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title: "六度集經 · 86 儒童受決經〔儒童梵志本生〕"
description: "六度集经由三国时期吴国高僧康僧会编译，成书于公元3世纪。该经书主要辑录佛陀本生及修行故事，系统阐述大乘佛教的核心实践体系——布施、持戒、忍辱、精进、禅定、智慧六种度脱生死的方法。作为早期汉传大乘佛教的重要经典，它首次系统地将六度思想完整引入中土，对中国佛教伦理实践和菩萨道精神的形成具有奠基性作用。该经既是研究汉魏佛教传播的关键文献，也是修行菩萨道的重要指南。"
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### （八六）儒童受決經

> 儒童受決経

「昔者菩薩，生鉢摩國。時為梵志，名曰儒童。白師學問，仰觀天文，圖讖眾書，聞見即貫，守真崇孝，國儒嘉焉。師曰：『爾道備藝足，何不遊志教化始萠乎？』對曰：『宿貧乏貨無以報潤，故不敢退也。母病尤困，無以醫療，乞行傭賃以供藥直。』師曰：『大善！』稽首而退，周旋近國，覩梵志五百人，會講堂施高座，華女一人銀錢五百，昇坐高座眾儒共難，覩博道淵者，女錢貢之。菩薩臨觀，覩其智薄，難即辭窮，謂眾儒曰：『吾亦梵志之子，可豫議乎？』僉然曰：『可。』即昇高座，眾儒難淺而答道弘，問狹而釋義廣。諸儒曰：『道高明遐者可師焉。』僉降稽首，菩薩辭退，諸儒俱曰：『斯雖高智，然異國之士，不應納吾國之女也，益以錢贈焉。』菩薩答曰：『道高者厥德淵，吾欲無欲之道，厥欲珍矣。以道傳神，以德授聖，神聖相傳，影化不朽，可謂良嗣者乎！汝欲，填道之原、伐德之根，可謂無後者乎！』說畢即退，眾儒恧然而有耻焉。女曰：『彼高士者即吾之君子矣。』褰衣徒步，尋厥跡涉諸國，力疲足瘡，頓息道側，到鉢摩國。王號制勝，行國嚴界，覩女疲息。問：『爾何人為道側乎？』女具陳其所由。王喜其志，甚悼之焉，王命女曰：『尋吾還宮，以爾為女。』女曰：『異姓之食可徒食乎？願有守職，即從大王。』王曰：『爾採名華供吾飾也。』女即敬諾，從王歸宮，日採名華以供王用。

> 昔、菩薩は鉢摩国に生まれました。当時は梵志（バラモン）であり、儒童と名乗っていました。師について学問をし、天文を観測し、予言の書や様々な典籍を一目見ては理解し、真実を守り孝行を尊んだため、国の儒者たちから称賛されました。 師が言いました。「お前は道も芸も十分に身につけた。どうして他国に出て、人々を教化し始めないのか。」 菩薩は答えました。「私は貧しくて、恩返しをする財産がありません。ですから、師のもとを去ることができません。また、母が重い病気で、治療費もないため、雇われ仕事をして薬代を稼ぎたいのです。」 師は言いました。「それは素晴らしい。」 菩薩は礼拝して辞し、近隣の国を巡りました。すると、五百人の梵志たちが講堂に集まり、高座を設け、一人の花娘と五百の銀貨を用意して、高座に上がって難しい問答をし、博識で深い道理を持つ者に娘と金銭を与えるという催しをしているのを目にしました。 菩薩が見ていると、彼らの知識は浅く、すぐに答えに窮してしまいました。そこで菩薩は彼らに言いました。「私も梵志の子です。議論に加わってもよいでしょうか。」 皆が「よいでしょう」と言いました。 そこで菩薩は高座に上がりました。彼らの質問は浅いものでしたが、菩薩の答えは奥深く、問いは狭いものでしたが、説き明かす義は広大でした。 儒者たちは言いました。「道が高く、明らかな方は師とすべきです。」皆、降りて頭を下げました。 菩薩が辞去しようとすると、儒者たちは言いました。「確かに彼は高い知恵を持つ者だが、他国の者である。我が国の娘を与えるわけにはいかない。代わりに金銭を贈ろう。」 菩薩は答えました。「道の高い者はその徳も深いものです。私は無欲という道を欲するのです。その欲は尊いものです。道によって精神を伝え、徳によって聖なるものを伝えます。神聖が伝わり、その影や教化は朽ちることがありません。これこそ良き後継者と言えるのではないでしょうか。あなたがたの欲は、道の源を塞ぎ、徳の根を断つものです。これこそ後継者なき状態と言えるのではないでしょうか。」 そう言い終えて立ち去ると、儒者たちは恥じ入り、面目を失いました。 娘は言いました。「あの高貴な方が、私の夫となる方です。」 彼女は衣をからげて徒歩で彼の跡を追い、様々な国を渡り歩きました。疲れ果て、足にはまめができ、道端に倒れこんで休んでいると、鉢摩国に到着しました。 国を治める王は制勝と号し、国境を厳しく巡視していました。そして疲れて休んでいる娘を見て尋ねました。「あなたは誰ですか。なぜ道端にいるのですか。」 娘は一部始終を話しました。 王は彼女の志を喜び、大いに哀れみました。王は娘に命じました。「私と共に宮中に帰りなさい。あなたを娘として迎えよう。」 娘は言いました。「他人の家の食事をただでいただくわけにはいきません。どうか役目を与えてください。そうすれば大王に従いましょう。」 王は言いました。「では、美しい花を摘んで、私の飾りとして供えなさい。」 娘は謹んで承諾し、王と共に宮中に帰り、毎日美しい花を摘んで王に供えました。

「儒童還國，覩路人擾擾，平填墟、掃地穢，問行人曰：『黎庶欣欣，將有慶乎？』答曰：『定光如來、無所著、正真道、最正覺、道法御、天人師，將來教化，故眾為欣欣也。』儒童心喜，寂而入定，心淨無垢。覩佛將來，道逢前女採華挾瓶，從請華焉。得華五枚。王后庶人皆身治道，菩薩請地少分，躬自治之。民曰：『有餘小溪，而水湍疾，土石不立。』菩薩曰：『吾以禪力下彼小星，填之可乎！』又念曰：『供養之儀，以四大力苦躬為善。』即置星輦石，以身力填之，禪力住焉。餘微淹壍，而佛至矣，解身鹿皮衣著其濕地，以五華散佛上，華羅空中，若手布種根著地生也。佛告之曰：『後九十一劫，爾當為佛，號曰能仁如來、無所著、正真道、最正覺、道法御、天人師，其世顛倒，父子為讎，王政傷民猶雨眾刃，民雖避之難免其患矣。爾當於彼拯濟眾生，時獲度者難為籌算。』儒童心喜，踊在虛空，去地七仞，自空來下，以髮布地，令佛蹈之。世尊跨畢，告諸比丘：『無蹈斯土。所以然者？受決之處，厥尊無上，有智之士峙剎于茲，與受決同。』諸天僉然，齊聲而云：『吾當作剎。』時有長者子，名曰賢乾，以微柴插其地曰：『吾剎已立矣。』諸天顧相謂曰：『凡庶竪子，而有上聖之智乎！』即輦眾寶，於上立剎，稽首白言：『願我得佛教化若今，今所立剎，其福云何？』世尊曰：『儒童作佛之時，爾當受決矣。』」

> 儒童が故国に戻ると、道行く人々が慌ただしく動き回り、荒れ果てた土地を平らにし、埃を掃き清めているのを見た。そこで通行人に尋ねた。「人々が皆、喜んでいますが、何かお祝い事でもあるのですか？」すると答えがあった。「定光如来（とうこうにょらい）―阿羅漢、正等覚、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏世尊であられる方が、間もなくここに来られ、教えを説かれるのです。それで、皆が喜んでいるのです。」 儒童は心から喜び、静かに瞑想に入った。心は清らかになり、汚れはまったくなかった。やがて仏が来られるのを目の当たりにし、道すがら花を摘み、瓶を抱えたあの娘に再会した。彼女に花を分けてもらい、五つの花を手に入れた。王も后も、庶民も皆、自ら道を整えていた。そこで菩薩（儒童）は、道の一部を自分で整えさせてほしいと願い出た。人々は言った。「脇に小さな川がありますが、流れが速く、土も石も留まりません。」菩薩は言った。「私は瞑想の力で、あの小さな星を落として、その川を埋めましょう。」しかしさらに考えた。「供養の作法としては、四つの大きな力（肉体）をもって自ら労苦するのがよい。」そこで星を載せるための石を自らの力で運び、体を使って川を埋め、瞑想の力でそこに留まった。わずかに水が残っていたが、その時、仏が到着された。菩薩は自分の鹿の皮の衣を解いて、その水たまりの上に敷き、五つの花を仏の上にまいた。すると花は空中で花輪のように広がり、まるで手で種をまき、根が地に生えて育つようであった。 仏は菩薩に告げられた。「九十一劫後、あなたは仏となるであろう。その名は能仁如来（のうにんにょらい）―阿羅漢、正等覚、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏世尊―と称される。その時代は世界が混乱し、父と子が互いに仇となり、王の政治は雨のごとく降り注ぐ刃のように民を傷つける。人々は逃れようとしても、その苦しみを免れることは難しい。あなたはその世界で、衆生を救済するであろう。その時に救われる者の数は、計り知れない。」 儒童は心から喜び、地面から七尋の高さに虚空へと舞い上がり、そこから降りてきて、自分の髪を地面に広げ、仏にその上を歩いていただいた。世尊が歩き終えられた後、比丘たちに告げられた。「この地を踏んではならない。なぜなら、ここは授記（未来の成仏を保証される）の場所であり、その尊さはこの上なく、智慧ある者はここに塔を建てるであろう。それは授記を受けることと同じである。」諸天の神々も皆、声をそろえて言った。「私も塔を建てましょう。」その時、賢乾（けんけん）という名の長者の子が、一本の細い木をその地に挿して言った。「私の塔はもう建てられました。」神々は互いに顔を見合わせて言った。「この凡庸な若造が、聖者のような智慧を持っているとは！」そして、彼らは多くの宝を運び、その上に塔を建て、ひれ伏して言った。「どうか、私も今の仏のように、人々を教化できますように。今建てたこの塔の功徳は、どのようなものでしょうか？」世尊は答えられた。「儒童が仏となるとき、あなたも授記を受けるであろう。」

佛告鶖鷺子：「儒童者，我身是。賣華女者，今俱夷是。長者子者，今座中非羅余是。」非羅余即稽首佛足。佛授其決：「後當為佛，號曰快見。」

> 仏はシャーリプトラに告げられた。「儒童というのは、私のことである。花を売った娘というのは、今のヤショーダラーである。長者の子というのは、今この席にいるフィラユである。」フィラユはすぐに仏の足元にひれ伏した。仏は彼に授記を与えられた。「後に必ず仏となり、その名を快見如来というであろう。」

佛說經竟，諸四輩弟子，天人龍鬼，靡不歡喜，稽首而去。菩薩普智度無極行明施如是。

> 仏がこの経を説き終えると、すべての四衆の弟子たち、天や人、竜や鬼たちは皆、喜ばない者はなく、敬礼して去っていきました。菩薩の普遍的な智慧による救済の実践は、このように施しを明らかにするものです。