王后には子がなく、王は深く嘆き、后に言いました。 「お前は実家に戻り、子を授かる術を求めよ。たとえそれが叶わなくとも、お前を責めることはない。」 后は泣きながら王のもとを辞し、自ら命を絶つ覚悟で山の険しい場所に身を投じ、ついには森の中へと入っていきました。 帝釈天はこれを感じ、「この国の王后は、前世で私の姉であった。今、子を授かれずに山で命を絶とうとしている」と哀れに思い、たちまち后の前に現れ、器に果物を盛って授けました。 「姉よ、この果物を食べなさい。必ずや聖なる子を授かり、その子は世の雄となるでしょう。もし王が疑うなら、この器をお見せなさい。これは天の神器であり、確かな証拠となります。」 后は天を仰いで果物を飲み込むと、帝釈天の姿は忽然と消えました。 するとすぐに后は身重となり、宮中に戻って王に全てを包み隠さず伝えました。 やがて男の子が生まれましたが、その姿は非常に醜く、世にも稀なものでした。 しかし幼い頃から聡明で博識、比類なき知恵を持ち、その力は象をも倒し、走って鷹を捕まえ、その声は獅子吼の如く響き渡り、その名は遠くまで広まりました。 王は隣国の姫を后に迎えました。名を月光といい、その美貌は完璧でした。 后にはさらに七人の弟がいましたが、皆美しかったのです。 后は月光姫が太子の醜い姿を嫌うのを恐れ、こう言いました。 「我が国には古くからのしきたりがあり、夫婦は昼間に顔を合わせてはならない。これは大切な礼儀である。妃よ、その決まりを破ってはならない。」 月光姫は「謹んでお受けいたします。決して教えに背きません」と答えました。 それ以来、太子は決して妃に自分の顔を見せようとはしませんでした。 しかし太子は心の中で深く考えました。 「我が国は七つの国と敵対し、争いが絶えず、民は苦しんでいる。私は何とかして国を治めねばならない。」 そして思いました。 「私は極めて醜い。妃が私を見れば必ず逃げ出すだろう。妃が逃げ出せば、天下は平和になり、民も安らぐに違いない。」 太子は喜んで后に、一度だけ妃の姿を見たいと願い出ました。 后は言いました。「お前の姿は醜い。妃の美しさは天女のようだ。お前の姿を見れば妃は逃げ出し、お前は一生独り者になるだろう。」 太子は重ねて願い出たので、后は哀れに思い、ついにその願いを叶えました。 后は妃を連れて馬を見に行き、太子は牧童に扮しました。妃はそれを見て「あの牧童は醜いわね？」と言いました。 后は「あれは先王の牧夫だ」と答えました。次に象を見に行った時も、妃はまた太子を見かけ、疑い始めました。「私が行く先々でいつもあの人を見かける。まさか太子では？」と。 妃は「ぜひ太子のお顔を拝見したい」と言いました。 后は仕方なく、太子の弟たちを連れて国中を遊覧させ、太子も官僚たちに従えられて出かけました。后と妃はそれを見て、少し安心しました。 その後、妃が庭園に入ると、太子は木に登り、果物を妃の背中に投げつけました。妃は「これこそ太子に違いない」と確信しました。 夜、妃は太子が眠るのを待って、こっそりと火を灯してその姿を見ると、その醜さに驚き、恐れて実家に逃げ帰ってしまいました。 后は怒って「どうして妃を帰してしまったのか？」と問い詰めました。 太子は答えました。「妃が逃げ出したことで、天下泰平の基が築かれ、民はついに安らぎを得るでしょう。」 そして太子は后に別れを告げ、妃を追いかけて旅立ちました。

「至妃國，佯為陶家，賃作瓦器，器妙絕國。陶主覩妙，齎以獻王。王獲器喜，以賜小女，傳現諸姉。月光知婿之所為，投地壞焉。又入城賃染眾綵，結其一疋為眾奇巧，雜伎充滿覩世希見。染家欣異，又以獻王。王重悅之，以示八女。月光識焉，捐而不覩。又為大臣賃養馬，馬肥又調，曰：『爾悉有何伎乎？』對曰：『太官眾味余其備矣。』臣令為饌以獻大王。王曰：『孰為斯食？』臣如實對。王命為太官，監典諸餚膳。以羹入內供王八女，欲致權道佯覆沃身，諸女驚懼，月光不眄。天帝釋喜歎曰：『菩薩憂濟眾生乃至于茲乎？吾將權而助之焉。』挑七敵國使會女都，爾乃兆民元禍息矣。化為月光父王手書，以月光妻之。七國興禮造國親迎，俱會相勞：『翔茲何為？』各云：『娉娶女名月光。』訟之紛紛，各出手書，厥怨齊聲：『當滅爾嗣，其為不忒。』遣使還書，僉然詰曰：『以爾一女弄吾七國，怨齊兵盛，爾國喪在乎今矣。』父王懼曰：『斯禍弘矣。將宿行所招乎？』謂月光曰：『爾為人妃，若婿明愚吉凶好醜，厥由宿命，孰能禳之？而不貞一盡孝奉尊。薄婿還國，禍至于茲。吾今當七分爾尸以謝七王耳。』月光泣曰：『願假吾命漏刻之期，募求智士，必有能却七國之患者也。』王即募曰：『孰能禳斯禍者，妻以月光，育以原福。』太子曰：『疾作高觀，吾其禳之。』觀成，太子權病躇步倒地：『須月光荷負，爾乃却敵矣。』月光惶灼懼見屠戮，扶胳登觀，僅能立焉。太子高聲謂七國王，厥音遠震若師子吼，喻以佛教：『為天牧民當以仁道，而今興怒，怒盛即禍著。禍著即身喪。夫喪身失國，其由名色乎？』七國師雄靡不尸蹌者，斯須而穌，欲旋本土。

> 王妃の国に着くと、太子は陶芸家のふりをして雇われ、瓦器を作りました。その出来栄えは国中で比類なく素晴らしいものでした。陶芸家の主人はその見事さに感嘆し、献上品として王に差し出しました。王は器を手にして喜び、末の娘に与え、さらに上の娘たちにも見せて回らせました。月光はそれが夫の仕業だと見抜き、地面に投げつけて壊してしまいました。 また太子は町に入り、染め物職人に雇われて様々な彩りの布を織り上げ、その一匹に数々の巧みな細工を施し、世にも珍しい雑多な技芸を満ち溢れさせました。染め物屋は喜び勇んで、またこれを王に献上しました。王は大いに喜び、八人の娘たちに示しました。月光はそれと見て、顧みようともしませんでした。 さらに太子は大臣の馬飼いとして雇われ、馬を肥えさせ、調教も行いました。大臣が「お前は何か腕前があるのか」と問うと、太子は「宮中の様々な料理はすべて私に調理できます」と答えました。大臣は料理を作らせて王に献上しました。王は「これは誰が作ったのか」と尋ね、大臣はありのままに答えました。王は太子を料理長に任命し、あらゆるご馳走を管理させました。 太子はスープを内殿に運び、王の八人の娘たちに供しようとしました。権謀術数を巡らそうとして、わざとスープをひっくり返して自分の体に浴びせました。娘たちはみな驚き怖れましたが、月光だけは目もくれませんでした。 これを天帝釈が喜び、感嘆して言いました。「菩薩が衆生を憂い救うこと、ここに至るまでになっているのか。私は方便をもって彼を助けよう。」そこで、七つの敵国を扇動して娘の都に集まらせ、ついに万民の大いなる災禍を鎮めようとしました。帝釈は変身して月光の父王の手紙を作り、月光を妻にすると記しました。七つの国は礼を整え、国を挙げて自ら迎えに来て、一堂に会して互いに労をねぎらい合いました。「ここに来たのは何のためか」と尋ね合い、それぞれが「月光という名の娘を娶りに来たのだ」と言いました。言い争いは騒然とし、各々が手紙を示し、不満を一斉に述べました。「お前たちの子孫を滅ぼすこと、間違いあるまい。」そして使者を送って書状を返し、揃って詰め寄りました。「たった一人の娘で我ら七国を弄んだ。怨みは一つとなり、兵は盛んである。お前の国が滅びるのは今日のことだ。」 父王は恐れて言いました。「この災いは大きい。まさに過去の行いが招いたものだろうか。」そして月光に言いました。「お前は人の妃となった。婿が賢いか愚かか、吉凶、美醜はすべて宿命によるもので、誰がそれを祓うことができようか。にもかかわらず、貞節を守らず、孝行を尽くし、敬うことをしなかった。見下した婿が国に帰り、災いはここに至った。私は今、お前の体を七つに裂いて、七人の王に謝罪せねばならない。」 月光は泣いて言いました。「どうか私の命をわずかの間だけお許しください。賢い者を募れば、必ずや七国の難を退ける者があるでしょう。」 王はすぐに布告を出しました。「この災いを祓える者がいれば、月光を妻として与え、領地と福も授けよう。」 太子が言いました。「急いで高台を建てなさい。私がその災いを祓いましょう。」高台が完成すると、太子は仮に病にかかったふりをして歩くこともできずに倒れ、「月光に背負われてこそ、私は敵を退けることができる」と言いました。月光は恐れおののき、殺されるのを恐れて、太子の腕を支えて高台に登り、どうにか立たせました。 太子は声高らかに七人の王たちに呼びかけました。その音声は遠くまで響き渡り、獅子吼のようでした。仏の教えを説き聞かせました。「天に代わって民を治める者は、仁愛の道によらねばならない。今、怒りを起こせば、怒りが激しければ災いは顕れる。災いが顕れれば身は滅びる。身を滅ぼし国を失うのは、名誉や色への執着からではないか。」七か国の軍勢は皆、気を失って倒れましたが、しばらくして蘇り、それぞれの国へ帰ろうとしました。

「太子啟王：『婚姻之道，莫若諸王矣。何不以七女嫡彼七王。子婿蕃屏，王元康矣！臣民休矣！親獲養矣！』王曰：『善哉！斯樂大矣！』遂命七王以女妻之。八婿禮豐，君民欣欣。于斯王逮臣民，始知太子，月光之舊婿，即選良輔武士翼從，各令還國。九國和寧，兆民抃舞，僉然讚歎曰：『天降吾父！夫聖人權術非凡所照。』德聚功成，爾乃炅然無復譏謗。

> 太子は王に申し上げました。「結婚の道としては、諸王に勝るものはありません。どうして七人の娘を七人の王に嫁がせないのでしょうか。娘婿たちが国を守る盾となり、王の安泰は確かなものとなります。臣民も安らぎ、私は親を養うことができます。」王は言いました。「それは素晴らしい。この喜びは何にも勝るものだ。」そして、七人の王に娘を妻として与えました。八人の婿の婚礼は盛大で、君主も民も喜びにあふれました。この時から、王も臣民も初めて知りました。太子はかつて月明かりを嫁にした婿であると。すぐに有能な補佐役や戦士たちを選び、彼らを護衛として従わせ、それぞれの国へ帰らせました。九つの国は平和に調和し、無数の民は踊り喜び、皆が口を揃えて讃えました。「天が我々の父を遣わしてくださった。聖人の巧みな術は、凡人には決して理解できるものではない。」徳は集まり、功績は成し遂げられ、ついに非難や中傷は影をひそめました。

「還國有年，大王崩殂，太子代位。太赦眾罪，以五戒六度、八齋十善，教化兆民。災𦾨都息，國豐眾安，大化流行，皆奉三尊，德盛福歸，眾病消滅，顏影韑韑，踰彼桃華。所以然者？菩薩宿命室家俱耕，令妻取食，望覩妻還，與一辟支佛俱，行隱山岸，久久而不至。疑心生焉，興忿執鋤，欲往捶之。至見其妻，以所食分，供養沙門，退叉手立。沙門食竟，拋鉢虛空，光明暐曄，飛行而退。婿心悔愧，念妻有德乃致斯尊，吾有重愚將受其殃。即謂妻曰：『爾供養福，吾當共之。餘飯俱食，爾無訧也。』至其命終，各生王家。妻有淳慈之惠，生而端正；婿先恚而後慈，故初醜而後好也。」

> 国に帰ってから数年後、王は崩御し、太子が位を継ぎました。太子は罪人を大赦し、民衆に五戒・六波羅蜜・八斎戒・十善を説き、教え導きました。災いはすべて収まり、国は豊かになり民は安らぎ、仏の教えが広く行き渡りました。すべての人々が三宝を尊び、徳は高まり福が集まり、病は消え去り、その顔色は桃の花よりも美しく輝いていました。 なぜそうなったのでしょうか。菩薩は前世で妻と共に畑を耕していました。妻に食事を取りに行かせ、戻ってくるのを待っていると、妻が一人の辟支仏（びゃくしぶつ）と共に山陰に隠れてしまい、なかなか戻ってきませんでした。そこで疑心が生まれ、怒りに駆られて鋤を手に取り、妻を打とうと向かいました。ところが妻のもとに着くと、妻は自分の食べ物を分けて沙門に捧げ、両手を合わせて立っていました。沙門は食事を終えると、鉢を虚空に投げ上げ、光り輝きながら飛び去って行きました。 婿は心から悔い改め、妻の徳の高さゆえにあのような尊い方に供養できたのだと考え、自分には重い愚かさがあり、その報いを受けねばならないと思いました。すぐに妻に言いました。「あなたの供養の功徳を私にも分けてほしい。残りの飯を一緒に食べよう。あなたに落ち度はない。」こうして命終の後、それぞれ王族に生まれました。妻は純粋で慈愛深い心を持っていたので、美しい姿に生まれました。婿は初めに怒り、後に慈悲の心を持ったので、初めは醜く後に美しくなったのです。

佛告諸比丘：「夫人作行，先惠而後奪，後世初生豪富，長即貧困；初奪後惠，後世受之，先貧賤而後長富貴。太子者，是我身也。妻者，俱夷是。父王者，白淨王是。母者，吾母舍妙是。天帝釋者，彌勒是。開士世世憂念眾生拯濟塗炭。菩薩普智度無極行明施如是。」

> 仏陀は比丘たちに告げられました。「人が行いをするとき、先に施しを与え、その後で奪うと、次の世では初めは裕福に生まれながら、成長すると貧しくなる。一方、先に奪い、後に施すと、次の世では初めは貧しく卑しい身分でも、後に富み栄えるのだ。 ここで言う太子とは、この私のことである。妻とは、俱夷のことである。父王とは、浄飯王のことである。母とは、私の母・摩耶夫人のことである。帝釈天とは、弥勒菩薩のことである。菩薩は、世々にわたってすべての生きとし生けるものを憂え、苦しみの泥沼から救い出そうと努めてきた。菩薩は、普遍の智慧と究極の度しの行において、このように施しを明らかに示すのである。」